麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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カテゴリ:しつけ( 272 )

泣いたときの対応は?

最近はお稽古ごとや幼稚園なども入学前に、さまざまな可能性を考慮して、いろいろな説明をした上で、同意書や念書を書いたりする教育機関もあるようです。しかし、音楽は臨機応変な対応や咄嗟の判断力が求められます。何でも子どもが納得できるように事前説明することで、かえって想像力や判断力が乏しくさせてしまう面もあるため、長年、楽院は事前に説明するという習慣がありませんでした。e0143522_13425543.jpg

楽院が説明をしなくても、必ず、世話好きのお母さんがいらして、新しく入学されたお母さんのわからないことや困ったことを教えてくださったりもする状態を、お母様方が作ってくださっていたのかもしれません。そのため、木下先生は、音感教育だけ、信念をもって取り組み、子供たちの能力を引きだしていれば、問題はありませんでした。しかし、最近は、何事も「説明責任」があること、また、20~30年前に比べると、お母さん同士が情報を共有しあうのも難しいことから、楽院でも事前にいろいろなことを説明する努力をしなければならないと思っています。

まず、最初は、子供が泣いた時の対応です。望クラスから音感クラスに進級すると子供が戸惑って泣いたりすることがあります。その際はお母様に教室の中で見学していただきますが、徐々に母子分離を試みますのでお母さんにも、ご協力をいただきたいと思っています。

お子さんがお稽古を嫌がって泣いたり、わがままを注意されて泣いたりした際には、講師がお子さんを抱いて別の部屋で言い聞かせます。お母さんから離れて、部屋を一歩出ただけで、すぐに気持ちを切り替える子もいれば、暗い部屋で先生と抱き合ってはじめて気持ちが落ち着く子もいます。怖い声を出す方がいい子もいれば、優しく言い聞かせる子どももいて、実際は、事前に説明しても、その対応は、その時々、みんな異なるものです。ですが、誰かが泣くと、他の子も泣きたくなりますし、授業を意欲的に受けようと思っている他のお子さんの迷惑になるため、気にいならいことで涙しても、それを、自分で止めさせることを教えています。

自分の感情をコントロールできるようにならないと、どんなに、早期にいい教育をしても、あまりいい結果にはならないことは、長年の実践を通して知っていることです。物を習うに際しては、気にいらないことがあっても、怒ったり、泣いたりしないで、とりあえず、先生のいうことに耳を傾ける、という柔軟性がないと、本人もまわりも、楽しくはならない、そのことを、親御さんにも理解していただかにと、お稽古ごとは、長く続けられないものかもしれません
by k-onkan | 2017-11-21 23:32 | しつけ | Comments(0)

しつけは家庭で親がしよう!

親子二代にわたって教えている孫弟子6名は、私にいろいろなことを教えてくれます。その一つは、「親しいと言っても他人であり、できる躾には限りがある」ということのようです。

e0143522_15273927.jpg孫弟子にとって親御さんも通った楽院は、他のお友達と比べると馴染み深い場所です。たとえ、お母さんやお父さんにとって「厳しくて怖くて大嫌いな場所だった」としても、何十年を経て心を許せる場所は、そうあるものではありません。当然、子供たちも無意識に「何をしても大丈夫な場所」と認識しているかもしれません。

子供が心を許せば、「悪いこと」をしてみるのも、早くなります。結果的に、私たちから「コラ!」「ダメ」と怒られることになって、「この教室はいやだ」と泣いてみたり、「お稽古はしたくない」等の抵抗を示したりもするのです。しかし、楽院では、「叱られても、いやでも、やることはやる」以外の選択肢がないことを学んでいくことになります。

大人でも、子供でも、真の姿を相手にさらけ出して関わり合うと、互いの特徴を見抜くようになります。2~3歳の孫弟子は、言葉巧みに、それを言い表す能力はまだありませんが、「麻奈先生は音感の時間にルールを守って、やるべきことをやっていれば、後のことはあまりうるさくない」。「瑠音先生はニコニコしているけれど、友達に迷惑をかけたりすると、結構、怖い」と無意識に理解しているはずです。最近、これを利用して、孫弟子が上手く立ち回っているように感じています。

孫弟子たちは私にとって甥たちに近い距離感ですが、一つだけ決定的に違うことがあります。それは、甥たちが悪いことをすれば、音感の時間以外も親族として遠慮なく叱れますが、孫弟子たちは楽院にいる時間さえ、やり過ごせば後は怖いものがないことです。このことで、孫弟子たちが「怖い人の前だけ、うまくやり過ごせばいい」と学ぶのではないかと私は気になっています。

卒業生のお母さんたちは、私がこういうと、「どうぞ遠慮せずに、甥くんたちのように叱ってください」と言われますが、そこは、私ではなく「両親や家庭」に頑張ってほしいところです。なぜなら、どんなに近しい孫弟子も、やはり「よその家のお子さん」であり、それぞれの家庭には異なる考え方や流儀が存在すると思うからです。わが子に「どういう躾がしたいか、何を大切にするか」、それを決めるのは親御さんや家庭であってほしいのです。

楽院は音感を教える際に、合せて躾を行なう教室ですが、これは、物を学ぶ上で、躾が欠かせないと長年の経験から知っているからです。ですが、躾は「音感の時間」だけ行ったのでは効果はないのです。楽院にいるより、他の場所にいる時間の方が長いからです。

たとえば、親御さんが不在の場所で、子供が友達から悪いことに誘われたとします。その時に、「これをしたらお母さんが哀しむ」と想像できるかどうかは、平素の「家庭の躾」次第と言えます。

もちろん、生徒として楽院に通う限りは、私たちもできる限りの躾をすることは変わりません。しかし、残念ながら、他人の私たちとは縁が切れてしまうことがあるからこそ、簡単には縁が切れない両親や親族に、責任を持って躾を行うことこが、とても大事なことだと思うのです。
by k-onkan | 2017-11-02 15:26 | しつけ | Comments(0)

外交の話題も子育てに役立つ!?

同級生の孫弟子のAちゃんとBくんの関わりを見ていて、子供を育て社会に出すことは、国際外交と似ている、と感じます。私たちは誰も、争いごとなどしたくありません。また、自分のまわりには気が合う人、好きな人にだけ、いて欲しいものです。しかし、実際は、突然、喧嘩を仕掛けてくる人がいたり、自分が悪いのに、責任転嫁をしたり、意味なく逆ギレをされることもあるかもしれません。

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ずいぶん前になりますが、「お友達の嫌がることをしない」と言った政治家がいます。確か、「隣りの大国が嫌がることをしなければ、相手もこちらにマイナスなことをしない」という意味で使われた言葉だったと記憶しています。しかし、そうしたことが通用するのは、「お互いに礼を尽くし優しくし合う」というルールや価値観が共通する場合のみなのです。

実際は、外交の相手は、異なる文化、異なる価値観、異なる常識を持っています。その中で、「これだけは、絶対に受け入れられない」という自分の意思を「NO」とはっきり伝えられる強さは、外国に暮らしたことがある私は、絶対に必要だと感じます。

国際社会の中で、経済力のある国もあれば、教育熱心な国もあるでしょう。軍事力がある国もあれば、資源がや農作物が豊富な国もあるでしょう。貧しそうに見えても人間らしい生活を大事にしている国もあれば、戦争をしないと誓う代わりに、国民一人一人が自宅に武器を持っている国もあり、それぞれの国は、それぞれの強みで他国と関わっています。そして、それは、私たち人間にも同じことが言えるのではないでしょうか。

たとえば、勉強によって相手に一目、置かせる子どももいれば、スポーツが得意で、相手に、尊敬されることもあるでしょう。もしかすると、武術をきわめて「自分に手を出したら、いつでも相手になるぞ」というポーズを見せるのも、自分を守る術になるかもしれません。

子供に何を与えて、どんな能力を強みに社会に送り出すかは、それぞれのご家庭と親御さんの考え方しだいです。しかし、個人的には、いつまでも、大国に守られる「パラサイトシングル」のような甘えん坊の国や、社会のルールを無視し、他国から人を誘拐したり、恫喝して金銭を要求したり、無鉄砲にミサイルを打ち上げる、そんな独りよがりの独裁国家のような子どもだけは、できれば育てないでほしいと、願っています。
by k-onkan | 2017-10-29 14:48 | しつけ | Comments(0)

親が鬼より下ではいけない!

3歳の男児を持つ卒業生が、面白いことを教えてくれました。それは、スマホには「鬼から電話」という無料アプリがあり、「男児を持つお母さんはぜひ、持っていた方がいい」とママ友から勧められたという話でした。

e0143522_16391738.jpg男の子が1歳後半だった頃は、絵カードにもあまり興味を示さず、言葉も遅く、卒業生はとても心配したようです。言葉を話さなくても、絵カードを教え絵本を読み、たくさん話しかけ続けたら貯めていた言葉を文章で話すようになったと言います。今では2歳の男の子にしてはよく話し、お母さんの口調にそっくりに、少々、生意気なことも言えるようになったようです。

「絵カードは全然、聞かないし、何を聞いても答えなかったけれど、諦めずに続けていたら、結構、覚えていたんだと、話せるようになってから、分かった」とお母さん。「麻奈先生のアドバイスと『折れない子ども……』の本を参考にしていなかったら、とんでもない子育てをしていたかも」というメッセージが届きました。

楽院の2歳児もそうですが、親御さんに愛されている自信を持ち、言葉を話すようになって、自信が芽生えたら、次にしなければいけないことが「しつけ」です。「いいことはいい、ダメなことはダメ」をきちんと、教えること。ですが、子どもというものは、毎日、一緒にいるお母さんの言葉には少しずつ慣れて、軽んじてしまう傾向があります。

絶対に、「これだけは言うことを聞かせなければ」という時には、東北地方の「やまんば」のような存在が必要で、「鬼から電話アプリ」もその一つの手法なのでしょう。但し、乱発は禁物、だと思います。小さいことで、すぐに「鬼から電話」が来ていたら、子どもは怖くなくなり、何も言うことをきかなくなってしまうでしょう。

卒業生も一度だけ、「歯磨きをしなさい」と言っても、男の子が言うことをきかなかった時に、「鬼から電話」に頼ったそうです。しかし、その晩はトラウマのようになり、スマホに触れることもできなくなり、お母さんが心配になるほどだったそうですが、翌日から、「歯磨きしないと、鬼がきちゃうもんね」と自分で歯磨きをするほど効果的だったようです。

幼い子どもがどうしても、心を決められなかったり、わがままを抑制できない時の最後の手段としては、「鬼から電話」や「ライオンの部屋」、「なまはげ」、「肝試し」は有効だと感じます。ですが、すべてを「怖いもの」に頼り親はしつけをしなくていい、ということではありません。

なぜなら、本来、「しつけ」は、「鬼」や「怖い人」にしてもらうものではなく、家庭で両親や祖父母などがするものだからです。

子どもが悪いことをしたら、「鬼」のように怖くなるのは、「スマホ」ではなく、親や親族であってほしいと思うのです。

子どもはやがて「鬼から電話」も「ライオンの部屋」も架空のものだということに、気づくはずです。その時になって、「鬼なんて、本当はいないじゃん」と、悪い行動に歯止めがきかなくなったら、善悪の区別も社会のルールを反しても、平気に思うかもしれません。

「鬼がくるから、やめて」ではなく、「お母さんの子どもは、そんなことをしてはいけない」という言葉で、自己を抑制できるように、少しずつ、諦めずに育ていきたいものです。

by k-onkan | 2017-10-02 23:37 | しつけ | Comments(0)

子供中心に育てるのはダメ!

木曜3時クラスは、レッスンが終わると、すっきりした生徒たち―おもに孫弟子―が、のぞみクラスの運動器具で楽しく遊んでいきます。ちょうど、学校から帰る小学2年の甥もピアノの練習を終えて、とても楽しく交流しています。そこに、木下先生がやってきて老化防止に練習している楽器の披露をしたりするので、とても賑やかです。

e0143522_12405811.jpg子どもたちは、レッスンを終えた自己肯定感と、楽院に慣れ親しんでいるという余裕から、少し調子に乗る時期です。ちょうど、演奏を終えた木下先生が、のぞみクラスの部屋を覗くと、2歳のAちゃんが、甥Kと楽しく遊ぶ邪魔をされたくないと思ったのか、「あっち行って」とドアを閉めたようです。木下先生は、笑いながら「あっち行って、って言われちゃったよ」と私に伝えにきましたが、これは、「危険なサイン」です。

なぜなら、その昔、2歳だった弟の長男が、普段、甘やかしていた父に「じぃじ、あっち行って」と言って激怒、させたことがあるのを思い出したからです。「この家は、誰の家だと思っている。あっちへ行ってとは、何事か」と叱り、お嫁さんと一緒に謝っていたことを思い出したからです。

私は、望クラスで遊ぶAちゃんを抱いて「ここは、木下先生のお教室よ。木下先生に『あっち行って!』という人は、来てはいけないのよ。Kちゃんだって、小さい頃、木下先生に『あっち行って』と言って、瑠音先生や麻奈先生に、とても叱られたのよ。Aちゃんも、絶対に、大人に『あっち行って』はダメよ」。優しく言い聞かせると、ことの重大さに気づいたようです。「一緒に、謝りにいこうか?」と促すと、素直に「うん」というので、木下先生に、一緒に「ごめんなさい」をしました。「いいよ、いいよ」と言っていましたが、その優しい声が怖いのです。

昔なら、一家の大黒柱であるお父さんは、上座に着席して、おかずは一品多いなど、特別な存在で、決して、子供が口答えをしていい相手ではありませんでした。でも、子ども中心の現代社会では「お父さん、お母さん」より、子どもが偉いと勘違いさせやすい環境にあります。でも、それを知らないまま、自分が中心で、やりたい放題を許されたら、決して、子供らしい素直さは育たないと感じます。

家庭のことは、それぞれにお任せするとして、楽院の中では一番、偉いのは木下先生です。そして、子供たちが、どんなに歌唱や音感が身についても、教えてくれる先生や、通わせてくれる親御さんより偉そうにしてはいけない、このことだけは、「楽院のルール」として知らせておきたいと思っているのです。

木下先生のように、ウワっと激情的に叱る人は、現代社会には少なくなってきました。とはいえ、口に出して言わないだけで、かわいくない態度を取る子どもを「かわいい」と思ったり、優しくしてくれたりする人はほとんどいません。子どもを子どもらしく、素直に可愛く育てるためには、「子ども中心」ではいけないのだと思うのです。
by k-onkan | 2017-09-28 23:36 | しつけ | Comments(0)

絶賛、ナマハゲ中!!

数日前の日中交流演奏会には、卒業生と孫弟子たちも応援に来てくれました。その中で、感心したのが、1歳7ヶ月の男児でした。ちょうど1週間前の成果発表会では、ホールの客席で泣き声を出してしまったのですが、今回は泣いたり、声をあげることなく、とてもよい子にしていました。

e0143522_19405038.jpg帰りの車の中では、疲れてグズってたいへんだったと聞きましたが、「大勢の知らない人がいる場所で、わがままを出さずに我慢すること」に挑戦してやり遂げたのですから、お母さんと二人きりになったら甘えの気持ちが出るのは、1~2歳の間は仕方ないことだと思います。大好きなお母さんだから、甘えられるのだと思って、受け入れてあげてほしいと思います。

実は、その前日、望クラスのレッスンの中で、「楽院の教室にいる間は、主導権は男の子ではなく麻奈先生にあること」を知らせたばかりでした。そのため、交流会に来た時には、私が手を出すと少し迷惑そうな顔で、でも「仕方がない」という風情で抱っこをさせてくれました。

表情はキリッとして、目で私をにらみ、わがままを言わない代わりに、甘えもしない、という分別のようなものがありました。この姿を見たから、「たった1歳でもしつけは大事」と感じたのです。

幼い子に「しつけをする」というと「かわいそう」という大人もいますが、何も1日24時間の全てを大人に従わせてほしいわけではありません。たとえば、よそのお宅や公共の場など、自分の家庭と同じように振る舞えってはいけない場所が存在することを知らせ、「切り換え」させるために、大人が手を貸しているにすぎません。

幼児期は、子どもが自分で自分を抑えることが難しいため、あまりに目に余る行動をするなら、私が「ナマハゲ役」でいいと思っています。最近は、秋田のなまはげも「子どもがかわいそう」「トラウマになる」と言って廃止されそうだという話を聞きます。でも、楽院には、子どもが、自分で自分を律せられるようになるまでは、「なまはげ」はいるのです。

この演奏会でもお手伝いにきてくださった卒業生の3歳の女の子が、「ママ、ママ」とお母さんを求めて泣き叫んでしまいました。最初は様子を見たのですが、誰にも止められそうにないので、私がサッと抱き上げると、普段、音感を教わっているため、「まずい」と思ったのでしょう。静かな声で「麻奈先生を怒らせたいの?」というと、「わかった。もうしない」と自分をコントロールしていました。

幼児部の頃は、私を「猛獣使い」のように怖がっても、小学生になって、自分に自信が芽生えると、生意気なことを言ったり、口答えもできるようになります。しかし、それまでは、私が「猛獣使い」です。でも、本心を言えば、本当は「怖い人」は一家族に一人、家庭にいた方がいいと思います。他人との縁は切れることがあるからです。そして、その怖い人は、厳しいと同時に愛情を持っていると、信じたいと思います。
by k-onkan | 2017-07-22 19:40 | しつけ | Comments(0)

音楽に関係ないけれど、ダメなこと

発達障害を持つお子さんでも、定型発達のお子さんにも、「ダメなことはダメ」と教える楽院は、昔から「スパルタだ」と評されてきました。しかし、どんなに歌が上手でも、どんな能力があっても、どんな偏差値の高い学校に通っても、「人間としてダメ」を教えることは、大人として当然のことだと信じてきました。

e0143522_1985425.jpgそして、今日は「いい教育をするほど、躾をせねば」と心新たにする事件ばかりが起きた日でした。午前中は、発達障害を持つ年長の男児の個人クラスがありました。真夏日の中、アスファルトを歩いて疲れていたのでしょう。すぐに、レッスンをするのではなく、涼しい部屋で休みたかったのかもしれません。

その子は、突然、「望クラス」の部屋に入ると、鍵をかけて出てこなくなってしまったのです。マジックミラーの外から中を見ると、床に座りこんでニコニコくつろいでいる姿がありました。お母さんが何度か「開けて」と声をかけましたが、ピアノを触ったり、一人で楽しんでいる様子が見えました。仕方がないので、私が建物の外に出て、窓側から鍵を開けて中に入り、大事には至りませんでした。

このお子さんは、半年前はオウム返しの言葉しかなく、木下式を学んで手先を使うことを覚えて、音符の読み書きや聴き分けができるようになったと喜んでいましたが、同時に、誰もいない涼しい部屋に一人で入って鍵を閉めるという知恵が身に付いていることは、喜びよりも不安を感じています。大人の「ダメよ」「やめなさい」という言葉で行動を改められないと、何か大きな事故に巻き込まれそうな気がするからです。

午後からは、2歳児4名の音感クラスがありました。1学期最後のレッスンは、お母さまやお祖母さま方にも教室内でレッスンを見学していただいていました。最初にはさみを使って、楽しい雰囲気で切り絵をしていたのですが、2歳4か月の女の子が、自分が上手にはさみを使いこなせないと思ったからか、補助をしていた私の手から用紙を奪いとって、床に投げつけたのです。

「思い通りにできなくても、物に当たるのはダメよ」と紙を拾わせようとしたら、もっと怒った態度を見せるので抱っこをして暗い部屋へ移動しました。他の子たちは、年齢が低くても、麻奈先生は怒るのだと知るよい機会になったかもしれません。

女の子は暗い部屋でしばらく怒りながら、泣いていましたが、「本当はいい子なんだから、少しくらい腹が立っても、物を投げてはダメなのよ。みんなと一緒に音感、できる?」「……ハイ」「やるの?」「…ハイ」。その後は、皆と同じように最後まで、頑張って参加していました。

その後は、年中のハーフの女児がやってきました。毎週、引率してくださるシッターの方になぜか、ロビーで「おばあさんみたい」と口走る姿がずっと気になっていた矢先、今日は、瑠音先生の目の前でその言葉を口にしたから、さぁたいへん。「お世話になっている方にそんなひどいことを言うのはダメ」と真剣に注意されたようです。叱られて大泣きしたので、「一緒に謝ってあげるから、謝ろう」とまゆみ先生が助け舟を出していました

これまでは、日本語が分からず、理解力が乏しかった分、許されていたことも多いのですが、音感で分かることが増えた分、口も達者になり、態度も大きくなってきたと感じます。たとえ、ふだん面倒を見てくださる方に親しみを込めての軽口だったのかもしれませんが、いつまでも、見逃すことはできません。

親が対価を払うことで、「パパがお金を払っているんだからあなたより私が偉い」と考え違いをして悪態をつくのは、「少女マンガ」にはよくあるストーリーかもしれません。しかし、実社会で、こうした子どもの言動に出合うのは決して気持ちがいいものではありません。どんなに利害関係があっても、大人として「それは言ってはいけないこと」とか、「相手が不愉快な気持ちになる」等は、子どもの将来のために伝えてあげてほしいと思うのです。

さて、入ってはいけない場所に入って鍵をかけてしまうことも、思い通りにいかず物に当たることも、目上の人に「失礼なこと」を言うことも、音楽の勉強には関係のないことばかりですが、それでも「ダメなことはダメ」なのです。これが分からない子に音感を教えても、いい結果が出ないと長年の経験で分かっているからです。

多くの大人は「子供のすることだから」「子供のいうことだから」と大目に見てしまいます。しかし、教育をする上で大事なことは、当たり前のことを当たり前に教えられていることにあります。さもないと、頭がよければ、後はどんなひどいことをしてもいいと、信じる大人に育ってしまうかもしれないのですから――。
by k-onkan | 2017-07-13 23:07 | しつけ | Comments(0)

他人の気持ちを考えられる子に

アメリカの大学に通う卒業生が遊びに来て、親戚の小学生の女の子が「他人の気持ちを考えずに話すこと」が悩みだと教えてくれました。この卒業生は幼い頃から「誰になら話していいか」「誰には話していけないか」など、小学校低学年の頃には大人の心の機微を感じ取って使いわける大人びたところがありました。だからこそ、親戚の女の子について心を痛めているのでしょう。でも、それは、親戚の子の責任ではなく、卒業生ほどまわりの大人から細やかに気を付ける機会がなかったのだろうと思うのです。

e0143522_19382794.jpg最近、楽院でも似たことがありました。それは、未満児の音感クラスに通う女の子が、「Aちゃんは、叱られないんだよ」とロビーで待っていたお祖母ちゃんに報告したのだそうです。それが、Aちゃんママの前だったため「他のお子さんに申し訳ないので、うちの子ももっと叱って下さい」と気を使っていただきました。子どものしたことで、悪意はないと思いますが、その反面、「Aちゃんのママがいる」と分かっていて、あえて言うような面も子供にはあるものです。

同級生といっても、4月生まれと3月生まれでは、ほぼ1年の月齢差があります。かたや、先生にあっかんべーをするように、「わかっているもんね~」と語尾を強くする3歳2歳と、先生の言葉を理解しても、「憎まれ口」をきくには遠い2歳4ヶ月の子どもでは、ダメなことをした時の叱り方は同じにはなりません。

その女の子も実際に、「クラスで自分たちは叱られるのに2歳の友達は叱られない」ことを不満に感じているから声に出してしまったことも考えられます。楽院でできることは、その女の子が無駄口をきく余裕がなくなるように、「難しいクラス」に入れて、他のことに目が移らないようにすることしかありません。

それと同時に、家庭では「たとえ、本当のことでも、いつでもどこでも、口に出してはいけない」と教えることも、女の子を思いやり深く育てるには、大事なことだと思います。そうした家庭のしつけが後にまわりの人への気遣いになったり、相手の気持ちを想像する一助になると思うからです。

たった2~3歳で注意されることをかわいそうに思うか、小学生になった時に他人の気持ちが分からず、悪意なく他者を傷つけてしまうのと、どちらをかわいそうと思うかは、個々人の自由です。しかし、個人的には、「三つ子の魂百まで」だと思うので、口から出る言葉が少しでも軽く「罪がない間」に、言っていいこと、悪いことがあることを、教えたいと思っています。

幼児期に早期教育を開始することは、年齢よりも早熟にし、発達も早め、物事の理解も幅広くなります。時に勘がよくなるお子さんもいます。しかし、そうしたことを忘れて、いつまでも「赤ちゃん扱い」をしてしまうと、親御さんは、後からたいへんな目にあうかもしれません。親御さんには、子どもの才能と発達に見合った謙虚さや思いやりなども、躾と一緒に、忘れないように教えていっていただきたいと願っています。
by k-onkan | 2017-07-08 19:38 | しつけ | Comments(0)

躾の第一歩はイヤ!と泣くときかも

毎週、授業前に踏ん切りがつかずに大泣きする2歳児の女の子がいます。その横でお母さんが心配そうに見守っていらっしゃいます。でも、私は、言葉が達者になった子どもが大泣きをしている時は、ただ優しく見守るのではなく、言葉をかけてなだめたり、あやしたり、諭したり、どうにか、涙を止めて、呼吸を整えられる援助をしてほしいとお話しています。

e0143522_20103551.jpg幼児が感情の波に流されて大泣きをすると、体力も消耗しますし、精神的にもとても疲れるからです。また、泣ききることで過呼吸になることもあるので、「本人が泣きたくて泣いているから」といって、子供はあまり、長く泣かせっぱなしにしていただきたくないのです。

一般にいう「ストレスを解消する涙」は、いい映画を見て感激して涙を流したり、登場人物に共感して涙を流したり、感動して泣いたりという涙です。しかし、子どもが「お稽古前に泣く」のは「苦手なことから逃れたい、でも、逃れられない」というジレンマで泣いているのです。

「泣くと疲れるから、はやく泣き止んで頑張ってきてね」「お稽古が終わったら、一緒にお弁当を食べようね」「帰りはボールプールであそぼうね」「お母さんもずっと、見ているからね」等々、子どもの落ち込んだ気持ちを切り替えたり、意欲を持たせたり、踏ん切りをつけさせる言葉など、お母さんの引き出しには、子どもを励ましたり、諭したりする「たくさんの語彙」を考えておく必要があります。

私が一番、気の毒に感じるのは、どんなに泣いても、何の助け船も出さずに、お子さんと一緒に途方にくれてしまう親御さんや、子どもを置き去りにしてしまう親御さんです。

たとえば、大人の女性が男性の前で、シクシクと感情的に泣いていたら、それは相手に何か訴えたいことがあるときや、慰めの言葉をかけて欲しいとき、ではないでしょうか。もし、一人で泣いてすっきりして、気持ちを新たに頑張るためなら、わざわざ、これ見よがしに誰かの前で泣いたりはしないと私は思うのです。

そして、わざわざ誰かの前で泣いている時に、目の前の相手が見ないふりしたり、無視したり、他のことをし続けて、泣いていることに気付かなかったりしたら、きっと「なんで少しくらい優しい言葉をかけてくれないの?」とか「他人の気持ちが分からない」「本当に気がきかないんだから」と感じるかもしれません。

子ども、特に女の子がお母さんを前に、これ見よがしに泣くのも、少しこれと似ているかもしれません。どうにか、お母さんに励ましてもらったり、慰めてもらったり、気分を変える手助けをしてほしい。だから、お母さんがうんざりするほどの声を出して、泣いているのかもしれません。

親元で大切に育てられた幼児が、王子様やお姫様のように、ふるまうのは当然のことです。それは絶対的に親から愛されているという確信であり、愛着が育っている証でもあります。しかし、そうした土台を育てたら、躾は絶対に必要です。

それは、社会にはどんなに子どもを愛する親であっても肩代わりできない「ルール」があること、どんなに子どもが泣いても、「ダメなことはダメ」なことがあることを教えることです。その最初の一歩が子どもがなんでもかんでも「イヤ」と言った時の親御さんの対応の仕方にあるように思うのです。
by k-onkan | 2017-06-26 23:09 | しつけ | Comments(0)

一生、わが子について謝れますか?

最近、「ごめんね。うちの子が迷惑をかけて」とまわりに謝るのに、子ども本人をきちんと叱れない保護者が増えたように感じます。たぶん、親御さんは「叱っている」と思っているのかもしれませんが、実際は愚痴や小言ばかりで、子どもの目を見て本気で「何がどのようにいけないのか」「それは、いつ、どこでならしていいことなのか」など、きちんと伝えたり、叱ることができていないのかもしれません。

e0143522_1943212.jpg子どものしつけをする上で大切なのは「ママ友選び」かもしれません。特に、子どもが1~3歳のうちは、お母さん自身と子育てやしつけの感覚が似ていると感じるお母さんと、友達になって、子ども同士で遊べると、いい影響があると感じます。反対に、行儀を大切にするお母さんと、行儀はまったく頓着しないお母さんが子どもを遊ばせると、どちらかに違和感が出ることもあるからです。

但し、子どもが幼稚園、小学校に進んだら、価値観の違う人にも出会うのは当然ですし、その中で自分が惑わされないように上手に他人と付き合うことも大事です。担任の先生をはじめ、同級生が気の合う人ばかりではないこともあるでしょう。そして、苦手なタイプを排除するほど、自分の世界は狭まってしいます。

それでも、尚、価値観があった人との関わりが大事なのは、子どもが生きていく上で、自分のタイプや属性を知るためです。そこで、親御さんが「価値観の合う人を選んでつきあう場所」もあれば、幼稚園や小学校で「いろいろなタイプと付き合う場所」の両方が必要なのだと思います。

そして、どちらの環境に身を置いても、わが子に「ダメなことはダメ」と教えるためには、お母さんは、友達の子どもでも、公園などで出合うよその子にもわが子と同じく、注意することが大事です。たとえば、わが子が乱暴をしたら、「ダメ!」というお母さんが、よその子が乱暴したときに「自分の子どもではないから」と見ないふりをしたら、「どうして、ぼくにばかりうるさく言って、よその子はいいの?」とお母さんに対して落胆したり、不満を持つでしょう。

こんな時、価値観が近い親御さんばかりのグループなら、それぞれが「自分の子に注意」をして、それぞれが責任を果たせばいいのですが、いつも価値観が合う人ばかりとは限らないのが大人の世界です。ならば、どんな環境でも、誰にでも「ダメなことはダメ」を徹底して伝えることが大事になります。

私が子どもの頃は、大人はよその子どもも叱ったものでした。当事、子どもで未熟だった私は、失礼にも「うるさい大人だなぁ」と思ったものですが、今思えば、「自分の子どもだけでなく、よその子」についても真面目に考えてくださった時代だったと思うのです。

現代のなるべく「敵を作らない時代」にあると、よその子を注意して、よその親御さんから恨みを買うのは恐ろしいことですが、ここは、「わが子のため」と思って、大人が考え方に信念を持つ必要があるかもしれません。
by k-onkan | 2017-05-22 19:43 | しつけ | Comments(0)