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作者について
木下式音感教育法認定講師
木下麻奈 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com イラスト:「ケイ&シュート」 By ケイイチ・シライ ブログパーツ
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私たちが母国語を話せるようになるには、二〇〇〇時間、その言語を聞く必要があるそうです。一日二~三時間耳から入れて、最初の単語を発するのが約二年後、一歳後期です。しかし、言葉を聞く機会がなければ、三歳になっても言葉は出ないでしょう。赤ちゃんは口をきけなくても、耳に入る言葉から学んでいます。しかもそれは両方向のコミュニケーションでこそ効果があります。
赤ちゃんや小さな子どもがいたら、たくさん話しかけてあげてください。忙しいからと言って、ビデオやテレビなど、一方通行の機械に任せるのは好ましいどころか、発達不全を招く恐れさえあります。お子さんの心に響き、情緒を育むのは、お母さんや周囲の人たち愛情のこもった言葉がけに代われるものはないのです。最近、2歳10ヶ月の甥Kの言葉の成長が面白いのです。たとえば、テレビのクイズ番組のような口調で問題を出すので、それに答えると、「正解です」と言ったり、「ブブー」といってみせます。また、職員室の窓から、ゴミ収集車にゴミを入れる作業員の人を見るのが、大好きなので、それを真似て、「ゴミはありませんか。ゴミを集めているところです」と自分よりも大きな袋をひきづってみんなの机を回って見せます。“少し丁寧な物言い”が2歳児の幼い姿とマッチせず、なんとも愛しく感じます。これは、6歳離れた言葉が達者な兄がいる影響なのでしょう。 兄甥Yは、最近、こんなことを口にしていました。「ぼくは、給食の後、毎日、とても悲しくなるんだ・・・」と。何でも、給食がとてもたくさん残り、「僕には食べ物が悲しんでいる声が聞こえる」のだそうです。本をたくさん読むYは、いろいろなことを想像して言っているのか、単に給食を食べ足りなくて、おかわりができない自分に悲しい気持ちになっているのかは定かではありませんが、子どもが何気なく発する言葉は観察すると、とても面白いものです。日々、忙しいことが多く、子どもの言葉や心の動きに目を向ける機会は少ないのかもしれませんが、それでも、子どもと関わることは、大人が癒されることもあるものです。子どもの何気ない様子や言葉に目を向けてみましょう。 乳児期から目を見て言葉をかけ、絵本を読み聞かせ、挨拶や返事などを心を通わせて教えた子どもは、三~四歳にもなると、かなり、おしゃべり上手に育つものです。しかし、親が子どもの気持ちに先行して、物を与えたり、身のまわりを整えたり、代弁をし過ぎると自分から口を開く機会が減ってしまいます。そうなると、ほかの人たちと口がきけなかったり、自分を表現できなかったりするものです。外の社会で人と関われるようにするためにも、時間がかかっても、子どもに口を開かせる機会を与えましょう。
子どもは知っている単語が少なかったり、言い回しが理解できないと口をきこうとはしません。正しい言葉の使い方を教え、模倣させるのも大切です。「幼稚園の先生に『明日は家族で旅行にいくので、お休みさせてください』と伝えてね。言ってごらん」など、事前に真似をさせて練習しておくと、言いやすいかもしれません。さて、最近、2年生のSくんのお母さんが、これと似たことを、一生懸命、教えていらっしゃるようです。「レッスンが終わったら、先生に「電話を貸してください」と言って、お母さんに電話をしてね」。そう伝えてレッスンに出されたのですが、Sくんは、レッスンが終わると、そんなことはすっかり忘れてしまい、本を読みはじめてしまったようです。 最後の数人になったロビーで一人で本を読む姿に、「どうしたの? お母さんのお迎えまだなの?」と声をかけると、初めて、「電話をかけること」を思い出したようです。お母さんは、「電話をかけさせてください」と言う練習をさせたかったのに、電話をかけることを忘れてしまうとは思いませんでした」とがっかりのメールをいただきました。子どもに教えたことを試させる楽院があってありがたいといわれます。このような失敗があっても、気がつく大人がいるからでしょう。 次のレッスンの時、「電話を貸してください」と言いにきたSくんは、終ると、「これ・・・・・・」と言って、10円玉を差し出しました。楽院には「自分の家のように電話を使うお子さんもいるため、Sくんだけにお金をいただくわけにはいきません。「お金はいいわ」と返しました。ほかのお子さんのレッスン中であったので、私もきちんと説明できなかったのですが、本当は「電話のお金は必要ないからお母さんに返してね」ときちんと話してあげなければいけなかったと反省しています。 翌週、お母さんがまたがっかりした声で、「お金を返されたら「また使わせていただくことがありますから」とお渡ししなさいと教えてあったのに・・・・・・・」と言われます。私が忙しそうにしていたので、「余計なことを言わずに帰っていったのかもしれません。親御さんが「こう言われたら、こういいなさい」と想定して、教えても、ほんの少し、状況が違うと、どうしたらいいかわらかなくなるのが、小学校の低学年の子どもです。こうして、いろいろな体験をして、失敗を重ねることで応用がきくようになっていくのだと思います。 お仕事をしながら、お子さんの自立のために、心をくだくお母さんにはご苦労なことですが、こうして、「これができた」「これができなかった」と観察しながら、自立を促す子育てをしていただけるSくんは、とても幸せであると感じます。子どもは教えられたことしかできないものです。「なんとなくできるようになること」はまずないと思います。特に、何事もとても便利になったこの世界ではなおさらです。大人が意識したうえで口を開く機会を与えたり、考えさせないと、子どもは受身のまま、大きくなってしまいます。自立できる子育てをしたいものです。 子どもたちとつきあうと面白いことがたくさんあります。今日は、小学生の授業で笑ってしまうことがありました。小学生になると自我が芽生えるため、いつでも、大人の私たちの言うことを何でもきくわけではなくなってきます。私たちは、幼稚園の頃と同じく接していても、子どもが成長して、自分の気持ちが優先されるのでしょう。今日は特に夏日で暑かったため、子どもたちは、頭も体もなるべく使わずに個人発声をやり過ごそうとしていました。
幼児期であれば、少し厳しい声を出してピリッとさせますが、小学生になったら、自分から意欲を持たせる必要があります。私は子どもたちにこんな質問しました。「もし、自分がお母さん(お父さん)だったら、自分の子どもには一生懸命、取り組む子供が欲しいか、ダラダラしながら、イヤイヤ取り組む子どもが欲しいか?」。この質問に対して全員が共通して、「一生懸命、やる子どもが欲しい」というから、お腹を抱えて笑ってしまいます。自分がダラダラしている子どもほど、「自分の子どもには、頑張っている子が欲しい」というのですから。「そんな立派な子どもが欲しいなら、まず、自分が一生懸命、頑張る人にならなくちゃね!」。自分のことを棚上げにできないことなど、初めて聞いたように子どもはびっくりしたように、意識を持って取り組みはじめました。 これは、子どもたちが、まだ、小学生の低学年で、自我が芽生えたと言ってもまだ可愛い盛りであるということかもしれません。もう少し大きくなると、質問に答えてくれなくなるのかもしれませんね。 何にしても、子どもの世界は、純粋です。私が「将来、お父さん(お母さん)になったら…」と想像させても、誰も「もし、結婚できなかったらどうしてくれるのですか?」とか「子どもができないかもしれないのに、人権侵害だ」などとは絶対に、言わないのですから。将来、子どもたちが、お父さん、お母さんになるかはさておき、「自分が親になったら・・・」を想像して、育ててくれるご両親の気持ちを想像できる子どもに育って欲しいと思うのです。 天空の不思議を目の当たりにした金環日食の中、私は、埼玉県の幼稚園へと出かけました。実は、数日前、幼稚園のある歓喜院聖天堂が国宝の指定を受けたとNHKで知ったばかりでした。国宝の内示は途中で話がもれると取り消しになることもあるのだそうです。そのため、幼稚園の先生をはじめ、関係者も発表されるまでご存知なかったのだそうです。参拝者も増えて、お寺の周辺はお祝いムードでした。
極彩色の彫り物は、日光東照宮の建築から、100年経ってから作られたため、建築の技術は東照宮よりも高度であるそうです。また、当時、幕府の財政が傾いていたこともあって、それ以後、金箔や色うるしを使うことが禁止されたため、聖天さまの後には同じような装飾建築は存在しないのだそうです。そして、東照宮のように幕府の命で建立されたのではなく民衆の信仰心によって浄財を集めて建てられたことが国宝に指定された理由とのことでした。さて、「国宝の幼稚園」であるこの園は、数ヶ月前、テレビで木下式を実践する様子が紹介されています。そのため、いつ、どなたが幼稚園のお子さんの見学にこられるか分かりません。心を引き締めて、各クラスを実践指導する先生方の指導をさせていただきました。 この幼稚園は私にとって、とても縁のあるところなのです。その昔、私が音感を教えはじめてまもない頃、木下先生とこの幼稚園にうかがったことがあります。当時はまだ若く、意欲のない幼児に、意欲を持たせる方法など分かりませんでした。みんなと一緒に一生懸命、取り組まない子供たちに対して、どうしたらよいのか分からなかったのです。 「子どもがやりたくないのなら、無理にやらせても仕方がないのでは・・・」。そんな風にも感じ、私も無気力な指導となりました。子どもたちも益々意欲がなくなっていきます。そんな時、木下先生のゴツンという拳骨が飛んできました。幼稚園の先生たちは、今でも当時のことを思い出すと緊張されると言います。 あれから、20年以上が経過しました。私は、「子どもが無気力な様子を見せるのは、自分に自信が持てないから」ということを、実践を通して理解できるようになりました。今日も、クラスに数人、他のお子さんに口裏を合わせ、全力投球しないお子さんがいました。せっかく一緒に勉強するなら、苦手であっても、心を入れて取り組むことを教えなければなりません。一人ずつ、声を出す練習をして、全員ができるように指導しました。最後まで残った意欲のない男の子は、最初は嫌々でしたが、「君ができるようにならないと、みんなも終わりにならないし、みんなも君にできるようになってほしいと応援している」と声をかけると、無気力だった子も本気になります。 子どもを本気にさせるのは、疲れることです。しかし、本気にさせずに、あきらめると、子どもは何に対しても意欲も気力も持てなくなってしまいます。子どもに意欲がないのではないのです。意欲を持つ必要性を感じさせてもらっていないのかもしれません。せっかく、縁あって素晴らしい国宝の幼稚園が木下式を実践しているので、今年は、子どもたち一人ひとりに焦点をあてて、能力を向上させたいと思ったのでした。 3年生の甥Yが通う合気道の教室には、近く大勢の外国からお客様が来日されての演舞会が開かれます。その際、「ぜひ、日本の国歌を歌ってほしい」とのお話があり、甥が歌わせていただくことになりました。この話を聞いた甥は、「ぼくは、ずっと君が代を知りたいと思っていたから、すごく楽しみだ」と口にしました。
なんでも、公立小学校に丸2年、通いましたが、その間、入学式をはじめ、始業式、終業式において、一度も国歌を歌ったことがなければ聞いたこともないというのです。オリンピックなどで日本が勝って国歌が演奏されても、一緒に歌えないというのです。楽院で育った子は、誰かが歌うメロディーラインを聞けば、それに合わせて歌うことができる特質があります。しかし、スポーツ選手が口ずさむ「君が代」は、子どもに正しい歌詞とメロディーラインを理解させるのは、少々、難しいのでしょう。 何気なくテレビをつけると、バレーボールのロンドン五輪世界最終予選において日本選手が国歌斉唱をしているところでした。残念ながら、選手はみな、批判されない程度に口を動かしているだけに見え、君が代の歌詞ははっきりとは聞き取ることができませんでした。やはり、歌を歌うなら、日本語の発音を大切に、歌詞をはっきりと正しいメロディーラインで歌ってほしいと思うのは、私だけでしょうか。
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赤ちゃんや小さな子どもがいたら、たくさん話しかけてあげてください。忙しいからと言って、ビデオやテレビなど、一方通行の機械に任せるのは好ましいどころか、発達不全を招く恐れさえあります。お子さんの心に響き、情緒を育むのは、お母さんや周囲の人たち愛情のこもった言葉がけに代われるものはないのです。
子どもは知っている単語が少なかったり、言い回しが理解できないと口をきこうとはしません。正しい言葉の使い方を教え、模倣させるのも大切です。「幼稚園の先生に『明日は家族で旅行にいくので、お休みさせてください』と伝えてね。言ってごらん」など、事前に真似をさせて練習しておくと、言いやすいかもしれません。
幼児期であれば、少し厳しい声を出してピリッとさせますが、小学生になったら、自分から意欲を持たせる必要があります。私は子どもたちにこんな質問しました。「もし、自分がお母さん(お父さん)だったら、自分の子どもには一生懸命、取り組む子供が欲しいか、ダラダラしながら、イヤイヤ取り組む子どもが欲しいか?」。この質問に対して全員が共通して、「一生懸命、やる子どもが欲しい」というから、お腹を抱えて笑ってしまいます。自分がダラダラしている子どもほど、「自分の子どもには、頑張っている子が欲しい」というのですから。
極彩色の彫り物は、日光東照宮の建築から、100年経ってから作られたため、建築の技術は東照宮よりも高度であるそうです。また、当時、幕府の財政が傾いていたこともあって、それ以後、金箔や色うるしを使うことが禁止されたため、聖天さまの後には同じような装飾建築は存在しないのだそうです。そして、東照宮のように幕府の命で建立されたのではなく民衆の信仰心によって浄財を集めて建てられたことが国宝に指定された理由とのことでした。
なんでも、公立小学校に丸2年、通いましたが、その間、入学式をはじめ、始業式、終業式において、一度も国歌を歌ったことがなければ聞いたこともないというのです。オリンピックなどで日本が勝って国歌が演奏されても、一緒に歌えないというのです。