麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
カテゴリ
全体
木下式音感教育法
しつけ
子育て
教育
お稽古事
親業
音楽
乳児
のぞみクラス
幼児
児童
名誉団員・卒業生
思春期・反抗期
自立について
運動
発達障害
保育園
楽院だより
我が家のこと
自分のこと
以前の記事
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
フォロー中のブログ
蛹の頃~さなぎのころ~
最新のコメント
出演園児のお母様へ ..
by k-onkan at 06:33
一番こわいのは、マナ先生..
by 出演園児の母 at 10:48
昔、近所の顔なじみの飲食..
by k-onkan at 10:32
>「じぃじ」 凄いです..
by ha-i at 01:48
ばら組の保護者さま ..
by k-onkan at 17:06
作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
ブログパーツ
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


<   2013年 01月 ( 31 )   > この月の画像一覧

大人は変われない。でも、子どもは

音楽祭の歌唱指導のために、埼玉県にある幼稚園にうかがいました。子供たちは、昨年末に、東京のホールで、全国の幼稚園教諭に、公開学習を披露したメンバーもおり、みんな、親しみを持って、迎えてくれました。講堂に一歩入ると、「おはようございます」と大きな声がします。数ヶ月前に、会ったときより、大人びて見えます。子供は教育によって、数ヶ月の間でも、大きな成長を遂げるものです。ただし、それは、受身で教えられることだけでなく、子供が自発的に学ぶことも、含まれています。

e0143522_9423698.jpg歌唱指導をする木下先生は、「今年の子供たちは、おりこうだなぁ」と口にしました。しかし、数ヶ月前の視察の時には、「話が通じない子供が多くて、独唱に選べる子が少ない」とがっかりしたものでした。東京のホールでの公開学習を経験して、お正月を向かえ、子供たちは、少しずつ大人になっているのかもしれません。

指導の最中、「君も独唱に選んでやればよかったなぁ」「君もうまくなったね」と数人の子供がほめられていました。独唱児の選抜のときは力を発揮しなくても、その後、みんなで練習する中で、成長する子も多くいます。独唱に選ばれて、本番の舞台に出ることだけが、目的ではありません。独唱に選ばれた子を見て、自分も次のチャンスがあったら、認められようにがんばろうと思うことも、優秀な子供を認めることの効果です。

この幼稚園で感心したことがありました。それは、協会歌がとても上手なことでした。木下先生が作曲したこの歌は途中で、転調もあって、子供が歌うには、簡単な曲ではありません。それなのに、子どもたちは、とてもうれしそうに歌ってみせます。

もっとびっくりしたことがありました。それは、種目に選ばれていない子供たちも一緒に覚え、首を振りながら、一生懸命、口ずさんでいることでした。その様子が、全身から、歌うことを楽しんでいるように見えました。

数ヶ月前まで、音感の勉強がある日は、「幼稚園がいや」と言って、登園をしぶっていた女の子も、「自分からは口をきかない」といわれていた子、「声が低くて音感はいや」と苦手意識を持っていた子、行儀が悪くてみんなが心配した子も、みんなみんなとても一生懸命に歌っており、音楽を楽しむ様子がありました。

最初は、苦手であっても、打ち込んでいるうちに好きになるものもあるのです。幼いころに、「この子は、音楽は好きじゃない」と決め付けてしまわないでください。大人は一度、苦手意識を持ったものに対して、気持ちを変えることは、難しいものですが、子供は常に変化して、成長していく柔軟性を持っているのですから。
by k-onkan | 2013-01-31 09:42 | 教育 | Comments(0)

子どもを守るための教育

女子高生に添い寝をさせる店が摘発されたといいます。そこには、女子高生を含め、70名以上の未成年者が登録され、男性のマッサージや添い寝をさせていたようです。高校生は「マッサージや添い寝をしてお金をもらう楽なバイトがある」と誘われたようですが、「体を売ったわけではないから、何も悪いことはしていない」と思う人もいるかもしれませんが、好きでもない男性にニコニコして優しくして報酬を得る仕事がまっとうかと言われたら、私は否定すると思います。

e0143522_13301311.jpg口が達者な女の子は「夢を売っている」などと言いますが、擬似的に恋愛感情を抱かせることで、相手がストーカー化してしまう危険もあります。何年か前に、耳掻き店でアルバイトをしていた20歳の女の子が、犯人によって祖母と共にあやめられた事件がありました。亡くなった方には気の毒ですが、なぜ、そんなアルバイトを大切な娘に容認したのだろうと思います。

耳掻きも、添い寝も、大切に手をかけて教育した娘にさせたい仕事ではありません。ところが、きちんとした教育を受けた親御さんの子どもが、案外、そうした仕事をアルバイト感覚でしていたりするようです。そうした職を女子高校生に薦める大人も困りますが、安易なお金もうけに走る若い女性にもやはり感心はできません。

何事も、どちらか一方が100パーセント悪いということはないものです。誰もが加害者にも被害者になり得るから、何かあったときに、他人から、後ろ指をさされないように、自分の行動に責任を持てる大人に育てなければと思います。

最近は子どもを犯罪から守るためには、「知らない人について行ってはいけない」と教えてはいけないのだそうです。なぜなら、犯罪者は、それを逆手にとって、「お母さんの友達」のふりをして、「小さいころに会ったことがある」と近づき、覚えていない子供に罪悪感をもたせた上、子どもが自分からいたりすることもあるそうです。子どもを犯罪や危険なことから守るためには、社会で起きていることを常にアンテナを張り巡らせておく必要があるかもしれません。
by k-onkan | 2013-01-30 23:29 | 教育 | Comments(0)

与えられた役割を全力で

数日前、音楽祭の独唱に選ばれたお子さんの保護者から幼稚園に当てて「独唱に選ばれたが他の友達と比べて曲が短いと感じて納得がいかない。自分の子ももっと長く歌いたいと言っている」というお手紙があったとのことで、ご説明させていただきました。

e0143522_1258476.jpg幼稚園の先生をはじめ、保護者の方にご理解いただきたいことは、音楽祭で独唱に出るお子さんの曲目は音楽を専門とする木下先生が一人ずつ、声を聞き、言語力、性質、歌唱力に見合った曲を与えているということにあります。それは、幼稚園にありがちな平等性を重んじたり、子どもの好きな曲を割り当てているのではなく、専門的な立場で専門家が判断しているということです。

独唱に選ばれるお子さんは皆、共通して、一定の言語力、歌唱力、声の美しさを持っていいます。しかし、独唱児が全員、同じ能力であるかというとそうではありません。歌唱力、言語力、声の美しさなどには、それぞれ異なるのです。姉兄が独唱に出演していれば、独唱に選抜されることの意味を理解して、自分から「是非選ばれよう」と強い意欲を持って臨む意気込みがあります。また、音楽に対して造詣が深い家庭で育った子であれば、より音楽的に難しい曲を与えることもあります。反して、声の美しさから選ばれたのに、無欲で指導に頑張りを見せない子もいます。同年齢であっても、それぞれ、違うのです。そんな中で、大きな舞台で自分の力に見合った曲、本番、「上手にできてよかった」と思える曲を与えています。

曲のコーラス数や、長さ云々より、幼稚園の代表の何人かに選ばれたことがとても幸運なのです。このことを理解させ、真摯に全力投球することを教えないと、「自分だけコーラスが2番しかない。自分よりも素敵な曲を歌う子がいる」と不満に思いながら、音楽祭に出ることになります。これでは、教育的にも好ましいことではありません。木下先生が聴いたら、「自分が選んで出演させるのだ。不満があるなら出なくてもよい」ということになりかねません。お友達の中には独唱に選ばれずに悔しい思いをした子どもも必ずいるはずです。その子たちの分も頑張ること教えず、「子どもの気持ち、自分の気持ち」だけを通すような大人の態度は好ましくないと思うのです。今、私たち大人が、子どもに教えるべきことは、「与えられた役割に全力投球させること」しかないとおもいます。人生は願った通りに進むことの方が少ないのですから。
by k-onkan | 2013-01-29 23:56 | 教育 | Comments(0)

お姑さんのようですが

最近、聞いた話ですが、昔は怖がられた姑が、今は優しくお嫁さんに気にいられるように気をつけているといいます。将来、自分の体が弱った時、お世話になる可能性があるお嫁さんに嫌われてはいけないというのがお姑さんの心理なのだとか。昔のお姑さんがお嫁さんに厳しく接したのは、それぞれの家庭に次世代へ伝えるべきその家の価値観や考えが存在したからだと思いますが、今は嫌われてまで伝えるべき価値観がないようなのです。

e0143522_23451130.jpgさて、小学生の子どもたちと付き合うと、私は昔のお姑さんのように小言を言ったり、教える場面が多くなります。特に、今は、音楽祭の特別練習でお昼の時間帯も子どもたちの行動を目にするため、なおさらです。数日前の昼のことです。顔見知りのコンビニに行くと、楽院の生徒が買い物の途中でした。2年生のその子は手にした菓子パンとおにぎりをレジに持っていき、100円玉を二つ出しましたが、代金には不足しています。店員さんが気を利かせて、手に持つ交通系のICカードを見て「ここから払うの?」と聞かれ、支払いは済まされました。

楽院から目と鼻の先にあるコンビニは、私たちも顔見知りで、楽院の子どもたちもよくお世話になっています。その分、子どもたちは守られ、口もきかずに済んでいるのかもしれません。その場に居合わせたので、その子に「その中にはいくら入っているの?」と確認しましたが、「分からない」との答えが返ってきました。ICカードは便利で安全ですが、子どもにはお金を浪費している意識はないようです。たまには明細を印字して確認させることも教える必要があるかもしれません。

同じ日にもう一つ、こんな出来事がありました。4年生の女の子二人がインスタントの「カップはるさめ」を購入してお湯を入れて帰ってきました。Sちゃんはお沸騰したお湯を入れてきましたが、Mちゃんは隣にあったポットを使ったそうですが、それは沸騰していなかったようです。我慢しながら硬いはるさめを食べているMちゃんが気の毒になり、私は手持ちの200円を渡して、「買いなおしてきなさい。でも、次は間違えないように、ちゃんとお店の人に「ポットのどこを見ればお湯が沸騰しているか教えてください」ときちんと尋ねなさい」と教えました。

数分すると、Mちゃんは、「品物を交換するから、食べられない方を持ってきてくださいって言われた」と戻ってきました。すると、一緒に購入したSちゃんが、「タダ?タダ?」とうれしそうな声を出しました。「そんな品のないことを言わないで!」と叱りました。大人がカップメンに沸騰していないお湯を入れて、作りそこなっても、たぶん、交換はしてもらえないでしょう。未熟な子どもだから、漢字が読めなくて失敗したことを気の毒に思って、優しく対応してくれただけかもしれません。また、お店としてはポットを二つ出していたことで、子どもに誤解を招いたため、交換してくださったのだと思いますが、子どものうちの特別扱いは、一生、続くとは限りません。どんな理由であれ、おろかなことを理由に得したと喜ぶような人間になって欲しくない。後で、子どもたちがお世話になった店員さんにお礼を伝えておかなければ、と思っています。

さて、200円を返してくれたMちゃんが、「でもね。店員さんに聞いたけれど、若い人はどうしたらよいか分からなかったんだよ」と教えてくれました。中年の店員さんが出てきて、教えてくれた」と事情を説明してくれました。子どもは、よその大人と関わることで、生きるための知恵や他人との関わり方を学ぶものです。家族やふだん、親しくつきあう人以外と口がきけるように育てることは、生きるための知恵を学ぶために、本当に大事なことだと思うのです。
by k-onkan | 2013-01-28 23:45 | 児童 | Comments(0)

本気しか効果はなし

数週間前から風邪ぎみの声のまま、子どもの歌唱指導で声を出し続けた上に、出張で悪い風邪をいただき、すっかり、声がかすれて出なくなってしまいました。音楽会前の子どもたちに悪い風邪をうつすわけにはいきませんので、この2日間の練習は、マスクをしてすごしました。

e0143522_2303739.jpgマスクを着用していると私の口元が見えないため、これまで、過保護に歌詞を教えすぎていたものがおぼえらられていないことが分かりました。私の口を見れば教えてくれるだろうと思うため、自分から覚えようという気持ちに欠けていたようです。マスクを着用した私の口元では、歌詞は何も分かりません。子どもにとって、大人の助けなく自分で考える良い機会となり、過保護な私が必要以上に手を貸せなかったのは良かったかもしれません。

風邪の菌を撒き散らすことなく、自ら声が出ないことを思い出し、同時に、子どもたちに自分で考えさせるという点では、このマスクはとても役に立ちましたが、弊害もありました。

私の表情が見えないからか、病気だから本気は出さないとなめられたのか定かではありませんが、最初は、いつもより、だらけた態度を見せました。しかし、音楽会の2週間前には私たち大人も切羽つまっています。マスクの中から、いつも通りの怒鳴り声を出すと、やっと、子どもは慌てて、本気を出して歌うようになりました。

結局、子どもというものは、どんなに、大人が体調が悪くても、本気で向き合わなければ、本気を見せないものかもしれません。たとえ、マスクをしていても、こちらに怒鳴る元気があると知ると、子どもたちもいつも通り、安心したようです。手間がかかりますが、こういうところが、うちの子たちの可愛いところでもあります。この2日間の特別練習は、大人が体調が万全でなくても、声が出なくても、子どもとは本気で付き合うしか良い結果は出ないのだと実感させられたのでした。
by k-onkan | 2013-01-27 23:49 | 自分のこと | Comments(0)

自分で考え、決断する人に

朝の報道番組で教育問題について論じられているのを目にしました。今の日本の子どもたちは知識は持っているけれど、自分で考えることをしない。受身であることが指摘されていました。確かに、私たちの時代も、そういう問題は親世代からも指摘されたものですが、その私が心配になるほど「受身」になっているかもしれません。どんなに知識があっても、学歴があっても、指示されたことからさらに、もう一歩、自分で考えたり、気を利かせるということは失われると、社会人として役に立つのは難しいと感じます。

e0143522_1321373.jpg年末のことになりますが、木下先生が町の楽器店にクラリネットのリードを買いに行ったことがありました。店員さんに「リードが欲しい」というと、「これです」と1種類が提示されました。長年の経験から、値段と品物を見る限り、専門店にある品物として、それだけということはないと思い、何度も「他にはないの?」と聞いても「ありません」と答えたそうです。納得がいかず、「他の人にも聞いてみて」と頼み、やっと、年上の店員が対応して、いろいろな種類のリードがあることが分かりました。その店に勤めたら、たとえ、新人であっても、店の品物は教えて欲しいものです。新人ということで、100歩譲っても、自分では対応できないことは分かる人に相談する機転は持ちたいものです。

私が関わる子どもたちも、年々、受身になっていると痛切に感じます。自分から覚えたり、自分から意欲を持つのではなく、大人に覚えさせてもらったり、意欲を持つ状態に追いやられるのに慣れているのかもしれません。これまでの「子ども中心」の教育によって過保護にされた結果かもしれません。しかし、これまでがそうだったからと、それに甘んじていると、子どもの生きる力は向上することはありません。嫌な役目ですが、親御さんや先生をはじめ、大人である限り、子どもに苦言を呈する存在が生きる力を与えたいものです。

これは、何も子どもに限ったことではなく、社会に出たばかりの若者にも同じ姿勢が必要かもしれません。私はいろいろな幼稚園に指導に出かけるのですが、一般的に幼稚園は、教諭の入れ替わりが多く、常に若い先生がいる職場といえます。幼稚園でも、年々、若い先生が入るたびに、今の子どもたちが持つ問題を感じるのです。

職場で何年か鍛えられて、やっと、大人らしくなっていきますが、職場は大人として働く場所でなければなりません。やはり、社会に出てくるまでに、「大人になる教育」を与えるのは、家庭、学校、社会で分担しなければ、納税できる大人は育たないかもしれません。

お子さんが学校で知識を学んでいることに、絶対に安心してはいけないと思います。それと同時に、挨拶をする、受け答えをする、相手が何を求めているか推測する、自分で考えて行動する、自分の決断に責任を持つ、など、人間として当たり前のことを教えておかなければ、子どものような大人ばかりになってしまうのではと心配になるのです。
by k-onkan | 2013-01-26 13:20 | 教育 | Comments(0)

ニュースから学ぶこと

数ヶ月前、給食を食べてなくなった女の子の話について、その後、詳細を知る機会がありました。とても、気の毒なことですが、担任の男性の先生が、成分チェックをせずにアレルギーのある食べ物をおかわりとして与えてしまったといいます。子どもの安全を考えたときにあってはならない事故ですが、これは、誰にでも起こりうることです。

e0143522_2183392.jpg給食を食べた後に体調不良を訴えた女児に担任の先生は、「これを打つのか」とエピペン(アナフィラキシーショックを抑制する自己注射薬)を確かめましたが、女の子は、「違う。打たないで」と言ったようで、対応がさらに遅れたのも、不幸が重なりました。女の子は自分がアレルギー食品を摂取したことに気づかなかったのかもしれませんが、やはり、アレルギーについては、子どもも親も、先生も、それぞれが知識を持って、真剣に向き合う必要を感じます。

女の子も5年生にもなると、自分の考えを持っています。「打たないで」といわれて、無理強いはできなかったのかもしれません。しかし、やはり、子どもの判断に任せるのは危険です。エピペンは高価なものと聞きますので、大人が自分の判断で打つにも勇気がいるでしょう。必要もないのに打ってしまったら、親御さんから「弁償」を求められるかもしれません。それでも、命を守るために「迷ったら打つべき」とのことのようです。一番、大切なのは、命なのですから。

私の甥もこのエピペンを持っており、私が預かるときには、「絶対に打つような事態にはしないで」と言われます。もしかすると、甥も私たちのこの言葉を誤解して、「使ってはいけないもの」と思い込んでいるかもしれません。「使わないで済むように気をつけること」は大事ですが、いざというときに、適時に使うべきものであることも教えておかなければならないのだと思います。

私たちが子どものときとは違った危険が、子どもの身の回りには隠されています。ニュースで見る、ざまざまな事件は事案は、いつ自分の身に起こるかわからないと思って、考えておかなければと思うのです。
by k-onkan | 2013-01-25 23:17 | 児童 | Comments(0)

お母さんってどんな人!?

最近、父が3年生の甥に「じぃじは、どんな人だ?」と聞いたそうです。甥は、しばらく考えて「歌を教えるのと、原稿を書く人」と答えました。兄甥は、「どういう人?」という質問を仕事についてだと思ったようです。

e0143522_013797.jpg私も真似をして3歳の弟甥に「私ってどういう人?」と訪ねてみました。するとKは「おばさん」という答えが返ってきました。それは私たちの「続き柄」ですが、「うまいことを答えた」と思わず笑ってしまいました。

子どもたちに親御さんについて聞くと、「本を買ってくれる」「お弁当を作ってくれる」など、自分がしてもらっていることを表すことがあります。しかし、家族だからこそ、「自分のためになにをしてくれるか」ではなく「人となり―人格」を理解できる人になって欲しいと思います。

さて、親御さんが自分を犠牲にして子どもの要求を受け入れていると、子どもはそれを当たり前だと誤った認識をしてしまいます。そして、自分の願いがかなわないと怒りを感じたり、八つ当たりしてしまったりすることさえあるようです。子どもが幼くても、少しずつ我慢を教えたいものです。

たとえば、お母さんが体調不良の時は、「お母さんは今、頭が痛いの。ちょっとだけ待ってね」と我慢を促したり、自分以外の人にも都合があることを教えたいものです。もし、お母さんが病気になったら、「自分のために何もしてくれない」と八つ当たりに似た感情を持つ以前に、「お母さんのために何をしてあげられるか」と考える子であって欲しいと思います。お母さんの仕事は、「ご飯を作ってくれる」「学校行事に参加してくれる人」「お稽古事の送り迎えをしてくれる人」だけでないはずですから。
by k-onkan | 2013-01-24 00:08 | 幼児 | Comments(0)

ダメなことはダメ!は子どものため

1週間前に出合った2歳のKくんは、面接の席でお母さんを叩いたり、つばをはいた上に、「きらい。きらい」と騒いだことから、私に「暗い部屋」に連れていかれたお子さんです。そのKくんが授業にやってきました。面接のときとはまったく別人のようで話しかけるとちゃんと目と目が合うようになりました。

e0143522_200291.jpg家に帰った後に、Kくんがお母さんに手をあげたり、つばを吐いたときに、お母さんが「ダメ」と毅然と叱ることできたようです。Kくんは大好きなお母さんに叱られて驚いて泣いたそうですが、3歳になる前に、「ダメなこと」を「ダメ」とはっきり言われることは脳科学の面から見てもとても大事なことです。

5~6年前に読んだ本に「その子育ては科学的に間違っています」というものがあります。何度読み返しても、「その通り」と思わせるものです。Kくんのお母さんをはじめ、現在、しつけに悩んでいるお母さんにはぜひ、読んでいただきたい本です。「その子育ては科学的に間違っています 著:國米欣明(三一書房)」
by k-onkan | 2013-01-23 19:59 | しつけ | Comments(0)

このお金で足りますか?

数日前、仕事場から瑠音先生の家に電話をしたときのことです。話の途中で3歳の甥Kが出てきました。大好きなお父さんからの電話だと思ったのに相手が私だったので、何も言わずに兄甥に受話器を渡したようです。しばらくして、もう一度、用事で電話をすると、「もしもし、アンドウです」と大人びた様子のKが出てきたのですが、それが私の声だと認識した途端、「つまんな~い。また、まぁちゃんだよ~」と言うではありませんか。「そんなことを言って・・・」といましめる瑠音先生の声も少し笑っています。内心、Kと同じ気持ちだったのでしょう。

e0143522_21532167.jpgこの失礼な言葉に「そんな失礼な人は何も買ってあげないし、レストランにも誘わない!」というと、「いいよぉ。Kちゃん、お金持っているから一人で行けるも~ん」と勝ち誇った声が聞こえました。今年はお正月にいただいた落とし玉を「自分のお金、自分のお金」と喜んで初詣でつかったこともあり、Kは根拠のない自信を持っているようです。

「3歳の子どもが一人でレストランに行っても、お店に入れてもらえないのよ」と電話ごしで伝えましたが、Kも負けずに「いいも~ん」といっています。どうやら電話では勝ち目はなさそうです。その翌日、職場にやってきたKに「大人に失礼なことを言ってはいけない」と教えたのでした。

さて、そのKが「おもちゃが壊れた」と私のところに持ってきました。瞬間接着剤がないと直りそうにありません。一緒に買いにいきたいというので、「接着剤を買って欲しいなら「お願いします」を言いなさい」というと、「自分のお金があるからいい」といいます。数日前の自分の暴言を思い出して、私に借りを作りたくないと思ったようです。

瑠音先生は、「お年玉はみんな貯金したからお金はないわよ。お母さんの財布にもこれしかない・・・」と100円玉を2個手渡しました。これでは、瞬間接着剤には十分ではないでしょう。お金があれば、何でも手に入ると思っているKに、「お店の人に「このお金で買えますか?」と聞いてごらん。ダメですといわれたら、お金が足りないってことよ」と教えました。

話を聞いていた妹は、「お金が足りないときは、まぁちゃんに貸してくださいって言いなさいね。自分一人の時に「買えません」と言われたら、品物は返さなければいけないのよ」と教えました。お金の価値を知らない子どもが欲しいと思ったものを、悪意なく持ってかえってきてしまうこともあるからです。

実際、コンビニへいくと瞬間接着剤には410円でした。Kは握り締めた200円を見せて、「これで買えますか?」と店員さんに聞きました。「買えません」と言われ、私のところに戻ってきました。「お金を貸してください、って言うのよね?」というと「貸してください」と素直に言います。私は210円を支払って帰ってきました。

「まぁちゃんには、世話にならない」と言いはなっていたKが「私の世話になった」と実感すると、数日前の暴言が嘘のように「ありがとう」「お願いします」と口にするようになりました。同じ親から生まれた兄弟ですが、兄甥は大人の言うことに素直にハイという3歳でしたが、弟甥は自分が体験してはじめて大人の言葉を受け入れられるようです。さて、年齢に関係なく、お金を使うことを知ったら、「お金の教育」が必要です。お金は、欲すればいつでも手に入るものではないのですから。
by k-onkan | 2013-01-22 23:51 | 幼児 | Comments(0)