麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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カテゴリ:自立について( 22 )

子育ての最終目的は自立!

最近、身のまわりで、若くして子供を残して亡くなる親御さんの話をよくきくようになりました。そして、偶然にも今日、数か月前に、ご主人を亡くしたばかりで、中学1年生になるご子息が一人いるという女性とお話をする機会がありました。

e0143522_22583623.jpgご主人が急逝されるまで、専業主婦だったので、「外で働けるのも新鮮!」と、とても前向きですが、実際は、働きながら家事の両立には、いろいろなご苦労はあるはずです。それでも、明るく頑張るこの人が私はとても好きになりました

息子さんもスポーツの部活に打ち込む好感が持てるタイプの男の子で、お母さんのことをとても大事にしています。朝早くから部活に出かけ、放課後、部活が終わると、お母さんの作った晩御飯を食べて、塾に通っているそうです。

お母さんは「息子のため」、息子さんは、「お母さんのため」に頑張っているのでしょう。でも、一つだけ気になったことがありました。これだけ、明るく頑張る親子は、息抜きもせずに、ひたすら頑張ってしまうのでは、ということです。お互いに「子どものため」「お母さんのため」と頑張るだけでなく、「時には、二人で息を抜く時間を作ることも大事かも」とおせっかいなことまで、助言してしまいました。

子供だれでも、ある年齢を過ぎると、「親が死んでしまったら、どうしよう」と考え、不安に感じるものです。まして、シングルペアレントなら、なおさら、子供は心配で、「健康に気を付けてほしい」と願っているはずです。

親御さんが、どんなに体が強くて長生きの家系出身でも、子供を育てる時には、「親に万が一のことがあった時に困らないだけの自立した力」を付けておくことは大事だと思います。

子どもが中学、高校と、年齢が上がるにつれて、漠然と、「将来」を不安に思うものです。その時に、親の力を借りなくても、「できること」が一つでもあると、「どうにかなる」と思えたりするものです。反対に「親がいないと何もできない」というほど、大切に育てることは、子供が大人になれない原因を親が作るようなものかもしれません。

順当にいけば、親は子供より先に逝くものです。親がいなくなった時に、少しでも子供が困らないように、小学校の高学年になったら、勉強だけでなく、身の回りのこと、家のこと、よその人との話し方なども、教えるべきことは、たくさんあります。今日が、「子供と一緒にいられる最後の日」だと思ったら、子供に伝えたいことはたくさんあるはずです。子どもと過ごせる時間は限られています。毎日を、大切に使ってほしいのです。
by k-onkan | 2016-09-19 22:58 | 自立について | Comments(0)

双方で協力して育てていく

平日の夜に異業種交流という名目で大学時代の友人と食事をしました。相手は芸能事務所の女社長Sさんです。幼児に音楽を教える私とは、まったく接点がなさそうなお仕事ですが、「人を育てる」ということには共通点があり、いつもたいへん勉強になっています。

e0143522_17242026.jpg今日は、未来の女優や俳優の親御さんとのもめごとに若いマネージャーがおびえているという話をききました。マネージャーが20代後半から30代なら、少なからず、ゆとり教育の影響を受けています。その人たちが、「子供を守りたい」という一心の親御さんにまくし立てたら困惑することは容易に想像できます。

私自身、ふだん、子供を預かる立場ですが、身近に甥たちがいるため、子供を他人に託す親御さんの気持ちも理解できます。なにより、世の中には悪い大人がいて「芸能界にデビューさせてあげる」と若い女性を騙したりする事件もあります。「親を心配させない」という配慮が事務所側にも必要な時代なのかもしれません。

子どもを持たない女性には理解しづらいことですが、子育て経験がある女性は多かれ少なかれ、「病気だ」「学校だ」と想定外のことが起き、自分の時間を子供のためにささげています。それだけ、子供に愛情を注いできた親御さんが、「この事務所なら自分の子のためになる」と確信できる丁寧な説明があれば、誤解は生まれにくいように思うのです。

特に、一般の常識と芸能界の常識は同じではないこともあるでしょう。一般の方が誤解しないように、いろいろな説明方法を用意しておく必要があります。少しでも不明瞭な点があれば、不信に思って騒ぐ親御さんはいるものだからです。

「大人になってまで過保護だ」と言われると思いますが、若者たちは、自分たちで望んだわけでもないのに、ゆとり教育を受けさせられ、叱られることも、順位づけられることもないまま大人になって社会に出てきました。いろいろな意味で経験不足なのは、本人たちの甘さのせいだけではありません。厳しい社会で頑張れるようにするためには、ゆとり教育を行った社会にも責任があり、それなりの配慮が必要だと私は感じています。

たとえば、叱るにしても、「この世界の常識として正しい」というのであれば、胸を張って冷静に相手に伝えるべきですし、相手に媚びたり、おもねる必要は一切ないと思います。1対1の人間として対等にきちんと関わればいいだけのことです。しかし、そこに少しでも相手をバカにしたニュアンス、日頃の不満、個人的な好き嫌が加わると、正しいはずのことも正しく受け止められないことがあるようです。

私たちは同じ話を聞いても、育った時代、地域、生活環境で受け止め方は、人それぞれ違うものです。年齢は成人をはるかに超えていたとしても、幼い子どもと同様、複雑な言い回しや難しい熟語を使わず、「何がどうダメで、何が間違っているか。それによって、どんな結果になるか」を誤解なく理解できるように注意した方がよいと感じます。また、大事なのは叱りっぱなしにせずに、「どうすれば改善できるのか」という解決策まで示すことです。若い人のほとんどが、これまでの人生で失敗した経験もなければ、そこから立ち直った経験もないのですから。

結局、子ども育てるにしても、役者を育てるにしても、預ける側と預かる側が共通の認識をもつ必要があります。それは、双方で協力して、当人のためになることを最大限する同志であると、腹をくくることかもしれません。お互いに相手の欠点を見つけ、責め合っても、決して当人にいい結果はでないのですから。
by k-onkan | 2016-03-10 23:22 | 自立について | Comments(0)

口うるさい伯母でごめんなさい!

甥たちと一緒に出かけると、楽院の合宿や海の家で「いかに大人のふりをしているか」が分かります。私と3人だと、愛されている自信で結構、やりたい放題で、まるで別人のようだからです。やんわりと「ダメ」と言っても聞かないので、本気で「ダメと言ったらダメよ」ということもありますが、それでも、甥Kは甘えた顔と可愛い声で私のご機嫌をとります。その姿に「まぁ、いいか…」と思うのは、私が身内で甥たちを可愛がっているからに過ぎません。他人から見たら「調子がよくて、しつけの悪い生意気な子ども」に見えるでしょう。そこで、翌日、妹に報告をしました。

e0143522_18472827.jpg私はこう見えて苦言を呈するのが得意ではありません。貯めて、貯めて、意を決して言うので、その分、相手を傷つけてしまうことがあります。その時もかなり不愉快な言い方をしたはずです。しかし、教育やしつけについて、誰よりも一生懸命、取り組んできた妹を知っているので、甥たちの欠点は見逃せません。

特にYは、私の身長を追い越し、成人までは後8年です。中学生になって自分の世界を持ったら、大人の言葉より、友達の言葉を信じるようになるでしょう。比較的、素直に耳を傾ける今、教えるべきこと、伝えるべきことは親から教えてほしいと思っています。

最近は未成年が事件に巻き込まれて「親が悪い」などと発言すると、「悪いのは犯人であって親ではない」という答えをよく耳にするようになりました。しかし、未成年のうちは、親御さんにも子供の身を守る責任があると私は思っています。「夜遅くに子どもだけで外へ出ない」「社会には危険がある」「大人を侮ってはいけない」など家庭で言われたか、言われなかったかで、子供の行動範囲は変わるのです。

子供の土台は、家庭の中で両親との生活の中で知らず知らずのうちに形成されるものだと感じます。身内の私が、どんなに口うるさく言っても両親が「気にすることではない」という考えなら効果はないでしょう。ですから、余計、妹には厳しく言うのです。「もう高学年だから、自分に優しい人に対する態度や物言いは失礼にならないように、きちんと教えないと、親が恥をかくわよ」と妹に苦言を呈しました。その時は「ハイ」と神妙に妹が返事をしたので安心していました。

ところが、夕方に、妹を迎えに甥たちが職場に顔を出したとたん、「もう二人とも、まぁちゃんと出かけてはいけないから。二人の態度が悪いって、お母さん、すごく叱られたじゃない」と私の目の前で叱るではありませんか。

甥たちが少し気の毒になったので、「二度と遊びにきてはいけないとは言わないけれど、食べる時は、誰もいないからと言って、お行儀悪く食べると『親のしつけが悪い』と思われるから、ちゃんとしなさい。普段から言われているなら、なおさらよ。それから、電車の中は自分の家の自動車とは違うから、どんなに楽しくても二人で大きな声で話したり、兄弟で物を取り合ったりしてはダメなのね…」

ダメ出しは次から次へと続きます。「Yは帰る時になって「あ、水を飲むのを忘れちゃった」と言いながら帰って言ったけれど、みんながみんな、お母さんや“ばぁば”のように「お茶があるわよ」とか「シャワーを浴びたから何か飲めば?」と気を利かせてくれるわけじゃないのよ。喉が渇いたなら、「水を飲むのを忘れちゃった」じゃなくて、水でもお茶でも飲めばいいでしょう?冷蔵庫を勝手にあけてはいけないと思うなら「麦茶ください」と言ったらいいじゃない。口をきかずに、気づいてもらうことはできないよ」と両親の目の前でダメ出しをしました。

我ながら口うるさい伯母だと思いますが、「大人がニコニコしているからと言って、心の中までニコニコしているとは限らない」。私が子供のころに、このことを学べたのは、私が長子であり、父方、母方の親戚と多く、付き合いがあったからでした。反して、弟妹は他人の家は居心地が悪かったのか親戚と関るのが苦手でした。嫌な経験も少なかった分、大人になってはじめて、誰もが自分を好意的に受け止めないことを実感する経験も多くあったような気がします。

自分自身が、大人になったからこそ理解できるのですが、親戚から我が子を叱られて嬉しい親はいません。それでも、本当のことを言ってくれる人は少ないものです。そして、それを受け入れるか、拒否するかで、その後の子供の成長は異なると思うのです。そして、もし、他人から苦言を呈されるのが、嫌なら、やはり、親が一生懸命、育てることも大事だと思うのです。無責任な放任と、他人任せな教育が、子供を危険な目に合わせることもあるのですから。
by k-onkan | 2015-08-22 18:46 | 自立について | Comments(0)

根っこは親御さんにあるはずだから・・

合宿のアルバムを作りながら、今年の合宿を思い出しています。合宿では、ふだんの音感の授業以上に、子どもたちの個性が観察できるものです。今年の合宿で気になったのは、子どもの言動や行動から、家庭や親御さんの様子があまり感じられないことでした。

e0143522_23112498.jpg25年前、私が初めて指導者として尾瀬に引率した時は、現在、30代半ばの世代が小学校高学年でした。子どもたちには、親御さんとのふだんの生活が見え隠れしていたものです。たとえば、家ではどんなことを言われる親御さんで、普段はどんなものを好むのか、どんな日常生活なのかなど、何気ない子どもとの会話から感じ取れたものでした。

たとえば、「うちのお母さんは、外国の大学に留学中にお父さんと出会って結婚したんですよ」とか、毎日の規則正しい生活がつらかった4歳の女の子が、「こんな生活、もうイヤ」と口にしたりするのです。きっと、お母さんの口癖だったのでしょう。とにかく、他愛ない会話に、親御さんの姿が見え隠れしました。ところが、ここ数年、世間話で家族について水を向けても、あまり話ははずみません。特に、心配になるのは寝る前の時間です。

20年前、幼児をはじめて合宿に送り出す親御さんの心配は夜でした。「チューチュータオルを持参してもいいか」「万一、お母さんを恋しがって涙ぐんだら、先生の胸に触らせていただいてもいいですか?」などなど。それほど、幼児にとってお母さんから離れての夜はつらいものでした。

特に楽院の合宿は4泊5日と、幼児にはとって決して短くはありません。夜になったら、お母さんを思って涙ぐんだりするのが、これまでの反応でした。ところが、ここ数年、夜になってもまったく寂しがらない子がいるのです。それはふだん強そうな子ではなく、音感や水遊びなど、心配なことがあると、人一倍、メソメソするお子さんなのに、寝る時だけはケロっとしいるのです。普段から長い時間、親御さんから離れて寝る経験があり、抵抗がないのかもしれません。

ですが、どんなに親が忙しい時代であっても、親元を離れるのは、子どもにとってさびしいものでした。たとえば、私の母は子ども時代は遠くまで疎開に出されたそうですが、特に手をかけられていなくても、やはり、両親のいる家を恋しいと思ったといいます。どんなに親御さんが忙しくても、子どもの根っこは両親のいる家庭にあることを、子どもが小さいうちは、心にとめておいていただきたいなぁと思ったのでした。
by k-onkan | 2015-08-12 20:18 | 自立について | Comments(0)

一人娘だからこそ・・・

音楽祭の季節になると地方の教室から、本部に指導を受けにくる生徒がたくさんいます。今年はそうしたお子さんに「一人娘」が多くいました。共通するのは、お母さんが自分のことは二の次にして、一人娘によい教育、質のよい服を与えていることです。もちろん、大切な娘によいものを与えて育てるのは、結構なことでしょう。しかし、親御さん自身が、自己犠牲を払って、娘にだけ良いものを与えたり、自分の理想や夢を押し付けてしまうと、娘が大きくなってから、煙たがられたり、嫌われたりして、母娘の関係に亀裂が入ることもあり得るのです。

e0143522_2024865.jpg残念ながら、どんなに可愛い娘でも、お母さんとは別人格です。お母さんが「いい」と思うことを娘も「いい」と感じて、同じ目的に向かって共に努力できるうちはよいですが、娘がお母さんと違うことに興味を持ったり、お母さんの希望とは異なる夢を持つことをお母さんは想定しておくべきかもしれません。

一般に、お母さんが自己犠牲を払ってわが子に与えることで、子供が優しくいい子に育つと思われるようですが、残念ながら、与えられてばかりの子供は、いつまでたっても、与えられる側で、お母さんも含め、他者に対して与える側にはなれません。

年をとってから、「あんなに頑張って育てたのに、何もしてくれない。こんなはずじゃなかった。子育てを間違った」とお母さんが裏切られた気になっても、子供側から見ると、「お母さんが勝手に自分の夢を押し付けただけで、自分はもっと違うことがしたかった。でも、お母さんの願いを受け入れると、お母さんが喜ぶから、仕方なく付き合っていただけだった」という可能性も皆無ではありません。

どうか、一人っ子を持つ親御さんは、娘にだけよいものを持たせるのではなく、お互いに我をはったり、譲ったり、我慢したりという経験もさせてください。また、大人のお母さんにも、つらいことや苦しいことがあることを、一人の女性として、共有してください。娘は母親がいろいろな気持ちを共有する中で、子供が「自分が母親を守らなければ」という気持ちになることが大事であり、母親も、生身の人間で、一生、自分を守ってくれるわけではないと思うことにつながります。

立派なお母さんに育てられて、娘の頃の気持ちを持ったままで、子供を産んでお母さんになってしまう女性が増えています。共通するのは、親になっても、「子供のお母さん」でなく、「誰かの娘」として、自分の楽しみばかりを追及してしまいます。また、子育てさえ、自分の母親に頼ってばかりのことも多いようです。本当に娘に幸せを望むなら、娘が母親になったときに、「私の娘だから、子育てはきちんとできる」と信頼できる、そんな娘に育ててほしいのです。
by k-onkan | 2015-01-24 23:58 | 自立について | Comments(0)

想像力の欠如は誰のせい!?

最近、ある講座で、「若者の想像力欠如は重要な問題」というお話がありました。「企業では、せっかく就職しても、新人が3年で辞めてしまう。新人のために、何百万円もの資力をかけて辞められた企業はたまらない。今の若者は「希望がない。コミュニケーション能力がない。言われたことしか、やらない」の「三無い」だ。もっと、大学にきちんと教育して欲しい、というのが、企業の本音だ」ということでした。

e0143522_9123449.jpg私は、若者に想像力がないのは、幼児期から成人するまでの20年の教育や体験に原因があって、大学だけで若者の「三無い」を正すことはできないと感じています。また、企業として、「若者を未熟だ」という雇用する側の大人は、どれだけ「自分の子」に想像力と希望とコミュニケーション能力、思考力を育てて、社会に出してきたかについて、とても興味があるのです。

現代の若者を未熟だと、切り捨てるのは簡単です。しかし、戦後の教育や新しい便利なものの普及によって、若者は、「想像力がある大人」と同じように、希望や想像力、コミュニケーション能力自然に育つ環境には育ってはいません。本当は、希望を持つことも、コミュニケーション能力を高めることも、言われたこと以外に気を回すことも、幼い頃から育つ過程で、習慣づけなければ、「20歳だから」と魔法のようには身につくものではないはずです。そのことに想像をめぐらせずに、若者だけを憂いても何の解決にもならないと私は思っています

「想像力の欠如は、テレビやネットの文化によって、体験をしなくなったことが大きな原因」。確かに、その通りです。しかし、「テレビはいけない」と言いながら、「学校で仲間はずれになるのがかわいそうだから、子どもが見たいだけ見せる」としたら、若者から想像力を失わせてきたのは、テレビを普及させた社会や教育できない教育現場だけでなく、子供が育つ家庭にも問題はあると思います。テレビもネットもすでに普及している便利な存在は、いまさら、なくすことはできないものです。ならば、どうやって、その存在があっても、想像力のある子に育てるかを、子供と関わる大人は、考えなければと思います。

たとえば、「テレビは視聴時間を決めて、内容を吟味して見る。テレビで興味を持ったことは、実体験をする」とか「ネットは、見られる範囲、使える範囲を設定して、子供任せにしない」、ネットによって起きる事件にアンテナをたて、取り越し苦労であっても「子供が陥りそうな事件、事故」を常に推測する想像力を大人が持つことも大切だと思うのです。

私が何より不安を感じるのは「テレビを見せないと仲間はずれになる」という大人の言葉にあります。そこには、「みんなと一緒、ふつうが一番」というメッセージを感じます。しかし、「みんなと同じ」を目指した結果が、「若者みんなに想像力がない」のだとしたら、やはり、それも若者だけの責任ではないと、強く思います。もちろん、若者の中にも、「希望を持ち、想像力があり、コミュニケーション能力がある有能な人」もいるでしょう。しかし、それも彼らの手柄ではなく、自分の力で考えなければならない環境に育ったに過ぎないと思っています。

さて、久しぶりに、「最近の若者の想像力が・・・」という言葉に、私が、なぜ、えらそうに「本を書きたい」など大それたことを思ったかの原点を思い出すことになりました。それは、ゆとり教育で育った子供と暮らして、親御さんは「学校やお稽古ごと、社会」だけに、任せていては、いけない。大人がもっと、想像力をめぐらせて、子育てをしないと、何の疑問もなく、「自分が育ったように育つ」と信じていたのでは、現代社会に育つ子供が大きな落とし穴に陥ると感じたからでした。

さて、その出版については、いろいろな場所で、何度も告知しながら、実際にはいまだ出版されず、私は、「ピーターと狼」のピーターのような気持ちで、とても、恥ずかしいのですが、なんとか形になり、順調に行けば、9月に発刊される予定です。どうか、今しばらく、長い待ち時間をお付き合いくださいませ。
by k-onkan | 2014-06-20 23:10 | 自立について | Comments(2)

子どもを手放すには勇気がいる

仕事で来日していたネパールの友人が帰国の途につきました。今回は5回目の来日でしたが、やはり見るもの全て、驚きで新鮮だった初来日が、一番、印象的だったといいます。当時、私たちはお互いに20代前半でしたが今は彼の子どもたちがその年頃、本当に時が流れるのは速いと感じます。

e0143522_012943.jpg彼は、現在、高校生の息子の進学について頭を悩ませています。「勉強をするなら、カトマンズの大学の方がいい。アルバイトをせずに勉強に専念できるから。でも、海外に行ったら、働かないと、生活費が足りないから、みんなアルバイトをして、勉強はあんまりしなくなる。だから、あまり行くことに賛成ではないのだ」と。しかし、仲間のほとんどがイギリスやオーストラリアに留学に行く中、自分だけ行かないというのは、「お金がないのか」と言われて、息子は納得しないだろう」と。

いまだにカースト制度が色濃く残り、海外留学どころか学校に通えない子どももいる国がネパールです。その中で、「大学に行けるだけで幸せ」だと、私の父の世代なら言うでしょう。しかし、どこの国でも、子どもは、仲間社会の中で互いを比較します。「仲間みんなが海外留学に行く」となったら、彼の息子も「行きたい」という気持ちは理解できます。

しかし、同時に、裕福なグループに所属しているつもりでも、家庭によって事情は異なります。わが子を海外留学させても全然苦にならない家もあれば、生活を切り詰めて子どもの留学資金を捻出する家もあります。「私だったら、『友達がみんな行くから』という理由では納得しないと思うなぁ。『なぜ、行きたいのか。お父さんたちを説得しなさい』っていう……」と助言しました。

日本でも、ネパールでも、余裕のある家庭の子どもは親の苦労を知らずに、漠然と「みんなと同じことができることが当たり前」と思うものです。しかし、実際に、海外へ留学して実感したのは、それぞれの家庭の生活力も価値観も本当に異なるのです。いくら使っても無くならない銀行口座を持つ留学生もいれば、1ドルを使うことにも、神経質になる人もいます。その中で、それぞれの家庭の事情を知っていくことになるのかもしれません。

地方から東京の音楽大学に勉強にきている学生さんは試験や本番が近づくと、お母さんが上京して家事全般を助けて練習に専念させるのがほとんどだそうです。時間割に空白がたくさんあっても、アルバイトもせずに暮らせるのが当たり前です。そんな中で生活費のために、アルバイトをする学生もいると思います。

音楽の勉強だけに専念できる幸せもありますが、音楽以外の経験から学ぶこともあると思います。自分が経験した全てが、その人自身の生きる力になるはずです。もしかすると、「アルバイトをせずに、お母さんが何でも手伝って、楽器の勉強だけできる友人がうらやましい」と思うこともあるかもしれませんが、それでも、長い目で見れば、試験や本番で手助けがないと乗り越えられないように育てられた人が、幸せかどうかは、誰にも分かりません。

親がどんなに「守ってやりたい」「苦労はさせたくない」と思っても、子供のためにできることには限りがあり、一生、子どもを守ることなどできません。とても難しいことですが、親には子どもを手放す勇気が必要だといいます。そして、私は(親ではないですが)手放す時に必要なのは、「お金」ではなく(そんなお金もありませんが)「教育」だと思っています。それは、単に良い成績を取ったり、何かが習熟することより、学ぶ過程でその人が生きる知恵とカンのようなものを身につけてほしいからなのです。
by k-onkan | 2014-05-17 23:00 | 自立について | Comments(0)

誰も教えてくれなかったの!?

1週間ほど前、遠足のバスの手配を忘れた旅行会社の社員が、学校に脅迫状を送ったというニュースがありました。「そんな漫画のようなことを考える大人がいること」に驚きましたが、その社員が逮捕されたというニュースを見かけました。学校の業務を妨害したとして、偽計業務妨害容疑です。

e0143522_2214353.jpg遠足の前日、生徒から、「遠足に行くのが死ぬほどつらい。消えたい。中止してほしい」という手紙が来たら、全職員で夜中までかけて、各家庭に連絡をして該当生徒がいないかを調べるでしょう。該当者もなく遠足を決行したところ、当日、バスが来なかったことから、社員の不祥事が分かったといいます。そんな手紙を書くよりも、なんとか、バスを手配したり、上司に相談して、学校に誤るなど、もっと他に方法はなかったのかと思いながら、あることが頭に浮かびました。

もう20年ほど前になりますが、低学年の男児がバスに轢かれそうになったことがありました。その子は、とても賢くスポーツも万能な子でしたが、バスに接触する間際に、「車輪と車輪の間に入り込めば大丈夫」とバスの前でバタリと倒れたのです。車体とも接触していない子どもに、いきなり倒れられて、運転手さんは、さぞ驚いたことでしょう。後で聞くと、漫画だか、テレビだかで見た通りしたと言われ、お母さんが、驚いて叱ったそうです。そのとき、子どもの考えることは、恐ろしい、とつくづく思ったのです。その生徒は今回、捕まった旅行会社社員と同じ年頃です。現実の世界は、テレビや漫画のようにはいかないと、教わる機会がなかったのかなと思う事件でした。
by k-onkan | 2014-05-05 22:13 | 自立について | Comments(0)

自分で経験して判断する!

幅広い年齢層の子どもたちと関わっている経験から、子どもの成長には、学校の勉強以外にも大切なことがあると感じています。それは、子ども自身に、いろいろな体験を与え、自分の頭で決断し、自分のしたことの責任を自分で取らせることです。そして、それは、中学生や高校生になってからではなく、6歳ごろから少しずつ、はじめる必要があると思います。

e0143522_2303631.jpgたとえば、一人で電車に乗るなどもその一つです。何度も使ったことがある最寄り駅から目的駅まで、子どもを一人で乗せるのは、不安なことも多いでしょう。そこで、最初は子どもの後ろで隠れて見守ってみましょう。困ったことがあったときに他人に訊ねる口上などを教えておくことも必要です。ただし、相手の答えまで教えると、違う答えが返ってきたときに対応できなくなります。相手の言葉をよくきき、子どもが自分で会話を成立させることに意味があるのです。

何事も、親御さんをはじめ、大人たちにお膳立てされていると、子どもは受身になっていきます。すると、大人になっても自分で考え行動することや、自分で、物事の責任を取ることも、結果を想像する力は備わっていません。

たとえば、小学4年生なら、時刻表や地図を見て、家族旅行の計画を立てたりするなども、良いかもしれません。大人の手を借りずに、子ども自身が自分で考え決断する場を春休みなどの長い休暇には作りたいものです。もし、失敗しても大人が全て尻拭いをするのでなく、親が一緒になって解決策を考える過程が大事です。苦労した経験は子どもの記憶にはっきりと残るからです。

親御さんの言うことを素直に聞きよく勉強して、良い成績を修めても、親御さんのアドバイスがなければ、自分の考えがなかったり、物事を判断できなかったり、自分の行動の結果が想像できないのでは、本人が困るでしょう。仕事が得られない原因にもなるかもしれません。せっかく、学校に行って、いろいろな知識を備えているなら、適時に応用して、自分の問題を解決できるようにしたいものです。

子どものころは、無駄だと思う経験や、失敗も大事なことです。お母さんに叱られるような出来事や、社会に迷惑をかけるようなことも、無駄だと思うことも、たくさん経験して、痛い目を見たり、嫌な目にあうことも、すべて、その子の経験と力となるのです。何でも、「お母さんが言うことは、全て正しい」と保護したり、支配して、子どもが考えることを阻止するのではなく、「自分で考えて、やってごらん」という自由を与え、子ども自身が考えるように仕向けることも大事です。

ある卒業生が、子どものころ、千葉県にある夢の国に遊びに行った話をしてくれました。おみやげ屋さんで「何か買いたい」というと、お母さんから「ここは他で買うより、何倍も高い。くだらないから辞めなさい」と言われたそうです。確かにお母さんの言うことはもっともです。しかし、買わないまでも、「値段を見てきてごらん」と自分の目で確かめさせたり、「自分のお小遣いならいいわよ」と無駄でも本人に自由を与え経験させる大切さもあると、個人的には思うのです。

何年も前の話になりますが、合唱団の子どもたちと北京公演に出かけたことがあります。子どもたちは日本円で5000円分の中国のお金を持っていました。町の中心の美しい建物の中のおみやげ屋さんで子どもたちは、「パンダのぬいぐるみを買う」と言い出しました。おそらく3000円近くしたはずです。

子どもたちは、躊躇しました。なぜなら、同じ日に観光地の露天では同じものが1000円程度で売っていたからです。それでも私は、「買いたいなら買いなさい」と子どもに自由を与えました。小学生の女の子たちは、「どうしても欲しい」と3000円を出して買った子もいれば、「高いから、やめておく」と買わなかった子もいます。「パンダを買うからこれもつけて4000円にして」という買い物上手もいました。品物は同じでも、露店からこぎれいな建物のお店になり店員さんが増えれば、人件費や場所代もかかります。同じパンダのぬいぐるみでも、値段は変わる、そんなことを想像できる大人になって欲しいと思います。

もしかすると、「絶対に欲しい」と3000円を出したあとに、安いパンダに出合い悔しい思いをするかもしれませんが、「自分で決めたことだから」と折り合いをつけることも覚えさせたいものです。もし、「悔しい」と思ったら、次からは人の意見に耳を傾けるかもしれません。何も考えずに、「大人のアドバイスが正しい」と信じるのではなく、自分自身で経験して発言する人が、私は信頼できるのかもしれません。
by k-onkan | 2014-03-03 23:00 | 自立について | Comments(2)

弱さを武器にできる大人に!

冬季オリンピックのフィギュアスケートを見ていて、つくづく、男性は繊細で、女性は大胆だと感じました。なぜなら、女子のシングルの首位争いは、オリンピックの大舞台であっても、それぞれ技を着実にこなしていたからです。多少のミスがあっても、男子のように、転倒が連鎖したりなど、お互いへのマイナスの影響はないようです。反対に、ライバルがミスしたときこそ、「今こそ、チャンス!」と感じる強さ、したたかさが女の子にはあるようにも感じるのです。

e0143522_11281426.jpgちょうど、リハーサルのときに失敗して泣いた女の子が、本番では別人のように、自信を持って、普段以上の力を出すのと、リハーサルまでは本当に上手で頑張っていた男の子が、思いがけない失敗で本番でがっかりするのが重なって見えました。人前に立って何かを成し遂げるとき、一番、怖いのは、他人ではなく自分の心の弱さです。それぞれの自分の弱みを知り、それに打ち勝つ方法を知っている人が、ことを成し遂げていくのかもしれません。

さて、浅田選手のすばらしいフリーの後で、次々と、こんな報道を目にするようになりました。それは、お姉さんでスケータの浅田舞さんが、「まわりの人が優しい言葉はかけているはず。自分はお姉ちゃんとして、かわいそうだったけれど厳しいことを言った」とか、佐藤コーチが、「ショートは70点、フリーは140点。まだ、3分の2残っているのだから、しっかりしなさい」と気合を入れたという話です。

私は、ある年のオペラ公演のことを思い出しました。シンデレラ役の女の子が、あと、何小節かで、出番のきっかけの音が流れるというときに、「うぅぅぅ。麻奈先生、こわいよぉぉ」と目に涙をためているのです。オペラの主役の責任は、それだけ重く、小学生の子どもであっても「失敗したらどうしよう」「みんなに迷惑かけたら」と想像して、体が動かなくなったのです。

子どものオペラとは言え、体が覚えるまで何百時間も練習しています。気持ちさえしっかりしていれば絶対にできるはずです。私は「こら!しっかりしなさい」と怒鳴りつけて「メイクが落ちるから、泣くな!自分で気持ちをとめられないなら、ほっぺた叩いて、正気に戻してあげようか?」。すると、その子は、「大丈夫」と正気に戻り舞台に出ていったのです。

子どものころは、大事なことの前に、泣いたり、へらへらしたりして、自分の気持ちをコントロールできなくなることがたくさんあります。そんなとき、誰かが怒鳴りつけたり、渇を入れて正気に返してくれますが、大人になったら、自分で自分の弱さを把握して、自分で正気を保てるようにならなければなりません。特に、子どものころに、大人に手厚く教えられ、精神的にも支えられてきた子どもたちには、大人になるまでに、神的に自立することを教えなければと感じています。
by k-onkan | 2014-02-22 23:26 | 自立について | Comments(0)