麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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痴漢ってなぁに?

卒業生のちぃちゃんに、数日前、甥たちのシッターをお願いした時のことです。授業が終わって、テレビでニュースの特集を見ていた2年生のYが「痴漢ってなぁに?」とちぃちゃんに聞いたそうです。年若いちぃちゃんは、2年生の甥Yに「痴漢」をどのように教えてよいか分からなかったといいます。幼児の頃から知るYが、色気づいたのかと不安になったのかもしれません。思わず、聞こえないふりをしてしまったそうです。

e0143522_23444541.jpg大人が、子供の質問に驚かされることは、しばしばありますが、どんなことを聞かれても良いように、カードだけは用意しておかなければと思います。専門的に説明しなくても子供が理解できる範囲で、言葉を選んで、説明すればよいのです。子供もそんなに深く知りたがっているのではないと思います。テレビで聞いた知らない単語だから、身近にいる大人に聞いた程度のことでしょう。

私なら、「YもKちゃんもお母さんが大好きで、抱っこした時におっぱいに顔をくっつけたり、お尻の後ろに隠れたりしたでしょう? そういうことを大人になって、よその女性にすると、痴漢と言って犯罪になるのよ」とでも説明するでしょう。すると、「なんで、そんなことをすぐに思いつくの?」とちぃちゃんは驚きます。これは、子供と付き合う中で、私が身につけた技かもしれません。いつも頭を柔らかくして、子供に聞かれそうなことを説明する心の準備をしています。

子供の「なぜ?」「どうして?」に瞬時に答えられないと、「ボクの質問に答えてくれない」「大人の世界には、いえないことがあるんだ」「大人だって分からないから自分も勉強する必要などない」など、いろいろな理由づけを考えるのが子供です。また、誰も教えてくれないからといって、変なことに興味を持たれて、隠れて調べられるのもいやなものです。番組を見た時点で、前後の文で内容は実はわかっていたりもするのかもしれません。なるべく、明るく、答えるだろうと思います。

でも、やはり、ニュースで「教師が17歳の少女にみだらな行為」「警察官が、痴漢」などというテロップが出ると、困ってしまいます。世の中の大人の方にお願いです。子供に説明がつかないような事件を大人に起されるのは、教育上、とても迷惑です。特に、教師や警察官という地位にいる方の事件は、子供に説明の仕様がないのです。子供は、「大人だって、悪いことばっかりしているのに、なんで、子供だけ、ちゃんとしなくちゃいけないの?」と自分のすべきことをしない理由に置き換えたりできる賢い生き物なのですから。
by k-onkan | 2011-10-31 23:44 | 児童 | Comments(0)

男の子育ては難しい!?

最近、卒業生の女の子がこんな話をしてくれました。「みんなで囲んだ食卓で自分の大好物だけを食べ続けた大学生の弟を「他の人のことをどうして、もっと思いやれないのか」とお母さんが殴って怒った」という話でした。これを聞いて、「このお母さんは偉いなぁ」と思ったのです。大学生にもなれば、息子はきっとお母さんより背も体も大きいはずです。その息子を殴ってでも教えなければと、このお母さんが思ったのは、社会に出たり、自分の家族を持つ息子に対する愛情です。

e0143522_14581370.jpg我が家にも、高校生の卒業生男子が、よく遊びにきます。そんな時は、手料理で食卓を囲みますが、それぞれの家庭生活が見え隠れします。いろいろな種類の食べ物を満遍なく取って食べたり、他の人の皿に盛ってあげたりする気配りのある優しい男の子は、幅広い年齢の家族がいたり、皆で食卓を囲む経験が多かったり、寮生活を経験している子です。中には自分の前に置かれた大皿に好きな物があると、一人で、全部食べてしまう子もいます。他の人の存在を考える習慣がないのです。もしかすると、家庭でも、レストランのように自分の好きなものを個別に食べているのかもしれません。

結婚した旦那さんが、一人っ子で、人と物を分けあう習慣がなく、奥さんの分まで食べてしまったという笑い話のような話を聞きました。男性にしたら「親のところでは当たり前だった。何がいけないの?」ということかもしれませんが、この話を聞くと、大学生の息子をおいかけて、人の分まで食べるなと教えるお母さんがわが子のためを思って、怒っているのが分かります。

母親は、小さなわが子が喜んで食べる好物があると、自分の分も与えたくなるものです。しかし、人は育てられたように育つものです。子供なら可愛いですむことが、大人だと身勝手になるのです。親は、長い目で子供の将来を見据えて、しつけも教育もしなければと思います。特に、息子を育てる母親は、自分の都合の良い男ではなく、よその女性から認めるように育てあげなければと思うのです。
by k-onkan | 2011-10-30 14:57 | 名誉団員・卒業生 | Comments(2)

音楽を通して感性豊かな人間に

楽院の児童部レッスン風景

児童部のレッスンで、合唱の練習をしたのですが、頑張って声を出しても、自分のことしか考えず、音楽が乱れるので、子供たちにお説教をしてしまいました。音楽には、個人プレーもあれば、協力して作り上げるものもあり、皆で、一つの音楽を作るためには、細心の注意が必要です。だからこそ、音楽によって、子供たちに精神性も教えることができるのかもしれません。

e0143522_1141146.jpg「みんなは、「やかんのお湯を見てきて」と言われたら、グツグツ沸騰していても、「見た」といって、ただ戻ってくるの?」と聞くと、子供たちはきょとんとしていて笑い話にもなりません。クスっと笑うのは中学生になった女の子だけです。「見てきて!といわれたら、「自分がどうすることが求められているか」まで考えるのよ。言われたことをしただけではダメなのよ。歌だってそうよ。ただ声を出して歌っているから良いのじゃない。隣の人と違う声を出していないか、皆に迷惑をかけていないか、そういうことを考えられる感性の持ち主になってほしい・・・。自分が違う声を出して、何も感じずに周囲の子まで音痴にするような人は、いつまでも、収束しない福島原発と同じくらい困る」。

私が政治家なら、違う声を出すのは、命に関わる「危険な原発」とは違うといって、失言で失脚させられるのかもしれません。しかし、子供に真剣に善悪を教える時は、時事にたとえたり、本音の話が一番、印象に残って、心に響いたりするのです。これを禁じられたら、子供に何も教えられなくなってしまいます。なぜなら、人が大人になって、責任のある行動をするか否かは、子供の頃の遊びや学びの中で、学んだことが基本になっていると思うからです。些細なことでも責任感を教えられた子供と、そうでない子供では大人になった時の感覚が異なります。

私は、単に音感教育を施しているに過ぎませんが、音楽訓練を通して、生きるために必要な事柄も教えていると最近、感じます。音楽が求める自己主張と協調という二つは、人生を生きる上でも求められるものです。自分を大切にするだけでなく、他人のことも慮れる、楽院の子供たちには、そんな心の豊かな人間に育って欲しいと思っているのです。
by k-onkan | 2011-10-29 23:39 | 児童 | Comments(0)

お互いを認め合えるように

のぞみクラス 体験授業はこちら

e0143522_119997.jpg今月から勉強を始めた2歳児(未就園児)クラスがありました。今年3歳になる女の子二人が勉強しています。口をきけるようになる前から、望クラスで勉強を始めた子供たちは、直立不動で立って先生の話を集中して聞くことや、口の形を真似て同じ高さの声を出すなど、一般の子供には、我慢や集中が必要な事も苦労なくできるのです。これが、のぞみクラスから開始する利点なのです。とは言っても、まだ2歳児なので、1時間以上かかる授業では、途中で「疲れた」「ママが見てない」など、いろいろなことに気が散ったりするのです。

さて、このクラスにいるAちゃんには、2学年、上のお姉さんHちゃんがいて、年中クラスで勉強しています。その子がロビーにいる様子だったので、カスタネットと身体表現(一般のリトミックのような課題)の手本をさせることにしました。小さな子供は、年上のお姉さんにお手本を示されると、「自分も上手になろう」と真似たり、意欲を見せるからです。

私の思わく通り、目を輝かせたのは、妹のAちゃんではなく、普段、途中でお腹が痛くなるなど少々、気弱な面があるNちゃんでした。お姉さんが指先までピンと伸ばして、カスタネットを叩く姿に刺激され、Nちゃんも頑張ろうとします。それに反して、憮然とした表情で怒りをあらわにしたのが、妹のAちゃんでした。「どうして、私のクラスに、お姉さんが来て、私より上手にやっているの?」という気分かもしれません。

第二子は上の子を真似ることで、色々なことが感覚的にこなせる特質があります。大人が手をかけて、育てあげた兄姉の子に比べると、何でも簡単にできるようになっているので親御さんの期待は高まりますが、第二子にも短所はあります。それは、何でも見よう見まねで体得しているため、苦労して物事に取り組む経験が多くないことです。難しいこと、辛いことは上の子が体験しているため、弟妹は、そこを避けて真似ることができます。当然、叱れる機会も少ないため、何かにきちんと取り組もうとすると、忍耐力が足りなかったり、打たれ弱かったりするのです。

Aちゃんが、お姉さんの頑張る姿に怒った理由もここらへんにありました。通常、2歳と4歳が同じことをすると、大きい子ができて当たり前、小さい子の方が褒められることが多いはずです。但し、音感の課題については、正確にできている方が手本になります。つまり、お姉さんの評価が高いのです。妹にとっては初めての敗北感であったかもしれません。Aちゃんの残念な気持ちも理解できますが、あえて、小さなストレスを与え、そのつきあい方を教えるのも教育であると思っています。なぜなら、これからも、お姉さんが上手にできることはいくらでも出てきます。その都度、怒って何もやらなくなったら、Aちゃんは何もできない人になってしまいます。普段は、一緒にふざけて遊ぶお姉さんも、地道に訓練を続けると、だんだん立派になっています。その姿によって、姉を尊敬する機会になればと思っています。姉妹は両親の愛を取り合うライバルかもしれませんが、親御さん不在の時は、この世で助け合えるたった二人の姉妹です。愛を取り合って、いがみ合うより尊敬しあえるように導きたいものだと思うのです。
by k-onkan | 2011-10-28 23:16 | 幼児 | Comments(0)

男の子を育てるって難しい

幼児部の授業風景はこちら

今日は、年少のクラスがありました。このクラスには、毎週、グスグスと涙をこぼす男の子が数名います。理由はそれぞれ違うのですが、幼児期の男の子は、女の子の数倍も繊細で泣き虫で弱虫です。今日は、お祖母ちゃまに連れられたKくんが、泣きながら、楽院に入ってきました。最近、年長のお兄さんにばかり、注目が集まることで、少し、寂しい思いをしているようです。

e0143522_21565350.jpgお祖母ちゃまが困っていらっしゃったので、着替えをお手伝いしながら、「ママとじゃないから、寂しいの?」と聞くと、コクンとうなづきます。「でも、せっかく、お祖母ちゃまが連れてきてくださったのだから、ありがとうしなくちゃね」。でも涙は止まりません。「抱っこして欲しい感じ?」と聞くと、コクンとうなづきます。「ママじゃなくて、先生でもいいの?」というと、もう一度、うなづきます。「怖い麻奈先生でもいいから抱っこしてほしいほど、寂しいなら、1回だけ抱っこしてあげるから、その後は、泣くのを辞めて中に入ってお勉強してね」。結構、聞き分けよく涙を止めることができました。実は、楽院の外から泣いていたので、「涙を止めてから教室に入れば?」と声をかけられたそうです。しかし、Kくん本人が、「いい。教室に入る」といったそうです。楽院に入れば、私たちの誰かが、涙を止めてくれることを知っていたのかもしれません。

子供が泣いている時は、どんなに一生懸命、学ばせたり、歌わせたり、何かさせようとしても、実は、何も身についていないものです。そのため、なるべく短時間で泣き止ませるため、なだめることもあれば、ビシッと叱ることもあります。Kくんのように普段、泣かない子が泣いている時は優しく言い聞かせることもあります。反対に、いつも泣く子には、少し怖い声をかけます。瞬時に泣くのを止めさせるには、実は優しい声より、怖い声の方が効き目があります。しかし、そこは、指導者と子供、保護者の信頼関係が成り立っていないと逆効果であったりもします。

Kくんが機嫌よく、勉強を始めると、そこにもう一人、グスグス泣いているTくんがやってきました。Tくんは、幼稚園が遠いため、どうしても、30分遅れての到着になるのです。私たちもみんな、承知していることなのですが、繊細な男の子にとって、自分よりも早く到着して勉強している友達がいるだけで、腰がひけてしまうようです。子供は泣いている理由がうまく説明できないため、「先生が怖くて音感が嫌い」と理由づけをすることもあるのですが、頑張って褒められると、泣いたことも忘れてしまうものです。幼児の言葉より、終わった後の目の輝きや達成した喜びなどを表情から判断していただけたらと思います。

「男の子は繊細で、やさしいからこそ、強く育ててくださいね」。男の子のお母様方に声をかけていると、二人の女の子を持つお母様が「えぇ?男の子はビシビシ、厳しく鍛えればいいのではないのですか?男の子って難しいんですね」と驚いた声を出されました。男の子を強く育てるためにビシビシと鍛えることは大事なことですが、それをするのは、女の先生やお母様であってはならないように感じます。小さな頃から、女性にやっつけられて育った男の子は、女性の顔色をうかがう気弱さを持ったまま大人になってしまうからです。

男の子は、女性に都合の良い男性ではなく、強さのある男性に育てたいと思うのです。そのために、男の子育てには、男性が必要なのだと思います。この子たちももう少し、大きくなれば、木下先生から指導を受けるようになります。すると、男としての強さを求められることになるのです。それまで、もう少し強くしておかなければと思っているところなのです。
by k-onkan | 2011-10-27 21:49 | 幼児 | Comments(0)

もううちの子じゃありません

2歳児クラスの体験はこちら

最近の「のど飴」は種類も豊富でとても美味しくなりました。くだものの味から、ミルキー味まで「本当に、喉にいいの?」というほど、種類があります。ここ1週間ほど、喉の調子が悪かった私は、職員室の机に飴の袋を持っていました。ピアノの練習から戻った2年生の甥Yが「喉がいがらっぽいから、ぼくにも飴、ちょうだい」とやってきました。私が、飴の袋を差し出すと、それを見ていた2歳3ヶ月の弟甥Kも「いいなぁ~」とうらやましい声を出します。帰り支度をしていた瑠音先生が「Kちゃんは、おやつをいっぱい食べたし、飴はダメよ」と声をかけます。しかし、Kは納得がいかず、ほっぺたを膨らませています。

e0143522_8372293.jpg2歳児に飴玉を与えて喉につめては危険なので、瑠音先生は、Kに禁止しているのです。それでも、不憫に思った私は、「ちょっとだけ、割ってあげようか?」と声をかけると、Kの目が輝きます。音感を教える前に、良好な関係を構築する必要がある私は、最近、厳しい伯母の顔と別に、優しい顔も見せるよう心がけているのです。少し飴玉を割って、かけらを口に入れようとした瞬間、「安藤家の子供は3歳まで飴玉は食べません。飴を食べたKちゃんは、もう、まぁちゃんの家の子になったのね」と帰宅を始めるではありませんか。

それを聞いたKは、飴の欠片を口に入れるのを止めて、いきなり床に寝転がり、この世の終わりのように泣き始めました。ダメという母親に反した自分が見捨てられたことを悟ったのです。私もこの「ちいさな怪獣K」を置いていかれたら、たいへんです。「Kちゃん、まだ、食べてないから、お母さんに謝って、一緒に連れて帰ってもらおう。私が悪かった。Kちゃんが飴を食べると、お母さんの子供じゃなくなるなんて、知らなかったから」と謝りました。Kを抱いて、「ごめんなさい。飴は食べていませんから、安藤家の子でいさせてください」。と連れていきました。「Kちゃん、飴は3歳からよ」。もう一度、瑠音先生が釘を指します。Kは、2歳のうちは、飴を欲しないでしょうし、この様子を見せられた私も、もう二度と内緒で飴を与えようとは思わないでしょう。

我が妹ながら、このしつけには、本当に感心させられました。なぜなら、たいていの弟妹は、「下の子だけ、食べさせないのは、かわいそう」という理由で低年齢から、上の子と一緒にチョコレートや飴、コーラなどを、食べ始めるのが一般的なものです。つまり、兄姉が食べている時に、弟妹に、「まだ、早い」と食べさせないしつけはとても難しいことなのです。私のように、大人の方が、「兄が食べるのだから、弟にも」と思ってしまうのですが、上の子に「虫歯になる」「体に悪いから」という理由で与えなかった甘いものや炭酸飲料が、下の子の時になって、急に体に良いものに変わるわけはないのです。

そう思うと、飴を与えようとした私より、「お母さん、こわー(怖い)」と言われる瑠音先生の方が、真にKの健康を考える優しさがあるのです。松下幸之助氏は「客が喜ぶものを与えるな。客に喜ばれるものを与えよ」と言ったそうですが、それは商売だけでなく、しつけにも通じることかもしれないと思います。今、Kが喜ぶものを与えるのは簡単ですが、将来、健康な歯と体を持たせる方が本人のためになること。日常生活には、つい甘くなりがちな伯母の私は反省させられた出来事だったのでした。
by k-onkan | 2011-10-26 23:35 | しつけ | Comments(2)

楽しむために学ぶこと

児童部の授業風景はこちら

私が子供の頃、休み時間になると、ピアノを習っている女の子5~6名が集まり、得意な曲を披露したりすることがありました。それぞれ、音楽会で弾いた曲や、その時、習っていた曲を弾き、お互いの腕前を探り合ったものでした。子供の頃は、他人の演奏の上手下手の判断があまり分からず、練習曲が進んでいる子や、有名な曲を弾いている子、速い曲を弾く子に感心したものですが、学年があがるにつれて、ピアノ人口は減り、最後に残ったのは、派手な曲を弾き飛ばしていた子ではなく、バッハやツェルニーなども真面目に、勉強していた子であったりしたものでした。

e0143522_048461.jpg音楽を専門的に勉強したことがないと理解しづらいものですが、演奏の上手下手は、ミスがない以上に、一つひとつの音にどれだけ心を配り、情感を込め、美しい音色で意味のある音を奏でられているが大事であったりします。しかし、これが分かるようになるまでには、弾く側も聴く側も相当の時間を要するのでしょう。

最近、「ピアノの宿題があがらない」と相談を受け、その様子を拝見したことがあります。一見、間違いなくスラスラ弾く様子に、一般の教室であれば、次の曲に進めていただけるのかもしれないと思いました。けれど、ピアノの先生が、その子の本に注意書きをされていることは、実は、もっと音楽的に高度な要求なのです。それは、将来、音楽を専門的に勉強すると、必ず必要になる事柄でもあります。

「たかが、子供のおけいこごとなので、そこまで専門的に教えられなくても良い」と考える人もあるかもしれません。しかし、楽院で勉強している子供は、いつ、何時、「音楽の道に進みたい」と言い出さないとも限りません。それなら、最初から、きちんとしたことを学ばせておきたいと思うのです。

最近、年齢が低い幼児が、とても難しい曲を高速で弾いている姿を見かけました。その演奏は、音楽室で友達と競いあった弾き方を思い出させられるものでした。難曲をそれだけ、速く弾けるためには、相当、練習をしているとは思いますが、音楽の楽しさや美しさは、まだ学ばせてもらえていないのだと思ったりします。音楽を真の意味で、楽しむためには、相当な努力が必要なのです。
by k-onkan | 2011-10-25 23:47 | 音楽 | Comments(0)

こわくないよ。好きよ

のぞみクラスの授業風景

e0143522_14404479.jpg最近、「こわいからあげる」と言って花をくれたり、何かについて怒っていると、抱きしめてくれる2歳のKですが、半年ほど前までは、大人の言うことをきかず、叱られると逆切れして、お仕置き部屋に行かされてばかりいたのです。ところが、言葉が話せるようになって、大人の言葉が理解できるようになると、反抗することも減り、悪いことをすると「ごめんしゃい」と素直に頭を下げ、悲しいことがあると「にぃに、抱っこして」と甘えたり、可愛いところも見せられるようになってきました。

そのKと近所まで買い物に出かけた時のことです。「Kちゃんは、私が怖いのでしょう?」と聞くと、「こわくないよ。まぁちゃん、好き」と可愛いことをいいます。うがった見方をすると、媚を売っているようにも見えますが、子供なりに怖い私が少しでも優しくなるように、「怖くないよ」「好きだよ」と言い聞かせます。私は、2歳の甥から、「怖くない叔母」「愛される叔母」に育て直されているようです。

数日前、年少のレッスンでこんなことがありました。とても可愛いSちゃんが、最近、とても反抗的な態度を取るのです。大人が「ダメ」と言うと、かえってそれをしてしまいます。「行儀よく勉強しよう」というと、行儀が悪くなります。「やりましょう」と言われると、益々、何もしません。口うるさく言うより、しばらく、放っておく方が良い時期なのかもしれません。Sちゃんには、優秀なお姉さんがいるので、悪いことでしか、大人の注意を引きつけることができないのかもしれません。

「お母さんの言うこともきかないの?」と純子先生が聞くと、「きかない」と答えます。「ごめんなさいはしないの?」「したくない」。3歳児なのに、はっきりとした意志を持って反抗しているようにも見えます。「でも、最後はごめんなさい、するの」。やっぱり、可愛がってもらいたい気持ちもあるようです。

子供も大人も「可愛くない」「憎らしい」「そんな悪い子は嫌い」とマイナスな言葉ばかり投げかけられていると、それを改善するどころか、益々、言葉通りになってしまいます。悪いことをしたからといって、いつも、突き放すような叱り方をするのではなく、たまには、情に訴えたり、優しい言葉を差し伸べ、「ママは、ちゃんと頑張っているおりこうなSちゃんが好きなのよ」とか、「頑張って欲しいなぁ」と、子供を立てて、道を譲り、正しい道を知らせることが必要なこともあります。押してもダメなら引いてみよ!いつも、怖くばかりするのが、躾ではなく、結果的に子供を正しい道に導くことこそ、親が子供にすべき躾なのではないかと思うのですが・・・。
by k-onkan | 2011-10-24 23:40 | 幼児 | Comments(0)

チィちゃん、ありがとう

楽院の行事はこちら

e0143522_11304428.jpg季節の変わり目で風邪が流行っているようです。最近、移動が多かった私も、すっかり体調を崩し、熱は高くないのですが、頭痛と気だるさでグッタリ。その上、大事な商売道具の声はガサガサ、響きもありません。週末は、ゆっくり休んで治さなければと思っていました。そんな折、卒業生チィちゃんから連絡があり、「我慢強い麻奈先生が口に出して調子が悪いと言うからには、よほど具合が悪いに違いない。今から行く」と優しいことを言ってくれます。しかし、土曜日の夜遅くに、娘ほどの女性が遠くからやって来ることを想像するだけで熱が上がってしまいそうです。丁重に断ると、翌日、体によさそうなものをもって、きてくれました。チィちゃんは、本当はとても優しい子なのです。しかし、子供の頃から、素直にそれを出せず、損ばかりしてきました。

子供の頃は、楽院や学校、どこへ行っても、「チィ子は気が強くて怖い、生意気」と恐れられる子で、私やお母様からも、「よけいな一言で敵を作ってはいけない」と本当によく叱られていました。今でも、「尾瀬合宿で就寝時間にスタンツの練習をして、他の子は叱られなかったのに、私だけ麻奈先生に怒鳴りつけられて、「チィちゃんは、山に捨てる」といわれた」などと、うらみごとのような思い出を語ってくれますが、私は「就寝時間に起きていた方が悪いし、大人に目をつけられるような悪い事を人より多くしていたに違いない」と切り返しています。

5年生という多感な年頃に家庭の事情で楽院を辞めたチィちゃんは、他の子のように、反抗期の後の安定期を楽院で過ごしていません。私のところに最近、よく来るのは、この欠けた時期を取り戻しに来ているのかもしれないと思うのです。女の子には、誰でも、4年生から6年生にかけて、先生や親の言うこと反抗的かつ感情的に受け止め、全否定する時期があります。その後に、「大人にもいろいろな事情があること」を理解すると、荒れていたことが嘘のように急に落ち着いて、大人とも良い関係を築くことができるようになるものです。子供から大人へと成長する時期でもあります。

さて、我が家にやって来たチィちゃんが、「ものすごく頭にきた」といって、千葉県のコンビニで女の子が生み落とされ、捨てられたニュースを語り始めました。「あんなひどいことを親がするなんて!この子には絶対に幸せになって欲しい」と憤慨するチィちゃんに、私は、この事件は氷山の一角で日本中に似たような話があるらしいと話すと、「捨てられた子供を全員、ひきとって育てたい」と言い出します。実際、そんなことは不可能ですが、そうした素直な気持ちを持っているこの子を私はうらやましいと思うのです。世の中に、正しくないことは多くありますが、それを自分のことのように「頭にくる」と思える感性を持つ人は少ないものです。

大人になればなるほど、「人にはそれぞれ事情があるから、他人が怒っても仕方ないし・・・」とか「そういう運命なのだから」とただ事実を受け入れ、自分のことだけを考えるようになるものです。しかし、正しくないことを「正しくない」と口にする人がいなくなったら、世の中、悪くなるしかありません。もしかすると、チィちゃんのような子が、将来、人のために何かを成し遂げるかもと少しだけ期待したりします。これまで、大勢の人に心配や迷惑をかけたチィちゃんだからこそ、他人のためになることをして、幸せになって欲しいと願わずにはいられないのです。
by k-onkan | 2011-10-23 23:28 | 名誉団員・卒業生 | Comments(2)

逃げるが勝ちなのか?

1週間ほど前、知人で絵描きの小暮満寿雄氏からこんな話を聞かせていただきました。それは、平均年齢が40代から60代のメンバーで、来るもの拒まず、去るもの追わずで、柔道を楽しむ会での出来事でした。最近、有段者で30代の方が、60代の方に軽い怪我を負わせてしまったそうです。乱取りに問題はなかったものの若い黒帯が、高齢の白帯に怪我を負わせたのは問題という理由から、「今後、注意していただきたい」と小暮氏からメールを送ったそうです。すると、「迷惑をかけて申し訳ない。今後はもう参加しない」という返事がありました。

e0143522_21105762.jpg注意をしたことで、相手を辞めさせる結果になった小暮氏は、相当、落ち込まれたのではと思います。「私の伝え方が悪かった。辞めるほどのことではないから、今後も続けてください」とすぐにメールを送ったそうです。また、怪我をした年配の方も、「怪我をしたのは私の責任。貴方が悪いのではないから、辞めるなどといわずに、どうぞ、続けていただきたい」。人生の先輩二人が頭を下げたのですが、結局、返事はなく、その人は顔を出さなくなってしまったというなんとも、後味の悪い話なのでした。

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実は、ちょうど、同じ頃、私は大学4年の卒業生Aから似たような話を聞かされたばかりでした。アルバイト先で、先輩に強く注意される失敗をしたというのです。尊敬する先輩の期待を裏切ってしまった自分に嫌気がさしたAは、「もう顔を見られないから辞めます!」と伝えたそうです。すると、「なぜ、そうなるのか」ともっと叱られたのです。注意されたら、それを直せば済むことであって、「迷惑をかけたから、もう来ない」というのは短絡的だという意味でしょう。

意見を求めてきたAに、私もその先輩と同感であることを伝えました。世の中に出たら、成功することより、失敗することの方が多いものです。特に、若くて未熟な内ならなお更でしょう。失敗する度に辞めていたら、どこにも居場所がなくなってしまいます。自分のことを注意してくれる人、叱ってくれる人が存在するのは実はとても幸せなことです。失敗しても何も言われないのは、その人が親切だからではなく、関わるのが面倒だからともいえます。注意してくれる人は、自分のことを気にかけてくれている人です。感謝こそすれ、受け入れ拒否は大人として、社会人としてはいただけないように思います。

柔道の会の怪我をさせてしまった話も、Aのアルバイト先の失敗も、最近、よくある話です。「自分の感情」だけを考えると、「注意されて、恥をかかされた」という気持ちも分からなくないのですが、失敗をするのは、誰にでもあることであり、今後に生かせたら、注意されることも自分のためになるのではと思います。一度、目をそらして逃げ出すことを覚えると、どこへ行っても、同じ過ちを繰り返してしまうように思います。そんなことを、可愛がっているAには理解して欲しいと思っていたところに、似たような話が転がりこんでいて、どこでも同じようなことが起きているのだと思ったのでした。
by k-onkan | 2011-10-22 21:09 | 名誉団員・卒業生 | Comments(2)