麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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カテゴリ:保育園( 48 )

親子の絆が一番・・・・・・

1ヶ月ぶりの保育園指導がありました。長期休暇がない保育園は、夏休みでも音感指導に出かけているため、「1ヶ月も音感をしない」のは私にとって初めての体験です。久しぶりの通勤電車の中で「子どもたちが、音感のことを覚えていますように」と願いながら向いました。

e0143522_13291894.jpg最初は3歳児のクラスで、「音感かるた」や「歌唱曲」を指導すると、運動会を経て成長した子と、運動会を受け身で過ごした子どもに大きく二分されたことに気付きました。もともと月齢差や育つ環境によって、積極的な子もいれば、受け身な子もいましたが、音感の時間だけは、みんな自分から声を出すようにしてあったのです。

しかし、残念ながら、1ヶ月に及ぶ運動会の練習は、半数の子の意欲は引き出し、半数の子はすっかり受け身にしていました。みんなと一緒に参加する運動会は、まわりの子と同じことをしていれば、目立たないため、「意欲的に取り組む子」「人の後ろからついて参加する子」の差は見分けにくいのかもしれません。

一般には、好ましい教育を「平等」に与えれば、子どもが自然に伸びるという考え方がありますが、同じ教育を与える以前の環境差や発達差によって、子どもの伸び方は決して平等ではありません。これを「遺伝子の差だから」と言って、できない子のことを諦めては教育の意味がなくなります。幼児期の小さな差は、大人が手をかけることで解消できることも多々あると、個人的には感じています。

4歳児のクラスは、音感を勉強して2年目なので、声を出すこと、歌を歌うことを忘れたりはしていませんでした。しかし、全体的に自分から積極的に取り組むより、ダラダラ時間を過ごそうとする姿勢が見られました。安全を守られ、衣食住が整い、受け身で遊びを与えられる都会の子どもたちに、いかに好奇心を持たせ、自分から学ばせるかが、課題です。

感心したのは、5歳児のクラスでした。3年間、音感を継続して勉強した積み重ねがあるため、1ヶ月もレッスンをしていなかったのに、「音感かるたの意味づけ」「音符の読み書き」、そして、「聴き分け」もまったく忘れていませんでした。

自信に満ち溢れた姿から、運動会でも親御さんから賞賛の声を浴びただろうことが想像できました。そして、やはり、継続は力で3年かけて音感教育を行う意義を痛感しました。幼児期は覚えるのも早いが、忘れるのも早いため、定着するまで反復することが大事なのです。

私は、この保育園で6つのクラスを教えてきました。それぞれ3歳児だった時、4歳だった時、5歳だった時を比較すると、同じように一生懸命、音感教育を行い、歌を歌えるようにしていますが、それぞれのクラスには確実な違いがありました。それは、親御さんと一緒にいる時間が長いお子さんが多いクラスが幼児教育を行いやすく、朝から晩まで、長く保育園で生活するお子さんが多いクラスは、音感を教える等、教育以前の課題があったのです。

長時間保育を受けるお子さんは、スキンシップに飢えて、通りがかりの私の手にすがりついたり、自分に構ってほしいと大泣きしたりすることが、多いため、音感教育をする以前に、身体を使った遊びを教えたり、担任の先生と、スキンシップを持っていただくなど、大人の言葉に耳を傾けるための時間が必要でした。

幼児期の子どもたちの能力差は、日常生活の中で身近で信頼できる大人から身につける知恵があるかないかのように私には感じられます。幼い子どもが「これ、なぁに?」と疑問に思った時に、「それはね…」と答えてくださる身近な人がいるかどうか、それが、子どもの発達や理解力を異にしていると思えてなりません。

結局、幼児期の子どもの成長は、親御さんが関心を持ってくださるかどうか、が一番、大事なのかもしれません。やみくもに「頑張れ」とお尻を叩いてほしいわけではありませんが、働くお母さんにも、「保育園でどんなことをしたの?」「お母さんに教えて?」と子どもの日常に興味をもっていただきたい、毎週、音感を指導しながら、思っているのです。
by k-onkan | 2017-10-17 23:26 | 保育園 | Comments(0)

保育園でも本気と意欲を育てたい!

保育園に通うお子さんを教えていて、一番、心掛けていることは、木下式を通して「意欲を持って頑張ること」を知らせることです。保育園で安全を守られ、子どもが気楽に楽しく生活できることばかりに気をつけて育つと、自分から意欲的に何かを知りたい、学びたいという気持ちが育ちにくいと感じるからです。

e0143522_19243599.jpgたとえば、保育園には、子どもの人数と同じ数のおもちゃがあります。子どもたちは、争ったりしなくても、ちゃんと人数分、必要なものがあります。たとえば、お皿の中の食べ物を落としても、給食室には余分が用意してあるでしょう。

子ども同士の諍いはあっても、働きに出るお母さんが、わが子の安全を心配しなくて済むように、常に大人が安全を守って喧嘩の仲裁もするため、とことん、本気で誰かと対峙することもありません。持っているパワーの全てを使い切る経験もないように感じます。

子どもたちは、それぞれ、本当は、個々の個性にあった「したいこと」があるはずですが、大勢の子どもがいると、それぞれの「これがしたい」「あれがしたい」を叶えることは難しいものです。結果、子どもたちは、「自分がすごく好きな遊びではないけれど、他にしたいこともないし、みんながやっているから参加しよう」という程度の気持ちで、時間を過ごしてしまいます。そのため、本来、幼児たちが秘めたパワーを発揮する経験は、きわめて少ないと感じます。

親元でお母さんと一緒にいる子どもは、よくもわるくも、本気でお母さんと関わる機会があります。時に、泣いてわがままを言ったり、本気で何かを欲しがったり、兄弟姉妹で本気で喧嘩したり、パワーを出し切る機会が多くあります。

また、兄弟姉妹がいれば、「自分より、弟妹が可愛がられているのではないいか?」と他の子との会話に気を付けたり、家族が喧嘩をしていれば、不安になって、大人の会話に耳を傾けたりすることもあります。よくもわるくも、本気で聞いています。

時に、親元にいても、楽しいことばかりではないこともありますが、たとえ、それがマイナスな経験であっても、その経験によって、どうやって対応するかの知恵を学ぶこともあります。大勢の大人たちの中で苦労話をよく聞いている子は、人に気を使ったり、雰囲気から状況を察知したり、無意識を使いこなして賢いと感じることもあります。反対に、大勢の子どもたちの中で大人から安全を守られてしまうことで、自分から何かを貪欲に欲したりする、意欲が不足していることもあります。でも、どこで育っても、生きる上での意欲は大切だから、音感の時間だけは、疲れても、たいへんでも、本気で頑張る機会にしたいのです。
by k-onkan | 2017-09-12 23:23 | 保育園 | Comments(0)

音感の指導をしても好かれていい!

先日、地方のある保育園でこんな話を耳にしました。それは、「木下式を指導する担任は、教育やしつけに対して厳しいので、子どもたちが優しい副担任に逃げ込んでしまうが、担任は憎まれ役だと腹をくくって頑張っている」ということでした。

e0143522_18595647.jpg確かに、保育園のようにクラスに担任がと副担任、そして、補助の先生がいる教室では、担任がしっかり指導する分、副担任や補助の先生が、優しく接して、バランスを取ることもあるでしょう。ちょうど、古きよき時代の少し怖いお父さんと、優しく間を取り持つお母さんのような関係かもしれません。

ですが、私は、担任の先生にも、音感で教育やしつけを妥協なくする代わりに、遊びの時間や自由時間に、思いっきり子どもたちを可愛がったり、スキンシップを取ったり、優しい言葉をかけていただきたいと、お伝えしています。

古き良き時代なら、お父さんが「頑固おやじ」で家族に優しい言葉のひとつもかけなくても、一生懸命、外で働いてく経済的に家族を支えてさえいれば、それでよかったかもしれません。それでも、時々、子どもがぐれたり、家族が崩壊したりすることはあって、寡黙で厳しいお父さんの全てが許されたわけではないようです。

そして、今や実のお父さんでさえ、わが子との絆を深めるために、一緒に遊んだり、お風呂に入れたり、家族旅行をしたり、子どもに「お父さん」として受け入れてもらうための努力をします。

木下式音感教育法を担当する担任も「厳しいところ」ばかりを担当するのではなく、おおらかな愛情で、子どもを可愛がらないと、子どもに嫌われてしまうこともあるかもしれません。子どもに心を閉ざさせてしまうとどんなにいい教育やしつけをしたいと願っても、受け入れてもらえないこともあるでしょう。

実は、私も20年ほど前は、音感を教える際は、厳しくても、教えるべきことを教え、責任を全うしていれば、いつか、子どもはそれを理解してくれると信じていた時期がありました。しかし、それが子どもに伝わるには、8年以上の年月が必要でした。それほど、長く子どもと関わる時間があるなら、いつか、互いを理解しあえることも可能ですが、幼児期の数年間の限られた時間で、関わるなら、直接、「子どもが頑張ると先生も嬉しいこと」を子どもの理解できる言葉で伝える必要を感じます。

また、私も木下先生も、音感を教える時間以外は、かなり、子どもに甘い大人だと思います。毎年、木下先生が、千葉の海に、長く楽院に通っている生徒や、合宿で特に厳しく鍛えている子たちを招待するのは、少しでも楽しい思いをさせることで、楽院の先生たちに心を開けるようにと、思ってのことです。

幼い頃から、保育園などに預けられているお子さんたちは、どんなに恵まれて親御さんから愛されていたとしても、それでも、やはり、大人の愛情に飢えていると感じます。それは、夏休みは毎日、母親と一緒にいた甥兄弟を見ていて感じることです。

甥兄弟は、中学2年と小学2年とずいぶん大きいですが、常に「お母さんは、にぃにのことばかり、勉強を見たり世話をやいている」とか「お母さんはKちゃんにばかりやさしくして、少しはボクにもやさしくしてよ」などと、はたで聞くと恥ずかしいことを理由に愛情の取り合いをしています。保育園に通うお子さんは、もっと年齢が幼く、親御さんと離れている時間が長い分、愛情やスキンシップ、優しい言葉がないと荒んでしまいます。保育園で関わる先生は、音感を教える時間は、厳しくても、それ以外の時間は、面白かったり、優しかったり、子どもに好かれる先生でいていいと思うのです。

親御さんが、他人の愛情を必要としないほど、べったり手元で可愛がった時代なら、「おけいこごと」や幼稚園保育園の先生は、厳しさだけを担当すればよかったかもしれませんが、今や、教育もしつけも幼い頃から、親以外の幼稚園や保育園の先生やお稽古ごとの先生が担当するなら、「先生」と呼ばれる私たちも、厳しさだけでなく、親が持つ優しさや甘さも、兼ね備える必要があるかもしれません。
by k-onkan | 2017-08-30 19:00 | 保育園 | Comments(0)

木下式の成果は音楽以外で分かる

8月最後の保育園指導がありました。子どもたちはそれぞれ、厳しい暑さの中でも頑張っています。3歳児は全員が自分から声を出そうとして、大きな声で歌えるようになってきました。幼い子どもの音程を正すためには、口先だけのフワフワした歌い方ではダメなのです。

e0143522_193477.jpg4歳児は、それぞれが注目を浴びたい気持ちが強いお子さんと、他人の後ろに隠れてしまう二種類のタイプが多く、クラス全体としては、集団行動が苦手でしたが、それぞれが、「自分から声を出そう」「友達の声も聴こう」とする姿勢が生まれて、成長を感じます。

5歳児は、昼食の後の眠くなりやすい時間でも、集中してレッスンを受けられるようになったと感じたのは、数か月前ですが、最近は、行儀がよくなってきたように感じます。音楽を学ぶにしても、他の科目を学ぶにしても、行儀がいいということは、大事なことです。

さて、秋が近づくと、幼稚園や保育園では運動会の練習が始まると思います。そして、その際に、音感で身に付けた課題が役に立つはずです。現在、子どもたちが体操を学ぶ先生に、担任の先生を通して、「よその園と違うところがあるか」を聞いていただきました。すると、よその園の子どもたちより「動きが速い」「気を付けの姿勢でしっかり立っていられる」「並んで走ることができる」などの感想を頂きました。

担任の先生は、これまで木下式を受けたことで体幹や意欲を持って取り組む習慣が育っていると、喜んでくださっています。実は、木下式が音感教育を通して教えていることは、「音楽の課題」というより、小学校にあがったり、社会に出てから、自分に必要なことを自発的に学ぶための「基礎となる事柄」です。長い時間でも、姿勢を維持できること、目を見て話を聴くこと、大事なことを聞く時は静かにする、などです。こうしたことができないと、どんなに「記憶力」や「理解力」があっても、結果的に点数がよくなかったり、持っている能力をきちんと発揮でいないことがあるのです。
by k-onkan | 2017-08-29 19:03 | 保育園 | Comments(0)

スキンシップは愛情表現だけど

先日、中2の甥が、「友達から、スキンシップが多いよねって言われちゃったんだ」という一言がありました。なんでも、同級生の男子と肩を組んだ時に、そのように指摘されたようです。私は中学生の男児ともなるとそれぞれに、パーソナルスペースができて、たとえ、親しい友達であっても軽々しく踏み込んで欲しくない人もいるのではないか、とそんなことを伝えました。

e0143522_11123992.jpgすると、「これは、お母さんやみんなのせいだと思う」という答えが返ってきたのです。「えぇ?なんで」というと、「小さい頃から、木下家の人は可愛がる時はいつも、スキンシップだったから、ぼくも親しいと思うと、スキンシップが当たり前だと思ってきた」というのです。

確かに、我が家は幼い時は、抱きあったり、撫でたり、と全身で触れ合ってきました。ですが中学生になって、身体も大きくなってきました。そろそろ、親や親族とは言っても触れあいたくない時期に入っていいはずですが、別れ際には、アメリカ式にハグを求めることもあり、身体だけ大きくても、中身は幼いのだと、実感しています。

保育園に教えにいくと、幼い子どもたちが、スキンシップや愛着に飢えていると感じます。音感のレッスンで、音符書き教材の採点をしたりする際に、私の手に触れたり、握ってきたりする子が大勢いるからです。音感を教える私には、保育園の園児全員に平等に触れられる時間がないため、担任の先生に登園の際は握手をしたり、帰りには抱き合ったりなど、スキンシップをお願いしています。

家庭で親御さんと十分に触れあっているお子さんであれば、よその大人とのスキンシップは必要ないかもしれませんが、保育園で担任の先生から生活面から教育やしつけのほとんどを受ける子どもにとって、先生がただ、「うるさくこわい相手」では心が荒んでしまいます。保育園の担任の先生には、愛情を持って可愛がりながらも、「悪いことは悪い」「ダメなことはダメ」と伝えていると、子供が理解できるように、最低限のスキンシップをお願いしています。

子どもにとって、親子のスキンシップは大事だと感じますが、軽々しく異性とスキンシップをするのが当たり前になることは、違う問題が発生するため、園児同士の男女が抱き合っていたり、なめ合っていたりする時には、「それはダメ」と教えています。私が思うに、友人から「スキンシップが多い」と指摘される甥も、同級生の女の子とは軽々しくスキンシップはしていないことを祈るばかりです。
by k-onkan | 2017-08-23 23:11 | 保育園 | Comments(0)

保育園の先生は親代わりだから

恒例の保育園指導に出かけました。楽院は、7月後半は三期講習会と尾瀬合宿があり、保育園の指導は2週間半ぶりとなりましたが、子どもたちは楽しそうにお稽古に取り組んでいました。さて、音感のレッスンの際に、年少のクラスで、担任の先生たちにお願いしたことがありました。それは、それぞれの子どもたちの状況をメモして記録すること以上に大事にしたいことでした。それは、子どもたちが一人ずつ、歌って上手にできたら、自分のことのように、喜ぶ姿を子どもに感じさせること」です。「上手だったね」「すごいね」という明るい声の賞賛もいいですが、3歳児なら、背中や頭をナデナデされるのも、子どもは大好きです。

e0143522_1126124.jpgまだ「お稽古事」に馴染みがない3~4歳の子には、「先生の指示に従って、課題を進めていく音感のレッスン」は正直、楽しいことばかりではありません。時に、我慢して取り組むこともあるでしょう。そうした小さな積み重ねが子どもの集中力、忍耐力、記憶力に繋がっていくのですが、一般では、幼児がお稽古ごとなどを頑張る原動力は、親御さんの存在です。「親バカ」と言われても、わが子だけを見て、その進歩を褒めたり、喜んでくださることで、子どもがつらいことも乗り越えていきます。

保育園の子どもたちは、親御さんと離れているので、音感のレッスンの時に、上手になって喜んでほしい相手は、「担任・副担任」の先生たちです。「あれができない」「これも」と気づくことも大事な仕事ですが、それだけでは、子どもたちは息がつまります。子どもが、上手にできたら心から「上手になったね。先生も嬉しい」と喜んでくださることが、幼児期の子どもたちが頑張る力になります。

働く親御さんを持つ子どもにとって、保育園の先生は、親代わりです。だからといって、すべての代行を他人の保育士さんに託すことは不可能ですが、音感の時間だけは、「自分のクラスの子どもをわが子のように応援してほしいのです。そして、自分も園児と一緒に勉強しているつもりで、見守ってほしいと思います。幼児たちの「あれができない、これはダメ」を指摘して、それを指導するのは、私の仕事であり、指導法を勉強していない先生にできることは、「子どもを側面から批判せずに、応援すること」であり、それが、保育園に通う子どもたちの能力を高める一助になると感じています。
by k-onkan | 2017-08-04 23:24 | 保育園 | Comments(0)

いい意味の競争は大事!だと思う

恒例の保育園の指導に出かけました。前回、年長クラスの担任の先生にお願いして、子どもたちに「頑張りシールの数を競うゲーム」をしていただくことをお願いしました。ちょうど、会社の営業成績をグラフにして、誰の売上が高いか、個人の成績が一目でわかる、そんな表を想像していただければと思います。

e0143522_19484970.jpg「社会に出たらいやでも競争するのだから、幼児のうちから、そんなことをさせないでほしい」と思われる方もいるかもしれません。けれど、考えていただきたいのです。日々、安全を守られ、衣食住を整えられて、何の不自由もなく生活する子どもには、「競争心」も「負けん気」も「自分が一番になりたいという欲求」もたいへん育ちにくいのです。

保育園の中で、どの子も平等に、同じものを与えられるのが当たり前です。そうした生活は、保護者にとっては安心ですが、年長児にもなると、少し物足りないのです。子どもは本来、「競い合うこと」が嫌いではありません。もちろん、自分ばかりが負けていて競争にならないと、つらいことですが、同じくらいの力を持つ同士が、勝ったり負けたり、引き分けたりする経験は、子どもには心地よい刺激といえます。

こうした「友達に負けて悔しい」とか、「もっと上手になりたい」とか、「自分が一番、上手」という経験が、子どもの心を育てます。悔しいときもあるでしょう。でも頑張ることで、喜びを感じることもあります。泣いたり、笑ったり、喜んだり、楽しんだり、そうしたさまざまな経験の積み重ねが幼児期には、大事なのですが、たいていの場合、子ども時代は嫌な経験を一切させてもらえないまま、厳しい社会に出されて、何の免疫もないまま、いきなり実社会の競争にさらされるのです。そうした中には、現実の厳しさに適応できない人がいるのも当たり前かもしれません。

そんな理由から、保育園の日々の生活の中で、「何かを特別に頑張った時」にシールを与えていただいたのです。子どもたちは、「ぼくは4個たまった」「私は一つ」と誇らしげに知らせてくれます。反して、シールがもらえない子は、まだ競争の仕組みが今一つ分かっていないように見えます。

この「頑張りシール」の効果かはわかりませんが、これまで、とてもいいところがあるのに、押しが弱く、常に誰かの後ろに隠れていた男の子が、別人のように「頑張る姿」がありました。私は、「音感を頑張ったシール」を貼っていただくように、お願いしました。

もう一人、別人のような変化を見せた男の子がいます。凸凹の傾向を持つゆえに、音感の時間は、体力的に「疲れた」「もうやらない」と最後まで参加したことがありませんでした。それなのに、今日は行儀よく参加したのは、「シール」をもらう多めに「一番になる」という目標があったからかもしれません。

「シールのために」頑張る気持ちは、私たちが「優勝賞品」や「賞与」や「褒賞」を目指して頑張る気持ちと似ているかもしれません。一般には、「金品につられて頑張るのは、さもしい」という考えがあるかもしれません。しかし、私たちは理想だけでは生きられないので、目に見える結果のために頑張るのも、決して、悪いことではないと思うのです。こうした「目に見える結果」に向けて頑張るのは男児が多いようです。

反対に女児のために、「頑張りシール」だけでなく、「心が優しいシール」もお願いしようかと思っています。「誰も見ていない時に、小さい子に優しくしていた」とか、「困っている友達を助けた」など、勉強や音感などで、頑張るシールがもらえなくても、何か他の長所でシールが貼れる工夫をお願いをしようと思っているのです。
by k-onkan | 2017-06-20 19:47 | 保育園 | Comments(0)

慕われているなら大丈夫・・・

私は、楽院以外の場所―幼稚園や保育園、よその教室―で指導する際も、子どもが違う声を出せば「違う!」と遠慮なく言いますし、子どもが危ないことをすれば「ダメ、危ないじゃない」と声を荒げることもあります。また、先生がきちんと指導してくださっていなければ、先生を注意することもあるので、皆さんから、「怖い」「厳しい」と評価されることが多くあります。それでも、毎週、教えにいっている保育園の子どもたちからは「嫌われていない」という自信があります。

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その理由は、幼い子どもは喜怒哀楽がはっきりしている方が、分かりやすいからだろうと思っています。最初に出会った時は、はっきりと意思表示をする私に驚き、多少、抵抗を示した子も、いつしか、「麻奈先生は違う声を出したり、話しを聞かないとコワイ声を出すけれど、それ以外は、そんなに怖くない。そういう性質なのだ」と納得できると、受け入れてくれるように感じます。そして、徐々に慕ってくるようになるのです。

でも、それは、私だけの特別なことではなく、一般の幼稚園、保育園の担任の先生についても、同じことが言えるようです。私が教えに行く園に声が高く、目がパッチリとした可愛い先生がいます。

でも、実はとても厳しい面があり、時に私が「私より怖い!」と震え上がることもあるほどです。それでも、子どもたちからは、とても慕われているのです。その先生は、子どもが悪いことをすれば厳しい声を出しますが、上手にできた時や、いいことをした時は、とても喜んでくださっていることが分かります。そのメリハリが幼児に心地よく、子どもの心をつかむのだろうと思います。

反対に、大人には人当りがよく穏やかに見える先生のクラスの生徒が、話をきかず、みんなが勝手な行動をして、クラスがハチャメチャになることは、よくあることです。やはり、年齢が低い幼児であっても、大人がどれだけ真剣なのか、その本気度を見せる重要性を感じます。

今は、本当のことを言わず、全力も出さず、持っている力の7割くらいで勉強も、人付き合いも、趣味もするような時代ですが、子育てや教育、しつけに関しては、「ほどほどの力」では、心に響かないのかもしれません。
by k-onkan | 2017-06-06 20:02 | 保育園 | Comments(0)

ピアニカだって、吹ける!

定期的に指導にいく保育園で、保育士の先生からこんなメッセージをいただきました。それは、年長児のクラスでピアニカを吹かせた際に、ほぼ全員が歌っただけで、メロディーを記憶して、間違わずに吹いていたことに感動した、ということでした。

e0143522_18585088.jpgこれまで2年かけて、木下式を学んできた幼児はメロディーを音名で記憶する力がついています。また、ピアニカの鍵盤には、「低いシから高いファ」まで「音感かるたのシール」が貼ってあるので、難しくないのです。

幼児たちには、最初に、読譜教材を歌うように、「ドドソソララソ」と音程正しく歌わせます。その後、同じメロディーをピアニカの鍵盤にある音感かるたシールを探りながら、弾かせると、どの子も間違いなく吹けるのです。

中でも「きらきら星」のメロディーは「ドドソソララソ」「ファファミミレレド」「ソソファファミミレ」という3つのパターンを覚えたら、後はその繰り返しです。そのため、なんどか、反復していれば、誰も間違わなくなるのです。

幼児たちに、「ピアニカも吹ける!」という喜びが生まれたためか、私の顔を見るたびに、「今日はピアニカする?」と尋ねる声があがりますが、本来、音感の時間にグループで鍵盤楽器をするカリキュラムにはなっていません。それでも、ピアニカに触れさせるのは、保育園で学んだ音感教育が、少しでも、小学校で、子どもたちの自信につながることを祈っているからです。
by k-onkan | 2017-05-31 23:57 | 保育園 | Comments(0)

はやく覚えなくちゃ!!

真夏のような暑い日に、二週感ぶりの保育園指導がありました。通常は、2週間も間が空くと、子どもたちは音感で教えた課題をはじめ、いろいろなことを忘れているのですが、担任の先生方が子どもたちに音感の存在を忘れさせないように、さまざまな工夫をしてくださったようです。実は、私もこの二週間、努力したことがありました。それは、新たに音感をはじめた年少児30名の名前を記憶することです。

e0143522_2025944.jpgこの保育園に指導に出かけるようになって4年が経ちました。それぞれのクラスには、3年前に卒園した子の弟妹、2年前に卒園した子の弟妹、この間、卒園した子の弟妹と、どんどん、新しい名前が増えていきます。卒園と同時に古い名前が新しい名前に上書き保存されれば、こんなに便利なことはありませんが、生憎、人間の脳はそんな風にできていないようです。新しい名前を憶えようとすればするほど、その子のお兄さんやお姉さんの名前が先に出てくるのです。

最初の年は、最初数か月で全員の名前を覚えましたが、毎年、新しい人の数が増えて、少しずつ、記憶までの時間が増えています。このままでは、今年の子の名前を全て覚えるまでに1年がかりかもしれない。焦った私は担任の先生にお願いして、「子どもたちの顔写真と名前」が分かるアルバムを作っていただいたのです。

保育園の指導がない日も、時々、アルバムを開けて写真と名前を見ていると、「エビングハウスの法則」ではありませんが、忘れてもすぐに記憶がよみがえり、定着していくのです。そして、保育園のお稽古がない日でも、「どんな名前の子で、どんな性質を持っていたか」を思い返せるようになってきました。まだ似た名前や苗字が違って同じ名前のお子さんなどは、胸のバッチが便りですが、1学期中には名札がなくても、全員の名前を呼べそうです。

音感の時間に「私の目を見て話を聞く」ことを徹底するためには、まず私が子どもの目を見て、子どもの話を聞くことがたいせつだと子供たちから学びました。いいかえると、子どもたちが私を麻奈先生と覚えて呼んでくださるうちに、私も、なるべく早く86名全員の名前と特長、性質を完璧に覚えたいと思っているのです。
by k-onkan | 2017-05-30 20:21 | 保育園 | Comments(0)