麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
カテゴリ
全体
木下式音感教育法
しつけ
子育て
教育
お稽古事
親業
音楽
乳児
のぞみクラス
幼児
児童
名誉団員・卒業生
思春期・反抗期
自立について
運動
発達障害
保育園
楽院だより
我が家のこと
自分のこと
以前の記事
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
フォロー中のブログ
蛹の頃~さなぎのころ~
最新のコメント
出演園児のお母様へ ..
by k-onkan at 06:33
一番こわいのは、マナ先生..
by 出演園児の母 at 10:48
昔、近所の顔なじみの飲食..
by k-onkan at 10:32
>「じぃじ」 凄いです..
by ha-i at 01:48
ばら組の保護者さま ..
by k-onkan at 17:06
作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
ブログパーツ
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


<   2009年 06月 ( 31 )   > この月の画像一覧

私の勲章

今日は仕事が終わってから卒業生Yちゃんを誘って横浜の赤レンガ倉庫までジャズライブを聴きにいってきました。会場でもう一人卒業生に会いました。仙台の幼稚園で勤務しているMさんです。MさんはYちゃんの2学年先輩で年齢が近く、楽院でも顔を合わせたことがあるはずですが、2~3歳だった小さな女の子が立派な成人女性になって私の目前に座っているのは本当に不思議な気持ちがしました。同じテーブルを囲み、懐かしい昔話と楽しい音楽で心地よい時間はすぐに過ぎてしまいました。

e0143522_944450.jpgさて、卒業生が集まると必ず盛り上がる話題に「いかに、子供の時、麻奈先生が怖くて嫌いだったか」があります。「子供の頃のお返しなの?」と思うほど「怖かった」「嫌いだった」の大合唱です。皆、大事に育てられたお嬢様なので、大人が本気で向き合って「指導しよう」「良くしよう」と真剣な楽院はさぞかし怖くて嫌いだったのだろうと思います。しかし、「嫌いコール」の後に必ず、「でも、大人になってから通っていて良かったと思える」「よその人より根性があるし、ちょっとやそっとのことでへこたれない」「打たれ強い」と嬉しいことを言ってくれます。

最近、「卒業生が『怖かった。嫌いだった』と顔を見て言いにくること」が私の勲章なのかもしれないと思うようになりました。ただ怖くて嫌いなら、大人になってからわざわざ会いに来ることもないと思うからです。大人が真剣に対峙した怖さが本気でありがたいと思えるようになると、「嫌いだったけれど感謝している」と言いに来てくれるように感じます。

私自身、子供の頃を振り返ると印象に残っているのは「怖くて厳しい先生」で、優しくて好きだった先生は名前も顔も思い出せないから不思議です。子供は、大人の言葉が本気であるか、表面的なものか容易に見破ることができます。優しい先生が好きだったのは、子供心に侮りやすいと知っていたのかもしれません。また、厳しい先生はその場は怖くて嫌でしたが、本気の言葉はいつか心に響く時がくるのです。耳に心地よい優しい言葉や綺麗事の多い世の中にあって、「本当のことを言ってくれる人が親切だ」と分かった順番に訪ねてきてくれれば、小さい頃に嫌われることは厭わないと思っています。
by k-onkan | 2009-06-30 08:53 | 名誉団員・卒業生 | Comments(0)

石垣は何でついているの!?

週末、甥Yを連れて地方出張に出かけました。木下式の説明をする際に、実践している子供がいると理解されやすいため、私の弟妹も小さな頃、よく父の地方出張のお供をしていたものです。午前9時から5時間、みっちり私の手伝いをした甥のごぼうびとして「金のしゃちほこで有名な名古屋城」を見て帰ってきました。

e0143522_8502045.jpg毎年、東海地方は仕事で訪れるのですが、これまで名古屋城を見学したことはありませんでした。ところが、天守閣の展望室に上がると懐かしい感覚があるのです。建物の造りや階段の位置、窓から見える街の景色・・・。「絶対にここは来たことがある」と確信を持ったのです。

私が子供の頃、名古屋には父の両親が住んでいました。そのため、私は小学校にあがって初めての夏休みに一人で新幹線に乗って祖父母の下を訪れたことがあるのです。博識だった祖父は6歳の子供相手にいろいろな話を聞かせ、知識を与えたものでした。当時、自信がなく内気だった私を唯一評価してくれたのも祖父でした。そう考えると、小学生にならない甥を「名古屋城に連れていきたい」と思ったのも祖父の影響なのだろうと嬉しく感じるのです。

さて、名古屋城は私が子供の頃よりずいぶん近代化され、展示室には、金のしゃちほこのレプリカが設置され、その上にまたがって記念写真が撮れるようになっていました。また、昔の人がお城を作るために木の台車を遣って石を運ぶ体験コーナーなどがあり甥は大喜びでロープを引いていました。「動いた、動いた」と回りから拍手を受け、甥は得意満面です。

さて、楽院では、おとなしくふるまう甥も、外に出ると「ただのやんちゃ坊主」で目が離せません。「石垣の石と石はどうやってくっついているの?接着剤?のり?」と思わず笑える質問をしたかと思うと「1個抜いたら、全部くずれる?」と漫画のような恐ろしい発言をして、石垣の間に手を差し込んだりします。「あ、土が接着剤の代わりをしている!」。そう気づいた時のうれしそうなこと・・・。まさに、「チョロチョロするのが男の子」「体験しなければ分からない」と本に書いてある通りの「男の子ならではの行動」をするので笑ってしまいました。

1泊2日と言ってもたった正味24時間ですが、自分の時間を削り子供の衣食住を一番に考え、行動と安全に注意を払い、なおかつ、自分の仕事もこなした私は、帰りの新幹線で疲れて一瞬、ウトウトしてしまいました。すると、どこからともなくよく通る鼻歌が聞こえてきます。それが我が甥だと気づくまでに、どれくらい経ったのでしょう。私は飛びあがって「Y!やめてちょうだい!新幹線は、自分の家のリビングじゃないの。他の人の迷惑になるでしょ!!」ふだん、自家用車の移動が多い子供にとって、新幹線の中が公共の場であるなど思ったこともないのかもしれませんが、こうして叱られて覚えるのも男の子なのでしょう。何にして相手をする大人に、体力はいくらあってもありすぎということはないようです。
by k-onkan | 2009-06-29 23:58 | 自分のこと | Comments(0)

親がなくても生きられるように・・・

先日、世界的なピアノコンクール(ヴァンクライバーン国際ピアノコンクール)で1位になった辻井伸行さんの母、辻井いつ子さんの書いた2冊の本を持って、出張に出かけました。生まれつき、眼球が成長しないというハンデを背負った彼の「聴覚の鋭さ」「音に対するこだわり」に気づいた著者が絶望のふちから、音楽に希望を見出し文字通り彼の手足となって彼の人生を切り拓いたことがわかります。

息子がやりたいこと全て受け入れ、それをさせるために最大限の努力をした母親と「ピアノばかり練習しているとばかになるぞ」と苦言を呈する厳しい父親。あるインタビューで『全盲の・・・』という枕詞がつくうちは音楽家として一人前ではないのだと思う」といった父親の言葉に感心したものです。

e0143522_19394551.jpg今でこそ、ピアニストとして脚光を浴びていますが、父親の気持ちとしては、「ピアニストとしてより立派な社会人になって欲しい」という考えがあったはずです。盲目の彼にとって、音楽は心のよりどころではありますが、「それだけできれば安心」と進む道を1本に絞る前には、両親に不安も葛藤もあったでしょう。そんな時、「もっと本を読まないとだめじゃないか。自分がおまえの年には三島由紀夫を読んでいた・・・」と言える父親の存在は大切だったと思うのです。

この本を読むと、わが子にハンデがあるからこそ、親がいなくなった時に、「一人で生きられるように」ということを両親が一番心をくだき育ててきたことが手にとるように分かります。でも、それは、健常者の子供にとっても同じことです。親がいなくなっても、一人で生きられるようにすること、これこそが親の一番の役割だと、この本を読んで更に強く思うようになったのです。
by k-onkan | 2009-06-28 00:00 | 子育て | Comments(0)

もしも木下先生が・・・

児童部のレッスンで、毎週、文章を書かせるには理由があります。一つは子供たちに「文章を書く機会を与え国語力の足しになれば」ということ。そして、授業の際、子供に分かり易く物事を教えるために言葉の理解力を見極めるためかもしれません。子供が何を考え、何を知り、また、何を知らないかを大人が理解していないと、「分かっている」と思っていることが、全く分かっていなかったりするものです。そんなことから、子供と意思の疎通を計るために、作文が結構役に立ったりするのです。さて、今日のお題は「もしも木下先生がお父さんだったなら(他の先生バージョンも可)」というテーマにしました。可愛いので、ご紹介しましょう。

e0143522_23561721.jpgきのしたせんせいが わたしのおとうさんだったら、いっしょにでぃずにらんどにいきたいです。いろんなところであそんだりいろんなところでのりものをのりたいです。(小1Yちゃん)
(残念ながら、木下先生はディズニーランドは好きではありません。子供の頃、ディズニーランドに一緒にいったことはないのです)

もし、わたしのおとうさんが、きのしたせんせいだったら、いいとおもいます。やさしいとおもいます。いきたいところは、ディズニーランドです。いっしょに、ジェットコースターにのりたいです。(小1Mちゃん)
(木下先生が優しいと思って甘く見ると、怖い目にあいますから、気をつけましょう・・・)

木下先生がぼくのお父さんだったら、歌やピアノのことがきびしくて、ほとんど歌中心に教えると思います。そして、千葉の家のちかくでサッカーをさせてくれると思うし、色々おいしい食べ物を食べさせてくれると思います。(小3 Yくん)
(音楽だけでなく、行儀や挨拶も厳しいですよ。きっと、千葉の家に泊まって美味しいものを食べさせてもらったことがあるのね・・・)

もしもわたしのお父さんが、木下先生だったら、こわいと思います。こわいのはいやです。でも、そのままのお父さんもこわいからどっちでもいいです。(小2 Aちゃん)(お父さんも木下先生のように厳しいのですか。よいお父さんですね。)

もし木下先生がお父さんで、さんかん(授業参観)がおんがくだったら大きなこえでどなるかもしれません。コワイです。(小1 Rちゃん)
(どなられるようなことをしなければ、大丈夫ですよ。どなられないように気をつけましょう)

もし麻奈先生がお母さんで私がわるいことをしたら、朝ごはんも夕ご飯も作ってくれないかもしれないと思います。(小2 Bちゃん)
(その通り!なぜ分かったの?)

もしも木下先生がお父さんだったら、夕ごはんがごちそうばかりで太ってしまうと思います(後略)。(小6 Cさん)
(確かに、否定はできませんが・・・)

もし木下先生がパパだったらうみですなにうめられるとおもいます。それから、うみにほうりこまれるとおもいます。(小2 Sくん)
(昨年の夏、初めて木下先生の千葉のおうちにお泊りに行き、「俺も埋めてほしい」と言っていましたね。先生も子供の頃、海に行くと深い穴を掘って埋められたことがあります。水をふくんだ砂は重くて体が動かないのですよね・・・)

子供たちは、年齢が低いと「もしも・・・だったら」と仮定して空想したり、面白く脚色して書くことはできません。どちらかというと、「こうあって欲しい」という願望を書く子供が多いようです。ちなみに妹の出産で、私が預かる甥の作文には「もし麻奈先生がお母さんだったら、幼稚園には絶対に遅刻しないでつれていくと思います」と書かれていました。[親であること(代理でも)」には、責任が伴うことを感じます。遅刻したらたいへんです。確かに作文に「麻奈先生がお母さんだと、ご飯を作ってくれないかも・・・」とか「幼稚園に遅れることがあるかも・・・」と書いて現実になったらたまりませんよね。子供の作文は、大人や親に対する観察や願望が凝縮されていて、結構、ドキッとさせられるのです。
by k-onkan | 2009-06-27 23:47 | 児童 | Comments(0)

面白い先生、また来てね!

今年度、新たに年少児クラスで音感教育を導入することになった妻沼幼稚園に、毎月指導に通うことになりました。今日はその2回目の指導でしたが、前回と比較して更に話を聞く姿勢が身につき、立ち歩いたりする子供はほとんどいなくなりました。30数名の年少児が、一斉に音感かるたの説明や「歌唱曲「ドレミはみんなの仲良しさん」に取り組む姿は本当に可愛いものがあります。きちんと指導できれば、音感ほど楽しい遊びはないのかもしれません。

e0143522_236471.jpg特に、今日初めて開始した「おんぷをかこう1巻(音符書き教材)」は、誰一人「難しい」とか「いやだ」と言わずに「楽しい」「もっとやりたい」と一生懸命、机に向っていました。それを見た教諭が、「年少でも問題なくできるのですね」と感心していましたが、そんなことを言うと木下先生に叱られてしまいます。何しろ、この教材は2~3歳の子が嬉々として取り組めるように考案してあるのですから・・・・。

年少の授業が終わると、「面白い先生、また来てね」「音感、楽しかったよ」と声をかけてくれます。そして、年中児の指導です。このクラスも同じく音感教育1年目ですが、年齢が高い分、言葉の理解力もあり、年少児よりも早い進度で課題を進めることができます。幼稚園教諭は年中児から音感教育を施すことに容易さを感じるかもしれませんが、私は、年齢の低い内に教える方が楽だと感じます。なぜなら、知らないことが多い分、全てを大人がする通りに真似るのが年少児だからです。私が聞かせた模範通り、同じ言い方、同じ高さ、同じ気持ちで返せるのは4歳児より3歳児なのです。もちろん、幼い子供相手なので理解できる言い方を工夫したり、機嫌を取ったりと手間もかかりますが、「2~3歳は天才期!」どんなこともすぐに吸収してしまいます。

20年間教育に携わってきた私は、どうせ子供に教えるのなら、「何か問題が起きてから」より「何か起きる前に教えること」が最善だと信じています。幼児期に「何かを教えるか」「何も教えないか」によってその後の子供の成長に大きな差が生じるなら、早い時期に教えておきたいと思うのです。全く違う例にたとえるならば、目の前に大きな穴があるとします。お母さんなら子供が落ちる前に声をかけ落ちるのを防ぐはずです。教育や躾もこれと同じで、大きくなって問題を起こしてからでは遅過ぎることもあるのです。

私は少年犯罪のニュースを耳にする都度、その少年以上に「親が悪い!」と思うことがあります。なぜなら、犯人の多くは幼少期に親から躾や教育、愛情を十分に注がれていないことがあるからです。人は子供の内に親や先生など、周りの大人に「何が正しく何が正しくないか」などを教えられているべきです。もちろん、人権派弁護士のように「親が悪いから少年の罪を不問にせよ」などと言う気はありません。なぜなら、不幸な生い立ちの全ての人が罪を犯していませんし、どんな理由があるにせよ「して良いこと、悪いこと」があるからです。ただ、幼少期の育て方で何かが変わっていたかもしれないと考えると、やりきれない気持ちになるのです。

親は子供にどんな恵まれた環境を与えるよりも、「善悪の区別」「我慢」「思いやり」「ルール」「責任」を知らせる義務があります。そのために教育はあるのだと思っています。教育は、「勉強ができて成績が良くなること」や「良い学歴を手にする」以上に、物事を理解し判断したり、問題解決できる本質的な頭の良さを身に付けるために与えるべきものではないでしょうか・・・。
by k-onkan | 2009-06-26 23:06 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

連帯責任は死語なの!?

小学生の子供たちを見ていて「何か変!」と感じることが多くあります。それが連帯感の欠如であるとわかったのは、最近のことです。それが、如実に表れたのは特別練習のお弁当の時間です。「さぁ、お昼にしましょう。手洗ってうがいしていらっしゃい」。そういうと、子どもたちはおもむろに自分の荷物の置いた机の上にお弁当を出し食べ始めてしまいます。机が教室の片隅に全て寄せられているのに、それを動かさず、荷物も下ろさず、「いただきます」も言わずに食べ始める子もいます。自分以外の人が机を出せなくてもお構いなしです。

e0143522_20541791.jpg
「まず、机を動かして、食べる用意をしなさい」というと、ダラダラと机を動かし好き勝手な方向を向い食べ始めます。学校や塾のような場所なら一斉に前を向いて食べることもあるでしょうが、楽院の子供たちは3歳からお互いを知る仲間です。これまでも、合宿やオペラ練習で、共に楽しい時間を過ごしてきました。緊張感ある楽院のレッスンの中で、子供たちが一番楽しみにしている憩いの時間が昼食なのです。これまでは、中心となる上級生がいて、「皆、一緒に食べよう」と年下の子を仲間に入れ世話をしたりしてきたのです。誰が教えるでもなく、代々、見よう見まねで継承された、この時間の共有によって仲間意識が芽生え卒業して社会人になった今も「キノシタの仲間」と呼び合い、誘い合わせて楽院に遊びに来たりするのです。

ところが、今年、誰とも交流せずお昼を食べる子供たちの姿を初めて目にしたのです。私たちも卒業生である優子先生もびっくりしました。「どうして、みんな好きな方向を見て食べるの? 楽しくないじゃない? せっかくのお昼なんだから、皆で仲良く食べよう」。優子先生が声をかけて机を丸く並べ食べるようになりました。最近は、誰の隣に誰が座るかを楽しそうに相談するという微笑ましい姿が見られるようになりました。巷で家族がそろって食事をしなくなったとか、家族の中で、それぞれが違うメニューを好きな時間に食べるので、食卓を囲まない家が増えているなど、メディアに問題視されていたことが思い出されました。

グローバル資本主義によって、能力があるものだけが評価されることになった日本には、安全も安心も連帯感も無くなったと言われています。子供たちが同じ空間にいても一緒に楽しむ術がわからなければ、一緒に頑張ることも奇異なことなのかもしれません。

数年前、ある卒業生が、「麻奈先生、最近の子、なんかおかしくない? 木下先生があんなに真剣な時は本気を出さないといけないって、なんで分からないの? 皆、他人事だよ!?」。これも連帯感の欠如によるものかもしれませんが、どこに行っても「やるべきことはやること」。これは楽院だけでなく、家庭でも、学校でも、他のおけいこでも、子供が所属する全ての場所で徹底させるのが、保護者のつとめだと感じます。こうしたことが、その「子供の価値観」として身についていくのだと思うのです。
by k-onkan | 2009-06-25 20:54 | 児童 | Comments(0)

素直が一番!

教育に携わるある卒業生のお母様から、こんなメールをいただきました。「子どもたちと接してみて2つのことが分かりました。一つは素直な子は伸びるということです。そしてもう一つ、お稽古事は休んではいけないということです。どんな時でも休まず続けることの大切さを感じています。子供が幼児部の時は大雪の降った日など、「今日はお休みにならないのかなぁ」と思っても音感の授業はありました。雨が降ろうと雪が降ろうとよほどのことがない限り通うということでなんでも身に着くのだと思います」。

e0143522_14514419.jpg「素直な子は伸びる!」これは何を学ぶ上でも共通することです。私自身、大人になった今も習い事を二つしているのですが、年をとった分「素直に聞く」ことが難しく習得に時間がかかると感じています。知識がある分、自分流の方法でしか理解できないのかもしれません。子供の頃のように素直に真似られたらいいのになぁと感じます。

先日、ある年長児のお母様からこんな質問を受けました。それは、「幼稚園で子供同士、何かを話し合う時間に、そのお子さんは先生の顔を見て模範解答を探しており、自分の考えを言えない」との指摘を受けたとのことでした。そのお母様は、「いろいろなお稽古事をさせているからでしょうか」と心配されていましたが、私は回りの大人の導き方次第だろうと感じます。

世の中にはいろいろな考えの人がいます。育った環境、思想、宗教観、その家庭によって「一つのこと」に対しても異なる考えがあります。そのどれが正しいのか、また、その中で「自分の考えはこれだ!」と決めるには、年長の子供はまだ発展途上かもしれません。中には、子供らしく無邪気に「こう思う!」という子もいて、先生はその行為を率直で子供らしい、自分の個性を持っていると感じるかもしれませんが子供心はもっと複雑です。お稽古事をしたから大人の顔色をうかがうというより、お稽古事をしたことでいろいろな物の見方を知っている分、慎重にもなるのです。

さて、今でこそズケズケ物を言う私ですが、子どもの頃はとても無口な女の子でした。母もおしゃべりなタイプではなかったため、幼稚園に行っても親子で人見知りをして、なかなかお友達ができませんでした。そのため、幼稚園や学校では「お友達と口をきけない」「自分の意見を言えない」とよく指摘され父はその都度、憤慨したものでした。だからと言って自分の考えがなかったわけではありません。「これはいけないことなのでは?」とか「本当は違うのに・・・」と心の中ではいろいろと感じていました。ただ、たくさんの大人の中で育ったため、「言って良いこと」「悪いこと」があり何でも簡単には口にできないと分かっていました。今思うと、それで、損をしたなぁとも思いますが、だからこそ、今、子供だって、いろいろと複雑な考えを持っているのだということが理解できるのかもしれません。
by k-onkan | 2009-06-24 21:45 | お稽古事 | Comments(3)

理解力を身につけるために・・・

「日本人に生まれたら誰でも自然に日本語が話せるようになる」と思いがちですが、最近、言葉がぎこちない子、会話が弾まない子が増えたと感じます。私は国語の先生ではありませんが、音感を教える上でも言葉の理解力がないと注意事項が上手に伝わらず困る場面が多くあるのです。日本人なら話せて当たり前と甘く見てしまいがちな日本語ですが、深く物事を考えるためにも、何かを習得させる上でも欠かせないのが「国語力」です。そう考えると、子供の頃から、たくさん言葉を聞かせ、会話して、読み書きを自由にできるようにさせることの大切さを感じます。

e0143522_115433.jpg「女の子を伸ばす母親は、ここが違う!」という本の中で、「女の子の国語力は“おしゃべり”で鍛えられる」という項目がありました。それには、「男女で比較した時に圧倒的に女性の方がおしゃべりであり、そのおしゃべりから言葉を理解する力や、相手の気持ちを読み取ったりするのが女の子。しかし、「いくら女の子はおしゃべり上手と言っても、おしゃべりの相手の母親が会話下手だと、女の子も口下手になってしまう」と書かれていました。たとえば、「明日、何するの?」「新宿に行く」「何をするの?」「デパート」「何しに?」「お父さんの買い物」・・・。これでは、決しておしゃべり上手にはならないですよね。こんな時、「もうすぐ父の日ね。明日は、お父さんのプレゼントを買いに、新宿のデパートに行きましょうね」。と文章で話すお母さんなら娘も自然に会話上手になるのだとか・・・。

さて、私は高校を卒業してすぐアメリカ留学をしました。その時の経験は、正にこの本の通りでした。私は何を隠そう、英語が得意で留学を決めたわけではありませんでした。両親から少しでも遠く離れた場所へと「アメリカ留学」を決めたため、日本に逃げ帰らないためには大学に入学できる英語力を身に付ける必要があったのです。その際、机に向かう勉強より「おしゃべり」が英語力を鍛えてくれたと感じます。私だけでなく、圧倒的に女性の方が英会話の力も、英語力のテストの結果も上でした。男性陣は、真面目に教科書やコンピューターで勉強するわりにはなかなか良い結果が出ないのです。もちろん、男性にも会話上手な人はいました。アメリカ人のガールフレンドがいたり、アメリカ人のグループに所属してスポーツや音楽をする人でした。そう考えると、おしゃべりは「女の子だけ」ではなく国語力を伸ばす一助になるのだろうと思います。

それでも、女の子ほど感覚で物事を理解しない男の子のために「男の子を伸ばす母親は、ここが違う!」の中には、「男の子の国語力を伸ばすためには文章を声を出して読ませなさい。その際、母音は意識させてはっきりと読ませ、語尾の最後の最後まで大きな声で言わせること」と木下式の復唱と同じ留意が書かれていたのです。男の子に正しい物言いを教える際には、女の子のように見せて真似させるのではなく、ノートに正しい言い方を書いて、読み上げさせることも大事なのかもしれませんね。何にしても、子供とのつきあいで一番大事なことは大人がよく観察して、何が理解できていて、何が分からないのかを見つけだし、それを理解できるようにしてあげることなのだと感じます。これは、音感でも国語でも、全てに対して共通することなのだと思うのです。
by k-onkan | 2009-06-23 11:54 | 教育 | Comments(0)

有無を言わせない強さ

木下式を教える上で欠かせないもの、それは「有無を言わせない強さ」のように思います。初めて木下式を見学される方は、この「強さ」が引き出す緊張感に抵抗を示されることもあると思いますが、これこそが子供を上達させる秘訣なのです。本人の意思や願いに任せて物を習わせることは、よほど大人であるか、真面目な優等生でない限り、ただ時間だけが過ぎてしまいます。世の中の主流である「子供に負担がないレッスン」はその場は心地よいでしょうが、緊張感も進歩もあまり見込めないと感じることがあります。

e0143522_22481722.jpg子供にとっては「理不尽なこと」にうつるでしょうが、指導者が「どんな子供でも絶対に理解させよう。絶対に上手にさせよう。教えてやろう」と目的を達成させるために模範唱や言葉に秘める真剣さが有無を言わせず、子供の心をひきつけていると感じます。

さて、実は最近、「有無を言わせない強さ」を行使して子供を叱ったのでした。それは、土曜日の合唱練習の時のことでした。北京公演に参加する子供たちは、朝から練習に集まってきます。出席を取りすぐに全員で発声練習です。「さぁ、発声しよう」とピアノの音を鳴らすと、子供たちはおもむろに「コンコン」「エヘンエヘン」「ケケケ」と咳払いを始めます。寝起きは声が出にくいため、違う声が出ないように調子を整えているようにも見えますし、違う声が出るかもしれないので予防線を張っているようにも感じ、注意しました。

「音が鳴っているのに、どうしてみなで咳を始めるの!?」。すると2年生の男の子が「風邪をひいているんだよ!」と乱暴な口調で言い返すではありませんか。つまり、「風邪をひいているのだから咳が出るのは仕方ない。そんな分かりきったことを言う私の方が間違っている」という口ぶりです。その開き直った態度に私の堪忍袋の緒が切れました。

「何を言っているの。音が出ているのに咳をする人の方が悪いのよ。これが本番で、前奏が始まって咳をするような人は、木下先生は絶対に音楽会に出してくださらないし、もっと叱られるわよ。風邪だろうが、どんな理由があろうが、音楽の邪魔をする人は合唱の仲間に入ってはいけないの。風邪で咳が出るなら、一緒に合唱する資格がないってことなのよ」と厳しく教えます。

音が出たらもう音楽は始まっています。どんな理由があっても邪魔をしてはならないのです。子供たちにとっては理不尽なことであるかもしれませんが、「いけないことはいけない」のです。有無を言わせずに従わせてでも、教えなければならないことがあると感じます。そして、こうしたことを受け入れられる子から上手になっていくと感じます。従わせられることが嫌いだったり、人の都合に合わせるまでに時間がかかったりする子供は、音楽作りだけでなく他人と協調するまでに時間がかかってしまいます。子供とつきあっていると、時にきれいごとではすまないことがたくさんあるのです。
by k-onkan | 2009-06-22 22:48 | 教育 | Comments(0)

親の最後の躾とは?

数日前、出張で仙台に向う新幹線の中、車内冊子にこんなエッセイを見つけました。「子供にとって誇るべきものに触れることは生きる上の肝心のひとつである。私は父と長い間、確執が続き決して良い息子ではなかった。しかし父は私を責めることなく黙々と働き続けることで生きるとは何かを教えてくれた。(中略)あの時、父のことをきちんと誇れなかった自分のいたらなさを悔やむ。去年の春、父が亡くなった朝、寡黙の教えを受けた気がした。親は死をもって子に最後の躾をすると言う。」(伊集院静~雨の紫陽花~)

e0143522_051542.jpg「親は死をもって子に最後の躾をする」。この一文から親の崇高な役割を感じるのは私だけではないと思います。先日の保護者セミナーに出席されたあるお母様から「麻奈先生がお父様を尊敬されていることに感激しました」というご感想をいただきました。何でも、私がセミナーの中で、「木下式は父が私のために作った教育であること」。そして、「この教育を与えると子供が賢くなったり音楽的に大きな進歩を示したりしますが、これは子供がすごいのではないのです。木下式とそれを考案した木下達也がすごいのです」と発言したことを受けての感想のようでした。親がしてくれたことをストレートに口に出して感謝したことに驚かれたようでした。

今でこそ、「両親のしてくれたこと」を感謝できるようになりましたが、私も子供の頃は、両親が完璧であると思ったことなどありませんでした。父には「普通のお父さん」のように、定時に出かけ帰宅する「サラリーマンであって欲しい」と夢見ましたし、母には仕事よりも、私たちのことを考える母であって欲しいと思ったものです。しかし、今だから分かるのですが、この両親の下でこれまで育てられたように育ったから、今の自分たちがあるのです。もちろん、子供心に理不尽であると思うことも多々あったと思います。教育を生業にする親を持った子供には多大なプレッシャーがあります。何でも良くやって当たり前、少しでも悪いことをすると大問題になること、また、常に人目を気にしていなければならないことなど、「木下先生の子」であることは理不尽なことが多く、それに憤りを感じ抵抗して親を困らせたこともありました。そんな葛藤を経て現在の自分があるのです。もし、私が子供の頃に望んだような家庭的な両親と異なる環境で育ったら、現在の私は存在しなかったのです。そう考えると、親がしたことは、「正の部分」も」「負の部分」も自分を形成する一部であったと思えるのです。

何年か前、あるお子さんの面接の際、お父上が「自分が子供の頃、父親がとても厳しくて同じ食卓に着くのも嫌だった。だから、わが子にはそういう理不尽な目に合わせたくない」と切々と語られたことを思い出します。私は話をうかがいながら、内心、こんな風に思ったことを覚えています。「そのお父様が現在、社会で活躍できるその裏に厳しかった父の存在は無視できないものなのに・・・」と。

自分に成人した子供がいてもおかしくない年齢になったから分かるのですが、親に対して感謝できない内は、本当の意味で子供には何も教えられないのだと感じることが多くあります。親がしてくれたこと、してくれなかったこと、良いこと、悪いこと、全てを消化して、次の世代に伝えたいこと、教えたいことが見えてきます。自分が気づかない内に身についたものの全てが親やその家の教えであると感じます。父の日の今日、そういう当たり前なことへの感謝を忘れないで生きていたいものだと思ったのです。
by k-onkan | 2009-06-21 23:50 | しつけ | Comments(0)