麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
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大人だって悲しいの!

「Yに会いたがっていたでしょ? 合気道までお迎えをお願い!」。出張続きで甥の顔を見ていない私の心理を利用して妹がいいます。最近、合気道が終わった後、先生にまとわりつき、子供たちはなかなか戻ってきません。しかし、合気道の後のピアノ練習が終わらなければ、みんな、家に帰れません。少しでも早く日課が終わるように協力します。

e0143522_11263042.jpg合気道教室は、楽院と同じ建物の3階にあります。エレベーターで上まで行くと、ちょうど階段を降りようとする甥と出くわしました。私の姿を見た第一声は、「なんできたの?一人で帰れるのに・・・」と不満気です。帰りが遅いから心配して、仕事の途中にわざわざ出かけたのに「この態度!」と思うとカーッと頭に血が昇ります。でも、外で怒るわけにはいきません。「遅いから迎えに来たの。Kちゃん(楽院児)にも、早く帰ってくるように伝えてきて!!」と使いに出します。

それでも、まだ一人で階段を降りようとした甥に、あまりに腹が立ち、階段を先に駆け下り帰ってきました。「せっかく、迎えに行ったのに」ととても腹が立ったのです。小さい頃から、教育的に恵まれた環境で育った甥は、どこでも、「それなりの評価」を得てきます。私たちが「手を抜いている」と感じても、楽院ほど厳しくないよそでは認められることもあり、最近、少し、生意気なところが見え隠れします。この過信が思い上がりとなり、自分のマイナスにならないとも限りません。この時期、勉強より何より、一番大切なことは、人間として「失礼な態度」や「人の気持ちを考えない言動」をしていないかを見極め、それを改めさせることだと思っています。

子供を褒めること、認めることは大事なことですが、褒めすぎは禁物です。自分ひとりで賢くなった、自分ひとりで大きくなったと勘違いさせてしまいます。純子先生には「子供が不遜な態度をとる時は、それを許す雰囲気があったり、まわりの大人が同じことを見せている時だから」と指摘され、最もだと感じました。確かに「音感の授業」の時の「麻奈先生」は甥に一目おかれていますが、ふだんの私は、「親族の一人」であり、当然くみしやすい相手なのでしょう。

「Yは失礼なことをして良い相手、悪い相手を見分けて、使い分けている。腹が立つような失礼なことをしたら、その時は自分で強く叱って! 私には叱られことがわかっているから、失礼なことを言わないし、しない。怖いから祖父にもしない。やさしいと思っている人に、そういうことをするのだから」。けれど、私の考えは少し違います。我が子に「誰に対しても失礼がないように」しつけるのは親の責任だと考えるからです。「怖くすればしない」のは、強制しているに過ぎず、「母の怖さ」の効力がなくなる年頃が心配です。「善悪の区別」は、相手が厳しいか、やさしいかに関係あってはならないものです。世の中に出たら、いろいろな人がいます。誰もが愛を持って木下流で叱ってはくれません。うちの父がよくいいます。「本当に怖いのは、何も言わない人なのだ・・・」と。

甥の存在は、私に「音感の先生」としてではなく「血のつながりがある大人」として接し方や叱り方をも考えさせます。子供がいない私にとって有難い存在であり、同時に、怖い存在でもあります。それは、私自身や妹が両親に不遜な物言いをしていないか、常に自分を省みるきっかけでもあるからです。「自分もしていること」を子供に偉そうには注意できませんから。

私は最近、「親を超える」というのは、親が与えただけの愛情、しつけ、教育を我が子に与え、自分以上の結果を出すことなのではないかと思い始めています。そして、それは学歴や財産、収入ではなく、人格や徳という無形のものでなければならないように感じるのです。そう言うと、子供のいない私は、一生、自分の両親を追い越すどころか、追いつくことはないのです。
by k-onkan | 2008-11-30 11:26 | しつけ | Comments(0)

お願い~成果発表~

みなさま、楽院の成果発表会、お疲れさまでした。
いかがでしたでしょうか?

さて、皆様にお願いがございます。
ホームページに載せる成果発表の記録写真の撮影を手配し忘れてしまいました。
幼児部の斉唱、独唱、児童部のピアノ演奏、独唱など、撮影された方は、お貸しください。
スナップでも、データでもかまいません。
特に、今回、新しい制服を着た幼児部の写真が欲しいので、どうぞ、よろしくお願いします。
また、成果発表の感想なども、お気軽にお寄せください。
by k-onkan | 2008-11-29 20:47 | 楽院だより | Comments(0)

日本人の品格

数日前になりますが、北海道の高校生21名が、修学旅行先のロサンゼルス国際空港の免税店で、財布などを33点も万引したというニュースを読みました。高校生の修学旅行先がロサンジェルス、グランドキャニオンというのも驚きましたが、万引きに参加した生徒が男女21人もいたこと、その上、万引きしたものが免税品店の高級品で、その処分は「停学5日」ととても軽かったことなど等、驚きの連続です。ニュースを読み進めると、もっと驚いたことがあります。それは店員に注意され商品を返却した後もまだ、日本に持ち帰った盗品が存在して郵送して返却したとのこと。高校生とは思えない盗賊団の所業のようです。

e0143522_2246442.jpgこのニュースについて、いろいろなブログで「高校の修学旅行で外国に行くのがおかしい」「学校の認識が甘い」「家庭のしつけが悪い」「修学旅行に対する考えを指導できていない」といろいろな意見がありました。しかし、私が感じたのは、「日本人として、なんと恥ずかしいことをアメリカでしでかしたのだろう」という憤りでした。もし子供を連れているのが、私なら、たぶん、現地の警察に通報してアメリカの法に身を任せたと思います。もちろん引率者の自分も監督不行き届きで出頭しなければなりません。

外国に出るということは、外国のルールで暮らすということです。修学旅行の名の下に、「楽しいところはアメリカを満喫し悪いことの処罰は日本流!」そんな甘いことが本来、許されてよいわけがありません。「郷に入ったら郷に従え」。穏便に済ませるより、あえてことを荒立てたなら、2度と万引きなどできなくなるはずです。未成年の万引きなら、社会奉仕活動(道路でごみ広いなど)くらいで済むかもしれません。生徒全員が社会貢献をすれば、海外における修学旅行にも意味が出てくるかもしれません。

しかし実際は、引率講師が免税品店で頭を下げ、生徒を少々問い詰め、商品を返却して帰国の途についたのでしょう。その上、後から盗品が出てくる・・・。いかに教師や世の中を甘くみていたのかを想像することができます。先生は預かった子供を無事に親元に返す義務がありますが、五体満足で返すだけが無事ではないと思うのです。精神的、肉体的に何事も無く返すことが、真の「無事」だと私は思うのです。

外国に暮らすと、自分の国の人間が罪を犯したり無責任なことをすると、自分も物を投げられたりして、危険がふりかかってきたりします。同時多発テロの時には、アラブ系住民は身の危険を感じて、外に出ることもできませんでした。それは、ビン・ランディンと同じアラブ系民族だというだけで、同等だと考えられ報復行為が後を絶たなかったためなのです。

「私は地球人であって、日本の国とは関係ない」という若者がいますが、私たちは日本国発行の「パスポート」に身を守られているから、安心して、他国を旅行ができるのです。日本人だと証明されなければ、何をされるか分かりません。品格ブームだから言うのではありませんが、日本人としての品格を失ったまま、海外に出てはいけないと思う恥ずかしいニュースでした。
by k-onkan | 2008-11-29 00:00 | 発達障害 | Comments(0)

木下式マトリクス?

昨夜から仙台に滞在していたのですが、今回、初めて東北本線に乗る機会がありました。心配だったので、ホテルのフロントで下調べをすると、「平日なので普通にありますよ」と時刻表を調べてくれました。「1時間に4本はあります」と言われ、「ここは東京ではなかった」とはっとしました。東京に住む私たちは、「平日で普通に電車がある」というと、「2~3分に1本」の感覚です。しかし、それが当然ではないのです。「ない経験」をしてはじめて「ある有難み」が分かるとは、こういうことを言うのでしょう。

e0143522_2322278.jpgそして、電車もまた未知との遭遇でした。都心では、すべてのドアが一斉に開閉しますが、北国仙台では、防寒対策のため、乗降する際、扉を自分で開閉して使用するのです。最初は、どうやって利用するのかわからず、様子をうかがってしまいました。なんとか、見よう見真似で利用しました。目的地で降りる時も、開けるのを忘れて降りそこなうところでした。まだまだ、世の中には知らないことや、未経験なことがたくさんありそうだと嬉しくなってしまいました。

さて、今回は、「竹中式マトリクス勉強法 竹中平蔵(幻冬社)」を持って新幹線に乗りました。その中で、竹中氏は勉強には4種類あると書いていました。まず、「人生を戦うための武器としての勉強」と「人間力を鍛えるための人と人とを結ぶ勉強」に分かれます。そして、それぞれに、「天井がある勉強」「天井がない勉強」が存在します。これが「勉強マトリクス」です。人生を戦うための武器の天井のある勉強は「資格をとる」などです。そして、天井がないのは、それを深く追求していくことなのでしょう。「なるほど」、大人になっても、勉強は続けていかなければならないと確認させられます。

私は、今日指導をした幼稚園の教諭の研修の際、早速、これを使わせていただきました。木下式を実践する幼稚園の先生として「戦うための武器」は、「木下式の記憶勉強」つまり、検定試験を合格するための理論勉強や実技勉強です。けれど、免状を取得は一つの目的であり、そこで終えたのでは何の役にも立たない、ただの資格マニアになってしまいます。それを用いて、子供たちに、いかに上手く伝えられるかは「天井がない勉強」。つまり、子供と向き合う限り、私たち指導者も勉強をし続けなければならないことなのです。子供の吸収力はすばらしいものがあります。大人がちょっと怠けると、子供に追い越されてしまいます。子供に抜かれたら、能力を引き出すどころか、能力を押し留める結果になりかねません。そんな話をしてみました。

さて、この幼稚園に定期的に通うようになって3年が経過しました。最初に比べ、先生たちの発声がとても上手になりました。すると、子供たちにも大きな影響があるのです。私が一番、嬉しいと感じるのは、一生懸命、打ち込むことによって、先生たちの顔つきが、「指導者らしい立派な顔立ち」になることです。幼稚園の先生も、まだ年若く、子供と同じように、辛い時もあれば、逃げ出したくなることもあるでしょう。特に、私に叱られて涙をこぼす先生は、本当は、逃げ帰りたい思いだと思います。けれど、それに負けずに頑張っているから、子供に成果が見え始めたのです。努力を辞めたら、それ以上の進歩はありません。幼稚園の先生として、人生を戦う勉強であると同時に、人間力を鍛えることもできる木下式・・・。やっぱり、すごい教育なのかも??と思うのです
by k-onkan | 2008-11-28 00:00 | 木下式音感教育法 | Comments(2)

親の話となすびの花

今日は、午前中、横浜さがみ幼稚園に音楽祭の視察に出かけました。子供たちは、夏の講習会で公開学習をした子供たち、どんな成長をしているかと楽しみに出かけました。夏に会った時より、少し大きくなった子供たちは、首を長くして、私たちが来るのを待っていてくれました。公開学習の時に、がんばっていた男の子たちが、独唱に選ばれ、「男の子というのは、その時より後から、勉強の成果が現れるのだ」と嬉しくなりました。

e0143522_6382556.jpgさて、帰り道に本屋に立ちよりました。木下先生の尊敬する3人の女性の一人、曾野綾子さんの「「引退しない人生(海竜社)」を購入したので読みながら帰ってきました。1ページに1つと文章は短いのですが、それぞれ、心に染みるのです。中でも、ひときわ、印象に残ったものがこれです。

語る芸術 
大人は、自分が見聞きしたこと、感じたこと、苦労したことを、整理して語って聞かせることが、家族や友人や職場の人への優しさであり、義務であり、社交であり、教育であり、連帯である、ということを次第に感じるようになる。整理して、と言ったのは、だらだらと自分の思いのまま述べるのでは、相手もうんざりするからだ。おもしろいことに、愚痴でさえ、表現が下手だとうんざりする話になるが、整理がいいと芸術になり得る。(「自分の顔、相手の顔」~曾野綾子 引退しない人生より~

あまりに感銘を受けたので、一緒だった父にも読ませます。「う~ん。そうだな」と唸ります。そして、「うちの親父は、だらしないところもあったが、俺たちには本当にいろいろなことを教えてくれたものだ。稲穂の話(実るほど頭を垂れる稲穂かな)や毛利元就(三本の矢の話)とか・・・」。父方の祖父は、私も子供の頃いろいろ教えてもらいました。とてもおだやかな人でした。

「お祖父さまは、えらかったわね。木下先生は音感のことしか伝えてこなかったからね・・・」とちょっと意地悪を言います。父は、常に「音感教育」を通して、私たちに人生を教えてきました。「指導法」だけでなく、音感を一生懸命打ち込む姿によって背中を見せたり、音感を語る中で、人生を生きぬく術や、人と関わる術、社会に対する責任を教えてくれました。しかし、年頃になって「音感」から遠ざかった弟には、教えてやれないこともたくさんあったはずです。

忙しさにかまけ、中学で反抗期に入った弟を母任せにしたことを父は後悔しています。男同士は素直になれないことも多かったでしょう。また、正論が通じない弟に、自分の失敗を話したり、社会のことを教えるには、どうしたらよいのか、分からなかったのでしょう。そんな弟も、自分に息子ができると、「朱に交われば赤くなるとか、なすびの話(親の話となすびの花は千に一つも無駄がない)など、お祖父さま伝来のお説教をしていることがありました。時代を経て、親から子へ、そして、孫へ、あきらめさえしなければ、確実に伝えられていく。そんな風に思うのです。
by k-onkan | 2008-11-27 01:49 | 教育 | Comments(0)

物差し、もっていますか?

先週になりますが、今日のクラスの子供たちを、12月に公開学習を担当する妻沼幼稚園の教諭3名が見学にきました。教諭たちは、「やっぱり、楽院のお子さんは違います。年長児に負けないほど歌上手で、目つきや意欲、そして、オーラが違う…」と感心して帰っていきました。私は、先生たちの評価をありがたいと思いながらも、でも、「実はそれほどでもないのに」と思いながら見送りました。

e0143522_21164990.jpgこのクラスは、年中児と言っても月齢が小さかったり、後から入学したりで、まだ全員が意欲的に学んでいるわけではありません。昨年中は、いつも誰かが泣いたり、ぐずったり、嫌がったりするのを、なだめ、注意し、機嫌取りをして授業を行なっていたのです。けれど、こうして全員が「楽院の生徒」として評価される能力を見せられるようになったことは、私たちにとっても、とても嬉しいことです。

中には、いまだに私に注意されることを嫌い、「注意される前に涙を見せる子」「注意すると大声で泣き、授業を受けられなくなる子」もいます。今日も、最初の個人発声で「ラは口を開けて!」と指導した時に、指示に従わない子がいました。「ラ」や「ファ」という母音「ア」を持つ音名は、口を開けなければ決して美しい響きになりません。そして、これを修得した子から、歌唱力や聴音能力が身につく「基本中の基本」でもあります。何度か、「Sちゃん、口を開けて」と言い続けると、投げやりな様子を見せるではありませんか。あたかも、「やり過ごしたら、口を開けさせるのを諦める」と思っているようです。ここで、負けるわけにはいきません。一度でも子供に主導権を奪われたら、それを取り返すのは容易なことではないのですから。最初は、涙を見せて抵抗したSちゃんですが、時間がたてば機嫌を直してがんばることができます。そんな時に褒めると、とても嬉しい顔を見せてくれます。もしかすると、ただ単に「ここにいるよ」と存在をアピールしたくて「困ったちゃん」をしてしまったのかもしれません。

幼児期の教育には、時に押し付けや強制も必要なことです。大人が「これは絶対に大切である」と考える「善悪の区別」や「生きる上での信念」は、好む、好まないに関わらず、知らせておかなければなりません。子どものうちに、「正しい物差し(判断力)」を身につければ、成長して一人立ちした時に、良識を身につけた人に育ちます。けれど、判断力がないまま大人になると、身勝手だったり、社会に迷惑をかけたりすることもあるでしょう。

楽院のルールは「先生の指示に従う。従わないとレッスンは受けられない」「やる時は、一生懸命、最大限の力を発揮する」など、いたってシンプルです。しかしそれを教えるためには、お小言を言ったのでは通じません。少々、芝居がかっていますが、時に泣き真似をして見せたり、「えぇ~。先生の言うことを聞かないでレッスンをうけられるの?」と大げさに驚いたり、時に、強く叱ることもあります。いろいろな手法を使って、子供たちに「自分のあるべき姿」を刷り込んでいきます。これは、あくまでも、楽院における「ものさし作り」であり、それぞれの家庭には、それぞれのルールや信念があるべきだと思います。そして、これを的確に教え、受け止めさせることができるのは、子供が幼いころだけです。大きくなってしまってから、ルールブックの書き換えも変更も、絶対に不可能なのです。
by k-onkan | 2008-11-26 00:00 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

たっぷりの愛と教育、お金を少し

この連休は、読書リストから数冊、本を読むことができました。その1冊は、大垣先生の「言葉の臨界期について」に登場した「隔絶された少女の記録(晶文社)」です。「他者とのかかわりなしに、人は言葉をもつことができるだろうか。この問いにひとつの答えを与えた少女ジーニ。1970年秋のロサンゼルスで、誕生以来13年間、父親によって小部屋に閉じ込められたジーニが発見された。やせ細った少女は、泣くことも叫ぶことも知らなかった(裏表紙より)」

e0143522_0334977.jpgこの本を読むと、「言葉の臨界期」が、何歳であるかが明確にできない理由がはっきりと分かります。それは、言語を与えないのは最大の虐待であり、そんな人体実験はあってはならないことだからです。しかし、ジーニが発見されたことで、科学者にとって願ってもない被験者が現れたのです。一口で「言語」といっても、その中にはいろいろな要素があり、ふつうの子はそれらが一度に発達するそうです。でも13年間、言葉を持たなかったジーニは、それぞれの要素が個別に発達し、その中で、どうしても身につけられない部分が発見されました。それは、本来、生得的に内在されていると考えられる部位で、開発しなければ芽を吹かないことがジーニの観察から分かるのです。この部分に関して言うと、臨界期を越えてしまっていたという意味なのです。よく、ジーニが健常児であったか、知的障害があったかが問題にされますが、たとえ知的障害があったとしても、早期に言葉による刺激を与えたか否かでその後の、結果に大きな差が出るはずです。やはり、乳幼児期に親が愛情のある言葉で話しかけてあげることが、いかに大切かを感じさせる本です。

この本を読んで一番悲しく感じたのは、小部屋から外の世界に連れ出されたジーニが、周りの人間に心を許して、少しづつ言葉を覚え、意思の疎通を覚えていくのですが、研究費の問題、実母との関係、科学者たちの利害関係など、さまざまな事情によって、最終的に、好ましくない環境で暮らすことを余儀なくされ、開発された能力が後退していくことです。ジーニに必要だったのは、言葉を覚えさせる訓練よりも人間らしい心を取り戻すための愛や情が必要であったと、後に科学者が回想する部分には、胸が締め付けられてしまいます。何人も、人間らしく生きるために、教育と同時に、愛を与えることが絶対条件であるのです。

ジーニの不幸の始まりは、研究に思うような効果が出ないと助成金がカットされたことでしょう。お金はあると助けになるものですが、人生をお金だけで解決しようとすると、問題も出てきます。特に、我が子に「愛」の代償に「お金(もの)」だけを与えることも、一種の虐待だと私は感じます。そう考えると、うちの両親は「お金に厳しかった」ことを思い出します。芸術や文化的に価値あるもの、教育など必要なものには惜しみなく使ってくれましたが、子供に分不相応なものや、意味無く余計なお金を与えたりはしなかったと思います。「欲しかったら、自分の力で働いて手に入れよ」という考え方でしたので、高校生になってもお小遣い制度はなく、楽院の子供の世話や丸ツケのアルバイトや、母の代わりに夕食を作ったり、お台所仕事で小銭を手に入れていました。

高校を卒業して、アメリカに留学するまでの数ヶ月の間、楽院で見習いとして毎日、出勤していたことがあります。初任給を渡された時に、同時に、母に、家に生活費を入れることを教えられました。周りの友達に親御さんが、子供の将来のために貯金している話を聞き、当然うちはないだろうと思いながら、「うちは?」ときくと、当たり前のように「ないわよ」と言われ、「うちらしい」と思ったものです。当時は、友人を羨んだりもしたものですが、今になると、それが有難かったと思うことが多々あります。自分が案外、打たれ強いのは、いろいろな試練を親からも与えられていたからだと思うからです。
by k-onkan | 2008-11-25 00:33 | 教育 | Comments(0)

がんばれ!お父さん!

このブログで毎日、偉そうなことを書く私は、決して、優等生でも、意欲のある子でもありませんでした。恵まれていたからこそ不遜で、プライドだけは高く、親のお蔭で身につけた能力を振りかざした反抗期もあり、親を泣かせたことも数知れません。よく慕ってくれた名誉団員のAちゃんが、「麻奈先生は親と違って、悪そうだから好き」と言っていました。「失礼よ!」」と言いましたが、同時にそれは最大の賛辞であっただろうとも思っています。

e0143522_23103937.jpg悩める子羊たちが、「出来が悪くても麻奈先生」を頼りたくなるのは、若気の至りを隠さずに、子供たちに話して聞かせるからだろうと思います。愚かだった頃の自分を忘れると、子供とはつきあえません。偉そうにするだけでは子供の心は離れていくからです。時には、胸に手を当て、自分が若くて愚かだった時のことを思い出して、感謝を忘れないように、ここに書くのです。

音感が無くて苦労した父が、私にはその能力を授けたいと、この教育を考案した話は、皆さんも耳にタコができるほどご存知でしょう。でも、思い出したら、キリがないくらい、他にも愛情をもらっていました。私は生まれてすぐに、お医者様に「先天的な痣がある」と宣告されたそうです。父が私を定期的に東大病院の検査に連れていってくれたことが、今でも記憶にあるのす。お酒を飲むと「かわいそうだな・・・」と言って、よく母に叱られていました。大人になった今でさえ、「治るなら、治した方が良い」というのですが、「お嫁に行く年齢でもないし、痛いからいや!」と言っていますが、いくつになっても切ない親心があるのでしょうね。

小さい頃、「内股ですよ!」と指摘されれば、毎朝、6時に叩き起こされ、うさぎ跳びに、なわ跳び、手製の平均台による歩行訓練。厳しい中にも、たっぷりの愛情をもらっていたことは、子供心に分かっていました。だから、幼稚園や学校で陰湿ないじめにあっても、自分から命を絶ったり、親が悲しむことをしてはいけないのだと、漠然と、でもはっきりと分かっていました。思い出すと、幼い頃の私は、親の気持ちを理解できる良い子だった時期もあったなぁと思います。

そんな私が、反抗期に入り、「高校を辞めたい」と言ったことがありました。母の言うことなど、まったく意に介さない私に、困り果てた母が、「話をしてくれるように」父に頼んだのでしょう。入学式にも卒業式にも来たことがなく、私の学校生活になど、全く興味はないと思っていた父に、無言で一日、新宿の町を連れ歩かれたのです。何を話すわけでもなく、「東京裁判」という二部構成で長編の暗い映画を見せられ、遅い昼食を食べている時に、ボソっと「学校くらい出ていないと苦労するのだから」と言われましたが、それが「学校を辞めてはいけない」という説教であったとは、全く気がつきませんでした。午後は、新宿の末廣亭で無言で「寄席」を見物して夜遅く家に帰りつきました。次の日になって、「学校にいかない」というと私に、「昨日、話したのに、まだ分からなかったのか。ばかもの!」という父の怒声が響き、嫌々、学校に出かけたことがありました。

ふだんの子育てや生活ではお母さんの役割が重要です。でも、子どもが生意気になったり、反抗期になったり、人生の岐路に立たされた時は、やっぱり、社会の厳しさを知っている父親の出番なのですよね。
by k-onkan | 2008-11-24 00:00 | 我が家のこと | Comments(0)

就活中と就職中

アメリカでは「21歳」になると友人が盛大にお祝いしてくれます。公的にお酒を飲める年齢になるからです。21歳が大人になるのはアメリカだけではありません。日本の21歳もがんばっています。

e0143522_22161134.jpg一人は、短大を卒業して幼稚園教諭になった社会人1年生のYさんです。先週の土曜日に楽院に顔を出してくれたそうです。私は生憎、留守でしたが、年中の子供の姿を見て、「おりこうね。うちのクラスの年中児はみんなじっと座っていられない…」と嘆きます。「のびのび幼稚園なら、私にもできるかなと思って自由保育の幼稚園を選んだけれど、問題ばかり起きて、毎日、保護者に謝ってばかり・・・」とこぼしていきました。大人は「自由時間」というと、癒しの時間を想像しますが、たくさんの子供がいて自由時間があると、必ず問題がおきます。秩序がないからです。だからこそ、楽院の合宿はたくさんのイベントが用意してあるのです。けれど、自分自身で、それを経験して、学んでいるその子が「偉くなった。大人になった・・・」と思います。

もう一人、同じ年のGくんの日記をネット上に見つけました。有名大学3年の彼は、現在、就職活動でセミナーに通っているそうです。そこで、驚いたのは、同じ年の学生が「目は見ない。声は小さい。それでは何も伝わらないのでは?・・・」。問題提起をしていました。私も同じことを最近、感じていました。そのセミナーで他己分析とういものをされ、「同い年とは思えないほど、考えているといわれた。自分が老人のように言われてしまった・・・」と嘆いているのを見つけ、「そう言えば、3人兄弟の末っ子の彼は2歳の時から、「2歳とは思えない」言動をする賢い子だった。小さい時に賢い子は、何歳になっても、しっかりしているのだな」と微笑ましく読みました。

世の中は、不景気なことばかりで、就職の内定が取り消されたり、リストラが起きたりしています。けれど、自分を信じて、地道な努力をしていれば、きっと良い結果が生まれる。そう信じています。がんばれ!子供たち!
by k-onkan | 2008-11-23 00:16 | 名誉団員・卒業生 | Comments(0)

親とは切ないもの

「麻奈先生は人の子の親じゃないでしょ!?」との批判を覚悟して言うと、真剣に取り組めば、「先生」であることも「親」であることもよく似ていると思っています。特に、楽院は一人ひとりと深く関わるため、一般の教室よりは絆が強いでしょう。小さな子供は素直に大人の願い通りの結果を見せてくれますが、大きくなるとそうはいきません。時に反抗もしますし、うるさがったり、裏切ったりもされるのです。しかし、これが子供とつきあうことであり、子育てなのだと思っています。決して、きれいごとばかりではありません。

e0143522_051280.jpgどんな大人にも反抗期はあり、迷ったり悩んだりしたはずです。その経験無くして今の自分はないのです。そう考えたら、年頃の子供の反抗にも寛容になれるものです。とは言っても、「わがままを全て許せ!」というわけではありませんが・・・。

私にも高校生の頃、反抗期がありました。親が教育を職業とする手前、「模範的な娘でいなければならない」という気持ちと、「そうはいられない自分」のギャップを母に八つ当たりもしました。また、色々な知恵も出て、「自分は一人でも十分、通用している」などと、愚かな生意気さを持っていたのもこの時期でした。

そんな時、涙を流し追いかけてきた母に、「考え違いも甚だしい。自立もできない半人前の癖に、誰によって生かされているか、よく考えなさい」とよく言われたものでした。子を思う真剣さから涙を流す母の姿は、現代風(いまふう)に言えば、とても、うざいものです。しかし、その時、そう言われていたから、それ以上、鼻持ちならない嫌な人間にならずに済んだのだと思うのです。「誰にも迷惑をかけていない」「誰の世話にもなっていない」とどんなに偉そうに言ってみても、そんな人間はどこにもいないのです。大人になることの第一歩は「感謝を忘れない」ことかもしれません。

愚かだった自分が記憶にあるからこそ、私は、子供に対して物分りの良い大人になる気はありません。どんなに「うざい」と言われようとも、生意気でいきがる子供には、「危険な目にあわないように、心を引き締めなさい」「自分が思うほど、一人前ではないのだから」と言い続けることでしょう。煙たがられても正論を言うこと、そして、時に突き放すこともまた愛です。親であることは、なんて切ないのか・・・。卒業生の近況を報告に来られたお母様とお話しながら、そんな風に思ったのです。
by k-onkan | 2008-11-22 00:05 | 思春期・反抗期 | Comments(0)