麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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カテゴリ:子育て( 287 )

肌、手、目、心を離さず・・・

楽院に通ってくる年長児のTくんは、毎週、必ず、レッスン前に涙ぐみます。実は、年少になって、音感クラスになってから、ずっと、そんな様子で、新しいことが始まる度に泣いています。中でも、しつこい泣き方をするのは長い休みの後、そして、日々、忙しく働くお母さんが楽院に見学に来られた時です。

e0143522_18414960.jpgTくんは、毎日、保育園に通うお子さんですが、隣の家には、お祖母ちゃん家族が暮らし、近場に親族がいないお子さんに比べたら、ずっと恵まれています。それでも、これほどまでに泣くのは、子どもなりに理由はあります。それは苦手なことを、乗り越えるための手杖が、差し伸べられていないことです。

Tくんが苦手なことは、鉛筆をもって丸を書くこと、そして、長時間、立って歌うと疲れてしまうことです。歌も音感もピアノも、困っているわけではないのです。ただ、音感のレッスンを最後まで頑張るための体力や持久力が年齢相応に身についていないことが、いろいろなことに自信が持てない原因です。

働く親御さんは、持久力や体力など、足りない能力は全て、毎日、通う保育園で身につけてほしいと願うのかもしれませんが、それは無理があると感じます。都内の保育園では待機児童の問題もあり、十分に体を動かせるスペースがない園も多くあります。また、運動を専門に学んでいない先生に、幼児に持久力を付けるだけの運動を毎日、させるのは難しいことでしょう。お休みの日には、家族で身体を動かして遊んだり、日々、持久力が身に付く事柄を日課にするなどの工夫が必要です。

子育てで大事なことに、「乳児期は肌を離さず、幼児期は肌を離しても手を離さず、学童期は手を離しても目を離さず、思春期に入ったら目を離しても心を離さない」という四訓があります。しかし、保育園に通う多くのお子さんが、乳児期から肌も手も目も離されているのかもしれません。そのため、親子であっても、親御さんと心がつながっているか確信が持てない子もいると感じます。

仕事を持つお母さんは時間的な余裕がないかもしれませんが、わが子が寂しさや不満から問題を起こすようになれば、お母さんは心を落ち着けて、仕事をすることもできなくなってしまいます。せめて休みの時はなるべく穏やかな時間を過ごし、十分に、子供と遊び、関わり、スキンシップをしたり、話をしたり、苦手なことを克服するための手助けをしてあげていただきたいと思うのです。
by k-onkan | 2016-05-11 23:36 | 子育て | Comments(0)

ただ従わせる教育はダメ!

ゴールデンウィーク明けは3歳の女の子のクラスから始まりました。週間の休みがあったため、覚えたことを忘れていたり、疲れやすかったりで、子どもたちもたいへんそうでした。幼い子どもは物事の吸収も早いですが、忘れるのも早いため、定着するまでの反復は欠かせないということでしょう。

e0143522_1351234.jpg途中、3歳のYちゃんが「ママに会いたい」と泣き出したので、「中に入って見てもらったら? でも、ママが中に入ってくれたら、泣かないで頑張らないといけないのよ」と交換条件を出しました。通常、音感クラスは母子分離が理想ですが、お子さんの心が不安定な時は無理に離すことより、心の折り合いの付け方を教えるようにしています。

このクラスは、未就園児のお子さんが多いので、長い課題の前やリラックスするおやつの前には、「みんなで、トイレにいく時間」を作り「トイレトレーニング」を行っています。オムツは取れているのですが、「尿意」をしっかり把握できず、集中した後にいきなり失敗することもあるためです。

お母さんの中には、勉強に集中するために「オムツ」を着用させたいと考える方もあるのかもしれませんが、自分で尿意を感じられない内に、高度な事柄を身につけさせるのは無理があるように私には感じるのです。お子さんが言葉によって意思の疎通が可能になったら、短時間でもパンツをはかせ、失敗から学ぶ経験も大事なことです。未就園児のクラスでは、失敗のお世話もする覚悟で、レッスンを行っています。

途中のトイレタイムも含めて、順調にレッスンが進み、子どもたちはおやつを食べ終わったときのことです。おやつで手がベタベタになっていたので、「お片付けは手を洗ってからにしましょう。手を洗ってきてね」と瑠音先生から声をかけられたYちゃんは「わかった」と走り出しました。すると、お母さんが「先生には『分かった』ではなく「わかりました」といいなさい」と呼び止めました。

お母さんの気持ちも分かります。物を教わる先生には、丁寧な言葉を使うのが礼儀だと教えたいということでしょうしかし、脳の発達過程の中で、相手によって言葉づかいを変えられるようになるのは8歳から10歳ごろだそうです。未就園児でまだトイレトレーニング中のお子さんに教えるにはまだ少し早いことに感じます。

この時期のお子さんは、まずは、「言われたことを誤解なく理解しているかどうかを、確認すること、そして、大人の言葉に「ただ従う」ことが「いい子」なのではなく、お子さんが、親御さんが伝えたことの「意味」や「理由」を理解して「わかった」と意思表示をしてくれることの方が、私たちには、大事なことなのです。

親御さんは、わが子を「きちんとした人間」に育てるために、いろいろなことを教えたいと考えるものです。親御さんからお子さんへと「教えること」はとても大事なことです。けれど、忘れてはならないことがあります。それは、「ただ、従わせるだけの教育」で、その場をうまく通り抜けたのでは意味はなく、将来、大人の力を借りなくても、自分で考え問題が解決できるように育てることこそ、大事な教育なのではないでしょうか。そして、そのためには、教える大人は子ども以上に感覚を研ぎ澄ませて、子育てや教育に当たらなければならないということなのでしょう。
by k-onkan | 2016-05-06 23:51 | 子育て | Comments(0)

昔はよかったは、後ろ向きだけど

土建業を営む友人が興味深い話をしてくれました。それは、「昔の職人と今の職人の違い」という話です。昔の職人さんは、ビートたけし氏の小説に出てくるような昭和の時代に、やんちゃなことをすると、親から殴られながら、大人になって立派になっていいたのだとか。たとえば、もめごとが起きても、警察のお世話になどならずに、自分たちで解決できたといいます。

e0143522_23242898.jpgけれど、今の職人さんは、少しでも、「こつん」とされようものなら、声を震わせて「訴えます」といって、自分の権利を主張するそうです。高校、大学としっかり出ていて学歴もあり、きちんとした職を持つ親御さんに育てられているのに、人間としての成熟度が低い、そして、その原因は、「親の育て方」にあると友人は思っているようです。

どんなに立派な学歴や職業を持っていても、他人の気持ちを理解せずに、自分の権利を主張して、義務を果たさない大人を育ててしまうのは、親が「子供の育て方」がわからないのではないか。もしかすると、親御さんが頭が良すぎるから、「こうしたら得をするわよ」とか「これは、権利だから言っていいのよ」という知恵ばかりを子供に教え、「何をすればまわりの人が喜ぶか」とか、「困っている人がいるから助ける」とか、人間としての本質を教育していないのではないかと感じているようです。

たとえば、怪我をした時にも、昔の職人と今の職人では違いがあるといいます。たとえば、最近、工事現場でパイプが落ちてきて腕を怪我した人がいたそうです。怪我をしたら、労災なので休むことになりますが、昔の職人は釘を踏み抜いても、「自分が休んだら現場がたいへんだから」といって仕事に出てきたのだそうです。

今の人は、「休む権利があるから休む」と口に出してしまうようです。怪我をして働けないのは仕方ないとしても、その間、他の人が自分の穴を埋めているのです。そういう人たちの感情を察することなく、「休むのは当然の権利だから」というのは、人間として未熟だと、年寄は感じます。

また、もう一つ、昔と違うことがあります。それは、自分が怪我をした原因を作った人を見つけ、とことん責めることを望むことだといいます。たとえば、パイプが当たって怪我をしたら、そのパイプを落とした誰かをみつけ、会社からも厳しく注意してほしいと思うようです。

けれど、工事現場で働くなら、だれが、どの立場になっても、おかしくないのです。自分が怪我をすることもあれば、誰かを怪我させてしまう可能性もあります。少し想像力を働かせたら、誰かひとりを責め続けることより、誰にでも起こりうることだからこそ、事故が起きないように、それぞれが心を引き締めて、みんなで気を付けるようにと、指導する会社が正しいと思うのですが、怪我をした人は、それでは、納得がいかないようなのです。

人間としてあまりに成熟度が低いと、何か問題が起きた時に、「守ってやろう」「かばってやろう」という気持ちは起きないのだと友人はいいます。そして、「こういうことは、子供が幼稚園の頃に親が教えるものではなかったのか」と疑問を感じるようです。

教育に従事するものとして、賢くする、能力を引き出す責任がある一方で、子供たちが人間として成熟するための教育は、社会で生きるために、絶対に必要だと、再確認する話です。

さて、木下式が厳しいといわれるのは、歌上手で音感の出できる子を育てる中で、全力を尽くす子、責任を果たす子、他人と協力する子、人の気持ちを考える子、自分中心に考えない子など、人間の本質を育てることも、行っているからかもしれません。けれど、幼児期に人間としてのありようを示すことで、その子が、将来、社会に出て、いろいろな方から可愛がっていただくためにも、絶対に大事なことだと思うのです。
by k-onkan | 2016-04-28 23:22 | 子育て | Comments(0)

子どもが悪いのではないかも・・・・

地方の教室でレッスンがありました。その日最後のレッスン時間に、門の外で奇声のような泣き声がしました。一ヶ月前、遠方から通い始めた4歳の女の子でした、お母さんは、必死で、「なんで?なんで?」と聞いていますが、幼い子に泣いている理由を聞いても、答えられるものではありません。大人は一刻も早く子供が泣き止めるように、抱き上げて、「ヨシヨシ。大丈夫よ」と気持ちを落ち着かせてあげたいものです。

e0143522_0362215.jpg泣いていてはレッスンには、なりません。そこで、ご引率のお母さんとお祖母さんに、普段の様子を伺いました。そして、泣いているのは、子供のせいではないと感じました。なぜなら、お母さんから「自分は、なんでも一度言われたことを理解する子供だったから、一度で理解しない子の扱い方が分からない。その結果、意思の疎通ができずに大泣きした時は放置してきた」と伺ったからでした。

お母さんにもお祖母さんにも、「両親は優秀なのになぜ?」という感情が見え隠れしています。それは、「この子は自分たちの子とは思えないほど、理解力がない。自分の子供として不適格だ」という意味に取れます。どんなに言葉が分からない幼い子でも、まわりの雰囲気からそうした気持ちを感じたら、心穏やかではいられないでしょう。

私は、一般的に「幼児は一度、言って理解するものではないこと。何度も同じことを違う言い方で、幼児に理解できるいい方を工夫する必要があること」をお話しました。どんな子供でも授かった子は我が子です。そして、未成年の子供の行動の責任は保護者にあります。子供と意思の疎通ができないからといって、簡単に諦めてはいけないことをお知らせしました。

また、家庭でのお子さんとの関わり方についても、指導させていただきました。お母さんは常に優しい声で「から褒め」をしてご機嫌をとり、お祖母さんは強い声で叱りつけて泣く子を制圧しようとします。しかし、優しい人、こわいひとで、役割分担をするのではなく、それぞれが時に優しく褒めたり、時に厳しくないと、子供の心は育たないのです。また、言葉を理解しない幼い子を強く叱ると、それに対抗して、もっと、大きな声をあげて泣くでしょう。奇声をあげて泣く理由は、子供ではなく大人にあるのです。

お話しをして、もう一つわかったことがありました。それは、新幹線を使って電車を乗り継いで通ってくる間、子供が静かに時間をつぶすためのおもちゃや絵本も持っていないということでした。お教室に到着する頃には、いい子にしていることに飽き飽きしているはずです。

実は、幼児にとっては「することがある」のと、「ただ静かに座っている」のでは、静かに座っている方が疲れるものなのです。電車に長時間、乗せるときは、子供が飽きてぐずっても気分が変えられるおもちゃや絵本、適量の食べ物と飲み物をもって、お母さんとお祖母さんとの楽しい時間になるよう工夫すべきだと思います。

泣いていたお子さんも、最後は機嫌よくレッスンを受け、帰って行かれました。子供は自分の気持ちを理解してくれる人かどうかを見ているのかもしれません。ただ、こわい声で言うことを聞かせるのではなく、お互いに心を合わせないと、子育ても教育もできないのだと思うのです。
by k-onkan | 2016-04-17 23:33 | 子育て | Comments(0)

可愛げのある女の子に・・・・・・

楽院も新学期がスタートしました。このクラスは、望クラスから音感クラスに進級した年少未満児―2歳児―のクラスです。まだ、90分も音感レッスンを受けることは難しいため、途中、マットを使った運動や手指を使う知育教材などで、ご機嫌をとりつつ、半年ほどかけて通常の音感レッスンを受ける集中力と忍耐力を育てていきます。

e0143522_11552023.jpgそのクラスに、3月の欠席分の振替レッスンのために、3歳児の女の子2名がやってきました。半年とはいえ、先に勉強を始めたお子さんは、お手本には最適なのですが、年上といっても、まだ3歳――。少しのことで気分を害して泣いてしまうこともあるのです。

それは、レッスンが始まる前のことでした。3歳のCちゃんが、「上靴がない」と声をあげて泣き出しました。春休みには、置き靴を持ち帰り洗ってくださるようにお願いしたからでしょう。瑠音先生は、「お友達の靴を借りてあげるから、大丈夫」とご機嫌を取りましたが、「自分の靴でなければイヤ……」と泣き止みません。そこで、自分の靴でなければいけないなら、外靴をきれいに拭いてあげるから」ととりなしました。

様子を見にいった私が「どうしたの?なにがあったの?」と優しく声をかけると、抱きついてもっと大声で泣きはじめました。「靴は、瑠音先生が拭いてくれるから、それを履いていいから」といっても、気分が変えられません。

お父さんは、「ごめん、ごめん」と平謝りです。もしかすると、「忘れないで持っていって」というお母さんの伝言をお父さんが忘れてしまったのかもしれませんが、いつまでも平身低頭に謝り続けると、子供は「自分に起きる全ての不具合はみんな、親や先生のせい」と勘違いしてしまいます。「お父さんが忘れられたのかもしれないけれど、そろそろ気分を替えなさい」と私は少し厳しい声をかけました。

幼児期の子どもは弱く、大人の保護を必要としていますが、3歳までが肝心です。なぜなら、この時期に「子供中心が当たり前」と思わせると、その癖は大人になるまで続いていきます。お父さんが娘に愛情をもって優しくされるのはとても素敵なことですが、自分の娘が、社会に出た時に、誰からも可愛がられない、鼻持ちならない女性に育てないように気を付けることも、大事なことだと感じます。

お父さんたちが、会社で出会う中で理想的な女性は、絶対にわがまま放題であったり、失敗をまわりのせいにしたり、悪い態度をする女性ではないはずです。幼児期に娘を甘やかし過ぎ、調子にのせないためにも、「お父さんが、忘れた。ごめん」と謝った後は、いつまでも泣き続けたり、不機嫌に八つ当たりをさせないようにしたいものです。

私は、たくさんの女生徒を預かってきましたが、お父さんに過剰に甘やかされた女の子で、すごく幸せになっている人は知りません。幸せになっている子は、お父さんに対して愛情があっても、尊敬の念も持つように育っているような気がしているのです。
by k-onkan | 2016-04-08 23:53 | 子育て | Comments(0)

長所・短所に正解はないけれど・・・

毎年、新入学の季節になると、ブログのアクセスが、3~4倍伸びる記事があります。それは、私が二人の甥の「長所と短所について」書いた記事です。推測するに、新入学に際し小学校から「長所と短所」を記入することが求められたりするからかもしれません。

e0143522_192082.jpg私たちは、仕事がら、大勢のお子さんの長所、短所を観察します。けれど、初めて、子供を持ったお母さんには、「わが子の長所・短所」と問われると、何をどう書いたらいいのか、不安を感じられるのかもしれません。

10年以上前になりますが、オペラ公演のプログラムに出演児のプロフィールを載せたいと考え、親御さんに「長所と短所」の記入をお願いしたところ、「本が好き」「虫の名前をたくさん記憶している」などと書かれていて、「それは特技では?」と思ったことがありました。

子どもの長所と短所を見つけるためには、わが子が持つ「プラスの面」「マイナスの面」の双方を認めて、わが子をよく観察する必要があります。とは言っても、「どこをどのように見たらいいのか」「どこがよくて、どこが悪いのか」も理解するのは、初めて子どもを持ったお母さんには、難しいことなのかもしれません。

特に、一日のほとんどを保育園で過ごすお子さんなら、どんな時に甘え、どんな時にわがままをいい、どんな時に気分よく活動をするかなどは、実際に生活を共にする保育士の先生の方がご存知かもしれません。もちろん、働いているお母さんでも、わが子と共有する時間が多いほど、「苦手なことがあるとすぐに泣く。調子にのりやすい。でも、小さい子には優しい」等、わが子の性質が分かるはずです。

反対に、専業主婦で常にわが子と一緒にいるお母さんでも、わが子が、どんな時に傷ついているか、どんな時にお母さんに甘えさせてほしいか、どんな時に自信をもって活動できるかなど、わが子の変化を気づくことができないお母さんも、正直、増えていると感じます。

わが子のことが「よく分からない」と言われるお母さんの悩み相談に乗ると、子供以前にパートナーや自分の両親との気持ちのすれ違いを感じることもあります。つまり、子育ては、自分が両親と築いた関係、それがパートナーとの関係に反映され、最後に、子育てに出るものなのかもしれません。

そう考えると、わが子の「長所・短所」を書くためには、自分自身を見つめることが大事かもしれません。ご両親の長所と短所を考えられれば、お子さんにもきっと似ているところがたくさん見つかるかもしれません。

それでも、難しいならば、子供がどんなことをした時に癒され、どんな時に腹が立つかを思い出してみるのもいいかもしれません。たとえば、「余計なことをいう」「人の話を聞かない」と言うと短所に聞こえますが、「いろいろなことに気付き発言できる」「独自の世界を持っている」と言えば、長所になります。つまり、長所と短所は表裏一体で、記入する大人の受け止め方が長所と短所に表れるのです。つまり、親御さんが、わが子のどこを伸ばし、どこを改善したいかが、長所と短所の中から、読み取ることができるのです。

わが子の長所と短所には、学校の先生が望む「正解」などは存在しません。たとえ、どんなことを書いたとしても、そこに親御さんの愛情があることが、一番、大事なのでは思います。ただし、万が一、不正解があるとすれば、「わが子にはいい所しかない」とか「短所しか思いつかない」という親御さんです。なぜなら、あまりにもわが子を見ていない、もしくは、わが子を教え育てることを放棄しているような印象を受けるからです。
by k-onkan | 2016-04-07 23:01 | 子育て | Comments(0)

大人だって怒るんです!

最近、2歳児のレッスンを始めた地方の先生から「子供にくみし易いと思われていると感じる」というご相談をいただきました。2歳児は、本来、一番、物事を吸収する時期でとても賢いものです。動物的な勘に優れ相手によって自分の態度を変えることさえできたりします。ただ、言葉で意思表示ができないため、大人は「まだ小さくて、何も分かっていない純真無垢な存在」とその秘めた能力を見逃しがちです。

e0143522_1957316.jpgさて、この先生はなぜ、2歳児に侮られたのでしょう。一つは、優しい声に原因があるかもしれません。大人は、幼い子供に物事を理解させようと思うと、ついたくさんの言葉を並べてしまうものです。しかし、その声が柔らかないと、機嫌を取られているように感じて、見下す原因になることがあるのです。

私は、相手が二歳児でも、ダメなことをしたら、怖く低い声で「ダメ」といいます。たいていの子供は、そこで、自分の行動を抑制しますが、それでも、受け入れない時には、「ダメと言ってもするなら、先生はレッスンをしたくない」とピアノを弾くのをやめて帰る真似をしてみせることもあります。子供に負けないほど、子供じみた態度を演じるのです。

大人気がないと思われるかもしれませんが2歳児のうちに子供中心 に慣れさせると、その後に躾をするのは、どんどん難しくなります。言葉で理解させるより、2歳児の真似をして駄々をこねたり、すねたり、怒ったりする方が、こちらの気持ちを理解させられる場合があるのです。

私たちは未発達のうちは、自分にだけ感情があり、まわりの人が我慢していることに気づかなかったりします。しかし、2歳児であっても、自分以外の他人の感情を知らせることは、大事なことです。また、あまりに身勝手な時、身の危険がある時には、大人気がなくても感情をあらわにしてでも、真剣に叱るべきときは存在します。

卒業生が母になり、「言葉が分からない1歳児」だと思ってなんでも受け入れている内に、危ないことを躊躇なくどんどんするようになってしまいました。お母さんは、子供時代に自分がたくさん叱られたからこそ、わが子はなるべく、叱らずに育てたいと思っていたのかもしれませんし、子供も「お母さんは、自分を叱れない」と感じとっていたのかもしれません。

しかし、ある時を境に子供がいうことを聞くようになったというのです。それは、「いろいろなものに触るのが好きになった頃に、タクシーの中でドアノブに触れて、ドアを開けてしまった」時からでした。お母さんは思わず、手を叩いて真剣に「危ないでしょ!」と叱ったそうなのです。以来、甘く見ていた息子も、このお母さんの言葉を聞くようになったといいます。

卒業生は、タクシーの運転手さんにひらあやまりをしながら、自分が真剣に叱り育てないと、我が子が死ぬこともあると、腹を括ったようです。子供との付き合いは、ただ、楽しいだけ、ただ、微笑ましいだけではありません。時に、愛情があるからこそ、叱ってでも止めるべきときはあることを、子供と向き合う時間があるお母さんほど、早く気づくのかもしれません。
by k-onkan | 2016-03-30 23:56 | 子育て | Comments(0)

人間になるまでは育てて

首都圏では若い親御さんが、サイレントベビーを育てるのが普通になってきているかもしれないと、感じます。聴覚や視覚が正常のはずなのに、何も見ていないような虚ろな瞳をして、表情が乏しい乳幼児が増えています。

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卒業生がお母さんになり、その男児が1歳3か月になりました。最近、いろいろなことに興味を持ち、カードや本で覚えたものを見かけると「ワンワン」「にんじん」と目を輝かせて、覚えた単語を口にするようになってきたそうです。

定期的に、その男児の写真はメールで送られてくるので、私たちは「その子の目が輝いていて賢く育っている」と感じます。「目が輝く」が褒め言葉なのは、十分な刺激を受け、それを自分から学ぼうという意思があることが分かるからです。しかし、一部のお母さんは、1歳の子がいろいろな単語を発することを「煩わしい。落ち着きがない。喋り過ぎる」と感じるようなのです。つまり、静かに寝ていて動かないのがいい赤ちゃんということです。

本来、赤ちゃんは生きるためにいろいろな刺激に反応し、そこから学び成長していくものです。しかし、親御さんが「何も分からないから」と話しかけなかったり、一緒に遊んだりもしないと、言葉にも、おもちゃにも興味を示さず、無反応な赤ちゃんになってしまいます。せっかく、健康に生まれても、長時間、寝かせっぱなしでは、言葉の習得や感覚の統合もされないまま、発達が遅れてしまうこともあります。

長年、大勢の幼児を見てきた私には、1歳前後の赤ちゃんが、身の回りの物や人に興味を示さなかったら、「話しかけ方が足りないのでは?」「遊び方が足りないのでは?」「周囲の関わり方に問題があるのではないか?」「目や耳に障害があるのでは?」と心配してしまいます。

そして、残念ながら、世の中が、「保育園を増やさなければ」という声が増えるたびに、関わり方が足りない1歳児が増えていくと心配になるのです。本来、0歳から2歳の間は、特定の大人と一対一で、目を見て話しかけたり、遊んだり、関わることがとても大事だからです。また、悲しいことに、苦労して出産したわが子の子育てが苦手で、一緒にいたくないから、仕事を探して、預けて働くという女性も存在すると聞きます。

お母さん自身、子育てが苦手で子供と一緒にいても、何の楽しさも感じず、ただ、無言で過ごしたり、寝かせ放しにしたりするくらいなら、先生や子供が大勢いる保育園に預けられる方がまだ幸せということさえあるのかもしれません。

それでも、せっかく、授かった命が、お母さんにしてくれたのです。人間の赤ちゃんは、ペットではありません。飽きた、面倒だといって、いきなり放り出すことはできません。もちろんペットでも、一度飼ったら最後まで面倒を見る責任がありますが、自分の赤ちゃんをペットのようにただ、世話をするだけでなく、言葉が理解できる人間になれるよう、育てる責任は、やはり、親には絶対にあるはずです。そして、それは、やはり、保育園だけには荷が重すぎると思うのです。
by k-onkan | 2016-03-02 23:27 | 子育て | Comments(0)

親だから子を守る努力はしよう

最近のニュースで耳掃除をする際の事故が増えていると聞きました。なんでも、わが子の耳掃除中に鼓膜を破ってしまう親御さんもいれば、自分の耳掃除中に子どもにじゃれつかれて鼓膜を傷つけるなど、いろいろな事例があるようです。

e0143522_12272895.jpg私の親族には子供時代に患った耳の感染症で聴覚に障害を持った人がいます。音楽に関わる人にとって耳が聴こえなくなることは、致命的なことなので、耳に関しては過剰なほど神経質な方です。そのため、ニュースから「鼓膜に穴が……」と聞くだけで、背筋に寒いものが走るほどです。

さて耳の事故を予防するには、普段から、大人も「耳掃除をしている時は、気を付けなければいけない。いきなり動くと鼓膜が破れて耳が聴こえなくなる。絶対に動いたり、驚かせたりはしないこと」と真剣な声で子どもに伝える必要を感じます。

今でこそ、笑い話ですが、私が子どもの頃、耳掃除は父の担当でした。「いかに危ないことか」を聞かされていた私たちは、耳掃除の間は、硬直したかのように動かないように気を付けたものでした。父の心配が子供だった私たちにも伝わってきたからです。

最近、行きつけの小児耳鼻科に、「子供が泣いてもお母さんは子供を押さえる手は絶対に離さないで!」と言う張り紙を見かけました。耳鼻咽喉科の診察は、乳幼児にとって、苦しいものです。ですが、苦しいからと自由にして痛い思いをしたら、もっとつらいのが子供です。お母さんは、子供が泣いて嫌がると、無意識で手の力が緩むのかもしれませんが、大けがをさせないために、お母さんも強さを持って、子供と関わるという心構えも大事なのかもしれません。
by k-onkan | 2016-02-25 23:27 | 子育て | Comments(0)

もう少しだけ、観察を!

長年、幼児たちに音感を教えていますが、私が子どもの頃に「ふつうだったこと」を知らない子どもが増えています。音感を教える上で支障があることは、楽院でも補完しますが、やはり、基本は家庭にあると感じます。

e0143522_13162666.jpg鼻がつまっていると、不快で集中できないものです。又、声が出づらいこともあります。鼻のかみ方は、幼児期に家庭で教えてほしいことの一つです。お子さんと一緒にティッシュを手に片側の鼻を押さえ「フーン」と息を出す練習をしてあげてほしいのです。楽院でも、幼児にティッシュを持たせ、その上から手を重ねて、片方ずつ鼻を押さえますが、さすがに、他人の私が一緒に鼻をかんで見せるのは、抵抗があるのです。やはり、できれば、親御さんに教えてあげてほしいと思うのです。

また、子供の変な癖を見つけたら「やめなさい」と声もかけていただきたいと思います。たとえば小さい子に多いのは、心配な時に股間を触る癖です。赤ちゃんの頃から寝起きの際の癖であったとしても、それが長きにわたって継続して、大人になったら、恥ずかしい癖になってしまいます。できれば、幼児期に改めてあげてほしいのです。

幼い子どもは、「言われれば気を付ける」素直なところもあります。大人が何も言わないと、容認されていると思い、それが、恥ずかしいことだと気づかないこともあります。「子どもの癖」は見ないふりをするのも、感情的になって非難するのでもなく、自然体で向き合っていただいきたいと思います。

他にもいろいろあります。はじめて、鉛筆を持つ時に、気を付けたいのが、親指、人差し指、中指の3本で正しく支えることです。最近、変な持ち方の子が増えたと嘆いていたら、若い幼稚園教諭も、二本の指で巻き込むような持ち方で字を書いていて、驚いたことがありました。美しい字を書くためには、変な持ち方は好ましくありません。自分の頭で考えるのと、同じ速さで鉛筆が操れないと、どんなに計算力や記憶力があっても、ノートを書き写すことが苦手で勉強が捗りません。

また、目が見えていてもフォーカスが苦手な子も増えています。楽院では、目の周辺に厚紙で「ゴーグルもどき」を作り目標物に焦点を合わせることを教えます。両目で焦点が合わせられないと、斜視である可能性もあります。子供は一度に色々なものが見えると気分散漫になって、一つのものに集中できないこともあります。一点を凝視できることも集中力を育てる上で、大切なことです。遊びの中で、子どもの目線を観察してみたいものです。

最後に、音感教育で一番、重要なことがあります。それは、耳で聴くことです。最近、いろいろな音があふれているためでしょうか。子どもたちが聴こえているか、いないのか、分からない反応をする子が増えています。

音感のお稽古の時には、「もし、聴こえているなら、言われた通りにやって見せて。できないと耳が聴こえないのでは?病気では?と心配だから」と言うと、幼児は、初めて自分から耳で情報を得ようとします。ですが、「聴こえるはず」と思っていると、「聴いているような顔で、意識がそこに集中していないこともあります。

結局、子供のことに気を付けるためには、大人自身が、感性を研ぎ澄ませ、目を見て、話しかけて、顔色を観察したり、手指の動きを見たりすることが必要です。これを「面倒なこと」と思うか、「自分の子どものため」と思えるかで、子どもの発達や成長は、異なるのかもしれません。
by k-onkan | 2016-02-09 23:10 | 子育て | Comments(0)