麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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いつも自立を考えよう!!

合宿最終日のマラソン大会は、予定通り総班長のY子ちゃんが優勝を飾りました。2位は5年生のY。3位は体育班長で4年生のSくん。トップが入れ替わったこと、初参加の1年生Kくんが6位に入ったこと以外は、昨年とほぼ同じ順位でした。折り返し地点までは、3人はほぼ同時に入ってきたそうです。しかし、タイムの差はその後に出たようです。ゴールの白線を切った瞬間、Y子ちゃんは文字通り、飛び上がって喜んでいました。

e0143522_8525983.jpg1年生の女子は、はじめて、3キロマラソンを走ると、最下位に加わるのは毎年、恒例のことです。1.5キロから3キロへと距離が長くなると、最後まで走るだけで、たいへんなのです。ですが、それぞれが、「去年よりよいタイムを出す」「全力で頑張る」など自分の目標を遂げたマラソン大会であったと思います。

総班長のY子ちゃんには、3人の従兄、G兄弟がいます。彼らも楽院に通ってきましたが音楽能力も素晴らしかったのですが、スポーツも勉強も本当にバランスよくできました。なにより、生活面で自立していたことが、彼らが優秀だった最大の理由です。実は、瑠音先生が男の子の母親になったとき、目標にしたのが、このG家のお母さんの子育てでした。

長年、大勢のお子さんを拝見していますが、男の子を上手に育てるというのは、本当に難しいことです。幼い頃の男の子は、本当に繊細でかわいく、女性もなかなか、厳しくはできないからです。ですが、小さいうちに男の子を甘やかし放題したら、小学生になってから、いくら厳しくしても、残念ながら手遅れであると感じます。「三つ子の魂、百まで」と言いますが、幼児期に習慣にしたことは、簡単には改善できません。やはり、小さくて可愛い頃から過剰に手を出しすぎ、年齢相応に自立させることが、一番、大事だと感じます。

三兄弟のお母さんが、そのことを意識して子育てされたかどうかは、分かりませんが、男ばかりの兄弟だからこそ、家族で唯一の女性であるお母さんに依存しすぎないように育てたはずです。小学3年生の頃には、「自分の洗濯物は自分でする」「ピアノの練習など、自分の責任を果たさないと、ベランダに出される」など、学習だけでなく、生活に対しても親御さんに、しっかりとした考えがありました。また、子どもがモチベーションを保てるように、「ピアノの教本が1冊終わると、1000円のご褒美」など、子どもの頑張りを認める場面もありました。この家の子どもに生まれたら、自分で考え行動する自立した大人になるだろうと私たちは確信していました。

実は、昨年の夏休みに卒業生が大勢、我が家に遊びにきたことがありました。そのとき、G兄弟の末っ子も来たので、「従妹のY子ちゃんが、マラソン大会に向けて、家族で走って頑張っていた」という話をしたのです。そのとき、従兄からの苦言がありました。「麻奈先生、楽院の合宿でマラソンを頑張っていたというのは、ダメですよ。まず、最初に音楽で頑張らないと・・・」と。私たち女性は、一つでも何かを頑張るようになったら、それを成長と考え評価したいと考えますが、男性、特に、G兄弟のように、全てのことに全力で取り組む人には甘いと感じるのでしょう。「G兄弟を目指して子育てはしてきましたが、Yはまだひ弱で甘い」と反省させられました。

今回の合宿でつくづく、音楽面、知能面だけ、引き上げても、生活面の自立を促さないと大切な事柄は身につかないと確信しました。子どもを本当の意味で賢く育てたいと思うのなら、塾やお稽古事に通って必死に能力面だけを高めるのではなく、運動して体を強くしたり、生活面での自立や礼儀を教えることの方が大事です。そして、その基礎は、やはり、家庭生活にあり、短期間の楽院の合宿だけで改善することはできません。それが、一言で表す今年の尾瀬合宿の私の感想です。

残念ながら、現在の楽院の生徒の中に、G兄弟のように自分のことが自分から進んでできる子どもは、ほとんどいません。まして、下級生の世話をするのは夢のまた夢です。かろうじて、厳しいと言われる、我が家で育っている甥Yだけが自分のことをしながら班員に指示を出したり、下級生全員の荷物をチェックするなどの余裕があります。ですが、これも、幼いころから、家庭や幼稚園でそれが当たり前になる環境を選んで育ててきた結果に過ぎません。

今回、私が心配になったのは、女の子たちの班の様子です。長年、女の子と付き合ってきましたが、その変化に、10年後、15年後が心配になるのです。昔から、女子が数人集まるとガヤガヤうるさく、仲良くしていたかと思うと、きついことを言って傷つけあい、ときに取っ組み合いの喧嘩にまで発展することもありました。ですが、それは、女子特有のいやらしさがあっても、「頑張って自分を認めさせよう」という意欲や気力の表れでもありました。合宿が終わるころになれば、互いの長所、短所を理解してつきあえるようになったものです。卒業生が大人になっても交流があるのは、そうした経験があるからでしょう。

ところが、最近の女の子たちは、声を出してもめたり、争ったりはしない代わりに、まったく互いに関心がないように見えます。他人に踏み込まず、嫌なことは言わない、目に余ることがあったら、見ないふりをする、そんな大人のお付き合いを女の子たちはしています。一見、平和的ではありますが、これでは、声を出して議論するより、ラインなどの文明の利器を使って、感情を伴わない交流の方が簡単でいいという大人になるかもしれません。

私も最初は、女子班は、上級生に班を任せていましたが、私が大声で怒鳴りにいくまで、集合時間や持ち物を徹底できないと気づいて、声をあげて指示をしたり、世話をすることになりました。ですが、本来は、小学生の班行動は、子どもたちに主体性を持たせないと意味がないのです。私は、子どもたちの世話をしながら、昔と何が違うのかを観察しました。すると、それぞれが自分の用意を好きな手順で行ない、個人活動をして、他人のために口や手を出さないため、班としての活動がまとまりがないのです。

懇切丁寧にしおりに持ち物を記載しておいても、自分でそれを見るのではなく、通りがかった大人から情報を得ようとして、何事にも受身です。また、大人が指示を出しても、「はい」「わかりました」という反応がありません。忙しい毎日に、家庭でご両親は、子どもが返事をしなくても、いろいろなことが進んでしまうのかもしれませんが、何か言ったら、わが子が返事をしているかどうか、何かしたらお礼を言わせるなど、合宿の期間中だけででなく、それぞれの家庭で習慣にしていただきたいと思います。

今年、引率を手伝ったM先輩は「先生たちが、昔のように厳しくできない理由がなんとなく分かった。自分が子どものころは、先生に何か言われたら、『悔しい、頑張ろう』といろいろな感情が芽生えた。、でも、今は何を言われても、聞いているのかいないのか、感じているかどうか反応がなくて、分からない。これでは、木下先生が昔のようには指導したくないだろうと感じた」そうです。M先輩は、木下先生がもっとずっと厳しかった時代に、ビシビシしごかれて、オペラや海外公演に参加した時代の子どもだからこその苦言だと感じます。また、最近、私立中学の教育実習を経験したI先生は、「それでも、楽院の子は一般の子どもに比べて叱られる機会があって恵まれている」のだそうです。

私が言うのもなんですが、楽院は手厚い教室です。ですが、私たちだけで子どもたちを立派な自立した大人に育てるには限界があります。夏休みは、自分のことを自分から進んで取り組む、そんな生活を心がけていただきたいと心の底から願っています。また、合宿中にはいろいろな出来事がありましたが、忙しいスケジュールと短い睡眠時間の中で深く考えて文章にまとめることはできませんでした。合宿中のブログも、読み返すと、日本語として成立していないことがたくさんあるようです。夏休みを利用して、ポツリポツリと合宿で気づいたことを書いていこうと思います。 

最後にこの場をお借りして、ご報告いたします。これまで、「虫取りをした子どもたちの虫かごに何も入っていないのは、かわいそう」という理由から、木下先生が個人的に「かぶと虫」をお土産に持たせてきました。ですが、今年の尾瀬が例年より寒く、かぶと虫を育てる方にも出会いませんでした。また、かぶと虫をもらっても育てられないので、近所の公園に逃がしたというご家庭も多いことから、今年はどなたにもかぶと虫は差し上げていません。わざわざ、かぶと虫用の虫かごをお持ちになった方には、申し訳ありませんが、かぶと虫は、あくまで木下先生の好意によって行なってきたことであり、合宿の参加費にかぶと虫の代金を上乗せ徴収しているわけではないことをご理解いただければと思います。
by k-onkan | 2014-07-31 23:47 | 楽院だより | Comments(0)

大人は楽しみましたが…

朝のマラソンの列には、足にテーピングをした5年生のYの姿がありました。「腓骨骨折しているのにマラソンをさせるなんて楽院はスパルタだ」だと言われそうですが、私たちも骨折した子供に3kmを走らせようなど 夢にも思いませんでした。なぜなら、我が家は、できれば運動はしたくないと思うほど、運動が苦手な一家だからです。

e0143522_7314088.jpgですが、Yの父親は中学、高校と陸上の選手で、区大会では記録保持するスポーツマンです。その父親から「自分も学生のころ、骨折をしていたときに、テーピングをして15kmを走った。だから、Yもテーピングで様子をみて、3位以内を目指しなさい」と言われたようです。つくづく、子育てというのは、親自身が行なってきたことを、わが子にさせることなのだ感じました。テーピングをしたYが何位になれるかは分かりませんが、下級生を相手に男の意地を見せて、このマラソン大会を混乱させて欲しいと期待しているのです。

さて、午後は川遊び、夜はキャンプファイアーという盛りだくさんの一日でした。尾瀬に入ってから、一日も雨に降られず、予定通りに行事をこなしました。キャンプファイアーでは、合唱や子供たちのスタンツの他に引率者の出し物を行っています。これは、合宿で頑張った子供たちを楽しませるために、行うのですが、今年は、新旧二人のオペラ「シンデレラ役」の瑠音先生とM先輩が集まったので、シンデレラの舞踏会のシーンを再現することにしました。ただし、女性同士で美しく踊っただけでは、笑いはとれません。

そこで、木下先生の顔のお面をつけて、お腹に枕を入れて木下先生の上着を着た瑠音先生と、派手に口紅を塗ってロングスカートをはいたM先輩が、カップルとなって踊ったのです。木下先生をパロディーにしたスタンツをして、叱られるかと思いましたが、本人に一番、受けていました。その理由の一つは、変な格好をしても二人のワルツのダンスがとても上手だったこと、そして久しぶりに自分がオペラ「シンデレラ」のために作ったウィンナーワルツを聴いたことが嬉しかったようです。

残念なことは、子供達の目の前まで行って、踊ったにもかかわらず、瑠音先生の扮装が木下先生であったことをほとんどの男の子たちがわからなかったことでしょうか。そうそう。幼児部にもこのスタンツは不評でした。踊っていた瑠音先生の耳には、年長のAちゃんの「Kちゃんのお母さんとして、こんな恥ずかしいことをしちゃ、ダメでしょ!?」との声が聴こえてきたといいます。

よそのお母さんなら、面白い冗談に思えても、それが、自分の親であったり、毎日、世話をしてくれる女性が男性に扮する姿はお気に召さないようです。息子のKは、「変なおじさんみたいで、気持ちが悪かった」と不満でした。兄のYは言葉を選びながら、「僕のクラスには絶対に一人としていないタイプのお母さんです」との感想を口にしていました。ですが、私たちは、十分に楽しませていただきました。

さて、明日はいよいよ、帰京の日です。男子班は初日から仲良くしていましたが、女子班は4日目でようやく、会話が弾むようになりました。もう少し、時間があれば、もっと、いろいろなことが教えられるのにとも思いますが、それぞれのご家庭にお返しする時がきたようです。明日は、予定通りの到着を考えていますが、何かあれば、代表の方にお知らせいたします。
by k-onkan | 2014-07-30 01:57 | 楽院だより | Comments(0)

育てておいてよかった!!

ここ何年も尾瀬にくるたびに、山登りの日に天候が悪いことが続いたのですが、今年は天気に恵まれて、最高の登山日和となりました。私は、腰痛の持病があるため、木下先生と甥のYと留守番で、女子の引率は若い卒業生にお願いしました。

e0143522_0375046.jpg幼児部と児童部は、途中まで一緒に歩き、小学生は少し遠くまで足を伸ばして尾瀬の自然を楽しみました。ですが、途中で、たいへんなことがあったそうです。それは、年長のCちゃんが、腹痛になり、動けなくなったというのです。

救助を呼ぶにも、どこかまでは自分たちで運ぶ必要がありますが、生憎、女性ばかりのグループで、「どうにかしなければ」ということになりました。最初は、幼児班の瑠音先生が背負っていましたが、途中から「自分が背負う」と児童部の引率していたM先輩が山道を背負って来たのです。

「行きはよいよい、帰りは怖い」というわらべ歌がありますが、尾瀬も同じく、行きが下りで、帰りは登らないと帰れません。いくら、M先輩が男性に負けない運動神経を持っているとはいえ、16キロの女の子を背負って山道を歩き続けるのは、相当な気力が必要だったはずです。M先輩は最後はふらふらになりながら、Cちゃんを背負って帰ってきてくれたのでした。

「Mがいてくれて、本当に助かった。たいへんだったね。ありがとう」と苦労をねぎらうと、「自分も子供の頃、山登りが苦手で大勢の先生に荷物をもってもらったり、背負われたりと迷惑をかけた記憶がある。だから、それをここで返さなければと思った」のだそうです。律儀な恩返しに、とても感激しました。

先日、宿泊所のオーナーのご子息から、「皆さん、本当に仲がいいのですね」と言っていただきました。20代の若き引率者が、年長の私たちに臆せず口をきく様子が面白く見えたようです。そして、「引率している若い子は、みな5歳からこの合宿に参加した生徒なので、気心がしれているし、よく働ける」とお話すると、とても感心してくださったのです。

さて、人は育てられたように育つものだといいます。尾瀬合宿で子供のころに、いろいろな方に育てていただいた卒業生は、確実に心優しく、頼り甲斐のある大人に育っていると感じています。そして、10年以上前に、一生懸命、怒鳴ったり、褒めたりと、踏み込んで育てた喜びを感じるものなです。
by k-onkan | 2014-07-29 23:33 | 名誉団員・卒業生 | Comments(0)

自分のことに一生懸命

尾瀬合宿の二日目は、朝の体操で始まりました。今回は、上位入賞予定の5年生のYが骨折で走らないということで、低学年にも入賞の 可能性が出てきました。そのためでしょうか、ふだん、落ち着きの少ない男の子たちが真剣に走っていました。

e0143522_2312238.jpg世間では、恥をかかせることがいけないという風潮がありますが、楽院では、毎年、マラソン大会の結果を親御さんに送ります。昨年、最下位だったお子さんは「今年は、絶対にビリはダメ」と言われているらしく、みたこともないほど、一生懸命、意欲をもって走っていました。

何事にも、必死で頑張るというより、ニコニコと笑ってごまかす甘えん坊ばかりのいまの時代には、恥をかかないために頑張るのも大事なモチベーションなのかもしれません。

楽院の合宿は、遊びも音楽も全力投球です。全力に取り組んでいると、他人のことに、首を突っ込むような余裕はありません。たとえ、特別に弱い子やなにかができない子がいても、その子を下げずんだり、あざ笑うことはありません。なぜなら、それが自分にも起こりうることだと知っているからです。また、自分のことに一生懸命な人は、他人のことに首を突っ込んだり、余計な口出しをする余裕はありません。

さて、マラソン大会で最下位になるのが気の毒だと思われるかもしれませんが、上位の子供たちには上位の苦労があります。たとえば、昨年の上位入賞者は、今年の新1年生の足が速く、焦っているようです。上級生として、班長として、班員に尊敬されるためには、低学年には負けられません。

子供たちに班を管理を任せると、面白いことがわかります。それは、人それぞれが持つ長所を使って班長は班員を束ねるということです。指示をするのが苦手な班長は自分が率先して動くため、仕事は早いですが班員が動くようにはなりません。反対に、合宿経験は少ない自分をカバーするために、上手に指示を出す班長もいます。また、何年も同じメンバーで合宿に参加してきた男子班はそれぞれの特徴をよく理解した小さな家族のようです。それぞれの班は価値観の異なる家族のようで、とてもおもしろいのです。

さて、子供たちはとても、楽しく過ごしています。今日は「夜の散歩」のことを想像して、精神的に具合が悪くなったお子さんはいましたが、それでも、みんな元気です。そして、明日は山登りです。若い卒業生のおかげで、子供達を山に連れて行けることは、とてもありがたいことです。
by k-onkan | 2014-07-28 22:58 | 楽院だより | Comments(0)

こんなに楽しそうだった??

尾瀬合宿の一日目は無事に済みました。東京の暑さからは、想像できないほどの涼しさで、子供たちに風邪を引かせないように気をつけています。

さて、二年続けて、尾瀬にきた子供達は、とても楽しそうで、引率の先輩は本当に驚いています。なぜなら、「自分たちが子供だったころは、もっと、危機感があった」と。でも、先輩たちも子供の頃ははしゃぎ過ぎて叱られることもありました。

e0143522_022921.jpgただ、昔の子供と、今の子供たちでは、育っている環境が本当に違うのです。少しでも、社会に出て困らないように楽院にいる間に、教えられることを教えたいと思っています。

今日は、子供たちのご飯と味噌汁のお碗の持ち方を指導しました。何人かのお子さんが、お茶碗を持たずに、お箸でお椀の中をつついていたからです。音感かるたを
指導するように、手を添えて、お箸とお茶碗の持ち方を教えました。

幼児部の子供たちは、皆、次男次女で、ふだん、優しいお兄さん、お姉さんに大事にされているようです。そのためでしょうか。お互いに我が強く、争いごとに発展することが多くあります。結果、自分のお兄さん、お姉さんが懐かしくなるようです。末っ子気質はとても可愛いですが、集団生活ではそれを出しすぎないように、そして、世の中には、自分の思い通りにならないことがあることを教えなければと思う一日目でした。
by k-onkan | 2014-07-27 23:19 | 楽院だより | Comments(0)

合宿前日に思うこと

「はい。これが麻奈先生の荷物」とカメラ関連の持ち物と生活指導に必要なグッズを手渡され、講習会モードだった私の頭が一気に合宿モードへと切り替わってきました。合宿の準備を始めると、昨年のさまざまな記憶がよみがえってきます。そして、思い出したことがありました。昨年の3キロマラソンです。

e0143522_1272191.jpg結果は、当時4年の甥Yがかろうじて優勝しましたが、実は勝負は最後まで分かりませんでした。5年生だったY子ちゃんが、「打倒!Y」を目指して家族で毎朝、何キロも走りこんできたからです。木下先生も、「Y子。Yに勝たせるな。Yに勝ったらご褒美だからな」と声をかけていました。

YはYで「簡単に負けたら、木下先生や瑠音先生に何を言われるか分からない」と理解しているので真剣です。ですが、実際、成長期に入り、自分の体がどんどん大きくなり、軽々と走れないとは感じていたようです。毎朝のマラソン練習では、体が細くてフォームの美しいY子ちゃんのほうが断然、有利に見えました。

ですが、Y子ちゃんも油断はしていませんでした。「Yは優しそうに見えるけれど、本当は厳しい。近くに寄ると絶対に抜かせないようにするし」と冷静に観察していました。結果は、何秒かの差でYが1位で体育班長の面目を保ちました。2位が確定したときのY子ちゃんの悔し涙は印象的でした。

ふだん、私たちは、子どもが能力の無さをごまかしたり、自分が苦手なことから逃げるために涙に逃げることは、「してはいけない」と教えていますが、全力で頑張った結果の悔し泣きを「泣いちゃいけない」などと、ひどいことは言いません。本気で頑張ったからこそ、悔しくて涙が出るのです。同じ涙でも、意味はまったく違うからです。

さて、去年より更に大きくなったYと、相変わらず、長距離向きのY子ちゃん。今年こそ、Yを破ってY子ちゃんが念願の1位になると思っていたのですが、1週間前、Yは足の腓骨を骨折してきました。なんだか、みんなで肩透かしを食ったような気になりましたが、だからこそ、「人生は面白い」のかもしれません。なぜって、こうして、Y子ちゃんが1位になるように、なんとなく、シナリオが整っていったりするのですから。これも、また、運というものかと思えてきます。

Yの骨折を聞いて、「ダメダメ。簡単にY子を一位にしないで」と言った卒業生がいました。それは、Y子ちゃんの姉E子ちゃんです。「なぜ?」というと、「これで、Y子が1位になったら、きょうだいの中で、私だけが3位しかとれなかったことになる」というのです。そういえば、3人兄弟の真ん中のJくんも尾瀬のマラソン大会で優勝したことがありました。

私は「妹を応援するより、自分の都合ってわけね」とからかいました。すると、「それもあるけれど、姉としてはY子に簡単に勝つのではなくて、全力で頑張って1位になってほしい。でも、(6年生だし、Yも骨折している)今年1位にならなかったら、いつなるの?とも思うし…」ととても複雑なようです。

Y子ちゃんを全力で走らせるためにも、Yがテーピングをしてマラソンに参加するという案もありましたが、お医者様から、「ギブスをしているから大丈夫と動き回って他の骨を折った人もいる。君の良識を信じるよ」と言われたYは、大手を振って、苦手な夜のお散歩もお休みのようです。その分、合唱で頑張って音楽班長の役目を果たすことを期待しています。そして、Y子ちゃんには、「Yが走れないこと」に安心して、くれぐれも、優勝を逃すなどという残念な結果になりませんように。

今年の合宿は、2名の卒業生がお手伝いに参加します。一人は、2歳から12歳まで楽院に通ったMさん。子どものころは本当に運動が苦手な女の子でした。低学年の頃は、3キロマラソンはいつも泣きながら走り、「木下先生、助けて」という目をして、音感トラックで監督に来る木下先生を目をウルウルさせて見つめていました。1~2年のころは、必ず、ブービー賞のメンバーに入っていました。ですが、その悔しさで運動に目覚めて、今ではスポーツ万能です。今回、マラソンの引率を若い人がしてくださるのは、本当にありがたいことです。

そして、もう一人は、大阪の幼稚園で木下式と出会い、ピアノを学び、さまざまなコンクールで優勝してきたIさん。現在、東京藝大4年で、最近、私立中学で、教育実習を行なってきたばかりです。最近の生徒は、「先生から叱られたことがないため、どうしたらいいか、わからず笑ってしまって本当に驚きました」と教えてくれたのはIさんでした。これまでも、楽院の成果発表会の伴奏や音楽祭では、楽院の生徒のお世話などをお願いしてきましたが、今回は初めて、合宿に参加してくださることになりました。子どものころから、合宿に参加している卒業生と違って、心身ともに厳しい合宿かもしれませんが、それは、厳しいピアノの世界で鍛えた根性で、子どもたちにお付き合いいただけると信じています。

こうして、いろいろな卒業生が恩義を感じて助けにきてくださることは、本当に嬉しいことです。合宿中には、できるだけ、子どもたちの様子などをブログを通して発信していくつもりですが、あくまで子どもの引率が一番、重要なおつとめです。時間と体力が許す中で行いますので、お付き合いください。
by k-onkan | 2014-07-26 23:25 | 楽院だより | Comments(0)

講習会、おつかれさまでした

3日間の講習会が終わりました。今回は、幼稚園、保育園の先生のほか、ピアノの先生、小学校の音楽祭の先生、孫に自分で教えたいお祖母様など、いろいろな方の参加がありました。木下式は、特殊な教育ですが、音楽に素人の人が、大した音楽の知識がなくても、真似をするだけで、子どもが賢くなって、音楽に対する感覚がよくなるところが、評価されているようです。

e0143522_16231813.jpgただし、真似で終わるか、未来の山田和樹さんを生み出すかは、その先生が、どこまで真剣に取り組むかにかかっているのです。そして、どうせ、実践するなら、少しでも、子どものために、よいことをしてほしいと願っています。子どものために一生懸命、取り組むことが、やがて、勉強している先生自身にも、必ず、良い効果があると思うからです。

暑い中、南は沖縄から、北は仙台まで、大勢の先生に参加いただきました。みなさま、本当にお疲れ様でございました。楽院は、一日おいて、尾瀬へ合宿に出かけます。子どもたちにとっては、楽しいことと厳しいことが、半々のサバイバル合宿ですが、これが、大人になってから、役に立っていると気づくそうです。引率する私たち大人も、きついですが、頑張ります。皆様も、良い夏休みをお過ごしください。
by k-onkan | 2014-07-25 23:08 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

対等だから、横から目線!?

「ねぇ。この本図書館で借りたんだけど、絶対におもしろいから、まぁちゃんも読んでごらん」。先日、5年生の甥Yが私に本を見せにきました。「今、忙しいから、本を1日で読み切る時間はないなぁ」と断りました。「でも、絶対に面白いっていうと思うよ。一章でいいから、読んでごらんよ」。忙しかったのですが、少し、目を通しました。確かに、面白い本でした。

e0143522_10125384.jpgそんな私たちの会話を聞いていたまゆみ先生が、「どうして、Yは、麻奈には、そんなに上から目線なのかしら?」というのです。すかさず、「違うよ。上からじゃないよ。横からだよ」というYに、笑ってしまいました。「横から目線」とは面白いことを言ったものです。

思えば、小さいときから、一緒に過ごしてきた妹の子どもたちは、私が大きな声で怒鳴れば緊張はしますが、それ以外は、私のことを年の離れた姉くらいにしか見ていないような気がします。きっと、母親が私を対等に見ているからでしょう。

私は、それぞれ、いろいろなことに努力して現在の地位を得た方に、尊敬の念は抱いていますが、人間としては、対等だと思っています。そして、それは、子どもに対しても同じです。子どもだからとばかにはできません。彼らから教わることは、たくさんあります。甥たちも、私の甥であり、音感を教える生徒ですが、私に、今の時代の新しいことを教えてくれる師でもあるという位置づけかもしれません。

楽院の生徒も同じです。最初に、音感を教えてはじめると、「~をしましょう」「~はしないようにしましょう」「その声は違う」と、幼児にも、はっきり言うことから、私は怖がられますが、生徒もまた、物事の道理が分かるようになって、「いつ叱られるか」「いつ褒められるか」が分かるようになると、対等になって、私にも好きなことが言えるようになります。そのころからが、本当の意味で楽しくなるのです。

そういえば、20年ほど前に、小さい生徒に言われたことがあります。「麻奈先生は、怖いんだか、優しいだかわからない」と。授業中怖い声を出すのに、それ以外は、何事も受け入れる私に、優等生の女の子は、いい子にすべきか、本当の姿を見せるべきか、分からなかったのでしょう。ですが、別に、特別な自分を作ってほしいとは、思っていないのです。私も、私のままで、子どもと接しているからです。

私は、基本、乳児でも、幼児でも、児童でも、一人の人間として対等に接しています。それは、障害を持つお子さんでも同じです。相手がどんなに年若いものでも、私には、学ぶことがたくさんあります。

ただし、私の仕事は、「音感教育を行って成果をあげること」なので、それを全うする際に問題があれば、「上から目線」で叱ります。それが、私の役割で責任だからです。それは、ときに、子どもの目から見ると理不尽にかんじることもあるでしょう。ですが、長年の経験とカンによって、培った私の判断に従っていただくしかありません。そこは、横から目線ではなく、上から目線に感じるかもしれませんが、それが、物を教えるということです。

習い事が苦手な人が、よく自由にできないから、先生につくのが嫌いと言われます。誰にも迷惑をかけずに、我流で一人で楽しむなら、先生につく必要はないでしょう。ですが、より、専門的な上達を望むなら、専門の先生の意見を耳にしたり、教えを請うのは大事なことだと感じます。人の意見に耳を傾けるのは、難しいこともあるかもしれませんが、長く一つのことを突き詰めてきた人には、それだけの経験とカンがあり、それを尊敬する判断力がなければ、我流でどんなに頑張っても、それ以上の進歩はないのかもしれません。

私は、すべての人と横から目線で付き合いたいというのが、基本ですが、物を教えるときは、上から目線、そして、たとえ、相手が幼児でも、障害があっても、私が見上げる目線も、常に持ち続けて、音感教育と向き合っていたいと思っているのです。
by k-onkan | 2014-07-24 23:04 | 自分のこと | Comments(0)

子どもはどんどん成長する

木下式を実践する幼稚園、保育園の先生が集まり勉強する三期講習会が始まりました。今回、一番、やる気満々なのは、先日5歳になった甥Kです。「講習会のお手伝いをするから」と張り切っています。連日の活躍にいつもなら、絵本やぬいぐるみなどの出演料がいるのですが、今回は「何がほしい?」といっても「いいよ、いいよ」と何も欲しがりません。

e0143522_955215.jpg1週間前の誕生日に両親から新品の自転車をもらったので、それで大満足だから、のようです。第二子は、基本、お兄ちゃんのおさがりがあり、新品を買ってもらう機会はほとんどありません。Kもこれまでは、なんでも「にぃにのをもらった」と喜んでいたのですが、自転車に関しては「にぃにの自転車はボロボロになってきたから、お誕生日になったらピカピカのが欲しい」と言われたようです。「直接、本人からリクエストされたら、与えないわけにはいかない」。瑠音先生は予定外の出費に涙を呑んで対応したようです。Kの心が満たされたのは、そうした大人の事情も知っているからのようです。

講習会の手伝いをさせると、Kの成長が分かります。それは、音感能力や歌唱力、言語能力などの、音楽面というより、心の成長です。1年前の講習会では、木下先生が、受講生の先生たちに「こういう指導はいけない」と悪い手本をするたびに、Kは怒っていました。「悪い指導をすることで自分が下手になること」が耐えられなかったのです。そのため、必死に悪い手本でも良い声を出そうとしていました。

私はそのたびにKに言い聞かせたものです。「これは、幼稚園の先生たちのお勉強の会だから、じぃじが悪いやり方をわざと見せているの。だから、Kちゃんは、それを怒ったりしちゃダメなのよ」と。今年は、そうした大人の事情を察して、どんな事態にも、対応しています。

講習会の途中、訓練をつめば、幼い幼児であっても、自分の持つ声を磨いて、どんな発声も可能になるということをお見せしたときがありました。高いレの声で「こんなにいい声だー」という歌詞でロングトーンを聴かせたときのことです。「でも、じぃじにはまけるなー」という言葉で歌わされたのですが、何の抵抗もなくその言葉を歌っていました。昨年なら、「じぃじにだって負けてないぞ」と意地をはって、歌わなかったかもしれません。

そうそう、去年は、指導がうまくない幼稚園の先生のことも怒ってしまいました。「大人なのに、子どもの自分に手本をさせるなんて」という怒りです。大人は自分より偉いものと思っていたからです。それも、「先生たちは、音感の勉強を始めたばかり。Kちゃんは、お腹の中から勉強しているんだから、子どもでも上手にできて当たり前なのよ」と言い聞かせました。年齢ではなくキャリアの結果で、上手下手が生じることを教えたことで、先生たちを下に見せないようにするためでした。

そんなKに、今年は違う面が見えました。それは、検定試験を受ける先生の声がうまく出ずに、自分がお手本をさせられたときのことです。少し、はにかみながら、何度も、何度も決して怒らずに付き合っていました。その目には、優しさまでただよっていました。

そして、受講生が帰ったあと、純子先生のお掃除を手伝いながら、こんなことを聞いたそうです。「ねぇ、試験は、受けられなかったらどうするの?」と。たぶん、私が、「声が出ないうちは、無理して試験を受けるより、じっくり勉強してからでも、いいのよ」と諭しているのを聴いたのかもしれません。試験のために、勉強をしているのに、受けられなかったら、どうなるのだろう。Kなりに心配したのかもしれません。

「たった5歳の子が生意気だ」と思われるかもしれませんが、幼児期の教育によって、早期に発達を促したら、頭だけでなく、心も大人になるしかありません。よく「能力は高く、後は子どもらしくいてほしい」という親御さんがいますが、そんな大人都合よく、発達を促すことはできないものなのです。
by k-onkan | 2014-07-23 23:03 | 幼児 | Comments(0)

大人は勝手なんだから!?

5年生の甥Yが、職員室に入ってくるなり、ツカツカと私に寄ってきて、「もう、プライバシーの侵害じゃない!」と怖い顔をしています。私が怪訝な顔をしていると「なんで、ボクのことを勝手にネットに書くの!?」。なんでも合気道に欠席のごあいさつに出かけると、「麻奈先生の書き込みで知っています。骨折ですね?」と言われたそうです。

e0143522_0254780.jpgそういえば、数日前、学校の階段を踏み外しそうになり飛び降りて腓骨を骨折したと報告を受けたショックで、私はフェースブックに「もう、Yったら、合宿前に骨折なんかしなくてもいいのに!これじゃ、合宿でマラソンも山登りも、当てにならないじゃない」と愚痴を書き込んだことを思い出しました。

「でも私だけじゃないわ。お母さんなんか写真つきで載せていたのに、どうして、私だけ叱られるの?」。無駄な抵抗ですが、中学生のように「~さんと、~さんも同じことをしていましたぁ」と罪をかぶせてみたのです。が、「合気道の先生は、お母さんじゃなくて、『麻奈先生の書き込み』を見たとおっしゃったもん」。

確かに、私の余計なおしゃべりが招いた結果です。「ごめんなさい。もう書きません」。弱った声で謝ると、「仕方ないな。もういいよ」とすぐに許してくれるのが、兄甥の優しいところです。これが弟甥なら、私の弱った声を聞いて、オニの首をとったかのように倍返しするはずです。

さて、すっかり、生意気な口をきくようになったYですが、楽しそうに学校に通っているからこそ、思い出すことがあります。それは、小学校1年生のときのことです。11対1でお友達に攻撃された翌日。自分の意志で数日間の登校を拒否したことがあったのでした。瑠音先生は「学校でいじめられて、死にたい、なんて思ってない?」と聞きました。「まだ、そんなことは思わないけれど、ずっと続くなら死にたくなるかもしれない」。そんな答えが帰ってきました。「それで、Yはどうしたいの?」と聞くと、「最初に行った学校に行きたい」。それは私立の小学校でした。

私たちは、それほど深刻なのだと驚き、途中編入の試験についても、調べてはみたのです。ですが、都合よく試験はありません。また、あったとしても、そのための勉強をしていなければ入れないでしょう。万が一、入ったとしても公立から私学に移れば知らないことが多く、新しい学校でも仲間はずれになることもあります。そうしたいろいろな事情を考えて、結局、諦めさせたのです。そして、私たち大人は常に、学校から帰ってくるYの顔色を観察したものでした。「今日は変な顔をしているな?いじめられたんじゃないか?」等など、これが、結構当たるのです。

その後、子ども同士のトラブルはY自身が身の守り方を覚えながら、自分の主張を示せるようになっていくと次第になくなっていきました。それでも、「学校、どうだった?」と聞くと「別に」。「何か面白いことを習った?」「あんまり」と決して楽しそうではありませんでした。そして、「だって、本を読んでいると『勉強ばかりして、いい子ぶってる』とか言われるし、面白いことは何もないよ」。いじめられなくても、一緒に時間を共有できる仲間がいなければ、子どもは楽しくはないようです。私たちは、内心、「尊敬できる友達に出合える環境」を与えられなかったことを不憫に感じていたのです。

ですが、最近、やっとクラスに尊敬できる友達ができ、楽しそうな様子が見られるようになりました。なんでも、自主的に何時間も家庭学習をする、本当の意味で学ぶことを楽しめる賢いお子さんのようです。Yもその少年から、多くのことを学んでいます。私に生意気な口がきけるようになったのも、小学校生活が充実している自信からなのかもしれません。ですが、私は、Yにやり込められるたびに、「あぁ、いじめられて泣いていたころのYが愛しくて、懐かしい」とも感じるのです。結局、大人というものは、子どもにとって、つくづく勝手な存在なのでしょう。
by k-onkan | 2014-07-22 23:23 | 児童 | Comments(0)