麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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<   2010年 08月 ( 31 )   > この月の画像一覧

期待することこそ愛

今日はとても嬉しいことがありました。「行儀が悪くて誰の言うこともきかない。このまま大きくなったら、大問題を起こすのではと心配・・・」。お母様が困って楽院に入学したTくんの学習態度が、夏休みの最後の1週間、毎日、通った成果によって、とても立派になったことです。何より、大きな変化は同じ部屋にお母様がいても惑わされなくなったことでした。

e0143522_9183491.jpgこれまでは、私の前で行儀よく取り組んでいても、少しでもお母さまの存在を感じると、真面目に取り組むことが恥ずかしくなり、ヘラヘラ笑ったり、体をクネクネと動かしたりと、豹変していたのです。本人に悪気はありません。それが長年、お母様の前で見せてきた姿というだけです。彼がやる通りの奇妙な様子を私が真似て、「どう?これは格好いい?」と聞くと、自分でもブンブンと横に首をふります。好きでしているわけではないのです。「格好悪いと思うでしょ?じゃぁ、やめなさい。先生のいない場所でもやめてね」。私が「やめなさい」といえば止めるのです。

その彼がお母さまがいても、きちんと1時間の授業を受けたのです。お母さまからもやっと「通ってよかった」と思える表情が少し見られました。それは、お母様のこんなお話からも分かります。「今朝、出かけに「楽院に行く」といったら、おばあちゃまと楽しく過ごしていた時間をパッと切り上げて出かける準備をしました。他のおけいこごとの時は、「おばあちゃんといる方がいい。おけいこなんか嫌だ。いかない」と大騒ぎをして暴れるのに、今朝は、自分でサッと服を着替えて出かけてきたんです。ここが好きみたいです」。

これまで通うことに疑問を唱えていたお祖母さまもその変化を感じてくださったそうです。家庭では相変わらず手がつけられないそうですが、彼にそうさせているのは、周囲の大人です。まず大人が変わらなければ、彼を変えることはできません。彼が、優しいおばあちゃまと一緒にいるより、厳しい私に会いにくるには、理由があります。それは、私といる時間は、「何にもできない困ったTくん」ではなく、「賢くておりこうなTくん」になれるからです。「よくできた」「おりこう」「頑張った」「今はダメよ」「こら」「しっかり」褒められたり、叱られたり、を繰り返す中で、彼はルールを覚え「自分も結構おりこうなんだ」と自信が持てるようになります。何でも与え優しく接して、子どもが傍若無人になるのを止めない大人より、厳しくても正しい道を示し、子供に自尊心の保ち方を教える方が子供には親切なのだと私は思っています。

「どうして、先生の前では、こんなに良い子にできるのに、私の前では・・・」と。帰り際、ひとしきり、お母様が嘆かれます。決定的な違いは、「絶対にこの子は賢い。やればできるはず」と信じて接する私と、「他の子より理解力がない」とあきらめ気分のお母様では、期待度が違うのです。どちらが一生懸命、物事に取り組めるか、Tくんの目線に立たなくても分かるはずです。

世間では、親はみな子供を愛しているといいます。しかし、私は最近、その言葉に疑いを持つようになりました。私には自分がお腹を痛めて産んだ子供はいませんが、音感を教えている時は、その子に対して親御さん以上の愛を持って接しています。親がわが子を愛しているというのならもっと信じて期待できるように育てなければと思います。子供は自分に期待をしてくれる人から愛されていると感じるものです。昔の親は子供を本当に愛していました。だから、自信を持って叱ることができましたし、「親ばかでは?」と揶揄されても自分の子供に期待したのです。私の両親も厳しかったですが、親ばかなほど期待されていました。「麻奈はやればできる」「他の子とは違う何かがある」「少し、怠けものなだけ」。聞いている自分が恥ずかしくなりますが、何かの折によく言われたものでした。

子供が社会に出て他人に迷惑をかけないようにするためには、幼児期からコツコツ、大人が真摯に子供に向き合わなければと思います。子供に嘘は通用しません。どんなに幼くても、大人の言葉の裏表を見抜く力が子供にはあります。口では美辞麗句を並べながら、自分だけ楽な道を通る大人の姿を見ていたら、子どもも人生を甘く見るようになります。大人は子供が生きるための指標です。良い目標でいるための努力を大人もし続けなければと思います。
by k-onkan | 2010-08-31 23:18 | 教育 | Comments(2)

ご縁に感謝して~名古屋講演2~

名古屋講演の後、楽しみにしていた長田百合子先生とお目にかかりました。ひきこもりや非行少年と立ち向かわれるのですから、芯の強い方であることはテレビで拝見して知っているつもりでしたが、実際にお会いすると自分が木下式という小さな池の中で強そうに振舞う蛙のようなで恥ずかしくなってしまいました。

e0143522_2235996.jpg誰よりもそれを素早く察知したのは甥でした。名古屋についてから、叔父をはじめ、大人が優しく気使うので、口うるさい私の言うことは右の耳から左の耳へと聞き流していたのですが、長田先生の車に乗せていただいた途端、空気の変化を察知してピリッと「〇〇と申します。よろしくお願いします」。講演の時のように、二割増し利口そうに振舞うではありませんか。「やっぱり、子供は誰が一番、力を持っているのかを素早く感じとるなぁ・・・」と感心してしまいました。

長田先生のお話で印象に残ったのは、「非行少年、ひきこもりであれば誰でも手を貸せるわけではない」というお話でした。愛情があって子供のことを思っている親が存在する家庭の子供でなければ救えないそうです。そして、大学より高校、高校より中学・・・。遡って考えると、一番、大事なのは幼児期であるため、小規模でも私立幼稚園で講演をされているとのお話をうかがい、ひきこもりや非行に走る若者を多く見てこられた先生が幼児期の教育の重要性に着目されていることが嬉しくなりました。なぜなら、それは木下式が長年、行ってきたことに通じるからです。

長田先生にお会いして、信念がある幸せを実感しました。しかし、先生には「信念があっても、広めなくちゃダメ。広められなければ、信念はないのと一緒」と厳しくも本当のことを言っていただき、感激しました。芸術家の木下先生には嫌な思いをさせられないので、若い私がやるべきことと心を決めるきっかけを作っていただいたことに感謝!です。そして、先生に同行されたスタッフのMさんがまたとても素敵な方で、新しいご縁を大事にしたいと思える夜でした。
by k-onkan | 2010-08-30 22:33 | 木下式音感教育法 | Comments(2)

名古屋の暑い1日~名古屋講演1~

今日はとても盛りだくさんの一日でした。朝は、甥Yに名古屋気分を味わわせるため、朝一番で、叔父と3人で東山動物園へ行きました。たった1時間でしたが、名古屋の暑さの中で大人の私にはちょうど良い時間でした。動物園で甥が一番、興味を示したのがコアラのチロルでした。出かける事前に東山動物園のホームページを見て、「最近、コアラが死亡して8頭いたコアラが7頭になった」という記事を読んでいたからでした。コアラ舎にいくと、ガラスには「チロル、ありがとう」と貼られていました。予習が役に立ったのか、「チロルはどうして亡くなったのかな?チロルのお母さんはまだ生きているのに」。そこには、チロルの母というコアラが展示されていました。

e0143522_20242199.jpg大人として甥に聞かれることを答える努力はしますが、「知らないことは知らない」のです。最近は、甥が自分で答えを見つけて私たちに教えるように仕向けています。もちろん、「あそこに、動物園の人がいたから、自分で聞いてきたら?」と知恵はつけるのは忘れません。子供が知りたいことを、よその大人にきちんとした言葉で質問できることは大事なことです。動物園の人も、子供相手に「チロルが3歳で白血病でなくなったこと、コアラに白血病はよくあること」などを教えてくださったようです。

動物園を出る時、Yは「もっと観たいところがあったなぁ・・・」と残念そうな声を出しました。かわいそうだとは思いますが、自分の思い通りにならない時に気持ちの整理をつけさせることを教えるのも教育です。「全部見られなかったから、次にまた来ようという楽しみがあって、良かったじゃない?」とだまくらかします。「ぼくは一度に全部見られる方が嬉しいけど・・・」。そうは言っても仕事が大事なことは甥もよく分かっているのです。3時間の講演を前に炎天下の動物園に出て一番、きついのは私です。しかし、甥のご褒美のために大人の私も頑張っているのです。

午後からの講演で感激したことがあります。それは、楽院の卒業生であるSさんが私を訪ねて講演会場までわざわざ来てくださったことでした。Sさんは、指揮者の山田和樹先生の数年後輩で、名古屋のしらぎく幼稚園を卒園してから東京の楽院まで毎週通ってきた女の子です。今では、予備校の先生をする素敵な女性に成長していました。

そして、講演には、しらぎく幼稚園の先生方や保護者の方もたくさん足を運んでくださいました。アウェイ戦だったのでそうした方々の応援は嬉しいものがありました。特に、しらぎく幼稚園に10年間、4人のお子さんを通わせたお母様がわざわざ声をかけてくださりとても感激しました。中学生になったお子さんは、学校で指揮をしたりと音楽がとても好きだと教えていただきました。

講演の後のアンケートに、「成功した人の話じゃない話も聞きたい」という要望がありましたが、幼児の教育に成功、不成功はないと思っています。一人ひとり、それぞれ異なる時に異なる花を咲かせているからです。その花が、華やかな花であるか、野に咲く花かはともかく、社会に迷惑をかけずに自立していれば、教育は成功なのではないかと思うのです。また、「もし、教育を失敗したのでは?」ということがあったら、それを何の教育を行ったかの結果ではなく、どのような考えを持って、どのように行ったかに原因があると思うのです。(つづく)
by k-onkan | 2010-08-29 20:24 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

祖父母に守られて

今日は児童部の授業が終わるとすぐ、甥Yを連れて名古屋へ出かけました。「もし、親父が生きていて、麻奈が近所で講演をすると聞いたら涙を流して喜んだろう・・・」と父が口にしましたが、講演を行う天白区というところは、私の父方の祖父母、木下先生の両親が老後を過ごした場所なのです。

e0143522_734374.jpg明日の講演は実はこれまでと違って多くの心配ごとがありました。しかし、根拠なく「大丈夫」と思えるのは、祖父母に守られていると感じるからかもしれません。これまで、講演は必ず、実施教室や幼稚園のある場所で、園長先生方に守っていただきながら行ってきました。そのため、お客様は、木下式の名前くらいは予備知識がある方がほとんどでした。ところが、今回は、木下式を知らない音楽を専門に勉強した人がほとんど、その上、会場は楽器店のホール、という言わばアウェイ戦なのです。迎えにきた叔父にも、「どうして、麻奈はヤマハで講演するの?」と驚かれましたが、楽器店は販売する楽器に合わせて、その音楽教室を開いているものです。木下式と楽器店の音楽教室とでは、「音楽をきちんと学ぶ」という観点からは対極的なところにあります。そんなところで、「音楽ほど、いい加減な教え方をしては子供のためにならない」という講演をするのですから、喧嘩を売っているようなものです。

もう一つ、明日、特別なことがあるのです。以前、このブログにも書きましたが、天白区は、ひきこもり、非行少年を更正させることで、有名な長田百合子先生の活動拠点があり、講演のつかみに長田先生の著書をご紹介したいと思ったのです。近所で勝手に著書について話すのも気が引けたので、「著書から一文を使ってもよろしいか」と問い合わせをしたのです。「そんなことに丁寧に手紙を送ってきた正直さに打たれた。これも何かのご縁。その日は、珍しく空いているので、是非、一緒にお食事を」とお誘いを受けたのです。3時間の講演の後、私よりもパワフルな先生にお会いするのです。自分はきちんとお話ができるであろうか。また、平素、うちの父が心配するYのひ弱さも指摘されるかもしれない・・・。そんなことを想像すると、寝付けない叔父の家での一晩なのです。
by k-onkan | 2010-08-28 23:59 | 自分のこと | Comments(0)

おけいこごとは薬じゃない

木下式を勉強すると行儀が良くなる。それを期待して入学したお子さんのご家族から、「楽院に通っているのに家での行儀がよくならない。本当に通っているのか」という質問がありました。当のお子さんは楽院の授業中、とても真面目に行儀よく取り組んでいます。もちろん、そのお子さんが、「麻奈先生は侮れない相手であること」、「楽院は行儀をよくすべき場所」であること」をおけいこを通して学んだからです。お母様は、「楽院に通うようになって他のおけいこでも行儀がよくなった」と喜ばれますが、家庭ではこれまで以上にひどくなっているいというのです。

e0143522_1043715.jpg実は、子供の目線に立って考えれば、これはしごく当然のことです。それは、彼にとって家庭は行儀よくすべき場所ではないからです。これまで5年間、誰からも何をしても叱られず、好き放題をしてきた場所です。楽院で勉強を始めて、レッスンできちんとする術を習っても、それをそのまま家庭で行うことなどできません。一緒に暮らす大人の接し方も態度も変わっていないからです。大人はこれまで通り、子供にだけ人が変わったように「良い子になれ」というのは子供に理不尽なことだなぁと私には思えるのです。

アメリカでは、多動症やADHDの子供に薬物を投与して静かにさせるといいます。薬物を与えれば、子供が落ち着き、周囲にいる大人に負担が少ないのかもしれません。しかし、年齢の低い子供に薬物を投与して、将来、体に悪い影響はないのかが心配になります。それよりも、親や指導者が接し方を変えて、子供と共に成長することこそ教育ではないのかと疑問に思います。

木下式を勉強すると「行儀がよくなる」。これは、確かですが、木下式は薬ではありません。始めたからと言って即効的に「行儀が悪くなくなった」というわけにはいきません。いくら良い薬を飲んでも、不摂生をしていては病気がなおらないように、木下式がレッスン中に効果を発しても、家庭教育が悪ければ子供は良くならないのです。「幼児教育はマラソンのようなもの」と木下先生はよくいいますが、物を購入するようにすぐに結果が得られないのが幼児教育なのですが・・・。
by k-onkan | 2010-08-27 10:02 | お稽古事 | Comments(0)

ふざけたいわけじゃないんだ・・・

これから授業という時に、トイレから「お母さ~ん。きてよぉ!やってよぉ」。語尾の強い言葉でお母さんになにやら命令している声が聞こえます。「誰がそんなに悪い口を聞いているの?」私が顔を出すと、まるで、あっかんべぇをするかの如く「何にも言ってないよーだ!」。大人を大人とも思わない悪い態度を見せます。入学1ヶ月に満たないとはいえ、生徒として放っておくわけにはいきません。

e0143522_1224145.jpg私はお母さんのいらっしゃる前で派手に「コラ!なんて口を聞くの」。ちょうど、パンツをあげる途中であったお尻をパチン! 「大人に向かって、言って良いことと悪いことがある。先生にそんなことを言う人は、もう楽院に勉強に来ちゃいけない」。強い声で一喝します。私の剣幕に驚き、それまでヘラヘラとふざけていたTくんの顔が真剣になりました。「トイレが済んだら、早く、勉強しましょう。先生はずっと君のことを待っていたんだから」。
人間が変わったように良い子になって真剣に取り組みました。

Tくんは初めて体験授業を行なった1ヶ月前、ふざけてばかりで40分の授業を集中することができませんでした。しかし、4回目の今日はそんな様子はすっかり消失していました。それは、楽院では、ふざけても逃れられないこと、真剣に取り組む時には笑ってはいけないこと、失敗しても笑ってごまかさないなどを、レッスンの際に言葉で教えられているからです。しかし、授業の外では、まだまだ悪い態度を見せることが多いようです。

失敗した時や叱られた時、集中しなければならない時など、大事な時に笑ってごまかす子供には、笑いながら叱る親御さんの存在があります。大人は、叱る辛さに耐えられずに、叱った後に笑って場を和ませてしまったりしますが、叱りながら笑われたのでは、子供は大人の本意を理解できません。叱る時には、「大人も自信を持って!」と思います。

自信を持って叱るためには、やはりその理由が「子供のため」でなければならないと思います。私がTくんを叱ったのは、「こんな悪い態度を私以外の人の前でさせたらたいへん。放置しておけない。叱らなくちゃ」と思ったのです。もし、「私に向かって何という口を聞くの」という理由で叱っていたら、その後のおけいこでどんなに良い行動をしても、認められず、暗い45分になっていたはずです。しかし、Tくんが良い声を出せば、「上手になったね」。真面目な様子を見せれば、「おりこうになった」、自分から口の型を気をつける様子を見つければ、「君は賢いね」と褒め言葉を与えるため、叱られても、あとくされはありません。

おけいこが終わって、お母さまが「私が叱っても絶対に言うことをきかないのに、先生の言うことはきくようです」とポツリ。「愛情の深いお母さまには、我が子が「いつ、何時、どんな悪さをするか」が、先に分かっているはずです。悪いことをしてから叱るのではなく、悪いことをさせないように気をつけて声をかけてあげる、そして、お母さんの予想に反して悪いことをしなかったら、褒めてあげる。これを続ければ善悪の区別ができるようになります。これから頑張って良い方向に導いていきましょうね」とお話しました。

まだまだ、おふざけが過ぎるTくんですが、本人も「ふざけている自分」が好きなわけではないのです。しかし、これまでの生活の中で、緊張した時はふざけること以外、どうすべきか分からないのです。一日も早く、ふざけなくても自分の問題に直面できるように育てなければと思うTくんの授業でした。
by k-onkan | 2010-08-26 12:21 | 幼児 | Comments(0)

豊かな国に暮らすツケ

楽院の2学期が始まりました。今日は、小学生の低学年の子供たちがやってきました。まだ学校が始まっていないためか、夏休み気分が抜けず、「そんなにぼんやりしていると、先生がいじめっ子になって、皆のことをいじめちゃうわよ!」。そんなことを言って喝を入れなければ、先学期にできていたことさえ思い出さないほどです。

e0143522_2340313.jpg豊かな国に育つ私たちは、とても幸せではありますが、その生ぬるい中で、生き抜く力を身につけるためには、よほど、意識して精神を鍛えなければならない、そんなことを思わせる1ヶ月ぶりの小学生の授業だったのでした。
by k-onkan | 2010-08-25 23:38 | 楽院だより | Comments(0)

いじめっ子の大権化さま!

夏休みも残すところ、数日の頃だったでしょうか。瑠音先生一家が千葉から帰ると、まゆみ先生から私にこんな電話がありました。「Yが嫌な感じだった。お母さんの言うことだけきいていれば他の大人はどうでも良いみたいに、ウジウジして。お母さんもYにばかり構って。Kちゃんがかわいそうだった。構ってもらえなくて。断乳中なのかもしれないけれど・・・」。これは、末っ子に苦言を呈しにくい母から長女の私に「どうにかせい・・・」と言っているのです。

e0143522_1574668.jpg翌日、瑠音先生に電話して様子をうかがいます。「千葉はどうだった? Yが嫌な感じでママが心配していたけど・・・」。というと、「行くまでは楽しい気持ちだったのだけど、庭に出て虫取りをすると、「ばか!へたくそだな。そんなやり方じゃダメだ」とじぃじに言われて・・・。すっかり、ウジウジしてしまって・・・」といいます。まゆみ先生からの電話で瑠音先生と話して、千葉での様子を推測することができました。

翌日、楽院でYの顔を見たので、こんな話をしました。「Y、千葉はどうだった?虫を捕まえられなくて、じいじに叱られたんだって?」「バカって言われた・・・」。そこで、私は、昔々、瑠音先生が1年生の頃に、書いた作文のことを話してやりました。それは、こんな内容だったと思います。「わたしのおねえちゃんは、とんぼとりがとてもじょうずです。にわのあかとんぼを30ぴきもつかまえることができます。でも、わたしがとれないと、「ばか、どうしてとれないの?」といっておこります」。

「まぁちゃんも子供の頃、お母さんに虫取りを教えたけれど、なかなか、とれなくて、よく「バカ!」って怒ったことがあるのよ。Yはじぃじに虫取りを教えられて「バカ!」って怒られたのね。じぃじは千葉にいる時は、ガキ大将なのよ。ガキ大将と一緒の時は、ガキ大将に従わなくっちゃ。バカ!って言われたら、どうやったら虫が上手にとれるか、よく見て真似をすれば、バカって言われなくなるのよ・・・。でも、Yは、「お母さん、じぃじが・・・」って泣き声を出して陰に隠れたりしたら、ダメなのよ。世の中には、「バカ」っていう人もたくさんいるんだから、「バカって言われても負けないようにしなくちゃ。じぃじは、いじめっ子の中の、いじめっ子なのよ。じぃじにいじめられても、強くたくましくなれば、学校でどんないじめっこに会っても、大丈夫。次に千葉にいったら、じぃじと一緒に遊べるようになりなさいね」。

家族の中にいじめっこの大権化様がいるのはありがたいことなのです。木下家のおじいさまが、一般のおじいさまと違うところはここなのかもしれません。
by k-onkan | 2010-08-24 15:06 | 児童 | Comments(0)

サイトウキネンオーケストラ

e0143522_22572642.jpg今日は指揮者の山田和樹先生が、サイトウキネンオーケストラを振るということで、和樹先生のご招待で、木下先生、まゆみ先生は、松本まで出かけました。

「演奏が素晴らしく、アンコールの声が止まらなかったこと、そして、和樹先生のお母さまをはじめ、懐かしい卒業生の保護者の方々にお目にかかって驚いたと木下先生から連絡があったところです。和樹先生、おめでとうございます。そしてお疲れさまでした。
by k-onkan | 2010-08-23 22:57 | 楽院だより | Comments(0)

子供は親の責任!

福岡の講習会でたいへんお世話になった園長のM先生は地域で保護司をされているそうです。保護司は、犯罪や非行に陥った者が保護観察を受けることになると、その期間中、保護観察所の保護観察官とともに、対象者と面接して生活状況を調査し、保護観察中に決められた遵守事項を守るように指導をし、生活相談など社会復帰への手助けをするそうです。非常勤の国家公務員ですが、ボランティアです。

e0143522_9463682.jpg「罪を犯す子供と接すると、つくづくその責任は親にあると感じますよ。たいていの家庭は母子家庭で子供に無関心だったり、厳し過ぎる家庭の子かのどちらかです。一人ひとりに向き合うと良い奴なんですが、心が弱くてね。一度、罪を犯すとほとんどが再犯してしまう・・・」。

私もたくさんの子供と接して思うのは、「子供は親が育てたようにしか育たない」ということです。過保護に育てれば依存心が強くなりますし、甘やかせばわがままになる。親が期待し過ぎれば、壊れてしまいますし、八つ当たりのような叱り方ばかりすると、他の人にも同じように乱暴をしたり、きつい言動をします。とはいえ、不幸な生い立ちの子供の全てが非行に走り罪を犯すわけではありません。本人の性格もあるでしょうが、親以外からでも「知識」「知恵」「常識」を身につけるチャンスがあると、道を踏み外す可能性が少なくなるように感じます。

私の友人に幼い頃、両親が離婚して祖父母に預けられて育った人がいます。子供の頃、「おまえが悪いことをすると、「母子家庭だから」と他人から後ろ指をさされる。悪いことは絶対にするな」とお祖父さんに厳しく言われ育ったそうです。若い頃は、「母子家庭なのは私のせいではない。何もする前にそんなレッテルを貼られるなんて・・・」と不服そうでしたが、「母子家庭だから」と言われるのが嫌だったのでしょう。こんなに複雑な状況でよく真面目に育ったと思うほどの家庭環境でしたが、お祖父さんの苦言は無駄ではありませんでした。

親以外にもいろいろと関わりをもてる大人が存在するのは、子供が大人になるために、欠かせないことであると感じます。子供は親に見せる顔だけでなく、少しづつ社会に向けて異なる顔を持つようになるものです。親だけが気負って育てるより、他人と関われるような育て方も大事だと感じます。もちろん、外の世界に出す以前の基本は家庭教育にあるのですが・・・。
by k-onkan | 2010-08-22 09:45 | 教育 | Comments(0)