麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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言葉が理解できるように育てよう

数日前の報道番組「自閉症と震災」の感想をSNSに書いたところ、話し方教室でご一緒だったHさんからコメントをいただきました。「偶然、同じ番組を見ていました。すべて受け入れて尊重できるのはすごいと思っていましたが、尊重し過ぎるのも問題なのですね。難しいですね」。Hさんは4ヶ月の新米パパです。

e0143522_0131344.jpg私は、「赤ちゃんの子育てにも共通点があります。「赤ちゃんだから」と、ただ欲求を受け入れるのではなく、一人人間扱いをして、言葉をかけることで、赤ちゃんもご両親の気持ちを汲み取ろうとするようになっていきます。でも、静かに寝かせているだけだといつまでも意思の疎通ができるようにはならないので、自由に動き回るまでに身近な言葉の意味が理解できるように、言葉がけをしてください。また、体をマッサージしたり、手足の運動をしたり、いろいろな刺激を与えてください」とお返事しました。

「赤ちゃんでも言葉がけは大事なのですね。とりあえず泣いたらおっぱいあげたり、寝かしつけるのを優先してました。これからは意識して言葉がけをしようと思います!」とすぐに返信をいただきました。実は、Hさんだけでなく、若い親御さんは赤ちゃんに言葉をかけたり、赤ちゃんと意思の疎通をはかる必要性を知らないのかもしれない、と思う出来事があったのです。それは、今日の午後、友人と食事をしたときのことです。そこはホテルの敷地内にあるアジア料理のお店でとても優雅な雰囲気なのですが、それとは裏腹に、食事中、ずっと赤ちゃんの泣き声がホールに響き続けたのです。途中で気づいたのですが、レストランには3人の赤ちゃんが居ました。一人が泣くと、次の赤ちゃんが泣きだし、泣き止むと、また次の子と泣き声がリレーになり、食事が終わるまで泣き言が続いたのでした。

赤ちゃんは泣くのは仕事だからといって、泣かせっぱなしにしないで欲しいと思います。昔は、赤ちゃんを泣ききらせると、ひきつけを起こすからよくないと言われたものですが、これは、アルカリ血症といって体液の恒常性が崩れる危険性を心配しているのです。公共の場で、若い親御さんが赤ちゃんの泣き声をどうすることができないのは、扱いに慣れていないためであっても、泣き声は聞く方も、赤ちゃん本人もつらいことです。

私が見かけた親御さんは、赤ちゃんを抱いても、誰も泣き止ませることはできませんでした。その上、共通したことはみな無言で無表情な様子で赤ちゃんと接していたことです。これでは赤ちゃんが泣き止まないのも無理はないかもしれません。赤ちゃんは高い声と、口角が上がったにっこりした表情が好きです。そして、親御さんには、いっときも、早くわが子を泣き止ませる手法を見つけ、そのエキスパートになって欲しいと思います。たとえば、「ベロベロバー」と面白い顔をして見せて気分を変えさせる方法もありますし、昔ながらの方法で「いない、いない」と言って、顔を隠して、「バー」で顔を見せるのも、面白がって笑ったりします。

赤ちゃんが泣くと、「原因があるはず」と一生懸命に、探す人もいるでしょう。しかし、おむつでもなく、お腹でもなく、暑さでもなければ、赤ちゃんの気分を紛らわせるために、外の空気にあたったり、トントントンとやさしくリズムをつけて叩いて落ち着かせて、「泣かないでね~」「どうしたの~?」「ご飯はもうすぐ終わるから、それまで待っててね~」などと明るい声をかけて欲しいと思います。赤ちゃんは親御さんの声のトーンで落ち着くものです。そのとき、決して、怖い声や迷惑そうな低い声を出さないでください。声の種類によっては、泣き声をもっと大きくすることもありますから。

若い親御さんは、口を聞けない赤ちゃんに話しかけることを無駄なことと思う傾向があるようですが、乳児期に話しかけることが、脳のシナプスを発達させるきっかけとなり、幼児音の防止となります。「お母さんですよ」「おっぱいの時間よ」「おむつをかえようね」などの言葉がけを高めの声で積極的に行いましょう。お母さんが声をかけると、赤ちゃんはその方向に目を向けるはずです。これが聴覚や視覚への働きかけとなっていきます。

生後3~4ヶ月の乳幼児でも、オムツのときに、「オムツを換えるから足をあげて~」と、声をかけながら、毎回、オムツ交換をしていると、いつしか、お母さんがオムツに手をかけただけで自分から足をあげることが、習慣になります。つまり、赤ちゃんが親御さんがしようとしていることを理解して、協力した証拠です。こうしたいろいろな繰り返しが、意思の疎通、言葉の理解へとつながっていくのです。赤ちゃんだから、分からないのではなく、親御さんの言葉を理解できる赤ちゃんに育てることが大事だと思うのです。
by k-onkan | 2014-03-31 23:11 | 乳児 | Comments(0)

本当はわかるはずなのに

「報道特集」で、「震災と自閉症」というドキュメンタリーが放映されました。震災が起きて3年。それまで育てやすかった自閉症の青年が、震災後のパニックに苦しみ、いかに親御さんが苦労しているかという内容でした。パニックを起こして迷惑をかける息子のために、避難所にも入らず、電気もガスも寒い自宅で過ごし、被災者の中でも自閉症の人は、「弱者の中の弱者」として支援や理解が必要という内容のようでした。

e0143522_10361342.jpgこの青年は、震災1年後にパニックになり、乱暴になったり、物を壊すようになったそうですが、もし、わが子のコントロールがきかなくなり荒れ狂ったら、とりあえず、体当たりで抱きしめてその子の怒りや苦しみに声をかけ、一緒に泣いて苦しむのが、私の知る母親像です。しかし、このお母さんは「わが子を理解したい」と言いながら、わが子に踏み込まない様子が、私にはなんともいえない違和感がありました。

青年の姿に、私は自分が高校生のころの反抗期を思い出しました。自分の感情がコントロールできず、泣いたり、物を投げたり…。「親になんか、私の気持ちが分からない」と悪態をついても、母は動じず、私より小さい体で本気でぶつかってきたものでした。

すると、口では悪態をついて興奮していても気持ちが落ち着き、反省したりもしたものです。「それは定型発達の人だから当たり前。自閉症の人にはどんな言葉をかけても理解できない」いうなら、それは、とてつもない過小評価だと思います。言葉をうまく操れなくても、彼らに理解できることはたくさんあると思うからです。

実は、私がこの番組で、一番、違和感があったのは、青年のお母さんが、「震災の前は素直で育てやすい子だった」と言ったことでした。なぜなら、それは育てやすかったのではなく、親の言いなりだったことをあらわしているからです。青年はお母さんの援助で、日々の生活に何の疑問もなく、毎日、同じ事を繰り返すことができていたはずです。「自閉症の人は生きているだけですばらしい。それ以外に求めてはいけない」という趣旨の発言も番組の中に出てきました。

そんな中で突然の大震災が起きたのです。誰も何が起きたのか、これからどうなるのかの説明もありません。さぞ、不安になったことでしょう。あの震災は私たち定型発達の大人でさえ、どうなるか分からない不安に鬱のような症状が出るほどだったのですから、自閉症の人や幼い子供なら、なおさら、不安だったはずです。当時、1歳だった甥Kも地震で大きく揺れるたびに恐怖を感じて泣いたものです。その都度、妹は「怖いね。でも大丈夫よ。お母さんが絶対に守るからね」。言葉を話さない1歳にも、親の気持ちを伝えると、不安が和らぐのです。言葉を話さなくても、言葉がけの口調やスキンシップで伝えられることも多くあります。もし、震災以前に、この青年が、ただ、日々暮らすだけでなく、いろいろな説明を受ける生活をしていたら、そこまで苦しくなることはなかったはずです。

もう一つ、感じた問題は「自閉症の人のこだわり」を強調し過ぎていたことです。自閉症の特性である「こだわり」は理解できますが、周囲がそれを尊重して受け入れることで、それが増長させていたように見えました。たとえば、本人が「こだわり」があるからと、周囲がそれにあわせ、暴力を振るう、人のジャケットのボタンについてまで口を出すことを許すことが、果たして、彼らの幸せにつながるのだろうか。

楽院にも、「自閉症の一種」と診断された生徒が、これまでに何人かいましたが、この青年と同じ境遇になっても、どの子も、彼のように荒れたり、乱暴によって心を表現することはないと確信できます。なぜなら、話して聞かせれば、道理が分かるように育ててきたからです。

こう書くと楽院で育った生徒が軽かったのだと思われるかもしれませんが、4歳のころのYくんは、「新しい洋服・靴を身に付けたがらない」「同じ道を通りたがり、違う道を通ろうとすると怒る」「道を引き返したり、曲がろうとすると怒る」「パンをちぎる、魚をほぐす等、食べ物の形が変わるとパニックになる」「音楽を止めたり、テレビのチャンネルを変えたり、消したりすると怒る」「おもちゃを動かしたり、片付けたりすると怒る」など、たくさんのこだわりがありました。しかし、さまざまな体験を積み、いろいろなことを受け入れる中で、「こだわり」にこだわらない時間も持てるようになってきました。

楽院に通い始めて、1年後には、4泊5日のお泊りで、何でも美味しく食べる子に成長していましたし、音楽会で制服を着せても泣いたり怒ったりはしませんでした。なぜなら、社会には、自分のこだわりと相容れないことや自分が嫌いなことも存在すると体験の中で身につけていったからです。

最初は、「感情を共有できない」と案じたお母さんも、「特性から生じる問題行動でも、わかるように、いけない事だと伝えると、改善できると思えるようになったと、当時を振り返ります。これは、「こだわり」を「いけないこと」と教えたのではなく、自分のこだわりを追及するあまり、人をたたく、危ないことをする、迷惑をかけるなどの行動は「いけないこと」と教えられるようになったのです。楽院に入学したころは、この番組のお母さんのように、わが子のすることに「自閉症の特性だから」とすべてを受け入れて、クタクタでした。しかし、自閉症の特性を理解した上で、「それでも社会に受け入れられないことをしたら、受け入れられないことを教えても大丈夫なのだ」と、お母さん自身が思えたから、少しずつ子供なりに、社会で暮らすための理解ができたのでしょう。

最近、テレビや雑誌など、いろいろな場所で「自閉症」「発達障害」という文字を見かけます。しかし、それは彼らが弱い存在で、特性も含めて、社会が受け入れて、ただ保護すべき、ということばかりが強調されます。しかし、彼らは、本当は私たちと同じ、もしくは、それ以上の力を発揮できる可能性を持っていると社会に知らせる報道があってもいいのに、と思う番組だったのでした。
by k-onkan | 2014-03-30 10:35 | 発達障害 | Comments(0)

出張、赤ちゃん体操!?

今日は、同じマンションに住む従弟のところに行って、3ヶ月になるNくんに「赤ちゃん体操」を教えてみました。数日前、「うつぶせはしたことがない」と聞いたので、「早いうちにさせなければ、と思ったのです。うつぶせができないと、いつまでも腹這いや高這いができませんが、感覚を鍛え脳の発達を促すためには、ハイハイがとても有効なのです。

e0143522_082624.jpg最近は、住宅事情のためかハイハイを十分にしないうちに、つかまり立ちをしてしまうお子さんがたくさんいるようです。また、お母さんの中には、「ハイハイをせずに、歩いた」ことを飛び級のように誇らしげに思う方もありますが、実は十分にハイハイをせずに、成長したお子さんの身体機能は、とてもぎこちないと感じます。たとえば、音楽に合わせて行進をさせたときに、背中が曲がったり、右手右足が一緒に出たり、行進のフォームもひじや背が曲がり、とても不恰好になります。そこで、赤ちゃんのころに、十分、ハイハイができるよう、事前に、手足の運動やうつぶせの時間が必要なのです。

瑠音先生が甥たちにやっていた体操を、私も見よう見まねでNちゃんにやってみました。毎日、出合う甥兄弟とは違って従弟の子なので、「嫌がって泣いたら、どうしよう」とドキドキしましたが、Nちゃんはよその人に気を使うタイプらしく、とてもいい子にしていました。まず、私の親指を握らせて、ひじの曲げ伸ばし。次は、足の屈伸です。足の裏に少し負荷をかけると、一生懸命、伸ばそうと力を入れます。その後は、座布団の上に赤ちゃんをあおむけに寝かせ、左右にゆっくりと揺する運動をしました。そして、ついに「うつぶせ」です。Nちゃんは、一生懸命、首を上げて、お母さんを見ようとします。また、思ったほどうつぶせを嫌がりませんでした。これを毎日、何回かさせていけば、腹ばいもすぐにできるようになります。

一つだけ、私が反省したことがありました。それは、音感の授業をするような高い話声位で話さなかったことです。乳幼児が鋭く反応する声は、少し高めで緊張感のある声、つまり若い女の人の声です。これは「Motherese(母親語)」と呼ばれ、世界共通の現象であることがわかっているのですが、レッスンをする私を知らない親戚の前で「音感モード」にはなれず、ふだんの低い声で、相手をしてしまいました。甥たち兄弟がいたら、高い声で、「Nちゃんにプレゼントだよ。本だよ。Kちゃんが開けてあげるから」とよく話すので、赤ちゃんも笑顔を見せるのですが、私の声には反応が少ないのです。やはり、赤ちゃんと関わるときは、決まりごとを守らなければと反省しました。

次は、甥たちが生後2~3ヶ月のときに行なっていたフラッシュカードをしようと思っています。これは物の名前を教える目的もありますが、同時に、瞬間的に出されるカードの絵を目で追うことで、目の焦点を合わせる機能訓練にもなるのです。
by k-onkan | 2014-03-29 23:06 | 乳児 | Comments(0)

ずるくなるのも成長の証!

すっかり春らしいお花見日和になり、私は甥たち二人を連れて新宿御苑へ出かけてきました。まず、地下鉄の駅で待ち合わせです。4年生のYならば迷子になっても自力で問題を解決できますが、4歳のKを連れているのでホームまで迎えにいきました。

e0143522_133414.jpgすると、いきなりKの「遅いじゃない」のダメだしです。遅れたわけではありません。電車が到着したときにホームで待っていなかっただけなのです。大人だって魔法使いではないのです。子供には、いつも自分の思い通りにいくとは限らないこと、を教えるのも社会勉強だと感じます。

Kは数日前の幼稚園の遠足で、昭和記念公園を6キロ歩いてきました。先生やお友達の前では、だれよりも張り切って頑張ったそうです。入園して初めての遠足では最初から最期まで泣き通しで、帰りは抱っこされて戻ってきたことを思えば、1年間で大きな進歩です。

これは木下家の血筋かもしれませんがKはとても外面が良いところがあります。そのため、お友達や先生の姿が見えなくなり、瑠音先生と二人になったとたん、「つかれた~。もう歩けない」と泣き言を言い出しました。抱っこはできないので、なだめながら、励ましながら、歩いて帰ってきたのです。

家族には特に遠慮ないわがままもののKは、気づくと、「にぃに。疲れちゃった」と弱った声を出して甘えるのです。その上、兄甥も頼りにされていることが、嬉しいのか気づくと、抱っこしたり、肩車をしています。私たち姉妹と同じ年齢差の甥兄弟の姿は、自分の子供のころに重なります。私も年の離れた妹の世話をやくのが好きで、やり過ぎと叱られながら、手を出し続けてしまいました。その反省もあります。

「Kちゃんのためにならないから、おろしなさい。今、世話をし過ぎると、大人になっても、ずっと面倒を見続けなければならないのよ。Yに責任が回ってくるわよ」。すると、Yは「いいよ」といいます。弟の世話をする優しい兄という役柄は、中々、気持ちがいいもので、やめるのは難しいのです。しかし、私も自分自身の反省があるので、少し厳しい声で「本当にやめておきなさい」。そして、弟甥には「幼稚園でクラス1番のがんばりやさん、なんでしょ?歩きなさい」と言い渡しました。

それでも、気がつくと。兄に取り入るのを見つけたので最期の手段です。「Y、そこの花壇のところにね。Kちゃんを置いて行こう。置いておけば、だれかが「あ、可愛い子供が落ちている」と言って、もらってくれるかもしれないでしょ?」

この話を聞いたKはびっくりした顔で、「抱っこ」と言わなくなりました。ずいぶん、歩いたとは思いますが、昭和記念公園の6キロに比べたらたいしたことはありません。それでも、「もう歩けないよ」「にぃに。抱っこして~」と甘え声を出せるのが子供です。

子供にはいろいろな顔があるのです。幼稚園で、先生や友達の前で格好つける姿もあれば、「にぃに。Kちゃん、もうだめ~」と甘えることもあります。そのどちらも、本当の性質です。そのどちらも知った上で、甘えさせていいとき、いけないときを、大人は見極めなければなりません。「だます」ということ言葉が悪いですが、子供の言葉にだまされてはいけません。子供は成長して、賢くなればなるほど、ずるいことにも頭を使えるようになっていくのです。それもまた成長の証なのです。
by k-onkan | 2014-03-28 13:01 | 幼児 | Comments(0)

子供は真実が好き。傷つくのは大人!?

今日は、体験授業がありました。一人はブログやネットで、木下式を知った方の息子さんで1年生のAくん。もう一人は、他のお教室に通う友達が、「楽院に通うようになってとても変わった」という理由から体験を受けた年長のBくんです。

e0143522_11395159.jpgAくんは、何を聞いてもきちんと「~です」と敬語で答え、挨拶や受け答えを見ても、ご両親が家庭教育をきちんとされて、好感が持てるお子さんでした。音感かるたの説明は、口を開けて、高い声を出す習慣がありませんでしたが、指導に誠実にこたえ、少しずつ、高い声が出せるようになっていきました。また、読譜の課題は、音符を指差し、一つひとつ、先に進みながら声を出しますが、とても慎重に取り組み、真面目なお子さんであることが分かりました。

あえて、心配なことがあるなら、指導者の言葉に耳を傾けるあまり、リズムに乗り遅れることが何度かあったことです。学校でも、お友達の様子を見ながら、なるべく、間違えないようにと気をつけて行動しているだろうと思います。慎重なのは長所ですが、同時に、「自分から行動できない」「行動が遅い」という評価にもつながるかもしれません。また、声は自信を表すバロメーターであるため、大きな声が出せないお子さんは、自分を正しく主張できないこともあるようです。

子供の世界で遠慮がちなお子さんは、友達と対等につきあえなかったりします。私が、「子供のうちに、だれでも一つ、自信が持てる何かを見つけて伸ばし、子どもの世界で一目おかれるようにしなければ」と思う理由はここにあります。その第一歩は、誰もが持つ自分の「声」を磨き、適切な自己主張をできるようにすること、そして、親御さんから放れても、自分の考えを自分で言えることにあります。それが自立への一歩だと思うからです。

二人目のBくんは、男の子らしいいたずらをする可愛い少年でした。体験授業の間も、「先生が小さい声を出したら小さい声を出してね」と説明した矢先に、わざと、反対の声を出して、私を試す様子が見られました。一度目は、「小さい声のときは小さい声よ」と注意しましたが、私がさほど怒らないことが分かると、何度も繰り返します。

親御さんだったら、ここで「いい加減にしなさい」と怒るところですが、私は、「あれ?もしかして、耳が悪くて聞こえないの? 先生のところにはよく効く注射があるけれど、してみる?」と少しふざけた口調で、しかし、真剣に言いました。すると、「いやだ」と慌てて真似を始めました。その様子が可愛いのです。

「子供を脅かすなんてひどい」と思われるかもしれませんが、子供のいたずら心が、大人からどんな評価を引き出すのか、本当のことを教える必要があります。また、実際に、声域が狭いお子さんの中には耳が悪くて声が真似できない子供もいます。かわいそうと、欠点を見ないふりをする内に手遅れになった例もあるのです。

Bくんは大きな声を出そうとすると高齢の男性のように低いかすれた声を出します。お腹のそこから声を出す習慣がありません。これも「欠点を指摘したら、かわいそう」ではなく、「そんなに低い声を出すと100歳みたいよ」と声をかけ、息を吸って呼気を出すことと、自分の声を耳でよく聴くことを教えます。すると、少しずつですが声域は広がります。

こういう言葉も、今なら「高齢者に失礼だ」とお叱りを受けるかもしれませんが、声は元気のバロメーターです。90歳を過ぎても現役の声楽家として活躍される女性がいますが、その方は「失礼だ」とは思わず、「そう。高齢になると声が低くなるのよ。でも、私は違うわ。鍛えていますから」と言われることでしょう。高齢だから声が出ないのではありません。気力を失うことで、声は低くなっていくのです。そして、それは幼児も同じことなのです。自分の声を使いきれない子供にどんなよい教育を与えても、積極的には発表したり、自分には自信を持てないことを忘れてはいけない、と感じるのです。

Bくんは、何かに取り組むたびに、「あら、ちゃんとできるんじゃない。いい子じゃない…」と抑揚をつけて褒める私の期待を裏切らないようにと、まじめで格好いい自分を見せるようになっていきました。子供でも褒めたり、認めたりする人の期待にこたえいと思いますし、反対に、否定する相手なら、たとえ初対面でも悪態をつくこともあるのです。

私は、実は、子供とのつきあいが一番、怖く、また、誠実につきあわなければと感じています。なぜなら、「自分と真剣に関わっている相手か」「ただ、時間つぶしなのか」を誰より的確に判断できるのは、大人ではなく、子供であり、うそやきれいごとが通用しないからです。

さて、男の子らしく可愛いBくんですが、これから大人が気をつけなければならないことがあります。それは、環境によって良くも悪くもなるBくんは良い先生に出会えば、良い面が引き出されるでしょうし、嫌いだと思ったら悪い態度になるでしょう。周囲に振り回される特徴を持つ子の親御さんは、「環境が大事」=「受検でもして良い学校に」と考えるものですが、実はもっと大事なことがあるのです。

それはどこの場所にいても、自分の判断によって善悪を考えられるための家庭教育です。「勉強はふざけない」「習い事は、一生懸命、取り組む」「お友達の態度に関係なく、自分の責任は果たす」など、家庭にルールをつくり、それを守れれば、環境や友達に流されることなく、学校生活を送れるはずです。

体験にこられたお子さんは、タイプは異なっても、二人とも「男の子」という共通点があります。どんなおだやかな性格のお子さんでも、男の子は内心「自分が一番になりたい」という願望を持っています。女の子のように、「まわりと同じ」で賢く立ち回ったりもしません。そこで、男の子を持つ親御さんは、わが子の良き理解者として、わが子に不足している能力を見極め、一番になれる手助けをすることが重要であると感じます。将来、お母さん以外の人に魅力を認めてもらうためにも。
by k-onkan | 2014-03-27 23:27 | 教育 | Comments(0)

講習会が終わって・・・

新人の幼稚園、保育園の先生たちも、3日間、東京で講習会を受けると、美しい声になります。最初は学生のようだったのに、少しずつ指導者らしい態度になるのです。これは、音感かるたの指導法を学ぶことが言語訓練となって、意欲のある話し方、キビキビとした態度が備わってくるからです。

e0143522_1243210.jpg新人でも、ベテランでも、4月になったら幼児から「先生」と呼ばれます。ぜひ、頼りがいのある先生になってほしいと思います。そして、万一、自信が持てないことがあるなら、園児の前に出る前に練習する努力をしてほしいと思います。それでも、分からないことがあったら積極的に先輩の先生にたずねる姿勢も大事です。

物を教える上での鉄則は、「自分ができることを教えること」です。つまり、自分ができないことはどんなに熱心でも、本当の意味では教えられません。よく、自分ができないことを、わが子にだけ「さぁ、やりなさい」「頑張って」「そんなやり方ではいけない」と監督するお母さんを見かけます。しかし、これは、一番、してはいけないことです。もし、本当にわが子にその能力を身につけさせたいなら、親御さんも一緒に、努力する姿を見せるしかありません。

全国の幼稚園、保育園の先生たちは、年3回、東京まで講習会を受けに来て、勉強しているのは、木下式に出合う幼児たちが正しく木下式を学べるためであり、伝達講習では十分な効果が出ないからです。そして、一生懸命、頑張る先生のクラスからは、一生懸命、頑張る園児たちが誕生し、先生の努力に答えてくれるはずです。
by k-onkan | 2014-03-26 01:23 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

可愛がるから可愛くなる

数日前のことです。4歳の甥に「Kちゃん、だーいすき!」と声をかけると、「分かっているよ」との答えが返ってきました。「どうして、分かるの?」というと「だって、いつも、だーいすきって言っているじゃない」というのです。

e0143522_15251716.jpg「純子先生は?大好きって言わないでしょ?」「でも、純子先生もKちゃんのことが大好きだよ。だって、Kちゃんにいろいろなものを作らせてくれるもん」。職員室にあるダンボールや雑紙で工作をさせてくれる純子先生は、甥たちにとって、親族のわずらわしさがない優しい存在です。

「じゃぁ、バアバは?」。まゆみ先生は、私や木下先生のように抱っこをしたり、しつこくするような可愛がり方はしません。「バァバは、快ちゃんのこと大好きって言わないし、抱っこもそんなにしないでしょ?Kちゃんのこと好きかな?」と聞くと、「バァバもKちゃんが大好きだよ。だって、毎日、ピアノをやらせて難しい曲を弾けるようにしてくれるもん」。たとえ、それが、面倒なピアノの練習であっても、自分のために時間をかけてくれることが、愛情表現だと感じているようです。

これでは、いつも「Kちゃん、だーいすき。抱っこしよう」と口にしっている私がばかみたいです。「もし、Kちゃんに、大好きって言わなかったら、好きじゃなくなるの?」「それでも、麻奈先生は、Kちゃんが好きだよ。だって、音感でみんなが上手になるように教えてくれるじゃない・・・?」。

言葉が拙い4歳の子どもでも、自分が誰に愛され、可愛がられているかを感じています。今でこそ、こんな風に言うKですが、ワカランチンで赤ちゃんだった1歳のころは、私はKが苦手でした。その分、「可愛い、可愛い」「大好き、大好き」と口にしてきました。すると、お互いに大好きな気がしてくれるのですから不思議です。

世の中には、お腹を痛めたわが子であっても、気持ちが伝わらず、切ない思いをしているお母さんもいるかもしれません。それでも、「可愛い、可愛い」といい続けることで、子どもは可愛くなっていくものです。反対に「どうして、こんなに自分の気持ちが伝わらないのか?」と悩み、「可愛くない子ね」と口にすると、それが子どもに伝わって、益々、心が通じあわなくなってしまいます。お母さんがつらいと感じるとき、たぶん、子どももつらいと感じていると思います。愛情を態度で示すのが難しいなら、言葉に出して言ってみるのも、一つの方法かもしれません。
by k-onkan | 2014-03-25 23:23 | 子育て | Comments(0)

子供が納得する説明を!!

講習会の二日目になると、新人の先生たちも少しずつ慣れ、私たちの言葉に反応するようになっていきます。そのため、私もよそ行きの対応から年中児なみの対応になるのです。それは、実践の方法が悪いときは、「そのやり方では子供は理解できませんよ」と、本当のことを指摘できるようになることです。

e0143522_21265290.jpg私たちが、講習会で教えるのはそれぞれの課題の段階的な教え方です。たとえば、「ドレミはみんなの仲良しさん」の歌唱はどのタイミングで音名を知らせ、どこで歌詞「どろんこだ」を先導するのが効果的かなどを教えます。しかし、一番、難しいのは、取り決められていないことなのです。それは、それぞれのクラスの子供にあった言葉がけを、個々人が考えることです。

木下式では、「ドレミはみんなの仲良しさん」を歌った後に、必ず、一つずつメロディーを歌いなおして矯正することになっています。このとき、幼児に、これから、何をするかを事前に説明します。「みんな頑張って歌いましたね。でも、もっと上手になるように、歌いなおしをしましょう。先生が歌いますから、先生が強く歌ったら強く、優しい声のときは優しく、真似をしましょう。聴いてください」などなどです。

こうした言葉がけも例として教えてはいますが、毎回、同じではありがたくありません。また、指導する先生が、その時々、臨機応変に、幼児の様子を見ながら声をかけることが、子どもの心をひきつけます。初めての事柄には詳しく、何度も経験していることならいつまでもクドクドと説明するのは子供が飽きるので逆効果です。木下式は、何かをする前に、必ず、説明するように作られているのです。これは訓練に取り組む幼児が、不安な気持ちのまま、取り組まないための配慮でもあります。

最近、わが子にいろいろな説明ができない親御さんが増えましたが、たとえば、初めて、検診に出かける際には、「今日は、これからお医者さんのところへいくからね。何も心配はないから、大丈夫よ」と声をかけておけば、子供も「何かいつもと違うことが起きているのかも」と心の準備もできるはずです。

実は、木下式の配慮は子育て上手の秘訣でもあります。新しい事柄には、きちんと言葉で説明しておくことです。私の父方の親戚は先祖代々、「これはこういう理由でしなければならないこと」などと詳しい説明がありました。男ばかりの六人兄弟を育てるためには常に説教をしないと、親は頭を下げる機会が多かったのかもしれません。反して、母方の親戚で、私が小さい子にいろいろなことを説明すると、「そんなにしつこく言わなくても」と思われることもありました。女の子が多い母方では、様子を見て、親の言うことを聞いたりしたのでしょう。

最近、親御さんを素直に受け入れて育った女性が母になり、子育てに悩む様子に遭遇することが増えました。それは、親御さん自身が、自分の親の言葉に従ってよい結果を出しているのに、わが子は、自分の言うことをきかず、どう説得したらよいか分からないといいます。中には素直でないわが子に対して、「ひどい子どもを授かった」と思ってしまうお母さんもいるようです。しかし、子供というのは、言うことをきかないのが、当たり前です。子供は、親御さんの言葉を素直に従うだけでなく、きちんと自我を持っているのです。

子供のころ、母の言葉を素直にきかないタイプだった私は、母が苦労して、私たちを育てた様子から、学ぶことが多くありました。それは、子供がしそうなことや、考えそうなことがよく分かるのです。だからこそ、幼児期は事前に説明したり、本当のことを伝えることがいかに大切かを知っています。

一見、大人の言葉に素直に従う優等生のような子どもが、実は、心の中ではまったく別のことを考えていることもあります。大事なのは、大人が好むよい子のふりをさせることではなく、子供が自分で考えて、善悪を判断したり、自分が親になったときに、子供を理解できるように、なることではないかと思うのです。
by k-onkan | 2014-03-24 23:24 | 子育て | Comments(0)

子供に教える前に大人!

今日から、木下式を実践する幼稚園、保育園の先生が東京に集まり、三期講習会が開催されています。今年は70有余名の参加者のうち、30名が新人ということもあり、どこまで、木下式の理論体系を理解させられるか不安もあります。なぜなら、二十五年、新卒の先生をお預かりしていますが、残念ながら、毎年、少しずつ、社会人としては幼くなると感じています。これは、この二十数年の教育が、若者に反映された結果であり、彼らに責任はないかもしれません。しかし、平等教育によって競争をさせない。順位付けもない、劣等感を抱かないよう、欠点も指摘しない、など等、私たちの世代には想像がつかない教育を受けていることだけは、確かです。

e0143522_1442651.jpg彼らは、おそらく、親御さんからも、先生からも叱られたり、強制されたりしないまま、大人になって社会に出てきたのでしょう。そう考えると不憫で、優しく噛んで言い含める語調で教えています。大人といっても、3歳のお子さんが初めて、体験に来たときと同じような様子かもしれません。

新人の先生は音楽に興味がなければ、「なぜ、幼稚園、保育園で音感教育を行なうのか?」と疑問に思われるかもしれません。しかし、この教育を幼児期に行なうことで、園児、一人ひとりの未熟な点を就学前に改善することにつながるのです。最初は、訓練に伴う「指先を伸ばす、先生の目を見る、話を聞く」などのルールを負担に感じても、歌が歌えるようになると、楽しいと思えるようになっていくのです。

幼児が楽しんで保育を受けるためには、実践する先生が、学び、教えなければなりません。音楽が苦手でもいいのです。しかし、園児の前に立つ前に、自分が教えることは、自信を持ってできるように、隠れた努力が必要であり、そのために、講習会で勉強をします。

先日、体験授業を受けた2年生のTくんのお母様から、感想をいただきました。「レッスンの一つ一つが、発達障害の子にも効果がある課題であり、木下式は洗練された教育法なのだと実感しました」と記されていました。Tくんは、発達障害と診断されていますが、普通級に通う記憶力のよいお子さんでした。ただし、木下式には、彼がこれまでの人生で体験したことがない課題がたくさんあったようです。

一つはアイウエオの口型を意識して「音感かるた」の意味づけを言うこと、二つめは、指導者のお手本の刺激に合わせて、優しい声には優しい声、強い声に対しては強い声でかえすこと、その際、相手の様子に合わせること。三つめは、音楽の指示に合わせて、体を自在に動かすこと、最期にどんな課題も、手や指先、口先まで、自分が意識して最期の最期までやり遂げることなどです。

こうしたことは、音楽の訓練に関わらず、長い人生で、誰でもできる方がよいことです。但し、一朝一夕でできるようになることでもありません。幼稚園、保育園で3年という長い歳月をかけて、実践するから、誰でもできるようになるのです。

片道2時間かけて、楽院までやってきたTくんは45分の授業が終わったときに床に倒れこんで「あー、疲れた。頭ががんがんする。でも気持ちよかった。またやりたい」と口にしていました。そのため、「帰りの電車は疲れてお母さんを困らせたのでは」と心配していました。

「帰りを心配していただきましたが、不思議とぐずぐず言う事もありませんでした。行きの電車の中では、座っていても姿勢が崩れてダラダラしていたり、不安な様子も見せましたが、帰りは「疲れた」とも言わず、最期まで電車で帰ってきました。家に帰ってからもすっきりした状態が続き、私はお小言をいう回数が減ったように思います。授業を受けて、乱雑に置かれた紙類をトントンと整えられたような感じとでもいうのでしょうか。

家では、『僕の歌ったあとにハイ!と言ったら歌ってね』と、まったく違う歌詞でしたが、先生の真似をしていました。よっぽど印象的だったのでしょう。息子がこれまで体験したことや学んだことも、どこでどう使うのか、タイミングがわからないようなところがありましたが、授業を受けて、少し何かがわかったのかもしれません。そんな意味でも木下式は潜在能力に働きかけているのかなと思いました。もっと弱音を吐くかと思った息子ですが、上手に出来なくても最後までやりとげられたことは、他と比べようのない成功体験でした。ありがとうございました」

私はTくんの発達のお手伝いを木下式の連合学習を通して挑戦することにしました。小学2年で片道2時間かかることから、従来のクラスに参加させることは不可能ですが、音感の訓練で見つけた苦手な点をお母さんが家庭で改善できる課題にして、実践していただこうと思っています。一緒に生活するお母さんの意識が変わることで、子供の生活によい影響があると思うのです。

木下式は、大勢の方から、「すばらしい教育だ」とお褒めの言葉をいただいています。しかし、この教育を受けてくださる人がなければ意味がありません。木下式に意義を感じる方があれば、どなたでも喜んで指導したいと思うのです。たとえ、目的が音感能力や歌唱力でなく、子供が人生を生き易くするためでも。
by k-onkan | 2014-03-23 01:43 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

子どもに「打たれ強さ」を教えよう!

最近、楽院は小学生になったお子さんの親御さんからの問い合わせが増えています。その理由は、「子どもが言うことをきかないから」のようです。幼児期は、お母さんが上手に、わが子を応援して頑張らせれば、比較的よい結果が出せるものです。それでも、少しずつ、少しずつ、お母さんより、友達の言葉や自分の希望を優先させるようになっていくものです。そのため、一般で「親の言うことをきかなくなる」とされる10歳までに、人としての誠実さや規範、責任感、感謝は教えておかなければと感じます。

e0143522_9231383.jpg万が一、幼児期にして、すでに親御さんが言うことをきかせれられない、としたら、これまでの親子関係を見直す必要を感じます。たとえば、「幼稚園に通う」「小学校受験をする」「お稽古事に通う」など、親御さんは、わが子を思って手助けをしていても、子供がそれを理解していないと思うからです。

子どもには、何かさせる際には、「なぜ、お母さんがお子さんにさせたいか」をきちんと言葉で伝える必要があります。「みんなもしているのだから、するのが当たり前」とか「お母さんのいうことに従っていればいいのよ」ではなく、「お友達と仲良く出来る人になってほしい」「いろいろな人に出会ってほしい」「歌が上手になってほしい」「お母さんは、水泳が苦手だったから、あなたには、泳げるようになって欲しい」など、なんでもいいのです。親御さんからの言葉に納得できれば、子どもは頑張れるのですから。

また、子どもが頑張っていると感じたら―たとえ、大人には簡単なことでも―、その変化を認め褒めるなどして、お母さんが見ていることをアピールすることも必要です。お母さんが自分を気にしてくれるから、子どもは頑張るのです。ただ、「お母さんの言うとおりにする人形」のように、物事に取り組ませていたら、子どもは何にも喜びを感じなくなります。

楽院に通う子どもたちが、小学校に入ってから評価されることに、「決められたことをする」「大人の言うことを素直に聞く」「最後まで責任を果たす」「人に優しくする」などがあります。これは、幼児期に、「お母さん、お父さんがお稽古に通わせる理由」をきちんと知らせ、レッスンやピアノの練習が苦手でも、楽院に通う限り、やるべきことをやらないと、音楽会に出られないことを理解しているからです。

また、最初は、「お母さんの希望」でお稽古に通いはじめた子どもでも、音楽会で成功する喜びを体験すると、「お母さんの希望」ではなく、「自分の達成感や成功感」となって、少しずつ努力を覚えます。もちろん、音楽会は、いつもうまくいくとは限りませんが、失敗して恥をかくことで、「次はもっと努力しよう」と反省することもあります。

いま、教育現場では「成功体験が大事」「自己肯定感」が大事と言われますが、子どもに感謝や責任を教えずに、生半可な成功体験や自己肯定感だけ与えると、誰のいうこともきかない生意気な小学生が育ってしまいます。感謝や責任、素直さ、など、勉強とは関係ないことに一番、大事なことが隠されているのかもしれません。

成功体験も大事です。自己肯定感も育てましょう。しかし、10歳までに、「失敗する経験」をして、そこから自分で立ち直る「打たれ強さ」、失敗しないようにする努力する解決力、絶望を感じてからの立ち直り方こそ、教えておかなければ、何かあったら、全てを投げ出してしまう弱い人間やずるい人間を育ててしまいます。

楽院は長年、「厳しい教室」と言われてきました。それは、成功体験よりも失敗する経験や叱られる経験が多いからですが、卒業した教え子が一番、感謝することもまた、「一般の人より、打たれ強いこと」「簡単には投げ出さないこと」でもあるのです。
by k-onkan | 2014-03-22 23:21 | 教育 | Comments(0)