麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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だんだん大人になっていく

最近、4年生の甥Yは、担任の先生の声色を真似るなど、やたら芝居がかっています。なんでも、学芸会で主役に立候補したのだそうです。そして、そこに至るまでにいろいろな事情がありました。学芸会の出し物は、以前、音楽劇を行ったときの音楽専科の先生が指導され、「独唱の役」もあったそうです。しかし、Yは「ぼくは、そんな自慢のようなことしたくないから、歌う役はいやなのだ」と興味を示しませんでした。

e0143522_10515329.jpg私たちは、最近、どんどん大きくなるYに、声変わりが確実に迫っていると感じるため、「声が出るうちに歌っておけばいいのに」と思いましたが、本人が「いや」と言うのですから、仕方ありません。平素、音感教育を行う私たちも、「楽院の子どもなんだから、音楽で自分の力を誇示して!」などと無理強いはしません。学芸会の舞台に立つのは、私たちではなく、Yだからです。

ただし、公立小学校に通う甥には、これから、何度か受験という名の試練があります。公立は私学のように、問題が起きたときに、すぐに学校が対応できる環境ではないため、「自分から問題を解決したり、自ら、能力をアピールする強さがないと、学校内での評価が下がり、希望する進路のマイナスになることもある」。そのことを、常日ごろから、聞かされているYは「独唱をしないなら、クラスの一員として、自分から意欲的な姿を見せないと瑠音先生が納得しない」と思ったのでしょう。「主役に立候補して選ばれたから・・・。(どうだ、文句はあるまい)」。私にも少しえらそうに報告にきました。

なんでも、担任の先生は、主役の立候補を募ったときの条件で「ふだん、生活態度や成績などで努力している人しか立候補はできません」と言われたそうです。その言葉を聞いても、「立候補したい」と言ったお子さんはクラスにはYしかいなかったようです。4年生にもなると、立候補したい気持ちがあっても、照れや恥ずかしさ、まわりとの兼ね合いも考えるのでしょう。「えぇ?おまえ、立候補するの?」と友人に言われ、気持ちを変えることもあるかもしれません。しかし、周囲に流されずに立候補したYに成長を感じるのです。思えば、2年前の音楽劇で独唱に抜擢されるまでは、本当にじめられっ子だったのですから。

世間では、4年生を過ぎて、教育熱心でお行儀のよい地域で学級崩壊が始まるとききます。低学年の学級崩壊は、子どもの精神的な未熟さや、社会性の欠如、家庭で何も教えられていないことが原因ですが、4年生を過ぎての学級崩壊は深刻です。なぜなら、それまで親や先生の言うことを聞いていた子どもに自我が芽生え、自分を律することができなくなった証だからです。どんなに成績や頭がよくても、クラスの和を乱し、他人に迷惑をかけるのでは、その後の人生で、親御さんに苦労をかけることが想像できます。

世の中には、わが子に染まってほしくない習慣がたくさんあります。「朱に交わっても、赤くならない」ためには、ただ、「学校の勉強ができる」「成績が良い」「頭が良い」ことを重視するのではなく、「早寝早起き、朝ごはん」「精神面の強化」など、人間として健やかに生きるために必要なことを家庭でも大切にすることです。そして、親の言うことに素直に耳を傾けているうちに、「親の意志ではなく、自分の意思で責任を果たすこと。他人に迷惑をかけることはしないこと」を子ども自身に徹底的に刷り込んでおくことかもしれません。
by k-onkan | 2013-11-30 10:50 | 児童 | Comments(0)

子どもは思い通りにいかないもの

最近、ご相談いただいたもう一つの悩み事は、「家で歌うときに、のんびりと声を出し、きちんと正しい音程で歌わない。もう5ヶ月も勉強しているのに・・・」とのことでした。お母さん自身が感情を抑えられず、子どもを責めてしまうのかもしれません。しかし、私は、まず、お母さん自身が、物事の見方を変える必要があるように感じるのです。

e0143522_1574359.jpgお母さんが言われるように、その子が、家で違う声を出すのは、「集中していなから」であり、お母さんが立腹する気持ちもわかります。しかし、私は、この子が気の毒に思うのです。なぜなら、1年生になって、それができないのは、幼児期から「苦手なことでも我慢して集中して取り組む」機会が圧倒的に少ない環境で育った結果であると感じるからです。

男の子は元来、気が散りやすいものです。いつでも、全力では向かえません。そのため、うわの空で違う声を出すことはよくあります。そんなとき、間違いを指摘されて直し、また、失敗して、直し、その繰り返しの中で、いつか、子ども自身が自分で気づいて直せるようになることが、集中力を育てるのです。「どうやって、気が散らないようにするか」を「どのように頭を使うと失敗しないか」を体で覚えていきます。しかし、子どもの失敗に子どもが気づく前にお母さんが感情的に責めると、子どもが正しい声を出す理由が、「お母さんを怒らせないため」になってしまいます。これでは、音楽が楽しくなくなり、集中力も身につきません。

お母さんは、「もう5ヶ月も通っているのに」と言われますが、私から見たら、「たった5ヶ月」なのです。本来、木下式のカリキュラムは、2~3年かけて、何度も同じ課題を丁寧に復習させ繰り返すことで、余すところなく、言語力、歌唱力、音感、集中力、忍耐力を引き出す指導法です。それを5ヶ月の超高速で進めたことは、私たち大人の都合であり、子どもにはかなり負担で苦しいことのはずです。教材は終わっても、精神力、忍耐力、集中力、我慢、行儀、安定した歌唱力は、5ヶ月分しか積み重ねがないからです。

楽院に通っている1年生は、これまで、3~4年かけて、音楽の基礎教育の修行を受けてきました。5ヶ月と3~4年の差を縮めるためには、音楽能力ではなく、「物事から逃げずに集中すること」「真摯に取り組むこと」「言い訳をせずに、自分のすべきことにすぐに取り組む」などを、これから気長に続けるしかありません。それでも、小学校在籍中に、すべての能力が互角になることはありません。だからこそ、音感教育は、本来、幼児期の限られた時期から開始していただきたいと思っているのです。

また、レッスンに同行するお母さんは、評論はできても、ご自身が指導者のように完璧な手本を示すことはできないはずです。それなのに、「もっと、早く声を音程よい声を出して!」「どうして、いつまでも、違う声を出すの?」と叱られたら、子どもはさぞ、悔しく、「ならば、お母さんがやってみてよ」という反抗心も生まれます。もし、お母さんが家庭で、発声に口を出されるなら、私は、この子に、あまり口うるさくしないようにと、配慮するでしょう。

学校でも、おけいこごとでも、子どもの世界に、大人が踏み込むときには注意が必要です。おけいこごとは、子どもと先生の関係であり、そこに、お母さんが踏み込みすぎる弊害もあることを忘れないでください。一般に、何の指導者であっても、自分の生徒が、よその人から指導されることを好みません。もし、お母さんが家庭で、音程の悪さを指導できて、上手になるなら、わざわざ、レッスンに通う意味などないのです。

実は、子どもの教育で効果をあげるために、お母さんができることは、そんなに多くないのです。それは、時間を厳守して、お休みなく通わせること。先生に言われたことに、「でも」「だけど」といわずに、「ハイ」ということ。そして、何より大事なのは、おおらかな気持ちで自分の子を信じて「待つこと」です。子どもを頑張らせるために、必要以上に、モチベーションを与えたがる親御さんもありますが、実は、派手な理由がない中で、地道にコツコツと取り組める人が、長い目で見て能力を発揮できるようにはなるのです。
by k-onkan | 2013-11-29 20:55 | 児童 | Comments(0)

わが子のためを思うなら

最近、小学生の男の子を持つお母さん方の悩みをうかがう機会が多くありました。共通するのは、どちらのお母さんも、熱心に楽院に通わせているからこそ、深く悩まれるのかもしれません。しかし、お母さん方の「わが子に頑張ってほしい」という気持ちも分りますが、子どもが小学生になったら、いつまでも「お母さんのため」に頑張らせるのではなく、子どもが「自分のため」に頑張るように育てる必要があります。

e0143522_1313923.jpgどんなにお腹を痛めて生んだわが子でも、お母さんとは別人格であり、お母さんと同じ気持ちではないことを、まずお母さん自身が認めなければと思います。お母さんには寂しいことですが、これができないと、自立期に入る子どもの子育てがもっと辛いものになってしまいます。子育ての目的は、「子どもが親から離れられるように」育てることだからです。

一つ目は「合唱に力を入れている私立小学校で、わが子が合唱隊に選ばれなかった」という悩みでした。2歳から楽院で勉強しているので、音楽なら脚光を浴びられると期待した分、お母さん自身ががっかりされたのかもしれません。担任の先生に選ばれなかった理由を聞いてしまいそうなご自身の気持ちを治めるために、私に打ち明けてくださったのでしょう。

たとえば、小学校で特別な役に抜擢されるためには、総合的に全科目に対して理解がある必要があります。それ以外にも友達との関係はどうか、リーダーシップを取るタイプか、基本的な生活態度が自立しているかなども、判断基準になるはずです。幼いころから、長く専門的に音楽を勉強していても、自分からアピールする自信家タイプでないと、小学校低学年の集団の中で、頭角を現すのは難しいものです。

私学や国立の小学校に通う家庭のお子さんであれば、木下式でなくても、少なからず音楽を勉強している子が多くいます。もし、子ども自身が「(自分が選ばれなくても)仕方ない」と納得しているなら、それは、子どもに意欲がないのでなく、クラスの中での自分の力量をよく理解しているからだろうと思うのです。体が小さかったり、生活面で自信がもてないことがあっても、集団の中では認められるなかったりします。しかし、地道な努力を続けていれば、いつか、自ら手をあげて、「ぼくにやらせてください」という日が来るはずです。その日を信じて、お母さんには待って欲しいと思うのです。

そして、音楽のみならず、他の科目や人間的にも、総合的に成長させなければなりません。花には、春咲く花もあれば、夏咲く花もあります。早咲きなら、なんでも良いというわけではないはずです。大事なのは、せっかく育てているつぼみを枯らしたり、無理に開いたりして花を開かなくしないことです。

また、子どもには子どもの社会があります。これは、どんなに親御さんがわが子を愛していても侵してはならない聖域です。一度、学校で決まったことに「どうして、うちの子ではダメなのですか?」などと、お母さんが感情的に詰め寄ると、先生も子どもに対して冷静に対応できなくなることを忘れないでください。親に感情があるように、先生にも、いろいろな思いがあるはずです。

子ども同士は喧嘩しても時間が経てば、ケロッとするものですが、大人同士は、一度、口に出したことは、元には戻せません。本当に「子どものため」を思うなら学校の先生に何かを言ってしまうより、わが子に「せっかく、長く音楽を勉強してきたんだから、学校で代表に選ばれたら、お母さん、嬉しいなぁ」。やんわりと期待を声に出して、伝えておくのも大事です。

低学年のうちであれば、お母さんが喜んでくれることは、男の子にとって、何より嬉しいことです。自分の子どもだから、「私の気持ちは分っている」と思いがちですが、親子でも、口に出さないと分からないことはたくさんあるのですから。
by k-onkan | 2013-11-28 23:31 | 児童 | Comments(0)

ふつう、ってどいういこと!?

3年生のYくんがピアノのレッスンに来た際、授業をしている瑠音先生に「今日は、歌を練習しますか?」と訊ねたそうです。「歌って、音楽祭の独唱ってこと?Yくんは、独唱に出るの?」。すると、Yくんは、「出る、出る」と嬉しそうに答えたといいます。きっと、独唱推挙の手紙が、ご家庭に届いたのでしょう。

e0143522_18555453.jpgちょうど、通りかかったので、「Yくんは、独唱に選ばれて嬉しかった?」と聞いてみました。すると「ふつう」と答えたのです。私は大げさに「えぇ~?ふつうなの?」と不愉快な声を出して、「せっかく木下先生が選んでくださったのに、「ふつう」なら、出なくてもいいんじゃないの?」と。瑠音先生も「1年生のMくんが出たかったけれど、今回は、選ばれていないから、代ってあげたら?」と援護射撃です。

楽院に通う生徒にとっては、毎年、恒例の合同音楽祭ですが、木下式の音楽祭は、一般の子供のための音楽会とは規模が異なります。舞台スタッフはプロをお願いして、本番は、オーケストラで伴奏をするほど本格的なものです。このことを「当たり前」と思わせたのでは、こどもにとっても好ましくないと感じるのです。

中でも、独唱に出演するためには、ご両親が余分に散財して応援してくださるものです。このことに感謝させずに、「先生たちが言うから、仕方なく独唱に出た」などと思わせたら、厳しい練習の途中で、頑張れなくなってしまいます。独唱は、各団体の代表者であり、みんなの中心として、頑張る責任もあるのです。

私は「独唱に選ばれるのは、特別なことよ。Yくんのお父さん、お母さんも一生懸命、働いて応援してくださるのよ。それなのに、「ふつう」ではあまりに申し訳ない。出るなら、選ばれて嬉しいと思って出なければいけないし、あまり出たくないなら、「せっかく選ばれましたが、出たくありません」と言わなければ・・・」と教えました。

「独唱に選ばれたことは、どう?まだ、ふつうなの?もし、選ばれて良かった、出たいと思うなら、ちゃんと自分で木下先生に、「選んでくれてありがとうございます。しっかり頑張ります」と自分で言ってきなさい」と口上を教えて、職員室に送り出しました。

小学生になると、だんだん難しい年頃に入り、素直に感情が表現できなくなっていきます。内心は嬉しいのに、照れ隠しで「いやだなぁ。自分は出たくないのに、木下先生に選ばれたから仕方ないなあぁ・・・」と言うこともあるでしょう。しかし、こどもであっても、「木下先生、選んでくださって、ありがとう」と口にすることが1500人のホールで舞台に立つ心の準備になるのです。

お子さんが独唱に選ばれて出演を希望される際には、きちんと親子で、それについて話し合い、意思表示のさせ方や、そのことを喜び合うことも、家庭でできる教育だとうことをどうか忘れないでください。
by k-onkan | 2013-11-27 21:54 | 児童 | Comments(0)

難しい時期になる前に

幼児期は、自分の子どもに「こうあって欲しい」ということを概念付ける時期であると感じます。「一生懸命、頑張ってほしい」「地道に努力してほしい」「人の話に耳を傾けて欲しい」「慎重であってほしい」「人との和を大事にしてほしい」「思い切りよく勝負できる力を持たせたい」など、わが子を幸せにするために、親さまざまなことを願い、努力するでしょう。

e0143522_1543169.jpgしかし、だんだんと子どもが成長していくと、親が願った通りの気質や能力を持っていないことに気づくはずです。そのときに、親に試練が訪れるのではないか、と感じます。それは、たとえ、腹を痛めたわが子であっても、「自分とまったく同じではない」ということを親御さんが認めるときなのかもしれません。

たとえば、親は自分の子どもに「もっと思い切りを持って欲しい」とか「挑戦意欲を持って」といろいろと願いますが、子どもからすると、お母さんにこそ「もっとしっかり考えをまとめてから行動して」とか「落ち着いて考えなくちゃ」と願いを持っているかもしれません。子どもに自己肯定感をはぐくみたいなら、親もまた、子どもの違いを否定せず、受け入れることではないかと思います。

大勢の卒業生と付き合って思うのは、幼児期に高度な音楽能力を備えさせ、自分の最大限の力を発揮することを教えてきたことで、世の中のすべての人が、自分と同等の能力を持っていると、信じているところがあると感じます。そして、同じように感じない人が、おかしいと感じてしまったりするかもしれません。しかし、他の人にない能力が自分にあるとしたら、それは、自分が優秀なのではなく、単に恵まれていたに過ぎないのであり、周りの人の弱さも受け入れられないと、いつか自分が孤立していってしまうのかもしれません。

社会はいろいろな人がいて、回っていくものです。自分だけでなく、自分以外の人の長所も短所も受け入れられるような素地を育てておくことが、子どもが社会で生き易くなるコツなのではないかと思います。そして、それを可能にするのは、自分にとって、一番、身近な親が、「どんな短所があっても、それでも、自分を受け入れてくれる」という絶対的な信頼を育てることなのではないでしょうか。
by k-onkan | 2013-11-26 23:47 | 児童 | Comments(0)

私が心がけていること

私が楽院の生徒を教えるようになってから、25年が経過しますが、その間、心がけてきたことがあります。それは、「親御さん」ではなく、子どもに最良のこと」を一番に考えることです。ときに、親御さんが子どものためにならないことをされれば、社会的に地位のある方にでも、「それは、子どものためにならないので、やめてください」といってきました。それで、トラブルが生じたこともありますが、私自身が、楽院で育ち、子ども時代を経験したからこそ、大切にしているのが、長い目線で見て子どものためになるか、ならないかなのです。

e0143522_1254455.jpg私は幼いころから、楽院に出入りする大勢のお母さんたちを見てきました。小学生のころは優しい口調で私たちに近づいてきても、内心、両親に猜疑心をもっている人がいること。また、親しくおしゃべりをしても、会話を楽しむ親御さんもいれば、我が家の様子を探る方もありました。子どもだからこそ、そんな動物的な勘があったのかもしれません。

もし、幼いお子さんが「あの人が苦手」「あの人は嫌い」と言ったら、「そんなことを言ってはいけない」と、子どもの気持ちを封じ込める前に、「どうして、そう思うんだろうね?」と子どもの気持ちを理解する努力も必要かもしれません。もちろん相手に面と向かって、「あなた嫌い」と言って喧嘩を売る必要はありませんが、子ども自身が心で感じる自由を親であっても奪うべきではないと思うのです。

私が高校生になると、半人前ですが大人として楽院の生徒のお世話をするようになりました。このとき、更に、親子関係に目がいくようになりました。「このお母さんが心配性だから、この子はよく泣くのだな、」「子どもに夢を託すあまり、支配的になっているのかもしれない」。子どもが問題を持つときは、子どもではなく、親御さん自身に原因があると強く感じるようになりました。

たとえば、子どもの成長を喜ぶことに対しても、「純粋にわが子を愛しているから」という親御さんもいれば、「優秀な子どもを持つことが嬉しい親御さんもいるようです。前者であれば、子どもは普通に、少しずつ、無口になり自立していきますが、後者であると、思春期に派手に反抗して、親に反省を促すこともあるようです。

親の影響を受ける子どもたちの様子を見て「親が悪い。子どもがかわいそうだ」と一面的な見方に偏った時期もありますが、自分が年をとって、可愛がってきた生徒から、真正面から反抗される立場になり、大人側の苦悩も理解できるようになりました。子ども時代に親密だったからこそ、大人は少しずつ、離れる用意をして、子どもが飛び立てるようにしてやることが必要なのです。

親子の関係は、親密になればなるほど、影響を与えあうものです。子どもを守り、愛して、保護しても、それが、過ぎると毒になります。反対に、手をかけず、放置して、何でも、子ども任せでは、親子の絆は育ちません。10歳までは、親と子が同じチームとして子どもに寄添い、その後は、子どもが別人格として羽ばたけるようにしたいものです。親から離れたときに、人に愛され、人の役にたつ人間になれるように。
by k-onkan | 2013-11-25 20:53 | 自分のこと | Comments(0)

懐かしいことを思い出した!

新郎新婦がともに卒業生の結婚式は、親戚にも大勢の懐かしい人の顔がありました。特に、嬉しかったのは、何年かぶりに会った新郎の姉Aちゃんです。アメリカで結婚して、現在は、西海岸で生活しているため、会う機会はほとんどありません。

e0143522_19102256.jpg私は披露宴で新郎新婦の子どものころの思い出話をしましたが、小学校卒業まで通った生徒のことは、誰であっても、いろいろな思い出があります。新郎の姉Aちゃんは、オペラ「シンデレラ」で義母役を好演したことが、印象に残っていると思いますが、私にはAちゃんが、もっと幼いころの記憶があるのです。

昔、楽院が下落合駅近くだったころ、Aちゃんが楽院の前で、交通事故にあったことがありました。木下先生夫妻も慌てて飛び出したそうですが、目の前で小さな子が血を流す生徒の姿に動転して、思わず手を出そうとすると、「動かさないで」と冷静に対処する母上の姿がありました。木下先生はその姿にほれ込んで、以来、楽院の合宿には毎年、看護として新郎の母上をお願いしてきたのです。

そんな完璧な母上でも、二人のお子さんの子育てが簡単ではない時代がありました。長女のAちゃんが年長になったころ、我が家にお泊りにやって来ました。当時、高校生だった私は、詳しい事情は分りませんでしたが、まゆみ先生が、一生懸命、Aちゃんの話を聞いていたことを覚えています。

最初は、「次のお稽古まで」と預かったはずですが、結局、子どもが大勢いる我が家が居心地がよかったのか、かなり長く我が家に滞在していたように思います。本人のお泊りの思い出は、楽院に来ると、お昼ご飯がコンビニのおにぎりで辛かったと、卒業のときに作文を読んでいましたが、私は、近所の靴屋で、まゆみ先生に赤い運動靴をねだって、喜んで履いていたAちゃんを覚えているのです。思えば、今、私が、通ってくる親子にしている育児相談や親子教室は、まゆみ先生がその昔、当時の保護者にしていたことであったと、昔の生徒に会って思い出したのでした。
by k-onkan | 2013-11-24 22:09 | 名誉団員・卒業生 | Comments(0)

涙と笑いでいっぱいの結婚式

今日は、卒業生のYくんMちゃんの結婚式がありました。毎週土曜日は、児童部の授業がある私たちが出席できるようにと、土曜日が祝日になる日に結婚式をしてくださったのです。残念ながら、木下先生は、高齢になってから華やかな席をご遠慮するようになりましたが、私と純子先生、瑠音先生で出席させていただきました。

e0143522_18524371.jpg人前式に出席した後は、披露宴です。最初は、ゲスト代表の挨拶ということで、私は、楽院に関わってくださったすべての方が、昔を懐かしく思えるように、「音感かるたの説明」をするように二人の子ども時代の思い出をご披露しました。後で、瑠音先生から、「話し方が大げさ」とダメだしがありましたが、卒業生と保護者席から笑い声をいただいたので合格にしましょう。

久しぶりに会った卒業生のEちゃんには、私の奥に「木下先生が見えた」そうです。話すときの仕草、間合い、動きが似ているそうです。それは、きっと、幼児や児童に確実に伝えるための木下式の話し方を考えたのが木下先生であり、子どもたちも、その昔、その話し方を伝授されているから、感じることでしょう。

この会で、最初に涙を誘ったのは、新婦のMちゃんの伯母様の乾杯の挨拶です。伯母様は、Mちゃん兄妹が子どもだったころ、楽院の発表会にも来てくださり、その際、木下先生が指導する様子を、ご自身のエッセー「この生命を凛と生きる 講談社」に書いてくださったことがあるのです。

伯母様は、20代のはじめにバスの事故で車椅子生活を余儀なくされました。一年に一回、事故のあったその日は、家に閉じこもりたくなるトラウマの日であったとそうです。しかし、28年前の同じ日、新婦のMちゃんがこの世に生を受けました。Mちゃんの母上は、伯母様に「赤ちゃんの名づけ親に」と言われたそうです。Mちゃんの母上のご兄妹の絆の強さを感じます。その日から、伯母様のトラウマの日は未来への希望の日となりました。そして、28年、見守ってきたMちゃんの結婚式に乾杯ができる、こんな幸せはないと言われ、私たちは、乾杯しながら目頭を押さえました。

その後のケーキ入刀は、生まれて最初の一口を与えた母上たちから新郎新婦の口にケーキを入れるイベントがありました。大きくなった新郎新婦の口にスプーンを運ぶ母上たちの姿に、子どもが何歳になっても、母親は母親なのです。長い間、両家の親子を見てきた私たちは、母上の表情や仕草に、またまた涙がこぼれました。

お色直しで振袖とはかま姿になった新郎新婦が登場すると、卒業生の余興ということで、合唱となりました。新郎から「ぼくたちは、子どものころから、木下音感楽院で、一生懸命、歌っていて、別名「天使のこえ合唱団」という名前だったんですが、大人になって若干、「天使感」は薄れていますが、歌いたいと思います」との紹介がありました。

新郎の伴奏で、合唱団のレパートリーの「ともだちはいいもんだ」の前奏が流れ、三部合唱の歌声が流れてきました。事前に「期待しないで」と言われていましたし、「練習もあまりできていない」と言われていたので、内心、ドキドキしましたが、第一声部を担当したMちゃんの歌声が、子どものころと同様、まっすぐに、前を見つめ、いっぱい口を開けて、合唱全体を引っ張っていました。

歌い終わった卒業生たちの写真を撮りにいくと、「写真なんてどうでもいいって言わないんですかぁ?」と声がかかりました。この子たちが、子どものころは、集合写真を撮影する大垣先生が、みんなの顔が笑顔になるように、「どうでもいい」の「いい」でシャッターを押してくださっていました。しかし、最近は、「どうでもいい」といわせると、本当に、どうでも良い表情をするようになり、そのフレーズのことは、すっかり忘れていたのです。不完全燃焼だった卒業生は、自分たちで、「写真なんてどうでもいい」と言って、写真を撮っていました。最初から、最後まで、楽院色満載の結婚式でしたが、よその方は、疎外感を持ったのではと、少し申し訳なくなりました。

その後、新婦からご両親へのお手紙で目頭を熱くして、花束贈呈でまた涙。これまで、友人をはじめ、親戚の結婚式など、いろいろと出席しましたが、教え子の結婚式というのは、自分の子どものそれのように涙腺が緩むことを初めて経験させていただきました。

最後に、新郎のお父様と、Yくんの挨拶でお開きとなったのですが、会場に流れだしたのが、これまた、合唱団のレパートリー「また会う日まで」でした。子どもたちは、楽院に通った古きよき時代を本当に大切にしているのだと思いますが、年を重ねた私たちは、「これ、別れの歌じゃなかった?大丈夫?」とドキドキする中で、「別れのそのわけは、話したくない~。二人で名前消して、二人でドアを閉めて・・・」と大音量で流れ、最後に、思わず笑ってしまいました。はじめての卒業生同士の結婚は、泣いたり、笑ったり、本当に感情の起伏の激しいものだったのでした。
by k-onkan | 2013-11-23 23:51 | 名誉団員・卒業生 | Comments(0)

YくんとMちゃんへ~お祝いの言葉~

週末は、卒業生のYくんとMちゃんの結婚式にお呼ばれしています。二人の出会いのきっかけが、幼いころから通った楽院であることから、私は来賓のスピーチをおおせつかっています。きっと、大勢の懐かしい顔も見られるはずです。

e0143522_20261126.jpg彼らが楽院に通っていた時期は、木下先生が、40代で一番、妥協なく、音楽指導をした時期です。そのため、子どもたちは、この世で誰よりも怖いのは木下先生だと恐れていました。Yくんも子どものころは木下先生も楽院も大の苦手でした。

その証拠に、毎週、レッスンのたびに、母上が、「1000円をあげるから、レッスンへ行きなさい」と6年生の息子が卒業まで続けられるようにと後押しをされました。その甲斐あって、高校生になると、ピアノでショパンやブラームスという大曲を弾くようになりました。そのころ、一緒にピアノを弾いていたのが、いまや世界的な指揮者となった山田和樹先生です。

新婦はそのころ、小学校4年生。子どものころは、まさか、二人が結婚する日がくるなどとは思いもよりませんでしたが、合宿の引率助手をしたり、発表会で難曲を弾くお兄さん的な存在として、Yくんにあこがれの気持ちがあったのかもしれません。

新婦Mちゃんには、二歳年上のお兄さんがいました。美声の持ち主でしたが、とても気が弱く、初めて学内の発表会に出たときは、緊張のあまり、純子先生の手を握って放さなかったほどでした。木下先生は、男の子の情けない姿を見ると「なんとか、良いところを引き出してやりたい」と一生懸命、指導します。

そんなお兄さんの影で、Mちゃんは、まじめにコツコツ、自分がすべきことをこなしてくれるため、気がつくと、Mちゃんよりお兄さんにばかり手をかけていました。私はいつか、Mちゃんが「お兄ちゃんばっかり」と怒るのではないかと心配もしましたが、10年という長い間、私たちには、一切、嫌な面を見せずに、卒業していきました。

YくんとMちゃんが、こうして立派に成長したのは、ご両親のお蔭です。心理学では、健全な人間を育てるためには、十分な愛情と絶対的な厳しさが欠かせないと言われます。二人が「自分の子どもも木下先生に指導して欲しい」と言うのは、この教育を受けさせたご両親への感謝であり、私たちにとって最高のほめ言葉です。卒業生同士のカップルの結婚は初めてであり、後輩たちの憧れです。どうか、末永く幸せな家庭を築いてください。
by k-onkan | 2013-11-22 20:24 | 名誉団員・卒業生 | Comments(0)

全ては幸せにするために

近所の耳鼻咽喉科に立ち寄ると、「幼児の薬の飲ませ方」という用紙が配布されていました。そこには「赤ちゃんや幼児に薬を飲ませる際には、「よく飲めたね~」「おりこうだったね」と大げさに喜んであげましょう。お母さんが褒めると、自分から、進んで薬を飲むようになります。また、食後にお腹がすいていないと、薬が飲めないこともあります。その際は、多少、時間をずらすなどの工夫もしましょう」と書かれていました。

e0143522_17141259.jpg私たちは木下式を教える際に、幼児に配慮していることがあります。それは、できないこと、苦手なことをさせる際には、大げさに褒めて、少しの変化でも見逃さずに喜び、褒めることです。反対に、できることをしないときは、手抜きや甘えが原因であるため、すぐに取り締まります。一番、大切なのは、常によく子供の状態を把握することです。そして、何より大切なのは、「できないこと」は叱らないということです。

幼児にできないことがあるのは、教えられていないからであり、その子の責任ではありません。薬も必要性が理解できない幼児に、どうしても、飲ませなければならないというなら、大好きなお母さんが、「よく飲めたね~。おりこうだね」と喜ぶことが、一番、簡単なのです。音感教育だけでなく、子供の変化を観察して、良い悪いを見極め、助言することは、幼児のしつけ、教育全般に言えることだと思います。

最近、2年生のMくんのお母さんから、学校で給食を食べられないで悩んでいるというお話をうかがいました。Mくんは体が小さく、楽院の合宿でも、幼児部のころは、あまり食が進みませんでした。もしかすると、家庭の食卓には、Mくんが好きなものばかりで、嫌いなものに挑戦する習慣がないのかもしれないと思ってお話をうかがいました。

実際に話をうかがうと違う原因が見えてきました。学校の先生から「給食が食べられない」とのお話があって以来、お母さんが気にされ、「食べ物の話」は触れないようにしていたようです。しかし、家庭では一切、給食の話に触れずに、学校へ行って自分ひとりで、苦手な給食と向き合うのは辛いように感じます。

私なら、一緒にご飯を作ったり、食事を楽しむための工夫をするでしょう。もし、学校の給食が食べられないなら、その原因を見つけるでしょう。家では食べない献立が苦手なのか、味付けが違うからなのか、などです。そして、必要があれば、事前に、同じ献立を作り「来週は、このおかずが出てくるよ」と心の準備をさせるでしょう。味付けが違うことが嫌なら、「学校の給食と、ママの味のどこが違うか、よく味わってきて、教えて」など、食に関心を持たせるでしょう。「お母さんに伝えなければ」と思えば、子どもは苦手なものでも、しっかり食べようと思うものです。

また、家族で「どうしてMは、給食が食べられないのだろう?」「どうしたら食べられるか?」と話題にすれば、「お菓子の食べすぎじゃない?」とか「運動が足りていないんじゃない?」「わがままだよ」など、他の人の考えも耳にすることになります。また、「おやつは好きなだけ食べない」「食前のおやつは控える」「食事を残したら翌日のおやつはなし!」「お皿にのせたものは時間内に食べる練習をする」など、子供の食べる習慣を改善する意見も出るかもしれません。

そういえば、4歳の甥Kも、兄甥に比べ、食べられるものが少なかったのですが、瑠音先生が「Kちゃんは、あんまり、ご飯を食べないのよ」と口にすると、すぐさま、兄甥が「仕方ないよ。Kちゃんは、食べられないんだよ。だから、爪が割れ易いんだろうね」などと口にします。すると「食べられるもん」と言って、苦手なものを口にいれます。そこですかさず、瑠音先生が、「えぇ?野菜が食べられるの?」と大げさに喜べば、自分から苦手な食べ物も口にするようになります。

よく食べる子供に「よく食べておりこうね」とおおげさに褒める必要はありませんが、食べられない子供にとっては、ほんの少しの量でも、「食べられておりこうになったじゃない」と変化を認めることが大事です。もし、食べ過ぎる子供なら、「食べすぎないように気をつけて、えらいじゃない」との言葉がけも必要かもしれません。

お料理をするお母さんにとって、日々、三食、用意することは、たいへんなことだと思います。その上、せっかく作った料理を子供が口にしなかったら、情けない気持ちになることもよく分かります。ですが、一番、大切なこと――。家族の健康のために、愛情を注いでいることを、忘れて食べないことを責めすぎると、せっかくのお母さんの気持ちを理解するチャンスを逸してしまいます。大人が子供に、苦手なものも食べさせたいと思うのは、生涯を通して健康でいられるように、バランスよいものを摂取させる必要があるからなのですから。
by k-onkan | 2013-11-21 17:13 | 教育 | Comments(0)