麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
カテゴリ
全体
木下式音感教育法
しつけ
子育て
教育
お稽古事
親業
音楽
乳児
のぞみクラス
幼児
児童
名誉団員・卒業生
思春期・反抗期
自立について
運動
発達障害
保育園
楽院だより
我が家のこと
自分のこと
以前の記事
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
フォロー中のブログ
蛹の頃~さなぎのころ~
最新のコメント
出演園児のお母様へ ..
by k-onkan at 06:33
一番こわいのは、マナ先生..
by 出演園児の母 at 10:48
昔、近所の顔なじみの飲食..
by k-onkan at 10:32
>「じぃじ」 凄いです..
by ha-i at 01:48
ばら組の保護者さま ..
by k-onkan at 17:06
作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
ブログパーツ
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


<   2008年 10月 ( 34 )   > この月の画像一覧

主体性と身勝手のはざまで

羽田空港からの帰り道、浜松町からラッシュアワーの山手線に乗りました。そこには、2歳と3歳の女の子を連れた若い両親が座席に座っていました。子供たちは、電車の座席に靴のまま、あがるだけでなく、満員電車の中で、つつきあいのけんかを始めたのです。挙句の果てに、小さい方が大きな声で泣き出す始末です。母親は泣いている子をひざに抱き上げはしたのですが、その子の気持ちを落ち着かせようとも、泣くのをやめさせることも、注意することもありません。母は娘の存在を無視しているかの様子です。娘は、母に気持ちを理解して欲しいので、もっと大きな声で泣く始末です。満員電車なのに、乗客は一歩下がって見守っています。大崎駅で4人が降りた時には、皆が一斉に安堵のため息をもらしたように感じました。

e0143522_21551249.jpg最近、子供が泣いても「あやす」ことができない人が増えました。「理解できる、できない」にかかわらず、子供に「してはいけないこと」を説明するのがしつけの基本です。この子も、「電車の中は、泣いてはいけませんよ」「よしよし。疲れちゃったね・・・、もう少し我慢してね」と声をかけていたら、子供が気分を変え、泣き止むこともできたのではないかと思います。

よく「子供の主体性にまかせる」と言いますが主体性を持たせるためには、何が良くて、何が悪いかを教えることが先決です。このお母さんも主体性の意味を履き違え、泣く娘に任せているのかもしれませんが、主体性ではなくて、ただの身勝手になってしまいます。

ハードだった2日間の疲れに最後の一押しに子供の泣き声が効いてしまいました。分かる、分からないに関わらず、子供にたくさん話しかけてあげてください。それが、たとえ、大人の話でも、会話に参加させればさせるほど、いろいろなことが分かるようになる子供の力を信じて。
by k-onkan | 2008-10-31 21:52 | しつけ | Comments(2)

プライスレス~自分で作ったお化けの顔~

富山県の幼稚園で視察と支部講習会を行っています。古き良き時代を思わせる「かわら屋根」が多いこの地でも、幼稚園の壁には子供たちが作った「ハロウィンかぼちゃ」が貼られていて、不思議な気がします。どんな国のどんな宗教のお祭りも取り入れられるのが、日本の良いところであり、悪いところなのでしょう。アメリカのハロウィンは子供が仮装し、よその家にお菓子をもらいにいくことで知られていますが、日本は「おばけかぼちゃ」を飾って、かぼちゃのお菓子が売られることが秋の歳時記になりつつあるのかもしれません。

e0143522_0381729.jpgさて、1週間ほど前、ハロウィン用のかぼちゃを近所の花屋さんでみつけました。せっかくなので、アメリカの子供のように甥とかぼちゃを彫ることにしました。いろいろな場所で飾られた体裁の整ったプラスティック「おばけかぼちゃ(ジャックオランタン)」は、本物とは違うからです。

アメリカなら5ドルから10ドルのかぼちゃが、日本では、特別に生産するためなのでしょう。3倍以上しました。「食べられもしないものを買ってどうするの?どうぜゴミになるのに・・・」と母に叱られそうでしたが、ぜひ、本物のかぼちゃ彫りを体験させたいと購入しました。単に私が久しぶりに、やりたくなっただけなのですが・・・。

甥は見たことがないオレンジ色のかぼちゃに顔を描き、そこに顔を掘るという遊びに大喜びです。へたの部分を切り抜いて種と繊維と格闘します。その後、目、鼻、口をくり抜いていくのです。出来上がったら、中にろうそくを入れ、真っ暗闇で見るとオレンジ色の顔が浮きあがります。暗闇では、いろいろな想像がかきたてられます。

「幼稚園の先生に持っていってあげたい」と甥が言うので、先生の許可をいただき、「いよいよもって行く」という前日、かぼちゃの様子に異変があると妹から連絡がありました。10月にしては暖かい気温のためなのでしょう。おばけかぼちゃが腐敗して、顔の形がくずれてきたというのです。「かぼちゃを持っていく宣言」をしてしまった甥は、「もう一度、かぼちゃを買って作り直したい」とねだったようです。

私が買った時に、「そんなに高いかぼちゃを買ったの?」と非難がましい声を出していたのに、買い直そうとする妹に、「それでいいの?」と思います。本物だから腐るのです。「ごめんなさい。腐ってしまい持ってこられませんでした」と甥に言わせることも、また教育的意義があるのではないかと思います。また、ダメになったからといって、すぐにお金を出して新しいものを手に入れると、お金が湯水のごとく湧いてくると思わせてしまいます。

そうはいっても、私の子ではないので、親に任せ成り行きを見守ることにしました。次の日、「花屋さんが終わっていて、買えなかった」という妹に、「私なら買ってやらない。幼稚園に持っていくためだけに、もう一度、購入して作り直すのは何かが違う気がするから。かぼちゃの写真を貼った手紙を先生に書いたら??」

高いかぼちゃに払う「月謝」は1回分で十分だと思います。また、かぼちゃ彫りの感激も1回目ほど無いでしょう。甥が「写真手紙」という代替案に納得したため、母親も無駄な出費をしなくて済んだようです。しかし、「その子のため」と思うことも、人によって異なるのだとつくづく考えさせられるできごとでした。クレジットカードのコマーシャルではありませんが、「観賞用かぼちゃ30ドル。無心で作ったかぼちゃおばけ・プライスレス」。
by k-onkan | 2008-10-30 22:22 | 教育 | Comments(0)

茜ちゃんが教えてくれること・・・

木下式を採用する幼稚園は、みな教育熱心な園です。一般的に「音感」以外に「体操」「漢字」「英語」「数」などにも力を入れているようです。幼稚園は学校と違い「いつまでに〇〇ができるように」という目標はありませんが、幼児期は人間が持つ能力を呼び覚まし学習の素地を作ることが大切であり、脳が目覚しく発達する時期に多方面の能力を幼稚園で伸ばせる機会があるのはありがたいことだと思います。ただし、それが直接「〇〇大学に入る」「官僚になる」等、親御さんが喜ばれる結果につながるとは限りませんが・・・。

e0143522_23593429.jpg個人的には、「教育熱心な幼稚園」を選ぶことも「のびのび幼稚園」に決めることも、保護者が責任を持って決めれば良いと考えています。「責任を持つ」というと重みがありますが、何にでも、メリット、デメリットがあるものです。それを理解し両親で話し合って「わが子に何が合っているか」に確信を持ち選びたいものです。最初は意見が合わなくても話し合い、理解しあう過程が大切な気がします。やるなら信じて取り組むこと。力の出し惜しみや否定的な考えを持って、なんとなく取り組むのでは、何をしても良い結果は出ないのではないかと思います。

木下式の実践園で、全員に「音感能力」を付与すると約束はできませんが、学習態度が良くなること以外に、知能が上がること。歌が上手になること。音に対してシャープな子が増えるのは、木下式の成果だと思っています。中には、木下式との出合いをきっかけに、音楽に目覚め、その道に進んでいる人がいるのも事実です。

昨年の今頃、大阪の千里丘学園幼稚園を視察中に卒園生の生熊茜さんが木下先生を訪ねてくれました。彼女のピアノを聞いた木下先生は、「ぜひ、講習会で弾かせたい」と12月に東京に招待しました。それはちょうど、全日本学生音楽コンクールピアノ部門(中学生の部)全国大会で1位という結果を残した後でしたが、木下先生は単純に喜んだりはしませんでした。「若い頃に大きな賞を得たことで、これからもっと大変だ。それ以上の結果を出していかなければならないから。でも、期待しているから頑張れ」。そういって別れたのです。

数日前、大阪の幼稚園からファックスが届きました。そこには、「茜さんが「全日本学生音楽コンクールピアノ部門・高校生の部の大阪大会で1位になりました。全国大会は来月です。活躍を見守りたい・・・」と書いてありました。「生涯、何があっても音楽の勉強を続けたい」と言った茜ちゃんは、今年も夢に向かって努力を続けているのだと感じます。「努力すれば結果はついてくる」と年若い茜ちゃんに教えられているように感じます。いろいろなことがあって、押しつぶされそうな世相ですが、めげずにがんばらなければ!と思うのです。

卒業生の活躍 http://www.kinoshita-onkan.com/other/voice.html
by k-onkan | 2008-10-29 23:58 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

子供のせいじゃない!

先週、がんばっていた子が今週は全くやる気を見せないこともあれば、先週、叱られた子が、がんばったりと、毎週、変動があるものです。先生に褒められても、その都度、一喜一憂しない方がよいかもしれませんね。来週のことは分からないのですから。

e0143522_2254533.jpgよく「褒めて伸ばす」という言葉がありますが、褒め続けて子供がよくなれば理想ですが、残念ながら、褒めるだけでは子供は伸びません。常に、観察して、何が足りているのか、何が足りていないのか見極め、調子にのったら叱り、自信を失っていたら褒め、バランスを取ることが、子供を正しく導くことにつながるのだと思います。

今、「脳教育2.0(講談社:澤口俊之著)」を読んでいます。その本の帯には、「8歳までが勝負!!読み書き算盤+音楽で子供の脳は劇的に変わる!」とあり、脳の発達や臨界期、多重知能について書かれています。出張に出かける電車や飛行機の中で読んでいるため、なかなか読破できないのですが、その中に「多くの知能があるので、まんべんなく伸ばす。そのための豊かな環境が必要である」と書かれているのです。「幼少期は多重知能の基礎を形成する時期なので、優れた知能があったら、それ以外はどうでもいいというような方法は薦められない。とも書かれていました。多重知能には、言語的知能、空間的知能、論理数学的知能、音楽的知能、絵画的知能、身体運動的知能の6種類に分けられるそうです。

直接は関係ないのかもしれませんが、平素から、一つのことができるといって、他のことを何もしないというアンバランスな育て方が好ましくないと感じているため、何か通じるものがあるような気がします。

幼稚園など子供が集団でいる場所を観察すると、やる気のある子はいつも褒められ、気分散漫な子はいつも叱られているように感じます。もちろん、やる気があることは好ましいことですし、気分散漫は注意されるべきことです。けれど、それぞれの子に長所も短所は必ず存在するはずです。それを見つけ、伸びるところを伸ばし、悪いところは是正することも、その子を多方面から伸ばすことにつながると思うのです。

そして、一番大事なことがあります。これは平素、私たちが木下先生に良く言われていることなのですが、「子供ができないのは、その子のせいじゃない。教えている大人の責任だ」ということです。子供の能力は、導く大人次第でどうにでも変化するものです。教える先生も、一緒にすごすお母さんもですが、子供のせいにはできないことがたくさんあるものです。自分の力量を反省させられる場面に出合うことは、まだまだたくさんあります。
by k-onkan | 2008-10-28 22:54 | 教育 | Comments(0)

犯人になっちゃダメ!

「昨日のニュースでやっていましたけど、中井駅(楽院の最寄り駅)の商店街で、ゴルフのクラブで人が殴られたそうですよ」。純子先生が言います。それを聞いた木下先生が、「悪い奴がいるから、Yも気をつけろ。お母さんから離れて勝手な行動をしてはダメだぞ」そう言いながら千葉へと帰っていきます。

e0143522_21221233.jpg私もインターネットニュースで、3歳児をひき逃げした犯人が捕まったというものを見たばかりだったので、「もしも、Yがひき逃げにあったり、ひどい目にあわされたりしたら、その犯人に同じことをしてしまうと思う」。そういうと「そんなのダメだよ。そんなことしたら、自分も犯人になってしまうじゃない。逮捕部屋に連れて行かれて家に帰ってこられないんだよ。麻奈先生がいなくなったら、音感を習いにくる人が困るじゃない?」。「それでも、Yがひどい目にあったら、絶対に同じことをする」「ダメだよ」困った顔をする甥。

「私が犯人になったら嫌?」「それは、嫌だよ。」「でもYに何かあったら、お父さんも、お母さんも、ジイジもバァバもみんな犯人になってしまうと思うわよ」「え?どうして?」「みんな、Yが大好きだから」「でも、皆が犯人にならない方法があるよ」「なぁに?」「Yが危ない目にあわないこと」「分かった!」

たった5歳の甥が、この話の真の意味が分かったとは思いません。けれど、自分が愛されていること。家族にとって大切な存在であることを伝えるきっかけになればと思うのです。
安全と水はタダだといわれた日本なのに、5歳の子供にこんなことを言って注意しなければならないとは悲しいことです。けれど、罪もない普通の子が殺されたり、ひき逃げされる国になってしまいました。どこに、どんな危険が隠れているか分かりませんし、親もいつも守れるとは限りません。大切な子供が自分の身を守れるように、呼び覚ましておかなければと思うのです。
by k-onkan | 2008-10-27 21:22 | 幼児 | Comments(0)

愛はどこに返しますか?

以前、「わが子を理解するために、長所や短所を書き出してみては?」と書いたことがあります。子供に何か教える時には、長所、短所、日々の変化を理解できることが欠かせないことだからです。しかし、最近、もっと大切なことに気づきました。それは、子供の前に、自分(両親)、そして親に(祖父母)ついても見つめなければということです。

e0143522_21444455.jpgお母さんの中には、よその子と比較して、「どうして、うちの子はこうなのでしょう?」と嘆く方がいます。けれど、冷静に考えると、原因は子供にあるのではなく、「家の中にお手本となる人がいる」と思うのです。自分の子を知るためには、遠回りでも大人の存在について考える必要があり、子を理解する近道になるように思います。

こういうと、「私は私。親とは何の関係もない」と10代のように抵抗したくなるかもしれませんね。けれど、自分の身体的特徴、好み、考え方、価値観は、良くも悪くも親から受け継いでいるものです。親だって、そのまた親から伝えられたのです。どんなに嫌な思い出があったとしても、自分の存在は親があってのことです。それを認められないのは自己否定につながってしまう悲しいことと思います。

私の友人で子供の頃から「嫁にいかなくても、君一人くらいパパが一生養うから」と言われ育った人がいます。彼女にとって、その言葉が父親の愛そのものでした。けれど、後にお父様が事業がうまくいなくなって全てを手放すことになりました。彼女の言葉に、お父様の失敗に対する非難の言葉が増えたことから喪失感がうかがえました。

親にとって何歳でも子供は子供です。けれど、残念ながら親は一生、子供を守るわけにはいきません。子に対する親の愛はとても深いものです。しかし、本当に子供を大事だと思うのなら、自分が親を大事にしている姿を見せる方ことが必要だと思うのです。「自分もそうするものだ」というメッセージを送ることになると思うからです。中には、親にしてもらったことを子供にすることが、親孝行だという人もいますが、親をないがしろにして、子供に良い子に育ってもらえるとはどうしても思えません。

優しい人に育てられれば優しい子に育つでしょう。ずるいことをすれば、子供もうまく立ち回ることだけを覚えます。良いことも悪いことも、一緒にいると伝染するものです。できれば、優しさや幸福感、信頼など、良いことを伝染させたいものです。
by k-onkan | 2008-10-26 21:40 | 教育 | Comments(0)

情けは人のためならず

「情けは人のためならず」という言葉の意味を「人に情けをかけることはその人ためにならない」と若い人が誤解していることがあります。でも本当は、「情けをかけることは、人のためではなく、自分のためなのだ」という意味なのですよね。

私は、子供のころ、人とのつきあいが上手ではありませんでした。子供同士の世界で、いつ何を言うべきか、何をどう伝えるべきかがわからず、気がつくと同級生の輪の中に入れない、今風に言うと「いじめられっこ」になっていました。

e0143522_22511656.jpgいじめられる子は、学校にいって、一日、誰とも口をきかずに、帰る日もあるのです。今の私は、そんなことが想像できないほど、おしゃべりだと思われています。けれど、おしゃべりになるまでには、いろいろなことを経験し自分に自信をもてるまで、長い年月がかかった気がします。

そんな私が、人と関わる仕事につき、「ありがとう」と他人様に言っていただけるようになったのです。そう考えると、大人になった今も、やはり「人のために」と思ってしていることが、全て自分のためになっていると思うのです。私にもし子供がいたら、絶対にこう教えたと思います。「自分のことばかり考えるのではなくて、他人のことを考える人になりなさい。そうすれば、不幸にはならないから・・・」と。
by k-onkan | 2008-10-25 22:48 | 自分のこと | Comments(0)

何のための免許!

14歳の少女が「運転ゲームが得意だったから、本物を運転してみたくなった」と軽自動車を運転して、人をはねた事件がありました。いくらゲームで高得点が取れたからといって、それは、架空の世界のことであり、現実ではありません。

e0143522_2253152.jpg最近、キッザニアで「パイロット体験」をしてきた5歳の甥に、「キッザニアで練習して上手になったら、本物の飛行機を運転できるようになると思う?」と思わず確認してしまいました。「ううん。だって、どこに飛ぶとかわからないし・・・。できないよ」。5歳の子供にもわかることが、なぜ、この14歳の少女にわからなかったのかと残念でなりません。幼い頃から、「して良いこと、悪いこと」を言葉で伝える大人がよほど少なかったのではないか、そう思えてなりません。

14歳の少女以外にも、ひき逃げの話が多く悲しい気持ちになりますが、善悪の区別がつかない人間が増えています。いくら「個々の意志を尊重することが大事」とはいっても、その基本には、善悪の区別や良識があって、意思の尊重が可能になると思うのです。ドライバーに免許が必要なのは、共通の規則と常識をもって車を運転するためです。皆が、勝手な「自分流」で車を運転することが危険だからこそ免許が存在するのです。免許が存在しても、ルールを守れない人がこんなに増えていると、運転だけでなく、いろいろなことに免許が必要になるのも時間の問題かもしれません。「大人になる免許」「就職する免許」「一人暮らしをする免許」「結婚する免許」「親になる免許」・・・。そんなことにならないことを祈るばかりです。

共通の倫理観が失われていくのは、怖いことです。とりあえず、自分のルール(信念)を持って子供に言葉で伝えておきたいものです。少なくとも、その家庭の「共通の理解」が生まれるはずです。できれば、それが、社会のルールと直結するのが好ましいのだと思います。小さい頃の子供が知っていることは、みな、親や周りの大人から自然に見聞きし学んだことだと思います。良くも悪くも「子供は、大人のする通りにしているもの」です。せっかく、子供と関わる機会が与えられたのです。自分の命の証とし「ためになること」を子供に知らせたい・・・。そう思えてなりません。
by k-onkan | 2008-10-24 22:50 | 教育 | Comments(0)

うちの子に限って!?

甥は、生まれる前から、木下式の幼童唱法によって話かけられ、口をきくようになった時には音感の勉強を始めていました。よそのお子さんとは異なる環境で木下式の恩恵の全てを受けて育ちました。祖父が木下式の創始者で、母が指導者なのですから、上手であたり前。これで、成果がなければ、「木下式の看板に偽りあり!」になってしまいます。

e0143522_22124543.jpg瑠音先生もそれがよく分かっています。「よその子供にこんなに厳しいのだから、自分の子に甘いといわれてはたいへん・・・」と真剣です。ところが、その甥の声が、最近、とても汚いのです。運動や他のことはともかく、「発声だけは」生まれてすぐから、幼童唱法を身につけているから大丈夫とと安心していたため、さぁ、たいへん!!

最近、合気道から帰る度に、甥の声が枯れることから、様子を観察したようです。どうやら、小学生になって新入室した子供の中に「がなり声」の掛け声を出す子がいて、それに負けまいと、怒鳴り声を出しているようなのです。子供は、「通る声」と「大声」の区別がつかないと、威嚇する声を出したりします。児童部の子の中にも学校で声枯れになる男の子たちが数名います。正しい声の出し方を習っていながら、悪い声を出すのはいけないことであると子供に教え、改ためさせなければなりません。

さて、この問題、どう対応しますか? 「うちの子の声が枯れてきました。先生から息子に注意してくださいませんか」とお願いしますか。ところが、これは、一番やってはいけない方法なのです。「先生の指導に行き届いていない(悪い)点がある」と批判したことになるからです。一度、師と仰いだら、素人は口出しをせず、信頼して指導を任せるのが、おけいこごとの鉄則です。モンスターペアレンツ予備軍にならないためには、まず、わが子の至らない点を自分で注意し、それでも目にあまるなら、先生に相談することです。

もう一ついけない方法をお知らせしましょう。「悪い影響を与える子に注意して欲しい」「その子と違うクラスにさせて欲しい」と希望することです。わが子に悪影響を与える全ての人間を排除したら、無菌室で子育てをするような状態になってしまいます。どこの世界にも、良い影響を与える人がいればその反対も存在します。「うちの子に限って」と思っていると、自分の子が人に悪い影響を与えていることもあるかもしれません。大切なことは、「しっかりとした考え」を持たせること。そのためには、子供は悪影響を受けることも、与えることもあるものだと思って、観察することなのです

「我が子が勉強をしないので、部活動の先生に「辞めさせるようにお願いした」というお母さまの話を聞きました。また、アルバイトに精を出し学業をおろそかにする大学生の娘のために、お父さまが内緒でバイト先の店長に「雇わないでくれるように頼んだ」という話も耳にしました。関係ない話に感じるかもしれませんが、これらのことも「汚い声の解決を先生に頼んではいけない」ことと同質の話なのです。勉強をしないのは本人です。部活が悪いわけでも、バイトが悪いわけでもありません。親の判断で「辞めさせたい」と思うのなら、子供に直接「辞めなさい」と言うのが親の責任なのです。部活やバイトをしながら、自分の責任を果たすことも教えずに、裏から手を回し周りの状況を変えさせ、表面だけを取り繕うことに、何の教育的意義もありません。

さて、甥の合気道の掛け声を検証すると、「口を開けない」「ブレスを取らない」「お腹から声を出さない」と発声において「してはいけない」全てをしていることがわかりました。「この声を自分で直せないなら、合気道のN先生に、「うちのYの声が汚くなったのは、合気道のせいです!どうしてくれるんですか?」って言いにいこうと思うけれど、どう?」「やだ。だめ~」

そう。子供だって、先生に対してそんな申し訳なく恥ずかしいことをされたいわけがないのです。だからこそ、子供の行動を改めさせる有効なおどしとなるのです。でも、最近は、本当に「先生のせいです」って言うお母様もいるようです。でも、違うのです。あくまで、習っている本人が改めなければ何の解決にもならないのですから・・・。
by k-onkan | 2008-10-24 00:00 | お稽古事 | Comments(0)

美味しくなった赤福

大阪からの帰りに「赤福」をみつけました。赤福と言えば伊勢名物として有名で東海近畿地方で売られています。私たちは子供の頃から、「名古屋に行ったら赤福を買うもの」と信じていました。それほど、親族一同、赤福好きばかりなのです。しかし、昨年「解凍日を製造日と記載したり、売れ残りの再利用」などが発覚して営業停止となっていました。その赤福を大阪駅で見つけたのです。

e0143522_1412144.jpgさて、この赤福、以前食べた時より数十倍、美味しくなっていました。長年、偽装していたのなら当然のことですが、私の記憶にある赤福は、お餅が固く餡も乾いていたように思います。一つ食べて「うん?? なんか、美味しくなっているみたい」「美味しくなっているぞ」親子なので、気がつくのも同時です。「やっぱり、企業も叱られたり、チェックされたりしないと衰退してしまうのね」と、新幹線の中、納得して帰ってきました。

さて、赤福ではありませんが、幼稚園の視察でもこれと似たことがあるのです。それは、「上手になった。良い先生になった」と褒めた先生の中に安心するあまり努力を忘れ、次の機会には、感心できない状態になっていることがあるからです。子どもの能力は、指導する先生次第。子供に「先生」と呼ばれている間は、安心などせず、常に努力していて欲しいと思うのです。

資格を修得したり、免状を得るなど、目標に達すると、やり遂げたことに安心して、それ以上、深く追求せず、勉強を辞めてしまう人がいます。けれど、何事もあくなき追求をしないと、真の意味での理解は得られません。また、できると思ったことも、鍛錬を積まなければ忘れてしまいます。赤福ではありませんが、親も子供たちにチェックされています。内部告発が一番、こわいんだそうですよ?
by k-onkan | 2008-10-23 14:12 | 教育 | Comments(0)