麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
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幼児だからこそ教えたいこと

5日間の特別クラスにおいて、平素、目立たないようにする1年生のGくんが造形の時間に驚くほど素敵な作品を作り上げ、木下先生をはじめ、皆でその素晴らしさに感嘆の声をあげました。Gくんはとても嬉しそうな表情を見せていたので、これが今後、音楽面や日常において自信になることを期待しています。学校の勉強以外の芸術や運動を行う機会を与えることは、平素と異なる価値観で子供の長所を見出す機会となります。これが特別クラスを開催する目的なのです。

e0143522_0184848.jpgさまざまな課外授業を経験させ、いろいろと考えさせられることが多くありました。そして、一番つよく感じたことは、感覚を求めるお稽古ごとは、やはり早期にこそ開始しなければ才能は花開かないということでした。たとえば、造形や書道、絵画など、身体を動かしながら自分の心を表現するものは、高学年の子供より、幼児にキラリと光るものがありました。上級生には内から湧き上がるものを自然に表現したり、先生の真似をすることが難しくなってしまうようなのです。大きくなると、固定概念もでき、「人より上手にやらなければ恥ずかしい」など、いろいろな感情もあり、それが想像力や独創性を失わせてしまうのかもしれません。また、やはり感覚的な鋭さが失われているようです。造形も書道も、初めて挑戦した幼児と上級生を比べると、幼児の方が力強く良い作品ができあがったことからも分かるのです。

反対に、幼児期に与えるのは早過ぎると感じるお稽古もありました。それは「英会話」です。「マイネーミズ ○子」という自己紹介のフレーズを「マヨネーズ・〇子」と幼児が言って可愛かった話は書きましたが、やはり、耳で単語を聞いて、その意味や発音が受け止められない内に、フレーズを真似させて、言えるようになったとしても、それは何の意味もないのです。闇雲に母語と並行して、外国語を教えて混乱させるより、幼児期は、一つでも多く日本語の単語とフレーズを覚え、自分の意思を表現できる国語力を身につけることが大事だと思います。外国語を学んで痛感するのは、どんなに外国語が上達しても、それが国語力を上まわる能力になることはありません。

やはり、幼児期は母語を重点的に覚えるべきと確信を持ちました。英会話の時間、2歳の甥Kの癇癪が爆発しました。想像ですが、「やっと、日本語が少し分かり始めたのに、みんなで違う言葉で話して何を言っているか、分からないじゃないか」と言っているように見えました。幼児が言葉を覚えるのは、生きるために必要なツールであり、それがわからないのはとても不安なことなのだと思います。そのまま、不機嫌そうに心を閉ざして眠ってしまいました。

世の中には、「英語の発音ができなくならないように」と早期から、英語の発音を教えようとする教育が存在するのも事実です。しかし、幼児期に聴覚を鍛える訓練さえしてあれば、日本語を身につけてから学んでも語学はきちんと上達すると断言できます。ただし、幼児たちの英会話体験は、「英語を使うお買い物ごっこ」によって、「いつか、外国の人と話せるようになりたい」という夢を持ったという点においては、意義があったと思っています。

特別クラスが終わり、合気道を教えてくださった高島先生に子供たちのお手紙をお渡ししました。すると、木下先生をはじめ、楽院のスタッフである私たちが、子供たちの手をとってでも、集中するように仕向ける姿勢にとても考えさせられたとのメールをいただきました。平素、幼児教育を行う私たちは、できない幼児を放っておくことはありません。感性が一番、鋭い幼児期だからこそ、少しでも早く正しいことを教え身につけさせたいと思うのです。そのため、皆が一緒に活動する際、目立ってできない子供を見つければ、私たちは、後ろから手を持ち補助をしますし、左右が反対になっていれば、そのことに気づくように、手や足にツンツンと触れて、子供が自ら直すように仕向けます。私たちにとって、これは、普段、音感教育を施す通りの指導なのですが、高島先生を驚かしたのは、この姿勢かもしれません。

実は、最終日に手伝いに来た二人の名誉団員も、無意識に私たちと同じことをしていました。子供たちは幼児も児童も4日間を通して覚えたお遊戯がお気に入りで、水族館に出かける前と後も踊っていました。その時、幼児の中で一人、行動の遅い子がいたのですが、優子先生もEちゃんも、気付くとその子の手を取り、正しいリズムとタイミングで身体を動かせるよう身体に知らせていました。ただ放っておかれるより、手をとり足をとり教えられた後の方が、踊れるようになっていきました。二人の卒業生がいとも自然にそれをするのは、彼らもまた、子供の頃、できないことがあると、私たちに手を添え教えられたこと、また、「教えるとはこうあるべきなのだ」と大人になってからも、見せられてきたからといえます。

子供の自主性を尊重して、自分から活動させるのは、はっきりと自分の意思を持つ年齢になってからで遅くないと思います。素直に何事も吸収できる幼児には、時に正しい方向へ意図的に導くことも大事であると感じます。やがて、どんなに大人が言っても、正しい方を向かない時がやってくるのです。せめて、素直に大人の言うことを聞ける間には正しい方法を教えておきたいと思うのです。
by k-onkan | 2011-07-31 23:59 | お稽古事 | Comments(0)

いなくなると寂しい?―お泊り保育5日目―

子供たちは、お泊りの終わりが見えてきた昨日から、「明日は帰るんだ!」と帰宅を楽しみにしはじめました。しかし、期日がくれば無条件で帰れると思わせたくない私は、「明日、帰れるのはお泊りでおりこうになった人だけよ」と声をかけます。すると年長のYくんが、「ボクはお遊戯ができないから、帰れないなぁ・・・」と心配します。その言葉があまりに健気で、不憫だったので、「Yくんのお遊戯は、最初に比べたらずいぶん上手になったから、ふざけなければ帰れると思うわよ」と慰めました。

e0143522_15441359.jpg朝は、6時半に起床。雨があがった直後、3人だけのマラソン大会をしました。それぞれの子供には付き添いをつけます。私は写真撮影も担当したので、自転車で先頭の子に付き添い、甥Yは2番目の子を担当しました。何が起こるか分からないので、最後尾の子には純子先生がつきました。

「ヨーイ、ドン」のかけ声で飛び出したのは、「お父さんより、お母さんより何より馬が好き」というSちゃんです。その後を年中のS子ちゃんが追いかけます。S子ちゃんは、決して運動が得意な子ではないのですが、Yの「がんばれ。S子ちゃん。抜け!」との励ましによって、必死で先頭に追いつこうとします。結果は、Sちゃんが13分38秒、S子ちゃんが、13分52秒、皆より身体小さいYくんは、16分41秒でした。3人ともとても頑張りました。

さて、今回のお泊り保育の影の功労者は甥のYです。幼児たちが寂しくないように、我が家に一緒に泊まり、みんなのお兄さん役を果たしました。家に帰れば、暗誦班長であり、お遊戯班長であり、生活班長です。もちろん、合気道や英語の復習もしてくれました。Yが居て助かったことは、ちょっとした時間に、子供の相手をしてくれるため、私たちに身支度をする余裕を与えてくれました。

最後の日は、大きな荷物がたくさんあったため、タクシーで楽院へ移動をしました。時間の余裕を見つけ、最後の発声練習をしながら、お母様たちのお迎えを待ちました。いよいよ、お帰りの時間です。子供たちは、5日間、身につけた全てのことを披露しました。まず最初は点呼です。Yが、「お泊り班、整列」と声をかけると子供たちが、並んで前習いをします。その後、「番号1、2、3、4、お泊り以上ありません」と全員の無事を確認しあいます。

その後は、お遊戯、合気道、英語の自己紹介など、この4日に身につけた全てを披露していきます。もちろん暗誦もしました。暗誦班長は、幼児にも夏目漱石の「我輩は猫である」の暗誦を教えました。4歳から6歳までの幼児は、「吾輩は猫である。名前はまだ無い。どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めて人間というものを見た。しかもあとで聞くとそれは書生という人間中で一番獰悪な種族であったそうだ」とここまでを確実に記憶しています。

お母さまたちの前で、一人ひとり全員、暗誦して見せると、とても驚かれました。どんな子供でも、繰り返し、同じことを継続して練習すれば、大人には難しいことも容易であるのが幼児の底力というものです。この時期に「本人の意思を尊重する」という美辞麗句によって、頭の使い方を教えないのは罪なことだと思えます。

最後はもちろん、5日間、頑張った音感の成果、斉唱や独唱を披露しました。「音楽会の時よりも上手になっている」とYくんのおばあちゃまは喜んでくださいました。最後に、マラソン大会のご褒美を手渡して解散しました。子供たちは別れ難いのか、お互いに離れようとしません。せっかく迎えに来てくださった親御さんに申し訳なくなるほどで、「早く、帰ってあげなさい」と声をかけるほどでした。

帰り際、年長のSちゃんのお母さまが、「うちの子供は本当にみなさんと一緒に同じことを全てできたのでしょうか」と驚いて帰られました。何でも、幼稚園では、「友達とも遊ばない」「何もしない」のが当たり前のようです。楽院は、子供たちの自由を尊重する類の教室ではありません。お遊戯でも、暗誦でも、合気道でも、ゲームでも、遊びでも、何でも皆一緒に行います。

楽院の生徒の中には、一人でも「自分はやりたくない」という生徒はいません。小さな頃から、「楽院でそんなことを言っても、先生が聞き入れない」ことを知っているためです。また、最初は苦手で嫌だと思ったことも、皆と一緒に繰り返し、何度も練習していれば、最後は必ずできるようになるものです。もし、Sちゃんが幼稚園で皆と同じことができないとしたら、隠れて、家庭で練習する必要があるのかもしれません。何事も一度で覚え、皆と一緒のことができるようにならないから、取り組んでないに過ぎないかもしれませんから。

さて、今回、絵画や書道、合気道など、いろいろなことをしましたが、何事も年齢が低いほど、素直に吸収できると感じました。年齢が幼ないほど、真似をするのが得意だからです。ただ、人によって、真似ができるために要する時間が違うので、幼児に教えるのは難しいのです。これさえ分かれば、年齢が大きな子供に指導するより、素直に学ぶ幼児のうちに教えることがどれだけ、楽であるかが分かるはずですだからこそ、。この時期に、感性を磨くための教育、ルールを教える教育は、押し付けてでもさせるべきだと信じるのです。お遊戯も体操も絵画も、遠足も、幼児であっても、小学生と同じに行動する力を幼児は秘めている。今日の会はその証明でもあるのです。

子供たちのパワーにすっかり疲れ果てた私ですが、シーンとする我が家に帰ると少し寂しく、騒がしかった子供たちが恋しくなりました。さて、おうちに帰った子供たちの変化を生かすも殺すも、親御さん次第です。わが子の自立した部分に気付いたら、しっかり褒めて喜んであげてください。お母さんが変化に喜んでくだされば、子供は、その方向へ進んでいきます。反対に、お泊りから帰っても。これまでと変わらず、もとの生活を与えていると、せっかく芽生えた自立心を失わせてしまいます。子供の成長を促すのも、止めるのも、関わる大人の努力次第と思える5日間のお泊り保育でした。
by k-onkan | 2011-07-30 15:24 | 楽院だより | Comments(0)

冒険は辛いよーお泊り保育4日ー

自宅でお泊り保育をして4日目、私もまゆみ先生も尾瀬パークホテルの有難みを痛感しています。期間中、毎朝、子供たちのピアノの練習を見ながら、お泊りの子のために昼食と夕食を用意したまゆみ先生は、あまりに疲れて、落合から地下鉄に乗って、下りる駅を寝過ごしてしまったといいます。1泊2日で子供たちが千葉にお泊りに来るのと違って、4泊5日の食事の世話をするのは、合宿以上にたいへんでした。それでも、これが、実現したのは、多くの方の助けによるものです。

e0143522_22512515.jpg今日は雨が降る中、子供たちが楽しみにしていた「しながわ水族館」に出かけました。これ以上、働かせて倒れられると私が困るので、木下先生夫妻はお休みにさせていただきました。引率代行には卒業生のお姉さん二人にお手伝いをお願いしたのです。一人は、幼稚園教諭をしていた優子先生で2歳の甥Kをお願いしました。私たちが、楽院の子供たちの面倒を十分に見るためには、かわいそうですが、甥Kは足手まといであり、専属のシッターが必要です。卒業生に募集すると、優子先生が快く引き受けてくれたのです。

もう一人、中学3年のEちゃんにも助けられました。Eちゃんは子供の頃から面倒見がよい子で、年下の世話をするのが上手でした。Eちゃんには3歳のKくんを専属でお願いしました。尾瀬合宿を開催していたら、このKくんは、年長の兄と共に参加したはずです。しかし、合宿ができなかったので、他の幼児と集団行動をさせるのは、心配だと思い、急遽、Eちゃんをお願いしたのです。もし、Eちゃんがいなかったら、Kくんは最後まで歩いて帰ってくることはできなかったと思います。途中、何度も電車の中で眠りこんでしまったKくんに危険がないように見守り、電車を下りる際には、上手にあやして、自分で歩くよう仕向けて帰ってきてくれました。

夏期クラス最終日に行った、「電車を乗り継いで水族館へ行く」という冒険は大変ハードなものでした。平素、歩く機会がない子供には、楽院から東中野まで歩き、電車に1時間近く揺られることが普段以上の運動量のはずです。その上、水族館の中では、幼児の面倒を見ながらの行動して、小学生も疲れたようです。しかし、小学生のペースで行動した幼児はもっと疲れたことでしょう。

さて、しながわ水族館に行くまでの道のり、子供たちが、電車や駅名に興味を持って、覚えられるように、野外班長の6年生のKくんが素晴らしい資料を用意して持ってきました。それは、人生ゲームのように、盤にマスがあって、楽院からスタートして、途中の駅名などが書き込めるゲームになっているものです。Kくんは、前日、学校の帰りに実際にしながわ水族館まで足を運び、行き方や付近の様子を下調べしてありました。Kくんの資料によって、男子班は電車の中で、駅名を書き込んだり、覚えたりと、楽しい時間となったようです。資料はとても力作なので、楽院のロビーに張り出しています。二学期が始まったら、お目通しください。

この4日間、私たちにおつきあいくださった大垣先生には、いくら感謝をしても十分ではないと思っています。子供たちのレクリエーションをはじめ、いろいろな作品がより良くなるようにと細やかに気を配っていただきました。また、期間中の子供たちの様子も写真に記録してくださいました。夏休みが終わる頃には、この特別クラスの思い出がアルバムによって記録されていると思います。皆様、どうぞ、楽しみにしてください。

明日はお泊りの子供たちとの最後のマラソンです。保護者の方から、「預けてよかった」と言っていただけるように、最後まで子供たちを鍛えてお返ししたいと思っています。どうぞ、楽しみにお迎えにいらっしゃってください。おやすみなさい。
by k-onkan | 2011-07-29 22:51 | 楽院だより | Comments(0)

午後には楽しいことがあるよーお泊り保育3日ー

今朝は小雨が降り出したため、屋内でストレッチ。その後、廊下をハイハイや合気道の膝行法(しっこうほう)で移動したりしました。少しの雨で、マラソンを中止することは、子供たちの精神修養のためにも好ましくないと判断し、雨が止むのを見計らって、レインコート着用でマラソンに出かけました。2日目であるため、子供たちの足取りも軽くなったと感じます。「やるべきことを一生懸命やった」という自信の表れか朝食も残さずに食べるようになって、3日目にしてお泊りの成果を感じられるようになってきました。

e0143522_0541481.jpg私たちが出かける支度をする間、甥Yが子供たちに「我輩は猫である」と「マルマルモリモリ」の復習をします。幼児の中には、暇な時間があるとお母さんが恋しくなって涙する子供もいるため、なるべく、にぎやかに活動することで、寂しさをやり過ごさせるためです。また、陰で練習することが、後で自信につながることもあります。どんなに難しい暗誦でもお遊戯でも繰り返し行っていれば、必ず覚えることができるのが、幼児の柔軟ですごいところです。

出かけに子供たちの横を通り過ぎると、年長のSくんが「午後には楽しいことがあるよ」とみんなを慰めているではありませんか。推測するに、「午前中の音感は、麻奈先生がとても怖いけれど、それを乗り切れば、午後には楽しいことがある。みんな、何とか頑張ろう」という意味なのだと思います。私は「午前中の音感だって、一生懸命、頑張れば楽しくなるはず。いい加減なことをするから先生に叱られて辛いのよ。何でも一生懸命、やりなさい」。子供たちは渋々うなずいていましたが、3日目の音感授業は本当にスムーズに行えるようになりました。

お昼休みには、名誉団員の正子先輩と英語を教えてくださるスティーヴン・グリーン先生が「子供たちと一緒に昼食をとりたい」と早くから来てくださいました。今回、楽院の子供に英会話の時間を与えるに際しても、私はどうしても、「木下式の教え方」にこだわりたいと思っていました。「音感かるた」で育った子供たちには、目と耳の両方から覚える「カード形式」で何度も繰り返すのが、一番確実に記憶できる方法だと分かっているからです。しかし、一般の英語の先生に、この方法を受け入れていただくのは簡単ではありません。今回、卒業生のご主人が引き受けてくださったことは、私にはとても有難いことでした。

さて、英会話の授業は、瑠音先生お手製のカードを使って始まりました。「色」「野菜」「果物」「乗り物」「食べ物」などが描かれたカードの裏には、英単語も記されています。グリーン先生は子供たちに「絵」と「単語」の両方を見せながら、発音を知らせ、真似をさせます。小学生が全員、単語を覚えるまで繰り返します。同じことの繰り返しは、単調で大人には面白くないかもしれませんが、いろいろな子供が、繰り返す内に全員が確実に覚えられるのです。小学生が一人ずつ、当たると、15回、繰り返して復唱したことになります。これだけ繰り返せば、イヤでも全員が覚え、英語を使って「お買い物ごっこ」が可能になるのです。グリーン先生は「乗り物」、正子先生は「果物」、私は「野菜」、そして、英会話班長のTくんは「食べ物」を売ります。子供たちの一番人気は、英語も日本語も話せる上に、自分たちの先輩である正子先生です。

子供たちは班毎に、瑠音先生特製の楽院紙幣を持って買い物にいきます。各班の幼児は、必ず班長がつきそうルールを作りました。年下の子に教えることで、上級生は良い先輩になる方法を覚えるのです。さて、子供たちが手にしている紙幣は、もちろん、木下先生の顔を印刷したもので、単位は「キノ」です。子供たちは紙幣を持って、お店に行って、「Can I have ….?」と覚えた単語を入れて買い物をします。値段を聞くなら、「How much is it ?」。店員さんは「This is one kino」と値段を教えてくれます。子供たちは、手持ちのお金から該当するお札を出して、引き換えに絵のついたカードを手にします。子供たちがお金を使い果たすまで続きました。単語の勉強の時には、難しくて手持ち無沙汰であった幼児も「英語がとても楽しかった」といいます。外国語の上達を望むなら机上で勉強するよりも、自分で使って体で覚えるしかないと、私は体験上、痛感しているのです。

外国の文化を楽しんだ後は、心を落ち着け書道を学びました。子供たちは、しおりにある純子先生の名前が違うことにとても驚いたようです。しかし、始まれば、いつもと同様、ビシビシ、注意する厳しい楽院の先生です。子供たちは、基本となる筆法を学び、その後、書いた字を添削していただきました。子供が座る反対側から上下逆に文字を書き添削する技術に「どうして、そんな書き方ができるの?」と聞きます。「これができないと、書道の先生の資格はいただけないのよ」。子供たちは、杉山先生の隠れた特技に尊敬の念を持って、夏期クラスの3日目は終了したのでした。
by k-onkan | 2011-07-28 23:51 | 楽院だより | Comments(0)

育てて分かる有難さーお泊り2日目ー

朝5時半、合気道体験による全身の痛みと共に目覚め、朝食の下準備をしました。6時半になると、子供たちが起きだし、近くの公園で体操をして、マラソンへと出かけました。その甲斐あって、私の筋肉痛は解消されました。さて、我が家は高台にあるため、1.5キロマラソンはアップダウンが多い道のりで、たいへん苦しいはずです。例年であれば「まだ走るの?」とか「疲れた・・・」と涙ぐむ子供が出てくるのですが、今年の子供たちは無表情にただ受け入れ、走ったように感じました。我慢をするわけではなく、実力以上の力を発揮することもない・・・。何事も抵抗せずに、ただ受け入れる姿にこれまでの「子供のイメージ」を覆させられたようにも感じました。

e0143522_0181027.jpgマラソンから帰って目玉焼きとウインナーを焼き、子供たちとの朝食を終えるころには、尾瀬パークホテルの有難みを痛感しました。宿泊施設に滞在すれば、私たちが、三食の心配、お布団やお風呂の掃除をする必要はないからです。そう考えると、本当に子供を育てるお母さんの仕事は容易なことではないと、子供との付き合いから身に染みるのです。

午前中、幼児部は音感。児童部はピアノ練習と勉強をして、小学生は、昨日、お世話になった合気道の先生にお礼のお手紙を書かせました。その文面から、いかに子供たちが合気道を楽しんだかが溢れていました。一番、面白い手紙はカラーコピーをして楽院の掲示板に張り出してあります。

「オス。よろしくお願いします」とカラーの文字で書かれた下には、こう書いてありました。「先日は合気道という日本文化を教えてくださり、ありがとうございました。授業の始めに合気道とは、心を合わせる道といわれましたが、歌も同じだと思います。気持ちを合わせて歌わないと、バラバラで歌にならないからです。また、Yくんとすもうをして負けたのが少しくやしいです。また、機会があれば、合気道を教えてください。小学5年 K.H」。合気道の意味を理解して、普段、勉強する歌に置き換えた優等生らしいお礼の手紙でした。

さて、幼児部の音感授業は「順調」と書きたいところですが、そうもいきませんでした。出勤前の一仕事で指導する私の方がぐったりしてしまったからでした。その様子を見たまゆみ先生が「子供を4人育てるのは、たいへんなことでしょう?でも、私もそうやって3人の子供を育てたのよ。4泊5日は終わるけれど、普通の子育ては、ずっとよ」と叱られてしまいました。まゆみ先生の言葉は、その通りなのですが、一つだけ、異議申し立てをすると、木下先生が作った幼児の音感教育は、子供以上に指導者に集中力と忍耐力、緊張感、観察眼が求められるものであることかもしれません。2時間の授業はさながら、お母さんが朝から晩までわが子に向き合うのと同等の集中力を要すると断言できます。

私が余力を振り絞って授業を始めると、お泊り組の子供たちの中から、「苦しい」とか「トイレに行きたい」とわがままが出てきました。我が家にお泊りをしたことで、「何でも受け入れてもらえる」との甘えが出たのかもしれません。「麻奈先生は、ちゃんと、朝、早起きして、みんなの朝ごはんを作って食べさせたわよね。誰か、食べさせてもらわなかった人はいる?」「いなぁい」「ご飯も食べさせて、一緒にマラソンをして、先生はみんなのために、やることは、全部やりました。子供も、ちゃんと、自分がやるべきことをやらないと、もう一緒にお泊りはしません」と宣言しました。お泊り保育の意義は、こんなところにあるのです。世話をされている先生が言うことだから、子供も「自分も従って頑張ろう」という気持ちになれるのです。音感は、体操やマラソン、どんな辛いことにも反応しない子供たちの目の輝きを変える唯一の科目のようです。大人が真剣に向き合うと、子供も本気にならざるを得ないからだと思います。

午後は、大垣先生によって絵画指導がありました。幼児部と児童部は、年齢に幅があり、それぞれの知識が異なるため、交替で取り組みました。絵画指導中の子供たちは、絵を描き、そうでない子供は昨日、作った紙粘土の顔に色塗りをしたのです。中には、とても芸術的な作品もありました。乾いたら、是非、保護者の方々に見ていただきたいと思います。お子様だけで通ってこられている保護者の方も一度、楽院に足を運んでいただき、子供たちの作品や成果を見ていただけたらと思います。

さて、紙粘土の色塗りをしていると、4年生のMちゃんが私にこんな言葉を投げかけました。「昨日の紙粘土の先生はどういう方ですか?私たちのことを知っている方なのですか?」。昔は子供たちに合宿のしおりを渡すと、当日まで最初から最後のページまでくまなく読んで、私たちより日程やルールを把握して出かけてきたものですが、今の子供たちは、しおりを渡しても、内容もスケジュールも何も知らないようです。それだけ、安心して私たちに身をゆだねているのかもしれませんが、危機感も心配もないことが少々、気がかりです。

「造形を教えてくださった白井先生は、麻奈先生のブログのイラストを描いてくださったり、楽院のホームページも作ってくださったし、みんなが出演する音楽会のプログラムも作られたから、みんなのことは、たいへんよくご存知よ」。「私としたら、そんなこととは、つゆ知らず、失礼をしてしまいました」とMちゃんの大人顔負けのコメントに笑ってしまいました。平素、楽院の子供たちは、私たち大人に厳しく管理されて、何とか成果を出しています。しかし、社会に出たら、穏やかで物静かな言い方をされても、自分を律して、やるべきことが求められます。木下式とは対極的な物静かな白井先生の指導によって、子供たちも、私たちには見せない「よそ行きの顔」を見せていたようです。

今回の特別クラスを始めて2日ですが、年齢に関係なく、日本国民は、与えられたことを運命としてただ受け入れることに慣れてしまったのではないか、その結果が、現在の子供たちの姿なのではないか、と感じています。子供たちの様子に問題があるとしたら、それは、子供が勝手にそうなったのではなく、その責任は、関わる大人の私たちにあるのだと思います。親も先生も、何かに疑問を感じたら、ただ受け入れるのではなく、それを口にしたり、話し合ったりすることで、子供も同じように疑問に感じたり、危機感をもるということを忘れないようにしたいものです。そうしないと、本当に日本の国の大事なものは、全てなくなってしまう。子供たちの姿を見ていると、切実にそう思うのです。

午後の最後のイベントは楽しいゲーム大会です。昔なら、当たり前であった幼児から6年生までが一緒に同じ遊びをする機会も今はなくなりました。子供たちはとても楽しそうにいろいろなゲームに取り組んでいました。最後に、お遊戯班長のKちゃんが、全員に、「マルマルモリモリ・・・」というダンスを教えてくれました。お泊り組みの子供たちは、自宅に戻り「お遊戯が楽しかった」と絵日記に描いていました。今日は、お泊り組の幼児が一人増え、我が家は5人の子供が滞在しています。一人、子供が増えるだけで、声は大きくなり興奮状態で、お風呂に入れるのも大騒動です。一緒に泊まり面倒を見てくれる純子先生の協力がなければ、このお泊り保育は不可能です。子育てはお母さん一人でするのは不可能で、理解ある旦那さまの協力がなければならないことも改めて体感したお泊り保育2日目の夜だったのです。
by k-onkan | 2011-07-27 00:16 | 楽院だより | Comments(0)

盛りだくさんの一日!

今日から楽院は夏期クラスのために、4歳から11歳の子供が朝から集まってきました。いつもと違うメンバーで教室の様子も異なるのですが、それぞれ、いきなり、自分の机に向かい、他の人や物に興味を示そうとしない姿に不安を感じました。そこで、一日の予定と誰が班員であるかを確認する意味を兼ねて、自己紹介をさせました。

e0143522_23582041.jpg最初は、幼児部の子供たちです。平素、授業中に「ぼくの名前は〇〇です。〇〇くんって呼んでください」と練習しているので、いつも通りの大きな声で挨拶ができました。ところが、小学生は授業中に自己紹介など練習しないので、声が小さくなったり、不鮮明になったり、低い声を出してお茶を濁すのです。これは、平素の家庭生活や学校生活での話声位を表しているのでしょう。声の大きさと話声位の高さが自信のバロメーターであり、見過ごすことはできません。初日ということもあって、この自己紹介に実に30分近くの時間をとられてしまいました。

その後、幼児部は音感授業。児童部はピアノ練習と学校の勉強に取り組みました。下級生はまゆみ先生、上級生は茜先生に練習を見ていただいたのですが、ピアノ室を監督していた茜先生が驚きの声をあげて戻ってきました。正しい指使いをする子供があまりに少ないため、「楽院の生徒は教本にない指使いを推奨されているのか」と思われたようです。しかし、教本に記された指使いは一番、問題なく弾ける指使いであり、きちんと練習している子は、指使いも正しく弾いています。平素「できています」「ちゃんと練習しています」と言う子供たちが、どのようにできていないかを、適時に指摘されたことで今後、慎重に指使いや音を見る一助になればと思っています。

勉強を終えて、皆で一緒に昼ごはんを食べました。遠方から通う子や、お母様がお勤めの子もいるため、購入したお弁当を食べる子もいるのではと心配しましたが、全員、お母様力作の手作り弁当を持参していました。お泊りの子供たちは、まゆみ先生お手製の塩焼きそばとウインナー、中華スープにみかん、ヤクルトを完食しました。

午後の最初のイベントは合気道の体験教室でした。班ごとに整列をして、高山ビル本館3階の合気道仙元館まで出向きました。合気道班長は2年生のYです。Yは年中で合気道を始め、現在も仙元館でお稽古に通い、今年で4年になります。そこで、先生に失礼がないように、事前に仲間に説明をしてから出かけていきました。道場の外では、高島先生が待っていてくださり、道場の入り方から教えていただきました。一人ずつ、「オス」と大きな声で言って、頭を下げて、道場に入ります。

当初、「何をやらされるのか」と不安に思っていた子供たちも高島先生の巧みな指導と、何に対してもすぐに大きな声で反応する合気道が木下式に共通するため、稽古に引き込まれていきました。合気道で大切なのは、気持ちを合わせること、タイミング、礼儀や姿勢をきちんとすることが大事であり、音楽も合気道も勉強もその基本は我慢や集中であると先生が言われます。子供たちは、神棚への挨拶の仕方、正座、基本動作など短時間で多くのことを学びました。

合気道の体験レッスンに付き添いの私たちが、一番、驚いたことは「女はとても強い」ということでした。自分からどんどん、挑戦していく姿があったのです。楽院に戻った女の子たちが一様に「すごく面白かった」と感想を口にする姿を見て、巷で話題のなでしこジャパンではありませんが、男より女が強い時代が来てしまったことを痛感させられました。日本古来の武道である合気道は、女の子以上に、男らしさを保つために軟弱になった男子に薦めたいお稽古事であることを再確認した2時間となりました。

合気道から戻ると、子供たちは、アイスクリームとおやつをいただき、紙粘土の時間となりました。合気道で発散した後だったので、机に向かって粘土をこねれば心が落ち着く時間になると思ったのですが、低学年の子供たちは、「お父さんの顔」や「自分の顔」など、作りたいもののイメージがすぐに湧いてきましたが、高学年の男子は、「何かを作る忍耐力や想像力に欠けるのか、みなで同じものを作ってお茶を濁してしまったようでした。

時間の余裕があったので、暗誦班長のMちゃんが全員に夏目漱石の「我輩は猫である」を教えました。はっきりした言葉でお手本を示した後に、「ハイ」と開始合図を送ると、幼児部の子供たちも、我輩は猫であるの一節を口にします。この3日間の間にどこまで覚えさせられるか、楽しみです。また、3日目の英会話に備え、英語班長のTくんが、全員に英語で自己紹介を教えました。「英語では、名前を先にいって、苗字を最後にいいます。少し間を空けてください」と一人ずつの名前でお手本を示してくれます。4歳になるSちゃんは、「私の名前は〇〇しょうこといいます。英語でなんていえばよいですか?」と聞くと、Tくんが流暢に「マイネーミズ・ショーコ・〇〇」と手本をしてくれます。すると、「マヨネーズ・ショーコ・〇〇」と言った姿がとても可愛く、皆で笑いあいました。確かに、そんな風に聞こえるかもしれません。

通いの子供たちは5時半にそれぞれ帰宅の途につきました。お泊りの子供たちは、まゆみ先生お手製のハンバーグにサラダ、おにぎりにスープ、ヨーグルトを食べ、その後、2キロ弱の道のりをみんなで手をつないで、歩いて帰ってきました。お泊りする幼児たちが寂しくないように、甥のYも一緒に泊まっています。

弟には時に冷酷な態度もとるYですが、よそのお子さんになら本当に模範的な「お兄さん役」を演じることができるのです。帰り道、年長のYくんの手を引きながら、「これは、何のお店か知っている?」「クリーニングやさんだよ」「これは、何だから分かる?」「郵便局」「そうだね。よく知っていたね」と小さな男の子相手に、質問をしては、知らないことを見つけて教えていました。その姿は、昔、私が妹にいろいろなことを教えた自分自身の姿と重なりものがありました。

子供たちは、弱音も吐かず、2キロを歩いて、帰ってきました。荷物整理をして、お風呂に入り絵日記を書き、歯磨きをして就寝しました。疲れているので、早く寝るだろうとお布団にいれましたが、初日は、なかなか、寝てくれませんが、子供たちは誰もだ病気をせず、みんな元気に過ごしています。明朝、マラソンの前に朝食準備をする私もそろそろ、寝る支度をしましょう。皆さん、おやすみなさい。また、明日。
by k-onkan | 2011-07-26 23:51 | 楽院だより | Comments(0)

苦手なことは疲れる?

明日から子供たちが自宅に泊まりに来るので、今日は一日、その準備をしました。普段、なかなかできない窓や網戸の水洗いや、行き届かないところの拭き掃除などをすると、あっという間に夕方になっていました。最後に4日分の食料の買出しに出かけ、準備は万端です。

e0143522_23515535.jpg後は、子供と、一緒に生活をするだけです。きっと、いろいろな発見があるjことでしょう。お泊り期間中は、子供たちの様子に気を配りながら、時間が許す中で、日々の様子を記していきたいと思っています。さて、年末の大掃除以来、こんなに一生懸命、家事に打ち込んだので久しぶりです。今日は、早く休みます。おやすみなさい。
by k-onkan | 2011-07-25 23:47 | 自分のこと | Comments(0)

ネパールから兄がやってきた

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ネパールから友人ランちゃんこと、ラジェンドラさんが、来日しているとの連絡があり、赤坂まで出かけていました。彼との出会いは今から20年前。木下先生夫妻がネパールに初めて、旅行した際、現地のガイドとしてお世話になったのが、きっかけです。一度も日本へ来たことがないのに、流暢な美しい日本語でガイドをしてくれたのが、ラジェンドラさんだったのです。

東南アジアの国へ出かけると、ガイドや運転手など、皆、当然のようにチップを求めます。中には、人の上前をはねて自分の懐に入れる輩もあります。チップの習慣がない日本人にとって驚くことばかりですが、彼らも自分の生活がかかっているので、必死なのだと思います。そんな中、ランちゃんは、旅の初めから終わりまで、決して自分のためにチップを要求しないガイドでありました。その姿に感激した木下先生が、「一度、日本を見にきなさい」と日本に招待し、翌夏、我が家にホームステイにやってきたのです。

当時、妹は高校生で、私も20代前半でした。突然、同じ屋根の下で、知らない国の男性がきて、生活を共にするといわれ、父の理不尽な決定に抵抗したものでした。しかし、その時の父の言葉は忘れられないものになりました。それは「麻奈もアメリカにいた間、いろいろな方のお世話になったはずだ。これは、そのご恩返しだ・・・」というものでした。以来、ランちゃんは私のネパールの兄となり、つきあいは20年、続いています。

8年前、「家族でネパールに来ていないのは、麻奈ちゃんだけ。一度、是非来てください」と強く誘われ、私は一人でランちゃんに会いにいきました。多くの人が貧しい生活をする中、彼は4階建てのお城のような家を建てていました。貧しくても、一生懸命、勉強して、働けば、良い生活ができると証明したのです。

当時10歳と7歳だった二人の姉弟は、私立の学校に通っていました。政府運営の学校と比べ、私立は6倍以上、お金がかかることもあるそうですが、寝る間を惜しんで働いてでも、子供には良い教育を与えたい。政府運営の学校のレベルでは、将来、良い仕事を得るためには十分な教育ではないということなのでしょう。なんだか、日本の国の現状に近い話であると聞いていました。ランちゃんは、これからまだ、長女の大学、結婚、長男の高校、大学が控えています。今回は、ネパールのツアーを行う日本の会社での大事なミーティングと営業のために、会社からの出張で来日しているのだそうです。ネパールの家族は、8年ぶりとは思えないほど、そこにいるのが、当たり前という不思議な感覚に、人と人との縁の不思議を感じたのでした。
by k-onkan | 2011-07-24 23:58 | 我が家のこと | Comments(0)

初めての冒険と新たな課題

講習会の最終日である今日、楽院は朝から忙しく、2歳の甥Kを体操教室に付き添う大人がありませんでした。ちょうど、数日前から夏休みになった2年生の兄甥Yがいたため、付き添いを託すことになりました。そして、「もし、迎えの時間に大人が迎えにいかれない時には、地下鉄に乗って二人で帰ってくるように・・・」。そう言いのことして、瑠音先生は帰ってきました。たった8歳の子供に数日前まで1歳だった子供を連れて地下鉄に乗せるのは、現代の一般家庭では考えられないかもしれません。しかし、人手がない我が家では、当たり前のことですあり、事故がないための事前の注意はしっかり与えます。

e0143522_0365259.jpg瑠音先生は、くれぐれも、怪我や事故がないようにYに注意をしたようです。すると、Yが「もし、Kちゃんに何かあったら、ボクが叱られるの?」と聞いたそうです。「そうよ。当たり前でしょ?一緒にいるYの責任だから、気をつけてね」「じゃぁ、ボクに何かあった時は?それでも、ボクが叱られるの?」「当たり前でしょ。弟の面倒を見る人が怪我をしたら、無責任でしょ?」「じゃぁ、Kちゃんを助けようとしてボクが怪我をしたら?それでも、叱られるの?」「当たり前でしょ?Kちゃんを助けなければいけない状態にしないように気をつけるのが、Yの責任なのだから・・・」。「じゃぁ、二人に何かあったら?」「二人に何かあったら、仕事の事情で付き添いができないお父さんが、「自分が連れていかなかったから・・・」と自分を責めることになるから。お父さんがかわいそうだから、くれぐれも何もないように気をつけて帰ってきてね」。

兄甥は、弟に何かあっても、自分に何かあっても、叱られるのは自分であると知って不公平に感じたかもしれません。しかし、たとえ、何歳であっても、これが「人の命を預かる責任」であることを教えているのです。事前に口うるさく注意を与えられたYは、小さな弟の手をひいて、体操教室から約70メートルの道のりを歩き、地下鉄に乗って楽院まで無事に戻ってきました。普段、兄に対して、ライバル心むき出しの弟ですが、こうして世話をやかれると、兄に対して尊敬の念がわき、今日はとても仲良くできたようです。

さて、一人前に大人の代わりができ、だんだん役に立つようになった兄甥ではありますが、まだまだ、課題があることが発覚しました。それは、地方から見えた園長先生にご挨拶をした時のことです。「この間はお世話になり、ありがとうございました」など事前に心の準備がある言葉は言えても、いろいろな質問に対しては適切な答えができず、モジモジとしてしまうのです。その姿は、舞台の上で、曲目紹介や暗誦を「木下式の手本」として一見、賢そうに見える様子とは全く違います。

私も子供の頃、Yのような姿を見せて、よく父から注意されてきたので、Yの気持ちも分からないではありません。慣れ親しんだ相手ならよく喋れても、そうでない方には人見知りがあり、適切に自己表現ができないのです。また、一度、慣れると調子に乗って余計なことを口にして失敗もするという、悪循環もあります。Yの口が重いのも、そうした心配があるのではないかと思います。とは言っても、将来、社会に出ればコミュニケーション能力は一番に求められるでしょう。教えなくても、何でもできるようになる女の子と違って、男の子は教えなければ何もできるようにならない生き物です。大人の言うことを聞くと言われる10歳までに、年齢相応の受け答えができるよう、質疑応答の練習など、親や周囲の大人が心がけなければ、大人になって恥をかくのは本人です。今のうちに、教えられることを教えておかなければと反省する日となりました。
by k-onkan | 2011-07-23 00:35 | 児童 | Comments(0)

良い先生と良いお母さんと!

最近、大人になった卒業生と話をするチャンスが多く、私にはとても勉強になっています。数週間前も、こんな話を聞きました。その家は3人姉妹。3人とも小さい頃から、楽院に通って名誉団員になっています。長女と末っ子は年齢が離れているため、ご両親は15年近く、楽院に関わったことになるのです。3人は小さな頃から、とても仲良しでした。忙しいご両親が外に出かける機会が多く、家政婦さんの助けを借りて、3人で過ごすことも多かったように思います。姉が妹の面倒を見て、妹は姉を慕い、まるで小さな親子のようでとても可愛かったことが思い出されます。もちろん、喧嘩をすれば激しくぶつかることもありますが、基本的に愛にあふれた姉妹です。

e0143522_952155.jpgさて、長女のMちゃんから、最近、こんなつぶやきがありました。「同じ環境で育った姉妹でさえ、物の考え方が違う。もし、自分に子供ができて価値観の違う人の子どもと一緒に育てることを考えると心配・・・」というのです。Mちゃんは、最近、結婚をしたので、もう子供を授かったのかと思って話を聞いていると、それは、姉妹それぞれが飼っている子犬のしつけについての話でした。

「Yは犬を厳しく叱るけれど、根本的な問題を解決していないから、叱っても全然、直らない」というのです。なんでも、Yちゃんの子犬が食糞したり、部屋中に、おしっこをするため、諍いに発展したようです。しかし、Mちゃん曰く「かぼちゃやほうれん草を与えると、犬が嫌がる匂いがして、食糞をしなくなるの」。どうも、私が会ったのは、姉妹で子犬について大喧嘩をした直後のようでした。Mちゃんは、年が近いため、Yちゃんには強く言い過ぎてしまうと反省していました。

二人の言うことは、両方、正しいのです。次女のYちゃんは、幼稚園教諭の免許を持ち、子供の扱いがとても上手です。そして、子供が悪いことをした時には、「ダメ」と指摘できる良い先生です。反対に、Mちゃんは、子供を叱るよりも前に、子供が悪くならないように、下調べをして、大人ができることを先に、工夫して、つきあう良いお母さんタイプなのです。一人の子供を育てるためには、良い先生も良いお母さんも両方、必要です。

さて、これを子犬ではなく、人間の子育てに当てはめると、本当に面白い話だと思います。子供が「悪いことをしたら」、「叱る」のも大事ですが、「なぜ、それをするのか」を見極めなければなりません。「悪いことであると教えられたことがない」「なぜ、悪いかが分からない」「これまでも似たようなことが許されてきた」など、いろいろな原因があります。子供というものは、なるべくして、そうなるものです。一人で、勝手に悪く育ったのではありません。周囲の環境や、影響ももちろんありますが、悪いものに責任転化せずに、正しいことを導く親や先生が存在すれば、子供は救われるのです。

小さな頃の些細な行動が、後に大きな悪事に発展することがあります。幼い頃は許されることでも、年齢があがるt大問題になっていきます。こんなことがあったら、きちんと、いさめる親であって欲しいと思います。人の家の物を勝手に食べる。友達のものを返さない。親が知らない物を持っている。友達をいじめる。友達にいじめられる。親に嘘をつく。友達に物を買い与える。友達から物をもらってくる等など、見逃してはいけないサインはたくさんあります。とるに足らない問題のうちに、不穏な芽を摘み、正しい方向に伸ばす責任が、子供に関わる大人には絶対にあると思うのです。
by k-onkan | 2011-07-22 09:04 | 名誉団員・卒業生 | Comments(0)