麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
カテゴリ
全体
木下式音感教育法
しつけ
子育て
教育
お稽古事
親業
音楽
乳児
のぞみクラス
幼児
児童
名誉団員・卒業生
思春期・反抗期
自立について
運動
発達障害
保育園
楽院だより
我が家のこと
自分のこと
以前の記事
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
フォロー中のブログ
蛹の頃~さなぎのころ~
最新のコメント
出演園児のお母様へ ..
by k-onkan at 06:33
一番こわいのは、マナ先生..
by 出演園児の母 at 10:48
昔、近所の顔なじみの飲食..
by k-onkan at 10:32
>「じぃじ」 凄いです..
by ha-i at 01:48
ばら組の保護者さま ..
by k-onkan at 17:06
作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
ブログパーツ
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


<   2008年 08月 ( 31 )   > この月の画像一覧

就職にも行動観察?

最近、久しぶりに大学時代の女友達数人と会う機会がありました。私の周りには、バリバリ仕事をする人ばかりがいるようです。その中で、プロダクションに勤め、テレビでよくみる女優さんのマネージャーをする友人が面白い話をしてくれました。「最近、新人スタッフは面接ではなくて、食事をして採用を決めているの」。

e0143522_21302635.jpg面接で意欲的なことを言ったり、文章で自分をアピールできるだけでは、何かが欠落していることもあるということなのかもしれません。企業に就職した3人に1人は、1年以内にドロップアウトしてニートになっているのが日本の現実であると最近読んだ本に書いてありました。

「人間の基本である食事を一緒にすると、その人がどんな風に育てられてきたのか、周りの人への気遣いや人との接し方が分かる」。その言葉に深く、感心してしまいました。その彼女は仕事柄もあるのでしょうが、一緒に食事をすると、誰よりも良く気がつきます。さりげなくワインを注いでくれたり、お皿を取ってくれたりします。「さぁ、帰りましょう」という頃にはお会計が済んでいて「一人***円でお願いします」と手際が良いのです。

「食をおざなりにする子は、人としてダメ!」という彼女に、忙しさを理由に外食ばかりしていた私も、深く反省させられてしまいました。ずっと、近所のコンビニのお世話になっていた昼食を、自作弁当に替えるきっかけとなりました。

彼女の話で私は思い出したことがあります。小学校受験で行われる「観察行動」です。小学校も企業も、同じ方法で、人間を見極めなければならなくなってきたのは、知的能力ばかりを求めて社会適応力を身に付いていない人間を増やした結果に思えてなりません。

昔は、「社会に出た時、親が恥ずかしいのだ・・・」と行儀や躾は親や祖父母に口うるさく、言われたものです。けれど、最近は「恥ずかしい」という言葉そのものが死語になりつつあります。本当は「給食費を払わずに、給食を食べること」も「お年寄りを押しのけて、自分が電車で椅子に座ること」もすごく恥ずかしいことなのですが・・・。

どんなに時代が変わっても、共通の常識や倫理は失ってはいけないと思うのです。自分が連れている子供が他人に迷惑をかけることは「恥ずかしいこと」だと忘れないでいたいのです。それが、自分の子供でも、そうでなくても、一緒にいる大人に責任があるのですから。大人になって「行動観察」されなくても生きられる力を育みたいものです。
by k-onkan | 2008-08-31 21:25 | しつけ | Comments(0)

たいせつなこと

アメリカ時代にお姉さん的存在だった友人が泣くなって2年が経過しようとしています。9歳と11歳になる二人の息子を連れて、日本に里帰り中に、本当に、突然亡くなってしまいました。大事な人を失うのは、辛く悲しいことです。

e0143522_2371785.jpg私は、今年彼女が逝った年になりました。何があっても、生きているだけで感謝しなければならないのだと思います。そして、いつ何があっても、後悔がないように、日々を大切に暮したいとも思うのです。

子供たちと付き合っていると、「あれもできるようにしなければ。これも・・・」という使命感にかられます。けれど、「ただ、元気で、そばにいてくれるだけでいい・・・」どんな時にも忘れてはいけないことですね。
by k-onkan | 2008-08-30 23:07 | 幼児 | Comments(0)

宣伝って難しい!

私が小学生だった頃は、自宅で教室をしていました。そのころは、特別に宣伝をしなくても、生徒がたくさん集まってきました。テレビや雑誌などの取材があって、人から人へと伝わっていたからでしょう。最近は、テレビ番組も教養や知識面でプラスになるものを探すのが難しいのが実情です。その上、何でも楽で簡単にできることが好ましいという風潮ですから、「真面目にコツコツ努力する木下式」は時代遅れに感じられるのかもしれません。しかし、20年前から始まった「のびのび教育」や「ゆとり教育」という耳障りのよい言葉によって、日本人の学力は落ちこみ、社会では少年の凶悪犯罪がはびこるようになりました。

e0143522_10251536.jpgいつの時代も、教育に手抜きは禁物であり、幼児期の教育は、人間性を決める大事な時期なのです。けれど、どんなに素晴らしい教育でも教える生徒がいなければ成果は発表できません。「おけいこの本」があればよいのですが、今は「受験本」が主流のようです。ご存知の通り、楽院は受験のための進学教室ではないため、「受験本」に載ることを不思議に思われる方もいらっしゃることでしょう。楽院に掲載依頼をしなければならない本を作る方にも多くの苦労があるのだと思います。

さて、木下式の音感かるたの効果を説明して「規律を教えることから、学習意欲、やる気、集中力が身につき受験で能力を発揮できる」と書いて出したのですが、「実際の小学校受験に関係のある書き方を・・・」と言われてしまいました。けれど、受験問題も受験傾向にも「うとい」私たち。知らないことばかりです。長年、たくさんの子を教えてきた指導者の立場から見て、自信を持って言えることは、伸びる子供は「家庭の躾がきちんとしている子」「自分をわきまえる子」「素直な子」「自分から学ぼうとする子」「両親が教育に協力的である子」であること。どんなに記憶力が良く社会性があっても、目上の人を尊敬できない態度や生意気な言動が見られる子は、将来、伸び悩みが生じてしまう・・・。これくらいしか書けないというと、こんな内容が加筆されてきました。

「実際の入試の場では、音楽を通じて出題される例があります。G大附属O小学校では、毎年、その年に流行った音楽に合わせて子供たちを踊らせ、先生の動きを模倣させます。リズム感を通して運動能力を見ながら、子供が楽しく踊った後でも高揚感を押さえ、先生の指示を落ち着いて聞けるかを観察します。S学院小学校、S女子大学附属小学校ほか、多くの学校で音楽を背景にリズム運動、模倣体操が出題されました。K幼稚舎、A学院では、皆で歌う時間がありました・・・」。(イニシャル部分は実名です)

私たちは「音楽に関する試験もあるのね・・・」と思います。けれど、試験官が本当に見ているのは、歌そのものの上手さ、リズム感、運動能力ももちろんですが、それ以外に、大人の手によって作られた「表面的な良い子」の裏、「ふだん、どのように育てられているか」「両親から十分な愛情を与えられているか」「大人を尊敬できる教育をしているか」「善悪の区別がつく子に育てているか」「両親に統一した教育観があるか」。そんなことを見ているのだろうと思います。

受験によって良い学校に入ることが人生のゴールではありません。その場所で自分が何を身につけるか。人生を生き抜く力を得ることが大事です。受験はその通過点であって欲しい。そんな風に思う私たちは、やはり「受験本」向きではないのでしょう・・・。
by k-onkan | 2008-08-29 21:33 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

やる気を起こすって難しい

「Yが全然、言うことを聞かなくて、蝶々結びもできるようにならないの!」今朝の親子バトルは「蝶々結び」で始まりました。母子二人では煮詰まってしまうからでしょう。これみよがしに、私に言いつけます。

e0143522_10244676.jpg「お母さんのやり方が、幼稚園の先生と違うから、やりたくないのでは?」彼の側の理由も考えてみます。「そんなことないの。私のやり方も、純子先生のやり方も、誰の言うことも聞こうとせずに「自分でできる!」といって、全然できるようにならない。本当に、最近、何から何までそうなの!」。言われたことを素直にやる子供だった妹(うし年)にとって、言うことを聞かない甥(ひつじ年)の気持ちは理解できないのかもしれません。私には、何となく甥の気持ちが理解できます。やりなさいといわれても、やる気が出なければできないのです。

甥をひざに乗せて話して聞かせます。「あのね、Yはたった5年しか生きていないでしょ? お母さんは30年。私は40年。ばぁばは60年も生きているのよ。みんな、Yよりたくさん物を知っているの。だからまず、言うことを聞いてやりなさい。自分の方法を考えるのは、その後にしなさい! とりあえず、誰かの言うことを聞きなさい。あなたはお母さんの子だから、お母さんの通りにやってみなさい。できるようになるから」それでも、まだやろうとはしません。

「ある日、川に遊びに行きました。台風が来て、川の水が増えてしまいました。みんな、ライフジャケットのヒモをしっかり蝶々結びにしました。でも、Yだけ川に流されてしまってみつかりません。蝶々結びの練習をしなさいといったのに、言うことを聞かなかったから、結び目がとれて、おぼれてしまったのです。Yがいなくなって、お母さんはとてもかわいそうです・・・」。

お話仕立てにして、「蝶々結び」ができないことによる危険やマイナスを話します。それを聞き、自分の生活に関係があると分かったからでしょうか。本気で練習するようになりました。素直に言うことを聞けば、すぐにできるようになるのです。でも、遊び半分だったり、嫌々取り組んだり、自分のやりたいことだけを追求していると、いつまでも、できるようにはならないのは、他のおけいこごとと一緒です。

蝶々結びで面白いことを発見しました。純子先生と瑠音先生は結び方が違ったのです。それぞれの家族で方法が違うのかしらと、調べてみると私と瑠音先生は同じでした。当たり前ですね。年の離れた妹にものを教えたのは、ほとんどが私だったと思いますから。けれど、母が違っていました。私は母の母(祖母)に習ったのですが、母が子供の頃は祖母が女手一人で働いていたので、日常のことは誰に習ったか覚えていないとのことです。そう考えると、知恵も知識も、伝えた人に伝わっていき感慨深いものです。

蝶々結びができるようになったと思ったら、今度は、「どうしてそんなに汚く書くの? お手本を真似してきれいに書きなさい。読めるから何でもいいと思っているでしょ・・・」今度は、ひらがなの練習で注意をされています。「あのね。もし、Yが誘拐されて、そこに紙と鉛筆があって、「たすけて」って平仮名で書いたとするでしょ? でもその字が汚かったら、だれも読めないから、助けてもらえないんだよね。みんなが読めるようにきれいな字を書いてないと・・・」と助け舟を出す私。

一々、ストーリー仕立てで、「それをする理由」が必要な甥の気持ちは、同じひつじ年の私には何となく分かるのです。何かをする前に、それをする明確な理由が知りたいのです。どんな時に役立つか、なぜ、それができた方がいいのか・・・。それがわかれば、真剣にできます。「やりなさい」と言われたら素直にやる「うし年」の純子先生と瑠音先生にとって、素直にできない私と甥は、「あまのじゃくの困ったさん」です。いろんな性格の人間がいて、モチベーションも人それぞれ。わが子の性格や操縦法も、子供によって、違うものです。どんなきっかけでも、素直にできることが一番大事だと思います。子供にあった操縦法、見つけてください。
by k-onkan | 2008-08-28 22:31 | 幼児 | Comments(9)

油断は禁物!

「ブログに書くことがないなぁ」と思っていると、ちゃんと子供が書く題材を与えてくれます。夏休みの間、幼稚園に併設する水泳教室の短期の特別レッスンに通っている甥。今日は進級試験があると張り切って出かけたのですが、帰ってきた妹の不機嫌な様子から、結果が好ましくなかったことはすぐに察しがつきました。

e0143522_23404993.jpg何となく、できているように見えるけれど、先生の指導に従って泳がないので、基本が「今ひとつ。楽院でいうと、聴音はできるようになったけれど、基本の発声が今ひとつ。だからクラスは変わりません。そんな感じかな?」 もし、楽院だったら、どのような状態かという説明つきなので、甥の不誠実な取り組みが理解でき、妹が不愉快な理由が理解できます。

本人は、クラスの中に、まだ泳げない子もがいるので、全く危機感がありません。コーチも、他の子の手前、厳しくは言わないと分っているのか、真剣みが足りないのだそうです。その「お遊び気分」が腹立たしい母親が、「どうして、受からなかったの??」と責めると、「そんなに、怒るほどのことでもないでしょ・・・」と(まぁまぁ、気にするなよ・・・)と軽いノリ。それを聞いて妹の怒りは爆発します。「それくらいのこと? お母さんは、一生懸命、時間をやりくりして、毎日、送り迎えをしているのに、手を抜いて、怒るなってどういうこと?」

子供が真剣に取り組んでできない時と、手抜きをして力を出さない時の見極めは本当に大事です。いつでも、厳しいことに応えることはできなくても、取り組む時は、真剣にやる習慣を持たせたいのです。能力の60パーセントしか出さないでいると、100パーセントの能力を発揮すべき時に、それを忘れてしまいます。

子供は甘い先生や優しい人のことを観察して、侮っても叱られないと分かると、バカふざけをしたり、手抜きをしたり、やりたい放題です。常に、自分の子供が真剣に取り組んでいるか、そうでないか観察する必要があります。そして、あまりに目に余る時――バカふざけをしたり、増長していたら――、時々、ヒヤッとする場面を与えることも必要です。子供の取り組みが目に余る時は、他の場面でもうわついていることが多いものです。

水泳教室で叱られた甥は、ピアノの練習でも、合気道のおけいこでも、なんだか、うわついた様子です。誰の前で一生懸命やるか、誰の前で手を抜こうか考えているうちに、どこでも、中途半端になっているように見えます。勉強やスポーツだけでなく、日常生活の中で注意散漫で危険な目にあったり、怪我の原因になることもあるものです。子供の取り組む姿勢が生活態度のバロメーターにもなります。

子供が大きな怪我や事故にあわないように、幼児期には、まわりの大人が目配りをしなければ、と思います。子供が、大人の手を離れた時に、なるべく、正しい選択、良い選択ができるように、手をかけてあげられるときに、教えられることは伝えておきたいのです。人生は、少し気が抜けた時に、危険があるから油断は禁物!ということを。
by k-onkan | 2008-08-27 23:06 | しつけ | Comments(0)

お泊り、大好き!

もう少し、夏の余韻にひたっていたいと思っていましたが、授業の開始と共に急に涼しくなってしまいました。暑かった尾瀬での日々はもう遠い昔のことのよう。でも、アルバムの子供たちの様子を見ると、それがついこの間のことであったと思い出すことができます。今年は、私の「合宿ブログ速報」に合わせ、大垣先生がたくさん説明やそれぞれのレクリエーションの意義を記載してくださったので、充実したアルバムに仕上がっています。お子様の様子を写真でご覧いただきながら、合わせてそちらにもお目通しいただけたらと思います。

e0143522_21595859.jpgさて、楽院の合宿は、今年で30回目を迎えました。信じられないかもしれませんが、私が子供として参加していた頃もあったのです。そもそも、楽院で合宿を始めるきっかけとなったのは、私がスイミングスクールの合宿に参加して、上級生のお姉さんと関わったことで苦手だった水泳に意欲をもって取り組むようになったためでした。「うちも週1回のレッスンだけでは、子供たちの本質に近づけない。ぜひ合宿をしよう」。早速、翌年から合宿を行ったのです。

子供の頃の記憶をたどると、合宿を行うもっと前から、我が家には、生徒がお泊りに来ていたことを思い出します。「能力があるのに、今一つ自分を発揮出来ない子」「お母さんとの関係がうまくいかない子」「甘えによって進歩を妨げている子」「お母さんの都合(仕事や病気)で子供の世話ができない」など、理由は異なりますが「お泊まり」と称し、楽院の生徒を預かることはよくありました。「家に帰るとよその子がいる」。そんなことは我が家では、良くある光景でした。

子供たちは、「怖い木下先生」の自宅に「お泊り」させられるので、最初は不安そうですが、住めば都。中には1ヶ月も滞在した子もいました。もう20年以上昔のことになりますが、その女の子の家はおじいさん、おばあさんと同居していました。お母さんは忙しく働きながら、お姑さんに気を使い、その分、わが子との関係がうまくいかないようでした。お互いに距離をおく必要性を感じた木下先生夫妻が、その子を預かることにしたのです。5歳だったその子は、私たち家族に可愛がられ居心地良かったのかもしれません。1ヶ月近く、「お母さんのお迎え」を望みませんでした。さすがに、「そろそろ、帰ってあげなさい、お母さんがさみしがっているから」とまゆみ先生が説得して帰したことがありました。他にも、泣いてお泊まりを嫌がった男の子が、「おりこうになったから帰ってよいよ」と木下先生に言われると、さみしくなって泣き泣き帰る姿もありました。子供にとって、住み慣れた自分の家から離れること自体、大冒険です。親の庇護がない自由と不自由の両方を経験して成長します。泊りに行かせるのも、預かるのも信頼関係がないと成立しません。そう考えたら、今よりもっと平和だったのかもしれませんね。

さて、今年も8月初旬、千葉の木下先生宅に楽院の小学生が6人ほど泊まりにきました。ふだん、木下先生に人一倍厳しくされている子や、一生懸命、地道に頑張っている子へのご褒美、授業で不安そうな子との信頼関係の構築、お母さんに仕事があって忙しいなど、その年に「気になる子」を呼んでいます。朝は、お散歩をして、午前中は、ピアノ練習や持参した学校の宿題をして、午後には海へ出かけたようです。もちろん、参加は強制ではありません。

子供たちは、高学年になると、自分から「木下先生の家に行きたいです」「来年は、ぼくもよろしくお願いします」とアピールするようになります。子供にとって、家族以外の他人と関わり成長することはとても必要なことだと思います。そういえば、私も、よその子が泊まりにくる我が家より、外の世界に出ていくことが好きでしたが・・・。
by k-onkan | 2008-08-26 22:00 | 教育 | Comments(1)

一貫性ある教育を

世の中には、「適時教育」を誤解している…と思う方が、たくさんいます。「自分の子は「ふつう」で構わない。だから子供のうちに勉強させたり、特別なことはしたくない」ということのようです。しかし、わが子を「普通」に育てるためには、子供が「学びたい」と思う時期―0歳から6歳までに適切な刺激を与えることが大事です。小さい頃に、何も教えずに小学校にあがると、「学ぶこと」への苦手意識が芽生え、勉強するより楽しいことに魅かれてしまいます。気がついたら「普通以下」ということも実はよくあることなのです。

e0143522_23292582.jpgもちろん、適時教育を希望する方の中にも、勘違いは存在します。それは、「小さい頃に良い教育を受ければ、将来、勉強しないでも賢くなる」とか、「他の子よりも常に先に進める」などです。小さい頃に刺激を与えたからといって、その後、何の努力もしなければ、すぐに、取り残されてしまいます。何事も、地道にコツコツ続けられる人が、花開くのだと思います。

教育はとても大切ですが、一番、大事なことは、保護者の考え方にあるように思います。一貫性や信念をもって「わが子に何を与えるべきか」が大事です。そして、将来、自分の子が、親の助けがなくても生きられるために、自立性のある子に育てておくことだと思います。

子育ての本当の結果は、小学校入学では分かりません。その子が人生の終わりを迎える時まで、分からないものです。小さい頃、人の後をついていた子が、将来、大物になったりすることもあります。思春期で問題を起こした子が、立派な人間になることもあるものです。だからこそ、人生は面白いのです。
by k-onkan | 2008-08-25 23:29 | 教育 | Comments(0)

厳しさを排除せずに克服を!

明日から、2学期の授業が始まります。1ヶ月ぶりの子供との再会です。でも少し心配もあるのです。1ヶ月、楽しい夏休みを過ごしてきた子供たちにとって、日常の「行うべきこと」、中でも厳しい「音感授業」を受けることは辛くなっているかもしれません。何年か前には私たちの顔さえ忘れた子もいました。もしかすると、泣いてしまうかしら??そう思うととても心配です。通わせるご両親にしたら、いつでも「喜んで通ってくれる」ことが助かるのですが、「辛いこと」「厳しいこと」「怖いもの」の存在は、教育上、絶対に必要なことなのです

e0143522_0151978.jpg数日前、保育園の園長先生が「賢い子ほど悪いものですよ」と話しておられました。賢い子は、他の子よりも物事の仕組みや流れ、ルールに気づくのが早いからこそ、記憶や能力の定着が早いのです。たぶん、知識に限らず、大人の心の裏を読んだり、誰が力を持っているかに気づくのも早いということです。けれど、私たち大人は「賢い子=良い子」という夢を持っています。賢い子から「物事の善悪も理解できているに違いない」という勝手な思い込み、つまり、希望的想像が働いているだけです。でも、本当はそうではありません。子供は皆、周りの大人の導き方で「良い子」にも「悪い子」にもなり得るのです。適時に注意され、正しく導かれた子が「良い子」になるのであって、賢い子が良い子になるわけではないのです。「賢い子が悪いことをする」のは、注意される機会が少なかったり、上手にすり抜ける術を身に付けるからかもしれません。

楽院は、木下式を通して、理解力のある子に育て、音感能力、歌唱力を身に付けさせます。音楽的能力とあわせ感性も鍛えられるので、時に、大人も驚くような発言もします。しかし、忘れてはならないことがあります。それは、高い能力を身に付けたからといって、その子の全てを許したり、子供の意思を100パーセント尊重したり、子供を尊敬してはならないのです。人間としては、まだまだ一人前ではないからです。

大人の私たちは、いつでも楽しく仕事をしたり、楽な人生を送っていますか? いつも誰かに、褒められ認められているでしょうか。そんなことはないはずです。社会に出れば、したくない仕事をしなければならないこともあります。損をすることもあるでしょう。プライドを傷つけられることもあります。それでも、社会人として、逃げ出さずに自分の責任を果たして、この社会は成り立っているはずです。最近は、その責任を果たせない新社会人が増えているとか・・・。

子供の時に、「楽しいこと」「嬉しいこと」だけを経験して成長した子供は、少しの挫折にも耐えられません。楽院が子供の教室なのに厳しいと言われる理由は、それぞれの子供の意思や希望を100パーセントかなえないからです。もちろん、年齢が小さかったり、お互いに慣れないうちは、ご機嫌もとります。上手にできれば、もちろん、褒めます。しかし、個人のわがままや現実逃避だと分かることは、絶対に見逃しません。

これが、家庭で大事に育てられた子供には辛いのです。その上、授業には、声を出す、じっと立つなどの苦手なことがある。クラスに自分よりも優秀な子がいる。先生に自分を認めてもらえないなどがあれば、楽院は大嫌いな場所となります。でも、これって、大人が出社したくない理由と似ていませんか? 苦手な部署にいる。自分よりも優秀な同僚がいる。上司が自分の力を認めてくれない。けれど、問題を克服して自信が持てれば、「もっと頑張ろう」という意欲が生まれ、結果が出れば楽しくなります。それは、子供も同じなのです。

辛い時期を自分の努力で乗り越えられた子は、楽院以外の場に行っても、意欲を持って何事にも取り組む子に成長します。しかし、残念ながら、お母さんや先生の努力によって、どうにかこうにか通った子供は外の世界でも、常に、誰かの助けを必要としてしまいます。子供の苦手なことは、親が排除するのではなく、どうやって自力で乗り越えさせるかを一緒に経験して、示してやることこそ、本来、親がわが子に教えなければならないことではと思います。
by k-onkan | 2008-08-24 23:58 | 教育 | Comments(0)

心を理解してこそ、意味がある!

「伝言ゲーム」をしたことがありますか? 人から人へ何かを伝える経過で、最初の答えがどんどん、変わっていくのが面白いところです。これは、人それぞれ、印象の受け止め方、感じ方、強く感じるところが異なることの現われです。木下式も、伝言ゲームのように、私たちが幼稚園、保育園の先生に教え、今度は、先生が園児に伝えていきます。本質を理解して、素直に受け止める人もいれば、まったく、違うように受け止める人もいます。上手に伝えるためには、大人も子供も、言われたことを「素直に」受け止め消化することが一番大事だと、自分の習い事や、木下式を習う人を見て、強く感じます。

e0143522_0143214.jpg今日は、福岡支部の登録保育園が5園集まる講習会がありました。保育園は、幼稚園と違って、夏休み、冬休み、春休みを長期でとることができないそうです。そのため、東京での講習会も、限られた先生しか参加できません。木下式を実践する上で、支障があるということで、夏休みの中、福岡にうかがうことになったのですが、ほとんどの先生が、「初めて、お目にかかりました」というのです。

以前読んだ桜井よしこ先生の本に、「講演をする時には、相手を考えて話す」という一文を思い出しました。同じことを話すにしても、専門家20人なのか、100人なのか、それとも、一般の人なのか、大学生なのかによって話し方を変えないと、自分の言わんとすることが理解されない。それぞれの持つ知識が異なるからでしょう。

私も、福岡講習では、気をつけることにしました。東京で行う講習会は、受講生一人ひとり、「どこの園の先生で何年くらい勤めているか」の検討がつく、いわば顔見知りばかりの講習会です。それぞれの園の先輩に基礎的なことを教わり、講習会に参加しています。けれど、福岡の先生とはお互いに何も知らず、共通の認識は「木下式」だけ。一目で「私を怖がっている」若い先生たちにも、好意を持って話しを聞いてもらわないと、木下式に対して抵抗感や苦手意識を持たせることになってしまいます。そんな時に役に立ったのがこのブログでした。毎日、必ず何かを見つけて書いているので、難しい理論の説明の合間に、若い先生が興味を持つ話をはさむことできました。若い先生たちも、「見かけほど怖くない」と思ったのでしょうか。午後には、自分から皆の前に出て、直接指導を受けようという姿が見えました。

物を習うということは、「自分の力の無さを認め、先生に素直に教えをこうこと」です。最近は、何事も、「サービス業」になり、「お金を払っているのだから何をしようと自分の勝手」と考える風潮があります。けれど、それでは、物事の本質は絶対に理解できない。物を学ぶときには、表面的にではなく心を学ばなければ何の意味もないと私は思っています。
by k-onkan | 2008-08-23 23:56 | 教育 | Comments(0)

涙を惜しもう

現在、中国チームのシンクロナイズドスイミングを教える井村雅代コーチは、とても厳しい方だそうです。日本チームを教えていた頃は、生徒が泣くと「疲れるからやめなさい」と涙に逃げることは決して許さなかったといいます。「帰れ」と言われて、本当に帰るような生徒は、「それが最後」。男のコーチだとそうはいきません。女性の涙の意味が分からないため、どうしたら良いか困りはてるのでしょう。同性が流す甘えの涙を見破ることができるのは女性だけかもしれません。最近は、男性でも涙を見せるようになりましたが、自分の心の弱さを乗り越えられる人が、何事にも成果を残せるように感じます。

e0143522_22282067.jpg井村コーチほどではないかもしれませんが、私も相手が子供でも教諭でも、涙に逃げることには厳しい方です。物を習う時に、うまくいかなかったり、思い通りにできなかったり、注意されたり、悔しいことはあるものです。涙に逃げたら、注意が右の耳から左の耳へと聞き流されることになります。感情的な涙には、ストレス物質を流す役割があるからです。悔しくても、それを体得する力を身につけて欲しい。そんな風に思います。優しい声を出せば、泣き止まないので、突き放すこともあります。

さて、今日は福岡県の保育園に指導に来ています。日ごろの行いが悪いのでしょうか。福岡の天気はとても悪く、落雷が鳴り響く中での指導となってしまいました。そんな中で、年長児を担当した先生が、途中から涙を流し始めました。子供の前で、間違いを指摘され指導されるのは辛いことでしょう。けれど、どんなに年若い先生でも、子供にとっては大人であり先生です。信頼してついていけるよう、涙をおさえ、自分を強くもって欲しいものです。悔しくても、つらくても、涙に逃げる姿を子供に見せてはいけません。子供の前では、時に、強がることも、絶対に必要だと思うのですが・・・。
by k-onkan | 2008-08-22 22:27 | 教育 | Comments(0)