麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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カテゴリ:自分のこと( 124 )

明るい声の女性に助けられた話

夏休みらしく、友人と映画を見て、お茶を飲んでいた時のことです。隣の席に座ったカップルのお嬢さんがいまどき、珍しいほど、高くよく通る声でした。店内はやや混雑していて隣同士の席が近かったこと、そして、女性の声があまりによく通る美声だったため、聴き耳を立てなくても、話の一部が耳に入ってくるほどでした。

e0143522_7154052.jpgそのお嬢さんは幼稚園か保育園の先生で、弟妹がいるご長女で、世話好きなことなどが次々と耳に入ってきたので、一緒にいた友人と慌てて、他の話題をはじめました。いまどきは、内向的で声を出すことが苦手な人も多く、一緒にいてもスマホのタイムラインを使って会話をするなど、声も出さずに互いにあまり踏み込まないことが多い中、このお嬢さんはその店内で際立っていました。

大事な時や、自分を主張する時に、自信をもって声を出せることは確かに大事な能力です。また、幼稚園や保育園で子どもと対峙するには、このお嬢さんのような声は理想的といえます。しかし、場所が変わると、「騒々しい」と思われたり、自分の個人情報がまわりにもれてしまったり、なにごともバランスが大事だと勉強になりました。

実は、木下式で幼児に「いい声を出すこと」を推奨する私も、若い頃は、公共の場で無意識で大きな声で話し、友人から「シー」と注意されたりすることがあったものです。今、声を出すことを教えている子どもたちには、大きな声が出せるようになったら、音量調整の機能を身につけることを教えなければと再認識しました。

お店を出てしばらく経って、そのお嬢さんが走って、追いかけてきてくれました。私が忘れた紙袋をわざわざ届けてくださったのです。このお嬢さんは、明るい声の通り、外交的なだけでなく、隣から漏れ聞こえた通り、他人のために動くことを厭わない優しい女性だったことに、なんだか、ほっこりした気持ちになりました。
by k-onkan | 2017-08-13 07:10 | 自分のこと | Comments(0)

職業に貴賤はないというけれど

「子どもたちには無意識が賢くあってほしい!」と偉そうに説く私ですが、自覚のある短所があります。それは、子どもたちに音感を教えていないときは押しが弱く、「カモになるタイプ」であることです。

e0143522_2153188.jpgこれまでもしつこいセールスに押され、購入してしまった経験があるのですが、その時々、説得されたのは、「それなりに好きなもの」「それなりに必要な品」であったのだと思います。けれど、どんなにいいと思うものでも、相手の押しに負けて「イエス」と言わない方がいいと、高い授業料を払って学んだような気がします。

そんな私が、最近、普段なら絶対に無視をするチラシを受け取ってしまうという出来事に遭遇しました。その結果、延々とシルクスクリーンの絵画の説明を受けることになりました。「この中でどの絵がお好きですか」「私は誰にでも好まれる作品はあまり好きではないので……」「それならちょうどいい作品があります。こちらは分かりにくいと言われることもあり、多くの方には理解されにくいのですが、お客様のような方なら…」とある画家の作品を勧められました。

抽象的な作品の中の一部にはスコアが埋め込まれ、その部屋にあった作品の中では一番、好きなものでした。とはいえ、40万円も出して購入する気にはならず、「宝くじでも当たれば買いますが……」「生活にはそれほど、必要のないものですから」と何度かお断りしたのです。

しかし、「絵が生活にあるのは、心の豊かさですから」「この絵があったら、お部屋のどこに飾りたいですか?」等々、多くの決まり文句が繰り出しました。生憎、わが家の壁床の間の至るところに、「木下先生の趣味の骨董や絵画」が置かれ、新たに何かを置くスペースはありません。結局、「現状では不可能で、いつか機会があったら」とお断りして帰れそうになったのです。

しかし、たいへんだったのはその後でした。40万円の版画の次は5000円の額縁、3000円の写真集、1000円の眼鏡ふき、500円のポストカードと同じ作者の絵画によっていろいろな商品が用意されており、何か買わないと、店から出ることができないシステムのようでした。

30歳前後の若い女性は、私が2歳から教えた卒業生たちと同年代です。若くて未来がある若い人が「絵画商法」の一員として働くことが不憫でもあり、同時に、やりきれない気持ちになりながら、3000円のパンフレットを購入して帰ってきたのです。もしかすると、もう少し時間をかければポストカード程度の支払いで帰れたかもしれませんが、それ以上、自分の時間を無駄にすべきでないと思い、写真集を購入しました。

さて、「職業に貴賎はない」といわれますが、人の弱みや不幸に付け込んだり、本来の価値より高額で物を押しつけて売ったりなど、という仕事は、近しい人たちには絶対に関わってほしくない職業だと思うできごとでした。

普段、強そうにしている私が、絵画商法に足止めを食らい写真集を買われたと知った親しい友人に大ブーイングでしたが、私は経験から学ぶタイプです。このブログで、子どもたちに知らせる「ネタ」をいただいたと思えば高い買い物ではなかったようにも思います。何より、その作家の作品に心ひかれたのも事実なので、場所をとらないパンフレットなら、苦い思い出と共に、たまに開いてみるかもしれないと思っています。
by k-onkan | 2017-06-18 21:01 | 自分のこと | Comments(0)

父の誕生日に思うこと

私の父が、子供たちに「いい声」を求めるのは「歌上手」を育てる上で、絶対に避けられない課題だからです。しかし、それ以外にも理由があります。それは、声が「生きる活力」を表し、ときに、「自分を守る武器」にもなるからです。人は自信があるときは、大きな声でいきいきと高く話します。反対に、自信がなかったり心配ごとがあったりすると、声は小さく低くなるものです。

e0143522_2004112.jpg今でこそ、よく通る声で、人前で喋ったり、幼児のレッスンをする私ですが、幼少期は、声が小さな気弱な子どもだったのです。小学校の頃の私は、勉強は問題なくできましたが、先生の質問の回答がわかっていても、自分から手をあげて発言することはありませんでした。たまに、先生が当ててくださっても、私の声はどんどん小さくなるばかり……。そのため、成績表の備考欄はいつも「声が小さい」「自信がない」と記されていたものです。

「家では弟妹を相手に、大きな声で話したり、ケンカをするのになぜ、学校では声を出さないのか?」と父は憤慨したものでした。でも、三月生まれだった私は、同級生に比べて知らないことが多く、自分にまったく確信がもてませんでした。その不安な気持ちが私の小さな声や姿勢に表れていたはずです。

そんな私に、父はいつも一生懸命でした。「なわとびができない」と言われれば、朝から特訓が始まり、「内股」と言われれば、庭に手作りの平均台が作られました。当事、今より、何倍も若かった父は、今より何十倍も厳しかったものでした。いまだに、親戚から「小さい頃、パパがスパルタでかわいそうだった」と言われることもあるほどです。

けれど、私自身は、そこまでは不憫に感じたことはなかったのです。ーー毎朝、泣いて見せてはいましたが――なぜなら、父がいかに必死で、本気だったか、幼いながらも、感じ取ることができましたし、何より、できるようになった時の喜び方は、私を幸せな気持ちにしたものでした。

もし、子ども時代の自分が「ありのまま」を受け入れられ、何の努力もさせられる機会がなかったら、大人になった今も目立たないように暮らしていたかもしれません。そして、思うことは、子ども時代にこそ、全力を出していろいろなことをしておいた方がいいということ。

時に、辛かったり、悲しかったりしても、その後には、喜びや楽しさもあります。そして、できれば、子供時代に喜怒哀楽を共有するのは、一期一会の他人ではなく、家族であってほしいと思うのです。
by k-onkan | 2017-05-29 23:52 | 自分のこと | Comments(0)

水があるってありがたい!

数日前にマンションの貯水槽のポンプが壊れて水が止まるという事件がありました。ちょうど、その1週間前から耳に残る異音が気になりはじめ、自分はこんなに聴覚過敏だっただろうかと思っていましたが、その音は、日々、大きくなっていきました。そして、ある時、ピタッと異音がしなくなりました。

e0143522_16521638.jpg異音がやんで静寂を喜んだのもつかの間、今度は水が出なくなっていました。災害のために、水は用意してありましたが、それでも、出るのが当たり前の蛇口から、水が一滴も出ないのは、すごくストレスに感じてしまいました。

14時間後、工事が完了して、水も出るようになりました。その時は、「静かになったことも、水が蛇口から出ることにももっと感謝しよう」と思ったはずなのですが、日、一日と、それが当たり前になってきたのかもしれません。けれど、何事も「限りがあって、大事なもの」という意識をもって、もっと、丁寧に暮らそうと思う出来事だったのでした。
by k-onkan | 2017-05-24 22:50 | 自分のこと | Comments(0)

よいゴールデンウィークを!!

子供のころ、誕生日が来るたびに祖母から「この間、生まれたと思ったのにもうそんな年になったの?」と言われたものですが、甥たちが誕生日を迎えるたびに、私が同じ言葉を口にするようになってしまいました。

e0143522_15381649.jpg今日は甥Yの14回目の誕生日でした。「何かほしいものは?」と聞くと「まぁちゃんからの愛でいいよ」と遠慮のようなお世辞のような答えが返ってきましたが、きっと「何かを買ってもらう」より「自由になるお金」が必要な年頃になったのでしょう。そんなところにも子供の成長を感じます。

ゴールデンウィークは純子先生と秩父の山にお参りに出かけ、気分転換をはかることができました。どうぞ、みなさまもよい連休をお過ごしください。
by k-onkan | 2017-05-01 23:25 | 自分のこと | Comments(0)

若い頃は本当に愚かだった・・・

甥の勉強を見るようになって、私は自分が中学、高校だったころのことをよく思い出すようになりました。恥ずかしながら私は「勉強好き」な子どもではありませんでした。でも、教え方が上手な先生に習うと何事もスムースに理解でき、それなりに恥ずかしくない成績を残すことができました。

e0143522_15392087.jpgただ、何かを学ぶ際には、なにがどう結びついてその結果、どうなるかが気になり、なんでもかんでも暗記して進めるタイプではなく、自分が大手の塾に向かないことにはすぐに気が付きました。みんなで一斉に理解して、同じことを「覚え学んでいくというペースに乗れないのです。

面倒くさいことですが、私に楽しく学ばせるためには、将来、どんな風に役に立つか、納得する説明が必要だったのです。当然、好きな教科と嫌いな教科の成績は格差がありました。また、先生の教え方が悪かったり人間性に疑問を感じはじめると、たとえ得意科目でもボイコットをしたり、相当、「いやな子ども」だったとの自覚があります。

受験英語を嫌った私はほとんど英語を話せないまま、アメリカに渡り大学付属の英語学校に通うことになりました。アメリカで暮らして分かったのは、すべての基本は言語にあるということでした。どんな隠れた能力を持っていても、その国の言葉が話せないだけで、下にみられるのです。5歳程度の英会話力だと当然、話しかけられる内容も5歳児とかわりません。語彙がないのですから。

私はそれが悔しくて「だれとでも英語で喧嘩ができるようになりたい」「政治でも、哲学でも自分が日本語で考えられることのすべてを論じられるようになりたい」と思ったものでした。私は珍しく時間を惜しんで勉強しました。新しい単語をたくさん覚え、書いて、読めるようになると、その単語が耳から入ってくるようになりました。でも、それが当たり前ではなかったのです。私よりもっと熱心に勉強していた大人の学生たちが「リスニングがとにかく難しく点数がとれない」と悩むのを目の当たりにして、私ははじめて、幼児期の聴覚訓練を与えられていたことに感謝したのです。

私に比べ、甥は素直に「やりなさい」ということを受け入れる子どもです。食卓でも「国語の形容詞も難しいんだ。英語だけでなくて、そっちも覚えなくちゃ…」と嘆いたかと思うと「お母さんも分かるか見ていて? 難しいでしょ?」と問題を出し始めたりと、勉強することを当たり前のこととして育っています。でも、その分、自分で「勉強の面白み」を感じたり、発見ができているか、というと、そこまでは到達していないのかもしれません。

そんな甥のはじめてのつまづきが英語であり、学年末試験は音楽祭の翌日でした。中学生の私なら、試験の日程を聞いた途端に家業の手伝いを大義名分に諦め、音楽祭だけ楽しく取り組んだことでしょう。反して甥は「指揮はちゃんとできるかな。心配だから今日、お風呂で一人で練習しちゃった。試験がうまくいっても、音楽祭の指揮がダメだったら困るなぁ。心配だ」と悩んでいます。

そんなストレスフルな一週間を過ごす甥の負担を少し肩代わりするために、短期集中”伯母塾”をしたのでした。願わくば、次回からは学校の授業と基礎英語だけで恥ずかしくない点数をとれるようになるか、友達に「壊滅的」と言われる前に、自分で「わからないから教えて」とSOSを出せる人になってほしいと思うのです。
by k-onkan | 2017-02-16 23:21 | 自分のこと | Comments(0)

にがい思い出・・・

楽院の生徒が、小学校の音楽会の伴奏を引き受けたことから、私たちも子ども時代に合唱コンクールの伴奏を引き受けたときの思い出がよみがえりました。e0143522_18525069.jpg
妹は中学3年のとき、先生の指名で課題曲の伴奏を弾いたそうです。当時、中3の受験時期でピアノを弾ける人は数えるほどしかおらず、妹が最初は他のクラスの伴奏も担当していたそうです。その後、伴奏者が弾けるようになって、交替するという方法を取ったといいます。

その中で最後まで練習では妹が伴奏を弾いていたクラスがあり、当日、「弾けるのかな。大丈夫かな?」と思ったようですが、自分から「大丈夫?代わろうか?」という押しの強いタイプではない妹は、誰からも「弾いて」と言われなかったので、そのまま、新宿文化センター大ホールで合唱コンクールは始まりました。

そのクラスの番のことでした。課題曲は伴奏の難しいところでつまずき、そのまま、伴奏は止まってしまったそうです。でも、歌は練習通り、無伴奏のまま、最後まで歌いきったのだそうです。当然、終わってから伴奏者は大泣きです。その帰り道、通りすがりの先生から「本番もキノシタが弾けばよかったのになぁ……」と言われ、妹にはなんとも言えない思い出になったそうです。

実は、私も高校1年生の時に似た体験がありました。高校最初の合唱コンクールの際に、クラスで「ピアノを習っている人」と問われ、私ともう一人が手をあげました。高校生の頃の私は、簡単な童謡の伴奏などは、楽院で手伝いでしていたので、学校の合唱コンクールの伴奏も、特別に難しいものではありませんでした。しかし、もう一人の伴奏者は「練習中」ということで、毎回、私が代行していたのです。

コンクールが近づいた頃です。いつまでも代行しているのは正しくないと感じて、「本番に弾く人が演奏した方がいいから」と交替しました。しかし、歌とピアノが合わないのです。女子校というところは、影響力を持つ女の子が「歌いにくいから、木下さんが弾いた方がいい」と発言すると、一気にまわりが同調して結局、私が二曲担当しました。伴奏を降りた生徒は合唱コンクールの後から、少しずつ不登校になり、その年のうちに高校を退学してしまったのです。この話は、今も思い出すと、なんとも嫌な気持ちが蘇ってきます。

私たちが、楽院の生徒には安易に伴奏を引き受けないでほしいと考えるのは、学生時代の「ほろ苦い思い出」が起因しているようです。学校という小さな社会で本番に大失敗をしたら、そのショックは計り知れないものがあります。また、大きな失敗はしなくても、クラスメートの信頼を失うのも、子どもには大問題でしょう。そんな問題に遭遇しないためにも、「ピアノを習っている」と言うなら、それに恥ずかしくない練習はしておいて欲しいと思うのです。
by k-onkan | 2017-02-09 18:52 | 自分のこと | Comments(0)

うがいは声を出そう!!

1週間前の休日、調子が悪く一日、寝込んでしまいました。薬を飲んで回復したのですが、翌日のレッスンではすっかり声が出なくなっていました。木下式を数年受けた子どもであれば、特別に大きな声を出さなくても、自分で取り組み、普段通りの声を出してくれるのですが、1年目の年少児の中で、特に男児はいつもと違う私の声にり落ち着きをなくしてしまい、申し訳ない気持ちになりました。

e0143522_17574895.jpg私はこれまで、どんな風邪をひいても、扁桃腺が腫れても、声が出なくなったことがなく、喉が強いのが唯一の自慢でした。それが「音感かるたの説明」も声が通らず、模範唱も裏声しか出ず、「何かがおかしい」と思いましたが、週の途中に出張の予定があったため、歌唱指導はすっかり高齢の木下先生一人にお任せしてしまいました。

やっと耳鼻科で見ていただいたのは声が出なくなってから5日が経過したときでした。内視鏡で声帯にかさぶたができていることが分かり、それが高い声が出なくなった原因のようでした。「なぜ、声帯にかさぶた?」と思いましたが、ウイルス性の風邪によって急性咽頭炎になったからとのことでした。

これまで、子どもたちに「うがい、うがい」と言ってきましたが、うがいをする時は「最初はゆすぎ、その後、ガラガラと言いながら、最後は声を出す」と3回するのが大事なようです。うがいをしながら、声を出すと声帯の付近も殺菌されるようです。喉に自信があると思っていた私でも、いろいろな病気をいただく時期です。音楽祭の目前に、風邪やインフルエンザにかからないためにも、手洗いとうがいは、本当にまじめにやった方がよいと身を持って体験してしまいました。いろいろとご心配、ご迷惑をかけた皆様に深くお詫びします。
by k-onkan | 2017-01-27 23:53 | 自分のこと | Comments(0)

みなさん、ありがとう!

大阪出張の前日、楽院のある新宿区上落合付近では近隣の火事の影響で2800戸が停電するという出来事がありました。それはちょうど、恒例の保育園指導から楽院に戻ったころのことでした。楽院には非常灯の下で年少児たちが音の聴き分けをしながら復旧を待つ姿がありました。しかし、いっこうに電気は通じず、非常灯もあと30分で切れると言われ、レッスンは早めに切り上げ、生徒をお返ししたのです。私たちスタッフも電話をはじめ、エアコン、パソコンも使えないため、早めに帰宅したのですが、それが、あとでたいへんなことになるとは思いもよりませんでした。

e0143522_19302125.jpg翌日、新幹線で名古屋を過ぎたころでしょうか。私はハッと「CDを持ってこなかった」と気付きました。CDとは音楽祭の本番でオーケストラが、どんな音色でどんな風に演奏するかの音源が記録されたもので、音楽祭の事前に、幼児たちにオーケストラの音色に慣れさせるためにとても重要です。数日前まで「指導に持っていくもの」として職員室の私の机に用意してありましたが、停電の暗闇の中で、手巻きランタンで灯りをとっていたため、すっかりCDの存在は抜け落ちてしまいました。

新幹線の中から慌てて楽院に電話して、CD製作を担当した音響の会社から、音源がメールで送れないかを問い合わせてもらいました。急なことで、大勢の方にご迷惑や無理をお願いしながら、なんとか私たちが幼稚園にいる間に、音源は届き、現場の若い先生がCDにしてくださいました。忘れてきたものが、再生できたことに私も木下先生もホッとすると同時に、「なんと便利な時代になったのだ」と驚きました。

大勢の人に私のミスを救っていただきましたが、こういう時に、誠実にしっかりと対応してくださるかどうかが、分かるものです。残念ながら、一般には困った時にお願いをしても「時間がないから無理です」「それは契約には入っていない」とむげに断られることもあるでしょう。

私は、自分が不完全でいつミスをするか分からないという思いがあるので、できるだけ、万が一の時は、自分にできることは手を差し伸べ、最善を尽くしておきたいと思っています。それが自分が困った時に助けてくださった方に、いつかまわりまわってお返しできるかもしれないと思うからです。

社会にはいろいろな仕事があります。自分で起業をする人もいれば、サラリーマンとして誠実に勤め上げる人もいるでしょう。そのどちらであっても、私が願うのは、「仕事」は人間の思いやりの上に成り立つものであってほしいということなのです。
by k-onkan | 2017-01-19 23:29 | 自分のこと | Comments(0)

あけましておめでとうございます

謹んで新春のお慶びを申し上げます
輝かしい新年を迎え
皆様のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます


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昨年は孫弟子をはじめ、012歳のお子さんたちが多く通ってくださるようになりました。
この時期のお子さんたちを教えれば、教えるほど、人間の基本は、乳幼児期が土台になると感じます。
今年も、大勢のお子さんたちから、学ぶことを楽しみにしています。
どうぞよろしくお願いします。
by k-onkan | 2017-01-01 00:00 | 自分のこと | Comments(0)