麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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カテゴリ:保育園( 59 )

はやく覚えなくちゃ!!

真夏のような暑い日に、二週感ぶりの保育園指導がありました。通常は、2週間も間が空くと、子どもたちは音感で教えた課題をはじめ、いろいろなことを忘れているのですが、担任の先生方が子どもたちに音感の存在を忘れさせないように、さまざまな工夫をしてくださったようです。実は、私もこの二週間、努力したことがありました。それは、新たに音感をはじめた年少児30名の名前を記憶することです。

e0143522_2025944.jpgこの保育園に指導に出かけるようになって4年が経ちました。それぞれのクラスには、3年前に卒園した子の弟妹、2年前に卒園した子の弟妹、この間、卒園した子の弟妹と、どんどん、新しい名前が増えていきます。卒園と同時に古い名前が新しい名前に上書き保存されれば、こんなに便利なことはありませんが、生憎、人間の脳はそんな風にできていないようです。新しい名前を憶えようとすればするほど、その子のお兄さんやお姉さんの名前が先に出てくるのです。

最初の年は、最初数か月で全員の名前を覚えましたが、毎年、新しい人の数が増えて、少しずつ、記憶までの時間が増えています。このままでは、今年の子の名前を全て覚えるまでに1年がかりかもしれない。焦った私は担任の先生にお願いして、「子どもたちの顔写真と名前」が分かるアルバムを作っていただいたのです。

保育園の指導がない日も、時々、アルバムを開けて写真と名前を見ていると、「エビングハウスの法則」ではありませんが、忘れてもすぐに記憶がよみがえり、定着していくのです。そして、保育園のお稽古がない日でも、「どんな名前の子で、どんな性質を持っていたか」を思い返せるようになってきました。まだ似た名前や苗字が違って同じ名前のお子さんなどは、胸のバッチが便りですが、1学期中には名札がなくても、全員の名前を呼べそうです。

音感の時間に「私の目を見て話を聞く」ことを徹底するためには、まず私が子どもの目を見て、子どもの話を聞くことがたいせつだと子供たちから学びました。いいかえると、子どもたちが私を麻奈先生と覚えて呼んでくださるうちに、私も、なるべく早く86名全員の名前と特長、性質を完璧に覚えたいと思っているのです。
by k-onkan | 2017-05-30 20:21 | 保育園 | Comments(0)

苦労したから感動がある!

先日、保育参観をした園に、音感指導にうかがいました。子どもたちは、短期間に3回レッスンをしたこと、そして、親御さんに勉強成果を見ていただき、すっかり意欲に満ち溢れていました。といっても、これから二週間、レッスンが空くので、また少しは後退してしまうのも、覚悟の上ですが……。

e0143522_1943457.jpgさて、この参観で私が印象に残ったのは、担任の先生からの感想でした。それは、「Xくんが、親御さんたちの前で、一人で音符を指さして歌えるようになった姿に、自分が涙ぐみそうになってしまいました」というものでした。

保育参観の時は、普段のレッスン通り、一人ずつ、「おんぷをよもう」を歌う姿を保護者の方に見ていただきました。また、「おんぷをかこう」や「ききわけノート」などの記譜教材は、赤い丸がついたら、「お母さんやお父さんに見せて行ってらっしゃい」と促しました。集団のお稽古の中で、本当にわが子ができているか、普段、働いている親御さんにもご確認いただきたかったからです。

クラスの中には、音感のお稽古をはじめた時に、担任の先生から「この子は一緒に音感のレッスンを受けさせるのはかわいそうではないか」と相談をいただいた男の子がいました。Xくんです。他の子に比べると口数も少なく、かるたを掴んだり、鉛筆を持つのも、とても難しかったものでした。

しかし、木下式の教育は、でも同じことを、異なる手法で教えるため、気長に反復を続けていれば、いつか、みんなと同じことができるようになると、私は思っていました。その成果が、保育参観で、「ドレミファソラシド」までの音符の読み書きができるようになった姿です。

保護者の方には、「クラス全員が、同じことをできるようになっているだけ」に見えるかもしれません。しかし、30人の子供がいると、新しいことを教わりすぐにできる子もいれば、数回の反復で完璧になる子、人の二倍かかる子、五倍かかる子、十倍は復習する必要がある子もいます。

そういうお子さんの中で、特に援助が必要なお子さんには、担任の先生が、音感以外の時間を使って鉛筆の持ち方練習をさせたり、音符の読み書きを復習したりしてくださったのです。その結果が、一人ずつ、みんなが同じことができるようになっている姿です。

不思議なことですが、親御さんだから、わが子から感動をいただけるのではなく、困難を一緒に乗り越えた人が一番の感動をいただける、ということかもしれません。この保育参観での私の何よりの習慣は、担任の先生が、「子どもができるようになった喜び」を心から経験できたことだったようです。
by k-onkan | 2017-05-16 23:39 | 保育園 | Comments(0)

保育参観しました!

月3回、指導に伺っている保育園の参観をしました。興味深かったのは、いつも活発に音感に取り組む子たちが保護者の前で緊張して元気がなかったと思えば、普段は、あまり音感に興味を示さない子がお母さんの前で急に張り切ったりと、普段の様子と異なる子どもたちの姿を見られたことでした。

e0143522_1865074.jpg私は保育参観の際は、よくもわるくもいつも通りの子どもたちの姿と、レッスン内容を見ていただきたいと思っています。その様子から「子どもたちがどれだけ頑張っているか」を分かっていただけたら、何より喜ばしいことです。

個人的には、3年前にはじめて保育参観をした時より、子どもたちの身体が育ち、しっかり立って歌えるようになったことが、何よりの変化だと感じています。また、自分から学ぼうとする姿勢を持つ子が増えたことが、何よりの成果かもしれません。音感のおけいこは、集団で地道に頑張ることと個人の能力を披露する場面の両方があります。そのどちらも、音楽の能力以前に、社会で生きるために求められる力であり、音感教育を通して、それを教えています。

途中、いつも通り、「一人ずつ歌う場面」を作ったところ、我先に手をあげて「一人で歌いたい」という子もあれば、「できれば、みんなで一緒に歌って、目立ちたくない」という子もいたようです。それでも、私が「一人ずつ歌う場面」を作るのは、小学校になったら、手をあげて発言したり、一人で答えを求められたり、することは避けて通れないからです。

実は、私は小さい頃、目立つのが嫌いなタイプでした。3月生まれだったので、他のお子さんに比べて、知らないことがたくさんあったのです。そのため、集団の中では、できるだけ静かに隠れていたいと思っていました。そんな私が小学校に行くと「声が小さい」「自分の考えをはっきり言えない」と散々な評価がくだりました。幼児期から周囲の大人からいろいろなことを教わり、知能テストも決して低くない成績であったのに、「声が小さい」だけで、これほどまでに評価が低いのかと、父は実感したかもしれません。

木下式でみんな一斉に声を出し、自己主張を引き出す訓練をするのは、そうした苦い経験もあったからかもしれません。もし、幼児期に当たり前のように、お友達とで一緒に大きな声を出す練習をしていれば、小学校に入ってから、そこまで声を出すことに苦手意識は持たなかったかもしれません

反対に、通っていた幼稚園で木下式を採用されていた妹は、「一人でできる人」と言われると反射的に「ハイ」と手をあげるものだと、思って小学校に入ったため、しばらくは、反射的に手をあげていたようです。しかし、まわりの人がみんな、手をあげないことに気付くと、徐々に、まわりの様子を見て、合せるようになったそうです。何にしても、幼児期に身に付けた習慣が、小学校でプラスになることは多いと感じます。そういう観点からも、保育園で行う音感教育が少しでも、園児たちの就学を容易にできれば、何より、嬉しいことに感じます。
by k-onkan | 2017-05-13 18:05 | 保育園 | Comments(0)

注意を引きたいのかも・・・・・・

保育園の指導に行って、こんな話をうかがいました。それは、子どもたちの中には、「今日は、麻奈先生に褒められた」「今日はダメで、順番を下げられた」と、毎週、報告する子たちがいるそうです。報告を受けたお母さんはその都度、一喜一憂されているため、保育参観は、子ども以上にお母さんの方が緊張しているとのことでした。

e0143522_20545690.jpg
けれど、お話が出た子たちは、どの子も開始当初から比べ、別人のような成果が見えた子どもばかりです。きっと、これまでお母さんに「音感のお稽古」について報告することが、本人の意欲を高めてきたのでしょう。ではなぜ、「できが悪かったこと」「注意されたこと」まで、わざわざ報告するのでしょう。私にはとても不思議でした。なぜなら、私が子どもの頃は、「ママやパパに叱られたらたいへん」と思って、絶対にいい報告しかしなかったと記憶しているからです。

でも、一つ気づいたことがありました。それは、私が幼い頃は、母が家庭にいたので、特別に気をひきたい理由はありませんでした。しかし、仕事が忙しくなって、不在な時間が増えて、何でも「麻奈はお姉さんだから、大人がいなくても大丈夫」と当てにされてばかりいると悪い態度をしてでも、心配をかけようと思った時期もありました。

子ども心に「今日は、音感ダメだった」ということで、お母さんの「注意(気持ち)を引きたい」という願いもあるのかもしれません。子どもにとって、「音感のお稽古、どうだった?」と言われて、自分の答えに、一喜一憂する親御さんの姿は、「自分のことを心配してくれている」と心が満たされるものかもしれません。何にしても、親御さんが関心を持ってくださっていることは、子どもにとっていかに、大事か、ということでしょう。
by k-onkan | 2017-05-09 20:53 | 保育園 | Comments(0)

保育園で音感をする理由・・・

定期的に指導する保育園で、年少児から木下式を始めた子どもたちが年長児になり、保護者の方に、これまで2年の勉強成果を参観していただく機会を作ることになりました。でも、私が一つ、心配していることがあるのです。

e0143522_2036255.jpgそれは、普段、子どもから長く離れて働いている親御さんたちは、わが子が保育園という集団の中で、どんな姿で生活しているか、とても不安だろうとことです。これは、保育園に限ったことではありませんが、家庭で自由な発言をしているわが子が、実は同年代の子どもの中では遠慮して何も言えなかったりすることもあります。実は、私もそんな子どもだったので、同年代の子どもの中の私の態度に、親がどれほどがっかりしたか、肌で経験しているので、期待し過ぎず、でも、関心を持って見守っていただきたいと、祈るような気持ちになります。

ですが、保育園では、1クラス30人という幼児がいる中で、家庭でするように自信をもって生活できていないかもしれない、と思って見ていただきたいと思います。お母さんには、「いつも頑張っている」と感じるお子さんであっても、音感の時間は、「頑張りが空回りしてしまう子」もいるかもしれません。反対に、「家庭で歌うと、音程が外れていても、音感の時間には、誰より一生懸命、誠実に取り組んでいる子もいます。

一番、大事なことは、子どもの出来、不出来に、親御さんが一喜一憂し過ぎずに、でも、子どもについて関心を持っていただけることが、一番、ありがたいのかもしれません。お母さん、お父さんが見学に来られて、子どもたちがいつもより、張り切って取り組むのか、萎縮してしまうのかは、私にも、当日まで分かりません。

思えば、3年前、初めて、その保育園で音感のお稽古の参観をした時には、「椅子の上に立たせるのは、かわいそう」「音感が好きな子はいいけれど、向かない子には気の毒」という感想もありました。

「音感」を「音楽の特別な訓練」と思えば、子どもの好き嫌いがあったら、かわいそうなことですが、「自分の身体機能を使って声を出す」「鉛筆を使って線や丸を書く」などは、小学校に入れば、誰にでも必要になることであり、「好きな子」だけに教えるのは、不公平だと感じます。

たとえば、「声なんて、よくても音楽の道に進まなければ、関係ないと思う人も、災害にあった時に、わが子が「たすけて」と大きな声をあげられない、と聞いたら、「声はいい方がいい」と思うかもしれません。また、幼児期に鉛筆で丸や線を思い通りに書けない子が、小学校に入っていきなり、ひらがなを書きうつすのは、それはたいへんなことです。

音感で教えていることは、特殊な英才教育というより、小学校に入って、なるべく困らないために、幼児期にできることを、音楽を通してしているに過ぎません。今週末の保育参観には、そんなことをお話しようと、思っているところです。
by k-onkan | 2017-05-08 23:34 | 保育園 | Comments(0)

目を見て、話を聞いて!

「音感の先生は、台風や雨とやってくる」といわれるくらい、なぜか、火曜日は悪天候なことが多いようです。今日も「春の嵐が吹く」という気象庁のニュースで、いつもより早めに家を出たのですが、到着したらいつもと同時刻で、その頃にはすっかりいい天気になっていました。

e0143522_19505663.jpg3歳児にとっては2回目の音感のお稽古です。第一回目のお稽古では「名前を呼ばれたら、返事をすること」「物には名前があること」「色にも名前があること」を教えて、「音感教育」を行う準備を整えました。最初のレッスンから1週間、担任の先生にも名前を呼んだら目を見て返事をすること、クレヨンの箱から指示されたクレヨンを取り出して色を塗るなどの練習もしておいていただきました。

「おはようございます」と部屋に入ると、子供たちからも嬉しそうな挨拶の言葉が返ってきました。「すごい風だったわね~」というと「飛ばされそうになっちゃった」とか「雨はもう降っていなかったよ」など、月齢が大きく口が達者な三歳児が一斉に話しはじめました。

保育園に通うお子さんたちは、誰もが「自分の話を聞いてほしい」と思っているのか、我先に話しはじめると、他人が聞いていなくてもお構いなしで話し続けるように、私には見えます。自分のいいたいことを言えば、「誰かに聞いてもらったような気」になるのかもしれませんが、実際は一方通行です。自分の話をきちんと聞いてもらえないのに、相手の話に耳を傾けられるようにならないでしょう。

そこで、音感のレッスンを始める前に、一人づつ、話していい時間を作ってみました。「すごい嵐だったね。風は大丈夫だった?」「朝、雨は降っていたの?」「保育園には誰ときたの?」「自転車できたの?」「車は何色なの?」「誰が運転したの?」など、答えやすい質問を全員にしてみました。無口な子でも「誰と来たの?」と聞かれたら、「パパ」「ママ」と言葉が返ってきます。そして、まわりの子にも、「○ちゃんは誰と来たって?」「△ちゃんの家の車は、何色だって?」と質問をしてみるのです。すると、関係ない子も興味を持って話を聞くようになります。

全員にたった一言二言、話をさせるだけでも、結構、長い時間が必要です。しかし、子供たちに「目を見て自分の話を聞いてくれたから、次は麻奈先生の話も聞いてみよう」と思わせるためには、大切な時間です。実際に話を聞いた後では、前回以上に「音感かるたの説明」に目を輝かせてくれました。

しかし、可能であれば「音感の時間」に一人ずつ発言する時間を持つのではなく、毎日の家庭生活や保育園で親御さんや担任の先生方に、目を見て話を聞いてもらえていると、子供は満足して、「音感の時間」は心置きなく、音感に取り組めるにようになるはずです。

3歳児に質問をするときに、私が気を付けているのは、決して「どうだった?」などの曖昧な聞き方をしないことです。低年齢の幼児にはなるべく具体的で答えやすい質問を心掛けましょう。但し、幼稚園や保育園の先生は、「全員平等に話す機会を与える」と言われると、「同じ質問」を全員に平等にしがちなので、気を付けてください。

子供たちは同学年でもそれぞれ言語力や観察力、理解力に差があります。「すごい天気だったね」と言って「飛ばされそうなほど、風が強かった」という子もいれば、天気の良し悪しに気付かない幼い子もいるでしょう。大事なのは子供が答えたくなるような質問をすることであり、決して、先生が「答えてほしいこと」を言わせる質問であってはなりません。

保育園で音感を教えるようになって今年で3年。「音感教育」を行う上で、子供たちに身についていない能力をプラスするために世間話をしたり、いろいろな体操をさせたり、さまざまな工夫しながら気づいたことがあります。それは、保育園の先生も親御さんも、仕事で忙しいこととは思いますが、それでも「もっと目を見て、一人ひとりの話をよく聞いてあげてほしい!」ということです。子供たちはまわりの大人との会話や関わり方によって発達が促されます。どうか、子供が静かにしているから安心と放っておかないでいただきたいのです。

その昔、保育園より幼稚園の子どもが比較的、大人の話を聞けたのは、家庭で自分の話を聞いてもらうチャンスが、保育園に預けられる働くお母さんの子どもよりは多かったからだと感じます。でも、今は幼稚園でも前後にお預かり時間を付けると、保育園並みの長さで、預かっていただける幼稚園もあり、「幼稚園だから安心」「保育園だから心配」ということはありません。それぞれの家庭で、わが子の話に耳を傾けたり、子供の話を興味を持って聞かないと、小学校に入っても、集団の中で、先生の話に耳を傾けられない子どもが育っていくかもしれません。
by k-onkan | 2017-04-18 19:49 | 保育園 | Comments(0)

最後のお稽古、楽しかったね

今日は2年間、木下式を教えた保育園の年長児の最後のレッスンがありました。子どもたちは「今日が最後の音感だ」と言いながら、楽しそうに音感かるたや歌唱曲に取り組みました。前回で、音符書き教材がすべて終わってしまい、鉛筆を使う時間が余ったのです、「音感について好きなことを書く時間」にしました。

e0143522_19222174.jpg子どもたちから「おんかんかるたがたのしかったです」「たいそうがじょうずになりました」「のーとで100てんがとれました」「ぴあにかがじょうずになりました」「よもうがたのしかったです」「おとがわかるようになりました」「どれみふぁそらしどがじょうずになったのが、うれしいです」「たかいこえがでるようになりました。まなせんせいだいすきです。2ねんかんありがとうございました」など、可愛いメッセージがいっぱい集まってきました。その中には、お休みが多かった男の子の「おんかんかるたがじょうずになりたいです」というものもありました。

e0143522_22520129.jpgこの保育園ではピアニカに「音感かるたのシール」を貼っていただきました。そして、ふだん、音感のお稽古で歌う「音階記憶唱」や「おんぷをよもう」もピアニカでふく練習をしてきました。小学校に入って音楽だけは苦手意識を持たずに取り組んで欲しいとの思いからでした。そのため、多くの子どもたちがピアニカを弾けるようになったことを感想に書いており、私も嬉しくなりました。

お稽古が終わると、「2年間、お世話になり、ありがとうございました。ばら組からです」と一番、手のかかった男の子二人がプレゼントを持ってきてくれました。「子どもたちが描いた麻奈先生」がいっぱいついたカレンダーでした。帰り際、子どもたちに「また、いつか会えるかなぁ?」とか「今日は6時までいてよ」「まな先生、卒園式はくる?」などと言われ、とても感慨深いものがありました。

昨年は、音感が嫌で泣いていた子もいたため、担任の先生は「音感の時間は子どもたちにとって苦痛な時間ではないか」と悩んだこともあったそうです。しかし、2年間、木下式を受けた子どもたちは歌詞や言葉の記憶が早くなり、集中力の持続時間が長くなるなど、小学校に入学するにあたって自信が着き、日常生活で困ることが減ったそうです。

何より、嬉しかったのはそのクラスで月齢が小さく成長が遅かった子どもたちも、みんなと一緒に音感に取り組めるようになり、生活の中でひらがなや数字に興味を持って学ぶことを楽しめるようになったことだといいます。今では、この音感の時間は、子どもたちにとって、必要なことがたくさん詰まっていたと思えるそうです。

2年前は、どうなることかと思うほど、集団行動が苦手だった子どもたちが、今では、全員背筋を伸ばして、大きな口を開けて、一生懸命、歌うようになりました。その姿にとても感慨深いものがあります。この子たちを教えさせていただけた二年間は、私にとっても貴いものです。もう会えないと思うことは寂しいですが、「いつか、立派になって会いに来てね」と言ってお別れしました。
by k-onkan | 2017-03-14 23:21 | 保育園 | Comments(0)

保育園の3年間を振り返って…-3-

保育園には「楽しくて、容易でなく、親子で苦しい思いをするなら、幼児期の土台作りも好ましい生活習慣も諦める」という親御さんもいるかもしれません。しかし、それでは、将来、他人の役に立つ大人には育たないこともあるのです。「他人の役に立つ」というと弁護士や医師、政治家になると誤解されると困るのですが、誰かのためを願って行動できる人が「他人の役に立てる人」です。残念ながら、幼い頃に自分本位な育て方をされた人が成人してから性質を変えるには、かなりの覚悟と努力が必要です。だからこそ、幼児期に「非認知能力」を育てる幼児教育が大事だと思うのです。

e0143522_205842.jpg幼児を相手にする教育は、日によっては「やりたくない」とごねられる日も多くあります。どんなに幼児が好む指導法を考え、先生の言葉に耳を傾けたくなる教材が用意されていても、人間はロボットではないため、計算通りにはいかないものなのです。

最近、指導にいった保育園でも、「今日はやりたくない」というお子さんがいました。ちょうど、年中組で身体表現(音楽に合わせて、行進や駆け足、ジャンプをする課題)をしていた時のことでした。男の子に「走るときは手を腰にしよう!両手を下げて走るのは、格好悪いからダメ!」と指摘すると、それが気に入らなかったのか、以降、ずっと部屋の角に立ち続けたのです。

何度か、「ノートをするけど、一緒にやらない?」とか「次はかるた取りだけど、やらなくていいの?」と声をかけたのですが、絶対に首を縦には振りませんでした。普段、とても人懐こく、音感も喜んで取り組む男の子だったので不思議に思っていると、担任の先生は、「朝からお母さんといざこざがあって調子が悪いのです」と教えてくださいました。なんでも。お母さんは年長のお姉さんを連れて病院に行かれたそうなのです。

一日の全てのレッスンを終えて応接室にいた私のところに、その男の子が担任の先生に連れられて、やってきました。「来週はやります」と照れながら言っていきました。「どうしたの? お姉ちゃんだけ、どこへ行ったの?」ときくと「病院」と言う答えが返ってきました。「もしかして病院でもいいから、お母さんと一緒に行きたかったの? だから、怒っていたの?」と聞くと、「うん」といいます。子どもにとって、それほど、お母さんと一緒にいられる時間は貴重なのでしょう。私が「じゃぁ、来週は一緒に勉強しようね」と言ったたえ、男の子は安心して自分の教室に戻っていきました。

ただし、私が、「やりたくない」という子に、「今日は休んでもいい」と許すのは、「1回だけ」です。お母さんとの諍いがあって、男の子の気分が悪かったことは理解できます。しかし、それは、音感を教える「私のせい」ではありません。それを履き違え「今日はかわいそうな目にあったから、いいよ」と許していくと、「悲しいことがあったら、自分は何をしても許される」と思ってしまうかもしれません。

だから、いつまでもレッスンに参加しないでいると、「このクラスは音感を勉強するクラスです。やりたくないなら未満児の組へ行ってください」と厳しいこともいうこともあります。たとえ5歳児でも、「そのクラスの一員として、果たすべき責任はある」ことを教えたいのです。また、誰か一人でも「やらないこと」と許されていたら、他の子もそのうち、みんな「やりたくない」と言い出すでしょう。

幼児期に、自分の責任を果たす、人に責任転嫁をしないなどを教えるのは、すごく難しいことですが、同時に、とても大事なことだと思いいます。ですが、子どもが「ぼくは、音感は向かない」と「やらない理由」を持ってしまったら、どんなに効果がある教育でも、子どもの能力を開花することはできなくなってしまうのです。だから、せっかく、はじめた音感のお稽古は、向き不向きや、好き嫌いだけで判断することなく、その保育園に通う子どもには、「当たり前のこと」であり続けることを願っています。
by k-onkan | 2017-03-08 20:05 | 保育園 | Comments(0)

保育園の3年間を振り返って…-2-

木下式を初めて採用した保育園に、最初に足を運んだ日は、たいへん驚きました。それは、30名の年長児が全員、まるで自分の世界に閉じこもっているかのように受け身だったからでした。名まえを読んでも返事の声はほとんど聞こえない。色彩名を知らない子、ひらがなの読み書きを知らない子も多く、私の人生の中で、はじめてであった子どもたちでした。

e0143522_1520510.jpgそこで、最初にしたのは、それぞれが意識を持って音感かるたの意味づけ語を口ずさめるように、最大限の声で参加させることでした。きっと、子どもたちには迷惑なことだったでしょう。空想の世界に住んでいれば、傷つかないで済みますが、意識を持って生活すると、子どもたちには、年長児として知らないこと、分からないことがあまりに多くあったからです。そのため、全員が「歌うことが大好き」と思うまでの9か月の間は、「麻奈先生がコワイ」「音感の日は、保育園に行くのがイヤ」と抵抗する子も多かったはずです。

現在、年少から年長まで3学年に音感を教えていますが、どこの学年の子どもも、音感かるたの意味づけを覚え、音符の読み書きが分かるようになって歌うことに自信が持てるようになると、自分から音感に参加するようになります。すると、もう「麻奈先生がコワイ」とはいなくなります。もちろん、あまりに目に余るワガママをすれば、時々、厳しい声で叱ることはありますが、何を注意されているか、分からず怖いということはないはずです。

特に、今年、卒園する年長児は、2年間音感を教えたため、遠慮なく私に言いたいことを言い、「来週で、音感が最後だね~」と世間話をしたりします。音感を教えはじめた頃に、「麻奈先生がコワイ」「音感が嫌い」と言った子ほど今、私に懐いていると感じます。きっと、違う声を出す度に、「その声はダメ」と本当のことを伝えながらも、最後まで諦めずに教えたからではないかと思うのです。同級生に比べると、発達が遅かった子も含め、全員が音符を書いて、楽譜を読んで人前で歌う楽しさを知っています。

子供たちが音感の時間を楽しみにしてくれるようになって、私も保育園で教える時間も心が折れそうにはならなくなりました。実は、相手が子どもでも、イヤだと思っている相手に踏み込んで教えるのは、相当なストレスがあります。ただ、依頼をいただいたプロとして指導する責任があるから、心が折れそうでも投げ出せないのです。

私にとって保育園のお子さんの指導も凸凹っ子の指導にも共通点があります。それは、望んでいない相手をt閉じこもった世界から、こちらに呼び戻して、音感のレッスンに参加させることです。どちらにも一日も早く、わかる楽しさを知らせ、褒める機会を作り、自己肯定感を高めさせ、子どもの生きる土台を作ることを目的にしています。

本来、「教える」という仕事は、相手が興味や好奇心を持って、教わることを望んでいることが、一番、好ましいと感じます。しかし、幼児期の習慣づけや土台作りは、子供が望んでいないことがほとんどです。なぜなら、他にもっと楽しいことがたくさんあるからです。それでも、人間形成のため、教育やしつけをする必要があるから、大人にとっても、子供にとっても、多少は苦しいのは当然です。長年、いろいろな子供を教えてきた私が到達した結論は、「簡単に心地よく、効果がある教育やしつけ」など、残念ながら、存在しないということでした。
by k-onkan | 2017-03-07 23:18 | 保育園 | Comments(0)

保育園の3年間を振り返って…-1-

保育園の指導に出かけるようになって3年が経過しました。その間、保育園の持つ課題を感じながら、私は「345歳児に音感教育をして、子どもたちは音符の読み書きをはじめ、音楽の基礎を身につけました。

e0143522_1420370.jpg「認可保育園」は役所によって園児が割り当てられるため、たとえ、保護者の考え方や教育観が異なっても受け入れなければならない「応諾義務」があります。言い換えると、同じ保育園で育つ子どもであっても、しつけや教育に対してまったく考え方が異なる園児と一緒に育っていくのです。

「それの何が問題なのか?みんな違って、みんな自由でいいじゃないか」と思われるかもしれませんが、幼児期は人間の土台をつくる時期です。善悪の区別や人に対する思いやり、友達との付き合い方などを学びます。その時に、大人に共通した考えがないというのは、実はすごく不安があるのです。

なぜなら、友達を押しのけても、友達のものを取り上げても、友達を傷つけても、先生が「子供を傷つけてはいけない」という考えに縛られ、何も言えないと、善悪の区別は教えられないからです。また、保護者の方も「子どもが悪いことをしたら、叱って欲しい」と思う方もいれば「保育園が嫌いになるから、悪いことをしても嫌な気持ちにさせないで」という方もあります。すべての保護者の希望をかなえようと思うと、結果、「何もしない」ことになってしまうかもしれません。

そんな環境の中、私は木下式を教え始めたのです。教育に対しても「小学校の準備は幼児期が大事」と思う保護者もあれば、「勉強なんて小学校に入ってからでいい。幼児期は遊ぶだけでいい」という保護者があるのですから、音感教育に対しては「音楽は情操教育になるから、ぜひやってほしい」「音楽で就学準備ができるのは好ましい」と考える方もいれば、「とにかく保育園を嫌がる原因になることはしないでほしい」と感じる方もあったことでしょう。

一般的に、子供というものは、基本、大人が決めたことを受け入れていきます。たとえば、親御さんと一緒に過ごしたくて離れたくなくても保育園に来たら、置いて行かれるでしょう。中にはすんなり受け入れる子もいますが、いつまでも大泣きを続けたり、荒れて友達に八つ当たりする子もいるのは当たり前のことなのです。そして、毎日、保育園で働けば、日常茶飯事なのでしょうが、部外者の私には、泣き続ける子供の声が不憫で、本当に心が痛んだものでした。

ほんの一言、お母さんが子供を思って、声をかけてくだされば、保育園で寂しくても自己肯定感を持って頑張れたりすると思うのです。でも、少し優しくするともっと離れ難くなったり、到着前からうるさくなることから、子どもに説明もなく置いていく方も多いようです。置いていかれた子どもは、大好きな親御さんに裏切られたという不満から、保育園中に響く声で泣くのです。

子供が泣きたい時は、「泣きたいだけ泣かせてあげて」と親切のように、言う大人の方もいますが、「いい映画を見てストレス解消に泣く」のと、「置いていった親御さん」を恋しがって泣くことは同じ涙ではありません。幼い子の「大泣き」には悲痛なまでのSOSが隠れていると感じるのです。泣いている原因を解消せずに、泣かせっ放しにすることはネグレクトのように感じられ、私には、それが一番苦痛だったのでした。

最初は、保育園に置いて行かれることに泣いて抵抗を示していた子も、いつしか諦めて泣かなくなっていきます。親御さんや先生は、「聞き分けが良くなり、いい子になった」と喜ばれるかもしれませんが、私には、諦めたんだと感じます。親御さんに期待することも、親御さんと一緒にいたいと希望することも、「もういいや」と思ったのだと思うと、せっかく、縁あって親子に生まれたのに、と寂しくなるのです。

もちろん、子どものことを一番に考え、泣く子を抱きしめたり、説明したり、親代わりをして、きちんと土台作りをする保育園もあるでしょう。けれど、そのためには、応諾義務があっても保護者にきちんと「園の方針」を自信を持って打ち出せる責任者が存在して、保育士の先生たちも、自信をもって忠実に園長の言葉を守れることが、大前提だということに気付かされました。
by k-onkan | 2017-03-06 23:18 | 保育園 | Comments(0)