麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
カテゴリ
全体
木下式音感教育法
しつけ
子育て
教育
お稽古事
親業
音楽
乳児
のぞみクラス
幼児
児童
名誉団員・卒業生
思春期・反抗期
自立について
運動
発達障害
保育園
楽院だより
我が家のこと
自分のこと
以前の記事
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
フォロー中のブログ
蛹の頃~さなぎのころ~
最新のコメント
出演園児のお母様へ ..
by k-onkan at 06:33
一番こわいのは、マナ先生..
by 出演園児の母 at 10:48
昔、近所の顔なじみの飲食..
by k-onkan at 10:32
>「じぃじ」 凄いです..
by ha-i at 01:48
ばら組の保護者さま ..
by k-onkan at 17:06
作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
ブログパーツ
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


カテゴリ:音楽( 122 )

新しい試み・・・

洗足学園で行われた『山田和樹×声優アニメコース特別公演』に両親と妹一家と出かけてきました。洗足学園にはオーボエ奏者の従兄が勤めており、山田和樹氏が演奏をされる際には、「木下音感の皆さんもぜひ」と声をかけてくださるため、会場では卒業生や保護者など、懐かしい方々にお目にかかることができました。

e0143522_10223659.jpgさて、小学2年の甥は、自分も音楽を学んでいることもあって、一般のお子さんのように、音楽会で騒いだりすることはありませんが、知らない大曲を聴くのはやはり、たいへんなことのようです。そのため、最初のブラームスのピアノ協奏曲の間は、楽章が変わるたびに、プログラムを開いては、「今、ここらへん?」と指で確認していました。

少し、飽きてしまった弟甥ですが、二曲目の「夏の夜の夢(劇付随音楽)」が始まれば、ロマンティックなメロディーを美しいと感じたり、誰もが知る有名な「結婚行進曲」が登場するので、楽しめるのではと、期待していました。

さて、休憩が始まると、指揮者の登場前に、和樹先生が「アニメ声」と呼ぶ「声優の卵たち」が登場し、ナレーションが入りました。もともと、この作品は、シェークスピアの戯曲を元にしているため、これまでも演劇や映画などの作品としては、発表されてます。ただし、音楽会のホールで声優が声の演技をしながら、オーケストラが壇上で演奏するというのは、初めて見る光景でした。

これまで、声優やアニメ作品などは、専門学校で学ぶのが常だったと思いますが、音楽大学でも新しい科として、誕生していることを知りました。新しい試みには常に、賛否両論あると思いますが、私はディズニー作品にあるクラシックの音楽と映像を融合させた作品を思い出しました。そして、賛否両論あっても、新しいものを生み出して、音楽を知らせる機会を作る大切さも感じたのでした。

個人的には、声の芝居も聞き漏らさないように集中して、オーケストラの楽器の音色もそれぞれ聴こうとすると、すごく疲れましたが、これまで、音楽よりアニメーションの世界に興味があった方たちが、オーケストラの音色の美しさや表現の豊かさに触れる機会となれば、それだけでも、価値があることだとも思ったのです。
by k-onkan | 2017-08-12 23:20 | 音楽 | Comments(0)

最後は音楽に癒される

今夏、一番の暑さの頃、母方の叔父を病院で見送りました。ちょうど、その日は、知人のお父上がご逝去されたとか、友人がお母様と連絡が取れず家を尋ねると自宅で倒れており、慌てて病院に運んだという話ばかりが続き、自分たちが親の健康に気を付ける順番が来たことを実感しています。

e0143522_16594161.jpgそんな中にあって、大勢の生徒たちを千葉の自宅に呼び、小学生の子どもたちと一緒に海に入るわが両親は、多少、年老いたと言っても健康で、口うるさくても、日々、自分のやりたいことを自由にしていることに、もっと感謝しなければと思うのですが、時に、あまりに元気がよすぎて、、ついわずらわしくなり邪険にしてしまう未熟者の私です。

さて、亡くなった叔父は、私たちが子どもの頃、よく自家用車に乗せて遊びに連れていってくれるなど、お世話になったのですが、晩年は、色々なことが思い通りにならず、楽しい思い出ばかりではありませんでした。叔父がなにより、気の毒だったことは、戦争中に中耳炎を患い、耳が聴こえなくなったことでした。叔父は、姉弟の中で誰よりも優れた絶対音感を持っていたそうなのですが、音楽の勉強をして演奏活動を続けるには、「耳」に不自由があることは、致命的な欠陥だったのでしょう。音楽から離れてからは、よく「自分にとって、絶対音感があっても役に立つことは、一切なかった」というのが口癖でしたが、それは、音楽と関わり続けられなかった辛さが言わせていたのかもしれません。

しかし、長期入院中の病院で、看護師さんや、病院の方々に、「自分はクラシックが好きだ」と話し、多くのクラシック音楽のCDを病室のロッカーに持っていたことを知ると、あんなに嫌っていたはずなのに、やはり、最後は音楽に癒されたのだとホッとしながらも、寂しさも感じたのでした。

暑い時期は、誰の体力も奪いますが、特に、ご高齢になるほど、気づかぬうちに体力を消耗していたりします。どうぞ、皆様、くれぐれもご自愛ください。
by k-onkan | 2017-08-09 22:53 | 音楽 | Comments(0)

間違った練習は裏切る・・・らしい

楽院ロビーでは、お母さんやお祖母さん方が、中学2年の兄甥のことを「Yくんすごいですね。あんなに指が動いて」とか、「毎日、何時間、練習しているんですか」と、褒めてくださるのですが、正直、幼児期から木下式のような聴覚訓練を受けて音楽の基礎を学び、毎日、練習することを習慣にする「日常生活に目を光らせる親」を持っていたら、誰でもあの程度は弾けるようになるというのが、正直なところです。

e0143522_19585825.jpg練習時間も、中学生になり陸上部に入り、毎日、一生懸命、走っているので部活が終わってから夕食までの時間―30分ほど―しか、練習はしていないと思います。ーさすがに、あまりに出来が悪いまま、レッスンに伺うのはピアノの先生に失礼なので、レッスンの前日や休日には長めに練習しているとは思いますがー。

そして、今回の成果報告会は、よそのお祖母様方の応援の甲斐もなく、舞台袖に戻ってきたYは、顔面蒼白で、死にそうな顔をしていました。自分でも数えきれないミスがあり、正しい鍵盤を触っているのに違う音がして、左右がずれていて、パニックになったそうです。袖で聞いていた私は、ゴールに向けてチャラチャラと弾き飛ばしていいく様子が、まるで、陸上競技でラストスパートをかけているかのようで、正直、感心できなかった、というのが正直なところでした。

ピアノの先生からは、「直前まで、練習をし過ぎ」、木下先生からは「一生懸命やっていたけれど、音が汚い」と指摘がありました。Yはこれまで「練習はうそをつかない」というのが座右の銘であり、「練習で120の力が出せないと本番には、更に目減りする」と思い、マラソンでも、音楽でも、自分の不安を解消するために、直前まで練習に励んでしまいます。

しかし、今回は、「間違った練習は裏切る」ことを学ぶ機会になったようです。ピアノの先生のご指摘では、本番直前に練習をし過ぎると、指が動き過ぎて、コントロールできなくなることがあるそうです。これからは、どんな演奏をしたいか、そのためには、どんな練習をすべきか、量より質が求められ、Y自身が、自分の審美眼を磨く時期に入ったのでしょう。

私が子どだったの頃、「大丈夫、大丈夫」とヘラヘラして練習が足りず、本番に失敗する弟甥Kのタイプの子どもだったため、Yほど、全力投球したこともなければ、失敗して悔し泣きをしたこともありません。そのため、恥ずかしげもなくポロポロ泣く兄甥の姿に、「高校球児が甲子園で負けて悔し泣きをするのは、こんな感じなんだろうなぁ……。精一杯、頑張っても結果に繋がらないことって、あるよね」と漠然と思いながら、「次に頑張ればいいよ。明日があるよ。大丈夫だよ」と慰めて音楽会の会場を後にしました。

陸上競技のように、タイムやゴールとしたはっきりとした目標はなく、演奏をしている自分自身が心地いいか、演奏を聴いてくださる方の心にどのような感激を与えるかなど、目標が目に見えないところが音楽の難しいところです。どんなにまわりの方が「上手だ」「素晴らしい」と褒めて下さっても、自分が納得できなければ、ゴールにたどり着かないところも、音楽は難しく、そして、素晴らしいものなのだと思うのです。
by k-onkan | 2017-07-18 19:57 | 音楽 | Comments(0)

音楽に国境はない

合唱団の子どもたちは、7月末に中国から来日する少年合唱団の子どもたちと交流するために、土曜日の児童部のレッスンが終わると、挨拶や自己紹介などを中国語で言えるように勉強しています。

e0143522_19533360.jpg中国出身の方は、「日本語は漢字、ひらがな、カタカタがあり、その上、敬語や外来語などもあって複雑で難しい」と言われますが、私たちにとは同じ発音でありながら、四声という「四種の高低アクセント」を使い分ける中国語の方が、とても難しく感じます。

中国の合唱団は、現地で人気の「北国の春」「ふるさと」を日本語で歌ってくださるということなので、わが合唱団は「茉莉花」という中国の歌を練習しています。この曲は、平成21年に北京公演に出かけた時も練習したことがありますが、現在、高校生になった生徒が低学年で、私にはとても昔のことに感じるのです。

ところが、音楽というものは、本当に不思議なもので、毎週、子どもたちの練習に付き合っているうちに、自然と中国語の歌詞まで覚えてしまったようで、休みの日になると、この歌詞を口ずさんでいる自分に気づき、驚いてしまいます。これが、音楽には国境がない、といわれる所以なのでしょう。
by k-onkan | 2017-07-09 23:45 | 音楽 | Comments(0)

宝の持ち腐れにしないでほしい

今日は、賢い男の子が体験授業を受けに見えました。最近、年少児の男の子で、はじめての場所で、大人の話を集中して聞いて、一度で言葉を受け止め真似をするお子さんは、少なくなっています。お子さんの様子に、何か、特別な訓練をされているのだろうと漠然と思っていましたが、後で伺うと通信教育で学ぶ音感教育の教材とヴァイオリンを勉強されているとのことでした。

e0143522_2038128.jpg一般に「音感教育」と呼ばれるものはすべてが同じではありません。さまざまな異なる和音を聴いて、決まった色の旗で答える方法もあれば、パソコン上で和音を聴き分けて、タッチで解答するなどデジタルな方法もあるようです。どんな方法でも、3歳前に聴覚訓練をすることは「人の話を集中して聞き、理解し記憶する力」を育てる効果があるのかもしれない、と感じました。

この方は、木下達也著「わたしの音感教育」を読み、体験授業を受けに来られたとのことから、「音感をつける」という目的は同じでも考え方が正反対であることに驚かれたとのことでした。

確かに、「音感教育」といっても、大きく分けて二つあり、その中身はかなり違うといえます。一つは「聴音ができるように」「脳の発達を促すために」「外国語の習得に役立つ」「なんとなく、あると便利そう」などの理由から、聴覚の訓練をするための音感教育。そして、もう一つは、自分の喉を鍛えることで、耳の発達を促しながら、音楽全般の基礎能力を身につけさせるものです。木下式は後者であり、耳を鍛えるために歌唱力を鍛えます。そのため、長く勉強していると、楽譜を見たら瞬時に正しい音程をとらえ、歌う力が身につくのです。楽譜を見て正しく歌える人はメロディーを記憶するのも早く、楽器を勉強しても、上達が早まります。

ただし、木下式にもデメリットがあります。それは、「わが子に音楽を習わせたい」という親御さんが一番好まれる「バイオリン」は絶対音感が身につくまで禁止であることです。指の場所がほんの少しずれると音程が外れ、弓の動かし方で耳障りな音が出るバイオリンは、木下式によって絶対的な音程と音感能力を備えさせるためには、妨げとなるからです。

幼児期にバイオリンを勉強しても、聴覚に悪い影響がないとしたら、両親のどちらかが専門的に音楽の訓練を受け、自由自在にその楽器が弾けて、子どもの日々の練習を「今の音程は正しい」「今は違う」と見られるときではないでしょうか。親御さんが弾けないものを、年齢の幼い子どもに自在に弾けるようにするのは、とても難しいことといえます。

さまざまな音感教育がある中で、どの方法を選ぶかは、それぞれ自由です。けれど、せっかく、聴覚訓練を受け、能力を身につけたら、それを生かす機会が必要です。

私の知り合いに、「子どもの頃、音楽の勉強をして音感はあるが、何の役にも立っていない」という人がいました。ですが、せっかく聴覚を鍛え音感能力まで得たなら、生活の中で音楽を楽しんだり、語学を学んだり、耳の良さを生かした人生にしないと、せっかくの能力が宝の持ち腐れになり、それはとても残念なことだと、思うのです。
by k-onkan | 2017-06-17 19:55 | 音楽 | Comments(0)

音楽は素晴らしい

先日、「子供時代に音楽を習った人は、習っていない人に比べて、幸福だと感じる率が高い」という話を耳にしたのですが、すぐにインターネットで「大手音楽教室とどこかの大学が協力して集めたリサーチ結果」として、同じ趣旨の記事が回ってきました。音楽にたずさわる人は異口同音「音楽は癒し」と言います。音楽を楽しめる人は、自分の気持ちが折れそうな時も、人の演奏を聴いたり、自分で演奏することで、自己治療できるかもしれません。

e0143522_221324100.jpgそういえば、6年前の東日本大震災の後は、東京中がうす暗くなって、さすがの私もかなり心が折れそうになりました。信じていたものが一気に崩れ落ちたような焦燥感と不安感は今思い出しても、ドキドキしてしまいます。そんな時に救われたのは、ライブハウスで聴いた生演奏、そして、友人に誘われてイヤイヤ付き合ったカラオケでした。それまでの不安は一掃されて「また明日から頑張ろう」と気持ちを変えられたのです。

音楽を学んでも、裕福にはしてくれないかもしれませんが、「幸せ」を敏感に感じ取れる能力を与えられるかもしれません。だから、いつの時代であっても、音楽はなくならないのかもしれません。

そんな話を、小学生のレッスンの時に、4年生のKちゃんにしました。女の子は高学年になると、木下式の発声がしづらくなる時期がやってきます。身体が発達することで、それまでの腹式が急に胸式になり、上手にブレス(息)がとれなくなるのです。自分の身体の変化に慣れるまで、「いつ声がひっくり返るか分からない」という状態で歌うことになります。

私自身、小学6年の頃に同じ経験をしているので、女の子たちの不安な気持ちはよく分かります。しかし、そんな時、心配すればするほど、その不安は確実に的中して失敗して、もっと自分に自信が持てなくなるのです。

なんとか、リラックスして自分の声を出すコツを掴ませたいと思い、こんな話をしました。「大昔、何も無い時代にも、きっと人は歌ったり踊ったりしていたと思うの。なんで、歌ったり、踊ったりしたんだと思う? 先生は、地震や大雨とか天変地異が起きた時に、神様に「どうか守ってください」とお願いするために歌ったり踊ったりして、神様に捧げたのではないかと思うの。神様は、きっと、すごく高い場所にいるでしょ?『高い声を失敗したら、どうしよう』とオドオドしながら歌ったら、絶対に声は高くならないでしょ? だから、高いところへ向かって声を出そう」と思って息を取ってみて?」。

本当か嘘か、分からない想像の話でも、子供はそれをきっかけに高いところを目指して深い息をとることで、難なく声が出ることもあります。でも、心のどこかで、音楽は神様に捧げられるために存在するものだと、確信している自分もいるのです。だからこそ、美しく、心地よいものであって欲しいと願ってしまうのかもしれません。
by k-onkan | 2017-04-23 22:13 | 音楽 | Comments(0)

大切にするから厳しいのかも

何気なく、木下式のホームページのチェックをしている際に、インターエデュという教育関係のサイトに「年少の息子のために、音楽教室を探しています木下音感楽院とY音楽教室の違いを教えてください」という文字を見つけてしまいました。きっと「厳しい、怖い」と書かれているのだろうと、心の準備をしてみると、そこには「見学をされると、まったく違うことが分かると思います。木下式は近所のピアノの先生が採り入れてたくさん優秀な人を育てていると評判の教育法です」と好意的なことが書かれていました。

e0143522_934342.jpg私のブログもそうですが、良くも悪くも「本当のこと」を書いているつもりです。その私がいうのも恥ずかしいですが、「これほどまでに個々人を大事にする教室」だと思っています。ただ、個々人を大事にするというのは、全員を甘やかすという意味ではなく、個々人を大切にするからこそ、それぞれに厳しい教室だと思っています。

たとえば、凸凹があったり、母国語が日本語でないなど、手助けが必要な事情があれば、積極的に、手を貸し、他のお子さんとの差をなくす努力をしますが、それは、あくまでも「一人立ち」が目的であり、ただ、保護しているわけではありません。ですから、事情がある親子にとっても、チャレンジであり、つらいことも多いと思います。

反対に、自分でしっかりできている方には、「あの子にばかり、手を貸すのは、ずるい私にももっと手をかけて!」と不満に思われるかもしれませんが、「自分でできるのだから、しっかりやってください」と申し上げることもあるはずです。これを「冷たい」と感じる方もあるでしょうが、できている人に手を貸し過ぎると、本来、自分でできたこともできなくなってしまうのは、能力を最大限に引き出す、というお約束から離れてしまうのです。

ここで、最初の「木下音感楽院と大手音楽教室の違いは?」という問いに戻り、私が簡潔にお答えするなら「音楽と真剣に向き合わせ、一生ものの音楽能力を身に付ける教室と誰でも気軽に音楽と親しむ雰囲気を味わえるフレンドリーな教室」だと思っています。数年前、家庭でまったく練習せず、楽譜も持たずに通えるピアノ教室が長蛇の列を作るほど、人気があるという記事を見かけたことがありますが、楽院はその対極にあると思います。

子どもに音楽の能力をつけるために、必要であれば、たとえ生徒と保護者に迷惑がられても踏み込んで教えます。それゆえに、親御さんが期待した以上の能力をつけて卒業されることもあるでしょう。また、音楽を学ぶ過程で身に付いたさまざまな能力が、社会に出て必要だったと、実感すると、「自分の子どもにも」と親子二代で通う方も多くいる、そんなちょっと変わった音楽教室が、木下音感楽院です。
by k-onkan | 2017-03-22 23:33 | 音楽 | Comments(0)

口パクなんて、とんでもない!

音楽祭が間近に迫る中、前日のリハーサルについて、無理は承知でご家庭にお願いをしています。それは、音楽祭に出演するお子さんは何があってもリハーサルには出席していただきたいということです。

e0143522_20531314.jpg音楽の専門家であっても、いえ、専門家だからこそリハーサルをせずにいきなり舞台に立つなどということは、あり得ないことです。まして、素人で年端もいかない子どもたちの団体です。リハーサルに参加できないなら、本番の出演も見合わせなければなりません。

私学に通う生徒が多い楽院では土曜日の午前中に授業があったり、この時期、卒業前のスキー合宿があるお子さんも多くいます。けれど、「学校がある」といってリハーサルを欠席して、2000人の観客が入る本格的なコンサートホールで行う音楽会で失敗したら、傷つくのは親御さんより子どもたちです。どうか、子どもたちのために学校に頭を下げていただき、欠席早退届けを出していただけるようお願いしています。

私学に通われる方は、「音楽会より学校の方を大事にしたい」と考えられるものかもしれません。しかし、リハーサルに出ないことで大きな失敗をしたら、そのショックは計り知れません。特にお休みなく通ってきた他のお子さんには大迷惑です。どんなに最善を尽くしても何があるか分からないのが本番だからこそ、できることはすべて手を尽くしておきたいのです。

合同音楽祭で歌う合唱曲は各園から選抜された幼児たちが歌うため、小学生にも難しい作品が選曲されています。楽院でも他の人より後から音感を始めた1年生のMくんには難しく、上級生と一緒にあわせると正しい音程で歌えませんでした。しかし、毎週、一人づつ歌って練習して、上級生の歌声を聴くうちに音程が正しくなってきたのです。

ただ心配なのは、「先生の指揮を見たり、友達と合わせられないこと」でした。時々、一人だけ、指揮を見ずに声が飛び出したり、合図を見て声を止められず、わる目立ちし、「今はMくんが違った!」と人より多く注意を受けていたのでした。Mくんのような子こそ、リハーサルは一日、友達や先生と心を合わせ、音楽祭に向かっていく心の準備が大事なのですが、Mくんも土曜日は授業がある学校に通っているのです。

さて、今日はMくんを含む低学年のレッスンがありました。細かな練習ができる最後のチャンスなので、音楽祭で歌う7曲すべてを一人ずつ、全員が歌いました。その間、歌っていない子は、手持無沙汰になるので、歌詞を全て母音「アエイオウ」に置き換えて、口型を見せ合うという遊びをしました。すると、Mくんが「これは、口パクの練習ということですね?」と言い出しました。私は「とんでもない。これは、口パクをするためじゃなくて、声を出して正しい母音で歌うための練習なのよ。せっかくカメラやビデオで撮影しても、口の形が悪い人は、格好悪いでしょ?それに、口型を覚えるともっと上手になれるのよ」と説明しました。

そのとき「口パクなんて、教えたことがないのに、一体、どこで覚えたのだろう」と不思議に思っていたのです。その理由は後になって、分かりました。先週、お迎えに来られたお父さんはMくんの歌う姿を見て「Mは口パクだろう」と思われたというのです。これまで、みんなの中で、一人だけ飛び出したり、違う声を出したりして、注意が絶えなかったMくんが口パクに見えていたとしたら、それは、「違う声を出したり、飛び出したりしなくなって進歩した」ということなのです。

合唱で求められることは、大勢の中で誰か一人のうた声が突出して聞こえることではありません。全員の声があたかも一本の声のように聞こえることが、「合唱の美しさ」であり、悪目立ちをするのは、決して褒められることではありません。口パクなんてトンデモナイ!! Mくんもちゃんと7曲全部、一人で歌えるよういなっているのです。今度、お父さんがお迎えに来られたら、是非、一人で歌っているMくんの様子をお見せしなければと思ったのでした。

by k-onkan | 2017-02-15 23:52 | 音楽 | Comments(0)

磨かなければ光らない!

音楽祭の指導のため、木下先生と新幹線に乗って東海地方に出かけました。その幼稚園で、とても興味深いことがありました。それは、11月に視察にうかがった時には、「歌うこと」にまったく興味を示さず、全然集中できなかったグループの中に、話声位(話し声の高さ)の高い子が増えて、歌が上手になった子が増えてきたことでした。

e0143522_2304168.jpg一生懸命、取り組んだから上手になったのか、上手になったから意欲に満ち溢れているのかはわかりませんが、子どもは「認められたい」と思うと、自然と取り組む姿勢に意欲が見えるようになるようです。背筋は伸び、手先をピンとして、一生懸命、口を開ける姿に、子どもの向上心が現れています。「もっと早くその姿を見せたら、他の種目に選ぶことができたのに…」と木下先生は残念そうです。しかし、この選別によって「頑張ると、チャンスがくること」を知ったから、努力できるようになったのかもしれません。

思えば11月から3ヶ月。子どもたちは、同じ曲を繰り返し、繰り返し、ずっと練習してきました。一般の人の中には、同じ曲を繰り返し練習することを「飽きる」という人もいますが、音楽は一つの曲を何度も練習して、身体が覚えるまで深く追求することが、とても大事なのです。

私たちの中には、小器用に物事を処理できるタイプもいれば、不器用なタイプもいます。しかし、不器用なタイプであって継続する中で、メロディーや歌詞を覚え、自分から歌えるようになれば、「歌う楽しさ」が分かり、練習の成果があったといえます。

反対に、「声がよく新しいものにパッと反応できる子」が途中で飽きて、集中力を持続できないと、歌えていたはずのメロディーも歌えなくなったりします。それでは、練習の成果がありません。幼い子どもは「1度できたから安心」ということはないのでしょう。

音楽祭に幼稚園として参加すると、一人ひとりが互いを研磨しあうことになります。ちょうど、ダイヤモンドという宝石が磨かなければ光らないように、子どもたちも、ありのまま放置していては、それぞれが持つ資質は引き出されないのかもしれません。

合唱の練習の中で、「他の人より高い声を上げる」ということは、「自分はここにいる」と意思表示をしているともいえます。木下式が「話声位の高さ」にこだわるのは、意欲や自己主張のある子どもほど、声が高まることを経験から感じているからなのです。
by k-onkan | 2017-01-26 23:00 | 音楽 | Comments(0)

感性にも脳にも音楽はいい!

今日は、東北大学の加齢医学研究所の瀧靖之教授が、楽院の幼児部のレッスンを見学に来てくださりました。きっかけは、私が『16万人の画像を見てきた脳医学者が教える 「賢い子」に育てる究極のコツ』を読ませていただいたことでした。

e0143522_1561834.jpg瀧先生は五歳から八十歳まで十六万人の脳画像から「どんな生活の人がどんな病気になりやすいか?」「どんな人が認知症になりやすいか」を研究されています。その過程で、「どういうふうに育った子どもが賢くなるのか」という新しい事実と、脳の成長に合せて、いつどのような能力を伸ばすべきかを、その書に記されています。

中でも、生まれてから急激な速度で発達するのは目と耳であり、絵本や図鑑、音楽を見せたり読み聞かせたりすることが「感覚」と「感性」を育てることになること、そして、三歳から五歳には楽器や運動が大事であるということが記されているのですが、これは、幼児期の音感教育に携わる私たちには、画期的なことでした。感激した私は、図々しくも出版社にお願いして、拙著「折れない子どもを育てる」を瀧先生に転送していただくことになったのです。

通常、著名な方に献本をしても読んでいただけないのが普通です。しかし、私の本が「音楽に関係する本」であったころから、すぐにお目通しいただくことができたようです。また、音楽の能力を伸ばし自立した人間に育てるために、年齢別にしたいと記した事柄は「脳科学的の観点から理にかなっている」という夢のような感想も頂きました。

ですが、木下式の成果は本でご理解いただくより、実際に教育を受ける幼児の歌声や音感能力を見ていただくことが一番です。中でも、「視覚」と「聴覚」を刺激して音感を身につけさせる「音感かるたの連合学習」に取り組む幼児たちの姿は、いつか、機会があったら見ていただきたいと願っていたのです。そして、それが今日、実現したのでした。

「幼児が立派で驚いた」と言われる先生に、私たちは少し恥ずかしく感じました。それは、20年前、30年前の子どもに比べると、便利な社会に暮らす子どもたちは幼なく、行儀も100点満点とは言えません。それでも、「幼児期にこれだけの音楽能力をつけられる子どもたちは幸せ」という言葉をいただくことができました。瀧先生は、「幼児期に知らず知らずのうちに身に付けた能力が、人より秀でていることによって、それがいつかその子の自信となり、他の能力まで伸びることがある」と説明してくださいました。

また、1年生の甥Kの聴音書き取りをご覧になって、「4つの和音を一度で聴き取れるのはすごい。この訓練は外国語で子音を聴き取る際に絶対に役に立つ」というお墨付きもいただいたのです。

健康な脳を維持するためには、いつまでも好奇心を失わないこと、趣味を持つこと、人とコミュニケーションを持つ機会があることなどが大事だそうです。中でも、「音楽」という趣味は最良だと言われます。子どもたちが音楽の道に進まなくとも、「幼児期に音感を勉強すること」によって自己実現をして幸せに生きられることは、何より嬉しいことだと思うのです。
by k-onkan | 2016-11-09 23:54 | 音楽 | Comments(0)