麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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カテゴリ:発達障害( 136 )

立場が違うと正解も違う!

昨日のブログで「凸凹っこの減らず口は集団レッスンでは止める」ことを書きました。それは、家庭で許されることでも社会では許されないことがあることを、知らせたいからです。けれど、一つ、誤解していただきたくないことがあるのです。それは、もし、私たちに、十分な時間がある際には、「1対1」で本人の話を聞くこともあるということです。

e0143522_21481855.jpgお稽古事や学校などの場は、家庭とは存在意義が異なるものです。そのため、特定の子どもが一人だけ、勝手な話を続けると、授業に支障があり、他の生徒から反感を持たれることもあります。私が「凸凹っこ」の誤った言動をキビキビつむのは、他の生徒が不公平を感じさせないためでもあります。

だからといって、家庭では、私がレッスンで取り締まるようにわが子の私語を禁じたり、姿勢を正させていただきたいわけではありません。家庭では子供が話したいことを十分に発言でき、親御さんもそれに耳を傾け、楽しい時間を過ごしたり、スキンシップをとったり、忙しいお父さんと遊ぶ時間も大事だと思います。

子供も大人も、自分の希望がかなえられていないのに、他者のルールだけに従うのは難しいものです。大人が「わが子にこうあってほしい」と願うのと同様に、子供も「お母さん、お父さんにこうあって欲しい」という思いはあるはずです。そして、正解は場所や状況、人間の立場によって変わることもあり、決して正しいことは一つではないと、子供以前に、親御さんには忘れないでいただきたいと思うのです。

これまで、大勢の凸凹の気質お子さんと関わっていますが、その中で一番、劇的に発達をしたと思うYくんは、とても恵まれていたと感じますそれは経済的な余裕以上に人間に恵まれていたと思うのです。わが子のことを思う両親をはじめ、両方の祖父母に親戚、そして、信頼できる幼稚園、小学校、そして、親子二代で通う教室に通えたのは、とてもラッキーでした。

その中には、怒るとこわいけれど、いつも自分のことを考えくれるお母さん、寡黙なところがあって少し怖いお父さん、いつも面白いことをいって笑わせるお祖父さん、無条件で進歩を喜んで甘やかしてくれるお祖母さんたち、厳しいけれど分からないことがあったら絶対に分かるようにフォローする先生、それぞれには異なる役割と関わりがありました。

一般にはいろいろな人がいるので、「親は苦手だから子育てに関わらせたくない」とか「親戚づきあいが嫌」という考えの方もいるようです。しかし、子供の成長と発達に関してだけ考えると、家族の仲がいい、協力して目的に向かって力を合わせられることがマイナスになることはないと感じます。

こう書くと、「身近に祖父母や親戚がおらずに、頼れる人が誰もいないから、うちの子供はもうダメ、発達はしないんだ」とあきらめる人がいるのではと心配になりますが、子供にとって必要な「厳しさも」「甘さも」「優しさも」「面白さも」すべて大事なことを忘れずに、関わっていれば状況に合わせて、子供も成長していくのでは、と感じます。何より、家庭と社会の価値観が異なることを知らせるためには、親御さん自身がそのことを忘れないようにすること、かもしれません。
by k-onkan | 2017-04-22 21:47 | 発達障害 | Comments(0)

子供の言動に要注意!

低学年に高いIQと凸凹の特性を持つ男児がいます。彼はレッスンの際、みんなで話をしている時に、自分の興味がある話題へ導いたり、何か指摘されると、自分を正当化するために、難しい言葉を使ったりします。私たち大人「幼い子が使う難しい単語」につい感心してしまいますが、ほんの少しでも感心したり、同意すると、「ということは、すべてぼくが正しいということですね」と違う結果へと転がっていきます。

e0143522_19182948.jpgネット上で出合う揚げ足取りや、一般によくいる「モンスターペアレント」などは、まさしくこのタイプで、人の揚げ足をとり、喧嘩をふっかけたり、自分のルールで自己を正当化して迷惑をかけたりしています。しかし、私は将来、生徒にそんな大人に育って欲しくはありません。そこで、子供の減らず口に気が付いたら「今はその話ではありません」「そういう意味ではありません」等、一つずつ「誤解」をつぶすようにしています。

先日、メロディーを種々の音符で五線譜に記す「旋律書き取り」をしていた時のことです。
その男児は他人の何倍もの時間をかけて音符を黒く塗りつぶすのです。私は「そんなにいつまでも塗らないでもっと短く切り上げて!」というと「僕はじっくり丁寧なことが好きなタイプなのです」といい出しました。

自分の時間にじっくり丁寧にやるなら、好きにして!と思いますが、グループで速さを競って聴音する時間に、「丁寧が好きだから」とちっとも急がないのは、あまりに他の人の迷惑です。「みんなが待っていてくれるのだから、早くしてください!」。そう言ってもいっこうに自分を変えるつもりはないようです。そこで、私がピアノを弾く速度をあげてみました。すると、時間内に書き終わらなくなり、「ウウウウ」と恨めしい声を出し私を非難しはじめました。

このまま、私に「不当な目にあった」と恨みだけ持たせるのもいけないので、説明を試みました。「じっくり丁寧が好きと言うけど、例えばあなたのお父様が「3月31日まで」の仕事を丁寧に4月5日までかけてやったら、どうなるか分かる? 次の仕事はなくなることもあります」「つまり、無職ってことですね」「無職の話などしていません。限られた時間ででき上がらないと意味がないこともあるってことです」「いい加減にやっていいということですね」「違います。世の中には丁寧にやっても、3月31日までにきちんとできる人がいるのです。だから、丁寧だから遅くていい!のではなく、少しは急ぐ努力をしなさい」。

凸凹の気質を持ちIQが高いと、IQが低くても苦労するお子さんとは、また違った面倒やご苦労があると感じます。しかし、わが子の様子をよく観察して、子供があらぬ方向へ進まないように、大人もしっかり、見極める必要があるのは、凸凹の特性を持つ子どもの保護者だけではありません。どんな子供にも、勘違いや間違った言動はあるものです。また、自分を正当性して、他人に責任転嫁をするのも、「子ども」の特性かもしれません。親だからこそ、子供の言動を観察して、気づいたら、現行犯で正していきたいものです。
by k-onkan | 2017-04-21 19:18 | 発達障害 | Comments(0)

乗りかかった船にて・・・

4ヶ月前から、楽院に通う年中のHくんの幼稚園から、「普段、Hくんの指導をしている先生が幼稚園に来て指導の仕方を教えてほしい」という要望をいただきました。そこで出張費をご負担いただいて、往復3時間かけて出かけてきました。

e0143522_21441167.jpg到着してすぐに分かったのは、私が呼ばれた本当の理由でした。それは、お母さんにHくんの療育手帳を取得し加配が得られるように説得してほしい、ということです。なんでも、学年補助の先生がHくんの専属になっており、他の担任から不満が出ているとのことでした。

園長先生は、誰からも好かれる柔らかい物腰で、お母さんもふんわりとしていてはっきりものを言えるタイプではなく、互いに気持ちが伝えられずに、だれか物言いのはっきりした人間に白黒、はっきりさせてほしいという雰囲気が感じられました。

Hくんのクラス隠れて見学すると、楽院とはまったく異なるうつろな目で、自分の世界に入り込む姿がありました。一見、静かに机に座っていますがわざと汚い行為をして担当の先生に迷惑をかける姿に、楽院ではもう少しマシな様子で音感かるたに取り組んでいるのにと、とてもがっかりしました。

「問題を持つ子」として配慮した結果、「何もいわないで、子どもに従う」という対応になっているようですが、それでは本人のプラスにはなりません。そこで、「療育手帳をとってほしい」という幼稚園の要望を伺った後、私からもお願いしました。

それは、「手を貸しすぎずに、ダメなことはダメという。体験させて理解させる。分かりやすい説明をする。分からない時は手を添える。高い声で話す。怒った時の声と顔を覚えさせる。自分で選ばせる。みんなと一緒にすべきことは、最初から「できない」と諦めずに指示を出す」などでしたが、あまり心には響いてはいなかったかもしれません。

その日、一つだけ、嬉しいことがありました。帰り際、Hくんに声をかけに再度、彼のクラスへ行った時です。ちょうど、Hくんは泣きべそをかいて担任に甘えていましたが、真正面から聞こえた私の声に反応して、一瞬で目に生気が宿ったのです。それは誰が見てもわかるほど、別人のような変化でした。これが、普段、楽院で音感に取り組む時に、見られる「真剣な目」です。

市町村によって異なるかもしれませんが、「療育に行ってみては?」と勧められてから実際に診断を受け、療育を受けられるようになるまでに長い時間がかかるようです。Hくんは1年前に診断を受けた時に特定の検査ができずはっきりとした診断はでず、そのまま、家族は「育てるのが難しい子」として受け入れてきたようです。4ヶ月前に、楽院に入学されたのも「音楽が好きだから」ということで、療育のためとは伺ってはいませんでした。

ご家族が受け入れるかどうかは別としてお稽古事でよその方に迷惑をかけたら、「あなたの子とおなじクラスで勉強させたいお母さんはどこにもいない」「ここは音楽を学ぶところで、障害児の療育の場ではない」と、厳しくも真実の言葉を、直接、突き付けられることも皆無ではありません。その言葉に、抵抗を受けたり、衝撃を感じる人もいますが、わが子を守るためには、現状を改善するしか道はないと個人的には感じます。

本来、幼稚園に出向いて、子供の障害について幼稚園と親御さんの間を取り持つのは、私の仕事ではないかもしれません。でも、教育現場と音楽の世界に増える凸凹っ子と付き合う上の新しい経験になると出かけました。そして、分かったことは、診断を受けるまでの道のり、療育を受けるまでの時間と診断法の複雑さ、そして、やはり、他人任せにせず家庭でできることを、どんどんしていくしかない、ということでした。
by k-onkan | 2017-03-15 21:00 | 発達障害 | Comments(0)

発達障害について思うこと

楽院は、「発達障害があるから」と言って、入学をお断りすることはありません。ただし、あくまで音感教育を受けたいという方を教えさせていただくことが条件です。そのため、「障害があるから配慮してほしい」と最初から障害を理由に、指導に制限を付ける方のお子さんはお預かりしません。音感教育に関しては、他のお子さんとおなじことをできるようにするために指導します。

e0143522_21112594.jpg音感を教えるに際して不足する能力があれば凸凹の有無に関わらず、足裏を使うために草履を使ったり、トランポリンや平均台で体幹を鍛えることもします。鉄棒やうんていなどの運動器具も使います。手指を発達させるために細かな作業が役立つので、授業前にはさみで切り絵もします。すべて「音感教育」を実現するため、「できない」と困るから、しているのです。その結果、「感覚統合」ができたり、ビジョントレーニングになったり、言葉が鮮明になったり、一般の「療育」より効果が出ることもあるでしょう。

以前、東北大学加齢医学研究所の瀧靖之教授が見学に見えた時に、発達障害がある子どもに接する際には、何か好きなことを一つどんどん伸ばすと、他の能力も伸びてくるというお話を伺いました。実際に、3歳児検診では「家族と意思疎通ができるようにならない」「読み書きもできない」と言われた子どもが、立派に大舞台に立ち、だれよりも素晴らしい音楽能力を披露することもあり、私たちが彼らから学ぶことも多くあるのです。また、音楽能力に長けた人の中には、凸凹の気質を持つ「天才」も確実に存在します。

子どもたちは、みなそれぞれ課題を抱えています。凸凹の気質を持つお子さんもいれば、バイリンガルで日本語が苦手な子もいます。また、極端に内向的な子もいれば、人見知りが強い子、アレルギーがひどく集中が難しい子、最近、弟妹が生まれて情緒不安定な子など、事情をあげればキリがありません。

それぞれを特別扱いはしませんが、気持ちには寄り添いながら必要な課題を改善しています。中には、「凸凹がある子どもばかり、大事にされている」と不満に思う方も皆無ではないと思いますが、実は、普通の子として問題ないと思われている子が、特定の色彩の判断が苦手だったり、手先が不器用だったりということはあり、傍目からは分かりづらいと思いますが、他のお子さん以上に手をかけて教えたりしていることもあるはずです。

「発達障害はスペクトラム」であるということは、健常クラスの中でも、グレーの子が存在するということです。しかし、一般の親御さんは、健常児と発達障害児の間にはきちんと境界があり、健常クラスにいれば問題なく、診断を受けた子や支援級の子は障害があると認識しているかもしれません。ですが、私たちも、それぞれすごく得意なことがあったり、極端にできないこともあり、誰にも凸凹の気質はあると個人的には感じています。

もちろん、「音感」を教える楽院では、他のお子さんと一緒にレッスンはできないと判断すれば、個別対応をしますが、音感の能力が同等になったら、同じクラスを試みることはあるのです。また、凸凹の気質を持つ子の天才的な才能が、他のお子さんにいい影響を与えることも実体験として経験してきたため、否定はできないのです。

とはいえ、親御さんは皆、わが子に迷惑がかかることは抵抗があるのも当然なのかもしれません。親御さんはそれぞれに出来る努力は精一杯した上で、自分の子供の理解を頂けない場合には、上手に距離を置く方法を学ぶことも大事なことのようです。

高学年になって立派になった凸凹っこのお母さんから、こんな言葉をいただきました。、「発達障害の子供達には、たくさんのこだわりや問題があるけど、幼稚園のうちなら治ります。 獅子が子供を谷へ突き落とす気持ちで、なんでもさせてください。大概のことは治ります。それでも2〜3個は、残ってしまうこだわりはありますが、それに関しては、どうしてもダメなのねと受け入れています」。この言葉は、高校生の凸凹っこを持つ先輩ママからの言葉だそうです。

この言葉をうかがって、私には一つ思い当たることがありました。それはいろいろな幼稚園、保育園で、最初はみんなと一緒に木下式ができていたお子さんが、ある日、発達検査を受け、「凸凹がある」「療育に行くように」と言われた途端、それまでできたことまでできなくなってしまうことがあるのです。せっかく、できていたことが、療育にいくことで、できなくなるというのは、なんと残念なことでしょう。でも「障害があるから、ありのままで」と言われることで、努力できなくなるという一面もあるようです。

私は、定型発達でも、凸凹があっても、「幼いから(凸凹があるから)理解できない」と思わず、誠実に向き合っていきたいと思っています。それが、これまでも、これからも、楽院で預かる子供たちの能力を引き上げることになると思うからです。
by k-onkan | 2017-03-12 21:11 | 発達障害 | Comments(0)

障害理解は親御さん次第―2-

先日、「障害理解も親御さん次第」という記事を書きました。読んでくださった方から「これから就学、就園で悩まれている親御さんも多い事かと思います。我が家は努力しているけれど、出来ない点でご迷惑を親御さんけします。と公表したおかげで温かく見守ってもらえていますし、子供も色々な事が出来るようになっています」というコメントをいただきました。

e0143522_2228535.jpg反して、ブログとおなじ状況を経験したというお母さんからは、こんなメールをいただきました。「実は長男が小学生の頃、同じクラスに障害を持つお子さんと親御さんがおり、ブログと全く同じ状況になりました。サポート役の先生もついていましたが、教室の中で奇声を発するなど、授業もまともに運んだためしが無く、親御さんは謝るどころか、障害など全く無いかのように他の保護者と接していました。

いつもママ友と、『こういう障害があるけどよろしくお願いします』と言ってくれたら相談にのるのにね、と話したものでした。結局、その子がどういう障害かもわからず、当然学校の先生からの説明は一切無いままでした。ただ勉強はできたため、中高一貫校に合格したのですが、何年か前に集合住宅から飛び降り自殺をはかった、と風の便りで耳にしました。麻奈先生のブログが多くの方に読まれ、同じような悲劇が起こらないことを願います」と締めくくられていました。

幼稚園、保育園や、公立小学校では、「子供のことを傷つけない教育」を重んじるあまり、「子供に何も教えない教育」がまかり通ってしまうことが多いと感じます。そして、それとおなじように、「障害を持つ子を傷つけない」ために、ありのままをすべて受け入れることに繋がっているように、私には思えるのです。社会やまわりの人間が障害を理解するのは大事なことですが、それと同時に家族や当事者本人も自分の特性を知り、努力することも大事な課題だと思うのです。

定型発達の人も「自分はうまくいっているときに油断しやすい」とか「慌てると失敗する」等、自分の気質を知った上で生活することで失敗を減らすように工夫をすることもあります。まして、障害特性を持つ当事者とその家族は「特性」を受け入れて、工夫した方が生きやすいと思うのです。

障害に関しては、それを公表するのか、公表せず努力して生きていくかは、個々人の自由だと思います。ただし、何か問題が生じた時にはわが子を守るために、声をあげなければいけない時があると思います。また、それは障害を持つ人だけの特権ではなく、迷惑をこうむった定型発達の人も「これでは困る」ときちんと声をあげることが大事だと思うのです。それでも、残念ながら、社会は「弱い人の気持ちを察して」と言って、強い人に我慢をさせてしまうこともあるのですが……。
by k-onkan | 2017-03-05 22:27 | 発達障害 | Comments(0)

障害理解も親御さん次第かも・・・

子どもが100人いたら、いろいろな子どもがいます。中にはいろいろな事情で、友達に迷惑をかけてしまうお子さんもいるでしょう。どんな気の毒な事情があるとしても、よそのお子さんから迷惑だと思われた時には、子どものために頭を下げられることは、「大事な親の資質」ではないか、と感じます。

e0143522_10535368.jpgなにも卑屈なほどに「ごめんなさい、ごめんなさい」と腰を低くしていただきたいわけではありません。ただ、同じクラスの中で、どうみても自分の子の行動によって、他の子を不快にさせていたり、授業を妨害している時には、「ごめんなさい」の一言は大事だと思うのです。

目の前のお母さんから直接、「うちの子は、○○の事情でできないことがあって皆さんにご迷惑をおかけしています。ご迷惑をおかけしないように、努力しているところです。どうぞ、よろしくお願いしいます」と頭を下げられれば、たいていのお母さんは、「それはたいへん。温かく見守ろう」と思ってくださるかもしれません。でも、事情が分からないで、クラスに一人違う行動をする子がいたら、「なぜ?どうしてうちの子に迷惑をかけるの?」と心おだやかではいられないと思うのです。

よく障害児を持つ親御さんが「社会に理解してほしい」と訴えている様子を見かけます。その気持ちはたいへんよく理解できますが、社会に理解してもらうためには当然、当事者も努力する必要はありますし、一方的に障害がない子どもだけに我慢を強いると、同じ空間で共存するのは難しいだろうと思うのです。

楽院は障害がある子も特別扱いしないことを前提にお預かりしています。他の課題はともかく、「音感のカリキュラム」においては、特別扱いをしなくても一緒に勉強するように、まず、個人指導をしてから集団クラスに入れるのですが、時に、年齢があまりに大きい時は、同年代の子どもから学ばせることもあります。

そんな時に親御さんから他のお母さんになんらかの挨拶をしていただきたいと思っています。私たちがお母さんに代わって、「あの子にはこういう事情があって…」と説明するとしたら、それは親御さんから依頼されるという、特別な事情があるときのみです。

社会には、発達障害があることを「オープンにして子育てをする方」もいれば、「障害がない子として育てる覚悟」をして努力をする家庭もあります。楽院はどちらであっても、ご家庭の方針を尊重しますが、長年、凸凹を持つご家庭とお付き合いして思うのは、オープンにするか否かより大事なことは、当事者とその家族が凸凹の特質を受け入れて生きられることなのです。そして、一番、子供を混乱させてしまうのが、親御さんが「他人にはいろいろな事情を理解してほしいが、本人には何も知らせたくない」という場合だったりするのです。
by k-onkan | 2017-03-03 23:52 | 発達障害 | Comments(0)

真剣に音楽を教える

早朝、まだあたりが真っ暗な中、携帯電話がなり始めました。すぐに見つからず応答しそこなうと、今度は家の電話が鳴り始めました。留守番電話が作動して母の「まなー、起きた? いないの? 行った?のよね……」と優しい声が録音されていました。

e0143522_15403817.jpg前日、子どもたちが帰って後片付けが終わった頃に、「どうだった?うまくいった?」と電話があったことを思い出しました。その際、「明日の朝、何時?」と聞かれたので「なんで? 起こしてくれるの? 5時半には出ると思うけれど…」と答えていたのですが、本当にモーニングコールがかかってきました。

昔から、失礼なことをすれば厳しい母ですが、40代後半の娘にまで早朝モーニンコールをするほど優しいのです。そんな母に育てられた私だから、ブチブチと小言をいって雷を落としつつ、生徒たちの「もっと遅くまでいたい」という気持ちも、なんやかんやと受け入れられるのかもしれません。

さて、2ヶ月ぶりにうかがった津市の教室指導ではいろいろと面白いことがありました。これまで、数か月に1度、ベビークラスで指導してきた2~3歳の女児たちに目覚ましい成長ぶりがありました。また、これまで決して涙を流したことがない3年生の女の子が悔し涙を見せた後、歌声に大きな変化が見えて「悔しい思い」が子どもの成長を促すことを再認識しました。一番、驚いたのは、1年前から通い始めた発達障害の疑いを持つ女の子の進歩でした。

ちょうど、一年前の音楽祭を鑑賞にこられたご家族は、「療育ではなく木下式でなんとかしたい」ということで、翌月から新幹線で1時間以上かけて津の教室に通ってくることになりました。私が指導するのは月1回、後はK先生生が毎週、指導を続けてくださいました。

途中、引率するご家族の病気があり、お休みの時期もありましたが、最初のレッスンでかんしゃくを起こしたことが嘘のように、言葉が通じる女の子に成長していました。幼稚園にも何の問題もなく通えるようになったようで「木下式のお蔭」と言っていただきました。はじめてお稽古に来た日にK先生のお宅の前で虐待を疑われそうな大声でギャン泣きをして「望クラス」のレッスンもできなかったことが、嘘のようです。

家族とも意思疎通ができずに、泣いてばかりだった女の子には、絵カードで単語を教え、知育教材など自信をもってできることから取り組ませました。それでも音感かるただけは「1枚だけ」しかできませんでしたが、少しずつ枚数を増やしていくようにK先生にお願いしてありました。

障害を持つお子さんの指導は、特性に配慮しながらも『譲れない善悪』のラインを決めて、それだけは忠実に守らせながら指導するのがコツだと感じています。今後、音感のレッスンはどんどん進み、音感や歌唱力も伸びていくはずです。

よく音感を指導していると、「音楽は楽しむものだから、そこまで必死になって教えたら音楽を楽しめず、かわいそうなのではないか」という質問をいただきます。もちろん、生涯、幸せに生き続けるためにという考えなら「楽しい音楽」でで十分なのでしょう。

でも、私たちが木下式を教えるのは子どもに音楽の基礎を教えて、自分の生涯を誠実に生き抜くための基本的な力と自信を備えさせたいからであり、発達障害のお子さんには、音楽という課題を伸ばすことで他の方面も発達させたいと思っているからです。そして、そのためには、「楽しいだけのお遊び」の音楽では、十分でないと、経験から知っているからです。
by k-onkan | 2017-02-26 23:39 | 発達障害 | Comments(0)

それぞれの気持ちを大切にしたい

先日、凸凹の気質を持つお子さんが描いた「節分の鬼の絵」を見せていただきました。その絵は、他のお子さんの作品と比べるとかなり奇抜です。しかし、いろいろなことに気づき、気が散りやすい本人の性質を知る私は、「自分の中に存在する多くの目を節分に退治しようとしてこの作品が生まれたのだろう」と感じ、「彼らしい」と思いました。ただ、真面目なお父さんは他の子の作品からかけ離れていることが、ご心配だったようです。

e0143522_2153181.jpg一般に凸凹のある人と関わると「ありのままを受け入れて寄り添う」ということが言われます。ですが、私が凸凹の子どもと付き合う時に気を付けているのは、なるべく直球に「真実」を分かりやすく伝えることです。たとえば、「相手が傷つけないように」と言葉をオブラートに包むことで、かえって誤解や混乱をさせては真意が伝わりません。ただし、本当のことを言う時は事実を淡々と伝え、決して相手を否定したり、バカにしたように感じさせないように気を付けています。

凸凹の気質を持つ子の中には、空想の中でいろいろなストーリーや登場人物を作るタイプがいます。これは「子どもらしくて夢がある」と考えることもできますが、妄信が進み、現実と区別がつかなくなると、「空想が膨らみ、何が本当か、分からなくなる」心配も感じます。

たとえば、テレビのヒーローも、定型発達の子は、いつしか「仮面ライダー」は実在しないと自然に気づくように感じますが、凸凹の子は、はっきりと「テレビの中」と実社会の違いを知らせないと、大人になるまで空想の人物の存在が消えないこともあるのかもしれません。私たちは、子どもの様子を観察しながら「危険な芽」「異常性」を感じたら、相手の夢を壊しても「それは現実ではない」と言う勇気が必要なのかもしれないと思っています。

前述した子どもも絵も、「芸術の世界」や「アニメのつくりごとの世界」なら面白いと評価されるはずです。けれど、現実に、生き物の目玉を集めて、作品にしたら、たいへんなことになってしまいます。その線引きだけは、大人が気を付けて観察したいものです。

私なら、「きみの絵はとても面白いと先生は思う。こんな風に、たくさんの目玉がある鬼がいたら、きっといろいろなことが気になるね。これからは少しでも、この目が減るといいね。でも、お父さんは、キミの絵が他の子のものと違い過ぎて、ちょっと心配になってしまったみたいなんだ」。自分以外の人にも、感情があることを知らせるために、伝えることでしょう。

気持を想像して配慮すべきは「凸凹のある人」だけでなく、凸凹のない人もいろいろな感情があり、それを意識的に知らせるのは、物事をストレートに伝えるのと同様、私が凸凹っこと付き合う時に気をつけていることなのです。
by k-onkan | 2017-02-11 23:52 | 発達障害 | Comments(0)

愛情を理解するって難しい

音楽祭にピアノ独奏をする5年生のSくんから「毎日ピアノを2時間、練習する」と聞いた子どもたちは、「ぼくはその12分1」「私は4分の1」「私は6分の1」と言い出しました。子どもたちは、学校で習っている「分数」を使って、ピアノの練習時間について私を煙に巻こうとしたのかもしれません。

e0143522_1933298.jpg「6年生のYくんは『12分の1』というけれど、何分、練習しているかわかる?」と子どもたちに聞くと、「あ、わかった」「ハイハイハイ」と手をあげます。こういう時に5年生の凸凹っこYくんが会話に入れないことが多いので、他の子を待たせ「2時間は何分?」と頭の整理をさせました。「120分」というので、「120分の『12分の1』は何分?」というと少し間を置いて「10分」の答えが出てきました。

ちょうど1年前、音楽祭で歌った「進め、しんじくん」の曲の中に「生後10ヶ月」という歌詞が出てきた折に「生後10ヶ月は1歳ではなく0歳で」と理解させるのが難しかったことを思うと、小学校で習う算数の基礎が以前より確実になっていると少し嬉しくなります。

凸凹があってもなくても、小学校の基礎の勉強は、絶対にできた方がいいと、子どもたちの会話の中で実感することがよくあります。それは、勉強の基礎知識があることで文章の理解がより具体的になるからです。

たとえば、「2時間ピアノを練習するMくん」に比べて、12分の1と聞いて「なんとなく短い練習時間」を想像するより「10分」とわかった方が物事の理解は深くなります。そこで、私たちから「毎日、たった10分しか練習しないのに卒業式に「トルコ行進曲」を弾くつもりなの?そんなことは無理。先生に失礼よ」と話が続いていきます。

楽院で、凸凹の気質を持つお子さんは少なくありませんが、彼らは手間がかかっても教えたら教えただけ進歩するため、教師冥利につきると感じることが多くあります。その反面、悲しいこともあるのです。それは、「心の交流」が確実か定かではないことにあります。時に、こちらが「よかれ」と伝えたことで誤解が生じたり、恨みが生まれることも残念ながらあるのです。

先週の練習の時、Yくんに「乱暴な声の出し方で友達と競って歌うのは美しくない」と指摘しました。家に帰ってそれについて弟と話し合った際に、弟から「先生たちにYの声が迷惑がられている」と指摘されたことで、「キノシタの先生は、(ひどいことをいって)ぼくをいじめている」と感じたようです。

そこで、子どもたちみんなに「Yくんは木下先生に可愛がられていると思うか?いじめられていると思うか?」という質問をしました。でも、子どもたちも「木下先生に可愛がられているかどうか」がはっきり分からないのようでした。「よしよし、なでなで」という可愛がり方は決してしないからです。でも、3年生の女の子から「歌が上手だから期待されていると思う」という答えがあったので、「期待するということは、目をかけている、そうやって可愛がる方法もあるのだ」と説明した上で、弟に、「Yくんは、木下先生にいじめているか、可愛がられているか、どっちだと思う?」と聞くと「可愛がっている」との答えが返ってきました。

第一声部の子どもたちは、合唱団の中心として期待している分、注意や指摘を受けることが多く、普通の子でも、「木下先生にたくさん指導を受ける子が可愛がられている」と感じるのは、物事がよく見えるようになった中学生、高校生になってからでしょう。

とはいえ、Yくんに「いじめられている」と言われたら、だれより木下先生がショックを受けることでしょう。Yくん本人には「木下先生が目をかけている、期待していること」が「イコール可愛がっている」と理解するのはすごく難しいことだと思います。実際、木下先生のように男性特有の厳しい態度で「今はダメだ」「今は素晴らしいぞ」と言われると、子どもでなくても、今の時代はニュアンスが伝わりにくいものだからです。

案の定、Yくんが理解不能な不思議な顔をしたので他の説明もしました。甥Kは親族なので私や木下先生に可愛がられています。でも、私たちは「可愛い、可愛い」と優しい声をかけたり、ナデナデするばかりの可愛がり方はしません。時には、変な冗談を言ってからかうこともあれば、少し伸びた髭でほっぺをこすり付けてゴシゴシしたりもします。でも、どれも、Kが可愛いから、していることで、いじめているわけではないのです。Yくんの歌が上手になればなるほど、凸凹の気質を忘れてYくんに期待する木下先生は、冗談が通じる子どもにいう言葉をYくんにも言うようになりました。そうしたことも、Yくんにはハードルが高いのかもしれません。

特別練習の間中、他の子が「声が違う」「そこの部分は、もっと強く」と木下先生が指導する様子を見かけるたびに、Yくんに「あれはいじめている?」「いや、いじめてない」「あれはどう?」「いじめてない」と確認してみました。凸凹の気質を持つYくんに、定型の私の期待通りに意思が伝わったかは正直、分かりません。それでも言葉の説明だけでなく、自分が体験して感じたこととして、いろいろなことを無意識にでも理解できるようになればと思っています。

Yくんは、言葉のやりとりや対人関係などでは、感情のすれ違いや誤解が生じやすいところもありますが、音楽に関しては、だれより素直に木下先生の気持ちをくみ取ることができます。そして、それが今、一番、木下先生に信頼されている理由なのだと、子どもたち全員に伝えました。その際、Yくん自身が自分の特性を再確認できるように、「普通の会話の時は勘違いがあったり、理解するのに時間がかかるところは、あるけれど…」と付け足しました。楽院にいられる「子ども時代」に少しでも、凸凹っ子の誤解の芽、恨みの芽、依怙地の芽を小さくできたらと思うのです。
by k-onkan | 2017-02-07 23:58 | 発達障害 | Comments(0)

憎まれ役で結構!

音楽祭を控えた1~2月の土日は小学生がお弁当持参で特別練習に参加します。その中でレッスンに遅れてくる子がいます。首都圏の小学校には土曜日に授業をする学校もあるからです。全員で足並みをそろえるのはなかなか難しいのですが、限られた貴重な練習時間なので学校がない子だけ午前中から通ってきているのです。

e0143522_22441382.jpg土曜日に学校に通う1年生のXくんは、放課後、楽院に来ることに現在、とても抵抗があるようです。学校での疲れから発熱したり、お腹が痛くなたり、そのまま、楽院を欠席することが多くあります。ですが、一回欠席すると精神的に「行きたくない」気持ちになるものです。すると、微熱が出たり、気分が落ち込んで休み癖がついてしまいます。

今日も、楽院に着くなり「お腹が痛い」とトイレに閉じこもってしまいました。様子を見にいった瑠音先生から、「確かにお腹がゆるく、いっこうに出てこない」と報告がありました。そこで、まずお母さんにお願いして、「近所で彼が飲んでもいい整腸剤など、害のない薬」を買いに行っていただくことにしました。

楽院にも常備薬はありますが、「お母さんが買ってきてくれたもの」の方が効果があると感じました。なぜなら、「お母さんが薬を買ってくる」ということは、お母さんも「練習に参加してほしい」という意思表示になるからです。でも、お母さんが渡すと甘えが出て「お腹が痛い、帰りたい」というわがままが出てしまうかもしれません。そこで、私がトイレに薬の用意をしていきました。すると、鬼の首をとったかのように「先生は、トイレの中で、薬を飲む人を知っていますか?」という四角張った答えが返ってきました。

カチンと来たので、「お腹が痛くて出てこないから、トイレに薬を持ってきただけです。トイレで薬を飲みたくない人は、いつまでもトイレに座り続けるのはやめてください」と厳しい声で言い渡しました。彼の持論に私が屈しないと分かると、「ハイ」と出てきました。

「レッスンに来たら、お腹が痛くても練習に参加しないと来た意味がありません。薬を飲んで、頑張りなさい」と伝えました。ここで、彼の腹は決まったのか、その後、トイレに駆け込む姿も、顔色の悪さも見せず、最後までみんなと一緒に参加していました。

その帰りのことです。低学年のお子さんは、親御さんのお迎えが到着した順番にお返ししていたのですが、Xくんのお母さんはお迎えが最後の方でした。お母さんが到着するまで不安そうな顔をしていたXくんですが、お母さんを認めた途端、「遅すぎ!」と舌打ちをしたのです。私は見逃しませんでした。自宅から電車通学する学校までXくんを迎えに行き、楽院まで送り、その後、自宅に戻って家事をして迎えにきたお母さんに対しての言葉ではないからです。

教室では、独唱の子どもたちがまだレッスン中だったので、別室に連れて行き「せっかく迎えにきてくれたお母さんにいう言葉なの? ママを大事にできないなら、先生がママをもらう!」と本気で怒ってみせました。凸凹の気質を持つXくんは、目に見えたことしか理解できない面があります。「他のお友達のお母さんは、早く迎えにきたのに、自分のお母さんは、一体どこで何をしているんだ」と思った気持ちは容易に想像できますが、だからといってその態度を許したら、いつまでたっても、自分以外の人間に感情があることを理解させることはできません。

「お母さんが面倒を見てくれるのが、当たり前だと思っているかもしれないけれど、楽院には1年生の時、お母さんが病気で亡くしたお友達もいるのよ。大人だから強いと思って、わがままばかりいっていると、お母さんだって突然、病気になることだってあるのよ。『遅すぎ』じゃなくて、『お迎えに来てくれてありがとう』なのよ。感謝しなさい!」と言い渡しました。

凸凹の気質を持つ子は言われたことをいつまでも忘れず、反対に恨みに思ってしまうこともあると言われ、「叱り方」が難しいとされています。けれど、凸凹の気質を配慮し過ぎて、言うべきことを言わないと、失礼な態度がどんどん当たり前になっていきます。どんな事情があろうとも、「ダメな事はダメ」と伝え続けるのは面倒くさいことですが、一緒にいる大人として、諦めずに続けることが躾であり、教育なのではないかと思います。

どんなに記憶力がよくて、どんなにIQが高くても、誰も関わりたくない人間を育てたら、将来、その子の人生は楽しくないかもしれません。楽院に来ている間は、嫌われてでも「憎まれ役」で「本当のこと」を伝え続けようと思っています。彼らは勘違いも多いですが、本当はとても素直です。ただ、それを誰も伝えられないと勘違いが倍増して、付き合いづらい人に育つこともあるのですから。
by k-onkan | 2017-01-21 23:39 | 発達障害 | Comments(0)