麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
カテゴリ
全体
木下式音感教育法
しつけ
子育て
教育
お稽古事
親業
音楽
乳児
のぞみクラス
幼児
児童
名誉団員・卒業生
思春期・反抗期
自立について
運動
発達障害
保育園
楽院だより
我が家のこと
自分のこと
以前の記事
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
フォロー中のブログ
蛹の頃~さなぎのころ~
最新のコメント
出演園児のお母様へ ..
by k-onkan at 06:33
一番こわいのは、マナ先生..
by 出演園児の母 at 10:48
昔、近所の顔なじみの飲食..
by k-onkan at 10:32
>「じぃじ」 凄いです..
by ha-i at 01:48
ばら組の保護者さま ..
by k-onkan at 17:06
作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
ブログパーツ
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


<   2012年 04月 ( 31 )   > この月の画像一覧

想像力がないのは怖いこと

最近、居眠り運転の未成年が、大勢の死傷者を出す悲惨な事件がありました。当事者の少年が、「なくなった人に申し訳ないという気持ちを忘れず生きていきたい」という趣旨の言葉を口にしたと聞き、未成年とはいえ、あまりに、想像力がないと私は思いました。亡くなった方たちは、もうふつうの生活は二度とできません。人をあやめたら、自分もそれに相当する罰を受けます。たとえ、刑罰は軽かったとしても、自分も家族も、社会的に元どおりの生活に戻ることなどできません。だからこそ、親はわが子が「社会に申し訳ないことをしない人間」に育てる義務があるのだと思います。

e0143522_23254972.jpg長年、行っている合宿では必ず、肝試しがありました。真っ暗な森の中をペンライト一本で歩く恐怖が分かるでしょうか。平素、ご両親に大切に育てられ時に不遜な態度で暮らす生意気盛りの小学生ほど、顔面蒼白で怖がります。「幼い子どもに、こんな思いをさせるのはよくないのでは」と聞かれますが、実は年齢が幼く発達が未熟である幼児には、肝試しの怖さは理解できません。想像する力がないと怖いと感じないものだからです。反対に、想像力が豊富な子、つまり、大きい子の方が怖いと感じるのです。

ある時、生意気盛りの男子数名が、肝試しの直前に「どうして、こんな嫌なことをさせるんですか。これがなければ合宿が楽しいのに」と情けない声で私に聞いたことがあります。私は、「お化けの怖さを想像できない人は、将来、間違って人を殺すことがあるかもしれない。でも、お化け大会の恐怖が想像できれば、将来、絶対に、そんなことはしないはず・・・・・・」と説明すると、「お化け大会なんかをしなくても、絶対に人を殺したりなんて、しませんよぉ・・・」。想像力がない子どもは、「自分で体験したことしか分からない」と口にします。しかし、社会に反する行為を実体験によって学ばせるわけにはいかないからこそ、怖いものの存在が大切なのだと思うのです。

子どもに「殺す」「死ぬ」という言葉を使ってはいけないという教育現場もありますが、何も知らない子どもほど怖いものはありません。子どもに本当に「してはいけないこと」を教える時に、その意味を表す言葉を使わずに済ませられません。子どもたちは私たち大人が思う以上に賢く狡猾で知恵があります。良い方向へ導くためには、きれいごとではすまされないのが児童期から思春期の子どもとのつきあいかもしれません。
by k-onkan | 2012-04-30 23:25 | 思春期・反抗期 | Comments(4)

初めてのことは辛いけど

小学校に入って雰囲気が変わり、不安になっている子もいます。新しい環境は、子どもにも大人にもつらいものです。特に、親御さんにとっても初めての体験は、その緊張がお子さんに伝わることもあるのです。新1年生のSくんも、これまで通いなれた幼稚園から、少し遠くの私立小学校に通い始め、その緊張からか、最近、毎週、音感のレッスンで涙を見せるようになりました。Sくんには、年の離れたお兄さんがいて、何でも、Sくんより先に経験することで、Sくんは何事にも余裕がありました。けれど、遠くの学校に通ったのはSくんが初めてで、緊張がいっぱいです。その辛さを涙で表したり、優しいお母さんにやつあたりをしたりしてしまうようです。

e0143522_21485745.jpg思えば、最初に楽院に入学した時も自分に自信が持てるようになるまで、毎週、毎週、涙を見せて抵抗したものでした。しかし、3年が経過して、歌や音感に自信が持てるようになると、あんなに泣いて嫌がったことが嘘のように、自信に満ち溢れた姿に見せるようになりました。きっと、小学校も慣れれば、自信を持って通えるようになると思います。それまでには少し、時間がかかるかもしれません。

しかし、もう小学生なので、ただ、時間が過ぎるのを待つのではなく、今の学校を選んだ理由を、ご両親がお子さんに話して、理解させる必要があります。その上で、自分のこととして、学校に生かせないと、「学校はご両親のために、いってあげている」と考え違いをさせてしまいます。どんな理由があっても、勉強は自分のためにするものです。それを理解させて取り組ませるのと、ただ、「やりなさい」と言われてするのでは、全然、意味が違います。学校もおけいこごと意義を知らせることが大切なのです。
by k-onkan | 2012-04-29 21:48 | 児童 | Comments(0)

雨がふってきたらどうする?

数日前、何気なく3年生の甥Yに「もし、誰もいない時に、洗濯物が干してあって、雨が降ってきたらどうする?」と聞きました。次男に比べ従順な長男ですが、その分、自分で考えるより、母親の判断を仰ぐことが多いものです。すると、「お母さんに電話をしてきく」といいます。私は、「そんなこと、電話をしなくても、考えれば分かるでしょう」と言うと、「でも・・・・・・。取り込んでいいか分からないから」といいます。私は、「取り込むに決まっているでしょう?家族の一員としてそれが当たり前だし、相手の人がいなくても、どうするのが一番良いか考えられる人にならなければダメよ」と教えました。

e0143522_0381881.jpgこれはイギリスで活躍される作曲家の藤倉大さんのお母様が、自立した子育てをするために、低学年の頃から一人で留守番するチャンスを作られ、同じようなことが起きたそうです。その折に、「親がいなくても、自分がどうすることが最良か考えて行動できるように教えたそうです。「お母さんに聞く」と言った上に、「干しておいたら、また乾くかもしれない」と思った甥はものぐさですが、思えば、私も3年生の頃は、そんな失敗ばかりして、母からよく叱られていました。

今日、児童部のレッスンだったので、子どもたちに同じ質問をしました。すると、皆が「取り込む」と答えましたが、たった一人、「面倒くさいから、何もしない」と答えました。雨に濡れた洗濯物を見て、「面倒くさいから何もしない人は、生きていることも面倒くさいといっているようなものだから、それは、とてもいけないこと」と少し、しつこく伝えました。親御さんに守ってもらえるのは、限られた時間です。自分で考え行動できるようにしたいものです。

そして、「洗濯物を取り込む」と手をあげた子どもたちも、「雨が降ってきて、洗濯物を干してあったらどうする?」という質問形式なら、「取り込む」と答えても、自分から、雨に濡れた洗濯物の存在に気付くかどうかが、大事なのかもしれないと思います。机上の理論で、正しい答えがわかっても、実生活で応用しなければ、人の役に立てる人間にはなれないなぁと思った、小学生たちとの何気ない会話でした。小学生の子どもたちも、幼児と同様、音楽面の成長を促すためには、日常生活でも、成長させなければならないと痛感しているところです。
by k-onkan | 2012-04-28 23:59 | 児童 | Comments(0)

応用のきく勉強をしよう

私たちが、音感教育を行っているのは、子どもたちに意欲を持って、学ぶ素地を育てるためです。しかし、音感教育だけ、一生懸命、させても、それ以外のことも、意欲を持って取り組んでいないと、せっかく、木下式で見につけた能力が生かされないことが多いのです。

e0143522_9432816.jpg子どもが学校やお稽古事で習っている事柄について、どの程度、理解しているか、それを実社会で応用できるかなど、親御さんは、日常生活の中で、観察する必要があります。たとえば、毎日、電車を使っているからと言って、路線図を見てどこへでも行けるわけではなかったりします。これから使いこなすための、基本の方法を学んでいるに過ぎません。今後、応用できるようにさせるためには、意識をもって、考えさせる必要があります。

お子さんが、現在、学んでいる内容に、お母さんが、興味を持って、会話をすることは親子のきずなを深めることにつながります。お母さんは、お子さんが学校や塾にいっていることに安心して、心配なのはその結果だけかもしれませんが、そういう関心の持ち方は、子どもにはあまり意味がないように思います。点数や結果だけをとってやりすごそうとするからです。しかし、勉強をする一番の目的は、それを使えるようにすること、そして、知っていることが応用できるお子さんの方が、将来、職業の選択肢が多くなるように思います。

もし、お子さんが鉄道が好きというなら、普段、学校で勉強していることが役に立つように冒険をさせてあげて欲しいと思います。時刻表を調べ、計画を立て、乗りたい電車が通っている地域を調べ、その場所を地図で調べたり、その電車に乗るために、必要な金額は計算したり、など机上で勉強することより、実践して学ぶことが子どもにとって、楽しいことが多いものです。また、いろいろな体験をする中で、鉄道好きと言っても、列車の運転手にならずに、列車を設計する人もいます。お子さんが、将来、何になるにしても、今、意欲を持って学んでいることが大切です。
by k-onkan | 2012-04-27 23:42 | 児童 | Comments(0)

目を見れば分かること

私たちは、幼児たちに、音感の授業中は、必ず、先生の目を見ることを教えます。なぜなら、目を見ていない子どもにどんなに大切なことを教えても、決して身につかないことが分かっているからです。毎週、子どもたちの目を見て指導していると、「今日は、いつもより目がうるんでいて、これから熱を出るのかも……」「お母さんに叱られたのか。今日は、気分がささくれだっている」「自信がなさそうに目をそらすのは、この課題は苦手に違いない」「親しみを持って見つめているのは今日の授業が楽しかった証拠……」等など、それぞれの気持ちがたいへんよく分かります。それほど、目は口ほどに物を語るものなのです。

なぜ、血縁関係もないお子さんの気持ちを他人のe0143522_20183580.jpg私たちが理解できるのでしょう。それは、私たち指導者と子どもたちは、木下式を通して歌を上手にするという目的のために、時間を共有しているからなのです。ところが、最近のお母さんは、「全然、子どもの気持ちが分かりません」といとも簡単に口にされるように思います。母親になれば誰でも自然にわが子の気持ちが分かると思っていたからこその落胆なのかもしれませんが、ただ、出産を経験しただけでは、その子の気持ちまで分かるようにはならないかもしれません。

昔のお母さんには、子どもがんな隠し事をしてもすぐにばれてしまうと言われたのは、それだけ、お母さんが親身になって真剣に向き合った結果であろうと思います。お子さんの気持ちが分からないというお母さんは、目を見て観察するところから始めましょう。また、お子さんにも、お母さんの目を見つけることを教えましょう。その際は、お母さんの目の中に写るお子さんの姿を探させてみると、喜んで目を見るものです。そうしたことを繰り返し、お互いに目を見ることで、気持ちが通い心が通じる第一歩になるのかもしれません。
by k-onkan | 2012-04-26 20:18 | 子育て | Comments(0)

自分の身を守るために

「三つ子の魂、百まで」ということわざありますが、私たちは、子どもの頃に身につけたことを基本に暮らしています。特に幼児、児童は、大人や環境に教えられたことしかできないものです。子どもを犯罪から守るために襲われた時の対応を教えるNPO団体について、ニュースで見たことがありますが、子どもに何かあった時に、「キャー」と言って逃げられるようにするためには、その状況を事前にシミュレーションをして、練習しておかないと、声もあげられないそうです。子どもは経験したことしかできないということでしょう。

e0143522_22392144.jpg世知辛い世の中だからこそ、お子さんをもつお母さんは、いろいろな想定をして、感覚を鋭敏にして暮らすことが大事かもしれません。子どもは、危険なこと、近づいてはいけないもの、してはいけないことなど、大人から聞かされていないと、注意できないものです。また、やっていけないことも、やって叱られて初めて理解するものです。「こうなった時には、こうしましょうね」とシミュレーションが大事です。

昨年の震災の後、地下鉄を一人で乗り継いで毎日、楽院に戻ってくる小学三年の甥に、瑠音先生は、「もし、地下鉄にいる時に、何かがおきて電車が止まったら、大人だからと言ってだれにでもついていくのではなく、その中で一番、頼りになりそうな人を見つけて一緒に行動しなさいね」と伝えています。有事の時は、子どもだからといって、特別扱いはされません。恵まれた環境で育つ子どもたちも、鋭敏な感覚を育てておかなければならなくなってきたのかもしれません。
by k-onkan | 2012-04-25 22:39 | 児童 | Comments(0)

どんな相手にも教えるということ

最近、いろいろなところで、「若者は、昔と違う育て方をされているから、昔の方法で教えてもできるようにはならない。教える方が変わらなければ・・・」という記事や番組を目にするようになりました。うちの父の世代――つまり、日本を支えてきた年配の人たちには、「世も末だ」という気持ちでしょうが、私は最近、とてもよく理解できるようになりました。それは、卒業生たちとのつきあいのお蔭かもしれません。

e0143522_735832.jpg木下式は、幼児の教育なので、未就園のワカランチン2歳から、大人が手をかけ能力を育てる教育です。そんな教育に長年、携わった私が、幼児だけでなく、大人にも手をかけないと分かるようにはならない、もはや、昔の大人のように、高等教育を受けたから、自分から学んだりすることはできない、と気付いたのは、今から5~6年前でした。私たちが、当たり前に教えられたことを教えられていないので、同じ方法ではできるようにならないのです。

その時からです。大学を卒業して社会人になった大人の先生でも、厳しくするより、1できることを2に、2できたら3と、懇切丁寧に、子どもを教えるように接するようになりました。まず、大人にも「これから教える音感は、楽しい」と思わせられないと、教えられる子供たちに迷惑をかけるからでした。

最近、ある教室で発達障害を持つお子さんを預かり、その指導で頭を悩ましているとのご相談がありました。「本を読んで発達障害を勉強する」という先生に、「本を読んでも指導は上手にはならない」と伝えました。発達障害について、どんな詳しく書かれた良書にも「良い先生、良い親になるための心」の持ち方は書かれていないだろうと思います。なぜなら、それは、教える人の心の中にあるものであり、「教えてやりたい」と思うか、思わないかしかないと思うからです。本を読んで理解したつもりになっても、教える気持ちを持てるかは、別ものです。ちょうど、音楽について評論を読み、その音楽についてどんな知識を得たとしても、その演奏はできるようにはなりません。

私にとっては、発達障害あっても、未満児のわからんちんが相手でも、木下式を教える気持ちです。「できないことをできるようにする」これだけです。そこで、まず、何ができて、何ができないかを観察します。もし、ふつうの子が10できることが、2しかできないなら、「2しかできない」とがっかりするのではなく、2は3、3なら4と手をかければ、時間はかかりますが、やがて、必ず10できるようになるのです。但し、かかる時間と、指導者の手間は、ふつうの子よりも長く、たくさんかかるだけです。

話が通じない幼児と心を通わすというのは簡単ではありませんが、そう難しくもないと思っています。教える相手は、同じ船に乗って同じ方向に進むために、協力する相手です。しかし、最初から協力はしてくれません。まず、危険がない相手だと認められる必要があります。そのため、心を許すまで時間をかけて知り合うのです。そして、私が進めたい方向に船が進むためには、時に子どもに舵をとらせることもあります。多少、違う方向へ進んでも、子どもが納得できたら、「じゃぁ、今度は私につきあってね」。譲ったり、譲られたりして先へ進んでいくのが、年齢が幼い子や発達が未熟な子どもとの付き合い方だと思っています。

年少のクラスも同じです。昔なら、幼稚園に入ってくる頃には、オムツも取れ、口もきけて、挨拶もできたでしょう。物には名称があることも知っていたものでした。しかし、今は違います。懇切丁寧な説明が用意された木下式の年少児のカリキュラムを行う段階まで到達していないこともあります。たとえば、楽しいはずの音感かるたも、登場するキャラクターの名前も知らなければ、苦痛でしょう。そんな時は、手間がかかっても、指導者に工夫が必要です。

「これなんだ?」「しか」「よく知っているね」「あ、しかさん、泣いているね、どうしたんだろうね」「どこかいたいのかな。どうしたんだと思う?」「ころんだ」「そうだね。ころんでも涙が出るよね」「けんかした」「けんかでも、泣くかもしれないね。でも、これは叱られちゃった。きっと、何か悪いことしたんだと思う。だれにしかられたんだと思う?」「お父さん?お母さんだ」「みんなは叱られたことある?」「ある」「ない」。
こんな風に、かるたを聞くための前段階が必要かもしれません。つまり、「これまでは、年少ならできた」という成功体験によってがっかりするのではなく、これまでの既成概念を捨てて、幼児たちが、どのようにしたら理解できるかまで、下がって考えることが大事なのです。

そして、残念ながら、この作業をついに社会人にする必要が出てきたため、新聞やテレビで、そのことを言及するようになったのかもしてません。

「今の新人・若手の多くは経済的に豊かな生活を送ってきたので、現実対峙力を養うために不可欠な厳しい環境下でもがき苦しんだ経験が少ない。この環境は時代の変化によるものであり、本人たちの責任ではないはずです。一方、上司世代が生まれ育った時代はこうした経験がアタリマエにできる環境がありました。ゆえに、上司世代は「社会人なんだからこれくらいできてアタリマエだろう」と無意識に思いこんでいるのです。しかし、この現象は本人の能力や努力が足りないのではなく、社会の構造変化による経験不足が原因――ととらえ対策をとることが必要でしょう。 育成の構造変化は、もはや止めることができない不可逆な流れです。ですが、構造変化を嘆いていても何も変わりません。現場の上司や先輩、1人1人の行動の変化が新人・若手の早期戦力化につながり、会社全体の活性化につながるのです」。
ビジネスメディアコラム:「ゆとり教育で育った世代は、本当に仕事ができないのか」より
by k-onkan | 2012-04-24 23:33 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

勤労意欲がある!?

自分のための学習や家事の手伝いにご褒美を出すのは、教育上、好ましくありませんが、一般の「子どもがすること」の範疇を越えた仕事の手伝いには私は、勤労に対する報酬を出すことにします。働いてお金をいただくという社会の基本を教えることにつながるからです。

e0143522_213829.jpg私は木下式について地方で講演をする機会が多くあります。その際、教育成果を見せるために幼稚園児だった甥を同行していました。甥は自分の出番までは、決して騒がず、静かに勉強したり、本を読んで待ち、出番がくると、歌を歌ったり、朗読をして、木下式が目指す教育成果を披露したものでした。

そんな甥の姿に「小さな子が手伝いをさせられていて可哀相」「長時間、静かに待っているだけでえらい」とのささやきがもれましたが、家業の手伝いは子どもにとって本当は当たり前のことといえます。わが家はそれで生計を立てているのですから。

但し、手伝いを頼む時は、子どもが相手でも、必ず小さな袋にギャラ(出演料)をポケットマネーから甥に渡したものでした。そのお金で甥が欲しい本やおもちゃを買うこともあれば、貯金することもありますが、自分が稼いだお金は特別な意味があるのです。

報酬の話をするとご褒美と同じと誤解される方もありますが、根本的に違うものです。報酬にはプロ意識があります。甥も終わると必ず、「ボクのできはどうだった?」と確認したものです。そこには、六歳の幼児の顔はありませんでした。報酬を得る大人びた顔立ちです。

子どもには、お金の心配をさせず、欲しいものは、お母さん、お父さんが、何でも与えたいと思う気持ちも分かりますが、お子さんもいつか、大人になり、自分で稼げる人間に育てなければなりません。そのための教育は手遅れになるより、早い方がよいように思うのです。

楽院の卒業生の中には、ピアノの教本が1冊終わると1000円もらえるというご家庭がありました。ピアノの本は薄いものでも1冊25曲ほどあるものです。後、数曲で終わるという時に、「あと少しで、1000円がもらえる!」というモチベーションになったようです。また、「アイロンがけをして10円もらっていた」と言ったお嬢さんもありました。なんでも、「お母さんは、あまりアイロンがけが好きではない」という理由を与え欲しいものを買えるように工夫していたのかもしれません。経済的に恵まれた家のお子さんでしたがお金のありがたみを知っていたので、際限なくものを欲しがったりはせず、何事にも意欲がありました。些細な工夫で、子どもはいろいろなことを学ぶものなのかもしれません。
by k-onkan | 2012-04-23 23:59 | 児童 | Comments(0)

自分のことは自分で

数日前、3年生の甥Yの保護者会に出かけた瑠音先生が、お友達のお母さんから、「どうやって自分のことが自分でできる子どもに育てたの?」と聞かれたそうです。私たちは、平素、Yが楽院に忘れ物をする度に、「こんなに忘れ物が多いのは、木下家のDNAなのではないか」と申し訳なく思っていたので、よその方に、褒めていただきびっくりしてしまいました。しかし、学校の用意をしたり、時に忘れ物はあっても、自分のことが自分でできるのは、幼い頃、通ったTACチャイルドクラブのお蔭でしょう。

e0143522_14535459.jpg「幼稚園の持ち物の用意や管理は絶対にお母さんが手伝ってはいけません。もし、忘れものがあっても、お母さんは絶対に教えてはいけません。もし忘れ物があったら、「何か忘れていない?」と思い出させてあげてください。それでも、持っていかなかったら、忘れ物はさせてください」。これが園長先生の指導でした。

私は、この指導に共感を覚えたものでした。なぜなら、自分のことを自分で責任を持つという当たり前のことができないお子さんに、音感教育によって高度な能力を見につけさせようとしても、難しいからです。最後の最後に良い結果を残すお子さんは、大人のお膳立てがなくても、自分のために努力ができる人といえます。幼児期に、身の回りのことをお母さんに頼らない習慣を育てることは、子育ての基本であると感じます。

子どものために、お母さんがいつも最善をつくしていると、いつまでも、自分で自分のことができるようになりません。また、不注意も改善されないでしょう。お母さんが「わが子に恥をかかせてはならない」と必死になる気持ちも理解できますが、手を出せば出すほど、子どもは「お母さんがしてくれるのが当たり前」になり、悪循環です。先々、自分の人生が、思い通りにいかないとお母さんのせいにするようになってしまうかもしれません。 

瑠音先生は、お友達のお母さんに、「Yは「自分のことは自分でする」という幼稚園に通っていたからだと思う」と答えると、「もうその時期から、Yとは違っていたのね・・・・・・」とがっかりされたそうです。子どもの生活習慣は、幼児期の方が身につきやすいものではありますが、今からでも遅くはありません。子どもが自立できるように、親が少しつ手を放していく練習をすることではないかと思います。

ここで、「幼児期に教えなかったから仕方がない」とこれまでの方法を継続していくと、大人になっても、お母さんがお世話をし続けなければならなくなってしまいます。時には、心を鬼にして、忘れ物をしても、自分で何とかする方法を考えさせるのも大事です。そういえば、私は、ある年齢から、母が言ってくれなくなりました。少し、時期が遅かったのでしょうが、忘れ物はなくなる代わりに、忘れものをしても上手に場面、場面を乗り越えられるように口が達者になったような気もします。忘れ物をなくす教育としては、失敗ですが、親に頼らず、自分で乗り越える術を見つけたと言う意味では、自立していたかもしれません。
by k-onkan | 2012-04-22 14:54 | しつけ | Comments(0)

お父さん、優し過ぎていませんか?

平日に、顔を合わせる機会がないお父さんと、じっくり時間を過ごすことができるのが週末でしょう。お父さんと一緒に出かけたり、楽しい時間を過ごすのも大事なことです。しかし、忘れてはいけないことは、楽しい時間だけを共有しないということです。

e0143522_8593677.jpg大好きなお父さんから、悪いことをして叱られたりするのも大事な経験です。お母さんの中には、「せっかく楽しい時間が台無しになるから、特別なイベントの時には悪いことをしても見過ごしている」という話を聞くことが、ありますが、それは、大人の都合かもしれません。

幼い内は、どんな状況でも、悪いことは悪いと言われていないと、何がよくて何が悪いかの善悪の区別がつかなくなります。また、年齢が大きくなると、「特別なイベントの時やよその人がいる時は、何をしても叱られない」と大人の表と裏を理解した上で、悪いことをすることもあります。お父さんとの大切な時間や特別なイベントの時だからこそ、悪いことをしたら、きちんと注意して、楽しい時間を台無しにするようなことをしてはいけないことを教えたいものです。

幼児の頃は、一緒に遊園地に行ったり、楽しいことを共有できても、子供が成長する内に目に余ることも多々でてくるものです。“一生懸命、物事に取り組まない”“学校の勉強をしない”“他人から悪さを指摘される”等などは、お父さんとしても気になる事柄です。なぜなら、社会で働くお父さんには、それが、将来の生き方に関係すると感じるからです。

子どもに自我が芽生え、怠け心が見えるようになってから、急に口うるさくされることは子どもには納得がいかないものです。幼い頃から、少しずつ、楽しくないことも受け入れる予行練習が必要です。

たとえば、幼い内は、「お父さんは何でも買ってくれる」、「お父さんなら、いつも抱っこしてくれる」など些細な要求であったとしても、一度、「自分が望めば叶う」と思わせてしまうと、子どもは、その家庭の中で、自分が一番、偉いと思ってしまいます。そう思わせないのもお父さんの役割であり、そのためには、お母さんがお父さんを立てることが大事なことです。お父さんも週末はお疲れでしょう。可愛いわが子だからと言って、くれぐれもイエスマンにだけはならないようにしましょう。私が家庭教育まで言及する理由は、家庭で、お父さんを味方につけ、自分が一番、偉いと思っているお子さんに、音感を教えるのはとても難しいことだからかもしれません。
by k-onkan | 2012-04-21 23:58 | 子育て | Comments(0)