麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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カテゴリ:楽院だより( 156 )

どんな時代にあっても

世の中の流れによって、「質の良いもの」より、誰もが簡単に手が入る「ファストフード」や「カップめん」の方が売れるのが当たり前の時代になってきたように感じます。百貨店でさえ、経営困難から他店と合併したり、多種の販売以外のサービスを広げています。そんな時代に、楽院のように「ただ質のよい音楽」を求め、子どもの能力を高めたいなどと考えるのは経営としては成り立ちにくいといえるのかもしれません。

e0143522_19505728.jpgそれでも、楽院は今後も音楽面でも人間教育においても、「音楽能力のある子」「心身ともに強い子」「自分の責任を果たす子」「他者と関われる子」「自立した子」を育てるために音感教育をしていきたいと思っています。また、子どもに一生懸命、取り組ませるためにも、親御さんにも真剣に関わっていただけたらと願っているのです。

反対に、「ファストフード」や「カップ麺」を求める感覚で「手軽に音楽を習っている雰囲気だけを味わいたい」と考える方は楽院ではない教室が向いていると思います。もちろん、最初は「子どもが楽しそうだから」という理由で楽院に通い始める方もあるでしょう。しかし、楽院で頑張るわが子の姿を通して、「やるなら、一生懸命、させる」という気持ちに親御さんがなってくだされば、大歓迎です。

ただし、一つだけ、誤解していただきたくないことがあります。それは、楽院は私学であるから、独自の教育方針や考え方を貫き、手厚い指導ができているといえます。言い換えると、その教育方針や考え方に納得がいかない際には楽院に通っていただくことはできないということなのです。
by k-onkan | 2017-04-06 23:25 | 楽院だより | Comments(0)

28年度の卒業式がありました!

今日は、楽院の卒業式がありました。幼児部3名が基礎課程を修了して進級、児童部2名が名誉団員となりました。卒業式の日も、在籍児のために、通常通り、レッスンを行ったのですが、6年生のYくんがいつもに増して、態度が悪いのです。「最後だから」といって、そこまで私を怒らせなくてもというほどでした。

e0143522_6121675.jpgYくんは、「家庭と、学校はいい子にして、悪いことは楽院でして叱られてもいい」と公言していたので、最後の「悪さ」だったのかもしれません。こう書くと、すごい「悪い子」に聞こえますが、小さい頃から、ピアノも歌も、発表会ではきちんと成果を出し、合唱団としても第一声部として責任は果たしてきました。

小さい頃は、泣き虫で可愛い男の子で、私を怖がっていたのに、いつの間にか、全然、怖くなくなり、親族にするような抵抗を見せて、私たちに挑戦してくるようになりました。小学校の中学年でお母さんが働きはじめ、よくレッスンの前後を楽院でお預かりしたため、人一倍、私たちに心を許してくれていたのかもしれません。

もう一人の卒業生Mちゃんは、性質の可愛い女の子です。遠方の小学校に通っていたため、レッスンに通える時間が、人より遅かったこともあり、十分に音楽の勉強に打ちこめていなかったのではないかと心配しましたが、おけいこを中断することなく6年生まで続け、お母さん曰く、「音楽を楽しむことができるようになった」と言われます。

楽院を六年生まで続けたお子さんに共通することは、みんな、「最初は麻奈先生が怖くて、怖くて仕方なかったが途中で、合宿でみんなと一緒に活動する楽しさや、音楽ができるようになり、いつしか自信につながり、卒業に至った」ということです。誰一人、10年近い道のりで特別に可愛がられたり、悩みごとがなかったわけではありません。けれど、その中で、一つのことを放り出さずに続けたから、卒業にたどりついたのだと思います。そして、そこまで継続したお稽古事は、他のどんなお稽古ごとより、自分の力として残っていきます。

卒業式は、5年生のMくんの送辞によってはじまりました。その後、6年生のMちゃんが答辞に、「お母さん、お父さん、お祖母ちゃんが通わせてくれて、音楽を楽しめるようになった。通わせてくれて本当にありがとうございました。そして、先生たちは音楽だけでなく、生活面のことを教えていただきました。他のお教室と違って、これほどまでに、いろいろなことを教えてくださったのは音感楽院だけです。本当に感謝しています」と自分で書いた文章を読みあげました。

その後、卒業生は幼児部から一人ずつ、歌やピアノの成果を発表して、修了証の授与となります。6年生はピアノ独奏をし、Yくんは、「トルコ行進曲」を用意していましたが、画竜点睛を欠き、木下先生に「今回はやめておけ」と言われ、数日前に、急遽、書いた8年8ヶ月の思い出の作文を読んだのです。ところが、途中、読み上げながら、ボロボロと涙が止まらなくなり、読めなくなり、純子先生が代読することになりました。その姿に、泣くくらい別れが悲しいなら、もっといい子にしてくれればよかったのに、と苦笑しつつ、こちらも、もらい泣きしそうになってしまいました。

帰りに、子どもたちから、私たち一人ひとりに、手紙をいただきました。Yくんからは、「麻奈先生 発声指導やピアノ伴奏をしてくださりありがとうございました。最初は麻奈先生は怖いと感じましたが、今はへっちゃらになりました、8年8ヶ月ご指導いただき、本当にありがとうございました。僕がいなくなるので、お身体の負担がさぞかし少なくなることでしょう」と書いてありました。

こんな真面目なことを書いたから泣きたくなったのか、用意していたピアノが弾けなかった悔しさなのかは、次に会う時は名誉団員でもう反抗できない寂しさなのか、涙の理由は分かりませんが、Yくんの涙で、卒業式らしい卒業式となったのでした。
by k-onkan | 2017-03-18 23:11 | 楽院だより | Comments(0)

音楽祭は終わったけれど・・・

音楽祭が終わると、楽院は1週間の休講をいただいています。レッスンのない方もお休みにさせていただくのは、この間に音楽祭に関することが目白押しだからです。音楽祭の会場から戻ってきた荷物の整理、音楽祭にご臨席くださった方へのお礼状の発送は、純子先生、音楽祭翌日にすぐに対応します。その後、千葉まで木下先生夫妻を送り届け、音楽祭前の杉山教室の振替レッスンを行っているはずです。

e0143522_8273541.jpg私は、音楽祭のビデオの編集チェックに立ち会い、舞台裏からは見えない正面からの音楽祭を見て「ひとり反省会」をします。昨年から底冷えする編集スタジオに出向かずに、自分のパソコンでチェックできるようになったのですが、音楽祭の様子は一人で見るのはつらいことも多いため、このビデオ製作に携わっている伯母と一緒に確認します。画面に入るテロップの名前に間違いがないかも確認するのですが、間違えがあっても編集のNさんが快く直してくださるので、助けられています。こうしたいろいろな方のご協力があって音楽祭の記録ビデオは残されています。

最近、スマホやタブレットなどが便利で客席からビデオや写真をとり、音楽祭ビデオを購入くださる方も減っていますが、テレビ番組を作るように、多方面から撮影したビデオは子どもの顔がアップで見られ、「ここ部分で緊張して赤面したから、言葉を飲んでしまったのか……」とか「目に涙をためて歌っているけど調子が悪かったのかしら?」など、客席からは絶対に見えない臨場感あふれる映像が見られる貴重なものです。

そうそう、卒業生は我が家に遊びに来ると必ず「自分たちが出ていた音楽祭のビデオが見たい」と言い出します。それぞれの家庭で購入しているはずなのですが仲間と一緒にみるのが、感慨深いのでしょう。「音楽は消えてなくなるからこそいい。その場で全力で聴く」という考えがある中で子どもの成長の記録にビデオは残すべきだと、ビデオ撮影を導入された、先輩の先生方には感謝しかありません。その時は、「失敗だ」と思っても何十年も経てば、やはり、懐かしいもののようです。

今回の音楽祭で、一番、無理をお願いしたのがスカイフォトさんです。何千枚にもおよぶ音楽祭の写真を各園のお子さんが申し込めるように整理してくださるのですが、今年は無理を言って音楽祭の翌日に写真データを貸していただきました。機関誌の「音楽祭特集号」を作るために写真が必要だったからです。

毎年、機関誌「おんかん」の三期号は時間との勝負です。音楽祭特集は、音楽祭当日が終わるまでそのページは出来上がりません。その上、今年は、開催がいつもより遅かったため、のんびり作っていると年長児の卒園してしまいます。表紙と特集ページ以外はすでに印刷屋さんに入稿してありましたが、3ページを機関誌に関わる方々にも無理をお願いして特急で仕上げ、無事に入稿することができました。

楽院が休講でも、恒例の保育園指導はお休みではありません。最近は、2年お音感を勉強すると、ずいぶん上手になるのだと、嬉しく思っていましたが、音楽祭で登録園の子どもたちの歌声をきいた直後のお稽古なので、「声の響きや行儀がもっとよくなるはず」と、たくさんの課題が見つかりました。

話は飛びますが、今年の音楽祭を舞台裏で聴いた中で、私が一番、声が美しく音程が良かったと感じたのは妻沼幼稚園の子どもたちでした。そして、ビデオでもそれを確認できました。30年近く前、私がはじめて、この幼稚園にうかがった際のエピソードは、拙著「折れない子どもを育てる」に記しましたが、とにかく園児たちがあまりに自由奔放で、「音感を実践している」というのが恥ずかしくなるほどだったのです。その子どもたちが、長年の実践で、ここまで上手になるのです。保育園の子どもたちも、時間をかけて上手になっていくと信じています。

3年前、初めて保育園で木下式を導入した時、現場の先生は「幼児に正しい声を求めるのはかわいそう、ひどい」と思ったそうです。きっと、長年、現場で幼児に歌わせる中で、「幼児は正しい声で歌えるはずはない」と信じていたのでしょう。ですが、木下式は、「どんな幼児でも、ピアノを聴いたら、音程を合わせて歌うものだと、思うようになる教育です。そして、その成果は、毎年、東京合同音楽祭として発表されてきあした。来年は第40回は、東京合同音楽祭の節目の年となります。どんなステージにしたいから、木下先生の頭の中は、もうそのことでいっぱいで、毎朝、忙しい時間に長い電話がかかってくるのです。
by k-onkan | 2017-02-24 23:24 | 楽院だより | Comments(0)

手がかかるほど子供はかわいい!!

週末の特別練習に、富山からお客さまがありました。音楽祭の独唱に出演するUくんが幼稚園の先生方とレッスンを受けに来られたのです。1ヶ月前、三期講習会の際、はじめて木下先生の指導に受けた時は緊張のあまり、プクっとほっぺを膨らませてしまいました。しかし、今回は、別人のように立派な態度で、木下先生の指導を受け、楽院の生徒の一緒に合唱の練習に参加する姿がありました。

e0143522_2325296.jpg楽院の生徒たちは、「木下先生の指導を受ける時は、ダメ出しをされても素直に聞く」を徹底しているので、レッスンを受ける前に、プくっと膨れてしまった様子が、ある意味、とても新鮮で驚きでした。しかし、担任の先生方には「音感を教える以前に、『ダメなことはダメ』をきちんと教えないのは、一緒にいる大人の責任放棄」と苦言も呈したため、園の先生方が一丸となって協力してUくんの指導をした様子を嬉しく拝見しました。

地方の幼稚園や認可教室の先生たちが楽院に見学にこられると、楽院は才能のある子どもばかりを集めて指導しているわけではないことを、お分かりいただけると思います。それぞれ、いろいろな事情や気質を持つ子どもたちの、個々のいいところを伸ばし、悪いところを注意して、その時々、発揮できる最大限の能力を発揮させているにすぎないのです。今は未熟ですが、音楽祭の本番には、「さすが、楽院の生徒」と言われるように仕上げていく予定です。

そんな生徒たちの能力を引き出すためには、私たち大人も、本気で生徒たちと関わっています。叱る時も、褒める時も本気です。そして、週末の特別練習では、合間の時間に、子どもと遊ぶ時間も大切にしています。Uくんの滞在中もおやつの時間に暇を持て余す子がいたので、トランポリンを飛びながらカードを見るビジョントレーニングをさせて遊ばせました。Uくんも興味深々だったので、お客様として最初に挑戦させました。

楽院の生徒たちは、誰かひとりが可愛がられていると、「ボクもやりたい」「俺もやらせて」と集まってきます。そこで、小さい順に一人ずつ交替で挑戦させました。すると、順番が住んだUくんが手持無沙汰になり、人が飛んでいるトランポリンを持ち上げようとしたのです。咄嗟に「危ない!ダメ」と怖い声で叱りました。「トランポリンを持ち上げて、大事なUくんが怪我をしたらどうするの。自分の番が終わってつまらなくても絶対にしてはダメよ」と。

どんなに合唱で頑張っていても、どんなに歌が上手になっても、どんなに立派な姿勢になっても、人と譲り合えなかったり、人の邪魔をしたり、危険なことをしたら、烈火のごとく怒り狂うのが、楽院の私たちです。そして、叱るのは、子どもたちが大切だからです。

楽院の生徒になったら、発達障害があっても、1~2歳という幼い年齢でも、まして、普通に幸せに育っている子どもなら、なおさら、絶対に許さないことがあります。それは、自分より弱いものに手をあげたり、卑怯なことをしたり、誰かを危険な目に合わせたり、他人のことを思いやれない行為をする時です。一般では、そういう時にあまり厳しく叱る大人はいないようですが、私たちは一日も早く、「動物ではなく人間らしく」育てるために音感を教えているので、思いやりや心づかいなどは、音楽のこと以上にうるさいと思います。

そして、こうしたことを厳しく指導できるのは、子供たちがきちんと親御さんに愛され、心が満たされ、十分に構っていただき、健全に育てられていることが、大前提なのです。子どもが幸せに育っていないと、どんなに「子どものために正しいこと」であっても、「先生に嫌なことを言われている」と悪意に伝わってしまうこともあるからです。楽院の子どもたちは、よそから来たお友達を、すぐに優しく迎え入れられるのは、他人と関わる際のルールだけは、徹底しているからだと自負しています。
by k-onkan | 2017-01-22 23:20 | 楽院だより | Comments(0)

音楽祭の特別練習はじめました!

2学期最後のレッスンは、2月の音楽祭のための特別練習となり、子どもたちは、朝10時からお弁当を持って集まりました。特別練習が始まって、一番、心配なのは、子どもたち同士で風邪やインフルエンザをうつしあってしまうことです。そこで、特別練習の期間は、到着した子どもたちに「手洗い・うがい」を徹底するために、うがい薬を用意して待っています。

e0143522_15205933.jpg今日は、ちょうど今年最後のレッスンになるため、楽院の代表として「独唱」に推挙した保護者と木下先生の面談を行いました。幼い頃から、長く通っている楽院の生徒は歌が上手なだけでなく、平素の出席状況、ピアノのお稽古の努力、これまでの成長や変化、今後の期待など、いろいろな意味合いを考慮の上、推挙しています。この音楽祭の独唱は、強制ではありませんが、出演を希望する際には、二つのことをお願いしています。一つは、音楽祭までの体調管理はご家庭でも行っていただくこと。二つは、練習がつらくても、泣いてごまかしたりなどはしないことです

音楽祭当日、病気で出演できないと、本人もかわいそうですが多くの先生や舞台スタッフに迷惑をかけるものです。オーケストラの楽譜は、演奏順にパート毎に分けて、何週間も前から用意され、確認の上、当日を迎えます。又、アナウンスや独唱時のマイクの高さも、数週間前から打ち合わせされています。

当日の朝、病気などで出演をキャンセルするお子様があると、楽院の先生がオーケストラピットに出向き、全ての楽器のパート譜を抜き、アナウンスやマイクの高さを調整するスタッフも、変更が生じます。こういう突然の変更が、舞台進行で大きな事故を招く原因にもなります。

反対に、「子どもが病気になっても、本番だけは出席させたい」と考える親御さんは、いつの時代にもいらっしゃるのですが、健康状態がベストでない中、高い声が出ない状態で舞台に出ることも、会場に不用意にウィルスをまき散らすことも、楽院の名誉を傷つけることになってしまいます。ですから、家庭での健康管理をお願いしているのです。

音楽祭の独唱は、出演児約500名の中から登録園園児54名が選ばれています。音楽の専門家でない教諭の指導で、木下先生から選ばれる子は各園でも「声のいい子」「音程がいい子」「よく話が聞ける子」「記憶力のいい子」「集中力がある子」です。楽院に通う子どもたちは、そのどの子より、行儀も音楽能力も「よくて当たり前」だと思われています。それが、幼い頃から本部の教室に通っているということでもあります。

そのため、実際、練習をはじめて、「行儀が悪い」「お辞儀が下手」「声が小さい」などがあれば、独唱に選ばれていない子より、練習が長引いたり、厳しいことを要求されることもあって当然です。その時、涙をこぼしたり、欠席が多いと「独唱に選ばれなかった子ども」から不満が出るかもしれません。ですから、練習を休みがちなお子さんや、涙に逃げたりする際には、木下先生が、出演を取りやめることもあり得る、これが、出演条件です。

お子さんにとって、大宮ソニックシティ―大ホールという大舞台で、オーケストラの伴奏で歌えるというのは、千載一遇のチャンスです。独唱に選ばれたことを鼻にかけるのではなく、真摯にこのチャンスを受けとめて成長してほしいと願っています。また、今年、選ばれなくても、真面目に頑張っていれば、絶対に木下先生の目に留まります。音楽祭には、独唱以外にいろいろな役割があります。華やかなものもあれば、隠れた役割もあります。どんなことでも与えられた責任を果たせる人が、大人になって、社会で活躍できると信じています。
by k-onkan | 2016-12-17 23:19 | 楽院だより | Comments(0)

やるときは素直にやるべし!

今日は、楽院の児童部に見学がありました。楽院の卒業生の保護者でもあり世界的なコンサルタントの堀先生のご紹介で、人材育成の仕事に従事されている元バレーボール日本代表の三屋裕子先生と、その関係の方々が見学に来てくださったのです。

e0143522_1704825.jpg堀先生は「いつも通りの姿で合唱や独唱、和音分離唱、聴音書き取りを見せてください」と言われましたが、私たちと上級生は「よその人に格好悪いところは見せたくない」と思うのでかなり緊張しました。ただし、最近、児童部のレッスンに参加し始めた1年生は、普段通り、緊張感の足りない姿で木下先生を悩ませていましたが…。

今日は、「自分に出番はないだろう」と甘く構えていた子どもたちにも出番がありました。それは、レッスンが始まってすぐのことです。「今日は、誰が模造紙で聴音をする?」と子どもたちに相談した時のことです。すると、4年生のMくんから「ボクはいいです」という言葉がでたのです。私はこれにカチンと来ました。「チャンスが回ってきたのに、『いいです』ってなに? そうやって辞退して、次に何が起きるか分かる? キミより小さいKがすぐにできるようになる。そうしたらキミに出番は回ってこない。一生懸命、キミを通わせているお父さんは、『小さい子ができることを、なぜ、うちの息子はできないのか?』とがっかりするかもしれない。チャンスがきたら、やりなさい。やるかどうか、決めるのは先生でキミじゃない!」

「絶対にやらなければいけない」と強制されないと真剣になれなかったり、自信がない子どもは、いつの時代にもいたものでした。だからといって、「じゃぁ、やらなくていい」と大人が諦めてしまったら、その子は、いつも、人の後ろに隠れて、チャンスに挑戦しなくなります。楽院で、「先生が、やりなさい、と言ったら、素直にすぐにやりなさい」と教えるのは、そういう理由もあるのです。

小さい頃から、音感を勉強している子どもたちは年齢に幅があり、勉強している課題の進度は異なります。誰が参加さするかで、行う難易度を変えることになります。また、お客様の前で大きな模造紙で書き取りをする時は目の前で採点もしますし、「みんなの代表として、絶対に間違ってはいけない」という緊張感もあり、「選ばれるのは誇らしい、でも、終わるまで心が休まらない」のが聴音書き取りです。そして、もう一つ、個人の力量が試されるのが独唱です。

人前で緊張すると吐き戻しの症状を訴える癖を持つ4年生のHちゃんは、歌も聴音も決してできないわけではありません。今日は、木下先生が「男ばかりだと、女がダメだと思われるから、Hも独唱を聴かせられるようにしなさい」とチャンスを与えました。吐き戻しの症状は、心理的なものであり、本人がいろいろな経験を積んで、緊張に慣れるしかない、と感じます。何より、本人が「苦手なことは、具合が悪くなれば回避できる」と思っている間は治らないように思います。私も幼児期は、つらいことがあると、すぐに吐き戻しをする名人だったため、「自分しか治せない」とHちゃんに伝えてきたのですが、4年生になってから、更に症状が強くなったようで心配を感じていました。

最近は、大人が過度の期待をしていない素振りで接するようにしてきたのですが、久しぶりの木下先生からの指名は、本人も嬉しそうでした。ただ、いつも直前に気持ちが変わってしまうので、休憩時間に「お客様の前で何があっても絶対に吐こうとしちゃダメよ」と喝を入れましたが…。久しぶりの独唱のチャンスは、堂々と歌っていました。

最近、態度が悪かった6年先生のYくんにも木下先生から独唱の指名がありました。彼は、いざという時には責任を果たすので信用はできるのですが、6年生になって、絶賛、反抗期のまっさかり。中学校に進学する心配や、少しずつ近づく声変わりの不安など、いろいろな不満を楽院の私たちに出しやすいらしく、生意気なことを言って私たちを怒らせます。でも、本当に戦っている相手は、心の中にある葛藤と戦っているのかもしれません。

男の子は反抗期中でも、木下先生から「やってみよ」と言われるのは、誇らしいものです。ただし、木下先生の期待を裏切るとしばらく、チャンスが巡ってこないので、男たちは真剣になります。私たちも、久々に心から本気で取り組むYくんの姿が見られて嬉しい気持ちになりました。

お客様が来てくださることは、いつもと異なる緊張がありますが、それが、私たちにも、子どもたちにも、プラスになることはたくさんあるのです。お忙しい中、来てくださった皆様に感謝しつつ、次の音楽会のために、子どもたちを鍛えなければと思った一日となりました。
by k-onkan | 2016-10-08 23:01 | 楽院だより | Comments(0)

ドーマン法について伺いました

オリンピックのシーズンは、連日、日本の選手がいくつメダルを取れたかの報道でにぎわっています。その中で、注目しているのが池江璃花子選手です。中学3年生で日本記録を次々と出し、4年後の東京オリンピックでの活躍が期待されています。

e0143522_12263077.jpg選手のお母さんは幼児教室の講師をされ、脳の発達に「うんてい」がいいということを書物で知り、生まれてすぐから「うんてい」をさせられたとききます。成長した今でも、自宅の天井には雲梯が設置され、暇があればぶら下がる選手の姿をテレビで目にした方もあるかもしれません。

実は、脳の発達のために「うんてい」を提唱されたのは、故グレンドーマン博士です。脳障害を持つ子どもに「動くこと」を促すことが、脳への刺激となり、更なる動きを促し、脳を発達させることになるそうです。

私が子どもだった頃、グレンドーマンは「親こそ最良の医師なり」という本を発表しました。当時、楽院に通う生徒の兄弟に脳障害を持つお子さんに、木下先生が著書をすすめ、親子はアメリカに渡ってドーマン法を学びました。そうしたご縁で、私もドーマン博士の著書は、多く読んできました。

3歳になった子どもたちに適した教育を施すためには、それ以前、012歳のときに十分に身体を動かす機会、目や耳に刺激を与える機会を与える必要があります。楽院の0~2歳クラスでも、「ブレキエーション」(うんてい)を使ったり、ハイハイをさせることの大切さを親御さんにお知らせしていますが、実際には、豊かで便利な現代社会で、ぶらさがったりハイハイをする機会を得るのは、簡単ではなく、子供たちの自分の身体を動かす力は、益々、衰えています。そんな視点からドーマン博士のもとで勉強されたN先生から、お話を伺わせていただいてきました。詳しくは、10月に発刊される機関誌でお知らせする予定です。
by k-onkan | 2016-08-10 23:19 | 楽院だより | Comments(0)

大人も頑張りました!ー合宿5日目ー

合宿最終日の朝は、みんなが楽しみにしていたマラソン大会を行いました。練習では前半を並んで走り、後半は競争しますが、本番の3キロは全て競争になります。高学年は練習では力を出さず本番で隠していた力を発揮するなど、知恵を絞るので、マラソン大会が終わるまで誰が優勝するかはわからず、そこが面白いのです。

e0143522_12471567.jpg今回は、優勝候補であり体育班長のKくんが出場できなかったことで、高学年が上位三位を独占しました。中でも、Kくんの兄Y君が頑張って優勝を勝ち取りました。弟がいたら、絶対に優勝することはないと思うので、Y君には最高の合宿になったと思います。そして、2位3位は男子と女子の六年生が死守して、最上級生の名誉を守りました。

いつもならすぐに、トロフィーとご褒美を渡しマラソン大会は終わるのですが、今日は、特別にもう1レースがありました。現在、中学1年で陸上部に所属する甥Yが、タイムを縮めるという目的のために、わざわざ、夜中に車でかけつけた父と3キロを真剣勝負すると言うのです。そこに、マラソンが得意なF先輩も加わりました。

普段、陸上に取り組む中学生に、大人は敵わないので、F先輩に3分、お父さんに1分のハンデを与え、競争しました。最初に走り出したのは、F先輩です。ダンスで鍛えた体で颯爽と走りだしました。その直前に、幼児の伴走をしているとは思えないほど、軽やかです。

その二分後に「Yのお父さん」が出走しました。子どもたちに比べて歩幅が大きいので、進み具合が大きいのです。若いころ、陸上部だった「お父さん」は今でも、休みの日は水泳をしたり、走ったりしています。合宿中、子供たちの朝のマラソンの三キロしか走っていなかったYは、「お父さんは毎日、一人で、水泳をしたり、走ったり練習していたに違いない。ハンデ1分は長すぎたかもと戦々恐々としながら、最後に走り出しました。やはり、若くて細いので、カモシカのように、一気に見えなくなりました。

結果はもっと接戦を繰り広げるかと思いましたが、残り700メートル地点あたり―幼児部1.5キロマラソンの折り返し地点―で、まゆみ先生の前で、三人が重なり、Yが追い抜き、それをお父さんが追いかけていったようです。マラソンの大人部門の結果は、ハンデをつけたのに、予想通りのレースとなりました。3位のF先輩のタイムは小学生の上位2を上回る速さで、子供たちにはとてもよい刺激になったと思います。

さて、これで、5日間の合宿の大きな流れのご報告はおしまいです。しかし、合宿中に起きた小さな、数々の事件については、ほとぼりが冷めた頃に、少しずつ、書いていこうと思います。毎年、子供たちが「しでかすいろいろな事件」によって、現代の子供たちが暮らす社会の背景を理解できるように感じるからです。
by k-onkan | 2016-07-31 23:05 | 楽院だより | Comments(0)

自然の中では、そこでしかできないことを!―合宿4日目ー

4日目になると、子どもたちもやっと集団生活に慣れて指示に従って行動ができるようになるものです。今日のメインイベントは川遊びとキャンプファイアーです。今年は水不足のため、いつも出かける場所の水はかなり少なかったようです。

e0143522_0165979.jpg今年は、川でよそのテニススクールと一緒になりました。私の予測では3~6年生の子どもが30人弱いて、引率の若いコーチは5~6人いるようでした。そこで、驚いたのが、子供たちの遊び方です。なぜなら、海で使う大きな3人乗りのボートに子供たちが乗って、大きな水鉄砲で水の掛け合いをして遊んでいたからです。中には、川に入りたくない子もいるようで、そういうお子さんたちは、シャボン玉をふいて遊んでいるようでした。これは私たちにはとても不思議な光景でした。

楽院の合宿では、川に来たら、川でしかできないことをします。たとえば、深い水位の場所を探して泳ぎの腕を試すなどです。子どもたちは温水のプールで泳ぐのと、山から流れる冷たい川で泳ぐ違いを肌で体験します。その後は、男女対抗の水かけ大会です。昔は理科が得意な子がいる時は針を持参して、川の石で磁石を作ったこともありました。

年齢の低い子どもたちは、大きな石のまわりに隠れる小さな生き物を追いかけたり、魚を捕まえたりします。今日は、薄い石を見つけた、水面で石を跳ねさせる「水切り」をしていました。これは、買ったおもちゃでなくて、自然の中で、自分で見つけてする遊び、つまり、昔の子どもがする「川遊び」ではないかと思います。

よその団体の批判になると申し訳ないのですが、私はその子どもたがとても気の毒に感じました。なぜなら、川まできて大きな乗り物に乗り、コーチに引っ張ってもらって楽しむなら、ディズニーランドなどでお金を払って乗り物を楽しむのと、何ら変わりがないからです。何より、一番、気になったことは、私たちが見ている横を、いくつもの水鉄砲が流されていったこと、そして、それを拾う大人の姿がなかったことです。それは、一番、下流に監督する大人がいないことを意味しています。

私たちは合宿に初めて参加する子や、低学年に川の水の流れを経験させるために、浮き輪に乗せて流します。上流は純子先生の係、そして、下流にはいつも2~3人が待機しています。万が一、流れが速くても、絶対に子どもを流されないため、細心の注意です。時に、子供のサンダルが流されれば、すぐに誰かが拾うので、自慢ではありませんが、物が流されたことなど、一度もありません。

もちろん、子供たち全体を監督するためには、それぞれが勝手な行動をしないことが大事です。深い水位のところへ行くときは、全員でそこで遊び、浅瀬で遊びたい子がいるなら、全員で移動します。

反して、テニススクールの生徒たちは、「コーチは言うことを聞くのが当たり前」と言わんばかりに、大人を使ってるようでした。そこには物を習っている相手への礼儀や敬意はありません。それぞれ、「自分の心が赴くまま、好きなだけ好きな遊び」をしているのです。上流の深いところで子どもだけでボートに乗っている子もいれば、大人がいない下流でも、がボートに乗っています。コーチたちは、中洲でたき火をしたり、シャボン玉をする子のまわりにいるようです。万が一、川の中で、何かあったら、水が少なくても追いつけないのではないかと心配になりました。

何より、私たちが首をかしげたのは、そのスクールと何の関係もない「よその大人―私たち」に大きな水鉄砲で水をかけてきたりするのです。「よその人には、水をかけたりはしないものよ!」「ここは、この子どもたちは、みんなで静かに遊んでいるのだから、いきなり、水しぶきを上げて入ってこないで。あなたたちは、そちらの広い場所を使っているのだから」と楽院の生徒を注意するよりはかなり、やさしく注意したのです。

自分の両親やお稽古ごとの先生からも注意されたり、叱られたことがなかったのか、私たちの言葉にびっくりとした顔をしながら、よそへと移動していきましたが、その後も、代わる代わる違う子どもが来て、同じようなことをしては去っていきました。

私たちが川遊びを終え、宿舎に帰る頃、下流の離れたところには、子どもだけでボートに乗る姿がありました。やはり、その周辺には監督者はありません。私たちは「何事もないように」と無事を祈りながら、川を後にしたのでした。
by k-onkan | 2016-07-30 23:14 | 楽院だより | Comments(0)

大人の言葉をきいて従う大切さ

3日目の朝は、子供たちは山登りに出かけていきました。腰に持病がある私は、他の先生方に山登りを任せます。そして、今年は、ドクターストップがかかった3年生のKくんも留守番です。運動が得意なKくんには、さみしい時間となりましたが、学校の宿題をしたり、絵を描いたり、スポーツ吹き矢をして、過ごしました。

e0143522_22465841.jpgこの数日、何度となく「蕁麻疹は、もう出ないと思うから、マラソン大会だけ、走りたいなぁ」と口にしています。激しい運動をしていないため、蕁麻疹が出ないからでしょう。体育班長としてマラソン大会を楽しみにしていたKくんの気持ちを考えると気の毒です。もしかすると木下先生は様子を見て、「本番は走らせてやれ」というかもしれませんが、どうなるでしょう。

さて、3日間、女子班を引率した私は、女の子たちの「きちんと話をきいて、行動しないこと」に気が狂いそうになっています。たとえば、1年生に「これは、明日の朝、着る服だから、寝る部屋の枕もとにおいてきてね」と朝の用意は万全に整えておいても、翌朝になると「服がない、服がない」と部屋中、探し回っています。一緒に探すと、汚れものだけが入っている大リュックの中から、服が出てきました。

今年のメンバーでは、「働くお母さんの娘たち」が、指示の通りに行動することが、苦手のようです。こうかくと、働くお母さんからお叱りを受けるかもしれませんが、女児は男児に比べると、「なんでも自分でできる」ように見えるものです。そのため、「帰ってくるまでに、あれと、これ、やっておいてね」と伝えてお母さんが仕事に出かけても、なんとなく、生活は成り立っているかもしれません。ですが、娘がそれを「きちんとやったか」「テキパキ取り組んだか」「誠実にやったか」は別の話です。

合宿の集団生活では、班長がお母さん、副班長がお姉さん、残りは子供という家族のようにすごします。お母さん役の班長は、必ず「○○はもった?」と子どもと一緒に荷物確認をすることを教えました。その際、口で指示するだけでなく、一人ずつの行動を目で確認をすることも伝えています。また、確認した後には元の場所に戻したかも大事です。せっかく、荷物確認をしても、リュックから出しっぱなしでは、意味はありません。

そして、一番、大事なことがありました。それは、お母さんの言葉を聞いて理解したなら必ず「ハイ」と声で返事をすることです。最近の子どもたちは「ハイ」と言わないので、お母さんは子供が言われたことをしてなくても、気づきません。また、子供もお母さんの言葉を意識をもって聞くことをしません。面倒な作業ですが、こうしたことをおざなりにすると、子供が「やった、やった」と言っても、実際は「なにもできていない」ということが生じます。

そんなことを朝から口うるさく監督した後のことです。朝食の際、吐き戻しの癖がある4年生のHちゃんに純子先生は『酔い止め』を手渡していました。効果が出るまでに時間がかかるので、早めに渡したのです。そして、食事も終わりいよいよ山登りへ出発!という時になって、Hちゃんが私のところに「飲みたくありません」と酔い止めの薬を持ってきたのです。30分前には飲み終わっているはずなのに!!です。

「バスの中で、あなたが、吐いたら、その周りの人も、匂いで気持ち悪くなることもあるの。自分が『飲みたいか、飲みたくないか』ではなく、一緒に行動する友達に迷惑をかけないために、酔い止めは飲んでください。「飲みたくない」という権利があるのは、バスの中で、絶対に吐くことなく、誰にも迷惑をかけない人だけです」。

でも、これは、実は、酔い止め薬、一つの話ではなく、大人に言われたことに「従う習慣」が失われているのは、楽院の女子班だけでなく、都会で成長する多くの日本の子どもに起きていることなのかもしれないと、思った出来事だったのでした。
by k-onkan | 2016-07-29 22:49 | 楽院だより | Comments(0)