麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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夢をかなえられるように・・・

「学生音コン:全国大会 ピアノ高校の部1位 生熊茜さん“開き直り”で栄冠 
 横浜みなとみらいホールで27日開かれた第63回全日本学生音楽コンクール全国大会(毎日新聞社主催、横浜市共催、NHK後援、ANA・島村楽器・三菱商事協賛)のピアノ部門高校の部で、1位に輝いた府立夕陽丘高音楽科2年、生熊茜(いくまあかね)さん(17)=吹田市山田西1=は喜びの声とともに、未来への決意も語った。【藤田裕伸】
 演奏したのはラベルの「夜のガスパール」より、スカルボ。受賞インタビューで「皆さんすごいレベルが高かったから、開き直り状態で力を入れず、一番好きなラベルの曲を弾けた」と素直に喜びを語った。応援に来た同高の音楽教師から「素晴らしかった。私も満足で音も良かった」と祝福された。5歳のとき、友だちづくりのためにピアノを習い始めた。今はピアノざんまいの生活で、1日3時間の練習を欠かさない。将来の夢は「たぶんピアニスト。どんな道が待っているにせよ、生涯、音楽の勉強を続けたい」と心に決めている(毎日新聞)」

e0143522_175782.jpg茜さんは、年長の時に木下先生から音楽祭の独唱児として選ばれたお子さんです。これまで、のべ3000人の独唱児を見ている私たちが、茜ちゃんを忘れていないのには理由があります。それは、木下先生の指導に対して、幼児とは思えない音楽性によって応えた子であったからです。彼女の中に音楽に対する特別なものを感じた木下先生は、担任の教諭に「お母さんに、「この子に音楽をさせなさい」と私が言ったと伝えなさい」と言ったのでした。

その茜さんと、10年ぶりに会ったのは、2年前、学生音楽コンクール(ピアノ部門中校の部)の大阪大会で1位になったときでした。「是非、木下先生に会いたい」と千里丘学園の視察の顔を出し後輩たちが見守る中、演奏した曲が彼女を全国大会1位に導きました。

昨年、新たに挑戦した「高校生の部」では、大阪大会では1位を得ましたが、「全国大会も木下先生に良い報告をしたい」との願いは、残念ながらかなえられませんでした。結果を聞いた木下先生は、「若い時から、そんなに何でもうまく行ってしまったら、後が大変になる。だから、かえって良かったのだ」と言っていました。どの世界で活躍する人も、試練や苦労なく、ただ成功する人などいないものです。また、若い頃にあまりに大きな目標を手にしてしまうと、その後、周囲の期待におしつぶされてしまわないとも限りません。そんな心配もしたのでしょう。その茜さんが、今年、全国大会1位を手にしました。将来、音楽の勉強をし続けるという自身の夢をかなえるため、これからも美しい音楽を私たちに聴かせて欲しいと思っています。
by k-onkan | 2009-11-30 01:07 | 音楽 | Comments(0)

頑張れ!頑張れ?

今日は、朝5時半に家を出て、津市のK教室に向かいました。この教室には月に一度、先生と生徒の指導を兼ねうかがっています。K先生は木下式の魅力にとりつかれて8年、毎回、欠かさず講習会に通う熱心なピアノの先生です。ピアノを教える以前に、木下式を採り入れ音楽の基礎を身につけることで、音楽能力が広げる必要性を痛感されているのだと思います。

e0143522_953171.jpg木下式は、音楽の専門家に関しては、認定講師の資格を得るまで、教材を使用することを許可していませんが、「自身が勉強を続けること」という木下先生との約束で実践を通して勉強しています。私が、この教室に顔を出すようになってちょうど1年が経過しました。本部で、毎週、教える楽院の子に比べれば、まだ今後の成長を期待する面もありますが、木下式の実践成果として、独唱ができるようになってきたところです。せっかく練習したので自信につながるよう、お迎えの保護者にも聴いていただきました。

今は、小学校では皆で一緒に足並みをそろえて何かをすることを好み、誰か一人が突出したり、自己主張する場を与えないと感じます。そんな時代だからこそ、一人で壇にあがり、お辞儀をして大きな声で歌うという訓練は重要なのです。見学の保護者も、それぞれ、わが子が一生懸命、歌う姿にとても嬉しそうでした。

さて、このお教室は発展途上であるため、機関紙「おんかん」の「実施団体一覧」にはまだ載っていません。しかし、「なんか面白いことをする教室があるらしい」と噂が広まっているのか、体験希望が多いのです。木下式を知っていただく、草の根運動として、興味を持ってくださる方にはきちんと説明して理解していただける場を作りたいと、先月から「月1回の母子同伴クラス」を開いています。

実施年齢が小さいと、音感を教える以前に、子供の機嫌をとったり、個々の子らの状況を観察しながら授業を進める必要があります。つまり、指導に余裕がなければなりません。そのため、この指導だけは自分で行うことにしています。幼児教育の面白さは、小さな小さな変化を見つけ、進歩をうながしてやることです。
月に1回の2~3歳児のクラスでも、前回とは異なる変化が見られたり、親しみを持って私に近づいてきたりするのを観察するのが、とても楽しいのです。また、若いお母様が、子育てやしつけに悩んでいらっしゃるので、子育て支援の一助になればと願っています。
by k-onkan | 2009-11-29 02:04 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

切磋琢磨が互いを伸ばす

今日は、朝から長野県の増田音感教室の生徒27名が音楽祭の視察を兼ねた指導を受けに楽院を訪れました。増田教室の生徒は年齢層が幅広いため、視察は土曜日でなければなりませんが、木下先生と二人で土曜日の楽院を空けることは不可能です。そこで、増田先生に協力いただき、バスを借り切って楽院での指導となったのです。中学生、高校生を含めた27人が並ぶと、体の小さな幼児、児童の27人よりも、断然、大所帯です。合唱台に並んだ様子に私たちが圧倒されてしまうほどです。

e0143522_175329.jpgが、小粒だからといって、侮ることなかれ。天使のこえ合唱団の子供たちは人数が少なくても、体が小さくても、歌を歌わせれば、大人も負けない声を出すのです。特に、よその生徒が木下先生の指導を受けるために、訪問すると、「絶対に負けるものか」とふだんよりも張り切るのがうちの子供たちです。そして木下先生に「手本をせよ」などといわれれば、その期待に応えようと瞬時に空気を読むのです。うちの子の影響で増田教室の子供たちも声量が増していきます。互いに切磋琢磨することは、最大限の能力を引き出すのです。

さて、増田教室の合唱団には二人、楽院の卒業生がいるのです。増田先生の双子の息子、TくんとRくんです。高校生になりすっかり男性の低い声になりましたが、音程良くハーモニーを取るので、合唱団の音楽に幅広さを作り上げています。さて、この二人、今でこそ、誰よりも楽しそうに木下先生の合唱指導を受けていますが、今から10数年前、往復8時間バスに揺られ増田先生と通っていた頃は、木下先生がどんな冗談を言ってもニコリともせず、「いつ、叱られるのか」と常に緊張し無表情でありました。そのため、よく「歌を歌って楽しいか?」とからかわれたのですが、それも、叱られていると感じたのか、まったく反応せず、「からかい甲斐」がないのがこの二人でした。

本人たちは、とにかく木下先生が怖く、音楽が楽しいとか、楽院が好きなどの理由で通っていたわけではないでしょう。しかし、母であり木下式の認定講師でもある増田先生は自身の教室で実践するため、もっと深く勉強したいという強い希望と意志をもって、3人のわが子と共に10年近く、通い続けたのです。こんなことを言うと、失礼ですが、飯田と東京の往復は、日本のどこの田舎から東京に通うよりも交通の便が悪いところです。増田先生の労苦には本当に頭が下がりますが、その成果は、10年以上経っても健在である彼らの「音程の良さ」と音楽を楽しむ姿勢によって、幼児期の音感教育の結果があらわれていると感じます。

高校生になる男の子がピアノでショパンを弾いたり、合唱活動を楽むことができるのは本当に幸せなことだと感じます。もちろん、通っている間は、「なんでわざわざ、こんな大変な思いをして東京まで来て怖い思いをしなければならないのか?」と思ったかもしれませんが、母の判断によって、人生が豊かになったのです。そう考えれば、往復8時間の道のりを3人の幼な子をかかえ通い続けたことは間違っていなかったといえるはずです。そして、自分の指揮に合わせ、一生懸命、音楽を作ろうと協力する息子二人がいあること、それは、本当に母冥利につきるであろうと思うのです。
by k-onkan | 2009-11-28 01:06 | 名誉団員・卒業生 | Comments(0)

人の世の常・・・

富山県滞在二日目は、むつみ幼稚園、あおい幼稚園の音楽祭の視察を終えた後、あおい幼稚園の前園長先生ご夫妻のご仏前にお参りをさせていただきました。上田晃道先生がご逝去されたのは、今年の7月下旬のことでした。木下音感協会創立当時から、お世話になった上田先生の訃報に木下夫妻はすぐに富山に向かいました。晃道先生は「大阿闍梨」という高い称号を持つ宗教家でしたので、十人以上の僧侶が並びあげるお経がお堂の中に響き渡っていたそうです。

e0143522_0314415.jpgそのしばらく後、奥様である紀美子先生から、木下先生にお手紙を頂戴しました。そこには、ご自身が病気で苦しいにもかかわらず奥様を元気づけるために冗談ばかり言われたこと、長年病気と闘う紀美子先生よりもご自身が先に逝けることが幸せと口にされたことなどが綴られ、思わず涙が出る手紙であったと聞かされました。晃道先生が亡くなられて、ちょうど100日目、紀美子先生ご逝去の連絡がありました。あいにく、名古屋地方に出張中で、富山までうかがうことができませんでした。晃道先生の後にすぐに逝かれた紀美子先生に、お二人がとても仲の良いご夫婦であったと感じます。

お参りを終えると、そこにはお孫さんが、生後1ヶ月になる立派な顔立ちの男の赤ちゃんを見せにきてくださいました。わずか1週間ではありますが、紀美子先生も曾孫ちゃんをご覧になれたと知り、穏やかで幸せな気持ちになりました。人が亡くなり、新たな生命が誕生する。これは、悲しいことですが、新しい未来につながる、進化であり、世の常なのだと感じる日でありました。
by k-onkan | 2009-11-27 00:30 | 発達障害 | Comments(0)

富山でうかがった話

富山県は、昔から「一家に女性は二人いらない」というように結婚した女性も働き続ける「働きもの」の土地柄のようです。そんな県民性(?)もあって、幼稚園より保育園が人気なのだとか。同じ地域でも、保育園は何十名も断わる状況にあり、幼稚園は募集人員に満たないのが実情だそうです。

保育園は2ヶ月の乳児から受けれることができるそうです。「生後2ヶ月」と言ったら、赤ちゃんが一番、大人の手や目を必要とする時期です。1対1で向き合えば、それだけ、表情も豊かになり、反応もして、可愛く賢くなる時期です。「そんな時期に他人に預けてまで働かなければならないのは、いかがなものか?」と自ら、保育園にたずさわっている方が心配されます。それでもとりあえず、待機児童を減らすことを目的に、次々に保育園が増えています。

e0143522_1044933.jpg幼稚園と保育園は、事情を知らないと、よく似ているので、同じようなものと思いがちですが、幼稚園の管轄は文科省、保育園は厚労省であり、その設置目的が異なるようです。簡単にいうと、幼稚園は子供に教育を与えることができ、保育園は子供に教育を与えることを目的に設置されていない、のだそうです。

地域によっては、保育園で教育ができる環境にある場所もあります。木下式を実施する保育園が多い福岡県がそうです。長時間子供を預かる保育士の先生が、親御さんにかわって、一生懸命教育を実施されています。しかし、現在の富山県では、保育園は子供に教育的なことも、宗教的なことも一切、与えてはならないのだそうです。しかし、6歳までの子供に何も教えず、ただ、預かって、安全に時間を過ごさせて、体だけ大きく成長していくことを考えると、保育園が増えるということは、子供の学力が益々落ちていくのではと危機感を感じます。「3つ子の魂百まで」のことわざではありませんが、幼児期に身につけた習慣や能力は一生に関わるものだからです。幼児期の一番重要な時間だからこそ、保護者や大人によって、より良く育てられるべき。近い将来、日本中どこの保育園であっても「3~5歳児は教育できる」。そういう環境になることを切望しているのですが・・・。
by k-onkan | 2009-11-26 10:04 | 教育 | Comments(0)

裏方に徹して

最終便で富山に来ました。音楽祭の視察を兼ねた研修会のためです。地方の先生方に、いろいろと理解していただけるよう、頑張ろうと思います。

e0143522_0172763.jpgさて、最近、「うちの子は、〇〇をできない」とか「〇〇をしようとしない」という大人の言葉を良く聞きます。それは、大人に「できて当たり前」という気持ちがあるからの発言なのでしょう。しかし、大人が教えなければ、子供はできなくて当たり前なことがたくさんあります。最初からなんの説明なくできる子の方が特別なのです。「子供だからできなくて当たり前」とおおらかに構えるのも大事です。ですが、そのまま放置してよいわけはありません。そこで、身近にいる大人ができるように仕向けることが必要です。

この時、大事なのは、子供にいかに気持ちよくやる気を起こさせ、達成感を与えられるかです。上手にできたら、十分に褒めて良い気分にさせたいものです。また、子供に判断の基準ができるまでは、同じことであっても、できる度に褒めることも大事です。もちろん、できるのに、しない時には、注意を与えます。この繰り返しと、大人の観察があれば、子供は期待に応えようと意欲を見せます。反対に、やってもやらなくても、大人の反応が同じなら、やらない方を選ぶでしょう。大人は子供をよく観察して、その子の特性を見極めることが大事です。

特に、幼稚園から小学校の中学年ごろまでは、よほど優秀か家庭教育が行き届いていなければ、自発的に学ぶことは難しいことです。だからといって、大人が何でも手取り足取り指示し従わせたのでは、自分から考える力をなくすことになります。あたかも、子供が自分から意欲を持って取り組んで良い結果がでたように仕向けることが大事なのです。そのため、大人は裏方作業に徹しなければなりません。決して、大人が出しゃばったり、子供の進歩を「お母さんのお蔭」など、やる気を失するような言動は我慢しなければと思います。一番大事なのは、何もできなかった子供をできるようにすることであり、それをさせられるのは、お母さんや幼稚園の先生など、限られた機会のある大人だけなのですから。
by k-onkan | 2009-11-25 00:16 | 教育 | Comments(0)

知識を知恵にかえるために

今日は、高田馬場にある合気道教室から一人で地下鉄を使って帰るはずの甥Yが6時を過ぎても、帰ってこないので心配しました。なんでも、必要な回数券が1枚不足していたため、今日は100円玉を持たせて出したそうです。しかし、いざ、合気道のおけいこが終わり駅で切符を買おうとすると、肝心のお金がなくなっていたというのです。

e0143522_22374589.jpg甥は、「駅員さんに相談したら、切符がもらえるかも」と思い、駅で交渉しているところを偶然、合気道の先生が通りがかり切符代を貸してくださったそうです。妹は、「100円がなくなっていても、10円玉があったのだから、電話をかけてきたら良かったのに・・・」と言いますが、おしゃべりな甥は母に電話して叱られるより、自分で交渉して何とか帰ってこようと知恵をしぼったのでしょう。

無事に甥が戻り、私が子供の頃に同じようなことがあったと思い出しました。それは、私が小学2年生の頃、当時、珍しいとされる伝染病にかかった父が入院する病院に初めて一人でお見舞いにいった時のことです。父は何十日間も意識がなく、隔離病棟に入れられ、一時は、命の危険もあったそうですが、危険は脱していました。それでも、母は、毎日、テレビ電話での面会のために、欠かさず病院を訪ねていたのです。その日は、2歳下の弟の友達が我が家に集まるということで、どうしても母が家を留守にできなかったのでした。そこで、「まぁちゃんが一人でパパのお見舞いに行ってきて」と電車賃とお駄賃を持たされ、出かけたのです。

1人前あつかいされた私は嬉しくてしかたありませんでした。しかし、歩いて3分の公立小学校に通っていた私にとって、一人で電車に乗るのは、大冒険でした。特に、西武線の下落合駅から国鉄の駒込駅まで行くには、高田馬場駅で国鉄に乗り換える必要があります。ホームを間違えると、反対方面に行ってしまいますが、何度も母のお供で病院に行っていたので、見よう見まねで、父のいる病院に到着しました。しかし、問題は帰りでした。

高田馬場駅で、西武線に乗り換える際、各駅停車のくだり線に乗らなければ、最寄駅に止まらないため、母は何度も「帰りは、〇番線の各駅停車に乗るのよ」と注意したと思いますが、父との面会という大仕事をやり遂げた私は気が緩んでいて母の言葉をすっかり忘れていました。いつも使わない階段を使い、方向感覚がわからなくなり、上り電車に乗って西武新宿駅に着いてしまいました。人ごみに流されて改札を出ると、そこは知らない場所でした。母に電話すると、「なんていう駅なの?」と聞かれましたが、2年生では習わない漢字ばかりでした。「知っている字は、西と新しいだけ・・・」と答えた私。「駅員さんに「まちがっておりてしまって、切符がありません」と相談しなさい」と知恵を付けられのですが、引っ込み思案だった私は消えそうな声で「間違えておりてしまって切符がなくて帰れません」と相談したのでした。

そう考えると、年長の甥は親の知恵を求めずに、駅員さんに相談すれば、何とかなると思ったのですから、よほど世慣れています。しかし、冷静に考えると、私たち姉妹が子供のころ、知らなくて困ったことの全てを甥たちに教えているのですから、私たちより優れていて当然なのです。子供であっても文字が読めたり、自分の住む場所やその周辺の地理が分かることも、親が働く家の子供は知っていて損は無いのです。子供に知識を得たら、それを知恵にかえさせていきたいものです。
by k-onkan | 2009-11-24 22:36 | 幼児 | Comments(0)

その時がきたら、きっと分かる!

「Yのお母さんは、怖いから・・・」と職員室で私が軽口をたたくと、甥が真剣な顔をして、「うちのお母さんは悪いことをしなければ、とても優しい人だよ」と私に意見します。「そう?私にはいつも怖いわよ」というと、「それは何か悪いことして怒らせたか、姉妹(きょうだい)げんかの時でしょう?」。たった6歳の子供の発言ですが、そこには甥の母親に対する愛情があふれていて、微笑ましく感じます。

e0143522_049286.jpg平素の家庭教育も、音感教育と同質である我が家は、よその家と比べれば、「厳しく激しい家庭」に見えるはずです。しかし、甥の言葉どおり自分の責任を果たし、すべきことをきちんとしていれば、お互いの良さを認め、守りあう愛に溢れた家庭なのかもしれないと最近、思うのです。

特に甥は、私が6歳だったころより、自分の親の躾についてよく理解しています。これは、妹自身、自分が育った体験をふまえ、甥が「親の厳しさ」を誤解しないように、「どういう時に叱られるのか」「親は子供を嫌いだから叱っているのではないこと」等など、心をくだき、教えたのだろうと思います。自分が不在の時に、味方になってくれる息子という存在を持つ妹は、母冥利につきるはずです。

さて、数日前、「優しいお父さん」と「厳しいお父さん」というそれぞれの様子を対比するテレビ番組がありました。一つの家庭は、「16歳と19歳の娘たちが、お父さんをファーストネームで呼び捨てにして、自分たちの「しもべ」のように使います。お父さんも、娘にこき使われて嬉しそうです。娘たちは、お父さんは何でも相談できる友達のようで、仕事から帰ってきてもすぐに夕食を作り尊敬している」といいます。もう一つは「3人の子供を厳格に育てるお父さんのいる家庭で、中でも食事は特に厳しくしつけていました。夕食ではお父さんの前にだけ特別料理があり、子供はその皿に手を出すことができません。が、子供たちの様子をよく観察して、残さず食べた子には、お父さんが食べずにとっておいた甘えびを乗せてくれる、そんな優しい面もあるお父さんの家庭です。

この二つの対極的な家庭で、子供たちは、それぞれ「親が好き」とコメントします。コメンテーターも「どちらの家庭も子供と近い関係にあり、コミュニケーションができているから、それぞれ良いのでは」と評価していました。しかし、その後、優しいお父さんと厳しいお父さんが対談する場面があり、「将来、親がいなくなったらどうするつもりか?」と厳しいお父さんが問うと「その心配をしていないわけではない」と答える優しいお父さんの言葉に、子育ての本質的な意味が集約されていると私は感じました。

この二人のお父さんはそれぞれが厳しい親に育てられているそうです。一人は親がした通り自分の子供に愛と厳しさを持って接し、もう一方は、自分が厳しいのがとても嫌だったから、わが子を正反対に育てているのです。似たように育てられても、親に対する理解の仕方によって、次世代に違う選択をすることが分かります。

どちらの言い分も理解できますが、「親がいなくなっても生きられるようにする」ことを子育ての目的として考えるなら、常に子供に優しくして、楽しく居心地の良い時間だけを与えることが、親の愛情ではないのではないかと私は思います。しかし、それはどんなに話し合っても、この優しいお父さんに今すぐに理解できることではなく、将来、自分でその結果を経験するまで、分からないだろうとむなしくなり、途中でチャンネルを変えたのです。
by k-onkan | 2009-11-23 00:47 | しつけ | Comments(0)

まだまだ半人前!!

連休をはさみ、書道の展覧会があり、いろいろな方が見に来てくださいました。この書道研究所は、15年間以上かけて勉強され雅号を取得した先生方ばかりなので、私が一番、若輩者です。そのため、先生方からは、「忙しくてなかなか練習ができないわりに、良い作品に仕上がってよかったですね」「ここぞという時に力が出せることが素晴らしい」と、お褒めの言葉なのか分からない耳の痛いお言葉もいただきました。

e0143522_194348.jpg今日は、大学時代の友人の他に、楽院の保護者の方や、ピアノの前田先生も見に来てくださいました。前田先生から、「いつ練習しているのか?」との質問があり恥ずかしくなってしまいました。なぜなら、書道の先生から「ふだんの練習をお休みして、展覧会の作品にだけ専念しましょう」と言われるほどで、これは、楽院でピアノ練習が苦手な子供が、平素の練習曲をお休みして、音楽会の曲だけに専念するのと同じことだからです。

それでも、私も人に物を教えることを生業としているため、教えてくださる先生のお顔に泥を塗っては申し訳ない。また、額縁屋さんに立派に表装していただくに当たり、少しでも相応しい作品を作りたいと、この作品に関しては、いつもよりも時間をかけて練習をしました。一つの文字が上手になるまで練習を重ねると、次に他の字の欠点が目につくようになります。そこを教えていただき、練習を重ねると、次の難点が発見される。今度はそこを直すと、その次・・・。という繰り返しの中で、全体が少しずつ形になっていくのです。たった、14文字ですが、全文字に集中するのは、とても難しく、書き出しは集中していても、最後には気が散ってまとまわりが悪くなることもあり、納得する作品になるまで、ずいぶん、手をかけましたが、それでもこの程度の出来あがり・・・、とそんなお話をしながら「音楽と同じですね」と笑いあいました。

書道を学んで音楽と同じだと感じることがたくさんあります。それは、筆の運びにリズムが必要であること、一筆ひと筆に、心が必要なこと、そして、表面的な格好の良さよりも内面から溢れるものに人をひきつける力があること、などなどです。歌声や演奏の音を聴いて、その人の本質が垣間見られるように、書道もその文字からも、その人の隠れた一面が見えるようです。私の書には、ふだんのいい加減さからは分からない、線の細い面、臆病な面が見えるのかもしれません。何にしても、地道にコツコツ、努力し続けることの大切さを大先輩方の作品から感じられる展覧会でした。

*「愛するなら苦労を与えよ、忠実であるなら教えよ」という意味の論語の前で、愛ゆえに労を与え教えている甥たちと。
by k-onkan | 2009-11-22 15:02 | 自分のこと | Comments(0)

ワガママ娘を理解するために・・・

ある人に薦められて「ワガママ娘につけるクスリ 著:Dads and Daughters(日経BP社)」という本を読みました。アメリカでも日本でも成長していく娘の気持ちは似たようなものであり、思春期の女の子のことが上手に書かれていて、娘を持つ親御さんにはぜひ、お勧めの本です。ただし、タイトルがタイトルなので、娘に見つかると「私のことをワガママだと思っているのね?」と争いの種になるかもしれませんので、ご注意を・・・。

e0143522_1141742.jpg娘が成長すると、徐々に母と反目するようになると感じます。女性同士でライバル心も出てくるのか、小さな頃は、あんなにママに認められたがったのに、「もう、ママの期待通りにならない」「ママとは別人」と自我が押し出してきます。男の子に比べ成長が早い女の子は、生意気な口をきくようになるのも実に早いものです。私も低学年の頃には、そんな感情を持ち始めたと思い出します。でも、大人びた口を聞くからと大人扱いすると、突然、「まだ子供」と泣いたり怒ったり扱い難いのも女の子の特徴です。

「ママは私の気持ちを理解してくれない!」と敵対視して、パパを味方に取り込み、ママの悪口を一緒に言ったりすると、ママも頭に血が上ってしまいます。でも、思い出してください。ママ自身にもそんな時期はあったはずです。「大人になりたい。でも、まだ未熟で分からないことがある。でも、素直に言うことは聞けない」。そんな不安定な状態になるのは、自分の家の娘だけではないと思わせてくれるのが、この1冊です。

小さな頃、男の子に比べ何でも器用にこなす女の子に対して、母は過大な期待をします。「もっと努力させれば、もっと優秀になるのでは!?」「自分ができなかったことも、娘ならかなえられるかも?」とさえ思います。最初はそんな母の期待に応えるべく、素直に頑張りますが、ある時期、「もう頑張れない」と言い出します。

たとえば、大人の私たちが、家族のために家事や仕事を頑張っているとしましょう。「家族のために、いつもありがとう」と家族が理解してくれれば幸せですが、「頑張って当たり前。それが君の仕事だ」などと、疲れている時に言われたら、受け入れられないこともあるはずです。子供も同じなのです。頑張っても認めてもらえないと自分の存在自体を愛されていないと感じてしまいます。そんな時に、「頑張らないからだめね」とか「どうしてできないの?」と責めると、「私の気持ちを理解していない」と反抗心が生まれます。

「ママは自分が好き」なのではなくて、「他の子より優秀な娘がほしいだけ」と感じるようになります。お母様自身は「自分は娘を思っているから、叱咤激励している」と思われるでしょうが、子供にそれが分からなければ、子供にとっては「愛されていない」ということが、事実になってしまいます。どんなに親しくても、言葉にしなければ伝わらないことが、たくさんあるのです。

「頑張っているあなたが好き」「ママのできないことができるようになってすごい」「ママも実は小さい時にピアノをやりたかったけれど、できなかった」。子供に言いづらいことも、ママ自身も正直になる時期が来たのです。それだけ、娘も成長しつつあるのです。そんな言葉で、「じゃぁ、頑張ろう」と思えるかもしれませんし、「私はママと違って、他のことがしたい」と自己主張するかもしれません。何にしても娘と正直に向き合うことが、今後の母娘の関係を良くしていく一歩になると思います。

どんなに教育熱心な母親であっても、絶対に忘れてはならないことがあります。それは、娘が生意気な口をきいたり、憎たらしいことを言うようになったからといって、相手をやり込めたり、全否定しないこと。それだけのことを口に出していうほど、その子自身も助けを求めているのだということを忘れてはいけないのです。そして、その子が元気で、他人に迷惑をかけずに生きていてくれることが、どれだけ幸せなことであるかは、忘れないでいたいものです。

子供の気持ちを理解するというと、友達のように何でも受け入れ、わがままを受け入れることと勘違いされるかもしれませんが、そうではありません。時には同士のように共感し、時には間違いを正し、人生の先輩として、教えられる知識を与える、そんなスタンスも大事だと感じます。子供が頑張り過ぎていたら、「そんなに頑張らなくても・・・」。怠けたら、「もっと本気でやりなさい」など、その時々、必要なアドバイスは異なるのです。何があっても親と子の縁は切ることはできないものです。そう考えると、家族は一番の理解者でありたいものだと感じるのです。
by k-onkan | 2009-11-21 11:23 | 子育て | Comments(0)