麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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先生、電話してよ!?

先週のレッスンを休み、振替授業にきた5歳のTくんが「今日もぼくは一人なの?お友達はどうしたの?」といいます。「お友達は他のクラスで勉強しているのよ」。Tくんは、行儀を改善するために5歳を過ぎて入学したお子さんなのですが、年齢が大きくなってから何かを始めるのは、とてもたいへんであることを私たちに教えてくれています。悪い習慣を改善するためには、それを継続したのと同じだけの時間を要するようです。レッスンを受けて、3ヶ月が経ち、ずいぶん、きちんとしたとは言っても、まだ真剣にならなければならない場で悪ふざけをすることもあり、他のお子さんに悪い影響を与えないようにとクラス替えをしたのです。Tくんは、私にそのことを訴えているのです。

e0143522_15371389.jpg「あのさぁ、ぼく、授業中にふざけなくなったでしょ?先生、お友達に電話して、「もう大丈夫だから、一緒に勉強してください」って言ってよ」と可愛い声を出します。子供のこんな訴えを聞くと、思わず涙がこぼれそうになってしまいます。そして、「男の子はかわいいことを言うものだなぁ」と思います。

しかし、授業が終わって廊下に出て愛する妹と遭遇すると、いきなり「ウギャー」と怪獣のような声を出して威嚇します。愛情の表現なのかもしれませんが、まだまだ真面目な姿は教室の中だけのようです。「授業中はおりこうになったと思うけれど、教室の外に出た時に怪獣みたいな様子をしているでしょ?だから、まだお友達に「大丈夫ですから、一緒に勉強してください」と電話をすることはできません。外でも人間らしくしなさいね」。自分の非をとがめられたTくんは、「エヘヘ」と照れ笑いをします。女性から見ると扱いづらくても、男の子らしい有望な面があったりします。もう少ししたら、「大丈夫ですよ」と電話をするからね。
by k-onkan | 2010-11-30 22:36 | 幼児 | Comments(0)

幸せってなんだろう?

子供とつきあっていると、人間として当たり前の「幸せ」について深く考えさせられる機会が多くあります。私たち大人は、愛や物で満たされているか、自分の存在が認められているかどうか等によって自分の幸せを計りますが、子供、特に生まれて1年の幼児を見ていると、適度にお腹が満たされ、心地よい場所に居て、十分に構ってもらえていれば、とても幸せそうに見えます。親から愛されているという確固たる自信かもしれません。幼い頃に、愛された記憶のある人は、成長期に多少の問題に遭遇したとしても、最終的にはどうにかなるといいます。それは、愛されたことの結果かもしれません。

e0143522_1326476.jpgアメリカの大学に通っていた頃に出会った知人でこんなことを言った人がありました。「親にお金はかけてもらったけれど、愛情をかけてもらったことはない」。その女性はみんながうらやむような高級外車に乗り、温水プールとジャグジのついた高級アパートに住んでいました。毎月、使えるお金は、私の1年分の生活費に該当し、経済的な不安のない暮らしは、未熟者の私をうらやましがらせたものです。しかし、今、考えると、その人は決して幸せではなかったのかもしれません。過分にお金を使われることよりも、きちんと教育され、正しいことを知らされ、愛された自信を与えられることが、子供として、何より大事なことなのだと、最近、実感することがとても多いのです。
by k-onkan | 2010-11-29 13:22 | 子育て | Comments(0)

離れていても・・・

子供たちが不在の間、私たちは、どんな楽しい「子供のいない時間」を過ごしたと思われるかもしれません。しかし、気がつくと、私たちの話題は、「子供の話」と「学校や教育について」になっていて、どんなに離れても精神的に子供たちから離れることができないのだと思い知らされた一日でもありました。

e0143522_1463955.jpg数日前、甥Yの小学校に出かけました。「実は学校で作品展があるんだけど、夜もやっているから、是非、見に来て」と誘われたからです。社員旅行に出かけた父親の代行に私を呼んだのです。「お母さんの代わりは純子先生で、お父さんの代わりは麻奈先生らしい」と瑠音先生から聞き、納得がいったような、いかないような・・・。

どうせ学校まで出かけるなら、後学のために小学校の子供のいる時間を観察したいと、楽院の授業がない時間に出かけてきました。作品展は、「公立小学校でもいいじゃない?」と思える出来栄えで、力作が並んでいました。しかし、その反面、「先生たちが、これだけの結果を出すために、色々なことが見落とされているかも?」と心配になったのが教室の中で騒ぐ子供たちの様子でした。

私たちは、毎年、木下式を学ぶ年長児を視察するために、全国の幼稚園を視察しています。「今年は○幼稚園が一番、良かった」とか「今年は全体的にレベルが悪い(良い」と観察して、その年の教諭の理解度や子供たちに対する教育成果を確認していますが、廊下から観察した「1年生のクラス」は、木下式を学ぶ年長児の一番悪い状態と比べても、はるかに騒然としていて、まとまりがないのです。それでも、3年もあれば、学校は良くも悪くも「みな同じ状態」にします。それは、個々の能力を引き出すのではなく、低い方で能力をまとめたに過ぎないのです。この状態を統率して、子供たちの能力をあげるには、相当な「指導力」が教える大人に必要となるのです。

木下式を指導する幼稚園の教諭も最初の数年は、自信も無く、心もとないところが多々あるものです。しかし、年に3回、東京で講習会を受けることで、理論以外に、「先生らしい話し方とはどのようなものか?」「指導の仕方に合わせた子供に対する言葉がけ」を学んでいるから、だんだん、先生らしくなるのです。また、木下式を学ぶ教諭たちは、検定試験を受けなければなりません。そのために、自分が勉強をするので、「先生として」「大人としての自信」が備わって、成長するのです。大人が成長すれば、子供たちへの保育にも大きな進歩が生じるのです。子供を成長させるためには、大人自身の自己研鑽こそ、何より大切であると感じる小学校の様子でした。
by k-onkan | 2010-11-28 14:05 | 教育 | Comments(0)

単品よりセットで!

断乳に成功した1歳4ヶ月の甥Kは、初めて親から離れて2泊3日のお泊りに出かけました。お泊りと言っても、毎日、顔を合わせる祖父母と一緒ですから、Kには日常のことかもしれません。

子供は1歳を過ぎた頃、表情がとても豊かになります。その上、生意気なことも言わないのですから、一番、かわいい時期なのです。そのためでしょう。最近、ずっと「Kを単品でお泊りに来させたら・・・」と木下先生が言っていたのです。しかし、親は、一人でも子供が残されたら息抜きにはなりません。そこで、「『単品』でなく『セット』なら・・・」と二人でお泊りに出したのです。そんな大人たちの思惑を知るよしもなく、二人は嬉しそうに出かけていきました。子供たちにしてみれば、きちんと世話をしてくれるなら、産みの親でなくても良いということかもしれません。

e0143522_17585456.jpgその夜、私たちはのんびりと大人の時間を過ごしました。思えば、妹の出産以来、姉妹二人の時間は7年ぶりです。これまで、家で仕事の話でもしようものなら、「ぼくも仲間にい~れ~て!」と甥が口をはさんできました。幼児とは言え、その存在感は一人前です。そんな鬼の居ぬ間に、私たちは、心の洗濯へと近所の温泉に出かけました。そこで、「子供の心配をせずに、お風呂に入るなんて、久しぶり・・・」などと、聞くと、普段、自分がいかに好き勝手に暮らしているかを思い知るのです。明日になれば、「二人も子供がいて、世話がたいへんだった。もう当分、来なくていいぞ・・・」とセットは家に返されてくることでしょう。それまで、もう少し、「お母さん」ではなく妹にしておこうと思う夜なのです。
by k-onkan | 2010-11-27 23:53 | 我が家のこと | Comments(0)

おけいこより、ママが好き!

先週、水疱瘡でお休みした振替にと5歳のAくんがやってきたのは午前中のことでした。ドアを開けると暗い顔をしたAくんの姿がありました。ふだんはお祖母ちゃまと通っていますが、今日は、いつもお仕事のお母さんと一緒でした。どうも「行きたくない。やめる」と言うAくんをお母さんは引きずってこられたようでした。「辞めるなら、自分で先生に話しなさい」というお母さんの声で渋々教室に入ってきましたが、何も言いません。

e0143522_12261422.jpg「どうしたの?水疱瘡だったの?たいへんだったね?」「病気の間は、誰と一緒にいたの?」「ママ・・・」「そうなの。ママはお仕事を休んでAくんと一緒にいてくださったのね。それはおけいこに来るより、ママと一緒にいる方が楽しいよね。だから、おけいこに来るのが嫌になっちゃったのかな?」。この言葉を聞いて、目に涙を浮かべてコクンとうなづきます。「ずっと、ママと一緒にいたかったのよね。でも、もう病気は治ったから、いつもの生活に戻らなくちゃいけないの。分かるかな?ママはお仕事に行かなくちゃいけないし、Aくんは保育園やおけいこに通わなくちゃね。わかる?」「うん」「今日は、大好きなママに中に入って見てもらって勉強する?」「うん」。

子供は、どんなに厳しくても自分のお母さんが一番、好きなものです。普段、働いているお母さんなら、なお更、おけいこより一緒にいたいと思うでしょう。また、子供がおけいこを嫌がると、普段以上にお母さんは心配されます。それを知る子供は必要以上に嫌がってみせます。しかし、それは、「おけいこ」がいやなのではなく、「ママと一緒にいたい」という素直な心でしょう。その子供の心を理解しつつ、「それでも、やらなければいけないことはする」と導くのが、子供の目線に立つということだと思うのです。その後、機嫌よく授業を受けて「楽しかったから、やめるのをやめた」と言って嬉しそうにおやつを食べていました。おけいこごとを継続できるか否かは、大好きなお母さんがその進歩を認めてくださるかにかかっています。「もっと上手になって欲しい」「よその子もこれくらいできるでしょう」と思っても、「上手になったね」「難しいことができるようになって、お母さんも嬉しい」と喜んであげていただきたいのです。

帰りがけ、お母さんは保育園に通うAくんについて、現在の心配ごとを話していかれました。それは、保育園という場がそれぞれの都合の良い時間に登園し自由遊びをして、何となく一緒に時を過ごすことがほとんどであるため、幼稚園に通う子のように集団で一斉に何かする機会がない。そのため、集団で説明を受けて何かをすると、ぼんやり話を聞かないことが多い。このまま、小学校にあがって困るのでは・・・ということでした。こうして、我が子の問題点に気付く親御さんがいてくれるのは、子供にとって幸せなことです。お母さんのおっしゃるように、社会に出ると、集団の中での自分を発揮できるかによって、能力を判断されることが多いものです。木下式の音感授業が、個人発声の時間と、集団による課題の両方に重きをおく理由はここにあるのです。
by k-onkan | 2010-11-26 12:24 | 幼児 | Comments(0)

3歳は、お姉さんだよ!?

今日のクラスには、3歳から5歳までの子供たちが勉強しています。みんな、おけいこを開始して8ヶ月くらいなので、疲れると涙をこぼしたり、最後まで頑張れなくなることがあります。そんな時、1歳の甥Kが廊下を通りすぎました。

e0143522_1351266.jpg最近、望クラスで勉強しているので、行進やかけ足の音楽を耳にすると一緒に参加しようとするのです。1歳の子供が、走ったり、自分の名前をいう姿を見て、びっくりしたのはこれまで「自分が一番、小さい」と思って甘えていた3歳のYちゃんです。みんな、すっかり真剣な顔になって、「自分はお兄さんで赤ちゃんとは違う」という立派な態度を見せていました。

それぞれのご家庭では一番、小さな赤ちゃんであっても、外の世界に出れば、次から次へと自分より小さな子供が出てきます。そうした当たり前のことを知らせるのも、大事な教育なのです。小さくて可愛い子供であっても、いつまでも、赤ちゃん扱いし続けることができないことを親も子も認識しなければならないということかもしれません。
by k-onkan | 2010-11-25 13:50 | 乳児 | Comments(0)

自分の子と、他人の子と

先日、さがみ幼稚園の視察に機関誌「おんかん」の取材のため、大垣先生に来ていただきました。大垣先生は知識が豊富で私が知らないことをたくさん教えてくださるのです。最近、話題の「幼保一元化について」の問題についても、単純に「幼稚園か、保育園か」というか問題ではなく、もっと根深い問題があることを知りました。

e0143522_7393814.jpgその昔、保育園と言う場は子供を育てたことがない、助けてくれる人がいない親には、とても重要な役割を果たしたのだそうです。「どのように子供と接したら分からない育児放棄をしそうな実の親」が育てるよりも、「保育園で大人に手をかけられた子供の方が能力が高くなる」という検査結果まで出たのだそうです。それによって、「3歳までは親が手元で育てなければ」という三歳児神話をも否定される結果になってしまったのだとか。

本来、日本の子供は、たくさんの大人(多親)によってこそ育てられたものでした。両親だけでなく祖父母や親戚、近所のおじさん、おばさんに声をかけられて、いろいろなことを覚え育ったのです。しかし、現代社会でそれは不可能です。そんな中、親以外の大人(先生)と関わる保育園、幼稚園は子供にも親にも貴重な場所です。しかし、時代の流れは、保育園や幼稚園に「親」の役割を肩代わりして、単親化にさせつつあります。幼稚園、保育園任せで家庭が子供に関わらないのでは、子供をバランスよく成長させるのは難しいことです。たとえ、どんなに理想的な幼稚園、保育園を見つけても、親には親の責任があることを忘れてはならないと思うのです。

さて、楽院の近所には、我が家の甥たちが皆、お世話になっているベビールームがあります。今から10年以上前になりますが、我が家の初孫を外に預けるにあたって、保育園探しをしたのです。大事な赤ちゃんを預けるには「利便性」だけでは決められません。お金を支払ってまで、他人さまに預ける時間は、楽院で親が背負って仕事するより、有意義でなければならないとも思いました。長年、子供たちを見てきたプロの目で見るために義妹はまゆみ先生を連れて回りました。近所の保育園や託児施設は、預けられている子供たちの目の輝きが乏しく、「これでは、通わせてはいけない」という危機感を持ったものでした。

そんな中、近所に製薬会社が作ったベビールームができたのです。当時、新設だったこともあり利用者も少なく、1対1の託児をしていただいていました。時代が変わり、義妹から瑠音先生の子育て時代になると、、「せっかくなので、テレビやビデオは使わず、大人が遊具の相手をしていただきたい」と自分の希望の保育までお願いしていました。そんなことが可能なのは、企業が経営する託児ルームで、「お客様のニーズ」に応えることが徹底されているからかもしれませんし、お値段も決して安くはないため、「誰でも預けられるわけではない。近所の保育園にしかいれられない人もいる」とお叱りがあるかもしれませんが、我が家で一番、大事なことは、「値段」でも「利便性」でもなく「子供の目を輝かせられるかどうか」にあるのです。そんな、私たちの目がねにかなったベビールームでも、子供をただ遊ばせるだけで目を輝かせられるのは3時間までと感じています。

さて、そのベビールームの主任先生がおめでたでしばらくお休みされるそうです。「5ヶ月後には復帰します」との言葉を聞いた瑠音先生は、「赤ちゃんはどうするのですか?」「保育園に預けるつもりです」との返答に、「そんなに小さい頃から、保育園に預けっぱなしにしたら、ぼんやりとしてしまいます。ここに連れてきて、一緒に子育てをできるように会社にお願いできないのですか」とおせっかいをやいたようです。会社として、それが可能か、不可能かはわかりませんが、できるなら、よそのお子さんも預かりながら、わが子を育てられたら理想的です。何しろ、お母さんの職場が「子供がいることが当たり前の場なのですから。

自分の仕事だからとはいっても、「よその子供に最高の託児環境」を与えて、わが子は近所の保育園の0歳の部屋でみんなと一緒に寝かし放しで育てることは、何かが違うと感じます。木下式を実践する幼稚園でも、自分の子を預けて、クラスの園児たちを一生懸命、教育する先生に出会ったりすると、木下先生が、「子供は誰が見ているの?」「家で、母が見ています」「それなら、安心だね」といいますが、「保育園です」などと聞くと、「そんなかわいそうなことをせずに、園長先生にお願いして、子供を連れてきて、育てられるようにお願いした方がいい」と言います。お母さんが幼稚園でしている教育以上のことを、残念ながら、保育園でしていただけていると期待はできないからです。

「わが子の教育」をおざなりにして、他人さまの子供だけよく育てようと思うのは無理があります。よその子を一生懸命、教育をするなら、身近なわが子はなお更、しっかり教育しなければと思います。誰より愛するべきは、わが子です。そうして手をかけても、わが子の教育は難しいのです。何しろ、我が両親も、「自分の子供をしっかり教育できないのに、他人さまの教育について語れない」と一生懸命、私たちを教育してくれましたが、私たち子供は、その都度、いろいろな迷惑をかけ、問題を起こしては「よその子供と、自分の子供のどっちが大事なの?」と、その存在をアピールして困らせたものでしたから。
by k-onkan | 2010-11-24 07:34 | 子育て | Comments(0)

継続することが力になる

祝日だったため、午前中は久しぶりに英語のレッスンに出かけました。アメリカ人の先生には小学生のお嬢さんが二人いて公立の小学校に通っています。甥Yの通う学校での出来事を英語で説明したり、日本の政治についてなど英語で話題にしました。学生時代にアメリカに住んでいた頃と比べると、ずいぶん話せなくなったと感じますが、英語は日本語で話すのとはまた違った面白さがあるのです。先生は「日本の学校はみんなを同じにするのが良い先生で、目立つのは悪い先生」と言われましたが、良いところや目立つところを最大限に伸ばそうとするアメリカに比べると日本の教育は、不思議に思われるのかもしれません。

e0143522_2172836.jpg午後は書道の会の懇親会に出席しました。私が子供の頃から細々と所属している淡江社には、その昔、祖母も所属し、雅号をいただくほど熱心に学んでいました。懇親会では祖母を知る方にお目にかかり、祖母を懐かしく思う時間となりました。

実は、最近、祖母の遺品整理で、昔、祖母が練習した朱入りの半紙が山のように出てきまたのです。私よりずっと熱心にお習字の練習をしたことが分かるもので、中には、大先生の直筆のお手本もありました。他に書を学ぶ親戚もいないため、私が譲りうけることになったのですが、勉強不足の私が手にするのは荷が重い貴重なものなのです。忙しいことを理由に五月雨(さみだれ)式に勉強する私ですが、「継続は力」と信じて、細々と続けなければと思うのです。書道もまた、若い頃に初めると、途中、中断したとしても、また、すぐに書けるようになるのだとか。何事も年齢が若いほど身につきやすいのは、共通するのかもしれないと思うのです。
by k-onkan | 2010-11-23 23:07 | 自分のこと | Comments(0)

子供は大人の鑑

今日はさがみ幼稚園の音楽祭視察のため、横浜まで出かけました。おしゃれな園舎で子供たちが音感かるたや「ドレミはみんなの仲良しさん」の発声に取り組んでいました。私が音感教育の視察をする際、必ず、子供たちにいうことがあります。それは、「麻奈先生は音感の先生です。音感の指導法を先生に教えるのが仕事です。だから、先生を注意します。でも、子供の君たちが、「先生が注意されている」と面白がったり、悪い態度をしてはいけません。一生懸命、やることをやってください」。クラスの視察では幼児以上に、先生が注意を受けることが多いことが分かっているからです。

e0143522_12185872.jpg世の中に、先生と呼ばれる人はたくさんいます。しかし、上から命令するだけの先生には、子供は従いません。先生、そして、親も子供以上の技量や知識、尊敬できる点があるから、子供は素直に従うと感じます。こう書きますと、「自分は子供より秀でたところは、何もないから子供と同じ目線でよい」と大人でいることを放棄したようなことを言って努力を避ける大人もいますが、それも違うと感じます。

大人は大人として、子供から尊敬されるべく努力は怠ってはなりませんし、大人になったら「こんな風になりたい」という姿を見せる義務があります。子供は大人のことを映し出す鏡として、子供から学ぶという謙虚な気持ちも失ってはならないと思うのです。大人が謙虚な気持ちを忘れて、子供にだけ努力や進歩を求めると、後で必ず、しっぺ返しをくらいます。そんなことを音感教育を通して教えられたらと思うのです。

その後音楽祭の視察を行ないました。木下先生は子供たちが自分の名前を大きな声で言う具現化能力から、大舞台で独唱できる子どもか否かを聴き分けます。これは、言葉や文章で言い表すことができない木下先生の神業ともいうべき手法で、子供が名前を言うその声と言葉の具現化能力によって、その子がどんな家庭環境で育ってきたか、音楽環境があるのか、兄弟がいるか、他人に預けられて育っているかなど、さまざまなことを声が教えてくれるそうです。

言葉の具現化能力は、その子がそれまでに身につけた言語力、記憶力、音楽性、メンタリティーを表わしているのだそうです。子供たちに名前を言わせ、一人づつメロディーパターンを歌わせると、確かに具現化が良いといわれた子供たちから、一番、よく響き通る声と正しい音程が聞こえてくるのです。こうして子供たちは独唱に選ばれたのですが、本番で自信のある歌声を聞かせるためには、選ばれたことだけに満足するのではなく、教諭も園児も音楽祭に向けて努力が必要であることを忘れないでいただきたいのです。練習は嘘をつかないのですから。
by k-onkan | 2010-11-22 23:19 | 教育 | Comments(0)

玉虫色の中で

11月はじめに「幼稚園も保育園も認定こども園にする」という発言がありましたが、その後、15日で撤回されたことにほっと胸をなでおろしました。幼稚園関係、保育園関係の方は、今後、どうなっていくのか心配でもあり、希望もあるといえます。幼稚園、保育園は、基本の設置目的が違うそうです。幼稚園は学校の一部として教育する場であり、保育所は、農繁期の託児所から始まっているともききます。そのため、管轄省庁も異なり、私たちに理解できない内情がたくさんあるのも事実のようです。

e0143522_74461.jpg一言で「保育園は託児する場所」といっても、その実情は地方によって大きく異なるようです。木下式の実施保育園が多い九州地方は幼稚園より保育園が充実しています。テレビで有名なヨコミネ式も九州の保育園で実践されている教育で、保育園であっても教育ができる土壌があるのかもしれません。

しかし、他の地方では、「保育園は補助を与えられ、子供を預かるため、特別な教育や宗教的なこと特色を打ちだすようなことはだめ」ということもあるそうです。幼保一元化することは、保育園であっても特別な教育や仏教やキリスト教など、それぞれの特色を打ち出すことが可能になるかもしれないですし、幼稚園と保育園の要素を兼ね備えた施設で、それぞれの異なるニーズにこたえつつ、子供に良い環境を与えられるようになるかもしれません。

以前、福岡支部の保育園の園長先生が「子供たちは、朝7時に登園し、遅いと夜8時まで在園する。保育園で三回の食事をする子もいる。家に帰ったらお母さんとはお風呂に入って寝るだけ。子供たちがかわいそうだと思うからこそ、保育園でできる教育を考えなければ」といわれたことがあります。しかし、保育園でこう考えるのは、意識の高い園長先生です。残念ながら、「保育園は教育をする場ではなく、子育ての支援という立場」を守る考えが圧倒的だからです。また、0歳児を預かることが、補助金が高額で有難い」という関係者の声もあるといいます。大事な幼児期です。できれば、保育園にも、子供の安全を守ることにプラスアルファの何かを求めたいと個人的には思うのです。

保育園でも幼稚園でも「長い目でみて、その子のためになる教育を幼児期にしてくだされば、箱はなんでも良いと思います。ただし、長時間、預ける施設があるからといって、親がわが子との関わりを放棄したり、他人任せにするのは心配です。先に発表された幼稚園と保育園で育った子供の学力差は、幼稚園そのものの教育以上に、家庭で子供と関わる環境によるところがとても大きいと思うからです。
by k-onkan | 2010-11-21 07:44 | 教育 | Comments(0)