麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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カテゴリ:幼児( 381 )

幼児はいろいろな顔を持っている

数週間前から母子分離の練習を始めた、2歳10ヶ月の女児のレッスンがありました。3歳に向けて母子分離は大事な訓練なのですが、毎週、大泣きさせていると、お母さんの心が折れてしまうかもしれません。

e0143522_20365421.jpgそこで、今日は、「ママがいても、やることをきちんとやる」を目標にレッスンを行いました。教室に入ると、すでに女の子は緊張で顔がこわばっていました。私が「お母さんは別室でお待ちください」と言ったら大泣きする準備万端なのは、表情から一目瞭然でした。

そこで、「今日は、ママが中にいてもいいですよ。でも、ママがいても、やることはちゃんとやるのがお約束」と伝えました。お母さんが出ていかないと分かると、早速「それは、やりたくない……」が始まりました。

同じ部屋にママという味方がいれば、願いはなんでもかなうと子どもは思うのかもしれませんが、ママがいても、いなくても、私は厳しいので、「お約束はどうしたの? ママがいてもやるっていったのに、やらないと、ママは出ていかんければいけないのだけれど……」と真面目な声で伝えました。

女の子はママが部屋から出されたらたいへんと感じたのか、すぐに気分を変えて「やる」と苦手なブレキエーションにも取り組みました。その後も、唇をギュッとかみしめ、真剣に平均台の上を歩き、トランポリンに取り組もうとしていました。その時です。お母さんが、「笑顔で!にっこり!」と優しい声をかけられたのです。

申し訳ないとは思いましたが、「子どもが真剣に挑んでいる時は、『笑って!にっこり』という言葉がけはダメですよ。私たち大人も本気で何かに取り組んでいる時はニコニコ笑う余裕はないですよね。一般に、ママたちは『わが子に楽しんでお稽古を受けてほしい。笑顔でいて欲しい』と願っていらっしゃるのは、よくわかります。でも、子どもにとっては、すべての課題が楽しいわけではありません。中には泣いて放り出したいほど苦手なこともあります。それでも、唇をかみしめて頑張っています。ママも我慢して見守ってください」。今の時代には、かなり厳しいのかもしれませんが、頑張っている子どもの気持ちをお伝えしたのです。

この言葉を聞いて、女の子は何かが吹っ切れたようでした。もしかすると、私がママのことまで注意するとは想定外だったのかもしれませんし、女の子の気持ちを伝えたことで、覚悟が決まったのかもしれません。その後は、最後までママに目もくれずに集中して頑張りました。ママにとって、「初めて見る娘の真剣な顔」だったそうです。

ママに大事に育てられている子どもの中には、「ママがいれば、何でも自分の願いをかなえてくれる」とママの前で、とてもわがままになってしまう子がいます。だれのせいでも、ないのかもしれませんが、ママの優しさが、子どものわがままをかえって、増長させてしまうこともあります。そういうときは、ママから離すことで子どもに諦めをつけさるという効果が母子分離にはあるようです。しかし、その反面、ママがいない時しか、真剣になれないとなると、見学会や音楽会で、ママが見学に来た途端、自分の力を発揮できなくなることもあります。

10年ほど前のことになりますが、歌も上手で、友達と一緒の時は、いきいきと活動する女の子なのに、お母さんが教室に入ってきた途端、貝のように口をとざし、言葉も歌声も出さなくなるお子さんがいました。理由は分かりませんが、ママの前でしっかりした姿を見せてはいけない理由が子ども心にあったのでしょう。うかがうと、幼稚園でも同じとのことでした。

せっかく、勉強している成果をお母さんの前で発揮できないのでは、申し訳ないので「ママの前でも、ちゃんとやりなさい。一生懸命、毎週、連れてきてくれるママの前で、頑張っている姿を見せられないなら、通わせる意味がないと思う。そんなにママの前でやるのが、いやなら、お泊りして、先生の子になってもいいわよ」等など、いろいろなことを言ってママの前でも同じ姿で頑張ることを教えたことを記憶しています。

お母さんが「初めて見た」という女の子の「自立した顔」は、幼児であっても「できることはやる」と高い目標に向かわせる楽院の方針と、「ダメなことはダメ」という躾面の姿勢によって、引き出されているにすぎません。

もし、「やりたいことだけ、やりましょう」というお教室にいけば、「真剣な顔」の代わりに、楽しくその時間を楽しむ顔を見ることができるはずです。でも、大事だと思うことは、子どもは環境によって見せる顔が違うこと、そして、必要があれば「真剣な顔」ができるようになっているという成長を、親御さん自身が感じて下さることかもしれません。
by k-onkan | 2017-06-16 20:35 | 幼児 | Comments(0)

バイリンガルゆえの苦労もある!

いろいろな地方の幼稚園、保育園に伺っていますが、最近、木下式を勉強するお子さんの中にも、ハーフのお子さんや外国出身のお子さんが増えています。両親ともに外国出身の方の場合は、お子さんが先に言語を習得して、親御さんの通訳をすることもあるようですが、問題はどちらか一方が外国出身で家庭の会話が日本語でない場合かもしれません。

e0143522_22312047.jpg一般に子どもは家庭の中で、家族の会話を聴きながら、自然と言葉を覚えていくものです。しかし、家庭で話す言葉が外国語であると、日本で生活して学校へ行ったり、仕事をするに足る日本語力が身についていないことがあるようです。楽院にも英語、韓国語、中国語とのバイリンガルのお子さんがいますが、音感かるたの説明を「深く」理解するのがとても難しいようで、ご家族の方に一緒に覚えていただくなど、いろいろな工夫をして教えています。

現在、望クラスには1歳半のバイリンガルの男の子がいます。以前は、音感かるたの説明やメロディーを聴くと、ニコニコと喜んでいたのですが、最近、日本語を聞いても以前ほど興味が持てず、かんしゃくを起こす姿をよく見かけるようになりました。

お母さんにうかがうと、家庭での会話はほとんど、ご主人の母国語にしているそうです。故郷から離れて日本で暮らすご主人のために、どうしても、言語だけはしっかり習得させたいというお母さんの気持ちはたいへんよく理解できます。けれど、日本で暮らす子どもとしては、日本語が十分に習得できておらず、以前、ほど、楽しくレッスンを受けられないように感じます。もしかすると、音感かるたの説明をする私に「どうして家と違う言葉を話すのだ!」と怒っているのかもしれません。

お母さんは、「1歳で二か国語で話しかけられる内容を、それぞれ理解しているのは、自分が1歳の頃より賢い」と安心されていたようですが、こんな盲点があったなんてと、がっかりされたかもしれません。確かに、一般の1歳児は一つの言語を理解するのが、やっとなので、二つの言葉で言われたことを理解できているのはすごいことなのですが、そこにこそ、バイリンガルの落とし穴があります。それは、それぞれの言語を理解している分、それぞれの言語の蓄積量は決して多くないということです。そのため、バイリンガルのお子さんが、スラスラと言葉を話すまでには、とても長い時間がかかります。

学生時代のアメリカ人の親友は、メキシコ人とのハーフの子を授かり、乳児期からスペイン語と英語の両方で子育てをしていました。どんな言葉も、必ず二つの言語を使って説明して、それを理解するとても賢い女の子でしたが、言葉を話すようになるまで、長い時間を要した姿をみて、私ははじめて「バイリンガルの苦労」を知ったのでした。

言語を深く学んだことがないと、「異なる言語を話す両親がいるなら、最初から二か国語を同時に習得させたら後がらく」と思われるようですが、実際は基本となる言語―母国語―をじっくりと確実に習得した上で、外国語を学ばないと、どちらもいい加減になりがちです。

それでも、あえて、乳幼児期から、二つの言語を教えるのなら、私なら、二つの言語を一般の人の何倍も耳に入れる努力をすると思います。とりあえず、1歳の男の子のお母さんには、その男の子のためだけに、「自己紹介の絵本」を二冊作ってほしいとお願いしました。写真や絵を貼った同じ絵本を、父の言葉、母の言葉で2冊作って、読み聞かせをするのです。また、今後、購入する絵本は、同じものを2冊用意し、日本語のままのものと、外国語で書き直したものを用意して、意図的に日本語と外国語の存在を教えようと考えています。

二つの言語を持っているのは、素晴らしいことです。しかし、どちらの国で生きるかが、定まるまでは、どちらか方に偏らなず、当面は、暮らしている国の言葉は、同年代の子供と対等に話せるようにしたいと思います。人は環境によって、発達します。家族に二つの言語があれば、当然、その二つを習得しますが、そこにある苦労や、生きづらさに気づいたら、配慮や支援が大事だと感じたできごとだったのでした。
by k-onkan | 2017-06-08 19:27 | 幼児 | Comments(0)

他人に叱られてもいい?

1歳のお子さんとお母さんのお稽古をしていた瑠音先生が、「そろそろ、ダメなことはダメを教える必要があると思いますよ…」という話をしていました。お母さんの中には、「子どもが嫌な気持ちになること」を一切、言うことなく上手に子どもが自分から「やりたい気持ち」に導くことが得意な方がいます。それは、とても素晴らしいことなのですが、残念ながら、その手法はずっとは続かないのです。

e0143522_10451287.jpgなぜなら、子どもに自我が芽生えてくると、「大人がやらせたいこと」が「子どものしたいこと」とは異なってくるからです。お稽古ごとなどで先生や友達と一緒に何かをする際には、時間の限りがあります。そのため、「時間内」にやる気になれないと「おしまい」になってしまうことがあります。お母さんは、「なんとか、やってほしい」と思うかもしれませんが、そんな時には無理にさせずに「おしまい」にすることで「時間には限りがある=自分の都合だけでは進まない」ことを教えることも大事だと感じます。

世の中のお母さんには、「自分では叱れないし、言ってもいうことをきかない。よその人から叱ってほしい」という方もいるそうです。しかし、過保護な私たちは、「うちの子―甥も生徒も」がよその人から叱られるのは、絶対にイヤなのです。だから、子ども時代は、自分が憎まれ役を買ってでも、自分で厳しくしようと思っています。

20年以上前のことになりますが、2歳の女の子がお母さんと一緒に体験に来られたことがありました。そのお嬢さんは活発で可愛い子でしたが、あまりの愛しさにお母さんは叱ることができないとのことでした。また、お父さんは、自身が父親に厳しく叱られて育ったことから、わが子は絶対に叱りたくないという方針でした。楽院に体験に来た頃には公共の場で騒いだり、椅子の上に立ったりなど、相当、自由奔放に育っていたようです。

ある日のことです。電車の中で、見知らぬお祖父さんから、「こんな躾の悪い子どもを電車に乗せるな」と大声で怒鳴られたそうです。女の子本人も驚きましたが、一番、ショックを受けたのはお母さんでした。自分の子をきちんと育てないと、よそでこんな目に合うというはじめての体験だったそうです。そんなことから、「歌を上手にしたい」という目的と同時に、「しつけをしてほしい」と楽院に入学されたのです。

教育熱心のママが大勢いる場所にいったら、よそのお母さんから「あなたの子どもがいると、迷惑」と面と向かって指摘されることもありますし、実際、迷惑をかけていたら、子どものために頭を下げなければならない場面もあります。お母さんがわが子を守りたいと思うなら、どんな事情があっても誰にも文句を言われない状態に育てることです。さもないと子どもであっても、人間としての尊厳を傷つけられることは、あり得るのです。

よその人に責められたお母さんはきっと悔しく、悲しいことと思います。ですが、決して「自分はダメな子どもを授かった」などとは思わないでほしいのです。子どものしつけがされていないのは、その子どもの責任ではなく、それを許してきたまわりの大人の問題だからです。

とは言え、「よその人に叱られたくない」といって保護者が気を付けられるのは、せいぜい成人まででしょう。つまり、子育てできるのは20歳までかもしれません。それ以降は、会社の先輩や上司、社会から叱られて覚えることもたくさんあるでしょう。その際によその人から素直に教えを請うことができるには、子ども時代は「誰のいうことも聞かない子ども」ではなく、自分の意思を持っていても、大人の言葉に耳を傾ける素直さも大事な資質だと思うのです。
by k-onkan | 2017-03-11 20:43 | 幼児 | Comments(0)

子供に期待するなら・・・

年少児のクラスで歌唱指導をしていた時のことです。口を上下に積極的に開ける子もいれば、半分しか開けない子もいます。そこで子どもたちに聞きました。「もし、みんながお母さんになった時、自分の子どもに大きな口を開けて歌ってほしい? 半分しか口を開けない子がいい?」。すると「大きく口を開けて歌う子がいい」「じゃ、まず、口を開けて上手に歌えるお母さんになれるように頑張ろうね」というと、みんな、一生懸命、口を開けます。

e0143522_18421549.jpgレッスンの途中、「声が違うから直して」と言われただけで「ギャー」と泣いてしまった子には、「もしお母さんになって、子どもに「ダメよ」と注意したら、いきなり「ギャー」となく子が欲しい? それとも泣かずに直せる子がいい?」と聞くと「泣かないで直す子」という答えが返ってきました。

私たちはみな、自分ができないことも「自分の子ども」には「やってほしい」と思う願望があるのかもしれませんが、子どもに何かをさせるためには、まず、親御さん自身ができる必要があります。子どもたちにも「まずみんなが歌上手で賢い人になろうね」と伝えました。

しかし、中には、「親ができないこと」を子どもが頑張る例もあります。そこで、おやつの時間に「瑠音先生は泳げないけど、瑠音先生の子どもは泳ぎが上手なの。それはね、泣いても、嫌がっても毎週、瑠音先生が水泳教室に連れていったからなの。お母さん、お父さんが苦手な時には、一生懸命、頑張って通わせることもあるのよ」とお話しました。

近い将来、音感を習得した子どもたちが「お母さんは歌えない」とか「音が分からない」と批判することがないように、お母さんたちは自分にできないことを頑張ってほしいから、一生懸命、通わせたのだと言えるように、教えました。

今、「下剋上受験」というテレビドラマが放映されています。中卒のお父さんが、娘を中卒にしないために、一緒に勉強して、偏差値41を72にあげて中学受験を乗り越えたという実話がもとになっているそうです。ドラマではなく原作を読みたいと購入したところです。教育の基本は「子どもにだけ努力させるのではなく、親も一緒に努力する」ことで、親子で成長することかもしれません。
by k-onkan | 2017-01-31 18:42 | 幼児 | Comments(0)

カベちゃんには注意!

音感を鍛えると、一度に2つ以上の音を同時並行で聴く練習をするためか、日常生活の中でも、「耳が敏感だ」と言われることがあります。例えば、私も瑠音先生も子どものレッスンをしていても、隣の部屋の物音や電話や呼び鈴の音は聴き逃さないようです。

e0143522_18413866.jpgその度に、「よく聴こえますね?」と驚かれますが、無意識に音を聴く習慣があるようです。そして、耳がいいのは大人の私たちだけではありませんでした。1年生になる甥Kもかなり耳がいいようで、大人には敬遠されています。

先日、瑠音先生の家に学生時代の友達のご夫妻が遊びにきたことがありました。Kは大好きな奥さんと子供部屋で遊び、兄甥と大人たちは旦那さんとリビングで世間話をしていたといいます。すると、突然、Kがスクッと立ちがって応接間に行き、「そんなひどいこと言っちゃダメだよ!」と旦那さんに注意したのだそうです。

旦那さんは、隣の部屋に奥さんがいるのをいいことに軽口をたたいたようなのですが、それを耳ざといKに見つかってしまったのでしょう。でも、一緒にいた奥さんには一切、何を言われたか聴こえず、以来、「安藤家の子どもたちは耳が良いから、うかつなことは口にできない」とかえって恐れられてしまったようです。

昔から、我が家では、子どもが同じ部屋にいるときは、「カベちゃん」がいると言って、大人同士が気を付けて会話をする習慣があります。「カベちゃん」のカベとは、「壁に耳あり、障子に目あり」ということわざからきています。「こっそり話しているつもりでも、誰が壁に耳をあてて聞いているか、誰が障子に穴をあけて覗き見しているかもしれないことから、隠し事を話すときは注意するべき」ということで「カベちゃん」がいるというと「聴いているよ」ということなのです。

早期教育によって、いろいろな刺激を与えた子どもは、特に大人の言葉をよく理解しますし、それを覚えておく記憶力もあります。しかし、幼い子どもゆえの未熟さで、深い考えもなく余計なことを口走ったり、他人を不快にさせることも多々あるため、大人にも注意は必要だと感じるのです。

さて、数日前、母が10歳の時に亡くなった祖父の命日で親戚で集まったことがありました。その時に、祖父母が子どもに聴かれてはいけない話は、すべて「フランス語」でしていたことを叔母から教えられました。若い頃、フランスまで音楽の勉強にいった祖父母はフランス語が堪能だったからこそ、できた内緒話だったのでしょう。私が会ったことのない祖父も、小さい頃から可愛がってくれた祖母も「カベちゃん対策」をしていたことに、とても嬉しくなったのでした。
by k-onkan | 2016-12-19 18:41 | 幼児 | Comments(0)

目前のにんじんは先生の褒め言葉!!

今日は、東海地方の幼稚園に音楽祭の指導にうかがいました。この園は100名以上の園児が音楽祭に出演するため、全員が上手に歌うとそのパワーは圧巻です。しかし、大勢の幼児がいる分、全員が興味を持って話を聞くように仕向けないと、先生の言葉もピアノの音も特定の子どもにしか届かず、全体として残念な歌声になることもあります。

e0143522_1924128.jpg100名の園児がいれば、その育ちや発達には個人差があるものです。幼児たちは指導する先生の言葉の高さや刺激次第で、ピアノの音に耳を傾けたり、友達の声を真摯に受け止める習慣が身につくのですが、「この子は音楽が苦手だから」と無理強いも、励ましもししないまま子ども任せにすると、意欲のある子とない子に大きな差が生じてしまいます。

そんな時、木下先生は、「きれいな水と泥」の話をします。「この水はきれいでしょ?この水に泥をいれたら、飲みたい?」「飲みたくない」「歌も一緒だ。友達が一生懸命、頑張っている時に、違う声を出すのは、いいか?」「ダメ」「だから、違う声を出さないようによく聴く
んだ」。

たとえ、歌に苦手意識を持っている子であっても、自分にも大人の目が向けられていると知ると、「上手に歌おう」「一生懸命頑張ろう」とするものです。反対に「自分は期待されていない」と思うと怒鳴り声を出したり、あくびが出たりが始まるのです。

木下先生が園児の指導をする際には、どんなに大勢の子がいて、どんなに手間がかかっても、必ず一人ずつ歌わせ、その都度、園児の立つ位置を変えていきます。一生懸命、正しい声で取り組む子は中央に、行儀が悪かったり、人の話を聞かずに違う声で歌う子は、なるべく端に移します。頑張っている子の邪魔をさせないことと、「自分が違う声を出している」と子ども自身に意識を持たせるためです。

この様子を「差別だ」「子どもがかわいそう」と思われる方もいるかもしれませんが、人は「努力しても、しなくても同じ結果」と知りながら、全力投球し続けるのは難しいものです。まして、幼児ならなおさらで、「頑張れば真ん中のグループに入れてもらえるかもしれない」という目標「目の前のにんじん」が必要なのです。

今日は、往復の新幹線の中で「教育の経済学」という本を再読しました。その中に、「子どもに、ご褒美は悪いのか」という項目がありました。教育の世界では、「ご褒美でつって勉強させることがいけない」とよく言われますが、経済学的には、「すぐに得られるご褒美を設定することは、今努力することの利益や満足を高め、先送りさせない戦略になる」と言えるといいます。

ご褒美というと「物」を与えることばかりを考えるかもしれませんが、子どもが頑張った時に、その努力や成長に気付き、すぐさま、褒め言葉を与えたり、配置を変更することは、子どもにとって「自分を認めてくれた」という嬉しいご褒美なのです。

音楽祭まであと2ヶ月です。子どもたちに、緊張感をもって歌唱練習に取り組ませるためには、先生たちの努力が欠かせません。木下式を実践する幼稚園の先生たちにとっては、毎年恒例の音楽祭ですが、今年、出演する年長児にとっては、たった一度の音楽祭です。悔いが残らないように、先生とお子さんと努力を共有してほしいと願っています。
by k-onkan | 2016-12-14 19:24 | 幼児 | Comments(0)

コワイ声は聴かないで・・・

楽院は今週の土曜日に、日頃の勉強成果をご両親や祖父母の皆様におきかせする音楽会を行います。その中で、3歳児が「なかよしかばさん」と「おしゃれなこねこちゃん」の二曲を歌うのですが、歌詞もそれぞれ2番まであり、途中で混同しやすい場面が多くあります。

e0143522_19113951.jpg本番に失敗して、子ども達が、悲しい思いをしないように、「おしゃれ」と「おうた」、「ひらひら」と「りんりん」など、間違いやすいところは、「お・しゃ」「お・う」「ひ・ら」「り・ん」等、二語先導をして、子どもが瞬時に思い出すように声をかけています。

本番は、保護者の方がビデオを撮ったりされると思うので、できれば、私の「刺激度のきいたコワイ声」が入らないように、小さな声で先導したいと思っていましたが、ビデオに残らない目立たない声は、3歳児には伝わらず、練習の時に木下先生から「もっと高いピッチで、先導をせよ」とお叱りを受けました。そこで、本番も先導しますが、これも小さな頃の可愛い思い出として私の声が入ったビデオになることをご理解いただければと思っています。さて、先導によって、歌う直前に瞬時に注意を受け止める練習をしていると、咄嗟の時でも大事なことが頭をよぎったり、何かを思い出す効果があると、個人的には感じています。

年少の間は、私が一生懸命、「間違わせないように」と先導していますが、年齢があがるにつれて、小声の先導にも注意が向けられるようになります。そして、高学年になると、真正面を見ながら、メロディーを取る私に目配せをして、「先生、つぎの歌詞の頭、教えて」と合図を送ってきます。その頃になれば、私の声は、ビデオに残らなくなるはずです。

日頃の勉強成果を発表する会では、子どもたちの最善の状態をお見せするために、私たち大人ができることは、可能な限り行いたいと思っています。そして、歌詞の先導もその一環なのです。
by k-onkan | 2016-12-07 23:10 | 幼児 | Comments(0)

チャンスを逃さないために!

音楽祭の視察のために、木下先生と沖縄に出かけました。そこで、最近では珍しい光景があったのです。幼稚園に出向いた木下先生は、最初に園児一人ひとりに、「自分の名前」を言わせます。この時、それぞれの子どもの持つ話声位(話す声の高さ)と滑舌を聴き、声が高くキビキビと話せる子を選んでいくのです。つまり、「声の高低」と「話し方の良否」によって、グループを分けるのです。

e0143522_190221.jpgそれぞれのグループに、メロディーを歌わせ、「音程の良し悪し」を判別します。子どもたちの中には、声質は素晴らしくよくて、言葉もはっきりしているのに、メロディーを歌うと、音程が外れてしまう子もいます。こうした子は、注意深く音を聴いたり、集中して取り組んでいなかったりするのです。

つまり、子どもたちに、いろいろな言葉を言わせながら、「高い声でキビキビ話せる子」「高音域のメロディーを難なく歌える子」「意欲のある子」を瞬間的に、判別しているのです。

さて、最初に声の高さと好ましい話し方で、グループを二つに分けた時のことです。ある女の子が「まさか、私が、選ばれるとは思いもしなかった」と驚くような大人びたことを言っているのを見かけました。まだ、グループを二つに分けた段階で、「独唱に選ばれた」と思ってしまって、後で「選から外れた!」と泣かれたくはなかったので、「グループ分けしただけで、まだ独唱は決まっていないのよ。選ばれたいなら、頑張って」と声をかけました。しかし、「選ばれたい」と思っている子は、目力や意欲が他のお子さんとは違い、最終的には、無事に選ばれていました。帰り際、「今日は、たくさん歌を教えてくれてありがとうございました。これからも頑張ります」と木下先生と、私に、挨拶にきたのです。

賢さを持つ女の子らしい行動ですが、最近、こうした意欲を持つ子どもは、少なくなっています。なぜなら、せっかく独唱に選ばれても、自分から「やりたくない」と言ったり、涙を見せて、最後の最後に、選からもれるお子さんが、今年は、とても多かったからです。

大人は、「せっかくのチャンスなんだから頑張って!」と思いますが、子どもは冷静に自分の力を知っているものです。そのため、少しでも「自分が乗り越えられない」と思うと、自分からチャンスを逃すことも多いにあるのです。

人生のチャンスというものは、一生のうちに、そう何度もあるわけではありません。せっかくのチャンスに果敢に「やろう!」と思うためには、日々、ほんの少しでも困難なことにも、立ち向かう練習が、長い人生で自分の希望や願いをかなえるために、必要なことではないかと感じたのでした。
by k-onkan | 2016-11-16 23:59 | 幼児 | Comments(0)

こどもに負けないように!

愛知県の幼稚園の視察指導に木下先生と出かけました。前日に「脳の老化を防ぐためには、趣味を持ち、好奇心を失わず、人とのコミュニケーションを持つこと」と脳医学の瀧靖之先生から伺った木下先生は、いつにもまして熱心に2時間以上、100名以上の子どもたちの歌唱指導に取り組みました。

e0143522_1971793.jpg木下先生は、子どもたちの声が小さいと、自ら模範唱を示し「先生の声は、おじいさんか?」と子どもたちに尋ねます。その言葉に、子どもたちは木下先生の白髪を目で追いながら、その風貌に「おじいさん」と答えるべきか分からず、一瞬、固まるのですが、ブンブンと首をふって、「おじいさんじゃない」と言ってしまうのです。

何より、木下先生の声を聴いた子供たちは、どんな子どもたちは、「自分だって出せる」とお腹の底から精一杯の声を出そうとします。何度も練習を繰り返すうちに、子どもたちはどんどん上手になっていきます。

平素、音感かるたの勉強をしている子どもたちは適切な指導を受ければ、どんどん上手になるのです。そして、やはり、大人が子供に負けずに全力を尽くすこと、そして、日々の積み重ねが大事だと感じた一日だったのでした。
by k-onkan | 2016-11-10 23:03 | 幼児 | Comments(0)

エビデンスと実践のバランス

三週間ぶりで、保育園の指導に出かけました。子どもたちは、「音感教育」を開始した当初と比べると、注意深く人の話を聞いたり、意欲的に活動したり、物ごとに集中することなどができるようになってきました。しかし、少し長くなると、男の子から集中力が途切れていってしまいます。そんな時に役立つのが、私のタブレットに入っている画像や映像です。そこには楽院で勉強する0~1歳児の赤ちゃんクラスの写真が入っています。

e0143522_19594820.jpg「先生のお教室には、0歳や1歳の子も音感かるたの勉強をしているのよ。1歳は赤ちゃんだと思うでしょ? でも、もう「ファファファファ」と歌ったり、「しかられたのシ」というかるたを覚えたりできるのよ。だから、4歳と5歳の人は、1歳よりももっと歌ったり、覚えたりできると思うから、頑張って欲しいんだけどなぁ…」。

そんな話をすると、どの子もまず、「証拠の写真を見せて」と言ってきます。私が、子どもたちにほら話で、意欲を出させようとしていると疑うようです。そこで、0~1歳の子がお母さんと並んで座って、一生懸命、音感かるたを注視したり、口を開けて声を出す写真を見せています。すると、子どもたちは一斉に驚き、同時に「赤ちゃんには負けられない」と奮起するのです。

幼稚園や保育園に通う幼児に「楽院に通う同学年と競争!」と言ったら、きっとやる気を失うだろうと思います。どんなに幼稚園や保育園で音感を勉強しているといっても、楽院で音楽を専門的に多角的に勉強をする子どもでは、音楽的に引き出す能力が異なっているからです。そのため、幼児であっても、すぐに自分に勝ち目がないと感じたりします。

しかし、自分より小さな「赤ちゃん」が音感の勉強をしているとなると、「自分も負けられない」と思うようなのです。「0歳とどっちが合っている声を出せる?」とか「1歳とどっちの声が大きいかな?」と声をかけると、子どもたちは、「それなら、勝ち目がある」と感じて、限界をもう一歩超えて、頑張ろうとするのです。

現在、「「学力」の経済学」(著:中室牧子 ディスカヴァー・トゥエンティワン)という本を読んでいます。この本は、これまで教育について語られてきたいろいろな事柄をエビデンス〈科学的根拠〉によって明かしています。

その中に、子ども同士を競い合わせる際には、あまりに能力差があり過ぎると、いい結果はでないことが書かれています。しかし、その反面、あまりに早期から習熟度別に分けることで、全体の格差が拡大するという問題点も指摘されていました。

幼児期の音感教育でも、それぞれの理解力、記憶力、集中力に個人差はあるのですが、それぞれの能力があまりにかけ離れていなければ、互いの長所を認め、短所を補い合いながら、成長し合うこともできるのです。

教育をする上でエビデンスも大事ですが、子どもたち一人ひとりを観察しながら、実践を通して、それぞれの力を少しずつ底上げする方法を見つけることも、やはり、重要なことなのだと思います。エビデンスも実践も、バランスよく、見極めて、子どもの力を伸ばしたいものです。
by k-onkan | 2016-11-08 19:59 | 幼児 | Comments(0)