麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
カテゴリ
全体
木下式音感教育法
しつけ
子育て
教育
お稽古事
親業
音楽
乳児
のぞみクラス
幼児
児童
名誉団員・卒業生
思春期・反抗期
自立について
運動
発達障害
保育園
楽院だより
我が家のこと
自分のこと
以前の記事
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
フォロー中のブログ
蛹の頃~さなぎのころ~
最新のコメント
出演園児のお母様へ ..
by k-onkan at 06:33
一番こわいのは、マナ先生..
by 出演園児の母 at 10:48
昔、近所の顔なじみの飲食..
by k-onkan at 10:32
>「じぃじ」 凄いです..
by ha-i at 01:48
ばら組の保護者さま ..
by k-onkan at 17:06
作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
ブログパーツ
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


カテゴリ:幼児( 384 )

家では本当の姿を見せるかも

今年の合宿で、感心したのが幼児部の子どもたちです。今年は、年長1名と年中2名の女児が参加しましたが、5日間の集団生活でも、涙も見せずに、最初から最後まで楽しそうに頑張っていました。その中で特に驚いたのは、年長の女の子が自分の髪を自分で三つ編みをしてまとめることを家で教わってきたことでした。小学生の女の子でも、髪を一つにしばることはできても、三つ編みをして、前髪が顔にかからないようにするほど、手の込んだことをする子はいませんでした。

e0143522_1124048.jpg合宿で、頑張る女の子の中には、楽院の先生の前では、特別な「いい子の自分」だけを出そうとして、その分、お母さんに「あるがままの姿」を見せる子も多いのです。合宿で頑張ってきたから、お母さんに甘えて、わがままを言っているので、許容できる範囲では受け入れてあげていただければと思います。

幼児部から合宿に参加して「楽しい」と思うためには、「音感のお稽古」だけでなく、日常生活においても、先生の指示やまわりで起きていることを理解できて、身辺自立している必要があります。今年の子どもたちは、音感においても、日常生活においても、自立していると感じました。それでも、家に帰ったら子どもらしく、親御さんに甘えていてほしいと思います。

今回、初めて、合宿に参加したお子さんも、「それなりに」は楽しかったと思いますが、小さい頃から合宿を経験しながら、少しずついろいろなことを身に付けたお子さんに比べると、「わからないこと」が多く辛いこともあったかもしれません。

それでも、小学生になったら、少しずつ、親御さん以外の他人と生活する機会は、大切にしなければと思います。子どもには必ず、家族以外の人と関わりたいと思う時が来ます。その時に、他人と歩調を合わせられないと、寂しい思いをすることもあるからです。
by k-onkan | 2017-08-03 23:00 | 幼児 | Comments(0)

些細な違和感を見逃さないで

小さい子どもが「中耳炎」になるのは、よくあることのようです。中には癖のようにいつも中耳炎を患うお子さんもいます。お医者様が「水中で音を聴いている感じ」と言われる通り、聴こえ方が違うと、声の出し方にも影響があるようです。

e0143522_2051167.jpgお医者様によっては、「片耳は聴こえが悪くても、両方を合わせれば、聴こえている」といわれる方もあるようです。「音感教育」を教える私たちは、「聴こえ」が悪いと、とても心配になります。なぜなら、耳を鍛えるのが、音感教育だからです。

幼児期に聴覚訓練を受けた私たちは、少しでも聴こえ方が異なると違和感や不快感を感じます。幼い子どもであっても、決して何も感じていないというわけではないように思います。私たちが、子どもの耳の病気に過敏なほど反応するのは、音感が聴覚訓練だから、というだけではありません。

子どもの頃の中耳炎が原因で耳の聴こえが悪くなり、音楽の演奏をできなくなった人を知っているからです。その人は、子どものころから音楽を勉強して、才能があったといいますが、「耳」が正常に働かなければ、誰かと一緒に演奏をしたり、音楽の道で生きていくのは、困難なのです。

幼児期の子どもにとって、心配なことは、「耳」だけではないと感じます。たとえば、「目」も眼科では「きちんと見えている」と言われても、目玉を動かす運動ができなかったり、焦点を合わせられなかったりすることで、他の面の発達が遅れることはあると感じます。

私は、小学校に入って初めての眼科検診で、右目が極端に悪いことが分かりました。しかし、左目を合わせると、きちんと見えたことから、メガネをかけるなどの特別な処方はありませんでした。しかし、今思うと、子ども時代に左右の見え方が極端に違ったことで、ボール投げを異常に怖がったり、先生のお手本を見ても友達のように、バランスよく上手な字が書けなかったのだと、思い当たります。

そう考えると、些細なことでも、他の面の発達に関わることがあるから、目や耳、身体の問題があったら、「いつか、なんとかなる」ではなく、大人が気付いてできることは、したいと思っています。調べて何もなければ、それに越したことはありません。でも、それが原因で、他の発達に支障があったら、やはり、子どもが気の毒だと、個人的には思うのです。
by k-onkan | 2017-07-11 20:03 | 幼児 | Comments(0)

夏休みにしてほしいこと

「夏休みに何をしたら子供が伸びるか?」という質問をいただきました。夏休みは勉強や音感のことをするより、家族一緒に夏にしかできないことをしていただきたいと思います。

e0143522_19155263.jpg毎年、休みあけに「伸びた」と感じる子どもは、いろいろな塾や教室に通った子どもより、家庭でお母さんのお手伝いをしたり、家族でキャンプに行ったり、山登りをしたりなど、充実した夏休みを過ごしたお子さんだからです。

何より大事なことは、「わが子が3歳の夏は今年しかない」ということを忘れないことです。毎日が当たり前に過ぎていくと思いがちですが、私たちもいつ突然、事故や病気になるか、分かりません。今この時は、もうない、ということを忘れないでいただきたいのです。

私たちが病気や事故に合わなくても、子どもはやがて、友達や先生が好きになり、家族旅行より、友達や先生といくキャンプや合宿が楽しいという時期がきます。お母さんとお父さんが世界で一番、好きでな時期にしか、できないことをしてください。それが、子どもの原体験となり、一生の思い出となるはずですから――。
by k-onkan | 2017-07-07 19:15 | 幼児 | Comments(0)

幼児はいろいろな顔を持っている

数週間前から母子分離の練習を始めた、2歳10ヶ月の女児のレッスンがありました。3歳に向けて母子分離は大事な訓練なのですが、毎週、大泣きさせていると、お母さんの心が折れてしまうかもしれません。

e0143522_20365421.jpgそこで、今日は、「ママがいても、やることをきちんとやる」を目標にレッスンを行いました。教室に入ると、すでに女の子は緊張で顔がこわばっていました。私が「お母さんは別室でお待ちください」と言ったら大泣きする準備万端なのは、表情から一目瞭然でした。

そこで、「今日は、ママが中にいてもいいですよ。でも、ママがいても、やることはちゃんとやるのがお約束」と伝えました。お母さんが出ていかないと分かると、早速「それは、やりたくない……」が始まりました。

同じ部屋にママという味方がいれば、願いはなんでもかなうと子どもは思うのかもしれませんが、ママがいても、いなくても、私は厳しいので、「お約束はどうしたの? ママがいてもやるっていったのに、やらないと、ママは出ていかんければいけないのだけれど……」と真面目な声で伝えました。

女の子はママが部屋から出されたらたいへんと感じたのか、すぐに気分を変えて「やる」と苦手なブレキエーションにも取り組みました。その後も、唇をギュッとかみしめ、真剣に平均台の上を歩き、トランポリンに取り組もうとしていました。その時です。お母さんが、「笑顔で!にっこり!」と優しい声をかけられたのです。

申し訳ないとは思いましたが、「子どもが真剣に挑んでいる時は、『笑って!にっこり』という言葉がけはダメですよ。私たち大人も本気で何かに取り組んでいる時はニコニコ笑う余裕はないですよね。一般に、ママたちは『わが子に楽しんでお稽古を受けてほしい。笑顔でいて欲しい』と願っていらっしゃるのは、よくわかります。でも、子どもにとっては、すべての課題が楽しいわけではありません。中には泣いて放り出したいほど苦手なこともあります。それでも、唇をかみしめて頑張っています。ママも我慢して見守ってください」。今の時代には、かなり厳しいのかもしれませんが、頑張っている子どもの気持ちをお伝えしたのです。

この言葉を聞いて、女の子は何かが吹っ切れたようでした。もしかすると、私がママのことまで注意するとは想定外だったのかもしれませんし、女の子の気持ちを伝えたことで、覚悟が決まったのかもしれません。その後は、最後までママに目もくれずに集中して頑張りました。ママにとって、「初めて見る娘の真剣な顔」だったそうです。

ママに大事に育てられている子どもの中には、「ママがいれば、何でも自分の願いをかなえてくれる」とママの前で、とてもわがままになってしまう子がいます。だれのせいでも、ないのかもしれませんが、ママの優しさが、子どものわがままをかえって、増長させてしまうこともあります。そういうときは、ママから離すことで子どもに諦めをつけさるという効果が母子分離にはあるようです。しかし、その反面、ママがいない時しか、真剣になれないとなると、見学会や音楽会で、ママが見学に来た途端、自分の力を発揮できなくなることもあります。

10年ほど前のことになりますが、歌も上手で、友達と一緒の時は、いきいきと活動する女の子なのに、お母さんが教室に入ってきた途端、貝のように口をとざし、言葉も歌声も出さなくなるお子さんがいました。理由は分かりませんが、ママの前でしっかりした姿を見せてはいけない理由が子ども心にあったのでしょう。うかがうと、幼稚園でも同じとのことでした。

せっかく、勉強している成果をお母さんの前で発揮できないのでは、申し訳ないので「ママの前でも、ちゃんとやりなさい。一生懸命、毎週、連れてきてくれるママの前で、頑張っている姿を見せられないなら、通わせる意味がないと思う。そんなにママの前でやるのが、いやなら、お泊りして、先生の子になってもいいわよ」等など、いろいろなことを言ってママの前でも同じ姿で頑張ることを教えたことを記憶しています。

お母さんが「初めて見た」という女の子の「自立した顔」は、幼児であっても「できることはやる」と高い目標に向かわせる楽院の方針と、「ダメなことはダメ」という躾面の姿勢によって、引き出されているにすぎません。

もし、「やりたいことだけ、やりましょう」というお教室にいけば、「真剣な顔」の代わりに、楽しくその時間を楽しむ顔を見ることができるはずです。でも、大事だと思うことは、子どもは環境によって見せる顔が違うこと、そして、必要があれば「真剣な顔」ができるようになっているという成長を、親御さん自身が感じて下さることかもしれません。
by k-onkan | 2017-06-16 20:35 | 幼児 | Comments(0)

バイリンガルゆえの苦労もある!

いろいろな地方の幼稚園、保育園に伺っていますが、最近、木下式を勉強するお子さんの中にも、ハーフのお子さんや外国出身のお子さんが増えています。両親ともに外国出身の方の場合は、お子さんが先に言語を習得して、親御さんの通訳をすることもあるようですが、問題はどちらか一方が外国出身で家庭の会話が日本語でない場合かもしれません。

e0143522_22312047.jpg一般に子どもは家庭の中で、家族の会話を聴きながら、自然と言葉を覚えていくものです。しかし、家庭で話す言葉が外国語であると、日本で生活して学校へ行ったり、仕事をするに足る日本語力が身についていないことがあるようです。楽院にも英語、韓国語、中国語とのバイリンガルのお子さんがいますが、音感かるたの説明を「深く」理解するのがとても難しいようで、ご家族の方に一緒に覚えていただくなど、いろいろな工夫をして教えています。

現在、望クラスには1歳半のバイリンガルの男の子がいます。以前は、音感かるたの説明やメロディーを聴くと、ニコニコと喜んでいたのですが、最近、日本語を聞いても以前ほど興味が持てず、かんしゃくを起こす姿をよく見かけるようになりました。

お母さんにうかがうと、家庭での会話はほとんど、ご主人の母国語にしているそうです。故郷から離れて日本で暮らすご主人のために、どうしても、言語だけはしっかり習得させたいというお母さんの気持ちはたいへんよく理解できます。けれど、日本で暮らす子どもとしては、日本語が十分に習得できておらず、以前、ほど、楽しくレッスンを受けられないように感じます。もしかすると、音感かるたの説明をする私に「どうして家と違う言葉を話すのだ!」と怒っているのかもしれません。

お母さんは、「1歳で二か国語で話しかけられる内容を、それぞれ理解しているのは、自分が1歳の頃より賢い」と安心されていたようですが、こんな盲点があったなんてと、がっかりされたかもしれません。確かに、一般の1歳児は一つの言語を理解するのが、やっとなので、二つの言葉で言われたことを理解できているのはすごいことなのですが、そこにこそ、バイリンガルの落とし穴があります。それは、それぞれの言語を理解している分、それぞれの言語の蓄積量は決して多くないということです。そのため、バイリンガルのお子さんが、スラスラと言葉を話すまでには、とても長い時間がかかります。

学生時代のアメリカ人の親友は、メキシコ人とのハーフの子を授かり、乳児期からスペイン語と英語の両方で子育てをしていました。どんな言葉も、必ず二つの言語を使って説明して、それを理解するとても賢い女の子でしたが、言葉を話すようになるまで、長い時間を要した姿をみて、私ははじめて「バイリンガルの苦労」を知ったのでした。

言語を深く学んだことがないと、「異なる言語を話す両親がいるなら、最初から二か国語を同時に習得させたら後がらく」と思われるようですが、実際は基本となる言語―母国語―をじっくりと確実に習得した上で、外国語を学ばないと、どちらもいい加減になりがちです。

それでも、あえて、乳幼児期から、二つの言語を教えるのなら、私なら、二つの言語を一般の人の何倍も耳に入れる努力をすると思います。とりあえず、1歳の男の子のお母さんには、その男の子のためだけに、「自己紹介の絵本」を二冊作ってほしいとお願いしました。写真や絵を貼った同じ絵本を、父の言葉、母の言葉で2冊作って、読み聞かせをするのです。また、今後、購入する絵本は、同じものを2冊用意し、日本語のままのものと、外国語で書き直したものを用意して、意図的に日本語と外国語の存在を教えようと考えています。

二つの言語を持っているのは、素晴らしいことです。しかし、どちらの国で生きるかが、定まるまでは、どちらか方に偏らなず、当面は、暮らしている国の言葉は、同年代の子供と対等に話せるようにしたいと思います。人は環境によって、発達します。家族に二つの言語があれば、当然、その二つを習得しますが、そこにある苦労や、生きづらさに気づいたら、配慮や支援が大事だと感じたできごとだったのでした。
by k-onkan | 2017-06-08 19:27 | 幼児 | Comments(0)

他人に叱られてもいい?

1歳のお子さんとお母さんのお稽古をしていた瑠音先生が、「そろそろ、ダメなことはダメを教える必要があると思いますよ…」という話をしていました。お母さんの中には、「子どもが嫌な気持ちになること」を一切、言うことなく上手に子どもが自分から「やりたい気持ち」に導くことが得意な方がいます。それは、とても素晴らしいことなのですが、残念ながら、その手法はずっとは続かないのです。

e0143522_10451287.jpgなぜなら、子どもに自我が芽生えてくると、「大人がやらせたいこと」が「子どものしたいこと」とは異なってくるからです。お稽古ごとなどで先生や友達と一緒に何かをする際には、時間の限りがあります。そのため、「時間内」にやる気になれないと「おしまい」になってしまうことがあります。お母さんは、「なんとか、やってほしい」と思うかもしれませんが、そんな時には無理にさせずに「おしまい」にすることで「時間には限りがある=自分の都合だけでは進まない」ことを教えることも大事だと感じます。

世の中のお母さんには、「自分では叱れないし、言ってもいうことをきかない。よその人から叱ってほしい」という方もいるそうです。しかし、過保護な私たちは、「うちの子―甥も生徒も」がよその人から叱られるのは、絶対にイヤなのです。だから、子ども時代は、自分が憎まれ役を買ってでも、自分で厳しくしようと思っています。

20年以上前のことになりますが、2歳の女の子がお母さんと一緒に体験に来られたことがありました。そのお嬢さんは活発で可愛い子でしたが、あまりの愛しさにお母さんは叱ることができないとのことでした。また、お父さんは、自身が父親に厳しく叱られて育ったことから、わが子は絶対に叱りたくないという方針でした。楽院に体験に来た頃には公共の場で騒いだり、椅子の上に立ったりなど、相当、自由奔放に育っていたようです。

ある日のことです。電車の中で、見知らぬお祖父さんから、「こんな躾の悪い子どもを電車に乗せるな」と大声で怒鳴られたそうです。女の子本人も驚きましたが、一番、ショックを受けたのはお母さんでした。自分の子をきちんと育てないと、よそでこんな目に合うというはじめての体験だったそうです。そんなことから、「歌を上手にしたい」という目的と同時に、「しつけをしてほしい」と楽院に入学されたのです。

教育熱心のママが大勢いる場所にいったら、よそのお母さんから「あなたの子どもがいると、迷惑」と面と向かって指摘されることもありますし、実際、迷惑をかけていたら、子どものために頭を下げなければならない場面もあります。お母さんがわが子を守りたいと思うなら、どんな事情があっても誰にも文句を言われない状態に育てることです。さもないと子どもであっても、人間としての尊厳を傷つけられることは、あり得るのです。

よその人に責められたお母さんはきっと悔しく、悲しいことと思います。ですが、決して「自分はダメな子どもを授かった」などとは思わないでほしいのです。子どものしつけがされていないのは、その子どもの責任ではなく、それを許してきたまわりの大人の問題だからです。

とは言え、「よその人に叱られたくない」といって保護者が気を付けられるのは、せいぜい成人まででしょう。つまり、子育てできるのは20歳までかもしれません。それ以降は、会社の先輩や上司、社会から叱られて覚えることもたくさんあるでしょう。その際によその人から素直に教えを請うことができるには、子ども時代は「誰のいうことも聞かない子ども」ではなく、自分の意思を持っていても、大人の言葉に耳を傾ける素直さも大事な資質だと思うのです。
by k-onkan | 2017-03-11 20:43 | 幼児 | Comments(0)

子供に期待するなら・・・

年少児のクラスで歌唱指導をしていた時のことです。口を上下に積極的に開ける子もいれば、半分しか開けない子もいます。そこで子どもたちに聞きました。「もし、みんながお母さんになった時、自分の子どもに大きな口を開けて歌ってほしい? 半分しか口を開けない子がいい?」。すると「大きく口を開けて歌う子がいい」「じゃ、まず、口を開けて上手に歌えるお母さんになれるように頑張ろうね」というと、みんな、一生懸命、口を開けます。

e0143522_18421549.jpgレッスンの途中、「声が違うから直して」と言われただけで「ギャー」と泣いてしまった子には、「もしお母さんになって、子どもに「ダメよ」と注意したら、いきなり「ギャー」となく子が欲しい? それとも泣かずに直せる子がいい?」と聞くと「泣かないで直す子」という答えが返ってきました。

私たちはみな、自分ができないことも「自分の子ども」には「やってほしい」と思う願望があるのかもしれませんが、子どもに何かをさせるためには、まず、親御さん自身ができる必要があります。子どもたちにも「まずみんなが歌上手で賢い人になろうね」と伝えました。

しかし、中には、「親ができないこと」を子どもが頑張る例もあります。そこで、おやつの時間に「瑠音先生は泳げないけど、瑠音先生の子どもは泳ぎが上手なの。それはね、泣いても、嫌がっても毎週、瑠音先生が水泳教室に連れていったからなの。お母さん、お父さんが苦手な時には、一生懸命、頑張って通わせることもあるのよ」とお話しました。

近い将来、音感を習得した子どもたちが「お母さんは歌えない」とか「音が分からない」と批判することがないように、お母さんたちは自分にできないことを頑張ってほしいから、一生懸命、通わせたのだと言えるように、教えました。

今、「下剋上受験」というテレビドラマが放映されています。中卒のお父さんが、娘を中卒にしないために、一緒に勉強して、偏差値41を72にあげて中学受験を乗り越えたという実話がもとになっているそうです。ドラマではなく原作を読みたいと購入したところです。教育の基本は「子どもにだけ努力させるのではなく、親も一緒に努力する」ことで、親子で成長することかもしれません。
by k-onkan | 2017-01-31 18:42 | 幼児 | Comments(0)

カベちゃんには注意!

音感を鍛えると、一度に2つ以上の音を同時並行で聴く練習をするためか、日常生活の中でも、「耳が敏感だ」と言われることがあります。例えば、私も瑠音先生も子どものレッスンをしていても、隣の部屋の物音や電話や呼び鈴の音は聴き逃さないようです。

e0143522_18413866.jpgその度に、「よく聴こえますね?」と驚かれますが、無意識に音を聴く習慣があるようです。そして、耳がいいのは大人の私たちだけではありませんでした。1年生になる甥Kもかなり耳がいいようで、大人には敬遠されています。

先日、瑠音先生の家に学生時代の友達のご夫妻が遊びにきたことがありました。Kは大好きな奥さんと子供部屋で遊び、兄甥と大人たちは旦那さんとリビングで世間話をしていたといいます。すると、突然、Kがスクッと立ちがって応接間に行き、「そんなひどいこと言っちゃダメだよ!」と旦那さんに注意したのだそうです。

旦那さんは、隣の部屋に奥さんがいるのをいいことに軽口をたたいたようなのですが、それを耳ざといKに見つかってしまったのでしょう。でも、一緒にいた奥さんには一切、何を言われたか聴こえず、以来、「安藤家の子どもたちは耳が良いから、うかつなことは口にできない」とかえって恐れられてしまったようです。

昔から、我が家では、子どもが同じ部屋にいるときは、「カベちゃん」がいると言って、大人同士が気を付けて会話をする習慣があります。「カベちゃん」のカベとは、「壁に耳あり、障子に目あり」ということわざからきています。「こっそり話しているつもりでも、誰が壁に耳をあてて聞いているか、誰が障子に穴をあけて覗き見しているかもしれないことから、隠し事を話すときは注意するべき」ということで「カベちゃん」がいるというと「聴いているよ」ということなのです。

早期教育によって、いろいろな刺激を与えた子どもは、特に大人の言葉をよく理解しますし、それを覚えておく記憶力もあります。しかし、幼い子どもゆえの未熟さで、深い考えもなく余計なことを口走ったり、他人を不快にさせることも多々あるため、大人にも注意は必要だと感じるのです。

さて、数日前、母が10歳の時に亡くなった祖父の命日で親戚で集まったことがありました。その時に、祖父母が子どもに聴かれてはいけない話は、すべて「フランス語」でしていたことを叔母から教えられました。若い頃、フランスまで音楽の勉強にいった祖父母はフランス語が堪能だったからこそ、できた内緒話だったのでしょう。私が会ったことのない祖父も、小さい頃から可愛がってくれた祖母も「カベちゃん対策」をしていたことに、とても嬉しくなったのでした。
by k-onkan | 2016-12-19 18:41 | 幼児 | Comments(0)

目前のにんじんは先生の褒め言葉!!

今日は、東海地方の幼稚園に音楽祭の指導にうかがいました。この園は100名以上の園児が音楽祭に出演するため、全員が上手に歌うとそのパワーは圧巻です。しかし、大勢の幼児がいる分、全員が興味を持って話を聞くように仕向けないと、先生の言葉もピアノの音も特定の子どもにしか届かず、全体として残念な歌声になることもあります。

e0143522_1924128.jpg100名の園児がいれば、その育ちや発達には個人差があるものです。幼児たちは指導する先生の言葉の高さや刺激次第で、ピアノの音に耳を傾けたり、友達の声を真摯に受け止める習慣が身につくのですが、「この子は音楽が苦手だから」と無理強いも、励ましもししないまま子ども任せにすると、意欲のある子とない子に大きな差が生じてしまいます。

そんな時、木下先生は、「きれいな水と泥」の話をします。「この水はきれいでしょ?この水に泥をいれたら、飲みたい?」「飲みたくない」「歌も一緒だ。友達が一生懸命、頑張っている時に、違う声を出すのは、いいか?」「ダメ」「だから、違う声を出さないようによく聴く
んだ」。

たとえ、歌に苦手意識を持っている子であっても、自分にも大人の目が向けられていると知ると、「上手に歌おう」「一生懸命頑張ろう」とするものです。反対に「自分は期待されていない」と思うと怒鳴り声を出したり、あくびが出たりが始まるのです。

木下先生が園児の指導をする際には、どんなに大勢の子がいて、どんなに手間がかかっても、必ず一人ずつ歌わせ、その都度、園児の立つ位置を変えていきます。一生懸命、正しい声で取り組む子は中央に、行儀が悪かったり、人の話を聞かずに違う声で歌う子は、なるべく端に移します。頑張っている子の邪魔をさせないことと、「自分が違う声を出している」と子ども自身に意識を持たせるためです。

この様子を「差別だ」「子どもがかわいそう」と思われる方もいるかもしれませんが、人は「努力しても、しなくても同じ結果」と知りながら、全力投球し続けるのは難しいものです。まして、幼児ならなおさらで、「頑張れば真ん中のグループに入れてもらえるかもしれない」という目標「目の前のにんじん」が必要なのです。

今日は、往復の新幹線の中で「教育の経済学」という本を再読しました。その中に、「子どもに、ご褒美は悪いのか」という項目がありました。教育の世界では、「ご褒美でつって勉強させることがいけない」とよく言われますが、経済学的には、「すぐに得られるご褒美を設定することは、今努力することの利益や満足を高め、先送りさせない戦略になる」と言えるといいます。

ご褒美というと「物」を与えることばかりを考えるかもしれませんが、子どもが頑張った時に、その努力や成長に気付き、すぐさま、褒め言葉を与えたり、配置を変更することは、子どもにとって「自分を認めてくれた」という嬉しいご褒美なのです。

音楽祭まであと2ヶ月です。子どもたちに、緊張感をもって歌唱練習に取り組ませるためには、先生たちの努力が欠かせません。木下式を実践する幼稚園の先生たちにとっては、毎年恒例の音楽祭ですが、今年、出演する年長児にとっては、たった一度の音楽祭です。悔いが残らないように、先生とお子さんと努力を共有してほしいと願っています。
by k-onkan | 2016-12-14 19:24 | 幼児 | Comments(0)

コワイ声は聴かないで・・・

楽院は今週の土曜日に、日頃の勉強成果をご両親や祖父母の皆様におきかせする音楽会を行います。その中で、3歳児が「なかよしかばさん」と「おしゃれなこねこちゃん」の二曲を歌うのですが、歌詞もそれぞれ2番まであり、途中で混同しやすい場面が多くあります。

e0143522_19113951.jpg本番に失敗して、子ども達が、悲しい思いをしないように、「おしゃれ」と「おうた」、「ひらひら」と「りんりん」など、間違いやすいところは、「お・しゃ」「お・う」「ひ・ら」「り・ん」等、二語先導をして、子どもが瞬時に思い出すように声をかけています。

本番は、保護者の方がビデオを撮ったりされると思うので、できれば、私の「刺激度のきいたコワイ声」が入らないように、小さな声で先導したいと思っていましたが、ビデオに残らない目立たない声は、3歳児には伝わらず、練習の時に木下先生から「もっと高いピッチで、先導をせよ」とお叱りを受けました。そこで、本番も先導しますが、これも小さな頃の可愛い思い出として私の声が入ったビデオになることをご理解いただければと思っています。さて、先導によって、歌う直前に瞬時に注意を受け止める練習をしていると、咄嗟の時でも大事なことが頭をよぎったり、何かを思い出す効果があると、個人的には感じています。

年少の間は、私が一生懸命、「間違わせないように」と先導していますが、年齢があがるにつれて、小声の先導にも注意が向けられるようになります。そして、高学年になると、真正面を見ながら、メロディーを取る私に目配せをして、「先生、つぎの歌詞の頭、教えて」と合図を送ってきます。その頃になれば、私の声は、ビデオに残らなくなるはずです。

日頃の勉強成果を発表する会では、子どもたちの最善の状態をお見せするために、私たち大人ができることは、可能な限り行いたいと思っています。そして、歌詞の先導もその一環なのです。
by k-onkan | 2016-12-07 23:10 | 幼児 | Comments(0)