麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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「いつ、頑張るの?」「今でしょ!」

合宿最終日の今日は、朝からマラソン大会がありました。体を動かすことが得意な子どもには楽しみな行事です。前日までの練習を見ていると、女の子は力任せでがむしゃらに勝負をかけますが、男の子は策略を練ると感じます。特に今年は、「Yを抜かしたら、木下先生がご褒美を出すぞ」との言葉があり、足の速い子どもたちの目も輝きました。しかし、Yも、途中、声が枯れて第一声部としての責任を果たしきれていないため、「これで、マラソンも負けたら、何をいわれるか分からない」と内心、真剣でした。

e0143522_3343827.jpg今年は参加者も少なく、たった20名が走るマラソン大会でしたが、それでも、子どもが走る山道はどんな危険があるか分かりません。例年であれば、何メートルかおきに人を配置し、なおかつ、伴走者をつけて、安全を確保するのですが、いつものメンバー+星野先生しかいません。そこで、今回は、スタートから750M地点の幼児部の折り返しにまゆみ先生、1.5キロの児童部折り返し地点に杉山先生、幼児部の伴走に瑠音先生で、全員が折り返したら、係の先生が、最後の子どもを伴走することになりました。

スタート地点は、私と救急係の星野先生、そして、白い紐テープでゴールを飾る木下先生が待機しました。星野先生には走り終えた子どもに水を配っていただき、子どもたちの安全と健康を見守っていただきました。私は、左手で携帯電話にラップタイムを記憶させ、右手でゴールの瞬間をカメラにおさめるとことに挑戦しました。残念ながら、何人か、シャッターを切る瞬間が適切でなく、小さかったり、ぼやけたりで、全員の記録はありませんが、ご容赦ください。

マラソン大会で一番、大事なのは、「順番どおりに並ばせること」にあります。もう20年近く前になりますが、走り終えた子どもは、興奮からふらふらして、記録した時に入れ替わっていたことがありました。合宿後、マラソンの成果報告をお送りすると、「うちの子は~くんより速く走ったと話していたのに、結果が違う。うちの子はうそなどつかない」とのお叱りを頂いたことがありました。当時は総勢50名近い参加者がおり、ストップウォッチも読み上げて書き込む方式で今とは違う苦労があったのです。しかし、目を離すと動く子どもの特性は今も昔も同じです。

マラソンは例年、10分を経過したころに幼児部、15分で児童部の先頭が戻ります。小学生は、4年のYの1メートル後ろを5年生Yちゃんが追い上げ、ゴールで接戦になりましたが、結果は1位Y、2位Y子ちゃんとなりました。結果が確実になったところで、Y子ちゃんはぼろぼろと悔し泣きを始めました。そこには、いつも姉兄の後ろに隠れてニコニコしていたY子ちゃんが、はじめて、自分の問題に立ち向かった真剣な顔がありました。

今年は児童部の最終走者がとても遅かったことで、幼児部と児童部の最終走者の伴走する瑠音先生には好都合だったようです。例年のように途中で転んだり、折り返し地点を間違える子どもがいて、子どもたちの走る速度が、バラバラだと、目が離れてしまうからです。しかし、大きな問題はなく終わりました。つらいことがあると吐き気がする子どもたちもマラソンを頑張りました。「吐いても走らないと帰れない。遅くてもいい。最後まであきらめてはいけない」と言い聞かせてあったのです。

マラソンにはもう一つエピソードがありました。姉弟で参加したMちゃんとMくんは、マラソンの練習の際に、「お姉ちゃん、疲れた。待って」と甘えん坊の弟を姉が守って一緒に走っていました。私は、「姉弟で一緒に走ってはいけない。弟を思う優しいお姉さんをしていても、弟は本番だけ頑張って、お姉さんを絶対に裏切るから」と取り締まりました。私の言葉通り、弟は1年生でありながら5位入賞を果たしました。お姉さんは後ろから5番目となりました。

3歳から楽院に通った弟は、私たちの厳しさと幼児期に出合い、木下式を受けた子ども特有の底力を備えています。それは、「ここぞ」という本番で確実に自分の力を発揮することにあります。しかし、3年生から入学したお姉さんは、小さなころに預かった子のようには厳しくできません。つまり、本人が自分の力量と意欲だけで勝負しているのです。幼児期に身につけた目的達成力に打ち勝つためには、人には分からない、地道な努力が求められます。

ここに、感覚を育てるための教育は、幼児期が有利な理由があるのです。幼児期は、何を教えても、それを素直に吸収していきます。「やるときはやる」ということを徹底できるのもこの時期しかありません。もちろん、幼児期から始めても、いつまでも、甘やかされていると、自分だけの力で目的達成ができず、大人の支援を必要とします。子ども自らが目覚めるためにも、自立を促し、大人が甘やかし続けないことが大事であると感じます。

尾瀬での最後の練習は、前日のキャンプファイアーで、燃えさかる炎の火に見とれて集中できなかった男の子、そして、何度も練習したにも関わらず、誓いの言葉を失敗した女の子たちに木下先生から、お叱りの言葉がありました。「遊ぶときは遊べ。だが、やるべきとは、ふざけたり、放心せずに、集中しろ。指揮にも集中せずに、先生の目も見ないのは、やっているうちに入らない。ただいまコンサートまでが合宿だ。お母さんの顔を見ても、最後までしっかりやれ」

子どもに厳しさを体験させることをかわいそうだと思う大人は本当に多くいます。しかし、今回の合宿で、優しさより厳しさが子どもを真剣にさせ、本気にさせると感じる場面は多くありました。常に大人に守られ、自分では何も解決する必要がない環境で育つ子どもは、どんなにすばらしい能力があっても、それを生かせません。最後は、親や先生の力でなく、子ども自身が、自分問題として解決する意欲が大事なのです。

合宿で、「他人に負けて悔しい」「集中しないと先生から叱られる」「肝試しは、とても怖い」など、初めての経験したことで、子どもたちは心や精神が成長しています。しかし、親元に帰って、これまで通りのおっとりとした生活に戻ると、元の木阿弥ということもあります。ご家庭で、些細なことに気づいたら、それを保つ努力をご家庭でも行い、有意義な夏休みをお過ごしください。

最後に、保護者の方にご協力いただきたいことがあります。子どもたちの荷物に、他の方の持ち物が入っている際には、お手数ですが楽院までご一報ください。特に、水着など夏休みに必要になりそうなものについてご協力いただければと思います。
by k-onkan | 2013-07-31 03:32 | 楽院だより | Comments(0)

終わりが見えた!?

若い卒業生が帰京して男性の手が減りましたが、山登りもマラソンも、純子先生と瑠音先生の活躍で無事に進んでいます。私たちの集団は、まるで1頭の雄ライオンを大勢の雌ライオンが守りながら、みんなで協力して子育てをするライオンの家族のようです。

e0143522_22552816.jpgさて、合宿に参加する子どもたちの中には、アレルギーや心因的な原因など、さまざまな理由で吐き癖を持つ子が数人います。吐いている本人もつらいと思いますが、布団の上、尾瀬の山道、バスの中、どこにでも簡単に吐く癖はできれば直したいものです。特に、身近に、処理をする親御さんがいない場合は、吐く前にビニール袋で受けるなども教えておかなければなりません。

「自分は吐き癖がある」との言い訳を常に受け入れてしまうと、それがその子の特性になってしまいます。もし、鼻水や痰が吐き気の原因であるなら、こまめに鼻をかむ習慣が必要ですし、食べ過ぎが原因の嘔吐なら、自分の限界を知って、コントロールできるようにしなければなりません。少々、辛らつですが、子どもたちに「今のうちにこの癖を直しておかないと、大人になったときに、仕事の途中で吐いてしまうかもしれない」と教えています。子どもたちは集団生活の中で、少しずつ、他人に迷惑をかけずに、自分ですることを覚えますが、低学年の子は、平素大事に育っているのだと感じます。

毎年、合宿をして感じるのは、児童部の一員として一人前扱いできるようになるのは3年生になったときのようです。1年生のうちは、初めてのことで、まわりで何が起きているか気づく余裕がありません。2年生は1年生より少し慣れているとは言え、まだ、指示を聞いて完璧にやり遂げることができません。3年生になると、先輩として後輩の面倒を見たり、班長の補佐ができるようになるようです。

さて、雨が続いた尾瀬にやっと晴れ間が見え、最終日は、川遊びとキャンプファイアーが予定通りに行うことができました。美しく澄んだ川で水遊びをしたり、生き物探しをして楽しみました。その後は、キャンプファイアーをしました。

毎年、尾瀬で行うキャンプファイアーは準備をする先生たちに、たいへんな苦労を強いるものです。そのため、子どもたちは楽しみにしていますが、私たちにとって、あまり得意な行事とはいえません。準備や後片付けなどを担当しない私も、演奏する電子ピアノや譜面台のランプに虫が集まり、刺されながら伴奏したりと、良い思い出はなかったのです。しかし、震災の年から尾瀬に来られなくなり、3年ぶりに尾瀬の自然と音と、火がパチパチと燃える音と子どもたちの歌声が夜空に響き、とても懐かしい気持ちで、無事に最終日の夜を迎えたことに感謝を感じました。

残念なことは、キャンプファイアーで行う「誓いの言葉」をほとんど覚えてきていなかったことでした。合宿の前に渡したしおりに、「3年生以上は覚えてくるように」と記載されていますが、自発的に覚えていたのはただ一人で、他の人は、眺めただけのようでした。子どもたちの中には、短期記憶の良い子もいれば、長期記憶が得意な子もいます。短期記憶が得意な子は、忘れるのも早いため、地道な努力が必要です。反対に、長期記憶が得意な子は、感覚的に覚えられず、時間がかかったりします。それぞれ、自分の長所、短所を知って、自分が「絶対に大丈夫」と思える努力ができる人になってほしいと感じます。

キャンプファイアーでは、毎年、先生たちのスタンツがあります。しかし、卒業生の男性陣も帰京して、いつもの3人で手分けして残りの行事を済ませています。さすがに、スタンツでかくし芸を披露する余裕はなく、前日に雨でできなかった打ち上げ花火を純子先生と瑠音先生があげて、それが先生たちのスタンツとなりました。これまで、男性の先生方が花火の設置と点火をしてくださっていましたが、「怖いな。できるかな」と言いながら、また、ひとつ、できることが増えてしまいました。しかし、来年はぜひ、卒業生の若者のお力を借りたいと思っています。

子どもたちのスタンスは、限られた時間の中で、子どもたちが話し合って作り上げた出し物です。合唱のように一日に何時間も練習する時間もなく、忙しい行事の合間に練習している上に、1年生から6年生まで、理解力に差があり、決して統一性のある完璧な出し物ではありませんが、上級生が下級生を教えたり、下級生が上級生を頼りにして何かを作り上げたことをご理解いただけたらと思います。私たちにとっても、ハードな合宿の終わりがやっと見えてきました。最後の最後まで、気を引き締めて無事にお返しするように、気をつけて帰ります。どうぞ、お迎えをよろしくお願いいたします。
by k-onkan | 2013-07-30 22:55 | 楽院だより | Comments(0)

力を合わせて頑張っています

今年の尾瀬は、例年に比べて涼しく、毎日、雨が降るのでかなり肌寒く感じます。雨でいろいろな行事に支障がありますが、それでも、尾瀬の大自然の中にいるだけで都会の中より、癒されるから不思議です。ただ、涼しい空気で少しずつ声が枯れるのが、つらいところです。

e0143522_2220838.jpg山登りの今日、朝から雨が降っていましたが、鳩待峠はピンポイントで雨が上がったとの情報で出かけることになりました。レインコートを着て、しばらく山道を歩きましたが、山道に流れる小川の水が増えてきたので、幼児部はバスに戻りました。小学生は山の鼻を目指して出かけましたが、通常、30分で歩ける距離に1時間かかり、途中で引き返してきました。お昼のお弁当はホテルに戻ってみんなで、いただきました。

その後、葉書書きをしました。これまで、小学生の葉書は、自由に書かせてきましたが、何年か前に、「楽院の合宿から送られた葉書が稚拙だった」とのお叱りを受けました。私たちは、国語の指導者ではないので、子どもたちの力量で葉書を送っていたのですが、最近は、子どもたちの文章力が心配で音感の授業中にも作文を書かせていることから、合宿の葉書きもまず、頭の体操をした後に、書かせました。

せっかく尾瀬から出す葉書きです。「お母さん、お元気ですか。ぼくは元気です。おぜはたのしいです。もうすぐかえります」という誰もが書く内容ではなく、東京で待つ親御さんが、わが子の生活が目に浮かぶような具体的なことを書かせたいと思いました。そこで、黒板に、「1・手紙を書く相手の名前 2・相手の状況を思いやる言葉、3・尾瀬にいる自分の様子、4・自分の気持ちや感情、5・今後の予定と自分の気持ち、6・相手を思いやる言葉、7・日付、8・自分がいる場所、名前」と書いて、ひとつずつ、子どもたちと考えました。

たとえば、お父さんやお母さん、おじいさん、おばあさんなどは、子どもが不在の間、どのような生活をしているか、自分たちは、尾瀬でどんな生活を送っているから、帰京するまでの行事などを思い出したりさせました。葉書に書いた文章は一人ずつ発表することにしました。葉書きは、封書と違って人目に触れる機会が多いものです。最初から、他人に知られては困ることは書かない前提で書かせました。

さて、ふだん、曲目紹介で、鮮明な言葉で話す練習をしている子どもたちですが、いざ、自分の文章を読むと、全員が鮮明な言葉ではっきりと発表できるわけではありません。自分が書いた文字が解読不明だと、スムーズに読めないこともあります。中には、とても美しい字を書きながら、自信なさそうに小さく読む子もいます。せっかく、幼児のころから、はっきり話すことを教えているのですから、楽院だけでなく、他の場所でも同じ能力を披露できるようにしたいものです。

夕方からの合唱練習で、顔つきが変わったと感じたのは3年生のYくんです。暗誦班長として、すべての歌詞を家で覚えて、この合宿に臨んでいるため、歌唱にも前向きに取り組む姿が見えます。以前は、気づくとぼんやりしたり、指揮から目をそらしていたのですが、合宿では油断せずに集中する姿が見えます。

もう一人、変化が見えたのがふだん、あまり口を開かない4年生のSちゃんです。今回は生活班長という役目を与え、自分から前に出るように仕向けています。しかし、気づくと、小さい声でぼそぼそと「いただきます」の挨拶をするので、「班長がいやなら、他の人に交替しても良いのよ。他にいくらでも、やりたいと思っている人がいるのだから」と、少々、辛らつですが、他の子どもの気持ちを代弁すると、少しずつ、声が大きくなってきました。

さて、今日は、とても可愛いことがありました。それは、幼児部の部屋で横になっていた木下先生のお腹の周りに集まった幼児たちが、「あめふりくまのこ」という童謡の「さかながいるかとみてました」という節で、「大きなお腹がありました」「おへそはどこにあるんだろう」などと替え歌をしながら、木下先生のシャツをめくるいたずらをしたと言います。合唱のときは、厳しく指導されて緊張している子どもたちですが、隙あらば、いたずらをしようとする子どもらしさが可愛いのです。

2年生のOちゃんにも変化が見えます。彼は知識が豊富なのですが、人の話を聞くより、自分の興味にばかり気が向き、大人が言った大切なことを聞き逃すため、注意されることが多いのですが、合唱練習で木下先生の薫陶を受け、これまでにない真剣な顔を見せています。そのOくんが幼児の手本としてすばらしい歌声を披露すると、尊敬のまなざしで喜んだのは弟のEちゃんでした。兄弟愛を見た気がします。

初日は、お互いにほとんど口をきかない子どもたちの姿に心配しましたが、3日目になると、食事の時間がうるさく、私たちが怒鳴らないと、とめられないほど、打ち解けてきたようです。子どもたちは仲良くなるほど、一緒にふざけたり、調子に乗るものです。後、二日、気を引き締めて過さなければと思っています。尾瀬の夜は今日も雨で、花火は明日のキャンプファイアーで行うことになりました。最後に、子どもたちの書いた葉書をいくつか、お知らせしましょう。

家族の皆さんへ
私が出発してから、みんな、仲良く明るく暮らしていますか。私が合宿で一番、伝えたいことは、みんなが「がんばれ。絶対に一位になって帰ってこい」といっていたマラソンのことです。私は二日目の朝の練習で、1位がYくん、2位は私、3位はSくんでした。今年、初めての音感のマラソンで二位になれたということに少し安心しましたが、Yくんを抜くことができなかったので、悔しかったです。マラソン大会では、この悔しさを忘れずにYくんを抜かして1位になって帰ろうと思います。結果を楽しみに家で待っていてください。(5年生女子)

お父さん、お母さんへ、
お元気ですか。家で毎日、なにをしていますか。ぼくたちは、おぜでたのしくくらしています。たとえば、スタンツのれんしゅうやきもだめし、ゲーム大会、合しょうなどをしています。これからのよていは、川あそびやマラソン大会です。あと二日でかえります。しんぱいしないでください。(2年生男子)
by k-onkan | 2013-07-29 22:20 | 楽院だより | Comments(0)

子どもは成長している

合宿二日目の朝はマラソンで始まりました。大学生の先輩三人が三キロマラソンを担当してくれたので、私は幼児部の引率と写真撮影に専念することができました。今回は、マラソン大会のために、1ヶ月以上、3.5キロを走りこんできた子が数名いました。中でも、Yちゃんは、「一位がとりたい」とH先輩率いる第一グループを走ってきました。先輩から「Yちゃんのフォームが美しい」とほめられて、うれしそうでした。

e0143522_2143781.jpgさて、今朝、変わったことがありました。それは、前日まで、こちらから挨拶をしても、なんの返答もなかったスポーツクラブの人たちから、挨拶の言葉が返ってくるようになったことです。食堂でも初めてお礼を言って帰ったそうです。子どもは教えられていないと何もしませんが、他の子どもが挨拶をする姿から学び合うことはできるのです。

午前中は合唱と笛の練習を行いました。低学年には行儀よく立っているだけで、たいへんなことですが、どんなに歌が上手でも、立っている姿に落ち着きがなかったり、常に動いたのでは、集中できていない証です。そんな中で、これまで、行儀が悪かった1年生のKちゃんが全身で取り組む姿が見られ、木下先生に褒められました。親御さんと一緒だと甘えが出ても子どもの世界では自分の行動に責任をもって、少しずつ成長するものなのでしょう。

合唱練習の最後には、野外活動の準備を終えた先輩たちが合唱に参加しました。その中でK先輩は、在籍中にオペラの主役を演じたころを思い出させる歌声を聴かせてくれました。そのせいでしょう。小学生の女の子はみんなK先輩のファンになったのか、午後の活動で、何度となく、過剰にまとわりついている姿を見つけ、私から注意を受けていました。

午後、一番の行事はハンターゲームです。宿泊所の周りの草や木の陰に先輩たちが隠した音感かるたを探します。しかし、獲物(かるた)を手にできるのは、ハンター、つまり、班長だけです。班員は狩猟犬として、獲物を探したらハンターに知らせるのですが、この時、大騒ぎをすると、よそのハンターに獲物を横取りされてしまいます。そこで、「暗号」を使って、自分のハンターを呼ぶのです。子どもたちは、虫取りや、獲物をとるのが大好きで、「ヒヒーン」「メモリー」という暗号を言う大きな声が、宿泊所の周辺に響いていました。獲物はたくさん取れば、点数が高いとは限りません。自分たちの仲間「どろんこだのド(犬)」を取ると点数がマイナスになるなどがあり、お互いの点数を競うのです。

その後、みんなで虫取りをしました。そのときに、可愛い出来事がありました。年長のE君が年少の甥Kのために「ほら、Kちゃん、バッタが取れたよ。もうひとつ、取ったよ」といくつも袋に入れている姿がありました。その姿があまりに微笑ましく、「Eくんは優しいね」と声をかけると、それには、理由がありました。なんでも、甥Kが捕まえたバッタを「見せて、見せて」といったEくんがギュッと握ったようです。そのとき、バッタはつぶれてしまったようです。Kは、「動かなくなっちゃった」沈んでしまいました。その姿に、「まだ生きているよ」とEくんは必死に弁明し、その後、申し訳な思ったEくんが、一生懸命、バッタを取ってくれたようです。小さいころは、かんしゃくを起こすことが多かったEくんの人を思いやる姿に、成長を感じることができました。

今回の幼児部は、第二子が多く授業中は、我の強さを感じていますが、集団生活では、互いに適度に、譲り合い腹が立っても、お互いに、引くところを心得ていて、決して、大喧嘩にはなりません。家庭では甘えん坊でも、社会に出ると、気を使っているようです。

その後は、飯盒炊さんで、カレーを作りました。久しぶりのことなので、包丁の刃の部分をいきなり手を出すなど、ヒヤッとする場面もありましたが、誰一人怪我をせずに、自分たちの作った(ような気がする)カレーをおいしくいただきました。

今日、最後のイベントは、「肝試し」です。あいにく、夕方から降り始めた激しい雨に、外での実施は断念して、宿泊所の4階のフロアを使って、先輩たちが肝試しをしてくれました。ふだん、大きな声を出さずに、あまり自分を出さない子どもが、大きな声で泣いたり、騒ぐので、私たちの方が驚いてしまいました。

肝試しを終えた子どもたちは、木下先生から、「肝試しと、行儀よく合唱練習に取り組むのと、どちらが楽だ?」と聞かれ「合唱練習」と答えていました。「そうだろう。肝試しより、合唱の練習はらくだと思えるようになったか?」と聞かれて、ふだん、行儀が悪いことを注意されている1年生のMくんは、「合唱練習の方がいい」と答えていました。

さて、2日間、いろいろと手伝った先輩たち3人が肝試しを終えて帰っていきました。子どもたちも、先輩たちも名残惜しかったようですが、良い思い出をたくさん作っていただきました。K先輩、H先輩、W先輩、本当にありがとう。そして、どうぞ、気をつけて帰ってください。また、来年もよろしくね。

明日は山登りです。天気が良いといいのですが・・・
by k-onkan | 2013-07-28 21:42 | 楽院だより | Comments(0)

どっちが幸せなんだろう!?

二年ぶりの尾瀬への道は土曜日ということもあり、大渋滞に巻き込まれてしまいました。高速に入るまでに1時間近くかかり、子どもたちが「今、どこ?」と聞くたびに「まだ東京」「え~まだ?」というやり取りを繰り返しました。

e0143522_22335369.jpg初めて出会った子どもたちもいるので、バスの中では自己紹介をしました。幼児は、平素、音感の授業のときに「私の名前は~です。~ちゃんって呼んでください」と教えていますが、今日はさらに幼稚園の名前、両親の名前など、長い文章を自分で考えさせることにしました。お手本があれば、子どもたちはいくらでも文章を置き換えることができますが、誰も話さない環境だと、まったく口をきかずに過し、つくづく、一緒にいる大人はきちんとした日本語を子どもに教える責任を感じました。

さて、小学生の自己紹介でがっかりしたのは、これまで、何度も自己紹介の文章を考えさせてきたたにも関わらず、いざ、発表すると、誰もが似たようなことしか口にしないことです。まるで、自分で考えるより、例題に当てはめて無難なことで済まそうとします。その中で、感心したのは純子先生の音感教室から参加したAちゃんです。

「私は~です。千葉県のいすみ市から来ました。杉山先生の生徒です。私の家は梨園をしています。私は梨の選別が得意です。梨には黒星と尻抜けという病気があって、それを選別するのです。将来の夢は梨作りをすることです。どうぞ、よろしくお願いします」。風光明媚な場所で生きる力を持って育つお子さんは、木登りをしても、走っても、都会っ子にはかなわないものがあり、いろいろな意味で刺激になっています。

さて、バスの中で、5日間、共同生活をするための約束事として「答えるときは意欲的に短く、ハイ」ということ、「挨拶は相手に言われる前に自分から言う」「話しかけられたら、きちんと言葉で返す」、「困ったことがあったら、ただ黙っているのではなく、文章で先生に相談する」などを約束しました。ふだん、口をきかない子どもたちに、この5日間で少しでも、きちんと話すことを教えたいと思っています。

子どもたちは「リュックサック」と単語だけで自分の思いを通せると思っています。お母さんであれば、子どもの気持ちに気づいて、思い通りにしてくださるのかもしれませんが、私は、5日間、なるべく、察しの悪い大人に徹したいと思っています。子どもに文章で、話す習慣を持たせたいからです。「リュックサックがどうしたの?「リュックサック」という、「ご主人さま、およびですか?」とリュックサックが出てくるの?」というやりとりを1年生の女の子とは、何度もしました。

さて、宿泊している旅館では小学生のスポーツクラブのグループと一緒になりました。見た感じでは、小学4年から6年の子どもたちですが、食堂に入ってきて、いきなり大騒ぎをはじめたので、呆れてしまいました。その上、同伴する大人は誰一人、それを咎めることも、注意することもしません。

これまで、長年にわたって、子どもの後片付けをご指導くださった食堂の方も、彼らには何を言っても無駄といわんばかりに何も言いません。その理由は、引率者が先生やコーチではなく保護者であるためです。わが子を叱れない親御さんに、旅館の人が口うるさく指導することはできないでしょう。

あまりの喧騒に驚いたのは、楽院の子どもたちです。バスの中で散々、「自分から挨拶をしない」「返事をしない」「口をきかない」と口うるさく言われたのとは別人のような態度で食堂の人に「ごちそうさまでした」「ありがとうございました」と頭を下げ、模範的な態度を見せていました。他人のふり見て、我がふり直せと思ったのかもしれませんが、願わくば一過性の良い子のふりでないことを願いたいと思います。

もしかすると、スポーツクラブの引率をする親御さんは、私たちがスパルタで、子どもたちがかわいそうだと思われているかもしれません。昨日、テレビで幼児教育特集をしていましたが、スパルタと言う言葉に抵抗がありますが、幼児期、児童期には、ある種の厳しさを知らないと、大人になって頑張る力、忍耐力は備わらないと感じます。

いみじくも、3人の卒業生が合宿を手伝いたいと、ボランティアに駆けつけてくれましたが、立派な青年になった三人も三様に、「麻奈先生が怖い」と泣きながらお母さんの後ろに隠れたり、「音感に行きたくないから、やめてもいいですか」と毎週、電話をかけてきたり、「肝試しが怖いから、合宿に行きたくない」とお母さんを困らせた時代があったのです。

その彼らが、成人して手伝いに来てくれるということは、楽院で培った何かが、必要なことであったと実感しているからだと思うのです。子どもたちは若い男性に相手をされて、大喜び、私たちも助かっています。尾瀬の夜は、夕方のスコールでとても涼しくなりました。子どもたちは、突然、泣いたり、吐き戻したりと、にぎやかな初日の夜ですが、一応、眠りについたようです。おやすみなさい。
by k-onkan | 2013-07-27 22:34 | 楽院だより | Comments(0)

やるなら、きちんと!

講習会などに追われていた数日前、合宿の出発式の挨拶を誰にもお願いしていないことに気づきました。幸いなことに総班長のMちゃんのご家庭からご連絡をいただきましたが、合宿の1日前に、幼児に挨拶の練習をお願いするのは気がひけます。そこで、一番、身近な子どもに白羽の矢を立てることにしました。4歳の甥Kです。

e0143522_22261475.jpgしかし、次男坊のKは長男に比べ、気難しく、大人の思惑通りに何かをさせるのは難しい相手です。数日前の講習会でも、大勢の教諭の前で、実践モデルをしていたのですが、出番が少なかったことで、腹が立ったのか、職員室に戻って、「どうして、Kちゃんばっかり、お手伝いしなければいけないの?にぃにも、お手伝いしなさいよ」と怒鳴り始めたといいます。

瑠音先生は、「お手伝いは幼稚園の子どもしかできないから、にぃにじゃダメなのよ」と説明していましたが、私は、「ちょっと、いらっしゃい」と怖い声でKを呼び出しました。「お手伝いのご褒美は、絵本がいいというから、ここに用意してあるのよ。にぃにじゃなくて、Kちゃんのご褒美よ。でも、「お手伝いなんかしたくない」という人は、無理に手伝ってくれなくていいわ!その代わりご褒美はありません」。

Kは、自分のわがままを指摘されたことに、気づき、静かになりました。ご褒美のためであっても手伝いをするなら喜びを持って取り組ませなければなりません。結局、その後は、気持ちよくお手伝いをして、堂々とご褒美の絵本を持って帰りましたが、Kに何かをさせるのは、面倒なプロセスがあるため、妹は、挨拶のことをKに伝えたくないといいます。

挨拶を誰にもお願いしなかったのは私のミスなので、Kに電話をして、挨拶を真似させました。その後、兄甥Yに、「練習させておいてね」とお願いしたのですが、「ぜんぜん、言うこときかなかったよ」と楽院に困った顔でやってきました。

私が練習をさせようとすると、Kは少し怒ってしまいました。地道にコツコツ練習するのが好きではないのです。その上、気が小さいので、直前に逃亡しようとしたりするのです。Yも気が小さいところがありますが、恥をかきたくないため、練習をすることを嫌がることはありませんでした。Kは気が小さいのに努力が嫌いなので、急に怖くなって逆ギレするのでしょう。

練習を嫌がるKに、瑠音先生と兄甥Yが「Kちゃんには、ムリムリ」と怒らせるような歌をわざと歌い出しました。Kは予想通り、怒りだしました。そこで、瑠音先生の一喝がありました。「Kちゃん、格好良いのが好きなら、ちゃんと練習しなければダメなのよ。練習しないなら、やめておきなさい。明日になって、「ねーむーい」と言って泣いてやらないのは、一番、恥ずかしいことなのよ」。

厳しいお母さんに言われると、心を決めて、練習を始めました。何回か、繰り返すと、少しずつ記憶できるようになりました。私は「これまでは、にぃにが4歳のときの方がKちゃんよりおりこうだと思ってきたけれど、Kちゃんもにぃにと同じくらいおりこうになってきたわよ。うれしいね・・・」。Kもこの言葉がとてもうれしかったようです。ただし、明日の朝、本当にやるかどうか、わからないのが、次男坊の怖いところなのです。
by k-onkan | 2013-07-26 22:26 | 幼児 | Comments(0)

泣いて忘れては、いや!

講習会の最終日は検定試験がありま,した。木下式の三期講習会は、ただ受講するだけでなく、指導技術を向上させるために、みなが努力するように試験があるのです。今回は幼稚園の先生、保育園の先生、そして、平素、園児の指導をしない責任者の立場の先生など、六名が受験しました。

e0143522_1752867.jpg木下式の検定試験がたいへんなのは頑張ったからといって、全員に修了証を差し上げないことです。園児の手本となる先生には、「努力した過程」より、指導技術を求めるからです。幼児は良くも悪くも、指導する先生の通りに言葉を話し、歌を歌います。先生が持つそれぞれの個性が、子どもの悪い癖になることもあるため、先生の責任は大きいのです。

今回、合格者の代表になったI先生はS保育園の先生です。一時は、音楽大学に進むことも考えたほど音楽を理解できるため、木下式の課題一つひとつもよく分かって実践していました。音楽の専門家でなくとも、素晴らしい指導技術を習得していることに、感激しました。

検定受験者の中には、子どものころ、東京まで楽院に生徒として通ったM先生の姿もありました。M先生は園の代表者の代理として教諭たちを指導する立場にあるため、普段は、園児の指導を行っていません。しかし、幼児期に身につけた音感と歌唱力は、何年経過しても、失われず、言葉の鮮明度、音程の良さは、他のどの先生に負けません。本来、「幼稚園の先生であれば合格ライン」ですが、今後、若い教諭たちを指導する立場を考慮して、もっと細かく勉強して欲しいと、いくつか課題を出しました。

他にも、声の出し方を誤解して喉に負担がかかる歌い方をする先生には、「正しい発声」に変換する課題を与ました。誤解した発声法を体得してしまう人ほど、頑張利屋です。しかし、間違った方向で、これ以上、練習を重ねると喉に負担となり、ポリープを患うかもしれません。また、日々、先生の声を聴く幼児も、その通り真似させて良いものではなく、双方のために放っておくことはできません。つまり、「条件つき合格」で、課題を与えることで、間違った発声を正す機会を与えているのです。

さまざまな配慮で、不合格の理由を説明しますが、毎回、涙ぐむ若い先生がいるのです。「頑張ったのに不合格」という結果が悔しいのかもしれませんが、本人も、「声がダメだった」「自分の力を出せなかった」と敗因もわかっているようです。「自分でわかっているなら、次回は直せるから、頑張ってね。ここで泣いてはダメよ」と教えることにしています。涙はストレスの解消に効果があるといいますが、大事な場面で、涙によって一番、大事な気持ちを忘れさせてはいけないと思います。次回、修了証を手にするためには、その悔しさを覚えておかなければ・・・。
by k-onkan | 2013-07-25 23:03 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

反応しようよ!

現在、木下音感楽院には、全国から、幼稚園、保育園の先生が集まり、木下式の指導法を学ぶ講習会が行われています。幼稚園、保育園で木下式を教えるのは、音楽を専門に勉強した人ではなく、毎日、子どもたちと接する担任の教諭、いわば、お母さんのような存在です。

e0143522_9334469.jpgこれは、創始者の木下先生が「音楽の専門家がたまに、やってきて指導するより、日々、時間を過ごす人が指導法を学び、教えることが、子どもにもなじみがあり、一番、効果がある」と考えたからです。音楽の専門家でない教諭が木下式の難しい体系を覚えるのは、たいへんなことです。それでも、それぞれの園で「木下式を受けた子どもは歌がうまい、行儀が良い、人の話を聴く態度がある」と評価をいただけるのは、指導者養成の講習会を継続してきたからなのです。

さて、今回、この講習会でとても気になったことがあります。それは、先生たちが、木下先生の問いかけにほとんど反応しないことです。世間では、「時代が変わった」という言い方をしますが、私はそれを許すわけにはいきません。なぜなら、木下式は、子どもたちに、「自己主張ある声を出しなさい」「ルールを守って行儀よくしなさい」「言葉ははっきりと挨拶や返事をしなさい」と教えているのですから、指導する先生が幼児に情けない姿を見せて、「子どもだけ頑張れ」といったのでは、子どもに申し訳がたちません。

しかし、私にも若い先生たちの気持ちが理解できる経験はあるのです。それは、数ヶ月前、初めて話し方教室に足を踏み入れたときのことです。初めての場で、それぞれに、様子を伺う人の中で、「分かりましたか?」と聞かれて自分だけ、「ハイ!」と元気に声を上げたり、発言をするのは、場の空気を乱すようで躊躇しました。ふだん、皆さんに、機関銃トークを繰り広げる私が、固まるほど、皆で静かに様子をうかがう状態で声を出すのは勇気がいることなのだと感じました。

すると、話し方教室の先生が、「今の日本では声を出さない人が増えています。しかし、そういうのはよくないと考えます。この教室では名前を呼ばれたり、何かを尋ねたら、短く気持ちのいい返事をしてください」と言われました。私も講習会でこれを若い先生に教えなければいけないと思いました。

何しろ、木下先生が老体に鞭を使って、若い先生たちを覚醒させるために、「つまらない冗談」を言っていても誰も反応しないので、やらせのように私だけが一生懸命、反応しています。これを「親子の愛情」と思うか「サクラの役割」と思われるかは分かりませんが、できれば、若い先生に反応していただきたいのです。

数週間前に出かけた落語でも、高座に立つ噺家さんが、「面白かったら、反応してくださいよ。私たち噺家は、お客さんの反応を見て、話しているんですから。せめて、前列2列は、嘘でも笑ってくださいよ」と冗談を言っていました。

楽院の子どもたちも、幼児期は、挨拶をさせて、返事をすることを教えておいても、学校に行くようになると、だんだん、集団の中で、反応しなくなっていきます。それは、「集団」という隠れ蓑の中で、無責任に自分の姿を隠すようで、たまらないのです。空気を乱してもいい。話を聞いて反応する、喜怒哀楽を表すのは、人間としてとても大事なのですから。
by k-onkan | 2013-07-24 23:32 | Comments(0)

未来の宝を健全に育てよう

数日前、4年生の甥Yの小学校の近くで不審者が出て、児童が数人、切りつけられたとのニュースが流れました。学校から職場に電話があった妹は「お迎えに行かないと一人で帰してもらえないので、お先に失礼させてください」と早めに帰っていきました。結局、甥は3時間、学校で待ったようです。

e0143522_9175545.jpg不審者が出た地域は甥が住む隣の区でしたが、大通りを一本挟んで目と鼻の先だったため、小学校は集団下校もさせられないと判断したようです。実は、近所の地域で数週間前にも、不審者が逮捕されていたのですから、当然の措置でしょう。私は、甥の周囲で起きたことに、日本もここまできたのかと力が抜ける思いがしました。

ところが、後でそれが「子どもたちの作り話」だったことが分かったのです。その理由は、「親の気がひきたかったから」。私にとってこれはもっと衝撃的でした。親御さんの気を引くために、自分に切り傷を作り、不審者の存在を装わなければ、親に助けを求められないほど寂しい子どもが同じ日に二人もいたということですから。

もし、私の生徒であれば「そんな嘘をついて他人さまに迷惑をかけてはダメじゃない」と怒鳴りつけるところです。しかし、同時に、「ご両親が忙しいなら、楽院にきて、先生たちのところで、宿題したり、ピアノの練習をしていなさい。Yたちとも遊べるから」と声をかけるだろうとも思います。そういう関係が持てる相手がいないことも、子どもたちにとって、寂しいことなのでしょう。

世の中には、親御さんが仕事で、十分に構ってもらえない子どもは、たくさんいます。構ってもらえないからといって、みなが「ピーターと狼」のように「不審者が出た」と騒ぐわけではありません。実際、彼らの嘘で大勢の人が迷惑を被りました。下校をさせてもらえずにお稽古事など、予定通りにすごせなかった子どもたちもいるでしょう。仕事の途中でお迎えにいった親御さんもいたはずです。それだけ、大勢の人に迷惑をかけたのですから、きちんと叱られなければいけません。しかし、同時に大人には子どものSOSに気づく責任があります。

私は、子どもの問題のほとんどの原因は、子どもではなく親にあると思っています。働く親御さんは、「でも、働いていて、子どもまで目が向かない」といわれるかもしれません。それは百も承知で、「それでも、他のだれでもなく自分が産んだ愛しいわが子です。どうか、一緒にいられない時間、せめて子どもの様子を観察して、変化に気づいて欲しい」と思います。それは、他の誰でもなく親しかできないことなのですから。

親が忙しくても、こうした悪さをしない子どももいます。が、だからといって、安心しないで欲しいのです。表面的に問題提起をしないだけで、水面下で少しずつ精神を病んでいくこともあります。「子どもを生んで育て、親になること」。それは、とても責任の重いことです。

親の仕事は、子どもが社会に出るまで、手元で大切に預かり、他人様に迷惑をかけない可愛がられる子どもに育て、社会に返すことです。子どもは未来をになう宝だといわれます。子どもと関わる人はこれを絶対に忘れてはいけないと、そう思うのです。
by k-onkan | 2013-07-23 23:17 | しつけ | Comments(0)

2番じゃダメですか!?

3ヶ月通った話し方教室の修了式がありました。最終日は、「教室で学んだ成果を発表する」という題でスピーチコンテストが行われたのです。コンテストは受講生全員の投票で、順位が決まります。私は負けず嫌いなので、「出席するなら1位をとる」気持ちで練習に励みました。

e0143522_2142013.jpg何年か前に、ある議員が、「どうして1番じゃなくてはいけないのですか?2番ではダメなのですか」と発言しましたが、「1位になる」と宣言しても、実際にその目標を達成するのは難しいものです。それなのに最初から、「ふつうがいい」「人並みで」と言うとその結果は目標よりさらに下回るように思います。

これまで毎回、スピーチの宿題は、必ずタイムを計ったり、録音して自分の癖を聞いたりして100回練習してきたので、最終回は、鏡の前で自分の目をみながら表情の確認もしました。「お稽古事のスピーチにそこまでやるの?」と言われるかもしれませんが、それだけ自分自身に負けたくないのです。どんなときも「自分が納得できるまで挑戦し続けるのは難しいことですが、手抜きをすると、他の誰でもない自分のことはごまかせません。

こんな私も、子どものころは長女特有のおっとりさを持ち、誰に負けても平気でした。そのため、周囲の大人から、「こんなに欲がなくて大丈夫なのか」と心配されましたが、今思うと、3月生まれだった私は、他の子どもと競争しても勝てるものが何もなかったのです。しかし、このスピーチに関しては、ふだん、音調を変えて「音感かるた」を説明することを教えている私は自分の仕事のプライドをかけて、全力投球することにしたのです。

さて、そのスピーチの結果ですが、最初の投票で同点1位を獲得したのが、私とSさんでした。決戦投票に持ち込まれましたが私はSさんの若さと力強さ、そして、勢いがあるスピーチに感激して私も彼の名前を書いたのです。結果、Sさんが1位、私は2位となりました。

翌日、4歳の甥Kに「昨日の競争はどうだったの?1番だった?」と質問されました。「頑張ったけれど2番だった」と報告すると、「でも、2番なら、1番に近いからいいじゃない」と慰められてしまいました。私が一番を目標に頑張るのは、1位になることが目的ではなく、「一位になるために努力をする自分でいたいからです。そして、それをまだ小さい甥がなんとなくでも、感じていることがこのスピーチの何よりのご褒美だったのかもしれません。
by k-onkan | 2013-07-22 23:40 | お稽古事 | Comments(0)