麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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努力に勝るものはない!

e0143522_23114927.jpgどこかの民族は、生まれてすぐの赤ん坊をお母さんのおなかに乗せ、おっぱいまで自分で這わせると聞いたことがあります。これは、人間の「動物的な本能」を刺激して生きる力を引き出しているのだとか…。文明の発達した日本で、こんなことをしたら「乳児虐待」だと言われてしまうかもしれませんが、それでも、病院の無菌室のような状態で静かに「寝かせっぱなし」のまま乳児期を過ごすのはお勧めできません。生まれてすぐから、五官に刺激が与えることで、赤ちゃんの成長は促されていくものです。

「寝かせっぱなし」と言えば木下先生の著書にも登場するFくんです。私が子供の頃、彼の二人のお姉さんが楽院に通っていました。ある時、何かのきっかけで、うちの妹と同い年のFくんが家で留守番していることが分かりました。当時、我が家では、妹が活発に動く頃(1歳後期~2歳)になっていたので、子どもが一人で留守番していることに木下先生がショックを受け、事情を聞き出しました。そして、Fくんには一人で寝かされる理由があったことが分かりました。彼は生まれつき脳に障害があり、動かず泣かない子供だったのだそうです。びっくりした木下先生が、脳障害の権威であるグレン・ドーマン博士の書物を薦め、お母さんが直接アメリカへ出向き博士から教えを受け、自ら訓練プログラムを行うようになったのです。その訓練は、一日12時間もかかり、お母さんは寝る間を惜しんで毎日、訓練したそうです。その全てが、体の機能を動かすことによって、脳の働きを活性化していったのだと思います。

Fくんが3歳になって歩けるようになった時、木下先生が特別に個人レッスンを行なうことにしました。子供だった私の記憶に残るほど、毎日、Fくんは楽院に通ってきていました。ドーマン方式によって体の機能を回復させたといっても、Fくんが「音感の授業を受けさせること」はたいへんなことだったと思います。障害児特有の声の小ささ、低さ、遅鈍さ、そして、声を出そうとすると連動して体が動いてしまう。これらは一般の子を音感教育を受けさせるよりはるかに、困難があったと思います。そんなFくんに、繰り返し、繰り返し、生得性を呼び覚ます「木下式」を受けさせたことは結果的に大きな成果をもたらしました。視覚、聴覚を使い自らの声をコントロールする木下式の訓練によって、Fくんは、就学前検査で何の問題もなく『健常児』として小学校の入学を認められたのです。

昨年、音楽会に顔を見せてくれたFくんは立派な好青年に成長していました。IT関連の仕事をしていて、自分が生まれた時に背負っていたハンデについては何も知らなかったと、さわやかな笑顔で話してくれました。人任せにせずに自分で身を粉にして努力すること!そして、あきらめないこと! これが我が子の未来を拓く親の愛なのだろうと思います。
by k-onkan | 2008-05-31 23:07 | 幼児 | Comments(0)

上手に本を読もう!

無軌道な少年犯罪や一見、普通の勤め人の猟奇的犯罪・・・。「日本は安全と水がタダ・・・」などというのは遠い過去の夢のようです。こういう話の度にテレビやビデオ、ゲームなどのメディアに対する厳しい意見が聞こえてきます。私はその度に20年前、初めてアメリカに暮らした時のことを思い出します。ちょうど、今の日本のように少年犯罪がある度、「テレビゲームの影響」を問題にされていました。まともに育った大人は、「テレビを見たからといって、そこまで悪影響はないのでは?」と軽く考えてしまいますが、口がきけるか、きけないかの小さい頃から、一日中、ずっとテレビ画面、ビデオ画面、ゲームだけ見つめて、他になんの刺激もなく暮らしたとしたら、やはり、言葉の発達や、健全な人間形成に支障があるように思います。

e0143522_2120792.jpg「ビデオ」だって、悪いものばかりではありません。本と同じように良い内容のものもありますね。けれど同じ内容を本で読むのとビデオで見るのは、全く異なるように思います。自分で情景を想像して、幸せな気持ちになったり、悲しくなったりするのと、映像でその情景を見て、声優さんの悲しそうな声と寂しい音楽では、前者の方が想像力をかきたてられると思うのです。音楽にも想像力が欠かせません。ただ、音を一つずつ機械的に捉えることと、音楽を言葉が流れるかの如く捉えることはまったく違うことです。

音楽と言葉は密接なつながりがあります。言葉が流暢で具現化能力が良いということは、歌を歌う上で欠かせないことです。言葉を良く話せるようにするためには、幼稚園の頃は本を読んであげたり、たくさん話しかけてあげることは大事なことです。決してテレビやビデオ任せにしてはいけません。

せっかく、我が子に本を読むのですから、ただスラスラと読み進めるだけではなく、子供が何を考えているのか、どんな表情で聞いているのか、よく様子を観察して読みましょう。大人は熱中しすぎると、どんどん先に進んでしまいますが、我が子に理解して欲しい、伝えてあげようという心を持って読むことが大事です。そして、子供が「飽きているなぁ…」と思ったら、無理をせずに、ぱっと辞めることも大事です。せっかく時間があるのだからといって、子供が嫌がっていたり、集中していないのに、何冊も読むと子供が本を嫌いになってしまいます。「もう少し読んで欲しいなぁ」というところで辞めるのがちょうど良いのです。

音感かるたの説明ではありませんが、同じ本を何度も何度も繰り返して読むことが大事です。子供に心にとめて欲しい言葉を強調したり、時に速めたり緩めたりするという抑揚が大事です。また、子供に正しい日本語を教えるためには、母音をはっきりと、テレビのアナウンサーではありませんが、語尾まではっきりと読みましょう。口を開けないで話すと言葉が不鮮明になりやすいものです。そして、読む時の声は、自分が話しやすい声より少し高めに話してあげます。子供が字を読めるようになれば自分で読めるようになります。それまで、同じ本を繰り返し、読んであげてください。子供は記憶力が良いものですが、忘れるのも早いものです。3歳から6歳までの間は反復訓練がとても大事なことなのです。
by k-onkan | 2008-05-30 21:20 | のぞみクラス | Comments(0)

男らしく!女らしく!

男の子、女の子、どちらが可愛いと思いますか? こんなことを言うと、「男女差別だ」「子供はどちらも可愛いもの!」と叱られてしまうかもしれません。でも、平素、教えていて圧倒的に可愛いのは男の子です。脳の分化が女の子より遅い分、いつまでも幼く手がかかるのですが、そこに男の子特有の可愛さがあるのです。自分の可愛さを知っていて上手に女性(お母さんや先生)にアピールする術も知っているのも男の子です。皆さんに怖がられている私だって、小さな男の子が「麻奈先生だぁいすき!」と両手を広げて抱きついてきたら、メロメロになるかもしれません。最初に師弟関係になれば怖がって簡単には近づいてきませんが・・・。

e0143522_1725732.jpg物を教えて楽なのは女の子です。男の子と違って器用でいろいろなことに気がつき理解力も富み上達が早いものです。意識の芽生えが早いので、「褒められたい」「認められたい」と貪欲なまでに向上心があり努力もします。そのためでしょうか。早くから大人顔負けの口をききます。それは成長の証なのですが、女性には対等の口をきき、男性には上手に甘える姿は、3歳であっても「女性!」で驚かされることもあります。

「男は強く、女は優しく」などというと時代錯誤といわれるかもしれませんが、子供とつきあっていると、男の子より女の子が強いことが分かります。昔の人が、そう言い聞かせ育てたのには、理由があるのだと実感します。私の祖母は父を育てる時に「男の子は強い」「だから泣いてはいけない」「泣いてよいのは親が死んだ時だけ」と育てたそうです。これもまた「すりこみ」ですが、言い続けることが大事なのだと思います。

大人になれば、男性は女性より強くなりますが、それは肉体的なことです。精神面は女の子の方がよほど強く、子供の頃から言い聞かせておかないと、体力と精神の両面で強い男にはなれないのだと思います。小さい頃の男児特有の優しさや気弱さによって、息子にメロメロにされるお母さん、第二反抗期で手痛いしっぺ返しを受けることがあります。どんな子でも、必ず「男」になる時期が来ます。「かわいいぼくちゃん」ではいられなくなります。息子が「男になろうとする時」のつきあい方も考えておかなければいけません。

お母さんは女の子に対してだと、「3歳なら、これくらいのことができて当たり前」「私が5歳の時にはこれができた」と自分を基準に「これができる」「あれも・・・」と冷静に判断し、どんどん挑戦させることができます。だからといって「女の子らしい可愛さ」を失わせてしまうのはかわいそうです。「女は強い」「可愛げがない」「気が強くて」などと言っていると、思春期に向けてどんどんきつくなっていくものです。「女の子はやさしい」「女の子はかわいい」と言って聞かせておくことは大切なことだと思います。母娘の関係は悪いより良いに越したことはありません。それに、大きくなった時に、お母さんが頼りにできるのは、可愛がった息子より、自分に共感してくれる娘だったりするものです。

男女の性差はあっても、それぞれに良さがあり、どちらにしても自立心ある人間に育てたいと思います。しかし、最近は、男性より女性の活躍が目立ちます。これも、一つは、男の子の良さを充分に引き出せないからではないかと思ったりもします。本来、一つのことに長けているのは男性で、想像力も創造力も女性には、かなわないものがあると思います。ですが、それを引き出すか否かも教育次第です。男の子を「男らしく」、女の子を「女らしく」。時代に関係なく、大切なことだと思います。
by k-onkan | 2008-05-29 17:25 | 教育 | Comments(0)

「おしつけ」だっていいじゃない!?

小さい頃に、親に「言いきかされた言葉」はとても大切です。最初は、「すり込み」で親の「押し付け」であっても、いつしかそれが、その子自身の「判断能力」「信じるもの」「価値観」となっていくからです。女の子なら、親の姿勢や働く背中を見て、自然に気が付いて吸収してくれることもありますが、男の子だったり、兄弟姉妹の中の一人だと、意識しないうちに大きくなってしまうこともあります。小さい内に親の「生きる道」「信じること」は意図的に言葉にして伝えておくことは必要です。

e0143522_19562592.jpg楽院には、毎日、学校帰りに1年生のK君がきます。お母さんが仕事から帰るまで、ピアノの練習をして待っています。私は、彼にいつも言い聞かせていることがあります。それは「誰のため」にピアノを練習しているのか? ということです。毎日、顔を見るたびに、「Kくんは誰のために、ピアノの練習をするの?」「・・・」「ご飯は誰のために食べるの?」「おかぁさん・・・」「え??? Kくんがご飯食べると、お母さんのお腹がいっぱいになるの?」「ううん。自分」「じゃぁ、ピアノの練習は?」「自分・・・」「そうだね」。1週間ほどすると、「誰のために練習しているの?」「自分」と間髪をいれずに答えます。これは一種の「誘導」ですが、子供の頃に「そういうものだ」と思わせることができれば、「勉強は自分のためにする」ということがKくんの価値観になるはずです。

私たちが小さい頃、毎週日曜日になると父から諺を交えた説教をされていました。「朱に交われば赤くなる」「親の話となすびの花は・・」「三本の矢の話」等々。いくつか、良く聞く話があったのですが、ある時、同じお説教を父方の祖父がしているのを聞き、「あ、ご先祖様だ!」「なぁんだ!パパもお祖父ちゃまからされていたお説教なのね」と思ったものです。当時は、深く考えたりはしなかったのですが、年を経て、自分が子供のころに言われたことが、自分自身を作る基礎になっていると強く感じます。私たちには必ず、反抗期があり、親から離れ自立するため、親を否定し自分を肯定しようとするものです。それが超えると、やはり、似たような価値観の中で戻っていきます。父に反発した弟が、自分の子に同じ説教をしているのを目撃すると不思議な気がします。

「うちは何もしなかったから、もう手遅れ・・・」。そんなことはありません。伝えることが何もない親なんていません。これまで伝えなかったのなら、今が、子供と一緒に「自分の人生」を見つめる機会なのかもしれません。人生で大切なものは何か、自分を見つめ、それを子供に伝えることが、私たちが子育てをする最大の理由だろうと思います。
by k-onkan | 2008-05-28 19:56 | 教育 | Comments(0)

子育てセミナー開催のお知らせ

第1回 子育てセミナーは「幼児教育の重要性とお母さんの役割」
 6月19日(木)午前11時~ 開催いたします。
対象者:乳児~年中児までのお子さんを持つ保護者
楽院に通われていない方のお母様も、参加できます。
参加費は無料です。事前にお電話、メールなどにてお申込ください。

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by k-onkan | 2008-05-28 16:42 | 楽院だより | Comments(0)

大人だって素直が一番!

木下式の発声を通して、人の性格や人生が分ります!!こんなことを言うと、エセ占い師みたいですが、本当に分かるんですよ。楽院の生徒ではなく、一般の大人もです。今回、岐阜でたくさんの幼稚園の先生に会って、「知らない人」のことも、指導すれば分かるものだなぁ!と実感して帰ってきました。

e0143522_22272388.jpg木下式は心と心の触れ合い、ぶつかり合いです。先生は生徒に「正しい声」を出させたいので、その思いを伝えます。生徒はそれに従うのですが、その時の模倣の仕方、理解の仕方によって、その人の性格が見えるのです。「正しい声とはどのような声か」が相手に分かるように、さまざまな手法を使って手本を示します。これを模範唱と言います。模範唱を聴いて、すぐに同じように真似ができれば、素直な人で音楽環境も悪くなかった人です。きっと実社会で新しいことに出合っても、自分が納得できれば取り入れる柔軟なところがある人だと思います。

模範唱を聴かずにがむしゃらに歌おうとする人。こういう人は、他人が少し信じられないのかもしれません。「模範唱」を聴いて素直に声を出すより、「自分の方法」を模索してしまい、せっかくの模範唱を受け入れないのです。先人の教えや他人の方法も「良いもの」ならば、受け入れた方がもっと楽な生き方ができるかもしれませんね。先生の存在を無視して、自分で一人で「やろう、やろう」と声を出す人もいます。先生に「自分」をゆだねられないのでしょう。ニコニコして優しい顔をしているのに、「本当は人を信じられない、かわいそうな人なのかしら??」と感じます。

何度、「違いますよ」と注意をしても、自分が「これだ」と思うと、それを変えられない人もいます。「違う」といわれても、自分で受け入れられないのは実生活でも頑固だと言われませんか?女性に多いのですが、形やニュアンスだけを真似して、何かが違っている人もいます。表面的なことを重視し、大切なことが抜けおちたりしていませんか。おっちょこちょいだったり、小さな怪我が多くありませんか?

一度注意されれば、二度と同じ間違いをしない人は、社会で「失敗して叱られた経験がある努力家」でしょう。反対に、何度も同じことを注意される人は、「失敗しても許される環境で育ったお嬢様」かもしれません。社会に出ると、「まぁ、この程度でいいよ・・・」と妥協することも身についてしまいます。そういうことも発声ににじみ出ることもあります。

先生は生徒に「いかに知らせよう」と心をくだき、生徒は、いかにその心を「汲み取って」声を出すかなのです。個人的には、子供を指導する方が簡単です。子供は、涙を流したりしても、それは心をさらけ出した証です。その分、どんどん上手になります。しかし、大人は長年生きてきた「その人の人生」があり、それを否定するわけにはいきません。また、子供と比べ、「格好よいところ」を見せたがる傾向があるのですが、格好をつけると物を習うことはできないからです。最初から格好よくできるのなら、「習う必要」ないですものね?
自分の悪いところを認め、何事も素直に受け止めることができれば、大人だって、木下式の発声や指導法を身に付けることができるのです。そして、それは、きっと、いろいろなところに影響があると思います。
by k-onkan | 2008-05-27 22:27 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

岐阜で仕入れた「ちょっといい話」

昨日の日曜日は、岐阜県にある木下式の実施園「かぐや第一・第三幼稚園」で一日講習がありました。そのため、土曜日の合唱練習が終わって新幹線で岐阜まで向かいました。ホテルに到着したのが9時半ごろ。いつもなら、ブログを書くのですが、荷物になるため、パソコンは持参せずブログは出掛ける前にアップしました。何があっても、一日1つアップすることを自分に課しています。

ホテルの夜はすることがなくてとても手持ち無沙汰になってしまいました。持参した本も新幹線の中で読んでしまいましたし、テレビも今ひとつ興味の持てるものはありません。こんなことなら、パソコンを持ってきて、岐阜でブログアップすればよかったなぁと後悔しました。私も「インターネット中毒」なのでしょうか??? ネットもパソコンも便利ですが、やはり、人間らしさを失わない程度にしなければ・・・と思います。そろそろ、お習字の練習をしなければ!!今の私は、ピアノを練習していないのにレッスン日が近づいている・・・。そんな気持ちです。

e0143522_6352747.jpgさて、かぐや第一幼稚園の篠田薫園長先生より、とてもよいお話をうかがったので、ここで紹介しましょう。長く勤めたM教諭が、今年3月、結婚のため幼稚園を退職されました。挙式披露宴は6月末なのだそうですが、卒園児の有志30名が「是非、M先生のために歌いたい」と薫先生に相談に見えたといいます。先生は、「ホテルでピアノを借りたりすると、お金がかかり、M先生への好意が経済的な負担になってはいけない。披露宴はM先生一人だけのものではない。いろいろな事情も考慮して、迷惑をかけずにできるなら・・・」。そして、「歌を歌ったからといって我が物顔で先生と「写真を撮りたい」などの無理を言って、新郎新婦や、お客様に迷惑をかけてはいけない。写真を撮りたければ式が終わるまで外で待ちなさい」ともお話になったそうです。

結局、ホテルのピアノは使わず、小学校で音楽の先生をするお母さんが録音したものを使うことになったそうです。また、下手な演奏をしてM先生に恥をかかせてはいけないので、公民館を借りて、休日に何度か集まって練習するとのことでした。この話を聞いて「いい話だなぁ。自分が育てた子供たちが30名も、結婚式という晴れの日に、自主的に来てくれる。その上、お客様に歌唱を披露する。さぞかし嬉しいだろう」と思います。自分の身内をはじめ、これから、親戚になる方々にも誇らしいことです。「皆さん、これがこれまでの幼稚園教諭として成し遂げた成果です」と胸をはることができる。そう想像しただけで涙がこぼれそうになりました。M先生も他の教諭と同様、最初から木下式を難なく指導できたわけではありません。けれど、自分が努力して、子供たちに真剣に向き合ったからこそ、こんな素敵なプレゼントをいただけるのだと思います。当日、涙で、せっかくのお化粧がくずれませんように・・・。そして、子供たち、せっかく人前に立つのですから、どうぞ、木下式で培った良い歌声を披露してくださいね。
by k-onkan | 2008-05-26 20:46 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

音楽は怖いもの・・・

ある音楽番組で、3人の異なるジャンルのピアニストが一緒に演奏するという試みについて放送されていました。その中で、3人のミュージシャンが「言葉を交わさなくても、お互いの演奏から、これまでの音楽経験や好み、どんな音が好きでどんな音が嫌いかという全てが分かる。音楽があれば、言葉はさほど必要なくお互いが理解できる」というようなことを言っていました。これを聞いて、「その通りだなぁ」と思います。

e0143522_2111103.jpg子供が奏でる「音」によって、どんなに内緒にしたとしても、いろいろなことが分かります。例えば、「他の先生にも習っている・・・」とか、「練習だけ誰かに頼んで見てもらっている」など、実は瞬時に分かります。「音」は全てを教えてくれます。そうそう、両親が最近、仲が悪いとか、家庭のトラブルも子供の声で分かります。情緒不安定に声を出しますから。それほど、音楽は繊細なもので、微妙なことで影響があるものです。だからこそ、真摯に向き合わなくては、と思います。でも、音楽に対して素人だと「言わなければ分からないだろう」と甘く見てしまいます。それは、本当に恐ろしいことなのです。

私たちは、平素、音感のレッスンで、子供たちと真剣勝負で向き合っています。そのため、子供の裏の性格まで知り尽くすことになります。だからこそ、長所以上に「短所の存在」にも一早く気づきます。もしかすると、親御さんの知らないことも分かるかもしれません。こう書くと「たった週に一度のレッスンで何が分かるの?」と思われるのですが、実際よく「幼稚園や小学校で毎日見てもらっている担任より、週1回しか習っていない楽院の先生が自分たちのことを良く理解している・・・」。当たり前のことです。お互いに声を出し合う中で、言葉を交わさずに感じる「空気」を共有しているのですから。

私のブログには、たくさんの子供たちが登場します。ブログに登場した子の家族の方には、必ず、「美化しましたね」と言われます。確かに、その時、「伝えたいこと」だけを抜き出すため、いろいろな側面を知るご家族から見ればそう思われるかもしれません。でも、長所は短所になりうるのです。「行儀が良い優等生」は、「活発で静か過ぎる」。「人を思いやる子」は「自己主張がない」。「細やかなことに気がつく」のは「神経質で面倒くさい」。「じっくり取り組むタイプ」は「融通が利かない」。「世話好き」は「おせっかい」。同じ人を表現するにも両極端から表現できます。ブログに登場する「良いお手本」と「悪いお手本」が同一人物かも!と心にとめて読んでいただけたらと思います。
by k-onkan | 2008-05-26 00:00 | 音楽 | Comments(0)

大人のレッスン、始めました!

子供の頃に、10年間、ピアノを習ったお母さんが、ピアノを購入するに当たり、「自分もピアノを習いたい。習うなら信頼できる楽院で!!」というリクエストをいただきました。仕事をお持ちなので、月1回のレッスンなのですが、「大人のレッスン」を始めました。バイエルが終わるまでは、まゆみ先生バイエルが修了したら、ピアノ専門の前田先生にお願いしようと考えています。初めてのレッスンの感想をいただきましたので、皆さんにもお知らせしましょう。(希望がある方は、直接、お尋ねください!)

e0143522_1332629.jpg「久しぶりにピアノを弾いて『ピアノって楽しいものだったんだ』と感動しました。『次から次と新しい曲に追い立てられては、ピアノを楽しいと感じられなくなる』とまゆみ先生もおっしゃっていました。『進み方が遅くても、これまで練習してきたことは確実に弾けるという自信があれば楽しくなるのでは』ということですので、子供達にも毎日少しずつでも練習させたいと思います。歌いながら弾いたことはなかったのですが、あれは良い練習方法だと思います。特に子供は良い声で発声しながら弾くので、ピアノの練習と音感の練習で一石二鳥ですね。今日は息子が、『ママ、ピアノ何練習したの、弾いて、弾いて』と頼むので練習を始めたところ、私の方が夢中になってしまい、脇で子供が弾きたそうにしていたので、『ごめん、ごめん』と交代しました。他人が弾いてると、子供は自分もやりたくなるものですよね。また、伴奏をつけていただくと、急に自分が上手になったように感じますね。ぜひ私も伴奏をしてやれる程度になりたいと思います」。(年中男児の母上Kさん)

お母さんが子供と一緒に勉強するのは、とても大事なことです。今年2月の音楽祭は、第30回を記念して、フィナーレには、全国から集まった園児と保護者が参加する親子合唱「威風堂々(エルガー作曲)」を演奏しました。舞台上には、500名近い園児と保護者、オーケストラが並び、盛大に幕を閉じました。この舞台に参加された方もおられるかもしれませんね。けれど、これを企画した当初は各園から「出演希望者が集まらない」「どうやって練習したら良いのか…」と悲鳴が聞こえてきました。ですが、お母さんの参加を一番喜んだのは子供たちです。ところが、「お母さんの声を聞いてびっくり!」中には、コーラスグループに所属する方もいましたが、ほとんど聞こえないのです。園児といっても、木下式を勉強した子はお腹の底から通る声を出します。何の訓練も受けていないお母さんたちに太刀打ちできる相手ではありません。そんな時、木下先生は、お母さんたちの前に子供を立たせ向かい合わせで歌わせます。子供たちはとても誇らしげに「ぼくたちの声を聞いて上手になって」と一生懸命、声を出します。子供たちの意欲にあふれる姿に触発され、お母さんたちも真剣にならざるを得ません。共に努力する喜びを分かち合う瞬間です。親と子が共に努力することには喜びがあります。

親子共に受けるピアノレッスンも、これに通じ、子供が小さい内ならば、喜んで練習をする一因にもなります。そして、「たまになら」子供に自分のピアノを聞かせるのも良いことです。「ママも頑張っている」と思い、自分も頑張りますから。自分が弾けるようになれば、子供のピアノで間違っているところがあれば、「あ、間違ったでしょ?」。子供が手抜きしたら、「あ、集中していないわね?」と分かります。子供は親をあなどれなくなります。でも、ピアノが弾けるからといって、いつもお手本を見せていると、自分から「楽譜を読むこと」を面倒くさいと思い、音感教育で培った「良い耳」を利用して、練習をせずに通りぬけることを覚えさせてしまいます。これをやってしまった方のお子さんは、高学年になって、親御さんを追い抜いてから、手も足も出なくなります。

お母さんが勉強しているからと言っても、やはり、専門家ではありませんので、子供に教えようとしてはいけません。「レッスンで先生に習う」のではなくて「家でママに聞くからいいよ」と、レッスンの場で瞬間的に対応することが苦手になる恐れがあるからです。また、直接先生に叱られるのが一番効果的です。叱られたくない人は、練習するものです。決して「子供が叱られないように親が仕込もう」と思ってはいけません。こういう点もご自分が一緒にレッスンを受けるとよく理解できると思います。一緒に頑張り、遠くから見守り、毎日「やったの?」と声をかけてあげることが大事です。

小さい内には、「歯を磨く。ご飯を食べる。遊ぶ。お風呂に入る・・・」など日常生活の中にピアノ練習を15分組み入れてしまうと、習慣になります。大事なことは、課題が簡単な時に大人が「ズルいこと」を教えないことです。「簡単だからやらなくても大丈夫」とか、「指の番号で音符を覚えると楽よ」など、大人が変な知恵をつけてはいけません。

何事も力みすぎないことが長続きのコツです。例えば、幼稚園の行事や病気の日は、練習できなくても当たり前ですよね。それから、「先に進むことだけ」を目標にすると、子供は息切れがしてしまいます。1曲1曲を弾けるようになることを楽しみましょう。一番大切なこと――。「親のために練習している」と思わせないこと。これがとても大事です。ピアノの練習曲が合格すると、親御さんが喜び、合格しないと責めていると「ママを喜ばせるためにピアノをしている=自分はやりたくないのに」という構図ができあがってしまいます。「練習して、誰が上手になるのか?」という一番大切なことを親御さんがきちんと自分に理解させることが大事だと思います。

卒業生の話ですが、子供のピアノが始まった時に、お母さまが常に同じものが弾けるように夜、隠れて練習したという話もあります。結局、子供の方が、進度が速くお母さんは途中でついていけなくなったそうですが、大人も負けを認めて「頑張ってね」と言えることも大事なことです。そのお子さんは、今でもちゃんとレッスンに通ってきて難しい曲を弾こうと努力しています。前田先生には「不十分!」とお叱りを受けるかもしれませんが、学業や部活、趣味と併行してピアノレッスンに通ってきています。
by k-onkan | 2008-05-25 13:03 | 教育 | Comments(2)

ハイハイさせましたか?

「ハイハイさせないで、いきなり立たせる練習をさせる」。これを聞いてどう思われますか? 「一生、ハイハイするわけじゃないのだから、歩ければ問題はない?」「人より早く歩けるようになったら、嬉しい」。そうでしょうか。正解は、「物事には順序があり、ハイハイさせる時期はとても大切!」なのです。ハイハイせずに立って歩いた子は、後に歩行訓練をさせた時に、動きがぎこちなかったり、右手右足が一緒に出たり、不自然な動きをしてしまいます。乳幼児の頃に充分な運動をさせてもらっていなかった証です。楽院では歩けるようになっていても、ハイハイに戻って、訓練しなおします。

e0143522_23105886.jpg「運動」というと、たいそうな種目を想像しますが、赤ちゃんの体操は両足を持って曲げ伸ばしをしたり、横向きに寝かせて、体勢を変えさせたりという簡単なことです。コロコロと転げたり、ハイハイをしたり、動物ではありませんが、生きるために欠かせないことを教えます。でも、文明社会に生きていると、大切な本質を忘れてしまいます。「ハイハイ」だけではありません。落書きせずに、いきなり写実的な絵を描かせることも同じように心配です。自分から「描きたい」という意欲こそが「生きる力」の源だからだと思います。描きたい気持ちよりも先に、受験塾で「顔は丸 体は三角 手足は長方形に描くと人間が上手に描けるって習ったんだ」と教えてくれた子がいました。これも同じことで、基本をおざなりにすると必ず弊害があります。

子供が、難しい言葉を知っているわりに、オムツをしていたり、オッパイをしゃぶりたがる時、大人は疑問に思った方が良いと思います。けれど、私たちはつい「こんなに難しいことを知っているのだから、オムツ(おっぱい)くらい、いいじゃない?まだ小さいのだし・・・時が来れば全てうまくいくようになる」と思ってしまいます。が、難しいことを教えるなら、他のこともそのレベルに引き上げておく必要があるのです。「脳だけが知的で心は幼稚なまま」なのは、おかしいことだと認識を持つべきです。反対に、「まだ小さいのだから、もう少し赤ちゃんでいさせてあげたい」と考えるのなら、「大人みたいに偉そうな言葉を使ってはいけないのよ。まだ子供なんだから・・・」と教えなければなりません。

「難しい言葉を使える我が子が好き!」「だっておりこうそうだから」。「オッパイはしゃぶっていていいのよ!」「私を必要としているのよ!!」
「難しい言葉を使う子がおっぱいをすっている」なんて、何かとても怖いことが起きそうな予兆がしませんか? よくとても難しい言葉を使って犯行声明を出しておきながら、理由が稚拙な少年犯罪が起きることがあります。犯罪者にならないまでも、正しい順序を経て成長しないと、「子供でありながら大人びた振る舞い」をする「子供おとな」や、「大人でありながら子供じみた振る舞い」をする「大人こども」になって、将来身勝手な振る舞いをする可能性はあるのです。

幼児のうちは、「よその子より早く『何か』ができた」「他の子より良くできる『何か』がある」ことを安心してはいけません。大切なことは、下から順番に積み重なった能力であるか、耐震偽造の建築物ではないか。そして、いつでも、真摯に取り組めるかどうかなのです。小さい頃の子供の実力は、90パーセントは「親の努力の賜物」です。親の翼の下から、羽ばたいても、実力を出せるようにすることこそが真の親の愛情だと思うのですが・・・。
by k-onkan | 2008-05-24 00:00 | 教育 | Comments(0)