麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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カテゴリ:名誉団員・卒業生( 215 )

孫弟子の初挑戦!!

1週間後の成果報告会(学内の音楽会)のために、楽院長レッスンがありました。2歳と3歳の孫弟子たちには初めての経験です。大きなお兄さんやお姉さんがいる教室は、いつもレッスンをする部屋とは雰囲気が異なり、幼い子どもにとっては、抵抗を感じたのでしょう。

e0143522_1142676.jpg2歳9ヶ月のAちゃんは、「ママ、ママ」とロビーで涙ぐんで教室に入れません。3歳5ヶ月のSちゃんは、教室の中には入ったもののママの横にピタッとくっつき、「お母さんと一緒じゃなければ泣く!」と目で訴えていました。

私は「ママから離れられない人は、音楽会には出せません」と親子に宣言しました。リハーサルで涙ぐんだり、ぐずったりするのを放っておくと、本番でも同じことになることは、長年の経験から知っているからです。

「音楽会に出せない」と聞いた卒業生ママたちは、「楽院の先生の本気」を知っているため、すぐに部屋から出てくれました。Aちゃんママも「いってらっしゃい」と娘を信じて、送り出しました。

子供は、お母さんが「どうしたの? 大丈夫?」と心配すればするほど、もっと不安そうな様子を見せるものです。お母さんの心配に応えているのかもしれません。けれど、心の中はどんどん成長しています。お母さんもある時点で、母としてわが子を信じて「あなたなら、大丈夫、頑張りなさい」と言い切る強さも求められているのかもしれない、そんなことを感じた孫弟子の初めての「楽院長レッスン」だったのでした。
by k-onkan | 2017-11-25 23:02 | 名誉団員・卒業生 | Comments(0)

子供を守るためにできること

現在、楽院には、6名の孫弟子が通っています。孫弟子は、まわりのお母様から「卒業生の子供だから慣れている、できて当たり前」と思われることを想定して指導しています。「孫弟子なのに、『実力が伴っていない』と思われてはいけない。『特別扱いされている』と思われないように」と、子供だけでなく、お母さんにも、「もっときちんと躾をしないと」など、苦言も呈します。

e0143522_4313587.jpg親御さんは「子供が望んで孫弟子になったわけじゃないのに、そんな風に思われるのはかわいそう」と思うかもしれませんが、実際、孫弟子であることは楽院では有利なことが多いのも事実です。

お母さんやお父さんが、慣れた場所は、子どもにとっても、心を開きやすいからです。また、両親のどちらかが、音楽に馴染みがある、それだけで、音楽の習得を早くしているのは事実であり、「得」はあるのです。私は、恵まれていることがずるい、とは思っていませんが、それにあぐらをかかせることは、批判の的にはなることは、自分の経験から知っています。

私たちが、元生徒のお母さん、お父さんにお願いできることは、「よその子より、厳しくすることも多いけれど『いじめられている』と心を痛めず、わが子を応援して、側面支援してほしい」ということーー。

これは、私の甥たちにも言えることですが、私が、近しい子どもを守れる方法は、一つしかありません。それは、誰にも文句を言われない実力をつけること、同時に、本人たちにも、きちんと努力することを教えること、だけなのです。

そして、親御さんができることは、「家庭のしつけ」をすることです。どんなに勉強や音感ができても、 挨拶ができなかったり、他人に対する態度が悪かったり、失礼な言動があったら、「やっぱり、孫弟子で特別扱いをされているから、あんな風になっちゃうのよ」と陰口をたたかれてしまうかもしれません。

でも、大人が一生懸命、手をかけ、子供もそれに応えていると、まわりの方は「あそこまで、されたら、子供もたいへんよね。期待されるのは、たいへんね」と子どもに同情してくださるかもしれません。そして、その間に、その努力はすべて子どもの力になるでしょう。

実際、甥たちの成長過程で、私たちは、手抜きをしている以外で、「できないこと」を叱ったことはないのです。むしろ、「本当にできないこと」があったら、まわりの私たちの責任と思い、大人が知恵をしぼったり、努力して頑張ってきました。子どもたちに課したのは、「一度始めたことは、きちんと続ける」ことだけでした。

甥たちが、私たちから叱られるのは、調子に乗って危険なことをしたり、祖父に教えてもらってる時に涙をこぼしたり、ロビーでよそのお母さんに挨拶をしなかったり、など、「人間として、受け入れがたいこと」をした時に特化されているかもしれません。「実力があって、態度が悪い」と人間として、私たちが受け入れがたいからです。

こんなことを卒業生ママに伝えると「子供に伝えるのが、難しい」との返答がありました。しかし、なんでもかんでも、言葉で説明しようとしたら、失敗するような気がします。言葉より、態度や姿勢で伝わることは多いものです。

親ができるのは、「いいことはいい」「悪いこと―と親が思うこと―をしたら、他人から何を言われようが、ノーを貫く」という姿勢から、子供は親の価値観や考え方を知らず知らずのうちに、身につけるのです。

親御さんが、「才能を褒められること」を喜べば、「才能があれば、何をしてもいい」と思うでしょう。「友達を出し抜いて、一番になったこと」を喜べば「一番を取ったら、何をしてもいい」と思うはずです。楽院で「麻奈先生に褒められたり、叱られないこと」を喜べば、「それさえ、クリアしたら大丈夫」と思うかもしれません。どんな風に育ってほしいかを、きちんと、明確に示すためには、親御さん自身が、自分を見つめる必要があるかもしれません。
by k-onkan | 2017-11-17 23:30 | 名誉団員・卒業生 | Comments(0)

育てられたように育った!?

三連休は土曜日のレッスンの後、純子先生の運転で千葉の家に向かいました。連休の2日目に、木下先生のお庭を訪問するお客様の予定があったからです。大型台風が近づく中、仕事でお世話になっているS氏と、20年近く前の楽院の卒業生ZくんとTくんが訪ねてくださいました。

e0143522_23293637.jpgZくんは有名パソコンメーカーでパソコンのお医者さん、Tくんは大手重工の研究開発員をしているため、到着するや否や木下先生からZくんは「最近、新しくした携帯電話がおかしい」と言われ、その後、「最近、メールができない……」というまゆみ先生のパソコンを治してくれました。Tくんには、甥たちが夏休みに「ロボットアーム」の工作をした時に、ロボットについて、いろいろと教えていただいたばかりです。

二人に共通するのは、子どもの頃は私たちが踏み込み過ぎと感じるほど、しつこく手をかけ、うるさくした相手であることです。そのため、彼らにとって、楽院は決して楽しい思い出ばかりではなく、むしろ、大変なことが多かったと思います。その子たちが立派な大人になって、私たちに専門的な事柄を教えてくれることは、とても頼もしく、嬉しいものなのです。

楽院の生徒は、幼児期には、「木下先生が怖い、麻奈先生が怖い」と言っても、小学校高学年になる頃には、私たちに負けず劣らず、はっきりと自分の意見や考えを言えるようになり卒業していきます。大人になっても、多少、よそいきの顔を見せて遠慮していても、最後は遠慮がないので、「言いたいことを言う家族の食卓」のようになりました。もしかすると、知らない方が見たら「毒舌」に驚かれるかもしれませんが、互いの長所も短所も含めて「ありのまま」を「そういうものだ」と受け入れ、許容しているから、こそ毒舌が言えるのです。

彼らを見ていると、それぞれ人は育てられたように育つのだと、実感します。子どもの頃から、自然の中でいろいろな体験をして育ったTくんは、木下先生の盆栽にも興味深々で、雨の中、じっくり観察したり、台風が近づく海を楽しんだり、魚屋さんの魚にも楽しそうです。また、自らお土産に持ってきたソーセージを焼いたりと行動力があるのです。

反して、子どもの頃、弁が立つお母さんとお祖母さんの相手をしてきたZくんは、身体を使って行動するより、頭の回転で勝負しています。おしゃべりな私との会話でも、先の先を読み、畳みかけるように指摘してくるので、木下先生が「Zくんは頭がよくて、考えるのも速くて疲れないか?」と心配すると、「打てば響くように、先生たちがそうやって育てたじゃないですか」といいながらも、「子どもの頃、褒められたことがないから、先生たちに褒められるとコワイコワイ」と照れているようでした。

自然を楽しむTくんと、鉄道や公共事業に興味を持つZくんは正反対のように感じますが、共通するのは二人ともそれぞれに親御さんをはじめ、多くの人から可愛がられて育ったことです。そのため、初対面の相手にもおおらかな優しさで接し、場を居心地よくできるのが長所です。これもまた、育てられたように育ったということなのだろうと思ったのでした。
by k-onkan | 2017-09-17 23:28 | 名誉団員・卒業生 | Comments(0)

孫弟子が歌えるのは当たり前!!

2歳児クラスのAちゃんとSちゃんは、親御さんが子ども時代に楽院の生徒だったこともあり、普段から、音楽に馴染みのある生活をしています。その上、親御さんが子どもの頃に勉強した「音感かるた」を自分も勉強しているのですから、他の同級生に比べて、覚えが速いのも、歌が得意なのも、当たり前です。

e0143522_18435744.jpgそのため、私はそのことを特別に褒めるつもりはありません。もっと、厳しい言い方をするなら、恵まれた環境で、恵まれたタイミングで能力を開発される機会を得られたのですから、「できて当たり前、できなければ心配」というスタンスで付き合っているつもりです。

けれど、子どもたちは、知らず知らずのうちに「お友達よりできることがある」ことに少しずつ気付きはじめ、生意気な言動も増えてきました。そのため、2学期からは、年上のクラスに入れることになりました。

初回は、小さな間違えがあったり、大きなお兄さんやお姉さんの存在に興味津々で、レッスンに集中できない様子や気が散る場面もありましたが、涙を見せずに、最後まで、「ついていこう」とする姿に、「進級させてよかった」と感じました。

でも、親御さんの気持ちは複雑だったようです。これまで、同級生のクラスで問題なくできていた課題が突然、難しくなり、二学年大きいお子さんと一緒に取り組むと、時に間違えたりすることもあります。すると、「このクラスで、自分ばかりできないと劣等感が生まれてしまうのではないか」と不安になってしまったようです。

でも、子ども同士は、「注意されるのは、みんな一緒でお互い様」だと思っているので、「自分だけができない」とは思っていないと断言できます。なぜなら、2歳児であっても、「自分だけができない」と思った途端に、「取り組むこと」を諦めて放り出したり、嫌がったりするものだからです。二人は最後まで、お姉さんとお兄さんと対等に同じ課題に取り組んだことに、すっきりした表情でかえっていきました。

基本的に、親がわが子を思い、心配したり、過保護になるのは、親ゆえの特権だと思うので、それを止めるつもりはありません。また、親御さんは止められれば、止めるほど、心配するものです。でも、いくら親であっても、わが子が少し難しいことに挑戦したり、失敗したりする機会を奪う権利はないと私は思っています。

言い換えると、年齢が幼い時期に、いろいろなミスをすることは、「ミスをした時の自分との付き合い方」や「失敗した後の解決法を知る」ための練習になります。幼児期から、人並みに、なんとなく、「うまくやること」を覚えさせ、大人になるまで、実体験で失敗したり、恥ずかしい思いもしたことがなかったら、後で困るのは本人ではないでしょうか。

そして、何より、大事なことがあります。それは、楽院の少人数のクラスの「1番」を取ったからといって、外の社会に出たら、もっと優秀な人はたくさんいるはずです。小さな場所で「お山の大将」になるより、それぞれの子どもの長所や短所に気付き、改善できることは改善して、気を付けるべきことは気を付けておくことで、将来、外の大きな世界に出た時の一助になると思うのです。

音感のレッスンで大事なことは、その場しのぎに「麻奈先生に気にいられること、褒められることをしよう」とする子どもより、指導を受けた事柄を素直に吸収できる子、たとえ、自分が一番になれなくても、ふてくされたりせずに、苦難や面倒を途中で放り出さずに地道な努力ができる子が最終的には伸びていく、このことをわすれないでいただきたいのです。

それでも、現時点で、同学年の中で、わが子が少し先を進んでいるのも、事実であり、特別に褒めるつもりはないと言っても、「困難に挑戦してできるようになったこと」に対しては最大限の賛辞を与えるつもりです。その際、親御さんに気を付けていただきたいことは、どんなにわが子が褒められても、親は謙虚でい続けること、そして、「今できていること」に安心して停滞することなく、常にわが子に必要な課題をみつけ、親子で挑戦する好奇心と意欲を持って育てていってほしいと思っています。
by k-onkan | 2017-08-31 18:44 | 名誉団員・卒業生 | Comments(0)

幼児期の差は問題ないー4ー

高学年になり、中学受験を考える頃、お母さんは、わが子の学力に気づかれたといいます。それまでは楽院の他に、塾に通わせ、安心していたと相談を受けたのは、やはり、まゆみ先生でした。当事、彼にピアノを教えていたため、「時間がかかっても、最後にはできるようになるから、お母さんが自分で教えた方がいいのでは」とアドバイスをしたはずです。

e0143522_16931100.jpgこのお母さんのよいところは、アドバイスを受けると、その理由を質問して、納得がいくと、忠実に実行できるところでした。たとえば、音楽会の1週間前になって曲が仕上がっていなければ、まゆみ先生は、「今日から1日30回練習させてください」と伝えます。

お母さんは、その言葉をうのみにするのではなく、「なぜ、30回弾かなければならないのですか?」と疑問を明らかにした上で、「1日30回弾かないと、音楽会で間違えずには弾けませんよ」という答えに納得できれば、毎日30回の練習をさせてくださるのです。そのため、音楽会では、決して難しい曲は弾けなくても、間違いがない手堅い演奏をします。

私たちは、曲の難易度が高いか低いかで、子どもの「できる、できない」という能力を見がちですが、その時の能力に見合った曲を確実に仕上げて発表する力は地味ですが、とても大事な能力といえます。そして、それは、勉強でも同じかもしれません。

お母さんと一緒に4年生までさかのぼってドリルを勉強して、中学受験を乗り越えた様子に、幼児期や児童期に、同級生の中でどんな位置であっても、成人するまでに、自己肯定感を持って自分の長所を生かして生きられるように、必要なことには手を貸し、挑戦できることには挑戦させることが、自立した大人に育てるために、何より大事だと感じるのは、この子の成長を知っているからかもしれません。
by k-onkan | 2017-08-19 21:06 | 名誉団員・卒業生 | Comments(0)

幼児期の差は問題ないー3-

私たちが、人一倍、口うるさく、手間をかけて教えたため、当事、一緒に勉強した生徒や保護者には、この子のマイナスのイメージの方が強いかもしれませんが、毎週、音感教育をしていた私たちは、手間はかかっても、他の子どもにない「つよみ」を感じていました。

e0143522_16539100.jpgそれは、教えたことを素直に吸収し、確実に自分の能力にしていくことでした。そして、子ども時代の同学年の中の「順位」よりも、長い人生の中で役に立つ能力は、素直に吸収して、できるようになることだと感じていました。

木下式は幼児、児童に「音感」を身につけさせる教育ですが、その過程で、それぞれの子どもが、どんな気質を持ち、どのように物事を受け止め、どのように吸収していくかが、分かります。

彼の学年は、幼い頃から言葉が達者で小利口な女の子と、優等生タイプの男の子が目立っていたのですが、どちらも賢かった分、「音感の定着度」が曖昧でした。小利口な子は、音を聴き分ける代わりに、抜粋の順序を記憶したり、大人の表情や声のトーンによって見極めたりと、「聴覚」以外を使ってより簡単の方法で訓練を乗り越えてしまうことがあります。そのため、彼の学年では、一見、遅れて見えた彼が、音感能力は一番、確実だったと記憶しています。

一度、この子と一緒に千葉の海に行ったことがありますが、誰よりも自由に泳ぎ、自然に臆することなく活動する姿に、とても感心したものでした。それは、子ども時代から、海や山という自然の中で身体を動かす機会を与えた叔父さまの影響だったようです。身体感覚を磨く機会があったから、音感能力が定着したのだと、後になって気づいたのです。

昨今では、幼少期の目の見え方の異なりによって、「板書が苦手」「字が汚くなりやすい」「運動神経の発達を妨げる」などの弊害が言われるようになりました。私自身、子供時代に、極端に片方の目の視力が悪かったことで、ボール投げが苦手で、運動神経が人一倍、遅れていたことを痛感していますが、「苦手でも、取り組んだこと」で、自分の持っている機能を使って、発達したことを、感じています。
by k-onkan | 2017-08-18 23:03 | 名誉団員・卒業生 | Comments(0)

幼児期の差は問題ないー2-

この子の「目の異常」に最初に気付いたのは、まゆみ先生でした。それは、カラー五線譜で「5つの音の聴き分け」を書く練習を始めてしたときなので、年中から年長になる頃だったかもしれません。

e0143522_1621074.jpg通常、幼児をこの訓練に導くと、1つの小節に1つの音符を書くのですが、彼は、一番左の小節の中央に5つの音符を重なりあうように書いたそうです。目の焦点が合わないのか、物が何重にも重なっているのか、見えない箇所があるのか、素人には分かりませんでしたが、他の子と同じに見えていないことだけは確かでした。

まゆみ先生は、早速、お母さんに病院に連れて行っていただくように伝えました。すると、強度の斜視があることが分かり、メガネを着用すること、就学までに斜視の手術もすることの報告がありました。

病院の先生からは、「通常、目の異常は子どもが大きくなって、自分で説明できるようになるまで発見されないことが多いのに、よく気が付きましたね」とお母さんが、お褒めの言葉をいただいたそうです。でも、もとを正せば、叔父さまの「何かへんなのでは?」との言葉によって楽院に通い、目の異常が分かったのですから、やはり、最初に違和感を持った叔父さまでしょう。

私たちは、全盲でなければ、「見えている=視力がある」と思いがちです。しかし、幼児期に斜視があったり、両目の視力に大差があったりすると、感覚統合に支障があったり、運動能力が発達しないなどのマイナスがあると言われています。叔父さまがこの子に違和感を持ったのも、目の見え方に一因があったかかもしれません、

目の問題が解決すると、他のことも順調にできるようになりました。それでも、男児特有の「興味のあること以外話をきいていない」ことが多く、常に口うるさく注意したと記憶しています。そして、それは、私たち大人だけなく、一緒に授業を受けたり、合宿で生活する子ども同士でも、「話を聞け!」とか「落ち着け!」と注意される一因になっていたかもしれません。
by k-onkan | 2017-08-17 22:59 | 名誉団員・卒業生 | Comments(0)

幼児期の差は問題はない-1-

子供時代は、「目立つタイプ」ではなくとも、大人になって立派になることを考えれば、同学年の友達と比べ過ぎてはいけないと感じます。その子に最初に出合ったのは年少児の時でしたが、すでに、楽院に1年近く通い始めた同級生に比べると差がありました。

e0143522_15592589.jpgお母さん自身はそのことをあまり気にされていないようでしたが、この子を可愛がっていた叔父さまが「何かおかしい?」と心配されたことから、楽院の門を叩いたということでした。私たちはそれを判断する知識や資格はありませんでしたが、叔父さまが心配された気持ちは理解できました。

なぜなら、私たちが知る3歳児に比べた時には、言葉数が少なく発音が不明瞭なこと、身体も安定感がなかったからでした。しかし、楽院の教育方針に賛同してくださる方のお子さんであれば、責任を持って教えたいと考え、入学を許可させていただいたのです。

しかし、いざレッスンが始まると、お母さんから「音感かるたに出てくる「らんぼうはやめようのラ」や「しかられたのシ」という言葉は悪いことなので、子どもに教えてはいけないのではないですか」という疑問が呈されました。楽院の教育方針以前に、木下式がどのように生まれ、どんな意図があるかを、簡単に説明する機会を初めてくださったのが、このお母さんでした。

長年、幼児たちと関わってきた私たちには、美しいこと、いいことだけを教えても、子どもはまわりの環境や情報によって、悪いことも覚えていくことを体験から知っていますが、はじめて、自分の子を持った若いお母さんは、美しいこと、正しいことだけを知らせていれば、子どもがまっすぐいい子に育つと、信じていらっしゃることを感じました。

音感かるたの中に使われている語句は、幼児の生活に関係があることばかりです。子どもは悪いことをすれば、親や先生から叱られることもありますし、友達と喧嘩をして、手を出してしまうこともあるでしょう。友達に乱暴をせず、みんなと仲良くあそぶなど、躾的な事柄を知らせるためには、悪い行為を表す言葉であっても、知らせずに、教えることはできない、そんな説明をさせていただいたものでした。

幼児教育については、大きくわけて、二つの考え方を持つ親御さんがあります。一つは、いろいろな刺激を与え、感覚を伸ばして、子どもが持つ能力を最大限、引き出したいと考える親御さん。そして、二つめは、子どもの生活面を整え、大切に育てれば、自然に子どもが自分から成長すると考える親御さんです。

当事、楽院に通われていた保護者は、圧倒的に幼児期にわが子が持つ能力を引き出したいと願う方ばかりだったので、先輩のお母さんは、私がはじめて出会った「子どもは自然に育つ」と考えられていた方でした。そして、「子どもは何も自然に育つ」と考えるお母さんであっても、子どもが成長する過程で、親がわが子に善悪の区別や物事のルールを知らせ、教育やしつけをすることの必要性を知らせなければと感じた初めての出会いでした。
by k-onkan | 2017-08-16 22:58 | 名誉団員・卒業生 | Comments(0)

ようこそ先輩~ロボットアーム作り~

夏休みには、瑠音先生が仕事をする間、甥たちと自由に過ごす一日があります。昨年は、はとバスツアーに出かけましたが、今年は生憎の雨で遠出ができず、わが家で「工作をする日」となりました。

e0143522_13314434.jpg甥たちは二人とも工作が好きで普段から、廃材などでいろいろなものを作りますが、せっかくの夏休みに一日かけて作るなら宿題にもなるように、少し難しいものをと考え、ネットで「ロボットアーム」の作り方を見つけました。

ロボットという名称から、兄甥の理科の「物作り」の宿題になりそうな気がしたのですが、理数系が得意でない私には、専門的なことが分かりません。そこで、大学院でロボットの研究室を経て、現在は大手重工で研究員をする卒業生に質問を投げたのです。

「ロボットアームは、理解として、どんなことを学べるか?」という意味不明な私の問いにも、すぐに「物理、機構学、運動力学あたりでは?」との丁寧な回答がきました。その上、「ボクも一緒に工夫して何か作りたいですね」とわざわざ、我が家まで足を運んでくれることになりました。

質問から2時間後、先輩が到着した頃には、兄甥のロボットアームはほぼ出来上がり、動きが悪いところの微調整をしているところでした。弟甥は、自分で用意した「プラスチック製飛行機」があっという間に出来上がり、自分も「ロボットアーム」が欲しくなり、私が手伝うことになりました。

ネットで同じ動画を見て製作しましたが、それぞれの身体の大きさに比例したものが出来上がるので、巨人と小人のようなロボットアームとが出来上がりました。先輩は?というと、さすがプロです。ネットの作り方動画などは目もくれず、どんどん作っていきます。その上、親指はより人間の指の動きになるように、付ける位置が変えてありました。

何かに集中すると、それぞれ自分の世界に没頭し、無駄口をきかないのは男子の特徴かもしれませんが、それは、大人になっても同じようです。ただし、成人した先輩は、時々「物を作って一番、楽しいのは、動いたときなんですよね。ぼくもこれくらいの時に物を作るのが楽しかったですね」と私を楽しませるために、会話も振ってくれました。

先輩がいう通り、弟甥は自分のロボットが動くと分かった途端、喜んで装着して遊び始めました。段ボール製のアームで、いろいろな物を握ったり、持ち上げたりするので、提出前に壊れてしまうのではと心配になったほどです。

とはいえ、中学2年生と小学2年生が同じ作品を夏休みの課題として提出するのは、なにか釈然としません。そこで、兄甥は先輩からロボットの動きをグラフにする数式や、生物の関節についての説明を受けて、考察レポートを提出することになりました。また、弟甥の作品は、「工作」の宿題らしくロボットらしい色を塗るところまでして、完成となりました。

専門的なことを深く勉強している卒業生は中学生に分かるように、ロボットの動きを数式やグラフに表してくれます。どんなおもちゃにも数式で表せることがあることを知ると、その昔、理数系が苦手だった言い訳に「自分の人生に関係ある科目とは思えない」と言い放った中学生の自分の未熟さを思い出して恥ずかしくなってしまいます。

ですが、私たちが日々、使うスマホもパソコンなどの多くの便利なものは、理科や数学などを専門的に極めた人の手によって生まれて、私たちは活用しているのです。兄甥が説明を理解できたか、どうかは別として、若い間には、「得意なことだけ」に偏らず、いろいろなことに興味を持ってほしい、そして、自分で考えられる人になってほしいと、思うのです。

卒業生は、「ロボットを作ることは、人間を知ることになる」と教えてくれましたが、実際、弟甥と一緒にロボットの指を作ったことで、私たちに人間がいかに繊細な動きが可能な手指を持って生まれてきたのかを実感します。そして、それを同時に動かせることに「人間のすごさ」に感激しました。

これからはロボットや人工知能の時代で、ロボットがあれば人間は必要ないのでは、と錯覚してしまうニュースも多くなっています。ですが、やはり、人間は「人間にしかできないこと」を大切にしていかなければ、と個人的に感じました。

卒業生は、長年、ロボットに携わるなかで、「ロボットは、どこまでいっても、人間が作る範囲を超えられない。でも、自然からは、人間が想像する以上のことが、学べる。だから、人間がロボットに負けてしまうのはあまりに、残念」という考えで、とても共感が持てました。特に「人間のように答えることを覚えさせることはできても、人間が楽しいと感じることは教えられない」という言葉に、人間がロボットに負けない教育、自分で喜怒哀楽を感じ、そこから、考えることを大切にした教育をしなければ、と感じました。

一般に、難しいことを専門的に勉強する研究者は、頭がよい分、身体を使ったり、感覚を信じたりすることが、苦手な方が多いように個人的には感じますが、卒業生は、子どもの頃から自然の中で泳いだり、山の中で生活したり、など、身体を使う機会が多かったこともあり、頭と体と感覚のバランスがよく育ったのだろうと思うのですが、本人は、子ども時代のことはちっとも覚えていない、というのです。その話は、また今度、ぜひ、書いてみたいと思っています。

さて、通常、音楽を教える仕事をするとその世界の人としか出会わないことが多いものです。しかし、楽院で学んだ生徒の中には、異業種で活躍する人も多くいます。子ども時代に、音感を学んだことに恩義を感じてくださり、いろいろな世界の先輩が、こうして集まり、いろいろなことを教えてくださるこの環境こそ、私や甥たちが父から与えられた財産なのだと感じています。
by k-onkan | 2017-08-15 23:29 | 名誉団員・卒業生 | Comments(0)

卒業生一家が合宿に参加します!

今年の尾瀬合宿には、卒業生一家が参加します。両親ともに楽院の卒業生で、2歳6ヶ月のAちゃんと5ヶ月のSくんが、現在、楽院の音感クラスとベビークラスに通っています。

e0143522_14295621.jpg幼い頃から真面目で手がかからず、合宿では女の子同士の争いごとには一切無縁だったのがお母さんのM先輩(名誉団員:平成11年卒業)です。

穏やかな女性が母になると、その優しさからわが子に振り回されてしまうようです。1年前、はじめて楽院のベビークラスに参加した際には、「どうして、私たちの子どもなのに、こんなに大人のいうことを聞かずに勝手な行動ばかりするの?」と深く悩んでいました。

しかし、木下式のメリハリのある言葉がけで当事、1歳4ヶ月だった長女は別人のように成長しました。今回の合宿では、楽院で学ぶ幼児、児童と関わりながら、「今後、どのようにわが子と関わっていくか」を学ぶ予定です。
                             
お父さんのY先輩は、長年、合宿で看護を担当してくださるH先生のご長男で、子どもの頃は「木下先生も楽院もピアノも大嫌い」だったはずなのですが、卒業後はピアノ演奏を趣味に高校時代は、同年代の山田和樹先生と成果報告会でブラームスを競って弾く青年になっていました。

高校大学時代には尾瀬合宿に、毎年、参加して引率をしてくださっているので、今年は、お仕事の休みを利用して、若き父として、在籍児の先輩として、若い頃のように合宿の手伝いをしてくださるそうです。

夫婦ともに「楽院の合宿はたいへんで、木下先生のことも苦手だった」のに、なぜか、わが子には、「木下先生から歌唱指導を受けさせたい」という夢があるそうです。小さい頃から、真面目で穏やかなお母さんと、誰とでも仲良くできるお父さんから生まれた子どもは、他人を押しのけて、自分を発揮するタイプではありません。

はっきりいうと、真面目で、きが小さく、心配症です。そのため、音感のレッスンでも、本当はなんでもできるのに、「チューチュータオル」が手放せません。合宿でお兄さんやお姉さんと関わる体験を通して、おおらかな気持ちでチューチュータオルを卒業することが、この合宿の目標かもしれません。
by k-onkan | 2017-07-16 11:06 | 名誉団員・卒業生 | Comments(0)