麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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疲れていても、ダメなことはダメ

レッスンが終わり、楽しい気持ちでおやつを食べた年少のAちゃんは、私に親しみを表すつもりで、ブフーと唇で音を出しながら、つばをかけてしまいました。幼い子どもにとっては、ただの楽しい遊びだったのだと思いますが、一度、許すと、誰にでも、同じことをし続けるかもしれません。「人に向かって、つばをかけては、ダメ!!」注意しました。

e0143522_20375774.jpgAちゃんは、ほんの遊び心でしたことを叱られてすっかりふくれてしまいました。それでも、小さな声で「ごめんなさい」と言って教室から帰ってきました。ところが、その現場を大好きなお父さんに見られたと気づいたため、お父さんにこぶしをあげて向かっていきました。察するにAちゃんは、「なんで、見てたのよ~」という気持ちだったのでしょう。子どもの力はたいした強さではないはずですが、せっかく、迎えに来てくださったお父さんにあまりに失礼です。

「自分が叱られて、お父さんに八つ当たりもダメ!」と私が指摘すると、今度は大泣きされてしまいました。しばらく、泣き止むように言い聞かせましたが、気分は変えられず、結局、お父さんが、優しく抱っこして連れ帰ってくださいました。

子どもが泣くときには、「幼稚園と音感で疲れた」とか「頑張ったから甘えたい」など、いろいろな気持ちがあるはずです。それはそれとして受け止めたいと思いますが、小さい頃の何気ない習慣が後に悪癖となって継続することもあります。人につばをかける、大人に失礼な態度を取る、叱られたときに素直に受け入れられないなどは、どんなに疲れていても、やはり、してはいけないこととして、教えたいと思っています。

3歳の甥Kもそうですが、二番目の子どもは長子に比べて、気性が激しいため、叱る大人にも相当の心構えが必要であるため、つい、見過ごしてしまうことも多くあります。それが、後に、二番目の子の短所として、現れることもあると感じます。長子のときには見逃さなかったことは、下の子にも、きちんと教えていかなければと思うのです。小さくて可愛くても、許されないことはあるのです。
by k-onkan | 2013-04-30 23:34 | 幼児 | Comments(0)

できないことを叱っていけない!?

最近、読んだ教育関係に携わる人の本の中で、「子どもの「できないこと」を叱ってはいけない」という言葉を目にしました。確かに、教えられてもいないことを、「なんで、できないの?」と叱られるのは子どもにとっても理不尽でしょう。しかし、確実にできることを、「気分が乗らない」「やりたくない」だから、できないとしたら、「できるのだから、やりなさい」と叱る必要性も感じるのです。

e0143522_12292732.jpgもう、ずいぶん前になりますが、兄甥が幼稚園に通っていたころ、運動会で園長先生から、とても良いお話がありました。「1等でも、4等でも、大事なのは、自分の全力を発揮すること」。たとえ、1等になっても、ダラダラ走った一等は、一生懸命走った4等に劣るということです。もちろん、結果を出すことも大事なことですが、そこに到達するまでの努力が子どもに力をつけることは、長年、教育の現場で、子どもたちと関わっているからこそ、どれだけ大切かが理解できるのです。

一般に、私たち大人は、「4等より1等であること」に目を向けて「一生懸命でなくても1等であれば褒めてしまいます。すると、子どもは「一生懸命、やらなくても、1等を取れることが一番大事であり、大人が喜ぶこと」と思います。反対に四等の子は、「こんなに頑張ったのに駄目だった」と努力することを「くだらないこと」と思ってしまうかもしれません。しかし、「努力しない1等」を取った子は、やがて、一等が取れない子になっています。なぜなら、いざという時に、努力できないからです。

反対に、四位でも努力できる子は、いつか、その力を自分の得意分野で発揮できるはずです。「できないことを叱らない」という言葉には、苦手なこと、不得手なことは、最初から、兆戦しなくて良いと感じる何かがあり、私にはとても抵抗があるのです。

さて、教育の世界にある「~すべきではない」という言葉をすべて鵜呑みにしてはならないと、最近、強く感じます。子どもの中には、大人の顔色をうかがって、いつも大人の望む答えを出そうとする優等生タイプな子もいれば、あえて、大人が望む反対のことをして、自分に注意を引きたがる性質の子もいます。他人が叱られても自分のことのように敏感に傷つく子もいれば、自分が叱られることで愛情を感じる子どもいます。子供と関わるなら、万人向けの「~すべきではない」という言葉にとらわれず、それぞれの特性にあったアドバイスや、注意をして、正しく導くことができることが大事なのだと思うのです。
by k-onkan | 2013-04-29 12:28 | しつけ | Comments(0)

自己紹介、できた!?

千葉へ行った子どもたちの一日をご紹介しましょう。4年生の甥Yは、休みの日は誰より早く起きて自分の課題を済ませます。一日を有意義に使うためのようです。千葉でも朝5時に目覚ましをかけて勉強を始めたため、一緒に3年生のSくん、弟甥のKも勉強したといいます。

e0143522_19312299.jpgその後、まゆみ先生に「着替えなさい」と怒鳴られ、甥たちは着替えて外へ出たそうですが、Sくんは、パジャマの上にYのトレーナーを来て、その上に木下先生の靴で隣の畑へと出かけていったそうです。「お~い。靴がないぞ~」と木下先生が探すとSくんが、パジャマとトレーナーと木下先生の靴で現れました。誰よりもリラックスしたSくんのその姿に大笑いしたようです。

朝ごはんを食べて、午前中はピアノの練習をしてからみんなで動物園へ出かけました。動物園には、純子先生の教室に通うAちゃんも同行しました。子どもたちに「自己紹介をしなさい」というと、甥たちは、自分の名前を言って「よろしくお願いします」と言ったそうですが、Sくんは名前の後に、「サッカーが得意です」と言ってアピールしたとまゆみ先生から報告があり、「前の日に、自己紹介を考えておいてよかったね」といわれました。

まゆみ先生は、甥たちにも「二人は得意なことはないの?」と水を向けたようですが、「ない」と答えました。実は、甥たちは、二人それぞれ、水泳教室の検定試験と幼稚園の遠足で少し自信を失う出来事があったばかりで、自信を持って言えることが、なかったのかもしれません。

自己紹介の難しいところは、その場の雰囲気を察知して、どの程度のアピールをするかを判断することにあります。就職活動や面接、会社に入ったら、自己紹介は1分程度が常識と言われますが、幼稚園時代なら、「○○○です。○○ちゃんと呼んでください・・・」、小学生になると名前の後に、趣味や得意なことを入れるのが一般的なようです。小学校の自己紹介は、最初の人が作ったパターンを引き継いで、目立たないようにするのが常のようですが、社会に出たら、どのように、自分が人と違うかを見せられるかが、求められるのかもしれません。

今、読んでいる「国際的日本人が生まれる教室」の中には、アメリカ人の部下を持つ日本人の社長が、「営業したい商品(サービス)を購入してもらうためには、その商品の良さを、1時間、30分、10分、5分、1分で何も見ないで説明できるように指示する」という話がありました。

自分が売り込む商品を「1分では説明できない」といったら、せっかくのビジネスチャンスを失います。反対に、1時間たっぷり、商品の良さを説明できないのでは、顧客の心をつかむことはできないということだろうと思います。自己紹介も1分のパターンができたら、10秒、30秒と、その場に合わせて自在に変えられることが大事なのかもしれないと思った子どもたちの自己紹介なのでした。
by k-onkan | 2013-04-28 23:30 | 児童 | Comments(0)

伝える力を養わないと!

先日、私が話し方講座で勉強した「自己紹介」は、小学生の子どもたちにも、将来、役立つのではないかと思い、今日は、作文で自己紹介文を書かせてみることにしました。結婚でもして名前が変わることでもない限り、自分の名前を人にアピールする方法を一つ用意してあれば、それをアレンジして、いつでも、どこでも、1分間の自己紹介くらいできるようになるはずです。

e0143522_13362496.jpgところが、いざ書かせてみると、「ぼくの名前は、オスと、もう一つの漢字の意味は分かりません。自分の名前がどうしてついたか、きいたことがないので知りません。自分の名前について特になにも思いません。お姉ちゃんは他の名前がいいと言ったけれど、お父さんがこの名前にしました。サッカーが得意です」など等、男の子は、自分が思ったことをただ書き連ねます。

また、せっかく、漢字を分析して紹介したのに、「安は安いという字です」と書き、「安は、うかんむりで家を表して中に女、お母さんがいるから安らかなのだから、『安は安い』より、『安心の安』という方が印象は良いのに・・・」と指摘される子もいます。

反対に、女の子は、「両親から聞いたことはありませんが、私なりの考えを述べたいと思います。真実の真と悠々自適の悠が使われているので、まっすぐに伸びやかな人になって欲しいと願っていたのだろうと思います」と機転を見せます。

しばらく、この課題を書きなおしさせていれば、きちんとした自己紹介の文章を自分の力で完成させられるでしょう。それを覚えさせて、発表させる機会を与えようと思います。楽院では、ふだん、挨拶や曲目紹介を木下式仕込みの発声で発表していますが、これらは長年、継承された文章であり、子どもたち自身に自分で文章をまとめられる力が培われていないのではと心配なのです。子どもたちには自分の名前を親御さんに聞いてくるという宿題も出しました。

最近、就職活動をする大学生やすでに就職している若い人が、「いかに口をきけずに、コミュニケーション能力がないか」を指摘する話をよくききます。また、ある企業では大学にお金を出して、理数系の学生に「プレゼンができる国語力」をつけているとの話も聞きます。これからの勉強は、受験に打ち勝つだけでなく、さらにその先、就職まで見据えたものである必要があるのでしょう。

実際、楽院の小学生を見ていると、子どもが大勢いても、あまり、おしゃべりを楽しむことがありません。たまに、子どもたちが楽しそうにおしゃべりをして、授業に差しさわりがあると、「うるさーい」と怒鳴りながらも、「おぉ、話している、話している」と嬉しくなるという異常事態です。それだけ、子どもは、自分から話をすることができないのです。

今日も、ある男の子が午前中に職員室に来たのですが、木下先生から、「連休は、何かするのか?」とか「お母さんはいつ仕事なんだい?」「お父さんの会社はどこだい?」と聞かれても、「う~ん」とか「分からない」と答えます。本当は、分かっているのに、面倒くさいことはみな「分からない」で済ませるのか、きちんと正しく答えられないから、口をひらかないのかわかりませんが、木下先生も「こんなに話ができなくて、大丈夫か?」と心配します。その割には、携帯電話の操作はとても速いので、もっと驚かされます。

その姿を心配した木下先生は、「今日は、ぜひ、先生の家に泊まりにおいで。Yたちもいるから、大丈夫だろう?」。そのお子さんは、甥たちとともに、急遽、千葉にお泊りに出かけることになりました。曲目紹介など、決められたことであれば、上手にこなせる子が、自分の考えを求められると、深く考えては答えない姿に、私は、音感教育とは別に3年生以上を対象にした「子どもの話し方教室」を開設しようかと真剣に考えているところです。
by k-onkan | 2013-04-27 23:34 | 教育 | Comments(0)

比べるなら過去の自分と!!

先日、話し方講座に出かけて講師の先生がこんなことを言われました。「話し方講座には、いろいろな人がいます。中には、社内研修の講師をしているという人もいるかもしれません。そういう人は話すことに慣れているでしょう。が、くれぐれも「~さんみたいに自分も上手になりたい」という目標は持たないでください。どうしても、比較したいというなら、過去の自分と比べてください」。

e0143522_2064491.jpgこれは、お稽古ごとにくるお子さんにも共通することです。年少のクラスには、それぞれ、いろいろなお子さんがいます。お兄さんも楽院に通うお子さん。楽院を卒業生された親御さんのお子さん、木下式を受けるために片道2時間以上かけて通うお子さん、いろいろです。条件が異なるので、同じ年齢でも、音楽的な環境にすでに差があることもあります。そのため、同じクラスだからといって、「~ちゃんのようになって欲しい」という目標を持ったり、「~ちゃんに負けている」とがっかりしないようにしましょう。比べるべきは、お子さんの過去の姿であり、その変化に気づいて、喜べるお母さんであって欲しいと思います。

年少のクラスには、同じ学年といっても、4月生まれのお子さんもいれば、3月生まれのお子さんもいます。これは1年近い月齢差です。最初は、「3月生まれだから」と配慮する必要もありますが、徐々に、同じ学年の中で、遅れをとらないようにしたいものです。なぜなら、社会に出るときには、子どもたちはみな、同じ時期に、同じ土俵に立つことになるからです。

そういう私も実は、3月生まれで、子どものころは何をやっても、人より一歩も二歩も遅れていたと記憶しています。母は「3月生まれで月齢が小さいから」とかばってくれましたが、父は他の子に遅れをとらないようにと特訓して、お友達との差が広がらないようにしてくれました。

今になって思うことは、子どもが健全に成長するためには、「3月生まれだから、遅れていても良いのだ」と言う優しく受け止めてくれる人と、「社会に出たら、みんな同じ土俵」という厳しい人の双方の存在が必要ということなのです。優しく甘やかしてくれる人だけでは何もできるようになりませんし、ビシビシ、厳しくされるだけでも、劣等感のかたまりになってしまいます。バランスよい感覚を持って、子どもを見守りたいものです。
by k-onkan | 2013-04-26 20:05 | Comments(0)

左利きの人、手、あげて!

昔は、「左ききでは、お嫁にいけない」と言われ、右に矯正したものでした。しかし、最近は、「左利きは頭がよい」と言われ、無理に直すことも減っているように感じます。最近、3歳になる左ききの女の子が入学されました。おじいさん、おばあさんから、「左利きは絶対にだめ」と言われ、鉛筆を持つ手を右に矯正されているようです。本人は自分の思い通りに使えず、手を動かすことを全般を好まなくなっているように見えます。お母さんは「本当は左が得意なのに、右を使わせているから手が出ない・・・」と悲しそうです。

e0143522_20563329.jpg孫娘の将来を心配されるご祖父母の気持ちも理解できなくはりませんが、小さい頃は、無理に右にさせるより、感覚を優先するほうがよいと感じます。たとえば、自分の身に危険が迫ったときなどは、思わず、利き手が出るはずです。しかし、どちらを出すべきか躊躇していると、とっさのときに、どちらも出なくなるでしょう。幼い時期は、右を使うか、左を使うか、以前に、両手を自在に使って動かせることだと感じます

卒業生の中にも左利きは大勢います。中には、もとは左利きで、鉛筆とお絵かきは右手、色塗りと食事は左という子もいます。他にも力を使うものは右手、繊細な作業は左手と分けて使っている人もいるようです。また、一切、矯正せずに全て左利きで生活している男の子が、野球だけは右というので、理由を尋ねると、「まわりの友だちがみんな右だったからじゃないかと思う」とのことでした。これは、誰の真似をするかで決まってくるのかもしれません。私の甥も左利きですが、文字は右で書きます。これは、最初に教えた妹が右利きだったからでしょう。

さて、これだけ、左利きの人が増えていると、「左利きはいけない」というのは、もう時代にそぐわないのかもしれません。が、ご祖父母の気持ちを考えて、矯正をするにしても、もう少し大きくなってからが良いように感じます。書道は、左利きの人にも右手に筆を持たせます。書道は利き手で書いても手本どおりに書けないので、利き手を変えて練習する人に、あまりハンデを感じさせないのかもしれません。とりあえず、音感教育の際は、鉛筆を使うといっても、丸や線を書ければ良いのですから、無理に右手を使わせるより、反射的に、音符を書ける反応の良さを育てることに力点を置こうと考えています。
by k-onkan | 2013-04-25 23:56 | 子育て | Comments(0)

自分に負けるのは嫌い

2回目の話し方教室に出かけました。今日の講義は、「あがらないためにどうするか」ということで、一番、大切なのは準備のようです。話すことについてよく下調べをして、原稿を起こしたら、タイムを計って30回は練習して体に覚え込ませるとのことでした。まさしく、音楽会前のピアノの練習と同じで、人前に立つためには間違えなくなるまで、練習をするしかないようです。私も自己紹介として原稿を用意して実習に臨みましたが、練習できたのは10回程度でした。

e0143522_1303943.jpg「木下麻奈と申します。木下は木下藤吉郎のキノシタ、麻は布のアサ、奈は奈良県のナを書きます。私の子どものころは、女の子の名前は「子」で終わるのが、一般的でした。そのため、心無いクラスメートから「変な名前」「なまこみたい」といわれ自分の名前が好きではありませんでした。けれど、母から、「安志比奇乃 夜末佐波妣登乃 比登佐波尓 麻奈登伊布児我 安夜尓可奈思佐(あしひきの やまさわびとの ひとさわに まなというこが あやにかなしさ」。

万葉集の歌に出てくる女の子の名前であると聞き、人さまから愛される子に育ってほしいとの願いがこめられていることを知りました。私は、現在、父が考案した音感教育の指導、そして、その啓蒙に従事しています。私の話に興味を持ってくださる方も多いのですが、「自信を喪失した」という人に出会いました。話し方講座を受けるのは、聞く人を考慮した話し方を学びたいからです。どうぞ、よろしくお願いいたします」。

講師の先生は褒めてくださいましたが、自分では反省点がたくさんありました。撮影したビデオを見て自分で気づいた点を書き出すころには、自分でもげんなりしてしまいました。まず、お辞儀をすると、前髪が落ち、何度も髪の毛をかきあげる動作があり、子どもの多動のようで落ち着きなく見えます。また、言葉を思い起こすときに左上の宙を見る癖があることも分かりました。また、1分以内にスピーチを収めることに気が向き、練習より、早口になってしまいました。

音感かるたの説明であれば、自由自在に速度を変えても、子どもたちの顔や表情まで確認しながら話せても、スピーチとなると、二~三人の顔しか観察できませんでした。幼稚園の先生が音感かるたを実践しながら、子どもたちの顔を見られない気持ちが分かった気がしました。そして、思ったことがありました。音感かるたの説明は1年320回、授業をしたとして25年間に8500回行なったことになります。それだけ場数を踏めば体が覚えるのは当たり前です。さて、次回こそ、音感かるたと同じ余裕を持ってスピーチを行いたいものです。そのためには30回といわず、体が覚えるまで練習しようと思い、電車の中で原稿を起こしながら、帰ってきました。負けず嫌いな私は自分に負けるのが、一番悔しいようです。
by k-onkan | 2013-04-24 23:27 | お稽古事 | Comments(0)

裏切るのはいつも身内!?

幼児部のモデルクラスに二組のお客様がありました。一人は、年中のNちゃんのお友達とお母さん、そして、もう一人は、木下先生の著書を読んだという学生さんでした。新年度が始まったばかりで、まだ、まとまりがない中での見学は、指導する私も不安なものです。子どもたちには、個人矯正の際に、それぞれの欠点をお客様の前で出さずに済むように、いつも以上に念入りに指導してから授業の見学会を始めました。

e0143522_11275084.jpgところが、音感かるたが始まると、3歳の甥Kが白目で私をにらみ、何もしなくなってしまいました。何か彼なりの理由やこだわりがあるのでしょうが、クラスで最年少だからといって、Kだけを慮ることもできません。仕方がないので、瑠音先生に、「今日はやらないみたいだから、授業は受けなくて良いわ」と返しました。

職員室に向かう通路からKの「一緒にやる~ ギャオー」という声が聞こえてきました。みんなと授業を受けるなら、自分の意に沿わないことがあっても我慢するしかありません。実力ではモデルクラスの授業がこなせても、体力的、年齢的についていけないなら、今しばらく簡単なクラスに戻るのがKのためであり、他の子どもたちのためなのです。しばらくすると、泣き止んだKが戻ってきました。瑠音先生に叱られ、諭され、気分を換えたようです。その後は、いつも以上に張り切って授業を受けていました。

思いがけない身内の裏切りにより、ハプニングが多い授業見学となりました。また、他の子どもたちについても私の基準から考えると、行儀も落ち着きもモデルクラスとしてはまだ修行が必要と反省しましたが、見学された方からは、「子どもたちが長時間、がんばっていて感心した」とのご感想をいただき、ホッとしました。

授業が終わって、職員室に帰る途中、甥のKに「怖い顔をして何を怒っていたの?あれは、絶対に私をうらんでいた顔でしょう?」と聞いてみました。すると、「だって、Kちゃんの声が全然、聞こえない、って思ったんだもん」といいます。

年中、年長のお兄さん、お姉さんは、3歳のKに比べると、声量も、声の響きもあり、歌唱も何倍も上手で当たり前です。その中で、自分の声が一番ではなかったこと、立つ位置が一番、下だったことも、「自分が一番の次男」であるKの気分を害する原因となったようです。人の後ろに隠れる特性を持つ長子の私には、理解できない自己アピールと競争意欲であり、これがKの長所でもあるのです。しかし、それが裏目になると、場の空気をよめない自分勝手となって現れます。今は、自分より秀でた人がいても、その中で、腐らず怒らず頑張れるように育てなければならない時期であると、再認識した授業見学会だったのでした。
by k-onkan | 2013-04-23 23:24 | 幼児 | Comments(0)

ふだんの話し方から直そう!

今日は、大阪の幼稚園で教諭のための研修会がありました。前日、好評だったので、自己紹介を課題に、幼稚園の先生たちにも好ましい話し方を指導しました。若い先生は自己紹介の文章を考えることに慣れているようです。きっと、進学面接や就職のために、学校で指導を受けたことがあるのかもしれません。それぞれに、自分の名前の由来や趣味、最後に、音感指導で悩んでいる点、克服したいことなどを発表しました。

e0143522_0505732.jpg面白いことは、平素、音感かるたで出る悪い癖は自己紹介の文章を話すときも、同じということでした。語尾が強くなる人は自己紹介でもきつくなります。頭をふってかるたの説明をする人は自己紹介でも体をゆすります。話声位が低い、口型の移行が遅い、声にメリハリがない、母音認識が曖昧、などなど、これまで、音感かるたで指摘された短所は、すべて自己紹介に現れているのです。

「音感かるた」は、木下先生が取り決めたもので、「しなければならないこと」として取り組んでいるから上手くできないと思うかもしれませんが、この世に唯一無二の存在である自分のアピールであっても、同じ欠点を露呈することに注目する必要があります。つまり、「音感かるたの説明だけ」上手になろうと思うのではなく、平素の話し方、全般の声の出し方、響かせ方、美しい声に対する意識を考えなおす必要があるのです。指導する先生が変われば、幼児たちにもそうした好ましい変化が必ず現れます。

自己紹介の後は、いよいよ、木下式の本題となる「音感かるた」の練習です。新任教諭を幼児に見立て、一人ずつ、音感かるたの説明を行ないました。新しい先生は裏声で大きな声を出す癖があるようで、なかなか木下式の発声に変換するのが難しかったようです。そんな中で、感心した人がいました。

幼稚園に勤めて2年目の若い先生でしたが、私の意図する話し方、声の出し方、母音をすぐに真似をして見せたのです。木下式は、何年、勉強したかではなく、自分がこれまで生きてきた経験の中で、お腹の底から声を出すのと似た気持ちを見つけて活用できる人が、上手になれるのです。なんでも、この先生の趣味はミュージカルを見ることで、中でも「レ・ミゼラブル」が大好きだそうです。舞台の上で歌って踊るミュージカルと、自分の声で子どもをひきつける木下式に何か共通点を見出すことができたのかもしれません。勤務年数の少ない人が、良い声を出すと、裏声を出していた先生も負けられません。何とか、お腹の底から声を出す感覚を理解したようです。

「今日はとても、面白かったです。話し方教室の成果ですね」と言っていただき、私は少し複雑な気持ちになってしまいました。これまで、長年、緊張するほど、真面目に取り組むのが木下式の講習会であった伝統を壊しているような気がするからかもしれません。そんなことをつぶやくと、大学院でロボットの研究をしている卒業生が、「面白い方がいいと思います。大学でも、面白くない先生の授業は居眠りをしたり、さぼったりする生徒が多いものです。面白くて内容が濃い講義が一番です」と慰めてくれました。「いつやるの?」「今でしょ?」で有名になった林先生は、落語を聴いて勉強をしたことで、塾の中で、一番人気の先生になったそうです。私も、学べることは、学び、木下式を広く伝えられるための努力をしなければと思います。

現在の課題は、二日後に発表する自分の自己紹介です。この二日間で、いろんな方の自己紹介を聞かせていただいのに、自分が印象に残らない残念な発表をするわけにはいきませんが、こう見えて、外にいくと結構内気だったりするのかもしれません。
by k-onkan | 2013-04-22 23:46 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

教えることは自らの学びとなる

先週から、話し方教室の受講を始めました。レッスンは、平日の夜7時から9時までで、1時間講義を聞いて、1時間は実習という、まるで、木下式の講習会のようです。それを、授業を行なった後に、遅刻しないように急いで駆けつけるため、話し方教室の授業中は、ふだんのような木下式の大きな声を出すことなく、静かに座って他の方に同化して、おとなしくしています。

e0143522_2357264.jpg1ヶ月前、体験授業を受けに行くというと、妹に「道場破りにいくの?」と真顔で聞かれました。たぶん、「ふだん、あれだけべらべらしゃべっているのに、まだ、話し足りないの?」とか、「自分の能力を誇示しようと思っているのでは?」と思ったのかもしれません。そういう気持ちがまったくなかったとはいいませんが、私が、本格的に3ヶ月間、受講を決めたのには理由がありました。それは、体験授業の際に、うかがった話し方を習得するための心得が、平素、木下先生が幼稚園、保育園の先生たちに伝えてきたことととても似ていたからかもしれません。

話し方を習得するのは、口先の技術や勉強ではなく、相手の立場に自分を置き換え、物事を考えることと、最初に話し方教室で聞いた時、これは、まさしく、木下式が指導者に求めることだと感じました。幼児に音感かるたや発声の手本を示すときは、表面的な技術の駆使で終わるのではなく、一番、大事なのは心である。「幼児に教えてあげよう」とする気持ちがあることなのだといいます。私は、幼児に対して、音感教育をする際には、幼児の立場に立って、分かりやすい授業を心がけているつもりですが、大人の指導者に分かりやすいかまで、配慮できていないと感じたので、生徒として話し方教室に通うことにしたのです。

さて、1回目のレッスンで宿題が出されました。1分間の自己紹介スピーチを考え、次回、その様子をビデオに収めるというのです。私は、忙しい中、なんとか、要領よくこの自己紹介を考える方法はないかと、仕事の合間に考えていました。そして、思いついたのが、週末に予定されていた津と大阪の講習会を受講する先生方に、自己紹介文を作っていただき、それを、「木下式の話し方」を学ぶ教材にすることでした。

まず、津の教室で5人のシニアの先生に、この課題をしていただきました。面白いもので、それぞれの自己紹介の文章はその人の性格や気質をよく表していました。謙遜が美徳だった時代に育った女性たちは、自分の良いことを最大限、アピールして悪いところを小さくまとめる現在女性のようなことは苦手です。そのため、少し、奥歯にものが挟まったような紹介になっていました。また、自分の長所と短所を混在して話すのも、長所ばかりを言ってはいけないという複雑な心境が現れているのかもしれません。が、私は作文の先生ではないので、それぞれの文章の良し悪しは、さておき、この文章で、それぞれに、自己アピールをしていただきました。

覚えて欲しいこと、強調したいところは、ゆっくり母音を意識して、はっきりと高めに。良いことのときは、明るい声で、残念なことは落ち着いたトーン。というように、メリハリをつけて話すようにと指導しました。「こんな大げさに、自己アピールしたことなど、これまでなかった」という先生たちは、自分たちに課せられた課題に、恥ずかしがったり、大笑いをしたりされます。

しかし、木下式が幼児に教える「音感かるた」は、この自己紹介と同様、いえ、それ以上に、アピールと表現力が求められます。なぜなら、相手が3~4歳の幼児だからです。音感かるたは、いわば、他個紹介のようなものであり、先生たちが、音感かるたのキャラクターを、いかに正確に瞬時に印象付けられるかが大事なのです。先生たちは、自己紹介の文章を例に、音感かるたで求める抑揚、緩急、声量の変化を練習しました。

その中で、私の宿題に光明を見出してくれた若きピアノ教室の先生がいました。結婚当初、言いにくく、珍しい苗字が苦手だった彼女が、人から、「うらやましい、格好いい」と言われ、名前に誇りを持てるようになるまでが書かれていました。そして、彼女の「どんなことも諦めずに、前進するために努力する」という長所と、名前の持つ漢字の意味から、自分も名前のように前進したいと、まとめていました。秒数を図るとちょうど1分で、長さも自己紹介には適切で、私は、先生たちに、発声の仕方を教えながら、自分の自己紹介についても、勉強する良い機会となったのでした。
by k-onkan | 2013-04-21 23:59 | お稽古事 | Comments(0)