麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
カテゴリ
全体
木下式音感教育法
しつけ
子育て
教育
お稽古事
親業
音楽
乳児
のぞみクラス
幼児
児童
名誉団員・卒業生
思春期・反抗期
自立について
運動
発達障害
保育園
楽院だより
我が家のこと
自分のこと
以前の記事
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
フォロー中のブログ
蛹の頃~さなぎのころ~
最新のコメント
出演園児のお母様へ ..
by k-onkan at 06:33
一番こわいのは、マナ先生..
by 出演園児の母 at 10:48
昔、近所の顔なじみの飲食..
by k-onkan at 10:32
>「じぃじ」 凄いです..
by ha-i at 01:48
ばら組の保護者さま ..
by k-onkan at 17:06
作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
ブログパーツ
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


<   2011年 04月 ( 30 )   > この月の画像一覧

若い風が運んでくるもの

大阪のAちゃんが大学入学のために、上京してからちょうど1ヶ月が経過しました。楽院からスープのさめない距離にいるのですが、最近、忙しくなかなか顔を合わせる機会がありません。やっと、時間が取れた「保護者代わり」を自任する私は、一般のお母さんがするという「根掘り葉掘り、聞く」というのに挑戦しました。しかし、「他人」というのは有難いものです。どんなにうるさくしても、子供から「ウザいなぁ」と直接、口にされることはないのですから・・・。

e0143522_7214625.jpgある年齢を過ぎた子供は、親もとから離れる経験が必要不可欠であると感じます。自分のことを一番に考え、良い環境を整えてくれる親から離れて、初めて、世の中のしくみや、自分がいかに大事に庇護されてきたのかを知る機会になるからです。思えば、私が単身、渡米したのもAちゃんと同じ18歳の時でした。いろいろな人に「依存心が強いまま、アメリカに出して大丈夫?」と心配されましたが、誰にも頼れなければいやでも、自立しなければなりませんし、自分の依存心を満たそうと思えば、意思を伝える語学を必死になって勉強したものです。何より、親から離れた子供は、間違ったことや愚かなこともしますが、その責任を自分で取ることはイヤでも覚えさせられるのです。

Aちゃんの大学生活はとても充実しているようです。欠席が多いと単位がとれない厳しいドイツ語クラスを取っていることや2ヶ月ある夏休みは教職をとるために大阪に帰ることなどなど・・・。よく外国では、「日本の大学は入学試験をパスするまでがたいへんで、後は遊んでいても卒業できる」と揶揄されたものですが、Aちゃんの大学生活は違っていて安心しました。苦労して東京に出てきた分、「無駄にしない」という気概も感じられます。何より、感心したのは、毎朝、お弁当を作って学校に持っていっていることです。親御さんの協力なく、一人で衣食住を整え学校に行くのは、決して楽なことではないですが、頑張っているようです。

自称「ウザい親代わり」の私は、近くにいるので、困ったことや助けられることがあったら、手を貸したいという気持ちがあります。もちろん、いつも多忙そうにしているので、実際は何もできないのですが、それがまたちょうど良い距離感なのかもしれません。Aちゃんは18歳の私とは正反対で依存心はないタイプで、行きたいところがあれば、どこへでも、一人で出かけていくタイプです。

せっかく保護者同伴だったので、一人ではいかない夜の新宿を案内しました。現在、新宿の大通りは電力消費を抑えるために、以前と比べ、かなり暗くなりました。百貨店や大型カメラ店など、明々と照らしていた看板を控えているからです。そのため、若い女の子を一人で歩かせたい場所ではないのです。けれど、若くない私がついていれば大丈夫と思い、歌舞伎町近くにも足を伸ばしたのです。歌舞伎町は新宿の裏手にある決して美しいない地域です。「若い子をそんな場所につれていかなくても・・・」とお叱りを受けそうですが、新宿区に住みながら、「怖い、危ない」と言われる地域の所在地も知らずに自分の身を守ることもできません。悪いといわれるものだからこそ、大人が教えておきたいと思ったのです。

さて、若く可愛いお嬢さんが新宿を歩くと、「うちのお店で働きませんか?」という勧誘があるそうです。私の年齢になればそんなこともないので、安心して歩いていると、「良いホストがいるのですが・・・」と声をかけられそうになりました。二人で、びっくりするやら、おかしいやらで、足早に通り過ぎました。若い人と一緒にいると私もふだんは決してない面白い体験ができるようです。
by k-onkan | 2011-04-30 23:20 | 名誉団員・卒業生 | Comments(0)

いじめもレッスンかも!?

子供の世界には、美しいもの、正しいものばかりではない、たとえ、悪いことや悪い影響も、生きる上で必要なことかもしれないと書きました。たとえば、学校にいくと、必ず聞くことに「いじめ」があります。子供を育てると、避けて通れないことだと感じます。

わが子を「いじめる側」にも、「いじめられる側」にもさせたくはありませんが、世の中にいじめが存在するのは事実です。「卑怯なこと、してはいけないこと」と教えるためにも、大人は目をそむけてはいけないと思います。最初のきっかけは、軽いいたずらでも、エスカレートをすると、一人の人間をとことん追い詰める最悪な事態にもなりかねません。何も気付かなかったという感性の鈍った人間にならないために、排除するのではなく向き合う必要があると思います。

e0143522_0595581.jpg昨年、甥Yが小学校に入り「イジメ」を経験しました。一つひとつの体験が、Yにとっても、私たち大人にとっても貴重なことでした。いじめられるには必ず、理由があります。長所への妬みもあれば、短所への非難であることもあります。どちらにしろ、子供の世界は、生きる上で不足していることが教えられているのです。Yはこのレッスンで、したたかな強さを身につけつつ、周囲への助けの求め方、自分の身の守り方を身につけつつあります。また、私たち大人も、「現在の小学校の様子」を学ぶ機会となりました。最初にたいへんな思いをしたことで、今後の心構えにもなりました。そんな矢先、クラス替えがあり、Yは「ぼくは展覧会がとても楽しかったです。一年間、たくさんのことを教えてくれてありがとうございます」と先生へメッセージを書いていました。子供は、私たち大人よりずっと柔軟性があるようです。

さて、祝日だったので、東京芸大に通うAちゃんと二人で合格お祝いをしました。Aちゃんはたとえると、「ピアノ界の浅田真央ちゃん」で多くの賞を取る姿に、「自分の子供がAちゃんだったら」とうらやましいと思う親御さんもいたかもしれませんが、実は、幼稚園の頃はとても強く、お母さんが謝罪する機会が多くあったそうです。もし、Aちゃんと私が同じ学年で、クラスだったら、私は、きっとAちゃんからいじめらたに違いありません。いじめっ子は小さい頃に、友達をいじめてて叱られることで、良い子になる機会を与えられ、いじめられっ子は、自分の弱さを克服し身を守る術を覚えさせられているのです。そうして、大人になるから、皆が「遠慮あるつきあい」のできる大人になるのです。けれど、最近、大人なのに、自分の「ストレス」の克服を知らない子供のような成人が増えてきているのですが・・・。
by k-onkan | 2011-04-29 23:55 | 子育て | Comments(0)

いろいろなことが大事

瑠音先生に子供が生まれてから、私は子育てについて、新たに学ぶことが多くあります。一番、痛感するのは、一人の人間をまっとうに育てるためには、「いろいろな人間」や「いろいろな環境」、そして「さまざまな体験」が必要ということでした。そして、それは、正しいこと、良いこと、まっすぐなもの、心地よい環境だけで育ててはならないとも思うようになってきました。

e0143522_10232038.jpg最近、1歳9ヶ月の甥Kは、毎朝、私が「おはようの抱っこは?」と声をかける度に、「イヤン、イヤン」と可愛くない返事で拒絶します。1歳9ヶ月であっても、私が他の大人のように思い通りに動かない相手だとよく知っているのです。同時に、私が甥Kに対して「困ったやつ」だと思っていることも察しているため、顔を見るたび、「イヤン、イヤン」を連発するのでしょう。

こう書くと、私がY贔屓で下のKとは犬猿の仲のように聞こえます。確かに、長子同士なので、Yの気持ちの方が理解しやすいものですが、Kは小さい頃の瑠音先生にそっくりで、憎らしくも可愛い存在です。私が美味しい物を持っていれば、馴れ馴れしく膝の上にあがり、食べもの欲しさに、ほっぺたに自分のほっぺたを摺り寄せて親愛の情を示します。良くも悪くも、「これぞ子供」というのが甥Kです。自分の感情の赴くままなので、将来は、「どんな大物になるか、それとも、悪者か?」と思わせます。

先日、兄甥Yに手伝ってもらって、外までゴミ出しにいくと、その後から、「カ~イちゃんも~」と大きな泣き声が聞こえてきます。兄から見れば、ゴミ出しの手伝いをさせられない「弟が得」なのですが、弟から見ると、「二人で楽しいことをしている」と思っているのでしょう。それぞれの立場が違うと感じ方も正反対です。けれど、この「お互いをうらやましい」と思う気持ちや、「相手のすることをしたい」と思うことなどが、成長する上で大事な過程であり、たとえ、ストレスがあっても、それに出合うことも必要なのだと思います。

世の中には、兄弟が平等でないことをかわいそうだと思っても、生まれた下の子を静かにさせるために食べ物を与え続けて、上の子に心地よい環境を提供をするお母さんもいるようです。しかし、兄弟は、お互いに目の上のたんこぶであったり、ライバルであったりして、切磋琢磨することで、心の成長が促されるのです。子供が「大事」とは言っても、その子が中心になる環境を整えようとしてはいけないのだと思います。私が、Kにとって、「面倒くさい親戚」であることも大事な役目です。何事も受け入れる優しい祖母、得体が知れないけれど自分を猫かわいがりする面白い祖父、喧嘩相手でライバルの兄、優しいセンセ(純子先生)、大好きなお母さん、お父さん以外に、ちょっと、理不尽で、思い通りにいかないので、あまり付き合いたくない私が必要なのです。(つづく)
by k-onkan | 2011-04-28 23:21 | Comments(0)

ジジババっこは三文安い

両親には4人の孫がいます。遠く離れている孫たちもいるため、実質的には瑠音先生の二人の子供たちがジジババの近くで育っていることになります。長男甥のYは合唱練習で木下先生から音楽指導を受けているため、「本当の怖さ」を知っています。そのため、職員室でどんなに親しげに可愛がられていても、いつ叱られるか分からないということを本能的に知っています。

e0143522_12571935.jpgそんな中、傍若無人な様子を見せているのが弟甥のKです。木下先生が食事中につけているテレビのスイッチを突然、パチンと消したり、祖父の膝の上で、その顔をポンポンと叩いたりなど、平気で恐ろしいことをするのです。木下先生も相手が1歳児であるため、「痛いなぁ」「テレビを見せてくれよ」と口調が優しいのです。私たち子供や、上の孫たちの時は、もっと厳しかったはずなのに・・・。皆が怖がるはずの祖父が自分に優しいと知っているKはどんどんエスカレートしていきます。

時に、瑠音先生が、「そんなことはダメよ。ごめんなさいをしなさい?」と教えます。ところが、叱られると素直に謝るより、泣いて怒って逆上するのです。そのため、大したこともない出来事でも散々、叱られてから、頭をペコリと下げることになります。長男にはなかった強さと頑なさが、次男の男のらしく可愛いところ、でも面倒なところでもあります。

「小さい内にダメなことをダメとあきらめられるように」。Kを真剣に叱る瑠音先生の姿を見る老夫婦の表情には、「そこまで可哀相な目にあわせなくても・・・」という顔をしています。「自分の子供のときは、叱ることも平気だったのに、ジジババになると叱れなくなるものだ。やはり、年寄りが子どと接するのはダメになる」という父の姿が父方の祖父の優しい姿と重なります。早くKも音感を学ぶようになって、ジィジのもう一つの顔を見せなければと思います。それまでに、ジジババっ子は三文安いと言われないように育てなくてはなりません。これはたいへんなことです。
by k-onkan | 2011-04-27 12:56 | 幼児 | Comments(0)

お母さんのする通り・・・

「うちの子は、表現力が不足していると思います。同学年の女の子との会話でも、うちの娘だけ、何もしゃべりません。いつおしゃべりが上手になるのでしょう?」。あるお母さんから相談されました。実は、私も子供の頃「麻奈ちゃんは全然、幼稚園で口をきかない」と言われたものです。もちろん、口がきけなかったわけではありません。家でなら、大好きな祖母や大人たちと、年齢以上のおしゃべりができたのですが、外へ行くとどうやって、同じ年の子供と口をきいたらよいか分かりませんでした。なぜなら、当時のまゆみ先生はとても無口だったからです。私が長子ということでよそのお母さんよりずいぶん年齢が若かったということもあって、遠慮がちにしていたものでした。そんな場所で子供だけ、ベラベラしゃべったりはできないものです。

e0143522_11455074.jpg「我が子の表現力が不足している」と悩む、そのお母さんも、決しておしゃべり好きなタイプではありません。母子二人の会話に耳を傾けてみるとよくわかります。「Aちゃん、靴をはいて」「Aちゃん、トイレいったの?」。声はかけますが、Aちゃんが返事をしないまま、いきなり行動に移します。もし、私だったら、「分かったら、ちゃんと返事をしてちょうだい」と、常に声をかけ、返事をすることを習慣にするだろうと思うのです。

我が子に文章力がないと気付いたら、どのように文章を作るかを教えなければなりません。私は試しにその子に「今日のお弁当は何だった?」と聞いてみました。「にんじん・・・・・・・。ごぼう・・・・・・。いんげん・・・・・・。」。答えは、ぽつぽつとしか返ってきません。「それだけ?」「ごはん」「他には?」「ハンバーグ」「やっと、お弁当らしくなったね。そういう時は、今日のお弁当はハンバーグで、野菜はにんじんといんげんとごぼうが入っていたよ」と答えるのよ。言ってごらん」と促すと、「今日のお弁当はハンバーグで野菜はにんじんといんげんとごぼうが入っていたよ」。私が言う通りを復唱することができます。こんなに長い文をスラスラいえるこの子は、単語が覚えられないとか、言葉を発せないわけではないのです。ただ、聞かれたことを、適切に表現する方法を知らされていないだけだと思います。

「言葉は自然に覚えるものではないのですか?」と驚くお母さんに「言葉を自然に覚えるのは、生活の中に言葉が多くあふれているからこそですよ。お母さんが物静かに、一緒にいるだけでは、子供の表現力は豊にはなりません」とお答えしました。幼児期の子供に何か問題があったら、その原因のほとんどは環境や周囲の大人によるものだと思って間違えはないと思います。子どもにだけ、学ばせるのではなく、母子が一緒に学ぶことが大事だと強く思うのです。
by k-onkan | 2011-04-26 11:44 | 幼児 | Comments(0)

心の復旧

大阪の幼稚園の園内研修に招聘されて、日帰りで、西日本へと出かけました。大阪に行く度に、毎回、驚くのがエスカレーターを歩く側が東京と正反対なことです。つい習慣で立ち止まると人とぶつかりそうになってしまいます。同じ日本にあっても、東と西でいろいろなことが違うのだと感じます。

e0143522_1405034.jpgさて、4月25日は、6年前にJR西日本で大きな脱線事故が起きた日です。そのため、大阪では、いろいろな場所で、そのニュースを目にしました。研修先の理事長先生にもその列車に乗り合わせた知人があったそうです。奇跡的に助かったとのことですが、体が元気になった今でも事故の記憶は重くのしかかっているといいます。人間の心は物を修復するようにはいかないのだとつくづく思うのです。

東日本で起きた未曾有の大震災も、短期間で東京から仙台まで、新幹線が復旧したことは、日本の技術を誇るものですが、被害にあった人の心は新幹線のようにはいかないのかもしれません。私たちは、少しずつ、できることをするしかないのだと思う大阪への旅でした。
by k-onkan | 2011-04-25 13:59 | 発達障害 | Comments(0)

いじわる虫にも、天使にも

現在、東京で音楽大学に通っているAちゃんのお母さまから幼稚園時代のエピソードをうかがう機会がありました。それは、「Aちゃんも普通の子供だったのだ」と安心できる話でもありました。「娘の幼稚園時代を思い出すと、音楽祭の華々しい姿を思い出されると思いますが、普段の園生活は、当時の担任I先生と私対娘との戦いでした。入園前は、人見知りが激しく、とてもおとなしかったのに、入園と同時に羽を広げた小悪魔みたいに、自己中心的なわがままを言いたい放題になりました。あまりにもひどいことをすると、担任の先生がきちんと「いじわる虫」を退治してくださった。幼稚園でも叱られる娘は、本当に幸せでした」。

e0143522_627193.jpgこのお母さんは「自分の子供だから」と、猫かわいがりしたり、過剰に守ったりするのではなく、冷静にわが子を観察して、「悪いことは悪い」といえる方でした。「嘘をつく子は自分の子供であっても嫌い。嘘をつく子は出ていきなさい」。お母さんがそう言ったら本当に出ていったというエピソードには、思わず笑ってしまいますが、その強さが、これまでコンクールで勝ち抜いてきたAちゃんの強さなのだとも思えます。

「子供はみんな天使。何でも願いを叶えたい」などと甘い思いによって育てていると、後で大きな失敗がかえってきます。これは、大勢の幼児、児童と接していなければ見えないことですが、子供はミニチュアの大人と同じ人間です。良いこともすれば、悪いこともします。この時に、「自分の子供だから、絶対良い子」と、自分の子供目線だけ物を見たり考えたり、お母さんの所有物のように育ててしまってはなりません。誰が見ても「良いことは良い」「悪いことは悪い」かを冷静に考えられる大人でなければと思います。

自分の夢のために、まっすぐに努力するAちゃんが、子供の頃に「いじわる虫」の時期があったことを知るのは、本当に有難いことです。大人になって立派に活躍するためには、子供の頃に、親や周囲から叱られ、良い方向に導かれることが、正しい成長の上で不可欠であると自信を持っていえるから。そして、楽院で、意地悪虫を退治することに教育的意義があることを皆さんに理解していただけると思うからです。
by k-onkan | 2011-04-24 23:23 | しつけ | Comments(0)

なまはげと先生、どっち?

1年前に入学したYくんは、「発達が通常より遅いと診断されたこと」を心配されたお祖母ちゃまが強く希望して、楽院に通い始めた男の子です。2歳年下の弟くんと体験入学をした時は、どちらが、お兄さんか分からないほどでした。なぜなら、2歳の弟がすることを4歳の兄が真似ることで、活動が成立していたのですから。

e0143522_1918530.jpgところが、音感のレッスンを始めて数ヶ月すると、幼稚園で普通学級の進級が認められました。「音感かるた」という一つの課題を、指導者の指示によって、多方面から理解させる訓練がYくんに頭の使い方を理解させ、日常生活の改善にもつながったようです。幼稚園で関わる先生方からも、Yくんの変化を認められるようになったそうです。もし、「この子は発達が遅いから、仕方ない」と諦めて放置していたら、今でも1年前と変わらない状態であったはずです。

そんなYくんですが、震災による長い春休みの後、レッスンを嫌がって、また、大泣きしながら通うようになってしまいました。子供も長期休暇の後のおつとめは辛いのでししょう。言い聞かせて納得するなら、それも一つの方法ですが、大泣きするワカランチンに言葉の説得は通用しません。気がちがったかの如く泣く声を制止するためには、もっと大きな声を出す必要があります。感情的に泣いている本人には、どんな言葉も耳には入らないからです。

最近、毎日のように誰かを怒鳴る話を書いていますが、怒鳴ったり、怒ったりするのは、実はとてもパワーが必要で、同時に愛情も要します。人は、「どうでもいいこと」に対して、そんなに感情を表せるものではないからです。最近、わが子を叱ることに抵抗を示す親御さんが増えていますが、それだけ、子供に対する愛情が減っているのではと心配になります。愛情さえあって、心を受け止められていれば、どんなに叱っても嫌われないのですから。けれど、どうしても親御さんが叱れないのであれば、楽院の先生を「なまはげ」のように使うというのも一つの方法かもしれません。子供は、たった一つ怖いものが存在すれば、良い子になれるものです。

数ヶ月前、年中のMくんのお母さんから、「楽院では行儀がよくなったのに、幼稚園ではみんなに合わせて、フラフラと他動児のように行動する」という悩みを聞き、「ちゃんとしないと、麻奈先生が幼稚園に見にいくから」と声をかけただけで、どこでも楽院と同じように行動できるようになった話をききました。「悪いことをすると、なまはげがくるぞ」と東北地方の人は言いますが、怖いものが何もない都会の子供たちには、「楽院の先生を呼ぶ」とでも言っておいてください。しかし、本当は、一番怖い存在は、親御さんであることが最良なのだとは思いますが・・・。
by k-onkan | 2011-04-23 19:17 | 幼児 | Comments(0)

断念の芽を育てる理由

何気なく見たテレビ番組で、「60歳の母、29歳の息子に「車」をねだられ悩んでいる」という相談がありました。29歳と言ったら立派な大人だと思いますが、教育界の常識では、最近は、30歳はまだ親に依存している時期であり、互いに共存する親子関係が増えているのだそうです。

e0143522_12422545.jpg「子供にぴしゃりと「ダメ」と言ったらどうか?」。そうアドバイスを送ったのは元野球選手の長島一茂氏でした。「自分も若い頃、ダメな奴で、母親にスポーツカーをねだったことがある。「じゃぁ、業者を呼びなさい」と言われ、自宅でいろいろ説明をされた後、説明を全て聞いた母親が「買いません」とぴしゃりと言い放った。ボクは顔をつぶされたと思ったけれど、母親から「自分で稼いで乗りなさい」と言われて気付いた。その後、野球選手になった最初の年俸で同じ車を買ったけれど、僕のようなだめな奴は「言われないと分からない」。だから、お母さんも息子に「買ってやれない」と言った方がいい」。

長島選手の言うことにも一理ありますが、そのためには、長島選手のお母さんのような信念の通った親でなければなりません。子供に正しい道を知らせるために。よその人の前で恥をかいても、息子が失敗して痛い目にあっても、動じない母でなければならないということです。残念ながら、相談者は、「子供がよそで悪いことをして欲しくないから」と尻拭いをしてしまっています。「車を買ってくれ~」と大声を上げられると、それに負けてしまいます。息子も、母が最後に折れるのを知っているので、いつまでも、しつこくねだるのです。

この番組を見ながら、前の日に、「おけいこをするのか、しないのか」とSちゃんと戦ったことを思い出します。私たち人間には、「したいこと、したくないこと」があります。同時に「しなければならないこと」もあるのですが、「しなければならないこと」と「したいこと」が合致しないこともあります。6歳までに断念の芽を育て、あきらめる時にはあきらめることを教えておく必要性を感じます。

子供の頃に、わが子の喜ぶ顔が見たいからと「欲しい」というものを全て買い与えた子供が大人になると、たとえ「お金がない」と言われても、恫喝してでも手にいれようとしてしまうのかもしれません。相談者の60歳の母親も「息子がよそ様に迷惑をかけたり、犯罪を起さないために、買っているに過ぎない」と述べていました。しかし、よそ様に迷惑をかけるのも厭わないくらいの気持ちがなければ、29歳の息子を更正させるのは無理だろうと感じたのでした。
by k-onkan | 2011-04-22 12:41 | しつけ | Comments(0)

感情を出していいの?

今日は、年長児のSちゃんが補講のために、年少・年中クラスにやってきました。ところが、「週に2回勉強する」ということに抵抗を示し、涙を見せ始めます。年齢の低い子供たちのクラスで、大きな子が涙を見せると、他の子に悪影響を与えます。何とか、涙をとめさせようと私たち大人も必死です。

e0143522_1042529.jpg「お母さんに中に入ってもらえばちゃんと勉強できるの?」「お母さんと話し合いがしたいの」「じゃぁ話し合っていらっしゃい」。私は内心でお母さんが「しっかり頑張ってきなさい」と送り出してくださるのを期待して、ロビーに出しましたが、Sちゃんの「話し合い」は、口もきかずお母さんとにらめっこする状態でした。お母さんも内心、お怒りなのでしょうが、何も言う様子はありません。

「これではいけない」とSちゃんを中に入れて「一所懸命、やりなさい」と厳しい声をかけると、「お母さんと帰る」の一点張りです。「おけいこをやったら、帰れるから、まず、やることをやりなさい」。それでも「帰りたい~」。黄色い声を出し続けます。新入生ならともかく、1年以上、勉強した子供の姿としては、困りものです。これは、思いがけず、震災によって、長い春休みを過ごしたことの二次災害です。集中して取り組むこと、勉強することより、家で、何もしない方が楽だと子供に思わせてしまったのです。いつまでも、ごねる娘に困り果てたお母さんも、外に出ていかれました。

年少・年中クラスを瑠音先生に任せ、私はSちゃんととことん付き合うことにしました。お母さんがいなくなったロビーに一緒に出て「お母さんがいないこと」を確認します。「Sちゃんのお母さんは、ちゃんとやって欲しいと思っているから、帰ったの。だからお勉強をちゃんとして、電話をして迎えに来てもらおう」。「先に電話して~」と黄色い声を出します。「やったら、電話します。やらないうちには電話しません」「電話してからやる」。「やったら電話する」。何度か押し問答をして、発声を始めたのですが、一つの課題が途切れると、「電話して~」と泣き声を出します。「ふだん、やっていることを全部やってちょうだい。まだ、1つしか歌っていない・・・」「電話して~」1分おきに、「電話して」攻撃を発するほど、あきらめが悪いのです。私が負けないと気付いたSちゃんは、今度は「お腹が痛い」「指が痛い」と言い出します。

「病気のときは、勉強せずに済む」と子供はよく知っています。本当にお腹が痛いと可哀相なので、トイレに連れていくと、少し便秘ぎみのようです。お腹を撫でると「触らないで。もっと痛くなるぅ~」と黄色い声をあげます。「お母さんにここにいて欲しい。今すぐにお母さんに電話して。病気ならきっと来てくれるに違いないから」。「病気でもなんでも、やることをやるまで電話はしません」「先生は触らないで~。もっと痛くなるから~」ともっと黄色い声を出します。「早く電話して~。一人だけ遅くに帰るのはいやぁ~。みんなと一緒に勉強したい~」。自分が一緒に勉強をしなかったことなど忘れています。

「いい加減にしなさい。ワガママばかり言っていないで、やることをやって頂戴。あなたの勉強が終わらないと先生たちもお家に帰れないのよ。早くやりなさい」。何度か怒鳴ってはなだめ、なだめては怒鳴りのバトルを繰り返しました。感情をむき出しにして、子供と向き合うことは、たいへん、疲れる作業です。けれど、それをしないと、「楽院の先生には絶対にかなわない」と知らせることができません。それがわかってはじめて、子供は素直に取り組めるのです。Sちゃんも、きちんと取り組めば、とても頭の良い子なのです。

「おりこうになったから、今日から、ピアノを始めよう」と声をかけると、目を輝かせてうなづきます。「上手にできたから、お母さんにも中に入ってもらおうね。きっと、もうお母さんはロビーに来ていると思うから」。私の指示で、真面目に記憶唱やメロディーパターンを弾きながら歌う娘の変貌ぶりにお母さんが驚いています。

「こんなにしていただいて、ありがとうございます」とお母さんは涙を流されます。そして、「頭ごなしに叱ってはいけないかと思っていました」と言われます。確かに、大人同士なら、相手を傷つけないように、湾曲的な言い方やを好むでしょう。声も荒げませんし、感情も見せません。しかし、幼児相手には、まわりくどい言い回しや嫌味のような言い方。穏やかな口調では、本当の意味を理解させられないことが多いのです。「感情を伝えてもいいのですか?」というお母さんに「そうですよ。お母さんにも、いろいろな感情がありますよね。それを全部、我慢して、子供にだけ都合の良い生活を与えていると、後で困るのは、本人ですよ・・・」。ワガママが通らないということを教えておくのは、6歳までが勝負です。

ロビーで私たちの怒鳴り声を聞く保護者の方は、「なんて可哀相な目にあわせるのだろう」と思われることでしょう。大事な我が子が、他人の私に怒鳴りつけられるのですから。でも、その後、ちゃんと、「あなたは賢い。こんなこともできるのだ」という自信をつけさせ、関係を改善してから、お別れしていることをご理解ください。「ダメなことはダメと拒絶するけれど、それを改善するなら、いつでも受け入れる」という姿勢がとても大事であり、人間関係が築かれていきます。ピアノのレッスンをお母さんに見てもらい、レッスンの全てをやり遂げたSちゃんは、私にもニコニコと絵顔をふりまき、かわいく帰っていきました。
by k-onkan | 2011-04-21 23:41 | 幼児 | Comments(0)