麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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カテゴリ:教育( 504 )

早期教育は意味がない!?

最近、ネットで「アエラ」の「早期教育は意味がない、慶応医学部教授が指摘、その理由とは」と題されたインタビュー記事を読みました。赤ちゃんは、たとえ未熟児で生まれ保育器の中に入れられても、「脳の形や機能が作りあげられていくための遺伝子の“決定力”はとても強く、少々環境が悪くても、大事な部分はしっかりと作られていく」こと、また、「特定の勉強、科目が得意か不得意かは、生まれつき決められている」ことが記されていました。

e0143522_10553321.jpg確かに、大勢の子どもたちと出会うと、持って生まれた才能や遺伝子の力を感じることが、多々あります。しかし、医師が「得意か不得意かは、生まれつき決まっていて、最低限のことをさせていれば、環境も整っているから、褒めて育てればいい子になる」と言い切ってしまうことで「医師が言うなら、もう何もしない」という選択をする親御さんが出てきそうなことに、私は不安を感じてしまいます。

脳医学者の中には、脳の発達に合せた適切な時期があり、耳や目の発達を促す時期、身体の発達を促す時期、言葉の発達を促す時期があることを唱える先生もあります。つまり、環境要因で変わることがあることもまた、事実なのです。同じ分野を研究する医師であっても、研究の対象によって、世に訴える事柄は異なるのです。それぞれの意見をよく吟味して、「理解できること、できないところを、押さえて読む必要を感じます。

私もこの記事の中に書かれた、「遺伝子がいかに強い力を持っているか」「親がわが子を愛することが何より大事であること」、そして、「音楽の早期教育をすれば、誰もが音楽家になるわけでも、早くから運動をすればオリンピック選手になれるわけではない」という意見には賛同できるのです。

しかし、苦手なことでも、好き嫌いを感じる前の早期からコツコツ続けていくことで、とてつもなく、不器用で運動神経が悪い子が「人並み」の動きができるようになったり、何もしなかった不器用な子の中に入ると「運動が得意」と評価されることも、事実として見てきました。ですから「早期教育は意味がない」とは思わないのです。

しかし、この記事で何より一番、気になったのは、「現代の日本の実情を考えたとき、特殊な環境、病的な状態を除けば、子どもを育てる上で足りないものは何もないと思うのです。十分な義務教育が用意され、衛生環境もよく、いろいろな家族形態はあると思いますがほとんどの家庭では子どもたちは大事に育てられている。そのような状況では、環境要因で何か上乗せしないと後悔するというものはないと感じます。最低限のものを用意しなくてはと考えなくても、お子さんとの生活をごく普通に楽しんでいただければ、子どもが生まれつき持っている可能性を阻害することはありません」というところでした。

「特殊な環境を除けば」と書かれてはいますが、現代社会は、多くの親御さんが共働きで保育所に預け、親子の時間や会話も、家庭で教育することも難しい時代です。小学生になって、わが子が義務教育の内容を習得させるためにも、特別な手助けがないと難しい時代といえます。そういう環境で育つ子どもたちに「幼児期は、最低限のものさえ用意せずに、ごく普通に楽しめば問題ない」とは、私にはどうしても思えないのです。
by k-onkan | 2017-10-14 23:54 | 教育 | Comments(0)

ひらがなカードは万能じゃない

「ひらがなカードの作り方」を卒業生ママたちに伝授すると、「麻奈先生、講演をしたらいいのに…。講演を通して、木下式の良さも分かってもらえるかもしれないし……」と勧められました。でも、私の答えは「ダメ、無理」と後ろ向きです。

e0143522_18243153.jpg
確かに、一般のお子さんにも、この方法を行ったら、ひらがなは多分、読めるようになるのかもしれません。しかし、次々と出てくるカードの名称を瞬間的に思い出せなかったり、新しいことを覚えると前に覚えた単語を忘れたりすると、苦手意識を持つこともあり得るのです。これが、「カードによる学習」がオールマイティではない、と一般で言われる所以だろうと思います。

私が、「ひらがなカード」を勧めるお子さんは、木下式の訓練によって、「音感かるたの図柄を見たら瞬間的に覚える」「指導者が母音を意識して手本を示したら、間髪を入れずに、鮮明に復唱する(全先導)」「解答の一部を教えたら、残りを自分で考える(部分先導)」という課題を難なく吸収でき、はっきりと日本語の発音ができるようになった2~3歳児です。

一般では、文字の読み書きというと、まず、読み方を教えて、書き方を教えるものです。そのため、それぞれ、読み書きはできるようになりますが、それを声に出して読ませると、その日本語が不明瞭なことがほとんどです。けれど、視覚と聴覚、そして、自分の喉を駆使して身につける木下式は、日本語の発音と響きが基礎です。そして、自分が作る響きを合致する「文字」が存在するから、幼児期にひらがなを教えたくなるのかもしれません。つまり、木下式の言語訓練は、幼児にとって文字を読むための前段階となり、土台にもなるということになります。

幼児期に文字を読ませる以前に何より大切なのは、日本語を正しく発音できることです。そのため、木下式を学んでいても、まだ流暢におしゃべりができない子どもには、「平仮名」や「文字」を教えることはありませんし、一般の方に講演するなら、「文字より先に発音を正すこと」の重要性を感じる方でないとご理解いただけないと思うからかもしれません。
by k-onkan | 2017-09-24 18:51 | 教育 | Comments(0)

平等が難しい時代になった

北関東にある幼稚園に指導にうかがいました。地域に密着したこの幼稚園には、最近、発達の凸凹によって支援を受けるお子さんが増えているように感じます。それだけ、地域の方の信頼が厚いのだと思いますが、発達の凸凹が大きいお子さんほど、集団の中で、一緒に生活できるためには、大人の手がたくさん必要です。

e0143522_9494567.jpg木下式は、発達凸凹のお子さんにプラスになる教育ですが、だからといって、クラスに何名も走り回るお子さんがいたり、先生に抱きついて離れられないお子さんがいると、普通にルールを守って生活ができるお子さんが、一生懸命、取り組めなくなってしまうこともあります。すると、「落ちこぼれを作らない」ことをモットーに作られた木下式であっても、効果は半減してしまいます。

発達の凸凹のあるお子さんは、音感を勉強する域に到達していないこともあります。まず、音感かるたの説明を聴くより、絵カードの名称を教えたり、じっと立っているより、たくさん走るなど、身体を整えることが、先決です。そうしたことができて、はじめて、お友達と一緒に、音感の勉強をして「楽しい」と感じられるようになります。

一般にも、特別支援が必要なお子さんが増えている手ごたえを感じますが、それでも、幼稚園や小学校という集団に入ったら、みんなで行動できるようにしていかないと、教育現場の手は十分ではありません。大人に支援を求めるだけでなく、子ども自身にも、育ってもらわないと、一緒に生活する園児も教諭も、共倒れになってしまいます。

将来的に、みんな平等の教育を受けさせるために、当面は「音感の時間」に関しては、年少児であれば、集団で音感のお稽古に取り組める子のグループと、大人の手が必要で、音感かるたを勉強する以前に、必要なことを重点的にするクラスに分けて、対応することを、おすすめしています。

しかし、実は、凸凹のある子が好む絵カードや身体を動かす課題は、本当は、どの子どもたちにも必要なことなのです。でも、「身近な名称」を知らせる絵カードや、体幹を育てるために、走り回ったりする課題も、あえて、自分に合ったグループの中で行うことで、それぞれが、自分に自信が持てるように行っていただきたいと思っています。

幼稚園の主体となる教育が「木下式」であると、幼児期の3年かけて、音感かるたを勉強することになります。一般に学齢が同じなら一緒に生活することが、当たり前であり、平等だと思いがちですが、そこに個人の発達差があると、一緒のことをすることが、必ずしも、平等とは限りません。

発達が早いお子さんには、「もう自分でできるよ」と過保護に感じることも、手助けが必要なお子さんには先生の手助けは何より、ありがたいものです。そうした、背景を考えると、それぞれの幼児を理解して適切な指導をするめには、今後、益々の工夫が必要だと感じた幼稚園の指導でした。
by k-onkan | 2017-09-11 23:48 | 教育 | Comments(0)

ジョリーフォニクスの公開セミナーに参加しました

今日はジョリーフォニックスの公開セミナーに参加しました。ジョリーフォニックスは、イギリスの学校をはじめ、120ヶ国で導入されている英語の教科書です。その日本語版が、出版されたことから、公開セミナーと模擬授業を受けたのです。

e0143522_19324719.jpg英語を学び、習得する上では、フォニックス(アルファベットの発音)の理解は、大きな鍵となることは、私自身、英語学校に通っていた時に、感じていたことでした。

ジョリーフォニックスはアルファベットが持つ音と形を、低年齢の子どもや、英語が母国語ではない子どもに、教えるプログラムです。アルファベットが持つ音を声に出して言うことで、英単語を読めるようにするというものです。

但し、それぞれの音声をただ声に出して言うだけでは、記憶が定着しないため、お話が用意されています。また、そのお話の中には、同じアルファベットを持つ単語が多く登場して、語彙を増やします。子どもは、それぞれの音を発する時に決められた身体の動きをするので、楽しく発音を覚えることができるそうです。

「文字と音」を説明を通して、目と耳と動きで、覚えて、どんな子どもでも英単語を読めるようにするという言葉に、私は「木下式の音感かるたと似ている」と思いました。なぜなら、木下式は、12個の音を知らせるために、12枚の音感かるたとストーリーと、そのメロディーを発声することで、音感を付けていくからです。

ジョリーフォニクスは、どんな子どもであっても、お話があるため、楽しく、落ちこぼれなく英語の発音を覚えられるそうですが、音感かるたも、最初は、音楽に興味がない子どもでも、反復すする内に意味づけを覚え、正しい声で歌ったり、聴き分けたりできるのです。

ジョリーフォニクスの教材は、もともと、イギリスで英語を教えていた現場の先生二人が、子どもに英語を教える上では、「これだけは絶対に教えなければならない」と痛感したことを、基礎に教育関係の出版社が改良してきたことにも、たいへん、興味深く拝見しました。
by k-onkan | 2017-08-22 19:28 | 教育 | Comments(0)

夢を追っても期限つき・・・かも

最近、自分が年をとり、若い人が夢を追って努力する姿に、元気をもらうと感じる場面が増えてきました。若者が夢を実現するために一生懸命、取り組むのは尊いことです。でも、自分が長く生きたからこそ、分かるようになったことがあります。それは、夢は「願ったからかなう」というものではないことです。どんなに素敵な夢でも、間違ったタイミングに、間違った努力をしていたり、その努力が不十分であれば、夢は実現しないかもしれません。

e0143522_2255551.jpgそれでも、私は基本的に、子どもが「なにかやりたい」と言ったら、「やってみなさい」というタイプです。それは、私が想像力豊かで心配症な父親とその親族に育てられ、「何かをやりたい」と思うと、口に出す前に「できない理由」を突き付けられて、ほとんどのことを諦めた、聞き分けのよいタイプの子どもだったからです。

それでも、今思うと、心配症の親族に育てられたことで、「自分が絶対にやりたい」と思ったことは、どのように実現するかを、根回しや説得の方法を考えたものでした。また、「自分で宣言したこと」の責任は、自分が間違っていないことを証明するために、本気で腹をくくらなければならず、簡単には逃げ出せないというプラスもありました。けれど、若くて未熟だった頃は、「親に反対された」という恨みに、本当は自分の努力が足りなかったことを隠して、すべて、大人の責任にする無責任なところもあったと記憶しています。

そんな経験もあったから、子供の年齢が小さい間は、たくさん心配して、いろいろな知識を与え、ある年齢を超えたら、「自分で挑戦しなさい」と自由にさせたいと思っています。でも、自由を与える時には、伝えておきたいこともあります。それは、「自由に挑戦する期限を決めること」そして、その時がきても、夢がかなわない時には、「腹をくくって諦めて、他の道を探す」という選択を突き付けるのも、時に、親がしなければいけないことかもしれません。私にとっては「留学を切り上げて、家業を手伝って」と母に宣言されたのがその時期でした。

心配症で色々な行動を制限する親も、いろいろな道を見出して挑戦させる親も、金銭的な援助でただ見守り続ける親も、そこには異なる形の愛情があるのだろうと思います。でも、どんな方針の親御さんの子どもであっても、いつか、大人になるために、腹をくくらなければならない時がきます。

親にとっては「何歳になっても子ども」であっても、30代を過ぎたら、いつまでも、親に援助され「育てられる側」をしている場合ではないと感じるからです。30歳を過ぎたら、大人として―自分の子供がいなくてもー「育てる側」の責任を果たさなければならないと思います。30代に、自力の食い扶持を稼げずに、親の援助を必要としていたら、その子どもは、やがて、高齢の親の重荷となり、親子で共倒れになることもあり得るのです。幼児期、児童期にどんなに素晴らしい教育を与えたとしても、そんな大人に育ててしまったら、その教育は無駄だったと言わなければならないかもしれません。
by k-onkan | 2017-08-11 22:04 | 教育 | Comments(0)

思いやりは一方だけに必要なのではない

最近、格安航空にて、車椅子の乗客が乗車拒否された、という話が巷を賑わしているようです。私が30年前に暮らした自由と平等の国アメリカでは、どんな場所でも「車椅子であること」を理由に乗車や入店を拒否してはならないという法律があったと記憶しています。つまり、障害があっても健常者と同等の権利が守られているということだと思います。

e0143522_2055312.jpgしかし、そうした法律がある一方、私たち日本人とは決定的に感覚が違うことがありました。それは、「障害があるから」といって特別扱いをされたり、「弱者であること」を理由に無理を通そうとする人には出会ったことはない、ということです。

たとえば、アメリカで、障害を持つ人が車椅子で飛行機など、交通機関を使用する際には、事前に連絡をして、健常者の迷惑にならないように手筈を整えます。そうして準備していても、人を待たせる結果になり、大勢の好奇の目にさらされたりと、必ずしも、快適なことばかりではありません。

また、バスなどに乗る際には、早めに停留所で待ち、周囲の人が「車椅子でバスに乗る」こと、特別な器具の出し入れや乗り降りに時間を要することに、さりげなく気づかせる人もいます。それでも、時に急いでいる人の中には、文句を言う人もいるのです。「障害を持っている人」に平等の権利が約束されているように、他の人には、「迷惑に感じる自由」もあるということかもしれません。

今回の「格安航空で、乗車拒否。自力で階段を登らされた」というニュースを「ひどい」と感じるか、何の連絡もせずに車椅子で搭乗口に来て、対応した航空会社に同情するかも、また、アメリカ流に考えると、それぞれの自由だといえます。ですが、個人的には私は後者の気持ちなのです。

飛行機の中は、特別な環境です。万が一、非常事態が起きたら、乗客も非難の手伝いを求められることもあります。そのため、車椅子の人は飛行機の中で、座れる場所も決まっていたと記憶しています。そうした非常事態も想定した上で、飛行機会社は、乗客の安全を守らなければなりません。

「チケットを買ったから乗る権利がある」ではなく、サービスを受ける側も、サービスする側も、互いに気持ちよく関われるように、弱者であっても、人間としての最低限の礼儀は重んじられるべきでは、と思う出来事だったのでした。
by k-onkan | 2017-06-29 23:03 | 教育 | Comments(0)

壊滅的から脱した!?

「麻奈先生、Yの英語が壊滅的ですけど、いいのでしょうか?」と中学生の名誉団員が、恐る恐る私に教えてくれたのは4ヶ月前の音楽祭の頃でした。ちょうど、試験前で問題集に取り組んでいたようですが、その「できなさ具合」に、生徒たちは、「これで、いいの?」と心配し、「どうにかしてあげて」と私に知らせてくれたのだろうと思います。

e0143522_19324275.jpg甥Yが小学生の間は、幼児期の教育と家庭学習の「貯金」によって、塾に通っていなくても、学校の勉強で困ったことはありませんでした。中学生になってからは公立いうこともあって、家庭学習で恥ずかしくない成績を維持してきました。しかし、「英語」に関しては何の準備もせず、自分の力でどこまで、学校の授業についていけるのかの実験をしてしまった形となってしまったのです。

その結果、小学3年生の後輩が一生懸命、Yに文法を教えたり、中学生の先輩から「英語は壊滅的なんだね」と残念なコメントをいただき、音楽祭を控えた週に、毎晩、英語の家庭教師に行ったのです。

1年間、なんとなくしか理解していないYの英語は、難しい単語や構文は丸覚えしていても、基本的なことが正しく理解できておらず、付け焼刃の勉強だけでは、学年末試験はたいした結果は出ませんでした。

1週間、甥の英語の勉強につきあい、「英語を正しく読まずに、ローマ字読みをしていること」「基本中の基本がわかっていない」という根本的な問題を解決することが先決だということになり、春休みは母子で「フォニックスの講座」を受講しながら、中1の復習ドリルを終わらせ、それまで毎晩、一人で聴いていた基礎英語は母子で聴くようにしたようです。

そして、新年度が始まってはじめての英語の定期テストです。「英語のテストは何点でご褒美を出す?」と瑠音先生からの悪魔の声です。それまでの悪戦苦闘を知っているので「80点以上で」と答えましたが、瑠音先生は厳しく「90点以上」でないと、ご褒美はないそうです。その結果は私からのご褒美は余裕ですが、瑠音先生からのご褒美は惜しい!という点数だったようです。

「英語ができない」といった時に、「やはり、塾の力を借りなければいけないのではないか」という提案もありましたが、「塾に行くための予習ができなければ、塾へいく意味はない」ということで、親子で努力して、壊滅的な状態を抜け出たようです。

木下式の音感教育にも通じることですが、子どもにとって未知の事柄は大人が懇切丁寧に手をかけて教えますが、最終的には子どもが自立的に、「知りたい」「やりたい」と思ったことが、自分でできるようにすることが、一番、重要です。これを忘れると、一生、大人の手が必要な人間に育ってしまうと思うからです。中2の甥の英語はまだまだですが、少しだけ大人の庇護から離れ、自力で授業を聞いて理解して覚える段階には近づきつつあるようです。
by k-onkan | 2017-06-25 22:11 | 教育 | Comments(0)

何をしたいかは自分次第!

数日間、ネット上で「返還型奨学金(学資ローン)の滞納率の高い大学の偏差値を調べてみた」と題した記事が回ってきました。内容は、国立大学や有名私立を出た人の平均年収は全体的に高く、偏差値が低い大学出身者が全体的に低いことから奨学金を返済するのが難しく滞納率がより高くなるということのようです。個人的には「みんなが大学に行くから自分も……」という理由で、奨学金を借りてまで大学へ行ったら滞納者が増えるのは当然だと感じます。

e0143522_0253361.jpg本来、義務教育ではない大学に行く際には、本人によほど「学びたいこと」「成し遂げたい夢」がなければ、「大学卒業証書」だけにはあまり意味がないと年寄りは思います。でも、実際は「皆も大学へ行くなら、自分も後4年、就職までの時間が欲しい」という気持ちも分かるのです。私も若い頃には、一日も長く学生でいたいと思った未熟ものだからです。しかし、年をとった今だからわかるのは、まっとうな学生は18歳から22歳までの貴重な時間を有意義に過ごすことができていたということです。

奨学金という名の学資ローンの元本は税金です。それを滞納したり、踏み倒す人が増えたら、制度そのものが続かなくなっていくでしょう。お金を借りてまで大学に行って安定した収入が得られる人がわずかなら、無理をして大学に行くより手に職をつけるなど、自分にしかできないことを見つける方が、生きる上で役に立ちそうにも感じます。

一般に「手に職を付ける」というと、「ならば中卒でいいのね。うちの子は漢字も計算も苦手で、いくら教えてもできないから、中卒ならそれでいい」という意見も耳にしたりします。しかし、たとえ、大学に行かないからといって、小学校の勉強はしなくていい、というわけでもありません。この国では何の仕事に就くには最低限、小学校で学ぶ「漢字や計算」は必要だからです。

そして、何があっても、「わが子を大学まで行かせたい」と考える家庭ならば、子供が小さい内から「自分から楽しく好奇心をもって学ぶ習慣」「コツコツ地道に勉強する習慣」を親子で意識する必要があるのかもしれません。
by k-onkan | 2017-04-24 00:25 | 教育 | Comments(0)

同じ教育を受けても・・・・・

子どもの頃は悪いことをして叱られてばかりだった子が大学を卒業して立派に成長しているとの報告を受けることもあれば、小さい頃は優秀だったのに大学に行った後にフラフラしているとの噂が耳に入ることもあります。こうした違いに、「同じ教育を与えたのに難しい……」とのご意見をいただくことがあります。

e0143522_13112639.jpgですが、私には思い当たることがあります。それは同じように楽院に通って、同じ教育を受けているように見えても、それぞれの家庭の考え方は異なるものです。楽院の「音楽教育」に魅力を感じて、音楽の能力の成果だけを求める方もあれば、「躾がしてほしい」「小学校受験に有利」との考え方もあります。また、オペラや音楽祭などの舞台に魅力を感じる方もあれば、音感を通した「人間としての教育」に共感される方もあります。同じ教育を受けても、その目的が異なれば、その結果が異なるのは当然かもしれません。

木下式は、親が自分の子どもが「生きていくため」に作られた教育です。そのため、一般の音楽教育よりは、厳しいところがたくさんあります。そして、そこには、単に音楽だけでなく、いくつかのメッセージがあります。それは、親は先に逝くものなので親がいなくても①身の回りのことを自分でできること、②心身ともに強いこと、③与えられた場で責任を果たせる力を持つ、④自分にしかない能力を持つ⑤自分の考えを持つ、などです。

楽院に通いながら、比較的に素直に物事に取り組むと、こうしたことを当たり前のように受け入れられ、大人になっても、いろいろな場面で結果を出してくると感じます。もしかすると、親御さんが「こうあって欲しい」と夢見た姿と同じではないかもしれませんが、本人は「自分のやりたいこと」を見つけ、充実した人生を送っているように見えるのです。

反対に、長く楽院に在籍していても、親御さんが「努力や練習などしなくても、結果が出せる天才のような人間に育てたい」と現実離れした考えを持っていると、楽院の本質的な考えとは差があり過ぎて、子どもが自分の道を探すのは、難しそうに感じます。

昔は、「楽院に通いたい」といわれても、根本的な考え方や異なる価値観を持つ方は、面接でお断わりしていた時代もありました。価値観や考え方が違う中で、お子さんをお預かりすると、その成果に差が出ることを知っていたからだと思います。

現代は、「やりたい」と言われる方に広く門戸を開いていますが、通学の途中で考え方や価値観に相違を感じる際には「他のお教室を探していただいた方がよいのでは?」とご提案することもあります。結局、同じ教育を与えても、その成果は側面支援する親御さんの関心の高さ、家庭と教育現場の共通した価値観や考え方、そして、親から子への社会的相続によって、子供の成果は、良くも悪くも変わる、ということかもしれません。
by k-onkan | 2017-04-12 23:08 | 教育 | Comments(0)

英語も音感も、基礎が大事!

一般的に幼児教育を受けたり、小学校受験の準備をしたりした子は、公立小学校であれば小学3年までの予備知があると言われています。反対に、「ゆとり教育」が終わった今、何の準備もせずに小学校にあがったら、授業の進み具合が早く、単元ごとに確実に理解するのは、子どもだけの力では難しいと感じます。

e0143522_1628677.jpg幼児期の子どもには、「堅苦しい勉強などさせるべきではない」という考え方もあると思いますが、最近の幼児は、「タブレット」や「DVDレコーダー」などの機器も上手に操れる賢さを持っています。せめて、入学前に「先生の話を聞く」「自分の名前の読み書き」や「数字の数え方」程度は、興味の中で知らせ、小学校に送り出した方がいいと感じます。

さて、幼児期からさまざまな教育を受けて公立校に進み、小学6年生の後半に、模擬試験などを受けて受験勉強の真似事をした甥Yは、公立中学でも苦労せず良い成績を取ってきています。しかし、一科目だけ、壊滅的なものがあります。「英語」です。

学年末試験の二週間前に、「Yの英語が壊滅的」と楽院の生徒たちに知らされ、毎日、英語の勉強に付き合ったのですが、根本的な事柄に理解できていない上で、日々、難しいことを覚えているため、「耐震偽装の高層マンション」のような状態に仕上がっていたのです。

「こんなことなら、もう少し早く、英語の勉強を無理なく始めさせておくべきだった」と思いましたが、本人が英語に興味を示さなかったため、「中学校になって授業で習うようになったら、自分で学ぶだろう。幼児期から児童期と家庭学習で身に付けた力だけで、子どもがどこまで自力で新しい科目を習得できるか見てみよう」という気持ちで静観してきました。

その結果、英語は「壊滅的」でちょっと勉強しても、平均より少し上にしかならなかったことから、家庭で毎日、「親子一緒」にラジオの基礎英語を聞いて勉強すること、そして、文法ドリルを日課にすることとなりました。また、春休みには「フォニックスの講習」を受けることにしました。フォニックスはイギリスの小学校で読み書きを教える方法ですが、Yが英単語を記憶するために、ローマ字読みの誤った発音をすることがずっと気になっていたからでした。

講習の初日は弟甥を私に託し、親子で講義を受けにいきました。アルファベット一つひとつにストーリーがあり、その発音を教えていただくのが、とても分かりやすく面白かったそうです。そして、「字を覚えたての子どもがひらがな見つけると読もう、読もうとする気持ちがよくわかった」とのことでした。瑠音先生も英単語を読みたいと思って、街中で英単語を探しながら帰ってきたそうです。

さて、2020年からは公立小学校でも3年生から英語の時間が始まり、5年生には科目として学ぶようになると聞きます。感覚と雰囲気だけで物を覚える小2の弟甥は、今から少しずつ、英語に興味を持つ素地を作っておかなければと思い、自分も英語の勉強を再開しようと思っているところなのです。
by k-onkan | 2017-04-04 23:20 | 教育 | Comments(0)