麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
カテゴリ
全体
木下式音感教育法
しつけ
子育て
教育
お稽古事
親業
音楽
乳児
のぞみクラス
幼児
児童
名誉団員・卒業生
思春期・反抗期
自立について
運動
発達障害
保育園
楽院だより
我が家のこと
自分のこと
以前の記事
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
フォロー中のブログ
蛹の頃~さなぎのころ~
最新のコメント
出演園児のお母様へ ..
by k-onkan at 06:33
一番こわいのは、マナ先生..
by 出演園児の母 at 10:48
昔、近所の顔なじみの飲食..
by k-onkan at 10:32
>「じぃじ」 凄いです..
by ha-i at 01:48
ばら組の保護者さま ..
by k-onkan at 17:06
作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
ブログパーツ
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


カテゴリ:発達障害( 142 )

あえて助けるべきでないことも・・・

最近、凸凹を持つ子どものお祖母さまから、「孫の進学について心配でたまらない」というご相談がありました。これまで支援級に通っていましたが、音感教育を通して、さまざまな能力も向上した姿を見ると、一生、支援級に通わせることに疑問を感じることから、現在、普通級を目指しているのです。

e0143522_16151123.jpg
4歳から音感を教えてきた私は、その子が、人一倍、手間や時間がかかっても、確実に、自分の能力を身に付けていくことを知っています。そのため、勉強に関しては、彼が納得がいく教え方をされる先生と出合えば、大丈夫だろうと、あまり心配はしていませんでした。

しかし、これまで慣れ親しんだ環境や人間関係から、新しい場所への変化や、「支援級」と「普通級」では、周囲の期待が天地ほどの差があることが、子供の心身や感覚に今後、どのような影響があるかはずっと気になっているため、お祖母ちゃまのご心配の気持ちもよく理解できるのです。でも、これまで8年楽院に通って身に付けた能力が、現在、どこまで、通用するかを見極めるいい機会だとも思います。

成人するまでにあと8年―。万が一、学校や行政、医師から「普通級は難しい」と判断されるなら、それを隠して普通級に通学するより、「大人になるための課題」を与えていただいたと考え、問題点を改善する方が、本人が大人になってからが、生きやすくなるかもしれません。

お祖母さまも、ご両親も、私たちも、順当にいけば、子どもより先にこの世を去るものです。助けてくれる大人たちがいなくなった後、その子が自分で考え、まわりの人の協力を仰ぎ、自分の力でどのように生きていけるかが、一番、大切なことではないでしょうか。

子供はこれから、中学、高校、大学、社会人へと成長する中で、プラスなこともあれば、マイナスなことも、必ずあるでしょう。本人が出合う全てのマイナスを、大人が先に取り除くことはできないものです。それよりも、その時々、子どもが心身ともに健康に目を向けながら、その都度、よく観察し、必要な側面支援したり、自分で解決すべきことは、自分で乗り越えさせることも、また、凸凹を持つ子供が大人になるために大切な練習になると私は信じたいと思います。
by k-onkan | 2017-08-21 23:58 | 発達障害 | Comments(0)

何人に増えてもすることは同じ

半年まえ、言葉がなかった年長の男児が音感かるたの訓練によって、「質問されたことをオウム返しではなく、答えること」を覚え、音符の読み書きを学び、音を聴き分けたり、音符の読み書きができるようになりました。それに伴って、ひらがなも読めるようになりました。以前は木下先生に「名前は?」と聞かれて「名前です」と答えていたのが嘘のようです。

e0143522_17202071.jpg長年、こうした子どもたちの成長を見てきたので、「障害があるからありのままでいい」とは思えず、「できる」と信じて関わること、必要なことに手は貸しても「特別扱い」せずにみんなで一緒に学び成長することの大切さを感じています。

現在、全国の公立小中学校では、「通級指導」を受けている発達障害の児童・生徒が9万人を越えたと言われています。この20年で、7倍以上に増えているようです。発達障害になる要因も増えているとはいえ、7倍とは、すごい人数です。

けれど、昔もそうした特性を持つ子は大勢いたと思うのです。ただ、20年前の方がもう少し、大人が子どもに慣れていたり、子どもと関わる機会が多かったり、自分の特性の隠し方や付き合い方を覚える機会が多かったかもしれません。何より、「ちょっと変わった子ども」でも何か特技があれば生きられるおおらかさがもう少しあったと感じます。

楽院にも立派になった卒業生が大勢、顔を見せにきてくれますが、「子どもの頃の自分を考えたら、自分にも発達障害の特性はあると感じる」という子は少なくありません。しかし、「少し落ち着きがない」「人の話を聞かない」と注意されながら、それなりに、社会の中で特技を生かして活躍しています。彼らが子どものころの親御さんは、自分の子どもを支援クラスに入れたいとは思わず、できることをして、なんとか困らないようにさせたいと必死だったように思います。

前述のお子さんは、1年前は、「発達を判断するための検査が受けられない」ほど意思の疎通もできず、言葉もありませんでした。その子が、今年の検査では「4段階で一番軽い」という結果が出たといいます。1年間の発達を「成長」として喜ぶか、支援が少なくなるから困る」と考えるのかは、親御さん次第です。

けれど、発達障害がある子も、ない子も、楽院に通っている間は、私たちの「生徒」なので、何があっても発達させなければと思っています。発達障害がある子は特別な目で見られがちですが、彼らには特性による不便さもありますが、特性ゆえの「長所」もたくさんあります。

それは、不器用であっても、真面目に努力して、一度できるようになったことは簡単には忘れない、という長所です。こうした能力が定型発達のお子さんの励みになり、よきライバルになることもあるのです。世の中に、発達障害を持つ子が何人に増えても、これからも、楽院は特別扱いもしない代わりに、排除もせずに、これからも、子どもたち同士で、いい反応を起こさせ、成長させていきたいと思っているのです。
by k-onkan | 2017-06-23 23:17 | 発達障害 | Comments(0)

別人のように成長した!

恒例の津市の教室でレッスンがありました。その中で1年前に木下式のレッスンをはじめた年長児の女の子の指導をさせていただきました。一生懸命、集中して音感を学ぶその女の子の姿に、「木下式の効果はすごい」と、手前味噌ですが、思いました。

e0143522_20463339.jpgなぜなら、1年前、はじめて、この女の子とこの教室で出会ったときは、教室の前の路上で気が違ったかのようにギャーギャー泣き、凸凹の傾向を持つお子さん特有の「こだわり」を激しく見せたからでした。私自身、「こんな状態で木下式が教えられるのだろうか。音感教育よりも、まず療育などの専門家に救っていただいた方がよいのではないか」と、心配になるほど、それまでに出会ったことがないタイプの凸凹のお子さんでした。

1年経った今、当事の姿は別人のように、おだやかに音感のカリキュラムをこなしています。音楽を教える上での「意思疎通」には全然問題がありません。もしかすると、木下式の白黒はっきりした物言い、明確な指示、手順通りに進むレッスンなど、木下式ゆえの教え方が凸凹の特性でも学べる理由であり、もしかすると、幼稚園や他の教室ではまだ問題行動があるのかもしれませんが、少なくとも、音感を教える上では手間がかかりません。

以前、「木下式のように厳しいルールがある学習は、凸凹の特性を持つ子どもには、つらいだけなのではないか」と療育士の先生に言われたことがあります。しかし、長年、大勢の凸凹の特性を持つお子さんとおつきあいして思うことは、「規律がある」「善悪が分かりやすい
」ことで、凸凹の特性を持つ子は自分自身を守れているのかもしれないと思います。

もちろん、最初は「音感のルール」である「先生のペースで物事が進むこと」に慣れるまでは、泣いたり、嫌がったり、抵抗は示すものですが、一度、「そういうものだ」と受け入れられると手順通りに進むことは、かえって分かりやすいようです。

一つの場所で先生や友達と一緒に行動できるようになれば、他人と言葉で通じあえるきっかけになると感じます。特に、音楽が好きなお子さんは、それをどんどん伸ばすことで、他の科目や他の課題も連動して成長することがあると感じます。

木下式を学ぶ前は、言葉もなかったお子さんが、音感かるたを覚え、カラー五線譜に丸を書いたりする訓練をしている内に、ひらがなや数字を覚えられるようになったという例もあります。「音楽では生きていくための知識としてプラスにもならない」と思う方もいるかもしれませんが、音楽だからこそ、凸凹のある人の心が癒され、発達しやすいということもあるのではないか、と最近、つよく感じています。
by k-onkan | 2017-06-04 20:45 | 発達障害 | Comments(0)

一つの能力を伸ばすと他が伸びる

木下式のカリキュラムは、2~3歳のお子さんに無理なく、音感教育を行うために作られていますが、この訓練が発達障害を持つお子さんの「感覚統合」にも効果があるという理由から、一般の、「音感のクラス」とは別に「凸凹っこの感覚統合」を目的にした短期のクラスがあります。

e0143522_15443732.jpg音感のクラスは、聴覚訓練という見地から音感が確実に定着する4歳半までに訓練を開始することをお勧めしていますが、凸凹のクラスは小学生になったお子さんでも、木下式を受けることができます。

これまでも何人も小学生の凸凹っこが、このクラス体験に見えましたが、彼らにはある共通点がありました。それは、目の輝きが強く意欲があり、ハキハキと声を出すということでした。しかし、「ハイ」と自信をもって返事をしたからといって、こちらが想定する通り、理解しているとは限らないので、何を見て、何を考えているかを、観察しながら、凸凹を持つこでも「指示」が分かりやすいよう、キビキビとレッスンしています。

2~4歳児が取り組む「木下式のカリキュラム」は、一見、簡単そうに見えるかもしれませんが、聴覚、視覚、身体感覚を同時に使うため、年齢が大きくなればなるほど、難しいもののようです。

特に発達障害を持つお子さんは、両手両足を交差させて、音楽に合わせて行進したり、目と指を同時に動かしながら、ピアノの音を聴いて、口型を用意して、読譜するなどが、難しいようです。また、ピアノの前で立って話を聞いたり、歌を歌ったりする際に、足首や体幹がしっかり安定して育っていないと感じることが多くあります。そうした状態で、学校生活を送るのはたいへんだろうと想像します。

楽院では、音感教育を行うために必要な能力を育てるために、さまざまな運動器具を用意しています。中でも、凸凹っこに効果があるのが、ブレキエーション(うんてい)です。肩よりも高く手を伸ばして、5本の指を使って渡るうんていを行なうと、子どもたちの目線に気力がわくと感じます。

木下式の訓練で育つものがもう一つありました。それは、相手との「タイミングの図り方」です。指導者の「ハイ」という合図によって、タイミングを計って声を出すのですが、この時、自分のことしか考えていないと、タイミングがずれてしまいます。こうしたことを理解して、相手に合せることで、自分のことだけでなく、相手の存在も意識する習慣になるかもしれません。

このクラスは発達障害の特性を改善するための「療育的な課題」を改善することが目的ですが、歌を歌ったり、聴音書き取りをしたり、ピアノを弾くなどと学び、音楽を得意にすることで、他の能力が伸びたお子さんもあることから、途中で、能力が向上すれば、他のお子さんと一緒のクラスに参加されることもあります。体験授業は無料です。凸凹がある方でも、ご興味のある方は、ぜひ、一度、木下式を体験してみませんか。
by k-onkan | 2017-05-23 23:42 | 発達障害 | Comments(0)

共に生きるためには

楽院は、障害があるお子さんも、ないお子さんも、音楽の能力が同等になれば、一緒に勉強をさせてきました。この「区別しない」という事実は、文章にすると、耳に優しいものですが、一緒の空間にいる、というのは、きれいごとでなく、双方に努力を求め、実は、とても厳しいことだと感じます。

e0143522_20155252.jpg幼児期の子どもは、最初は、仲間の能力差には気づかないものです。でも、だれかが能力差に気付くと、その子を下に見始めることもあります。これは、私自身が3月生まれで経験したことですが、クラスの中で行動が遅い、できないことがある、泣いてばかりいることで、あっという間に「いじめられ役」になっていました。

幼稚園でいじめられる経験をすると、その後も、長くそこから抜け出せないと個人的には感じます。「いじめる側もいじめられる側」も表裏一体です。幼稚園の頃、「いじめる側」だった子が、小学生になったら「いじめられる側」になっていた、というのもよくある話でした。反対に、いじめられていた私は、自分より弱い弟に同じことをしていじめて、よく叱られたものでした。自分がやられたことは、誰かにしてしまいたくなるから、私は子供たちを「いじめる方もいじめられる方」にもしたくないのかもしれません。

障害を持つ子も、どちらかというと「いじめられる側」になりやすいものです。それでも、楽院の集団の中で、みんなと一緒に頑張れるように育てるのは、どんなハンデがあっても、音楽を学ぶ上では、平等であることを知ってほしいからです。

もう一つ、ハンデを持っていることで、必要な配慮はしても、だからといって、その子を「特別扱い」をしてはいけないと感じる理由があります。それは、障害を持つ子本人が、いつしかそれを利用して、「自分にやらなくてもいい理由」を付けることも覚えていくことです。

たとえば、「目が悪いから」「足が悪いから」というと「かわいそう」と許されることをしると、できることも「~だから、できない」と最初からあきらめる癖がついてしまうこともあります。

私自身、長年、いじめられる側に甘んじたことで、卑屈な自分をイヤだと思っていた時期がありました。だから、自分のまわりの子どもには、なるべく、そうならないように、できることはしたいと思っています。

卒業した子どもたちが、「楽院では、先生たちが厳しい以外の友達関係は平和だった」と感想を述べます。当時を思うと、親御さんの中には、「この子と一緒のクラスにはしないでほしい」とか「あの子ばかり、特別に手をかけて」と不満に思っていた方もいないわけではないと思いだします。しかし、当の子どもたちは、「平和だった」「楽しかった」という感想を持っているのですから、子どもたちのことは、守れていたのだろうと思うのです。

これからの世の中は、益々、いろいろな人との共存が不可欠になり、「差別」をしてはいけない社会になっていくことでしょう。でも、差別をしないためにも、されないためにも、お互いに努力は必要で、それは、どちらか、一方だけの努力でも、我慢でもあってはならないと感じています。
by k-onkan | 2017-05-07 23:13 | 発達障害 | Comments(0)

不可能なことなんか、ない!

半年前、言葉が出なかった凸凹の気質を持つ男の子は、半年間、木下式の訓練をしたことで、言葉が出るようになり、オウム返しもなくなりました。何より「音楽」がとても好きなので、自分の名前に反応をしなくても、音名や音感かるたの名称、そして、カラー五線譜の記譜の場はどんどん理解していきます。

e0143522_1753591.jpg誤解がないように書きますが、私は「自分の名前が分からないのに音符が書けるのです。すごいでしょ?」と言いたいわけではありません。願わくば、健常児も記憶するのが難しい「間音」が書けるなら、自分の名前にも反応してほしいと思っています。しかし、これまであまりに長く「わからない子」「反応しない子」として扱われてきたこの子には、とにかく「好きなこと」「わかること」「興味を持てること」に反応する喜びを知らせながら、普通のことにつなげていきたいと思っています。

数か月前、このお子さんがクラスに入ったことで、「楽院は音感を教える場で、療育の場ではない。わが子のクラスにこの生徒を入れないで」という理由から楽院をお辞めになった方もありました。どんなに高い音楽能力を持っていても、それほど、すごい状態だったのです。

そして、残念なことかもしれませんが、発達障害を持つ人たちが社会に対してどんなに「理解してほしい」「ありのままを受け入れて」と訴えても、あまりに非常識な行動をしたり、「言ってもわからない」としつけもしないまま放置されれば、周囲に迷惑がられて排除されることは事実なのです。今、楽院で私にできることは、預かった生徒の能力を伸ばし、少しでも、迷惑だと思われないように育てることだけです。お母さんにも世の中の厳しい現実を受け止めていただき、一緒に頑張る約束をしました。

脳医学の瀧靖之先生は、好きなことを伸ばすことで、脳の他の部分まで伸びることがあると教えてくださいました。この子には、音楽が何より「好きなこと」であり、「心に響くこと」であるので、木下式のカリキュラムをどんどん詰め込むことで、もしかすると、日常のことにまで、波及するような気がするのです。

数か月前は、音感かるたの名称「しかられたのシ」を真似るだけだった子が、今は、「シシシシしかられた」のメロディーを聴いて、「しかられたのシ」と答えるようになりました。きっと、すぐに、音名で識別できるようになるでしょう。半年前は、言葉も出なかった子が、そんなことができるようになるのです。可能性を大事に伸ばしていきたいと思います。

凸凹を持つ子の得意なことを伸ばすことに関しては、以前、読んだ「ぼくは数式で宇宙の美しさを伝えたい」が素晴らしい書物でした。「あなたの息子は16歳になっても、自分で靴ひもを結べるようにならないだろう」という医師の言葉を、跳ね返したのは、母の愛情でした。息子が好きな世界を見つけ、それをとことん学べる環境を整えました。それと同時に、社会と関わる努力も決して否定しなかったことが、「いずれ、ノーベル賞候補となる」と言われるジェイコブに育てたのです。

障害あると、言っても通じない、しつけをしてもしつけができない、と大人はあきらめたくなることばかりかもしれません。けれど、それは、もしかすると、大人が「その子が分かる方法」で教えていないから、かもしれません。凸凹を持つ子に必要なことは、「丁寧な子育て」と言われますが、それは、凸凹がなくても、年齢の低い子ども、誰にでも必要なことだと私は思うのです。
by k-onkan | 2017-04-27 23:52 | 発達障害 | Comments(0)

立場が違うと正解も違う!

昨日のブログで「凸凹っこの減らず口は集団レッスンでは止める」ことを書きました。それは、家庭で許されることでも社会では許されないことがあることを、知らせたいからです。けれど、一つ、誤解していただきたくないことがあるのです。それは、もし、私たちに、十分な時間がある際には、「1対1」で本人の話を聞くこともあるということです。

e0143522_21481855.jpgお稽古事や学校などの場は、家庭とは存在意義が異なるものです。そのため、特定の子どもが一人だけ、勝手な話を続けると、授業に支障があり、他の生徒から反感を持たれることもあります。私が「凸凹っこ」の誤った言動をキビキビつむのは、他の生徒が不公平を感じさせないためでもあります。

だからといって、家庭では、私がレッスンで取り締まるようにわが子の私語を禁じたり、姿勢を正させていただきたいわけではありません。家庭では子供が話したいことを十分に発言でき、親御さんもそれに耳を傾け、楽しい時間を過ごしたり、スキンシップをとったり、忙しいお父さんと遊ぶ時間も大事だと思います。

子供も大人も、自分の希望がかなえられていないのに、他者のルールだけに従うのは難しいものです。大人が「わが子にこうあってほしい」と願うのと同様に、子供も「お母さん、お父さんにこうあって欲しい」という思いはあるはずです。そして、正解は場所や状況、人間の立場によって変わることもあり、決して正しいことは一つではないと、子供以前に、親御さんには忘れないでいただきたいと思うのです。

これまで、大勢の凸凹の気質お子さんと関わっていますが、その中で一番、劇的に発達をしたと思うYくんは、とても恵まれていたと感じますそれは経済的な余裕以上に人間に恵まれていたと思うのです。わが子のことを思う両親をはじめ、両方の祖父母に親戚、そして、信頼できる幼稚園、小学校、そして、親子二代で通う教室に通えたのは、とてもラッキーでした。

その中には、怒るとこわいけれど、いつも自分のことを考えくれるお母さん、寡黙なところがあって少し怖いお父さん、いつも面白いことをいって笑わせるお祖父さん、無条件で進歩を喜んで甘やかしてくれるお祖母さんたち、厳しいけれど分からないことがあったら絶対に分かるようにフォローする先生、それぞれには異なる役割と関わりがありました。

一般にはいろいろな人がいるので、「親は苦手だから子育てに関わらせたくない」とか「親戚づきあいが嫌」という考えの方もいるようです。しかし、子供の成長と発達に関してだけ考えると、家族の仲がいい、協力して目的に向かって力を合わせられることがマイナスになることはないと感じます。

こう書くと、「身近に祖父母や親戚がおらずに、頼れる人が誰もいないから、うちの子供はもうダメ、発達はしないんだ」とあきらめる人がいるのではと心配になりますが、子供にとって必要な「厳しさも」「甘さも」「優しさも」「面白さも」すべて大事なことを忘れずに、関わっていれば状況に合わせて、子供も成長していくのでは、と感じます。何より、家庭と社会の価値観が異なることを知らせるためには、親御さん自身がそのことを忘れないようにすること、かもしれません。
by k-onkan | 2017-04-22 21:47 | 発達障害 | Comments(0)

子供の言動に要注意!

低学年に高いIQと凸凹の特性を持つ男児がいます。彼はレッスンの際、みんなで話をしている時に、自分の興味がある話題へ導いたり、何か指摘されると、自分を正当化するために、難しい言葉を使ったりします。私たち大人「幼い子が使う難しい単語」につい感心してしまいますが、ほんの少しでも感心したり、同意すると、「ということは、すべてぼくが正しいということですね」と違う結果へと転がっていきます。

e0143522_19182948.jpgネット上で出合う揚げ足取りや、一般によくいる「モンスターペアレント」などは、まさしくこのタイプで、人の揚げ足をとり、喧嘩をふっかけたり、自分のルールで自己を正当化して迷惑をかけたりしています。しかし、私は将来、生徒にそんな大人に育って欲しくはありません。そこで、子供の減らず口に気が付いたら「今はその話ではありません」「そういう意味ではありません」等、一つずつ「誤解」をつぶすようにしています。

先日、メロディーを種々の音符で五線譜に記す「旋律書き取り」をしていた時のことです。
その男児は他人の何倍もの時間をかけて音符を黒く塗りつぶすのです。私は「そんなにいつまでも塗らないでもっと短く切り上げて!」というと「僕はじっくり丁寧なことが好きなタイプなのです」といい出しました。

自分の時間にじっくり丁寧にやるなら、好きにして!と思いますが、グループで速さを競って聴音する時間に、「丁寧が好きだから」とちっとも急がないのは、あまりに他の人の迷惑です。「みんなが待っていてくれるのだから、早くしてください!」。そう言ってもいっこうに自分を変えるつもりはないようです。そこで、私がピアノを弾く速度をあげてみました。すると、時間内に書き終わらなくなり、「ウウウウ」と恨めしい声を出し私を非難しはじめました。

このまま、私に「不当な目にあった」と恨みだけ持たせるのもいけないので、説明を試みました。「じっくり丁寧が好きと言うけど、例えばあなたのお父様が「3月31日まで」の仕事を丁寧に4月5日までかけてやったら、どうなるか分かる? 次の仕事はなくなることもあります」「つまり、無職ってことですね」「無職の話などしていません。限られた時間ででき上がらないと意味がないこともあるってことです」「いい加減にやっていいということですね」「違います。世の中には丁寧にやっても、3月31日までにきちんとできる人がいるのです。だから、丁寧だから遅くていい!のではなく、少しは急ぐ努力をしなさい」。

凸凹の気質を持ちIQが高いと、IQが低くても苦労するお子さんとは、また違った面倒やご苦労があると感じます。しかし、わが子の様子をよく観察して、子供があらぬ方向へ進まないように、大人もしっかり、見極める必要があるのは、凸凹の特性を持つ子どもの保護者だけではありません。どんな子供にも、勘違いや間違った言動はあるものです。また、自分を正当性して、他人に責任転嫁をするのも、「子ども」の特性かもしれません。親だからこそ、子供の言動を観察して、気づいたら、現行犯で正していきたいものです。
by k-onkan | 2017-04-21 19:18 | 発達障害 | Comments(0)

乗りかかった船にて・・・

4ヶ月前から、楽院に通う年中のHくんの幼稚園から、「普段、Hくんの指導をしている先生が幼稚園に来て指導の仕方を教えてほしい」という要望をいただきました。そこで出張費をご負担いただいて、往復3時間かけて出かけてきました。

e0143522_21441167.jpg到着してすぐに分かったのは、私が呼ばれた本当の理由でした。それは、お母さんにHくんの療育手帳を取得し加配が得られるように説得してほしい、ということです。なんでも、学年補助の先生がHくんの専属になっており、他の担任から不満が出ているとのことでした。

園長先生は、誰からも好かれる柔らかい物腰で、お母さんもふんわりとしていてはっきりものを言えるタイプではなく、互いに気持ちが伝えられずに、だれか物言いのはっきりした人間に白黒、はっきりさせてほしいという雰囲気が感じられました。

Hくんのクラス隠れて見学すると、楽院とはまったく異なるうつろな目で、自分の世界に入り込む姿がありました。一見、静かに机に座っていますがわざと汚い行為をして担当の先生に迷惑をかける姿に、楽院ではもう少しマシな様子で音感かるたに取り組んでいるのにと、とてもがっかりしました。

「問題を持つ子」として配慮した結果、「何もいわないで、子どもに従う」という対応になっているようですが、それでは本人のプラスにはなりません。そこで、「療育手帳をとってほしい」という幼稚園の要望を伺った後、私からもお願いしました。

それは、「手を貸しすぎずに、ダメなことはダメという。体験させて理解させる。分かりやすい説明をする。分からない時は手を添える。高い声で話す。怒った時の声と顔を覚えさせる。自分で選ばせる。みんなと一緒にすべきことは、最初から「できない」と諦めずに指示を出す」などでしたが、あまり心には響いてはいなかったかもしれません。

その日、一つだけ、嬉しいことがありました。帰り際、Hくんに声をかけに再度、彼のクラスへ行った時です。ちょうど、Hくんは泣きべそをかいて担任に甘えていましたが、真正面から聞こえた私の声に反応して、一瞬で目に生気が宿ったのです。それは誰が見てもわかるほど、別人のような変化でした。これが、普段、楽院で音感に取り組む時に、見られる「真剣な目」です。

市町村によって異なるかもしれませんが、「療育に行ってみては?」と勧められてから実際に診断を受け、療育を受けられるようになるまでに長い時間がかかるようです。Hくんは1年前に診断を受けた時に特定の検査ができずはっきりとした診断はでず、そのまま、家族は「育てるのが難しい子」として受け入れてきたようです。4ヶ月前に、楽院に入学されたのも「音楽が好きだから」ということで、療育のためとは伺ってはいませんでした。

ご家族が受け入れるかどうかは別としてお稽古事でよその方に迷惑をかけたら、「あなたの子とおなじクラスで勉強させたいお母さんはどこにもいない」「ここは音楽を学ぶところで、障害児の療育の場ではない」と、厳しくも真実の言葉を、直接、突き付けられることも皆無ではありません。その言葉に、抵抗を受けたり、衝撃を感じる人もいますが、わが子を守るためには、現状を改善するしか道はないと個人的には感じます。

本来、幼稚園に出向いて、子供の障害について幼稚園と親御さんの間を取り持つのは、私の仕事ではないかもしれません。でも、教育現場と音楽の世界に増える凸凹っ子と付き合う上の新しい経験になると出かけました。そして、分かったことは、診断を受けるまでの道のり、療育を受けるまでの時間と診断法の複雑さ、そして、やはり、他人任せにせず家庭でできることを、どんどんしていくしかない、ということでした。
by k-onkan | 2017-03-15 21:00 | 発達障害 | Comments(0)

発達障害について思うこと

楽院は、「発達障害があるから」と言って、入学をお断りすることはありません。ただし、あくまで音感教育を受けたいという方を教えさせていただくことが条件です。そのため、「障害があるから配慮してほしい」と最初から障害を理由に、指導に制限を付ける方のお子さんはお預かりしません。音感教育に関しては、他のお子さんとおなじことをできるようにするために指導します。

e0143522_21112594.jpg音感を教えるに際して不足する能力があれば凸凹の有無に関わらず、足裏を使うために草履を使ったり、トランポリンや平均台で体幹を鍛えることもします。鉄棒やうんていなどの運動器具も使います。手指を発達させるために細かな作業が役立つので、授業前にはさみで切り絵もします。すべて「音感教育」を実現するため、「できない」と困るから、しているのです。その結果、「感覚統合」ができたり、ビジョントレーニングになったり、言葉が鮮明になったり、一般の「療育」より効果が出ることもあるでしょう。

以前、東北大学加齢医学研究所の瀧靖之教授が見学に見えた時に、発達障害がある子どもに接する際には、何か好きなことを一つどんどん伸ばすと、他の能力も伸びてくるというお話を伺いました。実際に、3歳児検診では「家族と意思疎通ができるようにならない」「読み書きもできない」と言われた子どもが、立派に大舞台に立ち、だれよりも素晴らしい音楽能力を披露することもあり、私たちが彼らから学ぶことも多くあるのです。また、音楽能力に長けた人の中には、凸凹の気質を持つ「天才」も確実に存在します。

子どもたちは、みなそれぞれ課題を抱えています。凸凹の気質を持つお子さんもいれば、バイリンガルで日本語が苦手な子もいます。また、極端に内向的な子もいれば、人見知りが強い子、アレルギーがひどく集中が難しい子、最近、弟妹が生まれて情緒不安定な子など、事情をあげればキリがありません。

それぞれを特別扱いはしませんが、気持ちには寄り添いながら必要な課題を改善しています。中には、「凸凹がある子どもばかり、大事にされている」と不満に思う方も皆無ではないと思いますが、実は、普通の子として問題ないと思われている子が、特定の色彩の判断が苦手だったり、手先が不器用だったりということはあり、傍目からは分かりづらいと思いますが、他のお子さん以上に手をかけて教えたりしていることもあるはずです。

「発達障害はスペクトラム」であるということは、健常クラスの中でも、グレーの子が存在するということです。しかし、一般の親御さんは、健常児と発達障害児の間にはきちんと境界があり、健常クラスにいれば問題なく、診断を受けた子や支援級の子は障害があると認識しているかもしれません。ですが、私たちも、それぞれすごく得意なことがあったり、極端にできないこともあり、誰にも凸凹の気質はあると個人的には感じています。

もちろん、「音感」を教える楽院では、他のお子さんと一緒にレッスンはできないと判断すれば、個別対応をしますが、音感の能力が同等になったら、同じクラスを試みることはあるのです。また、凸凹の気質を持つ子の天才的な才能が、他のお子さんにいい影響を与えることも実体験として経験してきたため、否定はできないのです。

とはいえ、親御さんは皆、わが子に迷惑がかかることは抵抗があるのも当然なのかもしれません。親御さんはそれぞれに出来る努力は精一杯した上で、自分の子供の理解を頂けない場合には、上手に距離を置く方法を学ぶことも大事なことのようです。

高学年になって立派になった凸凹っこのお母さんから、こんな言葉をいただきました。、「発達障害の子供達には、たくさんのこだわりや問題があるけど、幼稚園のうちなら治ります。 獅子が子供を谷へ突き落とす気持ちで、なんでもさせてください。大概のことは治ります。それでも2〜3個は、残ってしまうこだわりはありますが、それに関しては、どうしてもダメなのねと受け入れています」。この言葉は、高校生の凸凹っこを持つ先輩ママからの言葉だそうです。

この言葉をうかがって、私には一つ思い当たることがありました。それはいろいろな幼稚園、保育園で、最初はみんなと一緒に木下式ができていたお子さんが、ある日、発達検査を受け、「凸凹がある」「療育に行くように」と言われた途端、それまでできたことまでできなくなってしまうことがあるのです。せっかく、できていたことが、療育にいくことで、できなくなるというのは、なんと残念なことでしょう。でも「障害があるから、ありのままで」と言われることで、努力できなくなるという一面もあるようです。

私は、定型発達でも、凸凹があっても、「幼いから(凸凹があるから)理解できない」と思わず、誠実に向き合っていきたいと思っています。それが、これまでも、これからも、楽院で預かる子供たちの能力を引き上げることになると思うからです。
by k-onkan | 2017-03-12 21:11 | 発達障害 | Comments(0)