麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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カテゴリ:幼児( 395 )

子供より大人が率先して動こう!

音楽祭の最後の視察は沖縄で、日曜日の午後から沖縄へ向かいました。飛行機は500席もある大きな機体が満席で、とても窮屈でした。そのためでしょうか。途中、貧血のような、意識が遠のく状態で、かなり具合が悪くなりました。けれど、もっと辛かったのが、機内にいる赤ちゃんの大泣きが断続的に聴こえてくることでした。

e0143522_13204440.jpg具合が悪くなるたびに、赤ちゃんの泣き声が聴こえるため、きっと、赤ちゃんも何か不調を感じているのだろうと推測しつつ、不快感をやり過ごしていたのです。4度目に赤ちゃんが大泣きした時です。「うるさい!」。突然、年配の男性らしき怒鳴り声が聞こえたのです。席が離れていても、これほど騒がしいのですから、近くで泣かれるお客さんは、たいへんだったでしょう。

その時です。キャビンアテンダント(CA)の女性たちの迅速な対応に感心しました。「今、怒鳴られた?」と互いに確認し合うと、後方へと移動しました。そして、しばらくすると、2歳くらいの男児を抱いてあやしているCAの姿がありました。いまどきは、飛行機の中の安全を守るだけでなく、子どものお守りまでするのだと、驚きました。

しばらくすると、泣き声の持ち主らしき、子供を連れたお母さんが、一生懸命、前へ行ったり、後ろへ行ったり、子供と歩き回っていました。きっと、CAの女性から「お子さんと一緒に、歩いてみては?」とアドバイスを受けたのかもしれません。

機内を十分に走り回った後は、もう子供の泣き声はしませんでした。たとえ、幼い子どもであっても、お母さんからきちんと相手をしてもらったり、十分に身体を動かして発散できれば、泣かずに済む、ということでしょう。CAの方々の迅速な動きを見ながら、幼い子供と関わる時は、子供以上に、大人が動かなければと、再認識したのでした。
by k-onkan | 2017-11-20 18:23 | 幼児 | Comments(0)

感情豊かなに育てたい!!

毎年、10月から11月は、合同音楽祭に出演する年長児たちを視察するために、木下先生と出張に出かけます。しかし、気になっていることがあるのです。それはここ数年、どんどん、子供たちと普通の会話が成立しなくなっていることです。

e0143522_20314274.jpgもちろん、私が音感を教え始めた30年近く前も、クラスには話が通じない子どももいたものですが、数名は、必ず大人と対等に言葉を交わせる賢い子がいて、その子の言葉で、他の子供たちも状況を理解して、なんとなく、大人と子供が意思疎通できたものでした。

ところが、今は、どこの幼稚園へ行っても、それがありません。教諭たちも、「音感の時間」以外は、いたって静かで、声を出して幼児を指導することが減っています。「大きな声を出すと、うるさいし、疲れるのですが、声の刺激があるから、気を付けたり、気づいたりすることも多いはずです。

何かが起きても、大人が「トントン」と触れる合図で、なんとなく場所を移動したり、次の行動に移り、子供が意識をしないまま、物事が進んでいっているように感じます。これでは、何の体験をしても、それにどのような意味があるかは理解できず、説明する言語力も、思考力は育たないのではないかと心配です。

木下先生は、30年前から歌唱指導の際に、意欲を持てない子供がいると、「誰のために歌っているの?」と聞いたものです。以前は、「先生!」と答える子どもが圧倒的に多かったものでした。すると、「先生のためって、キミは先生の子供か? じゃぁ、ご飯は誰のために食べるんだい?」「お母さん」「キミがご飯を食べるとお母さんの栄養になるのか?」と言われて、子供は初めて、歌を歌うのも、ご飯を食べるのも、「自分が(上手になる)ため」」と気づいたものでした。

今は、「誰のために歌うの?」「誰のために、ご飯を食べるの?」と聞いても、答えは返ってきません。子供たちが努力をするのは、先生のためでも、お母さんのためでも、自分のため、でもなく、ただ、なんとなく毎日を過ごしているのかもしれない、と感じます。

思えば、子供が「ごはんをお母さんのために食べる」と答えるのは、一生懸命、ご飯を作るお母さんのために、残さないように、食べていたともいえますが、今や、幼稚園や保育園で給食や夜食を出してくださるところもあり、ご飯をお母さんが作るのも、当たり前ではない時代になってきているのかもしれません。

最近、幼い子供たちと付き合っていて、子どもの中で、「家庭」や「両親」、そして、自分の喜怒哀楽さえ、定かではなくなっているように感じることがあります。毎日、保育園や小学校、お稽古ごとに出かけ、特につらいこと、嫌なこと、悔しいこともない代わりに、楽しいことや、嬉しいこともあまりない、そんな印象を受けるのです。

これでは、せっかく、幼児期に音感教育を与える意味がないような気がします。音楽は人間らしい喜怒哀楽を表現するものであり、芸術や文学は人間の悩みや苦しみを乗り越えるために存在しているはずなのですが、苦難も幸福も感じない人間には、音楽に癒される資質もないのかもしれません。

世の中をどんなに憂いても、私にはそれを変える力はありません。せめて、私のまわりにいる子供たちには、「幸せな時は幸せ」「つらい時には、つらい」と心底、感じられるように、叱る時は、はっきり叱り、褒める時には極上の喜びを感じられるように、喜怒哀楽を激しく、表して、接していこうと、思ったのでした。
by k-onkan | 2017-11-08 20:30 | 幼児 | Comments(0)

三歳児神話に根拠がなくても

その昔、「3歳児神話」というものがありました。それは、「子供の成長は3歳までが重要」「3歳までは母親が育てるべき」「3歳までは母親が育てないと子供の成長に悪い影響を及ぼす」という3つの考えです。しかし、アメリカの研究で、「3歳児神話は合理的な根拠がない」とされたことから、いつしか、日本でも「無理してお母さんが育てなくても問題はない」ということになっていったように感じます。

e0143522_20415294.jpg確かに、生みの親でも精神的な虐待をしたり、愛情のないお母さんがイヤイヤ、わが子を育てるくらいなら、保育士さんやお稽古事の先生など、子どもの気持ちを理解できる人が関わった方が、幸せなこともあるでしょう。だからといって、3歳前の子どもにとっては、どんな質のいい教育者よりも、愛情あふれる実のお母さんにかのうものはない、と感じています。

「3歳児神話に合理的な根拠がない」と言われてきましたが、みんなが、「悪い影響は何もない」と信じて、親から引き離して、大人の都合だけで育てられる子どもが増えれば増えるほど、「やはり、3歳児神話はあるのでは?」と感じることが増えています。でも、きっとこの問題は、子どもたちがもっと大きくなって、情緒や精神に問題が出てかから、「何かがおかしいのでは?」「こんな育て方は正しくなかった」と気づくときがくるのかもしれません。しかし、それでは、遅いと思うのです。

科学的には研究者がいうように3歳児神話に、合理的な根拠はないかもしれません。長年、大勢の子どもたちを見ていると、3歳までの間に、愛情のある親御さんにしっかり育てられてた子の精神的な強さや根拠のない自信は、幼い頃から親に助けてもらえず、なんとなく、不安なまま成長した子どもとでは、絶対に同じではないと感じるから、「合理的な根拠はなくても、『3歳児神話は無視できない』と感じています。
by k-onkan | 2017-10-13 20:41 | 幼児 | Comments(0)

素直さは基本!!

最近、「うちの子は、家で練習した時には、自分の名前を答えられたのに、幼稚園の面接の時には、すべて『教えてあげない』と言って、どうしようかと思いました」というお母さんの話を聞きました。

e0143522_12335996.jpg幼稚園の面接で「お名前は?」と質問する理由は、その子どもが、言葉でどれくらい意思疎通ができるか、子どもが回りのことをどれだけ理解しているかなどを推し量る意味もあると思いますが、一番、はっきり分かるのは、よその人の言葉をどれほど、素直に受け止め対応できるか、だと感じます。

たとえば、「みんなで、~をしましょう」と先生が優しい声で言った時に、「やってあげない」「いやだ」というお子さんがいると、集団生活は滞ってしまいます。もちろん、なんでもかんでも、大人の言いなりが正しいわけではありませんが、経験が浅い3歳の頃は、素直に大人の話を聞いて、受け止められることが、集団生活の基礎ではないでしょうか。

「家庭ではできていたのに、なぜ?」というお母さんに、私は少しだけ、心当たりがありました。それは、そのお子さんが、家庭では、したいことをしたいだけする生活をしていたことでした。唯一、大人のルールに従っていたのは、楽院のレッスンだけだったはずです。「楽院のルール」があり、それに外れると、先生が怖い声で「ダメ」と取り締まるから、従っていたにすぎません。

これまで、大人の都合に合わせたり、欲求を抑制したりは一切したことがないまま、優しい先生に穏やかな声で「お名前は?」と聞かれたら、調子にのって「教えてあげない」と言いたくなる子どもの気持ちも、分からなくはありません。

また、初めて出合った人から「お名前は?」と聞かれて警戒心が生まれて、「教えてあげない」と意地悪を言ったつもりだったのかもしれません。実際は、どちらかは、想像の域を超えませんが、「入学願書」を提出した園の先生に、「教えてあーげない」と言い子どもは、集団生活で、手がかかることが想像できます。

子どもが「食べたい」と言ったら食べさせ、「喉がかわいた」と言ったら飲み物を与えていいのは、言葉による意思疎通ができない、乳幼児までの間です。言葉を話すようになったら、少しづつ、「ちょっと待ってね」「あとでね」「これ以上は、食べ過ぎだからダメ」など、他人の都合にも合わせる練習をはじめ、躾をする必要を感じます。そして、集団生活に入る前のしつけを家庭で行っておいた方が、集団生活で、子どもの戸惑いは、少ないように思うのです。
by k-onkan | 2017-10-01 23:32 | 幼児 | Comments(0)

公共の場では手をつなごう!

今日は朝からイヤな思いをする日だったようです。よくいくベーカリーに入ると、2歳ほどの女の子がいて、「ママ、*+%&$#……」と何やら言いながら歩き回るので、少し心配になりました。1~2歳の子どもは、欲望の赴くままに行動するからです。

e0143522_19211969.jpg案の定、私の目の前で、女の子は、小さく可愛いひとさし指を出すと、あんドーナツのトレイに近づき、一番中央の一つをつついたのです。その後、指についた砂糖を舐めたので、(絶対に触っているなぁ)と確信しました。しかし、お母さんは離れた場所にいて、子どもの行動には気づいていません。

この年になると、恥ずかしさもないので、「すみません。お子さん、触っていますよ」と伝えました。すると、お母さんは「あ……」というだけで、子どもに注意するわけでも、抱きあげるわけでもありません。仕方がないので店員さんに、「このパンは処分された方がいいですよ……」と伝えました。

後から、そのお母さんがレジの前で店員さんに「お金を払います。すみませんでした」と謝っている声が聞こえました。その様子から、このお母さんも決して悪気はないことが分かります。ただ、「どうしたら、欲望のまま、歩き回る幼いわが子の行動を止められるか」を知らなかっただけなのでしょう。

朝から、「嫌味なおばさん」をしてしまいましたが、一つだけ、「いいことをしたかも」と思ったことがあります。それは、パンが処分された後は、そのお母さんがずっと、女の子を抱いて、商品に触らせないように気を付けて買い物をされていたことです。

楽院に帰ったら、1~2歳児を持つお母さんに「言葉の理解が十分でない幼い子どもを公共の場に連れて出たら、大人は手をつないだり、抱っこをしたりして、保護者の目が届く場所に置かないと、私のような嫌味なおばさんに遭遇すること」を知らせようと思ったのでした。
by k-onkan | 2017-09-29 19:21 | 幼児 | Comments(0)

泣いても怖くないけど、泣き止んで

恒例の三重県の教室で、1歳4ヶ月からベビークラスで関わってきた3歳の女の子のレッスンがありました。小さい頃からお付き合いしているため、たまにしか会わなくても、「ぐんぐん伸びている時期や少し停滞している時期」は分かるものです。そして、今回のレッスンは、残念ながら、少し頑張れない最中に当たってしまったようでした。

e0143522_20242664.jpg最初に、それに気づいたのは、「お母さんにお稽古を見てもらう?」と聞いた時です。女の子は「帰っていい」と答えたのです。たった3歳でも、小さい頃から、木下式を受けていると、いろいろなことに敏感で、「今日はお母さんに見せても大丈夫」「今日は、見せない方がいい」と理解しているように感じます。ちょうど、私たちが、調子がよい日は、苦手なことも簡単にできて、落ち込んでいる日ははかどらないことを知っているようなことかもしれません。

そんな時期のレッスンで、しかも、私のレッスンだったので、女の子はメソメソと涙ぐみ始めました。何度もしつこく口型を訂正されることが、辛かったのかもしれません。もしかすると、涙を見せれば、私が諦めて、指導を緩めると思ったということもあるのでしょう。

教室の先生から「最近、すぐに涙を見せて、最後まで、レッスンをスムースにさせてくれない」という相談がありました。子どもが注意されて泣く時は、「できないことが悔しい」こともありますが、「泣けば、面倒くさがって大人が諦める」と知っていることもあります。この女の子も、力を十分に発揮するより前に、涙を見せ始めました。

最初は、ひざに乗せて、「頑張れ、頑張れ」と優しくなぐさめてみましたが、いつまでも、私が優しい声を出していると、気持ちをふっきることができないと思い、「麻奈先生は、Tちゃんが泣いても、こわくない。それより、口の型を直してくれないと、おけいこが終わりにならないから、早く直そう!」と伝えました。それでも、しばらく泣くことで、私に抵抗していましたが、最後は諦めて口の形を直して取り組み、ご機嫌で帰っていきました。

子どもが泣くとお母さんが申し訳なさそうにされるので、こちらが恐縮してしまいますが、音感を教えている間に、女の子は一度は、「自分と先生のどちらが主導権を持つか」で争う時期があると感じます。そして、この戦いには、負けると、その後、指導に従ってくれなくなるので、絶対に負けないようにしています。

とはいえ、調子が悪い時期は、だれにでもあるものです。特に、2歳半下に愛想のいい弟くんがいるので、お姉さんらしくしていると、可愛がってもらえないばかりか、大人でいることを求められるため、少し、甘えたい気持ちもあるだろうと感じます。お母さんには、弟くんがいないところで、お母さんに抱っこしていただいたり、スキンシップをとったりすることをお願いしました。そうした、心のケアが、外の社会に出て、頑張る原動力になることもあるからです。
by k-onkan | 2017-09-25 20:23 | 幼児 | Comments(0)

長く幼児を泣かせない理由・・・

1週間ほど前のことです。レッスン前に、2歳児の女の子が、寝起きで大泣きしてしまいました。その声は、地下にある楽院まで、響いたので、慌てて迎えに外まで出ました。幼い子供が泣くのは仕方がありませんが、その後の対応で、泣く時間を短くすることはできるものです。

e0143522_1058385.jpgお子さんが、レッスンの直前に泣くと「厳しいレッスンを嫌がっている」と親御さんは思われることでしょう。確かに、幼い子どもに「ダメなことはダメ」と大人には言えないほど(大人はその言葉を受け止め、改善することができないから)はっきりと指摘をするので、「あんなに厳しくされたら、つらいだろう」と想像されるのでしょう。

でも、ベビークラスから通ったお子さんは、それぞれの気質や長所短所を含めて、知った上で、指導してきたため、「厳しく言った方がいい時」「優しく慰めた方がいい時」を使いわけて指導しています。また、小さい頃から、少しずつ苦手だった課題を克服して、音感のレッスンに移行しているので、実は、子どもたちは、「それは、ダメ」とか「コラ」と声をあげられても、あまり、怖くはないのです。また、先生の言葉に従って、気を付けようと思えば、気を付けられるだけの、素地は身に付けています。

では、望クラスを経て、音感レッスンにあがった子どもが、なぜ、楽院の前で、大泣きするのでしょうか? 

たいていは、「レッスンそのものがイヤ」というより、「まだ疲れているのに…」まだ眠いのに…」「今はそういう気分じゃないのに…」「絵本を読みたかったのに…」「ママと仲良くしたかったのに…」などという理由で、昼寝から起きたら、「楽院で、すぐレッスン!」という状況は、全身拒否したくなるのだろうと思います。

この話を実際に、子ども時代に楽院に通った卒業生ママにすると、「楽院に来たら『やることはやらなくちゃ!』ということは、子供心に分かっていた。でも、寝て起きて楽院にいたら、それは、すごくつらいと思う」と想像できるようです。これは、楽院のレッスンだけではありませんが、幼稚園でもお稽古事でも、どこかに出かける時は、時間に余裕を持って、その場所で、本を読んだり、水を飲んだり、心を整える時間は大切だと感じます。

楽院前でわが子に泣かれたお母さんは、とても気にされて「今後は、泣かせないように気を付けます」と言ってくださいましたが、実は、楽院の前で泣くことで「スパルタだと思われること」ではなく、泣く子どもを連れているお母さんの「まわりからの評価」、そして、聞分けなく大泣きする子どもに対する「まわりの冷たい目」の方が心配だから、「泣かせない工夫をしていただきたい」と思っているのです。
by k-onkan | 2017-09-21 23:48 | 幼児 | Comments(0)

幼稚園選びはママ友選び!?

秋になると「どんな幼稚園を選んだらいいでしょう?」という質問をよく受けます。私たちは、「お母さん自身が、自分の目で見て、わが子を通わせたい幼稚園を自分の勘を信じて選んでください」とお伝えしますが、「見ても違いが分からない」という答えが返ってくることもあります。

e0143522_7123417.jpg誰もが動物的な勘で、「ここ!」という幼稚園と出合えれば理想ですが、「可もなく不可もなく」という園とたくさん出合うと、果たして、どれが、自分の子に合っているかを見極めるのは、難しいことかもしれませんが、「子どもに合っている」のと、同じくらい大事なのは、お母さんが、おつきあいしたいと思うお母さん友達がいそうなところです。

たとえば、子どもがどんなに幼稚園に楽しく通っていても、お母さん同士が価値観や時間の使い方がかけ離れていたら、他のお母さんとのお付き合いが負担になり、距離をおくこともあるかもしれません。

残念ながら、親御さん同士が仲がいい人の子ども同士がたくさんの時間を過ごすため、幼稚園の中でも仲良くなっていき、親御さん同士が距離があると、知らず知らずのうちにわが子が疎外感を持ってしまうこともあるようです。

お母さん同士で気が合うことは大事ですが、忘れてはならないのはあくまでも「子どもの幼稚園」ということであり、お母さんにとって、完全に価値観が合うママ友と出合うのは、不可能かもしれません。わが子の幼稚園生活が充実したものになるように適度な常識と礼儀、そして、距離をもって、上手に付き合っていきたいものです。
by k-onkan | 2017-09-16 23:41 | 幼児 | Comments(0)

読みたい時が来るように育てる!

2歳8ヶ月の女の子を持つ卒業生ママが、「うちの子は、ひらがなをまったくよもうとしないんです。同じ年の子の中には、文字に興味を持って、もうすらすら読む子もいるのに……」と心配そうです。Aちゃんは年齢に対して言葉が達者で賢い面を持っています。だからといって、何でも「できるのが当たり前」ではないことを、大人は忘れないようにしたいものです。特に、言葉が達者なこの子にとって、今は「文字」の興味より、たくさん喋ることの方が楽しいのです。

e0143522_1035476.jpg幼児期に「何かを教えたい」と思う教育熱心な親御さんは、まわりの子どもの様子を見て、「これも、あれも」と心配になることが多いようです。しかし、物事には、適時があり、それは、年齢だけで決められるものではなく、環境や興味の対象によって、習得の順番は個人によって異なって当たり前なのです。

たとえば、小学校に入る直前の子どもが、「よその子は読み書きができるのに、一人だけまったく興味がない」と言うなら、大人は「なんとか興味を持たせる工夫をして、最低限、読み書きを教えて、小学校へ入学させよう」と少し、本気になる必要があるかもしれません。

たとえば、自分の財布のお金を持って、一人で買い物ができる年齢になったら、足し算、引き算はできなければお金を使う資格はないと思いますし、「九九」も知らないより、知っていた方がいいと感じます。

しかし、幼稚園に入園前のお子さんは、ひらがなの読み書きが絶対にできる必要は個人的には感じません。また、楽院で音感教育を受けている子どもたちは、年少から年中にかけて、少しずつ、「文字を知りたい」「読みたい」「友達に手紙を書きたい」という時発的な思いで習得していくと感じます。

たとえば、年少児であっても、楽院の同級生全員がひらがなの読み書きができるようになっていたら、まわりとの違いに、本人が、自信を失うと困るので、「家でも少しづつ教えてください」とアドバイスをすることはあるかもしれませんが、基本的には、幼児期の学びは、その子が「興味を持った時」が適期といえます。

とはいえ、「楽院の先生たちが、幼稚園前にひらがなを読める必要はない」と言ったからといって、「ひらがなに興味を持つきっかけ」や「働きかけ」をまったくしないでいいという意味ではないのです。

たとえば、子どもの持ち物に書いてある「自分の名前」や「身近な名称」を、「読んでみたい」「知りたい」と思うように、市販の50音表をお風呂に貼って、「ありのア」「いすのイ」など、身体が温まる時間を使って遊びの中で文字に興味をもたせるたり、「あいうえおの絵本」などを読む機会を持つなどは、した方がいいと思うのです。何にしても、子どもの学びは、親御さんの働きかけ次第だと感じます。今、しなくていいことは、一生、しなくていいわけではないことを忘れないでいただきたいと思っています。
by k-onkan | 2017-09-15 10:32 | 幼児 | Comments(0)

泣いて通報されないように

2歳児クラスが始まる直前に、どこからともなく、ギャーと小さな子供の泣く声が聴こえてきました。楽院の前の細い道からのようでした。その声の大きさに、「うちの生徒に違いない」と思い、走って出ていきました。「どうしたの?誰が泣いているの?」と声をかけると、3歳になったばかりの生徒が、お母さんの抱っこから逃れようとしている姿が見えました。

e0143522_20254175.jpg「どうしたんですか?」と伺うと、昼寝から起きたばかりのところで、楽院に到着したとのことでした。子どもの目線で考えると、お昼寝から目覚めたら楽院で、「すぐにお稽古」と想像しただけで、「イヤだー」と泣き叫びたくなる気持ちも分からなくありません。

お母さんに「飲み物や甘いものは、お持ちですか?」とうかがうと、ちょうど、その日は、手持ちの水筒も甘い食べ物も持っていらっしゃらなかったようです。そこで、「お水と甘いビスケットをあげるから、お稽古の前に、まずゆっくりして」と機嫌を取ましたが、私と目を合わせたら、時間の問題で、レッスンになると知っているため、泣くのを止めません。

「そろそろ、いい加減にしなさい。疲れているのは分かるけれど、外でそんなに大声で泣いたら、今は『お母さんが、いじめている』と言われて、189番に連絡をされてしまうこともあるのだから……」というと、子どもは驚いて泣き止みました。大人の話を理解して、泣くのを止められるところが、楽院に通う子どもの賢さだと、自負しています。

「泣くのをやめて水とビスケットを食べてみる?」と聞くと、「うん」と言って中に入ってきたので、水とビスケットを与えました。9月といっても、日中はまだまだ暑いですし、お昼寝から起きた時には、水分が欲しいものです。また、子どもに甘いものを与えることに賛否両論がありますが、子どもに目を覚ましてほしい時には、甘いものは、絶大な効果があると感じます。

2歳の子どもたちは、まだ幼いので飴玉は与えませんが、もう少し大きくなった幼児は、暑い夏の日は教室に到着して、「幼稚園で疲れた」と愚図られたら、水を飲ませて、飴玉の一つも与えます。「甘やかして」と思われるかもしれませんが、木下式のレッスンを、幼稚園の後に、じっくり1時間半から3時間受ける子どもたちには、ほんの少しの何かは、絶対に必要です。大人であっても、「木下式のレッスンを受けるのは、無理」という方が多いのですから、2~4歳の子どもに、頑張ってもらうためには、大人も少しくらい、何かを譲歩することは、大目に見ていただきたいと思っています。

そして、どんなに、「疲れた」「眠い」「今日は、やる気が出ない」など、子どもなりに理由があっても、公共の場で、いつまでも、ギャーギャー泣く際には、「泣くのをやめなさい」と諭す必要がありますし、お母さんの言葉で気分をかえられないなら、何か気分を換えさせる方法を親として、いくつか、見つけておく努力も必要です。さもないと、今は簡単に虐待を疑われ「189」に通報されてしまうことも多いのですから。
by k-onkan | 2017-09-14 20:21 | 幼児 | Comments(0)