麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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ブログ、4周年記念!?

私が音感教育を実践する傍ら、子育てブログを書き始めたのは4年前の今日、2月29日です。その間、子どもたちのこと、教育のこと、子育てのこと、お稽古事のこと、木下式について、等など、一日も休まず(たまに、遅れて数件、まとめてあげることもありましたが)書き続けたことになります。

e0143522_22511724.jpgそのきっかけを与えてくれたのが現在、大学4年になる卒業生のAでした。Aは私が認定講師になって初めて2歳児から継続して教えた女の子です。小学4年の時、東北地方へ引っ越しましたが、高速バスを使って往復8時間かけて楽院に通学してきました。その後もオペラ公演や海外公演に参加し、中学3年まで、合唱団の重鎮でした。そんななAが苦労して入学した私立高校を辞めたいと言って、お母さんを困らせていると聞いたのは高校2年生の冬でした。なんとか、説得したり、説教して、Aの行き着いた答えは、「麻奈先生の家に住ませてくれるなら学校を続ける」という驚くべき案でした。そして、一緒に暮らすと、びっくりさせられること、疑問に思うことがたくさん出てきました。

楽院に通ってくる子供たちは、皆、教育熱心で恵まれた家庭の子供たちです。Aも例外ではありません。私立高校に通い、音楽以外にさまざまなお稽古事に通っていました。にも関わらず、Aの中で、善悪の区別や物事の常識として理解されていたことは、楽院で教わったことだけのように見えました。家庭の教え、学校の教え、よそのお稽古ごとの教えは、生活を共にしても、一切、見えてこないのです。それを見ると、現在、関わっている小さな子供たちも、将来、Aのように、迷ったり、悩んだりするのかもしれないと考えました。そして、ブログを通して予防策をお伝えすることにしたのです。

1週間半前に、音楽祭が終わり、私は少し時間的余裕ができました。そして、久しぶりにAに会うことができました。そして、「無事に大学を卒業することができること、そして、やはり、自分が一番、やりたいことは音楽」と報告されました。4月からは、働きながら、「音楽の勉強をすると思う・・・」。親御さんが聞いたら、気の毒ですが、自分の考えを口にしていました。

「こんなことなら、もっとはやく音楽の道に絞って、努力すればよかったのに」と私たち大人は思いますが、「お母さんが決めた道」でもなく、「私たちが推薦した道」でもなく、自分で選んだ道を進んだことで始めて、自分の人生に責任を持つことの意味を知るのかもしれません。

私の目から見ると、まだまだ、Aには心配なことだらけです。でも、一つだけ、その子の言葉に、すごく感激してしまったことがあるのです。「自分は世の中に出るには知らないことだらけで、愚かだといわれることも多いけれど、一つだけ、誰からも褒められることがある。それは、他人を大事にすること。他人との約束を守ったり、裏切らないこと。麻奈先生にとっては、当たり前のことかもしれないけれど、私たちの世界では、とても珍しいことなんだ。だから、認めてもらえる。本当に、楽院に通わせてもらって良かったって思う。それって、音感で教えてもらったことだから・・・」。頑張れ!A
by k-onkan | 2012-02-29 22:51 | 名誉団員・卒業生 | Comments(0)

成功体験は人を変える

音楽祭が終わって、久しぶりの年長クラスの授業がありました。どの子供も、独唱という大役を果たしたことで、心の成長と自信がついたようにも見えます。特に、年中のMくんは、ご両親をはじめ、普段、孫の行事に顔を出せないほど忙しいお祖父母さままでが会場に足を運び、Mくんの独唱に「すごい、すごい」を連発されたと報告してくれました。

e0143522_416286.jpg実は、このMくんは音楽祭に出演が決まる数ヶ月前に、「何をしても楽しくない。何も頑張りたくない。なんで、勉強したり、お稽古をしたりしなければいけないの?自分がしたいのはDS(ゲーム)だけ」と言って、私たちをたいへん驚かせました。こんな幼い頃から、DS以外に興味が持てないのでは、子供として、人間として、とても不健全です。今の内に、生きる喜びを他に見出せるように育てなければ、思春期になってインターネットばかりするひきこもりの若者に成長しないとも限りません。すぐにDSは禁止していただきました。

そんな折に、音楽祭出演が決まったのです。お母さんは、「もし、「こんなにたくさん練習があるの?なんで?」とごねられるたら、どうしたらよいのか」と心配されていましたが、私たちは練習が始まれば、皆と一緒に頑張ることが分かっていました。なぜなら、Mくんは、人一倍、目立ちたがりやで、自己表現することも、音楽に取り組むことも、実は、とても得意であると感じるからです。ただし、成功するためには努力が必要ということが、平素の生活の中では知らされていないように見えました。

私の予想通り、歌が上手になると、たいした抵抗も示さず、練習に通ってきました。私たちも「独唱に出たい人は、練習に来なさい。練習が嫌なら音楽祭の独唱はナシ」とはっきり口に出して伝えます。なぜなら、子供が「音楽祭の練習は、いやだけれど、先生やお母さんのためにしている」と思わせてはならないからです。音楽祭に出るための努力は自分のためです。なぜなら、成功して、一番喜びを感じるのは、他の誰でもなく、自分自身だからです。

楽院に数年、通った子供たちは、「音楽会には出たいけど、練習はしたくない」などというわがままを言ったりはしません。それが通用する教室でないことを知っているからです。そして、音楽祭に出て、達成感を一度、体感すると、以後、何度でも、それを味わいたいと思うのです。世の中には、たいした条件もつけずに、子供のしたいことだけを与える親御さんや教育現場があるようですが、そうしたことを続けていると、いつか、子供の問題となって表れてしまいます。そうした予防も込めて、楽院は、幼児期から「義務と責任」を教えているのです。

さて、音楽祭の独唱部門では、Mくんが唯一の年中児でした。練習した通りの歌声を聞かせて、袖に戻っていく姿を見て、親族の皆さんは、握手をし合って喜ばれたそうです。Mくんだけの気持ちを考えれば、とても良い音楽祭だったのですが、そんな中、一人、かわいそうな思いをした子がいました。3歳年上のお姉さんです。家族、みんなでMくんを褒めれば褒めるほど、「自分に何か文句があるの?」「どうせ私にはできません」と荒んだ気持ちになってしまったようです。

今から2年前、Mくんが入学した時、お姉さんは1年生になる直前でした。入学年齢は超えていましたが、「一緒に始められますよ」と声をかけました。なぜなら、これまで、たくさんの兄弟、姉妹を見てきましたが、弟妹が始めると、兄姉がうらやましさから荒んだり、悲しんだりして、特例で入学を許可する例がたくさんあったからです。しかし、すでにピアノやソルフェージュの勉強をしていたお姉さんには必要のないことと判断されたようでした。

それから2年が経過しました。弟のMくんは、家庭で話す言葉も明瞭になり、キビキビと物後を処理するようになったといいます。また、音楽祭で成功体験をしたことで、「DSしか楽しくない」と言ったことが嘘のように「自分から進んで勉強する」姿が見えるようになったそうです。努力は他の誰のためでなく、自分のためにすることで、心地よい成功体験となることを舞台で学んだのかもしれません。

それによって更にお姉さんとの差を大きくしてしまいました。お母さんは、お姉さんの話す言葉も、ダラダラとした態度も気になって、益々、「Mくんを手本にして欲しい」と思われたのだと思いますが、それが、姉としてのプライドを傷つけ、「自分はさせてもらっていない」と更に傷ついてしまったのでしょう。あまりに気の毒な話なので、特例でお預かりすることを提案しました。お姉さんは、「本当は、弟が入学した時からやりたいと思っていた」と本音を口にできたそうです。今週からレッスンに通われることになりました。親御さんから、適切な時期に楽院に入学をさせていただけた子供たちは、幸せなのです。そのことに感謝して、一生懸命、取り組まないとばちがあたります。
by k-onkan | 2012-02-28 23:16 | 幼児 | Comments(0)

F幼稚園での講演

三重県津市にあるF幼稚園において、保護者会からのご依頼によって、講演を行う機会をいただきました。木下式を実践していない園における講演は、これが初めてだったため、どのようなお話をしようかと、楽しみでもあり、心配もありました。木下式を勉強する幼稚園、保育園の保護者が対象ならば、教育法の理論とその効果に重点を置いてお話するところですが、一般のお母さんに「聞いてよかった」と思っていただくため、また、現在、津市の小西教室でお子さんが木下式を学ぶ保護者の方には、「なぜ、これほど、小西先生が基礎教育として木下式が重要」と考えているか、ご理解いただけるような講演をしたいと思っていました。

e0143522_2433910.jpg私には、20数年間、木下式を通して大勢の子供たちと関わってきた経験があります。そして、幼児期から思春期まで育てた生徒を見て、「子供は親が育てたように育つ」ということを目の当たりにしてきました。だからこ、現在、幼児を育てているお母様に「してはならないこと」と「しなければならないこと」を早期にお知らせしたいと思ったのです。

たとえば、勉強は本人のためにすることで、親がお願いしてするものではないこと、お母さんと子供は別人格であり、親が子供を支配しようとしてはならないこと、お母さんが過保護すぎると、子供は自分で考えない人になってしまうこと、子供の頃、我慢させられていないと、大人になっても我慢はできないこと等など、子供のために良いと思って親がしたことが、子供に悪い影響を残すことは、たくさんあります。私はそのすべてを実例を示して話せるエピソードを持っています。中には目を赤くして私の話を聴いてくださった方もありました。きっと、実生活と重なることでもあったのかもしれません。

e0143522_321752.jpgしかし、会場の皆さんが、一番、姿勢を正して聞いてくださったのは、木下式を学ぶ幼児がどのような授業を受けているかをビデオで見ていただいた時です。音楽の専門家ではない若い幼稚園教諭が、上手に指導する姿に、F幼稚園の先生方からため息がもれたと、後から聞きました。きっと、「たいへんそう」という同情の気持ちと「すごい」という感心の気持ちと、いろいろな感情があるのだと思いますが、あのテレビ中継の間、実践園の全教諭が指導者としての自信に満ち溢れていたと私は感じました。

確かに木下式を学びながら実践する教諭たちは、他の園に勤める方より、何倍もたいへんです。しかし、その分、やり遂げた時の成功体験は、比べ物にならないほど大きいものがあります。画面に映った教諭も、これまで、いろいろとたいへんな思いをしながら頑張ってきたからこそ、急なテレビ取材にも対応でき、ふだんどおりの姿を見せられたのです。何より、「一生懸命、努力する姿は美しい」と、私は、F幼稚園の素晴らしく大きな画面で、子供たちと先生が木下式を実践する様子を見ながら再確認しました。

最後に、小西教室に通う年中児が和音聴音や、独唱を披露して大きな拍手をいただきました。やはり、実際に子供が取り組む姿を目にすると、その感激は更に大きいようです。会場には、「お母さんが忙しくなってしまうため、今後、音感教室を続けられるかどうか・・・」と悩んでいるお母さんがありました。しかし、私は、絶対にこのお母さんは、ご家族の協力を得て、勉強を続けさせることになると確信しながら、帰路につきました。なぜなら、子供の歌声に涙ぐんでいることを、ピアノを弾きながら、感じたからです。
by k-onkan | 2012-02-27 23:39 | 木下式音感教育法 | Comments(2)

Aちゃん、ありがとう

音楽祭を行うと懐かしい皆様が子どもたちの歌声を聞きにこられます。今年は18歳になる卒業生Fくんのお母様、22歳のHさんのお母様、28歳の卒業生Aちゃんが、わざわざ、大宮まで来てくださったそうです。残念ながら、私は、直接お目にかかることができませんでしたが、この場をお借りして、御礼申し上げます。本当にありがとうございました。音楽祭が終わってAちゃんからこんなメールをいただきました。

e0143522_727976.jpg「所用があり、すぐに会場を出たため、直接、ご挨拶できずにすみませんでした。でも、木下先生、まゆみ先生、純代先生にお目にかかることができました。木下先生に「Aです」と挨拶した際、「分かっているよ(名乗らなくても)。元気か?」と頭をゴシゴシされ懐かしくなりました。お元気そうで本当に何よりです。

音楽祭は楽しかったです。どの幼稚園の子たちもおりこうさんでした。また自分が年中の時、独唱したことを思い出しました。楽院の子どもたちの出番は、身内のような感覚で、他の子の時と比べると、少しドキドキしました。独唱は、お世辞抜きでYくんが一番、よかったです。さすがです。他の園では、独唱、斉唱とも、ひろせ幼稚園が印象的でした。斉唱1曲目の後にも、拍手があり、他の園にはなかったことでした。近くで歌を聞きたいので、また、今度遊びに行きたいと思います。先生方、関係者の皆様、おつかれさまでした。ありがとうございました」

卒業して何年経過しても、後輩を身内のように感じ、木下先生に髪をグシャグシャされても、「懐かしい」と喜んでくれるのが楽院の卒業生です。なにしろ、通常、街中で20代の女性の髪の毛をグシャグシャにしたら、セクハラで訴えられてしまうかもしれません。木下先生だから、音楽祭の会場だから許されるのです。Aちゃん、ごめんなさいね。

そして、やはり、楽院で育った卒業生です。木下式が何を求めて子供たちを指導しているか、やはりよりよく分かっていると思いました。今年のひろせ幼稚園は確かに上手でした。また、独唱のYに「お世辞抜きで」と前置きして褒めてくださるのは、Aちゃんには瑠音先生と近い年のお兄さんがいて、やはり、楽院の卒業生です。Yは、昔、遊んだお姉さんの子供のような存在でしょう。

私のブログでもよくとりあげますが、Yは木下先生の孫として、誰よりも厳しく指導されています。音程や口型、日本語を大切にした情感ある木下式の歌い方は2年生の子供にはとても難しいものです。しかし、わが一族の子どもは、教えた通りに歌っても上手で当たり前、そんな内情も知っているから、わざわざ、褒めてくださったのでしょう。

私たちも、Yの歌声は、100点満点ではなくても、「上手にまとめて帰ってきた」と評価しましたが、本人は舞台袖に戻った時には、眉間にしわを寄せ、「ダメだった」と悲痛な顔をしていました。高音部分の一番、難しいところが、あと薄皮1枚ほど上がっていたら、もっと艶のある声が出て、100点だったと言っているのです。「練習で100点でも、本番で100点を取るのは難しい。だから練習で120点まで引き上げよ」。子どもたちは、常に木下先生に言われています。自分の演奏が終わって、「もっとこうすべきだった」と反省するYは、誰よりも木下先生の繊細さを受けついでいるのかもしれないと思ったりするのです。

*世の中の方に、もっと木下式を知っていただきたいと思い、YOU TUBEに挑戦しています。上手にアップロードできるようになったら、天使のこえ合唱団の歌声や、登録団体の歌声もお聞かせしたいと思います。よそのお子さんの映像は、肖像権もあるので、甥Yの独唱風景からテスト中です。

第34回東京合同音楽祭の独唱の様子
by k-onkan | 2012-02-26 07:22 | 名誉団員・卒業生 | Comments(4)

音感かるた、テレビデビュー

日本テレビの情報番組「PON」にて、木下式を実践する妻沼幼稚園が、本日、生中継されました。その直前のことです。「新聞のテレビ覧に「音感かるた」と載っているぞ」と嬉しそうな声の木下先生から連絡がありました。木下先生は、長年の経験から、テレビは真面目なことより、面白さを追及することもあるので、あまり期待できないと思っていたのでしょう。ところが新聞にまで「音感かるた」の文字を目にして、少しは期待できるのではと思ったのでしょう。

e0143522_2164629.jpg番組が開始されて15分、中継によって見慣れた妻沼幼稚園の園舎と幼児たちが登場しました。子どもたちは音楽祭の練習で使用したカラオケで小さな野生人を歌い始めます。幼児の歌になど、期待していなかった番組のコメンテーターたちから、「上手だね」「本格的だな」「みんな、うまいね」との感想が聞こえてきました。

案内するのは3名のタレントで、「お腹の底から声を出しています。園児たちが勉強しているのは、木下式音感教育法といって、45年前、日本の音楽家の方が考案した音感教育なのです。この教育法では、音楽を通して、子供たちの「潜在能力」を引き出してくれるのです。さぁ、どんな指導が行われているのでしょうか」と説明しながら、見せていきます。

次のクラスでは、年中の子供たちが音感かるたの訓練を行っているところでした。子供たちは4歳児のクラスとしてはまとまった声がします。指導のY先生は、数年前、公開学習を経験し、たくさん鍛えた先生です。そのため、口調も指導者らしく落ち着いており、自信が感じられます。コメンテーターも「先生もきれいな声だね」「プロの役者さんかなと思うほど、上手だね」と指導の先生を褒めます。

そして、芸人さんは、木下式の音感かるたを手にしながら、「このかるたは、犬が泥だらけになっていますが、これは「どろんこだのド」、そして、かめが取っ組み合いをしているのが「レスリングのレ」このようにかるたには、それぞれ音感につながるフレーズがあって、それが全部で12種類あるんですね」と説明します。テレビ画面で、私たちが普段、使用するかるたが大きく写しだされとても不思議な気がしました。

「このかるたは音符の読み書きもできるようになるのです。こちらは「ミ」のかるたなんですが、小鳥の色は、みどりで、それがミになっているのです。」「つまり、かるたを理解することで、音符も分かるようになる」と、カラー五線の成り立ちも説明してくれます。「音程を正しく発声する力を身につけるため、ピアノを使った練習も行っています。それでは、先生、お願いします」。

Y先生が「ハ長調の音階を歌いましょう」と言って音名の先導をします。子供たちは、口型に気をつけながら、「ドレミ・・・」と歌います。「先生が弾くピアノの音に合わせて、子どもたちが発声しています。この時、口の開け方などに注意することで、きれいな発声が身につくんですね」「それで、さっきのような歌声になるのですね」。

次は、体を使って音楽教育を行っています。教室内には、園児が輪になって、行進をしています。「今、みんながやっているのが、木下式音感教育法の一つ、身体的動作と表現です。先生が、弾くピアノのリズムに合わせ、「行進」や「ジャンプ」の動きを体で表現しています。音楽に欠かせないリズム感を養い、聴く耳や集中力などが身につくんですね」。

最後のクラスでは、ピアノ伴奏によって、「この広い野原いっぱい」をうたう声が聞こます。一般の幼稚園児と比べ、日本語の歌詞を大切に、音程良く歌っているので、とても上手に聞こえます。「木下式音感教育法を積み重ねることで、上手に歌えるようになるのは、もちろん、きれいな声で合唱する楽しさも感じ、協調性も身につくんですね。子どもたちの潜在能力を引き出す妻沼幼稚園は??」「いいんです」という閉めの言葉で中継は終わりました。

木下式にとってとてもよい宣伝をしていただいたことを妻沼幼稚園の皆さんに感謝しています。教諭の方々にはたいへん失礼なのですが、私は妻沼幼稚園が何かを発表するというと、楽院の子どもを心配するような緊張感と不安があります。それは、この3年間、園児や教諭の指導のために、定期的に出向き指導した責任なのかもしれません。しかし、年中児の音感かるたや音階、年長の斉唱もとても上手にできました。20数年、妻沼幼稚園を指導させていただき、これほど嬉しかったことはありません。

しかし、こうして、テレビに採りあげられて、褒められたことは、実はとても怖いことでもあるのです。なぜなら、そこに責任が生じるからです。世間に幼児たちの能力を発表したら、今後は、それを維持し続けなければなりません。つまり、先生たちも、より一層、研鑽に励まなければなりません。今後とも皆さんで協力して、指導レベルを高めて欲しいと願っています。
by k-onkan | 2012-02-25 02:16 | 木下式音感教育法 | Comments(3)

Cちゃんが教えてくれたこと―2-

最近、Cちゃんには、私に私が出張の際や、発表会など、楽院に手が足りない時に子供たちの相手をお願いすることがあり、甥二人は、特によく面倒を見てもらっています。Yが木下先生に殴られた時には、親族の私たちが言えなかったこと―自分が殴られた理由は分かっているの?殴った木下先生の気持ちは?―を、Yの気持ちを慮りながら、聞いてくれました。殴られたことだけに恨みを持たないように、大人の気持ちも教えるという配慮がありました。自分の子供が生まれたら、次の世代に継承できる良い子育てができるだろうと思っています。

e0143522_9233738.jpgさて、音楽祭前日、Cちゃんが、楽院にリハーサルを聴きにきた時のことです。甥たちのために、手作りのクッキーとケーキを焼いてきてくれました。甥兄弟にはそれぞれ、重いアレルギーがあり、皆で何か食べようと思っていても、「これはピーナッツだからYにはあげてはいけない」「ケーキは卵が入っているからKちゃんはダメよ」と制約があります。Yはずいぶん慣れましたが、幼いKは食べられないストレスで泣いて怒ることがあるのです。

いつも我慢しているKがかわいそうだから、皆で一緒に食べられるものを作ってきてくれたのです。家ではご主人から、「よその子に食べさせるものを君が作って大丈夫か?まずくないか、卵の代わりに白玉粉を入れたら?」等など。Cちゃんにとっては、自分のお菓子作りを心配されて、わずらわしいことかもしれませんが、夫婦仲良く協同作業ができることが幸せなのだと私は思います。

「Cちゃんが、バナナケーキ作ってきてくれた」と喜んで報告に来たKでしたが、Cちゃんをからかうためなのか、食べながら「美味しくなぁい」と言い出したから、さぁ、たいへん!でも、Kは本当にまずいものは、最初の一口で吐き出します。もぐもぐ食べながら、「おいしくなぁい」と笑っているのは本当ではないのです。きっと、親しいCちゃんが、どんな反応をするか試しているのでしょう。私は「なんてことを言うの。おいしそうに食べているじゃない。そんなことを言う人は、食べちゃダメよ!」。軽く注意しているところに、瑠音先生が戻ってきました。ことの顛末を伝えると、いきなり、「もう食べなくいいツ!」と激しい怒声が響き、Kの手からはクッキーが取りあげられました。

その変貌ぶりに、私もCちゃんも震え上がりました。ヘラヘラ楽しそうにしていたKは「ウワーン」と泣き出しました。冗談ではすまされい事態が起きたことを悟ったのです。「そんな失礼なことを言う人は、もううちの子じゃない。出ていきなさい」。Kの体を抱き上げました。Kは、「次はゴミ箱かおしおき部屋」と知っているので、大慌てで「ごめんなしゃい」と言います。「Kちゃん、人が作ってくれたものを食べておいて、美味しくないなんて失礼なことを言ってはいけないのよ。そんな人には、誰も何も作ってくれないんだから。食べているってことは、美味しかったのでしょ? まだ、食べるのでしょ?そんなこと言ってはいけないの」。「はい」「はい」と一つひとつの文章に、Kが返事をします。瑠音先生は、ガォーと怒ると、優しい声で、「わかった?大人をからかって失礼なことを言ってはいけないのよ」と諭し、Kは再び、クッキーを手にして食べ始めました。職員室に平穏が帰ってきました。

Cちゃんは、後日、「きっと、本当に美味しくなかったと思う。卵を入れていないから、健康食品みたいな味で予想した味と違ったんじゃないかな。それなのに、優しい瑠音先生が、あんなに怒ったから、私の方が「Kちゃん、ごめん」って思っちゃった。うちのママもかなり怖かったけれど、いつも怖かったから全然、平気だったけれど、瑠音先生はすごく優しいから、怒った時の怖さば半端じゃなかった」と妙なことを感心していました。

子どもが悪いことをした時に、効果ある叱り方は、声のトーンとメリハリです。いつも、同じトーンで叱り続けると、それはお小言のようになって、子供の落ち着きがなくなるだけです。普段は、静かに、本当に悪いことをした時だけ、厳しくするから、子どもの心に響くのです。我が家は、ふだんは子どもたちを膝にのせたり、ほっぺをスリスリしたり、動物のような愛情表現をして「可愛い、可愛い」と育てています。しかし、子供が何かしでかした時には、別人の如く怒ります。この姿だけを見ると、スパルタだと言われてしまいますが、この差が子どもたちに善悪の区別を理解しやくしているのです。これで、Cちゃんが、お母さんになった時には、母上とは違う、メリハリのある叱り方ができるはずです。今から、楽しみにしているのです。
by k-onkan | 2012-02-24 09:23 | 名誉団員・卒業生 | Comments(0)

Cちゃんが教えてくれたことー1-

今日は卒業生で23歳になるCちゃんとそのご主人で楽しくランチをいただきました。Cちゃんは、2歳から5年生まで楽院に通ってきました。2歳の頃から賢いところがあった分、よく言えば、気が回り大人びており、悪く言えば小生意気な態度をして、誰より私を真剣に怒らせた女の子でもありました。

e0143522_9121286.jpg何しろ、5年生の尾瀬合宿では、私たちがミーティングで留守の隙を見計らって、同級生の男の子に告白したのです。翌日の山登りで、妬みと正義感が入り混じった感情の女の子が暴露したことで、事情を知った私はあまりの驚きで叱ることもできなくなりました。相手のKくんが「嫌い」と言ったから良かったものの、「Cちゃんは、Kくんも好きと言ったら、チューをするつもりだったのよ」と女の子たちの非難めいた声は続きます。

当時、30歳で未熟だった私に、「女の子は怖い。子どもだからといって油断はできない。男女の部屋は絶対に近くにしてはいけない」。そんなことに気付かせてくれたのもCちゃんでした。当時、私たちは、音感を教えることが、自分の仕事だと思っていました。合宿中の日常生活はともかく、性についてまで踏み込むなど、予想はしていませんでした。しかし、この一件によって「合宿で預かった子供たちに何かあったらたいへんなこと。音感を教えるためにも、子供たちの様子全般に目を配らなくては・・・」と気がついたのです。その頃から、合宿では「男女のこと」についても何か見つけると、些細なことでもお説教をしています。

その話をCちゃんにすると、告白したことは覚えているそうですが、当時は、男女のことも、本当の意味は何も知らなかったといいます。ただ、好きな人にはキスをするという漠然とした知識でこんなことをするのが子どもの怖さであり、漫画やテレビの影響は恐ろしいと感じるのです。

昔からビックリ箱のようなCちゃんが、良識がある頼りになる男性を婚約者と言って連れてきたのは1年前のことでした。木下先生も写真を見て、「この人なら大丈夫」と太鼓判をおしました。結婚してから、Cちゃんは、分からないこと、困ったことがあると、私に連絡をしてくるようになりました。それは、将来生まれてくる子供の教育についてであったり、ご主人の両親との付き合い方であったり、単にご主人の愚痴の時もあります。平均年齢があがってくる、楽院にCちゃんは、若い風を吹き込んでくれます。<つづく>
by k-onkan | 2012-02-23 23:10 | 名誉団員・卒業生 | Comments(0)

お知らせ

明朝、午前10時~日本テレビ「ポン」にて、木下式音感教育法を採り入れている埼玉県妻沼幼稚園が紹介されます。ご興味のある方は、ぜひ、ごらんください。
by k-onkan | 2012-02-23 19:43 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

過ぎればみな思い出

楽院のお疲れ休みの間、瑠音先生は家族で幕張の夢の国へ出かけたようです。ちょうど、義弟の代休と楽院の休みが重なり、Yさえ学校を休めば、家族4人で出かけられます。しかし、四角四面なYは、「学校を休んで遊びに行くなんて・・・」と反対します。瑠音先生は、「平日にお父さんたちが休みなことは、滅多にないから」と説得し、出かけていきました。我が家は物事に全力投球で取り組みますが、その時々、一番大切だと思うことを優先するので、世間が思うほど真面目ではありません。そして、現地では誰よりYが楽しんでいたとのこと、子供はつくづく柔軟な心の持ち主だと思います。

e0143522_4594349.jpg平日に遊びに行くYの話を聞きながら、私は1年前の今頃に思いを馳せました。Yが学校で嫌がらせを受けた気分転換に学校を休ませ博物館に連れ出したことがあるのです。Y本人も相当、参ったのか、「楽院の友達が通っているような私立の小学校へ行きたい」と言い出しました。「いつ試験があっても良いように」。問題集を購入し勉強を始めました。その後、なんとなく、「今の学校でもいい」と言い出しましたが、いつ何があるとも分からないので、片手間にですが、勉強は続けているようです。

いじめを受ける原因は、他の子より恵まれていたり、先生受けが良いことを妬まれたり、などその理由はいろいろです。しかし、何か一つ、子供の能力が他に追随することもできないほど高みに到達するといじめがなくなることもあるのです。数ヶ月前、学芸会の劇でソロを歌うと、当時の件の首謀者だった子が近寄ってきて、「前にいじめたこと、ごめんな」と頭を下げたそうです。Yの自身に満ちた歌声から子どもなりに反省を促されたのでしょう。

少々、乱暴な言い方ですが、これからの時代を生きる男の子にいじめの経験はないより、あった方がよいと思うのです。世の中には、いじめられないように、目立たないようにと、中庸を好む人間ばかりになりました。しかし、周りからいじめられるほど、突出した能力があることで将来、役立つこともあるかもしれません。また、「いじめられた」と騒いで真相を究明すると、実は喧嘩両成敗であることも多いものです。

甥の話を思い出している間も、世の中には大勢の親御さんが「わが子がいじめられたこと」に悩んでいるかもしれません。子どもの世界に、諍いや争いはつきものですが、子どもの世界は、子どもだけの神聖なものです。わが子を守ろうとするあまり、子供の大切な世界を奪ってはならないと感じます。大人が子どもを守るということは、子どもの世界に介入することではなく、負けない強さ、自信、精神力を育てることです。

お腹を痛めた女親がわが子のために感情的になるものは、いたし方ないことですが、社会の厳しさを知る男親は、決してうろたえてはならないと思います。最近は、会社で上司からいじめられ自殺した人が出て、問題になりましたが、今、楽しそうにしているYをはじめ、子どもたちがいじめで悩むことは、これからも多々あるはずです。しかし、何があっても、家族は味方で自分は愛されているという確信があれば、困難は乗り越えられるものだと信じています。
by k-onkan | 2012-02-22 23:59 | 児童 | Comments(0)

音楽祭は人生の予行

今日は、独唱部門のビデオ編集を見せていただきました。独唱はマイクが拾った鼻をすする音や咳の雑音、司会者の言い間違えなど、より良い音声になるよう手間をかけて編集してくださっています。その中で私には確認したいことがありました。それは、独唱の後半、涙声で「まっててね」を歌った女の子、そして、途中で急に声がしなくなった「赤い靴」の二人の姿です。舞台袖では分からないことが、「正面から見れば分かるかもしれない」。そう思ってビデオを観察しました。

e0143522_8212137.jpg「まっててね」の女の子は、幼稚園で練習していた時、他の誰より安定していたとの話でした。もしかすると、教諭も幼児も、調子が悪い日があることや失敗することなど想像もしていなかったのかもしれません。しかし、ビデオをチェックすると、声にひっかかりがあり、木下先生が視察で選んだ美声は見えません。もしかすると、風邪で声が枯れていたのかもしれません。その悲しさと不安で最初から泣いていたのかもしれませんが、最後まで自分の力をふりしぼって歌った姿に多くのお客様が感激されました。私も正面から見て、初めて、この子が最後まで最大の努力は続けたことが分かり、ホッとしました。歌声は100点満点でなくても、これは褒められるべきことと思いました。

しかし、この話にはおまけがありました。自分の出来に納得がいかなかったそのお子さんは、舞台袖にいた木下先生に「もう一度、やり直しをさせてください」と園の先生と一緒に懇願したそうです。オーケストラのミスで演奏が中断したというなら、再演奏もありますが、子どもの都合による失敗は残念ながら、自己責任となります。練習で上手に歌えているからと安心せずに、もう一歩踏み込んだ指導によって、精神を鍛える必要がまわりの大人にあったのではないかと思います。失敗したことはかわいそうですが、音楽はやり直しがきかないものなのです。

さて、「赤い靴」の女の子は、声を出す事前に必ず、次の口型を用意する頭脳的な女の子でした。舞台袖で聞いていたのですが、1番がうまく歌えたので、「あぁ、よかった」と耳をこらすと、急に声がしなくなったのでした。ビデオで確認すると、間違った口型を用意してしまい、それに自分がうろたえて、2番の歌詞が思い出せなくなったようです。あわてて軌道修正を試みましたが、1小節以上の空白ができてしまいました。

出番の直前、私は独唱の子供たちにこんなことを伝えていました。それは、「たとえ途中で失敗しても、泣いてごまかしたり、歌わなかったりするのは、ダメよ。舞台に出たら、自分のすべきことをして帰ってきなさい」と。独唱の午後の後半は、各園のトリの子どもが集まっています。他の園児より上手な子供は、精神年齢が大人びている分、「上手にやらなければ」というプレッシャーや緊張による失敗が多くなるからです。自分の失敗にショックを受けても、放り出さずに最後までがんばって欲しいと思います。「赤い靴」の女の子も、自分の失敗に愕然としましたが、気丈にも舞台上では泣かずに戻ってきました。しかし、袖で自分の園の先生を見ると、涙が溢れてしまいました。私は、「歌は失敗したかもしれないけれど、これが全てじゃない。次に大事なことを任されたら、気をつけて成功させる人になりなさい」と声をかけました。

初めて、木下式の音楽祭を見た方は、泣きながら独唱する子どもが健気で愛しく、もらい泣きをしそうだと言われます。しかし、私は、戻ってきた子どもを抱きしめたり慰めたりはしません。独唱の子どもたちは、各園の中で、言葉が達者で美声の持ち主が選ばれています。これは、言語面、音楽面で他の子より発達が早いという意味でもあります。人より恵まれたチャンスを与えられるということは、同時に園の代表として果たす責任が生まれたということでもあります。周囲の大人は、音楽面だけでなく、能力、精神、健康も含めて、万全を期して臨ませたいものです。終わっってからどんなに慰めても、助けにはならないのですから。
by k-onkan | 2012-02-21 23:47 | 木下式音感教育法 | Comments(0)