麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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勉強も音楽も一緒!!

児童部の子供たちは暗誦が得意です。小さな頃から、数多くの童謡の歌詞を記憶したり、意味が分からなくても、外国語の挨拶や歌詞を覚えたりなどによって培われた記憶力があるため、声に出して読めば何でも記憶できるようです。しかし、そこに、大きな落とし穴があることも忘れてはなりません。

e0143522_13282561.jpg中学受験のために合唱を休み、水曜日にピアノと聴音のレッスンに通っているKちゃんと話したときのことです。「受験勉強はたいへんなの?」と声をかけると、「覚えなければならないことがたくさんあって・・・」と言います。私は「これまで音感で培った能力を使えばなんでも簡単に覚えられるはずなのに」と疑問に思いました。すると「塾の勉強の進み方は速くて、一つひとつ覚えている暇がない・・・」というのです。

小さな頃からおつきあいの子供が困っていると聞くと、放っておけるものではありません。音感教育を通して、それぞれの長所、短所はよくわかっています。少し助言を与えたら受験勉強の手助けもできるはずです。そこで、今、勉強している中で、何に困っているか時間を見つけて調べてみたのです。すると、日本国憲法など、大人でも難しいことをスラスラ暗誦するのですが、紙に書かせてみると、急に戸惑いを見せます。

これは、文章を歌詞のように記憶はしているだけなので、雰囲気を理解しているに過ぎないということでしょう。暗誦したことを書き出し、正しい漢字が書けているか、言葉の意味が理解できたら、もっと、力になるはずです。あともう一歩、踏み込んで勉強して確実な能力にする努力をすれば良いのに・・・。歌やピアノと一緒でツメが甘い! これからは、待ち時間にここで勉強もしていきなさい」と簡単な問題を用意します。

最初は、「え~。ここでも勉強するの?いやだなぁ~」と悲鳴をあげていましたが、私たちに言われると、素直にいうことをきくのが、うちの子供の可愛いところです。結構、嬉しそうに問題にも取り組んでいます。6年生にもなれば親御さんのアドバイスが聞けなくなるお年ごろです。そんな時期だからこそ、家族以外の人に可愛がられたり、目上の助言に耳を傾けられる可愛い子供に育てておくことも大事だと感じています。子供が成長する上で、必要なのは、たくさんの人との関わりの中から、さまざまなことを学ぶことだと思うのです。
by k-onkan | 2011-05-31 13:28 | 児童 | Comments(0)

言い聞かせても無駄!?

年長のクラスに毎回、泣きながらレッスンに来る女の子がいます。お母さんは、生活態度を含め、6歳の女の子としては、問題があると思って楽院に連れられてこられているのだと思いますが、未だに、娘に「ちゃんとやりなさい」の一言を口にできず、毎回、長々と「話し合い」をしたり、「いい聞かせ」をして、駅で大声で泣いたりされながら楽院に通ってきています。私たちは、「言い聞かせ」をやめて、はっきりと「いい加減にしなさい」。母が娘を叱って、「決められたことはする。泣いても逃れられない」ことを教えなければ、泣き続けるだろうと思っています。

e0143522_821253.jpg世間では、「子供に言い聞かせて理解させたい」と思うお母さんが増えていますが、「言い聞かせ」で理解できる賢い子供に育てるためには、その前に、親が子供に嫌われても、世の中のルール「良い・悪い」や「他人の気持ちや心」を理解できる子育てをしておかなければなりません。そのプロセスをなくして、大人のように「言い聞かせでは解決できないのです。何しろ、母は「やって欲しい」と思っていても、娘は、「やりたくない」のですからどこまで行っても、平行線です。

もし、この子が通う教室が楽院でなかったら、親は根負けして、娘の望む通り、おけいこを辞めているでしょう。しかし、楽院は、「どんなに泣いても、連れてきてください」という教室です。連れてきてくだされば、「ちゃんとやりなさい」と叱って、やるべきことをさせるのです。子供も楽院に来たら、「やらないと帰れない。先生は本気だ」と知っているので、始まれば、さっさと泣きやむことが多いのです。

幼児期に子供がしていることで、その子の5年後、10年後を想像できます。幼児期に泣いて自分の思いを通し、自分が嫌なことから逃れた子は、将来、学校や社会に出て、嫌なことがあったら、外に出られなくなるでしょう。大人になって、自分が嫌なことができないのでは、お務めもできません。社会に出て自立した生活ができる娘にしたいか、成人しても、一生、親が面倒見なければならないような子供に育てるか、親は胸に手をあてて、考えなければと思います。

今、この女の子がお母さんと二人だけの時だけ、大声で泣きわめいてお母さんを困らせるのは、お母さんに「一人の大人」として「はっきりした態度」を見せるように求めているのかもしれません。お母さんが泣いたら負けてくれるのか、それとも、何があっても負けないか、お母さんの真意を確かめているのです。子供は賢い生き物です。大人の考えに甘さがあれば、そこをついてきます。子供の賢さを良い方に向けるために、大人は子供よりもっと賢くならなければと思わされるのです。
by k-onkan | 2011-05-30 23:20 | 幼児 | Comments(0)

元気のバロメーター

e0143522_18552643.jpg今年は、いつもより早い入梅、そして、台風の影響で変な天候が続き、体調を崩し易いようです。私のブログの更新もいつも以上に遅れてしまいましたが、また、毎日、更新していきますので、今後ともよろしくお願いします。このブログは、私の健康のバロメーターです。

数年前、「毎日、書くのはたいへん」とこぼした際に、「途中であきらめるのは、それこそ木下式らしくない」とある園長先生からお叱りをいただいきました。健康管理をして、自分に負けずに頑張らなければと思った休日でした。
by k-onkan | 2011-05-29 18:54 | 自分のこと | Comments(0)

ただ感謝のみ

e0143522_1613455.jpg仙台から通う楽院児、Sちゃんが、震災後、初めて、楽院に顔を出すことができました。久しぶりに会う友達に、子供たちも嬉しそうでした。平素、合唱練習の際に、「行儀が悪い」と叱られることが多かったSちゃんが、「早く、楽院に通いたい」というほど、震災による非日常は苦労が多かったようです。ライフラインが整わず、余震の恐怖は、小学生の子には、大きな負担であったことでしょう。まだ、震災によって引き起こされた不便なことは続いてはいますが、東京に通えるようになったことに感謝したいと思ったSちゃんの上京だったのです。
by k-onkan | 2011-05-28 23:55 | 児童 | Comments(0)

目を見て話を聞ける子に

年少クラスの幼児たちの音感授業が開始して、2ヶ月。やっと集団授業に馴染んできたところです。集団に慣れるのは良いことなのですが、緊張感がなくなる頃でもあります。そのためでしょう。少し疲れると、稲穂のように頭を下げて話を聞かなくなってしまいます。しかし、これから、いろいろなことを学び経験していく子供たちには、一日もはやく、人の目を見て、話が聞ける子にしなければと思っています。

e0143522_131744100.jpg特に、楽院は幼稚園と違って、レッスンは週に1度、2時間弱しかありません。この限られた時間の中で、最大限の効果を発揮するためには、稲穂のようになった幼児に対しても、大人があきらめずに声をかけるしかありません。幼児が驚いて、こちらを向くような大きな声を出してみたり、その声を小さくしたり、面白いことを言ったり、一緒にふざけたりして、幼児たちの意識がこちらにむくように頑張ります。それは、さながら、芸人さんの如し・・・。幼児教育関係者が一般の人と比べて、年齢より若く見られるのは、大の大人が幼児相手に、本気で大きな声を張り上げているからかもしれません。これほど童心に帰れる仕事は他にはないからかもしれません。
by k-onkan | 2011-05-27 13:14 | 教育 | Comments(0)

学ぶことは生きること

幼保一元化は、直接、関係ない事に見えていましたが、最近、そうでもないことを痛感しています。それは、保育園で乳児期を過ごした子供たちが、楽院にも増えてきたことかもしれません。昔と比べて、多くの子供たちが保育園に預けられる環境になったことは、それぞれの家庭の事情で致し方ないことではありますが、子供が自分一人で何もできない赤ん坊の時期は、大人と1対1で向き合うことから学ぶことがとても貴重であると痛感しています。

e0143522_1505498.jpgこう書くと、早期に知的な勉強をさせることを薦めていると誤解されたり、働いている親の都合があると叱られたりしそうですが、そんな難しいことを求めているのではありません。ほんの少し、何かの合間に、お母さんが赤ちゃんと目を合わせて、話しかけたり、幸せそうな声をあげたり、楽しく歌ったり、手遊びをしたりをして、赤ちゃんの成長を観察したり、喜んだり、気付いたり、関心を持って欲しいのです。これは、どんなに仕事に忙しいお母さまにも、我が子との信頼関係や愛情を確認するために必要であることです。子供を育てるということは、ただ、衣食住を整えただけでは成立しません。教えること、しつけること、そして、愛することは不可欠なのです。

音感教育を通して、20年以上、幼児の成長を見てきましたが、年々、子供たちの能力低下を感じています。これは、知的能力を論じているのではありません。少々、乱暴な言い方をすると、知的能力は訓練や教育の仕方でいかようにでもなるものです。しかし、歩いたり走ったりする運動能力や、発音や語彙などを含める言語能力、自分の気持ちを伝えたり、相手の気持ちを察するコミュニケーション能力など、人間として生きる上で必要な能力は幼児期にどのように育てられたかが長く影響していきます。保育園を全否定するわけにはいきませんが、乳児期を大勢の中の一人として世話をされた子供と、お母さんによって手をかけられて育った子供と同等の能力を身につけさせることは難しいのです。

4月から楽院に通っているSちゃんは、年中の女の子です。3歳からピアノのおけいこを始め、お母さんも一生懸命、練習に向き合ったそうですが、Sちゃんの拒絶反応が強く親子関係に影響を及ぼしそうになり、音楽の基礎を教える楽院を見つけられたのです。お母さんは3歳からピアノを習ったので、我が子にも同じことをさせようという希望があったはずです。自分の親がしてくれたことを我が子にするのが子育ての基本です。しかし、一つだけ違うことがありました。それは、お母さんは家庭で育てられ、Sちゃんは1歳から保育園で育っていることなのです。お母さんが3歳でできたことを、今のSちゃんにできるようにさせるためには、お母さんがお祖母ちゃまにしていただいたことを、これから、長い時間をかけて大人が与える必要があるといえます。

現在、Sちゃんは、仕事を終えたお母様が保育園に迎えにいって、それから、夜間に一人でレッスンをしています。他のお子さんと一緒に集団授業に入れると、涙が止まらなくなってしまい、シッターさんには、お願いして、通うのは時期尚早といえます。Sちゃんが、自分に自信を持って、「お友達と一緒のクラスになりたい」というまで、個人レッスンをしていこううと思っています。大人が手をかけて、集団レッスンを乗りきる実力を与え、自信を持って一人立ちさせなければ、周囲に馴染めないものです。

1時間弱のレッスンとはいえ、保育園が終わってから電車に乗って通うのは、年中のSちゃんにとって、たいへん疲れることでしょう。しかし、私たちから一瞬たりとも目をそらさずに一生懸命、口の形を凝視する様子は、1歳の子が大人の口の動きを見て必死に母語を覚える様子と共通するものがあります。学ぶことが生きる知恵となることを、本能で感じているのかもしれません。
by k-onkan | 2011-05-26 22:59 | 子育て | Comments(0)

失敗しないために

最近、私が定期的にのぞくサイトがあります。それは、家庭教育再生機構の保護者掲示板です。これまで2000組以上の問題を抱える親子関係を解決に導いた長田百合子先生に我が子を預ける保護者が自分の子育てを反省するサイトのようです。幼児期にどのように、我が子をダメにしたか、真正面から向き合って正直な気持ちが書き込まれています。自分の間違いを認めるのは、大人にとっても、つらいことですが、これは、更正した後、再び、親の過保護や過干渉、過剰な期待によって、子供を同じ過ちに引き戻さないための長田流・親の再教育なのかもしれないと感じています。

長田先生といえば、10年ほど前、テレビのドキュメンタリー番組などで、自らひきこもり少年がいる家庭に出向き、バイタリティー溢れる姿と名古屋弁で親を叱りつけ、子供に背水の陣をしかせ、閉じこもった部屋から引き出し更正を誓わせることで有名になった先生です。テレビを見て私も木下先生もすぐにファンになりました。小さな体の女性が、果敢に不良少年に立ち向かう。実践を通した確信がなければできないからです。テレビでは必ず、ひきこもり少年が降参して寮に入ることを承諾するのですが、現実はテレビで見るほど容易ではないことを、昨年、対談させていただいた時に聞かせていただきました。

親は子供の恥を隠したがるものです。他人の長田先生に助けを求めるということは、親も相当の覚悟を迫られるほど、切羽詰った状態ということです。少年たちは共通して、誰のいうことも耳を傾けない状態です。世の中に尊敬できる大人もいない。夢や希望もない。自分の部屋という小さな世界で、三度の食事をして、欲しいものを求め、したいことだけをして、それが間違っていても諌める大人もいない。親は子供を愛しているはずなのに、暴力をふるう子供が怖くて近づけず、ただ言いなりになる。そんな少年に立ち向かう長田先生のバイタリティーに抵抗を感じる人も多いかもしれませんが、問題を抱える少年を助けるためには、無関係な人間がどう思うかなど頓着しない強さが先生にはあるのです。

無気力な少年や、暴君となった少年を更正させるには、相手に、「なにくそ!まっとうな人間になってやる」と挑戦させなければなりません。それゆえに、先生の口からは罵倒や挑発の言葉が飛び出します。自分が食うか、食われるかの真剣勝負に、女性特有の品の良い丁寧な言葉や穏やかな口調では効果がないからでしょう。長田先生は、教育の世界でもっとも嫌われる時期の子供たちと向き合っています。荒れた子供と付き合うのは、お腹を痛めた親族であっても嫌なものです。他人の苦しみを肩代わりして教育を実践できる人は本物だと感じます。しかし、子供を更正させるか否かは、最後は親にかかっています。なぜなら、原因を作ったのは親であるからです。

この掲示板がのぞくことは、私たちには勉強になることばかりです。子供の頃に手をかけて教育したのは、全て、自立するためにと音感教育を与えられた私には、驚くことばかりです。子供の成績や表面的な結果だけを求める親御さんの心。その場を解決するだけの芯のない子育て。勉強だけすれば過剰な甘やかしもした。そんな反省文には、必ず、子供に申し訳ないことをした。自分に感謝の気持ちが足りていなかった。父親を大事にしなかった」と書かれています。「うちの子は、まだ小さいから」「ひきこもりじゃないから」といわずに、子供を持つ全てのお母さんに、同じ過ちをしないために、目を向けていただきたいサイトなのです。

http://www.mental-care.org/cgi-bin/bbs/b_oya/joyful.cgi
by k-onkan | 2011-05-25 22:53 | 子育て | Comments(0)

タイガーマザーに思うー2ー

エイミー・チュア女史の『タイガーマザー』を読んで、私は、第二子の教育についての大きなヒントをいただいたと感じます。私は子供の頃から、自分より弟妹の方が才能にあふれていると肌で感じていました。しかし、大人たちは、最初に生まれた子に一番、手をかける上に、良くも悪くも長子は大人に従順であるため、結果的に、兄弟の中で一番優秀に育つのが長子だと判断されたりします。しかし、第二子・第三子の頑固さが矯正でき、彼らの能力を最大限に引き出すことさえできたら、本来、長子よりも良い結果を出すのは、才能豊な下の子であると感じます。

e0143522_1846363.jpg下の子は運動も、音楽も、上の子より早い時期から素晴らしい才能を発揮して見せます。何事も、上の子が挑戦して、失敗したり成功したりとお手本を見せることで、簡単にできるようになるのです。それだけ、感覚や感性が優れているのかもしれません。しかし、せっかくの才能も、逆上したり、苦手なことに対して、怒りを爆発させて逃げ出す甘さが下の子にはあります。また、他人のルールや方法が受け入れられない不器用さもあります。こうした欠点を克服させるためには、第二子に対しても、幼児期に大人があきらめずに手をかける必要性を感じるのです。

弟甥Kも、運動や音楽面で兄Y以上の感覚と才能を垣間見せています。Yが小さかった頃にできなかったこともKは簡単にやり遂げ、キラリと光る能力があるのです。しかし、能力を発揮できるか否かはKの気分次第です。これまで、瑠音先生はYの幼児期の教育を通して、子供の能力は親の努力次第と信じてきました。大人が時間をかけて努力さえすれば、第一子のYはたいていのことを素直に吸収できました。しかし、Kの出現によって、「大人の努力だけではどうにもならない」ことを教えられています。Yで効果をあげたアプローチがKには通用しないのです。

Yは、小さい頃から、「恥をかくこと」を何より嫌ったため、「恥ずかしい目にあわないため」の努力をすることができました。しかし、Kは怖いもの知らずで何事にも恐れがないので、「失敗しないための努力」は、Kの辞書にはありません。Kが望むのは、「ワクワクドキドキすること」です。「これができるとニィニみたいで、格好いい」。「1歳なのに、そんなことが分かるの?」などなど、褒め言葉や快感によってKは突き動かされます。Yがマイナスをモチベーションにするなら、Kはプラスを求めているのかもしれません。正反対の二人の甥ですが、それでも、一つだけ共通して教えなければならないことがあります。それは、決して「あきらめずに最後まで取り組ませる」ということです。

タイガーマザーの中に、こんなエピソードがあるのです。それは、次女のルルが7歳の時、難しいピアノ曲に挑戦した時のことです。1週間、片手ずつ練習したのですが、いざ両手で弾くと右手が左手に、左手が右手につられてうまく弾けるようになりません。レッスン前日、「もうこの曲は弾けない」と宣言した次女は、母親を殴ったり蹴ったり、楽譜を引き裂きます。母も負けてはいません。娘の大事なドールハウスを取り上げて「救世軍に寄付する」と脅すのです。しかし、娘は憎まれ口をきき練習しようとはしません。

「これから、食事もクリスマスのプレゼントもなし。誕生パーティは3年でも4年でも、一切、やらない」と脅して練習を続けさせるのですが、どうしてもうまくなりません。母は、「弾けるようにならないことが恐いのでしょう。だから、大声でわめいて真面目に練習しないのでしょう」と叱り、ありとあらゆる言葉を尽くして娘を罵倒するのです。激しいバトルに、父親が、「ルルを侮辱するのは止めろ。脅迫は何の助けにもならない。きっとこの子は本当に弾ける能力がないのだ」と口を出します。母親は、「侮辱などしていない。やる気を出させようとしているだけ。あなたこそ、ルルの能力を過小評価している。姉が7歳の時に弾けたものを、この子が弾けないわけがない」と言い返します。

「私は嫌われ者でいい。あなたは、子供にパンケーキを作ったりヤンキーズの試合に連れて行ったりする優しい父親でいればいい」。母はさらに厳しいレッスンを続けます。家庭は戦場のように殺伐とし、怒鳴りすぎて声も出なくなります。しかし、ある日、突然、ルルがその曲を弾けるようになるのです。すると、大喜びで何度も繰り返し、今度はピアノから離れようとしなくなったのです。その晩、彼女は母親のベッドで寝て、母子の関係は修復されました。チュア女史の信条は、親として一番してはいけないことは、「子どもに諦めることを許してしまうこと。できないことを、できるようにすることほど、子どもの自信につながることはない」。チュア女史の中国式に較べれば、木下式はずっと甘いと思いますが、子供の能力を信じたら諦めないという点では、木下式は西洋式でなく中国式に近いものがあるのかもしれません。
by k-onkan | 2011-05-24 18:45 | 子育て | Comments(0)

タイガーマザーに思う

今年の初め、アメリカでは「タイガーマザー"Battle Hymn of the Tiger Mother"」という本がベストセラーになりました。イエール大学法科大学院で先生をするエミイ・チュア女史の「中国流子育て」によって二人の娘を育てあげるエピソードが書かれているのです。「たとえ、子供が嫌がっても親の判断によって強制して何かに取り組ませる」いうのは、「子供の意志に任せ、子供の自尊心を傷つけないこと」を重要視する西洋式子育てとは、両極にあります。そのため、本が出版されると、大変な話題になったのです。私もすぐに、原語で出版された本を取り寄せたのです。しかし、なかなか、読み進める時間がなく、数日前、やっと、読み終わったところなのです。

e0143522_16373178.jpgこの本を読んで一番、感心したこと、それはチュア女史のバイタリティーでした。名門大学の先生をしながら、二人の娘のピアノのレッスン、バイオリンのレッスンにつきあい、その合間に論文を書き仕事をこなす。他人からどんなに「教育ママ」とか「鬼親」と非難されても、全身でそれを受け止め、「憎まれ役」に徹する強さも中国式によるものかと驚くばかりです。それを自由の国「アメリカ」で貫き通すことも、相当の意志を感じます。

教育ママを持つ子供もたいへんですが、「教育ママ」自身にも相当きつい仕事です。泣きわめいたり、反抗したりする子供を、長時間、脅したりなだめすかしたりして楽器の練習に付き合うことと比べたら、西洋方式で「子供の意志を尊重」して、子どもが望むことだけをさせて嫌われない子育てはどれだけ楽か分かりません。さまざまなエピソードを通して、チュア女史は、西洋式に容赦ない疑問を投げかけてきます。「西洋式で自由に育てられた子供は、果たして大人になって成功しているか?幸せになっているか?」と。

アメリカの一流大学でトップを占める人種は、中国系、韓国系、インド系がほとんどで、白人はほぼいないと断言します。離婚率が高く、年老いた親が病気になっても、子供が連絡しないのが当たり前、親は老人ホームでさびしく年老いていく。これが、西洋式の結果であると真っ向から否定します。中国式子育ては、子供たちに過大な期待をしますが、親は親で、子どものために最大限の努力をします。娘の誕生日といえば、1ヶ月前からパーティの計画をたて、家をかざり、親戚や友人に招待状を書いて、サプライズプレゼントを用意する。ジュリアードで教える先生から、娘の実力が認められれば、毎週4時間でも、車を運転してニューヨークまでレッスンに通い、年金を解約してでも、良い楽器を買い与えようとする。子供の能力を引き出すための努力を惜しまない等など。

こうした中国式子育てによって、二人の娘の音楽的才能を開花させたチュア女史ですが、本の後半に衝撃的な出来事が起きるのです。それは、女史とよく似た性格の二番目の娘の反乱です。親の言うことを素直に聞いて育った長女と較べ、抜群の音楽的センスと素晴らしい才能を持ちながら、はっきりとした意思によって、「今日から自分のやりたいことをする。今のやりたいことは、テニス。バイオリンは辞めないけれど、練習は一日30分。ジュリアードの先生のレッスンも学校のオーケストラも辞める」と宣言するのです。

チュア女史は、「自分の子育てが間違っていたのか?」「子供のために選んだ道を間違ったのか。バイオリンではなく、テニスをさせておくべきだったのか?」と思い悩みます。次女は持ち前の努力によって、テニスの世界でも、強くなってきます。すると、母が娘に助言を与えようとするのです。すると、「ママ、テニス、私がやるのであって、ママじゃない。ママが口出しをして、バイオリンと同じように、ダメにしないで」とピシャリと拒絶されてしまいます。

とは言っても、二人ともが、小さい頃から厳しく強制されて勉強や楽器をさせてくれた中国式の子育てに感謝しているといいます。娘たちが自身の経験を通して、「子供の頃は中国式。大きくなったら、西洋式がいい」という結論に達しているようにも見えます。本はそこで終わりですが、このストーリーはまだ続きそうです。なぜなら、この娘さんたちは、まだ10代であり、お姉さんが大学1年生になったばかりだからです。今後、どんな未来があるか分かりませんが、一つだけ、いえることがあります。それは、親が苦労して幼少期に教えたことは、この先、二人が何をするにしても心の基本となり、強さとなって役立つであろうということです。
by k-onkan | 2011-05-23 16:37 | 子育て | Comments(0)

S家の子供たち

18歳になる卒業生の5人のお母様方とランチをしたのは、1週間ほど前のことです。その中で、3人の子育てをされているSさんの話が印象的だったので、書いておきたいと思いました。現在、高校3年生になる長男、Kくんは高校のブラスバンド部に在籍して、音楽を楽しんでいるようです。長女のMちゃんは高校1年、アイススケートを頑張っているそうです。生まれて初めてMちゃんが自分から「やりたい」と希望したのが、この競技なのだとか。Mちゃんの真面目さと努力があれば、いつか、良い結果を出すのではないかとひそかに楽しみにしています。現在の3人の写真を見せていただきましたが、一番、分からないのが、中学3年のNくんです。体格の良いスポーツ少年になっていて、町で通り過ぎても絶対に分からないと思います。

e0143522_1345355.jpg長男Kくんは小さい頃から優等生タイプで他の子が叱られただけで震え上がるような気弱なところがあり、とても長子らしい子供でした。授業というと、お母さんの足に隠れ、「麻奈先生が怖い」と涙ぐんでは教室に入るのを拒んでいましたが、その姿は4年生のオペラの際、「王子役が上手にできるように」と舞台袖で神様にお祈りをした姿と重なります。

2歳下のMちゃんは真面目な努力家で、常にKくんに追いつこうと頑張っていました。しかし、音楽はお兄さんの方が得意であったため、兄と比べられて悔しい思いをすることも多々あったでしょう。それでも、兄を尊敬しつつ、一つ下の弟のことを心配そうに見守る女の子らしい姿は好感が持てました。もちろん、女の子には特有のキツさもあったでしょうが、楽院の私たちには一切、不快な姿を見せない賢さもありました。

兄弟の中で一番、大物に見えたのが末っ子のNくんです。2歳の頃からなんでも兄姉と同じことに果敢に挑戦する姿がとても可愛かったのです。その上、丸刈り頭が小坊主のようで、木下先生にチンネンと呼ばれ可愛がられていました。兄のKくんが卒業した後は、Kくんの残した足跡をたどろうとする姿に兄に対するライバル心を垣間見た気がしました。しかし、叱られても滅多に泣かず、反抗もせずにサラリと受け流せるNくんの姿に、兄姉とは違う芯の強さを感じていました。

気弱な長男Kくんが5年生になった頃でしょうか。同じ年頃の男児が集団で反抗するようになり、オペラ練習がとてもたいへんだったことを思い出します。優等生タイプのKくんでさえ、集団なら木下先生に歯向かうことができるのですから、反抗期は大人になるために誰もに必要な階段であることが分かります。ご両親にとって、3人の子育ては、楽しいことも3倍だったとおもいますが、難しい時期の苦労はそれ以上だったと想像できます。

男の子を育てるお母さんには、女の子が思春期にどれだけ難しくなるかは想像できないでしょう。女の子を育てるお母さんには、幼児期の男児の異星人ぶりは理解できないはずです。一人っ子のお母さんは、兄弟がいることで起きる「親の愛情と物の取り合い」がどれほど熾烈かは想定外だろうと思います。Sさんは3人の男女の子育てを通して、その全てを経験されたベテラン中のベテランです。その上、子供たちは、小学校が私立と公立という異なる環境を経験したことで、更にお母さんの実体験の幅は広がったであろうと思います。

Sさんのお子さんに限らず、子供はある年齢から親の言うことを全くきかなくなります。だからこそ、素直な幼児期に親が教えられることは、教えておかなければと思うのです。「叱るところは、みんな、木下先生にやっていただいたから、私は叱らずに済みました」と謙遜されるSさんですが、「警察のお世話にならず、他人に迷惑をかけなければ、後はそれぞれの良い面を発揮して、頑張ってくれるのが一番」と言われるのは、3人の子供が納得する「S家の教え(ルール)」があり、子供たちが、普通に育っている証です。最終的に、子供は親が育てたように育つものです。それぞれの個性や性格は違っても、S家の子供たちは、みなS家の子供らしく育っているなぁと感じたのでした。
by k-onkan | 2011-05-22 13:03 | 名誉団員・卒業生 | Comments(3)