麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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カテゴリ:子育て( 278 )

もう少しだけ、観察を!

長年、幼児たちに音感を教えていますが、私が子どもの頃に「ふつうだったこと」を知らない子どもが増えています。音感を教える上で支障があることは、楽院でも補完しますが、やはり、基本は家庭にあると感じます。

e0143522_13162666.jpg鼻がつまっていると、不快で集中できないものです。又、声が出づらいこともあります。鼻のかみ方は、幼児期に家庭で教えてほしいことの一つです。お子さんと一緒にティッシュを手に片側の鼻を押さえ「フーン」と息を出す練習をしてあげてほしいのです。楽院でも、幼児にティッシュを持たせ、その上から手を重ねて、片方ずつ鼻を押さえますが、さすがに、他人の私が一緒に鼻をかんで見せるのは、抵抗があるのです。やはり、できれば、親御さんに教えてあげてほしいと思うのです。

また、子供の変な癖を見つけたら「やめなさい」と声もかけていただきたいと思います。たとえば小さい子に多いのは、心配な時に股間を触る癖です。赤ちゃんの頃から寝起きの際の癖であったとしても、それが長きにわたって継続して、大人になったら、恥ずかしい癖になってしまいます。できれば、幼児期に改めてあげてほしいのです。

幼い子どもは、「言われれば気を付ける」素直なところもあります。大人が何も言わないと、容認されていると思い、それが、恥ずかしいことだと気づかないこともあります。「子どもの癖」は見ないふりをするのも、感情的になって非難するのでもなく、自然体で向き合っていただいきたいと思います。

他にもいろいろあります。はじめて、鉛筆を持つ時に、気を付けたいのが、親指、人差し指、中指の3本で正しく支えることです。最近、変な持ち方の子が増えたと嘆いていたら、若い幼稚園教諭も、二本の指で巻き込むような持ち方で字を書いていて、驚いたことがありました。美しい字を書くためには、変な持ち方は好ましくありません。自分の頭で考えるのと、同じ速さで鉛筆が操れないと、どんなに計算力や記憶力があっても、ノートを書き写すことが苦手で勉強が捗りません。

また、目が見えていてもフォーカスが苦手な子も増えています。楽院では、目の周辺に厚紙で「ゴーグルもどき」を作り目標物に焦点を合わせることを教えます。両目で焦点が合わせられないと、斜視である可能性もあります。子供は一度に色々なものが見えると気分散漫になって、一つのものに集中できないこともあります。一点を凝視できることも集中力を育てる上で、大切なことです。遊びの中で、子どもの目線を観察してみたいものです。

最後に、音感教育で一番、重要なことがあります。それは、耳で聴くことです。最近、いろいろな音があふれているためでしょうか。子どもたちが聴こえているか、いないのか、分からない反応をする子が増えています。

音感のお稽古の時には、「もし、聴こえているなら、言われた通りにやって見せて。できないと耳が聴こえないのでは?病気では?と心配だから」と言うと、幼児は、初めて自分から耳で情報を得ようとします。ですが、「聴こえるはず」と思っていると、「聴いているような顔で、意識がそこに集中していないこともあります。

結局、子供のことに気を付けるためには、大人自身が、感性を研ぎ澄ませ、目を見て、話しかけて、顔色を観察したり、手指の動きを見たりすることが必要です。これを「面倒なこと」と思うか、「自分の子どものため」と思えるかで、子どもの発達や成長は、異なるのかもしれません。
by k-onkan | 2016-02-09 23:10 | 子育て | Comments(0)

休みには会話力を鍛えよう

音感を教えるお子さんたちと年々、日常会話が成立しなくなってきたことをとても心配しています。そのため、長い休み空けには、必ず、どこでも子どもたちに「お正月なにをしたの?」と質問を投げかけています。子どもたちから、「新幹線でじぃじのうちに言った」「お年玉をたくさんもらった」「家族で温泉に行った」「百人一首をした」「凧揚げ」「独楽を回した」など、いろいろな答えが返ってきます。

e0143522_16311455.jpg昨今は個人情報もあるため、「色々と聞きだすとは何事か」とお叱りを受けそうですが、私が子どもたちに、いろいろな質問をするのは、文章力、言語力、発言力など、さまざまな能力を図ることができるからです。身近の出来事を言葉にして表すのは就学に際して、大事な訓練になります。また、他の子どもの話にも興味を持って耳を傾け、記憶するのも、コミュニケーションを持つためには、大事です。

残念ながら、身近の出来事を理解し、言葉で説明できないまま、難しいことを勉強させても、決していい結果はでないと長年、幼児、児童の音感指導を通して実感しています。言葉の発達やその教育もまた、身体の発達と同様、それぞれの適期があり、順序立てて積み重ねることが大事と感じます。

子どもたちに質問すると、大勢の中で一斉に発言する時は声を出せるのに、一人ずつ当てると、自分からは何も言わなくなる子もいます。中には、恥ずかしがって数個の単語のみを答え、残りを大人に推測させ文章にさせる子もいます。反対に、年齢が低くても、詳しく冬休みの様子を説明できる子もいます。そんな時に、家族との関わり、そして、普段の音感のレッスンだけでは見えにくい成長を感じます。

保育園でいろいろな質問をしていて、最近、気づいたことがあります。それは、「保育園育ちだからこそ、分かりづらいこと」があるということ。幼い頃から大勢の子どもの中で、集団生活をする子どもにとって、兄弟姉妹という概念は難しいのです。日本語では血縁がなくても、年上を「お兄さん」「お姉さん」と呼んだりします。そして、多年齢の子どもと共に成長していると、自分より年下の子がいれば、自分はお兄さん、お姉さんだと思っています。そのため、「兄弟姉妹はいるの?」という質問に、自分が姉なのか妹なのか、兄なのか弟なのかに大混乱するようです。

拙著でも書いたことですが、こうした身の回りの人間関係や親御さんの職種など、自分が生活する環境のことを理解しないまま、小学校に入り、文字のしくみ、数や数量の計算を習うことは、とても難しいと自分の子ども時代を振り返って感じています。

保育園は親御さんが働くご家庭の保育を代行する場です。しかし、家族の一員としての知識は、その家庭でしか学ぶことができません。そのことを忘れずに、お子さんとかかわってくださるおyは誤算が一人でも多くなることを願っています。
by k-onkan | 2016-01-04 23:29 | 子育て | Comments(0)

時代が変わっても・・・・・・

「ジェネレーションが違う子供いろいろなことを押し付けたくない」というお母さんに出会いました。20代の若いお母さんではなく、私に近い年齢のお母さんからの言葉だったのため、いろいろなことに気づかされました。

e0143522_15314398.jpg私と同世代の方の中には、親の世代の言うことを素直に受け入れた人もいれば、反発して正反対のことを好んだ人もいます。それが子供の躾にも反映されているのかもしれません。親がした通りには決してしたくないので、正反対なことを試みているつもりでも、結果的には親と同じようなことをしてしまっているのかもしれません。

そのお母さんも、「親のいうことが通用するとは限らないので、子供に自由を与えて、親はその後ろからついて歩きたい」。つまり、親が口を出さずに、子供に考えさせて、体験から学ばせたい。だから、うるさくいろいろと言いたくないということなのかもしれません。

私も、友人世代のそのお母さんの言い分も理解できるのですが、幼児との付き合いに関していうなら、私が子どもに自由を与えて、自分で考えさせて体験から学ばせるとしたら一瞬たりとも、目をそらさず、幼児が物にぶつかったり、道路に飛び足したりしないように、神経を研ぎ澄ませて、後ろを歩くと思います。

けれど、現代社会で、「子どもを自由をさせたい」というお母さんは、子供に自由に与えながら、自分もまったく別のことをしていて、子供の行動から、目が離れてしまっていることが多いように感じます。そして、万一、子供に何かあっても、それは子供自身の責任で、親の責任だとは考えないのかもしれません。

ですが、昔なら、一緒にいる幼児が、怪我や火傷、事故にあうのは、一緒にいる大人の責任でした。なぜなら、幼い子供は自分で自分のことを気を付けられないからです。だからこそ、昔の大人は、支配的なほど、子供の動向に目を配り、注意して、口うるさくなったのだろうと思います。

今のお母さんが、そこまで子供を支配したくないということであれば、親がいなくても、絶対に危険がないように、一緒にいる間に手をかけ、目配りして説明しておかなければと思います。それでも、未就園児の内は、やはり、大人が責任をもって、子供に怪我をさせたり、事故に合わせないようにしなければと思います。子供の意思を尊重することで、大けがをしたり、命に危険があったら元も子もありません。どんなに時代が変わっても、人間が生きるために必要な知恵や生活習慣、自分の命を守るための心得は、変わらないと思うのです。
by k-onkan | 2015-12-25 23:29 | 子育て | Comments(0)

ワンコにも都合はある・・・

卒業生Cちゃんの家を訪問して面白かったのは、愛息Yくんだけではありませんでした。このお宅には、赤ちゃんが生まれる数年前にやってきたルパンというきれいな小型犬がいます。動物は、遠くから見ても、スキンシップするのが得意ではない私には、通常、犬も猫も決して近づいてきません。ところが、ルパンが一生懸命、私に愛想を振りまいてきます。「どうしてだろう?」と最初は不思議に思ったのですが、Yくんに「ダメ」と叱った後は更に、信愛の情を示してきた様子を見ると、犬にも感情があって、赤ちゃんが生まれてから、いろいろと我慢を強いられ、嫉妬などの感情もあったのかもしれません。

e0143522_91633.jpgYくんは小さい時から、犬がいる生活をしているため、犬をまったく怖がらずに、触ろうとします。そのため、よその大きな犬に出会っても、ちっとも怖がらずに近寄って、尻尾をひっぱったりもするようです。ですが、飼い主が一緒にいても、やはり、相手は動物です。どんなきっかけで、噛みつかれるかもしれません。数年前も、芸能人が飼う大型犬に近所の子どもが噛みつかれて事件になっていましたが、子どもの方にも、動物に対して、敬意を払う必要は感じます。

どんなに、親しく一緒に暮らしている動物でも、「食べ物を食べている時」「わが子を守っている時」の動物は、普段とは違います。犬にも、「不快に感じるタイミング」は存在して、飼い主だからといって、それを侵していいとは私は思わないのです。そこに、無防備な子供が自分の心の赴くままに、相手の口の前に手を出したら「噛んでください」と言っているようなものです。犬を飼うなら、犬のしつけも大事ですが、子どもにも、犬に対する接し方を教えなければと思います。わが子が大けがをしてから、犬の飼い主ともめごとになることを想像すると、子供にも「犬にも触られたらいやな時もあるのだから、勝手に障ってはダメよ」と教えておきたいものです。

「子どもには経験が大事」と言っても、自分の体より大きい犬にかみつかれたら、命の危険もあるかもしれません。親がわが子のためを考えて、教えたり、注意したり、禁止することには、愛があります。その愛に気づかずに、ただ自由にすれば、子供が幸せかというと、そうでもないのです。結局、子育ては、子どもに対する思いやり、そして、子どもがよその人と関わるために、思いやりを持って接することができるために、行うものなのかもしれません。
by k-onkan | 2015-12-23 09:16 | 子育て | Comments(0)

働くのが悪いのではない。教えないことが問題!

最近、「子育てが難しい」というお母さんに出会いました。これまで、保育園に通っていましたが、私立の幼稚園に入り、お祖母ちゃまが引率されています。お母さんは仕事を持っているため、子どもに申し訳ないと思いながら、日々を過ごしているようです。そのため、一緒にいる時間は子どもの言うことを全て聞いているようです。

e0143522_1357473.jpg確かに、まわりが皆、専業主婦のお母さんの中で、わが子だけが、働くお母さんの子であれば、親御さんが不憫になる気持ちも分かります。ですが、世の中には、働くお母さんもたくさんいます。「お母さんが働いていること」を理由にわが子がわがままで身勝手な人間に育てていい理由にはなりません。お母さんも自信をもって、わが子に「お母さんがどんな仕事をしているのか」「なぜ、仕事をするのか」「お母さんにとって、どんな意味があるのか」などを話してあげてほしいと思うのです。

私が保育園に通う子が気の毒だと思うのは、「お母さんが働いていること」ではないのです。「何がよくて、何が悪いとか」「誰の言葉を信じて、従えばいいのか」「親元で育つ子が当たり前に知っていることを、教わる機会がない」など、その子が小学校にあがってから、他の子と互角に関わるための「土台」が育ちにくいことが気の毒だと感じているのです。

もう一つ、気になることがあります。それは保育園に預ける親御さんの中に、「わが子と一緒にいるのが苦痛」「子育てが苦手だから」という理由で早々に保育園に預けるために、働くと言う方がいることです。

幼児期には、子どもが集団の中で、子ども同士で関わる中で学ぶ時期もありますが、乳幼児期は、特定の大人から1対1で学ぶべき事柄があり、その時期に、親子で愛着関係を結べないと成長の過程で精神的に不安定になったりすることもあります。そうしたことを知らずに、「みんなも預けているから」と右に倣えで、預けることに疑問を感じているのです。

たとえば、長時間、預けられていたとしても、日々、家庭で十分に会話をしたり、お休みの日には親子で一緒に時間を共有しているお子さんは、保育園に行っていてもさほど不憫には感じませんし、反対に、専業主婦のお母さんでも、「勉強、勉強」で子どもの気持ちをまったく理解せず、わが子を言いなりにさせるだけなら、毎日、一緒にいてもかわいそうに感じます。

幼稚園に通っていても、保育園に通っていても、お母さんにお願いしたいことがあります。それは、まず、自分の子どもの存在を受け入れることです。受け入れるとは、「子供のわがままをすべてきくこと」でも、「欲しいものを欲しいだけ買い与えること」ではないのです。子どもが「話を聞いて欲しい」と思っている時に、話を聞いたり、子どもが悲しい気持ちの時に優しい言葉をかけたり、いざという時には甘えられる関係です。

「話を聞くのが大事だから」と言って、子どもが何の不満がない時に「どうしたの?」「何があったの?」「だれかに、嫌なことをされたのではないの?」と根ほり葉ほり聴くことが、いいお母さんではないと感じます。少し距離をおいて、子どもの様子を観察しながら、小さな変化に「なにか様子がおかしい」と敏感に感じ取れる、そんなお母さんであれば、働いていても、ちっとも、子どもはかわいそうでないと感じます。

それぞれの家には、それぞれの事情があります。働くお母さんもいれば、働かないお母さんもいます。他人の家をうらやんでも、いいことは一つもありません。それより、現時点の家族をきちんと受け入れて、愛し、感謝して生活した方が、子どもは幸せになれるような気がします。

ただし、私がこう書くことで、「なんだ。保育園に通わせてもちっとも、かわいそうじゃない」と思われると困るのです。このブログでも何度も書いてきました、保育園という環境の中で育つことで、そのお子さんの運動面、教育面をはじめ、善悪の区別など、その子の土台となるものが不足していることはあり得るからです。どんなに「社会に子どもを育ててもらう時代」がきても、自分の子どもをどんな子に育てたいか、を考えていただきたいのは、やはり家庭であり、親御さんでなければ、と思うのです。
by k-onkan | 2015-12-17 23:55 | 子育て | Comments(0)

業務連絡のようにはいかない・・・

楽院でも、音楽祭のための練習が始まりました。地方の幼稚園では、木下先生の視察によって独唱者が決まりますが、楽院は一年間の歌唱力の向上、音感能力の進歩、ピアノの進み具合、そして、平素の出席状態と成果発表会の結果によって決まります。年長児にとって、音楽祭は3年間の楽院生活の集大成です。

e0143522_17202487.jpg今年は、年長から二人のお子さんが選ばれました。それぞれ、仕事をするお母さんを持ち、通学はお祖母ちゃまの協力によって成り立っています。音楽祭で独唱に選ばれたことは、他の誰より、お祖母ちゃまたちに感謝を述べるべきかもしれません。

その中の一人、Hくんは、1年ほど前、お父さんが見学に見えた時、「息子には難しいのではないか。授業で行われていることに無関心で、分かっていないように見える」と心配されたお子さんでした。ちょうど、その日は保育園の遠足があって、その後のレッスンだったこともあり、疲れて愚図ってもいましたが、お父さんが心配されるように、いつでも意欲的に取り組めるタイプでないことも事実でした。

Hくんは自分が1番よくできるクラスなら頑張れても、少しでもできる子がいると意欲を失ってしまう、そんなところがあったのです。しかし、歌が大好きだったことから音楽会に出るようになって、少しずつ変化が見えるようになりました。常にふらふら、クニャクニャして体幹が定まらなかった身体も合宿に参加した頃から、少しずつ成長しています。夏休みの後に、保育園の運動会で出された宿題も功を奏したようです。

12月初旬の発表会では、Hくんの独唱の様子をご覧になった家族が、見違えるほどの成長だと喜んでくださいました。音楽祭の独唱の手紙は、その後、届いたはずです。家族も喜んで、本人も「出たい」と言ったようです。しかし、いざ、練習が始まると独唱に選ばれたことを本人が喜んでいないように見えました。何事にも共通しますが、「他人にやらされている」と思って取り組むのと、自分の意思で頑張るのとでは心持ちが違います。そこで、お母さんに、音楽祭がどのようなものかを、もう一度説明していただきたいとお願いしました。

お母様からのメールでは、楽院のホームページなどを見せて、これまでの音楽祭の様子も説明した上で、本人も独唱に「出たい」と言ったはずなのですが、音楽祭の練習が2日続いたことで、「今日も音感があるの?なんで?もっと保育園で遊びたい」と不満が出てきたようです。お母さんは、「独唱に選ばれたのは、とてもすごいことだと思う。ママは、これまで頑張って働いて、通わせて良かったと思うし、とても楽しみにしているよ」。その上で、「それでも、もし、どうしてもHが嫌なら断ってもいいよ」と言うと、「出たい」と言ったそうです。そこで、「じゃあ、おばあちゃんもママも、レッスンに通えるように頑張るからね」。本人に決めさせたうえで、家族が協力していることもお話くださったそうです。

一緒に暮らしているから「知っていて当たり前」「わかっているはず」ということも、口に出して、子どもが分かる言葉で説明する必要があります。特に、お母さんがお仕事をしているなら、なおさらです。きちんと説明をして、その場は納得させたつもりでも、子どもにも、葛藤があります。「やりたい」「でも、練習はたいへん」「もっとお母さんに練習をみてほしい」「失敗したらどうしよう」など、いろいろな感情があります。たぶん、これからも何度もお母さんに応援していただきながら、当日の舞台に臨むのだろうと思います。お母さんには、面倒なことですが、普段、練習風景を見られないお母さんだからこそ、子どもの応援団に回っていただきたいと思うのです。

働くお母さんにとって、子育てはとてもたいへんな作業です。仕事なら、「~をお願いします」と言えばら、相手は「ハイ。承知しました」と言って、その通りの結果が出てきます。しかし、子育てはそうはいきません。わが子に指示を出しても、「なぜ?」「どうしてしなくちゃいけないの?」の繰り返しです。その上、一度、「わかった」と言っても「やっぱりいやだ。なんで?」の繰り返しで、常に状況が変わります。親は子供の心を受け止めつつも、「一緒にいられないから」と言ってわがままばかりを容認していると、将来、とんでもなく身勝手な子に育ってしまうこともあります。


子供を一人、育てあげるためには、子供の心の機微を見て、その都度、対応を変えるなど、とても面倒な作業がたくさんあります。その面倒くささにつきあいながら、いい方向に導く大人の存在が、幼児期の子どもには絶対に必要であり、それが「親御さんの役割」なのかもしれません。
by k-onkan | 2015-12-16 23:51 | 子育て | Comments(0)

子どものせいじゃない

最近、わが子にきつく当たってしまう親御さんが増えたように感じます。数日前にも、あるお母さんから、楽院の発表会を鑑賞した際に、3歳の娘が落ち着いて座って聴かないので、心身ともに疲れ果てたというお話を耳にしました。ですが、お子さんはたった3歳。幼稚園なら未就園児です。音楽会に来て静かにできないのは、ふつうのことです。けれど、音楽会には同じ3歳のお子さんが舞台に立ったり、お客さんとして2時間、静かに聴き続けた子もいたことから、お母さんはがっかりされたのでしょう。しかし、この子たちは、1年以上、楽院に通ってきた卒業生や在籍児の子弟です。その子たちと比べて叱られたのでは、女の子も立つ瀬がありません。比べるべきは、よそのお子さんでなく、その子自身の数か月前、1年前であってほしいと思います。

e0143522_1865516.jpg私はそのお母さんに「まだ3歳なので音楽会を静かに聞けないのがふつうであること」。そして、「子供の言うことを聞かなかったり、悪い行動をするのも、子供のせいではないこと」をお話ししました。お母さんは、「子供のせいじゃないなら、誰のせいですか?」と言われました。誰のせいとはいえませんが、これまで育ってきた環境によって培われたものだと私は感じています。そのお子さんは、週の半分はお祖母ちゃまが一生懸命、おけいこごとに通わせるなど教育的なことに力を入れられていますが、しつけ面では保育園にいる時間も長くあるため、「これが、我が家のしつけの方針」というものが、お子さんにはわからないのでしょう。

保育園に通うお母さんには、ショックなことかもしれませんが、保育園では長い時間を大勢の子供と過ごすお子さんは、自分が構って欲しいと思ったら、静かにいい子にするより目立つことや悪いことをして、先生の注意をひくしかないこともあります。たとえば、大きな声を出すとか、駄々をこねるなど、公共の場では好ましくないことが、日常的に容認されていることもあり得るのです。また、それぞれの先生によって対応も異なります。子供にとって、何が正しいか、保育園の中で理解するのは、難しいといえます。

わが子が悪いことをしたら、保育園の先生にもきちんと叱ってほしいと思われる親御さんもいるかもしれませんが、それは保育園の先生に気の毒だと感じます。なぜなら、首都圏の保育園に関していうと、いろいろな価値観の親御さんがおり、わが子が悪いことをしたら、きちんと叱ってほしいという方もいれば、親御さんが仕事にいきやすいように、保育園では、楽しいことだけをさせて、子供に機嫌よく、通って欲しいという方もいます。10人いたら、10人が違う考えなのです。その中で、保育園の先生に、しつけまでお願いするのは無理と言うものです。私立の幼稚園や小学校など、親御さんが教育理念を調べて好きなところに通うのは違うからです。

もちろん、保育園の中にも、「園児が悪いことをしたらきちんと叱り、そのことを親御さんにも説明して、家庭でも、気を付けていただけるようにする」という方針を貫く園長先生もいらっしゃるでしょう。しかし、そこには、「嫌われても子供のためになることをしたい」にという強い信念と教育観、そして、「園の方針が気にいらない保護者は、通わなくていい」といえる強い気持ちが必要です。そういう園長先生がいらっしゃるなら、保育園でも、子供にあるべき姿を教えられると思います。ですが、現実はそう簡単には、いきません。

さて、働くお母さんにとって、たまに子供と過ごす時間はイライラすることが多いものかもしれません。ですが、日常を離れて過ごす時間が多いからこそ、に一緒にいる時間は、お子さんと幸せな時間を共有していただきたいと思うのです。たとえば、、悪い行動をした時には、「なぜ、お母さんが注意しているのか、」「なぜ、お母さんはそれをしてほしいのか」など、3歳の子に理解できる噛み砕いた言葉で、優しく説明してあげてほしいのです。

また、音楽会に特化するなら、静かにしてほしい時は飴玉などを用意しておくとか、「音楽会は寝てもいいこと」にして、3歳の子に合った鑑賞の仕方でいいと思うのです。背筋を伸ばして、2時間、少しも動かずに音楽を聴くなどは、楽院の小学生でもできないかもしれません。音楽は楽しんで聴くものです。姿勢はいいに越したことはないですが、緊張し過ぎずリラックスして聴かせたいものです。
by k-onkan | 2015-12-13 23:44 | 子育て | Comments(0)

お母さんになるということ

最近、卒業生の若いお母さんが、「生まれたばかりの時には、『こんな可愛い子を叱ったりできない』と思ったのに、最近は毎日、バトルばかり……」とこぼします。確かに、生まれたばかりの赤ちゃんの純粋さから、「叱る」などは想像できないことでしょう。しかし、赤ちゃんも日々、いろいろなことを学び、成長とともに賢くなっていきます。知恵もつけば、生意気なことも言います。いつまでも、「可愛いから注意できない」などと言っていると、子どもの成長についていけないこともあるかもしれません。

e0143522_12381152.jpg私が教えている2歳のSくんは、とてもかわいい男の子です。私には、「いい子の自分を見せよう」としています。他人だから、ということもありますが、音感のお稽古の中で、私は、「してもいいこと、しては絶対にいけないこと」を明確にしているからではないかと思います。

しかし、残念ながら、お母さんと一緒の時は、お母さんにひどい態度をしてしまうといいます。お母さんのSくんとの関わり方を観察すると、常に、お母さんが優しく気を使っていることが分かります。たとえば、小さな悪いことをしても、「それはしないで」とお願いしたり、何も言わずに、なかったかのように環境が整えられます。また、本人が気持ちよく取り組めるようにとの配慮から、「お母さんにしてみせて」と機嫌を取る言葉で導きます。お母さんはお子さんに優しく育ってほしいと思っているでしょう。

しかし、残念ながら、幼い子どもは優しくされればされるほど、優しくない子に育ってしまいます。なぜなら、優しくされることで自分の行動が正しいと思ってしまうからです。反対に、少し厳しい口調で「やめて」「ダメよ」というと、驚いて自分を改めてみせます。相手にも感情があって、その出方を見るのです。

優しいお母さんでいるためには、相手が幼いわが子でも「嫌なことは嫌」と意思表示するのも大事だと思います。なぜなら、可愛いわが子だからこそ、知らない方から「可愛い」という評価を受けるためには、「ダメなことはダメ」を理解できていることだと思うからです。子どもは日々、成長していますが、お母さんも、それに合わせて、言いにくいことも言える頼もしいお母さんに育っていただくことが大事かもしれません。
by k-onkan | 2015-12-04 23:36 | 子育て | Comments(0)

原因は大人にあるかも!?

三連休の中日は、三重県の教室に指導にうかがいました。0歳児ベビークラスと1歳児ベビークラス、音楽祭で独唱候補の小学生、そして、シニアクラスを行ってきました。3か月ぶりのベビークラスでは、それぞれのお子さんが成長していました。
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中でも、これまでお母さんの後ろに隠れていた1歳9か月のKくんが、大きく成長していてうれしくなりました。何より感激したのは、音感かるたの「しかさんが目から涙を流して泣いているのは、しかられたのシだったね」という説明を言葉として理解できるようになっていたことでした。

「説明なのだから、言葉を理解するのは当然」と思われるかもしれませんが、通常、0~1歳のお子さんは音感かるたの説明を聞くと、その言葉の抑揚を音楽のメロディーように楽しんでいるのであって、一つひとつの単語の意味を理解しているわけではないことが多いのです。

ですが、Kくんは、何も言わずに、かるたの絵柄だけ見せて、「取ってきて」というより、「泣いているシカさんを、取ってきて」と言って音感かるたを見せた時の方が、確実に記憶しています。「泣いているシカさん」という言葉を覚えているため、私が持つ音感かるたを見なくても、その図柄を記憶し続けられているようなのです。Kくんにとって、早期に言葉が理解できることは、これからの強みになるはずです。なぜなら、言葉の受け止めがいいことによって、本が好きな子に育つ確率が高くなるからです。

Kくんのお母さんは小学校の先生です。普段から本を読んだり、語りかけも多くしていらっしゃるのでしょう。また、前回のレッスンで「ルールは明確に短い言葉で」「語尾にアクセントおくと、言葉尻に印象が残って全体を覚えられないので、お母さんが話し方に気を付けましょう」などのお願いも気を付けて生活してくださっていました。

ですが、今回、新たに気になった課題もありました。それは、一般に幼稚園や学校の先生は「教育をすること」を重視する傾向があるため、幼い子どもにとって大切な「遊びから学ぶこと」「自分で失敗する経験」「できるようになるまでの過程を楽しむこと」などを一足飛びに済ませようとしてしまうことにあります。

教育の最終目的は自立であるため、大人は子供につい「正解」を求めたくなりますが、子どもは「間違えたら、何が起きるか」を探求するために、わざと間違えたりして実験することもあります。特に、0~2歳は日々の生活の中で楽しみながら学ぶことが大事です。自分で失敗してみたり、間違えたりしながら、自分の身体を通して色いろと気づくことこそが課題であり、学習なのです。私たち大人も赤ちゃんよりもっと賢くなって、赤ちゃんが何を考えて行動しているかを観察する必要があるのです。

今回、いろいろな課題に取り組む際、何度かKくんが机から物を落とす場面がありました。お母さんは無意識に拾って机の上にのせていましたが、私なら、「落としたら、自分で拾って」と言うでしょう。

落とした時に、拾うのが自分であるなら、次から落とさないように気を付けると思いますが、何も言わずにすぐに誰かが拾ってくれなら、全然、不便ではないでしょう。もしかすると、「どうして落としてもすぐに戻ってくるのか?」が気になって、わざと落としているかもしれません。

お母さんに、それを指摘すると、「普段から食卓から物を落とすことで、悩んでいました」と言われ、「私が、落とす原因を作っていたのですね」とハッとされたのです。幼いお子さんが悪い行いをしても、たいていは、そこに悪意があるわけではありません。ただ大人の対応から、誤った学習をして、その行為を継続することをKくんは教えてくれたのでした。
by k-onkan | 2015-11-22 23:54 | 子育て | Comments(0)

原因は大人にあるかも!?

三連休の中日は、三重県の教室に指導にうかがいました。0歳児ベビークラスと1歳児ベビークラス、音楽祭で独唱候補の小学生、そして、シニアクラスを行ってきました。3か月ぶりのベビークラスでは、それぞれのお子さんが成長していました。
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中でも、これまでお母さんの後ろに隠れていた1歳9か月のKくんが、大きく成長していてうれしくなりました。何より感激したのは、音感かるたの「しかさんが目から涙を流して泣いているのは、しかられたのシだったね」という説明を言葉として理解できるようになっていたことでした。

「説明なのだから、言葉を理解するのは当然」と思われるかもしれませんが、通常、0~1歳のお子さんは音感かるたの説明を聞くと、その言葉の抑揚を音楽のメロディーように楽しんでいるのであって、一つひとつの単語の意味を理解しているわけではないことが多いのです。

ですが、Kくんは、何も言わずに、かるたの絵柄だけ見せて、「取ってきて」というより、「泣いているシカさんを、取ってきて」と言って音感かるたを見せた時の方が、確実に記憶しています。「泣いているシカさん」という言葉を覚えているため、私が持つ音感かるたを見なくても、その図柄を記憶し続けられているようなのです。Kくんにとって、早期に言葉が理解できることは、これからの強みになるはずです。なぜなら、言葉の受け止めがいいことによって、本が好きな子に育つ確率が高くなるからです。

Kくんのお母さんは小学校の先生です。普段から本を読んだり、語りかけも多くしていらっしゃるのでしょう。また、前回のレッスンで「ルールは明確に短い言葉で」「語尾にアクセントおくと、言葉尻に印象が残って全体を覚えられないので、お母さんが話し方に気を付けましょう」などのお願いも気を付けて生活してくださっていました。

ですが、今回、新たに気になった課題もありました。それは、一般に幼稚園や学校の先生は「教育をすること」を重視する傾向があるため、幼い子どもにとって大切な「遊びから学ぶこと」「自分で失敗する経験」「できるようになるまでの過程を楽しむこと」などを一足飛びに済ませようとしてしまうことにあります。

教育の最終目的は自立であるため、大人は子供につい「正解」を求めたくなりますが、子どもは「間違えたら、何が起きるか」を探求するために、わざと間違えたりして実験することもあります。特に、0~2歳は日々の生活の中で楽しみながら学ぶことが大事です。自分で失敗してみたり、間違えたりしながら、自分の身体を通して色いろと気づくことこそが課題であり、学習なのです。私たち大人も赤ちゃんよりもっと賢くなって、赤ちゃんが何を考えて行動しているかを観察する必要があるのです。

今回、いろいろな課題に取り組む際、何度かKくんが机から物を落とす場面がありました。お母さんは無意識に拾って机の上にのせていましたが、私なら、「落としたら、自分で拾って」と言うでしょう。

落とした時に、拾うのが自分であるなら、次から落とさないように気を付けると思いますが、何も言わずにすぐに誰かが拾ってくれなら、全然、不便ではないでしょう。もしかすると、「どうして落としてもすぐに戻ってくるのか?」が気になって、わざと落としているかもしれません。

お母さんに、それを指摘すると、「普段から食卓から物を落とすことで、悩んでいました」と言われ、「私が、落とす原因を作っていたのですね」とハッとされたのです。幼いお子さんが悪い行いをしても、たいていは、そこに悪意があるわけではありません。ただ大人の対応から、誤った学習をして、その行為を継続することをKくんは教えてくれたのでした。
by k-onkan | 2015-11-22 23:54 | 子育て | Comments(0)