麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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カテゴリ:音楽( 127 )

褒めたら次がある!!

最近、幼児部の親御さんから、「子どものお遊戯会で、劇も合唱もナレーターも、他のお友達より一際、声が大きくよく通り、1年前と比べて、いかに成長したかを家族みんなが感じて『楽院のおかげ』と感謝の気持ちでいっぱいです」というメールをいただきました。

e0143522_0144133.jpg1年前に入学した時は、とても低い声で、歌を歌っても、まったく通らなかったお子さんなので、それを思えば、大きな進歩であり、それをご家族が喜んでくださることは、何より嬉しいことです。しかし、実は、楽院では次の段階の指導が始まっていました。

それは、必要以上に「頑張り過ぎないこと」でした。声が大きくなって、歌にも自信がついたためか、最近、他のお子さんの声を聴かずに、自分ばかりが大きな声を出してしまい、周りと声が合わずに、叱られることが増えているのです。

これは、誰かとともに音楽を作りあげるために避けて通れないため、「自分だけ大きな声を出し過ぎない」「友達の声も聴いて、合せる」など、口うるさく伝えています。そのため、本人は、ご家族が、「楽院のおかげ」と喜んでくださっても、「楽院の先生は、全然褒めてくれない」と不満に感じているかもしれません。

親御さんは、子どもが頑張っている姿を見ることは何より嬉しいことだと思います。まして、他のお子さんより、自信を持って取り組んでいれば、褒めるのが当たり前です。でも、いつでも、一人だけ目立つことばかりが、正しいわけではないので、「先生」と呼ばれる私たちは、「次のダメ出し」を始めたのだ、このことを、ご家庭でもご理解いただき、子どもの気持ちの微調整をしていただきたいと思っています。
by k-onkan | 2017-12-11 23:13 | 音楽 | Comments(0)

3拍子のバランスが大事!

東京合同音楽祭の視察も、最後の2箇所となりました。今日は埼玉県にうかがいました。この幼稚園には、私も、1学期に数回、指導にうかがうため、「今年は、何人、独唱に選ばれるか」は自分のことのような気持ちです。

e0143522_2021207.jpg30数名の子どもたちの「声の響き」を聞き、木下先生は8名の子どもを選びました。通常、全体の1割程度しか、選ばないので、ずいぶん、多いといえます。しかし、平素の「音感のお稽古」の様子を知る私は、「そんなにたくさん選ばれるはずがない!」と思っていました。

声がよくても、集中力が不足していたり、気持ちが幼かったりすると、独唱児に選んでも、本番に泣いたり、「出たくない」と言われて、舞台袖で恐ろしい思いをすることもあるからです。そこで、「独唱児は、斉唱の練習が終わってから、決めましょう」と誘導しました。

木下先生の歌唱指導は、幼児の訓練としては、かなり、長いものです。それを最初から最後まで集中して取り組める子もいれば、心こころにあらずで、いい加減に取り組む子どももいます。後者は、人間としてまだ発展途上ともいえます。そして、発展途上のお子さんは、まだ、独唱をするには、時期尚早といえます。

私の見立て通り、最初に独唱候補に選ばれた中から、一人、二人と減って、4名になりました。反対に唱候補から外れた子どもの中で率先して取り組む、意欲のある女の子2名を木下先生は、敗者復活させたのです。

独唱の曲目を決めて、楽譜を渡していると、最後に敗者復活した女の子が、「一人で歌いたくない」と泣き出しました。担任の先生は、普段、頑張っているこの子をどうにか独唱に出したいと願っていたようですが、本人の気持ちは変わりません。私は「この状態で選んで、舞台袖で『でたくない』などと言われたらたいへん。これ以上、深入りしてはいけません」とお伝えしました。

独唱に選ばれる子には、「声の美しさ」「理解力」、そして、「自己顕示欲」の三拍子が備っています。この3つのバランスが崩れると、本番で心配になったり、実力を発揮できないこともあります。きっと、敗者復活した子は、「お友達と一緒」なら率先して頑張れるのですが、自分だけが目立つ「個人プレー」では、実力が出せないことを知っていたのかもしれません。

社会にでれば、大勢の中で、自分の責任を果たせるお子さんが役に立つ場面も多いことでしょう。しかし、自己主張を求める「音楽」では、「自分が一番、上手」「ぼくの演奏を聴いて」という自己顕示欲のようなものが不可欠です。そして、その強さを持った子どもこそが、音楽祭の独唱に選ばれることが多いのです。

楽院には、この3拍子がすべてそろったお子さんは、なかなか、通ってきません。どちらかというと、「歌が苦手でどうにかしたい」「精神力を高めたい」「集中力をつけたい」など、達成したい課題があるのですから、自分からガツガツとした自己顕示欲があるタイプはめったに入学してきません。そんな大切に育った子どもたちを、大きな舞台に送り出すために、3拍子の足りていない部分は、練習に練習を重ねて、教育によって能力を引きだしています。そして、それができるのは、楽院が木下式の本部であるからなのです。
by k-onkan | 2017-11-15 20:21 | 音楽 | Comments(0)

合唱で過呼吸!?

10月から東京合同音楽祭の視察指導が始まり、11月の最終週までは、毎週、木下先生と一緒にどこかに出張しています。今週は、愛知県に出かけたのですが、帰り新幹線の中で、「合唱で過呼吸、児童25名が救急搬送」というニュースを目にしました。「合唱で過呼吸になるなんて、何が起きたのだろう?」と思っていたところ、「秋なのに暑い日だった」とのことで、「暖房や空調などによる一酸化炭素中毒なのではないか?」という意見もいただきました。

e0143522_21361482.jpgその話で思い出したことがあるのです。木下先生が幼稚園の体育館やホールで、歌唱指導をする時は、必ず、先生たちに「暖房を消せ」「空気を入れ替えよ」と言うのです。真冬の寒い日などは、若い女性の先生たちはとても迷惑そうっですが、実は、とても大事なことだったのだと、改めて尊敬してしまいました。

合唱の練習は、腹筋を使って、お腹の底から声を出す生徒や先生には、とても暑いのですが、まわりにいて、声を出さないと、体育館やホールなど、広い場所はかなり寒さを感じたりするものです。

私は木下先生の歌唱指導では、絶対に暖房を止めることを知っているので、冬はヒートテックとポケットにホカロンを忍ばせて、指がかじかんで動きが遅くならないように、気を付けています。

そんなことをツイッターでつぶやくと、「うちの子が通っていた幼稚園も換気をしていました!いつも「寒いのになんでだろね~」と言っていたけれど、幼稚園さん!ちゃんと考えてくれていたんだ!今さらだけど、ありがとうございますヾ(≧∇≦)」というメッセージがあり、気が付いた時に、感謝する気持ちが大事だと思ったのでした。

そして、一番、気になるのは、「合唱で過呼吸!救急搬送」という衝撃的な見出しによって、合唱が「ワルモノ」になって、子供が過呼吸になるから、ホールで合唱をさせてはならない、などという、奇妙な方向は進まないことを願うばかりです。
by k-onkan | 2017-11-01 21:34 | 音楽 | Comments(0)

聴覚を鍛えないと正しく歌えない!

最近、幼稚園も、保育園のように長い時間、預からないと存続できないことから、2歳児から預かる園が増えています。楽院にも2歳児から幼稚園に通い始める生徒もいます。「ママと一緒じゃなくちゃイヤ」と人見知りだった子どもが、お母さんから離れて、幼稚園で集団行動ができるようになったことは、人間としての成長を感じます。

e0143522_19142633.jpgその一方で、とても気になることがあるのです。それは、あまりに幼い時期から大人数の中にはいると、なんとなくまわりを見て、友達と同じことはできるようになりますが、「目を見て、きちんと、大人の話を聞く」習慣が薄れていくことがあるからです。集団生活に入ったら、その分、家庭で気を付けて目を見て話す機会を持ちたいものです。

数週間前から、幼稚園に通い始めた子が、毎週、目を見て話を聞くことができなくなり、心配しています。常に、目がいろいろな方向へ泳ぎ、定まらないのです。子どもの視線や手指が動き続けるのは、その子が気分散漫になって集中していないことを意味しています。そうした状態で、歌を歌うと、指導者の注意は耳に入らず、音程は、どんどん外れてしまいます。

多くの幼稚園、保育園では、子どもたちが、大きな声で元気に歌うことを「元気があっていい」と推奨していることもあります。しかし、歌は、「大きな声で歌えること」よりも、「自分の耳を使いこなせること」、そして、「まわりの音を聞いて、調和を取れること」がもっと大事です。しかし、このことを知らないまま、子どもの好き勝手に任せてしまうことは、聴覚の破壊につながると、とても心配です。

残念ながら、多くの教育現場では、子供のいいなりになることが、「子どものため」と思われているような雰囲気を感じます。たとえば、幼稚園や保育園といえば、歌を歌ったりしますが、子どもが元気に楽しく歌っていれば、違う声で怒鳴って、他の子の耳に悪いような状態でも放任されることも多いのです。

また、子どもが、大声をあげて泣いていても、「泣きたいだけ、泣かせておくことがいいこと」と言わんばかりに、誰もなだめたり、機嫌を取ったりせずに放置していることもあります。

そんな中で、生活する子どもたちの「聴覚」を正しく発達させるには、子どもにも、指導者にも、大きな苦労があります。とりあえず、楽院では、言いにくいことですが「たとえ、幼稚園や保育園のお友達が違う声で歌っていても、あなたは絶対に違う声を出して歌ってはいけない。なぜなら、毎週、楽院に通って、先生たちは一生懸命、教えて、耳の訓練をしているのだから……」と教えています。この一言を知らせることで、違う声を出す集団に入っても、幼児自身が意識を持って、気を付けてくれることを願っています。但し、あまりに、小さいと「朱に交われば赤くなる」。他の子と一緒の声を出すのは、致し方ないので、長い時間をかけて、正しい音程を刻み付けていくしかないと思っています。
by k-onkan | 2017-10-05 23:12 | 音楽 | Comments(0)

才能があっても許されないこともある

最近、中学生のジャズの音楽会でミュージシャンであり、指導者だった方が、舞台上で中学生のドラマーに手をあげたことが問題になりました。この問題で、私が一番、気になったことは、舞台上で手をあげたこと以前に、まわりの大人たちがその中学生に「自分は才能があるから、何をしても許される」と勘違いさせてしまったこと、また、本番の舞台のその時まで、皆で作る「音楽」にはルールがあるときちんと理解させられなかったことなのです。

e0143522_18515285.jpg「ジャズというものは、自由なもので、何が起きるか分からないもの」というコメントもどこかで見かけましたが、演奏会やライブを開く時は、「誰が主宰する会であるか」が重要です。言い換えると、もし、ドラムをたたいた中学生が、自分で見つけた会場で、諸費用や書雑事も全て負担して開催する会なら、どんなに自分の腕前だけを披露しようと、どんな曲をどのように演奏しても、自由です。

しかし、この会は地域の中学生をジャズに触れさせることを目的に、トランペット奏者が招かれ指導していたと聞きます。一般的な「ジャズを楽しむ」というより、「教育的要素」が強い催しで、問題になったドラマーの中学生以外にも、大勢の学生が自分の「出番」が回ってくるのを楽しみに待っていたはずなのです。

そして、チケットを購入した方の中には、親戚や知人など、大勢の出演の中に自分と縁のある人を見たいと駆けつけた人もいたと想像します。そうした方は、「特別な才能を持った人の演奏」を聴きにいったのではなく、「自分の知り合いが舞台に立つ姿」を見にいったかもしれないのです。そうしたことを考えると、指導者が、本番中に壇上で注意した気持ちも理解できないことはありません。

その反面、演奏者が中学生の子どもであっても、「チケット代金」が発生した時点で「子どものお遊戯会」ではなくなります。お金をいただいたら、たとえ「中学生」でも、最良の演奏を披露すべきだと思いますし、そのためには、それまでの練習の時に、何度もリハーサルをしたはずの演奏順や演奏する長さを守ること」も含まれていたはずなのにと、本番が終って、指導者が体罰を糾弾されるまで、それに気づかせられなかったことを、とても残念に思ったのでした。
by k-onkan | 2017-09-08 18:51 | 音楽 | Comments(0)

新しい試み・・・

洗足学園で行われた『山田和樹×声優アニメコース特別公演』に両親と妹一家と出かけてきました。洗足学園にはオーボエ奏者の従兄が勤めており、山田和樹氏が演奏をされる際には、「木下音感の皆さんもぜひ」と声をかけてくださるため、会場では卒業生や保護者など、懐かしい方々にお目にかかることができました。

e0143522_10223659.jpgさて、小学2年の甥は、自分も音楽を学んでいることもあって、一般のお子さんのように、音楽会で騒いだりすることはありませんが、知らない大曲を聴くのはやはり、たいへんなことのようです。そのため、最初のブラームスのピアノ協奏曲の間は、楽章が変わるたびに、プログラムを開いては、「今、ここらへん?」と指で確認していました。

少し、飽きてしまった弟甥ですが、二曲目の「夏の夜の夢(劇付随音楽)」が始まれば、ロマンティックなメロディーを美しいと感じたり、誰もが知る有名な「結婚行進曲」が登場するので、楽しめるのではと、期待していました。

さて、休憩が始まると、指揮者の登場前に、和樹先生が「アニメ声」と呼ぶ「声優の卵たち」が登場し、ナレーションが入りました。もともと、この作品は、シェークスピアの戯曲を元にしているため、これまでも演劇や映画などの作品としては、発表されてます。ただし、音楽会のホールで声優が声の演技をしながら、オーケストラが壇上で演奏するというのは、初めて見る光景でした。

これまで、声優やアニメ作品などは、専門学校で学ぶのが常だったと思いますが、音楽大学でも新しい科として、誕生していることを知りました。新しい試みには常に、賛否両論あると思いますが、私はディズニー作品にあるクラシックの音楽と映像を融合させた作品を思い出しました。そして、賛否両論あっても、新しいものを生み出して、音楽を知らせる機会を作る大切さも感じたのでした。

個人的には、声の芝居も聞き漏らさないように集中して、オーケストラの楽器の音色もそれぞれ聴こうとすると、すごく疲れましたが、これまで、音楽よりアニメーションの世界に興味があった方たちが、オーケストラの音色の美しさや表現の豊かさに触れる機会となれば、それだけでも、価値があることだとも思ったのです。
by k-onkan | 2017-08-12 23:20 | 音楽 | Comments(0)

最後は音楽に癒される

今夏、一番の暑さの頃、母方の叔父を病院で見送りました。ちょうど、その日は、知人のお父上がご逝去されたとか、友人がお母様と連絡が取れず家を尋ねると自宅で倒れており、慌てて病院に運んだという話ばかりが続き、自分たちが親の健康に気を付ける順番が来たことを実感しています。

e0143522_16594161.jpgそんな中にあって、大勢の生徒たちを千葉の自宅に呼び、小学生の子どもたちと一緒に海に入るわが両親は、多少、年老いたと言っても健康で、口うるさくても、日々、自分のやりたいことを自由にしていることに、もっと感謝しなければと思うのですが、時に、あまりに元気がよすぎて、、ついわずらわしくなり邪険にしてしまう未熟者の私です。

さて、亡くなった叔父は、私たちが子どもの頃、よく自家用車に乗せて遊びに連れていってくれるなど、お世話になったのですが、晩年は、色々なことが思い通りにならず、楽しい思い出ばかりではありませんでした。叔父がなにより、気の毒だったことは、戦争中に中耳炎を患い、耳が聴こえなくなったことでした。叔父は、姉弟の中で誰よりも優れた絶対音感を持っていたそうなのですが、音楽の勉強をして演奏活動を続けるには、「耳」に不自由があることは、致命的な欠陥だったのでしょう。音楽から離れてからは、よく「自分にとって、絶対音感があっても役に立つことは、一切なかった」というのが口癖でしたが、それは、音楽と関わり続けられなかった辛さが言わせていたのかもしれません。

しかし、長期入院中の病院で、看護師さんや、病院の方々に、「自分はクラシックが好きだ」と話し、多くのクラシック音楽のCDを病室のロッカーに持っていたことを知ると、あんなに嫌っていたはずなのに、やはり、最後は音楽に癒されたのだとホッとしながらも、寂しさも感じたのでした。

暑い時期は、誰の体力も奪いますが、特に、ご高齢になるほど、気づかぬうちに体力を消耗していたりします。どうぞ、皆様、くれぐれもご自愛ください。
by k-onkan | 2017-08-09 22:53 | 音楽 | Comments(0)

間違った練習は裏切る・・・らしい

楽院ロビーでは、お母さんやお祖母さん方が、中学2年の兄甥のことを「Yくんすごいですね。あんなに指が動いて」とか、「毎日、何時間、練習しているんですか」と、褒めてくださるのですが、正直、幼児期から木下式のような聴覚訓練を受けて音楽の基礎を学び、毎日、練習することを習慣にする「日常生活に目を光らせる親」を持っていたら、誰でもあの程度は弾けるようになるというのが、正直なところです。

e0143522_19585825.jpg練習時間も、中学生になり陸上部に入り、毎日、一生懸命、走っているので部活が終わってから夕食までの時間―30分ほど―しか、練習はしていないと思います。ーさすがに、あまりに出来が悪いまま、レッスンに伺うのはピアノの先生に失礼なので、レッスンの前日や休日には長めに練習しているとは思いますがー。

そして、今回の成果報告会は、よそのお祖母様方の応援の甲斐もなく、舞台袖に戻ってきたYは、顔面蒼白で、死にそうな顔をしていました。自分でも数えきれないミスがあり、正しい鍵盤を触っているのに違う音がして、左右がずれていて、パニックになったそうです。袖で聞いていた私は、ゴールに向けてチャラチャラと弾き飛ばしていいく様子が、まるで、陸上競技でラストスパートをかけているかのようで、正直、感心できなかった、というのが正直なところでした。

ピアノの先生からは、「直前まで、練習をし過ぎ」、木下先生からは「一生懸命やっていたけれど、音が汚い」と指摘がありました。Yはこれまで「練習はうそをつかない」というのが座右の銘であり、「練習で120の力が出せないと本番には、更に目減りする」と思い、マラソンでも、音楽でも、自分の不安を解消するために、直前まで練習に励んでしまいます。

しかし、今回は、「間違った練習は裏切る」ことを学ぶ機会になったようです。ピアノの先生のご指摘では、本番直前に練習をし過ぎると、指が動き過ぎて、コントロールできなくなることがあるそうです。これからは、どんな演奏をしたいか、そのためには、どんな練習をすべきか、量より質が求められ、Y自身が、自分の審美眼を磨く時期に入ったのでしょう。

私が子どだったの頃、「大丈夫、大丈夫」とヘラヘラして練習が足りず、本番に失敗する弟甥Kのタイプの子どもだったため、Yほど、全力投球したこともなければ、失敗して悔し泣きをしたこともありません。そのため、恥ずかしげもなくポロポロ泣く兄甥の姿に、「高校球児が甲子園で負けて悔し泣きをするのは、こんな感じなんだろうなぁ……。精一杯、頑張っても結果に繋がらないことって、あるよね」と漠然と思いながら、「次に頑張ればいいよ。明日があるよ。大丈夫だよ」と慰めて音楽会の会場を後にしました。

陸上競技のように、タイムやゴールとしたはっきりとした目標はなく、演奏をしている自分自身が心地いいか、演奏を聴いてくださる方の心にどのような感激を与えるかなど、目標が目に見えないところが音楽の難しいところです。どんなにまわりの方が「上手だ」「素晴らしい」と褒めて下さっても、自分が納得できなければ、ゴールにたどり着かないところも、音楽は難しく、そして、素晴らしいものなのだと思うのです。
by k-onkan | 2017-07-18 19:57 | 音楽 | Comments(0)

音楽に国境はない

合唱団の子どもたちは、7月末に中国から来日する少年合唱団の子どもたちと交流するために、土曜日の児童部のレッスンが終わると、挨拶や自己紹介などを中国語で言えるように勉強しています。

e0143522_19533360.jpg中国出身の方は、「日本語は漢字、ひらがな、カタカタがあり、その上、敬語や外来語などもあって複雑で難しい」と言われますが、私たちにとは同じ発音でありながら、四声という「四種の高低アクセント」を使い分ける中国語の方が、とても難しく感じます。

中国の合唱団は、現地で人気の「北国の春」「ふるさと」を日本語で歌ってくださるということなので、わが合唱団は「茉莉花」という中国の歌を練習しています。この曲は、平成21年に北京公演に出かけた時も練習したことがありますが、現在、高校生になった生徒が低学年で、私にはとても昔のことに感じるのです。

ところが、音楽というものは、本当に不思議なもので、毎週、子どもたちの練習に付き合っているうちに、自然と中国語の歌詞まで覚えてしまったようで、休みの日になると、この歌詞を口ずさんでいる自分に気づき、驚いてしまいます。これが、音楽には国境がない、といわれる所以なのでしょう。
by k-onkan | 2017-07-09 23:45 | 音楽 | Comments(0)

宝の持ち腐れにしないでほしい

今日は、賢い男の子が体験授業を受けに見えました。最近、年少児の男の子で、はじめての場所で、大人の話を集中して聞いて、一度で言葉を受け止め真似をするお子さんは、少なくなっています。お子さんの様子に、何か、特別な訓練をされているのだろうと漠然と思っていましたが、後で伺うと通信教育で学ぶ音感教育の教材とヴァイオリンを勉強されているとのことでした。

e0143522_2038128.jpg一般に「音感教育」と呼ばれるものはすべてが同じではありません。さまざまな異なる和音を聴いて、決まった色の旗で答える方法もあれば、パソコン上で和音を聴き分けて、タッチで解答するなどデジタルな方法もあるようです。どんな方法でも、3歳前に聴覚訓練をすることは「人の話を集中して聞き、理解し記憶する力」を育てる効果があるのかもしれない、と感じました。

この方は、木下達也著「わたしの音感教育」を読み、体験授業を受けに来られたとのことから、「音感をつける」という目的は同じでも考え方が正反対であることに驚かれたとのことでした。

確かに、「音感教育」といっても、大きく分けて二つあり、その中身はかなり違うといえます。一つは「聴音ができるように」「脳の発達を促すために」「外国語の習得に役立つ」「なんとなく、あると便利そう」などの理由から、聴覚の訓練をするための音感教育。そして、もう一つは、自分の喉を鍛えることで、耳の発達を促しながら、音楽全般の基礎能力を身につけさせるものです。木下式は後者であり、耳を鍛えるために歌唱力を鍛えます。そのため、長く勉強していると、楽譜を見たら瞬時に正しい音程をとらえ、歌う力が身につくのです。楽譜を見て正しく歌える人はメロディーを記憶するのも早く、楽器を勉強しても、上達が早まります。

ただし、木下式にもデメリットがあります。それは、「わが子に音楽を習わせたい」という親御さんが一番好まれる「バイオリン」は絶対音感が身につくまで禁止であることです。指の場所がほんの少しずれると音程が外れ、弓の動かし方で耳障りな音が出るバイオリンは、木下式によって絶対的な音程と音感能力を備えさせるためには、妨げとなるからです。

幼児期にバイオリンを勉強しても、聴覚に悪い影響がないとしたら、両親のどちらかが専門的に音楽の訓練を受け、自由自在にその楽器が弾けて、子どもの日々の練習を「今の音程は正しい」「今は違う」と見られるときではないでしょうか。親御さんが弾けないものを、年齢の幼い子どもに自在に弾けるようにするのは、とても難しいことといえます。

さまざまな音感教育がある中で、どの方法を選ぶかは、それぞれ自由です。けれど、せっかく、聴覚訓練を受け、能力を身につけたら、それを生かす機会が必要です。

私の知り合いに、「子どもの頃、音楽の勉強をして音感はあるが、何の役にも立っていない」という人がいました。ですが、せっかく聴覚を鍛え音感能力まで得たなら、生活の中で音楽を楽しんだり、語学を学んだり、耳の良さを生かした人生にしないと、せっかくの能力が宝の持ち腐れになり、それはとても残念なことだと、思うのです。
by k-onkan | 2017-06-17 19:55 | 音楽 | Comments(0)