麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

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ニセ母さんの親心!?

「もう、お母さんと離れているのは、これ以上、我慢できない」という甥Kを先に返し、兄甥Yは一晩、余分に泊まっていきました。Yと二人でじっくり時間を過ごしたのは、Kが生まれた直後にアメリカ旅行に出かけた3年前以来かもしれません。

最近はKに注目が集まることが多く、Yと話をする機会がなかったのです。久しぶりの学校の仲良しの友だちの話など、聞くことができ、うれしくなりました。つい数年前は、学校で友達とうまく関われなかったのですから。

e0143522_1341178.jpgずいぶん、お兄さんになったといっても、相変わらず臆病な面もあり、「ピアノがある部屋に一人は寂しい」と言うので、つい口うるさくピアノの練習につきあってしまいました。

思えば、私が今のYの年齢の頃、母が忙しくなり、ピアノの練習を見てくれることがなくなったのかもしれません。後から、考えると、「もう少しだけ、手をかけてくれたら、もっと真面目に取り組めたかもしれない」と思うこともあるのですが、今となれば、まだ自立できていなかったということなのでしょう。

Yは私が子どものころに比べると、一見、真面目そうに見えます。しかし、同じ干支だからなのか、」「私とそっくりないい加減さがある」と母や妹から不評です。だからこそ、私はYが心配ななのかもしれません。ピアノの練習も、「3回といわれたらから3回弾いた」という、やったんだから、いいでしょうという態度が昔の自分を見るようで、不愉快になるのです。

「自分の弾いている内声のメロディーは聴いているの?」「楽譜じゃなくて、指を見て弾きなさい」など等、自分がピアノの先生に注意されてきたこと、そして自分が苦手なことを伝えておきたいと思ってしまいます。こんな気持ちが、親心というものなのかもしれません。

実際は親ではないのですが、私の下に長く滞在すると、甥たちはつい間違って「ねぇ、お母さん、お母さん、あ、違った」と呼びはじめます。そして、そのうち、訂正するのも面倒になるのか、「お母さん」と呼んでも誰も、訂正もしなくなります。何かあったら、私が親の次に近い間柄だと、子どもなりに考えているのかもしれません。さて、ピアノの練習をした甥を送って自宅に戻ると、我が家はシンとしてとてもさびしく感じました。しかし、三日間、サボってしまった仕事を始めると、定期的にご飯を作らないで済む、一人の気楽さを思い出し、ニセ母さんの業務は終了です。今年も、甥たちをはじめ、大勢の子どもたちと関わることができ、とても幸せな一年でした。皆様方、どうぞ、よいお年をお迎えください。そして、来年もよろしくお願いいたします。
by k-onkan | 2012-12-31 23:59 | 自分のこと | Comments(0)

幼児は音痴が当たり前

最近、おめでたいことに卒業生が出産ラッシュのようで、フェースブックで可愛い赤ちゃんの写真を目にしています。どうか、「自分の子どもだから、絶対に、音痴にはならない」と漠然と、安心せず、たくさん、音楽を聴いて、自分の歌声を聞かせてあげてください。

e0143522_22121168.jpgさて、胎児は4~5ヶ月から、耳が形成されはじめ、7~8ヶ月には、外界の音が聴こえるといいます。そういえば、瑠音先生のお腹に甥たちがいた時に、私がお腹に話しかけても何の反応もしないのに、お父さんの声にはよく反応して驚いたものでした。お母さんがわが子のために、自分で歌って聞かせることは、どんなお稽古事に通うより、安上がりの教育です。ただし、お母さんが歌上手な人の子どもが、音楽的な感覚がよくなるのは、音楽を聴いたり、歌ったりと、良好な聴覚訓練を与える環境にあるからです。たとえ、歌が上手なお母さんでも、めったに歌わないと、子供も歌上手にはなりません。つまり、乳幼児の聴覚はみんな白紙状態であり、音痴なのが当たり前なのです。そして、放っておいたら、自然に治ることはないのです。

先日、成果報告会に、卒業生で高校2年生のMちゃんとそのお母様が来られ、後輩たちの歌声を聴いたMちゃんは、「楽院に通わせてもらって良かった。通っていなかったら、どんなにひどい音痴だったかしら」とお母さんに言われたそうです。子ども頃は、決して、楽院が好きではなかったMちゃんだからこそ、私はその言葉が嬉しいと感じるのです。なぜなら、音楽が彼女の人生を豊かにしていると大人になって実感できているのだろうと思うからです。

今でこそ、甥たちが歌うと、「さすが、木下先生の孫ですね。音程が確実」と褒められるようになった3歳の甥Kですが、言葉を話すようになって、初めて歌らしきものを口ずさみ始めたころは、「恥ずかしいから、よそに行って絶対に歌ってくれるなよ」と木下先生が冗談を言うほど、音程が外れていたものでした。そのKも今年は、年少未満児で音楽祭デビューです。決して声が美しいわけではありませんが、一つひとつの音に対する感覚は兄甥より敏感であると感じます。お腹の中から、兄甥が毎日、ピアノを弾く音や歌声を聴き、音感の授業に携わる母の声を聴いていたから、訓練によって、感覚が呼び覚まされたのだと思います。

音楽や美術などの芸術的分野は、成績や仕事に結びつかず、職業として生活できるには、よほど実力がないと難しいため、ないがしろにしてしまいがちですが、人間の心を癒す大きな力を持っていることは確かです。お母さんが歌う楽しみを知っているなら、子供にもそれを自分で伝えて欲しいと思っています。
by k-onkan | 2012-12-30 22:10 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

子どもにふりまわされる幸せ

自分のための学習や、家族の一員として家事を手伝うことにご褒美を出すのは、教育上好ましくありませんが、「子どのお手伝い」を越えた勤労や頑張りには報酬は必要だと感じます。「自分の力でお金を得る」とう生活の基本を教えること教育だと思うからです。

e0143522_231321.jpg最近は成人しているにも関らず、自分では働けずに家族に依存する大人や、生活保護という名目で社会に依存する人も大勢います。そんな理由から、私の父は、「孫可愛さからお正月に高額のお年玉を渡してはいけない」と思ったのか、昨年から、年末になると、甥たちを千葉のお庭で一日労働させています。今年も、寒い中、玄関の草取りやゆず取りなど、一日、かけて頑張り、電車に乗って帰ってきました。

兄甥だけなら一人で電車を乗り継ぎ、自宅まで帰ることができますが、わからんちんの3歳の甥を連れて、混雑する東京駅を子供だけで返すのは心配ということで、東京駅まではまゆみ先生が送り、そこからは私がバトンタッチをしました。「もうこれ以上、電車に乗るのは我慢できない」と山手線内で叫ぶ弟甥をだまくらかして、なんとか、JRの最寄駅までたどりつきました。そこでタクシーを拾うと、兄甥は調子にのって、ヒーロー気取りで、座席に飛び乗り、私が小言をいうのと同時に運転手さんに叱られてしまいました。穴があったら入りたい気持ちでしたが、よその子供を叱ってくれた運転手さんに感謝しました。

10歳を目前にだんだん、親のいうことも、大人の言うことも聞かなくなってきた兄甥は、そろそろ、社会で叱られて覚えていく時期なのかもしれません。兄が叱られると、弟は弟で、「にぃには、全然、きかないんだよ。お母さんのいうことも、ボクのいうことも・・・」と良い子ぶって言いつけます。弟は弟で兄が私に学校の込み入った話などをしようとすると、自分が話に加われないため、怒ってかんしゃくを起こします。

私にはどちらも可愛い甥ではありますが、子供たちにとっては、大人の関心を取りあうライバルになることもあるようです。お母さんの中には、「兄弟仲が悪い」ことを心配する方も多いと思います。とりあえず、できることは、どちらも大切に思っていることを双方に伝えることであり、公平でいるように心がけることでしょうか。

子供たちの衣食住を整え、ピアノや宿題などのやるべきことをさせると、自分のことをする時間はほとんどなくなってしまいます。それでも、弟甥の「まぁちゃんは、Kちゃんたちがいるから、ご飯を作ってくれるの? ありがとう」という可愛い一言に、子供を持つお母さんのたいへんさと同時に幸せを感じる一日となったのでした。
by k-onkan | 2012-12-29 23:00 | 我が家のこと | Comments(0)

子供の問題の原因は、親にある

5歳の男児を持つお母さんの悩み相談にのりました。これまで、それは、たくさんのお稽古事をしたものの長くは続けられず、結局、問題行動を起こすようになったというのです。幼い頃は、誰よりも発達が早いと褒められていた子だったのに、今は何をしても自信がもてないといいます。大勢の子どもの中にいると、「できること」が多い子どもが主導権を握るようになります。2歳の頃に発達が早かったというなら、本来、主導権を握るタイプの子どものはずだと思います。しかし、確実に自信を持てるものが、何一つ身についていないから、問題行動を起こすのだと私は感じます。

e0143522_13455326.jpgこの男の子の問題は、たいへん気が散りやすいことにあるようです。たとえば、靴下を履いている途中で他のことに気を取られ、片足しか履いていない状態で、ブロックで遊んでいたり、お稽古ごとはできないことが始まった途端、怪獣の真似を始めてお友達意の邪魔をします。先生から個人指導と医師の診察を薦められたといいます。しかし、木下式の授業中にそういう様子は一切ないのです。

一般に、幼児期の男の子は、ほとんどが、多動傾向にあります。多動傾向があるというと短所ですが、いろいろなことに気づくという長所にも言い換えることができるのです。それを、良い方向へ導くか、悪い方向へ導くかは、大人の導き方次第です。私はこのお母さんに、言いづらいことをいいました。それは、問題があるのは子どもではなく、お母さん自身であるということです。

子どもは幼稚園やお稽古事で問題行動を起こせば指摘されます。しかし、成人した大人であるお母さんに苦言を呈する人はいないはずです。私はあえて、お母さんの問題を指摘しました。お母さんが改めないと、今後、この子はもっとかわいそうな状態になると感じるからです。「本当は、多動傾向があるのは子どもではなくてお母さんではありませんか。他人の意見に左右されて、新しいお稽古事を始めて止めることになるのは、いろいろなことに気が散る息子さんと同じに見えるのですが。子どもはお母さんを手本に生きているものですよ。子どもの問題行動をなくさめに、お母さんもご自身を改善してみませんか」と。

子どもが用意をできないというなら、時間に猶予を見て、一緒に時間を計って、お母さんと子どもで用意をする競争をしてみたらよいでしょう。子どもに用意ができないなら、そのお母さんも、用意が得意ではないはずです。自分で用意できる子どもは、できるようになるまで、手を貸して教えたお母さんが存在するでしょう。でも、この子はそれを教わったことがないのです。お母さんが全て、手を貸して、問題を解決するのではなく、自分でできるように教えること、そして、一人でできることを増やさなければ、どんなに、お稽古事へ連れていっても、問題児のレッテルが増えるばかりです。

靴下を履いている途中で、他のことに気を取られたら、「まず、靴を履きなさい」とお母さんはアドバイスをしましょう。声もかけずに、「うちの子は用意ができない。他の子と違う」と叱っても子どもが可愛そうです。お稽古事でふざけるのは、「できないこと」があるからです。ならば、家庭でお母さんができるようにさせてあげて欲しいのです。幼児期のお稽古で求められることの基本は、本来、全て、家庭で教えるべきことばかりです。高いお月謝を払ってお稽古に通う前に、親御さんが教えてほしいのです。
by k-onkan | 2012-12-28 13:46 | 教育 | Comments(0)

学校より大切なのは家庭

最近、入学したお子さんのお母さんから、甥Yの学校について聞かれました。私が普通の公立に通っていることをお伝えすると、「とても素直な良い子なので、どこの学校へ通わせればよいのかと思っていました。公立でもよい学校があるのですね。安心しました」といわれました。

e0143522_10494068.jpg私は残念ながら、公立小学校の対応が必ずしも、好ましいことばかりではないことをお話しました。学校で問題が起きれば、たとえ、モンスターペアレントと思われても、教育に携わるものとして、言うべきことは言って、問題解決する努力をしてきました。もちろん、私立でも公立でも、関係なく問題はあるでしょう。ただ、何もしなくても生徒が集まる公立校と比べ、私立は親御さんの評判は、学校の明暗につながるため、対応は手厚いと感じますが。

そのお母さんは「学校ではないんですね。ここの教育がいいんですね」といわれました。手前味噌になるかもしれませんが、楽院で教えていることは、そのまま、木下先生が、自分の子どもに教えてきたことかもしれません。子どもたちが、悪いことをしたり、一生懸命取り組まなければ本気で叱りますし、子どもにできないことがあれば、最大限、子どもができるようになるまで、手をかけて育てています。

そして、それは、音楽教育だけでなく、家庭の中でも反映されています。私立の学校に建学の精神があるように、我が家にも、「子どもをこう育てたい」という精神のようなものがあり、それは先祖から受けついだものでしょう。どんな環境であっても、子ども自身がしっかりした考えを持って生き抜くために必要なのは、家庭教育、親御さんの教育にかかっているのです。
by k-onkan | 2012-12-27 23:47 | 教育 | Comments(0)

不遜な態度は、ダメ!

3歳の甥Kが、木下式の講習会でお手伝いをしたことで、私たちが想像してきた以上に気性が激しいことが発覚しました。なぜなら、幼稚園の先生の指導が悪いと、プイとよそを見たり、にらみつけたりするのに、はじまり、なんと、ご本尊の木下先生が悪い例を見せようと、低い声で手本を示しただけで、「ダメ!」と怒ってしまったのですから。

e0143522_1504517.jpg通常、子どもは、木下先生が悪い手本をすると、その期待にこたえ、悪い返答や悪い発声を露呈するのものです。「指導者の投げかけで、子供は、よくも悪くもなること」を見せる。それが、木下先生のねらいです。ところが、Kは木下先生が、どんな悪い手本を示しても、自分だけは、しっかり正しい声を出そうと抵抗するではありませんか。その上、木下先生に軽蔑のまなざしをしたとかで「こいつは、すごく気性が激しいぞ」と木下先生も驚いていました。数日前、もう少し、心の機微が分かるようになったら、「たとえ、自分が正しくても、大人に可愛げのない態度をしてはいけないことを教えたい」と書きましたが、この様子を見るかぎり、もう一刻の猶予もないようです。

私は、講習会の合間に、Kを見つけ、「大事なお話がある」とお説教を始めました。「Kちゃんが、幼稚園の先生より、歌が上手だったり、音程が良いのは、小さい頃に、Kちゃんが「音感が嫌い」と言っても、「やりなさい」と言って、みんなが勉強させてくれたからでしょ? 幼稚園の先生は大人でも、子どものときに、音感の勉強をさせてもらっていないから、Kちゃんより声が出なかったり、音程が悪いこともあるの。でも、Kちゃんが、それを怒ってはいけないのよ。それから、木下先生が、悪いお手本をしたら、Kちゃんも、それに合わせて悪い答えをして良いのよ。木下先生のことをにらんだり、怒ったりしてはダメなのよ。Kちゃんが、どんなに歌が上手でも、みんなをにらんでいたら、「この子は、可愛くないなぁ」と思って、誰も、Kちゃんを可愛がりたくなくなるでしょう?」。

私の話が、不愉快な話であることに気づいたKは、私と目を合わせないようにします。そこで、両手でほっぺを固定して、私と目があうようにしました。すると、観念したのか、小さな声で「ハーイ」とイヤイヤ返事をしました。「そんなイヤイヤの返事はダメよ。ハイは短く、はっきりと」というと、やっと、「ハイ」という答えが返ってきました。Kの怖いところは、こうして、平易な説明でお説教をして、その場は納得させても、すぐに忘れて何度も同じ失敗を繰り返すところです。

同じ親から生まれたのに、兄と弟は、全然、違う性質を持っています。そして、どちらに対しても、私たち大人の心配はつきません。性質が弱ければ弱いで、他の人にいじめられるのではないかと心配し、性格が強ければ強いで、他の人に迷惑をかけたり、ひどいことをして、嫌われものになるのではないかと思うからです。甥たちは、次から次へと、私たち大人に新しい試練を与えてくれているのかもしれません。
by k-onkan | 2012-12-26 23:42 | 幼児 | Comments(0)

山田和樹先生、おめでとう!

公益財団法人ソニー音楽財団[理事長:中鉢良治氏]により、2002年に若手チェリストと指揮者を顕彰するために創設された「齋藤秀雄メモリアル基金賞」という賞があります。そして、この度、第11回齋藤秀雄メモリアル基金賞指揮者部門を、木下音感楽院の卒業生である山田和樹先生が受賞されました。

e0143522_1175257.jpg今日はその贈賞式があり、木下先生とまゆみ先生も招待され出かけました。木下先生は、その昔、小澤征爾氏がブザンソン指揮者コンクールで優勝した後、日本で凱旋演奏をした折の、楽団員としてクラリネットの演奏をしているため、昔懐かしい話もして帰ってきたそうです。その際、小澤氏より「木下式というのは、桐朋の音楽教室みたいなものかい?」と聞かれ、「全然、違うものです」と答えてきたのだとか。

確かに、一般の子どもの音楽教育と木下式は、全然、異なるものなのです。木下式は、既存の子どもの音楽教育が間違っていると考えたからこそ、考案したのですから。和樹先生がいろいろな場所で、プロフィールに「木下式で育った」と書いてくださることは本当にありがたいことです。同時に、和樹先生自身が木下式を実践している幼稚園に通わなければ、歌う楽しさも、音楽の楽しさも知らないまま、指揮者になる道を選ぶこともなかったと思っていることを感じます。「幼児期に音楽の興味がなくても、中学生になって、音楽の道を考えたときに、手遅れにならないよう、幼稚園で音感教育を」との提唱を、そのまま、実体験で表しているのが和樹先生かもしれません。

和樹先生がすばらしい賞を受けるたびに、私は、世の中の親御さんに誤解しないでいただきたいと思うことがあるのです。それは、和樹先生が子どもの頃から、音楽の特別な才を与えられたり、特別な環境で育ったわけではないということです。合唱団の一員として、参加しているときも、特別に目立つタイプではありませんでした。しかし、頭がよく、いつも真面目に自分の責任を果たし、できないことはできるまで隠れて努力するそんな長所が、現在の和樹先生の栄光を生み出しているのだろうと思います。

お子さんを持つ親御さんの中には、わが子が脚光を浴びることにだけ喜びを感じてしまう人も多くいます。けれど、立派な賞を与えられたり、偏差値の高い学校に入れたり、一つひとつの結果は、一つの通過点でしかありません。和樹先生も、このすばらしい賞を喜びながらも、賞を受けた緊張感や恐怖を感じて、気を引き締めて、次の演奏について考えているに違いないと想像するのです。
by k-onkan | 2012-12-25 23:40 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

きれいな声で歌ったよ

我が家にとって、木下式は家業ですので、年三回行われる講習会は、我が家の甥たちはみんなでお手伝いをします。これまでは、兄甥Yしか出番がなかったので、弟Kは、よくかんしゃくを起こしていたものでした。しかし、今回は一人舞台だったので、すっかり興奮して夜になると、熱を出してしまうほどでした。

e0143522_035618.jpg音感教育に苦手意識を持つ若い教諭たちは、内心、一生懸命、歌ったり声を出したりすることを、恥ずかしいと思っているはずです。しかし、幼稚園入園もまだの三歳の子どもが一生懸命、歌う姿を見ると、さすがに、若い教諭も一生懸命、取り組まないわけにはいかず、とても良い刺激になるようです。

講習会で子どもを手本にする際、平素の授業と違うことがあります。それは、出来が悪いとやり直しを命じますが、上手にできたからといって特別に褒め言葉を与えないということです。Kはそれが気に入らなかったのでしょう。お手伝いの途中で、私の方を見て「どうだ!?」という顔をするのです。まるで、「ちゃんと、褒めてよ」といっているように見えました。「うんうん。良い仕事しているよ」と励ますと、木下先生も、Kが気分を害したことに気づき「良い仕事をしているぞ」と声をかけます。すると、また、一生懸命、頑張っていました。

途中、若くて可愛い幼稚園の先生が出てきて、Kにお手本を示すことになりました。最初は、初めて出会った若い先生を「可愛い」と喜んでいたKでしたが、声の出し方に不自然なところがあることにきづき、ぷいと余所見をしてしまったではありませんか。それだけではありません。その先生を怖い目つきでにらみつけるのです。たぶん、「そんなやり方で、歌えないよ」という気持ちなのかもしれませんが、さすがに、その態度に「にらんじゃダメ」と注意しましたが・・・。

同じ親を持つ兄弟であるのに、弟甥の反応はつくづく兄とは違うものでした。兄甥も2歳のころから、講習会の手伝いをしていましたが、壇上で褒めてもらえないまま、手伝いを続けさせると、必ず、いつからか涙をぽろぽろこぼしたものでした。今、思えば、「何も声をかけてくれないこと」が不安だったのかもしれませんが、涙で心を表す兄Yと、怒りで心を表すKの様子は、表裏一体なのかもしれません。

職員室にいたまゆみ先生が、Kが戻ってきて、「幼稚園の先生たちがばっちい声を出したから、Kちゃんがきれいな声で歌ってきた」と報告したそうです。3歳の子どもだと思って侮ることはできません。子どもでもいろいろなことを見聞きして理解すれば、それを他の人にまで報告するのですから。子どもの前に立つ大人は、子どもに恥ずかしくないようにしなければと思います。さて、Kがもう少し大きくなったら、「本当のことでも、言ってよいことと悪いことがあること」を教えなければならならないと思っています。けれど、それは、もう少し大きくなってから、もっと、人間の心の機微が分かるようになってからにしなければと思うのです。
by k-onkan | 2012-12-24 23:03 | 幼児 | Comments(0)

クリスマスの連休ですが

昨日から、楽院では、冬期講習会のために、全国の幼稚園、保育園の先生が集まって勉強しています。講習会の期間は、毎朝、園長先生から、幼稚園の先生たちに、ためになる話があります。今日は、委員長である廣野先生から、子どもにどれだけ、親の遺伝が影響するかという話がありました。

e0143522_18501839.jpg背の高さに親の遺伝が影響するのは、90パーセントだそうです。つまり、両親の背が低かったら、90パーセントの確立で、その子どもも背が低くなるということになります。体重は80パーセントだそうです。それに反して、知能は60パーセント、学習意欲は40パーセントと、遺伝の影響を受ける確立が減っていきます。

つまり身体的特徴と違って、知能や学習意欲などは、親からの遺伝よりも、後天的な努力によって、改善が可能なのです。そして、それは、年齢が低いほど、可能性が高いとのことでした。これは、親御さん自身がたとえ、勉強が得意でなくても、「自分の子どもも勉強は不得手に違いない」と決め付けずに、親が苦手であるなら、なおさら、幼児期にわが子の知能や学習意欲を高める努力をすべきではないでしょうか。

幼稚園や保育園で、幼児期に音感教育を施すと、「なぜ、こんなことをするのだろう?」と疑問を持つ親御さんもあるようです。しかし、その成果は、卒園してしばらく経ってから分かることもあるようです。たとえば、小学校に入ってから、何の科目でも苦労なく憶えられたり、他の人より、記憶力(集中力)が長けていたりして、やる気があったり・・・。そして、それは、幼児期に与えられた訓練によるものであることを忘れないでください。

クリスマスをはさんだ三連休を、東京まで来て勉強をする先生たちには、少し気の毒な気がします。けれど、それぞれの幼稚園、保育園に通う園児たちが、在園する間、少しでも、今、もつ能力を高めて送り出すためにも、努力する先生たちもいることを、知っていただけたらと思います。
by k-onkan | 2012-12-23 23:50 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

かわいそうなケーキ

数日前、郵便局から、荷物が届きました。その中には、くずれたクリスマスケーキが入っていました。最近、保険の契約をしたまゆみ先生に保険会社の人が送ってくれたものでした。荷物を調べると、送付伝票がケーキの真下に張られていて、「さかさま厳禁」のシールの間逆に貼られていました。それを、郵便局の配達員さんが、箱を縦にして届けにきました。

e0143522_8173837.jpg保険屋のお姉さんが荷物に貼った伝票の場所がいけないのか、荷物を受け取り、「さかさま厳禁」のシールをはった発送元の局がいけないのか、荷物を縦にして運んだ配達局がいけないのか。ご丁寧に、包みには、誰が見ても分かるように「クリスマスケーキ」のイラストが印刷されて、中身がケーキであることを匂わせてありました。けれど、そんなことには、みな、お構いなしに、伝票をはり、シールを貼って、配達したのでしょう。それぞれに、「自分のすること」だけをして、自分以外の人が、この荷物に関わることまで考えていなかったのかもしれません。

私が子どものころ、親から「気を利かせよ」「自分で感じろ」という教育を受けました。そのため、「言われたこと」だけをすると、叱られることもありました。たとえば、もし、ケーキのイラストがついているのに、中身がケーキであると考えずに、さかさまにして持って帰ったら、とても叱られただろうと思います。

e0143522_81929.jpg自分で購入したものではないので、クレームをつけることを、躊躇していた母ですが、私は、きちんとものを届けるべき郵便局も、シールを貼った局も、ケーキを郵便で送付した若い女性も、ケーキがどうなったかを知る権利はあると思ったので、郵便局に連絡をしたところ、賠償の請求という面倒なことになってしまいましたが、「賠償すればよい」という考え方にならないようにしたいとも思いました。賠償などしなくて済む仕事ができれば、それに越したことはないのですから。

今は、小学生であっても、いつか、社会に出るときが来るはずです。その時のために、気がつく人間に育てたいものです。偏差値の高い学校を卒業していても、英語ができても、就職したら、自分で考えて行動したり、会社のためを考えた発言ができないと、使いものにならないと、判断されることもあるでしょう。また、会社勤めをしなくても、自分で仕事をするのなら、なおさら、自分の専門以外にしなければならないことがあるものです。そんなことを含めて、子どものころからの教育は大事なのかもしれません。
by k-onkan | 2012-12-22 22:17 | 教育 | Comments(0)