麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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じっくり取り組む大切さ

ゴールデンウィークが近づき、いろいろな人から、「連休は何をするの?」と聞かれています。ふだんできない整理整頓をはじめ、たまっている原稿を片付けたり、すべきことはたくさんあります。もちろん、「ずっと見たかったDVDを見る」「友人に会う」など楽しみにしていることもあるのですが、その前に、「絶対にやらなければならないこと」のリストの存在があり、その一つが書道の練習です。

e0143522_18164843.jpg子供の頃から、木下式によって、「速く!速く」と脳を最大限、活性化させられ育った私にとって、一つの物事をじっくり取り組むことはあまり得意ではありません。何でも要領ばかりで乗り越えたともいえます。集中力も自分が得意なことには自信がありますが、苦手なことにじっくりと取り組めるかというと、かなりの努力が必要です。

最近、何かのテレビ番組で、「子供に必要なのは、「活発に動くおけいこごと」と「じっく取り組むおけいこごと」の二種」と答える幼児教育者の言葉に妙に納得がいったのですが、子供の頃は、その「重要性」が理解できず、上の空で時間が過ぎるのを待つという「悪い生徒」であり、欠点克服にはつながりませんでしたが、人前で恥ずかしくない程度の字を書けるようになったことが成果でした。

書道は、形を真似て先生と同じように書けば良いと思われがちですが、実は、もっと奥が深いものであると感じます。自分の持つ筆の先に意識を集中して、点や字を書きつつ、そこにリズム感や躍動感が求められます。そうしたものを身につけるためには、一点、一点まで集中しなければならず、せっかちな私には難しいものです。最初の頃は、形だけ真似て、「麻奈さん、書く字には、隋所、隋所に意識がなくて芯がありませんよ」と先生から注意されたものでした。ところが、最近、一点、一点に気をつけて集中していると、物事に落ち着いて取り組む楽しさを感じるようになってきました。何歳になっても、苦手なことを継続していると、何かの変化はあるものだなぁと感じたりするのです。
by k-onkan | 2010-04-30 18:16 | お稽古事 | Comments(0)

私って早口だったの!?

「速聴」という言葉を聞いたことはありますか? 速聴を行なうことによって前頭葉が活性化されるということを、久保田競先生など、著名な脳科学研究者が共同研究を行い、それは、「脳に関する国際学会」においても発表されているといいます。

e0143522_13234076.jpg木下式では音感教育を施す際、相手が幼児だからといって、のんびり、ゆっくり話しかけたりはしません。もちろん、導入期は年齢に合わせて、時に丁寧にゆっくり、時に速く、緩急を変化させて言葉を投げかけます。そして、成長に合わせて、語りかける言葉は速度を増していくことになります。初めて音感の授業を見学する一般の方には、指導者が「これでもか・・・」と言葉を畳み掛けるため、言葉が受け止めきれないこともあるそうです。

しかし、子供たちにとっては、速く話しかけることも、音感かるたの出し入れを速くさせることも、音符を書かせる際に「早く、早く」と行動を早めさせられることも、平素の訓練の賜物であり、あたりまえのことです。そうして、子供たちの脳が最大限に活性化させているのです。木下先生がすごいところは、脳科学のことなど、何も知らずに、本能によって、「子供の行動を速めることの重要性」を感じていたことにあるのです。

さて、幼児期から木下式で育った私も自分では気がつきませんが、どうも早口のようです。先日、行なった講演のアンケートに「麻奈先生が早口なので、言葉が鮮明で驚いた」というものもあれば、「早口で自分が疲れてしまった」「早口で理解しづらかった」というものもありました。木下式の講習会に8年間、通った小西先生には、「いつも通りで、特に速いとは感じませんでしたよ」と言われましたが、はじめて、木下式に出会う大人、特に年配の方が多い時には、ゆっくりめに噛んで言い含めるように話すことを心がけなければと反省したのです。

その話をすると、純子先生が「司会のうまい芸人のSは、聴衆の年齢に合わせて、しゃべる速さを変えているらしい」と教えてくれます。若い人相手の番組では、ポンポンと言葉が飛び出しますが、年齢層が高い聴衆の多い番組では、しゃべり方を自然に遅くしているらしいのです。その遅さに、話している自分自身がアクビが出そうになるほど、なのだそうですが、そうして、聴いている相手のタイミングに無意識で合わせられることができる人が天才と呼ばれるのだろうなぁと思ったりするのです。
by k-onkan | 2010-04-29 13:22 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

男に育てるために・・・

女の私たちから見ると、「ひどいなぁ」「かわいそう・・・」と思うようなことを、男性が子供に言ったりするのを目にすることがあります。うちの父も私たちが子供の頃から、手放しで子供のすることを「良い・・・」と褒めるタイプではないので、孫にも時々、キツイことを言っては、「じぃじは、何をやってもダメって言うから・・・」と煙たがられています。

e0143522_17445094.jpg私たちきょうだいも子供の頃は、「よそのお父さんのように優しかったら、もっと、一生懸命やったのかも・・・」と思わなかったわけではありません。しかし、年齢を経て、自分を含め、多くの子供たちの成長の様子を目の当たりにしていると、いつも周囲から、「よくできた」「いいよ。いいよ」と褒めてくれる大人の存在ばかりだと、世の中に出て、そうでない相手に出会った時に自分の力が発揮できないことがあります。

どんなに拒絶されても、否定されても、自分の意志で頑張るように、優しい人のみが存在する世界で子供を育ててはいけないのかもしれないと最近、感じるようになってきました。特に、幼児期に、精神的な弱さや繊細さのある男児が、成人した時に責任ある男性として社会で通用する人間に育てるには、全ての大人が優しくするだけの環境で育ててはいけないと感じます。

スポーツの世界で先輩にしごかれることも、厳しい先生が存在することも、子供同士の世界に上下関係が存在することも、児童期に理不尽なものが存在することを知る機会なのだと思います。

女性は穏やかで静かできれいなものが好きです。争いごとも嫌いかもしれません。しかし、女性の好む世界に男の子を当てはめて育ててしまうと、男の子の特質であるは、「一つのことにこだわりをもって没頭したり、探求したり、外界に対して挑戦していくという大切な資質がなくなってしまうことがあります。たとえ、一般の女性受けが悪くても、時に、「気難しく煙たい男の存在」も社会には必要なのだと思うのです。
by k-onkan | 2010-04-28 17:44 | 児童 | Comments(0)

乳児の内にしておきたいこと

9ヶ月の甥Kが、芋虫のようなズリ這いを卒業して、お尻をあげた赤ちゃんらしいハイハイへと進化しました。我が家の血筋のせいか体が重く、なかなか自由自在に動けるようにならず、「ウ~」と怖い声をあげ行きたいところへ運ばせる王様のような態度をするので心配していたところでした。

e0143522_10481656.jpg日本で育つ乳児は、ハイハイするよりも、物に伝って歩こうとするそぶりを見せます。きっと、狭い空間にいろいろなものがあるため、伝い歩く方が、移動しやすい環境だからかもしれません。しかし、この時期は、手と足を交差させて動かすハイハイの運動が脳の発達にとても良いのです。

このことは、アメリカの脳障害教育で有名なドーマン博士の本に書かれていることですが、木下式の課題には「身体的動作と表現」で音楽に合わせて、行進したり、ジャンプさせる際に強く感じます。私たちが歩く時には、右手と左足、左手と右足、と自然に交差して手足を動かしているものです。ハイハイを十分にしていると、「ピアノの音に合わせて行進しましょう」といった時にも自然と「右手・左足」が出るのです。しかし、中には、「右手・右足」を一緒に出してしまう子もいます。交差して出すということが、自然には身についていないのかもしれません。

そんなことから、乳児にはたくさん、ハイハイをするように仕向けたいと考えていますが、これが、なかなか難しいのです。気がつくと伝え歩きをしていますし、どこに居ても、「赤ちゃんが何かを拾って食べたら危ない」「床は寒いのでは?」と抱き上げる大人の存在がありますし・・・。ハイハイの練習のためには、大人も一緒に床に下りて相手をするのが良いかもしれません。

1歳になるまでに、自分の体を自由に操れるようにすること、そして、大人の言葉を理解するための、話しかけやいろいろ単語を教えておくことが、赤ちゃんが幼児になる階段の1歩であると感じます。赤ちゃんは、言葉を話しませんが、絵本の読み聞かせも、カードを見るのも大好きです。そんな相手をしながら、「バイバイ」「ありがとう」「イヤイヤ」「ちょうだい」など、動作で意志表現をする方法をやって見せている内に、乳児も意味を理解して行うようになっていきます。一番、大事なことは、大人が愛をもって子供の相手をすること。静かになるからと言って、ビデオやテレビだけに相手をさせては絶対にいけないなぁと思っているのですが・・・。
by k-onkan | 2010-04-27 10:46 | 乳児 | Comments(0)

幼児教育に警鐘!?

幼児教育がブームになると、必ず、それに警鐘を鳴らす記事が出てきます。インターネットで見つけた週刊誌の記事に、「幼児教育に警鐘!」というものがありました。英語のDVDを1歳児に一日、見せっぱなしにして、その上、毎日、英語のフラッシュカードを必ず見せる。子供が嫌がったら、頭を押さえつけて毎日、見せたら、目をうつろで話しかけても反応しなくなってしまった・・・。おけいこをやめたら、子どもが生き生きとして、会話もできるようになった・・・」。確かにこんな教育を「幼児教育」と称して与えたら、どんな賢い子供もおかしくなってしまうでしょう。だからといって、「全ての幼児教育」を否定されたのでは、たまったものではないとも感じます。

e0143522_2233769.jpg「幼児教育」というと、一言で全てを同じ括りにされがちですが、0歳から3歳までの教育と、3歳から6歳までの教育は異なります。0歳から3歳までは、幼児がどんなことも「面白い遊び」として捕らえ、大人も子供も教えるのが楽しい時期です。一緒にいるお母さんが穏やかな気持ちで、「これは○○よ」「あれは何の声かしら?」と語りかけることが大事です。高価なDVDも英語教材も必要ありません。手近なところにある写真や絵本の動物を指差して語りかけるだけで十分に賢くなります。たとえ、相手がまだ口をきかなくても、大人の語り掛けによって語彙が増え、口をきく準備になるのです。この時期の子供の理解力は、大人の働きかけ次第です。また、微笑ましい時期ではありますが、「してはいけないこと」「あぶないこと」をしたら「メ!」と注意することも必要です。それを「しなくなったら、これを褒め、乳児にも、「いいこと」「いけないこと」の存在を知らせるのです。3歳までは、これが一番、大切な家庭教育であり、子供を持つ親ごさんには絶対にしておいていただきたい幼児教育です。

最近、出会った4歳の女の子はとても美しい声を持っていますが、挨拶や返事などは蚊のなくような声しか出しません。しかし、音感の授業が始まれば、私の模範口語(手本)「しかられ・たーの・シ!ハイ!」を真似て、一生懸命、大きな声で模倣します。ところが、「今日は幼稚園で何をしたの?」と話しかけた途端、「忘れた・・・」「分からない」と会話のキャッチボールが成立しないのです。私が困った顔をすると、ニヤッと笑みをうかべます。最初は申し訳ないのですが、発達障害を心配したほどでした。

ところが、何回かレッスンする内に、理解力も記憶力も年齢相応であることが分かってきました。但し、日本人の両親を持つ子でありながら、大人の語りかけに答えられないほど、言語力が未熟であるようなのです。そこで、授業の前後に、絵本の読み聞かせして、文を真似させて言わせたりしてみました。お母様は、「よその子の中には、大人と対等に会話する子もいるのに、うちの子は話かけられても決して口を聞こうとせず、園でもいつも一人で遊んでいて、誰とも話さないのでなぜかと思っていました。外で口をきけるようにするために、家で会話をしなければならないなんて、思いもよりませんでした」。この答えに私は驚いてしまいました。子供はまわりの大人が言うことを真似して、口達者になっていくものだからです。

「赤ちゃんの時はどんな風に接してきましたか? お母さまは、語りかけとか、されませんでしたか?」と聞くと、「口を聞くようになってからは話しかけましたが、それまではあまり話しかけたりはしていません」。これはたいへんなことです。幼児は遅くとも2歳におしゃべりを始めると考えると、この子には、2年分の語りかけが不足しているのです。自信なさそうな様子も、分からないことや困ったことに遭遇して、ただ笑みを浮かべるのも、他にはなす術がないだけだったのかもしれません。

一日も早く4歳児並みの言語力を備えさせるために、お母様には、意識して話しかけること。分からない時は、正しい言い方を教えて口真似させて、自分の意思を言葉で表現できるようにすること。そして、毎晩、必ず、寝る前には絵本を1冊、読み聞かせてあげること。そして、1ページ読むたびに、「~はどうしたの?」「どこへいったのかしら?」と質問をして、わが子が「何を理解し、何を理解していないか」を把握して、毎日、メモをとることをお母さんの宿題にしました。

「幼児教育」は必要ない、無用なものと言うことは簡単です。間違った幼児教育が子供の心のストレスになるでしょうが、成長する上で必要な教育を与えないことからも、幼児のストレスは生じるのです。世の中には、いろいろな情報があります。その中で、何が必要で何が不要かを見極める目を養わなければと強く感じるのです。
by k-onkan | 2010-04-26 22:02 | 教育 | Comments(0)

話し上手な子供にする!

某局のアナウンサーをされていた人がある大学の就職活動のゼミで魅力ある授業を展開しているそうです。その中で、「知らない人と話をする」という課題があるそうです。自分のことを知らない人とであって、会話を弾ませるのだそうですが、それはとても難しいことだろうと思います。自分のことばかり話題にできないので、話し上手かつ聴き上手になるための実践的な課題と言えます。

e0143522_11124284.jpg最近、子供たちを見ていると、「知っている人」との会話もあまり弾まないように感じるのです。携帯メールという便利なものがあり、浅いつきあいの相手を友達と呼んで「今日は~をした」と報告は多くしても、考えを共有したり意見を交換したりはしないからかもしれません。

子供たちが来ると、決まってレッスン前に、「今日は学校で何をしたの?」「その顔は何かあったでしょう?」と訪ねても、「分からない」「忘れた」と会話を避ける子が増えました。
本当は分からないわけでも忘れたわけでもないようです。記憶を呼び起こしたり、要点を整理して人に説明をすることを面倒くさいと思っているようです。一緒に、考えてあげると、初めて、いろいろなことを話してくれます。大人になった時に、他人に自分の考えを伝えられるためには、子供から言葉を引き出す大人との会話が必要であると感じます。

幼児教育のプロの先生が、保護者に「聞き上手なお母さんになってください」と薦めるのを聞いて、「なるほど」と感心したのですが、「聞き上手」に徹するためには、それ以前に「話し上手な子供」に育てておく必要があるのです。「親子だから、お互いの考えが分かって当たり前」と口も聞かずに、かゆいところに手の届く関係を築いてしまうと、子供はいつまでも、自分からは口を聞かず生きる力が身につきません。親は、時に、突き放してでも、「自分の口で説明してきなさい」と試練を与えることも親の愛だと感じるのです。
by k-onkan | 2010-04-25 11:12 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

一番、寂しいのは・・・

久しぶりに大学生になった卒業生が、「歌いたくなって・・・」と土曜日のレッスンに顔を出しました。レッスンが終わると、「なんか、すごく寂しい。麻奈先生が、ピアノの楽譜を見るために眼鏡をかけるんだもの・・」。木下式で育った卒業生は観察眼が鋭いので要注意です。でも「一番、寂しいのは、わ・た・し!!」。

e0143522_1926953.jpg幼稚園児だった子が成人式を迎える年齢に達しているのですから、私たちが年をとるのは当たり前のことなのですが、久しぶりに表れる卒業生は、私たちに変わらないで欲しいと思っているようです。しかし、残念ながらそうはいきません。子供たちと付き合っていると、どんどん成長する分、私たちが、年をとっていくのは、寂しいですが、仕方ないことなのです。
by k-onkan | 2010-04-24 19:23 | 名誉団員・卒業生 | Comments(0)

親のする通りにする・・・

小学生になると幼児部のように、集団で何かをすることより、個々の能力によって、聴音をしたり、ピアノレッスンに行ったりと個別の活動が増えるため、待ち時間ができます。それぞれの進度にあったプリントをするのですが、それも、あっという間に終わってしまうので、もう何年も、作文ノートを持たせています。毎回、テーマを変えていますが、なるべく、面白いテーマを与えようと頭を使うことになります。

e0143522_16374679.jpg小学生の子供たちの話を聞いてあげたいのは山々ですが、土曜日の個人発声は休みなく行わないと合唱の時間に間に合いません。そこで、「先生に話したいことをしゃべるように、作文に書いて教えて」と課題にしています。

先週のお題は、「自分がお父(母)さんになったら、どんな子供が欲しいか?どんな育て方をするか?」でした。書く前に、「お母さんが厳しいから、自分の子供には甘く、おもちゃでも、何でも欲しいものはみんな買ってあげる?勉強はさせない?どうする?どんな子供がいい?誰みたいな子供がいいとかある?」と想像をさせます。すると「甘やかすとばかになっちゃうよ」「何でも欲しいものは買わないなぁ・・・」等など、子供から意見が返ってきます。

作文を読んで面白かったのは、ほとんどの子が自分の育てられている通りに育てようと考えていることです。「わたしは、ふだんは優しいけれど、怒ると怖いお母さんになると思います。なぜなら、うちのお母さんがそうだからです。子供は頭が良くて、スポーツが何でもできて、背が高い、お手伝いの上手な女の子がほしいです」。自分にそっくりな子にプラスαの「こうありたい」という願望が加えられています。

中には、「優しいお父さんになると思う」の一言で終わりの子もいます。まだ自分が子供側で、大人になってからを想像できないのかもしれませんが、高学年になったら、少しずつ、大人になるための階段を登るように仕向ける必要性を感じます。

いろいろなことによく気づき、時に、男の子にも臆せず立ち向かうAちゃんは、「自分の子供には、素直で何でも言うことをきく優しい子が欲しいです」と自分とは違うタイプの女の子を描いているので、「Aちゃんはとても可愛いのに、どうして、自分と違うような子供が欲しいの?」と質問すると「だって、性格がキツいって言われているから・・・」。本当は、優しい面も持ち合わせているのですが、それが素直に出さないだけなのでしょう。「素直で優しい子が欲しい」という作文に、「素直に優しくしたい」という願いもこめられているのかもしれません。「嫌だ。嫌だ」と言いながら、結局、親の通りになっていくのが、子供の存在です。そう思うと、子供に、本当によく観られていると感じます。
by k-onkan | 2010-04-23 16:32 | 児童 | Comments(0)

大人の口真似をさせる・・・

私が子供の頃、社会でよその人ときちんと口を聞けるようにと母から仕向けられていたと思い出します。それは、幼い頃、戦争で両親から離れて疎開した経験がある母にとって、「親がいなくても大丈夫な子に育てる」という意識が私を育てる上で常にあったからだろうと思います。弟妹は私を上手に使ったことで、自分一人でできるまでに相当な時間がかかりましたが・・・。

e0143522_2214547.jpg小学3年のころ、お習字を習い始めたのですが、欠席をする際など、「先生に「来週は学校の遠足で帰る時間が遅くなります。ご迷惑になりますので欠席させてください」と言いなさい」等など口上を知らされたものでした。最初は母の言うことをオウムのように口真似していただけでしたが、だんだん、アドリブを加えたり応用が利かせられるようになったものです。親が知らないところで欠席届けを出すなどの悪知恵も働くようになりました。もちろん、見つかれば大目玉が落ちるのですが・・・。

定期的に遠くの病院に通った時期があるのですが、両親ともに仕事が忙しかったこともあって、「自分で電車に乗って行ってらっしゃい」と言われ出かけていたものです。困ったことがあれば、自分でなんとかしたものでした。30年以上前のことですが、それでも、「小学生が一人で切符を買って電車に乗せる」のは珍しい家庭であったかもしれません。

最近、大学生が就職前に有利になるから、「コンビニやファミレスのアルバイト」を勧められるといいます。これは、接客の仕方や、お客様に対する口の聞き方などを指導されるからだろうと思います。確かに、大手チェーンには共通のマニュアルがあって「いらっしゃいませ。ご注文を承ります。お待たせいたしました。薬味は入れてもよろしいですか?」など丁寧に必要なことを言えるように訓練されているようです。しかし、コンビにやファミレスは限られた世界であり、そこでしか使わない言葉もあるでしょう。一般の生活全般に、正しい口の聞き方で応用性を持つためには、年齢相応の口の聞き方やコミュニケーション能力を家庭で高める必要があると感じます。

もうずいぶん前のことですが、、赤ん坊を連れで近所の飲食店に行ったことがありました。赤ん坊が機嫌悪くぐずるので、アルバイトの店員に、「うるさくてごめんなさいね」と謝りました。しかし、マニュアルに相槌の打ち方が書いていなかったためか、その答えは、「薬味をお入れしてもよろしいでしょうか?」でした。笑い話のようですが、ロボットに給仕されているような気がして、奇妙な気になりました。「社会に出て実践を通して学ぶ」。これも確かに大事なことだろうと思います。が、社会に出てから学ぶにしても、それ以前に、家庭で、基礎知識を与えることはとても大事なことと思うのです。

最近、1年生の甥Yに大人の電話のかけ方を伝授しているところです。「いつもお世話になっています木下です。○○をお願いします。いつ届けていただけますか?お値段はいくらになりますか?」と紙に書いて持たせて、私に代わって電話をさせて、答えのメモをとらせることです。
紙に書いて用意しておいても、電話には相手の存在があります。自分がしゃべるつもりでいても、相手が先に口を開くこともあるでしょう。また、同時に話して、相手に伝わらないこともあります。そんな時は、様子を見て「もう一度、言う」という観察や心配りも必要です。また、電話は子供のおもちゃではないので、はっきり分かりやすく、大人の用が足りるように話すことも教えたいものです。「子供からの電話でかわいいから・・・」といって用件が伝わらないのでは、何の役にも立っていません。家庭でなら偉そうな口を聞けるのに、家の外では、自分の意志を発言できない、そんな子に育てないように仕向けていかなければと思うのです。
by k-onkan | 2010-04-22 22:14 | 教育 | Comments(0)

無駄なことなどない・・・

数日前の新聞で、幼児期に漢字や九九を教えても、「小学校の3年間で他の子とほぼ同じ学力になることが分かった」との結果が発表されていました。確かに、幼児期に教育を受けた私も、小学3年生の頃に特に成績が良かったわけではありませんでした。可もなく不可もないそんな子供でした。一般的に勤勉と言われる女の子にしては「ビリじゃなければ良い・・・」という面があり、よく母が「一生懸命、やってできないなら仕方ない。一生懸命やらないところが一番、腹立たしい」と嘆かれるほどでした。そんな私が、「幼児期の教育」に感謝することになったのは、成長してからでした。「学ばなければならない」という状況に追い込まれた時の集中力や吸収力、理解力は、他の人より良いのかもしれない?と実感することが多くなったためでした。

e0143522_1433133.jpg職員室でも、この「小学校3年生になれば同じになる」というテーマが話題になりました。瑠音先生が「幼児期に教育しても、していない子と同じにされてしまうことは理解できる気がする。幼稚園の時は、自分のことが早く終わったら、自分で考えて本を読んだりできて、ぼんやりする暇などなかったけれど、小学校では自分が終わっても、他の子が全員終わるのをぼんやりと待っているのが一番、つまらないらしい。それも修行だとは思うけれど、3年間で、時間をやり過ごすことだけを覚えたら、良くも悪くも皆と一緒になるのかもしれない・・・」

「幼児教育に効果がないなんて絶対に嘘だ。自分のことを考えればよくわかるぞ」と木下先生。「大人になった今も数字などの記憶力が弱いのは、幼児期に女中に背負われただ静かに寝かされていたからだと思う。その点、まゆみ先生の記憶力はすごいぞ。へんなことも本当に記憶力がよくて、幼児教育がよかったのだと思う・・・」。まゆみ先生は、「小学校に上がる前に、お姉ちゃまたちが親代わりに漢字や数字を教えてくれた・・・」と言います。

幼児期に脳を活性化することは大事なことだと感じます。小学校3年生にもなれば、個々の意欲や取り組み姿勢によって成績は変わるでしょう。しかし、自分が「これをしたい」
と思った時に、生かすことができる内なる能力が、将来、役に立つこともある。そう考えると、無駄なことなど何一つないと私は思うのですが・・・。
by k-onkan | 2010-04-21 14:31 | 教育 | Comments(0)