麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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南無阿弥陀仏・・・

甥Yを連れて父方の親戚宅に泊まりにいきました。叔父の家には仏壇があり、家の近くには先祖代々のお墓もあります。幼稚園の内に先祖に手を合わせることを経験させられたらと思ったのです。世の中にはいろいろな宗教があり、それぞれ価値観は異なるかもしれませんが、共通することがあるとすれば、人間は一人で身勝手に生きられる存在でないことを教えられることではと思うのです。

e0143522_1534144.jpg父方の祖父はとても宗教心に厚く、そんな祖父に厳しく育てられた父は、宗教に苦手意識があったためでしょうか、私たち子どもに特別には何も教えてくれませんでした。もしかすると、「自然に覚えるだろう」と思っていたのかもしれません。しかし、自然には何も覚えず、大人になって外に出る機会が増え、父と比べ宗教に対して無知な自分に気付かされることになりました。そんなことから、叔父に「Yに教えてやって」と頼むことで自分も新たにいろいろなことを発見できました。甥Yから見れば「木下家」は苗字も違うため、直接関係ないと言えばそれまでですが、いろいろな人によって自分の存在がある、それだけでも知っていることで、命を大切にできるかもしれないと思うのです。

甥との時間は、気疲れすることもありますが、彼の存在によって、大人の私が教えられることが、本当にたくさんあるのです。
by k-onkan | 2010-02-28 15:04 | 幼児 | Comments(0)

大人も楽しめるおもちゃ

数日前、インターネット上で、ある玩具が安くなったという表示があり、即座に申し込みをしました。それは、日本地図がパズルになったもので、「甥のために」との大義名分によって購入しましたが、実は、自分が欲しかったのです。

e0143522_13145297.jpg先祖代々、旅行好きな木下家は、地図や地球儀は壁に貼ったり眺めたりするのが大好きです。その割りには場所を正確には記憶していないのですが・・・。小学生の頃に一生懸命覚えたはずの都道府県の位置も馴染みのない地域の記憶はとても曖昧です。甥が覚える前に思い出しておかなければ、そう思ったのです。

これが結構、よくできた玩具で、子供にも人気です。地域別に色分けがされたピースと、全てが白いピースの二種があり、色分けピースを使えば予備知識がなくても、地方が分かるようになっています。特に甥は音楽祭の開会宣言の時に聞いた「沖縄、大阪、愛知、岐阜、富山・・・」との地名から、地図に興味を持ったようです。「勉強」だと思う前に遊びの中で、自分の住む場所を知るのは、大事だと感じます。日本地図ができるようになったら、今度は自分のために、世界地図パズルを与えようと思っています。
by k-onkan | 2010-02-27 13:13 | Comments(0)

自分との戦い

今日の一番の出来事、それは、オリンピックのフィギュアスケートです。完璧な縁起で金メダルをとったキムヨナ選手には、文句のつけようはありません。しかし、銀メダルに決まった浅田真央ちゃんの姿に、いろいろなことを考えることになりました。

e0143522_115191.jpg演技が終わった直後、「自分の中で2つミスをしたことが、悔しい」と堪えきれずに涙を流す姿は思わず、もらい泣きをするほど、痛々しく感じました。どんなにインタビュアーが「トリプルアクセルという大技を2つ決めましたが?」と水を向けても、「トリプルアクセルを2回決められたことだけが良かったです。それ以外は納得していません」。必死に平静を保とうと涙を拭いても、溢れてくる涙。それでもしっかりとした言葉で受け答えをしようとする姿は、19歳とは思えないほど立派でした。結果を出す人は、競技以外の姿も真摯であると感じます。

真央ちゃんの涙には、「金メダル」を逃した以上に、「自分に負けたこと」とその結果に対する悔しさが詰まっていたように思います。演技を見た人なら、誰もが「銀メダルで十分。よくやった」と褒めるでしょう。しかし、本人は「自分の演技が完璧でなかったこと」が何より悔しい。世界の舞台は「誰かとの戦い」ではなく、「自分との戦い」なのかもしれません。

バンクーバーオリンピックの最大の見所は、「真央ちゃんに金メダルを取らせたい」ということでした。そのため、テレビでは、連日コメンテーターが、「真央ちゃんが最高点を取り、キムヨナ選手が最低点ならば、真央ちゃんの金メダルもありえるかも・・・」と、「棚から牡丹餅」のようなことを期待する声も多く聞かれました。そんな中、自分が信じる正攻法で挑んだ真央ちゃんに、金を逃してもメダルというご褒美があったことを良かったと思います。きっと、次への挑戦を考えていると思いますが・・・。

真剣に何かに打ち込む姿は人を感動させることができます。そして、「何か」があると、練習や稽古に多くの努力と犠牲も強いられるものです。それでも、「何か」があることは、とても幸せなこと、そう感じるオリンピックの舞台でした。
by k-onkan | 2010-02-26 23:14 | お稽古事 | Comments(0)

飴とムチ!?

幼児が小さい内は、「~してはダメよ」と教えた後に、その子がそれをしない時には、「~しなくて、おりこう!」と、ルールを守ったことを最大限に褒めることが大事です。現在、7ヶ月に突入した甥のKも悪意はないのですが、「髪の毛を引っ張る」という行為を「ダメ!」と叱られてから、それがいけないことと分かり、しなくなくってきました。「Kちゃんは、髪の毛をひっぱらなくておりこうになったね」と褒めちぎっていますが、今は、爪の伸びた手で顔をムギュっと掴むので、それを辞めるように仕向けています。悪いことは、「しないこと」が当然であるため、子供が従った時に、つい褒めることを忘れてしまいますが、ルールを知らない乳児から3~4歳までの幼い間は、とても大事なことであると感じます。

e0143522_238553.jpg私たちも音感の授業の中で、入学して1年くらいは、「先生の言うことをきけるようになった」「指先を動かさなくなった」「行儀がよくなった」「真似ができるようになった。偉い!偉い」。まるで「褒め殺し」のようです。私たち大人は、「することが当たり前」のことに対しては、褒め言葉を倹約してしまいますが、子供に言うことを聞かせようと思ったら、「しないことを褒める」の繰り返しが大事なようです。そのためには「しないこと」を事前に必ず教える必要がありますが。

世間一般では、「褒めて伸ばせ」とよく言われます。これを「自分の好きなことを好きなだけ取り組めば能力を開花する」と思い、「褒め言葉だけを与える傾向」がありますが、それでは能力が伸びないだけでなく、身勝手な人間、わがままな人間を作ることになってしまいます。どんなことにも「してはいけないこと」が存在することを教えることが大事なのです。

幼い内なら、「悪いことをしないこと」を褒めるだけで、行動は是正できますが、幼稚園、保育園などの集団生活を始めると、「悪いこと」に魅力を感じるようにもなります。「指導者(親)の力量」を知るために、わざと、悪いことをすることもあります。また、「良い子にばかりしていると構ってもらえない」と思う子もいます。そんな時は、「きちんと叱る」ことで「ちゃんと、あなたの行動を見ているよ」という証になります。悪いことをしたり、困ったことをする本人が、実は一番、困っているのです。叱った上で、問題解決することがその子どもを助けることになるのです。

また、「できないこと」に対して叱る人を見かけますが、それをして良いのは、「できるための努力」をした人だけだろうと思います。大人は何の努力もせずに、「よその子はできるのに」と叱られたのでは、子どもはたまったものではありません。

「いつ叱るべきか、何を叱るべきかと考えるとよく分からない」という意見もあると思いますが、自分の子供を相手にしているから難しいのです。相手がわが子でも他人でも、人との付き合い方の基本は同じです。大事なことは、「自分の気持ちだけでなく相手の気持ちも思いやること」「自分だけを正当化したり、相手だけを否定しないこと」。そして、必ず、仲直りして歩み寄ること。そして、あきらめないこと、これではないかと思うのです。
by k-onkan | 2010-02-25 23:04 | しつけ | Comments(0)

え?もう結婚の話!?

6歳の甥Yが幼稚園から帰り、「A子と結婚する」というので話を聞くと、クラスメートから結婚を申し込まれたというのです。そして、それは、「(もっと好きな)KくんがダメだったらYで・・・」というおまけもついてきました。「子どもの話」は普通なら「微笑ましい」で終わるでしょうが、幼い頃、周囲の大人から「顔が可愛い」と言われ育った女の子が大人になって、「自分は顔がいいから、努力しなくても生きていける」と何の疑いもなかったという話などを聞くと、子どもの話も軽くは受け流せません。幼児期の価値観や概念は成長して大人になるまでに大きな影響があるものだからです。

e0143522_10365080.jpg職員室にいる私たち女性陣は、さながら小姑のごとく「ダメよ。ダメ。「Yが1番好き!」と言ってくれる子じゃなくちゃ!」「Yでいいなんて失礼な!」「可愛いだけじゃなくて、お利口な人にしなさいね」等など。ここぞとばかりに伝えました。

数週間が経過して、「結婚はSとすることにしたよ」というではありませんか。初めて聞くお嫁さん候補です。私たちの「1番じゃなければ」という言葉を覚えていたのか、「Sはぼくを一番だというから・・・」というのです。「そんなに小さい頃から、一人の人に心を決めなくても・・・」と思った私たちは、「まだ幼稚園だから、これから、他にもきっと好きな人ができるわよ」と受け流そうとすると、「それも聞いておいたよ。Sは小学校に入っても、僕が好きだといっていたから」というのです。「女性の言葉をそんなに簡単に信じてはいけない」と女性の私たちが言うのもはばかられ、皆で黙り込んでしまいました。

情報が氾濫している今の時代は、私たちが子供の頃とはかなり勝手が違うようですが、6歳になったら、思春期ももうすぐと考えておかなければなりません。子どもの言動から、行動が分かるように、子供の話にもよく耳を傾けて、言わなければいけないことは、言っておかなければと、そんな風に思う一こまでした。
by k-onkan | 2010-02-24 10:36 | 子育て | Comments(0)

どっちもどっち!?

お兄さん、お姉さんがいる「下の子」は、親が手をかけないわりに何でも簡単にできるようになり、「この子って天才なのでは!?」と期待するかもしれません。特に、小さな頃から、「フラッシュカード」や「絵本」の読み聞かせなど、脳に良いとされる事柄を一生懸命した親御さんほど「何もしていないのにできる下の子」に期待する傾向があるようです。

e0143522_1454362.jpgその反面、「あんなにしてあげたのに、この程度?」と「上の子」を不甲斐なく感じたりするかもしれませんが、ここに大きな落とし穴があるのです。「下の子」が、「上の子」と比べ、何でも簡単にできるのは、身近に「お手本」、つまり、「上の子」の存在があるからです。幼児期に十分な刺激が与えられた兄姉ほど、下の子に良い影響を与えているのです。つまり、お母さんがしたことに無駄などなかったのです。真似をする手本は良いに越したことはないのですから。

親にとって、初めての子育ては不安なことばかりです。「病気になるのではないか?」「怪我をさせまい」「こんなことをしても良いの?」。そんな親の気持ちを汲み取った上の子だからこそ、「臆病で小心者」なのです。もちろん、他人の気持ちを良く考えるので、後になって、優しい面を見せるのも実は上の子で「いい子ぶりっこ」と言われるかもしれません。

「いい子ちゃん」の上の子は、怖いもの、危ないものに自分から近づくようなことはしません。しかし、下の子は、「上の子と何でも同じ」と思っているので、物怖じせず果敢に挑戦します。そんな様子に、「将来、大物になるのでは?」と期待しますが、いざ、外の世界に出ると、自信なさそうにお母さんにまとわりついて、「何もできない赤ちゃん」でお母さんをがっかりさせることもあるでしょう。

これは、「下の子」が大人の言葉によって行動することを教えられていないため、外の世界で「自分がどうするべきか」を理論的には分かっていない証でもあります。家庭で自信ありげに何でもできたのは、兄姉の存在を動物的な勘で捕らえて物事をこなせたに過ぎなかったのです。そのため、自分のテリトリーから出ると、不安になり、上の子どもほど、社会性がないことが分かります。「何となくできる」ことを確実にできるようにするためには、理論的に、「どうして、それをするか」「なぜ、そうなるのか?」を言葉で説明することも必要なのです。

「上の子」は理論的に考えるのが得意で、「下の子」は感覚に長けています。どちらにも長所があり、短所があるのです。幼児期には双方の欠点を補う教育が欠かせないと感じます。兄弟はライバルです。長い人生、共に助け合って生きていかなければならない大切なものです。それぞれに力をつけておきたいものです。
by k-onkan | 2010-02-23 14:52 | 子育て | Comments(0)

音楽祭が終わって

音楽祭が終わって10日が経過して、いろいろな方から感想をいただいています。その中には「子どもたちが素晴らしかった」というお褒めの言葉以外に苦言もありました。それは、「舞台上の子どもが立派なのに比べ、会場のマナーが悪く残念であった」「演奏中、隣同士で話す女性の話し声が演奏の妨げとなった」というものでした。

e0143522_122581.jpg音楽会に慣れた人ならば、演奏中、静かに聴くのは当然のことですが、「運動会も演奏会も、子どもの行事はみんな一緒」と考える人では、聴く姿勢に大きな差があるでしょうが、やはり、音楽会は「演奏中は出入りしない、おしゃべりをしない」は基本中の基本です。

さて、音楽祭の舞台にも、いろいろなルールがあります。先のオリンピックでも、「日本代表としての心得やユニホームの着方」という通達があったと聞きますが、音楽祭でも園長先生から、「子どもたちの服装や髪型」など細かいことまで説明していただいています。「堅苦しい」と思われるかもしれませんが、それが「音楽祭のルール」であり、それに従うことが参加の前提なのです。

そんな中、「我が子可愛さ」に「注意事項」をくぐりぬけ、「大勢の子の中、我が子が目立つようにと、髪の毛にムースをつけて逆立ててみたり、縦巻きカールをあてたり、襟元の大きなアップリケをつけてくる子もいます。しかし、制服というものは華やかさや斬新さより、子供らしさ、清潔感を求めたデザインがされています。派手な髪型はそぐわないのです。

楽院の小学生は独唱の際、私服を着用するため、音楽祭間近になると、皆、嬉しそうに「これを着ても良いですか」と私たちに見せに来ます。その際、必ず、言われる「嫌な一言」があるのです。それは、「大事なのは服より演奏」ということです。服装や髪型など、表面的なことだけに気をとられて、演奏で良い結果が出せないのでは、なんのために練習を重ねたか分からなくなってしまいます。子供たちもそれを良く知っているため、「洋服よりも・・・」というと「声でしょ?」とニヤリとするのです。
by k-onkan | 2010-02-22 11:42 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

代表であること

こんな微笑ましい話があります。それは、大阪の幼稚園の先生が講習会に参加した時のことです。素敵なパンプスを履いていたので、「あら、素敵ね」と声をかけると、「スニーカーで参加しても良いのですが、幼稚園の代表として講習会に参加しているので、服装もふさわしい格好をしないといけないと思って・・・」と答えたそうです。その話を聞き、「若いのに偉いなぁ」と思いました。それぞれの世界には、その世界独特の「流儀」が存在して、そこの世界から守られる、つまり所属するからにはそのルールを守るべきだと思うからです。

e0143522_2153849.jpgさて、世界の舞台に立つために、多くのアスリートがバンクーバーの地に向かいました。オリンピックは、「4年に一回の世界の舞台」であり、そこに出られる選手は、たくさんの選手の代表です。また、日本の国の税金で行かせていただいているのですから、国の代表という自覚も必要だろうと思います。「気ままな個人旅行ではない」と思うのは私だけでないだろうと思います。

洋服を着崩して問題になった選手もいましたが、他にもバンクーバーまで行きながら、規定のステッカーがなかったり、200グラムの重量オーバーで失格となり、競技に出られない選手もいるそうです。テレビのコメンテーターは、「一緒にいたコーチ陣の指導がいけない」と述べていましたが、幼稚園や小学生の子供ならともかく、世界の舞台に挑戦しようという選手が、「気づかなかった」「コーチが教えてくれなかった」というのは、あまりに稚拙であり、慎重さや真剣さに欠けるように思うのは私だけでしょうか。

「オリンピックで楽しむこと」も大事なことでしょうが、その根底には、真剣に競技に取り組み、自分の力を出し切ることがあります。数日後にせまったフィギュアスケートが注目を集めるのは、どの選手も真剣に自分の技を磨き、競技に取り組む、その真摯な姿に心から声援を送りたくなるのかもしれないと思うのです。
by k-onkan | 2010-02-21 21:05 | 教育 | Comments(0)

10ヶ月の変化

中学受験のために休学していた6年生が、合唱団に戻ってきました。毎週、見ている子供たちと違って、10ヶ月の成長と変化を一瞬で見せられると、驚かされることがたくさんあります。一つは、背の高さや風貌です。1年前には幼さを残していた子供たちが、大人のようです。

10ヶ月ぶりの発声練習に、子供たちは「以前と同じ声が出るのか」とか、「自分の声がどうe0143522_1213271.jpgなっているのか」などの心配があるようです。と同時に、「久しぶりに声を出してみたい」と期待に胸が弾んでいる子もいます。いざ、声を出すと、それぞれの性格がよく分かります。自分でコントロールがつかないほど、大きな声を出してしまう子もいれば、恐る恐る試運転でもするように、自分の声と向き合う子供もいますが、共通することは、高音域の声が出難くなっているようでした。

その原因は、「話声位」が下がったことにありました。合唱団にいる子供たちは、たとえ中学生になっても、「高めの声」で文字を読んだり、話したりを求められます。話し声が低いと、高音域の歌を歌うことはできないからです。反対に、休学していた子供たちは、日々、勉強に終われる普通の生活の中では「声を張る」必要がなかったからでしょう。話し声は1オクターブ近く下がっているのです。ピアノの練習と違って、歌を歌うためには特別な練習が必要ないと思いがちですが、良い声で歌い続けるためには、日々の鍛錬が必要なのです。さて、声が下がったとはいえ、6年生が戻ってきたことで、合唱団の声に幅が出て、久しぶりに平均年齢の高い合唱練習となりました。
by k-onkan | 2010-02-20 11:58 | 音楽 | Comments(0)

嘘を学校で勉強するの!?

最近、「嘘」について取り上げるテレビ番組があり、その中で、幼児のつく嘘が3歳から6歳になるにつれて、いかに巧妙になるかが実験されていました。6歳の子供の口から、自己を正当化するために、大人顔負けの作り話が湧いて出てくるのを見ると、大人はうかうかしていられないと感じます。子供の成長や頭の回転という面で考えれば、喜ぶべき成長かもしれませんが、それに伴い、大人も進化が求められています。

e0143522_4193878.jpg子供に悪気はなくても、嘘によって危険なことを引き起こしたり、他人に迷惑をかけたり、他人を傷つける可能性もあります。子供が「どんな状況で嘘を言っているのか」を観察し、全てを「子供の言うことだから」と甘く見るのではなく、「放置して良い嘘」か「叱るべき嘘」か、を判断する大人の目が必要です。

昔から、「嘘つきは泥棒の始まり」といいますが、その反対に「嘘も方便」という言葉もあり、一概に「全ての嘘がダメ」と言い切れません。6歳の甥Yも嘘が上手になり、同時に、「大人も嘘をつく」と気づき始めたので、瑠音先生は、「良い嘘と悪い嘘」の存在を教えるようになりました。簡単にいうと「ズルをするための嘘」は「悪い嘘」で、「他人を思いやる嘘」は「良い嘘」です。

たとえば、毎日、行うピアノの練習で「やった、やった」と言って、全曲やっていないのは、「悪い嘘」。反対に、「まだ終わっていないよ」と言いながら、内緒で練習を終わらせ、「やりなさい」と言われた時に、「お母さん、もう終わらせたよ」と報告するのは、母を喜ばせる「良い嘘」です。もちろん、練習の仕方が悪いことが見つかれ叱られますが・・・。

さて、その番組の中で、社会に出てから、嘘をつけずに精神的な疾患を患う人が増えている、そのために「嘘を教える教室」があることが紹介されていました。たとえば、会社の商品のクレーム処理を行う人は、心の中で「うちの商品は悪くない」と思っても、苦情に対して共感して、「申し訳ございません」と謝らなければなりません。「嘘がつけない人」にとっては、これはとても辛い業務だろうと思います。「学校に通ってから仕事が楽になった」と喜ぶ大人の姿を見ると、社会に出るまでに人と関わる機会が減っていることにも関係があるのではと感じます。できれば、大人になってから『嘘のつき方』をわざわざ、学校に通って習わなくて済む用に、子供たちに「心の機微」を教えておきたい、そう感じる番組でした。
by k-onkan | 2010-02-19 04:18 | Comments(0)