麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
カテゴリ
全体
木下式音感教育法
しつけ
子育て
教育
お稽古事
親業
音楽
乳児
のぞみクラス
幼児
児童
名誉団員・卒業生
思春期・反抗期
自立について
運動
発達障害
保育園
楽院だより
我が家のこと
自分のこと
以前の記事
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
フォロー中のブログ
蛹の頃~さなぎのころ~
最新のコメント
ありがとうございます。女..
by k-onkan at 19:28
久しぶりにこのブログを訪..
by 藤本トモエ at 09:31
出演園児のお母様へ ..
by k-onkan at 06:33
一番こわいのは、マナ先生..
by 出演園児の母 at 10:48
昔、近所の顔なじみの飲食..
by k-onkan at 10:32
作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
ブログパーツ
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


<   2010年 10月 ( 31 )   > この月の画像一覧

チャンスを掴んだら

長野県飯田市で一日かけて音感教室の指導を行ないました。この教室では5月に「木下式についての講演」を行っています。そのため、子供たちがどれだけ変化したか、その責任は私にもあるのです。特に「音楽祭で独唱をさせたい」という子供には厳しい目を向けることになります。

e0143522_20551928.jpg子供にとっては、教室の発表会も、合同音楽祭でも同じ位置づけかもしれません。しかし、プロのオーケストラに伴奏されるという責任、1000人という大勢の前に立つ大舞台の緊張は、「子供が望むから」と言うだけで誰にでもさせられるわけではありません。責任ある重大なこと、難しいことだからこそ、やり遂げた時に達成感があるのです。誰でも希望すれば出られるものなら、それほどの緊張感も達成感も、恐怖もないだろうと思います。

不景気な時世に音楽祭に出演させる親御さんの負担は少なくありませんが、我が子の立派な姿を見たら、きっとこの舞台に出してよかったと思えるはずです。だからこそ、単に「子供が希望するから」とか「園長先生の推薦」で選ぶのではなく、木下先生が、音楽祭の舞台に耐えられる歌唱力を持った子供を判断して出演者を決めているのです。

我が子が他の出演児にひけを取らない様子を見て、初めてその保護者は、「良い経験をさせてもらった」と園や教室に対して感謝の念をもてるのです。反対に自分の子供が恥をかいたら、不信感となるでしょう。だからこそ、独唱に選ばれた子供の担任の責任はまことに重大なのです。「今年は、自分のクラスから大勢、独唱者が選ばれた」と手放しでは喜べません。教諭の指導が至らなければ、たとえ、選ばれた子供でも、「この子を選んだ責任は自分にある。このまま恥をかかせては親御さんに申し訳ない。私が選んだのだから、私の権限で出演をとりやめる」と木下先生が言うこともあるからです。実際に、そういうことが過去にあるのです。それだけ、真剣に独唱者を選んでいるのです。

楽院は本部なので、全員が音楽祭の舞台に立てるようにしたいと考えています。そのために幼い頃から、地道な訓練を繰り返してきたのです。幼い頃は「斉唱」といって5~6人で同じ曲を一緒に歌って小さな発表会を経験させます。斉唱とは言え全員が同等の能力を持っていないと上手に聞こえません。そこで、練習には一人づつ歌わせ全員に舞台に立つ責任を教えることになります。こうした経験があるから、独唱が可能になるのです。それでも、音楽祭の舞台はまだ遠いのです。

気心が知れた私が伴奏して歌詞を先導する小さな身内の発表会でも、気の弱さから不安を感じて歌詞を忘れたり、間違える子もあります。さまざまな経験を重ねる中で、音楽祭の舞台に耐え得る子供に育つのです。楽院は、在籍期間が長いので、いつか独唱のチャンスもめぐってくることもあるでしょう。しかし、幼稚園の子にとっては、音楽祭は一度きりのチャンスです。そのたった一度のチャンスを掴んだ子は、音感に意識を持って取り組んでいる子供であったり、歌好きな子供といえます。植物にたとえたら、早咲きの花が選ばれていると言えるかもしれません。

「選ばれない子が可哀相だから、選抜をやめて」という公教育的な考えもありますが、それでは、せっかく意欲を見せ子供が能力を誇示する場所を取り上げることになってしまいます。今年、選ばれた子供には舞台を全うする責任もあります。また、選ばれなかった子には、チャンスが訪れたら意欲を持って取り組むことを教えるのが、音楽祭の選抜の目的です。選ばれた子供の保護者には、自信を持ってお子さんの後押しをしていただきたいと思いますし、子供の変化や様子に興味と関心を持つことで一緒に音楽祭に参加していただきたいと思っています。
by k-onkan | 2010-10-31 23:54 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

高得点をたたき出す秘訣は?

関東地方は台風14号が上陸するのでは・・・と朝から戦々恐々とする一日となりました。我が家で誰よりも台風を恐れるのは木下先生です。なぜなら、愛する盆栽たちに危険が及ぶからです。特に、千葉の房総半島は台風の影響を受けやすく、その都度、盆栽たちは飛ばされないよう棚から地面に下ろされます。今朝も、早朝から盆栽を非難させてから東京に出てきたようです。

e0143522_1221956.jpg台風の怖さを知る木下先生は、私が予定していた飯田市への出張は「日を改めるべきでは?途中、バスが風で横転でもしたらどうするのだ」と言います。増田教室のある長野県飯田市は、新宿から高速バスで4時間弱の道のりなのです。午前中はテレビの天気予報を横目に仕事をしましたが、昼ごろ、仙台から新幹線に乗って通う姉妹がいつも通り楽院へやってきました。台風の中、仙台から子供たちが授業を受けにきたのですから、大人の私が「台風」を理由に出張をキャンセルするはずもなく、授業が終わって大慌てで高速バス乗り場へと向かいました。東京を出ると雨もほとんど降っていませんでした。房総半島も台風の影響がないと良いのですが・・・。

台風でも楽院の子供たちの出席率はいつもと変わりはありませんでした。「台風ですが、楽院はありますか?」とのお電話もいただきましたが、楽院は基本、通常通りに行っています。子供たちは、それぞれ、交通事情が異なる場所から通ってくるため、出席するか否かは各ご家庭の判断にお任せしているのです。過去に一度だけ、「過去最大の大型台風が上陸」ということで児童部の授業を休講にしたことがあるのですが、休講の連絡をした直後、台風の目に入り、街はとても静かになりました。結局、授業を行う上で何の支障もないのに、休講としてしまって、その分の補講授業をするのに苦労しました。台風で簡単に休む人間になるか、台風でも頑張る人になるかは、幼児期にどのように育てたかで変わってくるだろうと思います。

昨日、「幼稚園で育った子供と保育所育ちの子供の差」について書いた後で、瑠音先生が「似たような話を知っている」といいます。大手塾の講師が書いていたのは、「小学校高学年で成績が悪くても、塾に通い始めて、すぐに偏差値70をたたき出す子供がいるが、そうした子には共通点がある。それは、幼児期に親から読み聞かせをされ、自分で本を読んで文章が理解できるようになっている子供である」というのです。

つまり、「塾に通えば偏差値が爆発的に上がる」と宣伝していても、実は幼児期に好ましい教育を与えられた子供の方が簡単に追い上げられるということなのかもしれません。そういえば、「エチカの鏡」で取り上げられている久保田式が大手学習塾の傘下に入っているのは、高校、大学の受験勉強をさせる塾が幼児期の教育の重要性を理解しているということかもしれません。

何にしても、「子供がやる気になった時に、自分で理解できるようにするために、幼児期の親の関わり方やその時期の教育がとても大事である」ということです。「勉強、勉強」と口うるさく言うことより、子供が物事に興味を持った時に、良い結果が出せる能力を備えさせておくことを忘れてはならないのですが・・・。
by k-onkan | 2010-10-30 23:15 | 教育 | Comments(0)

大丈夫?日本の教育

富山県に視察によって、これから、幼児の教育環境が劇的に変わることをあおい幼稚園の上田雅裕先生から学んできました。現在、幼稚園、保育園をめぐる環境は、大きく変わろうとしているそうです。来年、幼保一元化、一体化が実現するからです。これは、幼稚園は幼児の定員が満たさず、保育園は、断るほど希望者がいるという現状を打開するためでもあるのでしょう。

e0143522_13362865.jpgこれを聞くと詳しい事情を知らない私たちは、「幼稚園でも長く預かれるようになって、保育園でも教育をしてくれるようになるのなら良いのでは?」と安易に思ってしまいますが、それぞれの所轄官庁が違うことや制度や公的補助金などに格差があることによって、言葉でいうようには簡単にはいかないのが実情だそうです。

一番の違いは、幼稚園が「学校教育の一環として教育を与える場」であり、保育園は、「福祉として、子供の安全を守って預かる場所」ということだろうと思います。もちろん、幼稚園という名称を掲げているところであっても、「のびのび教育」の名の下、ただ、子供たちを自由に遊ばせる教育の場もあり、反対に保育園であっても、長時間、子供を預かる責任を考え、親代わりに幼児教育を施す保育園もあります。単に「幼稚園」「保育園」という名称で判断するのは危険ではありますが、大きく見れば、幼稚園は教育を施す場で、保育園はお預かりの施設のようです。

最近、文科省が全国学力、学習状況調査の結果を発表したそうです。この調査は、小学6年、中学3年を対象として実施されたもので、全項目で幼稚園卒園児は、保育所卒園児と明らかに有意な差で上位となったそうです。全日本私立幼稚園幼児教育研究機構の理事長は、「今回の調査が、小学6年、中学3年と幼稚園、保育所の卒園後、相当時間が経過した後の結果であることに注目している」ようです。「幼児期に培われる学力の基礎は、7~8歳の壁と言われる抽象的思考を獲得していく過程で出現していることに意味があると考える。ビルの一室を使って小学校低年の学習内容を詰め込むことはできても、真の学力は育たない」。つまり、幼児期の環境や体験、親との関わりがいかに大事かを物語っているのが、この結果なのです。

こうした大事な問題を深く考えることなく、「働きたくても子供がいて働けない女性のために待機児童を無くす」という大義名分の、ただ保育所の数だけ増やすのは、とても危険なことであると感じます。子供を一律、同じ場所で長時間、預かることの弊害は無いとは言い切れません。このままでいくと、何年後、何十年後には、多動の傾向のある子供はもっと多くなるという識者もあります。

甥のKを見ていると実感するのですが、「お預かりのベビールーム」で1対1で保育士さんに相手をしていただいても、長くて3時間が限度です。それ以外の時間は、親や大人に「本を読んで」「フラッシュカードの相手をせよ」「目を見て話しかけよ」など、たった1歳の子供がさまざまな要求をして、そこからたくさんの学びを得ているのです。この一番大事な時期に、大人たちの勝手な都合だけで、大勢の子供と一緒に集められ、ただ、安全だけを守られていたのでは、将来を担う能力のある人間は育たないと心配になるのです。

人間形成で一番大切なのは幼児期です。幼保一元化をするなら、乳幼児期の教育をおろそかにせず、一人ひとりの子供の個々の能力を最大限に、引き出すような教育や指導者の存在が必要になります。決して、付け焼刃の方針であってはならないと感じるのです。教育について真面目に取り組む長がいれば、いろいろな体験学習や教育を考えると保育所も期待できますが、都会では、企業が教育の世界に手を広げ、コンビニやファミリーレストランのチェーン店を新しく開店する感覚で、駅前保育園作っているそうです。「20代の園長募集。初任給20万円から~」とコンビニの店長を募集するように、幼児の命や教育を預からせることに私はとても恐怖を感じるのですが・・・。
by k-onkan | 2010-10-29 23:35 | 幼児 | Comments(0)

ご恩を忘れないで・・・

今朝は、早朝の飛行機に乗って、富山県のあおい幼稚園、むつみ幼稚園の年長クラスを視察しました。どこのクラスに行っても、子供たちが整然と並んで、音感授業に取り組む姿を見ると「音感かるたってすごいじゃない?」と身内びいきですが、思うのです。しかし、こんなにきちんと幼児期に教育を与えても、「小学校に入ったら、数年で他の子供と同じにされ、どこの園で育った子供か分からなくされる・・・」と先生方は嘆きます。確かに、朱に交われば赤くなるといいますが、3つ子の魂百までということわざもあります。幼児期に与えられた良い教育によって、いつか子供の能力が花開く時があると信じたいものです。

e0143522_2255910.jpg視察を終え、富山支部の教諭50名が集まって研修会を行いました。皆、それぞれに一生懸命、取り組むのは、現在、預かる園児のためでもありますが、音感が上手に教えられる先生は、他の何も教えてもうまく指導できるようになります。いつか、自分が人の子の親になった時に、今、努力していることが役に立つ時が来るのです。

さて、今日は懐かしい顔に出会うことができました。2歳から4年以上、富山から毎週、飛行機で東京の楽院まで通っていたむつみ幼稚園の園長先生の孫娘のMちゃんが、「麻奈先生に会いたい」と顔を見せに来てくれたのです。小さな頃の面影を残しながら、少し大きくなったMちゃんは、子供の頃と同じように物怖じしない様子で、「東京に遊びに行きたい」といいます。「いつでも、遊びにいらっしゃい。4年生なら、一人でも新幹線を乗り継いで東京まで来られるのでは?」というと「来年、絶対にいきます」と力強い返事です。

年端も行かない子供たち3人を飛行機に乗せて、東京まで通うお祖母さまの姿に、「そこまでしなくても」と思った人も多かったであろうと推察します。しかし、「3人の孫に平等に木下式を受けさせたい」と、のべ10年間、引率されたお祖母さまの強い信念に本当に頭が下がります。東京に引率している途中で、幼児が場所も構わず寝込んでしまうこともあり、その都度、おんぶをしたりして楽院に連れてこられたものでした。今、富山でピアノの勉強を続ける中で、「聴音だけは誰にも負けない」と自信を持って言えるのは、その昔、一生懸命、東京まで連れて行かれたお祖母さまのお蔭です。そのことを忘れないで、いつか、お祖母ちゃまに恩返しできる女性に成長して欲しいと思うのです。
by k-onkan | 2010-10-28 22:51 | 児童 | Comments(0)

育てたように育つ

甥Kをベビールームに送りにいった時のことです。横断歩道を二人の兄妹を連れたお母さんと、自転車に乗った初老の女性が私たちの前を渡っていました。すると、突然、自転車の女性が横に倒れたのです。子連れの女性が話しかける姿があったので、家族連れかと思っていると、そうではありませんでした。なぜなら、お母さんらしき人が5歳ほどの息子に、「あんたがフラフラしているから、今の人はよけようとして、倒れちゃったんだよ。フラフラしないでと言っているでしょう」。そんな声が聞こえてきたからです。

e0143522_0475692.jpgこの様子を見ながら、私が子供の頃とは変わったなぁと感じました。なぜなら、昔は、「わが子が他人に迷惑をかけたり、他人から注意されたりすることは、親のしつけが行き届いていない証であり、恥ずかしいこと」であったからです。今は、親が言っても聞かないから、他人から叱られたり注意されて欲しいと期待する親御さんが増えているといいます。もちろん、親以外の他人や、社会から学ぶことはたくさんありますが、その基本は親の教育が存在します。近しい親のいうことも聞かない子供が、他人の言うことだけ素直に聞くとはとても思えないのですが・・・。

このお母さんは、わが子をよけて倒れたお祖母さんに謝罪はしたのだろうと思います。しかし、心底申し訳ないと思ったら、これからでも遅くありません。子供を横断歩道でフラフラしない子に育てて欲しいと思います。「フラフラして危ない」と平素から思っていたのならなお更です。面倒でも、子供の手をひいてフラフラしないことを教えておかないと、今後、もっと大きな事故を引き起こしかねません。

フラフラする子供は、自分では気づかずに動いてしまっているものです。意識が伴っていない子供に言葉で「フラフラしないで」と言っても「何のこと」を言われているか分かりません。子供に理解させるには、動いている体に触れて、「動いていること」に気付かせたり、子供のする通りをして見せて、「おかしいこと」を教えることが大事だと感じます。

最近、わが子が犯罪を犯しても、「親と子供は関係ない」「「子供が勝手に悪く育ったのだ」という人が増えていますが、親が育てたように育ったのが子供の姿です。親には、わが子を他人に迷惑をかけない人間に育てる責任があるのです。このことは、絶対に忘れないようにしなければと思うのです。
by k-onkan | 2010-10-27 23:45 | しつけ | Comments(0)

子供の未来を考えるとき

e0143522_23434749.jpg今日は、木枯らし1号が吹く中、櫻井よしこ先生が理事長をつとめる国家基本問題研究所のシンポジウムに出かけました。恵まれた時代に生きる私たちは、戦争も知らなければ、食べる物がなくてひもじい思いをしたこともありません。ともすると、「一生懸命、生きること」や「自分以外のことを考える」という当たり前のことも忘れがちです。そんな中にあって、日本をこれ以上悪くしないために活動する方々の活動に頭が下がりました。

私たち、一人ひとりができることなど微々たることではありますが、せめて、一生懸命、教育している子供たちが大人になった時に、日本に素晴らしい国であり続けて欲しいと願わずにはいられないのです。
by k-onkan | 2010-10-26 23:42 | 発達障害 | Comments(0)

可愛い時期は続かないから

1歳3ヶ月の甥Kは今が一番「かわいい時期」です。大人が話しかければ、「ウンウン」とうなづき、言葉を理解しているようなそぶりも見せます。転びそうになりならが、ピョコタンと歩く姿はまるで、ひよこのようです。この時期の可愛さは、子猫や子犬の可愛さに通じるものがあります。しかし、忘れてはならないことがあります。それはこの可愛い時期は一生、続くものではなく、この時期から、しつけも教育も初めて、決して早すぎではないということを。

e0143522_1326411.jpg可愛い様子を見せる幼な子であっても、いろいろなことを理解しているのです。先日、楽院にお客様があった時に、それを再認識したのです。まゆみ先生に連れられ甥Kがやっくると、その場には木下先生と大垣先生、そして、初めて出会う女性のお客様たちが居られました。見渡してメンバーを理解すると、ふだんは絶対に来ないのに、「お前で我慢するか・・・」とでも言うように私の膝にあがってきたのです。いつもと異なる雰囲気を察して、すぐに寝入ってしまいました。

ふだん、我が家ではライオンと同じように「群れ」で子育てをしています。Kは群れの女性はみんな自分の世話をすることを知っていますが、その中にはランク付けがあるようなのです。トップは、いつも言うことを聞いてくれる「純子先生」や「まゆみ先生」。そして、お腹がすいた時や眠い時におっぱいを与える「お母さん」も大事な存在です。しかし、都合の良い時にしか相手をしない私はリストの最下位なのです。ところが、男性とよその人しかいなければ、私のことも「群れの女」として認め世話をさせる・・・。乳児と侮るなかれ。いろいろなことが理解できています。つまり、悪いこともずるいことも、見たらすぐに覚える時期でもあります。乳児は小動物のような可愛さを見せるいとしいものです。ですが、愛しいからこそ、教えるべきことを教え始めなければならない時期なのです。
by k-onkan | 2010-10-25 13:24 | 乳児 | Comments(0)

世の中、おかしくない!?

最近、学校の先生がテスト問題や課題で、「殺人」や「脅迫」などを題材にして、「教師の資質」を問われています。教師としても、大人としても、「して良いこと・悪いこと」の区別もつかないのかと呆れるばかりですが、私は「起こるべくして起こった問題」とも感じるのです。

e0143522_11503437.jpg私たちは、平素、週に1回の音感授業でしか子供と付き合わないため、子供たちの素の言動に触れる機会は多くありません。それでも、合宿やお泊りをさせると、今の子供たちの様子が手にとるように分かることがあります。今年の合宿では、小学生の子どもがいとも簡単に「殺せ」「死ね」という言葉を使うことを間近に見て愕然としました。

それは、班対抗でキャッチボールの点数を競った時のことです。相手の失敗が自分の班にチャンスだと思うと相手の子供に向かって「死ね」と口にします。反対に自分の班の子を応援するために、「殺せ」と言うではありませんか。その声に一切の悪気はなく当たり前のように口にするのはゲームやテレビの影響もあるのでしょうが、甘えん坊で可愛いさかりの低学年の男の子の言葉であるだけにショックは大きいのです。

もちろん、すぐに厳しい声で「そんな言葉を使ったのは誰?」「言って良いことと悪いことがある」と大きな雷を落としました。その場にいる全ての子供が、「殺す」とか「死ね」という言葉を二度と口にしないように全員を叱ったので、楽しい雰囲気は一変しましたが、「ダメなことはダメ」なのです。

甥Yが公立小学校にあがり、「学校はあまり好きじゃない」という最大の理由に友達の言動と行動があります。ツバをかけたり、「死ね」と言ったりする子がいるというのです。「それくらいで傷つくYが弱虫なのだ」と言うのは簡単ですが、「他人にツバをかけること」も「無闇に死ねという言葉を使うこと」も我が家では、「人間として絶対にしてはいけないこと」と小さな頃から、厳しく教えてきたことです。

赤ちゃんの頃、悪気はなくツバをはいたことを瑠音先生に見つかり、動物のように、親が同じことをして見せて、「いけないこと」と教えていたものです。そうやって親に教えられてきたことが、世の中では、「しても良いこと」としてまかり通るショックは子供にも大きいだろうと思います。しかし、少なくとも、Yが大人になって、「殺人」や「死」を題材にして子供に問題を出すような大人にはならないと思うのです。

我が子にどんなに良い環境を与えても、子供の世界には、悪い情報も悪い言動もあふれています。悪いものをすべて排除しようとしても限りがあります。やはり、親が家庭教育の中で我が子に正しいことを教え、世の中がどうあっても流されないという信念を持っていなければと思う事件でした。
by k-onkan | 2010-10-24 11:50 | 児童 | Comments(0)

コストパフォーマンスと教育と

児童部の子供たちは、12月の発表会のために独唱の練習を始めました。平素、子供たちは合唱団の一員として歌の勉強をしています。第一声部の子供はメロディーラインを歌っていますが、第二声部、第三声部の子供たちはその対旋律であったり、合の手を入れたりします。実は、華やかなメロディーラインより対旋律を担当する方が、鋭敏な音感能力が求められ難しさがあるのです。とはいえ、全ての子供たちがメロディーを歌う能力がなければ、美しい合唱を聞かせることはできません。歌が得意な子は更なる難曲に挑戦させ、一人で歌うことが苦手な子は短所を克服する課題が与えられます。楽院の発表会は一般の音楽会のような華やかさはなく、個々の実力を高める切磋琢磨の場なのです。

e0143522_15474719.jpgさて、独唱練習の中で感心するのが1年生のSちゃんの様子です。他の子の独唱曲など全く知らないはずなのに、一生懸命口を動かしています。実は、Sちゃんは甥Yの幼稚園の同級生で、1年前の成果発表会を見て、「私もここで勉強する」と入学を決めたのです。入学可能年齢の4歳6ヶ月を大きく超え、ほぼ6歳で入学してきたため、他の子についていけるかを心配しましたが、「勉強する」という自分の意志と幼児期を厳しい体操幼稚園で過ごした故の根性によって、児童部の一員として発表会に出られるまでに成長したのです。

一般の子供が3年以上かけて身につけたことに1年という短期間で追いつくのは並大抵のことではありません。Sちゃんも入学当初は週3回レッスンに通ってきました。わが子の希望に応えるため、送迎を続けた親御さんにも頭が下がります。しかし、Sちゃんが、普通ののびのび幼稚園で育ったお子さんであったなら、どんなに頭が良くてもここまで伸びることはなかったと感じます。6歳までの教育の秘訣は身体機能と感覚を鍛えることと同時に躾にあります。どんなに賢い子供であってもしつけをされずルールを無視するような子供であっては、その能力に頭打ちの時期が到来します。木下式が音楽能力の向上を図るために、幼児期に規律や躾などの精神面を重視する理由はここにあります。

お子様の入学を考える方にお願いです。教育はコストパフォーマンスを考えて与えるものではありません。2歳で入学するより4歳で入学する方が教育に対して支出は少ないかもしれませんが、その分、お子さんに負担がかかることを忘れないでください。幼児期は新しいことを何でもすぐに吸収する能力があります。しかし、それを定着させ、真の実力に転じさせるには反復訓練が欠かせません。早期に勉強を開始した子は、無理なく十分にそれを与えられているのです。親がどんなに強い希望を持って「勉強させたい」と思っても、年齢が大きな子を親の意思に沿わせるほど難しいことはありません。楽院が4歳6ヶ月を過ぎても、お子さんをお預かりするのは、そのご家庭に、よほど強い意思と願いがあることが絶対条件なのですから。
by k-onkan | 2010-10-23 23:46 | 教育 | Comments(0)

意欲を持たせるのも教育

数日前に、甥が初めての通信簿をいただいてきたことを書いたことで、私は、自分の最初の通信簿のことを思い出すことになりました。私が子供の頃は五段階評価でしたが、数字の代わりに「進んでいる」「やや進んでいる」「ふつう」「やや遅れている」「遅れている」と記されていました。担任の先生からは、「ふつう以上はよい成績」と聞いた私は、それを信じて家に帰りました。しかし、私の成績を見た父が、「学校の勉強が得意でないのなら、ピアノをもっと頑張れ」と、その日はいつも以上にピアノの練習をしたことを記憶しています。

e0143522_9251948.jpg父を不快にした成績は、現行の成績表(よい・もう少し)に当てはめると、Yと同じ成績になります。なぜなら体育が「ふつう」であった以外は、全て「やや進んでいる」だったのですから。表記の仕方一つで、こんなにも受け止め方や印象が異なることを考えると、いかに今の成績表記が子供だましであるかが分かると思います。

さて、幼児教育を与えた子供がどんなに良い成績を取ってきても安心は禁物です。自分の子供が優秀なのではなく、周囲がまだ何も教えられていないに過ぎないからです。それに油断した子供が「ウサギとカメ」のウサギになるのは時間の問題です。1年生の頃の私がまさにそうでした。それまで、さまざまな親の教育によって、「努力をしなくてもまぁまぁいろいろなことが分かったため、率先して先生の話を聞くことなく、ぼんやりする時間が増えていました。そのうち、周囲が塾に通って勉強するようになると、見る見るうちに成績は、中の下へと落ちていきました。

学校は勉強をするところですが、子供の中にはただ行っているだけで何も学ばずに時間を過ごす私のような子供がいることを忘れてはなりません。そういう子にも意欲と意欲を持たせ、努力することを教えるのが教育なのだと思うのです。自制心を持って子供が自分で学ぶことだけを期待するのではなく、10歳までは、親や周りの大人が学ぶことに目をむくよう仕向けることも大事な教育だと感じるのですが・・・。
by k-onkan | 2010-10-22 22:24 | 教育 | Comments(0)