麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
カテゴリ
全体
木下式音感教育法
しつけ
子育て
教育
お稽古事
親業
音楽
乳児
のぞみクラス
幼児
児童
名誉団員・卒業生
思春期・反抗期
自立について
運動
発達障害
保育園
楽院だより
我が家のこと
自分のこと
以前の記事
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
フォロー中のブログ
蛹の頃~さなぎのころ~
最新のコメント
出演園児のお母様へ ..
by k-onkan at 06:33
一番こわいのは、マナ先生..
by 出演園児の母 at 10:48
昔、近所の顔なじみの飲食..
by k-onkan at 10:32
>「じぃじ」 凄いです..
by ha-i at 01:48
ばら組の保護者さま ..
by k-onkan at 17:06
作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
ブログパーツ
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


<   2013年 12月 ( 31 )   > この月の画像一覧

すべてはこの子から始まった

毎年、年末年始になると思い出すことがあります。それは、7年前に、我が家に家出してきた少女のことです。少女も、甥兄弟のように、大晦日には千葉の木下先生の家に行って、庭掃除やおせち料理のお手伝いをしていました。私は、毎年、この時期に、少女が私の家でお父さんに当てたファックス日記を読み返すのです。

e0143522_1045271.jpg当時、少女は、高校2年生でした。あと1年で卒業だというのに、「学校をやめる」と言うのです。幼いころから、反抗したり、楽院のことが嫌いだったり、授業が不真面目だったなら、私もそこまで心配はしなかったのかもしれません。しかし、小さいころから、だれより素直で、楽院が大好きで、木下先生のことも、私のことも大好きだといっていた少女だったからこそ、その豹変ぶりに驚きました。

ある夜、「娘が帰ってこない。一緒に探してください」との連絡で寒さの中、探しにいくことになりました。忘れもしませんが、お母さんと午後11時に新宿駅のホームで待ち合わせをしたのは、12月17日のことでした。私があわてて家を出て駅へ向かうと、見覚えのある姿が坂を上ってきます。「あぁ~!」と非難の声を出すと、恥ずかしそうに顔を隠します。「どこへ行くの?」というと、「麻奈先生の家」というではありませんか。

「見つかってよかった」という気持ちと「心配かけて」という憤りの気持ちから、「麻奈先生は、Aちゃんという子を探しに渋谷に行くからいません」と意地悪を言いました。「いないなら、マンションの前で夜明かしするからいい」。その言動がおかしくなって、家に連れて帰りそのまま泊めることにしました。

少女の気持ちを聞くと、過干渉のお母さんに耐えられない。そして、どうしても、学校を辞めると言うのです。私は「高校中退ではまともな仕事もないから、とにかく続けなさい」と言い聞かせました。最後は「麻奈先生の家においてくれるなら」と条件を出して、「高校を続ける」と言い出したのです。そこで、ご両親にお許しを得て、私のもとに暮らすことになったのです。

当時、木下音感協会は30周年を迎え、記念式典や音楽会を予定していたので、私はいつも以上に忙しい時期でした。当然、少女のお母さんのように行き届いた家事をすることも、宿題の手助けや、学校の先生の呼び出しに対応することはできません。少女が、自分の行動に責任をもたないと共同生活は成り立ちません。そこで、わが家で暮らすための約束ごとを作りました。(詳しくは本でお読みください)

私にとって少女は、二歳から音感を教えた、かわいい娘のような存在でした。しかし、関係者からは、「長い間、木下式のような立派な教育を受けてきても、親御さんに心配をかけることがあるのか」とお叱りを受けることもありました。私は、木下式のプライドにかけて、少女と真剣に向き合わなければと心に誓ったのです。

「子を持って知る親の恩」ということわざがありますが、親はどんなに苦しくても、子どもがいれば自分のことは二の次にするものです。私も忙しい合間をぬって、毎日のお弁当だけは手作りを持たせて高校に送り出しました。それなのに、少女からは、「麻奈先生は自分の子どもがいなくて本当によかった。こんなによその子のことばかり心配していたら、自分の子どもがぐれちゃってかわいそうだもん・・・・・・」。心配をかけている当人が、こんなことを口にするほど、私たちの距離は縮まっていました。はためには、大きな難題を背負わされたかに見えた少女との二十八日間でしたが、少女の存在によって、私が癒されることも多くありました。また、ほんのひと時ですが、子育てをする親の気持ちを擬似体験することができたことを感謝しています。

少女は私にいろいろなことを教えてくれました。何より、このブログをはじめたきっかけも、少女でした。親元に帰った少女に教えられなかったことを、どうにか伝えておきたいと書き始めたのです。少女がいなければ、このブログも、そして、二年間かけてまとめてきた本も出すことはできなかったはずです。実は、少女が私の家に住んでいたとき、よくこういっていたのです。「いつか、Aがいい子になったら、私は、あなたとの生活を本にするよ。だから、早く立派な人になってね」と。

少女は毎日、一生懸命、仕事をしています。自分が苦手なことを克服するために、全力で頑張っています。私の本の出版が伸びていたのは、この子が自分の目標を見つけて、全力で打ち込めるようになるのを待っていたのかもしれません。

ブログを読んでくださったみなさま、一年間、本当にありがとうございました。そして、来年もよろしくお願いいたします。
by k-onkan | 2013-12-31 23:59 | 思春期・反抗期 | Comments(0)

今年もありがとう!

千葉に労働に行っていた甥兄弟が二人で電車で帰ってくるというので、東京駅まで妹と二人で迎えにいきました。列車が到着すると、兄甥Yがリュックサックを二人分、背負って、寝ている弟甥を抱いて出てきました。なんでも、電車に乗って、木下先生、まゆみ先生、純子先生に見送られると、4歳のKは不機嫌になり、両手で顔を隠し突っ伏したままで手も振らずに、帰ってきたようです。きっと別れがさびしくて、怒ってふて寝してしたようです。Yが、「千葉にいる間は、「早く帰りたい」と言っていたのに、電車に乗ったら「帰りたくない」と怒り出した」と解説してくれました。

e0143522_1441880.jpg兄甥にも感傷的な面があり、旅先で出会った人と別れたり、その土地を離れるときになると、神妙な顔で涙をこぼすことがあります。しかし、その反面、気分を変えるのがうまくて時間が経てば案外、ケロッとしたりします。しかし、弟甥は、寂しい感情が、怒りに変わり、感情をもてあますようです。今日は、電車の中でふて寝をしてしまいましたが、Kの暗い気持ちは、ずいぶん長く続くようです。そのため、駅で出迎えた母親の顔を見ても、すぐに喜ぶのではなく、いつまでも不機嫌そうにしていました。同じ両親から生まれても、こうも違うのだと、二人を面白く観察しました。

我が家に到着して、少しずつ機嫌が直り、口を利くようになりました。すると、「Kちゃんが、お手伝いするよ」とか、「お母さん、具合悪いの?大丈夫?」とまわりに気を使うかわいい面もあります。反対に、ふだん、遠慮がちに見える兄甥は、慣れ親しんだが私の部屋では遠慮がなく、勝手にいろいろなものを出したり、使ったりします。

私の本題には、この6年間、ブログに書いた甥たちのことをファイルにしたものがあります。Yはそれを見つけ出して、「Kちゃんのもあるよ」と熱心に読み始めたのです。食事の準備ができて、「運ぶのを手伝って」と声をかけても、全然、耳に入りません。

最近は、学校で何かあっても、「まぁちゃんに言うと、ブログに書かれるから教えない!」と言っていたのに、年月が経ると、昔、起きた事件も感慨深く、思い出せるのかもしれません。甥たちが、小さくて可愛い時期はあと少しです。兄甥の身長が母親を追い越すのも、時間の問題です。きっと、今後は、ますます、容赦なく私たちに批判的なことを口にするはずです。私たちが教えることより、教えられることの方が増えていくでしょう。

できれば、なるべく、大きなまわり道をせずに、自立して欲しいと思いますが、何が起きるか、誰にも分かりませんし、予測どおりにいかないのが、子育てだと思いながら、日々、成長する甥たちを見ているのです。
by k-onkan | 2013-12-30 23:01 | 子育て | Comments(0)

大掃除をしないとお正月が来ない!?

我が家は、「年末の働き具合で、お年玉の額が決定する!」ということで、甥たちは、2泊3日で、千葉に出かけていきました。私たちきょうだいも、子どものころは、庭掃除やお節料理のお手伝いをさせられたものです。

e0143522_11372798.jpg子どものころは、お正月に、大勢のお客様を招くのが好きな父の趣味につき合わされることを「面倒くさい」と思っていましたが、嫌々でも、毎年、手伝っていたことで、大人になって頑張りが利くと感じることは多くあります。また、お客様をもてなすことが嫌いでないのも、父の影響だろうと思います。

さて、「音楽をやっていなかったら、庭師か盆栽師になりたかった」という父の住む千葉は、住居部分より庭が重視されています。そして、その庭はプロ顔負けの日本庭園を自分で、一から作り上げたものです。

通常は、盆栽が趣味といっても、盆栽や庭師などの管理する専門家がいて、主は眺めるだけのようですが、父は、針金かけや、接木などの面倒な作業もほとんど自分でやります。子どもを教えるのと同様、育っていく過程の変化とその結果を見るのが楽しいのでしょう。そんな風に庭や盆栽に手をかけていても、冬になれば枯れ葉が落ち、庭は汚くなります。お正月を迎えるためには、ふさわしくない庭の様子に猫の手も借りたいほど、忙しいから、甥たちを連れていくのでしょう。

4年生になる甥Yは、体も大きくなり、かなり役に立つようです。純子先生から送られてきた写真には、大きなツゲの木を枝きりハサミで丸く刈り込みをしているYの姿がありました。その横で、木下先生が、なにやら、指示を出しているようです。きっと、「もっとハサミを縦にせよ」などと教えているのかもしれません。4歳のKは兄の刈った葉を器具で落とします。二人とも田舎の子どものようですが、都会に住む彼らにとって、とてもよい経験なはずです。

さて、東京に残る私も、今年は、マンションの猫の額のような庭と共有部分の中庭の掃除するために、竹箒や熊手を求めました。竹箒は、買ったらすぐに、父がハサミでちょうどよい大きさに切っていたことを思い出して、同じようにしてみました。子どものころ、何気なく見たり、行ったりしたことは、大人になってもできるようです。

小さな庭でも、父が植えた45リットルの袋に6つ、枯れ枝や落ち葉をまとめ、燃えるゴミに出しました。庭があれば、焚き火ができるのにと残念にも思います。子どものころ、庭掃除が終わると、一日、焚き火の日で焼かれたさつまいもが出てきたものでした。それも楽しみだったものです。

大人になって、落ち込んだり、調子が悪くなったら、子どものころ、慣れ親しんでいた環境に身をおいたり、子どものころしたようなことをするといいといわれます。さしずめ、年末年始は、子どものころのように「お掃除が終わらないと、お正月がこない!」と大掃除をすることで、年末年始らしい心の平穏が保てるのかもしれません。
by k-onkan | 2013-12-29 23:36 | 我が家のこと | Comments(0)

ありがとうございます!

このブログを書き始めてから、もうすぐ6年になります。このたび、これまでのブログをまとめた著書が早川書房より刊行される運びとなりました。私にいろいろなことを教えてくださった生徒の皆さん、そして、保護者の方々、そして、幼稚園、保育園の先生方の存在がなければ、私はこの本をまとめることができませんでした。本当に、ありがとうございます。


2014年春刊行

「木下式の子育て論(仮題)」著 木下麻奈 
早川書房 四六版ソフトカバー 

木下式は音楽教育だけではなく、親御さんとお子さんの心を育てる教育です――
「生まれてくるわが子のために……」と考案された木下式を家庭教育に応用して、
社会で生きる力のある子に育てる秘訣! 
47年の体験と実践から生まれた、子どもの目線で語る子育て論。

e0143522_23332128.jpg

by k-onkan | 2013-12-28 23:26 | 楽院だより | Comments(0)

先生たちが優しくて、こわい!?

卒業生が子どもを連れて、木下式の体験授業を受けると、みんな、異口同音、「えぇ~?先生たちがびっくりするほど、優しくて、かえって怖い」と驚きます。現在、1歳8ヶ月の娘がのぞみクラスに通う卒業生のMちゃんも、昨日、久しぶりに会った指揮者のKくんも、「こんなに褒めてもらっていいの?」と私たちの豹変ぶりに驚きながらも、わが子が褒められて機嫌よくしている姿にうれしそうです。

e0143522_10143350.jpg私たちは「Kくんまで、そんなこというの?」と本当にびっくりしました。高校生まで、楽院に通ってきたKくんであれば、私たちが小さい子と接する様子を見ていたと思ったからです。けれど、それも記憶に残っているのも、小さい子が、まじめに取り組まずに、叱られている場面だけなのかもしれません。

実は、卒業生は覚えていないのです。自分たちが2~3歳のころには、2~3歳として、優しく接せられた時期もあるということを。私たちは、子どもの年齢と成長に合わせて、少しずつ厳しくなっていきます。ですから、卒業生がお子さんをさずかったら、注意して欲しいことがあるのです。

それは、「木下式を真似ている」といって、幼いころから、生意気ざかりの高学年にするように、叱り過ぎたり、反対に、「木下式が怖くてつらかったから」と言って、いつまでも、赤ちゃん扱いをして保護しすぎたり、その子中心に育てると、子育ては失敗するということを。まっとうな人間を育てるには、心からの愛情と厳しさは、どちらも等しく必要なのです。

Kくんは、地方の幼稚園で木下式と出会い、その後は、認可教室で学び、3年生になって、楽院に編入してきました。つまり、私たちが、一番、怖い時期に、いきなりやってきたことになります。その中で、サバイバルできたのは、やはり、賢い優等生であったからだろうと思います。Kくんは、「とにかく、木下先生が怖くて、怖くて、いやだった」というのも、分かる気がします。

しかし、これも、男の子の卒業生が異口同音、口にすることでもあるのです。先日、結婚したYくんも、「子どものころは、大嫌いだった」といいながら、大人になると「親父、親父」と木下先生のところにやってきます。 父親に対する畏敬の念や、厳しさの必要性を、自分が大人になると、男性には理解できるようになるのかもしれません。
by k-onkan | 2013-12-27 23:45 | 名誉団員・卒業生 | Comments(0)

卒業生の顔をした音楽家

今日は、とても大事なお客様がありました。いまや世界の大舞台で活躍する指揮者であり、楽院の卒業生のKくんが、奥様と3歳になる息子のTちゃんを連れて、楽院を訪ねてくださったのです。ふだん、ドイツに暮らしているため、家族そろっての帰国は久しぶりのようです。楽院に一歩、足を踏み入れると、とても懐かしそうです。その顔は、プロの音楽家として楽院にやってくるときとは、まったく違って、卒業生が近況を報告に来る顔をしていました。ですから、今日は、世界的な音楽家の先生としてではなく、卒業生のとして書きましょう。

e0143522_93415100.jpgKくんに息子さんが生まれたとき、「木下先生の名前から一字、いただいてもいいですか」と言われました。Kくんは、いろいろなインタビューで、「木下先生は、父親のような存在」と言ってきました。もちろん、本当のお父さんもいらっしゃるのですが、とても大事に育ててくださり、しかられたことも、手を上げられたこともなかったようです。ですから、世間一般の「頑固で厳しい父親」の存在は木下先生であり、父親から一字もらったという気持ちだったのかもしれません。

いろいろなところで、「木下先生に殴られた」というKくんに、「俺は優等生のKなど、殴ったことなど一度もない」と木下先生は憤慨します。しかし、優等生にとっては、違う声を出してみんながパシン、パシンと叩(はた)かれたことも、「殴られた」ことなのです。

が、木下先生にとっては、人生の中で「殴った」と意識があるのは、私たち、実の子どもや孫以外では、生徒には数人しかいません。それは、同性として、「このままではいけない」と特別に手をかけて育てた男の子たちであり、「Kくんのことは殴っていない」という気持ちのようです。

さて、Kくんの訪問の最大の目的は、ドイツで暮らすわが子に、「自分で木下式を教えるために教材を入手したかったようです。Kくん夫妻は、夫婦で音楽の仕事をしているため、Tくんも音楽が大好きだそうです。しかし、どんなに音楽的に恵まれた環境で育っても、3歳の子は音程正しく朗々と歌うことはできません。Kくんも、そのことを実感して「自分で教えよう」と思ったのでしょう。

木下先生は、長年、書き溜めた理論書の原稿と、木下式の教材一式をご夫妻に手渡し、4歳になる甥Kを見せながら、説明しました。和音や単音を聴き分けるKに一番、驚かれたのは、プロの演奏家としてヨーロッパのオーケストラで活躍されている奥様でした。特に、五線譜に和音を書き取りをしたときには、「どうして、こんなに小さい子が、和音を聴き分けられるの?」と目を丸くされていました。幼稚園のころから、自身も木下式を学んだKくんは、「これをふつうの子どもたちが、幼稚園でふつうにやっているんだよ」と説明していました。

そのとき、私は、初めて、「なぜ、父が幼児のうちに単音や、和音を幼児に聴き分けができるようにしたい」と切実に願ったかを実感できたのです。幼児期から訓練を受けると、単音や和音が分かって当然だと感じますが、そうでないと、聴音は簡単なことではないのです。ところが、幼児期に訓練をすると、スポンジが水を吸うように当たり前のこととして、受け止められるのです。

すべての子どもが音楽の道に進むわけではないため、「音を聴き分ける能力」は必要ないという人もいます。しかし、木下式は、聴覚が優位な人には、更に聴覚に磨きをかけ、反対に、視覚優位、感覚優位な人には、聴覚をバランスよく使う訓練になるのではないかと思います。

それは、私自身が、視覚優位であるのに、聴音の訓練を与えられたことで、普通の人よりは、聴覚が働き、それが語学習得に役立ったり、日常の些細な音の変化で異変に気づいたり、人の言葉がよく聞こえる、など、幼児期の音感教育が、総合的な生きる力を増したと実感しているのです。
by k-onkan | 2013-12-26 23:30 | 名誉団員・卒業生 | Comments(0)

挨拶をする子に育てよう

講習会の期間は、いつもより早く自宅を出るので、ふだん、垣間見ることがない小学生の登校風景と遭遇しました。私もかつてこの小学校に通っていたため、興味を持って観察すると、一つ、「時代が変わった」ということに気づきました。私が子供のころは、校門に、6年生が立って、「おはようございます」と声をかけたものです。声をかけられた子供も「おはようございます」と元気よく返すというのが、当たり前の風景でした。

e0143522_846417.jpgしかし、その日は先生らしき男性が一生懸命、生徒やとおりかかる人に「おはようございます」と声をかけても、ほとんどの子が無言でとおり過ぎるのです。中には、「おはようございます」と声を出す子供もいますが、低学年の子どもたちだけでした。

通りがかった私も挨拶をされたので、思わず「おはようございます」と返しましたが、通常は、「私は学校関係者ではない」という躊躇から声を出さない人もいるでしょう。

さて、木下先生の住む千葉の田舎で、早朝、散歩に出かけると、近隣の小学生や中学生が必ず、「おはようございます」と気持ちのよい声で、挨拶をしていきます。学校や地域に育てられている、教えられているという印象を受けます。

都会は、核家族で他人と関わる機会が減っていたり、危険なことが多かったりすることもあり、率先して他者と関わる機会が少ないのかもしれませんが、「挨拶をする」という当たり前のことができないと、社会に出てから困ることも出てくるかもしれません。

若いうちは「自分くらい挨拶しなくても」とか「そんな口うるさいことを言わなくても、人それぞれで、挨拶したい人だけすればいい」と考えがちですが、それが許されてしまうと、社会全体が、「挨拶をする、返事をする」という当たり前のことが、できなくなっていきます。

幼いころには、挨拶ができても、他の人が誰もしない環境の中で、自分から元気よく挨拶するのは、とても難しいものです。私も子供のころから、よく学校の先生に「挨拶の声が小さい」とか「はっきり挨拶をしなさい」と注意を受けたものです。そして、大人になって、はじめて、その真意がわかるからこそ、子供には、「声を出して挨拶や返事をしなさい」といい続けなければと再認識する朝の登校風景だったのでした。
by k-onkan | 2013-12-25 08:44 | しつけ | Comments(0)

言われた通りにするだけじゃダメ!

スピーチを上手に行うには、コツがあると言われます。それは、「間を聞かせること」です。間を聞かせるとは、句読点(、や。)を感じさせることなのです。「わたしのなまえはきのしたです」ではなく、「わたしのなまえは、きのした、です」と話すことで聞き手が受け止めやすくなり、考える間を与えます。

e0143522_172175.jpg木下式にもいろいろな用語の取り決めや言葉がけがあり、必ず、適切な「間」が存在しています。たとえば、「どろんこだーのド」ではなく「どろんこ・だーの・ド」と分節するのです。これは、年齢が幼い小さな子供が、理解したり、受け止めたりしやすくしているのです。

ただし、この間はただ空ければよいのではありません。「分節しなさい」と指導されたからと言われたとおりに、「どろんこ・だーの・ド」という先生と、「幼児に教えよう、伝えたい」と思ってこれをする先生では、幼児への伝わり方が違うのです。物事は意味を分からずに実践しても、最大限の効果は得られないということでしょう。

木下式の講習会では、必ず、検定試験を行い、幼稚園、保育園の先生の指導力を高めています。これは、音楽のプロでない幼稚園、保育園の先生が、指導力を身につけずに、実践することは、大きな弊害があるからです。このことを「厳しい」と捉えるか、未来ある子供に対する「責任」と感じるかは、人それぞれですが、木下式は、それが大人が幼児に向き合う責任であり、当然のことと考えているのです。
by k-onkan | 2013-12-24 23:07 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

木下式で重要なのは言葉!

木下式は、日本語の発音を大切にした音楽教育です。指導者が手本で示し、幼児に模倣させることで、日本語の50音を教えていきます。正しい音程で歌うためには、正確な母音を発音できる必要があるのです。大人であれば、「あいうえお」の発音訓練でも、必要があれば取り組みますが、年齢が低い幼児には、あまりに面白くない学習です。そこで、児たちが興味をもって、取り組むために用意されたのが、「音感かるたの説明」なのです。

e0143522_1254695.jpg「さぁ、しかさんが出てきましたよ。しかさんが目から涙を流して泣いていますね。お父さんか、お母さんにしかられたのかな。だからこのかるたは、しかられたのシといいます。じゃぁ、みんなでしかられたのシといおう」。童話的な説明から、「どろこんこだのド」「レスリングのレ」「みんなであそぼうのミ」「ファントマだのファ」「そらまでとぼうのソ」「らんぼうはやめようのラ」「しかられのシ」「なかよしさんのド」という8種類の意味づけ語(名称)を知らせ、幼児たちに正しい50音の発音を教えます。

このとき、大切なのが、教える先生の「話声位(わせいい)」です。これは、ふだん話す声の高さのことですが、最近、若い女性も、かなり低い声で話すようになりました。低い声で話すとは疲れないかもしれませんが、それは相手に対して暗いイメージを与えます。また、幼児にとって、低い声は、好ましい影響がありません。低い声で話しかけられた子供は、返答する声も低くなり、声域が広がらないのです。反対に、声の高い先生やお母さんに育てられた子供は、言葉に対して、耳を傾ける習慣が備わります。そのため、理解しよう、覚えよう、話を聴こうとする気持ちが強くなります。

私のところに、1歳8ヶ月の娘を通わせる卒業生がいます。三人姉妹の長女である母親は、子供のころから声が高く、合唱団では第一声部を担当していました。そのためでしょう。娘のIちゃんは1歳とは思えないほど、言葉が鮮明で、大人の話す言葉もよく理解します。
きくところによると、意図的に笑顔を見せるようになったのも、ママ、パパなど意味のある単語を話したのも、7~8ヶ月ごろからと、一般より、ずいぶん発達が早いのです。

幼児に何か教えるときは、聴覚、視覚、感覚など、多方面から、教える必要があります。そして、教える事柄は分かりやすいことが理想です。目で見るならはっきりとした色彩が幼児に好まれますし、耳で聞くなら、高くて受け止めやすいことが、幼児期には重要なのです。だからこそ、幼児を教える先生たちは、好きな高さの声で幼児に話しかけるのではなく、高めの話声位を心がけて欲しいのです。
by k-onkan | 2013-12-23 23:23 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

木下式は五感に訴えて教える

人間には、視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚という、五つの感覚があり、人それぞれ、優位に働く感覚が異なると言われています。視覚優位の人は話の道筋を聞いて絵を描くように話を思い浮かべるようです。聴覚優位の人には言葉でわかりやすく説明することが必要です。体感覚優位な人には臨場感たっぷりの会話が効果があります。これは、スピーチを学ぶと、必ず、教えられる基本のようです。

e0143522_216294.jpgさて、この話で思い出したことがあります。それは、木下式もまた多くの感覚に訴える教え方であることです。木下式は、音感かるたを使って、視覚から図柄を示しながら、言葉で説明を加え聴覚にも訴えます。そして、同時に、刺激度を駆使した模範唱や言葉の手本で体感させて真似をさせます。

それでも、子供の中には簡単には変化しない横綱級の調子っぱずれがいるものです。その際には、それぞれに、不足した能力を引き出すために、手を叩かせたり、腕を持って高く上げさせたりして、音の高低を感じさせて、正しい発声ができる道筋を教えていきます。こうして、複数の感覚に訴えかけて教える方法が確立されたのは、木下先生が、長年、子供に音感教育を実践してきた経験から、一つの感覚だけに訴えかけたのでは必ず、落ちこぼれる子どもが現れることを体験したからだろうと思います。

音感かるたは、3歳だった私に「しかられたのシだよ。覚えなさい」と教えた際に、「なんで、叱られたの?」「誰にしかれたの?」という説明攻めにあって、子供は図柄を見ただけでは納得しないのだ、子供を納得する説明が必要だと用語を取り決めて意味づけ語を考えたのです。

その後、かるたの図柄と、五線譜の色彩を合致させることで、幼い幼児に音符の読み書きを可能にさせようと考えたのだと思いますが、私は図柄の色と五線の色に関連性があることが感覚的に分かりましたが、私の弟は、そのことがどうしても理解できず、父はさらに、音符を書くためには、それを納得させる説明が必要であることを突き止めました。父の発見は、すべて、子供たちを教える中で、できない子供から学んだことでした。

今は、脳のことが深く理解されるようになり「発達障害」についても、いろいろと解明されるようになりました。しかし、当時は、「発達障害」などという言葉はなく、父は、いろいろなタイプの生徒を教えることで、メソードを確立してきたのです。

生徒の中には、今なら、「グレーゾーン」や「凸凹を持つ子」も大勢いたはずです。しかし、どんな状態の子供であっても、「なんとか正しい声で歌えるようにして音感能力をつけさせたい」と、その時々、臨機応変に正しい声を教える方法を見つけてきたから、聴覚と声帯の機能に支障さえなければ、木下式によって、どんな子どもでも能力を高めることができると言い切ることができるのです。

さて、明日から、木下式の三期講習会が行われます。若い教諭にとっては、なぜ、音感教育をしなければならないのか、不安も多いことでしょう。しかし、幼児が社会に出ていろいろなことを学ぶ前に、複数の感覚を伸ばしておくことが、後に効率よく学習する秘訣です。そのことが分かっているから、音楽が好きな子も嫌いな子も、生きる基本として、適時に音感教育を与えて欲しいとそう思うのです。
by k-onkan | 2013-12-22 23:15 | 木下式音感教育法 | Comments(0)