麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
カテゴリ
全体
木下式音感教育法
しつけ
子育て
教育
お稽古事
親業
音楽
乳児
のぞみクラス
幼児
児童
名誉団員・卒業生
思春期・反抗期
自立について
運動
発達障害
保育園
楽院だより
我が家のこと
自分のこと
以前の記事
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
フォロー中のブログ
蛹の頃~さなぎのころ~
最新のコメント
ありがとうございます。女..
by k-onkan at 19:28
久しぶりにこのブログを訪..
by 藤本トモエ at 09:31
出演園児のお母様へ ..
by k-onkan at 06:33
一番こわいのは、マナ先生..
by 出演園児の母 at 10:48
昔、近所の顔なじみの飲食..
by k-onkan at 10:32
作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
ブログパーツ
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


カテゴリ:お稽古事( 164 )

子供の責任じゃないこともある!!

いろいろなお教室で、来年度のクラス編成が決まる時期なのか、楽院にも「4月からのクラスは何曜日?」「○○ちゃんと一緒になりますか?」など、いろいろなご質問をいただいています。お稽古ごとに通ってお母さん同士が仲良くなったら、「子どものレッスン時間を合わせて、楽しく待ち時間を過ごしたい」と思うのはいつの時代も当たり前のことかもしれません。しかし、音楽に関しては、個々の音楽能力は、同級生でも大きく異なるため、お子さんに合ったクラスで必要な課題から、順序よく習得していただきたいとお願いししています。

e0143522_19525680.jpgそして、私は、15年前のことを思い出しました。当時、同じ幼稚園に通う仲良しママのお子さんが、異なるクラスに通っていました。女の子の家庭は両親ともに、音楽に造詣が深く、家族でクラシックの音楽を聴きにいったり、お母さんがピアノを弾いたりされ、女の子もすぐに歌好きになって、音感能力がぐんぐん伸びていきました。

反して、男の子の家庭は、特に音楽を専門的に勉強された方がいたわけでもなく、音楽に関する決まり事(ドレミファソラシドの配列)をなかなか覚えてはくれませんでした。ただ、とても素晴らしい美声を持っていたため、その声を鍛えながら、地道に反復をして音感能力を身につけさせたいと、簡単なクラスに通っていただいていたのでした。

しかし、仲良しのママ友であるがゆえに、他のお稽古事と同様、楽院も一緒に通いたいと思われたのでしょう。女の子のクラスに男の子も進級させてほしい、と言われ、「その日しか、音感を受ける時間はない」との言葉に仕方なく、同じクラスにしたのです。

けれど、能力が定着していない子どもに次の課題を行なうことは、建築でいうと耐震偽装のマンションを建てるようなものなのです。一見、同じことをしているため、問題がないように見えるのかもしれませんが、いろいろな課題に多くのヌケが生じ、音感能力が身に着かないのです。

木下式の訓練は段階的に順序立てて、その時々、必要なことを身につけるまで反復して、次の課題を与えるため、幼児とは思えない能力が身に着くのですが、カリキュラムを無視すると、消化不良を起こすほど、実は見た目より、難しいことを習得させているのです。

男の子は、美声の持ち主で、歌も上手でしたが、「音感」だけは自信が持てないまま、卒業していきました。本人は、「音感だけは、どうしても好きになれなくて、自分から聞こうとしなかったから、よくならずに、申し訳ない」と大人になって反省の弁を述べていましたが、実は、「このクラスでなければ、イヤ!」と言ったお母さんたちの責任はとても大きいと思うのです。

楽院は預かったお子さんを「木下式で育った子供」として恥ずかしくない歌唱力と音感能力をつける責任を担う教室です。しかし、クラス編成やカリキュラムの進め方について、親御さんが介入されると、「歌唱力や音感」が身に着かなくなってしまうこともあります。

教育現場で、「あの子と同じクラスはイヤ!」とか「あの子ばかり、可愛がられてずるい」などという親御さんの意見を耳にすると、「なぜ、日本の教育が平等になったか」が少し分かる気もするのです。しかし、平等を望んだのは、断じて子供ではなく、わが子を見守る親御さんなのでしょう。

子どもたちの権利は平等であって欲しいと思いますが、個々の能力は平等ではありません。そして、それは、子どもの責任ではありません。それぞれの子どもたちが、少しでも幸せに成長するために、私たち大人ができるのは、それぞれの良いところ、悪いところを謙虚に受け止めて、それぞれ、できることを精いっぱい取り組むことしかないのではないでしょうか。
by k-onkan | 2017-12-14 19:52 | お稽古事 | Comments(0)

音楽が得意でも苦手でも・・・

音楽という科目は、国語や算数などと違って、どこの親御さんでも教えられるというものではありません。子ども時代に音楽と馴染みがあった家庭で育てば、歌うことや音楽を聴くことが身近なはずです。反対に、「音楽が苦手だったから、子供には親しんでほしい」という方は、音楽に対して緊張があり、気軽には楽しめないかもしれません。

e0143522_19243411.jpgそうした個々の家庭の「音楽に対する距離感」が、音感の勉強をはじめたばかりの頃の幼児には、多少、影響があると感じます。音楽に親しみのある家庭のお子さんは、歌を歌うことに抵抗もなく、自分から声を出そうするため、案外、すぐに歌えるようになるからです。

反して、親御さんが「音楽が苦手」というお子さんは、最初は、少し、怪訝そうに用心しながら訓練に向き合います。ちょうど、「できるか、できないか」試運転でもしているような感じです。だからといって、「絶対に伸びない」ということではないのです。最初に得意でなかった分、真面目に吟味して取り組んでいるからです。

木下式は音楽に馴染みのない家庭のお子さんを、歌唱を通して音感能力を身につけさせるために、考案されたものです。地道な反復訓練を重ねることで、少しずつ、声域を広げ、歌を歌えるようにして、その過程で音感能力が身につくのです。子どもは、「自分ができること」は、好きになったり、得意になっていきます。その結果、音楽に親しみを持てるようになるため、「音楽が苦手な親御さんの子ども」であっても、問題がないのです。

現在、楽院には大勢の孫弟子が通っています。彼らは、共通して歌うことが苦手ではありません。そのため、他の方から見ると「卒業生の子は、どんどん進級できて得だ」と思われることでしょう。しかし、実は簡単に歌えた子どもには、簡単に歌えたお子さんゆえの苦労があるのです。

それは、一つひとつの音に苦労も意識もせずに、声を出せる分、それぞれの音高に集中して刻み付ける時間が少ないまま、どんどん難しい課題に進むことです。はたと気づいた時に、簡単なことの中で、「きちんと理解していなかったこと」が見つかったりすることもあります。

つまり、クラスが早く先に進んだからといって、ずっと安泰ではなく、先に進んだゆえの苦労がちゃんと待ち構えているのです。そう考えると、音楽に馴染みのあるお子さんも、ないお子さんもそれぞれ克服するべき課題があることが、平等なのかもしれない、と思うのです。
by k-onkan | 2017-12-13 23:20 | お稽古事 | Comments(0)

応援が力になると信じて!

土曜日のレッスンの後、中学2年の兄甥と少し遠くの専門店にランニングシューズを買いに出かけました。半年前にきれいな新品だった靴は、たくさんの穴が開き、かなりみすぼらしい様子です。「陸上競技は練習すればするほど、靴がダメになるのは早い」という店員さんの言葉通りでした。

e0143522_1043837.jpgたかが運動靴と思っていましたが、アスファルトで練習するための底が厚く重たいシューズもあれば、いい記録を残すために羽のように軽いシューズもあります。いろいろな改良が重ねられているシューズは、運動靴とは思えない値段ですが、そんな時には、ピアノの先生の「音楽も楽器次第で演奏が変わりますから、陸上も靴は大事なのでは?」という言葉を思い出すことにしています。

いつ任命されたかは不明なのですが、私は「陸上のシューズ係」の他に、「ピアノの教本」と「合気道の検定料」の係をしています。我が家は、「気になった人」「やらせたい人」が最後まで、面倒を見るのです。こんな時は「鋭敏に感じること」がイヤになってしまいます。

合気道は、父が「いじめられないように、習わせよ」と言ってから、ずっと父の担当ですが、「検定を受けられることになった」といった甥に、「それは、まぁちゃんにお願いしてごらん」と知恵を付けられて、以来、私のところに回ってくるようになりました。

ピアノの教本は、「兄弟でも、先生から指摘される注意は異なるのだから、同じものでも、新しい本になったら、買ってやってほしい」と口出しをしたため、「気になる人がお願いします」とこれも、分担されました。これだけ、大勢の大人から「応援」という名のプレッシャーをかけられている甥たちは、いろいろなことを頑張るしかないのかもしれません。

先日、「検定を受けられることになりました。お願いします」と弟甥が書面を持ってきたので、「Kちゃんは、そんなに頑張らないでいいよ。もう、にぃにだけで手いっぱいだから…」と冗談のような嫌がらせをいうと、「ひどっ」と怒られました。兄に比べて努力が苦手な弟が、「大人から無理やり何かをさせられている」と思わせないように、私もいろいろな手練手管を使っています。

楽院では、よく子供たちに、「誰のために音感の勉強をしているの?」と問うことがあります。必ず、最初は「先生のため」「お母さんのため」と言っていても、最後には「自分のため」と答えるようになっていきます。しかし、その「自分」の中には、やはり「自分を応援してくれる大勢の人に、成果を見せるため」という意味合いも含まれているのだと思います。そして、応援してくれる人が多いほど、私たちは、大事なときに、力を発揮できるような気がするのです。
by k-onkan | 2017-11-12 23:39 | お稽古事 | Comments(0)

自由だけ与えるのはダメ…かも

望クラスでは音感かるたの色塗りをします。「どろんこだーのド」のワンちゃんのリボンは赤、「レスリングーのレ」のカメは黄色、「みんなであそぼうのミ」の小鳥は緑と、それぞれ、特徴色が決められています。音感かるたに登場する動物の色は、奇抜な色ですが、木下式で学ぶ際には、これを受け入れる必要があります。この色彩が重要なのは、後に幼児たちが音符の読み書きを可能にするからです。

e0143522_11361887.jpg凸凹の気質を持つ子の中には、「どうして、らんぼうはやめようのラは、紫なの?ウサギは白いのに…」と言う子もいます。私は「木下先生が、かるたを作る時に、そのように決めたから、ここでは、紫で覚えてね」ということにしています。場所が変わると正解が変わることは、凸凹気質の子には理不尽に感じるのかもしれませんが、「そういうもの」として受け入れられる柔軟性も必要だと感じます。

また、凸凹の気質がなくても、自分の好きな色に塗りたがる子供もいます。最近、1歳10ヶ月の男児に「らんぼうはやめようのラ」のウサギを塗るために、紫のクレヨンを渡すと「あお、あお」と言って、空色のクレヨンを取ろうとしたことがありました。

指導していた瑠音先生は、「らんぼうはやめようのラの色は紫。だから、紫のクレヨンで塗ってね」と伝えましたが、男の子は自分が好きな空色でないと受け入れられなかったようです。そこで、「紫で塗りたくないなら、今日は、色塗りはやめておきましょうね」と中断したそうです。

子供が好きな色を好きなように塗ったり、描いたりする「自由画」の機会はとても大事です。しかし、物を習う「おけいこごと」の場では、「先生」の指示に従って、自分を抑えられることも、大事な練習となることを忘れないでください。社会に出たら、「自分の好きなようにできなかったので、課題をこなせなかった」という言い訳は、通用しないのですから。
by k-onkan | 2017-11-09 23:29 | お稽古事 | Comments(0)

自分の自由にできないこともある

「文化の日」は三重県の認可教室に指導に出かけ、数日後に発表会を控えた子供たちの独唱をグループ指導させていただきました。それぞれ、異なる曲を独唱するのに、グループレッスンをするのは、理由があります。それは、自分以外の人が「注意されたり、褒められたりする姿」を目の当たりにすることで、子どもが主体的に「自分は叱られないようにしよう」とか、「もっと真剣に取り組もう」と気づくからです。

e0143522_15544149.jpgとはいっても、最初から恐ろしい様子を見せると、子供たちが萎縮するので、しばらくはニコニコと様子を見ることにしいます。その間、数か月前の出来具合を思い出したり、それぞれの気質を考慮しながら、「全力で取り組んでいるか」「習ったことを守っているか」「手を抜いているか」を観察して、目に余った時に雷を落とすのです。たった一人が本気で叱られるだけで、部屋の空気感が変わり、他の子供たちも真剣になります。

今回、低学年の子の中に、普段、先生から注意されていることを無視して、自分の好きなように歌った女の子がいました。これまで教えた口型や音高に、あまりに無頓着な様子に、「注意されたことを直そうとしない人は、発表会には出なくていいから」と言い渡しました。

長きにわたって日本で行われてきた平等教育が当然の親御さんの子供たちは、「練習したのだから、出してもらえて当然!」とお怒りになるかもしれません。しかし、「K先生の発表会」は、K先生が自分の生徒として恥ずかしくない発表をすべきものです。全員が恥ずかしくないように、心配がある生徒は、他の子の何倍もの時間を使って教えています。

「あなたたちが恥ずかしい発表をすると、K先生が悪い先生だと思われてしまう。だから、好き勝手にするのではなく、習ったことを直さなければいけない…」。最初は涙を流して泣いた子供も、この言葉から初めて真剣になり、次の順番がくると、驚くほど素晴らしい歌声を聞かせてくれたりします。この姿を見ると、「子供にはきれいごとばかり言うのではなく、いろいろなことを伝えていかなければ……」と思うのです。

平等教育で育った親御さんは、「月謝を払ってお稽古ごとに通ったら、生徒は全員、発表に出る権利がある」と感じる場面かもしれませんが、専門家として、一生懸命、教える指導者にとって「発表会」は自分の力量を試される真剣勝負です。これまで、どれだけ、真剣に教えてきたか、それを評価されているのです。大人がそこまで真剣な時には、子供も遊び気分ではいけない、そのことを理解できる人間に育ってほしいと思うのです。
by k-onkan | 2017-11-03 23:53 | お稽古事 | Comments(0)

素直に聞く耳を育てよう

大人のお稽古ごとは自分の意思で「やりたくて」開始します。そのため、先生の言うことを自分から聞いて、学ぼうとするでしょう。しかし、幼児児童が学ぶお稽古や勉強は、一部の「学ぶことが大好き」な子以外は、「やらなければいけないこと」だったり、「先生や親にやらされていること」と感じているかもしれません。

e0143522_1132826.jpg最初は子供の希望ではじめたものでも、つらい時期には、「やりたくない」と言うのが子どもです。その時に、「自分で決めたから最後まで頑張りなさい」なのか、「いやなら、やめていいわよ」というのは、ご家庭の教育方針次第です。

しかし、何かを学び続けるには、「先生に従うこと」「言われたことに素直に取り組む」ことは、最低限のルールです。楽院で子どもに「躾」をするのは、親御さんとお約束している「歌唱力」「音感能力」を身につけさせるためには、お子さんに、最低限のルール(学ぶ姿勢)をきちんと身につけさせないと、実現が不可能だからです。

たとえば、「この音は、この声ですよ」と模範唱(手本)を与えても、「私は一生懸命、やっているんだからいいじゃない」と思って違う声を出し続ける子は、いつまで経っても決して、上手にはなりません。

楽院で教える音感教育は「楽しければいい」という類のお稽古ではないため、「先生の出した声」は絶対であり、それを聞いて、本人が気を付けると、正しい声が出すことが大事です。正しい声が出すためには、先生の目を見て、耳を研ぎ澄ませて、音に集中して、口型を正して、必要なだけ呼吸を取り、気構えを持っているのですが、この中で、どれか一つでも、いい加減にすると失敗します。

声を出す様子は、そのまま、幼稚園、小学校、そして、人生を生きる上での取り組み方と似ています。「わかった、わかった」と早とちりして失敗する子もいれば、慎重に気を付けて、絶対に間違えないようにする優等生タイプもいます。深く考えずに感覚だけで、乗り切れる感覚的な子もいます。しかし、一番、困るのは「いうことをきかない子」です。自分のやりたい通りに自由にしたいという気持ちも分かりますが、自由なことは、基本ができた後に可能になるのです。そして、この姿勢は、音楽だけでなく、すべてに通じるから心配なのです。

物を学ぶ時は、素直に言われたことを「やってみる」人が、上達します。反対に、「自分の好きなようにやりたい」と思う人は自己流を好み、物を習うことに向いていませんが幼児期から「自己流が好き」だと制限してしまうことで、吸収できないことがたくさんあります。

幼い時期には、いろいろな分野を吸収できる素地を持っています。いろいろなことに興味を持って素直に耳を傾けてほしいと思います。そのためにもお稽古の時間だけは「絶対服従」を知らせたいのです。

「絶対服従」というと、「子どもがかわいそう」とか「個性がなくなる」と心配する方もありますが、お稽古のほんの1時間、先生に絶対服従をしたからといって、子どもの個性や性質が簡単に消えてなくなるものではありません。

また、「この時間は、いうことをきく」という訓練をした子どもは、必要に応じて我慢することができます。また、年頃になれば、反骨性質も芽生えるため、誰から構わず、服従したりはしないので、ブラック企業で長期にわたって、言いなりになったりもしないと確信しています。一番、困るのは、誰にも服従したことがなく、自分の中にも何の指針もないまま、大人になることではないでしょうか。
by k-onkan | 2017-07-06 23:02 | お稽古事 | Comments(0)

続ければ分かるようになる

とても嬉しいことがありました。それは週2回、通う年中の女の子が音感かるたの図柄を見て、「ド」「レ」と音名に繋げられるようになったことです。これまで、一生懸命、教えてきましたが、フィリピン出身のお母さんを持つSちゃんの家庭の会話は、ほとんどが英語で、その分、日本語の習得が難しかったのです。

e0143522_13122367.jpg音感かるたの説明では、指導者が「しかられ・たーの・シ」と手本を示せば、同じイントネーションと同じ口型で美しい声で真似をしますが、「そろそろ、記憶できたのでは?」と「しか…、何だった?」と二語先導を試すと、「しかなめ・らーの・シ」と、母音は同じでも、まったく異なる子音で意味のない言葉になってしまいます。

音感かるたは、「茶色のシカ」が「シ」と覚えるものではなく、「シカさんが泣いているのは、お父さんか、お母さんか、だれかに「叱られた」から泣いているから、しかられたのシ」なのです。そして、意味づけの語尾が音名「シ」を表しています。

大人であれば、「犬がド、カメはレ、小鳥がミ、ロボットがファ、パンダがソ、うさぎがラ、シカがシの印」と意味なく覚えることができるかもしれません。けれど、幼い幼児には、物事を関連づけて記憶させないと、記憶が定着しないのです。

そこで、「どろんこをして汚れているワンちゃん」「レスリングというおすもうごっこに似た遊びをしているカメさん」「電車ごっこをしながら、みんなであそぼうと呼んでいる小鳥」「ファントマという名前の怪人ロボット」「風船で空を飛んでいるパンダ」「ごっつんことらんぼうをするウサギ」「叱られて泣いているシカ」と、説明の中で、音名と同じ韻を持つ言葉を登場させています。

しかし、いつまでも、「どろんこ」「レスリング」「みんなであそぼう」「ファントマ」「そらまで」「らんぼう」「しかられた」という意味づけに直接、関連する言葉によって、思い出させていると、連想力や記憶力は伸びません。

そこで、「よごれている」「おすもうごっこ」「電車ごっこ」「怪人ロボット」「風船、パンダ」「ごっつんこ」「泣いている」という言葉から意味づけ語を答えるという、もう一段階、難しい課題が用意されています。

これを「想起語」と呼ぶのですが、親御さんのどちらかが外国出身のお子さんには、この用語の意味が分からず、連想できるようになるまで、とてつもなく、高いハードルなのです。「しかられた」を「しかなめた」、「みんなであそぼう」を「みんなであとろう」と言っている子どもには、想起語がどこからきた言葉かもわからないのは、当然です。

数か月前からピアノをはじめたり、週に2回、通っていただいたりして、少しずつ音感で使う日本語だけは、分かるようになってきて、音感かるたと音名が結びついてきたようです。せっかく、楽院に通ってくるからには、歌が上手なだけでなく、音感能力があって、音符の読み書きのできる子に育てたいと思っています。そして、そこは、バイリンガルでも、日本語が苦手でも、一度、お預かりしたら、関係なく伸ばさなければ、と頑張っているところです。
by k-onkan | 2017-06-21 23:28 | お稽古事 | Comments(0)

個性を大事にするということ

30年近く、幼児児童の音楽教室の運営に携わり、現代の子どもを見て、心配に感じていることがあります。それは、「女の子の能力が下がっていること」そして「男児は能力差が大きくなっていること」です。

e0143522_163175.jpg30年前、音楽を学ぶ女の子たちは、親元で手をかけられて、レッスンに通ってきたものです。たとえば、宿題を与えたら、自分できちんと消化できるのが女の子の特長でした。万が一、問題が解決できなくても、近くにいるお母さんが困難を乗り越える手助けをして、いつしか、自分でできるようになっていったものでした。

反して、子ども時代に、楽院のような厳しい音楽教室に通ってきた男児は、幼児期は一般のお子さんより、かなり手間がかかりましたが、男児は10歳を過ぎてから、自分の意思で学ぼうとする「伸び幅」のようなものがあり、結果的には立派な大人に成長したと感じています。

今は早い時期から集団生活に入ることで、男女ともに、特有の個性が引き出されていないように感じるのです。女児は、男児に比べて、脳の発達が早い分、幼い頃に賢さやおしゃまな様子、おしゃべり上手で社交的なところがあったはずです。

男児は幼い頃、わからんちんな面があっても、真面目なところ、何か一つのことに熱中する面が、10歳以降に開花したのですが、そうした男女の個性が分からないまま、育つことの弊害は、これから少しずつ、教育の現場や就職時に出てくることかもしれません。

これも、「時代の流れ」で致し方ないこと、といったら、それまでですが、本来、子どもが持っている能力はできるだけ、引き出したいと思っています。それは、音楽を学ぶ上で何より大切になる、自分らしさ、個性になるはずですから――。
by k-onkan | 2017-06-12 23:30 | お稽古事 | Comments(0)

幼児期のおけいこ

大人のお稽古なら、「先生に失礼がないように」とか「対価に見合ったことを学ぼう」と自分を律して臨むかもしれませんが、幼児期のおけいこごとは、「幼児に無理のないこと」「できて楽しい」ことを用意していても、少しずつあがるハードルに「今日はやりたくない」「暑くて疲れた」など、頑張れない日もあるものです。e0143522_12554144.jpgそして、そんな時、一番、心が折れそうになるのは、わが子に「やりたくない」と大泣きされたり、抵抗される親御さんかもしれません。

特に、働くお母さんにとって一緒にいる時間に抵抗されると、「頑張りなさい」と強さを見せるより、「そんなにいやなら、もうやめていい」と受け入れてしまうかもしれません。しかし、子どもは勝手なものなので、後になって「どうして、あの時、きちんと、強制してでも、できるようにしておいてくれなかったの?」と親御さんを責める可能性もあるのです。

親にとって心が折れそうな子どもの「いやいや期」ですが、子どもたちは、さまざまな喜怒哀楽を通して、少しずつ、成長していくものです。そして、思うのは、「親御さん、負けないで」ということです。どんなに母子は一心同体でも、お稽古事を学んでいるのは子どもです。親子は別人格で、母の感じ方と子どもの感じ方は同じではない、このことを忘れないようにしたいものです。

お母さんは、わが子が叱られると、「どうしてダメなの?」と納得がいかないかもしれませんが、子どもは案外、「そうか」と受けいれ改善する努力をしていたりするものです。この時、お母さんが「うちの子を否定するなんて」とお稽古事を辞めたら、人間関係も、お稽古も、そこでおしまいになってしまいます。

先週、はじめての母子分離で大泣きした2歳10ヶ月の女の子は職員室まで行き、木下先生に出合いました。その翌週のレッスンでも「やりたくない」とお母さんにしがみついて泣きましたが、今回は情に訴えて、優しく諭すことにしました。「あのね。ママもパパも、したいことだけして、生きているわけじゃないのよ。ママにだってお料理したくない日もあるし、パパもお仕事に行きたくない日もあると思う。でも、Rちゃんのために、頑張っているんだよ。だから、Rちゃんも、やりたくない日も、頑張れるようにしなくちゃね」。

それでも「ママと一緒がいい」というので、「ママと一緒にお勉強していいのは、0歳と1歳まで!」。ここで文明の利器アイパッドの登場です。これまで撮りためたベビークラスの写真を見せて、「ほら、これが0歳の子。まだ、一人でハイハイもできないのよ。おやつもおっぱいを飲むから、ママが一緒なのよ。Rちゃんは、一人で歩けるし、おやつも食べるでしょ?」「こっちは、1歳の子。一人で歩けるようになったけれど、まだ名前を呼んで、『ハイ!』しか言えないの。Rちゃんは、上手にお話もできるでしょ?音感の勉強もできて、おりこうなのよね。今日は、好きなことからしてみない?」。少しだけ、譲歩をすると、納得して取り組み始めました。

「今日も泣くのか」と心が折れそうだったお母さんも、機嫌を直して頑張る女の子の姿を嬉しく思われたことでしょう。もしかすると、「毎回、機嫌をとってやらせてほしい」と思われているかもしれませんが、私は毎週、ご機嫌取りをして勉強させてはいけないと思っています。なぜなら、誰も機嫌をとる人がいなかった時に、自分ができないことを「誰も助けてくれなかった」と他人に責任転嫁をする癖がつくかもしれないからです。今回、私が、この子にご機嫌取りをしたのは、楽院の中で「一番、こわいもの」を見た翌週だからです。

大人は、なるべく、子どもに機嫌よく「いいこと」を吸収してほしいと願っているものです。そのため、情に訴えたり、話して諭すだけで、理解させようとしがちです。けれど、幼児期の子どもが求めているのは、喜怒哀楽の感情を含めて、相手をしてくれる大人であり、ときに、怖い思いをしても、一緒に乗り越えてくれるなら、トラウマになどなりません。大人がいつも優しい顔、甘い顔を見せてしまうと、子供は「この人は、何をしたら、怒るのだろう」とわざと、反対のことをしたり、指示に従わなかったりして、相手を観察することもあります。そして、こうした、いろいろな感情ややりとりもまた、幼児期のお稽古事には、大事な学びなのかもしれません。
by k-onkan | 2017-06-09 23:53 | お稽古事 | Comments(0)

継続は力・・・それしかない。

お稽古事で一番、大事なのは休まずに続けること。これは、昔からよく言われてきたことです。芸事でもスポーツでも、何ごとにも共通点があると思いますが、壁にぶち当たって、そこで、「もういや」と放り出したら、そこまでです。

e0143522_803415.jpg「一度、はじめたことは最後まで続ける」、これは、我が家のお稽古ごとに対するスタンスです。現在、中学2年になる甥は、今も合気道とピアノの勉強を続けています。小学生の時に習っていた水泳と体操は1級になるまで継続し、中学進学とともに終わりにしたようですが、今でも、走ったり、泳いだりは彼の得意なことです。現在は陸上部の中長距離選手として大会に出られるように、計画的に練習をしています。

実は、兄甥は決して運動神経がいいタイプではありません。生まれてすぐから観察してきた私たちは、スポーツマンの義弟ではなく、運動が苦手な「木下家の血」を濃く受け継いでいると感じ、申し訳なく思うことが多くありました。

また、斜視が重く、対象物が二つ見えたことでボールなど、動くものも好んで近づいたりはしなかったこともあり、センスだけで見ると、決して、「運動向き」ではなかったことは、素人でもわかりました。それでも、諦めずに継続していれば、他人より進歩が遅くても、他人より多少、格好が悪くても、いつかできるようになります。

子どもを「諦めずに通わせる」ためには、通っている子ども以上に、応援する親御さんの意欲がなくならないことが大事に感じます。「わが子他の子より目立たない」「才能がありそうな気がしない」「他のものが魅力的に見える」など、親御さんが目移りする理由も、たくさんありますが、「子どもに力をつけること」を目的に、親御さんの心がぶれないことを願うばかりです。
by k-onkan | 2017-05-25 23:46 | お稽古事 | Comments(0)