麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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2017年 05月 07日 ( 1 )

共に生きるためには

楽院は、障害があるお子さんも、ないお子さんも、音楽の能力が同等になれば、一緒に勉強をさせてきました。この「区別しない」という事実は、文章にすると、耳に優しいものですが、一緒の空間にいる、というのは、きれいごとでなく、双方に努力を求め、実は、とても厳しいことだと感じます。

e0143522_20155252.jpg幼児期の子どもは、最初は、仲間の能力差には気づかないものです。でも、だれかが能力差に気付くと、その子を下に見始めることもあります。これは、私自身が3月生まれで経験したことですが、クラスの中で行動が遅い、できないことがある、泣いてばかりいることで、あっという間に「いじめられ役」になっていました。

幼稚園でいじめられる経験をすると、その後も、長くそこから抜け出せないと個人的には感じます。「いじめる側もいじめられる側」も表裏一体です。幼稚園の頃、「いじめる側」だった子が、小学生になったら「いじめられる側」になっていた、というのもよくある話でした。反対に、いじめられていた私は、自分より弱い弟に同じことをしていじめて、よく叱られたものでした。自分がやられたことは、誰かにしてしまいたくなるから、私は子供たちを「いじめる方もいじめられる方」にもしたくないのかもしれません。

障害を持つ子も、どちらかというと「いじめられる側」になりやすいものです。それでも、楽院の集団の中で、みんなと一緒に頑張れるように育てるのは、どんなハンデがあっても、音楽を学ぶ上では、平等であることを知ってほしいからです。

もう一つ、ハンデを持っていることで、必要な配慮はしても、だからといって、その子を「特別扱い」をしてはいけないと感じる理由があります。それは、障害を持つ子本人が、いつしかそれを利用して、「自分にやらなくてもいい理由」を付けることも覚えていくことです。

たとえば、「目が悪いから」「足が悪いから」というと「かわいそう」と許されることをしると、できることも「~だから、できない」と最初からあきらめる癖がついてしまうこともあります。

私自身、長年、いじめられる側に甘んじたことで、卑屈な自分をイヤだと思っていた時期がありました。だから、自分のまわりの子どもには、なるべく、そうならないように、できることはしたいと思っています。

卒業した子どもたちが、「楽院では、先生たちが厳しい以外の友達関係は平和だった」と感想を述べます。当時を思うと、親御さんの中には、「この子と一緒のクラスにはしないでほしい」とか「あの子ばかり、特別に手をかけて」と不満に思っていた方もいないわけではないと思いだします。しかし、当の子どもたちは、「平和だった」「楽しかった」という感想を持っているのですから、子どもたちのことは、守れていたのだろうと思うのです。

これからの世の中は、益々、いろいろな人との共存が不可欠になり、「差別」をしてはいけない社会になっていくことでしょう。でも、差別をしないためにも、されないためにも、お互いに努力は必要で、それは、どちらか、一方だけの努力でも、我慢でもあってはならないと感じています。
by k-onkan | 2017-05-07 23:13 | 発達障害 | Comments(0)