麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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<   2009年 05月 ( 31 )   > この月の画像一覧

大人になるために・・・

今朝は、「音感に来るのがいやで朝ふとんから出ることができなかった」という低学年の男の子の話をききました。なぜ嫌なのかの理由は「よそと比べてきちんとしなければならないから」とか「叱られるから」なのだろうと思います。他のおけいこごとや学校では、楽院ほど「きちんとしなくて良い」ということも、さらに楽院の「厳しさ」を強く感じさせる理由でしょう。

e0143522_20263777.jpg「今は嫌だと思っていても、いつか、きっと、今、していることが役に立つ時がくるのよ」と話しました。「君のお母さんも、麻奈先生だって、毎日、楽しい仕事ばかりをしているわけではないのよ。いやだな。行きたくない・・・という辛い日もあるのよ。お母さん。そうですよね?」「仕事で叱られることもあるのよ・・・」子供はちょっと驚いた顔をします。「大人は楽しいから仕事に行っていると思っているかもしれないけれど、違うのよ。嫌でも行かないとお給料をいただけないから、嫌なことだって我慢するのよ。子供の時に自分の好きなことしかしていない人は、大人になってもちゃんとした仕事にはつけないのよ。もしかしたら、仕事もない。家もない大人になることだってあるのよ。子供の内に、嫌なことも我慢して努力しなければ、ちゃんとした大人にはなれないの・・・。分かる?」。なんとなく、この言葉に納得して、皆の待つ教室に帰っていきました。

さて、世の中の基準でいけば、楽院は厳しい場所であると思います。「行儀を良くしなさい。姿勢を正しなさい。人の目を見て話しなさい。今、自分が何をすべきか考えなさい。」などよその学校やおけいこごとでは決して求められない数々の課題は、子供にとっては厳しいことでしょう。けれど、いつか、必ず、それが役に立つ時がきます。そして、どうか、周囲の子供よりは「ましである」とか、「他にはもっとひどい子がいるから」そんな理由で、親の価値観がぶれないようにしてください。自分の子供として、「これだけはして欲しくないこと」は子供の内から、口がすっぱくなるほど伝えておかなければなりません。善悪の区別は、自然に芽生えるものではないのですから・・・。
by k-onkan | 2009-05-31 00:00 | 児童 | Comments(0)

チイ先生はダメよ!

合気道教室での失敗が発覚した日、甥Yはもう一つ事件を起こしていました。Yが通う幼稚園はとても教育熱心で、年少から一人で着替えをさせたり畳ませたり、縦割り班では年長が年少の手を引いて遠足に出掛けたり、今時、珍しい配慮のある園です。年長になると、朝顔の観察日記をつけさせ、先生からの連絡事項は自分でノートに書き取らせて保護者に確認印を求めるなど、一般では小学1年生になってから行うようなこともさせてくださるのです。

e0143522_0275646.jpgその日は、お母さんの作ったお弁当の日で、先生がノートに「お弁当の感想を書きなさい」とおっしゃったようです。「お弁当はおいしかったです」と書いたYは、隣の友達のノートを見て、「Aくん、違うよ」と言ったそうです。でも、A君は「いいんだよ」と言います。「ううん、違うよ」「いいんだよ」言い合いになり、おもむろに手にした消しゴムで友達のノートの文字を消してしまったといいます。親切心なのですが、相手の子にとってはいらぬおせっかいです。その子が泣き出し、先生が間に入って事情が分かりました。

お隣の子は先生の言葉通りノートに「お弁当のかんそう」と書いたそうです。Yは、自分が「おいしかった」と書いたので、隣の子にも「お弁当について」書かせようとしたのでしょう。先生が同じようにYのノートの文章を消しゴムで消して、「ごめんなさい」をさせ仲直りとなったそうです。Yの言い分は、「自分は間違っていないのに・・・」と思うかもしれませんが、相手のお子さんの気持ちを考えると、さぞ悔しかったでしょう。両方のノートが同じになるよう、Yのノートも消して謝罪させた園の先生の采配に感心しました。

その話を聞いたので、私も「お母さんも麻奈先生も教えることが仕事だから間違っている子がいれば、それを消して書き直しをさせるけれど、Yは子供だから、たとえお友達が間違っていても、それを直したり教えたりしてはいけないのよ。直していいのは先生だけ・・・」。そう言ってから、ある出来事を思い出しました。

それは何年か前にオペラ公演をした時のことです。終演後のアンケートに「ピンクの衣装の小さな女の子が舞台上で先輩に手で命令をしてたいへん見苦しかった。学芸会ではないのだから・・・」と苦言が記されていました。1年生の中で特に記憶力が良く舞台の流れをよく把握していたB子ちゃんのことでした。油断して動きが後れた先輩を手招きしたようです。それが本番での行動だったため、木下先生からも「人のおせっかいばかりせずに、自分のことに責任を持つように」とお目玉をいただきました。その子もショックを受けましたが、一番、嘆いたのはお母様でした。なぜなら、それまで幼稚園で「チイ先生(小さな先生)」として、他の子にいろいろと教え重宝がられていたのだとか。Bちゃんにとって、それが「いけないこと」という認識はなかったのです。でも、やはり、同じ年の子供に物を教えさせてはいけないのです。争いの種になりますから。

友達に聞かれたら親切に教えてあげなさい。でも、聞かれないのにいらぬおせっかいをやきすぎないこと・・・。そういうと、他人に全く手を貸さなくなって無関心になってしまうのかしら?
by k-onkan | 2009-05-30 00:27 | 幼児 | Comments(0)

優しい人ほど怖い

「子供に知恵がついたら気をつけましょう」。普段、いろいろなところで苦言を呈している私たちが恐れていたことが起きてしまいました。それはある方からのメールがきっかけでした。「合気道教室に通う楽院の生徒たちの態度が悪い。その一人が甥のYであること。特に優しい先生が指導されている時、動物の鳴き真似をして楽院仕込のよく通る声で皆に迷惑をかけている。同じ楽院の保護者として注意すべきなのでは? でも、合気道の先生がいらっしゃるので、出すぎた真似はできない。さて麻奈先生に言うべきか。でも、たまたま、その日だけかもしれないし、余計なことを言って間違った受け止められ方をしたら・・・。けれど見て見ないふりもできない・・・。」。悩んだあげくのご連絡でした。

e0143522_1195714.jpg本当に優しい人は「憎まれ役を引き受け、本当のことを教えてくださる人」だと思います。昔は、「おせっかいな近所のおばさん的存在」はどこにでもいて、「お宅の子がよその子をいじめているよ」などと教えてくれたりしたものです。親もそれに立腹することなく自分の子供を観察し注意したものです。しかし、今はお互いに余計なことを言って恨まれてはいけないからと、関わらないのが普通です。たとえ隣家で子供が虐待されていると知っていても、見ないふりをするような世の中になってしまいました。学校やおけいこごとの先生でさえも、親が怖くて子供に注意することができないと聞きます。しかし、子供を正しく育てるためには親は他人の苦言は絶対に聞かなければならないのだと感じます。子供にだって、親の知らないいろいろな面があるのですから。

私たちはその方が教えてくださったことに深く感謝しました、なぜなら、甥は最近、いろいろな場面で自信過剰な発言が見え隠れし、「大人がいないところで、そざかし、おごった態度をしているに違いない!!」。瑠音先生が強くそう疑っていたからです。嫌いだった水泳が好きになり、幼稚園生活にも自信が芽生え、甥の生活に怖いもの、苦手なものがなくなりました。人は怖いものがなくなった時、本当に怖いものに出合うのかもしれません。瑠音先生の「絶対に怪しい」という母親の勘は大当たりだったということです。伸びきった鼻をへしおる良いチャンスです。

「今日、合気道からお手紙が来て、貴方の態度が悪いと書いてある。優しい先生だからといって悪ふざけをする人は、合気道を習う資格はない。厳しい人の前でしか、きちんとできない人は一番恥ずかしいのだ。もう明日から行く必要はない」と叱られました。「ごめんなさい。ちゃんとやります。辞めさせないでください」甥は泣きながら謝っていました。

「ちょっとおふざけしただけ。子供はみんなそれくらいする。そこまでしなくても?」そう思うでしょうか。けれど、親の手を離れた子供の最初の態度をどのように判断したかで、子供は親の価値感を感じ取るのです。「これくらいならいいんだ」と思ったらすぐに忘れて同じ過ちを繰り返します。それでは、いくら親が「ダメ」と言っても、「ダメ」だと受け止めることはできないのです。

小学校受験に「行動観察」という課題があります。大人の目の無い場所で子供を自由に遊ばせ本当の姿を観察するというあの課題の理由はここにあるのだと痛感した瞬間でした。大人の手を離れた時こそ、子供の本来の姿が出るのです。 楽院で良い子にするのは当たり前です。厳しく目を光らせているのですから。そういう場から離れても自分を律することができるように育てなければならないのです。

子供が成長の過程で悪いこと、間違いをするのは良くあることです。それは、どんなに真面目な良い子供でも知恵がついたら、大人の目を欺き、楽をしようとするのが普通です。大事なのはそういう行動を大人同士の連携によって絶対に見逃さないこと、そして、子供は「見られているのだ」と緊張すること。これが悪い方向へ向かわせない秘訣なのだと思います。父がよく「本当に怖いのは厳しいことを言わず穏やかに観察している相手なのだ・・・」と言うのですが、それと同じで、将来、口うるさいことを言ってくれる人がいなくても、心を引き締めて臨めるように育てたいのです。
by k-onkan | 2009-05-29 00:00 | しつけ | Comments(0)

愛する子供の手を放す時

子供の教育に関わって、教えることより、一人立ちさせる時こそが難しいと感じることが多くあります。幼いうちは全てを手取り足取り教え、手間はかかりますが、大人が頑張れば頑張っただけ成果が出るものです。しかし、子供の成長に従って自我が芽生え、子供は親の手から放れたいと思うようになります。その時まで、少しづつ手を放し一人立ちできる人間に育てることが大事なのですが、実はそれこそが難しいのです。子供より大人の方が依存していることもありますし、実際、子別れの儀式はどの世界でも寂しいものです。

e0143522_22593172.jpg私は子供に必要な手助けは一つだけだと考えます。それは、「その子を独り立ちさせるための手助け」であり、そのために教育があるのです。たとえば、乳児期なら「オムツを外すこと」が独り立ちの第一歩です。しかし、いきなり一人でできるようにはならないため、子供がいきたがる時間を見計らってトイレを勧めるという補助が必要です。これも「一人立ちのための手助け」です。

小学校になってしばらくは「宿題をやったら、ママにノートを見せて」とチェックすることもあるでしょう。しかし、だんだん「やったの?」という言葉の確認のみになり、最終的には自分のことは自分で行い、行動に対する結果と責任は全て自分が取るように仕向けていく、これも一人立ちのための準備です。

最近、「お母さんが二人三脚で二人の娘さんを東京大学に現役入学を果たした人の本」を読んだのですが、その中で、高校生の娘が効率よくノート作りができるため、お母さんが大事なところを予めコピーして用意していたという件があり、私にはどうしても納得がいきませんでした。その娘さんたちは確かに素晴らしい学歴によって未来が有望だろうと思いますが、一生お母さんの手を借りて結婚生活も子育てもしていくのだろうと思うからです。

ある卒業生の話です。その子は高校2年の時、学校が嫌いになってしまいました。一生懸命、受験勉強をして入学した学校でしたが女子高特有の暗黙の了解に馴染めなかったのか、いつしか、学校の全てをないがしろにするようになっていました。その学校の受験を薦めたお母さまにも反抗し、大人が心配することばかりします。無責任な行動をとる娘にいたたまれず、何とか学校から追い出されないようにお母様が替わり宿題をやって提出することまでありました。娘のために良かれと思って、手を出せば出すほど、娘は期待を裏切り、「もう小さい頃の可愛い自分ではない」と思い知らせているかのようでした。

このお母さんの「宿題をする」という手助けは、子供を独り立ちさせるための行為ではなく表面的な評価を保つための手助けです。もちろん、愚かだと言われても、それをせずにはいられないお母様の気持ちも痛いほど分かるのですが、私は「責任を自分で取らせない内は、絶対に良い方向へは向かいませんよ」。彼女が問題を起こす度に、苦言を呈したものでした。その子は私にとても懐いていたので悪い道には進まないようにと、楽院に定期的に通わせ目を光らせてもいました。しかし、ある時、「これ以上、私が甘やかしていてもこの子のためにはならない」と楽院への出入り禁止を言い渡しました。私が彼女を手放した瞬間でした。それから半年、お母様とは時折、お話をしますが、本人とはずっと音信不通でした。

今日、駅で瑠音先生が半年ぶりにその子に会ったといって、彼女のブログを見せてくれました。そこには、ほんの少しですが、成長して自分の道を歩こうと努力している彼女の姿がありました。最初のページに、16年間通った楽院のこと、私たちへの謝罪の言葉、感謝の気持ちが長々と書き綴られていました。読んでいるこちらの方が、涙がこぼれてしまいました。そして、最後に「いつか、ちゃんと胸を張って会いに行けるようになる。それまでは会いたいけれど、会わない!」と書いてありました。大人はいつまでも子供を手元において守ってやりたいと思うものです。しかし、切ないけれど、そんなことは不可能で、それが子供と関わり育てるということなのです。子供のいない私に親に近い気持ちを経験させてくれたこの子に私は言い表せない感慨があるのです。
by k-onkan | 2009-05-28 00:00 | 教育 | Comments(0)

賢く育てるのは難しい

先日、三重県の小西先生の教室に行ってきました。先生は、毎週、東京に通って勉強に来られていて、「勉強を続けるなら」との約束で、木下先生から教材の使用を許可されているのです。近い将来、認可教室が開けるように、先月から月に一度、私が指導に出向くことになったのです。きっと、皆さんは私がよその教室でも普段通り「怖い麻奈先生」をしていると思われることでしょうね。でもそんなことはありません。最初はお互いに距離感を持っておつきあいするのです。ご機嫌も取りますし、楽しい雰囲気を作って気持ちを盛り上げ、レッスンの楽しさを体感させるのです。もちろん、ダメなことはダメですし、直さなければいけない点は教えますが、楽院の生徒が見たら「麻奈先生が余所行きの顔」をしていると思うでしょう。

e0143522_02565.jpg初めて出会う子供に1回きりの指導をするなら、畏敬の念を抱かせるのも効果があります。子供たちは緊張感から「一番良い自分」を見せるため、効率的に指導できます。しかし、つきあいが長くなる際には、その子供のいろいろな面を理解した上で指導しなければなりません。そのため、最初はリラックスさせて本当の姿を観察するのです。これまで2回、楽しく授業を受けた子供たちは、その日も私がいることを知って、楽しそうに教室に入ってきました。「これからどんな面白いことがあるのだろう」。そんな気持ちだったでしょう。

最初にRくんが名乗りをあげて個人発声に挑みました。この子は都会の楽院にはあまり見ないタイプの男の子で、学ぶ意欲も自己主張も旺盛です。自分の進歩に自覚もありそれが自信につながっているのでしょう。そのため、授業中に少し調子にのってしまいました。新しい教本がすぐに手に入らないと知ると、その無念さから、「チッ」と舌打ちしたのです。「コラ!そんな態度はいけない」と叱ると、「麻奈先生は全然怖くない。小西先生のほうがずっと怖いよ」。自分の願いが叶わなかったことが悔しかったのでしょう。

子供が本当の姿を表したら、「本当のおつきあい」の始まりです。幼い子に厳しいことですが、「誰が先生で誰が生徒であるか」、主従関係をはっきりさせます。つまり、「新しい教本を持たせるか否かは先生である私が決めることであり、どんなに上手であっても、態度が悪い子に新しい教材を使う資格がない」ということを明確にしたのです。もちろん、新しい教本を欲しがり悔しがる彼は、学ぶ意欲にあふれ将来が楽しみな子なのですが、この態度を一度見逃したら、Rくんにとって、「麻奈先生は侮ってよい相手」になるでしょう。「怖い麻奈先生」の姿をたった3回目にして見せることになってしまったのです。

賢いということは早熟であるということです。子供は自分に自信を持つと過信し、時にまわりを侮ることも覚えてしまいます。そんな時こそ大人が目を光らせなければと思います。一般では、優秀な子供がいると「こんなに賢いのだから、多少のことは大目に見て・・・」と許す傾向があります。しかし、優秀だからこそ、身の程をわきまえることを教えなければ、せっかくの能力が開花しないこともあるのです。子供をおりこうに育てるのは、本当に難しいことです。萎縮させてもいけませんし、過信させてもいけないのですから・・・。
by k-onkan | 2009-05-27 00:03 | しつけ | Comments(0)

成功の裏に努力

卒業生の保護者F様から、「早教育と天才」という本をご寄贈いただきました。この本は、講習会の際に、運営委員長の廣野先生が受講生に薦められ、私も一度読んだ本ですが、ぜひ、楽院図書に入れたいと考えていたものでした。久しぶりに、その本の表紙を見て、「幼児教育の結果は親次第であること。早教育を行えば誰もが優秀になる可能性があること。しかし、最も大切なことは、それは、早教育を受けた子供がうぬぼれを持ったりして、道を踏み外すことがないようにすること」とのメッセージを思い出しました。

e0143522_23282932.jpg幼児期に磨いた感覚は、体が自然に覚えて身に付いているため、本人も「なぜどのように、できるようになったか」も分からない不思議な力であったりします。たとえば、私たちが教える「音感」も、楽院の子供たちには当たり前である――ピアノの音と同じ声を出して歌うこと、先生の歌ったメロディーを一度で覚え、その通りに模倣すること、聞いたメロディーをすぐに記憶すること、同じリズムを真似ること――は訓練されていない人には難しく、簡単にはできないことです。

せっかく幼児期に、親が良かれと思って、感覚を磨く恵まれた機会を与えたのですから、それを最大限、良いことに生かすために自分で努力をして欲しいと思うのです。幼児教育は親次第ですが、その後の人生が成功するかどうかは自分の努力次第です。人生の成功者は、人が見ていないところで何十倍も努力をしているものです。
by k-onkan | 2009-05-26 00:00 | 教育 | Comments(0)

一生懸命やると気持ちいい!

新学期が始まって1ヶ月。泣いていた子供たちも泣かずに教室に入れるようになってきました。一生懸命やれば帰れると分かったので、泣いてごねて、ライオンの部屋に行くより、すぐに取り組む方が得策だと分かったのでしょう。知られると面倒が起きるので、私たちには本当に愛想よく、嫌がっているそぶりも見せずに教室に入ってきます。けれど、来るまでは、それぞれ葛藤があるようです。大好きなお母さんにゴネるのは、「ちょっと憂鬱な気持ちをお母さんにだけは理解して欲しいからかもしれません。「頑張っているよね。えらいね」。何歳になってもお母さんが認めてくれるのは嬉しいものです。

e0143522_0404932.jpg年長になって新しい課題が増え、最近少し足取りが重いHちゃんのお母様が、「来る前は足取りが重く嫌がるのですが終わると「楽しかったぁ~」と帰ってくるので、嫌いではないようです」と言われます。楽院は、授業が長くたいへんな分、やり遂げた時にすっきり」して、それを楽しいと感じるのかもしれません。そういえば、Hちゃんは、ご両親に大事に育てられ、叱られたことがないまま、年少クラスに入ったため、1年近く泣き続けたことが思い出されます。そう考えたら、「嫌がっても楽しかった」と言えるようになったことが進歩なのです。

世の中に、嫌でもやらなければならないことがあることは、早いうちに教えておかなければなりません。今は社会人になっても、数ヶ月すると、「会社に行きたくない」と辞めてしまう人もいるそうです。冗談のようですが、母親が「上司に叱られたのでもう行きたくないといっています」という電話をかけてくることもあるとか。きっと、子供の頃から、本人の意思を尊重してきた結果なのでしょう。

自分のやりたいことだけをして、暮らせる人などいないのです。苦手なことも、嫌なこともやらなければ生きられないのだと教えるのは、子供のうちがベターです。以前、入学して数ヶ月でやめたお母さんのこんな言葉を思い出しました。「どんなに良い教育法であっても、子供が泣きながらやらなければならないのが納得いきません」。わが子が喜ぶ顔だけ見て、子育てができたら理想ですが、本当に良いお母さんは、子供のうちに心を鬼にしてでも、必要なことを教えるお母さんです。嫌なことから逃げている限り、やり遂げた達成感は体験できないのですから・・・。大人になって文句を言っても、それは、もう手遅れなのです。
by k-onkan | 2009-05-25 00:00 | お稽古事 | Comments(0)

勉強を始めたら脱オムツ!

「もうすぐ生まれてくる赤ちゃんには、お兄さんだからと言って優しくしすぎてはいけないのよ。今、Yが自分のことを何でもできるのは、小さい時から自分のことは自分でできるように教えたからなのだから。Yも赤ちゃんのことを甘やかさないでね。うちの1番はお父さん。2番はお母さん。3番はY」。もうすぐ生まれる第二子の存在によって「自分の位置」と「親の愛情」に不安を感じている甥のために言い聞かせています。

e0143522_083647.jpg「じゃぁ、赤ちゃんは、一番下?」「そうよ。その代わり、Yはお兄さとしていつでも、赤ちゃんを守らなくちゃいけないし、知っていることはなんでも教えてあげてね」。新しく生まれる赤ちゃんに嫉妬心を覚える前に「一緒に教育する仲間」に引き入れ,
兄として弟をかわいがることを教えているようです。親になにかあった時に助け合うべき兄弟は、仲良くするように教えておくのも、大事なことだと感じます。

「もし、ネネ太(赤ちゃんの呼び名)が悪いことをしてしまったら、Yはどうするの?」「そのお友達に、うちのネネ太がごめんなさいって言う。それから、「ネネ太もごめんなさいをしなさい」って教えるよ」。「それは良いお兄さんね・・・」「それから、オムツも早くとらなくちゃね。Yだって2歳の時はもう自分でパンツを洗っていたもの・・・」

それは瑠音先生が授業で忙しい月曜日のことでした。通りがかったお母様が、「Yくんがトイレでパンツを洗っていましたよ」と教えてくださったのです。ちょうど、オムツを取ってすぐの頃、2歳過ぎだったと思います。瑠音先生も子育ては木下式なので「おもらししたら自分で洗いなさい。それが嫌なら失敗しないように気をつけなさい」と教えていました。皆が授業の間に失敗したので「母親に見つからないうちに自分で水洗いをしていた」ところを発見されたのでしょう。

そんな話をしていると、まゆみ先生も「昔は紙オムツなんて便利なものは無かったから、洗濯もたいへんで、一日も早くオムツを取らなくては・・・と思ったものよ。瑠音は1歳になったとたん、自分でオムツを脱ぎ捨てたわ。早く、一人前になりたかったのかも・・・」。

今はオムツ会社が性能の良い製品を作るため、ぬれているのを感じさせないものまであるといいます。また、大きくなってもオムツが取れない子供のためのビッグサイズや、5歳児でもはけるパンツ型のものまであります。昔のように洗わなくて良いため、オムツを外して、家の中で失敗されるより、オムツ着用が楽なのも分かります。が、感覚が鈍っていることを忘れないでください。年をとってオムツを使用させられるようになると、急速にボケが始まると感じます。人間として自分を否定された現実から目をそらすため、自分から感じることを辞めるのかもしれません。幼児も口がきけるようになったらオムツは絶対にとりましょう。オムツ着用で知的面の発達を促しても、良い効果はないのですから。
by k-onkan | 2009-05-24 00:00 | のぞみクラス | Comments(0)

小学校受験と片思い

小学校受験は「恋愛」と似ていると感じます。志望校は片思いの相手です。恋愛なら、片思いの相手に気に入られるために、ダイエットをしたり、ファッションを勉強したり、お化粧の仕方を変えたり、自分磨きに精を出します。小学校受験は、受験生らしいファッションを選んだり、お父さまに教育に関心を持っていただいたり、わが子にその学校で学ぶにふさわしい能力を備え、そうした結果、選んでいただけたら、嬉しいものでしょう。受験も恋愛もその後の努力を忘れなければうまくいくはずです。

e0143522_19485877.jpgしかし、大好きだからと言って、相手の「価値観」「金銭感覚」「家族との関わり」「ものの考え方」などの本質を見ないまま、おつきあいを始めてしまうと、後にそれが問題になることはよくあることです。これは学校の「建学の精神」「教育方針」を理解せずに、学校の名前だけにほれ込んで、受験するのと似ていませんか。その反対もあるでしょう。相手に好かれるために、自分の価値感やこだわり、感情面で目をつぶって、相手を受け入れてしまうことは、学校の求める「タイプ」自分の「価値観」「資力」「物の考え方」まで合わせることに似ています。

もちろん、どこの学校を受けるのも個人の自由です。けれど、残念なことに機会は平等であっても結果は平等でないのが世の常です。学校側は受験の際、その家族が「その学校の生徒、保護者」として、ふさわしいかを見極めています。両親の生活環境、資力、職業、価値感は、子供の能力以上に判断基準になるはずです。だからこそ、小学校受験は親次第と言われるのです。もちろん、子供が優秀だからという理由で入学できることもありますが、その際は、自分の子が困っていないか、常に親は気を配っていなければと感じます。

話が飛びますが、私には生まれた時から右半身に赤いあざがあります。そのため、幼稚園や小学校など、新しく入学する際には、必ず健康カードの既往症の欄に母がそれを記入していました。子供心にはとても嫌でしたが、なぜかは説明できませんでした。「余計なことを書いて悪目立ちしたくない」とか、「そんなことで自分を判断されたら損だ」という気持ちと今なら表現できますが、同時に、母の気持ちも良く判ります。そして、私に子供がいたら、やはり同じように本当のことを記入するでしょう。たとえ、それが小学校受験願書であっても・・・。なぜなら、それを理由に入学を断る学校は、たとえ、どんなに評価の高い学校であっても、大切なわが子を預けたくはないと思うからです。ほら、やっぱり、恋愛に似ていませんか? 自分の欠陥を不快だと思う相手は、どんなに素敵な人でも、絶対にうまくいきっこないですもの・・・。
by k-onkan | 2009-05-23 00:00 | 幼児 | Comments(0)

子供を育てるって怖い・・・

のぞみクラスの子供たちはおけいこに慣れてくると先生を困らせることがあります。2歳のSくんは、これまでお姉さんの付き添いで楽院にきてロビーで遊んでいた可愛い男の子で、数ヶ月前からおけいこを開始しました。これまで見せたことがないような「いい子」で授業を受けるため、一緒に来られるお父さまが「先生のところでは、こんなに言うことを聞くのは、なぜ?」と不思議そうでした。

e0143522_21474963.jpgそんなSくんですが、今週のレッスンは最後のおやつの前に、ウジウジとしてなかなか最後の発声練習に取り組みませんでした。お父さまが一生懸、励ましてくださったのですが、一向にやろうとしません。そこで、純子先生が抱っこで別の部屋に連れていきました。そこで、「嫌がっていないで、やることをやらなくてはダメでしょ。Sくんはもう赤ちゃんじゃないのよ。これをやらなければ帰れないのだから、やりなさい」。そして「お返事は?」と言われると反射的に「ハイ」と言います。そこで、自分で歩いておけいこの部屋に戻り発声をしておやつを食べたそうです。お父様は、「どんな魔法を使ったのか」と思われたことでしょう。

どんなに小さな子供でも、やらなければならないことは「やりなさい」。いけないことは、「いけません」。悪いことをしたら「ごめんなさいをいいなさい」と仕向けることは大事なことです。子供であっても、言葉できちんと言えば分かるのですから。幼い頃、いけないことは「いけない」と教わらなかった子供が、大きくなって悪いことをしたとしましょう。子供の気持ちを考えると、「だって、いけないことがあるなんて、誰も教えてくれなかったじゃない?」と思うかもしれません。「大きくなってから」「何かしてしまってから」では遅すぎることはたくさんあります。

わが子が他人に迷惑をかけないためには、幼少期に親御さんがきちんと躾をして、教えるべきことを教えることが大切です。小さい頃に許されたことは、大人になっても当然だと思うものです。そう考えると「子供を育てることは本当に怖いこと」なのです。
by k-onkan | 2009-05-22 00:00 | のぞみクラス | Comments(0)