麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
カテゴリ
全体
木下式音感教育法
しつけ
子育て
教育
お稽古事
親業
音楽
乳児
のぞみクラス
幼児
児童
名誉団員・卒業生
思春期・反抗期
自立について
運動
発達障害
保育園
楽院だより
我が家のこと
自分のこと
以前の記事
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
フォロー中のブログ
蛹の頃~さなぎのころ~
最新のコメント
出演園児のお母様へ ..
by k-onkan at 06:33
一番こわいのは、マナ先生..
by 出演園児の母 at 10:48
昔、近所の顔なじみの飲食..
by k-onkan at 10:32
>「じぃじ」 凄いです..
by ha-i at 01:48
ばら組の保護者さま ..
by k-onkan at 17:06
作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
ブログパーツ
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


カテゴリ:木下式音感教育法( 385 )

幼児が自ら対応する木下式

大阪の幼稚園に研修にうかがってきました。内容は年中児30名の指導と教諭の研修でした。木下式は指導者の声による模範唱によって刺激を与え、幼児に反応させることに特徴があります。その際、全員が反応したくなるように「高めの声」で手本や模範唱を示すことが鉄則となっています。

e0143522_15475320.jpg訓練を行う過程で幼児は「先生の声に集中する」「先生に注視する」などを身につき、無駄な動きも減っていきます。そのため、「木下式を受けると、行儀が改善される」と言われていますが、実際は「行儀がよくなる」のは子供の身体が育った結果かもしれません。

もちろん、お稽古の途中で隣の子に寄り掛かったり、ちょっかいをかけたりすれば、「行儀」を注意しますし、「まっすぐ立とう」なども伝えます。しかし、幼い時期から「行儀のことばかり」をうるさく言ったら、レッスンができません。手短に必要なことを知らせたら、スムーズにお稽古を開始することを、現場の先生に指導させていただきました。

木下式は導入時には幼児が思わず応えたくなったり、集中したくなる「緊張感のある声」でレッスンをすることになっています。けれど、幼児が成長して、自ら適切な声を出せるようになったら、いつまでも指導者は声を張り上げる必要はありません。幼児が自分で考えて活動できるようになるからです。そうなると、指導者に手本に関係なく、正しい声で歌ったり、音を聴いたりができるようになるのです。そして、このことを、指導する先生自身が、身に付けていただく必要があります。

木下式の効果が高いのは、幼児たちが「音感かるたのカリキュラム」を学ぶことで、日常生活で、話が聞けたり、注意深く見たり、手指を使ったり、身体が育ったり、指示行動ができるようになることです。つまり、音感教育を行うことで、「音楽」から離れた場面で効果が見えるのです。これが、幼稚園、保育園で、「音楽」以外にも「必要な教育」として認識されている理由なのですが、効果を出すためには、教諭のみなさんの努力がとても大切だからこそ、定期的に研修や指導の要請があるのだと思っています。
by k-onkan | 2017-04-25 23:46 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

三重県総合文化センターにてー3-

講演の最後に質疑応答の時間がありましたが、どなたも手をあげられなかったので、事前にいただいた質問にお答えしました。それは、「LGBT が増えた理由はなんですか?どのように関わるべきだと思われますか?」というものでした。文章の感じから身近にLGBTの子どもを持つ親御さんやご親族というより、生徒を教える先生なのだろうと想像しました。

e0143522_9463054.jpgLGBTとは性的少数派を総称する言葉だと思いますが、教育現場で配慮が求められるのは、性同一性障害の人に対する配慮です。たとえば、外見は女性なのに、心は男性であれば制服のスカートをはくこと、女性用のお手洗いを使うことも、想像以上に嫌なものでしょう。そのためか、私が子ども時代に比べて、明らかに、先生の子どもへの対応が変わったと感じます。それは、男女ともに苗字で「○○さん」と呼ぶことです。

LGBTも発達障害も、昔から、まったく存在しなかったわけではありません。しかし、今ほど、人数が多くなかったと感じるので何かの理由で増えているのでしょう。でも、その原因は私では答えられません。

ですが、「もし生徒にLGBTのお子さんがいたら」と想像するなら、私は、若い頃に、長く外国に暮らしたかかもしれませんが、基本的にLGBTでも、発達障害でも、異国人でも、持ってうまれたものは、そのまま受け入れる主義で、それを肯定も否定もするという気持ちがありません。

ですが、一般には性的少数派が生理的に苦手な方もいるでしょう。そう感じるのは、心の自由だと思いますが、それによって、差別したり、攻撃していい理由にはなりません。相手がだれでも、できることは、自分の役割を誠実に果たすことだと思っています。

私の仕事は、「木下式によって能力を高めること」なので、それを誠実に行うだけです。万一、自分の子どもであったなら、悩みを持つ子どもを不憫に思うと思いますが、親として愛情を注ぐこと、そして、どうやったら、少しでも、その子が生きやすいかを考える以外は、あるがままを受け入れるしか、できることはないように思うのです。

もし、万が一、苦手意識があって誠実に専門課程のことだけを教えられないなら、生徒として受け入れない方がいいかもしれないと、思います。その「苦手意識」が専門的な指導にまで、影響するように感じるからです。もちろん、苦手でも、プロとして、専門的な指導ができる人もいて、いいのだと思います。ただ、大事なのは、どちらかに極端に無理がある関係性では、いい結果はでないのかもしれません。
by k-onkan | 2017-04-11 23:33 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

三重県総合文化センターにてー2-

講演が始まる前、小西先生から「幼児期に木下式を受けた人は、あがらないのでしょう?」と言われ、「そうですね。基本的には普段通りで、そこまであがったことはないかもしれませんね」とお話していたのですが、この講演で私は、生まれてはじめて「パニックしそうな気持ち」という感覚を体験することになりました。

e0143522_9452694.jpgそれは、立ち見の方があるほど満員だった客席に話しかけた時でもなければ、5名の幼児の音感指導した時でも、独唱の伴奏を弾いていた時でもありませんでした。私が話をはじめた時に、いきなり、5歳の生徒が客席で「ドドドレミはなかよしさん」とよく通る声で歌い始めた時だったのです。

木下式の訓練は、一つひとつの課題は、5分から10分と短いものが多いのですが、課題が多いため、カリキュラムを全て行うと2~3歳でも、一時間強かかるのです。しかし、そのすべてを講演でお見せすると、講演ではなくなってしまいます。そこで、主軸となる「音感かるたと歌唱曲ドレミはみんなのなかよしさん」課題を二つ、お見せしたのですが、子どもたちには「不完全燃焼」で、もっと勉強をしたかったのでしょう。

その子はこだわりが強いタイプなので「歌いたい」と思ったら、まわりに誰がいても歌い続けることは、容易に想像できました。まわりの大人が是正するには限界があります。また、幼児というものは、誰か一人が楽しく歌えば、自分も歌いたくなるのが当たり前です。その状態を放置したらどうなるかを一瞬で想像し、「自分の講演」にまったく集中できなくなりました。同じ部屋に幼児、特に生徒がいると、私は自分より、子どもが気になってしまうタイプなのでしょう。

そこで、小西先生とお手伝いくださったN先生にはたいへん申し訳ないことをしてしまいましたが、子どもたちを別室に移動させ、東京から持参した「ご褒美おやつ」で静かにしていただくようにお願いしました。

自分の話に集中できるようになると、次に気になるのは聞き手の反応です。どのように受け止められているか観察しても、一般の方は表情が変わらず、よく分かりません。そんな中、ありがたかったのが、最前列に座った3名の女子中学生です。数年前に小西教室を卒業した生徒が、わざわざ、足を運んでくれたのです。3人が表情豊かに、適時に微笑んだり、驚いたりと、興味を持って話を聞いてくれたので、楽しく、話すことができました。

この3人に助けられたことが、もう一つありました。それは、私が話しはじめてすぐのことです。私は人前で話すことはまったく苦にはなりませんが、「無駄な動き」が多いのです。音楽祭では極力、気を付けていますが、今回は幼児もいて、すっかり自分のことが考えられていなかったようです。

私が話し始めると、中1のMちゃんが私の手振りを真似て、お姉さんになにやら言っているのが見えました。どうも、私のマイクを持つ左手が、言葉の速度に合わせて無意識でリズムを取っていたようです。

小さい頃から音感を教えた子には、「いろいろなこと」を観察して指摘して、時に嫌がられても踏み込んで指導してきました。そのため、私に対しても本当に「よく気づく」と感心します。長い間、深く関わり、お互いを知っているからこそ、木下式を教えた子どもは共通して愛しいと感じるのかもしれません。
by k-onkan | 2017-04-10 23:51 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

三重県総合文化センターにてー1-

満開の桜に雨がしとしと降る中、早朝の新幹線に乗って津市に向かいました。三重県の小西先生が私に講演をする機会を作ってくださったのです。会場は「東京ではこんなに広く土地を使った立派なホールはない」と思うほど立派な総合文化センターで大中小ホール、リハーサル室等、それは立派なホールでした。

e0143522_9443729.jpgそこで、午前中は独唱や音感を披露する子どものリハーサルと、「音感かるた」と「歌唱曲」に一緒に参加する幼児の顔合わせを行いました。そして、毎月、行っているシニアクラスのレッスンも実施しました。

楽院では通常、成果発表会などのリハーサルには保護者を入れることはありません。幼い子が親御さんに甘えたり、舞台慣れした子どもたちが真剣にならないからです。しかし、今回は何もかもが初めての試みだったため、保護者のいる公開リハーサルとなりました。

親御さんがいる心やすさからから、子どもたちは普段のレッスン通りの姿でした。いつも真剣な子はリハーサルでもすぐに本気を出し、平素から何度も練習を積まないと調子があがらない子は、発表前でも同じ様子です。そうした個々の違いや性質を親御さんに見ていただくことで、家庭での導き方や、性質の違いを感じていたくのも、大事なことだったのかもしれません。

講演で木下式の「音感かるたと歌唱曲」の説明をするために、教室の幼児5名にもお手伝いいただきました。新年少児から新年長児まで、普段、出会ったことがない友達と一緒に参加させます。生徒の中には、私と面識がない子も数名ありましたが、それぞれに私の話を一生懸命きく姿がありました。

5名の幼児たちの中には、ベビークラスから音感を始めた子、凸凹の気質を持つ子、遠方から通う子、親御さんが外国出身の方の子もいます。そして、それぞれが保育園で育つ子、幼稚園で育つ子と、教育環境も異なり、誰ひとり同じタイプがいません。人数は少なくても、一般の幼稚園や保育園ほどに多彩なメンバーでした。そうした子どもたちが、呼吸を合わせて、視覚、聴覚、身体感覚を使って楽しく取り組めることが、「音感かるた」と「歌唱曲」の訓練の強みだと感じます。

この会には、わざわざ長野県飯田市から認定講師の先生が足をお運びくださり、私の方が、緊張してしまったので、御礼に、シニアクラスへの飛び入り参加を強制し、みんなで発声練習を行いました。指導する立場になると、自分が勉強する時間を確保するのが、難しいものですが、お互いの刺激を与え合う時間となり、あっという間に時間は過ぎていきました。
by k-onkan | 2017-04-09 23:04 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

聖天様の本殿でオペラと箏と日本画に親しむ夕べ

今日は、埼玉県熊谷市にある国宝妻沼聖天山に木下先生とまゆみ先生の三人で出かけました。きっかけは、音楽祭の反省会で副園長先生より「聖天様の本殿でオペラと箏と日本画に親しむ夕べ」というご案内をいただき、コロラトゥラソプラノの岡﨑麻奈未さんが、妻沼幼稚園の卒園生だとお聞きしたからでした。ぜひ、機関誌で皆さんに紹介したいということで、出かけました。

e0143522_13273662.jpg生憎の天気で、電車に乗り遅れるなどのハプニングの中、タクシーの運転手さんに無理を言って、ギリギリ聖天様の本殿に到着しました。現地では、長年、幼稚園でお世話になってきたY教諭が案内をしてくださり、本殿へ向かいました。

本殿の中央には高い台があり、その上に大きな箏が二台、そして、美しい桜の日本画が飾られていました。そのまわりには日光東照宮とそっくりな彫刻があり、見事な日本的な空間が作られていました。開始を知らせる鐘の後、美しい着物生地で作られたドレス姿の岡﨑麻奈未さんが現れました。

プログラムは、前半は箏、後半が西洋音楽で構成され、途中、ご自身でいろいろなお話をしながらの進行でした。大学卒業後、ウィーンに渡ってオペラ歌手としてデビューし10年という長い歳月を過ごされたそうです。でも、長くヨーロッパに住んでも、どうしてもヨーロッパ人にはなれない自分がいて、その時に、自分の中の「日本」を意識されたそうです。そして、故郷の熊谷で子どもの頃から親しんだ妻沼の聖天様に歌を奉納したい、できれば、和楽器で、そして、着物ドレスでというすべての願いを縁結びの聖天様がご縁を取り持ってくださり、このコンサートは開催されているとのことでした。

実は、私も岡崎さんに似た経験をしています。私は高校卒業後、すぐにアメリカに渡り、4年半を過ごしました。語学を習得して周囲の人と対等に議論を交わしたり、専門的な話をして、一見、アメリカに馴染んだように見えました。しかし、常に感じていたことがあるのです。それは、自分は決してアメリカ人にはなれない、ということでした。どんなに英語のために必要な「口まわりの筋肉」が鍛えられて見た目がアメリカ人と間違えられるようになっても、その国で生まれ育った人が共有する「何か」を異国人の私は努力しても、持ち得るものではないと感じていました。

よく、自分の国のことを知りたいと思ったら、外国に行くようにと言われますが、岡崎さんのコンサートはまさに、それを感じさせられるもので、ヨーロッパに長く住んだからこそ、日本の素晴らしさ、を知り、それを、もっと世の中に知らせていく役割をしたいと強く思われるのでしょう。

岡崎さんの歌声は美しく、お箏の方たちも素晴らしい名手でした。本来、西洋の音楽を和楽器で演奏するのは、とても難しいことです。邦楽の楽譜は数字で書かれているのに対して、西洋音楽は五線譜に音符で書かれています。一緒に演奏するためにはそれぞれの楽譜を自分が読める楽譜に書き変えなければ理解できないのです。その上、本来、五音階(ドレミソラ)しか使わない箏で西洋の曲を演奏するには、その度、調弦をし直したり、箏を替えたり、たくさんの作業がありました。そして、これもまた多くの方のご協力があっての挑戦だったことでしょう。

途中、「妻沼幼稚園」の卒園生で、当時木下式を勉強していたという話がありました。いまも幼稚園で歌った曲を覚えていると「カレンダーマーチ」の途中を披露されました。それは、26年前、「第13回東京合同音楽祭」で妻沼幼稚園の園児が歌った曲だと記憶しています。当時、木下式を採り入れて日が浅い中、教諭の皆さんが苦労して木下式を実践されていたものでした。

私たちが「芸術劇場で開催された音楽祭」と言われてすぐに思い出せるのは、後にも先にも芸術劇場で開催した音楽祭は、岡崎さんが出演された「1回」だけだったからです。当時、池袋に本格的な音楽ホールができるということで、私たちはホールをお借りしました。しかし、音楽祭当日、係の方から「6歳未満の子どもは会場に入場を認めない」とのお叱りを受けたのですが、舞台に乗るほとんどの子どもが年長児の「東京合同音楽祭」は、出演児が5~6歳です。どうにかお願いして、その日は無事に終わったというエピソードが残っています。

岡崎さん自身、東京芸術劇場の音楽祭の舞台を鮮明に覚えていらっしゃるそうです。「音程をよく、歌詞を覚えて」と一生懸命、練習したこと、当日は、バスの中でパンを食べながら、会場に向かったこと、舞台の上での緊張感など、今も鮮明に覚えていらっしゃるとのことです。そして、数年前、まさに子ども時代に初舞台を踏んだ東京芸術劇場で、ソロのコンサートを開かれたのだそうです。「幼稚園時代の音楽教育があっての今です」と木下先生をご紹介くださりました。しかし私たちも、音楽祭の舞台に立った大勢の幼児たちの中に、「音楽の道に進みたい」と願って努力され、世界で活躍される方が育っていたことに、また大きな喜びを感じています。関係者の皆様、素晴らしい時間をありがとうございました。
by k-onkan | 2017-04-01 23:26 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

大人も頑張って育つもの

3日間の講習会が終わり、先生たちが帰られました。今回は3月ということで、新卒の先生が大勢、参加する会とでした。はじめて木下式の指導法を学ぶと、「こんなに大きな声は出せない」と躊躇されたりするものです。幼児の前でよく通る声が出せなければ、幼稚園や保育園の先生は務まりません。子どもたちの安全を守ったり、意欲を持って何かを取り組ませようと思うと、小声では効果が少ないからです。

e0143522_17573713.jpg今年は新卒の中で「黒いリクルートスーツ」に身を包んだ方たちを木下先生が重点的に指導し、クラスの端まで届く声を覚えていただきました。まぜ、受講生の前に出て、自分の名前を言わせます。木下先生はそれぞれの先生の声を聞き「話声位」を比べ、それぞれの声を観察します。その後、高い人から低い人の順で並べ替えて、それぞれ、声を出させていきます。

不思議なことですが、幼児と同じく先生たちに順序を付け、互いの声を聴いていると、知らず知らずのうちに、競い合いになり、その中から、最初より声を高くする人が出てくるのです。そんな中、一人だけ、どうしても声が上がらない人がいました。自分の殻を破って自己表現を難しいようです。

しかし、二日目に、木下先生から前に呼ばれ、「女性で声が低い人の特徴」として、「口を開けない―母音認識がない―」「発声行動に意欲気概がない」「反射性の欠如」「模倣能力の欠如―他人を観察できない―」「自分の声とピアノのを聴く―音高の記憶―」と、マイナス面を厳しく言われたことで、奮起したのか、声を出すようになっていきました。

3日間の講習会期間中、何かあるごとに「黒いリクルートスーツ」を前に呼んでは、「高くなった声」を再現させているうちに、先生たちもそれぞれ、自分の殻を破って上手になっていきました。

新卒の先生でも、こうして手をかけて、「頑張れ、頑張れ」と言われていると、出なかった声が出るようになります。どうか、新年度に新たに入園されるお子さんたちの声も、声域を広げて、歌上手を育てていただきたいと思ったのでした。
by k-onkan | 2017-03-25 17:58 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

次の人におすそ分けを!!

講習会は、午前10時から午後4時までと、長丁場が3日間続きます。ですが、本当にたいへんなのは講習会が終わってからの2時間です。検定試験を受ける先生、初参加の新人先生が個別に質問をしたり、指導を受けたいと並ぶのです。

e0143522_9282812.jpg先生たちが熱心に木下式を勉強してくれるなら、長く教えることはちっとも苦ではありません。ただし、他人の時間を使って何か得たら、その恩恵は、自分だけに留めるのではなく、後輩や園児たちにも、教えてあげる優しさを持っていただけたら、嬉しいです。

今回は3名の先生が、検定を受けます。皆さんにとって、一番の課題は「音感かるたの説明」であるため、私は毎日、いろいろな人の「説明」を聞いています。その中には力強く堂々と先生らしい説明をする人もいれば、確信が持てず、フワフワとつかみどころがない説明をする人もいます。また、強引に力強さだけで教え込もうとする説明の人もいる中で、少しでも木下式が理想とする「幼児にとってありがたい説明」に近づくように指導します。

私は、先生たちの「音感かるたの説明」から、それぞれの先生の気質のようなものを感じます。たとえば、事前の用意が周到にできる人かどうか、用意したものを上手に使いこなせるのか否か、的外れに手を貸してしまう人か、他人の助言を素直に聞くタイプか否かなど、エセ占い師のようですが、感じます。

たとえば、どんなに指導しても、いっこうに自分のやり方を変えられない先生は、「頑固だって言われたことはない?」「あります」「頑固でもいいのよ。裏を返せば、芯が強いのは悪いことではないから。でも、物を習う時はダメよ。他の人のいうことにも、耳を貸さないと上手にならないの。音感の指導は先生と子どもの関わり方が大事だから、『誰かとお付き合い』するのと、一緒。自分は正しいからといって正論ばかり相手に押し付けてしまうと、相手の心が離れていても、気づかないことがあるでしょう? いまのかるたはそういう感じがする・…・」。その先生は、とても素直に「心当たりがあります」と言って、どうしても変えられなかった自分の説明を変えてくれました。

それぞれ、どんな性質を持っていても、それを否定するつもりはありません。ただし、幼児の前に立ったら、自分の欠点を隠して「好ましいかるたの説明と模範唱」をしてほしいと願っています。それは、子どもたちに「音感教育」をする先生たちの最低限の責任だと思うからです。「自分はこういう性質だから仕方ない」と開き直ったり、ありのままをさらけ出すより、少しでも、欠点を見えないように心を配ることこそが、音楽に求められる「心のお化粧」かもしれません。

子どもは、力強い、堂々とした説明が好きですが、何度も反復する中で、時には先生の優しさが垣間見えたり、時に細やかな様子が見えたりすると、「お、今日の説明は、いつもと違う?」と幼児の心が躍ったりするものです。

若い先生に、いろいろな助言をする私も、実は、父からは「ちゃらんぽらんでいい加減」と性格を分析されていて、自分にもその自覚があるのです。だから、かるたの説明をする時、音感を教えるために子供の前に立つ際は、その「ちゃらんぽらん加減」が最大限、見えないように注意を払ってはいるのです。それでも、時々、いい加減さが顔を出しますが、欠点を知っているから、気を付ける一助にはなっています。

エセ占い師のような私が、一番、見たくないのに見えてしまうことがあります。それは、先生たちが「誰のため」に勉強をしているか。上の方々から検定試験を受けるように言われて、受け身な気持ちで勉強する先生もいれば、検定を合格するために勉強する先生もいます。また、純粋にクラスの子どもを教えるために学ぶ先生もいます。誰かの指示でイヤイヤ学ぶよりは自分が恥をかかないために、貪欲に学ぶ方がいいでしょう。けれど、自分のためより、自分が受け持つ園児のために頑張る先生が、一番、上手になっていくのです。
by k-onkan | 2017-03-24 23:24 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

心もちを観察しよう!

今日から3日間、楽院のホールでは、「木下式音感教育法の指導法を幼稚園、保育園の先生が学ぶ講習会」を開催します。遠くは沖縄、福岡から飛行機で――。新幹線ができて近くなったといっても2~3時間はかかる富山、大阪、名古屋、岐阜、宮城からも総勢75名が参加されています。

e0143522_1225544.jpg木下式を実践する幼稚園、保育園に務める先生たちは、はたから見ると「先生になってからも勉強をさせられてかわいそう」と思われているかもしれません。けれど、「先生になってからも勉強できる環境を与えられていること」は、実は、とても幸せなのだと私は思います。勉強したくても、常に子供を預かっていて、勉強する暇もない、園があるからです。

大学で保育の勉強をして資格をとって園児に向き合っても、現場では「どうしたらいいか、分からないこと」だらけです。「先生」と呼ばれても本当に「先生」として自信を持てるまでには、学ばなければならないことがたくさんあります。その費用を負担して勉強させてくださる園は、厳しいかもしれませんが、ありがたい場です。

色々な考えがあるので、「それでも、大人になってまで勉強したくない」と考える方もあるでしょう。しかし、正直、「大人だから何事も完璧」というわけにはいきません。幼児たちは年齢は幼くても、ちゃんとよく観察しています。口ではっきり言わないだけで(たまに、いう子もいますが)「どの先生の教え方が上手か、どの先生が今一つか」ちゃんと見ています。ある教室で発達障害を持つ2年生のお子さんが「麻奈先生は怖いけれど、分かりやすい」と言われたことがありました。

この言葉は、優しいけれど、分かりにくい先生の存在を示唆しています。子どもは、教えてくれる「先生」を等しく「先生」と呼んでいても、個人差があることを感じる怖い存在です。その子どもを教える私たちも、ずっと学び続けないと、子どもに教えることが枯渇してしまうと感じています。

今回の講義は「音感かるた」と「歌唱曲ドレミはみんなの仲良しさん」で、木下式の根幹の部分ですが、毎回、講習会で若い先生たちは、音感かるたの説明に苦戦します。私たちも、「そんなに難しい?」と、子どもの心をつかむ説明を教えることに苦労しています。創始者は、「それぞれ人の顔が違うように、キミたちと私では、かるたの説明を言う心が違う!」と嘆いていますが、心が違うことを教えるのは難しいものがあります。

受講生も、「木下先生と違うこと」はたぶん分かっていると思います。でも、具体的にどうしたら、心が変えるかが難しいのです。語調や抑揚、声の調子や高さを変えられても、「心持ち」は目には見えません。

そんな中、私は講義の後、声は美しいのに無表情で面白くない「音感かるた」の説明をする教諭の指導をさせていただき、気づいたことがありました。それは、説明をする先生自身が、本気で「教えたい」と思わないと、どんなに技術だけ学んでも、上手にはならないということでした。

私もかつて「なぜ、こんな紙芝居のお姉さんみたいなことを本気でしなくちゃいけないの?」と思っていたことがありました。しかし、自分の中で何かが変わったのは、ある男の子のお蔭でした。それは、3年生になって「学校で音楽の時間がつらい」という理由で、途中入学してきた遅鈍な男の子を教えさせていただいたからでした。

3年生であっても、楽院に入学したら、最初に学ぶのは、音感かるたです。この男の子は、訓練で、少しずつ声が上がり、絶対に出ないと思っていた高い声が出るようになり、一般の曲が歌えるようになった時、私ははじめて「本気で教えてやろう」という気持ちを、実感として知ったのです

音感かるたの説明は、表面的に決められた文章を記憶してなぞるのではなく、幼児に「音感かるたの説明を覚えると、本当にいいことがある」と信じて教えられるようになると、心もちが少しだけ、創始者の「教えてやろう、教えてやりたい」という気持ちに通じるかもしれません。
by k-onkan | 2017-03-23 23:33 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

大勢いる方が学びが多い!

卒業式の翌日は、三重県のK教室で、28年度最後のレッスンをさせていただきました。朝、一番に顔を出したのは新5年生のKちゃんです。来月、津市で行う私の講演で、「聴音書き取りを披露してほしい」という話をするために呼んでいただきました。

e0143522_12252492.jpg女の子は、4~5年生ごろに「声変わり」の兆しが見えます。本人も「独唱には声をかけられない」と思っていても、これまで頑張ってきた自分に、声がかからないのも寂しいものです。そこで、「和音聴音をしたらどうかと思う」と声をかけたのです。

「声変わり」の兆しが見えると同時に、子どもたちの「扱いにくい時期」の到来するように感じます。大人になりはじめの子どもと付き合う際に、私が気を付けているのは、決して、無理強いも、お願いをせず、子ども自身の意思で選ばせることです。

Kちゃんにも、「どうしても先生のために、聴音をやって」ではなく、「これまで頑張ってきたKちゃんに何かさせたいと思っている。でも、今は声が出にくくて独唱は心配だと思うから、お教室の代表で和音聴音をしない?」と聞きました。「出るか出ないかは、Kちゃんが選んでいい。でも、もし自分で『やる』と決めたら、間違ったり、失敗しないように、誠実に責任感をもってやってほしいのだけど、どうする?」というと、にっこりして「ハイ」という素直な答えが返ってきました。

もちろん、誠実に責任感を持ってしても失敗することはあるでしょう。でも、最初から「失敗してもいいからやって」と言うのと、「最善を尽くして」と言われて送り出されるのでは、心持ちが異なります。また、最善を尽くして失敗をする経験―失敗して叱られることも含めて―もこれから生きる上で役に立つと思っています。

その後は、小学生が6名やってきました。この教室の生徒たちは数か月に一度、指導させていただくだけなので、楽院の子どもたちと決定的な違いがあります。それは、「私の怖さ」が断続的に続いてくれることです。

ごくたまに、私が「突然の剣幕」で誰かを叱るのを見れば、他の子どもたちも、次のレッスンで変化を見せるという効果があります。前回のレッスンで、悔し涙を出したAちゃんは特に上手になっていましたが、同席した他の子も「次は我が身!」にならないようにと気を付ける姿がありました。

次は、木下式の指導者になる勉強をするシニアクラスです。「木下式を知るまでは、物を習う上で、もっと好ましいのは個人指導だと思っていたのですが、子どもたちは違うのだと知りました」という話が出ました。

個人的に自分のペースで真剣に教わりたい、という場合はともかく、幼い子どもの音感教育は、集団の方がいいようです。幼い子どもたちにとって、友達と競い合うことや、友達が叱られたり褒められる様子によって、気持ちを変えて頑張ったりすることがあるからです。

「集団で受けることに効果がある木下式で、あえて個人指導をするとしたら、どんな時ですか?」という質問を受けました。それは、その子に強いこだわりがあって、突然、大泣きしたり、暴れたり、その子のペースでないと音感のカリキュラムがこなせない場合は、個別で行わないと、他の子の学習に迷惑をかけてしまいます。

しかし、行儀が悪い、少々、余計な動きをしたり、余計なことを言う程度で指導者の指示で改善ができるなら、集団に入れた方が双方にいい効果があがります。そして、それは、問題がある来より、優等生タイプへの効果が大きいのです。大人にとっても優等生タイプは注意が難いところがあります。その分、頭でっかちで打たれ弱くなることがあるのですが、正反対のタイプがいると、疑似体験から柔軟性を学ぶことができることもあるようです。

私たちはそれぞれ異なる性質を持ち、それは物を習う時にも現れるものです。それは、子どもでも一緒で、叱られても構って欲しい子もいれば、叱られたくないから必死で失敗しないための努力する子もいます。しかし、自分の性質による体験は限られるのです、だから、多種の友達がいることで、「聞いていないと注意を受ける」「口型をしないと失敗する」「この歌い方は上手なのだ」と、自分以外の人の体験から多くのことを学べる音感教育は、一日も早く、集団でスムースにできることを、目的に指導しているのです。
by k-onkan | 2017-03-19 23:24 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

楽院の音感クラスになったら

木下式は本来、20-30人という集団で行うことで効果が高まる音感教育です。楽院では、幼児期に、木下式によって、音楽能力を高めて、歌唱力、音感能力など、音楽の基礎を身に付けながら、就学に必要な指示行動、集団の中で活動する力を目標に指導しています。

楽院で音感クラスを開始する平均年齢は2歳8ヶ月と低いため、まず能力に合わせた個別指導の後、少しずつ、他の子と歩調を合わせるレッスンにして、できれば3歳を過ぎたら3名以上で競い学ぶクラス編成をしたいと思っています。

e0143522_11423131.jpgそのメンバーは「頑張れば自分が一番になれ、手を抜くと一番、最後になってしまう」、つまり音楽の能力に準じたクラスです。これが子どものやる気を引き出すことになるからです。どんなに「いいクラス」に入っても、わが子が難しくてついていけない内容では意欲を失ってしまいます。反対に「簡単過ぎること」ばかりでは、手抜きを覚えます。いつも、少し、自分の力より頑張る内容がちょうどいい課題です。

同じカリキュラムを勉強できるお子さんであれば、年齢が低くても上級生と学ぶこともあり、反対に後から始めた学年の大きいお子さんが同じクラスになることもあります。後から開始したお子さんは補講をして、なるべく早く、同じ学齢のお子さんのクラスに入れていきます。子どもたちには、就学前の年長時に、6~8人で集団で活動する力をつけたいと思っています。

けれど、人間は機械ではないので、それぞれの伸び方は異なるのです。そのため、最初は同じ能力で同じクラスであっても、誰か特定の生徒が一番をとるようになったら、その方には次のクラスへの進級をお願いし、そこに下級生があがってくることになります。

親御さんは、同じメンバーのまま、ずっと同じ時期に進級したいと思われるかもしれませんが、それぞれのクラスにおいて「お子さんに定着させたい課題」があって、それを身につけてからでないと、上のクラスへは進級させないようにしています。

以前、「○○ちゃんのいるクラスに通いたい。その時間でないと通えない」と、難しいクラスに通われた方がありました。大人の都合で能力に合わないクラスに入ったその子は、取り組んでいる課題が分かるのか、分からないのか、自分でも定かではない状態が生じ、音感がつくまでにとても苦労して、途中で中断することになりました。

集団クラスの中には、いろいろなお子さんがいます。楽院の基準は「音楽の能力」がすべてです。そのため、行儀が悪かったり、落ち着きがなくても、同じカリキュラムをこなせる能力があれば、同じクラスになります。それぞれの問題点は、レッスンの中で改善していきます。

この時、「やんちゃな男の子は苦手、静かな子ばかりにしてほしい」という要望はお受けできません。楽院の生徒が、幼稚園、小学校など、どんな場所でも惑わされずに、学ぶことができたのは、幼児期からの実力主義によって、生きる力が身についてきたと思うからです。

そのため、凸凹をもつお子さんであっても、音楽能力が同等であれば、クラスメートになることもあります。他のお子さんのレッスンに支障がでるようなことは、絶対にしないために細心の注意を払っています。ときに凸凹をもつお子さんを重点的に教えることがあるのは、贔屓や特別扱いではなく、他の生徒さんへの間接的な指導のためだと、考えていただけたらと思います。凸凹を持つお子さんは、音楽的に秀でたところがあるため、親御さんが思う以上に、音楽を学ぶ上で、子供たちのプラスになっていることが多いのです。

数年前に拙著「折れない子どもを育てる」を出したのは、楽院に来られる保護者に、「音楽能力が高いけれど、社会生活が何もできない変わった子ども」に育てていただきたくないと思ったからでした。楽院で50年近く行われてきた教育は卒業して逞しくなった生徒たちが、証明していると信じています。
by k-onkan | 2017-03-17 23:32 | 木下式音感教育法 | Comments(0)