麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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こんな時期だから・・・

楽院でも新型インフルエンザによる欠席が増えてきました。そんな中、年端のいかない子供が新型インフルエンザによって、幼い命を落とすという悲しいニュースを目にすると、子供たちの些細な熱でもやはり気になってしまいます。皆さん、どうぞ、くれぐれもわが子の変化を見逃さないでください。

e0143522_2021070.jpgもう、何年も前になりますが、あるお母様と、「子供の様子」について雑談していたときのことです。私が、「週に1度しか会わない私たちが感じる変化は、毎日、一緒にいるお母様なら、簡単に気づくのではと思うのですが」と疑問を口にすると、「親だから、近すぎて気づかないこともあるのですよ・・・」と教えていただきました。

毎日、一緒にいて、お互いが空気のような存在になると、逆に見えづらいこともあるかもしれません。とはいえ、やはり、「親だから」「家族だから」こそ、理解できることもあるはずです。小さな子供は、自分の体調の変化や不調を上手に言葉で表現できないこともあるでしょう。怖い病気が流行っているこの時期だからこそ、子供をよく観察しましょう。目は口ほどに物を語ります。子供の目の輝きがうつろだったり、目の力がなかったら、注意してあげてください。なんともなければ、それに越したことはありませんが、後で、見落としていたことに気づくのは、大人として辛いものがありますから・・・。
by k-onkan | 2009-10-31 20:18 | 幼児 | Comments(0)

求む!迅速丁寧

強行軍の仙台行きで、どこかの野球監督ではありませんが、私にも「ボヤキたくなること」がありました。出張中はいろいろな場所で「領収書」を発行していただくことになります。昔ながらの手法で手書きする店もあれば、指でポンとキーを叩くとジィーとプリントされて出る便利な店もあります。こんな便利なものが考案できる人間はすごいと思う反面、機械によって人間はどんどん自分から動かないようになり、それに伴って愚かになっていくのではと心配になることもあります。

e0143522_1153897.jpg東京駅で出発時間に余裕があったので、木下先生と珈琲を飲んだ時のことです。お支払いを済ませ、「領収書をお願いします」と言ってから、受け取るまで、それは長い時間かかったのです。木下先生は待ちくたびれると、一人でドンドン歩いていったり、違う方向へ行ってしまうこともあるので、気が気ではありません。新幹線の出発時間も迫っています。不安な気持ちで見守っていると、ゆっくりそろそろと数枚のレシートの中から、印刷した領収書を探しあてます。次は、印鑑を引き出しから見つけます。その動きは、亀の歩みを思い出させるほどです。この印鑑も、最初からインクが内臓されているタイプで、押すだけで良いのですが、印鑑の上下をゆっくり確認してからじっくりと押すのです。最後にあて先へ「上」と書き入れ、ゆったりと手渡すのです。木下先生だったら、怒り出していることでしょう。案の定、「何があったのだ?」。それほど、長い時間かけて、私は小さな印刷物を受け取ったのです。

やはり、どの世界でも行動が遅いのは考えものです。中には「丁寧だから遅くても仕方がない。それも個性で良いことなのだ」という人もあります。しかし、行動が遅いと丁寧さより、「無気力」「やる気がない」が見えます。発声でも同じことが言えます。正しい声を瞬間的に耳で捕え喉で再現するためには、「瞬間的な速さ」が求められます。行動が遅いと正しい音程を捕えられません。音楽的情緒を出そうとすると、行動が遅まる人もいるものですが、そうなると、演奏が重くなり、リズムと合わなくなってしまいます。仙台出張の一日に、何度も、そういう店員さんに出会い、思わずこぼしてしまいました。
by k-onkan | 2009-10-30 11:05 | 発達障害 | Comments(0)

幼稚園はいいなぁ・・・

「音楽教室」である楽院は、親御さんが音楽に興味やあこがれ必要性を感じながら、家ではわが子の音楽能力を最大限に開花させられないと気づいた家庭のお子さんが通っています。芸事は経済的余裕がなければ継続できないため、「裕福な家庭」が多いのも特徴です。幼稚園に比べ、子供の数が少ないため、お預かりした一人ひとりを磨きあげ能力を高めていきます。その集大成が天使のこえ合唱団です。

e0143522_815768.jpg反対に、幼稚園はいろいろな場所から子供が集まってきます。優等生も、やんちゃ坊主もいます。走るのが速い子もいれば、絵がうまい子もいるでしょう。いろいろな特性を持つ子供が集まる場所には、生まれながらの美声、つまり音楽的素養を持ち合わせる子供も隠れています。「幼稚園で出合った原石を自分の手で育てられたら・・・」。そう思うと、「幼稚園はいい(うらやましい)なぁ・・・」と思うのです。今日も、仙台に視察に出かけ木下式を実践する4つの幼稚園の子供の能力を見て、「幼稚園はいいなぁ・・・」と木下先生と帰ってきました。

それぞれの幼稚園の先生たちは、講習会に通い、また、園内研修も行って、木下式を学びながら幼児に教えます。そうして訓練された子供は、「音感教育を行っていない園」に比べれば、みんな「歌上手」なはずです。私たちが「いいなぁ」と思う子供たちも、何もしない幼稚園に通っていたら、その才能は誰にも気づかれなかったでしょう。子供たちが歌上手になり、音楽的な資質を持った子供が能力を誇示するようになるのも、平素、幼稚園で「しかられた~のシ」と音感かるたを実践した成果であり、「ドレミはみんなの仲良しさん」を歌い続けた結果なのです。しかし、音楽のプロ、木下先生が指導すれば、その場でもっと素晴らしい能力を見せる、それが子供の底力です。だからこそ、「幼稚園の先生たちに、もっと上手に指導できるようになって欲しい。子供たちの能力はまだ伸びる!」と、「今年はこの園が良かった」「この先生の声(模範)が良い」と順位付けをすることになります。競争のないところに、進歩は生まれないからです。

もちろん、「どの先生も全員、頑張っているから、褒めてやって欲しい」と言われる園長先生の気持ちも理解できます。日本中、見渡せば「のびのび幼稚園」が主流の中、子供のために教諭に努力をさせ、子供の教育を考える園は、本当に数少ないのです。教諭たちの「いや!」という抵抗にあったら、子供の教育に支障が出てしまいます。木下式を続けていくための園長先生のご苦労を重々、承知しながら、それでも、あえて、苦言を呈するのは、指導した教諭の感性、観察眼、子供とのコミュニケーション能力によって、同じことを教えても子供の能力差となって表れるからです。

これは、「音感教育」だけではありません。家庭教育でも他のことでも、同じことが言えます。子供の能力を左右するのは、「指導者」や「母親」の導き方と観察眼次第です。これが子供の教育の怖いところです。どんなに素晴らしい教育であっても、「誰がどのように教えたか」で成果に差が出ます。良い教育があっても、継続しなければ、何の意味もないでしょう。「頑張ったから」といって全員を褒められない理由がここにあるのです。

子供の成長は大人のそれより早いため、のんびり構えていると、与える機会を逃すものもたくさんあります。乳幼児、児童と過ごす大人ーー幼稚園、保育園の先生もお母さんも、何を与えるかと同時に、子供がどんな心理でとりくんでいるか、一生懸命しているか、無気力なのか、楽しんでいるのか、何が理解できて、何ができないのか等など、観察力、見極め力が求められるのです。幼児期に、子供の中に隠れている素養を見出し、引き出しておくことが、子供が成長して、自分の意志を持った時に、自分の特技へと変換されていくものだからなのですが・・・。
by k-onkan | 2009-10-29 08:05 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

素晴らしい指揮でした!!

今日は、横浜で行われた和樹先生の演奏会に出かけました。朝から咳が止まらなかった私は、マスク着用で出かけました。顔の半分を隠しているにも関わらず、会場で、「あっ!麻奈先生!」と年長の楽院児に見つかってしまいました。どうして分かるのでしょう? 

e0143522_22482626.jpg招待席は会場の前方だったのですが、「和樹先生の指揮を見るために来たのだから」と丸椅子を借りて、会場の後ろから鑑賞しました。演奏曲目は、モーツァルトの交響曲41番「ジュピター」、メンデルスゾーンのバイオリン協奏曲、最後がビゼーの交響曲でした。和樹先生のダイナミックかつ、繊細な指揮を見ながら、数週間前に探し出した韓国公演の時の写真を思い出しました。15年ほど前、天使のこえ合唱団が韓国公演に出かけた時に、韓国語で挨拶をしたのは和樹先生でしたが、木下先生に代わってアンコールの指揮をしたのも彼でした。まだ子供の面影を残し、皆と同じブルーセーラーを着ていた日もあったのだと思うと、目の前で指揮をする和樹先生に夢を見るような心地がしました。

木下先生は、「メンコンの対旋律をあんなに歌わせられる指揮者は他にいない」と感激して楽屋を訪ねました。楽屋訪問は禁止されていたのですが、「木下先生だけ特別に」ということで、着替えの最中、入れていただきました。ブザンソンの優勝のお祝い、そして「メンコンが素晴らしかった」。木下先生がそう言うと「全部、木下先生のお蔭!」と和樹先生。

帰り際、10数年ぶりに和樹先生のお母様ともお会いすることができました。和樹先生は何かある度に「木下先生は父親のような存在」と話します。その理由は「実のお父さまに叩かれたことはないけれど、木下先生にはあるから」ということなのですが、実のお母様にまで「父親の役をしていただいて、今の和樹があるのは木下先生のお蔭・・・」と言われ、「実のお父さんに申し訳ないのでは?」とさすがに苦笑していました。和樹先生の活躍を喜びながら東京に戻ると11時。明日は早朝、仙台に向う予定です。
by k-onkan | 2009-10-28 22:48 | 名誉団員・卒業生 | Comments(1)

嬉しい連絡がありました

今日は電話が2本ありました。1本はニューヨークの高校に通う卒業生から、近況を報告する電話。もう1本はブザンソン指揮者コンクールで優勝した山田和樹先生から帰国公演のご招待でした。

e0143522_2102115.jpgニューヨークにいるHくんは、山田和樹先生がブザンソンコンクールで優勝したというニュースを聞いて、異国の地で「これで楽院が有名になる!」ととても喜んでいると、お母様から連絡があった子供です。渡米して数ヶ月、日本に里心がついて電話をしてきたのかもしれません。「Hくんも山田先生のように頑張って楽院を有名にしてくれるのを楽しみにしているから、ニューヨークで頑張って!」と励まして電話を切りました。

山田和樹先生の音楽会は28日・29日の両日ということでしたが、実は、仙台視察の予定とぶつかっていました。前日に現地へ入るのをやめ、28日の夜は木下先生とコンサートに出かけることになりました。楽しみです。
by k-onkan | 2009-10-27 20:59 | 楽院だより | Comments(0)

名前だって分かるよ!?

「自分の名前がKだって、分かるようになったみたい!!」。生後3ヶ月の甥を抱いて妹がいいます。私たちは、赤ちゃんを抱っこする時は、親戚の子でも、よその子でも、必ず目を見て「○ちゃ~ん」「○く~ん」と高い声で呼びます。すると、口がきけない赤ちゃんでも、自分が話かけられていると分かって、嬉しそうな顔をしたりと反応するものなのです。こういう、他人とのやりとりが、乳児の脳に刺激を与えているのだろうと感じます。

e0143522_15244253.jpg楽院で育つ妹の子どもたちは、よその赤ちゃんに比べると、多くの大人と接する機会があるため、人見知りをせずに、家族以外の人に抱かれ、声を出して笑ったりします。そのため、同年代のお子さんに比べ、少々、発達が早いところもあるでしょう。しかし、お母さんと二人きりで生活していると、簡単には、よその人、よその社会に慣れないのがふつうなのです。

実は、幼い頃の私がそうでした。私が小学校に入る前、母は家にいて私たちを育ててくれました。狭い家でしたが、すべり台や鉄棒など、子どもの発達に良いとされるものは、やりくりして用意したのでしょう。また、家の至るところには、母の手作り漢字カードが貼られ、そんな環境に育ったのですから、よそへ行っても、家と同じように、よくおしゃべりをして他のお子さんとお友達になれると思ったら、さぁ、たいへん。家では、おしゃまでしたが、一歩外の世界に出ると、口もきけません。

幼稚園というはじめての社会に馴染めなかったのです。また、初めての子育てをしていた母も、当時、とても若く、どのように、よそのお母さんとつきあうべきか、など、分からないことがたくさんあったのでしょう。知らず知らずの内に、母自身の不安も子供の私は感じて、幼稚園にいくのを嫌がったのです。そんなわけで、新しい環境に馴染むまで、かなり、長いこと母を心配させたものでした。そんな私のために「ようちえんってたのしいな」とか「あるいてあるいていこう」と歌を作ってくれましたっけ。

子どもは経験を積むことで、いろいろなことを乗り越えていきます。時に、親だけの力では、どうすることもできないこともありますが、大事なことは、親子一緒に、新しいことに慣れて、乗り越えていくことなのだと思うのです。

今は、人見知りをしていない甥も、2番目のわがままが出て「お母さんじゃなくてはいやだ」と言うようになるかもしれません。今、少し、発達が早くても、安心できないことだらけです。それでも、いろいろなことの全てが、子どもの成長を促すものなのです。だから、子どもを観察するのは面白い! そう思うのです。
by k-onkan | 2009-10-26 15:23 | のぞみクラス | Comments(0)

あぁ、楽しかった!

今日は、月1回、指導にうかがっている三重県のK教室のレッスンでした。最初は、「木下式を体験されたい方がある」ということで、2~3歳のお子さんの授業を行いました。もちろん、お母様も一緒です。5人の子供たちに音感かるたの説明したり、音符書きをして、あっという間に1時間は経過しました。音感かるたをする時の私の楽しみは、子供たちの表情から、その子が何を考えているかを観察することにあります。「興味深く説明をきく子」もあれば、「お母さんのひざからなかなか、離れられない子」もいます。中には、興味はあるのに、子供なりに心配があり、遠くから様子を観察する子もいるものです。2~3歳の子であっても、それぞれ知恵をしぼりながら、未知の事柄に取り組もうとするところが、可愛いのです。

e0143522_2226830.jpg音感かるたの説明をしていると、一人の男の子が座り込んでしまいました。ただ話をきくだけと言っても、立っているのは子供にとって辛いことなのです。一人の子が座ると、他の子も真似をします。体験授業ですから、うるさいことを言う必要はないと思われるかもしれません、一度、許したことを改善するのは、難しいものです。万一、授業を始めることになった時に、指導する先生が困ることもあるでしょう。そこで、「かるたのお話をする間、頑張って立ていられる人には、ご褒美のおやつがあります。食べる人?」。そういうと、子供はサッと立ち上がります。大人が上手に子供の気持ちを扱うことができれば、子供は、大人に従うことにも、それほど抵抗は示さないのかもしれません。やはり、音感教育を2~3歳の子供に施すのは楽しいものだなぁ・・・。と思うひと時でした。
by k-onkan | 2009-10-25 22:24 | のぞみクラス | Comments(0)

泣かなくても良いように

記憶がはっきりしない情報で申し訳ないのですが、数日前、ニュース番組の中で、ドキュメンタリーとして「障害を持つ子の親が「障害があるのはどのようなことか」を知らせるための活動が映し出されていました。そのお母さんたちは、学校などをまわり、生徒たちに演劇を用いて、障害がある人の気持ちを体験させるという試みをしているそうです。一般の人には「変わった行動」をするように見える障害を持つ人にどんな苦労があるかを、学校の先生に体験させて、子供たちにも教えようとしているのです。

e0143522_13163231.jpg劇には、お母さんたちが扮する漫画のキャラクターたちが登場し、理解できない言葉を一生懸命、話しています。そこへ、何の事情も知らない学校の先生が連れてこられます。一生懸命、聞く努力をしますが、何を言われているのかさっぱり分かりません。身振り手振りから、「何かを探している」ことは分かっても、それ以上は分からず、困り果ててしまいます。その様子こそ、障害をもつ人の気持ちだというわけです。

さて、この試みは、「障害のある子供」の気持ちを教えることを目的としていますが、家庭で何も教えずに、社会生活を始めさせられた幼児にもこれと同じ混乱があると感じます。たとえば、子供が初めて、望クラスの体験授業を受けたとしましょう。人にあったら「おはようございます」、おやつを食べる前に「いただきます」、帰る時は「さようなら」等、挨拶を知っている子供は、自信を持って答えられますが、家庭で口を聞かないと、知らないことがあるだけで物怖じするのが、子供の気持ちです。小さい頃から、難しいことを教える必要はありませんが、子供が口を聞く前から、家庭で、親が子に話しかけたり、「これは~ですよ」と物の名称を教えたりすることはとても大事なことなのです。言葉が分からない障害のある子が混乱するように、障害がなくても分からないことがあると子供には「泣いて訴えるか」「不機嫌に黙り込む」くらいしか方法がないのですから・・・。
by k-onkan | 2009-10-24 13:17 | のぞみクラス | Comments(0)

注意しないのは、愛じゃない!

数日前、大阪からの出張帰り、東京駅の化粧室でこんな光景を目にしました。5歳くらいの男の子が「ばかやろ~。何で水が出ないんだぁ。どうして、俺が手を洗わなくちゃいけねーんだよぉ!」とまるで、高校生の不良のような悪態をついています。しかし、一緒にいるお母さんもおばあさんも無言です。そこに私が入っていったので、「ポップコーンをこぼしたから手を洗わなければいけないのでしょ」とやっとお母さんの静かな声がしました。

e0143522_10504180.jpg実は、数分前に駅の通路でポップコーンを撒き散らし、拾っていた家族であったと思い出しました。その時も、その子の罵詈雑言だけが通路に響き、つい目をやったのでした。たった5歳になるか、ならないかの子どもが、大人顔負けの悪態をつく姿を哀れに感じました。親御さんは、「子供に優しく接したい」「嫌われたくない」「叱り方が分からない」等など、いろいろな理由はあるでしょうが、公共の場に我が子を連れ出す前に、最低限のルールを教えておくのは、やはり親の務めだと感じます。子供にとって、親に叱られたり、注意してもらえることも、本当は愛情表現の一つなのですから・・・。
by k-onkan | 2009-10-23 10:48 | しつけ | Comments(0)

朱に交われば・・・

「幼稚園で一生懸命、教育しても3年生になれば、皆と同じになる・・・」。こんな身もふたもない意見を耳にしたことを、ふと思い出しました。きっと、先日、視察をした幼稚園で、「小学校に入る時に、園児が褒められた話」を聞いたからでしょう。
e0143522_15413780.jpg
「朱に交われば赤くなる」ということわざがありますが、「学ぶ姿勢や取り組み意欲」を身につけた子供も、何もしない環境に長くいれば、それに慣れ、皆と同じ行動をとるようにもなります。そういう点で「3年生になればみんな同じ」と言われる理由かもしれませんが、幼児期に身につけた何かは、簡単には消えてなくなるものではありません。

とは言え、子どもは楽しいことが大好きです。おともだちがふざけていたら、一緒にふざけたり、先生の話を聞かなくなったりするのが、子供です。そんな姿にがっかりさせられることもあるでしょう。やはり、子供がある程度、自分で責任を負える年齢までは、親の教育観や判断が欠かせないと感じます。
by k-onkan | 2009-10-22 15:41 | 幼児 | Comments(0)