麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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カテゴリ:しつけ( 269 )

親が鬼より下ではいけない!

3歳の男児を持つ卒業生が、面白いことを教えてくれました。それは、スマホには「鬼から電話」という無料アプリがあり、「男児を持つお母さんはぜひ、持っていた方がいい」とママ友から勧められたという話でした。

e0143522_16391738.jpg男の子が1歳後半だった頃は、絵カードにもあまり興味を示さず、言葉も遅く、卒業生はとても心配したようです。言葉を話さなくても、絵カードを教え絵本を読み、たくさん話しかけ続けたら貯めていた言葉を文章で話すようになったと言います。今では2歳の男の子にしてはよく話し、お母さんの口調にそっくりに、少々、生意気なことも言えるようになったようです。

「絵カードは全然、聞かないし、何を聞いても答えなかったけれど、諦めずに続けていたら、結構、覚えていたんだと、話せるようになってから、分かった」とお母さん。「麻奈先生のアドバイスと『折れない子ども……』の本を参考にしていなかったら、とんでもない子育てをしていたかも」というメッセージが届きました。

楽院の2歳児もそうですが、親御さんに愛されている自信を持ち、言葉を話すようになって、自信が芽生えたら、次にしなければいけないことが「しつけ」です。「いいことはいい、ダメなことはダメ」をきちんと、教えること。ですが、子どもというものは、毎日、一緒にいるお母さんの言葉には少しずつ慣れて、軽んじてしまう傾向があります。

絶対に、「これだけは言うことを聞かせなければ」という時には、東北地方の「やまんば」のような存在が必要で、「鬼から電話アプリ」もその一つの手法なのでしょう。但し、乱発は禁物、だと思います。小さいことで、すぐに「鬼から電話」が来ていたら、子どもは怖くなくなり、何も言うことをきかなくなってしまうでしょう。

卒業生も一度だけ、「歯磨きをしなさい」と言っても、男の子が言うことをきかなかった時に、「鬼から電話」に頼ったそうです。しかし、その晩はトラウマのようになり、スマホに触れることもできなくなり、お母さんが心配になるほどだったそうですが、翌日から、「歯磨きしないと、鬼がきちゃうもんね」と自分で歯磨きをするほど効果的だったようです。

幼い子どもがどうしても、心を決められなかったり、わがままを抑制できない時の最後の手段としては、「鬼から電話」や「ライオンの部屋」、「なまはげ」、「肝試し」は有効だと感じます。ですが、すべてを「怖いもの」に頼り親はしつけをしなくていい、ということではありません。

なぜなら、本来、「しつけ」は、「鬼」や「怖い人」にしてもらうものではなく、家庭で両親や祖父母などがするものだからです。

子どもが悪いことをしたら、「鬼」のように怖くなるのは、「スマホ」ではなく、親や親族であってほしいと思うのです。

子どもはやがて「鬼から電話」も「ライオンの部屋」も架空のものだということに、気づくはずです。その時になって、「鬼なんて、本当はいないじゃん」と、悪い行動に歯止めがきかなくなったら、善悪の区別も社会のルールを反しても、平気に思うかもしれません。

「鬼がくるから、やめて」ではなく、「お母さんの子どもは、そんなことをしてはいけない」という言葉で、自己を抑制できるように、少しずつ、諦めずに育ていきたいものです。

by k-onkan | 2017-10-02 23:37 | しつけ | Comments(0)

子供中心に育てるのはダメ!

木曜3時クラスは、レッスンが終わると、すっきりした生徒たち―おもに孫弟子―が、のぞみクラスの運動器具で楽しく遊んでいきます。ちょうど、学校から帰る小学2年の甥もピアノの練習を終えて、とても楽しく交流しています。そこに、木下先生がやってきて老化防止に練習している楽器の披露をしたりするので、とても賑やかです。

e0143522_12405811.jpg子どもたちは、レッスンを終えた自己肯定感と、楽院に慣れ親しんでいるという余裕から、少し調子に乗る時期です。ちょうど、演奏を終えた木下先生が、のぞみクラスの部屋を覗くと、2歳のAちゃんが、甥Kと楽しく遊ぶ邪魔をされたくないと思ったのか、「あっち行って」とドアを閉めたようです。木下先生は、笑いながら「あっち行って、って言われちゃったよ」と私に伝えにきましたが、これは、「危険なサイン」です。

なぜなら、その昔、2歳だった弟の長男が、普段、甘やかしていた父に「じぃじ、あっち行って」と言って激怒、させたことがあるのを思い出したからです。「この家は、誰の家だと思っている。あっちへ行ってとは、何事か」と叱り、お嫁さんと一緒に謝っていたことを思い出したからです。

私は、望クラスで遊ぶAちゃんを抱いて「ここは、木下先生のお教室よ。木下先生に『あっち行って!』という人は、来てはいけないのよ。Kちゃんだって、小さい頃、木下先生に『あっち行って』と言って、瑠音先生や麻奈先生に、とても叱られたのよ。Aちゃんも、絶対に、大人に『あっち行って』はダメよ」。優しく言い聞かせると、ことの重大さに気づいたようです。「一緒に、謝りにいこうか?」と促すと、素直に「うん」というので、木下先生に、一緒に「ごめんなさい」をしました。「いいよ、いいよ」と言っていましたが、その優しい声が怖いのです。

昔なら、一家の大黒柱であるお父さんは、上座に着席して、おかずは一品多いなど、特別な存在で、決して、子供が口答えをしていい相手ではありませんでした。でも、子ども中心の現代社会では「お父さん、お母さん」より、子どもが偉いと勘違いさせやすい環境にあります。でも、それを知らないまま、自分が中心で、やりたい放題を許されたら、決して、子供らしい素直さは育たないと感じます。

家庭のことは、それぞれにお任せするとして、楽院の中では一番、偉いのは木下先生です。そして、子供たちが、どんなに歌唱や音感が身についても、教えてくれる先生や、通わせてくれる親御さんより偉そうにしてはいけない、このことだけは、「楽院のルール」として知らせておきたいと思っているのです。

木下先生のように、ウワっと激情的に叱る人は、現代社会には少なくなってきました。とはいえ、口に出して言わないだけで、かわいくない態度を取る子どもを「かわいい」と思ったり、優しくしてくれたりする人はほとんどいません。子どもを子どもらしく、素直に可愛く育てるためには、「子ども中心」ではいけないのだと思うのです。
by k-onkan | 2017-09-28 23:36 | しつけ | Comments(0)

絶賛、ナマハゲ中!!

数日前の日中交流演奏会には、卒業生と孫弟子たちも応援に来てくれました。その中で、感心したのが、1歳7ヶ月の男児でした。ちょうど1週間前の成果発表会では、ホールの客席で泣き声を出してしまったのですが、今回は泣いたり、声をあげることなく、とてもよい子にしていました。

e0143522_19405038.jpg帰りの車の中では、疲れてグズってたいへんだったと聞きましたが、「大勢の知らない人がいる場所で、わがままを出さずに我慢すること」に挑戦してやり遂げたのですから、お母さんと二人きりになったら甘えの気持ちが出るのは、1~2歳の間は仕方ないことだと思います。大好きなお母さんだから、甘えられるのだと思って、受け入れてあげてほしいと思います。

実は、その前日、望クラスのレッスンの中で、「楽院の教室にいる間は、主導権は男の子ではなく麻奈先生にあること」を知らせたばかりでした。そのため、交流会に来た時には、私が手を出すと少し迷惑そうな顔で、でも「仕方がない」という風情で抱っこをさせてくれました。

表情はキリッとして、目で私をにらみ、わがままを言わない代わりに、甘えもしない、という分別のようなものがありました。この姿を見たから、「たった1歳でもしつけは大事」と感じたのです。

幼い子に「しつけをする」というと「かわいそう」という大人もいますが、何も1日24時間の全てを大人に従わせてほしいわけではありません。たとえば、よそのお宅や公共の場など、自分の家庭と同じように振る舞えってはいけない場所が存在することを知らせ、「切り換え」させるために、大人が手を貸しているにすぎません。

幼児期は、子どもが自分で自分を抑えることが難しいため、あまりに目に余る行動をするなら、私が「ナマハゲ役」でいいと思っています。最近は、秋田のなまはげも「子どもがかわいそう」「トラウマになる」と言って廃止されそうだという話を聞きます。でも、楽院には、子どもが、自分で自分を律せられるようになるまでは、「なまはげ」はいるのです。

この演奏会でもお手伝いにきてくださった卒業生の3歳の女の子が、「ママ、ママ」とお母さんを求めて泣き叫んでしまいました。最初は様子を見たのですが、誰にも止められそうにないので、私がサッと抱き上げると、普段、音感を教わっているため、「まずい」と思ったのでしょう。静かな声で「麻奈先生を怒らせたいの?」というと、「わかった。もうしない」と自分をコントロールしていました。

幼児部の頃は、私を「猛獣使い」のように怖がっても、小学生になって、自分に自信が芽生えると、生意気なことを言ったり、口答えもできるようになります。しかし、それまでは、私が「猛獣使い」です。でも、本心を言えば、本当は「怖い人」は一家族に一人、家庭にいた方がいいと思います。他人との縁は切れることがあるからです。そして、その怖い人は、厳しいと同時に愛情を持っていると、信じたいと思います。
by k-onkan | 2017-07-22 19:40 | しつけ | Comments(0)

音楽に関係ないけれど、ダメなこと

発達障害を持つお子さんでも、定型発達のお子さんにも、「ダメなことはダメ」と教える楽院は、昔から「スパルタだ」と評されてきました。しかし、どんなに歌が上手でも、どんな能力があっても、どんな偏差値の高い学校に通っても、「人間としてダメ」を教えることは、大人として当然のことだと信じてきました。

e0143522_1985425.jpgそして、今日は「いい教育をするほど、躾をせねば」と心新たにする事件ばかりが起きた日でした。午前中は、発達障害を持つ年長の男児の個人クラスがありました。真夏日の中、アスファルトを歩いて疲れていたのでしょう。すぐに、レッスンをするのではなく、涼しい部屋で休みたかったのかもしれません。

その子は、突然、「望クラス」の部屋に入ると、鍵をかけて出てこなくなってしまったのです。マジックミラーの外から中を見ると、床に座りこんでニコニコくつろいでいる姿がありました。お母さんが何度か「開けて」と声をかけましたが、ピアノを触ったり、一人で楽しんでいる様子が見えました。仕方がないので、私が建物の外に出て、窓側から鍵を開けて中に入り、大事には至りませんでした。

このお子さんは、半年前はオウム返しの言葉しかなく、木下式を学んで手先を使うことを覚えて、音符の読み書きや聴き分けができるようになったと喜んでいましたが、同時に、誰もいない涼しい部屋に一人で入って鍵を閉めるという知恵が身に付いていることは、喜びよりも不安を感じています。大人の「ダメよ」「やめなさい」という言葉で行動を改められないと、何か大きな事故に巻き込まれそうな気がするからです。

午後からは、2歳児4名の音感クラスがありました。1学期最後のレッスンは、お母さまやお祖母さま方にも教室内でレッスンを見学していただいていました。最初にはさみを使って、楽しい雰囲気で切り絵をしていたのですが、2歳4か月の女の子が、自分が上手にはさみを使いこなせないと思ったからか、補助をしていた私の手から用紙を奪いとって、床に投げつけたのです。

「思い通りにできなくても、物に当たるのはダメよ」と紙を拾わせようとしたら、もっと怒った態度を見せるので抱っこをして暗い部屋へ移動しました。他の子たちは、年齢が低くても、麻奈先生は怒るのだと知るよい機会になったかもしれません。

女の子は暗い部屋でしばらく怒りながら、泣いていましたが、「本当はいい子なんだから、少しくらい腹が立っても、物を投げてはダメなのよ。みんなと一緒に音感、できる?」「……ハイ」「やるの?」「…ハイ」。その後は、皆と同じように最後まで、頑張って参加していました。

その後は、年中のハーフの女児がやってきました。毎週、引率してくださるシッターの方になぜか、ロビーで「おばあさんみたい」と口走る姿がずっと気になっていた矢先、今日は、瑠音先生の目の前でその言葉を口にしたから、さぁたいへん。「お世話になっている方にそんなひどいことを言うのはダメ」と真剣に注意されたようです。叱られて大泣きしたので、「一緒に謝ってあげるから、謝ろう」とまゆみ先生が助け舟を出していました

これまでは、日本語が分からず、理解力が乏しかった分、許されていたことも多いのですが、音感で分かることが増えた分、口も達者になり、態度も大きくなってきたと感じます。たとえ、ふだん面倒を見てくださる方に親しみを込めての軽口だったのかもしれませんが、いつまでも、見逃すことはできません。

親が対価を払うことで、「パパがお金を払っているんだからあなたより私が偉い」と考え違いをして悪態をつくのは、「少女マンガ」にはよくあるストーリーかもしれません。しかし、実社会で、こうした子どもの言動に出合うのは決して気持ちがいいものではありません。どんなに利害関係があっても、大人として「それは言ってはいけないこと」とか、「相手が不愉快な気持ちになる」等は、子どもの将来のために伝えてあげてほしいと思うのです。

さて、入ってはいけない場所に入って鍵をかけてしまうことも、思い通りにいかず物に当たることも、目上の人に「失礼なこと」を言うことも、音楽の勉強には関係のないことばかりですが、それでも「ダメなことはダメ」なのです。これが分からない子に音感を教えても、いい結果が出ないと長年の経験で分かっているからです。

多くの大人は「子供のすることだから」「子供のいうことだから」と大目に見てしまいます。しかし、教育をする上で大事なことは、当たり前のことを当たり前に教えられていることにあります。さもないと、頭がよければ、後はどんなひどいことをしてもいいと、信じる大人に育ってしまうかもしれないのですから――。
by k-onkan | 2017-07-13 23:07 | しつけ | Comments(0)

他人の気持ちを考えられる子に

アメリカの大学に通う卒業生が遊びに来て、親戚の小学生の女の子が「他人の気持ちを考えずに話すこと」が悩みだと教えてくれました。この卒業生は幼い頃から「誰になら話していいか」「誰には話していけないか」など、小学校低学年の頃には大人の心の機微を感じ取って使いわける大人びたところがありました。だからこそ、親戚の女の子について心を痛めているのでしょう。でも、それは、親戚の子の責任ではなく、卒業生ほどまわりの大人から細やかに気を付ける機会がなかったのだろうと思うのです。

e0143522_19382794.jpg最近、楽院でも似たことがありました。それは、未満児の音感クラスに通う女の子が、「Aちゃんは、叱られないんだよ」とロビーで待っていたお祖母ちゃんに報告したのだそうです。それが、Aちゃんママの前だったため「他のお子さんに申し訳ないので、うちの子ももっと叱って下さい」と気を使っていただきました。子どものしたことで、悪意はないと思いますが、その反面、「Aちゃんのママがいる」と分かっていて、あえて言うような面も子供にはあるものです。

同級生といっても、4月生まれと3月生まれでは、ほぼ1年の月齢差があります。かたや、先生にあっかんべーをするように、「わかっているもんね~」と語尾を強くする3歳2歳と、先生の言葉を理解しても、「憎まれ口」をきくには遠い2歳4ヶ月の子どもでは、ダメなことをした時の叱り方は同じにはなりません。

その女の子も実際に、「クラスで自分たちは叱られるのに2歳の友達は叱られない」ことを不満に感じているから声に出してしまったことも考えられます。楽院でできることは、その女の子が無駄口をきく余裕がなくなるように、「難しいクラス」に入れて、他のことに目が移らないようにすることしかありません。

それと同時に、家庭では「たとえ、本当のことでも、いつでもどこでも、口に出してはいけない」と教えることも、女の子を思いやり深く育てるには、大事なことだと思います。そうした家庭のしつけが後にまわりの人への気遣いになったり、相手の気持ちを想像する一助になると思うからです。

たった2~3歳で注意されることをかわいそうに思うか、小学生になった時に他人の気持ちが分からず、悪意なく他者を傷つけてしまうのと、どちらをかわいそうと思うかは、個々人の自由です。しかし、個人的には、「三つ子の魂百まで」だと思うので、口から出る言葉が少しでも軽く「罪がない間」に、言っていいこと、悪いことがあることを、教えたいと思っています。

幼児期に早期教育を開始することは、年齢よりも早熟にし、発達も早め、物事の理解も幅広くなります。時に勘がよくなるお子さんもいます。しかし、そうしたことを忘れて、いつまでも「赤ちゃん扱い」をしてしまうと、親御さんは、後からたいへんな目にあうかもしれません。親御さんには、子どもの才能と発達に見合った謙虚さや思いやりなども、躾と一緒に、忘れないように教えていっていただきたいと願っています。
by k-onkan | 2017-07-08 19:38 | しつけ | Comments(0)

躾の第一歩はイヤ!と泣くときかも

毎週、授業前に踏ん切りがつかずに大泣きする2歳児の女の子がいます。その横でお母さんが心配そうに見守っていらっしゃいます。でも、私は、言葉が達者になった子どもが大泣きをしている時は、ただ優しく見守るのではなく、言葉をかけてなだめたり、あやしたり、諭したり、どうにか、涙を止めて、呼吸を整えられる援助をしてほしいとお話しています。

e0143522_20103551.jpg幼児が感情の波に流されて大泣きをすると、体力も消耗しますし、精神的にもとても疲れるからです。また、泣ききることで過呼吸になることもあるので、「本人が泣きたくて泣いているから」といって、子供はあまり、長く泣かせっぱなしにしていただきたくないのです。

一般にいう「ストレスを解消する涙」は、いい映画を見て感激して涙を流したり、登場人物に共感して涙を流したり、感動して泣いたりという涙です。しかし、子どもが「お稽古前に泣く」のは「苦手なことから逃れたい、でも、逃れられない」というジレンマで泣いているのです。

「泣くと疲れるから、はやく泣き止んで頑張ってきてね」「お稽古が終わったら、一緒にお弁当を食べようね」「帰りはボールプールであそぼうね」「お母さんもずっと、見ているからね」等々、子どもの落ち込んだ気持ちを切り替えたり、意欲を持たせたり、踏ん切りをつけさせる言葉など、お母さんの引き出しには、子どもを励ましたり、諭したりする「たくさんの語彙」を考えておく必要があります。

私が一番、気の毒に感じるのは、どんなに泣いても、何の助け船も出さずに、お子さんと一緒に途方にくれてしまう親御さんや、子どもを置き去りにしてしまう親御さんです。

たとえば、大人の女性が男性の前で、シクシクと感情的に泣いていたら、それは相手に何か訴えたいことがあるときや、慰めの言葉をかけて欲しいとき、ではないでしょうか。もし、一人で泣いてすっきりして、気持ちを新たに頑張るためなら、わざわざ、これ見よがしに誰かの前で泣いたりはしないと私は思うのです。

そして、わざわざ誰かの前で泣いている時に、目の前の相手が見ないふりしたり、無視したり、他のことをし続けて、泣いていることに気付かなかったりしたら、きっと「なんで少しくらい優しい言葉をかけてくれないの?」とか「他人の気持ちが分からない」「本当に気がきかないんだから」と感じるかもしれません。

子ども、特に女の子がお母さんを前に、これ見よがしに泣くのも、少しこれと似ているかもしれません。どうにか、お母さんに励ましてもらったり、慰めてもらったり、気分を変える手助けをしてほしい。だから、お母さんがうんざりするほどの声を出して、泣いているのかもしれません。

親元で大切に育てられた幼児が、王子様やお姫様のように、ふるまうのは当然のことです。それは絶対的に親から愛されているという確信であり、愛着が育っている証でもあります。しかし、そうした土台を育てたら、躾は絶対に必要です。

それは、社会にはどんなに子どもを愛する親であっても肩代わりできない「ルール」があること、どんなに子どもが泣いても、「ダメなことはダメ」なことがあることを教えることです。その最初の一歩が子どもがなんでもかんでも「イヤ」と言った時の親御さんの対応の仕方にあるように思うのです。
by k-onkan | 2017-06-26 23:09 | しつけ | Comments(0)

一生、わが子について謝れますか?

最近、「ごめんね。うちの子が迷惑をかけて」とまわりに謝るのに、子ども本人をきちんと叱れない保護者が増えたように感じます。たぶん、親御さんは「叱っている」と思っているのかもしれませんが、実際は愚痴や小言ばかりで、子どもの目を見て本気で「何がどのようにいけないのか」「それは、いつ、どこでならしていいことなのか」など、きちんと伝えたり、叱ることができていないのかもしれません。

e0143522_1943212.jpg子どものしつけをする上で大切なのは「ママ友選び」かもしれません。特に、子どもが1~3歳のうちは、お母さん自身と子育てやしつけの感覚が似ていると感じるお母さんと、友達になって、子ども同士で遊べると、いい影響があると感じます。反対に、行儀を大切にするお母さんと、行儀はまったく頓着しないお母さんが子どもを遊ばせると、どちらかに違和感が出ることもあるからです。

但し、子どもが幼稚園、小学校に進んだら、価値観の違う人にも出会うのは当然ですし、その中で自分が惑わされないように上手に他人と付き合うことも大事です。担任の先生をはじめ、同級生が気の合う人ばかりではないこともあるでしょう。そして、苦手なタイプを排除するほど、自分の世界は狭まってしいます。

それでも、尚、価値観があった人との関わりが大事なのは、子どもが生きていく上で、自分のタイプや属性を知るためです。そこで、親御さんが「価値観の合う人を選んでつきあう場所」もあれば、幼稚園や小学校で「いろいろなタイプと付き合う場所」の両方が必要なのだと思います。

そして、どちらの環境に身を置いても、わが子に「ダメなことはダメ」と教えるためには、お母さんは、友達の子どもでも、公園などで出合うよその子にもわが子と同じく、注意することが大事です。たとえば、わが子が乱暴をしたら、「ダメ!」というお母さんが、よその子が乱暴したときに「自分の子どもではないから」と見ないふりをしたら、「どうして、ぼくにばかりうるさく言って、よその子はいいの?」とお母さんに対して落胆したり、不満を持つでしょう。

こんな時、価値観が近い親御さんばかりのグループなら、それぞれが「自分の子に注意」をして、それぞれが責任を果たせばいいのですが、いつも価値観が合う人ばかりとは限らないのが大人の世界です。ならば、どんな環境でも、誰にでも「ダメなことはダメ」を徹底して伝えることが大事になります。

私が子どもの頃は、大人はよその子どもも叱ったものでした。当事、子どもで未熟だった私は、失礼にも「うるさい大人だなぁ」と思ったものですが、今思えば、「自分の子どもだけでなく、よその子」についても真面目に考えてくださった時代だったと思うのです。

現代のなるべく「敵を作らない時代」にあると、よその子を注意して、よその親御さんから恨みを買うのは恐ろしいことですが、ここは、「わが子のため」と思って、大人が考え方に信念を持つ必要があるかもしれません。
by k-onkan | 2017-05-22 19:43 | しつけ | Comments(0)

理不尽でもダメなものはダメ!

最近のブログに幼い子のしつけには、「幼児が理解できるように工夫を!」と書きました。しかし、幼児が少しずつ成長して理解力が増したら、子どもが理解、納得できなくても「絶対にNO」があることも知らせる必要を感じます。それは、社会で他人と共存するための「ルール」であり、大人になって社会で同じ行為をしたら、「犯罪」になる可能性があることは、子ども時代に有無を言わせず、「絶対に禁止」と取り締まる強さが大人に求められます。

e0143522_39316.jpg例えば子供が、友達の物を力づくで奪う行為は、どんな理由があっても「ダメ」と注意する必要を感じます。子どもは、一度、許されると、それが習慣になります。習慣になったことを、自分で律して止めるのは難しいことです。大人がしたら「ひったくり」や「盗み」と言われることは、子ども時代に止めさせておきたいと思います。

また、友達や弟妹に手をあげることもどんな理由があっても「絶対にダメ」と禁止しなければと思います。大人が感情的に他人に手をあげたら「傷害」で訴えられることもあるはずです。子供が「ダメ」と言われても手を出す習慣を持ったまま、幼稚園や小学校という集団に入ったら、お母さんが呼び出されてばかりになるでしょう。なるべく、小さいうちに「ダメなものはダメ」を知らせておきたいと感じます。

子どもは「ダメ」と言われると「なんで?」「どうして?」と聞きますが、理由などなく「ダメなものはダメ」も存在するのです。どんな行動にも、子どもなりの「理由」や「原因」はあると思います。それはそれとして、受け止めても、それでも、ダメなことはダメなのです。

たとえば、弟妹にお母さんの愛情を取られてイラついた、とか、具合が悪いママにもっと構って欲しいなど、問題な行動には、身体の底から湧きだす理由はあるでしょう。子どもの様子をよく見ていれば、子どもがなぜ、その行動をするかも、ちゃんと見えてきます。それでも、「やってはいけないこと」があるのです。

三つ子の魂百まで。子供時代の習慣を継続して大人になって社会でペナルティーを受ける話はよくききます。だからこそ、なるべく目立たない小さな癖のうちに直してあげられたら、と個人的には思います。

たとえば、よくある例として、乳幼児期の男児は「女性の身体」によく触ります。言葉が分からない赤ちゃんはともかく、3歳を過ぎたら6歳までの幼児期に「お母さん、お祖母さん、お姉さんなど、家族以外の女性は禁止」にしなければと思います。

これは、よく障害を持つ当事者の問題として対策が求められる課題なのですが、幼児期、児童期に「障害があるから」と大目に見て女性の身体に触れることを赦されてきた男児が、中学、高校と身体が大きくなって補助の女性教諭の身体に触れて問題になる事件は、本当によくあることです。

子育てをされている親御さんは、日々の問題や忙しさに追われ、数か月後、数年後まで気は回らないかもしれません。それでも、今より少し先を見て子育てやしつけをする必要があります。将来、子どもが、自信を持って生きていけるためにも、「今が楽しければ、それ以外はなんでもいい」ではなく、少し大きな子どもを持つママ友を持ち、子どもの目指す姿を目標に子育てができたら、と思うのです。
by k-onkan | 2017-05-20 23:08 | しつけ | Comments(0)

幼くても子供中心は困るかも・・・・・

年若いお母さん方とおつきあいしていると、「しつけができない」「子どもがいうことをきかない」との悩みを多くききます。でも、「しつけ」をするには、子どもに大人の「本気」を見せる必要があり、手軽に簡単にはできないのも「しつけ」なのかもしれません。

e0143522_220836.jpg若いお母さんの中には、「子どもに強制をすること」に抵抗を感じる方も多いようです。しかし、「強制したくないから」といって、すべてを子供任せにしたら、食事時間に「もっと遊ぶと言ったり、「やりたくない」と言うことは何もさせられなくなってしまいます。

たとえば、レッスンが終わって子どもたちは楽しい気持ちになることが多いようです。すると「まだ帰りたくない。もっと本を読む」「もっと遊びたい」と言ったりするものです。お母さんに時間の余裕があればいいのですが、お昼ご飯も食べずに、いつまでもロビーで遊び続けようとしたら、私なら「ダメ]というところです。「今度、お弁当を持ってきて、いっぱい遊ぼう。でも、今日は時間だから帰りましょう」と子どもが、次に希望を持ちつつ、その時は諦められるように、毅然とした態度を示すだろうと思います。

ただし、普段から「やりたい」といえば、「いいよ」というのが当然のお母さん、お父さんであると、子どもは「ごね続ければなんとかなる」と思い、いつまでも「いやだ」「やる」とダダをこねてしまうように感じます。ですが、子供だからという理由で、なんでも「自分中心が当たり前」に育てると後で困るのは「本人」です。子供でいられる時間は限られています。なるべく、体が小さく、親の方が、言葉が達者なうちに、善悪の区別はつけたいものです。

誤解しないでいただきたいことは、「しつけ」は「子どもがしたいこと」を全面的に禁止する、ということではなく、相手が子どもであっても、「帰らなければいけない理由」を説明した上で、「次に機会を作ること」を約束して、気分を変える手伝いをしてあげていただきたいのです。「しつけ」は、大人がなんでも、かんでも、子供をいいなりにするためではなく、「いつはダメなことで、いつならできるのか」、子どもに価値判断をする基準が生まれるように、知らせることではないかと思うのです。

もちろん、いつでも、「大人が工夫して、気分を替えてくれるのが当たり前」にするのではなく、時には、理不尽でも「お母さんがダメ、と言ったら、ダメなのよ!!」と怒鳴られるなどの、理不尽な経験も、稀にであれば、あっていいことかもしれません。いつでも、「子供中心」に気を使われるのが、当たり前だと思わせないためにも、「大人」にも、辛くて苦しい時があることを知らせるチャンスかもしれません。

子どもには、いろいろなタイプがいるので、「静かに言い聞かせて聞く子ども」ばかりではありません。中には、説得されるより「いい加減にしなさい」と本気を見せられないと、心を切り換えられない子どももいるように感じます。どちらにしても、子どもにたいして、本気で誠実に、真剣に向き合わないと、しつけはできないかもしれません。

私が、一番、子供を気の毒に感じるのは、幼い間は、「子どもだから」という理由で比較的、自由に、何の規制も受けていなかったのに、ある日、突然、「もう小学生だから」と、いろいろなことを取り締まられたり、従わせられたりしたら、きっと適応するのが難しく、荒んでしまうだろうと、おいうことです。

できれば、身体が小さいうちに、言い聞かせたり、理由を説明したり、時に、感情を爆発させたりもして、親子で共有する時間から、子供がいろいろなことを理解できるようになっていくと、互いの気持ちを尊重して、互いの扱い方も理解しあう関係になるかもしれません。
by k-onkan | 2017-05-19 23:06 | しつけ | Comments(0)

親しいからこその礼儀がある

1週間前、2歳8ヶ月の孫弟子Sちゃんが「暗い部屋デビュー」を果たしました。この年齢で「暗い部屋」は一般的には少し早いのですが、お母さんが信頼する楽院ゆえに、その子どもは遠慮なく傍若無人な姿を見せやすい傾向を感じます。

e0143522_1723439.jpg子供は自分が「愛されている」「尊重されている」と絶対的に信じられることで、愛着が育つと言われます。しかし、それが過ぎると、大すきなお母さんやお父さん、そして、家族の親しい相手に遠慮のないワガママを出してしまうことがあるのです。

その日は、音感かるたの途中で、「もうイヤだ」が始まり、「何か食べる」と言い出しました。楽院は、レッスンを終わりまで頑張ると「おやつ」が出ますが、途中で、「もうイヤだから、おやつ」と言われて、言いなりになったりはできません。

そこで、お母さんと私、子どもの3人で暗くしたピアノ室に入ってみました。お母さんには、「暗闇で絶対に声を出さないこと」をお願いしてりました。光が閉ざされた中で、誰の声もしないと、急に心配になり「イヤだ、あっちへいく」と言い始めました。「あっちへいく人は、「イヤだ」と言わずに、最後までやってね」。

乳幼児期に、身近な大人に愛されることは、とても大事です。でも、それと同時に、社会で生きる良識を身につけるために、自分を思ってくれる人に、叱られたり、正されたりは、とても大事な経験で、避けて通るべきではないと感じます。

特に、子どもが心から愛するお母さんやお父さんの言葉に素直に耳を傾け、時に、納得がいかずとも、従うべき時もあることを教えるのは、大切なことです。親しき仲にも礼儀あり。親だからといって、なんでも、「子どものいいなり」になるのではなく、将来、親以外の他人からも、愛されるように、幼児期は、躾やマナーに気を付けて育てたいものです。大きくなればなるほど、矯正が難しくなるのですから。
by k-onkan | 2016-12-15 23:19 | しつけ | Comments(0)