麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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神の手と神の声!

e0143522_21391235.jpg1ヶ月ぶりに幼児部の子供たちの音感授業がありました。最後に会ったのは、合宿での「ただいまコンサート」。あれから1ヶ月が経過したので、子供たちは他人行儀に戻っているか、同じ釜の飯を食した同士として懐かしくできるのか、実は毎年、子供によって違います。
今年の子供たちは久しぶりの楽院に懐かしそうな顔でやってきました。合宿に参加しなかった子たちは、「合宿に行っていないから」と先に「できない時のため」と皆に言い訳をするのがとても不憫です。子供なりに疎外感を感じるのでしょう。

授業の途中でTくんに、「口型が悪い」と注意すると、「合宿に行かなかったら」とばかりに涙を見せ始めます。仕方が無いので、授業を中断してこんな説明をしました。「口の型を直すことは合宿に行く前から、全員に教えたことでしょう? 合宿に行かなかったから、できないのではないよね? 合宿に行った人と行かなかった人、何が違うか分かる? 合宿に行った人は、尾瀬で一緒に生活したから「先生の言うことは聞かなくちゃいけない」ということを忘れなかっただけ。行かなかった人は、「先生の言うことを聞くこと」を忘れてしまって注意されて泣きたくなるのよ。好き勝手な方法で歌うと、上手に歌えないから、先生の言うことを聞いて、口の型を直してね」。

物を習う上での基本に「教えに従うこと」があります。他にもっと「良い方法」「楽な方法」「簡単な方法」があるのではと模索したり、心の中で「やりたくないなぁ」「嫌だなぁ」と抵抗や反発があったりすると上達の妨げとなります。夏休み前に「神の手を持つ男」と呼ばれる脳外科医の権威、福島孝徳先生について書かれた本を読んだことを思い出しました。

福島先生は脳外科手術の世界で、他に類のない鍵穴式手術を考案し、年間600件、全世界を股にかけて手術をすることでよくテレビなどで放映されています。自分一人では助けられる人数が限られているため、高進の指導も余念がありません。その福島先生は、教え子に「自分より(脳外科の手術が)上手になったら独自の方法を見つけなさい。それまでは、私のする通りをせよ」と言うそうです。正に物を習う基本です。本の中には、福島先生の手術を学ぶために通ったある医師が、「100回も見学すれば分かるだろう」と思い見学に行くと、「100回見ても、まだ学ぶところがある」と気づいた話が書かれていました。これにもまた「音感教育」に通じるのですが、一つのことを深く追求すると決して終わりはないのです。

福島先生から手術技術を習った医師の中には、先生の厳しさに耐えられずに辞める人も多いと言いますが、「先生が厳しいのは、患者さんを救うため、良い手術をするために叱るのであって、手術が終わればとても優しい人」と良き理解者もいて、なんだか、木下先生と似ているなぁと感じます。木下先生なら「神の手」ではなくて、「俺は神の声だ」とでも言うかもしれませんが・・・。何にしても、何かを成し遂げるために、真剣に向き合う時には、耳に優しいことばかりではなく、時に叱責や厳しさも必要なのだと確信するのです。
by k-onkan | 2009-08-31 21:40 | お稽古事 | Comments(0)

麻奈先生も幸せなの!?

特別練習にたくさんの名誉団員が参加し、更に見学の名誉団員が加わるので、大人になった生徒たちからの面白い発言をたくさん聞くことができます。そんな中、「麻奈先生のブログをマニュアルにしたら、私の子供もYのように育つのかな?」とCちゃんの発言がありました。「私の子供だから、いい子に育つと信じて育てなくちゃ!」「それにね。現在、子育て中の瑠音先生だって、Yにだって、悩みはいろいろあるのよ」。

e0143522_1415377.jpgCちゃんは、事情があって5年生に音感を修了しました。その分、他の卒業生より、強く音楽に対する愛着を感じるのか、最近、よく子供たちの歌声を聴きにきて、帰り際には自分も声を出して帰っていきます。Cちゃんは小さな頃、木下先生に本当によく可愛がられていました。その分、私は厳しくしましたが、本人には、「キノシタの先生たちは皆、すごく怖かった」という印象しかないかもしれません。でも、厳しくされていたということは、それだけ期待されていた証であるのです。それだけに、辞めた時は言葉にこそ出しませんでしたが、とてもさびしく思ったものでした。

Cちゃん自身も音感を辞めた後、他の人より傷つきやすく、いろいろなことに反発したと言います。だから「私の子供でも上手に育つ?」と心配するのでしょうが、だからと言って、「自分の子供が上手に育てられない」「良い親になれない」というわけではないと私は思っています。自分が傷ついたり、傷つけたりした分だけ、他人の気持ちが分かり優しくなれることもあるからです。一番、大事なことは、「自分をきちんと認められるようになってからお母さんになって欲しいなぁ」と思います。自分は何の努力もしていない内に、親になって我が子にどんなに頑張らせようと思っても、そのひずみが現れます。大人になって、親になるためには、やはり、その準備も必要だと思います。それは、子供を愛することができるように、まず自分が何かに打ち込み努力して自分を愛し認めることだと感じるのです。

もう一つ、こんな面白い話もありました。大学生のHちゃんのお父様は、今時珍しい厳格なお父上です。大学生になった今でも、お父様に楯突いたり、失礼な態度をすると、お母様と二人で土下座をして謝ることもあるのだと言います。きっと、Hちゃんのお父さまは、年齢が木下先生に近いのかもしれません。そんなHちゃんが「20歳の誕生日にパパに買ってもらった」と素敵なバッグを見せてくれたので、「厳しいお父さんがいるHちゃんは幸せよ」と言うと「それなら、麻奈先生も幸せ!?」と間髪を入れずに切り替えされましたが、「少なくても男性の怖さ、気難しさを知っているから、男の人をバカにしたり侮ったりはしないわね」と答えておきました。

私は気が強く見える方ですが、世に言う「フェミニスト」の方々と違って男性の存在を否定したり、男性を侮ったり、また、男性を利用しようなどと思わないのは、厳しい父の存在があったからだろうと思っています。たとえ、自分が認められないことがあっても、それは「女性だから」ではなく自分の努力が足りないのだと素直に思うことができますもの・・・。
by k-onkan | 2009-08-30 23:12 | 名誉団員・卒業生 | Comments(0)

ようこそ、先輩!?

夏休みを利用した北京公演の特別練習も終わりに近づき、少しづつ形になりつつあります。特に、名誉団員の手助けで、参加者ほとんどが低学年という合唱に重厚感が加わり、音楽らしくなってきたところです。そんな中、夏休み最後の週末になり、多くの先輩が子供たちの合唱を聞きに顔を出すようになりました。在籍児は、「自分こそ楽院の子供である」と思っているので、人見知りもせずに「あなたは誰ですか?」と自分から聞いていきます。その様子が面白くずっと観察すると、時代こそ違いますが、「木下先生の下、厳しい指導を自分も体験した」という仲間意識が存在することが分かります。

e0143522_7421522.jpg卒業生は必ず、子供たちのレッスンが終わると、自分たちも歌いたがります。木下先生が「よく覚えているなぁ。そんな歌も知っているのか」と感心するほど、キャンプの歌も童謡も、北京公演に参加する子供たちと変わりなく、全ての曲を二部にして歌って聞かせてくれます。中には、「麻奈先生と向かいあって発声練習がしたい」という先輩もいて、「やっと、合唱練習が終わったのに、また発声???」と逃げ出したくなりますが、大人になってどんな声に変質したか興味もあるので、お相手をしました。

「子供の頃、あれだけ勉強したのだから当たり前」と言えばそれまでですが、難なく人前で声を出したり、歌えたりすることは幸せだと感じます。その長所を生かす仕事を見つけられたら、もっと幸せでしょう。平素、一般の幼稚園や保育園の先生に音感教育を教えるにあたって、高い声をいかに出させるかを苦労しています。最近は、幼稚園の先生志望でも、自分から声を出して他人に何かを訴えたりしたことがない人が増え、子供の前で何か話しても声が聞こえず、子供たちが集中して話を聞けない様子を多々見かけます。みんな、とてもおとなしく内気で、音感教育どころか、平素の子供たちとの関わり、保護者とのコミュニケーションも難しいのではと不安を感じることもあります。

木下式の講習会では、歌を歌う以前に、教諭の手を持ち、声を出すには、どのような気構えが必要であるのか、自分の声の高さをコントロールするとはどのようなことかを教えることから始めます。正しい声で自分を表現して歌えるようになるまでは、やはり、長い道のりがあるのです。そう考えると、子供の頃に、「歌うこと」を身に付けた卒業生は何の苦労もなく声を出して歌うので、卒業生で合唱サークルでも始めたらいいのにと思ったりします。2日続けて歌声を聴きにきてくれた卒業生のHさんが、「北京公演の成功を日本から祈っています。先輩より」というメッセージのついた差し入れを置いていってくれました。子供たちは練習の合間に「先輩からのおやつ」を美味しくいただきました。ありがとう!先輩!

卒業生から差し入れをいただくと、「あぁ、もう子供ではなく、大人になったのだなぁ」と頼もしくも寂しくもあるから不思議なものです。
by k-onkan | 2009-08-29 23:41 | 名誉団員・卒業生 | Comments(0)

手をかけ過ぎず、突き放し過ぎず

楽院の子供たちは、幼児部の間は全員、先生の前に並び、音感かるたや歌唱曲を歌います。行儀が悪くなったり、先生の目を見なかったり、一生懸命取り組まなかったりということがないよう、指導者が監督して、子供たちに「あるべき姿」を概念づけたのです。「管理教育」というと抵抗があるかもしれませんが、善悪の区別のない子供たちに大人が目をかけ、「学ぶとはどういうことか」を知らせることが重要なのです。但し、これを一生、継続したのでは、本当に「管理されるだけの人間」「自発的に活動できない人間」に育ってしまいます。それでは、教育の失敗です。一番大事なことは、「一人で生きられる自立した人間に育てること」であり、「大人にとって都合の良い子」「何でも素直に言うことを聞く子」に育てることではないからです。幼児期が過ぎたら、子供に関わる大人が「自立」を意識して子育てに臨まなければならないと感じます。

e0143522_8322958.jpg楽院は、小学生になると合唱活動がメインになります。指揮者から離れた合唱台の上で、自分から取り組み意欲ある姿勢を見せなければなりません。ところが、表面的に行儀よく見えても目線が下がっていたり、声を出していても好き勝手な歌い方をしたりすることがあります。これは、集中力や取り組み意欲、忍耐などが欠けている証拠で当然、見つかれば叱責を受けます。これまでは、目線が下を向いて気分散漫にならないように、口の型が悪くならないように、行儀が悪くならないように、失敗する事前に大人が手を貸してきました。しかし、このような「温かな手杖」は小学生になったら取り除かれ、自分から行動して注意を受けながら改善していく、これが「自立への第一歩」となるのです。

さて、日常生活の中でも、子供は幼児から児童へと劇的に変化が始まります。「親の言うことは絶対に聞く」と信じていた真面目なわが子も、親が知らないところでは、「上手な言い訳をしておけいこをさぼったり」「他人を傷つける発言をしたり」と驚かされることばかり確実に増えていきます。その時々、必要な注意を与えながら、成長の証だと見守ることも大事です。残念ながら「うちの子供だから、家庭の躾だけで何とかしよう」という時期はもう終わったのです。耳が痛くても、「よその人から」「親戚から」「学校から」「社会から」教えていただく時期が到来したのです。

子供は成長に伴って、「世の中は本当に親の言う通りであるか」を実践を通して学びます。だからこそ、親以外にも、周囲に子供の行いを見咎めてくれる大人のいる環境を整える必要があるのです。「うちの子供のことは、よその人に口出しなどして欲しくない」などと両親が頑なな気持ちを持ったら、とんでもないことが起きてしまいます。どんな子供も「良い子の仮面」を持っていて、必要に応じて被っているものです。「親の前、先生の前で良い子だから」との油断は禁物です。子供にいろいろな面があることを熟知しながら「何かあったら、自分の耳に入ってくる風通しの良い人間関係」を親自身が構築しておかなければと思います。子供が成長する上で、大人の目は絶対に必要なのですから。

私は小学生の低学年で、すでに外の世界に興味を持っていました。ちょうど、下の子供たちに手がかかり、親からも自立を求められていたのかもしれません。「外の世界を知りたい」「よその人が好き」と思っていました。有難いことにベタベタした愛情を示す母ではなかったので、私が自立するのは好都合で、一人で行動するよう仕向けてくれました。あの時、「あなたは私の子供なのだから、私の言う通りにしなさい。私の望む子供のままでいて」との母の愛で縛られていたら、きっと逃げ出すために反抗をしたであろうと思います。

この話には余談があります。長子であるが故に、両親にたくさん手をかけられた私は、物心つくと親から独立したくなり外の世界にあこがれました。母は当然、弟妹も同じように成長すると思っていたようですが、下二人は、私ほど両親から手をかけられて育たなかったため、外の世界に興味を示すより、まず親に手をかけて欲しいと望み、母はたいへんだったことを記憶しています。大人が十分に手をかけられた後にしか自立はやって来ないということかもしれません。

「幼児期における教育」についての書物はたくさん出ていますが、「子供に独立心が芽生え、親離れを試みる時期の教育」について書かれた本はほとんどありません。その答えがあまりに単純な割に大人の葛藤や悩みが大きく、書物にできないのかもしれません。その時期の答えはたった一つ、親が子供との関係やそれまでの教育を冷静に見つめる時期であること、わが子を「自分の可愛い赤ちゃん」と思うのではなく、別人格を持つ一人の人間として必要なことを教えるよう、心の切り替えが大事なのだと思います。手をかけ過ぎず、突き放し過ぎない。教育が一番難しいのは、この時期だと思うのです。
by k-onkan | 2009-08-28 23:31 | 子育て | Comments(0)

伝える難しさと喜びと

「肩の力を抜いて・・・」と向かった三重県津市私立幼稚園協会の講習会は無事に終えることができました。美しいホールには、『幼児の能力を引き出す音感教育』というタイトルと共に「木下式音感教育法認定講師 木下麻奈先生」と整った文字で書かれた看板が壇上に飾られ緊張しましたが、会場には同県出身の小西先生が応援に駆けつけ、誰一人知る人がいない中、本当に心強く有難く思いました。

e0143522_2230995.jpg帰りの新幹線の中、受講者の方々からいただいた感想に目を通しました。「正しい日本語、鮮明な母音の重要性を理解できた」「大人の話し方、語りかけ、声の高さが子供に与える影響が分かった。現場でもはっきり話すようにしたい」「音感教育は音楽だけでなく、幼児教育全般に通じることであると思った」「管理教育という言葉に厳しい感じを受けるが、幼児期に善悪の区別を教えることは必要であり、厳しさの中にある優しさも大事なのだと思えるようになりました」「木下式を勉強してみたいと思った」「子供でも訓練によってあんなに素晴らしい態度や歌唱を見せられることに驚いた」という感想をいただき、自分が伝えたいと思ったことを理解していただけたことに喜びを感じました。もちろん、中には、「音楽を学びたい人は音楽教室に行けば良いと思う。幼稚園でしなくても・・・」という感想もありました。同じ会場で同じ話をしても、個々の考え方、育った環境によって、それぞれ、受け止め方は様々であることを実感しながら帰ってきました。

世の中は30日の衆議院議員選挙に向けて各党が激戦を繰り広げています。限られた時間の中、それぞれ、自分の考えや真意を伝えようと必死です。議員の先生とは比べ物になりませんが、他人に考えを伝える難しさと喜びを経験できたことが、私自身にはとても良い勉強になりました。この機会を与えてくださった津市私立幼稚園協会会長・大川吉崇先生、そして関係者の皆様方に深く御礼申し上げます。
by k-onkan | 2009-08-27 23:59 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

病気にならないように・・・

先週は福岡で一日講習会があり九州まで出かけましたが、明日は津市の私立幼稚園協会のご依頼で木下式についての講習会を行う予定です。最近、木下先生に代わり研修会などで指導をする機会が増え、人前に立つことも少し慣れてきたのですが、明日は、少しだけ、いつもと違うことがあるのです。それは、相手が「木下式」も「しかられたのシ」もご存知ない方であるということ、そんなことから私の方が緊張してしまいますが、肩の力を抜いて頑張ろうと思っています。

e0143522_6555694.jpg北京公演のための特別練習は一日お休みとなります。どうか、人ごみに出かけたりせず、学校の宿題やピアノの練習をするなど、落ち着いて過ごしてください。2学期が始まると、新型インフルエンザは更に拡大すると懸念されています。楽院は、保護者でありお医者様であるN先生のご指導の下、手洗い、うがい、消毒を徹底しています。北京公演に出かけない方にもご協力いただき、楽院から新型インフルエンザを出さないようにお互いに気をつけたいと思っています。どんなに気をつけても、「気をつけ過ぎ」ということはないでしょう。私も、講習会で気軽に人に手を触れたりしないように気をつけます。
by k-onkan | 2009-08-26 06:54 | 楽院だより | Comments(0)

縁とは不思議なもの

アメリカから帰って1週間が過ぎ、「今頃、Yから絵葉書が届いたよ」と木下先生がいいます。実は、この絵葉書、私がYから預かり、日本へ帰る飛行機に乗る空港までずっとバッグに入れたままにしてしまったものです。手ごろなところにポストが見つからず、「日本に帰ってから手渡しましょう」とあきらめていたものです。何しろ、自分では投函した覚えがありません。さて、日本に無事に帰国し両親に手渡そうと探したのですが、どこにも見つかりません。「はて、あの葉書はどこへ行ったのかしら?」ずっと気にかかっていたのです。その葉書が、千葉の田舎に届いたといいます。落とした葉書を「誰かが親切にも拾って投函してくれた」。そう考えると、個人を大切にするアメリカでも、他人のために行動する親切な人がいるという当たり前のことに嬉しくなりました。

e0143522_7581014.jpgそんな中、旅の初めに町の中央郵便局まで出かけ投函した葉書で、今だに届かない葉書もあるのですから、縁とは真に不思議なものです。こんなに届かないところを見ると住所に不備でもあったのかもしれませんが、今、届くと困る内容でもあるのです。「おとうさん、おかあさん、ぼくはアメリカでげんきです。ぼくのことは少しでいいから、Kのことをせわしてあげてね」。

日本に帰って1週間、兄弟は互いの存在が自分の生活を脅かすと気づき、どちらがより多く母の注意を引くかに必死です。生後1ヶ月のKでさえ、母親が食事の支度をしたり兄の監督をしながら片手間に相手をすると、「自分の目を見て相手をせよ」と火がついたように泣くそうです。声が大きく生きる力が強いのはありがたいですが、こんな時には、小さな声の赤ちゃんがありがたいと思うのですから、勝手なものですね。
by k-onkan | 2009-08-25 06:52 | 幼児 | Comments(0)

自分ばかりと思ってない!?

北京公演のための特別練習が始まりました。それぞれ、夏休みでのんびり暮らしていた子供たちにとっては、歌唱に必要な機敏性や反射性を取り戻すのに、一苦労です。夏休み前に上手に歌っていたはずの曲も、取り組み意欲を忘れていると、上手には歌えません。それだけ、子供たちは大きな声で注意されることが多く、初日から「楽院の厳しさ」の洗礼を受けていると思います。

e0143522_654251.jpg子供の時は嫌だと思っても、この時期に自発的に行動できる機会があることがとても大事だと自身の経験から感じます。私も決して自発的に行動するタイプの子供ではなく、平和な時代に育った分だけ、甘いところがあり、小学生になってから、「自分から意欲を持って行動しない」「目的意識がない」と大人たちから嘆かれたものです。その時は、子供心に「他の人だって同じようなものだ」」「やらなくてもどうにかなるのだ」と思ったものでした。しかし、今になって思うのは、自分が「好む、好まざる」にかかわらずに、「やることはやる。それも自発的に・・・」を叩き込まれたことで、大人になって、他の人より最後のふんばりがきくと感じます。

自分を甘やかすいいわけはいくらでも立ちます。「お腹が痛い」「疲れた」「そんな気分じゃない」。最後にその言い訳に負けずに頑張るかどうか決めるのも、また自分自身の精神力です。子供の頃は意志薄弱だと嘆かれた私ですが、何十年も経って子供の頃の修行の成果が出てくるものです。子供の頃から心地よいことだけを求めて暮らしてしまうと、大人になってからも自分の好きなこと、楽なこと、苦がないことしかできなくなってしまいます。でも人生そんなに甘くありません。

久しぶりの合唱練習でたくさん叱られて「楽院に行くのが嫌だ」と感じた子もいたことでしょう。叱られるには、理由があるのです。その理由を解消できることが、「叱られなくなる秘訣」です。行儀が悪い子は行儀を良くしましょう。指揮を見られない子は指揮を見ましょう。集中できない子は集中できる人になりましょう。全力投球できない子は全力投球を覚えましょう。「口の型が悪い」と絶対に上手になりません。「私ばっかり」「ぼくばっかり」と、皆それぞれ思っているはずです。決して「自分ばかり」叱られているのではありません。それが分かるようになった時、子供は大人になるのです。
by k-onkan | 2009-08-24 23:53 | しつけ | Comments(0)

女性としてできること

何気なくテレビのチャンネルを回すと、年配の尼さんが若い現代女性の悩みを聞く番組がありました。その女性の悩みは義理の母との不仲で「どうすべきか?」ということでした。「『義理の母に我慢できないからその男性を捨てるか』『好きな男性のために自分を殺し、踏みとどまるか』の二つに一つしかない。人に相談するようなことではない」と厳しくも当たり前の回答があった後、その尼さんが言われたことがとても心に残りました。

戦前が良いというのではないけれど、戦後の教育で一番、悲しいことは、自由奔放を自由であると教育したこと。自由であるということは、自分以外の人の気持ちを全て無視して、自分のことだけ考えて生きて良いということではない。「私がしたいことを好きにするのだから、それは私の自由でしょう。お義母さんが邪魔だ。いなくなって欲しい」そう願っても、それはありえない。先人なのだから。あなたが新参者なのだ。そのお母さんなくして、あなたの旦那の存在はないのですよ。女性が子供を産み、子孫を残していくことをもっと大切にしなければ・・・。今のような男女同権を教えたのも間違いです。女性だけが子供を産めるのだから。男も、女も「女性の部分」を大事にしていかなければ・・・。

e0143522_7122770.jpg国は女性に少子化対策に「子供を産んでいただきたい。」補助金を出し、また、預かってくれる施設を充実させています。昨日も、「公立の保育所を民間に払い下げ運営させ、待機児童を減らす努力をしている」と聞いてきました。しかし、生まれてきた子供が一日の半分を保育所に預けられ、親からの愛や教育を知らずに育っていくことで、本当に国のためになる人材を育てることはできるのだろうか。アジア諸国では、人育てこそが、国の力になるとどこでも「教育」に力を入れています。その間に、日本だけが違う方向へ進んでしまったのかもしれない。80歳のこの尼さんの怒りと憂いを感じながら、子供を産めなかった私は、「女性としてできること」がよそのお子さんの教育に力を注ぐことなのだと再確認させられる番組でした。
by k-onkan | 2009-08-23 23:10 | 教育 | Comments(2)

声が低くならなかった!?

今日は福岡支部の保育園の先生57名が集まり、朝から研修会がありました。実は、開始時間に遅れそうになるというハプニングもありましたが、何とか無事に間に合い安堵の胸をなで下ろしました。実は、滞在するホテルにタクシーを回してくださったのですが、ふと気づくと、見慣れない道から飛行機がたくさん見えます。どう考えても空港の近くで、「K保育園はこんなに空港に近かったかしら?」と不安に思った途端、「国内線ですか?」と聞かれ、「行き先が違います」と慌てることになったのです。タクシーに乗り込んだ時に、お互いに確認すればよかったのですが、回してくださったタクシーなので安心してほとんど口も聞かずにおりました。やはり、意志伝達に言葉は必要です。後で、配車センターの確認ミスであることが分かりましたが、日本でも確認作業を怠るのは自己責任と反省することになりました。

e0143522_1054126.jpg何とか間に合い、時間通りに研修会を始めることができました。初日に保育園は、預かり時間が長いと1日12時間、先生たちと過ごす子供がいるとうかがったので、いかに先生たちが高い声で話をしなければならないかについてからお話しました。音楽の基本は「歌」です。平素の話し声が低いと、決して幅広い声域のものは歌えるようにはなりません。高い声を出せるようにするためには、ふだん、話す声の高さも大きな関係があるのです。また、声は「生きる力のバロメーター」でもあります。小さな声でボソボソ話す人は自身の主張も弱いものです。未来を担う子供たちが、弱々しく低い声で生活していたら、この国はダメになってしまう。そういう意識をもって子供と接していただきたいともお話しました。

「話声位の高さ」については自分自身にも思い当たることがあります。ブログにも多く書きましたが、甥を連れてアメリカに出かけたことで救われたことがあるのです。それは、子供の存在が私の話声位が高く保ち、帰国後すぐに音感を実践することが容易であったからです。

英語を話す際、私は極力、低めの声で話します。英語は低い声で発音した方がそれらしく聞こえます。又、アメリカでは女性に「若さや可愛さ」より、「落ち着いた大人であること」を求めるため、あまり高い声で話す大人の女性は見かけません。だからでしょうか。2週間も英語生活を送ると、私の話声位が1オクターブほど下がっていると気づきます。毎回、アメリカから帰国して数日は、音感教育に求められる「高い声」に切り替えるに際し、とても意識を要するのです。それほど、毎日、話す声の高さが習慣化するということでしょう。疲れた大人には落ち着いた声が求められますが、まだ若い子供たちには、「声の高さ」から生きる力を身に付けていって欲しいと思います。人間だけが意思疎通のために言葉というツールを持っているのです。どうせなら覇気を持って言葉を発したいものです。
by k-onkan | 2009-08-22 23:54 | 木下式音感教育法 | Comments(0)