麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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カテゴリ:保育園( 43 )

保育園の先生は親代わりだから

恒例の保育園指導に出かけました。楽院は、7月後半は三期講習会と尾瀬合宿があり、保育園の指導は2週間半ぶりとなりましたが、子どもたちは楽しそうにお稽古に取り組んでいました。さて、音感のレッスンの際に、年少のクラスで、担任の先生たちにお願いしたことがありました。それは、それぞれの子どもたちの状況をメモして記録すること以上に大事にしたいことでした。それは、子どもたちが一人ずつ、歌って上手にできたら、自分のことのように、喜ぶ姿を子どもに感じさせること」です。「上手だったね」「すごいね」という明るい声の賞賛もいいですが、3歳児なら、背中や頭をナデナデされるのも、子どもは大好きです。

e0143522_1126124.jpgまだ「お稽古事」に馴染みがない3~4歳の子には、「先生の指示に従って、課題を進めていく音感のレッスン」は正直、楽しいことばかりではありません。時に、我慢して取り組むこともあるでしょう。そうした小さな積み重ねが子どもの集中力、忍耐力、記憶力に繋がっていくのですが、一般では、幼児がお稽古ごとなどを頑張る原動力は、親御さんの存在です。「親バカ」と言われても、わが子だけを見て、その進歩を褒めたり、喜んでくださることで、子どもがつらいことも乗り越えていきます。

保育園の子どもたちは、親御さんと離れているので、音感のレッスンの時に、上手になって喜んでほしい相手は、「担任・副担任」の先生たちです。「あれができない」「これも」と気づくことも大事な仕事ですが、それだけでは、子どもたちは息がつまります。子どもが、上手にできたら心から「上手になったね。先生も嬉しい」と喜んでくださることが、幼児期の子どもたちが頑張る力になります。

働く親御さんを持つ子どもにとって、保育園の先生は、親代わりです。だからといって、すべての代行を他人の保育士さんに託すことは不可能ですが、音感の時間だけは、「自分のクラスの子どもをわが子のように応援してほしいのです。そして、自分も園児と一緒に勉強しているつもりで、見守ってほしいと思います。幼児たちの「あれができない、これはダメ」を指摘して、それを指導するのは、私の仕事であり、指導法を勉強していない先生にできることは、「子どもを側面から批判せずに、応援すること」であり、それが、保育園に通う子どもたちの能力を高める一助になると感じています。
by k-onkan | 2017-08-04 23:24 | 保育園 | Comments(0)

いい意味の競争は大事!だと思う

恒例の保育園の指導に出かけました。前回、年長クラスの担任の先生にお願いして、子どもたちに「頑張りシールの数を競うゲーム」をしていただくことをお願いしました。ちょうど、会社の営業成績をグラフにして、誰の売上が高いか、個人の成績が一目でわかる、そんな表を想像していただければと思います。

e0143522_19484970.jpg「社会に出たらいやでも競争するのだから、幼児のうちから、そんなことをさせないでほしい」と思われる方もいるかもしれません。けれど、考えていただきたいのです。日々、安全を守られ、衣食住を整えられて、何の不自由もなく生活する子どもには、「競争心」も「負けん気」も「自分が一番になりたいという欲求」もたいへん育ちにくいのです。

保育園の中で、どの子も平等に、同じものを与えられるのが当たり前です。そうした生活は、保護者にとっては安心ですが、年長児にもなると、少し物足りないのです。子どもは本来、「競い合うこと」が嫌いではありません。もちろん、自分ばかりが負けていて競争にならないと、つらいことですが、同じくらいの力を持つ同士が、勝ったり負けたり、引き分けたりする経験は、子どもには心地よい刺激といえます。

こうした「友達に負けて悔しい」とか、「もっと上手になりたい」とか、「自分が一番、上手」という経験が、子どもの心を育てます。悔しいときもあるでしょう。でも頑張ることで、喜びを感じることもあります。泣いたり、笑ったり、喜んだり、楽しんだり、そうしたさまざまな経験の積み重ねが幼児期には、大事なのですが、たいていの場合、子ども時代は嫌な経験を一切させてもらえないまま、厳しい社会に出されて、何の免疫もないまま、いきなり実社会の競争にさらされるのです。そうした中には、現実の厳しさに適応できない人がいるのも当たり前かもしれません。

そんな理由から、保育園の日々の生活の中で、「何かを特別に頑張った時」にシールを与えていただいたのです。子どもたちは、「ぼくは4個たまった」「私は一つ」と誇らしげに知らせてくれます。反して、シールがもらえない子は、まだ競争の仕組みが今一つ分かっていないように見えます。

この「頑張りシール」の効果かはわかりませんが、これまで、とてもいいところがあるのに、押しが弱く、常に誰かの後ろに隠れていた男の子が、別人のように「頑張る姿」がありました。私は、「音感を頑張ったシール」を貼っていただくように、お願いしました。

もう一人、別人のような変化を見せた男の子がいます。凸凹の傾向を持つゆえに、音感の時間は、体力的に「疲れた」「もうやらない」と最後まで参加したことがありませんでした。それなのに、今日は行儀よく参加したのは、「シール」をもらう多めに「一番になる」という目標があったからかもしれません。

「シールのために」頑張る気持ちは、私たちが「優勝賞品」や「賞与」や「褒賞」を目指して頑張る気持ちと似ているかもしれません。一般には、「金品につられて頑張るのは、さもしい」という考えがあるかもしれません。しかし、私たちは理想だけでは生きられないので、目に見える結果のために頑張るのも、決して、悪いことではないと思うのです。こうした「目に見える結果」に向けて頑張るのは男児が多いようです。

反対に女児のために、「頑張りシール」だけでなく、「心が優しいシール」もお願いしようかと思っています。「誰も見ていない時に、小さい子に優しくしていた」とか、「困っている友達を助けた」など、勉強や音感などで、頑張るシールがもらえなくても、何か他の長所でシールが貼れる工夫をお願いをしようと思っているのです。
by k-onkan | 2017-06-20 19:47 | 保育園 | Comments(0)

慕われているなら大丈夫・・・

私は、楽院以外の場所―幼稚園や保育園、よその教室―で指導する際も、子どもが違う声を出せば「違う!」と遠慮なく言いますし、子どもが危ないことをすれば「ダメ、危ないじゃない」と声を荒げることもあります。また、先生がきちんと指導してくださっていなければ、先生を注意することもあるので、皆さんから、「怖い」「厳しい」と評価されることが多くあります。それでも、毎週、教えにいっている保育園の子どもたちからは「嫌われていない」という自信があります。

e0143522_2024762.jpg
その理由は、幼い子どもは喜怒哀楽がはっきりしている方が、分かりやすいからだろうと思っています。最初に出会った時は、はっきりと意思表示をする私に驚き、多少、抵抗を示した子も、いつしか、「麻奈先生は違う声を出したり、話しを聞かないとコワイ声を出すけれど、それ以外は、そんなに怖くない。そういう性質なのだ」と納得できると、受け入れてくれるように感じます。そして、徐々に慕ってくるようになるのです。

でも、それは、私だけの特別なことではなく、一般の幼稚園、保育園の担任の先生についても、同じことが言えるようです。私が教えに行く園に声が高く、目がパッチリとした可愛い先生がいます。

でも、実はとても厳しい面があり、時に私が「私より怖い!」と震え上がることもあるほどです。それでも、子どもたちからは、とても慕われているのです。その先生は、子どもが悪いことをすれば厳しい声を出しますが、上手にできた時や、いいことをした時は、とても喜んでくださっていることが分かります。そのメリハリが幼児に心地よく、子どもの心をつかむのだろうと思います。

反対に、大人には人当りがよく穏やかに見える先生のクラスの生徒が、話をきかず、みんなが勝手な行動をして、クラスがハチャメチャになることは、よくあることです。やはり、年齢が低い幼児であっても、大人がどれだけ真剣なのか、その本気度を見せる重要性を感じます。

今は、本当のことを言わず、全力も出さず、持っている力の7割くらいで勉強も、人付き合いも、趣味もするような時代ですが、子育てや教育、しつけに関しては、「ほどほどの力」では、心に響かないのかもしれません。
by k-onkan | 2017-06-06 20:02 | 保育園 | Comments(0)

ピアニカだって、吹ける!

定期的に指導にいく保育園で、保育士の先生からこんなメッセージをいただきました。それは、年長児のクラスでピアニカを吹かせた際に、ほぼ全員が歌っただけで、メロディーを記憶して、間違わずに吹いていたことに感動した、ということでした。

e0143522_18585088.jpgこれまで2年かけて、木下式を学んできた幼児はメロディーを音名で記憶する力がついています。また、ピアニカの鍵盤には、「低いシから高いファ」まで「音感かるたのシール」が貼ってあるので、難しくないのです。

幼児たちには、最初に、読譜教材を歌うように、「ドドソソララソ」と音程正しく歌わせます。その後、同じメロディーをピアニカの鍵盤にある音感かるたシールを探りながら、弾かせると、どの子も間違いなく吹けるのです。

中でも「きらきら星」のメロディーは「ドドソソララソ」「ファファミミレレド」「ソソファファミミレ」という3つのパターンを覚えたら、後はその繰り返しです。そのため、なんどか、反復していれば、誰も間違わなくなるのです。

幼児たちに、「ピアニカも吹ける!」という喜びが生まれたためか、私の顔を見るたびに、「今日はピアニカする?」と尋ねる声があがりますが、本来、音感の時間にグループで鍵盤楽器をするカリキュラムにはなっていません。それでも、ピアニカに触れさせるのは、保育園で学んだ音感教育が、少しでも、小学校で、子どもたちの自信につながることを祈っているからです。
by k-onkan | 2017-05-31 23:57 | 保育園 | Comments(0)

はやく覚えなくちゃ!!

真夏のような暑い日に、二週感ぶりの保育園指導がありました。通常は、2週間も間が空くと、子どもたちは音感で教えた課題をはじめ、いろいろなことを忘れているのですが、担任の先生方が子どもたちに音感の存在を忘れさせないように、さまざまな工夫をしてくださったようです。実は、私もこの二週間、努力したことがありました。それは、新たに音感をはじめた年少児30名の名前を記憶することです。

e0143522_2025944.jpgこの保育園に指導に出かけるようになって4年が経ちました。それぞれのクラスには、3年前に卒園した子の弟妹、2年前に卒園した子の弟妹、この間、卒園した子の弟妹と、どんどん、新しい名前が増えていきます。卒園と同時に古い名前が新しい名前に上書き保存されれば、こんなに便利なことはありませんが、生憎、人間の脳はそんな風にできていないようです。新しい名前を憶えようとすればするほど、その子のお兄さんやお姉さんの名前が先に出てくるのです。

最初の年は、最初数か月で全員の名前を覚えましたが、毎年、新しい人の数が増えて、少しずつ、記憶までの時間が増えています。このままでは、今年の子の名前を全て覚えるまでに1年がかりかもしれない。焦った私は担任の先生にお願いして、「子どもたちの顔写真と名前」が分かるアルバムを作っていただいたのです。

保育園の指導がない日も、時々、アルバムを開けて写真と名前を見ていると、「エビングハウスの法則」ではありませんが、忘れてもすぐに記憶がよみがえり、定着していくのです。そして、保育園のお稽古がない日でも、「どんな名前の子で、どんな性質を持っていたか」を思い返せるようになってきました。まだ似た名前や苗字が違って同じ名前のお子さんなどは、胸のバッチが便りですが、1学期中には名札がなくても、全員の名前を呼べそうです。

音感の時間に「私の目を見て話を聞く」ことを徹底するためには、まず私が子どもの目を見て、子どもの話を聞くことがたいせつだと子供たちから学びました。いいかえると、子どもたちが私を麻奈先生と覚えて呼んでくださるうちに、私も、なるべく早く86名全員の名前と特長、性質を完璧に覚えたいと思っているのです。
by k-onkan | 2017-05-30 20:21 | 保育園 | Comments(0)

苦労したから感動がある!

先日、保育参観をした園に、音感指導にうかがいました。子どもたちは、短期間に3回レッスンをしたこと、そして、親御さんに勉強成果を見ていただき、すっかり意欲に満ち溢れていました。といっても、これから二週間、レッスンが空くので、また少しは後退してしまうのも、覚悟の上ですが……。

e0143522_1943457.jpgさて、この参観で私が印象に残ったのは、担任の先生からの感想でした。それは、「Xくんが、親御さんたちの前で、一人で音符を指さして歌えるようになった姿に、自分が涙ぐみそうになってしまいました」というものでした。

保育参観の時は、普段のレッスン通り、一人ずつ、「おんぷをよもう」を歌う姿を保護者の方に見ていただきました。また、「おんぷをかこう」や「ききわけノート」などの記譜教材は、赤い丸がついたら、「お母さんやお父さんに見せて行ってらっしゃい」と促しました。集団のお稽古の中で、本当にわが子ができているか、普段、働いている親御さんにもご確認いただきたかったからです。

クラスの中には、音感のお稽古をはじめた時に、担任の先生から「この子は一緒に音感のレッスンを受けさせるのはかわいそうではないか」と相談をいただいた男の子がいました。Xくんです。他の子に比べると口数も少なく、かるたを掴んだり、鉛筆を持つのも、とても難しかったものでした。

しかし、木下式の教育は、でも同じことを、異なる手法で教えるため、気長に反復を続けていれば、いつか、みんなと同じことができるようになると、私は思っていました。その成果が、保育参観で、「ドレミファソラシド」までの音符の読み書きができるようになった姿です。

保護者の方には、「クラス全員が、同じことをできるようになっているだけ」に見えるかもしれません。しかし、30人の子供がいると、新しいことを教わりすぐにできる子もいれば、数回の反復で完璧になる子、人の二倍かかる子、五倍かかる子、十倍は復習する必要がある子もいます。

そういうお子さんの中で、特に援助が必要なお子さんには、担任の先生が、音感以外の時間を使って鉛筆の持ち方練習をさせたり、音符の読み書きを復習したりしてくださったのです。その結果が、一人ずつ、みんなが同じことができるようになっている姿です。

不思議なことですが、親御さんだから、わが子から感動をいただけるのではなく、困難を一緒に乗り越えた人が一番の感動をいただける、ということかもしれません。この保育参観での私の何よりの習慣は、担任の先生が、「子どもができるようになった喜び」を心から経験できたことだったようです。
by k-onkan | 2017-05-16 23:39 | 保育園 | Comments(0)

保育参観しました!

月3回、指導に伺っている保育園の参観をしました。興味深かったのは、いつも活発に音感に取り組む子たちが保護者の前で緊張して元気がなかったと思えば、普段は、あまり音感に興味を示さない子がお母さんの前で急に張り切ったりと、普段の様子と異なる子どもたちの姿を見られたことでした。

e0143522_1865074.jpg私は保育参観の際は、よくもわるくもいつも通りの子どもたちの姿と、レッスン内容を見ていただきたいと思っています。その様子から「子どもたちがどれだけ頑張っているか」を分かっていただけたら、何より喜ばしいことです。

個人的には、3年前にはじめて保育参観をした時より、子どもたちの身体が育ち、しっかり立って歌えるようになったことが、何よりの変化だと感じています。また、自分から学ぼうとする姿勢を持つ子が増えたことが、何よりの成果かもしれません。音感のおけいこは、集団で地道に頑張ることと個人の能力を披露する場面の両方があります。そのどちらも、音楽の能力以前に、社会で生きるために求められる力であり、音感教育を通して、それを教えています。

途中、いつも通り、「一人ずつ歌う場面」を作ったところ、我先に手をあげて「一人で歌いたい」という子もあれば、「できれば、みんなで一緒に歌って、目立ちたくない」という子もいたようです。それでも、私が「一人ずつ歌う場面」を作るのは、小学校になったら、手をあげて発言したり、一人で答えを求められたり、することは避けて通れないからです。

実は、私は小さい頃、目立つのが嫌いなタイプでした。3月生まれだったので、他のお子さんに比べて、知らないことがたくさんあったのです。そのため、集団の中では、できるだけ静かに隠れていたいと思っていました。そんな私が小学校に行くと「声が小さい」「自分の考えをはっきり言えない」と散々な評価がくだりました。幼児期から周囲の大人からいろいろなことを教わり、知能テストも決して低くない成績であったのに、「声が小さい」だけで、これほどまでに評価が低いのかと、父は実感したかもしれません。

木下式でみんな一斉に声を出し、自己主張を引き出す訓練をするのは、そうした苦い経験もあったからかもしれません。もし、幼児期に当たり前のように、お友達とで一緒に大きな声を出す練習をしていれば、小学校に入ってから、そこまで声を出すことに苦手意識は持たなかったかもしれません

反対に、通っていた幼稚園で木下式を採用されていた妹は、「一人でできる人」と言われると反射的に「ハイ」と手をあげるものだと、思って小学校に入ったため、しばらくは、反射的に手をあげていたようです。しかし、まわりの人がみんな、手をあげないことに気付くと、徐々に、まわりの様子を見て、合せるようになったそうです。何にしても、幼児期に身に付けた習慣が、小学校でプラスになることは多いと感じます。そういう観点からも、保育園で行う音感教育が少しでも、園児たちの就学を容易にできれば、何より、嬉しいことに感じます。
by k-onkan | 2017-05-13 18:05 | 保育園 | Comments(0)

注意を引きたいのかも・・・・・・

保育園の指導に行って、こんな話をうかがいました。それは、子どもたちの中には、「今日は、麻奈先生に褒められた」「今日はダメで、順番を下げられた」と、毎週、報告する子たちがいるそうです。報告を受けたお母さんはその都度、一喜一憂されているため、保育参観は、子ども以上にお母さんの方が緊張しているとのことでした。

e0143522_20545690.jpg
けれど、お話が出た子たちは、どの子も開始当初から比べ、別人のような成果が見えた子どもばかりです。きっと、これまでお母さんに「音感のお稽古」について報告することが、本人の意欲を高めてきたのでしょう。ではなぜ、「できが悪かったこと」「注意されたこと」まで、わざわざ報告するのでしょう。私にはとても不思議でした。なぜなら、私が子どもの頃は、「ママやパパに叱られたらたいへん」と思って、絶対にいい報告しかしなかったと記憶しているからです。

でも、一つ気づいたことがありました。それは、私が幼い頃は、母が家庭にいたので、特別に気をひきたい理由はありませんでした。しかし、仕事が忙しくなって、不在な時間が増えて、何でも「麻奈はお姉さんだから、大人がいなくても大丈夫」と当てにされてばかりいると悪い態度をしてでも、心配をかけようと思った時期もありました。

子ども心に「今日は、音感ダメだった」ということで、お母さんの「注意(気持ち)を引きたい」という願いもあるのかもしれません。子どもにとって、「音感のお稽古、どうだった?」と言われて、自分の答えに、一喜一憂する親御さんの姿は、「自分のことを心配してくれている」と心が満たされるものかもしれません。何にしても、親御さんが関心を持ってくださっていることは、子どもにとっていかに、大事か、ということでしょう。
by k-onkan | 2017-05-09 20:53 | 保育園 | Comments(0)

保育園で音感をする理由・・・

定期的に指導する保育園で、年少児から木下式を始めた子どもたちが年長児になり、保護者の方に、これまで2年の勉強成果を参観していただく機会を作ることになりました。でも、私が一つ、心配していることがあるのです。

e0143522_2036255.jpgそれは、普段、子どもから長く離れて働いている親御さんたちは、わが子が保育園という集団の中で、どんな姿で生活しているか、とても不安だろうとことです。これは、保育園に限ったことではありませんが、家庭で自由な発言をしているわが子が、実は同年代の子どもの中では遠慮して何も言えなかったりすることもあります。実は、私もそんな子どもだったので、同年代の子どもの中の私の態度に、親がどれほどがっかりしたか、肌で経験しているので、期待し過ぎず、でも、関心を持って見守っていただきたいと、祈るような気持ちになります。

ですが、保育園では、1クラス30人という幼児がいる中で、家庭でするように自信をもって生活できていないかもしれない、と思って見ていただきたいと思います。お母さんには、「いつも頑張っている」と感じるお子さんであっても、音感の時間は、「頑張りが空回りしてしまう子」もいるかもしれません。反対に、「家庭で歌うと、音程が外れていても、音感の時間には、誰より一生懸命、誠実に取り組んでいる子もいます。

一番、大事なことは、子どもの出来、不出来に、親御さんが一喜一憂し過ぎずに、でも、子どもについて関心を持っていただけることが、一番、ありがたいのかもしれません。お母さん、お父さんが見学に来られて、子どもたちがいつもより、張り切って取り組むのか、萎縮してしまうのかは、私にも、当日まで分かりません。

思えば、3年前、初めて、その保育園で音感のお稽古の参観をした時には、「椅子の上に立たせるのは、かわいそう」「音感が好きな子はいいけれど、向かない子には気の毒」という感想もありました。

「音感」を「音楽の特別な訓練」と思えば、子どもの好き嫌いがあったら、かわいそうなことですが、「自分の身体機能を使って声を出す」「鉛筆を使って線や丸を書く」などは、小学校に入れば、誰にでも必要になることであり、「好きな子」だけに教えるのは、不公平だと感じます。

たとえば、「声なんて、よくても音楽の道に進まなければ、関係ないと思う人も、災害にあった時に、わが子が「たすけて」と大きな声をあげられない、と聞いたら、「声はいい方がいい」と思うかもしれません。また、幼児期に鉛筆で丸や線を思い通りに書けない子が、小学校に入っていきなり、ひらがなを書きうつすのは、それはたいへんなことです。

音感で教えていることは、特殊な英才教育というより、小学校に入って、なるべく困らないために、幼児期にできることを、音楽を通してしているに過ぎません。今週末の保育参観には、そんなことをお話しようと、思っているところです。
by k-onkan | 2017-05-08 23:34 | 保育園 | Comments(0)

目を見て、話を聞いて!

「音感の先生は、台風や雨とやってくる」といわれるくらい、なぜか、火曜日は悪天候なことが多いようです。今日も「春の嵐が吹く」という気象庁のニュースで、いつもより早めに家を出たのですが、到着したらいつもと同時刻で、その頃にはすっかりいい天気になっていました。

e0143522_19505663.jpg3歳児にとっては2回目の音感のお稽古です。第一回目のお稽古では「名前を呼ばれたら、返事をすること」「物には名前があること」「色にも名前があること」を教えて、「音感教育」を行う準備を整えました。最初のレッスンから1週間、担任の先生にも名前を呼んだら目を見て返事をすること、クレヨンの箱から指示されたクレヨンを取り出して色を塗るなどの練習もしておいていただきました。

「おはようございます」と部屋に入ると、子供たちからも嬉しそうな挨拶の言葉が返ってきました。「すごい風だったわね~」というと「飛ばされそうになっちゃった」とか「雨はもう降っていなかったよ」など、月齢が大きく口が達者な三歳児が一斉に話しはじめました。

保育園に通うお子さんたちは、誰もが「自分の話を聞いてほしい」と思っているのか、我先に話しはじめると、他人が聞いていなくてもお構いなしで話し続けるように、私には見えます。自分のいいたいことを言えば、「誰かに聞いてもらったような気」になるのかもしれませんが、実際は一方通行です。自分の話をきちんと聞いてもらえないのに、相手の話に耳を傾けられるようにならないでしょう。

そこで、音感のレッスンを始める前に、一人づつ、話していい時間を作ってみました。「すごい嵐だったね。風は大丈夫だった?」「朝、雨は降っていたの?」「保育園には誰ときたの?」「自転車できたの?」「車は何色なの?」「誰が運転したの?」など、答えやすい質問を全員にしてみました。無口な子でも「誰と来たの?」と聞かれたら、「パパ」「ママ」と言葉が返ってきます。そして、まわりの子にも、「○ちゃんは誰と来たって?」「△ちゃんの家の車は、何色だって?」と質問をしてみるのです。すると、関係ない子も興味を持って話を聞くようになります。

全員にたった一言二言、話をさせるだけでも、結構、長い時間が必要です。しかし、子供たちに「目を見て自分の話を聞いてくれたから、次は麻奈先生の話も聞いてみよう」と思わせるためには、大切な時間です。実際に話を聞いた後では、前回以上に「音感かるたの説明」に目を輝かせてくれました。

しかし、可能であれば「音感の時間」に一人ずつ発言する時間を持つのではなく、毎日の家庭生活や保育園で親御さんや担任の先生方に、目を見て話を聞いてもらえていると、子供は満足して、「音感の時間」は心置きなく、音感に取り組めるにようになるはずです。

3歳児に質問をするときに、私が気を付けているのは、決して「どうだった?」などの曖昧な聞き方をしないことです。低年齢の幼児にはなるべく具体的で答えやすい質問を心掛けましょう。但し、幼稚園や保育園の先生は、「全員平等に話す機会を与える」と言われると、「同じ質問」を全員に平等にしがちなので、気を付けてください。

子供たちは同学年でもそれぞれ言語力や観察力、理解力に差があります。「すごい天気だったね」と言って「飛ばされそうなほど、風が強かった」という子もいれば、天気の良し悪しに気付かない幼い子もいるでしょう。大事なのは子供が答えたくなるような質問をすることであり、決して、先生が「答えてほしいこと」を言わせる質問であってはなりません。

保育園で音感を教えるようになって今年で3年。「音感教育」を行う上で、子供たちに身についていない能力をプラスするために世間話をしたり、いろいろな体操をさせたり、さまざまな工夫しながら気づいたことがあります。それは、保育園の先生も親御さんも、仕事で忙しいこととは思いますが、それでも「もっと目を見て、一人ひとりの話をよく聞いてあげてほしい!」ということです。子供たちはまわりの大人との会話や関わり方によって発達が促されます。どうか、子供が静かにしているから安心と放っておかないでいただきたいのです。

その昔、保育園より幼稚園の子どもが比較的、大人の話を聞けたのは、家庭で自分の話を聞いてもらうチャンスが、保育園に預けられる働くお母さんの子どもよりは多かったからだと感じます。でも、今は幼稚園でも前後にお預かり時間を付けると、保育園並みの長さで、預かっていただける幼稚園もあり、「幼稚園だから安心」「保育園だから心配」ということはありません。それぞれの家庭で、わが子の話に耳を傾けたり、子供の話を興味を持って聞かないと、小学校に入っても、集団の中で、先生の話に耳を傾けられない子どもが育っていくかもしれません。
by k-onkan | 2017-04-18 19:49 | 保育園 | Comments(0)