麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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いい報告はいつでも嬉しい

今日は、楽院の名誉団員であるZくんが、企業内で行われた「社内接客コンテスト」で優勝したお礼の挨拶に訪ねてくれました。一流企業の「優勝トロフィー」はかなり重みがあり社内コンテストといっても大きな催しであることが感じられました。

e0143522_17542177.jpg子どもの頃から、他人の後ろに隠れて自分が前に出たり、持っている力を100%出し切るタイプでなかったZくんの活躍は、木下先生にとって何より嬉しいことだったため、本人に優勝の賞状とトロフィーを持たせて、みんなで記念写真を撮るなど、私たちも調子にのって「やりたい放題」しました。

本人は、「子どもの頃から、こうやって賞状を取ってくる子どもだったら、大人になって、こんな恥ずかしい目に合わされずに済んだのに……」と恥ずかしがっていましたが、子どもの頃から、「いい声なんだからもっと頑張れ」と叱咤激励してきた木下先生の気持ちを忖度して、苦笑いしながら付き合ってくれました。

思えば、合宿のマラソン大会といえば、「来年こそは、ブービーから抜けよう」という「残念賞」の記念撮影に木下先生と写るのが恒例で、「来年は頑張りなさいよ」と声をかけても、「足が遅いのは何をしても遅いんだから、仕方ないじゃないですかぁ」と開き直り、私の怒りを増幅させる「一言」を絶妙なタイミングで言うのがこの子でした。そのZくんが大人になって、「まわりの期待」に素直に応えて優勝するための努力をして取ってきた賞状とトロフィーが嬉しくないはずはありません。

木下先生は、子どもたちにも「一流企業につとめている男の先輩が発声の練習にきたんだぞ」と伝えていました。そして、その話で高学年の男の子たちの目の色が変わったのです。

これまで、女の子たちには「声が出ないまま、お母さんになって、子育をてすると、子供が低い声になったり、調子っぱずれになってしまうよ」とか、「女の人の声は低いより、高い方が魅力的」など、発声練習にモチベーションを持たせることができたのですが、成長とともに声変わりを経験する男児は、「声がいいこと」は子ども時代の特権で、大人になってから「プラスになること」などないと思っていたのかもしれません。立派な会社に務めるようになっても、声を出す機会があること、そして、はっきり話せることで評価が高い場面もあると知り、後輩たちの良い刺激になったと思います。

子供時代に学んだことは、いつか、どこかで、何かの役に立つはずです。そして、子どもの活躍は何歳になっても嬉しいものです。そのことを信じて、今やる気を出す子も、今すぐに出さない子も、含めて、これからも叱咤激励していこうと思っています。
# by k-onkan | 2017-06-24 23:48 | 名誉団員・卒業生 | Comments(0)

何人に増えてもすることは同じ

半年まえ、言葉がなかった年長の男児が音感かるたの訓練によって、「質問されたことをオウム返しではなく、答えること」を覚え、音符の読み書きを学び、音を聴き分けたり、音符の読み書きができるようになりました。それに伴って、ひらがなも読めるようになりました。以前は木下先生に「名前は?」と聞かれて「名前です」と答えていたのが嘘のようです。

e0143522_17202071.jpg長年、こうした子どもたちの成長を見てきたので、「障害があるからありのままでいい」とは思えず、「できる」と信じて関わること、必要なことに手は貸しても「特別扱い」せずにみんなで一緒に学び成長することの大切さを感じています。

現在、全国の公立小中学校では、「通級指導」を受けている発達障害の児童・生徒が9万人を越えたと言われています。この20年で、7倍以上に増えているようです。発達障害になる要因も増えているとはいえ、7倍とは、すごい人数です。

けれど、昔もそうした特性を持つ子は大勢いたと思うのです。ただ、20年前の方がもう少し、大人が子どもに慣れていたり、子どもと関わる機会が多かったり、自分の特性の隠し方や付き合い方を覚える機会が多かったかもしれません。何より、「ちょっと変わった子ども」でも何か特技があれば生きられるおおらかさがもう少しあったと感じます。

楽院にも立派になった卒業生が大勢、顔を見せにきてくれますが、「子どもの頃の自分を考えたら、自分にも発達障害の特性はあると感じる」という子は少なくありません。しかし、「少し落ち着きがない」「人の話を聞かない」と注意されながら、それなりに、社会の中で特技を生かして活躍しています。彼らが子どものころの親御さんは、自分の子どもを支援クラスに入れたいとは思わず、できることをして、なんとか困らないようにさせたいと必死だったように思います。

前述のお子さんは、1年前は、「発達を判断するための検査が受けられない」ほど意思の疎通もできず、言葉もありませんでした。その子が、今年の検査では「4段階で一番軽い」という結果が出たといいます。1年間の発達を「成長」として喜ぶか、支援が少なくなるから困る」と考えるのかは、親御さん次第です。

けれど、発達障害がある子も、ない子も、楽院に通っている間は、私たちの「生徒」なので、何があっても発達させなければと思っています。発達障害がある子は特別な目で見られがちですが、彼らには特性による不便さもありますが、特性ゆえの「長所」もたくさんあります。

それは、不器用であっても、真面目に努力して、一度できるようになったことは簡単には忘れない、という長所です。こうした能力が定型発達のお子さんの励みになり、よきライバルになることもあるのです。世の中に、発達障害を持つ子が何人に増えても、これからも、楽院は特別扱いもしない代わりに、排除もせずに、これからも、子どもたち同士で、いい反応を起こさせ、成長させていきたいと思っているのです。
# by k-onkan | 2017-06-23 23:17 | 発達障害 | Comments(0)

跳ぶうさぎにはほど遠くても

最近、2年生の甥Kは、母である瑠音先生から久々に大目玉をくらいました。なんでも、1ヶ月後にせまった成果発表会に曲を、「間違っていたから、もう一度、弾きなさい」と言うと、「なんで、やらなくちゃいけないんだぁ」と突っ伏して泣いて抵抗したようなのです。その姿に瑠音先生は大激怒!!。

e0143522_17174673.jpg「Kちゃん、にぃにが2年生の時は、ピアノも勉強も、今のKちゃんの3倍はやらせていたよ。にぃには、どんな時でも、泣きながら最後までやった。でも、Kちゃんは、たくさんやらせるとすぐに、怒って泣くから、最小限しかやらせたことは、ないのよ。それなのに怒って泣いて嫌がる人は、もうやらなくていい!!」。

瑠音先生が、突然、切れると、私や木下先生さえ、恐れるほどこわいのです。事後報告で話を聞いても神妙な気持ちにさせられるのですから、その場にいた兄甥はさぞかし、震え上がったことでしょう。しかし、一度、怒らせたら、これまで、沈黙していたことも一緒に出てきたようです。

「お父さんが、毎日、楽しくて会社に行っていると思っているの?お父さんだって、会社に行きたくない日だってあるのよ。でも、子どもが二人いて、ちゃんと育ててるために働かなければいけないから、Kちゃんたちのために頑張っているんじゃないの!?お母さんだって、ご飯を作らなくていいなら作りたくないわよ。そんな人は、もう知らない!!!」と自分の部屋に閉じこもったそうです。しばらくして、ピアノを練習したKが「お母さん、ごめんなさい」と謝りに来たそうです。

その後は、こんな話になったようです。「『うさぎとかめ』に出てくるうさぎの中には、休むウサギもいれば、跳ぶウサギもいるのよ。Kちゃんは、カメはもっと遅いからと、お休みをしてしまうウサギよ。そういうウサギは、頑張っているカメに負けてしまうのよ。ニィニは、跳ぶウサギではないけれど、休まないウサギよ」。実は、陸上部で頑張る兄甥からも「Kは、僕よりスペックは高いけれど、努力をしないから……」と、やんわり非難されていたようです。

「幼稚園の時は水泳が、一緒のクラスだったXくんは選手コースで頑張っているから、どんどん、Kちゃんより上手になっているでしょ? Xくんは跳ぶウサギなのよ」。数年前、Kも選手コースのお誘いをいただいたことがありますが、「お母さんがやって欲しいならやる」といって「お母さんのため、ではなくて、自分でどうしたいかを決めなさい」と言われ、「やっぱり、たいへんだからやめる」と辞退したのでした。

兄甥がいうように、第二子は、第一子より、器用で運動神経もよく、感覚も優れています。しかし、なぜか、感覚が優れていると、自分の力を出し惜しみするのか、最小限の努力で乗り切ろうとしているように見えるのです。

心配症の兄なら、大事なことがある前日は、「大丈夫かな、ちゃんとできるかな」と不安で、最後の最後まで、練習したり、復習したりするのですが、楽天的な我が家の血が濃い弟甥は、「大丈夫、大丈夫」と言って大事な場面で、結果が出せないことが多くあります。

これからも「休むウサギ」のまま、努力をしないで方針なのか、少しは兄を真似て努力することを覚えるのか、それは、分かりませんが、とりあえず、その日は、いつもは「Kちゃんはいい」と遠慮する家族一緒のランニングに参加して、尾瀬の3キロマラソンの練習をしたようです。

心配症の兄は努力家で、多彩な弟は無理強いすると逆切れするタイプです。それでも、「弟が嫌がるから」と言って瑠音先生が最低限は諦めずに、継続させるのには理由があります。それは、三人きょうだいの末っ子として、自分がピアノも水泳も泣いて嫌がった時に、「そこまで嫌がるなら、やらせなくていい」と根負けした父に、心密かに「泣いても、怒っても、ちゃんとやらせてくれたらよかったのに」と少し恨んでいるからなのです。

どんな性質であっても、同じ親の子である兄弟は、特定の子だけが評価されたり、特定の子だけが問題児扱いをされることで、兄弟間に軋轢が生まれたり、親を恨んだりするということを私たちは経験から知っているのです。特に、瑠音先生の子どもの頃に姿形も性質も、何から何までそっくりなKゆえに、せめて、たまに休んでも前に進むウサギに育てる努力をしているのでしょう。
# by k-onkan | 2017-06-22 20:38 | 我が家のこと | Comments(0)

続ければ分かるようになる

とても嬉しいことがありました。それは週2回、通う年中の女の子が音感かるたの図柄を見て、「ド」「レ」と音名に繋げられるようになったことです。これまで、一生懸命、教えてきましたが、フィリピン出身のお母さんを持つSちゃんの家庭の会話は、ほとんどが英語で、その分、日本語の習得が難しかったのです。

e0143522_13122367.jpg音感かるたの説明では、指導者が「しかられ・たーの・シ」と手本を示せば、同じイントネーションと同じ口型で美しい声で真似をしますが、「そろそろ、記憶できたのでは?」と「しか…、何だった?」と二語先導を試すと、「しかなめ・らーの・シ」と、母音は同じでも、まったく異なる子音で意味のない言葉になってしまいます。

音感かるたは、「茶色のシカ」が「シ」と覚えるものではなく、「シカさんが泣いているのは、お父さんか、お母さんか、だれかに「叱られた」から泣いているから、しかられたのシ」なのです。そして、意味づけの語尾が音名「シ」を表しています。

大人であれば、「犬がド、カメはレ、小鳥がミ、ロボットがファ、パンダがソ、うさぎがラ、シカがシの印」と意味なく覚えることができるかもしれません。けれど、幼い幼児には、物事を関連づけて記憶させないと、記憶が定着しないのです。

そこで、「どろんこをして汚れているワンちゃん」「レスリングというおすもうごっこに似た遊びをしているカメさん」「電車ごっこをしながら、みんなであそぼうと呼んでいる小鳥」「ファントマという名前の怪人ロボット」「風船で空を飛んでいるパンダ」「ごっつんことらんぼうをするウサギ」「叱られて泣いているシカ」と、説明の中で、音名と同じ韻を持つ言葉を登場させています。

しかし、いつまでも、「どろんこ」「レスリング」「みんなであそぼう」「ファントマ」「そらまで」「らんぼう」「しかられた」という意味づけに直接、関連する言葉によって、思い出させていると、連想力や記憶力は伸びません。

そこで、「よごれている」「おすもうごっこ」「電車ごっこ」「怪人ロボット」「風船、パンダ」「ごっつんこ」「泣いている」という言葉から意味づけ語を答えるという、もう一段階、難しい課題が用意されています。

これを「想起語」と呼ぶのですが、親御さんのどちらかが外国出身のお子さんには、この用語の意味が分からず、連想できるようになるまで、とてつもなく、高いハードルなのです。「しかられた」を「しかなめた」、「みんなであそぼう」を「みんなであとろう」と言っている子どもには、想起語がどこからきた言葉かもわからないのは、当然です。

数か月前からピアノをはじめたり、週に2回、通っていただいたりして、少しずつ音感で使う日本語だけは、分かるようになってきて、音感かるたと音名が結びついてきたようです。せっかく、楽院に通ってくるからには、歌が上手なだけでなく、音感能力があって、音符の読み書きのできる子に育てたいと思っています。そして、そこは、バイリンガルでも、日本語が苦手でも、一度、お預かりしたら、関係なく伸ばさなければ、と頑張っているところです。
# by k-onkan | 2017-06-21 23:28 | お稽古事 | Comments(0)

いい意味の競争は大事!だと思う

恒例の保育園の指導に出かけました。前回、年長クラスの担任の先生にお願いして、子どもたちに「頑張りシールの数を競うゲーム」をしていただくことをお願いしました。ちょうど、会社の営業成績をグラフにして、誰の売上が高いか、個人の成績が一目でわかる、そんな表を想像していただければと思います。

e0143522_19484970.jpg「社会に出たらいやでも競争するのだから、幼児のうちから、そんなことをさせないでほしい」と思われる方もいるかもしれません。けれど、考えていただきたいのです。日々、安全を守られ、衣食住を整えられて、何の不自由もなく生活する子どもには、「競争心」も「負けん気」も「自分が一番になりたいという欲求」もたいへん育ちにくいのです。

保育園の中で、どの子も平等に、同じものを与えられるのが当たり前です。そうした生活は、保護者にとっては安心ですが、年長児にもなると、少し物足りないのです。子どもは本来、「競い合うこと」が嫌いではありません。もちろん、自分ばかりが負けていて競争にならないと、つらいことですが、同じくらいの力を持つ同士が、勝ったり負けたり、引き分けたりする経験は、子どもには心地よい刺激といえます。

こうした「友達に負けて悔しい」とか、「もっと上手になりたい」とか、「自分が一番、上手」という経験が、子どもの心を育てます。悔しいときもあるでしょう。でも頑張ることで、喜びを感じることもあります。泣いたり、笑ったり、喜んだり、楽しんだり、そうしたさまざまな経験の積み重ねが幼児期には、大事なのですが、たいていの場合、子ども時代は嫌な経験を一切させてもらえないまま、厳しい社会に出されて、何の免疫もないまま、いきなり実社会の競争にさらされるのです。そうした中には、現実の厳しさに適応できない人がいるのも当たり前かもしれません。

そんな理由から、保育園の日々の生活の中で、「何かを特別に頑張った時」にシールを与えていただいたのです。子どもたちは、「ぼくは4個たまった」「私は一つ」と誇らしげに知らせてくれます。反して、シールがもらえない子は、まだ競争の仕組みが今一つ分かっていないように見えます。

この「頑張りシール」の効果かはわかりませんが、これまで、とてもいいところがあるのに、押しが弱く、常に誰かの後ろに隠れていた男の子が、別人のように「頑張る姿」がありました。私は、「音感を頑張ったシール」を貼っていただくように、お願いしました。

もう一人、別人のような変化を見せた男の子がいます。凸凹の傾向を持つゆえに、音感の時間は、体力的に「疲れた」「もうやらない」と最後まで参加したことがありませんでした。それなのに、今日は行儀よく参加したのは、「シール」をもらう多めに「一番になる」という目標があったからかもしれません。

「シールのために」頑張る気持ちは、私たちが「優勝賞品」や「賞与」や「褒賞」を目指して頑張る気持ちと似ているかもしれません。一般には、「金品につられて頑張るのは、さもしい」という考えがあるかもしれません。しかし、私たちは理想だけでは生きられないので、目に見える結果のために頑張るのも、決して、悪いことではないと思うのです。こうした「目に見える結果」に向けて頑張るのは男児が多いようです。

反対に女児のために、「頑張りシール」だけでなく、「心が優しいシール」もお願いしようかと思っています。「誰も見ていない時に、小さい子に優しくしていた」とか、「困っている友達を助けた」など、勉強や音感などで、頑張るシールがもらえなくても、何か他の長所でシールが貼れる工夫をお願いをしようと思っているのです。
# by k-onkan | 2017-06-20 19:47 | 保育園 | Comments(0)