麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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カテゴリ:保育園( 61 )

隠れた能力が出てきた!

ある保育園の5歳児クラスは、全体的に幼く音感教育を始めて1年経っても、なかなか、まとまりがないことを心配していました。本来、脳医学的には幼児期の女児が1年から1年、発達が早いと言われているのに、女の子たちが話を聴かない男児のような行動をするので、「木下式を実践しても、このままだったらどうしよう」ととても気になっていたのです。

e0143522_18523077.jpgそのクラスには、1年前、常に泣いたり、怒ったりしている月齢が低い女の子がいました。当時は、「音感かるたを説明」しても、分かっているか、分かっていないか、分かりませんでしたが、毎週、反復する内に、ずいぶん、成長して、誰よりも意欲を持って声を出して歌うようになりました。でも、違う声が多く出てしまい、「今の声は、違うよ」と指摘する度に、半べそで怒っていたのです。

そのクラスで、最近、音階の配列を尋ねてみました。木下式にはハ長調の音階を確実に覚えるために、「ドレド、レミレ」という音階があり、指導者が、「ドレ…?」「レミ…?」と先導すると、幼児たちは、自分で残りの音を考えて「ドレド」「レミレ」と歌っていくのです。そして、クラスで、唯一、全部、正しく答えられたのが、泣き虫で怒ってばかりのその女の子だったのです。

クラスにはもっと月齢が大きく、知的能力が発達している子がいるのに、なぜ、その女の子だけが、覚えていたのでしょう。それは、たとえ、違う声を出して、注意をされても、とにかく一生懸命、話を聞いて、自分から声を出すという気概があるからです。物事を記憶するためには、お腹の底から声を出して、その声を自分の耳で聴くことが、有効なのです。

この女の子は、とにかく音感に対する意欲が他の子と違ったのです。月齢が大きくて、知的に賢いはずの子は、大勢いましたが、誰一人、その子ほどは覚えていませんでした。結局、はじめた時に、多少、遅れを取っていても、反復を面倒がることなく、コツコツと、貪欲に頑張った子、意識を持って取り組んだ子が、実力をつけるのだと思います。そして、子ども時代には、表面的に、いい評価を得る方法を教えることより、多少、遠回りをしても、本当の力を身につけるようなことが、いかに大事かを、考えさせられたのでした。そして、音感教育をおこなったことで、女の子の隠れた能力を引き出すことができたことを、嬉しく感じました。
by k-onkan | 2018-01-31 18:48 | 保育園 | Comments(0)

意欲と素直さと好奇心が大事!

先週は雪でうかがえなかった、保育園指導に出かけました。2週間もあいだが空くと、3歳児クラスの子どもたちは、声が出づらくなっています。歌うことも、口や喉まわりの筋肉を使う「筋トレ」と同じで、歌っていれば出るようになりますが、歌わなければ、出なくなっていくのです。

e0143522_12174971.jpg幼児期の教育で大事なのは、「頻度」です。能力が定着するまでは、コツコツ反復するしかないのです。2年、3年、継続している子どもたちは、発声が定着してくるので、少しくらい間が空いても、あからさまに声は出なくなったりはしませんが、それでも歌わなければ、声は小さくなっていくでしょう。

それぞれのクラスには、発達差が存在します。4月生まれから3月生まれまでが、同じ学年として生活するのですから、発達差があるのは当然なのですが、それぞれのクラスで、月齢の小さい子は、「クラスの赤ちゃん的存在」で、「できなくて当たり前」という雰囲気があるのが心配です。やがて、月齢さは何の関係もなくなる時がくるからです。月齢が小さくても、力をつける必要がらいます。

そこで、少し幼い子どもたちは、担任の先生に、日常的に復習をお願いしています。しかし、いっこうに変化がありません。これは、「保育園」ゆえの落とし穴でした。通常、お稽古ごとなどで、特定の子が遅れていたら、個別に手をかければ、すぐに集団に順応できるものなのですが、保育園に通うお子さんには、「自分だけ構ってほしい」という欲求があります。分からないことがあると、「先生が自分にだけ、時間をかけてくれる」と知ると、それが嬉しいだけで終わってしまっているのかもしれません。

そこで、前回、子ども同士で「音感の先生ごっこ」という遊びをすることを、教えたのです。2人一組で、交替で先生役と生徒役になり、「このかるたは何だった?」「色は?」と聞きあうのです。担任の先生に個別に指導されていた時には、覚えようとしなかった子どもでも、同級生には「負けてはいけない」と思うらしく、楽しんで取り組んでいたようです。お蔭で、2週間空いても、音感かるたの存在を忘れられておらず、私はたいへん助かりました。

日常生活や他の知的教育では、月齢差によって、損得があるかもしれませんが、音感の勉強に関しては、月齢差はあまり関係ないのです。なぜなら、月齢が小さくても、音楽や歌が好きな子はどんどん上達しますし、反対に、社会性や知的な面で発達が早くても、反復が苦手なお子さんは伸び悩むこともあります。最終的には、何事にも、共通するのですが、意欲がある子、好奇心がある子、素直な子が一番、伸びていくのです。
by k-onkan | 2018-01-30 23:15 | 保育園 | Comments(0)

音感教育の成果を生かすか否か!?

1か月ぶりに、保育園の指導にうかがいました。子供たちは、冬休みで家族と楽しい正月を過ごしたらしく、それぞれに成長が感じられました。「お年玉をもらった。大人が預かってくれている」という年少児。「おせち料理に紅白なますを食べた」という年中児。そして、「お年玉は13000円ももらったよ」という年長児もいました。子供たちの会話の内容が、複雑になればなるほど、成長を感じます。

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子供たちと日常会話が弾むということは、それだけ、言語力と理解力が増した証拠であり、発達しているといえます。しかし、何よりうれしいのは、子供たちの声がおおらかで豊かな声になっていたことでした。声を出すというのは、簡単そうに見えて、案外難しいものです。恥ずかしがったり、緊張したりすると、大きい声は出なくなります。

現在、年長クラスで勉強するお子さんの中には、兄姉を持つ子が数名いて、その子たちは、保育園で1年だけ、音感の勉強をしました。「たった一年でも就学の役に立つことが一つでもあれば……」と願って音感を教えていたので、「小学校の参観で、発表の時の声が、ほかの子と違ってうれしい」と喜んでいただいていると、うかがってホッとしました。

現在、年長のお子さんを持つ親御さんも、小学校に入ってから集中力を心配してきた方も多いかもしれません。しかし、「毎週、音感の時間は、2時間近く、集中して取り組めるのですから、きっと学校も大丈夫」と私は信じています。ただ、そのためには、少しだけ、家庭で準備はしておいたほうがいいかもしれません。

3年間、木下式を受けた子は、頭の使い方、集中する経験、記憶する経験をたくさん積んでいます。小学校に入学する前に一年生に入ってからのひらがなと数字くらいは、予習できる力があります。4月の小学校入学に向けて、家庭で少しだけ、文字の読み書きや数字の読み書きなど、興味を持ったら親子で取り組んでおきたいものです。

4年前に教えたお子さんは、就学前は勉強の予習をさせるより、「立っている練習」「座っている練習」「大人の話を聞く練習」「好きな時に好きなことを話さない練習」などに手一杯で机に向かってひらがなを教えるなどは、夢のような状態でした。

でも、3年間、木下式を勉強した子供は、幼児期に頭や身体を使う練習をしているため、小学校に入って、友達と悪ふざけをしたり、先生の言葉を無視したりしなければ、友達と一緒に勉強することは難しくないはずです。でも、準備はしておいたほうがいいと思います。

それは、すさまじく先取りの勉強をさせていただきたいわけではありません。子供が自分で興味を持って「読みたい」「書きたい」と思ったら、一人で、難なく自在にできるように、鉛筆を持つ練習をしたり、すらすら、筆を進められるようにしておくことです。どんなに賢いお子さんでも、自分の体が不器用で、思い通りに発表できないと、学んだり、集中する気持ちが妨げられてしまうこともあります。そうしたことがないように、少しだけ、家庭や保育園でも就学の準備はしていただきたいと思うのです。

何度もいいます。3年間の木下式は小学校で学習するために必要な最低限の基礎が培われています。しかし、その力をそこで止めてしまうか、さらに、ステップアップさせられるかどうかは、子供とかかわる先生や親御さん次第ではないでしょうか。e0143522_19194191.jpg


by k-onkan | 2018-01-16 23:40 | 保育園 | Comments(0)

赤ちゃんは扱いはしないけれど・・・・・・

定期的に指導にうかがう保育園に3名の教育関係の見学者がありました。その際、「木下式は、一般のような子供扱いをしませんよね」とのお言葉をいただきました。確かに木下式は、幼児の教育であっても、子どもに媚を売ったり、赤ちゃん扱いをしたりすることがありません。

e0143522_2013987.jpgこれは楽院で教える際でも、地方の幼稚園や保育園のお子さんが相手でも同じなのですが、幼児には大人が決して下に見ることができない能力があり、そこには大人こそが学ぶべきことがたくさんあると、木下式は痛感しているから、でもあります。「子供扱い」ではなく、「一人の人間」として対等にお付き合いしています。

どんな環境に育つお子さんであっても、早期教育を行なう上で、共通することがあるとしたら、それは、教育によって子どもたちに年齢以上に「大人になってもらう」ということです。そのため、大人が好む「子どもの可愛らしさ」を求めることは不可能だと思います。しかし、多くの早期教育はここで間違ってしまうような気がするのです。

一般に、幼い子どもが、勉強や音楽などができると、それ以外のことが親や先生など大人任せになっていることが多々あります。たとえば「まだオムツをしている小さな子が九九の暗誦ができる」と「天才なのでは?」と誉めそやしたりします。ですが、私からすると、「九九の暗誦」ができる頭脳があるのに、自分の尿意をコントロールしたり、排便の自立ができないことは、とても不自然です。

大人は、「勉強ができる」「特殊な才能がある」というと、それだけで素晴らしいことと考えがちですが、せっかく素晴らしい能力を持っていても、その力を使ってどのように人や社会の役に立てるかを考えない人間に育てたのでは意味がないと感じます。

見学者は、時間の関係で、年少児と年長児のクラスを公開しました。しかし、一番、素晴らしかったのは、見学者が帰られた後の年中クラスでした。でも、そのクラスは1週間前、「生活発表会で長く間が空いて、すっかり忘れてしまった」とがっかりしたクラスなのです。

「この1週間で、何か特別なことをしたの??」と尋ねると、「毎日のスキンシップを再開しました」とのことでした。これまで、園の行事などで忙しくて機会がなくなっていた日々のスキンシップを全員と再開したそうです。「たったそれだけ」と思うかもしれませんが、大人であっても誰も自分を気にかけてくれる人がいなければ、心は荒んでしまいます。親から長時間離れて、保育園で暮らす幼い子供なら尚更かもしれません。

スキンシップと言っても、朝と帰りの挨拶の際に、ハグをしたり、握手をする程度のことですが、それでも、子供はこれほどにも違うのです。肌のふれあいは、幼児にわかりやすい「あなたを大事に思っている」「個人的に受け入れている」という意思表示なのでしょう。木下式は「赤ちゃん扱い」はしませんが、相手はやはり幼児です。心の成長に必要な愛情の交感は、必要だと感じます。

保育士の先生は、日々の業務に連絡事項もあって、やることがたくさんあり、日々のスキンシップを忘れてしまうったのかもしれません。でも、ぜひ、自分が受け持つ園児だけでなく、自身のお子さんにも、忘れずにスキンシップをしてあげていただきたいと思います。「先生」と呼ばれる職業を持つお母さんの子どもは、担当する園児と同じく、いえ、もしかするとそれ以上にお母さんを恋しがっているかもしれないませんから――。
by k-onkan | 2017-12-19 23:59 | 保育園 | Comments(0)

お母さんも我慢して頑張れ!!

「また、今週もブログにネタを提供してしまった・・・・・・」というお母さんのエピソードを、書くべきか、書かないでおくべきか、数日悩みましたが、お母さんの気持ちが不完全燃焼のままで、日々、過ごしているといけないので、あえて苦言をブログに残すことにしました。そして、これは、「この母子の特別なこと」ではなく、子供を思う親ならだれしも、「やってしまう失敗」として、読んでいただけたらと思うのです。

e0143522_14523536.jpgこのお母さんは、自身も小さい頃から楽院に通った卒業生です。入学時に、「自分には、耳に優しいことではなくて、『本当のこと』を言ってほしい」と約束したママでもあります。それでも、できれば言いたくないこともあるのです。それは、子どもの成長を楽しみに通ってくるママに、「こんな状態では、楽院では預かれません。しばらく、ママが楽院に引率するのは我慢しなさい」と――。

1歳10カ月のYちゃんは、数週間前から、保育園に通い始めました。ママの復職が決まったからです。最初は数時間から始め、先週からお母さんも仕事に出て毎日8時間ほど、保育園に滞在しています。保育園の前後は、お祖父ちゃまが面倒を見てくださっているようですが、毎日必ず、15分、誰かと別れるたびに大泣きするとかで、声は枯れ、顔つきもたった1週間で、ずいぶん大人びたと感じました。

それが、1週間前にお祖父ちゃまとレッスンに来たときのことでした。最初は、メソメソしていましたが、自分の子どもたちと、孫娘と、二代にわたって楽院に引率されてきたお祖父さまは、孫娘がグズグズ泣いて見せても「ほら、頑張れ」と背中を押してくださるのです。たぶん、お祖父ちゃまは、孫娘が、メソメソすることで、私たちから叱られる方が不憫だから、心を鬼にして、厳しいジィジに徹しているのでしょう。

今週も、お祖父ちゃまとレッスンだと思っていると、引率はママでした。「どうしても音感をしている姿をみたくなって、職場の皆さんに頭を下げて来てしまった」のだそうです。でも、Yちゃんは「ママ、ママ」とすがって「音感のおけいこ」にはなりませんでした。

子供の気持ちになれば、よく分かります。朝からずっと、念仏のように「ママ、来る、ママ、来る」と唱えながら、それを心の支えに、保育園で過ごす1歳の子どもにとって、ママがお迎えに来たら、仲良く家に帰って、一緒に時間を過ごすサインです。それが「今日は、早く帰って『音感』に行こう」と言われたら、子どもはがっかりです。どんなに「音感の時間」が好きでも、「お母さんとべったりの時間」には勝てないのです。

もちろん、お母さんの「自分が、わが子が音感で成長する姿を一つも見逃したくない」という気持ちも痛いほど、分かります。でも、たった1歳の女の子が、ママと離れてつらい気持ちを我慢して、保育園生活に慣れようとしている時です。もう少しだけ、ママが大人になって、「なぜ、子どもの成長を待ってやれないのか」と私は憤りを感じました。

「どんなに連れてきてくれても、こうして、泣きっぱなしのままでは教えられない。このまま――子どもの気持ちが分かるのに、無理やり泣き止ませて、レッスンをさせる――の状態が続くなら、楽院に通ってくることをお断りするかもしれない」と伝えました。この子が不憫でも、他の子に迷惑になるので、その日も別室にいき、「ママと一緒にいたくても、泣くのは止めて」と説得はしました。その後は、ずっと、「ママの膝の上でいいから」と友達がお稽古をするのを見学させて帰したのです。

他の卒業生ママに「出禁になっちゃった」と言って帰っていったというママは、さぞ、悲しかっただろうと思います。子どものために「良かれ」と思ってしていることが、ともすると、大人の「自己満足」で、子どもにとっては「百害あって一利なし」など、想像もしなかったと思うからです。

もし、これが、毎週、音感の時間だけはママが仕事を早退して引率できるというなら、私もここまで厳しいことは言いません。子どもにも「やっとママと一緒だけど、音感の時間はわざわざ、ママが来てくれるみたいだから、一緒に頑張ろうね」と言えるのです。しかし、ママの仕事の都合で、来たり、来なかったりでは、1歳の子供に理解させるのは、難しいのです。それならば、「音感のお稽古はジィジと一緒!!」を徹底して、ママが早く帰れる日は、ロビーのマジックミラー越しに隠れて子どもの様子を観察して、終わるまで待っていてあげてほしいと思います。

子供たちは保育園の生活に慣れるために、毎日、凄まじいストレスと戦っています。特に、乳児期から母子で愛着を築き、その上、楽院で多くの刺激を与え、頭脳も身体も発達を促した子だから、一般のお子さんに比べて、母子分離に堪えがたい苦痛があると感じます。大人の言葉を何でもよく理解している分、つらさも人一倍、あるのです。

もし、この子が最初から、寝かせられっぱなしで、何の刺激もないまま、保育園に預けられていたら、発達は遅かったかもしれませんが、ここまで保育園生活に抵抗しなかっただろうと想像します。そして、保育園で、集団の和も乱さなかったでしょう。

それでも、幼少期から音感教育を受けさせることを選び、復職も自分で決めたことです。働くママとして、子どもの成長を見られないのはつらいと思いますが、そこは「仕方ないこと」として割り切らなければ、と思います。「仕事もしたい」「育児もしたい」とどちらも中途半端な関わり方をするには、どちらも責任が重いことだと思うのです。

働くママであることを選んだら、それに一生懸命、打ち込むことで、子どもに自分の姿勢を示すという愛情の示し方もあるはずです。きちんと、スキンシップの時間を持ち、「大好きよ」「可愛いね」と言葉にしていたら、バリバリ働くママの子供であっても、ちゃんと、親から愛されていることを確信して成長します。何より、一番、大事なのは、ママ自身がぶれないようになること。そして、それは子供が保育園に慣れるのと、同じくらい、ママにも時間がかかるのでしょう。そして、それが、「出禁」の期間なのかもしれません。
by k-onkan | 2017-12-08 23:48 | 保育園 | Comments(0)

集中力がつけば行儀はよくなる!!

毎月3回、通っている保育園に年長児の歌唱指導に出向きました。週末に発表会があって、歌唱を披露するからです。30名近い子どもたちの歌声は、一般の幼児に比べれば、ずいぶん、音程がよく、「幼児とは思えない」と評価されるのかもしれません。私自身にはまだまだ、いろいろな課題があるのですが――。

e0143522_19334865.jpgそのなかで、特に可愛く感じたのは、前の週に「立ち位置を替えられたことに怒っていた」男の子が驚くほど行儀よく取り組んでいる様子。そして、違う声を出して泣いた男児が、「違う声を出さないようにする工夫」をして、泣かずに頑張るようになったことでした。そこに男の子の持つ「生真面目さ」を垣間見て、微笑ましく感じたのです。

一般に、木下式を受けると、幼児たちはまず歌が上手になります。すると、同時に記憶力がよくなっていきます。また、集中力が身に着くと行儀もよくなっているという過程をたどります。どれもが互いに関わりあっているため、どれか一つの能力だけが伸びることは、ないのかもしれません。

数年前、はじめてこの保育園で教えたときにも、年長児に童謡を歌わせましたが、当時は、1曲しか教えられませんでした。それだけ、歌うことも、記憶することも難しかったのです。また、途中の難しいところは、省略して発表したのでした。今年の子どもたちは、練習すればしただけ、新しい曲を覚えられそうな手ごたえがあります。これが、「音感」という能力の効果です。

それでも、反復練習を続けていると、気持ちが幼い子から、集中力が途切れ、行儀が悪くなってしまうのです。「行儀がいいこと」は集中している証なので、幼児自身にも、意識させなければなりません。

そこで、私は、子供たちに「頭の中の小人さん」の話をしました。「みんなの頭の中には、たくさんの小人さんがいるのよ。一生懸命頑張る人には、頑張る小人さん!!行儀がいい人には、行儀のいい小人さんがいて、行儀が悪い人は、小人さんもきっと行儀が悪いに違いない……」。私の創作ストーリーですが、寓話を通して、子供たちに自分の姿勢や態度に気付かせたいのです。

「○ちゃんはまじめだから、きっと真面目な小人さんが多いけれど、声が小さいのかもしれない」「人の話をきかない小人さんが多いのでは?」「すぐに、『疲れた、疲れた』というキミの小人は、怠け者で寝てばっかりなのかもしれない」「泣き虫の人には、泣き虫の小人がいる……」「怒りん坊の小人さんが、隠れていたら、怒らないようにしてね」等々、一人ずつ、それぞれの性質を通して、小人さんを想像するのは、子どもにとって、想像力を駆使する楽しい時間のようです。

でも、脳の小人さんは、寓話ですが、実は名前があります。それは、脳の中にある神経細胞シナプスです。いつか、子どもが「麻奈先生の話が、全部、作り話だった」と思わないために、「小人さんには、ちゃんとした名前があるのよ。脳の中にあるシナプスというもで、使えば使うほど、しっかりするけれど、使わないとなくなってしまうというものよ。だから、頑張って、頭を使おうね」。全てが作り話にならないように、逃げ道も、作っています。


子供たちは、この話をしてから、少し行儀がよくなったような気がしますが、発表会まで、それを持続できるかは、子供たち次第です。私は本番を見届けることができませんが、「3年間の木下式の成果」を皆さんに感じていただけることを心より願っています。
by k-onkan | 2017-12-05 19:32 | 保育園 | Comments(0)

子どもに分かりやすい愛情を!!

保育園に通うようになると、音感を教えている幼児の声が悪くなると感じます。こんなことを書くと「保育園で育つ子どもに対する差別」とお叱りを受けそうですが、保育園で教え、楽院で教える私が、実感していることです。

e0143522_10343462.jpg保育園に通い出すと、多くの子どもが、お母さんから離れることに抵抗して、「ギャー」と喉を振り絞って泣きます。その声は、時に、凄まじい騒音となって響きわたるほどです。子どもの中には、我慢強くて、お母さんから離れても泣かない子もいますが、その分、辛いことも苦しいことの全部を内に秘めて身体を固くして、声を出さずにいます。こうしたことが、保育園に通うお子さんの声から、「子供らしいおおらかさ、伸びやかさ」を失わせている原因だろうと、感じます。

数週間前から1歳10ヶ月の孫弟子が保育園に通うようになりました。最初の1週間は、鳴らし保育で3時間ほどの滞在だったようですが、その間、泣き続けたそうです。今は、お母さんが出勤してからの15分、そして、お祖父さまが保育園に送った後15分に、激しく泣くだけになったようです。

それでも、2週間前の声と比べると「ハーイ」「せんせー」と呼ぶ声に、かさつきがあるのです。私は、「お母さんと離れて、保育園に行くのは、寂しいことだよね。でも保育園で、あんまり泣かないでね。声が枯れてしまうと、歌が歌えなくなってしまうからね」と伝えました。すぐに、その言葉を理解して、泣かなくなるかどうかは、分かりませんが、毎朝、30分が、少しずつ短くなる一助になればと思っています。

そして、保育園に連れていく親御さんにお願いです。子どもは、保育園で楽しく遊んでいる、と思われるかもしれませんが、乳幼児期は身を切られる思いで、お母さんから離れているのです。そのことは忘れずに、一緒にいる時間は、「大好きよ」「可愛いね」と優しい声をかけたり、たくさん抱きしめてあげたり、していただきたいのです。

ご両親が働いているのは、お子さんに、経済面や教育面で、苦労をさせないためかもしれません。しかし、そのことを「愛情」だと理解するには、保育園の子どもは幼すぎるのです。動物的なわかりやすい愛情は、身体と言葉から感じさせないと、子供が「親から愛されている」と確信は持てず、自信が持てない大人に育ってしまいます。乳幼児期の愛着が何より大切なのは、そうした理由からです。お子さんが、「幸せ」な気持ちでおおらかな声で育っていけるように、どうか、子どもに分かりやすい愛情を示してください。
by k-onkan | 2017-12-03 23:29 | 保育園 | Comments(0)

コツコツやれば、変化する!

私には腰痛の持病があります。これまで、二度ほど神経根ブロックという注射をするほど、ひどくなって、一度は、手術をしないと歩行困難になるほどでした。素人考えですが、原因は足首の弱さにもあるだろうと、感じていました。なにしろ、子供の頃は、平らな面でも捻挫ができることに、友達に驚かれたほどだからです。

e0143522_10435949.jpg身体が弱いと何をするにも頑張りがききません。そして、身体の基本は足腰なので、音感の時間に、足首と体幹が育つように、まっすぐ立つ機会を与えたいと、最近は、幼い頃から、平均台の上や、幼児用の椅子などの上に立って発声する練習もしています。これをしておくと、合唱の時に、「行儀が悪い」と言われることが少ない子に育つと、実証済みだからです。

思えば、保育園の指導が始まった年に、初めて、保護者の前で、公開学習を行なった際に、「危険だから、椅子の上に立たせないでほしい」との保護者から要望か、クレームか分からないようなメッセージが寄せられたことがありました。

翌春から、小学校に入る5~6歳の子どもたちを、たった10分~15分、幼児用の椅子に立たせるだけで、「危険」と思われるほど、子供たちの体幹は育っておらず、フラフラだったのかもしれません。しかし、いくら時代が変わったといえ、その体幹と足首のまま、就学させてはいけないと、運痴の私でさえ、そう思うのです。なぜなら、私も相当、運動が苦手でしたが、立ち続けることくらいは、できるようにしてもらったからです。

現在、保育園では、3歳児は低い平均台からはじめ、体幹が安定した子どもは幼児用の椅子の上に立って、音感のレッスンを受けています。その時間は、20~30分ですが、どの子も、ふらついて椅子から落ちることもなく、身体が安定していると感じます。5歳児ともなれば、隣の子に押されても、ひっぱられても、自分は落ちないように、どうしても落ちそうな時は、自らジャンプして、自分の身体を守れるようになりました。

保育園で指導して四年――。最初は「この子に、音感教育など、難しい過ぎる」と思われていた子でさえ、3年間、継続することで、みんなと共に、しっかり立てるようになります。また、音符を読み書きしたり、歌にもしっかり、参加しています。幼児のために、細やかな配慮を持って考案された木下式を3年、継続すれば、当然の成果ですが、あまりに驚かれると、「世の中には、3年も取り組んでも、上手にならない教育法があるの?」と違う疑問が湧きあがってくるのです。
by k-onkan | 2017-12-01 23:43 | 保育園 | Comments(0)

頑張っただけでは十分でない

毎週、指導にいく保育園では2週間後の「発表会」に向けて子どもたちが頑張っています。年長児はその中で、童謡を披露しますが、このクラスは3年間かけて、木下式を勉強した初めてのクラスです。これまでと同じ出来で満足するわけにはいきません。お客様から拍手をいただけるよう、行儀に気を付けて、練習にも一生懸命、取り組ませたいと思っています。

e0143522_1357056.jpgクラスに行くと、前回、「集中できずに違う声で歌った」という理由から立ち位置を換えた男児がふてくされていました。私が決めた立ち位置が気にいらなかったのでしょう。世の中には、ごねれば大人が面倒くさくなって、子どもの思いを通すと、知っている子どもが大勢、いますが、木下式に関しては通じません。

私は「怒るなら、やらなくていいよ」としばらく放っておきました。男の子はごねても、私が立ち位置を変えることはないと分かると、しぶしぶ、練習に参加し始めました。そんな中、普段から、とても、一生懸命、取り組む男児の頑張りが空回りをして、違う声を出していることに気付きました。「違う声が出ているから、交替」というと、その男児は涙をこぼし始めました。それほど、場所を交替することは、子どもにとって不名誉なことのようです。

音感教育をしていて大事なことは、歌が上手かどうかよりも、注意された時にどのような対応をするか、にあります。素直に注意を聞ける子は、歌が得意でなくてもやがて伸びていきますが、どんな才能があっても、指摘されたことに怒ったり、不貞腐れる子は伸び悩んでしまいます。

私は、場所を替えられて怒った男児と、涙が止められない男児たちに、「注意されたら、直すことが大事」であることを伝えました。そして、「もとの場所に戻りたいなら、怒ったり、泣いたりせずに、注意されたことを直しなさい。それが直らない限り、場所は変えられない」を伝えました。木下式を通して教えているのは、歌唱というより、物事に取り組む心構えなのです。

涙が止まらない男児は、いつも、とても頑張っている子どもです。私も内心では「気の毒」な気持ちもありますが、頑張りが空回りしやすい子供には、早く勘違いを知らせる必要を感じています。なぜなら、大人にも多くいますが、「頑張っていること」を前面に押し出す人は、「頑張ったのだから」と結果が芳しくなくても、認めてほしいという姿勢を見せたりするからです。

私はそんな時に、子供たちにする話があります。それは、「一生懸命ならば、なんでも許されるか?」という話です。「お母さんが、すごぉく一生懸命、作ったご飯が劇的に不味くても、食べられる?」。子どもにたずねると、皆、異口同音、首をブルブル振って、「NO」といいます。「一生懸命やっている」といても、内容が伴わなければ、感謝されないこともある、これは、すべてのことに共通するように思うのです。

「頑張ってやる」のは、何かに取り組むためには、当然のことであり、「頑張っているから」、上手にできなくてもいい、という理由にはならない、このことを幼児に知らせるから、木下式は厳しいと思われるのでしょう。でも、大人になった時に、結果を出している人をねたんだり、しないように、幼児期に知らせておきたいことなのです。
by k-onkan | 2017-11-28 13:55 | 保育園 | Comments(0)

木下式を教えてよかった

恒例の保育園指導があり、各学年で、嬉しいことと気づいたことがあったので、このブログに残しておくことにしました。まず、3歳児クラスです。これまで、自分のことに集中したり、私の指示が耳に入らず、周囲の友達を盗み見て活動することで、結果的に、勝手な行動をしてしまっていた子どもがほとんどいなくなっていました。それぞれ、人に惑わされず、先生の言葉を理解して、カスタネットを叩いたり、音符を書いたり、読んだりできるようになっていました。

e0143522_2117513.jpgよく木下式を教えていると「3歳児には難しいのでは?」と疑問の声をいただくことがありますが、きちんと、言葉を理解して、行動できさえすれば、何一つ難しくないように、木下式は作られています。言い換えると、幼児期の3歳から6歳までに、人に惑わされないように、指示行動に従えるようにすることは、就学後に大きな差となって表れるかもしれません。

4歳児クラスでは、これまで、「音感なんてまったく興味ない」と言わんばかりに、反抗的な態度をとっていた数名の男の子が、積極的に参加する姿がありました。これまでは、一人ずつ、歌わせても、意欲を見せず、高い声は音程に届かなかったのですが、今日は、全員が、ピアノの高さに近づくように歌っていました。

「温室のトマトにモーツァルトを聞かせると糖度が増して美味しくなる」という話を聞いたことがありますが、たとえ、ダラダラして、参加していないように見えても、まわりの友達が取り組む声やお稽古の様子が刺激になって、正しい音程で歌える一助となっていたのだと、嬉しくなりました。願わくば、気分の上がり下がりに関わらず、意欲をもって参加できるように、心身ともに成長してほしいのです。

最後に5歳児のクラスでは、今、一生懸命、12月の発表会のために童謡を2曲練習しています。少しでも音程が精鋭になるように、一人ずつ、最初から最後まで歌ったりしています。その中で、3歳の頃、低いドの声しか出なかったお子さんや、すぐに疲れてお稽古の間中、寝転んでいた子も自信を持って、独唱できるようになり、とても嬉しくなりました。

こうした子どもの成長をすぐに親御さんに見せられないのは、寂しいことですが、最近は、ビデオなどもあるので、記録にとって、親御さんに見せて喜んで欲しい、と思う反面、最初の状態をご存知ない保護者の方は、私たちや子供期待するほど、喜んでくださるかは、未知数です。

働くお母さんは、忙しいことと思いますが、それでも、わが子の成長や変化に気付いて、喜んだり、応援したりしてあげていただきたいと願っています。
by k-onkan | 2017-11-14 23:16 | 保育園 | Comments(0)