麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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子供の責任じゃないこともある!!

いろいろなお教室で、来年度のクラス編成が決まる時期なのか、楽院にも「4月からのクラスは何曜日?」「○○ちゃんと一緒になりますか?」など、いろいろなご質問をいただいています。お稽古ごとに通ってお母さん同士が仲良くなったら、「子どものレッスン時間を合わせて、楽しく待ち時間を過ごしたい」と思うのはいつの時代も当たり前のことかもしれません。しかし、音楽に関しては、個々の音楽能力は、同級生でも大きく異なるため、お子さんに合ったクラスで必要な課題から、順序よく習得していただきたいとお願いししています。

e0143522_19525680.jpgそして、私は、15年前のことを思い出しました。当時、同じ幼稚園に通う仲良しママのお子さんが、異なるクラスに通っていました。女の子の家庭は両親ともに、音楽に造詣が深く、家族でクラシックの音楽を聴きにいったり、お母さんがピアノを弾いたりされ、女の子もすぐに歌好きになって、音感能力がぐんぐん伸びていきました。

反して、男の子の家庭は、特に音楽を専門的に勉強された方がいたわけでもなく、音楽に関する決まり事(ドレミファソラシドの配列)をなかなか覚えてはくれませんでした。ただ、とても素晴らしい美声を持っていたため、その声を鍛えながら、地道に反復をして音感能力を身につけさせたいと、簡単なクラスに通っていただいていたのでした。

しかし、仲良しのママ友であるがゆえに、他のお稽古事と同様、楽院も一緒に通いたいと思われたのでしょう。女の子のクラスに男の子も進級させてほしい、と言われ、「その日しか、音感を受ける時間はない」との言葉に仕方なく、同じクラスにしたのです。

けれど、能力が定着していない子どもに次の課題を行なうことは、建築でいうと耐震偽装のマンションを建てるようなものなのです。一見、同じことをしているため、問題がないように見えるのかもしれませんが、いろいろな課題に多くのヌケが生じ、音感能力が身に着かないのです。

木下式の訓練は段階的に順序立てて、その時々、必要なことを身につけるまで反復して、次の課題を与えるため、幼児とは思えない能力が身に着くのですが、カリキュラムを無視すると、消化不良を起こすほど、実は見た目より、難しいことを習得させているのです。

男の子は、美声の持ち主で、歌も上手でしたが、「音感」だけは自信が持てないまま、卒業していきました。本人は、「音感だけは、どうしても好きになれなくて、自分から聞こうとしなかったから、よくならずに、申し訳ない」と大人になって反省の弁を述べていましたが、実は、「このクラスでなければ、イヤ!」と言ったお母さんたちの責任はとても大きいと思うのです。

楽院は預かったお子さんを「木下式で育った子供」として恥ずかしくない歌唱力と音感能力をつける責任を担う教室です。しかし、クラス編成やカリキュラムの進め方について、親御さんが介入されると、「歌唱力や音感」が身に着かなくなってしまうこともあります。

教育現場で、「あの子と同じクラスはイヤ!」とか「あの子ばかり、可愛がられてずるい」などという親御さんの意見を耳にすると、「なぜ、日本の教育が平等になったか」が少し分かる気もするのです。しかし、平等を望んだのは、断じて子供ではなく、わが子を見守る親御さんなのでしょう。

子どもたちの権利は平等であって欲しいと思いますが、個々の能力は平等ではありません。そして、それは、子どもの責任ではありません。それぞれの子どもたちが、少しでも幸せに成長するために、私たち大人ができるのは、それぞれの良いところ、悪いところを謙虚に受け止めて、それぞれ、できることを精いっぱい取り組むことしかないのではないでしょうか。
# by k-onkan | 2017-12-14 19:52 | お稽古事 | Comments(0)

音楽が得意でも苦手でも・・・

音楽という科目は、国語や算数などと違って、どこの親御さんでも教えられるというものではありません。子ども時代に音楽と馴染みがあった家庭で育てば、歌うことや音楽を聴くことが身近なはずです。反対に、「音楽が苦手だったから、子供には親しんでほしい」という方は、音楽に対して緊張があり、気軽には楽しめないかもしれません。

e0143522_19243411.jpgそうした個々の家庭の「音楽に対する距離感」が、音感の勉強をはじめたばかりの頃の幼児には、多少、影響があると感じます。音楽に親しみのある家庭のお子さんは、歌を歌うことに抵抗もなく、自分から声を出そうするため、案外、すぐに歌えるようになるからです。

反して、親御さんが「音楽が苦手」というお子さんは、最初は、少し、怪訝そうに用心しながら訓練に向き合います。ちょうど、「できるか、できないか」試運転でもしているような感じです。だからといって、「絶対に伸びない」ということではないのです。最初に得意でなかった分、真面目に吟味して取り組んでいるからです。

木下式は音楽に馴染みのない家庭のお子さんを、歌唱を通して音感能力を身につけさせるために、考案されたものです。地道な反復訓練を重ねることで、少しずつ、声域を広げ、歌を歌えるようにして、その過程で音感能力が身につくのです。子どもは、「自分ができること」は、好きになったり、得意になっていきます。その結果、音楽に親しみを持てるようになるため、「音楽が苦手な親御さんの子ども」であっても、問題がないのです。

現在、楽院には大勢の孫弟子が通っています。彼らは、共通して歌うことが苦手ではありません。そのため、他の方から見ると「卒業生の子は、どんどん進級できて得だ」と思われることでしょう。しかし、実は簡単に歌えた子どもには、簡単に歌えたお子さんゆえの苦労があるのです。

それは、一つひとつの音に苦労も意識もせずに、声を出せる分、それぞれの音高に集中して刻み付ける時間が少ないまま、どんどん難しい課題に進むことです。はたと気づいた時に、簡単なことの中で、「きちんと理解していなかったこと」が見つかったりすることもあります。

つまり、クラスが早く先に進んだからといって、ずっと安泰ではなく、先に進んだゆえの苦労がちゃんと待ち構えているのです。そう考えると、音楽に馴染みのあるお子さんも、ないお子さんもそれぞれ克服するべき課題があることが、平等なのかもしれない、と思うのです。
# by k-onkan | 2017-12-13 23:20 | お稽古事 | Comments(0)

やっててよかった!!

定期的に通う保育園に指導に出かけました。子どもたちは、生活発表会を終えて、親御さんから「上手だった」「賢く見えた」など色々な感想を言っていただき、とても嬉しかったようです。不思議なことは、親御さんから園に丁寧な感謝の言葉や評価をいただいたご家庭のお子さんたちが、「何も言ってもらっていない」と言ったことでしょうか。

e0143522_1322152.jpgお母さんたちは、大人同士の会話の中で子供が上手になったこと、成長したこと、歌が好きになったことなどを評価してくださっています。それは、園の先生にとって、大きな励みになり、ありがたいことなのですが、それと同時に、子どもの目を見て、「歌が好きになって嬉しい」と言ってあげていただけたらと思います。子どもは、大人と違って、間接的な評価では、満足できません。たった一言のお母さんが口にしたコメントがずっと、心に残るものです。

私個人は、兄弟、姉妹を通わせた保護者の方たちが、「3年間、木下式を受けたお子さんの声」は「1年間、勉強した声」との違いを、気づいていただけたことが何よりホッとしたことでした。

その中には、初めて、木下式のレッスンをご覧になった時に「この教育が合う子にはいいけれど、合わない子が気の毒」と感想を持ったお母さんが、4年経過して、「みんなで歌う合唱のむずかしさ」をご理解くださっていること、そして、何より「そうした経験が、これからに役だつ」との評価をくださったことに、安心しました。

このクラスは、第二子、第三子が多く、それぞれ、いい子たちなのですが、「自分が、自分が」と前に出てくる長子タイプが少ないため、合唱をする上で、それぞれに自己主張が弱いことが悩みでした。でも、3年間の音感のレッスンを通して、「歌が上手になった」「音が分かるようになった」と感じ始めると、他人の後ろに遠慮がちに隠れていた子が、誰よりも先に、口を開けて、歌う準備をしたり、音を聴き分けて、自信に満ち溢れた姿に成長していました。そうした成果を見ると、やはり、「何もしないで、自由にのびのび、ただ遊ばせる幼児期」は、あまりにもったいない、と思うのです。
# by k-onkan | 2017-12-12 23:20 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

褒めたら次がある!!

最近、幼児部の親御さんから、「子どものお遊戯会で、劇も合唱もナレーターも、他のお友達より一際、声が大きくよく通り、1年前と比べて、いかに成長したかを家族みんなが感じて『楽院のおかげ』と感謝の気持ちでいっぱいです」というメールをいただきました。

e0143522_0144133.jpg1年前に入学した時は、とても低い声で、歌を歌っても、まったく通らなかったお子さんなので、それを思えば、大きな進歩であり、それをご家族が喜んでくださることは、何より嬉しいことです。しかし、実は、楽院では次の段階の指導が始まっていました。

それは、必要以上に「頑張り過ぎないこと」でした。声が大きくなって、歌にも自信がついたためか、最近、他のお子さんの声を聴かずに、自分ばかりが大きな声を出してしまい、周りと声が合わずに、叱られることが増えているのです。

これは、誰かとともに音楽を作りあげるために避けて通れないため、「自分だけ大きな声を出し過ぎない」「友達の声も聴いて、合せる」など、口うるさく伝えています。そのため、本人は、ご家族が、「楽院のおかげ」と喜んでくださっても、「楽院の先生は、全然褒めてくれない」と不満に感じているかもしれません。

親御さんは、子どもが頑張っている姿を見ることは何より嬉しいことだと思います。まして、他のお子さんより、自信を持って取り組んでいれば、褒めるのが当たり前です。でも、いつでも、一人だけ目立つことばかりが、正しいわけではないので、「先生」と呼ばれる私たちは、「次のダメ出し」を始めたのだ、このことを、ご家庭でもご理解いただき、子どもの気持ちの微調整をしていただきたいと思っています。
# by k-onkan | 2017-12-11 23:13 | 音楽 | Comments(0)

同じなら平等なの!?

小学生の子どもたちは、木下音感協会創立40周年記念パーティーで演奏するため、毎週、土曜日にお弁当持ちで、練習を行っています。パーティーでは、男女がチームに分かれて、「スタンツ(余興)」も行なうことになりました。

e0143522_23534384.jpg男子班の中には、土曜日に小学校があって、あまり練習に参加できないお子さんがいます。合唱は、短い練習時間でできる曲目だけを出演させることになっていますが、スタンツは、一緒に参加できるように、瑠音先生が「その子用の持ち場」を考えたのです。しかし、それも、なかなか練習する機会がありません。

私たち大人は練習時間がなくても、「なんとか他の子と同じことをさせてあげたい」と思ってしまいますが、それが「自分だけ上手にできない」という劣等感になったり、消化不良を起こす原因になったりしては、いけないと思うことが、最近、増えてきました。

ちょうど、お母さんから、「学校を休んで練習に出る日を作った方がよいでしょうか?」との問い合わせをいただいたので、まず、子供本人に「出たいか、出たくないか」を確認していただくことにしたのです。

こどもの答えは「どちらでもいい」というものでした。「どちらでもいい」は、「出たくない」ではないので、もしかすると、「出てもいい」という意味だったかもしれません。しかし、出ることにしたら、自分の責任を果たすことを求められます。そして、いい加減なことをしてしまうと、一生懸命、頑張る他の子の足をひっぱり、子供たちの不満の原因になることもあります。そこで、今回は、「どちらでもいい」なら「それほど出たいとは思っていない」と理解して、「スタンツはムリに出さない」という結論に落ち着きました。

本人は、自分が参加しないことに、少し驚いたのかもしれませんが、「自分が出ない経験」をしてみないと、自分が「出たい」のか「出たくない」のか、想像することができるようにはならないと感じます。

もし、友達が楽しそうにダンスをする姿を見て、「やっぱり、ぼくもスタンツがやりたかったなぁ」という言葉が出たら、「そのことに気付いてくれて嬉しい」とお母さんから、伝えてほしいと思います。そして、「次は、『どっちがいい?』と聞かれたら、『どっちでもいい』ではなく、出るか、出ないか、どちらかに決めよう」とアドバイスをしていただけたらと思います。

もし、今回、特にコメントがなければ、本人にとって、学校もたいへん、楽院もたいへん過ぎず、ちょうどいい状態なのかもしれません。何しても大人はとかく、「他の子と同じことが平等にできること」にばかりに目をむけがちですが、子供本人が全力投球できる「限界」を見極めることも、大事なことだと思うのです。
# by k-onkan | 2017-12-10 23:53 | 児童 | Comments(0)