麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
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赤ちゃんは聴いている!

合宿から帰ってくると、生後12日の甥Kが大きく成長していました。生まれた時から3700グラムと大きかったからか、兄Yより数倍発達が早いようです。生後10日から目で追い自分から首を左右に動かしています。もう首も座りそうです。「さすが二番目の子供!!」と私は思います。二番目以降の子供は成長が速く、上の子供に比べ「本能的に何でもできる」ものです。これは、甥兄弟だけでなく楽院で預かるどこの兄弟、姉妹を見ても、二番目の子に対して同じ印象を受けます。但し、兄弟が3人いても、全員を「一人っ子」のようにお母さんが真綿に包み、大切に育て、第二子も、第三子も「気弱でお母さんがいないと何もできない長子」のように育った兄弟とも出会ったことがあるため、「下の子」だからと言って油断は禁物ですが・・・。

e0143522_8255181.jpg私が「下の子の方が発達がはやい」と確信を持つには理由があります。私が、6歳の時、妹の瑠音先生が生まれました。間には4歳の弟がいました。妹は1歳になる前から、私たちと同じことをしたがるようになりました。おむつは1歳の誕生日と同時に自分で外し、幼稚園に入る前には「漢字」も読んでいました。色彩感覚も豊かで、何をしても妹の方が勝っていました。私たちには苦痛だった勉強も1~2歳の子供には楽しい遊びに写り、常に学びたがりました。また、1~2歳の子供が、同じことをしようとするだけで、「できていなくても」褒められます。すると、益々、意欲を持って取り組みたがるのです。「毎日の公文のプリント」や「ピアノ練習」をさぼろう、さぼろうとする私たちと、「何事もやりたくて仕方ない幼稚園児」では勝負になりません。第二子(第三子)は、兄姉によって本能を呼び覚ます早期教育が施され学ぶ素地ができるのかもしれません。ちょうど、木下式が全国に広まり始めた時期でもあり、木下先生夫妻は、「早期教育の必要性」を妹を通して確信した時期でもありました。

子供だった私たちも「うちの妹が天才なの?」と思う反面、「下の子供は得だ」と漠然と感じていました。今ならその根拠も分かります。下の子供には、兄姉という年の近い「モデル」がいて真似る機会が多く、上の子に比べ、苦労なく何事も身につくのです。生まれてすぐから種々の刺激が多いということも発達の一助でしょう。それに比べると、第一子は妊娠中から親も周囲も気を遣って、お腹の子供を大事に育てます。新米ママにとって心配ごともあり不安です。当然、過保護になり、周囲で物音がしないように、赤ちゃんが心地よく眠れる安息の地を与え、不愉快なことを一切排除して環境を整えます。また、周囲の大人たちも「腫れ物」に触るように丁寧に扱うでしょう。これこそが「第一子」を「第一子」らしく育てる要因なのかもしれないと思います。

自分自身も含めてですが、第一子の特徴として、「神経質」「気弱」「こわがり」「心配性」「甘えん坊」「競争意欲がない」などがあげられます。もちろん、良いところもありますよ。「人に優しく気持ちを理解する」「おだやかで他人と争わない」等など・・・。しかし、第二(三)子は、たとえ妊娠が分かっても「静かに暮らす」ことなど夢のまた夢でしょう。上の子どもの生活を保たなければならないからです。子供の衣食住を整え、幼稚園に連れていき、適度に遊ばせ、学ばせると、お腹の中の赤ちゃんも一緒にたくましく成長します。胎児はある時期(妊娠4ヶ月半~5ヶ月)から耳が聴こえるため、当然、母と兄姉とのやり取りも聞いているでしょう。これが、常に「目の上にたんこぶ」があっても競争心を持って取り組める「下の子」の特徴を形成するのかもしれません。

胎児の耳が聴こえるようになったら、お母さんは良い音楽を聴いてください。絶対に赤ちゃんは聴いているのだと確信するエピソードがあります。瑠音先生の妊娠中期のことですが、気が向いた時に話かける私たちは無視されましたが、毎日必ず話しかける「父の声」に必ず反応し、「お父さんの声が分かる」と喜んでいました。五感の中で、聴覚が一番最初に働き始めるのですから、まずそれを刺激するのは大事なことであり、外界とのコミュニケーションの第一歩なのだと思います。

私たちが4日間の合宿でたいへんな思いをしている中、「赤ちゃんと二人っきり」の時間を過ごした瑠音先生ですが、「ベッドに置くとすぐに泣いてずっと抱っこでたいへん。やっぱり、話が通じるYがありがたかったそうです。それを聞き、「きっとわがままな第二子になるのだな」と思って心配しましたが、Yが家に帰ると、良く眠るようになって手がかからなくなったといいます。兄の気配によって、「泣いても構われないこと」が分かったのかもしれません。もっと面白いことは、どんなに泣いていても、兄がピアノの練習を始めるとピタッと泣き止み音に耳を傾けるのだとか・・・。

数週間前に、「赤ちゃんに聴かせる音楽は、何が良いか?一つ、選んで答えて欲しい」と教育情報誌から質問を受けたことを思い出しました。「良い音楽は無数にあり、何か一つを選べない」と回答をお断りしたのですが、Kを見ていると、聴覚に刺激になるなら、たとえ子供が練習する「下手なバイエルやメトドローズ」も良い刺激であることが分かります。もちろん、オーケストラや大家の演奏も大事です。子供だからこそ、「良いもの」を与えるべきだからです。大人が「何か一つ」良い音楽を選ばなくとも、聴かせ続ければ、子供自身に好みが出てくるものです。Yが2歳の頃には、チャイコフスキーの「くるみ割り人形」を良く聴いていましたが、その中の特定の曲を「怖い」と言ってスキップしていたものです。しかし、今はそんなことを言ったことも忘れ「これ、小さい頃、聞いていた曲だ」と言ったりするのです。成長と音楽体験によって、どんどん好みは変わり、「良い音楽に一つの回答」などないことが分かると思うのですが・・・。
by k-onkan | 2009-07-31 23:58 | のぞみクラス | Comments(2)

低木に陽があたって

幼児部と数名の1年生が参加した合宿が終わり、無事帰ってくることができました。皆様のお手元にお子様をお返ししましたが、最終日の様子を綴っておこうと思います。今日は、尾瀬滞在中で一番、良いお天気でした。昨日、この天気であったら、「魚つかみ」もできたのにと残念に思いましたが、心配したマラソン大会もさわやかな気候の中、無事に終え、一安心でした。マラソン大会は、やはり、2回目の子供が「目的意識」を持って走るので、タイムが速くなります。また、上位の子が頑張れば頑張るほど、その後ろを走る子供たちも頑張り、平均タイムはあがるように感じます。これこそが良い意味の「競争状態」だと思っています。

e0143522_23471863.jpg今の日本は「みんなで足並みをそろえ悪いなら、それで安心」という方向に進んでいるようで気になりますが、楽院は、順位付けはもちろん終われば皆の前で、1等、2等、3等の旗を持ちトロフィーと賞品の授与があります。よく「全員、頑張ったのだから、「上位」を発表しない」という主義の教育機関もありますが、それでは子供に「意欲ややる気」は起きません。「悔しい!次回こそ自分が!」と思うから、翌年、頑張れるのです。もちろん、全員に参加賞もありますが・・・。

e0143522_23445643.jpgさて、今回、低学年ばかりの合宿で縦割りの幅が「年少から1年生」と狭かったのですが、良いこともありました。それは森にたとえると背の高い木がないため、低木に十分陽が当たったということでしょう。4歳から6歳の子供だけでも、十分に班長が班員の面倒を見たり、生活班長、体育班長などの役割をやり遂げることが分かったのです。

e0143522_23453176.jpg生活班長は、食事の前と後に挨拶をしますが、その前に、一言、自分の考えをつけ足します。たとえば、初日なら「尾瀬に来て最初のご飯です。夜はゲーム大会です。たくさん食べましょう。いただきます」という具合です。これを毎食ごとに、自分で考えるのです。最初は戸惑っていたRちゃんですが、後半は、的を得た一言を添えられるようになって、感心しました。社会に出て、たった一言を人前で発表するのも難しいという大人が多い中、少なくても楽院を卒業した子はこうしたことが、全然、恥ずかしくはないはずです。

児童部がいると男の子で一番、運動能力のある子を体育班長を選出します。運動が苦手な子がなるとたいへんです。マラソン大会の発表で自分の名前が上位になく、面目がまるつぶれになるからです。幼児部もそれを真似て、1等になった子が「今朝のマラソン大会の報告をします。第一位は、たいへん僭越ながら、ぼく、Yです。タイムは9分4秒、第二位は、Tくん、タイムは9分15秒、三位はMちゃん、タイムは9分17秒でした。来年もがんばりましょう」と児童部に比べると短い言葉ですが、報告をしました。恒例の「たいへん僭越ながら・・・」という一言は、毎回、体育班長が上位に入るための「お約束」です。

子供たちは、午前中いっぱいをパークホテル周辺の自然と戯れ、昼過ぎに帰京の途につきました。子供たちは、パークホテルから沼田の町までの山道は、背中を座席につけ目をつむり、酔うことなく下ることができました。そこから楽院まではあっという間でした。予定より早く4時10分に到着しましたが、4時30分まで待って、「ただいまコンサート」を開催しました。子供たちは、「ただいまコンサート」が終わるまでは「ご両親の姿を見ても、合宿はまだ終わっていないことを忘れないように」と伝えてありました。そのため、お母さまたちを目の当たりにすると、ニッコリ嬉しそうにはしますが、涙ぐんだり、抱きついたりはせず、いたって冷静でした。

コンサートは、年長のTくんの「ただいまの挨拶」で始まり、班毎の点呼の披露、お遊戯に歌唱、Yくんのマラソン大会の報告、Rくんの招聘講師へのお礼の言葉、最後に、保護者全員から感想をいただき、みんなで一緒に「夏の思い出」を歌ってお別れしました。遊びに来た卒業生Cちゃんが「幼稚園だけでも「夏の思い出」の声がきれいだった」と言ってくれたので、とても嬉しかったです。何しろ、卒業生の耳は一番、怖いものです。特に「夏の思い出」は児童部がいないと不安になるほど難しい曲なのです。さて、子供たちは、それぞれの家庭に戻り、お母様の手料理を食べて休んだ頃でしょう。お母さんの下に帰っていきなり、やりたい放題をするのではなくて、合宿でできるようになったことをおうちでも披露して欲しい、そんな風に思っています。
by k-onkan | 2009-07-30 23:20 | 楽院だより | Comments(2)

泣くほど寂しかったの!?

今朝は少し雨が残る中、レインコートを着てマラソンの練習をしました。「雨の中を・・・?」と思われるかもしれませんが全く練習せずに、明日1.5キロ走らせる方が子供にとっては大変です。明日は雨が降っても、合間を縫ってマラソン大会をしなければ子供たちは心残りで帰京できません。そこで、霧雨の中、予行演習をして、全員が1.5キロを完走することができました。

e0143522_206126.jpgその後、音感、合唱をして、お手紙書きもしました。昼が近づくにつれて、雨があがり、何とか虫取りができそうになったのは、午前中の取り組みが一生懸命だったから神様のご褒美かもしれません。昼食が終わると、お家の都合で一足先に帰る姉妹がおり、皆でお別れに、歌を歌ってお遊戯をしました。他の子供たちにも初日から「途中で帰京すること」が伝えてあったので、ご両親が見えても誰もうらやましがったり、泣いたりはしませんでした。それよりも、午後の虫取りなどの楽しいイベントが一緒にできないことをとても残念がっていました。

e0143522_2063721.jpg皆で最後に「夏の思い出」を歌い、「さようなら」をするとお姉さんの方が大きな声で泣き出しました。皆と別れ先に帰ることが悲しかったのかもしれません。年長児でも、そんな豊かな感情があること、そして、「キノシタの厳しい合宿」に別れを惜しむ姿が愛おしく思いました。子供たちは「どうして、泣いちゃったの?」「先に帰るのが、さびしかったのかな?」と心配しましたが、「来月、また会えるのだから」と話し、虫取りに出かけました。雨があがったとはいっても、虫の姿は少なく、子供たち全員に2~3匹づつ虫を捕まえるのがとてもたいへんでした。草を踏み、バッタを追い出し、子供たちに捕まえさせます。雨があがったとはいっても、尾瀬の気温は摂氏17度、夕方に向けて冷え込んでいくため、イワナ掴みをやめて、水着を着てお風呂をプールに見立てて楽しみました。全員でバタ足の練習をした後に、それぞれ自分の得意技を披露しました。泳げない子は純子先生がバタ足や背泳ぎ(もどき?)の補助をして、お水が怖い子も全員参加しました。その後、全員、体を洗ってお風呂です。

e0143522_2065352.jpgお昼寝の後にはおやつをいただき、優子先生の「紙芝居」、その後は野外でバーベキューの予定でしたが、屋内でいただきました。3日目の夜となると、子供たちの食卓に会話が弾むようになってきました。初日は誰一人口をきかず心配しましたが、さまざまな活動を共にしたことで連帯感や共通の話題が生まれ、会話が弾むようになりました。そして、子供たちにも「嫌なことも頑張る」「聞かれたことに返事をすること」「何かしてもらったら、ありがとう」「何かしてしまったら、「ごめんね」。「ごめんね」と言われたら、「いいよ」と許すこと」など、他人との共同生活のルールを覚えてきたところです。ここで、返すのが惜しいくらいです。

e0143522_2071223.jpg残念ながら、夜は雨がひどくなり花火は中止になってしまい、子供たちは大広間でゲーム大会をして楽しんでいます。8年ぶりの低学年だけの合宿は人数も行事も少なくて楽なのかと思いきや、何事ものんびり時間が流れる幼児部のスケジュールに、せわしない児童部に慣れた私たちは、かえって疲労感があるようです。夜は皆が寝静まった後に、荷物整理をして帰京の準備です。それぞれ、子供たちの荷物を間違わないように管理していますが、子供たちにも手伝わせているため、他のお子さんの持ち物が紛れ込んでいることもあることと思います。また、その反対もあるでしょう。その際はお手数ですが洗濯して楽院にご返却ください。

e0143522_2073293.jpgせっかく合宿で仲良くなったお友達です。夏休みに「葉書の交換」などもお勧めです。子供たちは日常の生活の中で、お互いにいろいろなことを学びました。どうか、子供にとって便利で気ままな生活に一日で戻してしまわず、成長した姿を維持できるよう、ご家庭でもよろしくお願いいたします。
by k-onkan | 2009-07-29 19:57 | 楽院だより | Comments(2)

小さくても班行動しています

「天気が悪くても、翌日、それより良くなる可能性は低いので、途中で引き返すことになっても登りましょう」という大垣先生の決断で山登りをしました。幸運なことに、雨に降られずに帰ってくることができました。鳩待峠から山の鼻まで3.3キロの道のりを途中で2回休憩をしながら歩きました。

e0143522_21151288.jpg山登りの際は班ごとではなく年齢の低い年少を先頭のペースメーカにして、年中、そして、合宿経験のない子を先にして、その後に経験のある女の子、最後に体力に余力のある年長の男子で歩いていきます。女の子はつらい山登りをやり過ごすために、ブツブツ文句を言いながら歩きます。「え~。まだ歩くの?」「あとどれくらい?」最初は、聞き流していましたが、最後は「自分で何もできないのに、そんなことばかり言わないで」と注意します。反対に男の子たちは山歩きの中で「へび」や「虫」、川の中に「魚」を見つけ、最大限に楽しむことができました。

e0143522_2118272.jpg子供たちは山へ言っても「1班、集まれ」と班員を集め、「1班番号1・2・3・4・5・6、1班以上ありません」と確認しています。山の鼻で年中の男児が一人で勝手にトイレに行ってしまいドキドキしてしまいましたが、こまめに号令をかけていればすぐに気がつきます。班長が慌てて探しにいき、「一人でトイレに行ってはダメだよ」と注意していましたが、年中児は班員と共に行動するというルールが分かりません。去年は自分たちも話が通じなかったのに、「話が通じないんだよ」と嘆く姿に笑ってしまいます。

e0143522_21182850.jpg班長には何かをする時は、班長が班員に伝えてから行動するように指示しています。なぜなら、初めて合宿を体験する子らにとっては先生の指示をもれ聞いて一緒に行動することなどできませんし、手をひいて全てやってあげても、本人は何がおきているか分かりません。そこで、「1班、トイレにいきます」「3班リュックを背負ってください」と声をかけるのです。この様子を見て「軍隊みたい」と思う人もあるかもしれませんが、集団行動の中で年長者が年下の子に何か伝える際、全員に理解できる言葉を使って一度で教える必要があるのです。

e0143522_21185996.jpgさて、お弁当の時にこんなことがありました。「先生、この卵、かたい!」とゆで卵を渡すのです。「ゆで卵は皮があって硬いのよ。自分でむいて食べなさいね」と卵を割ってむき方を教えます。どうも、「皮をむいた柔らかいゆで卵」しか見たことがないようです。子供に「やり方」を教えるより大人が全て用意した方が簡単だと思いますが、「自分でできること」からさせ始めなければと思います。自分の洋服をたたませたり、自分の食べる卵のカラをむかせるなど、身の回りの簡単なことが自立の第一歩です。これは、「自分の意見を持ち、それを頑なに押し通すこと」より先にまず子供に教えなければならないことのように感じます。どんなに生意気な意見を言えても、「自分のことが何もできないのでは責任のある大人にはなれませんもの・・・。

e0143522_21194369.jpg山から帰ってくると雨が降りだしました。山でぬれなかったことに感謝して、お風呂に入って、お昼寝をしてお遊戯と合唱の練習をしました。夕飯の時に地元の小学生グループ60名と一緒になりました。そのグループが食事を終え「ごちそうさまでした」と言うと男の子たちが「低い声だね~」「うん。低いね・・・」と言い合っています。そんなことに気づく幼児たちに、名誉団員の優子先生は「キノシタの子って感じだね~」と言います。

ふだん、話声位を高めることを口うるさく言われている子供たちは、低い声を出しても許されることに驚いたのかもしれませんね。世の中にはいろいろな人がいて異なる価値観があります。でも、子供の頃に高い声を出す気持ちよさを知った子供たちは幸せなのだと思います。大垣先生のご指導でお絵かきをして、寝る時間です。

子供たちが寝る前に楽しみにしているのは部屋を暗くしてから創作ストーリーです。昨日はうろ覚えの「ともだちや」を披露したので、今日は「ともだちや~幼児部バージョン」、全員の名前をストーリーに入れて、「何か言うたびに、「え~?」という子はいませんか。そういう人は、きつねも友達にしたくありません。一生懸命、頑張る友達、いりませんか?Tくん、Yくん、Rくん、Mちゃん、Hちゃん、Yちゃん・・・」子供たちは自分の名前が出てくるだけで「ゲラゲラ」と大喜び、興奮させてしまったかもしれませんが、寝る前に静かになると、「ママ・・・」と思い出すと泣く子もいるので、楽しい気持ちにするために、手を変え品を変え、頑張っています。これは、児童部では経験したことのない苦労かもしれません。
by k-onkan | 2009-07-28 21:22 | 楽院だより | Comments(2)

女の子はたくましい!?

音感の授業中に厳しい私が、「合宿」ということでバスの中で物腰柔らかにしていると「やってよぉ」と語尾を強くしたり、横柄な態度を取ってしまうのが女の子たちです。優しくすると調子に乗せてしまうようです。反対に、男の子は私が少しぐらい優しげな様子を見せても、だまされずに警戒心を持って接して可愛いものです。これも性差なのかもしれません。

e0143522_21102862.jpg二度目の休憩である赤城高原についた時、「さぁ、サービスエリアについたから、ここでお弁当ですよ」というと年長のSちゃんが、「えぇ~?」と不愉快な声を出します。すると、それをおもしろいと思ったYちゃんも「えぇ~?」と真似をしたので、さぁたいへん。「今、『えぇ?』と言った人は、すぐにおうちにかえりなさい。皆で一緒に合宿に行く時に、いちいち、『えぇ~?』という人は、一緒に行ってくれなくていいです。ここで帰りなさい。先生が、『何々をしますよ』と言ったら『ハイ』とすぐに行動しないと、一人だけお弁当を食べられなかったり、トイレに行けなかったりして自分が困るのよ」。調子に乗ってしまった子供たちは少しだけ反省しますが、また違う場面で調子にのって叱られています。集団行動より個人行動に慣れているのかもしれません。

幼児部だけの合宿の基本は「子供に危険がない中で、全ての幼児に物事がスムーズに運び、悲しむ暇がないように上手に大人が管理すること」にあります。例年なら児童部の世話をする私は、子供だけで遊ぶことができない幼児部の相手は、手がかかりますが精神的には、自由時間が多い児童部の監督より楽であると感じます。大人が全て把握して見られるからです。

e0143522_2111848.jpgパークホテルに着いて荷物整理を終え、みんなで「ハンカチ落とし」をして遊びます。ルールが分からないので、なかなか、子供だけで遊べるようにはなりません。その後は、音感と合唱です。今日は、「踊ろう楽しいポーレチケ」「ほし」「夏の思い出」など、新曲を数曲、練習しました。帰ってから皆さんにお聞かせできるように頑張っています。火曜日のクラスの子供たちは、練習が長くて少々辛いようですが、お兄さん、お姉さんの声を聞くことで、「上手になりたい」という目的意識を持って頑張って欲しいと思います。

e0143522_21112959.jpg音感練習を終わったら、お風呂に入って夕食です。みんなしっかり食べました。その後は、ゲーム大会です。大垣先生が楽しいゲームを考えてくださいました。ビー玉の入った風船をうちわで扇ぎながら運ぶリレーです。手や足を使ったり、うちわを直接、風船に当たず、扇ぎ進むのですが真面目にルールを守ってビリになる男子班に比べ、女の子は勝つために手段を選ばない逞しさがあり見ている私たちは大笑いしてしまいました。e0143522_21114537.jpg

e0143522_2112741.jpgその後は、優子先生の指導でお遊戯の練習です。最初に優子先生が踊って見せた時の子供たちの目が輝いていて本当に可愛かったです。お母様たちは、子供たちの躍る姿を見たら、可愛くて涙が出てしまうかもしれません。さて、ゲームも終わり寝る準備です。今日は、子供たちがゲームをするのを見ながら、ブログを書き終わることができました。みなさん、おやすみなさい。幼児部は、寝る前のお話と添い寝という仕事がありました。明日は、天気がよければハイキングです。e0143522_21122344.jpg
by k-onkan | 2009-07-27 20:41 | 楽院だより | Comments(2)

木下式だって負けないよね?

明日から、尾瀬合宿を控えた今日、テレビで「ヨコミネ式保育園」の合宿ドキュメンタリーを見ることができました。川の上にロープを渡し、そこを子供に渡らせ、川の真ん中で水に飛びこむ姿に、明日からの合宿と重なり、とても興味深く見ることができました。その中に一人、水を怖がる少年がいて、「どこにも大切に育った甘えん坊がいる」と微笑ましく思いました。その子は水を怖がる余り川の中を歩くこともできず、保育士の先生に手を借ります。すると、横峯氏は、「絶対に手を貸してはいけない。子供は放っておけば自分で考えて行動する。泣いても放っておけ」と叱ります。

e0143522_23191763.jpg子供に泣かれると、女性の私たちは、つい手を貸したり、優しい言葉をかけてしまいますが、そんな時こそ、放っておくことが一番の薬なのです。木下先生も幼稚園の歌唱指導で泣く子がいると、「絶対にご機嫌を取るな。放っておけ」と涙をふいてやる幼稚園教諭を叱ります。手を出されたり、構われると甘え心が益々助長することは、子供との付き合いが長いと肌で分かるのです。特に、男の子は強い男に育てるために突き放すことも必要です。

「30年、子供とつきあったら分かる」という横峯氏の言葉に、自分も同じほど、子供とつきあっていることを思い出しました。尾瀬合宿は今年で31回を迎えますが、子供の頃から手伝ってきた私は、よその子とのつきあいが30年経過したことになるのです。木下先生夫妻はもっと長い年月、幼児教育を実践し続けてきました。継続して実践してきたからこそ、この教育の素晴らしさに確信が持てるのです。ヨコミネ式教育も素晴らしい「心の教育」でしたが、木下式も負けない教育であると思ったのでした。
by k-onkan | 2009-07-26 23:19 | 教育 | Comments(2)

能力の不思議

「音感に臨界期があるか分からないという人もいる」という問題を投げかけられ、「分からないことがあったら大垣先生にうかがってみよう」と教えていただきました。すると、「ある特殊なグループには、確かにそういう人がいる」のだそうです。それは、「文科省特定領域先端脳企画運営会議・井原康夫編纂『脳はどこまでわかったか』(2005年3月 朝日新聞社刊)の中に「絶対音感の遺伝子」という項目があり、そこで絶対音感の臨界期について述べられているそうですが、その中で2001年に、ウイリアムズ 症候群の人は絶対音感を持つ人の割合が多く、かつ臨界期が長いことが判明した」とあるのだそうです。

e0143522_1352581.jpg実は、私も特殊なグループに属する人の持つ「聴覚」を実体験として知っていることを思い出しました。遺伝子に欠損があるウィリアムズ症候群とは全く違うと言われれば、それまでですが、脳の一部の障害による特殊なグループの中にも聴覚が著しく発達している人がいます。知的障害はないのですが、他人とのコミュニケーションがうまくないことも特徴です。

私たちが預かったそのお子さんもカスタネットの音や花火の音を聞くと、奇声を発して逃げ回るほど音に敏感で、新しい和音は一度聴くとすぐに分かるようになったものです。ただし、「音を聴くこと」に長けていただけなので、瞬時に発声で再現すること、速く書き取ることができず、総合的な能力を身に付けさせる楽院での評価はあまり高くありませんでしたが・・・。

入学当初は、だれもこのことを知らず、少し言葉の理解が遅い普通の子として扱っていました。教えれば何でも順調に身につき記憶力も優れていました。ただし、言葉の具現化が遅い分、皆で歌唱をする際に遅れたり、他の子と一緒に行動できない面がありましたが、子供はみんな発達途上で何らかの課題は常にあると、私たちもおおらかに構えていました。しかし、入学して1年後、お母さまからお医者様の診断結果とともに、「娘はこんな子どもです」と周囲に理解を促す手作りの紙が渡され、楽院の掲示板に張り出すことになりました。通常、楽院は、どんな理由があっても子供を特別扱いせずに、皆と同じにできるように扱います。その昔、木下先生が脳障害のあるお子さんを預かった時も、他の子と同じことができるようにするために、大人が様々な訓練、努力はしますが、子供の世界に入れた時に「その子だけが特別であること」を感じさせる扱いはしてきませんでした。

ちょうど、夏期合宿前だったため、「Aはこんな子です。こんな風に声をかけてね」と書かれた紙を持って出かけることになりました。ところが、その紙通りに接すると、「おかしな行動」が目に付くようになったのです。それまで、他の子と一緒に扱っていた時は、見よう見まねでできていたことが、「障害のある子扱い」をすることで「らしく」なってしまうのです。「これはいけない。少なくても楽院では今までしてきた通り、他の子と同じように教えたい」と帰京後、お母様にお願いしました。お母様も「楽院でここまで伸ばしていただいたのですから、先生を信頼してお任せします」と言われました。知的能力や国語能力が高かったこともあり、勉強面では何の問題もなく普通の小学校にあがり、「楽院で他の子と同じに扱っていただいたのが良かった。集団行動も問題なく成績評価も高かった」と卒業していきました。

この子も成長に従って、自分自身の特徴と向き合ったり乗り越えなければならない壁があるでしょう。子供の頃は特別扱いをしなくても、成長すればそうは言っていられないことでしょう。しかし、大切なことは、周囲の人がその人の問題を理解して、どのように対応すべきかを知っていることなのだと感じます。また、優れた聴覚にしても、他の秀でた能力にしても、持っていることで、安心して放置するのではなく、訓練によってそれをいかに実生活で活用できるようにするかが教育なのだと感じるのです。
by k-onkan | 2009-07-25 23:59 | 音楽 | Comments(0)

無先導にたどりつくために

昨日は講習会の中日で楽院児が公開学習を担当し、天使のこえ合唱団も中国公演で発表する曲を披露しました。楽院児の公開学習を行うと、高度な要求にこたえる幼児の姿に必ず、「選ばれた特別な幼児たち」と誤解されることがあります。しかし、この子たちも、入学当初は「お母さんから離れたくない」「立っているのがつらい」「大きな声を出すと疲れる」と涙をこぼしたり、おけいこを嫌がったりする時期があった普通の子なのです。

e0143522_23152621.jpg「木下式には未知の事柄には必ず「全先導」という配慮ある手法が用意されています。能力の発達に合わせ「部分先導」、そして、大人の手杖を除去した「無先導」に発展させます。このことは、子供の扱い方、信頼の構築、自立への道のりにも共通しています。最初は、親や先生が手取り足取り基準を教えますが、いつまでも、手出し口出ししていると、その子供は自立することができません。また、「うるさい人」「厳しい人」がいる時だけ良い子を演じたのでは本当の姿ではありません。子供の実力が分かるのは親から離れた、「無先導」の時期なのです。

この時期が来てはじめて「自分から学ぶこと」が可能になるのです。どのように問題を解決すべきかの基礎を教えずに、ただ子供の能力に任せ、時期が来るのを待っても自分から学べるようにはなりません。最低限、知らなければならない基礎は、丁寧に教え、子供の観察をして、能力を見極めながら少しづつ手杖を外していくのです。手杖を外すというと厳しく聞こえるかもしれませんが、最初から手を放すということではありません。子供に分からないこと、困ったことがあれば、とことん深く追求するのも木下式の厳しさであり、同時に将来「一人でも困らないため」の愛情でもあります。

私が楽院児の公開学習をする際に最近、気をつけていることがあります。楽院で2~3年育った子供たちは、公開学習の際に、「ベタベタした優しさ」や「しつこい説明」がなくてもサインや合図、短い言葉の指示で私の言いたいことが理解できるよう訓練してきました。つまり、信頼も「無先導」の域に達しているのです。しかし、これをそのまま、幼稚園の先生が園に帰って真似ると、木下式が「スパルタだ。優しくない」と誤解される原因となります。この子たちにも、機嫌を取られたり、手取り足取り教えられたり、進歩を喜んでもらったり、お手洗いの世話をされたりと、十分な全先導の時期を経たことを見落としてはならないのですが・・・。
by k-onkan | 2009-07-24 23:14 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

テレビに子守はさせないけれど

楽院に入学してくる未満児のお子さんの「現在の様子」に必ず、「歌ったり踊ったりが好き」ということが書かれています。これは、そのお子さんが特別なのではなく、その時期の子供の特徴として、歌や踊り、そして何より真似が好きな時期なのです。しかし、幼稚園教諭の経験でもない限り、子供が明るく愉しく真似て歌って踊れるお遊戯を何十種類も知っているお母さんはいないでしょう。そう考えると、テレビもありがたいものです。年齢が分かってしまいますが、私も幼稚園に入るか入らないかの頃、お姉さん、お兄さんが出てきて歌っったり踊ったりする「ピンポンパン」という番組が大好きで、母と一緒によく見たものでした。

e0143522_550692.jpgその一方で、「子供にテレビを見せてはいけない」と考える方が多いこともたいへん良く理解できます。今から30数年前、テレビに関する衝撃的な本が出版されました。「テレビに子守をさせないで」というタイトルだったと記憶しています。子供をのべつまくなしテレビの前に座らせていると、情報を一方的に受けるだけで、言葉や知的面の発達に悪い影響をおよぼすというような内容だったと記憶しています。まだ「ゲーム脳」などと言う言葉は知られていなかった頃の書物ですが、30年以上経った今、間違いではなかったことが証明されているようにも感じます。私には、一日中テレビの前で一方的な情報を与えられた子供も、ゲームを長時間して脳の一部が使われなくなることも共通したことに感じますが、大垣先生、いかがでしょう。

お泊りなどで子供を24時間預かると、よほど自立した子供で無い限り、いろいろな「やること」が必要なことを痛感します。そんな中で15分~30分と時間を決めて、大人が一緒に見て、それについて話をしたりするならテレビも良いと感じます。この時代に生まれてきたからには、「テレビ」の存在を否定できませんし、たとえ、幼児の頃に家庭で禁止しても、幼稚園、小学校に入れば「〇〇ちゃんも見てる」「テレビを見ていないと仲間に入れない」と言われて見せてしまうこともあるでしょう。最終的に見せることになるなら、排除するより「上手な見方」「好ましい利用法」を子供の頃から考えておくことも大事なのではと思います。

甥たちを間近に見ていて感じるのは、歌って踊る幼児番組を「楽しい」と感じる時期は1歳後期から年少くらいまでのように感じます。それ以後は徐々に興味が移り、好む番組も「英単語が出てくるもの」「日本語のことわざ」「工作や実験する番組」「動物のドキュメンタリー」と成長を観察することができます。5歳を過ぎても幼児番組を楽しんで見られるなら、「少し幼ないのかしら?」と気にかける必要があるかもしれません。

個人的には、キャラクター物は好きではありませんが、幼稚園にいくようになると、「〇〇モンスター」「〇〇戦士」「プリティー〇〇ちゃん」などその時代の流行キャラクターを知っていることは、友達とつきあう上で欠かせないことであったりします。それでも、「うちの子供には絶対に見せない」と強い意志で臨む人もいるでしょうし、「幼稚園で仲間はずれにされないように見せる」というご家庭もあるでしょう。「一日30分以下」に決めたり、「日課を終えたご褒美に」などルールを決めるのも良いと思います。但し、テレビに子守をさせ、一日中釘付けであったり、子供が何に興味を持っているかを親が知らないのは困りものだと思いますが・・・。
by k-onkan | 2009-07-23 23:46 | 幼児 | Comments(2)

明るいって褒め言葉!?

出産中の妹に代わって甥を1週間ほど、幼稚園に送り届けた時のことです。「お姉さんって、明るい人だね~」とママ友達からメールがあったそうです。私は特に明るく振舞ったつもりはありませんが、「おはようございます」と声をかけられれば挨拶を返し、「生まれましたか?」と聞かかれば「いいえ、まだなんですよ」と答えたに過ぎません。もちろん、子供と一緒の時は、極力良く話をしながら歩くようにはしていますが。

e0143522_2231557.jpg「私のどこが明るいの?」と聞くと、「さぁ?うるさいと思われたのかもしれないわね。園長先生に挨拶していたことまで皆が知っていたみたい」というのです。数日間とはいえ、妹に代わり甥の見送りのために幼稚園に出入りするのです。お世話になっている先生方に警戒心や不信感を持たせないために、「おはようございます。Yの伯母でございます。いつもお世話になりありがとうございます」と自分から挨拶にいきました。私にとっては当然のことでしたが、どうやら、「出過ぎた人」と思われたのかもしれません。

昨日から三期講習会が始まり、全国から幼稚園、保育園の先生が集まり木下式の勉強をしています。その中で、幼児期に一番大事なのは「大人の話す声のピッチ=話声位」であると話をしています。幼児に意識を持たせるためには、低い声、小さな声でボソボソ話すのではなく、高めの声、はっきりした声で話さなければ何も伝わらないからです。自分の好きな声の高さより少し高めに、そして、アナウンサーのように母音をはっきりと鮮明に話すことは、幼児と関わる大人の鉄則と教えています。そんな私が、実践園でなくても、「幼稚園」に足を踏み入れれば明瞭な声が出てしまうのは、職業病かもしれませんね。

平素、いろいろなお母様とおつきあいしますが、はっきりと明瞭な声で挨拶する家庭の子供は、それが当たり前のこととして身につきます。どうせ挨拶をするなら、「したかどうか」分からないような曖昧な挨拶ではなく礼を尽くした姿を子供に見せたいと思います。なにしろ、大人がさりげなく背中を見せているつもりでも、子供というものは全く違うところに目がいっているものです。何かを教えるために見せるお手本は、どんな子供にも伝わる「少し大げさなもの」が求められるのは、挨拶も模範唱(木下式の声の手本)も共通するものがあると感じる保護者デビューだったのです。
by k-onkan | 2009-07-22 22:03 | 子育て | Comments(0)