麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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カテゴリ:子育て( 270 )

意見を聞いても自分を失わないこと!

子育ての話や教育について他人の話を参考にするなら、「考え方」や方向性が近い人の言葉に耳を傾けた方がいいと感じます。たとえば、専業主婦で朝から晩まで子どもと一緒にいるお母さんと、朝から晩まで長時間、子どもを預けて働くお母さんでは、「子どもに対する気持ち」「教育に対する考え方」は同じでないと感じます。、同じ時期に生まれた仲良いお友達母子だから、といって、そのことを忘れて同じ回答を求めると、後で無理が生じるかもしれません。

e0143522_20482887.jpg学生時代からの友達が同時期に赤ちゃんを授かり、一緒に良く過ごした2組の親子がいました。一方のお母さんは、子どもの頃、仕事が忙しいお母さんに育てられたので、自分はなるべく、子どもと過ごしたいと復職時期を延長して、日々、一緒に過ごしています。もう一方のお母さんは早期に復職して、子どもは1歳のころから保育園に通い始めました。

久しぶりに会った親子は、子どももお母さんもそれぞれが何か変わっていて、以前ほどは楽しくは遊べなかったといいます。その一番の原因は、「わが子が悪いことをした時の対応」が異なった点にあったようです。

普段、子どもと一緒に過ごすお母さんは、わが子が悪いことをしたら「ダメよ」と言って止めて「なぜ、いけないか」の理由を説明しています。反して、保育園に預けているお母さんは、「子どもは褒めて伸ばしたい。いいことをした時に褒めて、悪いことをしないようにさせたい」との考えでした。子どもが一緒に遊べば、いろいろな行動をします。このときの対応や考え方が異なったことから、子どもにも戸惑いが生じたのかもしれません。

幼い子どもは、何が「していいこと」で何が「いけないこと」かはっきり明確には分かっていません。まわりの大人が「ダメ」という姿から、「これは、してはいけないことなのだ」とか、「これは何も言われなかったから、また、やってみよう」と経験の中で、「善悪の区別」を身に付けています。

「いいことをしたら、褒めて気づかせる」ことも、「いいことをするように、仕向けること」も大切なのですが、自分が悪いことをした時に、何も指摘されない子どもは、「何が悪いことなのか」を分かるまでにとても、時間がかかり、子どもの社会で、友達と関われるようになるまで、試行錯誤があり、たいへんだろうと感じます。

長時間、お子さんと離れて過ごすお母さんにとって、やっと出会えたわが子には、なるべく、厳しいことや、いやなことを言わずに、平穏で幸せな時間を過ごしたいと言う気持ちも分かります。

でも本当は、「悪いことを、その場で悪いということ」も「褒めて伸ばすこと」も、どちらもバランスよくされることで、子どもの中に、基準が育っていくと感じます。乳幼児期に親子で一緒に生活しても、離れて生活しても、どちらにしても、将来、わが子が親から離れた時に困らないようには、育てておきたいものだと思うのです。

そして、わが子に対して、丁寧に注意したり説明したりする余裕があるお母さんは、異なる環境で生活するお母さんの子育てを、見習おうとする必要はないと感じます。なぜなら、それぞれの環境の違いによって考えは変わるものだと思うからです。そして、何より大事なことは、他人の話を聞いた時に、自分を見失うほど、親御さんが、惑わされないようにすることかもしれません。
by k-onkan | 2017-06-11 23:45 | 子育て | Comments(0)

途中で見捨てないで・・・・・

たとえば、男女が痴話喧嘩をした時に、女性が「放っておいて」と言ったからといって言葉通りに放って帰ったら、「女心がわからない、優しさがない」と男性は女性から責められる可能性は高いように思います。もちろん、女性の中には「放っておいて」は「本当に構わないで」とストレートな意味の男気にあふれた人もいるでしょう。しかし、そういう人は、子供時代から自分の願いを素直に口にして受け入れられた人なのだろうと、想像します。

e0143522_20231052.jpg本当は「放っておいてほしくない」のに「放っておいて」というのは、子供時代に親が忙しかったり、自分から「いい子でいなければ」とわがままを言わなかった人かもしれません。本当は「構ってほしい」のに素直に言えない代わりに病気になったり、わざと問題を起こす「面倒なタイプ」の話です。

私自身に、まさしくそんなところがあり、大学生になってアメリカで一人暮らしをしていた頃には、ずいぶん周りの友人に迷惑をかけたものでした。ストレートな表現が多いアメリカで、ストレートな表現をすることで、ずいぶん、素直に自分の気持ちを言えるようになったと思いますが、それまでの道のりは長かったと感じます。

よく「子どもの頃、いい子だった子が危ない」と言われるのは、自分の気持ちを素直に出せないまま、思春期に突入して、その感情をコントロールできなくなるからだろうと思います。10代で面倒なぐれ方をする子どもは、必ず、「大人なんて」とか「こっちに来るな」と乱暴な拒絶の言葉を発します。でも、そこには、「自分に愛情がないなら」とか、「途中で見捨てるつもりなら」構わないでほしいと聞こえます。私が思春期の子の面倒に関わったら、最後まで絶対に見放してはいけない、と感じるのは、そんな理由からなのです。

10代の子どもや、成人した大人になっても、そんな表現をする人がいるのですから、幼児が「ママ、嫌い、あっちへ行って」と走って逃げたり、部屋に閉じこもったときでも、「本人が望んだことだから」と放っておかないであげてほしいのです。きちんと子供を抱きしめて、「どうしたの? 何がいやだったの? ちゃんとママに話して」と話を聞いてあげてほしいと思います。そして、お母さんの側の話もきちんと伝えてほしいのです。

大人に余裕がないと、親御さんが「だったら、もう勝手にしなさい」と怒ってしまうこともあるでしょう。すると、子供は自分の「負の感情が誰にも受け入れられない」と思い、益々、素直な表現が苦手になると感じます。

はじめての子育てで、お母さんも、お父さんも余裕がないのかもしれません。でも、子供はそれ以上に、もっと心配ごとが多いものなのです。どうか、子供の気持ちは途中で見捨てずに、最後まで付き合ってください。その過程で、「ダメなことはダメ」と言っていいのです。また、親御さんばかりが我慢したり、自己犠牲を払う必要はありません。ただ、「人間」と「人間」として、「していいこと、悪いこと」を伝えたり、「受け止められること、受け止められないこと」をきちんと伝え、親としてわが子を愛しているを示してほしいのです。それが、将来、子供が幸せに生きていくために、絶対に必要なことだと思うから――。
by k-onkan | 2017-04-16 22:21 | 子育て | Comments(0)

心配してもいい。でも、し過ぎないで!

二ヶ月前に弟が生まれて「赤ちゃん返り中」のAちゃんが望クラスのレッスンにやってきました。赤ちゃんが多いクラスには私や瑠音先生と大人の手が多いため、新生児を預かり、Aちゃんがお母さんとピッタリと密着できるようにしていました。

e0143522_19333866.jpgけれど、赤ちゃんが母乳を欲して泣き声をあげると、Aちゃんも激しく泣き始めました。最初は「Aちゃんはお茶やおやつ、ご飯が食べられるけれど、赤ちゃんはおっぱいしか飲めないから、お母さんを貸してあげて」と優しく説得してみましたが、どうしても泣き止めません。

私たち大人は、子供に泣かれるとなんとか納得させて平和的に解決したいと思うものです。でも、幼い子どもの耳には、説得の言葉が耳に入らないこともあります。そんな時は、かわいそうですが子どもに踏ん切りをつけさせるために、無理強いが必要な時もあると感じます。

私が憎まれ役を引きうけるのは、常なので、私がAちゃんを抱きあげました。お母さんから離されたAちゃんに、「怒ってるんじゃないよ」と言いながらも、「これ以上、Aちゃんの我を通させることは、下の赤ちゃんにかわいそうだからダメ」ということを態度で知らせたのです。

最初は、お母さんから離されて悲愴な泣き声を出していましたが、チューチュータオルを持って心が落ち着いたところで、「Aちゃんはいい子、いい子。赤ちゃんの喉が渇いて、死んでしまったらたいへんだから、おっぱいは飲ませてあげてね。やさしいね~」とゆるゆるとゆすりながら、言い聞かせていると、なんとなく落ち着いてきました。きっと、わがままを見せても、心のどこかでは弟に譲らなければいけないことをちゃんと知っているのだろうと思います。

最近、「Aちゃんがお母さんを必要とすることは愛着を育てる上でとても重要なこと」だと、発達心理学を学んだ先生から言われたことから、お母さんはお姉さんの気持ちを慮らなければと一生懸命です。その気持ちを感じて、出産直後は「お姉さんらしくしよう」していたAちゃんが「赤ちゃんに返っていい」と思っているようにも感じます。もちろん、たった2歳の子どもには、気持ちが弱ったらお母さんに甘えてほしいですし、私も「子供がお母さんを欲する気持ち」を否定するつもりはありません。

ですが、忘れてはいけないことがあります。それは、下の子もまたお母さんを求めているということです。まして、母乳しか摂取できない現時点で、お母さんの代行はだれにもできません。そんな時に、「お姉さんの気持ち」だけを優先したら、今度は弟がまわりに何も求めず、簡単に諦めることを覚えそうで、私たちは心配になってしまいます。

精神科医や発達心理学者は、「当事者」を診るのが仕事です。そのため、個人の「問題点」と「心配ごと」だけを考えて、アドバイスを下さるものです。それがお仕事なので当然ですが、そこに矛盾が存在していることも忘れてはならいと感じます。

それは、もし、「弟」が診察の対象者であれば、「お姉さんばかりの我が通って、弟が諦めてしまうことは問題です。もしかすると、発達の妨げになることもある」という指摘を受けるはずだからです。つまり、精神科医や発達心理学は、個人を診るのが専門で、それぞれの人間の兼ね合いや、その調節について言及することは、あまりないのです。

でも、子育ては、常に、いろいろな人の気持ちの兼ね合いが大事です。兄姉の気持ちだけを優先すると、その間に弟妹が欲求不満になることは多々あるでしょう。また、反対に弟妹ばかりを構っていて、兄姉が情緒不安定になって夜泣きに発展することもあり、こちらを立てると、あちらが立たずで、お母さんはその狭間でとてもたいへんです。だからこそ、お母さんには、特定の一人だけに真面目に心を痛め過ぎず、いろいろな人の手を借りて、おおらかに、幸せな子育てをできるようにすることが大事だと感じます。

今、お母さんが多少、間違ったことをしても、しっかりと子供と向き合っていれば、なんらかのSOSを察知して、正すことができるはずです。また、子育ては学校の勉強とは違うので、「間違えないように」「なるべく完璧な子育てをしたい」などと思わない方がいいと感じます。子育ては、学校の先生に評価されるようなことはないものです。万が一、評価が下されるとしたら、日々、成長している子供たちの姿によって、評価されているのではないでしょうか。
by k-onkan | 2017-04-15 23:19 | 子育て | Comments(0)

母であっても、社会人であっても

先日の「幸せになる教育」と題した講演の中で、幸せになっている若者は、「5つの条件」を満たしている、というお話をしました。それは、①身の回りのことが自分でできる②心身が強い③与えられた場で責任を果たす④得意なことがある⑤自分の考えを持っている、と感じます。そして、これは、若者だけでなく「母になるため」「社会人になるため」に大事なことではないかと思っています。

e0143522_18501810.jpgたとえば、母になった時に、この5つを満たしていないと、①わが子について何も決められないかもしれません。②わが子と一緒に遊んだり、活動したりもできないでしょう。③母親としてわが子が問題行動を起こしても、止めないかもしれません。④わが子に何かを教えようという気持ちになれないかもしれません。⑤大人に考えがないと、わが子に善悪の区別も教えられないかもしれません。そう考えると母親で「5つの条件」を満たしていないと、子育てで迷惑をかけてしまうかもしれません。

また、「社会人」になったら、①自分のことができないと、仕事で他者に迷惑をかけてしまうかもしれません。②身体や心が弱ければ何かを最後までやり遂げるのもたいへんだろうと想像します。また③責任を果たす習慣がないと、失敗したり、うまくいかない時に突然、放り出してしまうでしょう。④得意なことがないと、自己肯定感がもてず、落ち込んだ時に気分転換をするのも難しそうです。⑤自分の考えがないと、万一、不当な目にあった時に誰かに相談したり、解決する助けを求めることもできないかもしれません。

こどもに、どんな教育を与えるかは、それぞれの自由ですが、その中で、最低限、この5つは、家庭で子どもたちに伝えていきたいと感じます。これから時代はどんどん、移りゆくでしょう。その時に大事なことは、ロボットではなく「人間ならでは」にしかできないことのような気がするからです。
by k-onkan | 2017-04-13 23:48 | 子育て | Comments(0)

社会的相続を大切に・・・

新年度が始まる前は時間に余裕があったことから、大勢の卒業生と会う機会がありました。今日は、2歳9か月と生後8ヶ月の兄弟を連れて卒業生のEさんが望クラスの体験に見えました。楽院で育った卒業生が母になったら「子育て支援」として、時間のある時に望クラスに参加して、育児のヒントを見つけてほしいと門戸を開いているのです。二人の男児を出産中、仕事からはなれていたEさんは、もうすぐ歯科医として社会復帰するため、お子さんたちについて、いろいろと確認したいことがあったようです。

e0143522_20352063.jpgレッスンが終わり、Eさんから、「子供のうちらか、『どういう大人になってほしい』と思って育てるものですか?」との質問がありました。私たちは、「もちろん」と答えました。「他人に迷惑をかけない人になってほしい」「心優しい人になってほしい」「理数系が得意になってほしい」「音楽が好きな心豊かな人になってほしい」。自分の子どもとして、進んでいく先は見すえないと、その日暮らしの育児になってしまいます。

私は卒業生の質問を聞いた時に、 最近、あるお母さんのメールに登場したある言葉を思い出しました。それは、「社会的相続」という言葉です。よく「貧困は連鎖する」と言われます。貧困家庭に生まれると、その子どもは教育を受ける機会がなく、大人になっても貧困から抜け出せない、ということだと思います。ですが、実は、もっと問題なのは金銭面だけでなく、他人との付き合い方や最後までやり抜く力、自律する力など社会で生きぬくのに必要な力―社会的相続―が、親から伝承されていないことだそうです。

たとえば、同じ家庭で暮らしていても、親から子どもへ「こうあってほしい」とか「これは伝えておきたい」という思いや願い、価値観や習慣などを意識的に伝えなかったり、一緒に過ごす時間が少ないと、親から子へのメッセージは何も伝承されないまま、子どもは成長してしまいます。その結果、「自分の人生をどのように切り拓くべきか」の知恵を何も持っていないこともあるのかもしれません。

メールをくださったお母さんは「本来は、親から伝えなくてはならないことだと思いますが、わが子はそうした「生きるための力」を楽院で身に付けさせて頂いた」と締めくくっていらっしゃいましたが、確かに、子どもが社会的相続を受ける場は家庭だけではありません。親御さんが選び、経済的な負担をして、一生懸命、通わせる幼稚園や保育園、小学校、お稽古ごとやスポーツ教室など、さまざまな体験が親御さんから子どもへ「どんな人間に育ってほしいか」というメッセージになり得ることもあるのでしょう。
by k-onkan | 2017-04-08 20:35 | 子育て | Comments(0)

子供を幸せに育てるために

わが子を思って過剰なほど厳しくしつけや教育をするお母さんや、あまりの愛しさから、なんでも、わが子中心に考えてしまうお母さんもいるかもしれません。どんな教育をしても、親御さんが最後に子どもの行動に責任を持って対等されることを前提にするなら、私がとやかく言うべきではありませんが、長年、大勢の子を見てきて思うのは、子供時代に過干渉、過管理、過保護になると、年頃になって親に激しく「NO」を突き付ける可能性が高いと感じます。

e0143522_061267.jpg幼い頃は、親御さんの期待に添おうと、いい子でいようと努力する子どもも、やがて思春期がきて、「親から独立したい気持ち」になると、「言いなりになること「に抵抗を示すことがあります。この時、「あ、思春期がきた」と親御さんも、少し距離を置けば、関係が改善することもありますが、そのまま、子ども扱いされると、もっと激しく抵抗を示すこともあります。

反対に、あまりに過保護に育て同年代の人に比べて、自分が一人で何もできないことに気付いても、子どもは、「親に対して、怒り」をぶつけることがあります。ある年齢になったら、他の人とおなじことができないと、子どもはとてもやるせない気持ちになるからです。

「どんな教育をしても、自分が責任を取るから、好きなように育ててもいいでしょ」と思われるなら止めませんが、子どもが愛情深い親を倒して、一人立ちしようとする時のパワーには凄まじく、そこに愛を感じられな子どもは、一生、親子の縁が切れてしまう可能性もあるようです。

私はできれば、そんな寂しいことは起きない方がいいと感じるので、子どもが小さい頃に、親御さんに忘れないで欲しいことがあります。それは、「子どもはお母さんが苦しんで生み出した存在」であっても、別人格であり、親だからといって、何でも子どもを言いなりにしたり、子どもになり代わって選択したりせず、子ども本人が自分で考えて行動できるように、子どもの意見も聞いて、話しあうことも大事です。親の気持ちと異なることがあっても、全否定するのではなく、「そういう考え方もあるのね。でも、お母さんは、こう思う」など、互いの違いを認め合うことはしておいた方がいいと思います。

私のもとには、「子どもに我慢をさせたら、かわいそうではないか?」「自分が厳し過ぎるのではないか?」など、いろいろな悩みが寄せられます。できれば、日々、共に過ごす本人に「お母さんは、厳し過ぎると思う?」「我慢させてる?ごめんね。大丈夫?」と聞いてみてほしいと思います。

きちんと話が通じるように育てていれば、2歳であっても、かなり、自分の気持ちを考えて表現することができます。また、言葉で答えられなくても、お母さんが、きちんと「聞いてくれる」ことが大事です。なぜなら、お母さんに一人の意思のある人間として、尊重され丁寧に扱われていると感じるからです。

どんな教育を受けてもいいのですが、親御さんからきちんと「愛されている」という自覚を持って育った子どもが、幸せになります。反対に、どんなに言葉で「愛している」と言ったり、物を書い与えても、「愛されていない」という子どもはたくさんいます。心に届く愛情を与えることが、子どもが幸せになる秘訣かもしれません。
by k-onkan | 2017-03-13 00:06 | 子育て | Comments(0)

自分で決めることの大切さ!

年齢の低い幼児や凸凹の気質を持つ子どもに好きに振る舞うことを許すと、まわりの人に迷惑をかけたり、危険なことが多いため、必然的に、一緒にいる大人が行動を管理することが増えてきます。その結果、大人に従うことが当然で「自分で決める(選ぶ)こと」をせずに大人になることがあるようです。

e0143522_14121145.jpg子どもの内は、「大人のいうことを聞くいい子」であっても、大人になって何かある度に「お母さんが教えてくれなかった」「お父さんのせい」と責任転嫁することを想像すると、子どものうちに「自分で決めて、その結果に責任」を持つ経験も大事だと感じます。

私の家は多くの決定権を父が持ち、「あれはいかん、これはいかん」とうるさく言われましたが、忙しく働いていたので、ある年齢を超えると、放任のようになりました。弟妹は寂しかったかもしれませんが、親が忙しいと、何をするか、何をしないかは自分で決めます。もちろん、親と意見が合わず、争いに発展することもありましたが、そうした経験を経て、自分で腹を決めて、その結果に責任を取る練習をしていたのかもしれません。

親御さんの中には、子どもに「何がしたりの?」「どうするつもりなの?」と聞くと、「子どもの意思を尊重しなければ…」と考えるからか、最初から子どもの気持ちを無視して、物事を決めてしまう人もいます。どんなに「親が良かれ」と思って「子どものために」選んでいることでも、子ども自身に「その好き嫌い」が分からないまま、無条件で従わせていたら、その子は、一生、親から独立できなくなってしまうでしょう。

子どもの気持ちを聞いたり、何かを選ばせたからといって、すべてを親が受け入れ、賛成する必要などありません。親御さんも、「ダメ」と思うからには、ちゃんと理由があるはずです。それを子どもに分かるように、きちんと説明すれば、誰も頭ごなしに反対したとは思わないはずです。

先日、5年生の凸凹っこに木下先生が、「君に音楽祭の開会宣言をさせようと思うんだけれど、したい、したくない?」と聞きました。ところが、彼は、「したい」とも「したくない」とも、言わずに考え込んでしまったのです。

実は、数か月前にこの子が「音楽会の開会宣言の文章を自分で考えたい」と私に言ったことがありました。私は「考えるのは勝手だけど、開会宣言をさせるかどうかは、木下先生が決めること、だけど、それでもいいなら、考えてみて」と話したのです。そのため、木下先生から「やりたい?」と聞かれたら、喜んで「やる」というと思っていましたが、彼は「ちょっと考えてもいいですか」と答えました。

私は、「もし、木下先生から「やれ」と言われたら、やるの?」と聞いてみました。「はい、やります」。けれど「でたい?でたくない?」と聞かれたので「ちょっと考えてもいいですか」と持ち帰ることにしたのかもしれません。持ち帰って「やらない」と言われると困るので、「たぶん、木下先生は、君にやらせたいと思って聞いたのだと思うから、木下先生の音楽会だから、できるだけ、やってあげてね」と伝えたのです。後になって、お母さんから家に帰って「選ばれて大喜びだった」と聞きました。どちらにしても「やる」という結果になりましたが、それでも、子どもに一度は、自分の気持ちを考えさせた上で選ばせることは、社会に出る準備になるのでは、と思ったのです。

最近、子どもから「親の言いなりにさせられた」「なんでも押し付けられて、自分では何も選べなかった」と言われることを恐れるあまり、自分の気持ちをまったく伝えない親御さんが増えているような気がします。子どもの心を無視し過ぎてはいけませんが、親にも子どもに認めてほしい思いはあるはずです。それを互いに出し合えるのが家族だと思うので、どちらか一方を押し通すのではなく、それぞれが自分で決めたことを譲り合い、認め合いたいと思うのです。
by k-onkan | 2016-12-21 23:55 | 子育て | Comments(0)

心の教育は必須!

子どもの教育に一生懸命なお母さんに、一つだけ、お願いしたいことがあります。それは、「心の教育」も忘れないことです。たとえば、お母さんが病気になったとします。その時、「お母さん、大丈夫?」と言って、お米をといだり、自分でできることを最大限、協力できる子どもに育っていて欲しいか、それとも、「どうして病気になったんだよ。これから塾へ行って勉強しなければいけないのに、夕ご飯はどうするの?」と責める子どもがいいか、ということです。よく大人の男性で奥さんが病気になっても、自分の食事の心配しかせずに、奥さんが失望するという話をよくききます。しかし、これも、さかのぼると、子ども時代にその芽が育っていると感じます。

e0143522_1336829.jpg小さい頃に適度な我慢も教え、優しい子に育てていれば、「大丈夫?ぼくがごはんを作るよ」という人に育ちますが、「あなたは自分のことにだけ集中していればいいの。後は全部、お母さんに任せて」という育て方をすれば、人が病気になっても、見向きもしないと思います。なぜなら、それがお母さんの教えだからです。

数年前に、あるお母さんが重い病気を患ってしまいました。ご家族の方針は、「子どもは学校の勉強とお稽古ごとに専念できるように、子どもの生活を一切、変えずにお母さんの病気に対応する」ということでした。そのため、闘病中のお母さんのお見舞いも、あまり行くことはなかったと記憶しています。

亡くなる数日前、お母さんが最後に帰宅した時、1年生の男の子は、「久しぶりにママに会えた嬉しさ」より、病気でむくんだ足の方が気になって、「ママ、どうして、そんな象みたいな足をしているの?」と聞いたと言います。その言葉を聞いた人が病状も何も知らずに疑問に思ったことを口にする男の子と、何も言わずに、ただ苦しそうだったお母さんの姿が不憫でならなかったと教えてくれました。

私なら、大好きなお母さんとの最後の時間は、近くにいて、できる限りのことをして過ごしたいと思いますが、「子どもが勉強できるように、生活を変えない」「子どもに悲しい思いをさせない」という配慮が、自分のお母さんの病状を知ったり、お母さんを思いやるという大切な「心」を育てることから遠ざけてしまいました。幼い子どもに悪気も罪もありません。大人がさせた通りの結果を表しているだけなのです。だからこそ、余計にお母さんは悲しかったのでは、と、私たちも悲しくなりました。

お母さんが亡くなり、その後、子ども自身が寂しい思いや不便を感じながら、周囲の人に気を使うことを覚えていることを感じます。できれば、お母さんがもう少し、元気な頃に、その気遣いを見せてあげられたら、と思うと、お母さんにもその子にも、気の毒に感じるのです。

2~3歳の子を持つお母さんには、子供が自分でなんでもできるようになった姿は、想像するのが難しいことかもしれません。しかし、子どもはあっという間に成長します。1~2歳のうちは、「一人ではなにもできない」幼な子であっても、すぐにあっという間に、小学生、中学生になります。2歳の反抗期だから、いろいろな事情があるからといって、何でも子どもの言いなりではなく、「自分以外の他の人にも感情があること」「お母さんだからといって、何をしてもいいわけではない」ということだけは早期に教えはじめなければ、と思うのです。
by k-onkan | 2016-12-10 11:29 | 子育て | Comments(0)

弟妹ができる子供のために

これから、赤ちゃんが生まれるお母さんに、絶対にしておいていただきたいことがあります。それは、赤ちゃんが生まれる前に、上の子どもに、よく話をして、「赤ちゃんがいる生活」の予備知識を与えておくことと、長子への愛情が変わらないとことを伝えることです。

e0143522_2343683.jpg「赤ちゃんが生まれても、あなたが一番(長子として)大好き!」。こう書くと「そんなことを言ったら、下の子がかわいそう」と言われる方がありますが、下の子も「あなたが、一番(末っ子として)大好き」と言えるはずです。どちらも、嘘ではありませんし、子育てで大事なことは、「頭でっかち」にならずに、子どもに「お母さんはあなたを愛している」という大事なことをきちんと伝えることです。

赤ちゃんが生まれると、長子の生活は、確実に変わります。これまで、ご両親の愛情の全てが自分の物だったのに、いきなり「今日から、お姉(兄)さんだから我慢して、お父さんも、お母さんも、赤ちゃんに貸してあげなさい」と宣告されるようなものです。

「幼いから分からない」と思うことなく、絵本を読むように、毎日、少しずつ、「赤ちゃんがいる生活」の予備知識をつけておいてください。できるなら、長子が赤ちゃんだった時のアルバムを見ながら、「赤ちゃんの時は、あなたも、こんなに小さくて、一人では動けなくて、ママは、何回もおっぱいをあげたのよ。赤ちゃんが来ると、夜に何度も泣くから、うるさいかもしれないね」。

「これまでのように、お姉(兄)ちゃんだけのことが、できないから、寂しいかもしれないし、怒りたくなるかもしれないけれど、赤ちゃんは弱いから、絶対に乱暴はしないで、優しくしてあげてね。あなたは優しいから、きっと、いいお姉(兄)さんになれると思うよ。でも、赤ちゃんを嫌いと思ったら、ママに教えてね。赤ちゃんがいても、いっぱい抱っこするし、大好きよ。最初は、赤ちゃんが邪魔かもしれないけれど、大きくなって一緒に遊べるようになったら、きっと楽しいよ」。

そして、親御さんはたいへんかもしれないけれど、「長子はお父さん、下の子はお母さん」と担当を決めたりはしないでいただきたいと思います。二人とも、ご両親の子で、男親の強さ、女親の繊細さの両方を求めているものです。どちらかが担当になり、至れり尽くせりに育てると、兄弟がいるのに「それぞれが一人っ子」のような、「自分本位」でお互いを助け合えない兄弟に育ってしまうこともあります。兄弟に仲良くしてほしいと思ったら、親御さんの気づかいや工夫が必要です。

よく下の子が生まれると、長子に「お姉(兄)さんになるんだから、我慢しなさい」と最初に厳しく言ってしまいがちなのですが、私自身、長子だから感じるのは、本人が「お姉(兄)さん」になることを選んだのではなく、弟妹はある日、突然、やってくる「青天の霹靂」のような出来事です。ご両親も、長子に協力して欲しいと思うなら、それなり説明は、とても大事です。そして、もし、「生まれた時に説明をしなかった」と思うなら、気づいた時に、「これまで、いいお姉(兄)さんでいてくれてありがとう。助かっているよ」と言葉にするのも、愛情を伝えるためには大事かもしれません。
by k-onkan | 2016-12-04 23:43 | 子育て | Comments(0)

何事も鵜呑みにせずに、挑戦しよう!

某芸能人の女性が、最近、誕生した第二子の女の子を特別扱いするご主人について、嘆いているという記事をネットで見かけました。なんでも、育児書には「第一子を特別扱いしなければならない」と書いてあるのに、ご主人が女の子を特別扱いすること」に納得ができないようです。

e0143522_20175495.jpgけれど、父親が異性である娘を本能的に可愛がる気持ちは、感覚的に理解できます。また、「第一子を特別扱いする」のは、新しく誕生した第二子にばかり、大人の気持ちが向かい、第一子がいじけたり、「自分はいらない」などと思わせないための配慮ですが、だからといって、第二子を特別扱いしなくていい、というわけでもないはずです。長年、大勢の兄弟姉妹と関わってきましたが、下の子を上手に育てるほど、難しいことはありません。つい、時間的な余裕がなく、ないがしろにしがちな下の子も、特別扱いしないと、後で、たいへんなことが起きるかもしれません。

世の中には、いろいろな子育て本があります。私も、子育てに関連する書籍を出させていただきましたが、「育児書に書いてあることは、参考にしても全てを鵜呑みにしてはいけない」と思うのです。

一番、怖いことは「著名な人の本に書いてあった」とか「だれそれが言ったから」と何も考えずに、鵜呑みにしてしまうことです。家庭教育も、幼児教育も、音感教育にも、共通することなのですが、「言われたから」とただ、従って、その本質―それをすることにどのような意味がある、どんな結果があるか―などは深く考えずに、誰かの教えに従っても、親御さん自らが、経験したこと、感じたことでなければ、子どもには伝わりません。

子育てや幼児教育には、いろいろなさじ加減が必要であり、「黒」か「白」かのどちらかだけでは、割り切れないことが多くあります。そのため、大人も正解解答だけを求めたり、頭でっかちでは、うまく行きません。

私が、いろいろなお母さんに助言する時に、「このまま、すると、こういう可能性がある」とは、伝えますが、その後「どうしたいか」「どうするか」は、なるべく、お母さん、本人に決めていただきたいと思っています。なぜなら、私は、子育てのお手伝いはしますが、一生、子どもの将来を見守ることはできませんし、その子をどんな風に育てたいかという希望を持っているのは、その子の親御さんや家族だと思うからです。



私が、お母さんたちに子育てをする上で、大事にしていただきたいと思うことがあります。それは、親子で色々なことに挑戦して、失敗したり、悲しんだり、喜んだりなど、喜怒哀楽をきちんと経験することです。

最近、「子供には、こうすべき、あれはいけない」との規制ばかりが、先行して、大人が何をすべきか分からなくなり、結果、何もしなくなったような気がします。その結果、子供たちに、豊かな喜怒哀楽の感情表現が足りていないように思うのです。命の危険さえなければ、一度くらいの失敗は、恐れるべきではないと思うのです。

長年、幼児の音感教育に携わっていると、育児書に書いてある「やってはいけないこと」は、一度は、やってしまったことがあると感じます。その都度、いろいろなお子さんに申し訳ないこともしていますが、そうした経験と失敗があるから、現在、初対面のお子さんと、一瞬で親しくなれたり、言葉を話さない相手でも、「何を求めているか」「どのように導いて欲しがっているか」が分かるようになったのだと思います。

子育て中のお母さんには、世の中の全ての幼児の気持ちのエキスパートになって欲しいと言っているわけではありません。ご自身が生み出したお子さんについて、「エキスパート」になるために、いろいろな体験を通して、お互いのことを知って欲しいと思います。それが、親にとって「子育ては、自分育て」のはずなのですから。
by k-onkan | 2016-11-24 23:16 | 子育て | Comments(0)