麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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カテゴリ:思春期・反抗期( 33 )

反抗期がないと危ないってホント!?

一般では、「反抗期がない子は危ない」と言われるようですが、兄甥Yもはたから見ると「反抗期がない」ように見えるかもしれません。でも、「とても扱いにくい時期」はもうあったと記憶しています。それは小学2年生の頃でした。Yは幼い頃から身体も大きく、常に、2学年上の友達と一緒に音感を勉強していたので、難しい時期も、その子たちと同じ頃に来ました。けれど、当時、幼馴染のお母さんが不治の病で入退院を繰り返すのを見聞きしていたため、「親しい人との別れ」を感じたのか、反抗期らしき様子は徐々に薄れていきました。

e0143522_12281037.jpg「反抗期がない子は危ない」と言われるのは、子どもに反抗する気力がないほど、親が抑圧してしまうことで、精神的に追い詰められてしまうことを心配されての言葉かもしれません。しかし、実際は、派手な反抗期もあれば、子どもの心の中だけで静かに収められるものもあります。また、親が「反抗された」と気づかないまま、終わる反抗期もあるように思います。

また、多少、過保護、過干渉、過管理の親がいても、子供が自分で考えて行動でき、その結果に自分で責任を持たされているなら、親からの支配や圧迫、抑制もそこまで感じないのではないかと思います。大きな反抗をする子どもは、子どもが所属するグループや友達を、親が管理したり、全てを過保護にして子ども一人では何もできないように育つ過程で、気概のある子どは親に反抗して、そこから抜け出そうとするのではないかと感じます。中には、親の抑圧を跳ね返せず、そのまま毒親の影響を受け病んでしまう人もあり、そういう人にとっては「反抗期がないのは危険」だと感じます。

もしかすると、反抗期は終わったと思っている甥Yにも、支配的な私たちの考えを否定したり、抵抗をしたりする時期が激しく到来するのかもしれません。しかし、それで子どもが一方的に「悪くなった」と思うことはありません。私たち親世代と違う新しい時代を生きるためには、私たちと違う考えを持つことが、必要であり、そのための課題なのだろうと思っています。

もちろん、反抗される親世代にも言い分はあって当たり前です。それぞれの時代にできることを試行錯誤して一生懸命、子育てをしてきても、ボタンの掛け違いなど、日常茶飯事です。それを子どもから全否定されるのは、つらいものがあります。それでも、それぞれの違いを知って双方の妥協点を見つけるために「反抗期があった方がいい親子」もいると、そんな風に感じます。

何にしても、「反抗期がないのは危険!」というたった一つのフレーズを鵜のみにして思い悩むより、物事には常に裏表があって、一般で言われることの深い意味まで考える習慣を、子どもたちにはつけた方がいいと感じるのです。そうした多くの情報から自分の望む答えを選んでいけることが一番、大事だと思います。そして、世の中に、たとえ自分と考えが違う人がいたとしても、それによって自分が全否定される理由などないのですから――。
by k-onkan | 2017-03-31 23:26 | 思春期・反抗期 | Comments(0)

女の子たちとガールズトーク

アスペルガー症候群の人は、高い知能を持っているため、誰にも障害があることに気付かれないまま、社会生活をしている事も多くあるといいます。そのため、結婚した相手がアスペルガー症候群で、パートナーと心を通わすことに苦労するということも多い、そんな記事をネットで読みました。

e0143522_14404784.jpgその中には、「発達障害を持つ人が、大人になってから結婚生活やパートナーと健全な関係を保つためには、子どもの内のお母さんの関わり方が大事」と書かれていました。個人的な感想ですが、発達障害の有無に関係なく、親子の関わり方は、そのまま、その人が大人になってから出会うパートナーとの付き合い方に反映すると感じます。親子関係が健全な人は、大人になってパートナーともいい関係を保てますが、支配的な親子関係や過保護で育った人は、パートナーにも同じように関わっているように見えるのです。

その他にも「女の子の発達障害を見つけるきっかけは、ガールズトークができないこと」という言葉が、医師の発言として紹介されていました。私が、楽院の合宿で女同士の付き合いがうまくできない子を心配する理由を見つけたような気がしたのです。

女性特有の共感性や雑談力、コミュニケーション能力は、お母さんになって子育てや教育をする際には、なくてはならない能力です。もちろん仕事をバリバリする女性であっても他人の立場で物を考え、女性ながらの感性によって、仕事を成功させる女性も多いはずです。とにかく、女の子には、有能であっても同性同士に不快感を与えない魅力的な女性に育ってほしいと願っているのです。

けれど、そう言う自分も、小中学校と女性同士の付き合いが得意でない子どもでした。女4人姉妹の中で育った母は、「女の賢さやしたたかさ」が好きではなかったのでしょう。そのため、母から「女であるだけで、素晴らしいことで、得をする」という教えはありませんでした。むしろ、母も女同士の付き合いが苦手でした。けれど、学校という狭い世界に通う子どもとしては、同級生の女の子同士でうまくやるためには、「お母さんの手本」というか、大人の女性の知恵があった方が、楽だったようにも思うのです。

私が卒業生の女の子たちのガールズトークに付き合うのはそうした理由からかもしれません。女同士の付き合いが苦手な子の気持ちも分かりますが、女の特性を生かし切れないマイナスもよく分かっています。ですから、たとえ、女同士が苦手でも、少しくらいは、つきあう練習は、子ども時代にしておいた方がいいと思ったりするのです。

私は女子生徒が、「女同士は嫌い。面倒くさいから」という気持ちもよく分かりますが、「女子力を使って欲しいものを手にいれたい」という女の子の野望を全否定する気もないのです。それは、きっと、「パパ大好き」と父に甘えた時の気持ちも覚えているからかもしれません。但し、「美貌は一生ものじゃない。一生なくならないのは、知性や教養だから、努力はしなさい」とキツイことを言って煙たがられたりもします。でも、そうやって育てた女の子たちは、やがてお母さんになったり、働く女性になったりして、私にガールズトークのネタを提供してくれるのです。
by k-onkan | 2016-10-15 19:43 | 思春期・反抗期 | Comments(0)

人は育てられたように育つ

「ヤクザになる理由」(著:廣末登 新潮新書)という本を読んでいます。「人はなぜグレるのか。いつぐれるのか。そして、グレ続けたうえにヤクザになるのは、どういう人なのか(まえがきより)」。こうした問いに対して犯罪社会学者である筆者が調査したことをまとめています。

e0143522_20371823.jpg筆者は、人の人生の始点は、家庭にあるという考えを持っています。暴力団加入者の研究をしながら、「人生を左右する最大の要因は、家庭という社会の質である」と主張しています。社会学における「家庭」の定義は、家族によって構成される社会だと筆者書いています。家族は人間が最初に帰属する社会的集団で、ここで、社会の基礎的な文化を身につけ、それを土台として、更に広い社会―仲間集団・学校・地域社会・職場に参加していくとされています。筆者が、自ら暴力団加入経験者を調べたところ、やくざになった人は、単身家庭が多く、学校の勉強を親から教わったことがない、といいます。中には無理に塾に行かされた経験がある人もいますが、親から教わったことはないといいます。

また、それぞれ、「親から躾をされましたか?」という問いに「しつけを受けた」と答えていますが、「何がどう悪かったのか」など、家庭のルールなどは、具体的には説明できないまま、「ベルトでぶたれた」「殴られた」など、頭ごなしに叱られることを躾だと認識していました。

また、家庭には門限もなく、家に食事がなかったり、お金だけ渡されている家庭もありました。つまり、家庭という社会が機能しておらず、その中で「放任」されていた子どもと言そうです。何より、「勉強や先生は嫌いだったけれど、学校は好きだった」という共通点がありました。学校という社会の中で、仲間から一目置かれたいという欲求が強くあったようです。喧嘩やかつあげなどをして、まわりの人間から恐れられるような存在になっていきます。

筆者は、グレた子どもがグレ続けた上で、暴力団員になるプロセスを書きながら、「ヤクザになる人」は自己責任ではなく、そうなりやすい環境や地域に生まれ育っていることを主張しています。日常的に「やくざ」がいる地域に育ち、それを「格好いい」と憧れたり、単身家庭で大人の目が行き届かない中で、躾も教育もされずに、強い地位的欲求があったら、ヤクザになるのは、自然なことなのかもしれません。

筆者は、暴力団加入経験者に話を聞くと同時に、筆者自身も含めある時期、グレていてもヤクザにならなかった人のエピソードも紹介していますが、そこには、経済的に困窮している家庭もあれば、裕福な家庭もありましたが、教育と躾が行われていること、そして、子供が問題を起こした時に、「どうにか立ち直らせたい」という両親が存在して、親子の絆があるように私には感じられたのです。

いろいろなマイナスが重なり、子供がぐれたり、荒れたりするのは、いつの時代にも、どこにでもあり得ることだと思っています。しかし、万が一、子供がグレても、「諦めたり、見捨てない親」の存在があれば、子どもは、たとて、いっときはグレても、いつか「親を泣かせない道」に戻ってくるように思います。

そして、子供を無駄にグレさせないためには、小学校入学のスタート地点で、「先生が何を言っているか、分からない」ということはないようにしたい。これが、幼稚園や保育園で音感教育を行う一つの意義かもしれないと、この本を読んで、改めて思ったのでした。
by k-onkan | 2016-09-11 23:36 | 思春期・反抗期 | Comments(0)

家族の絆がないから問題が起きる!

数日前に、ネットである映像が回ってきました。それは、小学6年の時からバイクの無免許運転で鑑別所に入れられ、その後も、2回少年院に入ったという沖縄の19歳の少年を更生させるという内容でした。更生させるのは、かつて自身も幼少時代に父親から虐待を受けたことから、非行に走り、高校時代は、暴走族の総長になった経歴を持つ加藤秀視氏です。自身が経験したころだからこそ、子供たちの気持ちが分かると言われます。

e0143522_23542828.jpg「少年に行く理由は、子供の犯罪だけでなく、生活環境にもある」と加藤氏は言います。この子は、3LDKのアパートに母親ときょうだい6人で生活保護を受けて暮らしていますが「こんばんは」と言われても返信することもありません。「親として教えてきたことが何もない」と母親が叱られても少年は無表情です。

その翌日、家を尋ねると母親も、高校1年の妹、小学3年の弟もまだ寝ています。母親は病気を理由に過ぎまで寝ていて、子どもが学校へ行かなくとも感心がありません。加藤氏は、「お母さんが、毎日、朝起きて、子供を見送り、弟妹を学校へ行かせること」を条件に少年を預かりました。

加藤氏は少年を1200キロ離れた宮城県の南三陸町に連れていきました。加藤氏の会社は、そこでがれき撤去の仕事を請け負っているのです。働きはじめる前に、「沖縄に残した家族」について「どう思っているか」を尋ねました。「自分の弟が、自分のようになってもいいのか?」と言われても「個人で好きにやればいい」と答えます。少年は自分より弱いものには手を出し強いものには向かっていかない気弱なところがあります。この家族の問題を解決するためには、少年を更生させなければ道はなかったのでしょう。

仕事が始まると、毎日の規則正しい生活とたいへんな作業が待っています。しかし、本当のねらいは、「被災地では、多くの人たちが家族を失い、本当の家族のありがたみや大切さ。そういうものを、他人がきづかせようとしなくても、環境が気づかせてくれる」ということでした。毎朝、規則正しく仕事をする少年は、「沖縄で仲間と遊んでいたのも楽しかったけれど、三陸での生活は「充実していて居心地がいい」といいます。

2か月が経過して苦労して手にした給与を「どうするのか」と聞かれると迷わず「母親に渡す」という少年に、加藤氏は直接、渡すようにと二人で沖縄へ戻ります。驚かせて喜ばせようと連絡を入れなかったところ、家では母親と弟妹が寝ていました。規則正しい生活が身に着いた少年は「何やっているんだ。学校はどうしたんだよ」ととても恥ずかしそうです。

加藤氏から「この状況を見て、自分でどうするか、ここはお前に任せる」。そう言われた少年は「本当に少しだけだけど」と給与を手渡します。母親は「自分で使って。気持ちだけでいい」と断りますが、「いや、受け取って。今まで散々、迷惑かけて裏切って今までごめんなさい。」。母親は、わが子だけが悪いのではなく、自分も悪い。子どもがこんなに頑張っているのに恥ずかしい、と涙声を出します。「家族にとって大事なのは、お母さんだから、無理をせずに頑張って」と声をかけます。

少年は、高校1年の妹にも「お前が学校へ行かなかったら弟はどう思う?」というと「お母さんにやる気がない」という妹に、「一人で頑張らせるんじゃなくても、おまえも支えてやらなくちゃいかんだろ」。自分も昔は、家族でも人それぞれ、個人の人生だと思っていたけど、被災地に行ったら、すごいんだよ。テレビ見るより半端ないんだ。あっちの人はどうしているんだ。学校もない、家もない、金も服も…。きっと落ち込んでいるんだろうと思った。だけど、びっくりするぞ。人の温かさと、人との絆の大切さが分かった。それまで分からなかったけど、あっちへ行って分かるようになった。これまでいかに甘えていたか……」。そこには、妹が見たことがない家族を支えようとする強い兄の姿があり、番組はそこで終わりました。

加藤氏は自身の体験から、「問題を起こす子のほとんどが、親子の絆の関係性に問題がある」と痛感されています。「問題があるから、絆を深めようじゃなくて、絆がないから問題が出る」という言葉に、私たちは、多くのことを考えなければと思います。

小さな子を育てる多くの人は、年頃の少年の非行の話はただ「怖い」という感想を持ち、「自分の子どもに限ってそんなことはない」と目を反らせたくなるのかもしれません。けれど、どんなに裕福でも、どんなに愛情が注いでも、「どちらかが言いたいことが言えない親子関係」であったり、「子どもをいいなりに甘やかす関係」であれば、誰にでも起こり得ることだと思うのです。
by k-onkan | 2016-08-18 23:52 | 思春期・反抗期 | Comments(0)

成長が速いから気を付けなければ!

私が福岡に出張している間、楽院では「千葉の海の家」がありました。木下先生の住む千葉県房総にある家に、「今年、頑張っている生徒」が呼ばれる毎年恒例のお泊り会です。今年は、長年、上級生とその弟妹、そこに甥兄弟が加わり、総勢7名の子どもが参加しました。

e0143522_198304.jpgわが家は海でも川でも全力投球で子どもを遊ばせます。その際に大事なのは子供の安全です。子どもたちに危険がないように、細心の注意を払っています。最近は海を知らない子どもも多く、しょっぱい水や波しぶきを怖がって、中々、海の中に入れない子も増えているようです。波打ち際から少しずつ慣れさせ、波の乗り方を教え、その後は、砂浜に穴を掘って埋めて、湿った砂の重さを経験させるなど、大人が一生懸命、相手をするのは場所が変わっても同じです。

私たちがお子さんを預かって危険を感じるのは、大自然の中だけではありません。小さい頃から、一緒に育った子どもたちは、「男女」の区別なくとても仲良しです。だからこそ、大人がきちんと心配しなければ、危険があると感じることもあるのです。

今年は、女の子2人を和室、男子5人を床の間、そして、背が高く身体が大きい中一の甥はリビングの端に布団を敷き、男女別に寝る場所を確保したそうです。ところが、合宿とは違う楽しさがある「お泊り」で子供たちはいつまでも寝ようとはしません。そのうち、「女子の部屋には、スペースがあるから、Yくんもこっちで一緒に寝ようよ」と誘っている様子が見られました。体は大きくてしっかり者のように見えてもYは小心者です。女の子と一緒の部屋は心強いと思っていたかもしれません。

それを聞いたまゆみ先生は、驚いて純子先生の家に「高学年の男女があまりに仲良くて、心配だからYを連れに来てください」と連絡をしてきて、急遽、Yは、純子先生の家に隔離されることになりました。その経緯は福岡に出張していた私にまで、即効で連絡が入りました。普段、合宿で女子班の面倒を見る私に、女の子が関わる案件は、すべて報告しなければと思うのでしょう。

Yは、妹たちから、いろいろと説教されたようですが、小さい頃からの幼馴染で仲良しで、大人が心配する真意、私たち大人が心配する「男女の性」についてなど微塵も考えていないでしょう。それでも、残念ながら、現代社会で成長する子供たちの耳に入る情報は多く、20年前の子どもたちが男女で仲良く戯れていた時代より、はるかに現実的には危険なことが多いと感じます。

何より、私が不安に感じるのは、現代に生きる子供たちは、頭も心も、まだまだ、幼い赤ちゃんのようでありながら、身体だけはどんどん成熟してしまいます。小学生、中学生の内に、子供が望まない妊娠をさせないためにも、一緒に生活する大人―親御さん―は、他人ごとや無関心であっては、ならないと感じます。

最近は、幼稚園、保育園でも小さな男女がお互いの手を握ったり、頭を撫でたり、ほっぺにキスをする姿を見かけたりします。幼い子どもの行為を微笑ましく感じますが、5年も経過すれば、成長の速いお子さんは、身体が大人と変わらないこともあります。

「なんでも、子供の自主性に任せる」のではなく、子供が正しい判断をできるように育てる責任は、子供と共に過ごす大人にもあると感じます。とりあえず、「家族以外の相手とは無暗やたらと体を密着させないこと」は相手が子どもであっても、教えておいた方がいいことではないか、と子どもたちが無邪気にじゃれ合うのを目にする度に心配になるのです。単なる老婆心だといいのですが、子供の成長は本当にあっと言う間ですから。

by k-onkan | 2016-08-06 23:07 | 思春期・反抗期 | Comments(0)

子供は家庭に愛を求める

最近の親御さんは、子どもの関わり方をご存知ない方が多いと感じます。中でも、昔から言われてきた「褒めて育てる」という言葉を「叱ってはいけない」と信じて、しつけもできないという親御さんも存在します。本来、「子育て」は動物のカンのようなものを信じてする方が、好ましいと思うので、言葉で説明するのは難しいものがあります。

e0143522_16291769.jpgたとえば、「褒めて育てる」と言うと、叱ることがいけないと理解する人もいるのかもしれません。しかし、褒めるためには時に、注意したり、叱り、改善したことを褒めて、認めることで、それが子どもの喜びになっていくのだと思うのです。

お子さんが叱られることに抵抗がある人は、実は、自身が子どもの頃に叱られて嫌な思いをした経験が蘇るから、わが子に同じ経験をさせたくないのかもしれません。ですが、叱るためには気力が必要なのです。子育てに、叱ること、褒めること、しつけることはつきものですが、大人は自分の都合のためでなく、「どうしたら相手がよくなるか」を考えなければなりません。

時に、公共の場で「褒めもしない」「叱りもしない」「しつけもしない」お母さんに出会うと、もしかすると子どもに対する「愛情」が足りないのかもしれないと思います。子供が親に求める愛は、高価な持ち物とか、人がうらやむ環境などではありません。幼稚園や学校でいやなことがあった時に「疲れちゃった」というと、お母さんが当たり前のように抱き留めてくれたり、「足が痛くて寝られない」と言った時にさすってくれたり、「頭が痛い」と言った時に氷を当ててくれたり、そんなふれあいに子供は愛情を感じるのです。

最近の若い女性にある精神的な問題が急増しているといいます。それは、親の愛情に対する飢餓感から男性と次々に関係を持ってしまう若い女性の存在です。しかし、彼らが本当に求めているのは異性ではなくて、親からの愛です。

どんなに叱ってもいい。どんなに厳しくてもいい。でも、子どもが弱っている時には、優しい言葉がけで、「この人には甘えてもいい。自分には居場所がある。愛されている」と思える温かなお風呂や食事で子供を迎えることも、また、子供が求める家庭の愛情ではないかと思うのです。
by k-onkan | 2015-09-05 23:23 | 思春期・反抗期 | Comments(0)

お誘いだってあるかも!?

最近、6年生の甥Yもめっきり体が大きくなってきました。それに伴って、小学校の女友だちからのお誘いや連絡が増えているようです。体が小さければ神経質に心配する必要もないのでしょうが、背丈が大人と変わらなかったり、女の子なら初潮があれば「小学生だから」と保護者も安穏に構えているべきではないと感じます。

e0143522_1658636.jpg私の経験からお話すると、小学校も高学年になると発達が早い女の子はテレビや漫画で見覚えたことを男の子に仕掛けたりする時期です。拙著にも書きましたが、15年前の合宿で5年生の女の子は私たちがミーティングの隙に好きな男の子に告白したことがありました。後から、他の女の子たちの非難の声が私たちに届き、それが発覚しましたが、相手の子も「好き」と言ったら本当はキスをするつもりだったといいます。それほど、女の子は5年生ともなれば、映画やドラマ、漫画も身近なこととして理解するようです。中でも、大きなお姉さんがいると、ファッションも小学生とは思えないほど派手になったり、露出が多くなったりします。

反して、男の子は体ばかりが大きくなっても、中身は子供で同級生の女の子の思惑を理解するほど何も理解していません。男の子は「単にクラスメートとして仲良くしている」と思っていると、クラスの女の子全員から、「誰それの気持ちに気づいていたのに、からかった」などと言われて総スカンを食らうこともあるかもしれません。

かといって、親が子供の付き合いのすべてに口出ししたり、管理し過ぎて、持ち物検査をしたり、電話の盗み聞きするのも、良好な関係とは言えず、子供は親に隠し事が増えていくでしょう。親子で互いに言いたいことを言える関係を作っておきたいものです。そのためには、「親が子供のことを口を出すのはいいが、子供は親に余計なことを言ってはいけない」という考え方では信頼は築きにくいと感じます。体が大きくなった子供は少しずつ心や精神も大人に近づいています。時に私たちにとって、耳の痛いことでも、大人も真摯に耳を傾ける気持ちが大事かもしれません。

さて、子供の心は自由であり、親であっても自由にはできないものです。ですが、未成年の内に、深い意味もわからないまま、男女の関係になったりするのは、保護者にも監督責任があります。古い考えだと言われるかもしれませんが、若気の至りや勢いで子供ができてうまくいく人は本当に少数です。このことは、男の子を持つ親御さんも女の子を持つ親御さんも、それぞれの立場で、子供の成長より先に、両親の考えをまとめておいて、早過ぎることはないかもしれません。
by k-onkan | 2015-04-27 23:52 | 思春期・反抗期 | Comments(0)

大切な子供だからこそ

私は仕事がら、子どもについて関心を持って暮らしている方です。毎週、音感を教えている子どものことは些細な変化でも気になります。最近も、授業中に少し態度が悪くなった男の子のお母様に「ご家庭ではどうですか?」とメールで連絡をすると、「先生には私の予定が何でも分かってしまいますね。実は今月は仕事が多忙を極めており、息子の話を聞く時間が充分にありませんでした。少し、気を付けて時間をとります。ありがとうございます」とのお返事がありました。

e0143522_1133755.jpg小学校高学年から中学1~2年の男の子が、少し反抗的な態度をしている時は、たいていお母さんの仕事が忙しくて話をする暇がなかったり、伝えたいことがあっても聞いてくれる大人がいないなどが原因だったりします。そして、それに気づかないで放っておくと、子どもはどんどん悪くなり、気づいた時には大きな問題を起こしていることもあり得ると感じます。子どもは一人で悪くなるのではなく、一緒にいる大人にも責任の一端はあると思うのはそのためです。

ですが、子どもの変化に気づかない親御さんだけを責める気持ちにもなれないのです。忙しく仕事をして、子どもの衣食住を整えるなどの日常生活に追われたお母さんが、子どもの些細な変化に気づくのはやはり簡単なことではありません。私が生徒の変化に敏感なのは、それが職業だからかもしれないからです。

思えば、我が家で17歳の少女が暮らしていた時、彼女の言葉にハッとさせられたことがあります。「麻奈先生は大好きだけれど、でも、もし、私が麻奈先生の子どもだったら、絶対にぐれていると思う。だって、よその子どもの事ばかり一生懸命で、自分のまわりには我慢させそうだもん」。

確かに、その通りかもしれません。思えば、自分も子どもの頃はさみしい思いをしつつも、「両親もたいへんなのだから」と納得して弟や妹の面倒を見たりしたものですが、弟はそうはいかず、一時、面倒なことをして、母に迷惑をかけていたものでした。

大人たちは、「こんなに忙しい時期に、親に迷惑をかけて」と眉をひそめましたが、忙しい時期だからこそ、自分に目が届かないことにSOSを出すのが思春期の子どもです。体が大きくなっていても、心や精神はまだまだ、幼かったりするのです。

川崎の事件は、子どもが大きくなったからと言って安心していてはいけない。たとえ仕事が忙しくても、兄弟がおおぜいいても、仕事や日常に疲れていても、ちゃんと子どもの目を見て、話をして、様子を観察しないと、大切な宝ものを失ってしまう可能性があることを私たちに教えてくれたのかもしれません。
by k-onkan | 2015-03-02 23:02 | 思春期・反抗期 | Comments(0)

音感を教えるとわかるんです!

エセ占い師みたいですが、幼いころから預かっている生徒の発声する声や目つきや態度を見るだけで、私には、なんとなく感じるものがあるのです。特にそれが、「悪い雰囲気」であったりすると、その勘は妙にさえてしまいます。

e0143522_1665875.jpg最近は、5年生のTくんがとても気になっていました。Tくんは小さい頃から賢く、学校の勉強もよくできるタイプです。優等生の男児にはよくあることなのですが、彼らは理屈で論破できない野生の勘を持つ木下先生タイプをとても怖がる傾向があります。そのため、少しでも注意されそうになると、目に涙をためて、「注意しないでオーラ」を出すのです。上級生になって自信が備わったといえ、いまだに唯一、怖い相手は木下先生だから、私たちの前でも一見、いい子風ではあるのです。

ですが、歌声を聴けば、「本当にいい子」か「いい子のふり」か、「心に何か思うことがあるか」など、すぐに分かるのです。Tくんも、何か言えば「はい」と返事はしますが、相当、後ろ暗い何かを感じます。きっと、学校や他のお稽古ごとでは、もっと生意気な態度で先生に挑んでいるはずです。何を隠そう、私も中学生のころにそんな態度で、先生を侮ったから分かるのです。ですが、その一方、木下先生の前では、弱さをアピールする。これは、かなり巧妙に自分の賢さを使って、努力や挑戦を回避しているように見えます。そんな気持ちで受験準備のために休学しても、よい結果は出ないでしょう。

昔なら、高学年の男児が反抗的に入り、どうにも許せない態度をとると、木下先生がポカンと一発、手を出して観念させることもありました。ですが、最近は、木下先生自身、そういう気持ちになれないといいます。現代の子どもたちは、ポカンと一発、手を出しても、そこから何かを得る感受性を感じないからかもしれません。

唯一、手を出す可能性があるのは身内である甥たちですが、5年生のYは低学年の頃、すでに、レッスンを始める前に涙をこぼしたことで、木下先生の逆鱗に触れた経験があります。そのため、どんな困難があっても、涙でごまかしたり、言い訳に逃れることはなく、自分で立ち向かっていく打たれ強さが身についてきました。Tくんに必要なのは、そうした力強さであり、それを教えられるのは社会で生きるお父さんだけ、とお母さんにお伝えしたのです。

後日、お母さんから報告がありました。それは、塾でも、自分が1番になれない科目に対しては、「どうせ、ぼくはできませんから」と無気力な態度で授業に臨む姿に、塾の先生からもお叱りがあったのだそうです。一つの場所で指摘されるマイナス点は、よその教室や学校でも、同じ態度をしていると思った方がいいのかもしれません。

Tくんのお母さんは、「昔から、『このままだと、こんな風になる』と麻奈先生が言った通りになってきたので、問題を先に教えていただけてありがたいです」と言ってくださいましたが、幼児期から、恵まれた環境で適時教育を受けた大勢の子どもの落とし穴は、それほど、バリエーションはないということかもしれません。ですが、できれば、悪い予測は、外れてほしいと、私は思っているのです。
by k-onkan | 2014-11-30 16:08 | 思春期・反抗期 | Comments(0)

少し寂しいけれど

幼いころは、子どもを無視し過ぎることで、いじけさせることもありますが、あえて「無視した方がいい時期」もあると感じます。いわゆる思春期の「難しい時期」の子どもです。美しい蝶々になる前に、芋虫はさなぎになり動かなくなります。その時期は、周りからつついたり、蛹を開いて中を見てはなりません。

e0143522_22333774.jpg母は、少年の思春期はそんなものだと、思っていたようです。しかし、わかっていても、あえて中を見たくなる、それが、親御さんの気持ちかもしれません。そして、私も最近、そんな気もちが少し分かる気がするのです。それは、5年生の甥Yが生意気な年頃になって、私に挑戦してくるからかもしれません。

先日も図書館で借りてきた難しそうな本を私に見せて、「ねぇ。読んでみる?」と私に見せるので、「字が小さくて見づらいから、読みたくない」というと「それは、老眼だね」と言いにくいことをはっきりと言います。

よその人には絶対に言わないような失礼なことを私に言うのは、私が昔から甥にはっきりと言ってきたからだろうと思って受け止めています。と同時に、甥の姿に「自分はもう小さく素直な幼児ではない」という主張も感じるのです。

本当は「こんなに難しい本が読めるようになって、すごいね」と素直に喜んでやれればいいのですが、私も甥の変化を受け入れるより、つい、からかいたくなってしまいます。ですが、そろそろ蛹になろうとしている甥については、寂しいですが、余計なちょっかいをかけずに、一人前の大人として敬意を表す時期がきているのかもしれません。
by k-onkan | 2014-11-09 22:32 | 思春期・反抗期 | Comments(0)