麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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カテゴリ:児童( 393 )

弱っている時は優しくしたい

千葉の「海の家」からは3つに分かれて帰京しました。私は保護者のTさんと6年と4年になる兄弟と、特急に乗って帰京しました。子どもたちの日焼けで真赤になった顔は、海を堪能し、たくさん食べ、十分に楽しんだことを物語っていました。

e0143522_1233739.jpg普段、饒舌で生意気な4年生の弟くんが電車に乗った途端、無口になったので、寝てしまうことは想定していましたが、兄くんは疲れた顔をしても、絶対に寝ないタイプのようで、静かに車窓を眺めて、1時間が過ぎました。

東京駅についても、起きる気配のない弟くんでしたが、抱っこして帰るわけにはいかないので、大きなリュックを背負わせ「手をつないであげるから頑張れ」と、手を引いてエスカレーターにのせました。

普段は、デリカシーがなく生意気なことを言うお年頃ですが、眠っている時は、2歳の頃と変わらず、可愛いものです。途中で意識が戻ったところで、恥ずかしがると思い、手を放す代わりに、リュックサックの取っ手を掴み、はぐれないように気を付けました。日曜日の10時前後の京葉線は「夢の国」から返る大人たちで、大賑わいだからです。

ふと見ると、しっかり者の兄が私たちの一番、うしろを歩いていました。6年生でしっかりしていると言っても、やはり小学生です。人ごみの中で大人の視界から外れさせるのは怖いので、私たちの前を歩かせ、「中央線の乗り場まで案内して」とお願いしました。

これは、合宿の山登りでも同じ方法を取るのですが、子どもは大人の前を歩かせることで、目配りができるのです。そのため、大勢の子どもを連れて歩く時は、必ず、子ども数人の後ろに大人、その後ろに次の子どもと引率の大人で、目を配ります。

よく街中で、ご両親が前を歩き、その後ろを幼い子どもたちが「待って~」と追いかける姿を見かけますが、個人的には、あれはとても危険で、心配になります。私たちの背中には目がありません。何かあってもすぐに助けを出すためには、幼児期は視界にいれなければと思います。そして、たとえ小学生になっていても、寝ぼけていたり、疲れて通常運転でなかったりしたら、幼児と一緒で、大人が気を付けなければと思うのです。

Tさんは、私がリュックサックの取っ手を持っていたため、弟くんの荷物を軽くしていると思われたかもしれませんが、実は、犬の「リーシュ」のように、取っ手を持っていただけで、さほど、荷物を軽くしていたわけではありません。それでも、どこかがつながっていれば、子供は安心を感じます。また、前から後ろからと大勢の人が入り乱れる駅の構内で、子どもたちとはぐれてから、探す方がずっとたいへんです。なるべく互いに離れないように気を付けて進み、中央線のホームにたどりつきました。

その頃には、少しいつもの弟くんに戻っていました。意識が戻ったら、いつまでも幼児扱いは、プライドが傷つくでしょうから、あからさまに助けたりはしませんが、ホームから線路に落ちない程度にリュックサックの取っ手に手をかけていました。

小学生も高学年にもなると、できることも増えて、生意気な言動も増えて、「一人でできる」ことが増えてきます。その分、大人も保護する必要がなくなり、忘れがちですが、どんなに生意気になっても、疲れていたり、病気の時、そして、心が弱っている時は、さりげなく、手を貸してやりたいと思うのです。それは、彼らが幼い頃からお付き合いをしてきた生徒だから、ではなく、子どもと一緒に過ごす大人として、当たり前のことかもしれません。
by k-onkan | 2017-08-08 23:31 | 児童 | Comments(0)

面白いスタンツを考えて!!

木下音感楽院の尾瀬合宿では、毎年、最終夜のキャンプファイアーで、班ごとに「スタンツ」をします。スタンツとは、「拍手を受けるような行為」という意味で、組体操やチアリーディングなど、組んで行う演技や、パーティーやキャンプファイアーなどでグループごとに行う寸劇などの出し物(大辞林 第三版)を言うそうです。スタンツは合宿の期間中に班長が班員をまとめて、キャンプまでに仕上げることになるため、その年の班長の発想や指導力によって、出来が異なります。

e0143522_8104124.jpg最近は、男子班は、組体操や運動会で習う踊りが多くなりましたが、30年前の男子班のスタンツと言えば、「合唱練習の風景」を寸劇にしたものばかり。班長が、指揮をしながら指導する木下先生役をして、低学年は、「なんで、指揮を見ていないんだ」と叱られる役です。何度も同じことをして、叱られる、ポカンと殴られるのは、当事、流行した「ドリフターズのドタバタ劇」のようで、今思うと、とてもシュールなものを見せられていた記憶があります。

想像するに、一番最初に「木下先生の真似」の寸劇が受けたので、それから伝統のように男子班で継承され、最後には、「また、合唱で叱られる劇か、面白くないな」と木下先生から文句が出るほど、毎年、同じだったような記憶があります。

そんな中で、一石を投じたのは、今や世界のマエストロとなった山田和樹くんが六年生の時の寸劇でした。はっきりとした内容までは覚えていないのですが、当事流行っていた「ちびまるこちゃん」を「ちびまるおくん」にして、自分を主人公にして、我が家の家族が登場する、面白いストーリーを展開したような、しなかったような――。でも、この寸劇で、彼の面白さを知り、木下先生の評価がグッと上がったのは事実です。なぜなら、このエピソードは、木下先生の「わたしの音感教育」に登場するほど印象が強い出し物だったのですから。

さて、今年も子どもたちが、「合宿にスタンツ」について相談を始めたようです。今年の男子班の班長は、どうみても「ダンス」や「組体操」が得意なタイプではありません。自分ができないことは後輩に指導できないはずなので、自分が得意なことで、主導権をとって、後輩を指導できる何か面白いことを考えてほしいと思います。

女子は昔から、流行の曲でダンスを踊るのが、好きだったことには変わりませんが、昔は、自分たちで小道具を作って来たり、自分たちだけのオリジナルの動きにこだわったりと、もう少し「自分」があったような気がします。

しかし、最近は、「この曲をみんなで踊るから、ネットで動画を見てきて」と邪道がまかりとおっていると感じます。でもスタンツは班長の想像力と、見る人にいかに「面白い」と思わせるかが、ポイントです。どうか、「昨年の班長がやっていたから」と同じことをするのではなく、自分にしか、できない「面白いこと」を考えてほしいと思います。

毎年、保護者の方には絶対にお見せしていませんが、先生たちのスタンツは、5日間、頑張った子ども達を喜ばせるために、毎年、いろいろな工夫を凝らしています。数年前、動ける引率者が少なかった時は、瑠音先生とA先輩で、私と木下先生のお面を作り、懐かしい「シンデレラ」の舞踏会のメロディーで、ワルツを踊ってくれました。二人とも、子どもの時に、オペラでシンデレラを演じているので、ダンスがとても上手なのに、顔は私と木下先生の仮面だったので、子どもたちは大受けでした。

昨年は、ゴミ袋のシュシュを着て、白鳥の湖より「四羽の白鳥」のメロディーで、男子中学生も混じって、「バレエもどき」を踊り、子どもたちにも受けました。今年は、卒業生一家もいるので、どんな面白いことができるか、楽しみです。そして、子供たちよ。どうか、先生たちのスタンツに負かす「面白いもの」をお願いします。
by k-onkan | 2017-07-19 23:36 | 児童 | Comments(0)

長所も短所も愛しい!?みたい

もうすぐ8歳になる弟甥Kの誕生日のお祝いに、一日、一緒に行動して、プレゼントを買って、水族館へ行って、外食をする、という「一人っこの甥と伯母」を満喫してきました。これまで兄甥とは、二人で長期の海外旅行へ行ったり、講演に連れていったりと行動してきたのですが、弟甥は常に家族一緒を好み、私と二人で単独行動を好みませんでした。今回、初めて、「私と二人」を楽しめるほど、成長したようです。

e0143522_212722.jpgこの約束が功を奏したのは、前々日の楽院の発表会でした。これまで見たことがないほど、真剣な顔で取り組み、先生方に指導されたことを全て発揮し、ほとんど失敗しないで舞台袖に戻ってきたのです。きっと「ちゃんとやらないと、誕生日のお祝いのお出かけがなくなるか、ブツブツ言われて嫌な思いをする」と思ったのかもしれません。

本人曰く、「音楽会とか音楽祭とか、どこかに出かけるでしょ? Kちゃんは、それだけで、楽しくなっちゃうんだ」。これが、これまで音楽会で「自分の出来がどうか」まで気を配らなかった理由だったようです。どおりで、幼い頃から舞台の上ではいつもニヤニヤして、絶対に大人たちの期待に応えなかったはずです。

今回、この弟甥に感心したことがありました。それは、「ピアノも歌も上手にできたよ。ピアノは一つも間違えなかったし、歌は、『きこえるかもしれない』のところは失敗だったけど、後は全部、成功したよ」と舞台の上で、冷静に自分の演奏を分析して、戻ってきたことでした。

弟甥の長所は、センスの良さにあります。自分で「この帽子がかぶりたい」とか、「この服を着るなら、これと合わせる」など、彼なりのこだわりがあって、「着れればなんでもいいよ」という兄甥とは違う「おしゃれ」なところがあることです。これが、音楽に取り組む上で、いつか、長所になると感じています。

甥と二人で出かけた際に、私がサンダルを買おうとすると、「それは、ダメ。こっちがいいよ」「これはダメ?」といろいろなデザインのものを目の前に並べてくれました。自分で手にとったサンダルを見ながら、「これは、ばぁば、みたいだな」ともとに戻したり、「これは、お母さんみたい」「これは、純子先生向きだ」等々、と分析しながら、最後に「私が選びそうな色とデザイン」のものを出してきました。それは、私が自分で選ぶより、もう少しおしゃれな「今風のサンダル」でした。

同じ両親のもとに生まれた二人の兄弟は、それぞれ、いいところも悪いとことも、本当に違います。そして、それぞれの異なりの全てが面白く、また、愛しく思いながら、日々、さまざまな言動に、元気をもらっているのかもしれません。
by k-onkan | 2017-07-17 20:57 | 児童 | Comments(0)

頭が痛い!?大丈夫?

木下音感楽院の成果報告会がありました。幼い子どもたちが出演する音楽会はできるだけ、土曜日の昼間を取りたいのですが、最近、オリンピックに向けて改修工事を行うという理由でホールが取れず、今回も夜の開催となってしまいました。

e0143522_11354595.jpgホールに入れるのは、夕方からなのでリハーサルは楽院にて行いました。ピアノを弾いて、独唱の練習が始まると、6年生のYくんが、なんだから、浮かない顔をしているのに気付きました。Yくんは、合唱団の第一声部の中心的人物で、独唱のトリなので、頑張ってもわらないと、私たちも困るのです。

「どうしたの?」と声をかけると「少し頭が痛いです」。外は熱中症にもなりそうなほどの猛暑。とりあえず、飴と水を飲ませましたが、「変わりません」と言ってきました。「頭痛の薬、飲んでみる?」と聞くと「はい」と返ってきましたが、簡単に薬を飲ませるには躊躇があります。そこで、お母さんに電話をして状況をお知らせしました。

頭が痛いのは風邪のひきはじめによくあることで、普段は薬を服用していないことが分かりました。でも、本人は「飲みたい」と言うので、母子で直接、話し合った結果、「飲むと言う本人の気持ち」を尊重することになりました。

普段、薬を使わない人が薬を使うと、かえって具合が悪くなることもあると聞くので、年齢に必要な量より少なめに小児用頭痛薬を渡しました。飲んで数分すると「少し良くなってきました」といって、独唱も合唱もいつも通り頑張っていました。

たかが頭痛、でも、私たちにはトラウマがあります。それは、現在30歳前後の卒業生が3年生ごろに、学内演奏会の最中に「頭が痛い」と言ったことがあったからです。その場はやり過ごしたのですが、夜になって救急で運ばれて、脳にウィルスが入る病気に罹っていたことが分かったのでした。参加を予定していた合宿も参加できず、長く入院して、回復後もいろいろな苦労があったと記憶しています。

そんなことがあったので、子どもが音楽会の日に「頭が痛い」と言うと、私たちの方がドキドキしてしまいます。でも、多くは「失敗したらどうしよう」「上手にできるかなぁ」という緊張で頭やお腹が痛くなる子どもの方が多いので、見極めが難しいのです。
by k-onkan | 2017-07-15 23:34 | 児童 | Comments(0)

末っ子にも事情がある!

最近、小学3年の女の子の様子がなんだか、おかしいのです。小さい頃は、自信に満ち溢れていたのに、ピアノの歌も今一つ、作文を書かせても、楽しそうではないのです。そんなこともあって、お母さんに「母と娘の楽しい時間」を持っていただきたいとご提案しました。

e0143522_10142336.jpgところが、母娘で性質がかなり違うため、娘姉妹が楽しいと思うことを、お母さんは楽しめないようです。ならば、お母さんが楽しめることに娘を巻き込んで、楽しい「母と娘の時間」を共有してほしい、とお話しました。女の子にとって、お母さんとの関係がいいことは、これから思春期の難しい時期を乗り越えるために、絶対に大事なことだと思うからです。

手芸や工作が苦手なら、トランプでもボードゲームでも、楽しみながら学びになることでもいいのです。お母さんが苦にならないことで、後から思い出して「楽しかった」と思える時間を持っていただきたいとお伝えしました。

ところが、そうしたゲームをすると、末っ子の妹は負けて、ふてくされてしまい、最後まで気持ちよくできないとのことでした。結局、家族みんなから叱られて、終わってしまうとのことでした。

わが家でも、お正月などにみんなで、ボートゲームやトランプをすると、末っこの弟甥が負けて悔し泣きをする姿をよく見かけたものです。しかし、ハンデをつけたり、大人を補助につけたりして、一番、年下の弟甥も楽しんで参加できるように工夫したものでした。

小学生になって、少しずつ負けてもすねたり泣いたりせず、自分の力で戦えるようになってきました。最近は、チェスなどのゲームでは、大人が負かされそうになることもあるほどです。でも、最初から、なんでも一人でできたわけではありません。「どうせ、自分なんか、勝てない」ではなく、「なんとか、自分も勝てるようになりたい」と思わせるように工夫したのです。

家族の中で一番、年下の弟妹は、手ごろに姉兄というお手本もいて、感覚的、身体的には上の子より優れている面もありますが、その分、大人との1対1の関わりが少なく、個人で手ほどきを受けたり、誰かから教えられることが苦手なこともあります。そのため、はたからみると、家族で一番、年下の癖に口達者なのに、いざとなると、上の子ほど、力がないこともあるようです。

親御さんから見ると、同じ両親から生まれた子どもは、「みんな一緒」と思われるかもしれませんが、それぞれ、生まれた時期が異なると、家庭の環境やまわりの状況も異なり、それによって、発達は異なります。特に、下にいけばいくほど、大人の手が足りず、姉兄が親代わりのように世話をしてしまい、上手に命令をする「わからんちん」が育っていることもあるようです。

長男長女は、なんだかんだいって、最低1年は、一人っ子の期間があり、家族みんなから、手をかけられ、大事に関わっていただいています。しかし、その下の子たちは、親の愛情を分け合って、育っています。それだけで、大きなハンデがある分、親御さんには、下の子のことも、目をかけ、手をかけていただきたいと思うのです。
by k-onkan | 2017-06-27 23:01 | 児童 | Comments(0)

中国語を習っています!

来月のおわりに中国から少年合唱団が楽院に来て、木下先生より日本語の歌の指導を受けることになりました。その際には、木下式の発声の手本として、楽院の合唱団も歌声を披露することになりました。

e0143522_16451897.jpg何分、1学期の終わりの平日なので、学校の合宿と重なり不在な生徒や家族旅行で参加できない子もいますが、中学生の名誉団員の力を借りて、参加できるメンバーを鍛え、中国の合唱団に負けないようにしたいと考えています。

言葉がなくても、音楽があれば交流できる、とよく言われますが、せっかくの機会なので、簡単なことは言えるようにしたいと考え、中国で生まれ育った先生から、中国語講座を受けることになりました。

今日は、その1回目のレッスンが合唱が終わってからありました。子どもたちは、中国語の挨拶や自己紹介を教えていただきました。先生からは「発音がいい」と言っていただいていますが、私たちは、「本当に?」「こんなんで大丈夫?」と思いますが、年齢が低く、既成概念が何もない、「わからんちん」の方が、素直に真似るため、上手のようです。

反対に中学生になると、「英語みたいな発音になっている」と指摘されて、恥ずかしそうに直しています。それでも、何度か、考え考え直すことで、身につくのが、「音楽を勉強した人」の耳、かもしれません。

せっかく、中国語を教えていただいたので、「中国語の歌」も歌えるように、「茉莉花」という謳を勉強しています。ちょうど、今から7年ほど前に、中国公演に北京に出かけた時にも、覚えた歌なので、私の記憶も蘇ってきました。

子どもたちは、音楽を通して、国際交流の体験もしています。卒業生の中には、合唱団で海外公演に出かけたことによって商社に務めることにした人もいます。子ども時代の何気ない体験が、子どもたちの未来に、何かのきっかけを与えてくれればと願っています。
by k-onkan | 2017-06-10 23:44 | 児童 | Comments(0)

喜怒哀楽はどこへいったの?

バランスボールがきて喜んだのは、のぞみクラスの赤ちゃんだけではありませんでした。小学生の子どもも「先生、やりたい」とせがみます。ですが、小学生のレッスンは、レッスン中にやることがたくさんあって、なかなか、一緒に遊ぶ時間は作れません。

e0143522_18192992.jpg途中、独唱の練習をしていた際に、自分の力を出し切れず、高音域の声を出す前に諦める女の子と、声の出し方が遅鈍な男の子に、全力を出すことと速く声を発することを教えるために、バランスボールを押したり、投げたりする相手をしました。

最近、小学生の子どもの相手をすると感じるのですが、発声でも、勉強でも、遊びでも、周囲と同じくらいの力は出しても、それ以上を出すことがなく、喜怒哀楽が薄いことが気になっています。

私も、子どもの頃は、平和主義でだれとも争いごとを好まず、力を出さない子どもだったので気持ちも分かるのですが、当事は、私のような子どもばかりではなく、意欲のある子、勝気な子、全力を出す子が、多くいました。今は全員が、同調して馴れ合いのようで、気になっています。

「今は、さとり世代だから」と言われたら、それまでですが、楽院の私たちは、音感のお稽古でも、遊びでも、虫取りでも、合宿でも、「やる」となったら本気が出せます。何事も、持っている力を全部、出さないと不完全燃焼のような気がするからです。

もちろん、相手と呼吸を合せて協調するなら、ボールを落とさないために、相手が取りやすい場所にボールを投げたり、相手がとれる速度を考慮することもあります。ですが、本気の自己主張や負けん気を示す時は、子ども相手でも、本気でボールを押し、ボールを捕まえるために、機敏にも動けます。音楽でも遊びでも、必要な時には、自分の持っている力を全部出せることも、大事だと思います。

泣いたり、怒ったり、笑ったり、悲しんだり、本気でできるのは、子ども時代の特権です。もっと、いろいろな体験をして、心から、感じて欲しいと思った子どもたちとのひと時だったのでした。
by k-onkan | 2017-05-27 23:41 | 児童 | Comments(0)

それでも本気で向き合って!

最近、小学生の子どもたちと関わっていると、「昔と変わったなぁ」と感じることがあります。それは、「ダメ」と言われていることでも、「やったもん勝ち」みたいな感覚です。もちろん、私たちが子どもの頃も、「怒られると分かっていても、自分が律せず、やってしまうこと」はあったろうと思います。ですが、もっと、大人を侮っているような違和感があります。

e0143522_1515723.jpgもしかすると、子どもたちは、「とことん、親しい誰かと戦いきる」という経験を親子でする機会がないのかもしれません。なんだか「大人は、うるさいこと言ったって、最後は、どうぜ、受け入れるだろう」という諦めのような気持ちを感じます。

確かに、「やめなさい」と言っても、子どもが「やりたい」と思えば好きなようにするのかもしれませんし、戦っても押し切られるなら、無駄な労力を使うのは、大人も疲れるのかもしれません。それでも、幼児から児童へと成長過程では、たくさん、親に叱られたり、「ダメなことは、絶対にダメ」を知らされないと、子どもは「何が正しいのか」を知らないまま、根なし草のように育つのではないかと心配になってしまいます。

子どもたちの「惰性のような取り組み」と毎週、付き合いながら、きっと、「子供だけのせいじゃないのだろう」と推測しています。それだけ大人たちも忙しく、余裕がないから、子供に誠実に対応しきれないのかもしれません。

もちろん、「最近の子どもたちは……」と、全体的な変化はあっても、その中で、家庭で大人にとことん向き合ってもらっている子供たちは、やることをきっちりやる習慣を失ってはいません。だから、余計、子どもたちの中に、「格差」を感じるのかもしれません。

大人も忙しくて、生活がたいへんで、子どもに向き合う余裕はないのかもしれません。それでも、できれば、子どもの成長や行動、心の変化にも目を向けていただきたいと思うのです。子供が大人になればなるほど、親子で向き合う機会はもっと、減っていくでしょうから――。
by k-onkan | 2017-05-18 23:50 | 児童 | Comments(0)

やっておいてよかった!

4~5歳の頃、レッスンの度に「鉛筆で丸を書くことが疲れる」という男の子がいました。とてもいい声を持ち、音も分かるようになったのにそれを書き取ることが、すごくたいへんでした。音感教育を受けて音感能力を身に付けても、それを書いたり、読んだりすることができなければ、完全な能力とはいえないかもしれません。

e0143522_1927539.jpg当事、私は音感のレッスンができるようになって欲しいという気持ち以外に、「音感で行う「音符書き教材」で自由自在に丸や線を書けなければ、小学校で学ぶ国語や算数で、ひらがなや数字を書きうつすことは、もっと難しくなる」とい強い心配がありました。

子どもにとって、頭でわかっていることが、書き表せないほど、自分に自信を持てないことはありません。そこで、子どもだけが頑張らなくていいように、毎日、取り組める「うんぴつ」の教材を作ったり、身体を動かす機会を作っていただいたり、お母さんにもご協力をいただきました。

その結果、音感のレッスンでは、聴音書き取りのノートはどうにか、こなせるようになっていきました。でも、忙しく働くお母さんには、「このままで小学校へ行ったら苦労する」という私の言葉はさぞ、プレッシャーだっただろうと思います。

それから二年が経過して、以前に比べれば、楽院の聴音書き取りでは、かなりスムーズに鉛筆を操っているように見えます。「小学校でも人並みにできていれば」と願って、お母さんにうかがうと、「それでも、たいへんな思いをしている」ということでした。

幼児期に親子で努力しても、それでも、たいへんな思いをしているのですから、何もしていなかったら、と想像すると、たいへんなことに感じます。当事、辛そうだったお母さんが、「やっておいてよかった」といってくださることは、私にとって、何よりホッとする出来事なのです。

字を書いたり読んだりは、頭の出来だと思われがちですが、実は、目の運動や身体の発達と関係があるとよく聞きます。わが子が、字の読み書きができるから、安心ではなく、無駄な動きや余計な負担がないか、頭ばかりでなく、身体もバランスよく使いこなせているか、観察することが、大切だと感じています。
by k-onkan | 2017-05-11 23:25 | 児童 | Comments(0)

元気そうでよかった!!

保育園での指導を終えて最寄駅に行くと、そこで懐かしい顔をみつけました。3月に保育園を卒園した1年生のKくんでした。卒園が近づいた頃、最近、設立された私立の小学校に通うというお話は聞いていたのですが、保育園時代は、クラスの中で一番、背が高かったKくんですが、新品の制服と鞄を身につけ、とても小さく見えました。

e0143522_18173394.jpgKくんは、タクシーから降りた私を見つけて「あ!」と言って、懐かしそうに近づいてきました。「今、学校の帰りなの?」ときくと、「はい」「誰か、お迎えに来てくださるの?」というと「お父さんが迎えにきます」という答えが返ってきました。「学校は楽しい?」ときくと「楽しいです」「クラスはいくつあるの?」「AとBです」。

保育園時代は、大人にも友達に話すような、幼児の話し方だったのが、すっかり、「です・ます」を使って話す子になっていました。私立小学校は、それだけ、行儀やしつけに重点を置いている、ということなのでしょう。そして、その中でも、楽しそうに頑張っている様子に嬉しくなりました。

「気を付けて帰ってね。またね」とお別れをした後も、何度も何度も振り返りながら、ニコニコと手を振って歩いていきました。たった2年とはいえ、自分で音感を教えた生徒はかわいいものです。

でも、この子もまた、音感をはじめた頃は高い声が出すことが、苦手で「音感がある日は保育園に行きたくない」と嫌がったお子さんだったのです。でも、嫌がるほど抵抗を示すお子さんほど、コツをつかむと、音感でどんどん自信を表すようになります。その結果、誰より、成長を見せることもあるようです。

幼児期に鉛筆を持ったり、注意深く見たり、聴いたり、考えたり、する予備練習をして、小学校にあがるのと、まったく何もせずに、小学校で勉強を始めるのでは、大きな差があります。このお子さんが、楽しそうに私立校に通っている様子を見ることができ、私は、とても微笑ましい気持ちで、帰路につくことができたのでした。
by k-onkan | 2017-05-10 23:16 | 児童 | Comments(0)