麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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カテゴリ:保育園( 57 )

お母さんも我慢して頑張れ!!

「また、今週もブログにネタを提供してしまった・・・・・・」というお母さんのエピソードを、書くべきか、書かないでおくべきか、数日悩みましたが、お母さんの気持ちが不完全燃焼のままで、日々、過ごしているといけないので、あえて苦言をブログに残すことにしました。そして、これは、「この母子の特別なこと」ではなく、子供を思う親ならだれしも、「やってしまう失敗」として、読んでいただけたらと思うのです。

e0143522_14523536.jpgこのお母さんは、自身も小さい頃から楽院に通った卒業生です。入学時に、「自分には、耳に優しいことではなくて、『本当のこと』を言ってほしい」と約束したママでもあります。それでも、できれば言いたくないこともあるのです。それは、子どもの成長を楽しみに通ってくるママに、「こんな状態では、楽院では預かれません。しばらく、ママが楽院に引率するのは我慢しなさい」と――。

1歳10カ月のYちゃんは、数週間前から、保育園に通い始めました。ママの復職が決まったからです。最初は数時間から始め、先週からお母さんも仕事に出て毎日8時間ほど、保育園に滞在しています。保育園の前後は、お祖父ちゃまが面倒を見てくださっているようですが、毎日必ず、15分、誰かと別れるたびに大泣きするとかで、声は枯れ、顔つきもたった1週間で、ずいぶん大人びたと感じました。

それが、1週間前にお祖父ちゃまとレッスンに来たときのことでした。最初は、メソメソしていましたが、自分の子どもたちと、孫娘と、二代にわたって楽院に引率されてきたお祖父さまは、孫娘がグズグズ泣いて見せても「ほら、頑張れ」と背中を押してくださるのです。たぶん、お祖父ちゃまは、孫娘が、メソメソすることで、私たちから叱られる方が不憫だから、心を鬼にして、厳しいジィジに徹しているのでしょう。

今週も、お祖父ちゃまとレッスンだと思っていると、引率はママでした。「どうしても音感をしている姿をみたくなって、職場の皆さんに頭を下げて来てしまった」のだそうです。でも、Yちゃんは「ママ、ママ」とすがって「音感のおけいこ」にはなりませんでした。

子供の気持ちになれば、よく分かります。朝からずっと、念仏のように「ママ、来る、ママ、来る」と唱えながら、それを心の支えに、保育園で過ごす1歳の子どもにとって、ママがお迎えに来たら、仲良く家に帰って、一緒に時間を過ごすサインです。それが「今日は、早く帰って『音感』に行こう」と言われたら、子どもはがっかりです。どんなに「音感の時間」が好きでも、「お母さんとべったりの時間」には勝てないのです。

もちろん、お母さんの「自分が、わが子が音感で成長する姿を一つも見逃したくない」という気持ちも痛いほど、分かります。でも、たった1歳の女の子が、ママと離れてつらい気持ちを我慢して、保育園生活に慣れようとしている時です。もう少しだけ、ママが大人になって、「なぜ、子どもの成長を待ってやれないのか」と私は憤りを感じました。

「どんなに連れてきてくれても、こうして、泣きっぱなしのままでは教えられない。このまま――子どもの気持ちが分かるのに、無理やり泣き止ませて、レッスンをさせる――の状態が続くなら、楽院に通ってくることをお断りするかもしれない」と伝えました。この子が不憫でも、他の子に迷惑になるので、その日も別室にいき、「ママと一緒にいたくても、泣くのは止めて」と説得はしました。その後は、ずっと、「ママの膝の上でいいから」と友達がお稽古をするのを見学させて帰したのです。

他の卒業生ママに「出禁になっちゃった」と言って帰っていったというママは、さぞ、悲しかっただろうと思います。子どものために「良かれ」と思ってしていることが、ともすると、大人の「自己満足」で、子どもにとっては「百害あって一利なし」など、想像もしなかったと思うからです。

もし、これが、毎週、音感の時間だけはママが仕事を早退して引率できるというなら、私もここまで厳しいことは言いません。子どもにも「やっとママと一緒だけど、音感の時間はわざわざ、ママが来てくれるみたいだから、一緒に頑張ろうね」と言えるのです。しかし、ママの仕事の都合で、来たり、来なかったりでは、1歳の子供に理解させるのは、難しいのです。それならば、「音感のお稽古はジィジと一緒!!」を徹底して、ママが早く帰れる日は、ロビーのマジックミラー越しに隠れて子どもの様子を観察して、終わるまで待っていてあげてほしいと思います。

子供たちは保育園の生活に慣れるために、毎日、凄まじいストレスと戦っています。特に、乳児期から母子で愛着を築き、その上、楽院で多くの刺激を与え、頭脳も身体も発達を促した子だから、一般のお子さんに比べて、母子分離に堪えがたい苦痛があると感じます。大人の言葉を何でもよく理解している分、つらさも人一倍、あるのです。

もし、この子が最初から、寝かせられっぱなしで、何の刺激もないまま、保育園に預けられていたら、発達は遅かったかもしれませんが、ここまで保育園生活に抵抗しなかっただろうと想像します。そして、保育園で、集団の和も乱さなかったでしょう。

それでも、幼少期から音感教育を受けさせることを選び、復職も自分で決めたことです。働くママとして、子どもの成長を見られないのはつらいと思いますが、そこは「仕方ないこと」として割り切らなければ、と思います。「仕事もしたい」「育児もしたい」とどちらも中途半端な関わり方をするには、どちらも責任が重いことだと思うのです。

働くママであることを選んだら、それに一生懸命、打ち込むことで、子どもに自分の姿勢を示すという愛情の示し方もあるはずです。きちんと、スキンシップの時間を持ち、「大好きよ」「可愛いね」と言葉にしていたら、バリバリ働くママの子供であっても、ちゃんと、親から愛されていることを確信して成長します。何より、一番、大事なのは、ママ自身がぶれないようになること。そして、それは子供が保育園に慣れるのと、同じくらい、ママにも時間がかかるのでしょう。そして、それが、「出禁」の期間なのかもしれません。
by k-onkan | 2017-12-08 23:48 | 保育園 | Comments(0)

集中力がつけば行儀はよくなる!!

毎月3回、通っている保育園に年長児の歌唱指導に出向きました。週末に発表会があって、歌唱を披露するからです。30名近い子どもたちの歌声は、一般の幼児に比べれば、ずいぶん、音程がよく、「幼児とは思えない」と評価されるのかもしれません。私自身にはまだまだ、いろいろな課題があるのですが――。

e0143522_19334865.jpgそのなかで、特に可愛く感じたのは、前の週に「立ち位置を替えられたことに怒っていた」男の子が驚くほど行儀よく取り組んでいる様子。そして、違う声を出して泣いた男児が、「違う声を出さないようにする工夫」をして、泣かずに頑張るようになったことでした。そこに男の子の持つ「生真面目さ」を垣間見て、微笑ましく感じたのです。

一般に、木下式を受けると、幼児たちはまず歌が上手になります。すると、同時に記憶力がよくなっていきます。また、集中力が身に着くと行儀もよくなっているという過程をたどります。どれもが互いに関わりあっているため、どれか一つの能力だけが伸びることは、ないのかもしれません。

数年前、はじめてこの保育園で教えたときにも、年長児に童謡を歌わせましたが、当時は、1曲しか教えられませんでした。それだけ、歌うことも、記憶することも難しかったのです。また、途中の難しいところは、省略して発表したのでした。今年の子どもたちは、練習すればしただけ、新しい曲を覚えられそうな手ごたえがあります。これが、「音感」という能力の効果です。

それでも、反復練習を続けていると、気持ちが幼い子から、集中力が途切れ、行儀が悪くなってしまうのです。「行儀がいいこと」は集中している証なので、幼児自身にも、意識させなければなりません。

そこで、私は、子供たちに「頭の中の小人さん」の話をしました。「みんなの頭の中には、たくさんの小人さんがいるのよ。一生懸命頑張る人には、頑張る小人さん!!行儀がいい人には、行儀のいい小人さんがいて、行儀が悪い人は、小人さんもきっと行儀が悪いに違いない……」。私の創作ストーリーですが、寓話を通して、子供たちに自分の姿勢や態度に気付かせたいのです。

「○ちゃんはまじめだから、きっと真面目な小人さんが多いけれど、声が小さいのかもしれない」「人の話をきかない小人さんが多いのでは?」「すぐに、『疲れた、疲れた』というキミの小人は、怠け者で寝てばっかりなのかもしれない」「泣き虫の人には、泣き虫の小人がいる……」「怒りん坊の小人さんが、隠れていたら、怒らないようにしてね」等々、一人ずつ、それぞれの性質を通して、小人さんを想像するのは、子どもにとって、想像力を駆使する楽しい時間のようです。

でも、脳の小人さんは、寓話ですが、実は名前があります。それは、脳の中にある神経細胞シナプスです。いつか、子どもが「麻奈先生の話が、全部、作り話だった」と思わないために、「小人さんには、ちゃんとした名前があるのよ。脳の中にあるシナプスというもで、使えば使うほど、しっかりするけれど、使わないとなくなってしまうというものよ。だから、頑張って、頭を使おうね」。全てが作り話にならないように、逃げ道も、作っています。


子供たちは、この話をしてから、少し行儀がよくなったような気がしますが、発表会まで、それを持続できるかは、子供たち次第です。私は本番を見届けることができませんが、「3年間の木下式の成果」を皆さんに感じていただけることを心より願っています。
by k-onkan | 2017-12-05 19:32 | 保育園 | Comments(0)

子どもに分かりやすい愛情を!!

保育園に通うようになると、音感を教えている幼児の声が悪くなると感じます。こんなことを書くと「保育園で育つ子どもに対する差別」とお叱りを受けそうですが、保育園で教え、楽院で教える私が、実感していることです。

e0143522_10343462.jpg保育園に通い出すと、多くの子どもが、お母さんから離れることに抵抗して、「ギャー」と喉を振り絞って泣きます。その声は、時に、凄まじい騒音となって響きわたるほどです。子どもの中には、我慢強くて、お母さんから離れても泣かない子もいますが、その分、辛いことも苦しいことの全部を内に秘めて身体を固くして、声を出さずにいます。こうしたことが、保育園に通うお子さんの声から、「子供らしいおおらかさ、伸びやかさ」を失わせている原因だろうと、感じます。

数週間前から1歳10ヶ月の孫弟子が保育園に通うようになりました。最初の1週間は、鳴らし保育で3時間ほどの滞在だったようですが、その間、泣き続けたそうです。今は、お母さんが出勤してからの15分、そして、お祖父さまが保育園に送った後15分に、激しく泣くだけになったようです。

それでも、2週間前の声と比べると「ハーイ」「せんせー」と呼ぶ声に、かさつきがあるのです。私は、「お母さんと離れて、保育園に行くのは、寂しいことだよね。でも保育園で、あんまり泣かないでね。声が枯れてしまうと、歌が歌えなくなってしまうからね」と伝えました。すぐに、その言葉を理解して、泣かなくなるかどうかは、分かりませんが、毎朝、30分が、少しずつ短くなる一助になればと思っています。

そして、保育園に連れていく親御さんにお願いです。子どもは、保育園で楽しく遊んでいる、と思われるかもしれませんが、乳幼児期は身を切られる思いで、お母さんから離れているのです。そのことは忘れずに、一緒にいる時間は、「大好きよ」「可愛いね」と優しい声をかけたり、たくさん抱きしめてあげたり、していただきたいのです。

ご両親が働いているのは、お子さんに、経済面や教育面で、苦労をさせないためかもしれません。しかし、そのことを「愛情」だと理解するには、保育園の子どもは幼すぎるのです。動物的なわかりやすい愛情は、身体と言葉から感じさせないと、子供が「親から愛されている」と確信は持てず、自信が持てない大人に育ってしまいます。乳幼児期の愛着が何より大切なのは、そうした理由からです。お子さんが、「幸せ」な気持ちでおおらかな声で育っていけるように、どうか、子どもに分かりやすい愛情を示してください。
by k-onkan | 2017-12-03 23:29 | 保育園 | Comments(0)

コツコツやれば、変化する!

私には腰痛の持病があります。これまで、二度ほど神経根ブロックという注射をするほど、ひどくなって、一度は、手術をしないと歩行困難になるほどでした。素人考えですが、原因は足首の弱さにもあるだろうと、感じていました。なにしろ、子供の頃は、平らな面でも捻挫ができることに、友達に驚かれたほどだからです。

e0143522_10435949.jpg身体が弱いと何をするにも頑張りがききません。そして、身体の基本は足腰なので、音感の時間に、足首と体幹が育つように、まっすぐ立つ機会を与えたいと、最近は、幼い頃から、平均台の上や、幼児用の椅子などの上に立って発声する練習もしています。これをしておくと、合唱の時に、「行儀が悪い」と言われることが少ない子に育つと、実証済みだからです。

思えば、保育園の指導が始まった年に、初めて、保護者の前で、公開学習を行なった際に、「危険だから、椅子の上に立たせないでほしい」との保護者から要望か、クレームか分からないようなメッセージが寄せられたことがありました。

翌春から、小学校に入る5~6歳の子どもたちを、たった10分~15分、幼児用の椅子に立たせるだけで、「危険」と思われるほど、子供たちの体幹は育っておらず、フラフラだったのかもしれません。しかし、いくら時代が変わったといえ、その体幹と足首のまま、就学させてはいけないと、運痴の私でさえ、そう思うのです。なぜなら、私も相当、運動が苦手でしたが、立ち続けることくらいは、できるようにしてもらったからです。

現在、保育園では、3歳児は低い平均台からはじめ、体幹が安定した子どもは幼児用の椅子の上に立って、音感のレッスンを受けています。その時間は、20~30分ですが、どの子も、ふらついて椅子から落ちることもなく、身体が安定していると感じます。5歳児ともなれば、隣の子に押されても、ひっぱられても、自分は落ちないように、どうしても落ちそうな時は、自らジャンプして、自分の身体を守れるようになりました。

保育園で指導して四年――。最初は「この子に、音感教育など、難しい過ぎる」と思われていた子でさえ、3年間、継続することで、みんなと共に、しっかり立てるようになります。また、音符を読み書きしたり、歌にもしっかり、参加しています。幼児のために、細やかな配慮を持って考案された木下式を3年、継続すれば、当然の成果ですが、あまりに驚かれると、「世の中には、3年も取り組んでも、上手にならない教育法があるの?」と違う疑問が湧きあがってくるのです。
by k-onkan | 2017-12-01 23:43 | 保育園 | Comments(0)

頑張っただけでは十分でない

毎週、指導にいく保育園では2週間後の「発表会」に向けて子どもたちが頑張っています。年長児はその中で、童謡を披露しますが、このクラスは3年間かけて、木下式を勉強した初めてのクラスです。これまでと同じ出来で満足するわけにはいきません。お客様から拍手をいただけるよう、行儀に気を付けて、練習にも一生懸命、取り組ませたいと思っています。

e0143522_1357056.jpgクラスに行くと、前回、「集中できずに違う声で歌った」という理由から立ち位置を換えた男児がふてくされていました。私が決めた立ち位置が気にいらなかったのでしょう。世の中には、ごねれば大人が面倒くさくなって、子どもの思いを通すと、知っている子どもが大勢、いますが、木下式に関しては通じません。

私は「怒るなら、やらなくていいよ」としばらく放っておきました。男の子はごねても、私が立ち位置を変えることはないと分かると、しぶしぶ、練習に参加し始めました。そんな中、普段から、とても、一生懸命、取り組む男児の頑張りが空回りをして、違う声を出していることに気付きました。「違う声が出ているから、交替」というと、その男児は涙をこぼし始めました。それほど、場所を交替することは、子どもにとって不名誉なことのようです。

音感教育をしていて大事なことは、歌が上手かどうかよりも、注意された時にどのような対応をするか、にあります。素直に注意を聞ける子は、歌が得意でなくてもやがて伸びていきますが、どんな才能があっても、指摘されたことに怒ったり、不貞腐れる子は伸び悩んでしまいます。

私は、場所を替えられて怒った男児と、涙が止められない男児たちに、「注意されたら、直すことが大事」であることを伝えました。そして、「もとの場所に戻りたいなら、怒ったり、泣いたりせずに、注意されたことを直しなさい。それが直らない限り、場所は変えられない」を伝えました。木下式を通して教えているのは、歌唱というより、物事に取り組む心構えなのです。

涙が止まらない男児は、いつも、とても頑張っている子どもです。私も内心では「気の毒」な気持ちもありますが、頑張りが空回りしやすい子供には、早く勘違いを知らせる必要を感じています。なぜなら、大人にも多くいますが、「頑張っていること」を前面に押し出す人は、「頑張ったのだから」と結果が芳しくなくても、認めてほしいという姿勢を見せたりするからです。

私はそんな時に、子供たちにする話があります。それは、「一生懸命ならば、なんでも許されるか?」という話です。「お母さんが、すごぉく一生懸命、作ったご飯が劇的に不味くても、食べられる?」。子どもにたずねると、皆、異口同音、首をブルブル振って、「NO」といいます。「一生懸命やっている」といても、内容が伴わなければ、感謝されないこともある、これは、すべてのことに共通するように思うのです。

「頑張ってやる」のは、何かに取り組むためには、当然のことであり、「頑張っているから」、上手にできなくてもいい、という理由にはならない、このことを幼児に知らせるから、木下式は厳しいと思われるのでしょう。でも、大人になった時に、結果を出している人をねたんだり、しないように、幼児期に知らせておきたいことなのです。
by k-onkan | 2017-11-28 13:55 | 保育園 | Comments(0)

木下式を教えてよかった

恒例の保育園指導があり、各学年で、嬉しいことと気づいたことがあったので、このブログに残しておくことにしました。まず、3歳児クラスです。これまで、自分のことに集中したり、私の指示が耳に入らず、周囲の友達を盗み見て活動することで、結果的に、勝手な行動をしてしまっていた子どもがほとんどいなくなっていました。それぞれ、人に惑わされず、先生の言葉を理解して、カスタネットを叩いたり、音符を書いたり、読んだりできるようになっていました。

e0143522_2117513.jpgよく木下式を教えていると「3歳児には難しいのでは?」と疑問の声をいただくことがありますが、きちんと、言葉を理解して、行動できさえすれば、何一つ難しくないように、木下式は作られています。言い換えると、幼児期の3歳から6歳までに、人に惑わされないように、指示行動に従えるようにすることは、就学後に大きな差となって表れるかもしれません。

4歳児クラスでは、これまで、「音感なんてまったく興味ない」と言わんばかりに、反抗的な態度をとっていた数名の男の子が、積極的に参加する姿がありました。これまでは、一人ずつ、歌わせても、意欲を見せず、高い声は音程に届かなかったのですが、今日は、全員が、ピアノの高さに近づくように歌っていました。

「温室のトマトにモーツァルトを聞かせると糖度が増して美味しくなる」という話を聞いたことがありますが、たとえ、ダラダラして、参加していないように見えても、まわりの友達が取り組む声やお稽古の様子が刺激になって、正しい音程で歌える一助となっていたのだと、嬉しくなりました。願わくば、気分の上がり下がりに関わらず、意欲をもって参加できるように、心身ともに成長してほしいのです。

最後に5歳児のクラスでは、今、一生懸命、12月の発表会のために童謡を2曲練習しています。少しでも音程が精鋭になるように、一人ずつ、最初から最後まで歌ったりしています。その中で、3歳の頃、低いドの声しか出なかったお子さんや、すぐに疲れてお稽古の間中、寝転んでいた子も自信を持って、独唱できるようになり、とても嬉しくなりました。

こうした子どもの成長をすぐに親御さんに見せられないのは、寂しいことですが、最近は、ビデオなどもあるので、記録にとって、親御さんに見せて喜んで欲しい、と思う反面、最初の状態をご存知ない保護者の方は、私たちや子供期待するほど、喜んでくださるかは、未知数です。

働くお母さんは、忙しいことと思いますが、それでも、わが子の成長や変化に気付いて、喜んだり、応援したりしてあげていただきたいと願っています。
by k-onkan | 2017-11-14 23:16 | 保育園 | Comments(0)

少しでも困ることが減るように・・・

ある保育園に、3歳児から3年をかけて音感教育を行ない、現在、年長になった子供たちがいます。初めて出合った時には、「クレヨン」の中から「赤」という色を探すことも、物事を記憶することも難しかったのですが、毎週、音感の訓練を反復し、その結果、大きく成長した子供たちを見ると、つくづく「苦手なことや難しいことをさせるのはかわいそう」という考えは間違いだったと確信します。

e0143522_2001967.jpg30名の子供たちが年少の4月に、一斉に音感教育を始めた時には、個々人には大きな発達差がありました。正直なところ、私も子供たちを指導しながら、同じクラスで同じ課題を一緒に学ばせるのは酷なのではと思うほど、「私の話が理解できる子」と「話が理解できないため、独自の世界で満足する子」がいたのです。

ところが、能力差があっても、同じ場所で「音感の時間」を共有したことで、子供たちに知らず知らずのうちに、子供同士からも、学ぶことがあったようです。競争心や好奇心を持ち、誰かが「できるようになる」と他の子もそこから真似て、できることが増えていきました。

今では最初に、「こんなに大人の言葉が理解できない子に、音感教育など難しいことをしても無駄なのではないか?」と思われていた子が、音感かるたの意味づけを答えながら、音符を書いている姿を見ると、子どもの発達差に関係なく、「みんなで一緒に反復して何かを学び続ける機会」は、とても大事だと思うのです。

特に、音感教育のいいところは、一人の子どもが、音楽に必要な全ての要素を兼ね備えていることは、あり得ないため、誰もが、どこかに褒められる場所があるのです。たとえば、記憶力がよくても、声がいいとは限りませんし、声がいい子は、頭で考えるのが嫌いなこともあります。頭で考えるのが得意な子は、運動面では、不得手なことが多いこともあります。音楽は、バランスよく脳の部位を使いこなす必要があるため、どんな子どもにも、挑戦となり、発達を促す一助となっているのかもしれません。

よく「子どもの得意なことだけ、させたい」という人がいますが、「得意なこと」も好きなだけしていいのですが、少し困難なことにも挑戦させないと、それ以上の成長は望めないと感じます。自然に任せて、無理せずに発達するのを待つより、小さな積み重ねを経て、少しでも、できないことを「できないまま」にしないことが、大事だと思うのです。

働くお母さんのお子さんが、小学校に入って学校の宿題が一人でこなせなかったり、学童保育に馴染めなかったりすると、結果的に、お母さんが仕事を止めて、子供と関わなければいけなくなることもあるとききます。できれば、子供が小学校に入ってなるべく困らないように、幼児期に段階的に、少しずつ、音感教育を通して、発達の手助けをしたいと思っています。
by k-onkan | 2017-11-07 20:00 | 保育園 | Comments(0)

一番、可愛い時期を大切に・・・

「保育園に預ければ安心、子どもは勝手に成長して保育士が何でもしてくれると勘違いしないでね。親がきちんと躾してない子は成長しない。保育園は育児代行サービスではありません」という保育業界で働く人のツィートを見かけました。

e0143522_19361971.jpg確かに、最近は、子供ができたら「保育園に預けるのが当たり前」で、中には「保育園に預けたら、いいことをしてもらえる」「預ける方が子どもにとってよいこと。集団行動もできるようになるし…」と考えるお母さんも多くなっています。また、有識者の中には、「子育ては難しいからこそ、プロの手を借りるべき」と言う人もいます。

しかし、長年、幼稚園や保育園という教育現場と音感教育を通して関わりを持ってきた私は、いくら、短大で勉強して資格を取ったとはいえ、新卒の教諭や保育士にそこまで責任を背負える技量は、まだないと、正直思います。まして、「プロだから、子供にいいことをしてくれる」と信じ込むことに、不安も感じます。

育児ノイローゼのお母さんに「子育てはお母さんだけがするものではない!もっと人の手を借りていい」というのは分かりますが、誰でも、生まれて間もない子供を、預けるのは、何かが違っていると感じます。

楽院にも、生後数か月から保育園に預けられたお子さんが増えて、今の子供たちが直面する問題を感じています。それは、親元で育った子供には、当たり前であった「身近な親族から愛されている自信」「愛する誰かのために頑張ろうという意欲」「新しいことに挑戦する好奇心」などを持っていない子供がたくさん増えています。

生まれてしばらくは、ペットとして販売される動物でさえ、親とひき放すと、問題行動を起すため、禁止されているのに、人間の子供が乳児の頃から、長時間、他人に預けて、問題なく育つのか、その答えは、長時間保育が当たり前になった子供たちが成人してから、エビデンスになるのかもしれませんが、教育現場では、すでに、多くの問題を感じています。

「仕事があるから、預けずにはいられない」など、いろいろな事情はあると思います。ですが、自分の子どもをまっとうに育てるのもまた、大事な仕事だということは、忘れないようにしたいものです。

守口市では、0-5歳の保育料を所得制限を設けずに無償にすることになったといいます。しかし、その途端、「無償なら、預けなければ損」と考える人が出てきたという話をききました。幼児期は、その人の土台をつくる大切な時期です。「無料だから」と安易に預けてしまうのではなく、一番、可愛い時期の子供と大切な時間を共有することを、忘れないでほしいと願わずにはいられません。
by k-onkan | 2017-11-06 23:35 | 保育園 | Comments(0)

木下式の成果が分かった!?

大型台風の翌日の保育園指導は、交通にいろいろな影響があったためか、途中、何度か、一生懸命、本気で走る機会がありました。そのためでしょうか、朝いちばんのクラスでは、いつもより、自分の声の調子がよいことに気付きました。

e0143522_216177.jpg長年、この訓練を受けて、人に教えてきた私でさえ、身体を動かした後には、らくらくと声が出るのですから、子どもたちにも、声を出す前に、十分に身体を動かす機会を与え、音感のレッスンの時には、のびやかな声を出せるように、準備運動が大切かもしれません。

1ヶ月近く、保育園の音感がお休みだったことから、3歳児クラスの半数の子どもたちは、「音感のお稽古」の存在さえ忘れていたようです。しかし、幼い子のいいところは、毎週、継続すれば、すぐに、思い出すことなのです。1週間前に比べると、意欲を持って取り組む子が増えてきたことに、嬉しくなりました。

4歳児クラスには声域が狭く、高い声が全然、出なかった男児たちが5人ほどいたのですが、少しずつ、自分から声を出す姿も見られるようになってきました。そして、音感教育のための歌唱曲「ドレミはみんなの仲良しさん」のメロディーであれば、どうにか、全員が歌えるようになってきました。1年前は、「できるようになるだろうか?」と心配した子どもたちも、皆に近い音程で歌えるようになり、ホッとしました。

5歳児クラスは、運動会で歌詞のない難しい曲でダンスを踊ったそうですが、メロディーの違いをそれぞれが覚えて、ピタリと格好よく合せて踊ることができ、応援団の子ども達の声が音感教育を受ける以前と比べて、声の出し方が全く違うことから、「3年間、継続して音感教育を受ける違い」に保育園の先生たちが気づかれたと日誌に記されていました。

この保育園で3年継続して木下式を受けた初めての年長児ですが、つい半年前までは、「自宅で歌う音程が悪い」とか「音感に苦手意識を持っている」と親御さんが心配した子どもたちもたくさんいました。しかし、現在、練習している童謡の最初から最後まで、どの子も、ほぼ音程を外さずに、歌えるようになり、私も進歩を感じています。

運動会の次に、親御さんに子どもたちの成果を感じていただけるのは、12月の発表会であり、年長児が歌う童謡です。練習は、あと4回しかありませんが、少しでも上手にしなければと思っているところなのです。
by k-onkan | 2017-10-24 23:14 | 保育園 | Comments(0)

親子の絆が一番・・・・・・

1ヶ月ぶりの保育園指導がありました。長期休暇がない保育園は、夏休みでも音感指導に出かけているため、「1ヶ月も音感をしない」のは私にとって初めての体験です。久しぶりの通勤電車の中で「子どもたちが、音感のことを覚えていますように」と願いながら向いました。

e0143522_13291894.jpg最初は3歳児のクラスで、「音感かるた」や「歌唱曲」を指導すると、運動会を経て成長した子と、運動会を受け身で過ごした子どもに大きく二分されたことに気付きました。もともと月齢差や育つ環境によって、積極的な子もいれば、受け身な子もいましたが、音感の時間だけは、みんな自分から声を出すようにしてあったのです。

しかし、残念ながら、1ヶ月に及ぶ運動会の練習は、半数の子の意欲は引き出し、半数の子はすっかり受け身にしていました。みんなと一緒に参加する運動会は、まわりの子と同じことをしていれば、目立たないため、「意欲的に取り組む子」「人の後ろからついて参加する子」の差は見分けにくいのかもしれません。

一般には、好ましい教育を「平等」に与えれば、子どもが自然に伸びるという考え方がありますが、同じ教育を与える以前の環境差や発達差によって、子どもの伸び方は決して平等ではありません。これを「遺伝子の差だから」と言って、できない子のことを諦めては教育の意味がなくなります。幼児期の小さな差は、大人が手をかけることで解消できることも多々あると、個人的には感じています。

4歳児のクラスは、音感を勉強して2年目なので、声を出すこと、歌を歌うことを忘れたりはしていませんでした。しかし、全体的に自分から積極的に取り組むより、ダラダラ時間を過ごそうとする姿勢が見られました。安全を守られ、衣食住が整い、受け身で遊びを与えられる都会の子どもたちに、いかに好奇心を持たせ、自分から学ばせるかが、課題です。

感心したのは、5歳児のクラスでした。3年間、音感を継続して勉強した積み重ねがあるため、1ヶ月もレッスンをしていなかったのに、「音感かるたの意味づけ」「音符の読み書き」、そして、「聴き分け」もまったく忘れていませんでした。

自信に満ち溢れた姿から、運動会でも親御さんから賞賛の声を浴びただろうことが想像できました。そして、やはり、継続は力で3年かけて音感教育を行う意義を痛感しました。幼児期は覚えるのも早いが、忘れるのも早いため、定着するまで反復することが大事なのです。

私は、この保育園で6つのクラスを教えてきました。それぞれ3歳児だった時、4歳だった時、5歳だった時を比較すると、同じように一生懸命、音感教育を行い、歌を歌えるようにしていますが、それぞれのクラスには確実な違いがありました。それは、親御さんと一緒にいる時間が長いお子さんが多いクラスが幼児教育を行いやすく、朝から晩まで、長く保育園で生活するお子さんが多いクラスは、音感を教える等、教育以前の課題があったのです。

長時間保育を受けるお子さんは、スキンシップに飢えて、通りがかりの私の手にすがりついたり、自分に構ってほしいと大泣きしたりすることが、多いため、音感教育をする以前に、身体を使った遊びを教えたり、担任の先生と、スキンシップを持っていただくなど、大人の言葉に耳を傾けるための時間が必要でした。

幼児期の子どもたちの能力差は、日常生活の中で身近で信頼できる大人から身につける知恵があるかないかのように私には感じられます。幼い子どもが「これ、なぁに?」と疑問に思った時に、「それはね…」と答えてくださる身近な人がいるかどうか、それが、子どもの発達や理解力を異にしていると思えてなりません。

結局、幼児期の子どもの成長は、親御さんが関心を持ってくださるかどうか、が一番、大事なのかもしれません。やみくもに「頑張れ」とお尻を叩いてほしいわけではありませんが、働くお母さんにも、「保育園でどんなことをしたの?」「お母さんに教えて?」と子どもの日常に興味をもっていただきたい、毎週、音感を指導しながら、思っているのです。
by k-onkan | 2017-10-17 23:26 | 保育園 | Comments(0)