麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
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学ぶ目的はそれぞれ

木下式のホームページがリニューアル

e0143522_0442056.jpg半年前に入学したKちゃんは体が小さく、声もとても小さな5歳の女の子です。最初の体験授業では、「こんなに声が出ない幼児に出会ったのは生まれて初めて」というほどの声でした。なぜなら、声を出したことがない乳児でも、もっと大きく高い声が出ると思うほど、か細く、弱々しかったためです。楽院に入学後、少しずつ声域も声量も増してはいるのですが、まだ、定着にはいたっていません。そのため、長い休みの後には、声を出すこと自体がつらいのか、涙が流しながら授業を受けることになります。その様子は気の毒なほどですが、声を出せないまま成長することの方が私たちには心配なことなのです。

Kちゃんは標準より体はかなり小さくはありますが、検診などでは「通常の発達」と区分されるはずです。知的な面は順調に発達し、コミュニケーション能力、社会性も4歳~5歳の女の子として何の問題もないからです。しかし、「発声面の未熟さ」を考える時、順調な発達とは言いがたいです。なぜなら、生まれてから4年以上経過しても、本来、出るのが当たり前の声が出ないのですから。

子供は生まれてから、少しずつ、多方面が発達して成長していくものです。それは知的能力、感覚能力をはじめ、目や耳、手指などの機能の向上を意味します。当然、声帯や体も成長して、だんだん声が出るようになっていきます。しかし、Kちゃんの声を聞くと、発声面では相当な遅れを感じてしまいます。もしも、今、Kちゃんの身に何かが起きて、助けを呼んでも、今の声は誰にも届かないことでしょう。歌が正しい声で歌えるようにする以前に、木下式によって声を出す訓練をすることは生きるために必要なことであると思えるのです。

Kちゃんのお母さまにうかがうと、赤ちゃんの時、それはとても小さく生まれたため、吸う力が弱く、一日に必要なおっぱいを飲ませるのも苦労があったと言われます。強く吸ったり、咀嚼したりが苦手なことと声を出すことが得意でないことは関係があるように思えるのです。とはいっても、苦手なことを放置したままでは通常の発達は望めないのです。この4年間で足りないことがあるなら、意図的に、喉や声帯、舌の使い方、呼気の吐き方などを知らせ、体と年齢に見合った声を出せるようにしたいのです。

楽院の授業は、通常、集団で行いながら、個々の能力を伸ばすことに特長があります。しかし、現状のKちゃんについては、まだ集団の中に入れることはできません。頑張って自己主張をしようとすればするほど、喉に無理な発声をしてしまうからです。個別訓練で、他の子に負けない能力になったら、集団のクラスに入れるつもりです。今は、1対1で十分に、手をかけて、自信を持たせたいと思っています。

木下音感楽院に通う子供全てが、将来、音楽の専門家になるわけではありません。ならば、なぜ通うのか?それは、自分の核となる部分を作る幼児期にこそ、生きるために必要な強さや知恵、心の豊かさ感受性などを磨くことが必要であると感じた親御さんが、楽院の教育に共感され通わせてくださっているのでしょう。楽院は、音楽勉強をする場であると同時に、子供たちのそれぞれが必要な事柄を、個々に備える教室であるかもしれません。
by k-onkan | 2011-09-30 23:43 | 幼児 | Comments(0)

親だからこそ信じて!

木下式音感教育法について

今日は、楽院にとても懐かしいお客様がありました。私が子供だった頃、保護者として楽院に通われたKさんが、今日は“お祖母ちゃま”として授業を見学してくださったのです。4歳のKくんは「バァバが見にきた!」といつも以上に張り切って、2時間にわたる授業を受けていました。

e0143522_15223482.jpgこのクラスは、3歳から5歳まで6人の幼児たちが勉強しています。その間、どの子にも集中を途切れさせないようなメリハリある指導を心がけています。そのため、当時者の幼児より、見学をするお客様の方が疲労感があるのです。Kさんも、授業が終わると、深いため息をついて、「長い時間、よく子供たちが勉強できますね。集中させる先生がすごい」と褒めていただきました。

Kさんは自宅で楽院を開いていた頃に、三人のお子さんを通わせてくださった方で、お家が近所であったこともあり、私とお子さんたちは、皆、同じ幼稚園、小学校に通っていました。中でも、娘のTちゃんは合唱団の一員として、一緒に沖縄まで公演旅行に出かけた仲間なのです。子供だった頃の私を知っていてくださる方が、大人になって、指導者になった私を認めてくださったことは感慨深いものがあります。

Tちゃんが二人の男の子を連れて、楽院を訪ねてきたのは、昨年の2月のことでした。当時、4歳と2歳だった子供たちに体験授業を受けさせるためでした。しかし、残念ながら、初めての場所に緊張したのか、思い通りの体験授業はできませんでした。それには、理由がありました。兄のYくんは、それまで何度となく、いろいろな検診で「発達に障害があるかも」と指摘されていたようです。自分の知らない場所に連れていかれる度に、できないことをさせられ、能力を検査されるのは、大人にとっても心地よいものではないはずです。まして、幼児にはなお更です。

2~3歳の幼児は、思い通り言葉を操ることができないので、不安を言葉にすることもできません。常に「何か嫌なことをさせられるのではないか」という不安があり、様子を見て泣き叫ぼうと思っているようにも見えました。初めての体験授業で、他人の指示に従うなど無理なことで、まず私たちが、Yくんに「先生」として認めてもらわなければ、ものを教えることなどできません。そして、Yくんより誰より緊張していたのはお母さんのTちゃんでした。何十年かぶりに楽院に訪ねて、懐かしいはずなのに、喜びより不安の方が大きかったのでしょう。久しぶりに昔の保護者Kさんと再会した木下先生がその時、お約束したことがあるのです。それは、木下先生自身が脳障害を持つフミくんに一生懸命、音感を教え、普通学級に入る実力を付けた経験があることから、次は私に、「昔お世話になったKさんの孫のYくんの責任を持って教えるように」とのことでした。

Yくんは、体験授業では何もしませんでしたが、想像ほど悪い状態にはありませんでした。これまでも数多くの障害を持つお子さんをお預かりした経験と比較すると、Yくんは訓練をすれば、すぐに良くなる手ごたえがあったのです。それは、声の高さを模倣することができたからでした。通常、「障害がある」というお子さんは、声を出させると、それが、とても低く、小さく、生きる力が弱いのです。同じ声で歌う以前に、発語の練習が必要です。しかし、Yくんは、音楽によく反応する子供でした。子供の頃、音楽の勉強をしたお母さんの影響でしょう。正しい模範を示せば、真似ができる子には、音感教育が有効である見込みがあるのです。最初は聞こえなかった声もずいぶん大きくなり、他の子と一緒に勉強できるまでになりました。

今年の夏は、我が家のお泊り保育にもやってきて、4泊5日を皆と一緒に楽しく過ごし、音楽会では、一人で舞台に立って独唱も披露しました。1年前のことを考えると、お祖母ちゃまは「信じられない」と喜んでくださいます。また、この1年、私がTちゃんに伝えた言葉にとても救われたと言ってくださいました。それは、「訓練すれば絶対にこの子はよくなる。親だからこそ信じて!」という言葉だったそうです。実は、これは私のオリジナルではありません。私たち姉弟がどんなに出来が悪くても、「絶対にできるようにして見せる」と、決して諦めずに気長に訓練した我が両親の教えに過ぎないのですから・・・。


*木下音感楽院では、「発達障害の疑い」があるお子さまでも、あきらめずに指導することを希望してくださるご家庭のお子さんは、お預かりしています。詳しくは直接、お訊ねください。

木下音感楽院のホームページ
by k-onkan | 2011-09-29 23:18 | 幼児 | Comments(0)

大人が理想とする子などいない

木下式音感教育法のホームページはこちら

e0143522_155393.jpg最近、私が注目しているのが小学生5年生の春名風花ちゃんという子役の女の子です。未成年でありながらツイッターを操り、小学生らしく「おなかすいた。ママはまだかな。肉が食べたい」とつぶやくこともあれば、大人からの心ない批判に真正面から立ち向かい、自分の考えをストレートに述べていることもあります。そんな彼女のつぶやきが1冊の本になって出版されたため、最近、特に注目を集めているのです。また、子役としては、どんなシチュエーションでも、すぐに涙を流す演技ができるため、「早泣きの子」として有名なようです。

私が風花ちゃんに注目したのは、「子供は大人が思うほど無邪気でも、幼いわけではない」という本質的なことを、5年生にして子役の仕事を通して理解しているからでした。「大人は「子供にこんな姿、性格であって欲しい」という理想を子役に求めているけれど、本当の子供にそんな子はいない。でも、オーディションに受かるのは、大人が理想とする子役を演じられる子供だけ・・・」。理想の子役は、反抗的なことも言わないし、嘘も言わない。辛いことがあっても、一生懸命、耐えて、泣く時は隠れて・・・。しかし、子供とつきあえば、そんな大人好みの子どもはどこにも存在しないことが分かります。

小学5年生の風花ちゃんは「大人が望む子供の姿」を悩んでいますが、私は、幼児教育に携わるものとして、「大人が望む幼児の姿」に考えこんでしまいます。たとえば、2~3歳の幼児が、本を読んだり、字を書きたがったりすると、「子供らしくない。小さい内は、幼児音があって、無邪気に笑っていて欲しい」という大人がいます。しかし、子供が「これ、なぁに?」「あれは?」と聞いたり、本を読んでほしがったり、鉛筆やはさみを持ちたがったりするのは、これから、生きる上で、必要であると本能的に知っているからだろうと思うのです。

大人は、幼児の学びたいという気持ちを見つけたら、「このまま、ずっと赤ちゃんのまま可愛くいて欲しい」と思っても、大人になる手助けをしなければと思います。大人が好む「可愛い赤ちゃん」のまま、放置することは、自ら伸びようとする幼児の芽をつむことになってしまいます。動物なら、生まれたその日から、自分で立ちあがって、おっぱいを見つけ、吸えないものは死を意味します。なぜ、人間だけ、成人しても親が面倒を見続けるような子育てをしてしまうのでしょう。もしかすると、親が子供から離れないで済むように自立できない子育てを無意識にしてしまっているのかもしれません。子供の姿は、親の期待を反映していることが多々あります。子育てに悩んだら、子供を責めるのではなく大人がまず反省しなければならないかもしれないと思うのです。

木下式について
体験授業はこちら
by k-onkan | 2011-09-28 23:39 | 教育 | Comments(0)

一緒に謝ってあげるから

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木下式について
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ここ数日、2歳2ヶ月の甥Kの発達が目覚しいと感じます。数日前、一緒に見学した「ぞうのショー」を思い出し、自分が象使いになって、ぬいぐるみのゆめ花に紐をつけ、見てきた通りの芸をさせています。自分が寝転がって、ゆめ花にその上を歩かせたり、鼻にクレヨンをくくりつけ画用紙に絵を描かせるような様子をしたり・・・。あれだけ何度も見ているのですから、一つ一つの芸を覚えるのは当然とはいえ、子供が何かを見て真似て、それを自分のものにしていく過程を垣間見られるのは、とても興味深いのです。

e0143522_157397.jpgそんなことをして遊んでいるKの横で、瑠音先生が「これは、誰のペットボトル?置きっぱなし!」と空のペットボトルを片付け始めました。誰もが私の仕業だと知っているので、みんなが私に注目します。Kがいたので、「叱られてしょんぼり反省している」風情をした私に「いっしょに、ごめんしゃいしたげるからぁ・・・」とKがいうのです。自分も頭を下げるから、お母さんに早く謝れと言っているのです。その言葉がとても愛らしいものがあります。

平素、悪いことをして叱られることが多いKは、謝ることが得意ではありません。その上、気が強いところがあるため、叱られる時は、兄甥以上に、大ごとになり、大声で泣いたり、わめいたり抵抗します。そのたび、大人は本気で向き合ってきました。「こんなに小さな内から、こんなに本気で向き合って、性格が悪くなったらどうしよう?」と悩むこともあります。しかし、そんな時、ありがたいのは、たくさんの人がいるということです。母に叱られている時は、祖母がとりなし、叔母の私が叱っている時には、母親がとりなします。

数日前も、悪いことをして、瑠音先生に叱られたKは逆切れして、大きな声で泣き叫びました。悪いことをした自分より、悪いことに気がついた大人が悪いと言わんばかりに怒ります。しかし、どんなに泣いても悪いことをしたのはKです。それを教えるために、まゆみ先生が、「Kちゃん、一緒に謝ってあげるから、お母さんにごめんなさいしよう」と声をかけていました。そんな経験から、私にも「一緒に ごめんしゃい したげるからぁ」と言って、自分がしてもらった通りのことをしているのです。

無邪気で可愛いその姿は、普段、カイジュウのような姿とは別の優しく賢い一面であると感じます。厳しくするから性格がゆがむのではない。理解できない子供を厳しさのみで操ろうとするから、ひねくれるのだと思うのです。まだまだ、発展途上のKですが、ワカランチンなりに、発達していることを嬉しく思うのです。そして、何より、子供は育てられたように育つのだと実感するできごとだったのでした。
by k-onkan | 2011-09-27 23:04 | 幼児 | Comments(0)

夢と希望を持たせたい

先週の土曜日、レッスンに来ている子供たちに挨拶をせず、私に「挨拶ができない人は、動物になる?」とネズミ捕りのカゴを見せられた2歳2ヶ月の甥K。今週は、教室に入って、顔を見る生徒一人ずつに「こんちはー」「こんちはー」と頭を下げて回ります。小学生の子供たちも「今日は、挨拶するんだね~」とホッと一安心です。もちろん、教室に出かける前に瑠音先生から、「挨拶しようね」と声をかけられたという仕掛けもあるのです。

e0143522_11545659.jpgさて、児童部の空き時間に子供たちに作文を書かせました。いつも、学校行事などの近況が多くなってしまうので、「自分の好きなことだけして暮らせるなら何をするか?」を想像して書かせました。私が子供の頃も、そうだったのかもしれませんが、今の子供は現実的なのか、夢がないのか・・・。というそんな作文でした。

「好きなことだけをして暮らせるなら、テレビを見ながら、漫画を読んで、おやつを食べ、疲れたら寝ます。おやつを食べていれば栄養と知識も得られるからです。お金はないと困るので、早く金持ちになって、なるべく早く退職したいです」。「基本、寝ることが好きなので、寝ていられればそれでいい」。これが、優等生の女の子たちの作文で、恵まれた生活をしていると、夢を持つのは難しいのだと実感しました。

「好きなことをして暮らすなら、友達数人と旅にいきたいです。知らない国や無人島に行って、食べるものは、魚を採ったり、木の実をとってたべます。お金は、今まで貯めたおこづかいを半分だけ使って旅をします。残りは、何かのためにとっておきます」。女の子に比べると男の子に夢があるように見えますが、実は、学校で同じような課題が出て、家族で話し合って発表したからのようでした。

子供に考えを与えることはできないかもしれませんが、人生の目的や、夢や希望を持たせられるかどうかは、一緒に時間を過ごす大人にも責任の一端があるように思えます。「寝て暮らすだけの人生」は不可能であり、一生懸命、取り組んでも人生、怠けても人生なら、何かに一生懸命、取り組む大人に育てたいと思う子供たちの作文でした。
by k-onkan | 2011-09-26 23:53 | 児童 | Comments(0)

鮮明な言葉が賢くする

木下式は、子供に言葉を復唱させる時に、「一つずつ区切るマルカート」で教えます。たとえば、「おはようございます」を教えるなら、「おぉ・はぁ・よぉ・おぉ・ごぉ・ざぁ・いぃ・まぁ・すぅ」というように母音を意識して、一字ずつの正しい響きを教えるのです。幼児は、それぞれの音を作るために必要な舌の動かし方、唇のこすり方、呼気の吐き方などを確認して、発音を覚えていきます。

e0143522_1735866.jpg昔は、日本人の家庭に生まれれば、子供も知らず知らずのうちに、流暢な日本語を話せるようになったものですが、最近は、大人が無口になったのか、小学校に入る直前の子供であっても、日本語のラ行が正しく発音できなかったりすることもあります。誰でも自然に話せるようにならないのなら、そのための訓練が必要です。木下式の音感かるたによる言語訓練は、幼児期に日本語の発音を正しく教えることになります。

ところが、初めてこの教え方と出合うとたいへん違和感があるようです。特に、音楽を専門とする人からは疑問の声があがります。それは、「区切って教えることで、子供にフレーズを知らせられないのでは?」ということのようです。知識ある大人なら、一つずつの音の響きを正しく作り出せるなら、次に気をつけるべきことがフレーズです。しかし、木下式が対象にする相手は、年齢が低い幼児たちです。言葉をきちんと受け止めることも、表現することも発達途上にあるのです。大人に教える方法では、幼児に受け止められないのです。

「木下式の教え方が、いかに正しいか・・・」。私は、これを甥Kの発達と共に、再確認しています。兄甥は、第一子で男の子であったこともあって、女の子と比べ、決して発語が早かったわけではありませんでした。その代わり、一語ずつが正確に言えるようになり、語彙はゆっくりと確実に増えていきました。ところが、弟甥は、「兄のように話したい」という気持ちが先行したため、1歳後期には、そのイントネーションを真似て、言葉のようなフレーズを発し始めたのです。しかし、何を言っているか、さっぱり誰にも見当がつかない「K特有の言葉」になっていました。

最近、少しずつ、言葉が鮮明になり、人間らしい日本語に進化しつつありますが、それでも、不鮮明な点は多々あります。「まぁちゃんの手、あかたい(温かい)」「ぼく、バナナ、あべた(食べる)。まぁちゃんも、あべる?」「もっと、マシュナロ(マシュマロ)ちょうらい(ちょうだい)」。一緒に生活していれば、何を言わんとしているか、その癖がわかりり理解できますが、初めて会った人にはKの言葉は皆目、見当もつかないでしょう。

こんな時、木下式の方法で、「あ・・・た・た」「あーたーた」「か・い」「かい」と教えると、一字ずつの音は理解できるようになるのです。文中では、「あべる」となる」「食べるも」「たぁ」を一字だけ教えれば、子供に「食べる」が正しいと知らせることができるのです。手間がかかりますが、幼児音は放置していると、子供自身が何が正しいか分からなくなって混乱してしまいます。手間はかかりますが、親が、平素の生活の中で鮮明な言葉がけをして、教えられることがベストなのですが・・・。
by k-onkan | 2011-09-25 17:35 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

下の子のワカランチン解消のために

思いがけず、2泊3日をとんぼ帰りで、千葉の両親の家に2歳2ヶ月の甥Kと出かけることになり,第二子の特徴を深く理解する良い機会となりました。これまで、兄甥Yとは、一緒に出かけることも多く、「人との和を好み、他人の気持ちを害したくない」というお互いの共通点も熟知しています。しかし、弟甥とは、じっくり向き合う機会もなく、お互いに「よく分からない存在」であり、苦手意識もありました。しかし、Y抜きで行動したことで、Kの気持ちも少し理解できるようになりました。

e0143522_17215213.jpg後から生まれた子供は、どの家庭においても、その家の新参者です。生まれた瞬間から、すでに子供がいて、その家のルールも出来上がっています。下の子は、きちんと説明されたり、納得させられたりすることなく、それに従うことになります。初めての子供が、大人に様子見をされたり、過剰に心配されてもらったのと比べると雲泥の差でしょう。大人も良くも悪くも余裕ができ、下の子のことは、手をかけたり、心配したりしなくなります。

もしも、下の子がすぐに口を聞く能力を持っていたら、「自分は何も聞かされず、不当な扱いだ!」と訴えるかもしれません。言葉を操る代わりに、本当に小さな頃から、大人顔負けの「にらみつけるような挑戦的な目」と「いじけたような、すねたような表情」を備えているのかもしれません。これは、我が家のKだけでなく、どこの家の第二子、第三子にも共通して感じます。本当は、可愛い子なのに、常に上と比べられると、物分りが悪く、わがままに見えるため、益々、怒ったような表情になります。子供は、言葉は理解できなくても、自分の評価の良し悪しは、すぐに察知できるのです。

年齢に相応しくないその表情に、大人はつい「可愛くない」「態度がでかい」「また怒って!!」とさらに注意することになりますが、実は、下の子は、「怒っている」のではなく、困っているのだろうと思います。自分に「知らないことがあり不安だから」憮然とするしかないのかもしれません。皆で大事に育てた上の子に比べ、何しろ、下の子たちは、十分に大人に手をかけてもらっていません。Kと1対1でつきあったことで、そんなことに思いが及ぶようになりました。

「上の子が知っていることは、下の子も知っている」。それは大人の勝手な思い込みであり、上の子と時間を共有して、いろいろなことを一つずつ教えたように、下の子にも、言葉で説明したり、手を添え手伝ったり、しておかなければ、下の子は、一人だけ、疎外感を持って育ってしまったりするものなのかもしれません。Kとの3日間は、私にそんなことを教えてくれました。そして、明日から、第二子、第三子とつきあう時は、「みんながわかっていることを分かるのが、当たり前だと思わず、丁寧に説明してあげよう」と思ったのでした。
by k-onkan | 2011-09-24 23:13 | しつけ | Comments(0)

象もこどもも観察!

2歳の甥Kは、小さな頃から、一人で千葉の祖父母の家に泊まりに行っています。その都度、出かける「ぞうの国」が大好きです。市原にある動物プロダクションが運営する動物園なのですが、何度、見学しても飽き足らず、ついにはネットで、「ぞうのショー」を毎日、復習するほどです。さすがに、連れていく大人の方が飽きてしまい、最近は、他の場所も挑戦しているのですが、それでも、Kは「ぞうさん」が好きなのです。今回、ぞうの国に行ったことがない私が同行したことで、「純子先生と3人で出かけておいで。象の芸は、すごいから、後学のために、麻奈も行くべき」ということになりました。皆で行動するのが大好きなKは「じぃじと、ばぁばは、なぜ行かないの?」と少し不満げです。

e0143522_1131149.jpgKが楽しみにするだけあって、日本の国内で、一番、数多くの「象」と「象使い」がいるとのことでした。そこは、東南アジアの観光地のように、大きな象たちを外国の象使いが操ってみせます。二頭で鼻を使って材木を運んだり、足でボールを蹴ってサッカーしたり、横になった観客を踏まずにその上を歩いたり、観客参加型の面白いショーを見せてくれました。

中でも、一番、感心したのが、こどもの象の「ゆめ花」です。他の象と違うのは、「ぞうの国」で生まれ、母親に育てられた初めての例であり、何から何まで他の象とは違うのです。他の象は、大きくなって人間に芸を教えられていますが、ゆめ花は生まれてすぐから、群れの大人(成獣)がする芸を見ながら自然に育っているので、人間に芸を教えられる前に、親から伝承されているとも言えます。そのため、何の芸をしても、最も小さなゆめ花が一番、上手に披露するのです。リズムに合わせて、タンバリンを叩いたり、踊ったりするのは、人間でも難しいことなので、ゆめ花の様子に驚いてしまいます。

ショーの目玉となるのは、ゆめ花が筆を持って絵の具で描く絵です。「象が絵を描く」と私たちは、「象にそんなことができるはずがない」と思いがちですが、象使いの指示によって、どこに何を何色で描くかが決まっているようです。しかし、そのバリエーションは一つ、二つではありません。春には桜の絵を、正月になると書初めをします。昨日は、秋らしい気候だったため、色鮮やかな黄色で銀杏の木を描いていました。

その日、何の絵を描くかは象使いの指示で決まりますが、覚えた描き方は、新しい絵柄を訓練しても忘れず、指示で、いろいろな絵を描けるといいます。但し、一日に、たくさん描かせると、混乱してしまうため、一日に描かせるのは数枚のようです。芸を教えることを「かわいそう」という人もいるかもしれませんが、覚えた芸を披露して褒められることを好む動物は、芸達者になるだろうと思います。司会をする「ぞうの国」の園長は「ゆめ花の芸は幼児教育の成果」といいます。「人間と動物の教育を一緒にするなんて・・・」と思われる方もいるかもしれませんが、「世代間で物を教える」ということに関しては、動物も人間も本当によく似ています。親ができることを子供に教えるのは簡単ですが、親ができないことを子供には自然には教えられません。それは、人間も動物も変わりはありません。

さて、4度目となるショーを見たKは、これまでの無邪気にキャッキャッと声をあげて、喜びを表現するのとは異なり、真剣に観察するようになりました。ぞう使いが何を使って、どうしているかを観察して、同じことを象のぬいぐるみを相手に、同じことを模倣していました。最近、言葉が達者になり、表現力が身に付いた分、「怖い」という感情が表現できるようになり、すっかり、大好きな象にえさをやることもできなくなってしまいました。

これまでは、何も怖がらずに、えさをやったり、動物に近づいていたため、怖がりの兄甥より「大物かも」と思っていましたが、それは、赤ん坊で知識がなかったための「怖いもの知らず」に過ぎなかったようです。何しろ、とても小さな動物さえ「怖い、怖い」とせっかく買ったえさも、ほとんど使えずに帰ってきました。想像力が備わったから怖がりなのか、わが一族のDNAが原因かは分かりませんが、幼児に「怖がる」という感情が芽生えるのは、順調な発達の証でもあると感じます。ぞうの国の子象と、我が家の小さなカイジュウをじっくり観察した一日だったのでした。
by k-onkan | 2011-09-23 23:30 | 幼児 | Comments(2)

怖いから、ちょっと好き

我が家は、スキンシップと愛の交感が激しい家族です。私たちが子供のころは、よく父に膝の上にのせられて、ほっぺをスリスリされたり、動物のように甘噛みをされたりして、キャーキャー言って喜んだものでした。今でも、木下先生は、男の子が上手になったりすると、ひげをゴリゴリとこすり付けて可愛がることがあります。

e0143522_22123298.jpg当然、そうやって育った私も、気が付くと甥たちに似たようなことをしています。さすがに、髭はないのでゴリゴリはしませんが、ほっぺとほっぺをくっつけたり、おでこにチュッとしたりはよくしています。平素、厳しい分、愛情の確認はかなり多いかもしれません。、それでも、やはり、甥たちからは怖がられているのです。

2歳2か月の甥Kとともに秋分の日を千葉に滞在することになった私。車中で、隣にいたKの相手をするため、軽い気持ちで、「まぁちゃんは、Kちゃんがだ~いすきよ。Kちゃんは?」と聞いてしまいました。兄甥のYなら、内心、迷惑がっていたとしても、お世辞で「大好きだよ」と言う処世術を心得ていますが、Kは2歳だからこそ、正直で何も答えなくなってしまいました。

「うん?Kちゃん、どうしたの?」「ちょっとは…」と言葉が淀みます。「え、ちょっとだけ?」「ちょっとー。ちょっとー。ちょっとはぁ…」。何度も同じ言葉を繰り返し、そのあとに、「こわいから~。ちょっと好き」。

普段、幼児であるからとわがままのすべてを許さず、悪いことをすれば叱るため、一筋縄にはいかない相手として認識されているはずです。私を怖がっているのは、当たり前と思いますが、言葉を話はじめる2歳は、子供が一番、無邪気で可愛いころです。その時期の子供に「怖いから」「少し好き」と言われるのは、さすがに、ショックもありますが、可愛い甥だからこそ、3つ子の魂100まで。大人になった時に、人から愛される人間になるように、わがままのすべてを許し、好かれることが愛情ではないのだ。自分のあり方に間違いはないのだと思い直したのです。みんなが、優しくわがままを許していたら、大人になって、こまるのは、目に見えています。どんなに嫌われても本当のことを言える大人でありたいと思うのです。
by k-onkan | 2011-09-22 23:57 | 幼児 | Comments(0)

いいの!しないの!

自分の思いが通そうとすると、ギャーと大きな声で泣き、人の話を受け入れない2歳の甥Kですが、実は、第二子の特性で兄甥が2歳だった頃より、発達が早く賢いと感じる面もたくさんあります。但し、二番目は気分に左右されるため、素直だった兄の方が教え易くもあり賢く感じるようです。

e0143522_14554879.jpg生まれた時から兄姉という目の上のたんこぶが存在する下の子供は、どこの家庭でも共通して「生きる力」が強いと感じます。みなに大事に育てられた長子にはない長所が「強さ」が意欲につながるのですが、時にそれが子どもを意固地、頑固という悪い方向へと進ませてしまうこともあるようです。やはり、強さと同時に子供らしい素直さも育んでやりたいのです。

我が家のKも最近、叱られると、「いいの!しないの」と抵抗してみせます。それに負けまいと思うと大人がK以上の強さを行使しなければなりません。最近、それが逆効果になっていると感じていました。何しろ、叱れば、叱るほど、Kの強さは増していくのです。気分が良い時は本当に可愛い子なのですが、少しでも気分を害すると2歳とは思えない頑固者に豹変するのです。そこで、最近、「やさしく諭す」という方法で、「大人に抵抗するのではなく、素直に可愛くすること」を教えています。

今日もトイレの後、パンツをはかずフラフラしているので、「Kちゃん、パンツをはかないとダメよ」と声をかけると「いいの。はかないの」と臨戦態勢に入りました、これ以上、何か言われたら、大きな声で怒鳴って泣こうという顔をしています。そこで、優しくひざに乗せて、こう諭しました。「Kちゃんのことを怒っているんじゃないのよ。Kちゃんがパンツをはかないでフラフラしていると、大事なところを虫に刺されてしまうかもしれない。もしかすると、転んでぶつけてしまうかもしれない。可愛いKちゃんにあったら、困るでしょ?だから、パンツをはきなさいって、教えているのよ。怒っているんじゃないのよ。どう?分かる?」。優しくされると、「うん。分かった」。可愛くすることができるのです。

子供を可愛くさせるためには、大人が強くあることも大事ですが、大人が守ってやる強さを持っていることを教えるべき時もあるのだと思います。厳しく叱って効果があるのは、「叱られたくない」と思っている子供の時です。「叱られたら、倍にして返そう」と思っている子供は、叱られれば叱られるほど、意固地になってしまいます。子供の気持ちを受け止める時も必要なのです。子供と付き合う際に一番、大事なことは、「今、その子が何を必要としているか」を見極め、必要な助言や愛情を与えることであると感じるのです。
by k-onkan | 2011-09-21 14:55 | 幼児 | Comments(0)